(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024064599
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/724 20060101AFI20240507BHJP
A61P 3/06 20060101ALI20240507BHJP
【FI】
A61K31/724
A61P3/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022173298
(22)【出願日】2022-10-28
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(71)【出願人】
【識別番号】000231453
【氏名又は名称】日本食品化工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】石塚 洋一
(72)【発明者】
【氏名】石井 亮良
(72)【発明者】
【氏名】近藤 悠希
(72)【発明者】
【氏名】折田 頼尚
(72)【発明者】
【氏名】石倉 幹大
(72)【発明者】
【氏名】柳原 和典
(72)【発明者】
【氏名】高木 宏基
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA20
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZC33
(57)【要約】
【課題】従来の2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンより安全で、かつ同等かそれ以上の治療効果を発揮する、NPC治療薬として有用な、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患等の治療等用組成物と剤を提供する。
【解決手段】細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善用組成物が、β―シクロデキストリンのOH基が2-ヒドロキシプロピル基に置換された2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンであって、2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度が13~25の範囲である2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンを含有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
β―シクロデキストリンのOH基が2-ヒドロキシプロピル基に置換された2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンであって、2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度が13~25の範囲である2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンを含有することを特徴とする、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善用組成物。
【請求項2】
前記2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度が16~20の範囲であることを特徴とする請求項1に記載された組成物。
【請求項3】
細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善が、Npc1及び/又はNpc2遺伝子変異によるNPC1及び/又はNPC2タンパク質の機能異常又は機能低下の改善であることを特徴とする請求項1又は2に記載された組成物。
【請求項4】
細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善が、細胞内コレステロール輸送障害に起因する障害の改善、又はスクアレン合成酵素によるC型肝炎ウイルス感染治療の改善であることを特徴とする請求項1又は2に記載された組成物。
【請求項5】
細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害が、細胞内コレステロール蓄積に起因する疾患又は障害であることを特徴とする請求項1又は2に記載された組成物。
【請求項6】
細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害が、ニーマンピック病C型、クリスタリン網膜症、肝臓病線維化進展、アルツハイマー病、糖尿病、甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群、閉塞性黄疸、L-CAT欠損症、多発性骨髄腫、及び脂質異常症からなる群から選ばれる少なくとも1つの疾患又は障害であることを特徴とする請求項5に記載された組成物。
【請求項7】
β―シクロデキストリンのOH基が2-ヒドロキシプロピル基に置換された2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンの投与により細胞毒性による障害が生じる患者を治療するための請求項1又は2に記載された組成物。
【請求項8】
β―シクロデキストリンのOH基が2-ヒドロキシプロピル基に置換された2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンの投与により聴覚低下が生じる患者を治療するための請求項1又は2に記載された組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニーマンピック病C型などの細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善用組成物、並びに治療、予防又は改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
LDL(Low Density Lipoprotein)受容体を介して細胞内に取り込まれたLDLに含まれるコレステロールは、多くはエステル型として貯蔵されている。エステル型コレステロールの一部が酸性リパーゼにより加水分解されて遊離型コレステロールとなり、当該遊離型コレステロールがエンドソームを経由して各オルガネラに輸送され、膜として利用される、ないしHDL(High Density Lipoprotein)に封入され体内循環される。余分な遊離型コレステロールは、コレステロールアシルトランスフェラーゼにより再エステル化されて細胞内の脂肪滴に貯蔵される。遊離型コレステロールの細胞内への蓄積が様々な疾患に関与することが報告されている。例えば、ニーマンピック病C型(NPC)、クリスタリン網膜症(非特許文献1)、NASHを含む肝臓病線維化進展(非特許文献2)との関係が報告されている。
NPCにおいてアルツハイマー病と類似した神経原線維変化(neurofibrillarytangle)がみられる。したがって、コレステロールの輸送障害は、神経原線維変化の形成とβアミロイドの沈着に関与していることからアルツハイマー病にも関連することが報告されている(非特許文献3)。
血中の遊離コレステロール濃度の上昇は、糖尿病、甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群、閉塞性黄疸、L-CAT欠損症、及び多発性骨髄腫と関連していることが知られている。脂質異常症において遊離コレステロールの蓄積が関与することが報告されている。さらにスクアレン合成酵素(SQS)によるC型肝炎ウイルス(HCV)感染治療において遊離コレステロールの低下が重要であることが報告されている。
【0003】
遊離型コレステロールは、コレステロール輸送タンパク質NPC1及びNPC2によりライソソーム中から小胞体に輸送され、エステル型コレステロールに転換される(
図1参照)。NPCは、NPC1及び/又はNPC2遺伝子の変異により生ずる劣性遺伝病で、ライソソーム病の1つとして難病指定されている。NPC患者の後期エンドソーム/ライソソーム中では、NPC1及び/又はNPC2遺伝子の変異によって遊離型コレステロールが停滞及び沈着した状態となり、生命活動を維持する上で重要なオートファジーなどの細胞の品質管理機能が著しく低下した状態となる。NPC病変は特に中枢神経系で顕著に見られる。NPCは運動機能の破綻を起こし、生命予後も悪く、NPC治療薬の開発が急務な疾患である。
【0004】
最近までNPCに著効を示す治療薬は見出されていなかったが、生体適合性に優れるコレステロール輸送担体で、環状オリゴ糖である2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(以下、「HPBCD」という場合がある)が、NPC1遺伝子欠損(NPC1-/-)マウスへの静脈内投与により病状改善や延命効果があること、HPBCDの脳内投与は更に静脈内投与を上回る効果を奏することが報告されている(非特許文献4)。2009年以来、人道的使用としてNPC患者に投与され、一定の治療効果を有することが証明され、現在、世界規模で第IIb/III相臨床試験が進行中である。HPBCDの内側は疎水性、その外側は親水性である(
図2(a)参照)。NPC患者のリソソーム内では、遊離型コレステロールがHPBCDによって包接され、小胞体に移送される(
図2(b)参照)。しかしながら、HPBCDが投与されたNPC患者は肺障害等の重篤な有害事象を起こす場合があった(非特許文献5)。さらに第I/IIa相臨床試験において不可逆的な聴覚障害が対象患者全例で見られ問題視されている(非特許文献6)。現時点では、HPBCDは有望な治療薬候補であるが、より安全性に優れ、治療効果も同等以上に有する治療薬が必要と考えられている。
【0005】
一方、本発明者らは、これまで2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン(HPGCD)がHPBCDと同程度のコレステロール蓄積減少効果があることを報告している(特許文献1、非特許文献7及び8)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Hata, M. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 115 (15), p3936-3941 (2018)
【非特許文献2】Teratani, T. et al, Gastroenterology 142, p152-164e110 (2012)
【非特許文献3】大野耕策、「脳と発達」、第43巻、第92頁~第102頁、2010年
【非特許文献4】Liu et al, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, p2377 (2009)
【非特許文献5】Matsuo M et al,Mol Genet Metab, p76-81 (2013)
【非特許文献6】Ory D S et al, Lancet,p1758-1768 (2017)
【非特許文献7】石塚洋一ら、「シクロデキストリン誘導体を利用したニーマン・ピック病C型治療薬の開発研究」粉体技術、第12巻第3号、第212頁~第216頁、2020年
【非特許文献8】入江徹美、「Niemann-Pick病C型治療薬開発に関するFull Cycle Translational Research」日本小児臨床薬理学会雑誌、第28巻第1号、第108頁~第112頁、2015年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、従来のHPBCDより安全で、かつ同等かそれ以上の治療効果を発揮する、NPC治療薬として有用な、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善用組成物、並びに当該疾患又は障害の治療、予防又は改善剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題に鑑み検討を重ね、2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度(DS)が特定の範囲にあるHPBCDを含有する組成物、及び当該HPBCDを有効成分とする剤が、従来のHPBCDより安全で、かつ同等かそれ以上の治療効果を発揮する、NPC治療薬として有用であることを見出した。本発明はこれらの知見に基づき完成されるに至ったものである。
【0010】
本発明は、β―シクロデキストリンのOH基が2-ヒドロキシプロピル基に置換された2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンであって、2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度が13~25の範囲である2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンを含有する、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善用組成物に関する。
前記2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度は、好ましくは16~20の範囲である。
前記細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善は、好ましくはNpc1及び/又はNpc2遺伝子変異によるNPC1及び/又はNPC2タンパク質の機能異常又は機能低下の改善である。
前記細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善は、好ましくは細胞内コレステロール輸送障害に起因する障害の改善、又はスクアレン合成酵素によるC型肝炎ウイルス感染治療の改善であってもよい。
前記細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害は、好ましくは細胞内コレステロール蓄積に起因する疾患又は障害である。
細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害は、好ましくは、ニーマンピック病C型、クリスタリン網膜症、肝臓病線維化進展、アルツハイマー病、糖尿病、甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群、閉塞性黄疸、L-CAT欠損症、多発性骨髄腫、及び脂質異常症からなる群から選ばれる少なくとも1つの疾患又は障害であってもよい。
前記組成物は、好ましくは、β―シクロデキストリンのOH基が2-ヒドロキシプロピル基に置換された2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンの投与により細胞毒性による障害が生じる患者を治療するための組成物である。
前記組成物は、好ましくは、β―シクロデキストリンのOH基が2-ヒドロキシプロピル基に置換された2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンの投与により聴覚低下が生じる患者を治療するための組成物である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善用組成物は、従来のHPBCDより安全で、かつ同等かそれ以上の治療効果を発揮する、NPCなどの細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善薬として有用なものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】コレステロールのリソソームから小胞体への移送を模式的に示す図。
【
図2】遊離型コレステロールのHPBCDによる包接及び移送を模式的に示す図。
【
図3】HPBCD濃度と細胞内遊離型コレステロールの動態改善効果の関係を示す図。
【
図4】HPBCD濃度と細胞内エステル型コレステロール/総コレステロールの動態改善効果の関係を示す図。
【
図5】HPBCD濃度と細胞生存率の関係を示す図。
【
図6】HPBCDの平均置換度と培地中コレステロール濃度の関係を示す図。
【
図7】HPBCDの平均置換度とマウスの聴覚障害の関係を示す図。
【
図8】HPBCD1分子が遊離型コレステロール1分子を包接する1:1複合体とHPBCD2分子が遊離型コレステロール1分子を包接する2:1複合体を示す図。
【
図9】高置換度HPBCD投与とNPC病態モデルマウスの肝障害の関係を示す図。
【
図10】HPBCDの平均置換度と安定度定数の関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明について更に詳細に説明する。
なお、数値範囲の「~」は、断りがなければ、以上から以下を表し、両端の数値をいずれも含む。また、数値範囲を示したときは、上限値および下限値を適宜組み合わせることができ、それにより得られた数値範囲も開示したものとする。
【0014】
<2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン>
本発明の細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善用組成物(以下、「本発明の組成物」という場合がある)、並びに当該疾患又は障害の治療、予防又は改善剤(以下、「本発明の剤」という場合がある)は、
図2(a)に示される構造式で示されるβ―シクロデキストリンの少なくとも1つのOH基が、2-ヒドロキシプロピル基に置換され、その数が異なるβ―シクロデキストリンを含有する。
【0015】
2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度は13~25の範囲である。前記平均置換度が13未満のHPBCDを含有する組成物又は剤を投与された細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害を患者は、肺及び/又は聴覚に障害を起こしやすくなるおそれがある。当該平均置換度を25超にすることは技術的に困難である。当該平均置換度は、好ましくは16~20の範囲である。当該平均置換度が前記範囲であると、本発明の組成物又は剤は、従来のHPBCDより安全で、かつ同等かそれ以上の治療効果を発揮しやすくなる。
【0016】
2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度が13~25の範囲であるHPBCDの製造方法は特定の製造方法に限定されない。前記製造方法は、例えば以下の通りである。
pH8以上のβ-シクロデキストリン水溶液に酸化プロピレンを少量ずつ添加して15~30℃で12~48時間反応させる。β-シクロデキストリンと反応させる酸化プロピレンの質量はβ-シクロデキストリン:酸化プロピレン=1:1~5(モル比換算1:20~100)である。得られた反応液を塩酸にて中和した後、目開き0.45μmのフィルターでろ過し、イオン交換樹脂へ通液する。得られた溶液を透析し、目開き0.45μmのフィルターでろ過した後、凍結乾燥によりHPBCDの粉末を得る。
【0017】
本発明の組成物及び剤において、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善とは、好ましくは、細胞内コレステロール輸送障害に起因する障害の改善、及びスクアレン合成酵素によるC型肝炎ウイルス感染治療の改善からなる群から選ばれる少なくとも1つである。
【0018】
本発明の組成物及び剤において、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害とは、好ましくは、細胞内コレステロール蓄積に起因する疾患又は障害、スクアレン合成酵素によるC型肝炎ウイルス感染治療の改善、並びに細胞内コレステロール蓄積に起因する疾患又は障害からなる群から選ばれる少なくとも1つである。
【0019】
細胞内コレステロール蓄積に起因する疾患又は障害とは、好ましくは、ニーマンピック病C型、クリスタリン網膜症、肝臓病線維化進展、アルツハイマー病、糖尿病、甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群、閉塞性黄疸、L-CAT欠損症、多発性骨髄腫、及び脂質異常症からなる群から選ばれる少なくとも1つの疾患又は障害である。
【0020】
本発明の組成物及び剤は、上記のような細胞内コレステロール蓄積に起因する疾患又は障害を有する患者を対象にして、治療、予防、改善効果をもたらすものである。従来のHPBCDでは、その投与により細胞毒性による障害が生じる患者、及び聴覚低下が生じる患者に対して特に有用である。
【0021】
<組成物及び剤の形態及び形状>
本発明の組成物及び剤の形態及び形状は限定されない。すなわち、粉末状、固体状、ゲル化剤によりゲル化されたゲル状体、ないし油脂又は溶媒に溶解している液状体であってもよい。
さらに本発明の組成物及び剤は、適当な添加物、製剤的素材等と共に、例えば、医薬品、飲食品、食品添加物、サプリメント、動物飼料の等の形態に調製してもよい。
【0022】
典型的に、医薬品の形態としては、例えば注射剤、散剤、顆粒剤、ソフトカプセル、ハードカプセル、錠剤、チュアブル錠、速崩錠、シロップ等の形態が挙げられる。本発明の組成物及び剤が注射剤として、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害を持つ被投与者又は被投与動物に投与される場合、静脈内投与、また状況によっては髄腔内投与(脳室内投与)される。
【0023】
本発明の組成物及び剤の投与量は、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害を持つ被投与者又は被投与動物の年齢、健康状態、投与継続期間、投与頻度などによって、適宜決定することができる。一般的な投与量を例示すれば、例えば、HPBCDとして1,700~2,800mg/Kg(体重)/日、好ましくは2,000~2,500mg/Kg(体重)/日である。
【0024】
本発明の組成物及び剤は、所定期間にわたって継続的に摂取するように用いられてもよく、例えば1ヶ月以上にわたって継続的に摂取するように用いられることも可能である。
【0025】
本発明の組成物及び剤に含まれる、HPBCDの含有量は、特に限定されないが、1日当たりに無理なく摂取できる量で、HPBCDが上記有効投与量となるように調整された含有量であることが好ましい。例えば、本発明の組成物又は剤中の固形分換算で、HPBCDの含有量は20~60質量%が好ましく、40~60質量%がより好ましい。
【0026】
上述した実施形態に関し、本発明は更に以下の、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善するための2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンの使用、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害を治療、予防又は改善する方法、並びに、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善剤を開示する。
【0027】
<1>
β―シクロデキストリンのOH基が2-ヒドロキシプロピル基に置換された2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンであって、2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度が13~25の範囲である2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンの使用であって、
細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善するための2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンの使用。
【0028】
<2>
β―シクロデキストリンのOH基が2-ヒドロキシプロピル基に置換された2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンであって、2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度が13~25の範囲である2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンを対象に投与することを含む、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害を治療、予防又は改善する方法。
【0029】
<3>
β―シクロデキストリンのOH基が2-ヒドロキシプロピル基に置換された2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンであって、2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度が13~25の範囲である2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンを有効成分とする、細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善剤に関する。
前記2-ヒドロキシプロピル基の平均置換度は、好ましくは16~20の範囲である。
前記疾患又は障害の治療、予防又は改善剤は、従来のHPBCDより安全で、かつ同等かそれ以上の治療効果を発揮する、NPCなどの細胞内コレステロール輸送障害に起因する疾患又は障害の治療、予防又は改善薬として有用なものである。
【実施例0030】
以下、本発明を実施例に基づき更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0031】
各試験例において、HPBCDの平均置換度は以下のとおりに測定ないし算出された。
<HPBCDの平均置換度>
10mgのHPBCDを750μLの重水に溶解し、核磁気共鳴(NMR)装置を用いて1H-NMR測定を実施した。平均置換度(DS)を下記式(1)に基づいて算出した。
DS=A/3/B×7・・・(1)
ここで、Aは1H-NMRスペクトルの0.8~1.3ppmに現れる2-ヒドロキシプロピル基内のメチル基に由来するピークの積分値、Bは1H-NMRスペクトルの4.9~5.3ppmに現れるβ-シクロデキストリンを構成するグルコース残基の1位炭素に結合するプロトンに由来するピークの積分値を示す。
【0032】
<HPBCDの調製>
100gのβ-シクロデキストリンを200mLの5質量%水酸化ナトリウム水溶液に溶解し、得られたβ-シクロデキストリン水溶液に191gの酸化プロピレンを少量ずつ添加した後、室温にて24時間反応させた。得られた反応液を5質量%塩酸にて中和した後、目開き0.45μmのフィルターでろ過し、イオン交換樹脂(オルガノ株式会社製MB-4)に通液した。得られた溶液を透析膜(SPECTRUM社製セルロースエステル(CE)透析用チューブ、MWCO=100~500)で透析し、目開き0.45μmのフィルターでろ過した後、凍結乾燥によりDS17.1のHPBCDの粉末を得た。
さらにβ-シクロデキストリン水溶液に添加する酸化プロピレンの質量を77g、127g、191gに変更し、それぞれDS7.9、10.8、15.0のHPBCDの粉末を得た。
なお、DS4.6のHPBCDとして、セルデックスHP-β-CD(日本食品化工株式会社)を用いた。
【0033】
<試験例1>
野生型(以下、WT)およびNPC1-null細胞を6 well plateに1×10
5cells/mLで播種し、24時間培養した.リン酸緩衝液400μLで1回洗浄し、各SD及び各種濃度のHPBCD含有培地を添加し、24時間後トリプシンで剥離し、4700gで10分間遠心分離し、回収した。回収した細胞は上清を除去し、リン酸緩衝液80μL中に分散し、-80℃で保存した。ソニケーションにより細胞を破砕したサンプル溶液にクロロホルム、2-プロパノール、NP-40 substitute(7:11:0.1)混合溶液を添加後、15000g、4℃で10分間遠心分離し、クロロホルム層を回収し、クロロホルムを揮発させた。残渣を2-プロパノール、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(87:10:3)混合溶液80μLに溶解し、30μLずつ分取した。一方には総コレステロール(TC)測定用としてコレステロールエステラーゼを、他方には遊離型コレステロール(FC)測定用として純水を加えた。その後、デタミナ―L FC kitによる吸光度測定(測定波長560nm)からコレステロール量を測定した。エステル型コレステロール(EC)量は、TC量からFC量を差し引くことで算出した。細胞内コレステロール量はサンプル溶液中のタンパク質濃度によって補正した。細胞内遊離型コレステロールの動態改善効果を
図3に、細胞内エステル型コレステロール/総コレステロールの動態改善効果を
図4に示す。
【0034】
HPBCDの平均置換度に関わらず、遊離型コレステロールの蓄積、及びエステル型コレステロールの枯渇が改善されていた。
【0035】
<試験例2>
WT細胞を96 well plateに1×10
5cells/mLで播種し、24時間培養した。リン酸緩衝液100μLで1回洗浄後、各SD及び各種濃度のHPBCD含有培地で24時間更に培養した。その後リン酸緩衝液100μLで1回洗浄し、無血清培地に置換し、WST-8試薬を10μL添加し、37℃で90分間培養し、マイクロプレートリーダーにより波長450nmの吸光度を測定し、全細胞数を計測した。さらにミトコンドリア脱水素酵素活性に基づいて、Cell counting Kit-8を用いてWST-8法で測定し、生存細胞数を計測した。細胞生存率(%)=生存細胞数/全細胞数×100を算出した。結果を
図5に示す。
【0036】
前記無血清培地を用いて培地中のコレステロール濃度を測定した。結果を
図6に示す。
WT細胞およびNpc1-null細胞を6well plateに1×10
5 cells/mLで播種し、48時間培養した。400μLのPBSで2回洗浄し、各平均置換度のHPBCD含有無血清培地を添加し、37℃で30分間インキュベートした。培地を回収し、遠心分離(1000×g、4℃で10分間)した後、上清に1.5mLのクロロホルム/メタノール(2:1、v/v)を加え、振盪し(180rpm、室温で10分間)、遠心分離した(1000×g、4℃で10分間)。その後クロロホルム層を回収し、溶媒を揮発させた。残渣を2-プロパノール、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(87:10:3、v/v)混合溶液で溶解し、デタミナ―L FC kitによる吸光度測定(560nm)からコレステロール量を測定した。
【0037】
DS15.0のHPBCDを添加した培地で培養した細胞の細胞生存率は、DS4.6、7.9、及び10.8それぞれのHPBCDを添加した培地で培養した細胞の細胞生存率より高く、DS15.0のHPBCDの細胞毒性は、DS4.6、7.9、及び10.8それぞれのHPBCDの細胞毒性より低かった。さらにDS15.0のHPBCDを添加した培地中で細胞を培養した際の当該培地中のHPBCD濃度は、DS4.6、7.9、及び10.8それぞれのHPBCDを添加した培地中で細胞を培養した際のこれらの培地中のHPBCD濃度より低く、DS15.0のHPBCDの細胞膜コレステロールの引き抜き効果は、DS4.6、7.9、及び10.8それぞれのHPBCDの細胞膜コレステロールの引き抜き効果より弱かった。
【0038】
<試験例3>
Balb/c野生型マウスに平均置換度4.6のHPBCD(2.9又は5.8mmol/kg)又は平均置換度17.0のHPBCD(2.9又は5.8mmol/kg)を投与し、聴性脳幹反応(ABR)検査を実施した。結果を
図7に示す。
【0039】
DS17.0のHPBCDが投与されたマウスは、DS4.6のHPBCDが投与されたマウスと比較し、ABR閾値の上昇が見られず、生理食塩液投与群(Saline)の値とほぼ同等であった。DS17.0のHPBCDを高投与量(5.8mmol/kg)で投与されたマウスにおいても僅かなABR閾値の上昇しか見られなかった。なお、DS4.6のHPBCDを高投与量(5.8mmol/kg)で投与された群において、5匹中2匹のマウスが投与2日後に死亡したため、n=3で解析を行った。
【0040】
<試験例4>
Npc1遺伝子ホモ欠損マウス(BALB/cNctr-Npc1
m1N)に、DS17.0のHPBCDを4週齢から8週齢まで2.9mmol/kgで週1回(合計5回)を皮下投与し、9週齢で採血を行い、血清トランスアミナーゼ値(血清ALT及び血清AST)を測定した。結果を
図9に示す。
【0041】
生理食塩液投与群では顕著な高値を示したが、DS17.0のHPBCD投与群では有意に低値を示し、NPC肝病変に対し治療効果を有することが示された。
【0042】
<試験例5>
HPBCD1分子が遊離型コレステロール1分子を包接し1:1複合体(
図8上)を形成する反応と、1:1複合体にHPBCD1分子が相互作用し2:1複合体(
図8下)を形成する2段階の反応を想定し、それぞれの反応の安定度定数をK
1:1、K
2:1とした。各複合体の濃度はそれぞれ、以下の式(2)、(3)で表され、遊離型コレステロールの総濃度は以下の式(4)で表される。安定度定数は式(6)に基づいて算出した。
【0043】
[CD-FC]=K
1:1×[FC]
f×[CD]
f (2)
[2CD-FC]=K
2:1×K
1:1×[FC]
f×[CD]
f
2 (3)
[FC]
t=S
0+K
1:1×S
0×[CD]
f+K
1:1×K
2:1×S
0×[CD]
f
2 (4)
ここで、[CD-FC]は前記1:1複合体の濃度、[2CD-FC]は前記2:1複合体の濃度、[FC]
tは遊離型コレステロールの総濃度、[FC]
fはHPBCD非存在下の遊離型コレステロールの溶解度として溶解度測定の結果を用いた。[CD]
fは遊離型コレステロールを包接していないHPBCDの濃度であり、HPBCDの総濃度[CD]
t≒[CD]
fとして計算に使用した。そして算出した安定度定数K
1:1、及びK
2:1を式(4)に代入し、[CD]
fの値を算出し、再度安定度定数の算出を行った。非線形最小二乗法プログラムMULTIを用い、この計算を結果の値が収束するまで繰り返して、安定度定数K
1:1、及びK
2:1を算出した。結果を
図10に示す。
【0044】
平均置換度15.0のHPBCDは、平均置換度4.6、7.9又は10.8のHPBCDより前記1:1複合体を形成しやすく、前記2:1複合体を形成しにくいことがわかった。
試験例1~4から、平均置換度が13以上のHPBCDは、平均置換度13未満のHPBCDより細胞内コレステロール動態改善作用が高く、NPC肝病変に対し治療効果を有し、細胞障害性及び聴覚障害性が低いことが推認された。