(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024064892
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】タンパク質高含有ユーグレナ、及びその生産方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/12 20060101AFI20240507BHJP
A23L 33/195 20160101ALI20240507BHJP
C12N 1/13 20060101ALI20240507BHJP
C07K 14/405 20060101ALI20240507BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20240507BHJP
C12P 21/00 20060101ALI20240507BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20240507BHJP
C07K 1/14 20060101ALI20240507BHJP
A23K 20/147 20160101ALI20240507BHJP
A23K 10/30 20160101ALI20240507BHJP
C12N 15/60 20060101ALN20240507BHJP
【FI】
C12N1/12 C ZNA
A23L33/195
C12N1/13
C07K14/405
A23L33/105
C12P21/00 B
C12P21/02 Z
C07K1/14
A23K20/147
A23K10/30
C12N15/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022173843
(22)【出願日】2022-10-29
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
2.Triton
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度「月面等における長期滞在を支える高度資源循環型食料供給システムの開発」戦略プロジェクト 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】506141225
【氏名又は名称】株式会社ユーグレナ
(74)【代理人】
【識別番号】110003432
【氏名又は名称】弁理士法人シアラシア
(72)【発明者】
【氏名】山田 康嗣
(72)【発明者】
【氏名】豊川 知華
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健吾
【テーマコード(参考)】
2B150
4B018
4B064
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
2B150AA01
2B150AA05
2B150AA06
2B150AA08
2B150AA09
2B150AB20
2B150CD10
2B150CD30
2B150CJ07
2B150DD47
2B150DD57
2B150DD59
2B150DH35
4B018LB01
4B018LB02
4B018LB04
4B018LB08
4B018MD20
4B018ME14
4B064AG00
4B064CA08
4B064CA19
4B064CC03
4B064CC24
4B064DA10
4B064DA20
4B065AA83X
4B065AA83Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA01
4B065BB23
4B065BB40
4B065CA24
4B065CA41
4B065CA43
4B065CA49
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA09
4H045CA30
4H045EA01
4H045EA07
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】タンパク質高含有ユーグレナ、及びその生産方法を提供する。
【解決手段】本発明の課題は、タンパク質含有率35質量%以上であるユーグレナを提供することにより解決される。前記ユーグレナとしては、パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナが挙げられる。パラミロン合成酵素をコードする遺伝子としては、グルカン合成様酵素2(GSL2)をコードする遺伝子が挙げられる。また、本発明の課題は、タンパク質含有率35質量%以上であるユーグレナを培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程とを含むユーグレナの生産方法によって解決される。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質含有率35質量%以上であるユーグレナ。
【請求項2】
パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナである請求項1に記載のユーグレナ。
【請求項3】
グルカン合成様酵素2(GSL2)をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナにおいて、
該グルカン合成様酵素2(GSL2)をコードする遺伝子が下記(a)又は(b)のいずれかのタンパク質をコードする遺伝子である請求項1に記載のユーグレナ。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)前記(a)のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつグルカン合成酵素活性を有するタンパク質
【請求項4】
前記ユーグレナがユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のユーグレナ。
【請求項5】
請求項4に記載のユーグレナから抽出されたユーグレナ由来タンパク質。
【請求項6】
請求項4に記載のユーグレナを含む食品、飲料、飼料又は肥料。
【請求項7】
請求項5に記載のユーグレナ由来タンパク質を含む食品、飲料、飼料又は肥料。
【請求項8】
請求項1~3のいずれかに記載のユーグレナを培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程とを含むユーグレナの生産方法。
【請求項9】
請求項1~3のいずれかに記載のユーグレナを尿由来の成分を含む培養液で培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程とを含むユーグレナの生産方法。
【請求項10】
請求項1~3のいずれかに記載のユーグレナを培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程と、回収したユーグレナからタンパク質を抽出するタンパク質抽出工程とを含むユーグレナ由来タンパク質の生産方法。
【請求項11】
請求項1~3のいずれかに記載のユーグレナを尿由来の成分を含む培養液で培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程と、回収したユーグレナからタンパク質を抽出するタンパク質抽出工程とを含むユーグレナ由来タンパク質の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質高含有ユーグレナ、及びその生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2022年の世界人口は79億5,400万人にも及び、前年の2021年と比較すると7,900万人の増加が見られる。こうした急激な人口増加が続くと、タンパク質の需要に供給が追い付かなくなり、「タンパク質危機」と呼ばれる食糧問題に直面すると言われている。牛、豚、鶏等の既存の畜産業に依存したタンパク質供給は早晩追いつかなくなるため、昆虫食、大豆ミート、培養肉等の代替タンパク質の開発が急務である。
【0003】
一方で、今日における世界的な環境問題への配慮も忘れてはならない。私たちの日常生活で排出されるプラスチックゴミは海洋汚染につながり、海洋汚染は生物多様性の損失や海洋資源獲得量の低下を招く。化石燃料由来のエネルギー利用に伴う温室効果ガスの発生は気候変動の要因となる。気候変動に起因する台風、洪水等の気象災害の増加や平均気温上昇は作物の収穫量低下につながる。タンパク質供給源の開発には、持続可能性も同時に満たす必要がある。
【0004】
微細藻類の一種であるユーグレナ(Euglena)は、葉緑体を持ち光合成するという植物的性質と、鞭毛を持ち柔軟に運動するという動物的性質を併せ持つユニークな生物である。分類上においても、原生動物として原生動物門ミドリムシ目に分類されると共に、光合成生物として植物界ミドリムシ植物門にも分類される。ユーグレナは50種類以上もの豊富な栄養素を持つことが知られており、近年、健康食品として利用されている。
【0005】
微細藻類は、家畜の糞尿に含まれる窒素源等の栄養素を利用して培養することもできる。特許文献1には、牛の糞尿から液体成分を分離し、分離した液体成分を曝気することにより特定の微生物を増殖させ、微細藻類成長促進剤として利用することが開示されている。
【0006】
ユーグレナは、貯蔵多糖としてパラミロンと呼ばれるβグルカンの結晶を細胞内に蓄積する。パラミロンはグルコース分子が約700個、β-1,3-結合によって連結した直鎖状のグルカンである。パラミロンは高い結晶度(約90%)を示す円盤状の顆粒であり、その量は、特に従属栄養条件下では、しばしば質量濃度の50%を超える。
【0007】
パラミロンには免疫賦活作用等、食品として摂取することで様々な機能性があることが知られており、パラミロンを増加させることでユーグレナの食品としての品質を高める工夫がなされてきた。特許文献2及び非特許文献1には、ユーグレナ細胞のEgGSL2遺伝子をノックダウンするとパラミロンの蓄積が顕著に阻害されることからEgGSL2遺伝子がパラミロン合成酵素をコードする遺伝子であることを見出し、パラミロン合成酵素の遺伝子発現量を増加させることでユーグレナのパラミロン含有量を増加させる方法が開示されている。
【0008】
特許文献3には、ゲノム編集技術を用いたユーグレナのゲノムを効果的かつ持続的に改変する方法が開示されており、実施例としてEgGSL2遺伝子への変異導入方法の開示がある。非特許文献2には、ゲノム編集技術を用いてユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)のEgGSL2遺伝子が欠失した変異株を作出し、パラミロンが合成されない株を用いた屋外培養を4週間行ったことが開示されている。当該試験は、カルタヘナ法に規定された「遺伝子組換え生物等」に該当しないこと、情報提供書の案のとおり使用等した場合に生物多様性に影響を及ぼさないと考察できることを確認することを目的として行われた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2021/215439号
【特許文献2】特開2018-186744
【特許文献3】特開2021-10344
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Tanaka, Y., Ogawa T., Maruta, T., Yoshida, Y., Arakawa, K. and Ishikawa, T. (2017) ‘Glucan synthase-like 2 is indispensable for paramylon synthesis in Euglena gracilis’ ,FEBS Letters,Federation of European Biochemical Societies,pp. 1360-1370. doi: 10.1002/1873-3468.12659.
【非特許文献2】出雲充,”ゲノム編集技術の利用により得られた生物であってカルタヘナ法に規定された「遺伝子組換え生物等」に該当しない生物を拡散防止措置の執られていない環境中で使用するに当たっての情報提供”,[online],令和3年9月1日,[令和4年7月11日検索],インターネット<URL:https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/bio/cartagena/euglena_zyouhouteikyousyo.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来はユーグレナに含まれるパラミロンに着目し、単位重量当たりのパラミロン含有率を高めることでユーグレナの品質を高める検討が行われてきたが、ユーグレナを持続可能なタンパク質源とみて、タンパク質含有率を高める検討は行われていないことを本発明者らは見出した。
また、産業廃棄物として処理される動物の糞尿がタンパク質生産において有効活用されていないという課題がある。さらに、宇宙空間等の閉鎖環境系の物質循環という観点でヒトの尿が有効活用されていないという課題がある。
【0012】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、単位重量当たりのタンパク質含有率が高いユーグレナを提供すること、及び単位重量当たりのタンパク質含有率が高いユーグレナを生産する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、単位重量当たりのタンパク質含有率が高いユーグレナを培養すれば、効率的なタンパク質源の生産が可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明は、以下の(1)~(11)を提供する。
(1)タンパク質含有率35質量%以上であるユーグレナ。
(2)パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナである(1)に記載のユーグレナ。
(3)グルカン合成様酵素2(GSL2)をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失しており、
該グルカン合成様酵素2(GSL2)をコードする遺伝子が下記(a)又は(b)の何れかのタンパク質をコードする遺伝子である(1)に記載のユーグレナ。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)前記(a)のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつグルカン合成酵素活性を有するタンパク質
(4)前記ユーグレナがユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)であることを特徴とする(1)~(3)のいずれかに記載のユーグレナ。
(5)(4)に記載のユーグレナから抽出されたユーグレナ由来タンパク質。
(6)(4)に記載のユーグレナを含む食品、飲料、飼料又は肥料。
(7)(5)に記載のユーグレナ由来タンパク質を含む食品、飲料、飼料又は肥料。
(8)(1)~(3)のいずれかに記載のユーグレナを培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程とを含むユーグレナの生産方法。
(9)(1)~(3)のいずれかに記載のユーグレナを尿由来の成分を含む培養液で培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程とを含むユーグレナの生産方法。
(10)(1)~(3)のいずれかに記載のユーグレナを培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程と、回収したユーグレナからタンパク質を抽出するタンパク質抽出工程とを含むユーグレナ由来タンパク質の生産方法。
(11)(1)~(3)のいずれかに記載のユーグレナを尿由来の成分を含む培養液で培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程と、回収したユーグレナからタンパク質を抽出するタンパク質抽出工程とを含むユーグレナ由来タンパク質の生産方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、タンパク質含有率35質量%以上のユーグレナを生産することができる。EgGSL2遺伝子を含むパラミロン合成酵素をコードする遺伝子の発現が抑制され、又は遺伝子が欠失したユーグレナを用いることで、タンパク質含有率50質量%以上のユーグレナを生産することができる。
尿に含まれる成分を用いて培養することで持続可能な方法でユーグレナを生産することができ、さらにヒト由来の尿を含む培養液を用いて培養することで、閉鎖環境においてもユーグレナ及びユーグレナ由来のタンパク質を生産することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】Euglena gracilis Z株(宿主)におけるGSL2遺伝子のゲノム編集箇所周辺配列を示す図である。点線で囲まれた部分はgRNA設計部位を、枠線で囲まれた部位はPAM配列をそれぞれ表している。
【
図2】Euglena gracilis Z株(宿主)のGSL2遺伝子内の近隣配列2か所を切断することにより、間の配列が欠失したクローンを選抜することを示す模式図である。
【
図3】Euglena gracilis Z株(E. gracilis Z)とEuglena gracilis GSL2 KO株(GSL2 KO株)の増殖曲線を示す図である。
【
図4】Euglena gracilis Z株(E. gracilis Z)とEuglena gracilis GSL2 KO株(GSL2 KO株)のパラミロン含有率を示す図である。
【
図5】Euglena gracilis Z株(E. gracilis Z)とEuglena gracilis GSL2 KO株(GSL2 KO株)のタンパク質含有率を示す図である。
【
図6】Euglena gracilis Z株(E. gracilis Z)とEuglena gracilis GSL2 KO株(GSL2 KO株)の炭水化物、タンパク質、その他の成分割合を示す図である。
【
図7】Euglena gracilis Z株を人工尿及びヒト由来の尿をそれぞれ含む培地で培養した際におけるO.D.860の増殖曲線を示す図である。
【
図8】Euglena gracilis Z株を人工尿及びヒト由来の尿をそれぞれ含む培地で培養した際における細胞数の増殖曲線を示す図である。
【
図9】Euglena gracilis Z株を人工尿及びヒト由来をそれぞれ含む培地で培養した際における培養開始後69時間目の細胞粒子径を示す図である。
【
図10】Euglena gracilis Z株を人工尿及びヒト由来の尿をそれぞれ含む培地を用いて培養した際における培養開始後69時間目の質量濃度を示す図である。
【
図11】Parachlorella kessleri 2152株を人工尿、未滅菌のヒト由来尿、オートクレーブ滅菌したヒト由来尿をそれぞれ含む培地で培養した際におけるO.D.860の増殖曲線を示す図である。
【
図12】Parachlorella kessleri 2152株を人工尿、未滅菌のヒト由来尿、オートクレーブ滅菌したヒト由来尿をそれぞれ含む培地で培養した際における細胞数の増殖曲線を示す図である。
【
図13】Parachlorella kessleri 2152株を人工尿、未滅菌のヒト由来尿、オートクレーブ滅菌したヒト由来尿をそれぞれ含む培地で培養した際における培養開始後69時間目の細胞粒子径を示す図である。
【
図14】Parachlorella kessleri 2152株を人工尿、未滅菌のヒト由来尿、オートクレーブ滅菌したヒト由来尿をそれぞれ含む培地で培養した際における培養開始後69時間目の質量濃度を示す図である。
【
図15】Euglena gracilis Z株を人工尿及びヒト由来の尿をそれぞれ含む培地で培養した際におけるO.D.860の増殖曲線を示す図である。
【
図16】Euglena gracilis GSL2 KO株を人工尿及びヒト由来の尿をそれぞれ含む培地で培養した際におけるO.D.860の増殖曲線を示す図である。
【
図17】Euglena gracilis Z株を人工尿及びヒト由来の尿をそれぞれ含む培地で培養した際における細胞数の増殖曲線を示す図である。
【
図18】Euglena gracilis GSL2 KO株を人工尿及びヒト由来の尿をそれぞれ含む培地で培養した際における細胞数の増殖曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、タンパク質高含有ユーグレナ、及びその生産方法に関する。以下、本発明に係るタンパク質高含有ユーグレナ、及びその生産方法について、詳細に説明する。
文中で特に断らない限り、本明細書で用いるすべての技術用語及び科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者に一般に理解される意味と同様の意味を有する。本明細書に記載されたものと同様又は同等の任意の方法及び材料は、本発明の実施又は試験において使用することができるが、好ましい方法及び材料を以下に記載する。
【0018】
1.藻類の分類について
(藻類)
「藻類」とは、光合成による独立栄養を行う生物のうち、コケ植物、シダ植物、種子植物を除いたものの総称である。昆布、わかめ、ひじき等の多細胞生物である海藻類が一般的であるが、珪藻、黄緑藻、渦鞭毛藻等の単細胞真核生物やシアノバクテリア等の真正細菌も含まれる。本実施形態において、藻類のうち多細胞生物を除く単細胞真核生物及び真正細菌を特に「微細藻類」と定義する。
【0019】
(緑藻類)
微細藻類の分類は、真核生物である紅藻植物門、黄色植物門、ユーグレナ植物門及び緑藻植物門、原核生物である藍藻植物門が含まれるが、本実施形態において「緑藻類」とは微細藻類のうち緑色を示す生物種を指す。具体的には「緑藻類」はユーグレナ植物門と緑藻植物門に属する生物の総称である。
【0020】
(緑藻植物門)
緑藻植物門には、マミエラ藻綱、ネフロセルミス藻綱、クロロピコン藻綱、ペディノ藻綱、クロロデンドロン藻綱、トレボウクシア藻綱、アオサ藻綱、緑藻綱に属する生物種が含まれる。
【0021】
(トレボウクシア藻綱)
トレボウクシア藻綱はクロレラ属、トレボウクシア属、ボトリオコッカス属等に属する900種程が知られている。クロレラは健康食品として古くから利用される有用生物であり、ボトリオコッカスは油脂含有率が高いことからバイオ燃料への応用が期待されている。
トレボウクシア藻綱に属するパラクロレラ属は近年までクロレラ属に分類されていたが、分子系統学的解析の結果クロレラ属とは別グループを形成するとしてパラクロレラ属の設立が提唱された。
【0022】
(パラクロレラ属)
パラクロレラ属にはパラクロレラ・ケスレリ(Parachlorella kessleri)、クロステリオプシス・アキキュラリス(Closteriopsis acicularis)等が含まれる。中でもパラクロレラ・ケスレリ(Parachlorella kessleri)はバイオ燃料を含む有用物質の生産に資する生物として全ゲノム情報が解読される等、産業への貢献が期待される生物である。
【0023】
(ユーグレナ植物門)
ユーグレナ植物門には、ユーグレナ藻綱に属する生物種が含まれる。
【0024】
(ユーグレナ藻綱)
ユーグレナ藻綱には、スフェノモナス目、ヘテロネマ目、ラブドモナス目、ユートレプチア目、ユーグレナ目が含まれる。ユーグレナ目はさらにLepocinclis、Phacus、Discoplastis、Cryptoglena、Monomorphina、Colacium、Strombomonas、Trachelomonas、Euglena(ユーグレナ属)が含まれる。
【0025】
(ユーグレナ属)
本実施形態において「ユーグレナ」とは、分類学上、ユーグレナ属(Euglena)に分類される微生物、その変種、その変異種及びユーグレナ科(Euglenaceae)の近縁種を含む。ユーグレナ属に含まれる種として、具体的には、Euglena chadefaudii、Euglena deses、Euglena gracilis、Euglena granulata、Euglena mutabilis、Euglena proxima、Euglena spirogyra、Euglena viridis等が挙げられる。ユーグレナ属は、池や沼等の淡水中に広く分布しており、これらから分離して使用しても良く、また、既に単離されている任意のユーグレナ属を使用してもよい。ユーグレナ属は、その全ての変異株を包含する。また、これらの変異株の中には、遺伝的方法、たとえば組換え、形質導入、形質転換等により得られたものも含有される。
【0026】
(ユーグレナ・グラシリス)
ユーグレナとして、ユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)、特に、ユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)Z株を用いることができるが、ユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)Z株の変異株SM-ZK株(葉緑体欠損株)、ユーグレナ・グラシリスEOD-1株、ユーグレナ・グラシリスKishu株や変種のEuglena gracilis var. bacillaris、これらの種の葉緑体の変異株等の遺伝子変異株、Astasia longa等のその他のユーグレナ類であってもよい。
【0027】
2.パラミロン合成酵素又はβ-1,3-グルカン合成酵素
本実施形態の「パラミロン合成酵素」には、ユーグレナが産生するパラミロンを合成するタンパク質が含まれる。
本実施形態の「β-1,3-グルカン合成酵素」には、ユーグレナが産生するβ-1,3-グルカンを合成するタンパク質が含まれる。
パラミロン(Paramylon)は、約700のグルコース分子がβ-1,3-結合により重合した高分子体(β-1,3-グルカン)であり、ユーグレナ属を含むユーグレナ藻が含有する貯蔵多糖である。パラミロン粒子は、扁平な回転楕円体粒子であり、β-1,3-グルカン鎖がらせん状に絡まりあって形成されている。
【0028】
パラミロン合成酵素又はβ-1,3-グルカン合成酵素の例としては、ユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)由来、特に、ユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)Z株のパラミロン合成酵素又はβ-1,3-グルカン合成酵素が挙げられる。
なお、そのほか、ユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)のSM-ZK株(葉緑体欠損株)等の変異体株や変種のEuglena gracilis var. bacillaris、近縁種のEuglena anabaena var. minor、これらの種の葉緑体の変異株等の遺伝子変異株由来のパラミロン合成酵素又はβ-1,3-グルカン合成酵素であってもよい。
【0029】
(パラミロン合成酵素又はβ-1,3-グルカン合成酵素をコードする遺伝子)
パラミロン合成酵素又はβ-1,3-グルカン合成酵素は、パラミロン合成酵素活性を有するタンパク質を含む。本実施形態のパラミロン合成酵素又はβ-1,3-グルカン合成酵素の例としては、配列表の配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質が挙げられる。
配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質は、本明細書においてEgGSL2(Euglena gracilis Glucan Synthase Like 2)と呼称する。配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子を含むヌクレオチド配列は、配列番号1(EgGSL2遺伝子)の通りである。
パラミロン合成酵素又はβ-1,3-グルカン合成酵素の他の例としては、特開2018-186744号公報にEgGSL1としてアミノ酸配列が記載されているタンパク質が挙げられる。EgGSL1のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子を含むヌクレオチド配列は、特開2018-186744号公報に記載の通りである。
【0030】
3.遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナ
(遺伝子が抑制されたユーグレナ)
「遺伝子が抑制されたユーグレナ」とは、特定の遺伝子の転写量を減少させる操作又は翻訳を阻害する操作が行われたユーグレナを含む。遺伝子の抑制は遺伝子ノックダウンとも呼ばれ、遺伝子の機能を破壊する遺伝子ノックアウトとは異なり、遺伝子の機能が大きく減少させるものの、完全には失わせない操作をいう。
【0031】
「遺伝子の抑制」の一例として、遺伝子サイレンシング(遺伝子抑制又はジーンサイレンシングともいう)が挙げられる。遺伝子サイレンシングとは、一般に、クロマチンへの後天的な修飾により遺伝子を制御する、いわゆるエピジェネティクス的遺伝子制御のことを示す。遺伝子サイレンシングは機構の違いにより、転写型遺伝子サイレンシングと転写後遺伝子サイレンシングに分類される。
転写型遺伝子サイレンシングとは転写そのものが止められた状態であり、mRNA合成の停止により確認される。転写型遺伝子サイレンシングはヒストンの修飾、またはヘテロクロマチンの環境が作り変えられた結果生じると考えられている。
転写後遺伝子サイレンシングとは、特定のmRNAが破壊されることによるものである。mRNAの破壊は転写による遺伝子生産物(タンパク質等)の形成を妨げる。転写後遺伝子抑制に共通する機構はRNAiである。どちらの方法とも内生遺伝子の制御に用いられる。
【0032】
(遺伝子が欠失したユーグレナ)
「遺伝子が欠失したユーグレナ」とは、特定の遺伝子について機能欠失型の遺伝子が導入されたユーグレナ、又は特定の遺伝子の塩基配列の全部又は一部が欠失することにより機能を喪失したユーグレナを含む。遺伝子の欠失は、遺伝子ノックアウト(Knock out)により行われる。ノックアウトは「だめにする」、「だめにされた」の意味で、遺伝子破壊とも訳される。ユーグレナを含む微生物の遺伝子ノックアウト方法は、特に限定されないが、例えばゲノム編集技術が用いられる。
【0033】
(ゲノム編集技術)
ゲノム編集は、ゲノム上の標的遺伝子座のDNA二重鎖を、部位特異的DNAヌクレアーゼを用いて特異的に切断し、切断したDNAの修復の過程でヌクレオチドの欠失や挿入、置換を誘導し、外来ポリヌクレオチドを挿入する等して、ゲノムを標的部位特異的に改変する技術である。
【0034】
本実施形態で用いられる人工エンドンヌクレアーゼは、使用する部位特異的DNAヌクレアーゼに対応して、細菌のTALEタンパク質とFokIエンドヌクレアーゼからなる融合タンパク質TALEN(Transcription activator-like effector nuclease:転写活性因子様エフェクターヌクレアーゼ)、ジンクフィンガータンパク質とFokIエンドヌクレアーゼからなる融合タンパク質ZFN(zinc finger nuclease)、細菌の免疫システムをベースとしたCRISPR-Cas9(clustered regular interspaced short palindromic repeats-Cas9:クリスパーキャス9)等が知られている。
【0035】
本実施形態で用いる核酸配列認識モジュールとしては、CRISPR-Casシステム、ジンクフィンガーモチーフ及びTALエフェクター等の他、制限酵素、転写因子、RNAポリメラーゼ等のDNAと特異的に結合し得るタンパク質のDNA結合ドメインを含み、DNA 二重鎖切断能を有しないフラグメント等が例示されるが、これらに限定されるものではない。DNA二重鎖切断能を有しない核酸配列認識モジュールを用いた場合、核酸塩基変換酵素と組み合わせることによって、欠失挿入以外の変異、例えば、塩基置換を導入することが可能となる。
【0036】
CRISPR-Cas9は、Cas9ヌクレアーゼと、tracrRNA(トレーサーRNA)及びcrRNA(CRISPR RNA)の2種類のRNAで構成されており、ワトソン-クリック型塩基対の結合作用によって標的配列を認識する。CRISPR-Cas9複合体が標的配列を認識するためには、PAM(protospacer adjacent motif)と呼ばれるDNAモチーフがゲノム上に存在しなければならない。Cas9タンパク質は、それぞれ特定のPAM配列を認識する。一般的に使用されるCas9はA群溶血性レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)由来であり、5’-NGG-3’を認識する(NはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)及びC(シトシン)から選択される任意の塩基)。DNAの切断は、Cas9ヌクレアーゼが行い、野生型Cas9の場合は二本鎖切断を、ニッカーゼと呼ばれるCas9変異体の場合は一本鎖切断を生じさせる。CRISPR-Cas9におけるDNA領域の認識は、RNA-DNA相互作用によって制御される。塩基配列による制御機構は、ZFNやTALENと比較して、ゲノムターゲットの構築やオフターゲット領域の予測が容易で、複数のゲノム領域を同時に改変することが可能である。
【0037】
gRNA(ガイドRNA)は、CRISPR-Cas9システムにおいて、ゲノムDNA上の標的部位に結合し、Cas9ヌクレアーゼ又はその変異体を標的部位に誘導するために用いるRNAである。gRNAは、ゲノムDNA中の標的部位と結合する標的認識配列を5'末端側に含むRNA配列(crRNA)と足場機能を有するRNA配列(tracrRNA;trans-activating crRNA)とを有し、crRNAの3'側配列とtracrRNAの5'側配列は互いに相補的な配列を有しており塩基対を形成する。gRNAは、crRNAとtracrRNAが連結されたsgRNA(一本鎖ガイド)であってもよいし、別個の一本鎖RNAであるcrRNAとtracrRNAの複合体であってもよい。gRNAが特異的に結合する標的部位は、ゲノムDNAのいずれかの鎖のPAM配列の直前に位置し、そのおよそ20塩基長(通常は17~24塩基長)の配列を標的配列として設計することができる。gRNAは、そのような標的配列に対応した標的認識配列(RNA配列)を含む。gRNAの設計方法及び作製方法は周知である。例えば市販のgRNAベクターに標的配列を組み込み、発現させることによってgRNAを作製することができる。標的配列は、例えば、公知のgRNA設計用ソフトウェアを用いて簡便に設計することもできる。
【0038】
ジンクフィンガーモチーフは、Cys2His2型の異なるジンクフィンガーユニット(1フィンガーが約3塩基を認識する)を3~6個連結させたものであり、9~18塩基の標的ヌクレオチド配列を認識することができる。ジンクフィンガーモチーフは、Modular assembly法、OPEN法、CoDA法、大腸菌one-hybrid法等、従来公知の手法により作製することができる。
【0039】
TALエフェクター(tal Effector、TALE)は、約34アミノ酸を単位としたモジュールの繰り返し構造を有しており、1つのモジュールの12および13番目のアミノ酸残基(RVDと呼ばれる)によって、結合安定性と塩基特異性が決定される。各モジュールは独立性が高いので、モジュールを繋ぎ合わせるだけで、標的ヌクレオチド配列に特異的なTALエフェクターを作製することが可能である。TALエフェクターは、オープンリソースを利用した作製方法(REAL法、Golden Gate法等)が確立されており、比較的簡便に標的ヌクレオチド配列に対するTALエフェクターを設計することができる。
【0040】
本実施形態では、部位特異的DNAヌクレアーゼがgRNA及び核酸配列認識モジュールを含むリボ核タンパク質複合体であることが好ましい。リボ核タンパク質複合体は、RNAを含む核タンパク質、即ちリボ核酸とタンパク質の複合体である。
【0041】
リボ核タンパク質複合体として、Cas9 RNP複合体、具体的には、Cas9(CRISPR associated protein 9)/gRNA Ribonucleoproteinsを用いることが好ましい。ゲノム上の標的箇所に基づいて設計したgRNAとCas9タンパク質から構成される安定的なリボ核タンパク質複合体で、gRNAに対応するゲノム上の標的DNAサイトを特異的に切断する。
【0042】
(パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が欠失したユーグレナ)
本実施形態に係るゲノム編集されたユーグレナは、パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が欠失したユーグレナを含む。パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が欠失したユーグレナは、パラミロンを合成することができないため、細胞内にパラミロンを蓄積しない変異体である。
パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が欠失したユーグレナの一例として、欠失したパラミロン合成酵素をコードする遺伝子がグルカン合成様酵素2(GSL2)をコードする遺伝子であり、該グルカン合成様酵素2(GSL2)をコードする遺伝子が下記(a)又は(b)の何れかのタンパク質をコードする遺伝子であるユーグレナを、本実施形態では特に「Euglena gracilis GSL2 KO株」という。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)前記(a)のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつグルカン合成酵素活性を有するタンパク質
【0043】
(増殖速度)
本実施形態のパラミロン合成酵素ノックアウトユーグレナは、従属栄養条件又は独立栄養条件において、野生型のユーグレナと同程度の増殖速度又は野生型より若干劣る増殖速度を示す。
【0044】
(炭水化物含有率)
ユーグレナ細胞内の炭水化物はパラミロンの形態で貯蔵されるため、ユーグレナの炭水化物含有率を測定することでパラミロン含有率の測定が可能である。Euglena gracilis GSL2 KO株の炭水化物含有率は3質量%未満であり、より好ましくは1%未満である。炭水化物含有率の測定は、パラミロンの抽出・精製操作を経た後にフェノール硫酸法により行われるが、これに限定されるものではない。
【0045】
(タンパク質含有率)
パラミロン合成酵素ノックアウトユーグレナは炭水化物であるパラミロンを貯蔵しないため、タンパク質含有率が高くなる。Euglena gracilis GSL2 KO株のタンパク質含有率は45質量%以上、好ましくは50質量%以上、より好ましくは55質量%以上である。野生型であるEuglena gracilis Z株のタンパク質含有率は35質量%以上、好ましくは40質量%以上、より好ましくは45質量%以上である。タンパク質含有率の測定はケルダール法により行われるが、これに限定されるものではない。
【0046】
4.ユーグレナ由来タンパク質
「ユーグレナ由来タンパク質」とは、「ユーグレナに含まれるタンパク質」という概念を表す用語であり、ユーグレナ細胞を含む。さらには、ユーグレナ原料からタンパク質を含む成分を抽出、分離又は精製する工程を含む加工処理を施し、粉末状、ペースト状、粒状又は繊維状に成形したものも含まれる。
【0047】
「ユーグレナ由来タンパク質の生産方法」は、特に限定されないが、ユーグレナ細胞から総タンパク質を抽出(細胞の破壊又は溶解)する工程、必要に応じて行われる抽出したタンパク質を分離又は濃縮する工程、タンパク質以外の成分を除去する工程により行われる。
ユーグレナ細胞を破壊又は溶解してタンパク質を抽出する工程は、最終的に得られるタンパク質の収量や品質に影響するため、タンパク質抽出において重要な工程である。細胞の破壊には、物理的手法や界面活性剤を用いた方法等が選択可能であるが、これらに限定されるものではない。
【0048】
物理的手法には、ブレンダー、ミキサー又はホモジナイザーを用いた機械的破砕法に加え、超音波を用いた細胞破砕法、乳鉢・乳棒によってすり潰す破砕法等が含まれる。一度に大量の細胞を処理することができるため、工業的生産において有用である。
【0049】
界面活性剤を用いた方法は、簡便で低コストなだけでなく、マイルドな条件で細胞を溶解できる。界面活性剤としては、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤、又は両イオン性界面活性剤が含まれる。
陽イオン界面活性剤としては、塩化ジステアリルジメチルアンモニウム、塩化ベンザルコニウムが含まれる。陰イオン界面活性剤としては、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が含まれる。非イオン界面活性剤としては、モノオレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン、例えばTween20又はTween80、TritonXを含むオクチルフェノールエトキシレートが挙げられる。両イオン界面活性剤としては、膜タンパク質可溶化剤として知られるCHAPSが含まれる。
【0050】
「ユーグレナ由来タンパク質を含む食品」とは、食品の原料としてユーグレナ由来タンパク質を含む食品のことであり、ユーグレナ細胞から抽出したタンパク質を食品原料として含む食品又はユーグレナ細胞自体を食品原料として含む食品が含まれる。
【0051】
「食品」とは、特に限定されないが、米飯類、麺類、穀粉及び穀物を含む加工品、パン、菓子類、調味料、飲料、食用粉類等を含む。
米飯類には、おにぎり、寿司、チャーハン等が含まれる。麺類には、パスタ、うどん、そば、マカロニ、素麺、ビーフン等が含まれる。穀粉及び穀物を含む加工品には、オートミール、オートフレーク、ぎょうざの皮、コーンフレーク、シリアルバー等が含まれる。パンには、あんぱん、クリームパン、ジャムパン、食パン、サンドイッチ、ハンバーガー等が含まれる。菓子類には、チョコレート、キャラメル、せんべい、飴、焼き菓子、和菓子、ケーキ、アイスクリーム等が含まれる。調味料には、みそ、ウースターソース、グレービーソース、ケチャップソース、しょうゆ、食酢、そばつゆ、ドレッシング、マヨネーズソース、焼肉のたれ、はちみつ、水あめ、うま味調味料、香辛料等が含まれる。飲料には、コーヒー、ココア、ウーロン茶、緑茶、昆布茶、麦茶、紅茶、清涼飲料、炭酸飲料、ジュース、スポーツ飲料等が含まれる。食用粉類には、食用くず粉、食用コーンスターチ、食用小麦粉、食用米粉、食用そば粉、食用さつまいも粉、食用じゃがいも粉、食用そば粉、食用豆粉、食用麦粉、タピオカ、トウモロコシ粉、プロテイン粉末等が含まれる。
【0052】
「ユーグレナ由来タンパク質を含む飼料」とは、飼料の原料としてユーグレナ由来タンパク質を含む飼料のことであり、ユーグレナ細胞から抽出したタンパク質を飼料原料として含む飼料又はユーグレナ細胞自体を飼料原料として含む飼料が含まれる。
【0053】
「飼料」とは、家畜、家禽、魚介類、カイコ等の飼育下の動物に対して、栄養素の供給を目的として給与するものをいう。飼料としては、特に限定されないが、肉粉、混合飼料、配合飼料、ペットフード、魚粉、ミネラル飼料、尿素飼料、飼料添加物を含む。
【0054】
「ユーグレナ由来タンパク質を含む肥料」とは、肥料原料としてユーグレナ由来タンパク質を含む肥料のことであり、ユーグレナ細胞から抽出したタンパク質を肥料原料として含む肥料又はユーグレナ細胞自体を肥料原料として含む肥料が含まれる。ユーグレナ由来タンパク質は、ペプチド又はアミノ酸まで分解して有機肥料として用いても良い。
【0055】
「肥料」とは植物の生育に欠かせない三大栄養素である窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)を補うためのものであり、「化学肥料」と「有機肥料」の二種類がある。
「化学肥料」は化学的に合成されたものをいい、肥料成分がバランス良く配合されているもの、単一の肥料成分のみが含まれるもの等が含まれる。追肥等で足りない成分のみを補う場合に用いるのが好ましい。
「有機肥料」は有機物由来の肥料をいい、土壌に添加すると微生物に分解されることによってその栄養が根から植物に吸収される。土壌成分を整える際に有効であり、植物を栽培する前にあらかじめ施しておく元肥として用いるのが好ましい。
【0056】
5.ユーグレナの生産方法及びユーグレナ由来タンパク質の生産方法
本発明の「ユーグレナの生産方法」とは、ユーグレナを培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程と、を含むユーグレナの生産方法である。回収工程の後に、ユーグレナを乾燥する工程をさらに含んでも良い。
本発明の「ユーグレナ由来タンパク質の生産方法」とは、ユーグレナを培養する培養工程と、培養したユーグレナを回収する回収工程と、回収したユーグレナからタンパク質を抽出する工程と、を含むユーグレナ由来タンパク質の生産方法である。タンパク質を抽出する工程の後に、ユーグレナを乾燥する工程をさらに含んでも良い。
【0057】
5-1.培養工程
本発明のユーグレナの生産方法又はユーグレナ由来タンパク質の生産方法は、野生型のユーグレナ(例えば、Euglena gracilis Z株)又はパラミロン合成酵素ノックアウトユーグレナを該ユーグレナが増殖可能な増殖至適温度で培養する培養工程を含む。パラミロン合成酵素ノックアウトユーグレナとしては、Euglena gracilis GSL2 KO株が例として挙げられる。
【0058】
培養工程では、ユーグレナの増殖至適温度である25~29℃の範囲内の温度で培養を行う。水温を一定にした水槽の中で培養を行っても良いし、25~29℃の室温環境で培養を行っても良い。
【0059】
ユーグレナを光独立栄養培養で行う場合は、CO2を含む気体を通気し、適度な光量の光を照射すると良い。
CO2を含む気体は、CO2ガスと空気を混合した気体を通気しても良いし、火力発電所、メタン発酵槽等のCO2発生源由来のCO2ガスと空気を混合した気体を通気しても良い。
CO2を含む気体に含まれるCO2濃度は0.01体積%以上100体積%以下、好ましくは0.1体積%以上40体積%以下、より好ましくは0.5%以上10質量%以下である。
CO2を含む気体の通気流量は、0.1 volume/(volume・minutes)(以下、「vvm」)以上5 vvm以下、より好ましくは0.1vvm以上3vvm以下、さらに好ましくは0.1vvm以上1vvm以下である。
ユーグレナに照射する光源は、特に限定されないが、蛍光灯、LED等の人工光を照射しても良いし、日光を照射しても良い。
【0060】
ユーグレナを従属栄養培養で行う場合は、Koren-Hutner培地(KH培地)を含む従属栄養培地を用いると良い。
培地にグルコース等の炭素源が含まれているためCO2の通気は必ずしも必要ではないが、培地中の溶存酸素濃度を維持するため及び通気によるエアリフト効果で攪拌するために空気を通気しても良い。攪拌は振とう培養により行っても良い。従属栄養培養においては、光合成により細胞増殖するわけではないので光の照射は必須ではないが、蛍光灯、LED等の人工光を照射しても良いし、日光を照射しても良い。
【0061】
(尿に含まれる成分を利用したユーグレナの培養)
微生物の増殖に必要な栄養素は、炭素源、窒素源、硫黄源、リン源、無機塩類、微量栄養素、ビタミン類等に分けられる。微生物の種類と培養方法によって必要な栄養素は異なる。ユーグレナは、光をエネルギー源とし、二酸化炭素を主な炭素源とする独立栄養培養と、光に依存せず培養液に含まれる炭素源を資化して増殖する従属栄養培養の両方で増殖可能である。
【0062】
窒素源、硫黄源は細胞の構成成分であるタンパク質、核酸、細胞膜を合成するために必要である。ユーグレナの培養において、窒素源としてはリン酸水素二アンモニウム((NH4)2HPO4)、硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)等が主に利用されている。アンモニア(NH4)も利用可能である。
【0063】
ユーグレナは、「動物の尿由来の成分」を栄養素として培養することもできる。動物の糞尿を産業廃棄物として処理することなくユーグレナを含む微細藻類の培養に有効活用することは、培地成分として化学合成された試薬を使う必要がないという点で経済的であるだけでなく、持続可能性の面でも優れている。
「動物」とは、特に限定されないが、牛、水牛、豚、馬、ニワトリ、ヒツジ、ヤギ、アルパカ、トナカイ、シカ、キジ、イノシシ、イヌ、ネコ等が含まれる。
「尿由来の成分」は、動物種の違い、個体差、体調等によって変動しやすく、尿中成分は3,000種以上検出されているため一義的に定義することは困難であるが、一般に84~85%が水分で残りが固形の成分である。尿に含まれる固形成分として最も多いものが尿素であり、塩分、クレアチン、尿酸、ウロビリン、アンモニア等が含まれる。
【0064】
さらに、ユーグレナは「ヒトの尿由来の成分」を栄養素として培養することもできる。宇宙開発において、国際宇宙ステーションや宇宙船内等、閉鎖環境における長期滞在を想定する必要があり、限られた資源の循環利用が求められる。「ヒト由来の尿」は未滅菌で使用しても良く、滅菌して使用しても良い。滅菌方法としては、特に限定されないが、オートクレーブ滅菌、フィルターろ過滅菌等が利用できる。
宇宙空間の閉鎖生態系においてユーグレナをヒトの尿を用いて培養し、培養したユーグレナをタンパク質源として摂取することで炭素源、窒素源の循環利用が可能となる。ユーグレナは光合成によりCO2を吸収してO2を生産するため、ヒトの呼気に含まれるCO2を資化してO2を供給することも可能であり、閉鎖環境における空気環境の維持にも貢献できる。
【0065】
「人工尿」とは、ヒトの尿を化学物質で模したものであり、Sarigul, N.ら(2019)の論文に記載された多目的人工尿(The multi-purpose artificial urine、以下「MP-AU」)が挙げられる。研究や教育の目的において人工尿を利用することは経済的かつ実用的である。
<参考文献>
Sarigul, N., Korkmaz, F. & Kurultak, I. (2019) ‘A New Artificial Urine Protocol to Better Imitate Human Urine.’ Sci Rep 9, 20159. https://doi.org/10.1038/s41598-019-56693-4
【0066】
(尿に含まれる成分を利用した微細藻類の培養)
尿に含まれる成分を利用した培養は、ユーグレナ以外の微細藻類においても可能である。尿に含まれる成分を利用して培養できる微細藻類としては、緑藻植物門、トレボウクシア藻綱に属する生物の利用が好適である。トレボウクシア藻綱に属する生物のうち、パラクロレラ属が好ましい。パラクロレラ属に属する生物のうち、パラクロレラ・ケスレリ(Parachlorella kessleri)であるとより好ましい。
【0067】
5-2.回収工程
本発明のユーグレナの生産方法及びユーグレナ由来タンパク質の生産方法は、培養工程で培養したユーグレナを分離又は濃縮する回収工程を含む。回収工程は特に限定されないが、微生物の回収には、一般に、遠心分離又は膜分離が行われる。
遠心分離とは、試料に対して強力な遠心力をかけることにより、その試料を構成する成分を分離又は分画する方法である。遠心分離に使用される遠心機は特に限定されるものではなく、市販の工業用遠心機や連続遠心機が用いられる。
膜分離とは、液体又は気体を、選択性を持つ隔壁(膜)に通すことで目的物を濾し分ける操作の総称である。主な膜分離操作として、ろ過や透析が挙げられる。物質移動の推進力は主に圧力差、濃度差、電位差である。微生物を分離する膜としては、精密ろ過膜(MF膜;Microfiltration Membrane)、逆浸透膜(RO膜;Reverse Osmosis Membrane)、限外ろ過膜(UF膜;Ultrafiltration Membrane)が含まれる。
【0068】
5-3.タンパク質抽出工程
本発明のユーグレナ由来のタンパク質の生産方法は、回収工程で回収したユーグレナ細胞からユーグレナ由来タンパク質を抽出する工程を含む。
【0069】
ユーグレナ由来タンパク質を抽出する工程は、特に限定されないが、ユーグレナ細胞から総タンパク質を抽出(細胞を破壊又は溶解)する工程、必要に応じて行われる抽出したタンパク質を分離又は濃縮する工程、タンパク質以外の成分を除去する工程により行われる。
【0070】
(総タンパク質を抽出する工程)
ユーグレナ細胞を破壊又は溶解して総タンパク質を抽出する工程は、最終的に得られるタンパク質の収量や品質に影響するため、タンパク質抽出において重要な工程である。細胞の破壊には、物理的手法や界面活性剤を用いた方法等が選択可能であるが、これらに限定されるものではない。
【0071】
物理的手法には、ブレンダー、ミキサー又はホモジナイザーを用いた機械的破砕法に加え、超音波を用いた細胞破砕法、乳鉢・乳棒によってすり潰す破砕法等が含まれる。一度に大量の細胞を処理することができるため、工業的生産において有用である。
【0072】
界面活性剤を用いた方法は、簡便で低コストなだけでなく、マイルドな条件で細胞を溶解できる。界面活性剤としては、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤、又は両イオン性界面活性剤が含まれる。
陽イオン界面活性剤としては、塩化ジステアリルジメチルアンモニウム、塩化ベンザルコニウムが含まれる。陰イオン界面活性剤としては、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が含まれる。非イオン界面活性剤としては、モノオレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン、例えばTween20又はTween80、TritonXを含むオクチルフェノールエトキシレートが挙げられる。両イオン界面活性剤としては、膜タンパク質可溶化剤として知られるCHAPSが含まれる。
【0073】
(抽出したタンパク質を分離又は濃縮する工程)
抽出したタンパク質を分離又は濃縮する工程は、特に限定されないが、遠心分離又は膜分離を行うことができる。
遠心分離とは、試料に対して強力な遠心力をかけることにより、その試料を構成する成分を分離又は分画する方法である。遠心分離に使用される遠心機は特に限定されるものではなく、市販の工業用遠心機や連続遠心機が用いられる。
膜分離とは、液体又は気体を、選択性を持つ隔壁(膜)に通すことで目的物を濾し分ける操作の総称である。主な膜分離操作として、ろ過や透析が挙げられる。物質移動の推進力は主に圧力差、濃度差、電位差である。微生物を分離する膜としては、精密ろ過膜(MF膜;Microfiltration Membrane)、逆浸透膜(RO膜;Reverse Osmosis Membrane)、限外ろ過膜(UF膜;Ultrafiltration Membrane)が含まれる。
【0074】
(タンパク質以外の成分を除去する工程)
抽出したタンパク質を分離又は濃縮する工程において遠心分離又は膜分離を行っても、濃縮した成分の中にパラミロン、脂質等のタンパク質以外の成分が含まれる場合がある。タンパク質成分を精製したい場合は、タンパク質以外の成分を除去する工程がさらに必要となる。
タンパク質以外の成分を除去する方法は、特に限定されないが、例えば、密度勾配遠心法が挙げられる。密度勾配遠心法は、粒子のサイズ、形状、および密度に基づいて分離する技術であり、密度勾配の上部にサンプルを重層して遠心すると、粒子はそれぞれ異なる速度で勾配の中を移動する。このとき、密度勾配は、遠沈管内で密度が増していくように密度媒体の層を作ることによって形成される。勾配中の粒子は層状または帯状に認められ、密度が高くサイズが大きい粒子ほど長い距離を移動する。
【0075】
パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナは、前述した通り細胞内にパラミロンを蓄積することができない変異体である。パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナは、ユーグレナ由来タンパク質の生産方法において、パラミロンを除去する工程が不要になるため、野生型ユーグレナを用いる場合に比べて経済的かつ効率的である。
【0076】
5-4.乾燥工程
本発明のユーグレナの生産方法及びユーグレナ由来タンパク質の生産方法は、回収工程で回収したユーグレナ又はタンパク質抽出工程で抽出したユーグレナ由来タンパク質を乾燥する工程を含む。
【0077】
乾燥方法としては、ユーグレナ又はユーグレナ由来タンパク質に含まれる水分を除去することができれば特に限定されないが、熱風乾燥、接触乾燥、凍結乾燥等が挙げられる。
熱風乾燥は、最も一般的な乾燥方法であり、食品の乾燥に広く用いられているシンプルな方法である。
接触乾燥は、加熱された壁に乾燥対象物を接触させて乾燥させる方法である。乾燥物の均質性を高めるため、回転式のドラムを用いられることが多い。
凍結乾燥は、低温・低圧の環境下で水の昇華作用を利用した乾燥方法である。
【実施例0078】
以下、具体的実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
各実験において、試薬は特に記載の無い限り、市販の特級試薬を用い、その他の材料及び装置は、文中に記載した。
【0079】
試験1:パラミロン合成酵素遺伝子のノックアウト試験
本試験1は、特許文献3(特開2021-10344公報)で開示されたユーグレナのゲノム改変方法に従って実施したものである。そのため、特許文献3を適宜参照すれば良いが、本発明は試験2以降においてEuglena gracilisのGLS2欠失株(Euglena gracilis GSL2 KO株)を用いた培養試験を行っているため、Euglena gracilis GSL2 KO株の単離方法について以下に具体的に説明する。
β‐1,3‐グルカン合成酵素のオルソログとしてユーグレナには2種のタンパク質のコード領域の配列(GSL1, GSL2)が報告されているが、GSL2はノックダウンにより、パラミロン合成に関与していることが明らかになった(非特許文献1)。また、UDP-グルコース(ウリジン二リン酸グルコース(糖ヌクレオチドの一種))からβ‐1,3‐グルカンを合成する反応に必要であることが生化学的に示されている(非特許文献1)。
このためGSL2欠失株(Euglena gracilis GSL2 KO株)ではパラミロンが蓄積しない。その結果、基質となるUDP-グルコースは細胞内に蓄積するか、解糖により消費されて代謝物が蓄積するか、もしくは細胞外に放出されるものと推測される。増殖の速さには変化がないが、光・糖がない条件下におかれると、貯蔵多糖がないため早期に細胞死してしまう傾向にある。
【0080】
ここでは、Euglena gracilisのCas9リボヌクレオプロテイン(RNP)ベースのゲノム編集技術を応用して、Euglena gracilisのβ‐1,3‐グルカン合成酵素のオルソログであるEgGSL2を標的とし、Euglena gracilisのパラミロン合成能欠失株(GSL2 KO株)を作製した。
EgGSL2遺伝子(配列番号1)は、全長7,448 bp(base pair)であり、複数のイントロンとエクソンで構成されている。「イントロン」とは遺伝子の塩基配列において遺伝情報がコードされていない領域をいう。「エクソン」とは遺伝子の塩基配列において遺伝情報がコードされている領域をいう。
EgGSL2遺伝子(配列番号1)をもとに翻訳されたタンパク質がβ‐1,3‐グルカン合成酵素活性を示すEgGSL2(配列番号2)である。
本実施例では、配列番号3で示すEgGSL2遺伝子のエクソンを標的配列としてgRNAの設計を行った。配列番号3で示す塩基配列のうち、gRNA設計部位とPAM配列の位置を
図1に示す。2か所のgRNA設計部位で挟まれた塩基配列(配列番号4)がゲノム編集により欠失する部位である。
sgRNAの合成は、Integrated DNA Technologies, Inc.(IDT)のAlt-R
TM CRISPR-Cas9 Systemにより行った。Cas9タンパク質を誘導するsgRNAは約100塩基のRNAから成るが、長鎖RNAの合成は困難であった。Alt-R
TM CRISPR-Cas9 Systemは36塩基のcrRNA(シーアールRNA)と67塩基のtracrRNA(トレーサーRNA)の2種に分けることでcrRNA:tracrRNA複合体の塩基長が合計103 塩基となり、sgRNAとして機能することを利用したシステムである。
本実施例では、
図1のgRNA設計部位2か所とそれぞれ相補的なcrRNA1(配列番号5)及びcrRNA2(配列番号6)を作成した。また、crRNA1(配列番号5)及びcrRNA2(配列番号6)の両方と相補的なtracrRNA(配列番号7)を作成した。
crRNA1、crRNA2及びtracrRNAとCas9タンパク質の複合体(リボヌクレオタンパク質複合体、以下「RNP複合体」)をエレクトロポレーションで宿主細胞に移入し、標的遺伝子をノックアウトした。この際、DNA断片は導入していない。RNP複合体の構成、欠失導入イメージは
図2に示す。
【0081】
配列番号1 EgGSL2遺伝子の塩基配列
配列番号2 EgGSL2タンパク質のアミノ酸配列
配列番号3 EgGSL2遺伝子のゲノム編集を行うエクソンの塩基配列
配列番号4 EgGSL2遺伝子の欠失部位の塩基配列
配列番号5 crRNA1の塩基配列
配列番号6 crRNA2の塩基配列
配列番号7 tracrRNAの塩基配列
【0082】
RNP複合体をエレクトロポレーションした後、マイクロピック&プレースシステム(ネッパジーン株式会社)を用いて細胞を分離し、クエン酸ナトリウムを含まないCramer-Myers(CM)培地とKoren-Hunter(KH)培地を4:1(v/v)の割合で混合した培地を200 μL満たした96ウェルプレートにクローン株を樹立した(pH 3.5)。
ゲノム上の確認される変化は、変異導入部位の240 bpの欠失のみである。周辺部分を含めた染色体領域をPCRで増幅し、シーケンシングすることにより、一種類の欠失配列だけが存在し、元の配列が残存していないことを確認した。
【0083】
Euglena gracilis GSL2 KO株は、パラミロンを蓄積しないことにより、宿主とは見た目が異なる(パラミロンの蓄積が視認できない)ゲノム編集株として、基礎的な研究用途に利用可能であり、遺伝子組換え生物の開放系利用における審査支援体制整備事業の開放系試験での利用にも適切である。他方、パラミロンを合成できないことにより環境変化に弱いことが予想されており、産業上の応用は期待できないと思われていた。
【0084】
発明者らは、CRISPR-Cas9ベースのゲノム編集システムを用いて、パラミロンを合成できないEuglena gracilis変異体、Euglena gracilis GSL2 KO株を得た。パラミロンを合成できないということは、相対的にタンパク質を多く含有することであり、ユーグレナ由来のタンパク質資源の生産効率を向上させられる可能性があることを見出した。
【0085】
試験2:Euglena gracilis GSL2 KO株の培養試験とパラミロン含有率、タンパク質含有率の測定
1.ユーグレナ株
本試験では、試験1で作成したEuglena gracilisのパラミロン合成酵素遺伝子ノックアウト変異株(Euglena gracilis GSL2 KO株)を用いた。対照区として、野生型のEuglena gracilis Z株を用いた。
【0086】
2.培養試験
CM培地(初発pH3.5)を作製し、直径30 mm、100 mL容量のガラス製試験管にCM培地50 mLを入れ、本発明の培養原液とした。ここで、CM培地は、以下の表1に示す主要成分及び表2に示す微量成分を含み、初発pHは3.5に調整した。
【0087】
【0088】
【0089】
(1)Euglena gracilisZ株の培養
ユーグレナの濃度は、分光光度計(UVmini-1240,島津製作所社製)を用いて860 nmの吸光度(Optical Dencity 860、以下「O.D.860」)を測定した。
CM培地の培養原液にEuglena gracilis Z株を初期濃度 O.D.860=0.1となるように添加した試験管を3本用意し(n=3)、ユーグレナの培養を開始した。このとき、CO2を通気濃度5 %、通気流量0.1 volume/(volume・minutes)(以下、「vvm」)で通気し、通気のエアリフト効果により攪拌した。光の照射条件は蛍光灯を用いた24時間照射、水温は室温(26℃)とした。
培養0日目、1日後、2日後、3日後、4日後、7日後に培養液1 mLを3本の試験管からそれぞれサンプリングし、O.D.860を測定した。
培養7日目の培養液については、質量濃度の測定、パラミロンの定量、タンパク質の定量を行った。
培養液中におけるユーグレナ細胞の質量濃度の測定方法は以下の通りである。
【0090】
(2)ユーグレナ細胞の質量濃度の測定
105℃で30分間、乾燥機内であらかじめ乾燥し、重量を測定した約1 μmの孔径をもつガラスろ紙GS-25(ADVANTEC社製)で培養液1 mLをろ過した。次にガラスろ紙を105℃に設定した乾燥機に入れて1時間乾燥させた。その後、真空デシケータ内で減圧しながら20分間脱湿・冷却後、精密天秤にて重量測定した。ろ過前後のろ紙の重量の差を、1 ml当たりの質量濃度とした。
培養7日目の培養液からユーグレナ細胞を遠心分離(2,500 rpm、5分間、室温)により全量回収し、回収した沈殿は冷凍した後、凍結乾燥して下記検体とした。凍結乾燥機はDRW240DA(ADVANTEC社製)を用いて行った。
【0091】
(3)パラミロンの定量
ユーグレナ乾燥粉末の炭水化物含有率は以下の手法で定量した。
ユーグレナ細胞に含まれる炭水化物の90 %程度はパラミロンなので、この定量は、実質的にはパラミロンを定量しているとも考えられる。以後はパラミロン定量として記載する。
乾燥したユーグレナ粉末約0.1 gを50 mL容ファルコン型遠心チューブに入れ、アセトン10 mLを加えた。
超音波破砕機(株式会社トミー精工製、UD-201)にて90秒間破砕し、遠心分離した(2,000 rpm、5分間、室温)。
上澄みを捨てた後、沈殿物にアセトン10 mLを加え、再び上記の条件で超音波破砕を行い、遠心した。
再度上澄みを捨てた後、沈殿物に1 %、SDS溶液20 mLを加え、ボルテックスミキサーにて撹拌・懸濁した後、沸騰水にて30分間湯浴した。
これを遠心分離(2,000 rpm、5分間、室温)した後、遠心沈殿物に0.1 %SDS溶液10 mLを加え、ボルテックスミキサーにて撹拌・懸濁した。
これを再度遠心分離(2,000 rpm、5分間、室温)し、遠心沈殿物にRO水20 mLを加え、ボルテックスミキサーにて撹拌・懸濁し、沈殿物を洗浄した。
遠心分離(2,000 rpm、5分間、室温)を行った後、沈殿物を0.5N NaOH20mLに懸濁・可溶化し、数時間から一晩静置した懸濁液を抽出物として糖定量を行った。
抽出物はフェノール硫酸法にて糖定量した。
抽出溶液0.5 mLに5%フェノール0.5 mL、硫酸2.5 mLを加え、ボルテックスミキサーにて懸濁した。
これを室温にて20~30分間静置した後、分光光度計(SHIMADZU,UVmini-1240)にて480 nmの吸光度を読み取った。
なお、検量線の作成はグルコース溶液(0 μg/mL,10 μg/mL,50 μg/mL,150 μg/mL,250 μg/mL)を用いた。
【0092】
(4)タンパク質の定量
回収したユーグレナ細胞についてタンパク質の定量を行った。タンパク質の定量は、細胞溶解液の調製、BSA(Bovine serum albumin、ウシ血清アルブミン)による標準曲線の作成、標準曲線を用いたサンプルの定量の3段階のプロセスがある。
【0093】
(4-1)RIPA bufferを用いた細胞溶解液の調製
前記の方法で培養した培養7日目の培養液を1.5 mLチューブに移し、遠心分離(1,200 rpm、5分間、室温)して上清を取り除き凍結乾燥させた。凍結乾燥後の乾燥粉末を10 mg分取した。
凍結乾燥後のユーグレナ乾燥粉末に、予め氷冷した RIPA buffer (+protease inhibitor) 200 μLをペレットに添加して再懸濁し、氷上で15分静置した。RIPA bufferは富士フイルム和光純薬株式会社の製品コード182-02451を用いた。
細胞溶解液の粘度が低下し、サラサラになるまで超音波発生機(株式会社トミー精工製、UD-201)で細胞を破砕した。細胞破砕は装置のダイヤル2で2秒間パルス、その後、1分氷上で冷やし、この操作を3回繰り返した後、Vortexミキサーで10秒間攪拌した。
細胞破砕物を含む懸濁液を遠心分離(13,000 rpm、5分間、4℃)し、沈殿物を除去した上清100 μLをBCA法によるタンパク質定量用サンプルとした。
【0094】
(4-2)BCAによる標準曲線の作成
BCAによるタンパク質定量は、バイオ・ラッドプロテインアッセイ濃縮色素試薬(Bio-Rad Laboratories, Inc. 型番500-0006)を用いた。
Working solution 量は以下の数式により概算し、作成した。
【0095】
200 μL 反応系 (96 well plate用)
Working solution [mL] = ((BSA 標準溶液 8 本) + サンプル数 + 1 ) x 0.2
【0096】
バイオ・ラッドプロテインアッセイ濃縮色素試薬を120 μLとり、1,080 μLの希釈液 (超純水)を加えて良く混合し、BSA標準溶液を作成した。
BSA標準溶液はBSA終濃度(単位:μg/mL)が100、40、10、4、1、0(ブランク)となるように希釈系列を作成した。
BSA標準溶液の各希釈液をそれぞれ100 μLずつ96 well plateに分注し、100 μLのWorking solutionを加え、泡立てないように注意深くピペッティングで混合した。
37℃で60分反応させ、562 nmの吸光度をプレートリーダーにより測定した。
各濃度の標準液の吸光度からブランク値を差し引いた値を算出し、標準曲線を作成した。
【0097】
(4-3)標準曲線を用いたサンプルの定量
96 well plateに、必要に応じて希釈した各サンプルを100 μLずつ分注した。
100 μLのWorking solutionを加え、泡立てないよう混合した。
37℃で60分反応させ、562 nmの吸光度をプレートリーダーにより測定した。
吸光度からブランク値を差し引いた値を算出し、標準曲線と比較してサンプルのタンパク質含有量を定量した。
[実施例2]
【0098】
<Euglena gracilis GSL2 KO株>
培養に用いたユーグレナがEuglena gracilis GSL2 KO株であること以外は実施例1と同様の条件で培養試験、炭水化物含有率の測定、タンパク質含有率の測定を行った。
【0099】
3.培養試験の結果
測定結果としてユーグレナの増殖曲線を
図3に示す。
また、各測定区間のユーグレナのO.D.860の値の差を経過時間で除算した値を増殖速度として表3に示す。
図3をみると、実施例2のEuglena gracilis GSL2 KO株(GSL2 KO株)は、実施例2のEuglena gracilis Z株(E.gracilis Z株)に対して増殖の立ち上がりが遅れていた。
表3をみると、実施例2のEuglena gracilis GSL2 KO株の培養3日目から4日目の増殖速度は0.46、実施例1のEuglena gracilis Z株の培養2日目から3日目の増殖速度は0.46と同じであった。実施例1の培養3日目から4日目及び4日目から7日目はそれぞれ0.63、0.62と高い値であった。
培養7日目の培養液から測定した藻体の質量濃度から算出した結果、培養終了時の藻体濃度は実施例2のEuglena gracilis GSL2 KO株が2.04 g/L、実施例1のEuglena gracilis Z株が1.59 g/Lであった。
【0100】
【0101】
実施例1と実施例2のパラミロン含有率を
図4に、タンパク質含有率を
図5にそれぞれ示す。
図4をみると、実施例2のEuglena gracilis GSL2 KO株(GSL2 KO株)のパラミロン含有率は0.4 %であった。パラミロン含有率の測定は試料の吸光度を検量線に当てはめて推定する方法のため、実際はパラミロン含有率が0 %であっても測定誤差によって0 %ではない値が算出されることがあり得る。実施例1のEuglena gracilis Z株(E.gracilis Z株)のパラミロン含有率は14.8 %であった。
図5をみると、実施例1のEuglena gracilis Z株(E. gracilis Z株)のタンパク質含有率は35.0 %、実施例2のEuglena gracilis GSL2 KO株(GSL2 KO株)のタンパク質含有率は59.5 %であった。
【0102】
実施例1と実施例2の単位重量当たりのパラミロン、タンパク質及びその他の成分の成分構成比を
図6に示す。
図6をみると、実施例2のEuglena gracilis GSL2 KO株は実施例1のEuglena gracilis Z株に比べ、パラミロン含有率が少ない分タンパク質含有率が高いことが視覚的にも示された。
【0103】
4.培養試験の考察
以上の結果から、パラミロン合成酵素遺伝子ノックアウト変異株(Euglena gracilis GSL2 KO株)はCM培地を用いた通常の培養方法で培養するとパラミロンを蓄積しないこと、タンパク質含有率が50質量%以上の高い値を示すことが確認された。野生株であるEuglena gracilis Z株でもタンパク質含有率は35.0 質量%であった。Euglena gracilis GSL2 KO株は野生株と増殖速度が同じかやや劣る程度であり、Euglena gracilis GSL2 KO株を大量培養することで効率的なタンパク質の生産が可能であることが示唆された。
【0104】
試験3:尿由来の成分を用いたEuglena gracilis Z株の培養試験
1.ユーグレナ株
本試験では、野生型のEuglena gracilis Z株を用いた。
【0105】
2.培養液の作製
(人工尿)
多目的人工尿(The multi-purpose artificial urine、以下「MP-AU」)は、Sarigul, N.ら(2019)の方法に従って調整した。MP-AUの組成表は表4の通りである。
<参考文献>
Sarigul, N., Korkmaz, F. & Kurultak, I. (2019) ‘A New Artificial Urine Protocol to Better Imitate Human Urine.’ Sci Rep 9, 20159. https://doi.org/10.1038/s41598-019-56693-4
本試験3では、表4のMP-AUを20体積%、水を80体積%含有し、表2の微量金属とビタミンを含む人工尿培地(pHは未調整)を培養液として作製した。
【0106】
【0107】
(ヒト由来の尿)
ヒト由来の尿は、Lee Biosolution社の市販品を購入した。購入した製品は製品名「Normal Urine」、型番CAT NO:991-03-P、品名:Urine - Normal - Bulk Volumesであり、健常人3人以上の尿をプールしたバルク品である。
本試験3では、滅菌していないNormal Urineを20体積%、水を80体積%含有し、表2の微量金属とビタミンを含むヒト由来尿培地(pHは未調整)を培養液として作製した。
【0108】
(CM培地)
人工尿及び人由来尿を含む培地の対照区として表1及び表2の成分を含むCM培地(初発pH3.5)を培養液として作製した。
[実施例3]
【0109】
<人工尿+Euglena>
3.培養条件
直径30 mm、100 mL容量のガラス製試験管に人工尿培地50 mLを入れ、本発明の培養原液とした。Euglena gracilis Z株を初期濃度 O.D.860=0.1となるように添加した試験管を3本用意し(n=3)、ユーグレナの培養を開始した。このとき、CO2を通気濃度0.4 %、通気流量0.1vvmで通気し、通気のエアリフト効果により攪拌した。光の照射条件は蛍光灯を用いて光量120 μmol/(m2・s)、24時間照射、水温は28℃とした。
ユーグレナの濃度は培養0時間後、22時間後、46時間後、69時間後に培養液1 mLを各試験官からそれぞれサンプリングし、O.D.860、細胞数、細胞粒子径、質量濃度をそれぞれ測定した。
O.D.860、質量濃度の測定方法は試験2と同様である。
細胞数、細胞粒子径の測定は、粒子計数分析装置(CDA-1000、シスメックス株式会社製)を用いて行った。細胞数の測定では、ユーグレナ以外の粒子は除外してカウントした。
[実施例4]
【0110】
<ヒト由来尿+Euglena>
培養に用いた培地がヒト由来尿培地であること以外は実施例3と同様の条件で培養試験を行い、O.D.860、細胞数、細胞粒子径、質量濃度をそれぞれ測定した。
[参考例1]
【0111】
<CM培地+Euglena>
培養に用いた培地がCM培地であること以外は実施例3と同様の条件で培養試験を行い、O.D.860、細胞数、細胞粒子径、質量濃度をそれぞれ測定した。
【0112】
4.培養試験の結果
O.D.860の測定値によるユーグレナの増殖曲線を
図7に、細胞数の測定値によるユーグレナの増殖曲線を
図8にそれぞれ示す。
図7によると、人工尿を培地に加えた実施例3及びヒト由来尿を培地に加えた実施例4は共に参考例1のCM培地と同等の増殖を示すことが確認された。
図8によると、人工尿を培地に加えた実施例3は参考例1のCM培地と同等の増殖を示したが、ヒト由来尿を培地に加えた実施例4は培養4日後に細胞数が他の実験区より少ないことが示された。
次に培養開始後4日目の実施例3、実施例4、参考例1の細胞粒子径を
図9に、質量濃度を
図10にそれぞれ示す。
図9によると、開始後培養4日目実施例4の細胞粒子径は実施例3及び参考例1よりも大きいことが示された。
図10によると、開始後培養4日目の実施例4の質量濃度1.09 g/Lであり、0.92 g/Lの参考例1に対して1.19倍高い値を示した。
【0113】
5.培養試験の考察
以上の結果から、Euglena gracilis Z株を人工尿及び未滅菌のヒト由来尿を用いてそれぞれ培養した結果、人工尿を用いた場合はCM培地を用いた場合とほぼ同等の増殖速度を示したことから、人工尿に含まれる成分によってEuglena gracilis Zを培養することが可能であることが示された。
未滅菌のヒト由来尿を用いて培養した結果、培養4日目の細胞数は他の実験区より少なかったが細胞粒子径は他の実験区より大きく、質量濃度も他の実験区より高い値を示した。この結果により、未滅菌のヒト由来尿を用いてEuglena gracilis Zを培養すると、細胞数は増えないが1細胞が肥大化し、重量も重くなることが示唆された。
【0114】
試験4:尿由来の成分を用いたパラクロレラの培養試験
1.微細藻類の株
本試験では、Parachlorella kessleri (NIES-2152)株を用いた。
【0115】
2.培養液の作製
(人工尿)
試験3と同様に、表4のMP-AUを20体積%、水を80体積%含有し、表2の微量金属とビタミンを含む人工尿培地(pHは未調整)を培養液として作製した。
【0116】
(未滅菌のヒト由来尿)
試験3と同様に、滅菌していないNormal Urineを20体積%、水を80体積%含有し、表2の微量金属とビタミンを含むヒト由来尿培地(pHは未調整)を培養液として作製した。
【0117】
(滅菌したヒト由来尿)
本試験4では、滅菌したヒト由来の尿を用いた実験も行った。120℃、20分の条件でオートクレーブ滅菌したNormal Urineを20体積%、水を80体積%含有し、表2の微量金属とビタミンを含むヒト由来尿培地(pHは未調整)を培養液として作製した。
【0118】
(BG-11培地)
パラクロレラの培地の対照区としてBG-11培地を作製した。ここで、BG-11培地は以下の表5に示す主要成分と表6に示す微量成分(Trace metal mix A5+Co)の成分を含み、初発pHは7.4に調整した。
【0119】
【0120】
【0121】
<人工尿+Parachlorella>
3.培養条件
直径30 mm、100 mL容量のガラス製試験管に人工尿培地50 mLを入れ、本発明の培養原液とした。Parachlorella kessleri(NIES-2152)株を初期濃度 O.D.860=0.1となるように添加した試験管を1本用意し(n=1)、パラクロレラの培養を開始した。このとき、CO2を通気濃度0.4 %、通気流量0.1vvmで通気し、通気のエアリフト効果により攪拌した。光の照射条件は蛍光灯を用いて光量120 μmol/(m2・s)、24時間照射した。
パラクロレラの濃度は培養0時間後、22時間後、46時間後、69時間後に培養液1 mLを各試験官からそれぞれサンプリングし、O.D.860、細胞数、細胞粒子径、質量濃度をそれぞれ測定した。
O.D.860、質量濃度の測定方法は試験2と同様である。
細胞数、細胞粒子径の測定方法は試験3と同様である。
[実施例6]
【0122】
<ヒト由来尿(未滅菌)+Parachlorella>
培養に用いた培地が未滅菌のヒト由来尿培地であること以外は実施例5と同様の条件で培養試験を行い、O.D.860、細胞数、細胞粒子径、質量濃度をそれぞれ測定した。
[実施例7]
【0123】
<ヒト由来尿(滅菌)+Parachlorella>
培養に用いた培地オートクレーブ滅菌したヒト由来尿培地であること以外は実施例5と同様の条件で培養試験を行い、O.D.860、細胞数、細胞粒子径、質量濃度をそれぞれ測定した。
[参考例2]
【0124】
<BG-11培地+Parachlorella>
培養に用いた培地がBG-11培地であること以外は実施例5と同様の条件で培養試験を行い、O.D.860、細胞数、細胞粒子径、質量濃度をそれぞれ測定した。
【0125】
4.培養試験の結果
O.D.860の測定値によるパラクロレラの増殖曲線を
図11に、細胞数の測定値によるパラクロレラの増殖曲線を
図12に、培養開始後3日目におけるパラクロレラの細胞粒子径を
図13に、培養開始後3日目におけるパラクロレラの質量濃度を
図14にそれぞれ示す。
図11によると、人工尿を培地に加えた実施例5、未滅菌のヒト由来尿を培地に加えた実施例6及びオートクレーブ滅菌したヒト由来尿を培地に加えた実施例7は、いずれも参考例2のBG-11培地と同等の増殖を示すことが確認できた。
図12によると、未滅菌のヒト由来尿を培地に加えた実施例6及びオートクレーブ滅菌したヒト由来尿を培地に加えた実施例7は参考例2のBG-11培地以上の増殖を示したが、人工尿を培地に加えた実施例5では、培養開始後4日目の細胞数は培養開始後3日目より低下していた。
図13によると、実施例5(人工尿)は他の実施例及び比較例に比べて培養開始後69時間後の細胞粒子径が大きいことが確認できた。
図14によると、培養開始後69時間後の質量濃度は、人工尿を培地に加えた実施例5、未滅菌のヒト由来尿を培地に加えた実施例6、オートクレーブ滅菌したヒト由来尿を培地に加えた実施例7、BG-11培地の参考例2の順で高い数値であった。
【0126】
5.培養試験の考察
以上の結果から、Parachlorella kessleri 2152株を人工尿、未滅菌のヒト由来尿、オートクレーブ滅菌したヒト由来尿を用いてそれぞれ培養した結果、いずれの場合もBG-11培地より高い増殖を示したことから、尿に含まれる成分によってParachlorella kessleriを培養することが可能であることが示された。
人工尿を培地に加えた実施例5では培養開始後4日目に細胞数の低下が認められたが、粒子径が大きく質量濃度が高いことから、細胞が肥大化したことが示唆された。
以上より、Parachlorella kessleriは尿に含まれる成分を資化して細胞増殖又は細胞肥大化を行うことが示された。
【0127】
試験5:尿由来の成分を用いたEuglena gracilis GSL2 KO株の培養試験
1.ユーグレナ株
本試験では、試験1で作成したEuglena gracilisのパラミロン合成酵素遺伝子ノックアウト変異株(Euglena gracilis GSL2 KO株)及び野生型のEuglena gracilis Z株を用いた。
【0128】
2.培養液の作製
(人工尿)
試験3と同様、多目的人工尿(MP-AU)は、Sarigul, N.ら(2019)の方法に従って調整した。MP-AUの組成表は表4の通りであり、表4のMP-AUを20体積%、水を80体積%含有し、表2の微量金属とビタミンを含む人工尿培地(pHは未調整)を培養液として作製した。
【0129】
(ヒト由来の尿)
試験3と同様、ヒト由来の尿は、Lee Biosolution社の市販品を購入した。本試験5では、滅菌していないNormal Urineを20体積%、水を80体積%含有し、表2の微量金属とビタミンを含むヒト由来尿培地(pHは未調整)を培養液として作製した。
【0130】
(CM培地)
人工尿及び人由来尿を含む培地の対照区として表1及び表2の成分を含むCM培地(初発pH3.5)を培養液として作製した。
[実施例8]
【0131】
<人工尿+Euglena>
3.培養条件
試験3と同様の方法で培養実験を行った。
直径30 mm、100 mL容量のガラス製試験管に人工尿培地50 mLを入れ、本発明の培養原液とした。Euglena gracilis GSL2 KO株及びEuglena gracilis Z株を初期濃度 O.D.860=0.1となるように添加した試験管を3本用意し(n=3)、ユーグレナの培養を開始した。このとき、CO2を通気濃度0.4 %、通気流量0.1vvmで通気し、通気のエアリフト効果により攪拌した。光の照射条件は蛍光灯を用いて光量120 μmol/(m2・s)、24時間照射、水温は28℃とした。
ユーグレナの濃度は培養0時間後、24時間後、47時間後、69時間後、97時間後、121時間後、145時間後、168時間後に培養液1 mLを各試験官からそれぞれサンプリングし、O.D.860、細胞数をそれぞれ測定した。
O.D.860の測定は試験2と同様である。細胞数の測定は試験3と同様である。
[実施例9]
<ヒト由来尿+Euglena>
培養に用いた培地がヒト由来尿培地であること以外は実施例8と同様の条件で培養試験を行い、O.D.860、細胞数をそれぞれ測定した。
[参考例3]
【0132】
<CM培地+Euglena>
培養に用いた培地がCM培地であること以外は実施例8と同様の条件で培養試験を行い、O.D.860、細胞数をそれぞれ測定した。
【0133】
4.培養試験の結果
O.D.860の測定値によるEuglena gracilis Zの増殖曲線を
図15に、Euglena gracilis GSL2 KOの増殖曲線を
図16にそれぞれ示す。
図15によると、Euglena gracilis Zはヒト由来尿において培養120時間後にO.D.860=1.5付近で定常期に達し、人工尿、CM培地では培養160時間後においてO.D.860=2.5に達していた。
図16によると、Euglena gracilis GSL2 KOはヒト由来尿及び人工尿において培養開始後140時間目にO.D.860=1.5付近で定常期に達し、CM培地では培養開始後160時間目においてO.D.860=2.3に達していた。
【0134】
細胞数の測定値によるEuglena gracilis Zの増殖曲線を
図17に、Euglena gracilis GSL2 KOの増殖曲線を
図18にそれぞれ示す。
図17によると、Euglena gracilis Zはヒト由来尿において培養開始後140時間目まで増殖を示さないが、培養開始後140時間目を超えたあたりから細胞数が増加し、培養開始後170時間目には17×10
5 cells/mLに達していた。
図18によると、Euglena gracilis GSL2 KOはヒト由来尿の増殖は人工尿、CM培地より若干低いものの、全体的に同程度の増殖曲線であった。
【0135】
O.D.860の測定値によるEuglena gracilis Zの増殖曲線(
図15)及びEuglena gracilis GSL2 KO株の増殖曲線(
図16)において、培養初期の比増殖速度を各区間で求めた。結果を表7に示す。
培養開始後24時間から47時間の間における比増殖速度は、Euglena gracilis Z、Euglena gracilis GSL2 KO共にいずれの実験区も0.07~0.012の値を示し、最大の値を示したのはEuglena gracilis GSL2 KOの実施例9(ヒト由来尿)であった。
培養開始後47時間から69時間の間における比増殖速度は、Euglena gracilis Zで0.012~0.018の値を示し、Euglena gracilis GSL2 KOで0.009~0.012の値を示し、株間で大きな差は認められなかった。
培養開始後69時間から97時間の間における比増殖速度は、Euglena gracilis Zで0.016~0.017の値を示し、Euglena gracilis GSL2 KOで0.005~0.016の値を示した。この期間になると、Euglena gracilis GSL2 KOはEuglena gracilis Zより若干の比増殖速度の低下が認められた。
【0136】
【0137】
5.培養試験の考察
以上の結果から、Euglena gracilis GSL2 KO株及びEuglena gracilis Z株について人工尿を用い培養したところ、人工尿はEuglena gracilis GSL2 KO株、Euglena gracilis Z株共に増殖を示したことから、人工尿に含まれる成分によってEuglena gracilisを培養することが可能であることが示された。
Euglena gracilis GSL2 KO株及びEuglena gracilis Z株を未滅菌のヒト由来尿を用い培養したところ、Euglena gracilis GSL2 KO株及びEuglena gracilis Z株共に培養開始後140時間目付近で増殖曲線の定常期に達し、十分に増殖能を示すことが確認できた。
本試験5の結果から、Euglena gracilis Z株だけでなく、パラミロンを合成しない変異株であるEuglena gracilis GSL2 KO株も人工尿及びヒト由来の尿を含む培養液を用いて培養することができることが示された。
本発明により、野生株のEuglena gracilis Z株がタンパク質含有率35質量%以上、パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナがタンパク質含有率50質量%以上を示し、タンパク質生産に有用であることが示された。また、緑藻類に属するEuglena gracilis Z株、Euglena gracilis GSL2 KO株、Parachlorella kessleriが尿由来の成分を含む培養液で培養可能であることが示された。以上の結果は産業上の利用可能性を有するものである。