(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024064636
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】シーリング材の劣化診断方法及びシーリング材の劣化診断装置
(51)【国際特許分類】
G01N 17/00 20060101AFI20240507BHJP
G01N 19/00 20060101ALI20240507BHJP
G01N 3/00 20060101ALI20240507BHJP
【FI】
G01N17/00
G01N19/00 E
G01N3/00 K
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022173384
(22)【出願日】2022-10-28
(71)【出願人】
【識別番号】000001373
【氏名又は名称】鹿島建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】和田 環
(72)【発明者】
【氏名】澤田 瑞恵
(72)【発明者】
【氏名】藤井 大輔
【テーマコード(参考)】
2G050
2G061
【Fターム(参考)】
2G050AA02
2G050BA05
2G050EB01
2G061AA01
2G061AB01
2G061AB04
2G061AC03
2G061AC04
2G061BA01
2G061BA15
2G061BA19
2G061CA10
2G061CB01
2G061EA03
2G061EA04
(57)【要約】
【課題】建物の外壁の目地に充填されたシーリング材の採取量が少量であっても、その目地に充填されたシーリング材の劣化度を精度よく診断できるシーリング材の劣化診断方法及び劣化診断装置を提供すること。
【解決手段】シーリング材の劣化診断方法は、目地からシーリング材を採取する採取工程と、採取工程で採取されたシーリング材について動的粘弾性測定を行うことにより損失正接tanδを取得する測定工程と、目地に充填されたシーリング材と同一の材料からなり且つ劣化度の異なる複数のシーリング材について、予め動的粘弾性測定及び引張試験を行うことにより取得しておいた損失正接tanδと引張応力の関係と、測定工程で取得された損失正接tanδと、に基づいて、目地に充填されたシーリング材の引張応力を算出する算出工程と、算出工程で算出された引張応力に基づいて、目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する診断工程と、を有する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
建物の外壁の目地に充填されたシーリング材の劣化を診断するシーリング材の劣化診断方法であって、
前記目地から前記シーリング材を採取する採取工程と、
前記採取工程で採取されたシーリング材について動的粘弾性測定を行うことにより損失正接tanδを取得する測定工程と、
前記目地に充填されたシーリング材と同一の材料からなり且つ劣化度の異なる複数のシーリング材について、予め前記動的粘弾性測定及び引張試験を行うことにより取得しておいた損失正接tanδと引張応力の関係と、前記測定工程で取得された損失正接tanδと、に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の引張応力を算出する算出工程と、
前記算出工程で算出された引張応力に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する診断工程と、を有する、シーリング材の劣化診断方法。
【請求項2】
前記算出工程において、前記目地に充填されたシーリング材と同一の材料からなる試験用シーリング材を、前記外壁と同一の材料からなる一対の被着材の間に充填した試験体に対して、予めJIS A 1439に準拠した引張接着性試験を行うことにより取得しておいた前記試験体の前記シーリング材と被着材との接着強度と、前記算出工程で算出された引張応力と、に基づいて、前記シーリング材の前記目地との界面破壊の危険性を予測する、請求項1に記載のシーリング材の劣化診断方法。
【請求項3】
前記診断工程では、前記算出工程で算出された引張応力の算出値と、前記シーリング材の引張応力の初期値に対する前記算出値の比率と、に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する、請求項1に記載のシーリング材の劣化診断方法。
【請求項4】
前記採取工程では、前記目地から前記シーリング材を厚み方向に複数の層を採取し、
前記測定工程では、前記採取工程で採取された前記複数の層ごとに前記動的粘弾性測定を行うことにより、前記複数の層ごとに損失正接tanδを取得し、
前記算出工程では、前記測定工程で取得された前記複数の層ごとの損失正接tanδに基づいて、前記複数の層ごとに引張応力を算出し、
前記診断工程では、前記算出工程で算出された前記複数の層ごとの引張応力の平均値に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する、請求項1に記載のシーリング材の劣化診断方法。
【請求項5】
前記測定工程では、前記採取工程で採取された前記複数の層のうち、ひび割れが発生していない層のみ前記動的粘弾性測定を行うことにより、前記ひび割れが発生していない層ごとに損失正接tanδを取得し、
前記算出工程では、前記測定工程で取得された前記ひび割れが発生していない層ごとの損失正接tanδに基づいて、前記ひび割れが発生していない層ごとに引張応力を算出し、
前記診断工程では、前記算出工程で算出された前記ひび割れが発生していない層ごとの引張応力の平均値に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する、請求項4に記載のシーリング材の劣化診断方法。
【請求項6】
建物の外壁の目地に充填されたシーリング材の劣化を診断するシーリング材の劣化診断装置であって、
前記目地に充填されたシーリング材と同一の材料からなり且つ劣化度の異なる複数のシーリング材について動的粘弾性測定及び引張試験を行うことにより取得された損失正接tanδと引張応力の関係を記憶する記憶部と、
前記目地から採取された前記シーリング材について動的粘弾性測定を行うことにより得られた損失正接tanδを取得する取得部と、
前記記憶部に記憶された前記損失正接tanδと引張応力の関係と、前記取得部で取得された前記シーリング材の損失正接tanδと、に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の引張応力を算出する算出部と、
前記算出部で算出された引張応力に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する診断部と、を備える、シーリング材の劣化診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シーリング材の劣化診断方法及びシーリング材の劣化診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
建物の外壁の目地(外壁部材と外壁部材との間のジョイント部)には、防水性能を確保する目的で建築用のシーリング材が充填される。屋外環境に曝される外壁に充填されたシーリング材は、気象条件(日照、気温、降雨)などの劣化外力に加え、外壁部材の温度変化によって生じる温度ムーブメント及び風圧力や地震等による建物の変形によって生じる層間ムーブメントなどのムーブメントを経年で受けることにより、シーリング材の外壁部材との接着力の低下やシーリング材表面の硬化に伴うひび割れの発生が起こることがある。さらに、目地ムーブメントが作用すると、このひび割れが進行し、結果としてシーリング材と目地との間で界面破壊(界面剥離、シーリング材の破壊、外壁部材の破壊)が生じることがある。また、シーリング材表面にひび割れが発生していなくても、経年変化によってシーリング材は硬化する。シーリング材の硬化が進行しすぎると、ムーブメントに追従できなくなり、目地ムーブメントの発生時にシーリング材と目地との界面に作用する力が大きくなって、界面破壊が生じやすくなる。
【0003】
外壁の目地とシーリング材との間で界面破壊が生じると防水性能を確保できなくなり、漏水の原因となる。このため、日常点検や定期点検などにより、シーリング材の劣化度を診断して、シーリング材の補修・改修の要否を判断することが行われている(非特許文献1参照)。
【0004】
シーリング材の劣化状態を診断する方法としては、次のような方法が知られている。
(1)シーリング材と被着体(外壁部材)の接着面付近を木製のへら又は指等で強く押して、シーリング材と被着体との界面破壊(接着破壊)の有無を確認する方法(非特許文献2参照)。
(2)カッターでシーリング材を、根元部分を残しながらひも状に切断する。次いで、切断したひも状のシーリング材を被着体に対して90度の方向に、シーリング材が破断するまで手で引張り、破壊開始時の伸び量を測定するとともに破壊状態を観察する方法(非特許文献2参照)。
(3)原則として50cmの試料(シーリング材)を採取し、採取した試料を10cmの長さごとに切断し、切断した試料をスライスした試験片について外観検査を実施した後、硬さ試験と引張試験を行う方法(非特許文献3参照)。
(4)外壁の目地からシーリング材を部分的に切り抜き、切り抜いたシーリング材の切断側面の硬度を、デュロメータ(ゴム硬度計)を用いて測定する方法(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「建築保全標準・同解説 JAMS3-RC 調査・診断標準仕様書-鉄筋コンクリート造建築物」、日本建築学会、2021年、p.171-175
【非特許文献2】「建築用シーリング材ハンドブック2017」、日本シーリング材工業会、2017年、p.96-99
【非特許文献3】「外壁接合部の水密設計および施工に関する技術指針・同解説」、日本建築学会、2008年、p.202-210
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した(1)及び(2)の方法は、シーリング材の劣化度を定量化することが困難である。また、測定者の力の入れ具合によって、シーリング材と被着体との間の界面の状態にバラツキが生じるおそれがあり、シーリング材の劣化度を高い精度で診断することが困難となるおそれがある。上述した(3)の方法は、比較的長尺なシーリング材(原則として50cm)を採取する必要があり、シーリング材を採取した部分の修復が煩雑で時間がかかる。上述した(4)の方法では、シーリング材は経年で表面から劣化することにより表面層と内部層とで硬度が大きく異なる(表面層付近は硬度が相対的に大きくなり、内部層は硬度が相対的に小さくなる)。このため、切断側面の硬度の測定位置、即ちデュロメータの押針の押し込み位置によって、得られる硬度の値にバラツキが生じるおそれがある。また、切断側面の硬度は、デュロメータの押針の押込み(圧縮)によって測定したシーリング材の硬化度合を求めているため、従来から行われてきた引張試験での伸びや引張強度で得られるシーリング材と被着体との間の界面破壊との関係性を十分に評価できない。このため、切断側面の硬度では、シーリング材の劣化度を高い精度で診断することが難しい場合がある。
【0008】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、建物の外壁の目地に充填されたシーリング材の採取量が少量であっても、その目地に充填されたシーリング材の劣化度を高い精度で診断することができるシーリング材の劣化診断方法及びシーリング材の劣化診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、シーリング材の損失正接tanδとそのシーリング材の引張応力とが高い相関性を有していて、シーリング材の損失正接tanδから引張応力を算出することによってシーリング材の劣化を診断することが可能となることを見出した。そして、シーリング材の損失正接tanδは、採取量が比較的少量であっても高い精度で測定することが可能であることを確認して、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は以下のものを提供する。
【0010】
(1)建物の外壁の目地に充填されたシーリング材の劣化を診断するシーリング材の劣化診断方法であって、
前記目地から前記シーリング材を採取する採取工程と、
前記採取工程で採取されたシーリング材について動的粘弾性測定を行うことにより損失正接tanδを取得する測定工程と、
前記目地に充填されたシーリング材と同一の材料からなり且つ劣化度の異なる複数のシーリング材について、予め前記動的粘弾性測定及び引張試験を行うことにより取得しておいた損失正接tanδと引張応力の関係と、前記測定工程で取得された損失正接tanδと、に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の引張応力を算出する算出工程と、
前記算出工程で算出された引張応力に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する診断工程と、を有する、シーリング材の劣化診断方法。
【0011】
(1)の発明によれば、少量の採取量で測定することができるシーリング材の損失正接tanδを用いるので、目地に充填されたシーリング材の採取量を少量とすることができる。このため、シーリング材を採取した後の外壁の目地の修復が容易となる。また、採取したシーリング材の引張応力を、予め取得しておいた損失正接tanδと引張応力の関係を用いて算出するので、算出された引張応力は精度が高い。さらに、算出された引張応力は、シーリング材の劣化度を指標するシーリング材と目地との界面破壊の起こりやすさと高い関係性を有する。このため、(1)の発明によれば、シーリング材の劣化度を精度よく診断することができる。
【0012】
(2)前記診断工程において、前記目地に充填されたシーリング材と同一の材料からなる試験用シーリング材を、前記外壁と同一の材料からなる一対の被着材の間に充填した試験体に対して、予めJIS A 1439に準拠した引張接着性試験を行うことにより取得しておいた前記試験用シーリング材と前記被着材との接着強度と、前記算出工程で算出された引張応力と、に基づいて、前記シーリング材の前記目地との界面破壊の危険性を予測する、(1)に記載のシーリング材の劣化診断方法。
【0013】
(2)の発明において取得される試験用シーリング材と被着材との接着強度は、診断対象のシーリング材と目地との初期の接着強度に相当する。よって、この接着強度と診断対象のシーリング材の引張応力とを用いることにより、シーリング材の目地との界面破壊の危険性を精度よく予測することができる。
【0014】
(3)前記診断工程では、前記算出工程で算出された引張応力の算出値と、前記シーリング材の引張応力の初期値に対する前記算出値の比率と、に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する、(1)又は(2)に記載のシーリング材の劣化診断方法。
【0015】
(3)の発明によれば、シーリング材の引張応力の初期値に基づいてシーリング材の劣化度を診断するので、シーリング材の劣化度をより精度よく診断することができる。
【0016】
(4)前記採取工程では、前記目地から前記シーリング材を厚み方向に複数の層を採取し、
前記測定工程では、前記採取工程で採取された前記複数の層ごとに前記動的粘弾性測定を行うことにより、前記複数の層ごとに損失正接tanδを取得し、
前記算出工程では、前記測定工程で取得された前記複数の層ごとの損失正接tanδに基づいて、前記複数の層ごとに引張応力を算出し、
前記診断工程では、前記算出工程で算出された前記複数の層ごとの引張応力の平均値に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する、(1)から(3)のいずれか1つに記載のシーリング材の劣化診断方法。
【0017】
(4)の発明によれば、診断対象のシーリング材の厚み方向に損失正接tanδのバラツキがある場合でも、シーリング材の劣化度を精度よく診断することができる。
【0018】
(5)前記測定工程では、前記採取工程で採取された前記複数の層のうち、ひび割れが発生していない層のみ前記動的粘弾性測定を行うことにより、前記ひび割れが発生していない層ごとに損失正接tanδを取得し、
前記算出工程では、前記測定工程で取得された前記ひび割れが発生していない層ごとの損失正接tanδに基づいて、前記ひび割れが発生していない層ごとに引張応力を算出し、
前記診断工程では、前記算出工程で算出された前記ひび割れが発生していない層ごとの引張応力の平均値に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する、(4)に記載のシーリング材の劣化診断方法。
【0019】
(5)の発明によれば、診断対象のシーリング材の一部にひび割れが発生している場合でも、シーリング材の劣化度をより精度よく診断することができる。
【0020】
(6)建物の外壁の目地に充填されたシーリング材の劣化を診断するシーリング材の劣化診断装置であって、
前記目地に充填されたシーリング材と同一の材料からなり且つ劣化度の異なる複数のシーリング材について動的粘弾性測定及び引張試験を行うことにより取得された損失正接tanδと引張応力の関係を記憶する記憶部と、
前記目地から採取された前記シーリング材について動的粘弾性測定を行うことにより得られた損失正接tanδを取得する取得部と、
前記記憶部に記憶された前記損失正接tanδと引張応力の関係と、前記取得部で取得された前記シーリング材の損失正接tanδと、に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の引張応力を算出する算出部と、
前記算出部で算出された引張応力に基づいて、前記目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する診断部と、を備える、シーリング材の劣化診断装置。
【0021】
(6)の発明によれば、少量の採取量で測定することができるシーリング材の損失正接tanδを用いるので、目地に充填されたシーリング材の採取量を少量とすることができる。このため、シーリング材を採取した後の外壁の目地の修復が容易となる。また、(6)の発明によれば、算出部において、目地に充填されたシーリング材の引張応力を、記憶部に記憶された損失正接tanδと引張応力の関係を用いて算出するので、算出された引張応力は精度が高い。シーリング材の引張応力は、シーリング材と目地との界面破壊の起こりやすさと高い相関性を有する。このため、診断部において、シーリング材の劣化度を精度よく診断することができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、建物の外壁の目地に充填されたシーリング材の採取量が少量であっても、その目地に充填されたシーリング材の劣化度を精度よく診断することができるシーリング材の劣化診断方法及びシーリング材の劣化診断装置を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】シーリング材を有する建物の外壁の一例を示す断面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係るシーリング材の劣化診断方法を示すフロー図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係るシーリング材の劣化診断方法の採取工程で採取されるシーリング材の一例の斜視図である。
【
図4】シーリング材を有する建物の外壁の別の一例を示す断面図である。
【
図5】本発明の一実施形態に係るシーリング材の劣化診断方法の測定工程で測定される温度分散の貯蔵弾性率E’の一例を示すグラフである。
【
図6】本発明の一実施形態に係るシーリング材の劣化診断方法の測定工程で測定される温度分散の損失弾性率E’’の一例を示すグラフである。
【
図7】本発明の一実施形態に係るシーリング材の劣化診断方法の測定工程で測定される温度分散の損失正接tanδの一例を示すグラフである。
【
図8】シーリング材と目地との接着強度及びシーリング材の引張強度の経時変化を示す概念図である。
【
図9】本発明の一実施形態に係るシーリング材の劣化診断方法で用いることができる検量線の作成方法の一例を示すフロー図である。
【
図10】本発明の一実施形態に係るシーリング材の劣化診断方法で用いる検量線作成用試験体の一例の斜視図である。
【
図11】シーリング材の経時的な損失正接tanδの変化の一例を示すグラフである。
【
図12】本発明の一実施形態に係るシーリング材の劣化診断方法で用いることができる検量線の一例を示すグラフである。
【
図13】本発明の一実施形態に係るシーリング材の劣化診断方法に有利に利用することができるシーリング材の劣化診断システムの一例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について、添付の図面を参照しながら説明する。
【0025】
<シーリング材の劣化診断方法>
本発明の一実施形態であるシーリング材の劣化診断方法において、診断対象のシーリング材10は、
図1に示すように、建物の外壁1の外壁部材11と外壁部材11との間のジョイント部である目地12に充填されている。シーリング材10の例としてはシリコーン系シーリング材、変性シリコーン系シーリング材、ポリイソブチレン系シーリング材、ポリサルファイド系シーリング材、ポリウレタン系シーリング材、アクリル系シーリング材、アクリルウレタン系シーリング材、シリル化アクリレート系シーリング材を挙げることができる。シーリング材10は、1成分形であってもよいし、2成分形であってもよい。外壁部材11の例としてはガラス、金属パネル、PCaパネル、ALCパネル、塗装アルミニウムパネル、塗装鋼板パネル、ほうろう鋼板パネル、GRC(ガラス繊維補強コンクリート)、押出成形パネル、窯業系サイディング、石、コンクリート、タイルを挙げることができる。
【0026】
本実施形態に係るシーリング材の劣化診断方法は、
図2に示すように、採取工程S11と、測定工程S12と、算出工程S13と、診断工程S14と、を有する。
【0027】
(採取工程S11)
採取工程S11は、外壁部材11の目地12からシーリング材10を採取する工程である。採取するシーリング材の長さLは、20~50mmの範囲内であってよい。シーリング材10の採取方法は特に制限なく、例えばカッターを用いてブロック状に切り抜く方法を用いてもよい。
【0028】
シーリング材10の採取は、外壁1の複数箇所で行ってもよい。建物の外壁1は、部分的に日照時間や雨水との触れやすさなどの環境条件が異なる場合がある。このため、外壁1の複数箇所から採取したシーリング材10について劣化度を診断することによって、外壁1全体のシーリング材10の劣化度を精度よく把握することができる。シーリング材10の採取は、例えば、外壁1の高さ方向5mに対して1か所以上行ってもよい。
【0029】
(測定工程S12)
測定工程S12は、採取工程S11で採取されたシーリング材10について動的粘弾性測定(DMA)を行うことにより損失正接tanδを取得する工程である。動的粘弾性測定に供する試料は、採取したブロック状のシーリング材10を、
図3に示すように、厚み方向にスライスして、複数の層としてもよい。本実施形態では、ブロック状のシーリング材10を、5つの層状シーリング材L1~L5としているが、層の数はこれに限定されるものではない。層状シーリング材L1は外壁1の表面側の層であり、層状シーリング材L5は外壁1の裏面側の層である。層状シーリング材L1~L5のサイズは測定装置に適用できる大きさ(長さ×幅×厚み)によるが、長さLが20mm、長さ方向に直交する面の断面積が2~10mm
2の範囲内にあることが好ましい。損失正接tanδは、動的粘弾性測定を行うことにより、貯蔵弾性率E’と、損失弾性率E’’を得て、得られた貯蔵弾性率E’に対する損失弾性率E’’の比率E’’/E’を算出することによって取得することできる。動的粘弾性の測定は、市販の動的粘弾性測定装置を用いて常法により行うことができる。なお、
図4に示すように、シーリング材10aの表面にひび割れ13が発生した外壁1aでは、5つの層状シーリング材L1~L5のうちのひび割れ13が発生していない層状シーリング材L3~L5を用いて、シーリング材10の劣化診断を行ってもよい。
【0030】
図5~7は、2成分形変性シリコーン系シーリング材を用いたシーリング材10から採取した層状シーリング材L1~L5の動的粘弾性の測定結果である。
図5は、横軸に測定温度、縦軸に貯蔵弾性率E’を表した貯蔵弾性率E’の温度分散のデータから作成したグラフである。
図6は、横軸に測定温度、縦軸に損失弾性率E’’を表した損失弾性率E’’の温度分散のデータから作成したグラフである。
図7は、横軸に測定温度、縦軸に損失正接tanδを表した損失正接tanδの温度分散のデータから作成したグラフである。
図7に示すように、層状シーリング材L1~L5の損失正接tanδはそれぞれ異なっており、シーリング材10は厚み方向に損失正接tanδは分布があることがわかる。本実施形態では、層状シーリング材L1~L5の損失正接tanδの平均を用いて、シーリング材10全体の劣化度を診断する。ただし、本発明はこれに限定されるものではなく、各層状シーリング材L1~L5の損失正接tanδを用いて、層状シーリング材L1~L5ごとの劣化度を診断してもよい。また、シーリング材10の表面側である層状シーリング材L1が健全でひび割れがなければ、層状シーリング材L1の劣化度のみを診断してもよい。
【0031】
(算出工程S13)
算出工程S13は、目地12に充填されたシーリング材10と同一の材料からなり且つ劣化度の異なる複数のシーリング材について、予め動的粘弾性測定及び引張試験を行うことにより取得しておいた損失正接tanδと引張応力の関係と、測定工程S12で取得された損失正接tanδと、に基づいて、目地12に充填されたシーリング材10の引張応力を算出する工程である。引張応力は特に制限なく、例えば50%引張応力であってもよい。シーリング材10の引張応力の算出方法としては、例えば損失正接tanδと引張応力の関係を示す検量線を作成し、次いで、得られた検量線に測定工程S12で取得された損失正接tanδの最大値を代入する方法を用いることができる。検量線の作成方法は、後述する。
【0032】
(診断工程S14)
診断工程S14は、算出工程S13で算出された引張応力に基づいて、目地12に充填されたシーリング材10の劣化度を診断する工程である。劣化度は、例えばシーリング材10の初期の50%引張応力σ0に対する算出工程S13で算出された50%引張応力σの算出値の比率σ/σ0に基づいて診断してもよい。劣化度の判断基準として、例えば比率σ/σ0が1/3以上3倍未満である場合は劣化度を軽微とし、比率σ/σ0が1/5以上1/3未満又は3倍以上5倍未満である場合は劣化度を中度とし、比率σ/σ0が1/5未満又は5倍以上である場合は劣化度を重度としてもよい。なお、軽微は、シーリング材による防水性能を期待できる状態であり、中度は、シーリング材の劣化は進行しているが、ただちに漏水が生じるほどでない状態であり、シーリング材の劣化が顕著で、漏水が生ずる可能性が高い状態である。
【0033】
劣化度は、引張応力以外の物性との組み合わせに基づいて診断してもよい。例えば、劣化度を50%引張応力と伸びとに基づいて診断してもよい。この場合、シーリング材10の伸びとして、採取したシーリング材の破断時の伸び(%)を別途測定する。シーリング材の破断時の伸び(%)は、例えば卓上小型引張試験機を用いて測定することができる。50%引張応力と伸びとに基づいて診断の判断基準は、例えば「建築保全標準・同解説 JAMS3-RC 調査・診断標準仕様書-鉄筋コンクリート造建築物」(日本建築学会、2021年)の174頁に記載された解説表4.49に示された基準を用いてもよい。
【0034】
さらに、診断工程S14では、シーリング材10の目地12との界面破壊の危険性を予測してもよい。
図8は、シーリング材10と目地12との接着強度及びシーリング材10の引張強度の経時変化を示す概念図であり、実線は接着強度の正規分布を表し、一点鎖線は引張応力の正規分布を表し、波線は正規分布の平均を示す。シーリング材10と目地12とを接着させるために必要な接着強度は、目地12にシーリング材10を充填したときの初期接着強度から経時的に変動しない。このため、
図8に示すように、シーリング材10と目地12との接着強度は経時的に一定である。これに対して、シーリング材10は時間の経過に従って劣化して硬化する。このため、
図8に示すように、シーリング材10の引張応力は経時的に高くなる。シーリング材10の引張応力が経時的に高くなり、初期接着強度に近づくと、シーリング材10と目地12との間で界面破壊(接着破壊)が起こりやすくなる。このため、予めシーリング材10と目地12との接着強度を取得しておくことによって、シーリング材10の目地12との界面破壊の危険性を予測することができる。
【0035】
シーリング材10と目地12との接着強度は、例えば次のようにして取得することができる。先ず、目地12に充填されたシーリング材10と同一の材料からなる試験用シーリング材を、外壁1の外壁部材11と同一の材料からなる一対の被着材の間に充填した接着強度測定用試験体を作製する。次いで、この接着強度測定用試験体に対して、JIS A 1439:2016(建築用シーリング材の試験方法)に準拠した引張接着性試験を行って接着強度を測定する。この取得方法を用いることによって、外壁1の目地12に充填されたシーリング材10を採取しなくても、シーリング材10と目地12との初期接着強度に相当する接着強度を測定することができる。
【0036】
シーリング材10の目地12との界面破壊の危険性は、例えば初期接着強度S0に対する算出工程S13で算出された50%引張応力σの算出値の比率σ/S0に基づいて推定してもよい。例えば、比率σ/S0が3倍未満である場合は危険性を低いとし、比率σ/S0が3倍以上である場合は危険性を高いとしてもよい。
【0037】
<検量線の作成方法>
検量線の作成方法としては、
図9に示すように、検量線作成用試験体作製工程S21と、採取工程S22と、測定工程S23と、検量線作成工程S24と、を有する方法を用いることができる。
【0038】
(検量線作成用試験体作製工程S21)
検量線作成用試験体作製工程S21は、検量線作成用試験体を作製する工程である。検量線作成用試験体2は、
図10に示すように、検量線作成の対象となる検量線作成用シーリング材20と、検量線作成用シーリング材20を挟持する一対の被着材21とからなる積層体であってもよい。検量線作成用シーリング材20は、外壁1の目地12に充填されたシーリング材10と同一の材料からなる。検量線作成用試験体2を、例えば保存期間及び保存環境の一方又は両方が異なる条件で保存することによって、劣化度の異なる複数の検量線作成用シーリング材20を得ることができる。劣化度の異なる複数の検量線作成用シーリング材20を得る方法としては、例えば検量線作成用試験体2を年平均気温や年平均日照時間が異なる環境で所定の時間暴露する方法及び検量線作成用試験体2の暴露時間を変える方法を用いることができる。本実施例では、年平均気温が低く且つ年平均日照時間が短くて、熱や紫外線などの影響が少ない環境として旭川市(北海道)を選定し、年平均気温が高く且つ年平均日照時間が長くて、熱や紫外線などの影響が大きい環境として宮古島市(沖縄県)を選定して、検量線作成用試験体2を4年間暴露した。
【0039】
(採取工程S22)
採取工程S22は、検量線作成用試験体2から検量線作成用シーリング材20を採取する工程である。採取工程S22で採取する検量線作成用シーリング材20の形状やサイズは、上述のシーリング材の劣化診断方法の採取工程S11で採取するシーリング材10の形状やサイズと同じとしてもよい。
【0040】
(測定工程S23)
測定工程S23は、採取工程S22で採取された検量線作成用シーリング材20について動的粘弾性測定を行うことにより損失正接tanδを取得し、且つ引張試験を行うことにより引張応力を測定する工程である。損失正接tanδの取得方法は、上述のシーリング材の劣化診断方法の測定工程S12で測定するシーリング材10の損失正接tanδの取得方法と同じであってもよい。引張試験は、JIS A 1439:2016(建築用シーリング材の試験方法)の5.3引張特性試験に準拠する方法により行うことができる。引張応力の測定は、例えばISO型試験体を用いて、引張速度5.5±0.7mm/minの条件で行うことができる。
【0041】
図11は、シーリング材の経時的な損失正接tanδの変化の一例を示すグラフである。
図11において、初期は作製直後の検量線作成用試験体2から採取した検量線作成用シーリング材20の損失正接tanδである。1年後及び4年後はそれぞれ旭川市で1年間及び4年間暴露した検量線作成用試験体2から採取した検量線作成用シーリング材20の損失正接tanδである。なお、検量線作成用シーリング材20の損失正接tanδの測定部位は、
図3に示すシーリング材10の層状シーリング材L1に相当する部分である。また、検量線作成用シーリング材20は、2成分形変性シリコーン系シーリング材である。
図11に示すように、検量線作成用シーリング材20の損失正接tanδは経時的に低下する。この結果から、暴露時間を変えることによって、検量線作成用シーリング材20の劣化度を調整できることがわかる。
【0042】
(検量線作成工程S24)
検量線作成工程S24は、測定工程S23で取得された損失正接tanδと引張応力とから検量線を作成する工程である。
図12は、検量線の一例を示すグラフである。
図12に示す検量線は、作製直後の検量線作成用試験体2と、旭川市及び宮古島市でそれぞれ4年間暴露した検量線作成用試験体2とから採取した検量線作成用シーリング材20の損失正接tanδと50%引張応力とから作成したものである。
図12に示すように、検量線は、傾きが負の一次関数で表される。この検量線に、上述の測定工程S12で取得された損失正接tanδの最大値を代入することによって、目地12に充填されたシーリング材10の引張応力を算出することができる。
【0043】
以上のような構成とされた本実施形態のシーリング材10の劣化診断方法によれば、目地12に充填されたシーリング材10の採取サイズを最長で50mmとすることができ、例えば「建築保全標準・同解説 JAMS3-RC 調査・診断標準仕様書-鉄筋コンクリート造建築物」(日本建築学会、2021年)の173頁に記載されている解説では、余裕を見込んで50cm程度採取することが望ましいとされているのに対し、シーリング材10の採取量を1/10程度のシーリング材10の採取量を少量とすることができる。このため、シーリング材10を採取した後の外壁1の目地12の修復が容易となる。また、本実施形態のシーリング材10の劣化診断方法によれば、採取したシーリング材10の引張応力を、予め取得しておいた損失正接tanδと引張応力の関係を用いて算出するので、算出された引張応力は精度が高い。このため、本実施形態のシーリング材10の劣化診断方法によれば、シーリング材10の劣化度を精度よく診断することができる。
【0044】
本実施形態のシーリング材10の劣化診断方法によれば、シーリング材10と同一の材料からなる試験用シーリング材を、外壁1の外壁部材11と同一の材料からなる一対の被着材の間に充填した試験体を用いて試験用シーリング材と被着材との接着強度を予め取得することによって、シーリング材10の目地12との界面破壊の危険性を精度よく予測することができる。また、本実施形態のシーリング材10の劣化診断方法によれば、シーリング材10の引張応力の初期値に基づいてシーリング材10の劣化度を診断することにより、シーリング材10の劣化度をより精度よく診断することができる。
【0045】
本実施形態のシーリング材10の劣化診断方法によれば、採取工程S11において、シーリング材10を、複数の層状シーリング材L1~L5として採取し、診断工程S14において、複数の層状シーリング材L1~L5ごとの引張応力の平均値に基づいて、目地12に充填されたシーリング材10の劣化度を診断することによって、診断対象のシーリング材10の厚み方向に損失正接tanδのバラツキがある場合でも、シーリング材10の劣化度を精度よく診断することができる。また、診断対象のシーリング材10の一部にひび割れが発生している場合は、ひび割れが発生していない層状シーリング材ごとの引張応力の平均値に基づいて、目地12に充填されたシーリング材10の劣化度を診断することによって、シーリング材10の劣化度をより精度よく診断することができる。
【0046】
<シーリング材の劣化診断システム>
シーリング材の劣化診断システム3は、
図13に示すように、測定装置30と、劣化診断装置31とを有する。
【0047】
(測定装置30)
測定装置30は、目地から採取されたシーリング材について動的粘弾性測定を行う装置である。測定装置30としては、市販の動的粘弾性測定装置を用いることができる。
【0048】
(劣化診断装置31)
劣化診断装置31は、記憶部32と、取得部33と、算出部34と、診断部35と、を備える。劣化診断装置31は、例えば、パーソナルコンピュータであってもよいし、サーバコンピュータであってもよい。劣化診断装置31は、測定装置30に組み込まれていてもよいし、測定装置30とは別に設けられていてもよい。
【0049】
記憶部32は、例えば目地に充填されたシーリング材と同一の材料からなり且つ劣化度の異なる複数のシーリング材について動的粘弾性測定及び引張試験を行うことにより取得された損失正接tanδと引張応力の関係を記憶する。損失正接tanδと引張応力の関係は、検量線の関数として記録されていてもよい。
【0050】
取得部33は、測定装置30に接続し、測定装置30で動的粘弾性測定を行うことにより得られた損失正接tanδを取得する。取得部33と測定装置30とは、有線で接続されていてもよいし、無線で接続されていてもよい。
【0051】
算出部34は、記憶部32と取得部33とに接続している。算出部34は、記憶部32に記憶された損失正接tanδと引張応力の関係と、取得部33で取得されたシーリング材の損失正接tanδと、に基づいて、目地に充填されたシーリング材の引張応力を算出する。
【0052】
診断部35は、算出部34に接続する。診断部35は、算出部34で算出された引張応力に基づいて、目地に充填されたシーリング材の劣化度を診断する。
診断部35で診断された結果は、例えばディスプレイに表示してもよいし、印刷してもよい。
【0053】
以上のような構成とされた本実施形態のシーリング材の劣化診断システム3及び劣化診断装置31によれば、少量の採取量で測定することができるシーリング材10の損失正接tanδを用いるので、目地に充填されたシーリング材10の採取量を少量とすることができる。このため、シーリング材10を採取した後の外壁1の目地12の修復が容易となる。また、本実施形態のシーリング材の劣化診断システム3及び劣化診断装置31によれば、算出部34において、目地に充填されたシーリング材の引張応力を、記憶部32に記憶された損失正接tanδと引張応力の関係を用いて算出するので、算出された引張応力は精度が高い。このため、診断部35において、シーリング材の劣化度を精度よく診断することができる。
【0054】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上述の実施形態に制限されるものではなく、適宜変更が可能である。
【0055】
例えば、本実施形態では、貯蔵弾性率E’、損失弾性率E’’及び損失正接tanδの各データを温度分散のデータとしたが、周波数分散のデータとしてもよい。
【符号の説明】
【0056】
1、1a 外壁
2 検量線作成用試験体
3 シーリング材の劣化診断システム
10、10a シーリング材
11 外壁部材
12 目地
13 割れ
20 検量線作成用シーリング材
21 被着材
30 測定装置
31 劣化診断装置
32 記憶部
33 取得部
34 算出部
35 診断部