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特開2024-64706質量分析装置および分析条件の設定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024064706
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】質量分析装置および分析条件の設定方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/06 20060101AFI20240507BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20240507BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240507BHJP
【FI】
H01J49/06 100
H01J49/06 800
H01J49/42 150
H01J49/06 300
H01J49/06
G01N27/62 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022173491
(22)【出願日】2022-10-28
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松下 知義
【テーマコード(参考)】
2G041
5C038
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA14
2G041GA03
2G041GA13
2G041GA28
2G041GA29
2G041KA01
2G041KA03
5C038FF10
(57)【要約】
【課題】本開示の一の目的は、ノイズとなる妨害粒子が検出器に取り込まれることを防止しつつ、目的イオンの検出感度を向上させることである。
【解決手段】ICP-MSは、制御装置と、プラズマの光軸上に設けられたコリジョンセルおよび第1電極、ならびに検出軸上に設けられた第2電極、質量分離装置、および検出器を備える。制御装置は、第1電極および第2電極の各々の電極に印加する軸ずらし電圧について、ガスなしモードにおける初期電圧に目的イオンの質量電荷比に応じて決定されるオフセットを加えた電圧を、ガスありモードにおける軸ずらし電圧に設定する。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をイオン化するイオン源と、
前記イオン源の配置されたイオン化室内の粒子を取り込むための取込口が第1軸上に形成されたサンプリングコーンと、
前記第1軸上に設けられ、前記サンプリングコーンから取り込まれた粒子を所定のガスに接触させるためのセルと、
前記第1軸に平行な第2軸上に設けられ、イオンを質量電荷比ごとに分離する質量分離装置と、
前記第2軸上に設けられ、前記質量分離装置によって分離された各イオンを検出する検出器と、
前記セルと前記質量分離装置との間の前記第1軸上に粒子の通過口が設けられた第1電極と、
前記第1電極と前記質量分離装置との間の前記第2軸上に粒子の通過口が設けられた第2電極と、
制御装置とを備え、
前記制御装置は、
前記セルに前記所定のガスをいれないで検出結果を得る第1モードと、前記セルに前記所定のガスを入れて検出結果を得る第2モードとに各部を制御可能であって、
前記第1モードにおいて前記第1電極および前記第2電極の各々に印可する電極電圧として設定される初期電圧に、検出目的である目的イオンが有する質量電荷比に応じて決定されるオフセットを加えた電圧を、前記第2モードにおける電極電圧に設定する、質量分析装置。
【請求項2】
前記制御装置は、イオン化した場合に第1質量電荷比を有する第1成分から成る第1標準試料を前記第2モードで分析することで、当該第1質量電荷比を有する第1イオンを前記目的イオンとする場合の前記オフセットを決定する決定処理を実行可能であり、
前記決定処理は、
前記電極電圧を変えて前記第1イオンを検出し、当該第1イオンの検出強度と当該電極電圧との関係を示すスキャン結果を取得するステップと、
前記スキャン結果から検出強度が最も大きくなるピーク電圧を抽出し、当該ピーク電圧に基づいて、前記第1イオンを前記目的イオンとする場合の前記オフセットを決定するステップとを含む、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記制御装置は、決定された前記オフセットと質量電荷比との関係を記憶部に保存する、請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記オフセットは、質量電荷比にかかわらず予め定められたエネルギー障壁用電圧を含む、請求項1~3のうちいずれか1項に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記制御装置は、前記第2モードにおいて、前記セルが有するイオンガイドに印可する電圧として、質量電荷比にかかわらず予め定められたセル電圧を設定し、
前記オフセットは、前記セル電圧を含む、請求項1~3のうちいずれか1項に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記制御装置は、
質量電荷比と当該質量電荷比を有するイオンを前記目的イオンとした場合の前記オフセットとの関係を示すオフセット情報を取得可能に構成され、
前記目的イオンが有する質量電荷比の入力を受け付けた場合に、前記オフセット情報に基づいて、入力された質量電荷比に対応する前記オフセットを決定する、請求項1~請求項3のうちいずれか1項に記載の質量分析装置。
【請求項7】
質量分析装置の分析条件の設定方法であって、
前記質量分析装置は、
試料をイオン化するイオン源と、
前記イオン源の配置されたイオン化室内の粒子を取り込むための取込口が第1軸上に形成されたサンプリングコーンと、
前記第1軸上に設けられ、前記サンプリングコーンから取り込まれた粒子を所定のガスに接触させるためのセルと、
前記第1軸に平行な第2軸上に設けられ、イオンを質量電荷比ごとに分離する質量分離装置と、
前記第2軸上に設けられ、前記質量分離装置によって分離された各イオンを検出する検出器と、
前記セルと前記質量分離装置との間の前記第1軸上に粒子の通過口が設けられた第1電極と、
前記第1電極と前記質量分離装置との間の前記第2軸上に粒子の通過口が設けられた第2電極とを備え、
前記設定方法は、
前記セルに前記所定のガスを入れないで検出結果を得る第1モードに設定するステップと、
前記セルに前記所定のガスを入れて検出結果を得る第2モードに設定するステップと、
前記第2モードに設定された場合に、前記第1モードにおいて前記第1電極および前記第2電極の各々に印可する電極電圧として設定される初期電圧に、検出目的である目的イオンが有する質量電荷比に応じて決定されるオフセットを加えた電圧を、前記第2モードにおける電極電圧に設定するステップとを含む、設定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置および、当該質量分析装置における分析条件の設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン源として誘導結合プラズマ(ICP:Inductively Coupled Plasma)イオン源を用いたICP質量分析装置(以下、「ICP-MS」と称する)が知られている。ICP-MSは、試料をイオン源でイオン化し、イオンを質量分離部で質量電荷比ごとに分離し、質量電荷比ごとに分離された各イオンを検出器で検出する。ICP-MSにおいて、イオン源は略大気圧雰囲気内に設けられている。イオン源でイオン化されて生成されたイオン等は、略真空雰囲気に維持された真空室内に取り込まれ、真空室内に設けられた質量分離部を通って検出器で検出される。
【0003】
真空室内には、測定対象の目的イオンの他に、目的イオンの測定を妨害する妨害粒子も導入される。妨害粒子は、たとえば、イオン源においてプラズマの生成に用いられるアルゴン(Ar)等のガスに起因するもの、試料液に含まれる夾雑物や試料液に添加される添加物に起因するものなどがある。このような妨害粒子を除去するために、様々な方法が取られている。
【0004】
たとえば、特開2020-91988号公報(特許文献1)には、コリジョンセルを設けて妨害粒子である干渉イオンの運動エネルギーと目的イオンの運動エネルギーとに差を生じさせ、コリジョンセルの出口にエネルギー障壁を形成することで、干渉イオンを目的イオンと分離して除去することが開示されている。
【0005】
また、国際公開第2002/019382号(特許文献2)には、イオン源から真空領域への取込口となるプレートのアパーチャに対して、コリジョンセルの入口となるプレートのアパーチャをオフセットさせたICP-MSが開示されている。特許文献2に開示のICP-MSによれば、イオンの取込口とコリジョンセルの入口とを互いに異なる軸上に配置することで、コリジョンセル内に妨害粒子である中性粒子が進入することを防止できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2020-91988号公報
【特許文献2】国際公開第2002/019382号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
イオン源からの取込口とコリジョンセルの入口とを同軸上に配置せずに、イオンの進行方向を曲げるような構成を設けることで、中性粒子や光子等の妨害粒子を除去できる。しかし、一部の粒子を除去するために2つの粒子の通過口を互いに異なる軸上に配置すると、検出目的とするイオンまでも一方の通過口を通過できなくなる可能性があり、検出器へ送られる目的イオンの総量が少なくなり、検出感度が下がるおそれがある。
【0008】
本開示は、かかる問題を解決するためになされたものであり、ノイズとなる妨害粒子が検出器に取り込まれることを防止しつつ、目的イオンの検出感度を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の質量分析装置は、試料をイオン化するイオン源と、イオン源の配置されたイオン化室内の粒子を取り込むための取込口が第1軸上に形成されたサンプリングコーンと、第1軸上に設けられ、サンプリングコーンから取り込まれた粒子を所定のガスに接触させるためのセルと、第1軸に平行な第2軸上に設けられ、イオンを質量電荷比ごとに分離する質量分離装置と、第2軸上に設けられ、質量分離装置によって分離された各イオンを検出する検出器と、セルと質量分離装置との間の第1軸上に粒子の通過口が設けられた第1電極と、第1電極と質量分離装置との間の第2軸上に粒子の通過口が設けられた第2電極と、制御装置とを含む。制御装置は、セルに所定のガスをいれないで検出結果を得る第1モードと、セルに所定のガスを入れて検出結果を得る第2モードとに各部を制御可能である。制御装置は、第1モードにおいて第1電極および第2電極の各々に印可する電極電圧として設定される初期電圧に、検出目的である目的イオンが有する質量電荷比に応じて決定されるオフセットを加えた電圧を、第2モードにおける電極電圧に設定する。
【0010】
本開示の設定方法は、質量分析装置の分析条件を設定する方法である。質量分析装置は、試料をイオン化するイオン源と、イオン源の配置されたイオン化室内の粒子を取り込むための取込口が第1軸上に形成されたサンプリングコーンと、第1軸上に設けられ、サンプリングコーンから取り込まれた粒子を所定のガスに接触させるためのセルと、第1軸に平行な第2軸上に設けられ、イオンを質量電荷比ごとに分離する質量分離装置と、第2軸上に設けられ、質量分離装置によって分離された各イオンを検出する検出器と、セルと質量分離装置との間の第1軸上に粒子の通過口が設けられた第1電極と、第1電極と質量分離装置との間の第2軸上に粒子の通過口が設けられた第2電極とを含む。設定方法は、セルに所定のガスを入れないで検出結果を得る第1モードに設定するステップと、セルに所定のガスを入れて検出結果を得る第2モードに設定するステップとを含む。設定方法は、第2モードに設定された場合に、第1モードにおいて第1電極および第2電極の各々に印可する電極電圧として設定される初期電圧に、検出目的である目的イオンが有する質量電荷比に応じて決定されるオフセットを加えた電圧を、第2モードにおける電極電圧に設定するステップを含む。
【発明の効果】
【0011】
本開示の質量分析装置および分析条件の設定方法によれば、妨害粒子が検出器に取り込まれることを防止しつつ、目的イオンの検出感度を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】ICP-MSの全体の構成を概略的に示す図である。
図2】入射エネルギーを求める方法を示すイメージ図である。
図3】粒子が各機能によって受ける影響を示すイメージ図である。
図4】軸ずらし電圧の設定方法を示すフローチャートである。
図5】調整電圧の決定方法を示すフローチャートである。
図6】質量電荷比と調整電圧との関係を示す図である。
図7】標準試料の送液量を変えて得られたスキャン結果を示す図である。
図8】軸ずらし光学系におけるイオンの動きを示すイメージ図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0014】
[ICP-MSの全体構成]
図1は、ICP-MSの全体の構成を概略的に示す図である。ICP-MS100は、イオン源1と、コリジョンセル2と、軸ずらし光学系3と、質量分離装置4と、検出器5と、電圧発生部6と、制御装置7とを備える。また、ICP-MS100は、イオン化室10と、イオン化室10との間にサンプリングコーン14が形成された真空室11と、真空室11との間にスキマー15が形成された真空室12と、真空室13とを備える。
【0015】
ICP-MS100は、イオン化室10内が大気圧雰囲気であり、イオン化室10側から真空室11、真空室12、真空室13の順に真空度が高くなるように構成されている。イオン源1はイオン化室10内に配置されており、コリジョンセル2および軸ずらし光学系3は真空室12内に配置されており、質量分離装置4および検出器5は真空室13内に配置されている。
【0016】
また、コリジョンセル2は、イオン源1の光軸A1上に配置されている。一方、質量分離装置4および検出器5は、各々、検出軸A2上に配置されている。なお、検出軸A2は、光軸A1に対して平行な軸であって、光軸A1を当該光軸A1に対して垂直方向にずらした位置を通る軸である。
【0017】
イオン源1は、プラズマにより試料をイオン化するように構成されており、オートサンプラー1aおよびプラズマトーチ1bを備える。なお、イオン源1は、図示していないものの、プラズマトーチ1bに各種ガスを供給するためのネブライザガス供給源、プラズマガス供給源、および冷却ガス供給源をさらに備える。
【0018】
オートサンプラー1aは、試料をプラズマトーチ1bに導入する。プラズマトーチ1bは、アルゴンガスを高周波誘導結合によりプラズマ状態にし、オートサンプラー1aによって導入された試料をプラズマによりイオン化する。
【0019】
プラズマトーチ1bは、図示していないものの、ネブライザガスにより霧化した液体試料が流通する試料管、試料管の外周に形成されたプラズマガス管、およびプラズマガス管の外周に形成された冷却ガス管を備える。プラズマガスは、たとえば、アルゴン(Ar)ガスである。
【0020】
真空室11は、サンプリングコーン14とスキマー15との間に形成される。サンプリングコーン14およびスキマー15は、各々、ほぼ円錐形状であり、円錐の頂点部分に粒子が通過可能に構成された開口を有する。
【0021】
サンプリングコーン14は、プラズマトーチ1bの先端を通る光軸A1上に開口が位置するように形成されている。プラズマトーチ1bによって生成されたイオンおよびプラズマの生成過程などで生じた中性粒子等の粒子は、サンプリングコーン14の開口を通って真空室11内に取り込まれる。
【0022】
スキマー15は、光軸A1上に開口が位置するように形成されている。真空室11内の粒子は、スキマー15の開口を通って真空室12内に取り込まれる。
【0023】
真空室12には、引込電極16と、イオンレンズ17と、コリジョンセル2と、第1電極31と、第2電極32とが設けられている。引込電極16、イオンレンズ17、第1電極31、および第2電極32は、各々、ほぼ円形上の開口が形成された円盤状の電極である。引込電極16、イオンレンズ17および第1電極31は、各々、光軸A1上に開口が位置するように真空室12内に配置されている。第2電極32は、検出軸A2上に開口が位置するように真空室12内に配置されている。
【0024】
コリジョンセル2は、入口電極21と、出口電極22と、イオンガイド23とを備える。入口電極21および出口電極22は、各々、ほぼ円形上の開口が形成された円盤状の電極である。入口電極21に形成された開口は、コリジョンセル2の入口に相当し、出口電極22に形成された開口は、コリジョンセル2の出口に相当する。
【0025】
コリジョンセル2は、入口に相当する入口電極21の開口と、出口に相当する出口電極22の開口とが、各々、光軸A1上に位置するように真空室12内に配置されている。イオンガイド23は、光軸A1に対して平行に配置された複数のロッド電極から構成されたている。
【0026】
真空室11内の粒子は、スキマー15の開口、引込電極16の開口、イオンレンズ17の開口、入口電極21の開口を順に通過して、コリジョンセル2内に入射する。
【0027】
真空室12内には、測定対象の目的イオンのほかに、目的イオンの測定を妨害する干渉イオンおよび中性粒子等の妨害粒子も取り込まれる。妨害粒子は、イオン源1においてプラズマの生成に用いられるAr等のガスに起因するもの、試料中の夾雑物や試料中の添加物などに起因するものなどがある。
【0028】
コリジョンセル2は、コリジョンセル2の入口から取り込まれた粒子を所定のガスと接触させるためのものである。コリジョンセル2は、粒子と所定のガスとを接触させることで、目的イオンと妨害粒子とを分離する。
【0029】
所定のガスは、ガス供給部8からコリジョンセル2に送られ、観測目的に応じて適当な種類のガスが選択される。たとえば、目的イオンと妨害粒子との間にエネルギー差を生じさせて分離させる場合、所定のガスとしては、コリジョンガスと呼ばれる反応性の低い不活性ガスが選択される。一方、妨害粒子と目的イオンとの反応性の違いを利用することで分離させる場合、所定のガスとしては、リアクションガスと呼ばれる反応性のあるガスが選択される。
【0030】
なお、所定のガスとしてリアクションガスを用いた場合には、コリジョンセル2は、「リアクションセル」と呼ばれることもあるが、本明細書においては、リアクションガスを用いた場合であっても、コリジョンセルと称する。
【0031】
軸ずらし光学系3は、コリジョンセル2と質量分離装置4との間に設けられている。軸ずらし光学系3は、コリジョンセル2の出口である出口電極22の開口から出射された粒子のうち、電荷を有するイオンの移動方向を曲げて、当該イオンを検出軸A2上に配置された質量分離装置4に送るように構成されている。
【0032】
軸ずらし光学系3は、第1電極31と、第2電極32とを備える。第1電極31および第2電極32には、各々、粒子の通過口である開口が形成されている。第1電極31は、開口が光軸A1上に位置するように真空室12内に配置されている。第2電極32は、開口が検出軸A2上に位置するように真空室12内に配置されている。
【0033】
第2電極32のレンズアパーチャー(開口)の中心位置を第1電極31のレンズアパーチャー(開口)の中心位置に対してオフセットすることで偏向電場が形成される。第1電極31の開口から出射したイオンのイオン軌道は、この偏向電場の影響を受けて曲がる。一方、光子および中性粒子といった電荷をもたない粒子は、偏向電場の影響を受けないため、曲がることなく光軸A1に沿って進む。これにより、イオンは、第2電極32の開口を通過して、軸ずらし光学系3の後段に配置されている質量分離装置4へ送られる。一方、光子および中性粒子といった電荷をもたない粒子は、第2電極32の開口を通過できないため、質量分離装置4に送られない。これにより、妨害粒子の一種である光子や中性粒子が検出器5に取り込まれることを防止できる。
【0034】
真空室13には、第2電極32の開口と対向する位置に開口が形成されている。真空室13には、質量分離装置4と検出器5とが検出軸A2上に配置されている。
【0035】
質量分離装置4は、たとえば、四重極マスフィルタであって、プリロッド電極41とメインロッド電極42とを含む。質量分離装置4に印加した電圧に応じた質量電荷比のイオンが、質量分離装置4を通過して検出器5に到達する。そのため、質量分離装置4の電圧を変更することで質量分離装置4に入射したイオンは、質量電荷比ごとに分離される。
【0036】
検出器5は、たとえば二次電子増倍管であって、到達したイオンの量に応じた検出信号を生成し、制御装置7へと送る。
【0037】
制御装置7は、演算部であるCPU71(Central Processing Unit)と、記憶装置72とを備える。また、制御装置7には、入力装置73と表示装置74とが接続されている。
【0038】
CPU71は、記憶装置72に記憶されたプログラムを読み出して実行することで、ICP-MS100の各部の動作を制御する。たとえば、CPU71は、当該プログラムを実行することによって、電圧発生部6を制御して各部に印加する電圧を制御する。なお、図1の例では、CPU71が単数である構成を例示しているが、ICP-MS100は複数のCPUを有する構成としてもよい。
【0039】
記憶装置72は、ROM(Read Only Memory)やハードディスクなどの不揮発性の記憶装置により実現される。記憶装置72は、CPU71によって実行されるプログラム、またはCPU71によって用いられるデータなどを記憶する。当該プログラムは、非一時的なコンピュータ可読媒体に記憶されていてもよい。
【0040】
入力装置73は、典型的には、マウス、キーボード、各種ボタンまたはタッチパネルなどである。入力装置73は、ICP-MS100の動作の制御に必要な情報、および制御装置7の行う処理に必要な情報等を、ユーザの操作によって受け付ける。
【0041】
表示装置74は、典型的には、液晶モニタなどであって、入力装置73を介してユーザが入力した情報を表示したり、分析結果、分析条件などを表示したりする。なお、表示装置74は、プリンターと紙とで構成され、紙に分析結果等を紙に印刷することで分析条件などを表示してもよい。
【0042】
[分析モードの種類]
本実施の形態にかかるICP-MS100は、分析手法の異なる複数の分析モードで試料を分析できる。以下、分析モードの種類について説明する。入力装置73は、ユーザの操作に従って、分析条件として、いずれの分析モードで試料を分析するかを制御装置7に入力する。
【0043】
分析モードは、コリジョンセル2にガスを供給することなく検出結果を得るガスなしモードと、コリジョンセル2にガスを供給して検出結果を得るガスありモードとを含む。
【0044】
ガスなしモードは、コリジョンセル2にガスを供給することなく、すなわち、サンプリングコーン14から取り込まれコリジョンセル2内に送られた粒子と所定のガスとを接触させることなく、検出結果を得る。
【0045】
ガスありモードは、コリジョンセル2にガスを供給して、コリジョンセル2内に送られた粒子と所定のガスとを接触させて、衝突または/および反応させて検出結果を得る。なお、制御装置7は、ガスありモードにおいて、コリジョンセル2内のイオンを加速させたり、コリジョンセル2の出口にエネルギー障壁を形成したりするように、電圧発生部6を制御することがある。
【0046】
目的イオンおよび妨害粒子を所定のガスと衝突または反応させたことにより、目的イオンが極端に減速することがある。目的イオンが極端に減速すると、イオンが検出器5に到達するまでの到達時間が長くなり測定に要する時間が長くなったり、あるいは、目的イオンがコリジョンセル2の出口に到達しなかったりする。そのため、ガスありモードにおいて、制御装置7は、コリジョンセル2内のイオンを加速させるように、電圧発生部6を制御することがある。
【0047】
制御装置7は、コリジョンセル2内のイオンを加速させる場合、イオンの進行方向に対してイオンガイド23以降の各電極に、イオンを加速させるためのセル電圧分オフセットさせるように電圧発生部6を制御する。
【0048】
また、コリジョンセル2内に送られた粒子と所定のガスとを衝突または反応させて、運動エネルギー弁別(KED:Kinetic Energy Discrimination)を実施する場合に、制御装置7はエネルギー障壁を形成するように、電圧発生部6を制御する。イオン源1で生成されたプラズマガスに由来するイオンのエネルギーは、概して、目的イオンのエネルギーに比べて、所定のガスと衝突することで大きく低下する。そして、コリジョンセル2の出口にエネルギー障壁を設けることで、プラズマガスに由来するイオンはエネルギー障壁を越えることができない一方、目的イオンはエネルギー障壁を越えることができるため、目的イオンと妨害粒子とを分離することができる。
【0049】
制御装置7は、エネルギー障壁を形成する場合、イオンの進行方向に対して、出口電極22以降の各電極にエネルギー障壁用のエネルギーフィルター(以下、「EF」と称する)電圧分オフセットさせるように電圧発生部6を制御する。
【0050】
以上のように、制御装置7は、ガスありモードまたはガスなしモードでICP-MS100の各部を制御し、ガスありモードにおいては、セル電圧分およびまたはEF電圧分オフセットさせることがある。
【0051】
[軸ずらし光学系のバンドパスフィルターとしての機能]
本発明者は、軸ずらし光学系3にバンドパスフィルターとしての機能があることを見出した。まず、本発明者は、次に示す方法によって、質量分離装置4に入射するイオンの入射エネルギーを求めた。
【0052】
図2は、入射エネルギーを求める方法を示すイメージ図である。質量分離装置4のプリロッド電極41とメインロッド電極42の各々の電極には、イオンの分離には寄与しない直流電圧であるバイアス電圧が印可される。このバイアス電圧を変えて目的イオンを検出すると、図2の左側に示すグラフが得られる。イオンは、エネルギー分布をもって質量分離装置4に入射する。このとき、質量分離装置4に入射するイオンのうち、メインロッド電極42に印可されるバイアス電圧と比較して低いエネルギーを有するイオンは、バイアス電圧がエネルギー障壁となり、当該エネルギー障壁を越えられない。そのため、検出強度の変化率の傾きが最大となるバイアス電圧が質量分離装置4に入射するイオンの入射エネルギーに相当すると考えられる。そこで、バイアス電圧と検出強度との関係を示す図2の左側に示すグラフを微分して図2の右側に示すグラフを得て、図2の右側に示すグラフのピーク位置のバイアス電圧を抽出した。抽出したバイアス電圧がイオンの入射エネルギーに相当する。
【0053】
本発明者は、軸ずらし光学系3に含まれる第1電極31および第2電極32の各電極に印可する電圧である軸ずらし電圧を変えて、各軸ずらし電圧を印加させて、上記方法により質量分離装置4に入射するイオンの入射エネルギーを求めた。
【0054】
その結果、軸ずらし電圧を変化させると、質量分離装置4に入射するイオンの入射エネルギーも変化することが分かった。これは、軸ずらし電圧を変えることで、軸ずらし光学系3を通過可能なエネルギー範囲が変わり、軸ずらし光学系3が、バンドパスフィルターとして機能していることを示している。
【0055】
図3は、粒子が各機能によって受ける影響を示すイメージ図である。図3に示すイメージ図は、ガスありモードにおいて、エネルギー障壁用のEF電圧を印加させた場合のイメージ図である。図3においては、各機能によって粒子のエネルギー分布がどのように変化しているかを示すことで、粒子が各機能から受ける影響を示している。
【0056】
サンプリングコーン14から取り込まれたイオン化室10内の粒子は、コリジョンセル2内で所定のガスと接触する。たとえば、粒子を所定のガスと衝突させてKEDを実施した場合を考える。この場合、衝突面積の大きい粒子の運動エネルギーは、衝突面積の小さい粒子の運動エネルギーに比べて大きく減少する。その結果、コリジョンセル2内の粒子のエネルギー分布は広がる。
【0057】
上述したように、軸ずらし光学系3は、バンドパスフィルターとして機能するため、エネルギー分布の広がった粒子群が軸ずらし光学系3に入射すると、特定のエネルギーを有する粒子だけが軸ずらし光学系3を通過することになる。
【0058】
また、出口電極22以降の電極にEF電圧が印加されている場合には、エネルギー分布の広がった粒子群のうち、高エネルギーの粒子だけがエネルギー障壁を超えることができ、検出器5で検出されることとなる。
【0059】
このように、軸ずらし光学系3は、バンドパスフィルターとして機能するため、検出目的の目的イオンがコリジョンセル2を出射したときのエネルギーに応じたバンドパスフィルターとして機能させる必要がある。そのため、軸ずらし電圧の設定値を適当な電圧に設定する必要がある。
【0060】
[軸ずらし電圧の設定方法]
ICP-MS100は、軸ずらし光学系3を備える。軸ずらし光学系3は、第1電極31の開口と第2電極32の開口とが異なる軸上に位置するように各電極を配置することで、妨害粒子である中性粒子が検出器5に取り込まれることを防止する。このように、一部の粒子を検出器5内に取り込まないようにするために、イオンの進路を曲げるように構成すると、検出目的とする目的イオンまで検出器5内に取り込まれなくなる可能性がある。
【0061】
実際に、軸ずらし光学系3はバンドパスフィルターとしての機能を有する。そのため、目的イオンが軸ずらし光学系3を通過する通過率を向上させるように、軸ずらし光学系3に含まれる第1電極31および第2電極32の各電極に印可する電圧を設定する必要がある。
【0062】
軸ずらし電圧を設定する方法について、図4を参照して説明する。図4は、軸ずらし電圧の設定方法を示すフローチャートである。なお、以下では、ステップを単に「S」と省略する。また、図4に示す各ステップは、制御装置7によって実行される。
【0063】
S1において、制御装置7は、目的イオンの質量電荷比に応じた初期電圧Vが記憶装置72に記憶されているか否かを判定する。初期電圧Vは、ガスなしモードにおいて設定される設定値である。初期電圧Vが記憶装置72に記憶されていないと判定した場合(S1においてNO)、制御装置7は、S1aに処理を進める。初期電圧Vが記憶装置72に記憶されていると判定した場合(S1においてYES)、制御装置7は、S1aを実行することなく、S2に処理を進める。
【0064】
S1aおいて、制御装置7は、初期電圧Vを決定するための決定処理を実行する。決定処理において、制御装置7は、ガスなしモードで目的イオンの質量電荷比に応じた標準試料を軸ずらし電圧を変えて分析し、検出結果として最も高い検出強度が得られたときの軸ずらし電圧を初期電圧Vに決定する。なお、決定処理は、得られた初期電圧Vを質量電荷比と対応づけて記憶装置72に記憶するステップを含んでいてもよい。
【0065】
S2において、制御装置7は、分析モードがガスなしモードであるか否かを、入力装置73を介して入力される分析条件に基づいて判定する。分析モードがガスなしモードであると判定した場合(S2においてYES)、制御装置7は、S2aにおいて、初期電圧Vを設定値として、処理を終了する。なお、引込電極16、イオンレンズ17、入口電極21、出口電極22、およびイオンガイド23の各電極に印加する電圧、およびプリロッド電極41、メインロッド電極42の各電極に印加するバイアス電圧は、軸ずらし電圧と同様に、検出結果として最も高い検出強度が得られる電圧に設定される。
【0066】
分析モードがガスなしモードではないと判定した場合(S2においてNO)、すなわち、分析モードがガスありモードであると判定した場合、制御装置7は、処理をS3に進める。制御装置7は、S3以降において、ガスありモードにおける軸ずらし電圧の設定値を決定する。制御装置7は、ガスありモードにおいては、目的イオンの質量電荷比に応じて設定されるオフセットを初期電圧Vに加えた電圧を軸ずらし電圧の設定値とする。
【0067】
S3において、制御装置7は、セル電圧Vが設定されるか否かを、入力装置73を介して入力される分析条件に基づいて判定する。上述したように、セル電圧Vは、コリジョンセル2内のイオンを加速させるための電圧であって、イオンの進行方向に対して、イオンガイド23以降の各電極に印可される電圧である。セル電圧Vが設定されていると判定した場合(S3においてYES)、制御装置7は、S4に処理を進める。一方、セル電圧Vが設定されていないと判定した場合(S3においてNO)、制御装置7は、S4を実行することなく、S5に処理を進める。
【0068】
S4において、制御装置7は、オフセットにセル電圧Vを追加する。セル電圧Vは、目的イオンの質量電荷比にかかわらず予め定められている。上述したように、セル電圧Vは、イオンの進行方向に対して、イオンガイド23以降の各電極に印可される電圧であるため、第1電極31および第2電極32の各電極にも印可される。そのため、制御装置7は、セル電圧Vが設定されている場合には、第1電極31および第2電極32の各電極にセル電圧分オフセットさせる必要がある。
【0069】
S5において、制御装置7は、EF電圧VEFが設定されるか否かを、入力装置73を介して入力される分析条件に基づいて判定する。上述したように、EF電圧VEFは、KEDを実施する場合にエネルギー障壁を形成させるために印可される電圧である。EF電圧VEFが設定されていると判定した場合(S5においてYES)、制御装置7は、S6に処理を進める。一方、EF電圧VEFが設定されていないと判定した場合(S5においてNO)、制御装置7は、S6を実行することなく、S7に処理を進める。
【0070】
S6において、制御装置7は、オフセットにEF電圧VEFを追加する。EF電圧VEFは、目的イオンの質量電荷比にかかわらず予め定められている。上述したように、EF電圧VEFは、イオンの進行方向に対して、出口電極22以降の各電極に印可される電圧であるため、第1電極31および第2電極32の各電極にも印可される。そのため、制御装置7は、EF電圧VEFが設定されている場合には、第1電極31および第2電極32の各電極にEF電圧分オフセットさせる必要がある。
【0071】
S7において、制御装置7は、目的イオンの質量電荷比に応じた調整電圧Vadが記憶装置72に記憶されているか否かを判定する。調整電圧Vadは、質量電荷比にかかわらず一律に設定されるセル電圧VおよびEF電圧VEFとは異なり、目的イオンの質量電荷比に応じて決定される電圧であって、質量電荷比と対応付けて記憶装置72に保存されている。目的イオンの質量電荷比は、たとえば、入力装置73を介してユーザによって入力される分析条件に含まれる。
【0072】
調整電圧Vadが記憶装置72に記憶されていないと判定した場合(S7においてNO)、制御装置7は、S70において、調整電圧Vadを決定するための決定処理を実行する。調整電圧Vadを決定するための決定処理については、図5を参照して後述する。調整電圧Vadが記憶装置72に記憶されていると判定した場合(S7においてYES)、制御装置7は、処理をS8に進める。
【0073】
S8において、制御装置7は、オフセットに目的イオンの質量電荷比に応じた調整電圧Vadを追加する。
【0074】
S9において、制御装置7は、初期電圧Vにオフセットを追加した電圧を設定値とする。すなわち、オフセットは、少なくとも質量電荷比に応じて決定される調整電圧Vadを含み、セル電圧Vおよび/またはEF電圧VEFを含み得る。
【0075】
以上のように、制御装置7は、初期電圧Vにオフセットを追加した電圧を軸ずらし電圧の設定値とする。S7~S8に示すように、オフセットは、分析条件にかかわらず目的イオンの質量電荷比に応じた調整電圧Vadを含むため、目的イオンの質量電荷比に応じて決定されるともいえる。
【0076】
すなわち、制御装置7は、ガスありモードにおいては、ガスなしモードにおける設定値である初期電圧Vに、目的イオンの質量電荷比に応じて決定されるオフセットを加えた電圧を軸ずらし電圧の設定値とする。
【0077】
[調整電圧の決定方法]
図5は、調整電圧の決定方法を示すフローチャートである。図5に示すフローチャートは、図4のS70において実行される決定処理に相当する。図5に示す各ステップは、制御装置7によって実行される。
【0078】
S71において、制御装置7は、標準試料を分析することをユーザに指示する。具体的には、制御装置7は、標準試料をオートサンプラー1aにセットする旨の指示情報を表示装置74に表示する。ここで、標準試料とは、特定の成分から成る試料である。特定の成分は、測定対象の目的イオンに応じて適宜選択される。特定の成分は、イオン化したときに目的イオンとなる成分であってもよく、また、イオン化したときに目的イオンが有する質量電荷比と同じか、あるいは極めて近い質量電荷比を有するイオンとなる成分であってもよい。なお、標準試料は、特定の成分を測定する際の妨害粒子となる成分を含んでいなければよく、特定の成分以外の成分を含んでいてもよい。
【0079】
S72において、制御装置7は、標準試料がセットされたか否かを判定する。制御装置7は、一例として、標準試料がセットされたか否かを、ユーザによって入力装置73を介して入力された情報に基づいて判定する。標準試料がセットされたと判定した場合に(S72においてYES)、制御装置7は、S73に処理を進める。
【0080】
S73において、制御装置7は、基準電圧を設定する。基準電圧は、分析条件によって設定される電圧であって、初期電圧Vに、目的イオンの質量電荷比に関わらず、分析条件によって設定される電圧を加えた電圧ある。目的イオンの質量電荷比に関わらず分析条件によって設定される電圧は、セル電圧VおよびEF電圧VEFである。
【0081】
S74において、制御装置7は、基準電圧を中心に軸ずらし電圧を変えて、標準試料の検出結果を取得し、軸ずらし電圧のスキャン結果を得る。標準試料の検出結果は、標準試料に含まれる特定の成分をイオン化して得られる特定イオンを検出器5で検出することで得られる。また、軸ずらし電圧のスキャン結果は、軸ずらし電圧と特定イオンの検出強度との関係である。
【0082】
S75において、制御装置7は、スキャン結果から検出強度が最も大きくなるピーク電圧を抽出する。
【0083】
S76において、制御装置7は、ピーク電圧から調整電圧Vadを決定する。ピーク電圧に設定したときに、検出強度が最も高くなるということは、ピーク電圧に設定することで、より多くの特定イオンが軸ずらし光学系3を通過できることを意味する。そこで、制御装置7は、ピーク電圧がガスありモードにおける軸ずらし電圧となるように、調整電圧Vadを決定する。より具体的には、制御装置7は、S73において設定した基準電圧を基準に当該基準電圧からのピーク電圧までの変動値を調整電圧Vadに決定する。なお、初期電圧Vからピーク電圧までの変動値は、オフセットに相当する。
【0084】
S77において、制御装置7は、決定した調整電圧Vadと特定イオンの質量電荷比とを対応付けて記憶装置72に保存して、処理を終了する。決定した調整電圧Vadと特定イオンの質量電荷比とを対応付けて保存することで、同じ分析条件で目的イオンを分析する場合に、再度調整電圧Vadを決定するための決定処理を実行する必要がなく、軸ずらし電圧を効率よく設定できる。
【0085】
以上のように、制御装置7は、特定イオンの標準試料を分析することで、特定イオンを目的イオンとする場合に設定される調整電圧Vadを決定する。
【0086】
図6は、質量電荷比と調整電圧との関係を示す図である。質量電荷比と調整電圧Vadとの関係は、複数の標準試料を分析することで得られる。質量電荷比と、調整電圧Vadとの関係を示すオフセット情報は、たとえば、記憶装置72に記憶されている。これにより、制御装置7は、オフセット情報を取得可能に構成されている。なお、制御装置7とネットワークを介して通信可能に構成されたサーバにオフセット情報を保存してもよい。
【0087】
なお、調整電圧Vadは、セル電圧Vを印加するか否か、EF電圧VEFを印加するか否かによって変わる。そのため、オフセット情報は、セル電圧VおよびEF電圧VEFに関する分析条件に応じて設けられていることが好ましい。なお、オフセット情報は、質量電荷比と調整電圧Vadとの関係としたが、調整電圧Vadにセル電圧Vおよび/またはEF電圧VEFに加えたオフセットと質量電荷比との関係であってもよい。
【0088】
制御装置7は、図4のS7およびS8において、オフセット情報に基づいて、入力された質量電荷比に応じた調整電圧Vadを決定してもよい。なお、制御装置7は、入力された質量電荷比に対応する調整電圧Vadがオフセット情報に含まれていない場合であっても、入力された質量電荷比に最も近い質量電荷比の調整電圧Vadを当該入力された質量電荷比に応じた調整電圧Vadとして決定してもよい。
【0089】
図7は、標準試料の送液量を変えて得られたスキャン結果を示す図である。図7中の黒い丸で示したプロットは、オートサンプラー1aによってプラズマトーチ1bに第1流量で標準試料が送られた場合に得られるスキャン結果である。図7中の黒い三角形で示したプロットは、オートサンプラー1aによってプラズマトーチ1bに第1流量よりも小さい第2流量で標準試料が送られた場合に得られるスキャン結果である。また、図7し示すグラフの横軸は、基準電圧を0とした場合の軸ずらし電圧である。
【0090】
図7に示すように、プラズマトーチ1bに送られる流量に関わらず、ピーク電圧は変わらない。そのため、制御装置7は、送液量に関わらず調整電圧Vadを設定可能である。
【0091】
また、図7に示すように、ピーク電圧前後においては、強度の変動が比較的小さい。そのため、ガスありモードにおける軸ずらし電圧の設定値がピーク電圧となるように調整電圧Vadを決定することで、設定した軸ずらし電圧の電圧値が変動した場合の検出強度の変動幅を小さくすることができ、安定して検出結果を取得できる。
【0092】
[軸ずらし光学系におけるイオンの動き]
図8は、軸ずらし光学系におけるイオンの動きを示すイメージ図である。図8中の矢印の長さは、イオンの速度を示しており、矢印の長さが長いほど速度が速いことを示している。
【0093】
質量が同じであれば、イオンの持つエネルギーと、イオンの速度とは、比例関係となる。そのため、イオンの速度が速すぎる場合、イオンの持つエネルギーが大きいため、図8に示すように、大きくは曲がらず、イオンは第2電極32の開口を通過できず、質量分離装置4に到達できない。また、イオンの速度が遅すぎる場合、イオンの持つエネルギーが小さいため、図8に示すように、大きく曲がりすぎてしまい、イオンは第2電極32の開口を通過できず、質量分離装置4に到達できない。そのため、第1電極31を通過するときのイオンの速度、すなわち、イオンの持つエネルギーを適当なエネルギーにするように軸ずらし電圧を設定する必要がある。
【0094】
ガスありモードにおいて、コリジョンセル2から出射したイオンが持つエネルギーは、コリジョンセル2内で所定のガスと接触することで、サンプリングコーン14から取り込まれたときに持っているエネルギーから変化する。また、所定のガスによるイオンへの影響は、イオンの種類によって異なる。
【0095】
すなわち、所定のガスとの接触によるイオンのエネルギーの変動量は、イオンの種類によって異なる。そのため、ガスなしモードにおいて目的イオンに応じて初期電圧Vを設定し、当該初期電圧Vに質量電荷比に関わらず一律でオフセットを加えても、第1電極31を通過するときのイオンのエネルギーは適当なエネルギーとはならない。
【0096】
本実施の形態においては、制御装置7は、初期電圧Vに対して目的イオンの質量電荷比に応じて決定されるオフセットを加えた電圧をガスありモードにおける軸ずらし電圧に設定する。そのため、第1電極31を通過するときのイオンのエネルギーを適当なエネルギーとすることができ、目的イオンの軸ずらし光学系3の通過率を向上することができ、その結果、検出感度を上げることができる。
【0097】
[態様]
上述した実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0098】
(第1項)一態様にかかる質量分析装置は、試料をイオン化するイオン源と、イオン源の配置されたイオン化室内の粒子を取り込むための取込口が第1軸上に形成されたサンプリングコーンと、第1軸上に設けられ、サンプリングコーンから取り込まれた粒子を所定のガスに接触させるためのセルと、第1軸に平行な第2軸上に設けられ、イオンを質量電荷比ごとに分離する質量分離装置と、第2軸上に設けられ、質量分離装置によって分離された各イオンを検出する検出器と、セルと質量分離装置との間の第1軸上に粒子の通過口が設けられた第1電極と、第1電極と質量分離装置との間の第2軸上に粒子の通過口が設けられた第2電極と、制御装置とを含む。制御装置は、セルに所定のガスをいれないで検出結果を得る第1モードと、セルに所定のガスを入れて検出結果を得る第2モードとに各部を制御可能である。制御装置は、第1モードにおいて第1電極および第2電極の各々に印可する電極電圧として設定される初期電圧に、検出目的である目的イオンが有する質量電荷比に応じて決定されるオフセットを加えた電圧を、第2モードにおける電極電圧に設定する。
【0099】
第1項に記載の質量分析装置によれば、第1電極の通過口と第2電極の通過口とが互いに異なる軸上に位置するため、光子や中性粒子等の妨害粒子が第2電極の通過口を通過して質量分離装置に取り込まれ、検出器で検出されることを防止できる。さらに、第2モードにおいて設定される電極電圧は、目的イオンが有する質量電荷比に応じて決定されるオフセットを含むため、目的イオンに応じた適当な電極電圧を設定でき、目的イオンの検出感度を向上できる。
【0100】
(第2項)第1項に記載の質量分析装置において、制御装置は、イオン化した場合に第1質量電荷比を有する第1成分から成る第1標準試料を第2モードで分析することで、当該第1質量電荷比を有する第1イオンを目的イオンとする場合のオフセットを決定する決定処理を実行可能である。決定処理は、電極電圧を変えて第1イオンを検出し、当該第1イオンの検出強度と当該電極電圧との関係を示すスキャン結果を取得するステップと、スキャン結果から検出強度が最も大きくなるピーク電圧を抽出し、当該ピーク電圧に基づいて、第1イオンを目的イオンとする場合のオフセットを決定するステップとを含む。
【0101】
第2項に記載の質量分析装置によれば、検出強度が最も大きくなるピーク電圧に基づいてオフセットが決定されるため、決定されたオフセットによって設定された電極電圧の下で分析を行うことで、目的イオンの検出感度を向上させることができる。
【0102】
(第3項)第2項に記載の質量分析装置において、制御装置は、決定されたオフセットと質量電荷比との関係を記憶部に保存する。
【0103】
第3項に記載の質量分析装置によれば、決定したオフセットと質量電荷比との関係を記憶部に保存しておくことで、同様の分析条件で目的イオンを分析する場合に電極電圧を効率よく設定できる。
【0104】
(第4項)第1項~第3項のうちいずれか1項に記載の質量分析装置において、オフセットは、質量電荷比にかかわらず予め定められたエネルギー障壁用電圧を含む。
【0105】
第4項に記載の質量分析装置によれば、セルで所定のガスと接触させてエネルギー弁別を実施する場合に、目的イオンと妨害物質とをエネルギー障壁により分離できる。
【0106】
(第5項)第1項~第4項のうちいずれか1項に記載の質量分析装置において、制御装置は、第2モードにおいて、セルが有するイオンガイドに印可する電圧として、質量電荷比にかかわらず予め定められたセル電圧を設定する。オフセットは、セル電圧を含む。
【0107】
第5項に記載の質量分析装置によれば、セルで所定のガスと接触させて目的イオンの速度が極端に低下した場合であっても、加速させることができ、目的イオンをセルの出口から出射させることができる。
【0108】
(第6項)第1項~第5項のうちいずれか1項に記載の質量分析装置において、制御装置は、質量電荷比と当該質量電荷比を有するイオンを目的イオンとした場合のオフセットとの関係を示すオフセット情報を取得可能に構成され、目的イオンが有する質量電荷比の入力を受け付けた場合に、オフセット情報に基づいて、入力された質量電荷比に対応するオフセットを決定する。
【0109】
第6項に記載の質量分析装置によれば、電極電圧を効率よく設定できる。
(第7項)一態様にかかる設定方法は、質量分析装置の分析条件を設定する方法である。質量分析装置は、試料をイオン化するイオン源と、イオン源の配置されたイオン化室内の粒子を取り込むための取込口が第1軸上に形成されたサンプリングコーンと、第1軸上に設けられ、サンプリングコーンから取り込まれた粒子を所定のガスに接触させるためのセルと、第1軸に平行な第2軸上に設けられ、イオンを質量電荷比ごとに分離する質量分離装置と、第2軸上に設けられ、質量分離装置によって分離された各イオンを検出する検出器と、セルと質量分離装置との間の第1軸上に粒子の通過口が設けられた第1電極と、第1電極と質量分離装置との間の第2軸上に粒子の通過口が設けられた第2電極とを含む。設定方法は、セルに所定のガスを入れないで検出結果を得る第1モードに設定するステップと、セルに所定のガスを入れて検出結果を得る第2モードに設定するステップとを含む。また、設定方法は、第2モードに設定された場合に、第1モードにおいて第1電極および第2電極の各々に印可する電極電圧として設定される初期電圧に、検出目的である目的イオンが有する質量電荷比に応じて決定されるオフセットを加えた電圧を、第2モードにおける電極電圧に設定するステップを含む。
【0110】
第7項に記載の設定方法によれば、第1電極の通過口と第2電極の通過口とが互いに異なる軸上に位置するため、光子や中性粒子等の妨害粒子が第2電極の通過口を通過して質量分離装置に取り込まれ、検出器で検出されることを防止できる。さらに、第2モードにおいて設定される電極電圧は、目的イオンが有する質量電荷比に応じて決定されるオフセットを含むため、目的イオンに応じた適当な電極電圧を設定でき、目的イオンの検出感度を向上できる。
【0111】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0112】
1 イオン源、1a オートサンプラー、1b プラズマトーチ、2 コリジョンセル、3 軸ずらし光学系、4 質量分離装置、5 検出器、6 電圧発生部、7 制御装置、8 ガス供給部、10 イオン化室、11~13 真空室、14 サンプリングコーン、15 スキマー、16 引込電極、17 イオンレンズ、21 入口電極、22 出口電極、23 イオンガイド、31 第1電極、32 第2電極、41 プリロッド電極、42 メインロッド電極、72 記憶装置、73 入力装置、74 表示装置、100 ICP-MS、A1 光軸、A2 検出軸。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8