(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024064675
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】新規イオン伝導性有機ゲル
(51)【国際特許分類】
C08J 3/24 20060101AFI20240507BHJP
【FI】
C08J3/24 Z CEP
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022173437
(22)【出願日】2022-10-28
(71)【出願人】
【識別番号】507106180
【氏名又は名称】環テックス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】501186173
【氏名又は名称】国立研究開発法人森林研究・整備機構
(71)【出願人】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(71)【出願人】
【識別番号】504119985
【氏名又は名称】片山 義博
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】道信 剛志
(72)【発明者】
【氏名】ジア ハン
(72)【発明者】
【氏名】片山 義博
(72)【発明者】
【氏名】中村 雅哉
(72)【発明者】
【氏名】政井 英司
(72)【発明者】
【氏名】亀山 敏治
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 惇
(72)【発明者】
【氏名】亀山 昂暉
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 立維
【テーマコード(参考)】
4F070
【Fターム(参考)】
4F070AA02
4F070AC40
4F070AC47
4F070AE08
4F070AE28
4F070GA10
4F070GB05
(57)【要約】
【課題】新規イオン伝導性有機ゲル及びその製造方法の提供。
【解決手段】
本発明は、セルロース及び有機ゲル化剤を含む有機ゲルであって、
前記有機ゲル化剤が、6員の芳香環化合物であり、
前記6員の芳香環は2つのカルボキシル基で置換されており、ここで、前記2つのカルボキシル基は、当該芳香環において互いにメタ位に位置する、
有機ゲル。好ましくは、前記有機ゲル化剤は、2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース及び有機ゲル化剤を含む有機ゲルであって、
前記有機ゲル化剤が、6員の芳香環化合物であり、
前記6員の芳香環は2つのカルボキシル基で置換されており、ここで、前記2つのカルボキシル基は、当該芳香環において互いにメタ位に位置する、
有機ゲル。
【請求項2】
前記6員の芳香環がさらにオキソ基で置換されている、請求項1に記載の有機ゲル。
【請求項3】
前記6員の芳香環が環原子としてO、N及びSから選択されるヘテロ原子を含む、請求項1に記載の有機ゲル。
【請求項4】
前記有機ゲル化剤が、2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)
【化1】
である、請求項1に記載の有機ゲル。
【請求項5】
前記有機ゲル化剤が、イソフタル酸
【化2】
である、請求項1に記載の有機ゲル。
【請求項6】
ジメチルアセトアミド(DMAc)及び塩化リチウムをさらに含む、請求項1に記載の有機ゲル。
【請求項7】
セルロースの重量に対し、8重量%~14重量%の有機ゲル化剤を含む、請求項1に記載の有機ゲル。
【請求項8】
イオン電導性を有する、請求項1に記載の有機ゲル。
【請求項9】
セルロースを含有する有機ゲルを製造するための方法であって、
塩化リチウムを含有するジメチルアセトアミド(DMAc)に、セルロースを混合し、セルロースDMAc溶液を得ること、及び
前記セルロースDMAc溶液と、有機ゲル化剤を混合すること、
を含み、ここで、
前記有機ゲル化剤が、6員の芳香環化合物であり、
前記6員の芳香環は2つのカルボキシル基で置換されており、ここで、前記2つのカルボキシル基は、当該芳香環において互いにメタ位に位置する、
方法。
【請求項10】
前記有機ゲル化剤が、2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)又はイソフタル酸である、請求項9に記載の有機ゲル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規イオン伝導性有機ゲル及びその製造方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
有機ゲルは、ハイドロゲルの本質的な欠点を克服するものとして注目されている(非特許文献1、2)。ハイドロゲルは耐熱性や脱水性が低いため、極限環境下で使用される材料への応用は困難である。この問題を克服するために有機ゲルの開発が必要である。これまで、有機ゲルはアクチュエータ(非特許文献2、3)、防汚材料(非特許文献4)、耐凍結性ソフトマテリアル(非特許文献2、5)などへの応用が検討されてきた。
【0003】
ハイドロゲルや有機ゲルを作製するための様々な材料の中で、自然界に最も多く存在する材料の一つであるセルロースは、柔軟性、加工の容易さ、良好な機械強度、生分解性といった利点から広く利用されている(非特許文献6、7)。例えば、Jiangら(非特許文献8)は、ジメチルスルホキシド-水溶媒系でポリビニルアルコールとセルロースナノフィブリル(CNF)をゾル-ゲル転移させて、有機ハイドロゲルを作製した。このイオン伝導性有機ハイドロゲルは、良好な耐凍結性、柔軟性、および伝導性を同時に備えていた。Tsukrukら(非特許文献9)は、セルロースナノ結晶と高分岐ポリマーイオン液体をマトリックス材料として作製した形状保持型イオンゲルを報告した。このイオンゲルは高い機械的強度とイオン伝導性を両立していた。
【0004】
しかしながら、セルロース系ハイドロゲルや有機ゲルの作製工程は、比較的長い時間を要したり、ゲル化誘導のための温度調整が必要であった(非特許文献10、11、12)。例えば、Vendittiら(非特許文献10)は、微結晶セルロース粉末をジメチルアセトアミド(DMAc)/塩化リチウム(LiCl)に溶解し、アセトンに一定時間浸した後、水で5時間洗浄してDMAcゲルを調製するといった、条件設定が煩雑で、しかも時間のかかる工程を利用する。
【0005】
従って、簡便かつ短時間で製造でき、かつ従来品に比べ耐凍結性、柔軟性、伝導性などの点で匹敵する、又は優れる有機ゲルの出現が所望されていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Scheiger J M, Li S, Brehm M, et al. Advanced Functional Materials, 2021, 31(49): 2105681.
【非特許文献2】Zhang Y, Zhao Y, Peng Z, et al. ACS Materials Letters, 2021, 3(10): 1477-1483.
【非特許文献3】Jeong Y R, Kim J, Xie Z, et al. NPG Asia Materials, 2017, 9(10): e443-e443.
【非特許文献4】Wang Y, Yao X, Wu S, et al. Advanced Materials, 2017, 29(26): 1700865.
【非特許文献5】Gao H, Zhao Z, Cai Y, et al. Nature Communications, 2017, 8(1): 1-8.
【非特許文献6】Chen C, Hu L. Accounts of Chemical Research, 2018, 51(12): 3154-3165.
【非特許文献7】Klemm D, Heublein B, Fink H P, et al. Angewandte Chemie International Edition, 2005, 44(22): 3358-3393.
【非特許文献8】Ye Y, Zhang Y, Chen Y, et al. Advanced Functional Materials, 2020, 30(35): 2003430.
【非特許文献9】Lee H, Erwin A, Buxton M L, et al. Advanced Functional Materials, 2021, 31(38): 2103083.
【非特許文献10】Sadeghifar H, Venditti R A, Pawlak J J, et al. BioResources, 2019, 14(4): 9021-9032.
【非特許文献11】Phruksaphithak N, Goomuang N, Jaema N. Trans Tech Publications Ltd, 2020, 861: 383-387.
【非特許文献12】Ye D, Cheng Q, Zhang Q, et al. ACS Applied Materials & Interfaces, 2017, 9(49): 43154-43162.
【非特許文献13】Michinobu T, Bito M, Yamada Y, et al. Bulletin of the Chemical Society of Japan, 2007, 80(12): 2436-2442.
【非特許文献14】Zhang C, Liu R, Xiang J, et al. The Journal of Physical Chemistry B, 2014, 118(31): 9507-9514.
【非特許文献15】Michinobu T, Hishida M, Sato M, et al. Polymer Journal, 2008, 40(1): 68-75.
【非特許文献16】Morgenstern B, Kammer H W, Berger W, et al. Acta Polymerica, 1992, 43(6): 356-357.
【非特許文献17】McCormick C L, Callais P A, Hutchinson Jr B H. Macromolecules, 1985, 18(12): 2394-2401.
【非特許文献18】Wang C, Liu Y, Qu X, et al. Advanced Materials, 2022: 2105416.
【非特許文献19】Li W, Zhang F, Wang W, et al. Cellulose, 2018, 25(9): 4955-4968.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新規のイオン伝導性有機ゲル及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、ジメチルアセトアミド(DMAc)に溶解したセルロース溶液に2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)といった芳香環化合物を添加し、混合すると、驚くべきことにセルロースの有機ゲルが迅速に生成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
従って、本願は以下の発明を包含する。
(1)セルロース及び有機ゲル化剤を含む有機ゲルであって、
前記有機ゲル化剤が、6員の芳香環化合物であり、
前記6員の芳香環は2つのカルボキシル基で置換されており、ここで、前記2つのカルボキシル基は、当該芳香環において互いにメタ位に位置する、
有機ゲル。
(2)前記6員の芳香環がさらにオキソ基で置換されている、(1)に記載の有機ゲル。
(3)前記6員の芳香環が環原子としてO、N及びSから選択されるヘテロ原子を含む、(1)に記載の有機ゲル。
(4)前記有機ゲル化剤が、2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)
【化1】
である、(1)~(4)のいずれかに記載の有機ゲル。
(5)前記有機ゲル化剤が、イソフタル酸
【化2】
である、(1)~(4)のいずれかに記載の有機ゲル。
(6)ジメチルアセトアミド(DMAc)及び塩化リチウムをさらに含む、(1)に記載の有機ゲル。
(7)セルロースの重量に対し、8重量%~14重量%の有機ゲル化剤を含む、(1)請求項1に記載の有機ゲル。
(8)イオン電導性を有する、(1)から(7)のいずれか一項に記載の有機ゲル。
(9)セルロースを含有する有機ゲルを製造するための方法であって、
塩化リチウムを含有するジメチルアセトアミド(DMAc)に、セルロースを混合し、セルロースDMAc溶液を得ること、及び
前記セルロースDMAc溶液と、有機ゲル化剤を混合すること、
を含み、ここで、
前記有機ゲル化剤が、6員の芳香環化合物であり、
前記6員の芳香環は2つのカルボキシル基で置換されており、ここで、前記2つのカルボキシル基は、当該芳香環において互いにメタ位に位置する、
方法。
(10)前記有機ゲル化剤が、2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)又はイソフタル酸である、(9)に記載の有機ゲル。
【発明の効果】
【0010】
セルロースとPDCなどの6員芳香環化合物を水素結合させることにより、有機ゲルを簡便に作製する方法を見出した。得られた有機ゲルは凍結防止性と良好なイオン伝導性を有することから、極限環境で動作するフレキシブルエレクトロニクスやリチウムイオン電池に応用できる。セルロースのみならず、PDCもリグニンなどのバイオマスから単離精製可能であるため、セルロース-PDC有機ゲルの場合、簡便に大量生産可能なバイオマス由来の機能性材料として有望視される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】セルロース含有有機ゲルの形成(a)とPDC又はIAの濃度に対するゲル化時間(b)を示す。
【
図2】FT-IRスペクトル測定によるゲル化機構の確認。
【
図3】DLSとSEMを用いて有機ゲルの構造と形態の観察。
【
図4】有機ゲルの DSC カーブの測定(a)及び有機ゲルの観察(b)。
【
図5-1】PDC又はIA含有有機ゲルのナイキストプロットを示す。
【
図5-2】セルロース含有量とPDC又はIA含有有機ゲルの導電率の関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の有機ゲルに使用するセルロースは天然セルロース又はその誘導体、例えば再生セルロース、微細セルロース、微結晶セルロース等をいう。特に好ましいのは天然セルロース又はその誘導体、例えばメチルセルロース、エチルセルロース、アセチルセルロース、酢酸セルロース、三酢酸セルロース、シアノエチルセルロース、カルボキシルメチルセルロース等である。
【0013】
天然セルロースとしては、晒パルプまたは未晒パルプ、リンター、精製リンター、酢酸菌等の微生物によって生産されるセルロース等がある。天然セルロースは木本植物、草本植物、それらの加工物およびそれらの廃棄物に由来してよい。木本植物の例としては、スギ、ヒノキ、カラマツ、ポプラ、シラカバ、ヤナギ、ユーカリ、タケ、ササ、アブラヤシ、サゴヤシなどを例示することができる。また、樹皮、枝条、果房、果実殻等も使用することができる。また、これらを使った合板、繊維板、集成材のような加工材、建築解体材も使用可能である。さらに、古紙を含む紙や紙の加工物も使用可能である。草本植物とは、イネ、麦、サトウキビ、ススキ、トウモロコシなどを挙げることができ、稲わら、麦わら、もみ殻などの副産物も含まれる。また、菌床栽培により発生する廃菌床等を挙げることができる。
晒パルプ又は未晒パルプの製造方法も特に限定されず、機械的方法、化学的方法、あるいはその組み合わせた方法でもよい。製造方法により分類される晒パルプまたは未晒パルプとしては、例えば、メカニカルパルプ、ケミカルパルプ、砕木パルプ、亜硫酸パルプ、クラフトパルプ等が挙げられる。また、製紙用パルプの他に溶解パルプを用いてもよい。
【0014】
再生セルロースはセルロースを銅アンモニア溶液、セルロースザンテート溶液、モルフォリン誘導体など何らかの溶媒に溶解し、改めて紡糸されたものが例示される。微細セルロースとしては、上記天然セルロースや再生セルロースをはじめとする、セルロース系素材を、例えば、酸加水分解、アルカリ加水分解、酵素分解、爆砕処理、振動ボールミル処理等解重合処理して得られるものや、セルロース系素材を、機械的に処理して得られるものがある。
【0015】
セルロースの溶解液又は分散液に使用する溶媒は特に限定されるものではないが、例えばジメチルアセトアミド(DMAc)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン(DMI)といったアミド系極性非プロトン性溶媒や、キシレン、ヘプタン、ヘキサン、トルエン、アセトン、テトラヒドロフラン、メチレンクロリド、クロロホルム、シクロヘキサン、ジクロロメタン、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、ピリジン及びアミン類からなる群から選択される1種以上を含んでもよい。特に好ましい溶媒はジメチルアセトアミド(DMAc)である。セルロースは上記溶媒に対し、好ましくは0.05~5重量%、より好ましくは0.1~1重量%程度の量で配合する。セルロースを上記溶媒に溶解又は分散させる際の温度は特に制限はないが、例えば室温~当該溶媒の沸点より低い温度、例えば室温~300℃、好ましくは100~200℃、より好ましくは120~180℃、最も好ましくは140~160℃程度の温度とする。
【0016】
上記溶媒にはセルロースの溶解性又は分散性を高めるため、アルカリ金属塩、例えば塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化リチウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、臭化リチウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、塩化カルシウム等を配合してよい。特に好ましいアルカリ金属塩は塩化リチウムである。
【0017】
本発明において最も好ましい態様は、セルロースを溶解させる溶媒として、塩化リチウムを例えば1~20重量%、好ましくは5~15重量%の量において溶解させたジメチルアセトアミド(DMAc)を使用する。セルロースはそもそも汎用の有機溶媒に対しては不溶性又は難溶性であることが知られ、塩化リチウム・アミド系溶媒が好適に使用される。とりわけ、塩化リチウムの配合されたジメチルアセトアミド(DMAc)がセルロースを溶解させるのに好適であることが知られる。
【0018】
本発明でいう有機ゲル化剤とは、セルロースが溶解又は分散された上記溶媒を通じて、セルロース分子が連結網状構造、通常は架橋網状構造を形成することで安定なゲルを産生することが可能なゲル化剤をいう。本発明でいう有機ゲル化剤は、6員の芳香環化合物であって、互いにメタ位にある2つのカルボキシル基で置換された化合物である。前記6員の芳香環は環原子としてO、N及びSから選択されるヘテロ原子を含む、好ましくは酸素原子を含む。特に理論に拘束されるわけではないが、上記芳香環の2個のカルボキシル基が、各セルロース分子が有する水酸基又は酸素原子と水素結合を形成することでセルロース分子同士が連結し、ゲルが形成されるものと推測される。
ゲル形成の判断は目視で簡便に行うことができる。
【0019】
本発明の有機ゲル化剤として好ましいのは2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)又はイソフタル酸(IA)、特に好ましいのはPDCである。PDCはリグニン等の植物芳香族成分の生分解最終中間体であり、工業的スケールで製造でき、機能性プラスチック原料や化学製品の原料として有望視されている。
【0020】
本発明の有機ゲルはセルロースの溶解液又は分散液に上記有機ゲル化剤を添加することで形成される。有機ゲル化剤は粉末状で、あるいは適当な溶媒、好ましくはセルロースの溶解又は分散に使用する溶媒に予め溶解させ、連続的に、あるいは断続的に、好ましくは攪拌しながら添加する。有機ゲル剤は好ましくはセルロースの量に対し5~20重量%、より好ましくは8~14重量%の量で添加する。添加量が上記範囲を下回ると、ゲル化の速度が遅く、高性能な有機ゲルが形成されないおそれがある。有機ゲル化剤を添加する温度は特に限定されるものではないが、好ましくはセルロースの溶解液又は分散液を一旦室温程度にまで冷ましてから行うのが好ましい。
【0021】
本発明有機ゲルは、有機ゲルが有用であるものとしてよく知られる用途、具体的にはアクチュエータ、生物付着防止剤、耐ワックス剤、化粧品、薬剤及び栄養剤搬送剤、封入剤、凍結防止弾性体、油―水分離剤、可食性油、滑り剤等に利用きる。特に本発明の有機ゲルは実施例の結果が示す通り低温、例えば-20℃程度の温度でも非晶質状態を維持することができ、優れた凍結防止能を有する。また、これも実施例が示す通り極めて高い導電性を示すことができ、リチウムイオンを配合すればリチウムイオン電池にも応用できる。
【0022】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0023】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例0024】
1.実験
1-1.材料
溶解性セルロースパルプは日本製紙株式会社から購入した。メチルセルロースは、信越化学工業株式会社から購入した。酢酸セルロースおよび三酢酸セルロースは森林総合研究所(茨城県つくば市)から供給された。2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)は、森林総合研究所(茨城県つくば市)で製造されたものである。イソフタル酸(IA)およびジメチルアセトアミド(DMAc)は、東京化成工業株式会社から購入した。塩化リチウムはシグマアルドリッチ社から購入した。
【0025】
1-2.セルロース-PDCおよびセルロース-IA有機ゲルの作製
セルロースDMAc溶液を得るために、セルロースパルプを10wt%のLiClを含むDMAcに分散させ、混合物を攪拌しながら150℃に加熱し、パルプを全て溶解させた。その後、室温まで冷却した。セルロースDMAc溶液にPDCまたはIA粉末、あるいはDMAc溶液を一定濃度で添加し、攪拌することにより、セルロース-PDCまたはセルロース-IA溶液を得た。この混合溶液を 2000 rpm で 1 分間遠心分離し、気泡を除去した。セルロース有機ゲルは自発的に形成された。ゲル化時間は PDCまたはIAの濃度をパラメータとしてチューブ反転法で調査した。
【0026】
1-3.測定
セルロース-PDCおよびセルロース-IA有機ゲルの構造は、フーリエ変換赤外分光法(FT/IR-4200, JASCO)により 20℃で 4000~500 cm-1範囲で分析した。また、エネルギー分散型X線分光法(EDS)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM,VE-9800,KEYENCE)を用いて,有機ゲルの形態を調べた。セルロースは観察前に60℃で12時間乾燥させた。有機ゲル試料は、t-ブタノールを用いて溶媒交換し、凍結乾燥機(ES-2030, HITACHI)で凍結乾燥した後、観察に供した。有機ゲルのゲル化過程を調べるために、Zetasizer (Nano ZSP, Malvern Panalytical Ltd,)を用いて動的光散乱(DLS)測定した。示差走査熱量測定(DSC, DSC8230, Thermo Plus EVO)は、窒素気流下で20~-50℃範囲を10 ℃ min-1の走査速度で行った。
【0027】
1-4.イオン伝導度測定
電気化学ワークステーション(HZ-7000,北斗電工)を用いて、周波数 5×105 ~ 10-1 Hz、電圧 10 mVの条件 で有機ゲルの電気化学インピーダンス測定を実施した。有機ゲルを2枚のステンレス製ディスクで挟み、測定試料とした。有機ゲルのイオン伝導度は、以下の式に従って算出した。
σ=L/RA
ここで、L は有機ゲルの厚さ、R はインピーダンス、A は 2つのステンレス電極間の有機ゲルの接触面積を表す。
【0028】
2.結果および考察
2-1.ゲル化過程
セルロースDMAc溶液にPDCまたはIAを混合するだけでセルロース含有有機ゲルが得られた(
図1(a))。セルロース(1 wt%)DMAc溶液にPDCまたはIAを添加した後のゲル化時間を記録した。
図1(b) に示すように、PDC と IA の濃度がそれぞれ 8 wt%と 10 wt% の閾値に達すると自発的なゲル化が起こることが確認された。ゲル化時間はPDCやIAの濃度によって2~630分と変化した。PDCやIAのカルボン酸とセルロースの水酸基の間に形成される水素結合が主なゲル化機構だと推測された。セルロース-IA 有機ゲルに比べ、セルロース-PDC 有機ゲルは、閾値濃度が低く、ゲル化時間が短いことがわかった。この結果は、PDCの極性ピロン環がより強固な分子間相互作用を生み出していることを示唆している。
【0029】
2-2.ゲル化機構の解明
ゲル化機構を確認するために、FT-IRスペクトルを測定した(
図2(a),(b))。セルロース-PDC有機ゲルでは、PDCのカルボニル基とセルロースの水酸基が水素結合を形成することにより、1723cm
-1と1746cm
-1にあったPDCカルボニル基の伸縮振動ピークがそれぞれ1717cm
-1と1745cm
-1にシフトしていることが確認された。また、短い水素結合の非対称伸縮振動ピークが770 cm
-1に観測された[非特許文献15]。同様の現象は、セルロース-IAオルガノゲルでも観察された。IA のカルボニル伸縮振動ピークは、有機ゲル中で 1715 cm
-1 から 1714 cm
-1 へとわずかにシフトした。また、750~950cm
-1の範囲に水素結合の非対称伸縮振動ピークが観測された。したがって、セルロース-PDC 有機ゲルのゲル化機構は、セルロースと PDC 分子が短時間で水素結合を形成することであることを確認した(図 2(c))。
【0030】
DLSとSEMを用いて有機ゲルの構造と形態を観察した。セルロース(0.1 wt%)DMAc溶液で得られたDLS(
図3(a))の結果は、セルロースが単鎖(43nm)および凝集体としてDMAc溶液に分散していることを示した[非特許文献12]。PDC 濃度の増加に伴い、セルロース鎖は容易に凝集し、凝集体サイズは 0.5 wt% と 1 wt% でそれぞれ74 nm と 115 nm に増加した。セルロース-PDC溶液と比較して、セルロース-IA溶液の場合、凝集体のサイズの増加はあまり顕著ではなく(IA濃度0.5 wt%と1 wt%で61 nmと113 nm)、ゲル化時間およびFT-IRの結果と一致する。図 3(b)、(c)の SEM像は、セルロース単体とその有機ゲルのモルフォロジーの違いを示している。セルロース単体は繊維状構造を示し、有機ゲルはブロック状構造を示した。これは PDC や IA を添加した後のセルロースの凝集に起因するものである。図 3(c)の EDS 元素マッピングから、セルロース含有有機ゲルには、炭素(C)、酸素(O)、塩素(Cl)元素が均一に分布していることが確認できた。塩素が均一に分散していることは、対となるリチウムイオンも有機ゲル中に均一分散していることを示している。したがって、得られた有機ゲルはイオン伝導性を有する可能性がある。
【0031】
2-3.熱物性の分析
セルロース(1 wt%)-PDC(10 wt%)有機ゲルおよびセルロース(1 wt%)-IA(10 wt%)有機ゲルの DSC カーブを-50 ~ 20℃範囲で測定した(図 4(a))。加熱過程では融解ピークは観測されず、有機ゲルが非晶質であることが示された。また、室温における有機ゲルの透明性(
図4(b),(c))から、非晶質であることがさらに確認された。DMAcの凝固点は-20 ℃である。しかし、DSC曲線には冷却過程で凝固点ピークが現れず、有機ゲル中のDMAcは-50~20℃範囲で液状を維持していることがわかった。また、-20 ℃で2ヶ月間保存した有機ゲルは透明な形態(
図4(d),(e))を維持しており、DSCの結果と一致した。セルロース DMAc/LiCl 溶液系の溶解機構に関する従来の研究[非特許文献14][非特許文献16][ 特許文献17] によれば、Li
+イオンはDMAcのカルボニル酸素と相互作用して Li
+(DMAc)
- の錯体を形成し、セルロースの水酸基の水素原子 は Cl
-と強い水素結合を形成していると考えられている。Li
+イオンと水分子の相互作用と同様に、Li
+イオンとDMAcの強い相互作用は、自由運動するDMAcを束縛状態に変換する。そのため,Li
+とCl
-の存在はDMAcの結晶化を阻害することになる[非特許文献18][非特許文献19]。セルロース(1 wt%)-PDC(10 wt%)およびセルロース(1 wt%)-IA(10 wt%)の有機ゲルは、いずれも優れた凍結防止能を有していた。
【0032】
2-4.イオン導電度の分析
ステンレスディスクで挟んだセルロース(1 wt%)-PDC(10 wt%)およびセルロース(1 wt%)-IA(10 wt%)の有機ゲルは EIS 測定中に破損した。そのため、セルロースの濃度を上げて、PDCとIA および LiCl の濃度が異なる有機ゲルを作製し、イオン導電度を測定した。試料の詳細を表1にまとめた。セルロース濃度が 3 wt% になると、有機ゲルの形成が速すぎて、DMAc 中でセルロースと PDC または IA を均一に混合することができなくなった。そこで、セルロース(3%)-PDC(5%)とセルロース(3%)-IA(5%)の有機ゲルのみを作製し,測定した。
【0033】
【0034】
図5(a),(b)にナイキストプロットを示す。すべてのプロットが直線的な傾向を示しており、有機ゲル内のイオン伝導が非ファラデー的プロセスであり、電極-導体界面を伝達する物質や電荷がないことを示している。EIS曲線のx軸との切片は、有機ゲルのインピーダンスとみなすことができる。
図5(c),(d)にプロットしたように、有機ゲルの導電率は 1×10
-3 S/cm以上であった。LiCl濃度が5 wt%の有機ゲルは比較的高い導電率を示したが、これは高濃度でのLiClの再結晶に由来する可能性がある。また、セルロース-PDC有機ゲルはセルロース-IA有機ゲルよりも良好な導電性を示した。これは、セルロースが空気中の水分を吸着した後の酸性度が強いため、PDCがIAよりも多くのプロトンを放出している可能性が考えられる[非特許文献13]。したがって、セルロース-PDC 有機ゲルでは、より多くの遊離イオンが導電性に寄与し、導電率は 5.18×10
-3 S/cmに達することができた。
【0035】
3.結論
以上より、セルロースとPDCまたはIAを水素結合させることにより、セルロース-PDCおよびセルロース-IA DMAc有機ゲルを簡便に作製する方法を見出した。得られた有機ゲルは凍結防止性と良好なイオン伝導性を有することから、極限環境で動作するフレキシブルエレクトロニクスやリチウムイオン電池に応用できる可能性がある。また、簡便に大量生産することができることから、近い将来、バイオマス由来の機能性材料として有望視される。