(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024065120
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20240508BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20240508BHJP
【FI】
G01N33/53 P
G01N33/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021008936
(22)【出願日】2021-01-22
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 開催日 令和2年8月9日 集会名、開催場所 緩和・支持・心のケア 合同学術大会2020、完全Web方式 [刊行物等] 開催日 令和2年10月1日 集会名、開催場所 第79回日本癌学会総会、広島市中区基町6-78 リーガロイヤルホテル広島及び広島市中区基町6-36 メルパルク広島
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「革新的がん医療実用化研究事業」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】510097747
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立がん研究センター
(71)【出願人】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】上園 保仁
(72)【発明者】
【氏名】青木 一教
(72)【発明者】
【氏名】貞廣 良一
(72)【発明者】
【氏名】清水 研
(72)【発明者】
【氏名】杉本 昌弘
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA26
2G045DA77
2G045FA37
2G045FB03
2G045FB06
(57)【要約】
【課題】手術等の身体への侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測するためのバイオマーカーを提供すること。
【解決手段】N1,N12-ジアセチルスペルミン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1-アセチルスペルミジン、及びN8-アセチルスペルミジン等からなる群より選択される少なくとも1種を含む、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
N1,N12-ジアセチルスペルミン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1-アセチルスペルミジン、N8-アセチルスペルミジン、N-アセチルアスパラギン酸、o-アセチルカルニチン、プロリンベタイン、トリプトファン、2-オキソ酪酸、2-オキソイソ吉草酸、3-ヒドロキシ酪酸、アジピン酸、ドデカン酸、グリシン、粘液酸、アスパラギン、リシン、グルタル酸、アラニン、メチオニン、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、プロラクチン、G-CSF、IL-1RA、IL-1R4、CXCL9、IL-10、MCP2、IL-6、チログロブリン、Th17細胞/ナイーブ制御性T細胞の比、エフェクター制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD4陽性T細胞に対する濾胞性T細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するTh17細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するナイーブ制御性T細胞の割合、ナイーブ制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD8陽性ナイーブT細胞に対するICOS陽性細胞の割合、及びCD4陽性T細胞に対するドパミン受容体1陽性細胞の割合からなる群より選択される少なくとも1種を含む、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
【請求項2】
N1,N12-ジアセチルスペルミン、グリシン、トリプトファン、アジピン酸、N-アセチルアスパラギン酸、アスパラギン、3-ヒドロキシ酪酸、リシン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、グルタル酸、アラニン、プロリンベタイン、メチオニン、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、粘液酸、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、IL-10、IL-1R4、CXCL9、プロラクチン、G-CSF、IL-1RA、MCP2、IL-6及びチログロブリンからなる群より選択される少なくとも1種を含む、身体に対する侵襲に伴う重症せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
【請求項3】
(C1)グリシン及びプロリンベタインの組み合わせ、又は(C2)グリシン、プロリンベタイン及びプロラクチンの組み合わせを含む、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
【請求項4】
(C3)プロラクチン、グリシン、セリン、CXCL9、N-アセチルアスパラギン酸、N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせ、(C4)ドパミン、粘液酸、CXCL9、アスパラギン、セリン、ノルアドレナリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ、又は(C5)G-CSF、CXCL9、アジピン酸、グルタミン酸、グリシン及びセリンの組み合わせを含む、身体に対する侵襲に伴う重症せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
【請求項5】
(C6)N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN,N-ジメチルグリシンの組み合わせ、(C7)グリシン及びセリンの組み合わせ、(C8)ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、G-CSF、メチオニン、MCP2、IL-1RA、プロリンベタイン、グルタル酸、N-アセチルアスパラギン酸及びN1,N12-ジアセチルスペルミンの組み合わせ、又は(C9)IL-1R4及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせを含む、身体に対する侵襲に伴う過活動型せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
【請求項6】
(C10)IL-6、N1,N12-ジアセチルスペルミン、G-CSF、プロリンベタイン及びIL-1R4の組み合わせ、(C11)粘液酸及びIL-1R4の組み合わせ、又は(C12)G-CSF、トリプトファン、IL-1R4、IL-6、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1,N12-ジアセチルスペルミン、アジピン酸及びリシンの組み合わせを含む、身体に対する侵襲に伴う低活動型せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
【請求項7】
(C13)IL-1RA、IL-1R4、G-CSF、IL-10、メチオニン、グリシン及び3-ヒドロキシ酪酸の組み合わせ、(C14)メチオニン、G-CSF、CXCL9、トリプトファン、IL-10、チログロブリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ、又は(C15)CXCL9、グルタミン酸、IL-1RA、シスアコニット酸及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせを含む、身体に対する侵襲に伴う混合型せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
【請求項8】
身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップと、
測定されたバイオマーカーの量に基づき、せん妄の発症リスクを予測するステップと、を備え、
前記バイオマーカーが、請求項1に記載のバイオマーカーである、方法。
【請求項9】
身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測するためのデータを収集する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップを備え、
前記バイオマーカーが、請求項1に記載のバイオマーカーである、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測用バイオマーカーに関する。本発明はまた、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測する方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
せん妄は、高齢者の約半数に発症する重篤な疾患である。症状が消失したとしても、その後自立性低下、死亡率上昇及び認知機能低下を続発的に生じる。せん妄が生じる原因の一つとして、手術等の身体への侵襲が知られている。せん妄は、例えば、手術の侵襲に応じて急性の意識障害として生じ、次いで注意力障害を中心に、幻覚や妄想などの思考障害を伴う認知機能障害を生じさせる。
【0003】
術後せん妄の発症機序の仮説としては、過剰な免疫応答、及び脆弱な脳予備脳の関与が示唆されている(非特許文献1)。具体的には、白血球から過剰放出された炎症性サイトカインが血液脳関門(Blood Brain Barrier)を通って中枢神経へ移行し、ミクログリアを介した神経炎症を惹起することがせん妄発症機序のひとつであると報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J.Geriatr Psychiatry Neurol.,2017年,30巻,6号,pp.337-345
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、せん妄の発症機序はほとんど分かっておらず、したがって確立した予防法がないのが現状である。超高齢社会を背景に、がん等に対する外科手術の需要は高まっている。しかし、高齢者は術後せん妄のリスクが高いため、メカニズムに基づく術後せん妄予防の最適化を行うことは、重要な課題である。しかしながら、せん妄の発症を予測するための確立されたバイオマーカーは未だ報告されていない。
【0006】
本発明は、手術等の身体への侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測するためのバイオマーカーを提供することを目的とする。本発明はまた、手術等の身体への侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、身体への侵襲の一例として高侵襲手術を受けた対象(患者)において、術後せん妄の発症の有無と、血漿中の各種分子(サイトカイン、代謝産物等)濃度、及び免疫プロファイルとの関係を解析した結果、術後せん妄を予測し得るバイオマーカーを見出した。本発明は、この新規な知見に基づくものである。
【0008】
本発明は、例えば、以下の[1]~[7]に関する。
[1]
N1,N12-ジアセチルスペルミン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1-アセチルスペルミジン、N8-アセチルスペルミジン、N-アセチルアスパラギン酸、o-アセチルカルニチン、プロリンベタイン、トリプトファン、2-オキソ酪酸、2-オキソイソ吉草酸、3-ヒドロキシ酪酸、アジピン酸、ドデカン酸、グリシン、粘液酸、アスパラギン、リシン、グルタル酸、アラニン、メチオニン、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、プロラクチン、G-CSF、IL-1RA、IL-1R4、CXCL9、IL-10、MCP2、IL-6、チログロブリン、Th17細胞/ナイーブ制御性T細胞の比、エフェクター制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD4陽性T細胞に対する濾胞性T細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するTh17細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するナイーブ制御性T細胞の割合、ナイーブ制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD8陽性ナイーブT細胞に対するICOS陽性細胞の割合、及びCD4陽性T細胞に対するドパミン受容体1陽性細胞の割合からなる群より選択される少なくとも1種を含む、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
[2]
N1,N12-ジアセチルスペルミン、グリシン、トリプトファン、アジピン酸、N-アセチルアスパラギン酸、アスパラギン、3-ヒドロキシ酪酸、リシン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、グルタル酸、アラニン、プロリンベタイン、メチオニン、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、粘液酸、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、IL-10、IL-1R4、CXCL9、プロラクチン、G-CSF、IL-1RA、MCP2、IL-6及びチログロブリンからなる群より選択される少なくとも1種を含む、身体に対する侵襲に伴う重症せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
[3]
(C1)グリシン及びプロリンベタインの組み合わせ、又は(C2)グリシン、プロリンベタイン及びプロラクチンの組み合わせを含む、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
[4]
(C3)プロラクチン、グリシン、セリン、CXCL9、N-アセチルアスパラギン酸、N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせ、(C4)ドパミン、粘液酸、CXCL9、アスパラギン、セリン、ノルアドレナリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ、又は(C5)G-CSF、CXCL9、アジピン酸、グルタミン酸、グリシン及びセリンの組み合わせを含む、身体に対する侵襲に伴う重症せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
[5]
(C6)N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN,N-ジメチルグリシンの組み合わせ、(C7)グリシン及びセリンの組み合わせ、(C8)ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、G-CSF、メチオニン、MCP2、IL-1RA、プロリンベタイン、グルタル酸、N-アセチルアスパラギン酸及びN1,N12-ジアセチルスペルミンの組み合わせ、又は(C9)IL-1R4及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせを含む、身体に対する侵襲に伴う過活動型せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
[6]
(C10)IL-6、N1,N12-ジアセチルスペルミン、G-CSF、プロリンベタイン及びIL-1R4の組み合わせ、(C11)粘液酸及びIL-1R4の組み合わせ、又は(C12)G-CSF、トリプトファン、IL-1R4、IL-6、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1,N12-ジアセチルスペルミン、アジピン酸及びリシンの組み合わせを含む、身体に対する侵襲に伴う低活動型せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
[7]
(C13)IL-1RA、IL-1R4、G-CSF、IL-10、メチオニン、グリシン及び3-ヒドロキシ酪酸の組み合わせ、(C14)メチオニン、G-CSF、CXCL9、トリプトファン、IL-10、チログロブリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ、又は(C15)CXCL9、グルタミン酸、IL-1RA、シスアコニット酸及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせを含む、身体に対する侵襲に伴う混合型せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカー。
【0009】
本発明はまた、例えば、以下の[2-1]~[2-7]に関する。
[2-1]
身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップと、
測定されたバイオマーカーの量に基づき、せん妄の発症リスクを予測するステップと、を備え、
前記バイオマーカーが、N1,N12-ジアセチルスペルミン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1-アセチルスペルミジン、N8-アセチルスペルミジン、N-アセチルアスパラギン酸、o-アセチルカルニチン、プロリンベタイン、トリプトファン、2-オキソ酪酸、2-オキソイソ吉草酸、3-ヒドロキシ酪酸、アジピン酸、ドデカン酸、グリシン、粘液酸、アスパラギン、リシン、グルタル酸、アラニン、メチオニン、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、プロラクチン、G-CSF、IL-1RA、IL-1R4、CXCL9、IL-10、MCP2、IL-6、チログロブリン、Th17細胞/ナイーブ制御性T細胞の比、エフェクター制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD4陽性T細胞に対する濾胞性T細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するTh17細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するナイーブ制御性T細胞の割合、ナイーブ制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD8陽性ナイーブT細胞に対するICOS陽性細胞の割合、及びCD4陽性T細胞に対するドパミン受容体1陽性細胞の割合からなる群より選択される少なくとも1種を含む、方法。
[2-2]
身体に対する侵襲に伴う重症せん妄の発症リスクを予測する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップと、
測定されたバイオマーカーの量に基づき、重症せん妄の発症リスクを予測するステップと、を備え、
前記バイオマーカーが、N1,N12-ジアセチルスペルミン、グリシン、トリプトファン、アジピン酸、N-アセチルアスパラギン酸、アスパラギン、3-ヒドロキシ酪酸、リシン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、グルタル酸、アラニン、プロリンベタイン、メチオニン、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、粘液酸、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、IL-10、IL-1R4、CXCL9、プロラクチン、G-CSF、IL-1RA、MCP2、IL-6及びチログロブリンからなる群より選択される少なくとも1種を含む、方法。
[2-3]
身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップと、
測定されたバイオマーカーの量に基づき、せん妄の発症リスクを予測するステップと、を備え、
前記バイオマーカーが、(C1)グリシン及びプロリンベタインの組み合わせ、又は(C2)グリシン、プロリンベタイン及びプロラクチンの組み合わせを含む、方法。
[2-4]
身体に対する侵襲に伴う重症せん妄の発症リスクを予測する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップと、
測定されたバイオマーカーの量に基づき、重症せん妄の発症リスクを予測するステップと、を備え、
前記バイオマーカーが、(C3)プロラクチン、グリシン、セリン、CXCL9、N-アセチルアスパラギン酸、N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせ、(C4)ドパミン、粘液酸、CXCL9、アスパラギン、セリン、ノルアドレナリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ、又は(C5)G-CSF、CXCL9、アジピン酸、グルタミン酸、グリシン及びセリンの組み合わせを含む、方法。
[2-5]
身体に対する侵襲に伴う過活動型せん妄の発症リスクを予測する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップと、
測定されたバイオマーカーの量に基づき、過活動型せん妄の発症リスクを予測するステップと、を備え、
前記バイオマーカーが、(C6)N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN,N-ジメチルグリシンの組み合わせ、(C7)グリシン及びセリンの組み合わせ、(C8)ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、G-CSF、メチオニン、MCP2、IL-1RA、プロリンベタイン、グルタル酸、N-アセチルアスパラギン酸及びN1,N12-ジアセチルスペルミンの組み合わせ、又は(C9)IL-1R4及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせを含む、方法。
[2-6]
身体に対する侵襲に伴う低活動型せん妄の発症リスクを予測する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップと、
測定されたバイオマーカーの量に基づき、低活動型せん妄の発症リスクを予測するステップと、を備え、
前記バイオマーカーが、(C10)IL-6、N1,N12-ジアセチルスペルミン、G-CSF、プロリンベタイン及びIL-1R4の組み合わせ、(C11)粘液酸及びIL-1R4の組み合わせ、又は(C12)G-CSF、トリプトファン、IL-1R4、IL-6、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1,N12-ジアセチルスペルミン、アジピン酸及びリシンの組み合わせを含む、方法。
[2-7]
身体に対する侵襲に伴う混合型せん妄の発症リスクを予測する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップと、
測定されたバイオマーカーの量に基づき、混合型せん妄の発症リスクを予測するステップと、を備え、
前記バイオマーカーが、(C13)IL-1RA、IL-1R4、G-CSF、IL-10、メチオニン、グリシン及び3-ヒドロキシ酪酸の組み合わせ、(C14)メチオニン、G-CSF、CXCL9、トリプトファン、IL-10、チログロブリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ、又は(C15)CXCL9、グルタミン酸、IL-1RA、シスアコニット酸及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせを含む、方法。
【0010】
本発明は更に、例えば、以下の[3-1]~[3-7]に関する。
[3-1]
身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測するためのデータを収集する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップを備え、
前記バイオマーカーが、N1,N12-ジアセチルスペルミン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1-アセチルスペルミジン、N8-アセチルスペルミジン、N-アセチルアスパラギン酸、o-アセチルカルニチン、プロリンベタイン、トリプトファン、2-オキソ酪酸、2-オキソイソ吉草酸、3-ヒドロキシ酪酸、アジピン酸、ドデカン酸、グリシン、粘液酸、アスパラギン、リシン、グルタル酸、アラニン、メチオニン、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、プロラクチン、G-CSF、IL-1RA、IL-1R4、CXCL9、IL-10、MCP2、IL-6、チログロブリン、Th17細胞/ナイーブ制御性T細胞の比、エフェクター制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD4陽性T細胞に対する濾胞性T細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するTh17細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するナイーブ制御性T細胞の割合、ナイーブ制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD8陽性ナイーブT細胞に対するICOS陽性細胞の割合、及びCD4陽性T細胞に対するドパミン受容体1陽性細胞の割合からなる群より選択される少なくとも1種を含む、方法。
[3-2]
身体に対する侵襲に伴う重症せん妄の発症リスクを予測するためのデータを収集する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップを備え、
前記バイオマーカーが、N1,N12-ジアセチルスペルミン、グリシン、トリプトファン、アジピン酸、N-アセチルアスパラギン酸、アスパラギン、3-ヒドロキシ酪酸、リシン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、グルタル酸、アラニン、プロリンベタイン、メチオニン、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、粘液酸、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、IL-10、IL-1R4、CXCL9、プロラクチン、G-CSF、IL-1RA、MCP2、IL-6及びチログロブリンからなる群より選択される少なくとも1種を含む、方法。
[3-3]
身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測するためのデータを収集する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップを備え、
前記バイオマーカーが、(C1)グリシン及びプロリンベタインの組み合わせ、又は(C2)グリシン、プロリンベタイン及びプロラクチンの組み合わせを含む、方法。
[3-4]
身体に対する侵襲に伴う重症せん妄の発症リスクを予測するためのデータを収集する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップを備え、
前記バイオマーカーが、(C3)プロラクチン、グリシン、セリン、CXCL9、N-アセチルアスパラギン酸、N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせ、(C4)ドパミン、粘液酸、CXCL9、アスパラギン、セリン、ノルアドレナリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ、又は(C5)G-CSF、CXCL9、アジピン酸、グルタミン酸、グリシン及びセリンの組み合わせを含む、方法。
[3-5]
身体に対する侵襲に伴う過活動型せん妄の発症リスクを予測するためのデータを収集する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップを備え、
前記バイオマーカーが、(C6)N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN,N-ジメチルグリシンの組み合わせ、(C7)グリシン及びセリンの組み合わせ、(C8)ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、G-CSF、メチオニン、MCP2、IL-1RA、プロリンベタイン、グルタル酸、N-アセチルアスパラギン酸及びN1,N12-ジアセチルスペルミンの組み合わせ、又は(C9)IL-1R4及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせを含む、方法。
[3-6]
身体に対する侵襲に伴う低活動型せん妄の発症リスクを予測するためのデータを収集する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップを備え、
前記バイオマーカーが、(C10)IL-6、N1,N12-ジアセチルスペルミン、G-CSF、プロリンベタイン及びIL-1R4の組み合わせ、(C11)粘液酸及びIL-1R4の組み合わせ、又は(C12)G-CSF、トリプトファン、IL-1R4、IL-6、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1,N12-ジアセチルスペルミン、アジピン酸及びリシンの組み合わせを含む、方法。
[3-7]
身体に対する侵襲に伴う混合型せん妄の発症リスクを予測するためのデータを収集する方法であって、
被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップを備え、
前記バイオマーカーが、(C13)IL-1RA、IL-1R4、G-CSF、IL-10、メチオニン、グリシン及び3-ヒドロキシ酪酸の組み合わせ、(C14)メチオニン、G-CSF、CXCL9、トリプトファン、IL-10、チログロブリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ、又は(C15)CXCL9、グルタミン酸、IL-1RA、シスアコニット酸及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせを含む、方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、手術等の身体への侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測するためのバイオマーカーを提供することができる。本発明によればまた、手術等の身体への侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測するための方法を提供することができる。
【0012】
本発明に係る予測方法及びバイオマーカーによれば、せん妄の一態様である低活動型せん妄又は過活動型せん妄の発症リスクも予測することができる。低活動型せん妄を特徴づける運動抑制は、リハビリテーションの遅れや、肺炎などの術後合併症のリスクを伴い、死亡率の増加や医療経済の負担につながる。また低活動型せん妄は見逃しが多く介入が遅れ、予後が悪化する可能性が指摘されている。本発明に係る予測方法及びバイオマーカーによれば、低活動型せん妄の見逃しを減らすだけでなく、積極的な早期介入を可能にし、手術アウトカムの向上させる可能性がある。また、看護師への暴力や点滴の自己抜去など、医療安全を障害する過活動型せん妄を予測することにより、看護師の重点的な配置によって医療安全を維持し、不穏行動のハイリスク群にのみ選択的な鎮静を検討することができ、医療者の負担軽減に貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】手術直前(術前)、手術直後(術直後)、手術翌朝(術後翌朝)及び術後4-7日目朝(術後4-7日目)に取得した血漿中のIL-6濃度を非せん妄群とせん妄群に分けてプロットした図である。
【
図2】精神運動症状の有無により分類した各サブタイプ群(過活動型せん妄群、低活動型せん妄群、混合型せん妄群、精神運動変動なし型せん妄群)と非せん妄群に分けて手術直後のIL-6濃度をプロットした図である。
【
図3】(A)低活動型せん妄群と非せん妄群の手術直後のIL-6濃度をROC解析した結果を示すROC曲線である。(B)過活動型せん妄群と非せん妄群の手術直後のIL-6濃度をROC解析した結果を示すROC曲線である。
【
図4】(A)手術直後(術直後)の血漿中のIL-6濃度が高い患者群と低い患者群のせん妄発症までの期間をKaplan-Meierの生存曲線に示した図である。(B)手術翌朝(術後翌朝)の血漿中のIL-6濃度が高い患者群と低い患者群のせん妄発症までの期間をKaplan-Meierの生存曲線に示した図である。
【
図5】手術直前(術前)、手術直後(術直後)及び手術翌朝(術後)の血漿中の代謝産物濃度(単位μM)の平均値をせん妄群(31名)と非せん妄群(70名)に分けてプロットした図である。
【
図6】手術直前(術前)、手術直後(術直後)及び手術翌朝(術後)の血漿中の代謝産物濃度(単位μM)の平均値を重症せん妄群(24名)、軽症(閾値下)せん妄群(13名)及び非せん妄群(76名)に分けてプロットした図である。
【
図7】手術直前(術前)、手術直後(術直後)及び手術翌朝(術後)の血漿中の代謝産物濃度(単位μM)の平均値を重症せん妄群(24名)、軽症(閾値下)せん妄群(13名)及び非せん妄群(76名)に分けてプロットした図である。
【
図8】手術直前(術前)、手術直後(術直後)、手術翌朝(術後1日)及び術後4-7日目朝(術後4-7日)の血漿中のサイトカイン濃度(単位pg/mL)の平均値を重症せん妄群(20名)、軽症(閾値下)せん妄群(12名)及び非せん妄群(70名)に分けてプロットした図である。
【
図9】手術直前(術前)、手術直後(術直後)、手術翌朝(術後1日)及び術後4-7日目朝(術後4-7日)の血液試料中の各種免疫プロファイルの平均値をせん妄群(20名)及び非せん妄群(20名)に分けてプロットした図である。
【
図10】手術直前(術前)、手術直後(術直後)、手術翌朝(術後1日)及び術後4-7日目朝(術後4-7日)の血液試料中の各種免疫プロファイルの平均値をせん妄群(20名)及び非せん妄群(20名)に分けてプロットした図である。
【
図11】手術直後(術直後)の血漿中カテコールアミン(ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン)濃度(pg/mL)を重症せん妄群(56名)、軽症(閾値下)せん妄群(35名)及び非せん妄群(195名)に分けてプロットした図である。
【
図12】手術直前(術前)、手術直後(術直後)又は手術翌朝(術後翌朝)それぞれにおいて、非せん妄群と重症せん妄群とについて、各バイオマーカーの組み合わせによるROC曲線を示す図である。
【
図13】手術直前(術前)、手術直後(術直後)又は手術翌朝(術後翌朝)それぞれにおいて、非せん妄群と過活動型せん妄群とについて、各バイオマーカーの組み合わせによるROC曲線を示す図である。
【
図14】手術直前(術前)、手術直後(術直後)又は手術翌朝(術後翌朝)それぞれにおいて、非せん妄群と低活動型せん妄群とについて、各バイオマーカーの組み合わせによるROC曲線を示す図である。
【
図15】手術直前(術前)、手術直後(術直後)又は手術翌朝(術後翌朝)それぞれにおいて、非せん妄群と混合型せん妄群とについて、各バイオマーカーの組み合わせによるROC曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
本明細書において、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders fifth edition(DSM-5)を用いた判定により、陽性になる対象を「せん妄」とし、陰性になる対象を「非せん妄」とする。また特に、DSM-5を用いた判定により「せん妄」となった対象のうち、Delirium Rating Scale-Revised-98(DRS-R-98)の重症度得点を用いて評価したときに「重症」に分類されるものを「重症せん妄」とし、それ以外を「軽症(閾値下)せん妄」とする。
【0016】
本明細書において、DSM-5を用いた判定により「せん妄」となった対象を、精神運動症状(DRS-R-98における運動性焦燥及び運動抑制)の有無により、「過活動型せん妄」(運動性焦燥+かつ運動抑制-)、「低活動型せん妄」(運動性焦燥-かつ運動抑制+)、「混合型せん妄」(運動性焦燥+かつ運動抑制+)又は「精神運動変動なし型せん妄」(運動性焦燥-かつ運動抑制-)のサブタイプに分類することがある。
【0017】
〔バイオマーカー〕
本実施形態に係るバイオマーカーは、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測に使用することができる。身体に対する侵襲としては、特に限定されるものではないが、発症リスクの予測になじむことから、予定された侵襲(予定された身体に対する侵襲)であることが好ましい。身体に対する侵襲の具体例として、例えば、放射線療法における放射線照射、手術における侵襲、オピオイド療法におけるオピオイド(例えば、モルヒネ)の投与等が挙げられる。
【0018】
第1の実施形態に係るバイオマーカーは、N1,N12-ジアセチルスペルミン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1-アセチルスペルミジン、N8-アセチルスペルミジン、N-アセチルアスパラギン酸、o-アセチルカルニチン、プロリンベタイン、トリプトファン、2-オキソ酪酸、2-オキソイソ吉草酸、3-ヒドロキシ酪酸、アジピン酸、ドデカン酸、グリシン、粘液酸、アスパラギン、リシン、グルタル酸、アラニン、メチオニン、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、プロラクチン、G-CSF、IL-1RA、IL-1R4、CXCL9、IL-10、MCP2、IL-6、チログロブリン、Th17細胞/ナイーブ制御性T細胞の比、エフェクター制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD4陽性T細胞に対する濾胞性T細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するTh17細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するナイーブ制御性T細胞の割合、ナイーブ制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD8陽性ナイーブT細胞に対するICOS陽性細胞の割合、及びCD4陽性T細胞に対するドパミン受容体1陽性細胞の割合からなる群より選択される少なくとも1種を含み、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測用バイオマーカーである。
【0019】
第1の実施形態に係る各バイオマーカーはそれぞれ単独で、せん妄を発症した患者群とせん妄を発症しなかった患者群とで血漿中の量に有意差があったものである(後述の実施例参照)。したがって、第1の実施形態に係る各バイオマーカーは、それぞれ単独でせん妄の発症リスクを予測することができる。なお、第1の実施形態に係る各バイオマーカーはそれぞれ単独でせん妄の発症リスクを予測することができるものであるが、第1の実施形態に係る各バイオマーカーから2種以上を採用してせん妄の発症リスクを予測することとしてもよいし、他の指標(例えば、上記第1の実施形態に係る各バイオマーカー以外のサイトカイン及び代謝産物等の血漿中濃度、並びに血液試料中の免疫プロファイル)と組み合わせてせん妄の発症リスクを予測することとしてもよい。
【0020】
第2の実施形態に係るバイオマーカーは、N1,N12-ジアセチルスペルミン、グリシン、トリプトファン、アジピン酸、N-アセチルアスパラギン酸、アスパラギン、3-ヒドロキシ酪酸、リシン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、グルタル酸、アラニン、プロリンベタイン、メチオニン、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、粘液酸、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、IL-10、IL-1R4、CXCL9、プロラクチン、G-CSF、IL-1RA、MCP2、IL-6及びチログロブリンからなる群より選択される少なくとも1種を含む、身体に対する侵襲に伴う重症せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカーである。
【0021】
第2の実施形態に係るバイオマーカーはそれぞれ単独で、特に重症せん妄を発症した患者群とせん妄を発症しなかった患者群とで血漿中の量に有意差があったものである(後述の実施例参照)。したがって、第2の実施形態に係る各バイオマーカーは、それぞれ単独で重症せん妄の発症リスクを予測することができる。なお、第2の実施形態に係る各バイオマーカーはそれぞれ単独で重症せん妄の発症リスクを予測することができるものであるが、第2の実施形態に係る各バイオマーカーの中から2種以上を採用して重症せん妄の発症リスクを予測することとしてもよいし、他の指標(例えば、上記第2の実施形態に係る各バイオマーカー以外のサイトカイン及び代謝産物等の血漿中濃度、並びに血液試料中の免疫プロファイル)と組み合わせて重症せん妄の発症リスクを予測することとしてもよい。
【0022】
上述した第1及び第2の実施形態に係る各バイオマーカーは、身体に対する侵襲があった時点を含む時系列に沿って、予測精度が高くなるタイミング(すなわち、例えば、せん妄群と非せん妄群との間の差が統計的に有意になるタイミング)がある。具体的には、以下のとおりである。
【0023】
身体に対して侵襲を受ける前に予測精度が高くなるバイオマーカーとして、プロリンベタイン、2-オキソイソ吉草酸、グリシン、粘液酸、プロラクチン、Th17細胞/ナイーブ制御性T細胞の比が挙げられる。「侵襲を受ける前」とは、具体的には、侵襲を受ける24時間前~侵襲を受ける時点であってよく、侵襲を受ける12時間前~侵襲を受ける時点であってよく、侵襲を受ける6時間前~侵襲を受ける時点であってよい。
【0024】
身体に対して侵襲を受けた直後に予測精度が高くなるバイオマーカーとして、N1,N12-ジアセチルスペルミン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1-アセチルスペルミジン、N8-アセチルスペルミジン、プロリンベタイン、ドデカン酸、粘液酸、ドパミン、G-CSF、IL-1RA、IL-1R4、Th17細胞/ナイーブ制御性T細胞の比、エフェクター制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合、CD4陽性T細胞に対する濾胞性T細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するTh17細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するドパミン受容体1陽性細胞の割合、N-アセチルアスパラギン酸(重症せん妄の場合)、アスパラギン、ノルアドレナリン、アドレナリン、IL-10、CXCL9(重症せん妄の場合)、MCP2、IL-6が挙げられる。「侵襲を受けた直後」とは、具体的には、侵襲を受け終えた時点~侵襲を受け終えてから2時間以内であってよく、侵襲を受け終えた時点~侵襲を受け終えてから1時間以内であってよい。
【0025】
身体に対して侵襲を受けた後に予測精度が高くなるバイオマーカーとして、N1,N12-ジアセチルスペルミン、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1-アセチルスペルミジン、N-アセチルアスパラギン酸、o-アセチルカルニチン、プロリンベタイン、トリプトファン、2-オキソ酪酸、3-ヒドロキシ酪酸、アジピン酸、グリシン、G-CSF、IL-1R4、CXCL9、Th17細胞/ナイーブ制御性T細胞の比、CD4陽性T細胞に対する濾胞性T細胞の割合、CD4陽性T細胞に対するナイーブ制御性T細胞の割合、CD8陽性ナイーブT細胞に対するICOS陽性細胞の割合、アスパラギン、リシン、グルタル酸、アラニン、メチオニン、IL-10、IL-1RA(重症せん妄の場合)、IL-6が挙げられる。「侵襲を受けた後」とは、具体的には、侵襲を受け終えてから2時間超~侵襲を受け終えてから24時間以内であってよく、侵襲を受け終えてから6時間以上~侵襲を受け終えてから24時間以内であってよく、侵襲を受け終えてから6時間以上~侵襲を受け終えてから16時間以内であってよい。
【0026】
身体に対して侵襲を受け終えてから4~7日後に予測精度が高くなるバイオマーカーとして、CD8陽性ナイーブT細胞に対するICOS陽性細胞の割合、IL-1R4(重症せん妄の場合)、IL-1RA(重症せん妄の場合)が挙げられる。
【0027】
なお、身体に対する侵襲に伴うせん妄は、侵襲を受け終えてから2日以内に発症する頻度が高く、侵襲を受け終えた直後に発症する例もある。そのため、身体に対して侵襲を受けた直後に予測精度が高くなるバイオマーカー、身体に対して侵襲を受けた後に予測精度が高くなるバイオマーカー、及び身体に対して侵襲を受け終えてから4~7日後に予測精度が高くなるバイオマーカーは、発症リスクの予測用バイオマーカーとしてのみならず、せん妄診断用バイオマーカーとして利用してもよいし、また症状の見逃しを防止するためのせん妄予測用バイオマーカーとして利用してもよい。
【0028】
また、身体に対する侵襲があった時点を含む時系列に沿って、特定の2時点の差分をとることによって、予測精度が高くなるバイオマーカーとして、以下のものが挙げられる。
【0029】
身体に対して侵襲を受けた直後の時点における測定値から身体に対して侵襲を受ける前の時点における測定値の差分をとることによって、予測精度が高くなるバイオマーカーとして、チログロブリン、ナイーブ制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合が挙げられる。これらは、特に重症せん妄の発症リスクを予測することができる。
【0030】
身体に対して侵襲を受けた後の時点における測定値から身体に対して侵襲を受ける前の時点における測定値の差分をとることによって、予測精度が高くなるバイオマーカーとして、セリン、シスアコニット酸、グルタミン酸、粘液酸、チログロブリンが挙げられる。これらは、特に重症せん妄の発症リスクを予測することができる。
【0031】
上述した第1及び第2の実施形態に係る各バイオマーカーは、身体に対する侵襲があった時点を含む時系列に沿って、予測精度が高くなる上述したタイミング(特定の2時点の差分を含む。)で使用することが好ましい。
【0032】
上述した第1及び第2の実施形態に係る各バイオマーカーは、これらの中から2種以上を組み合わせること、及び/又は他の指標(例えば、上記第1及び第2の実施形態に係る各バイオマーカー以外のサイトカイン及び代謝産物等の血漿中濃度、並びに血液試料中の免疫プロファイル)と組み合わせることで、せん妄の発症リスクをより精度高く予測することが可能である。組み合わせの具体例として、例えば、以下の(C1)~(C15)の組み合わせが挙げられる。
【0033】
(C1)グリシン及びプロリンベタインの組み合わせ、並びに(C2)グリシン、プロリンベタイン及びプロラクチンの組み合わせ。(C1)の組み合わせ、及び(C2)の組み合わせは、いずれも身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測用バイオマーカーとして使用することができる。(C1)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受ける前である。(C2)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受ける前である。
【0034】
(C3)プロラクチン、グリシン、セリン、CXCL9、N-アセチルアスパラギン酸、N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせ、(C4)ドパミン、粘液酸、CXCL9、アスパラギン、セリン、ノルアドレナリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ、並びに(C5)G-CSF、CXCL9、アジピン酸、グルタミン酸、グリシン及びセリンの組み合わせ。(C3)の組み合わせ、(C4)の組み合わせ、及び(C5)の組み合わせは、いずれも身体に対する侵襲に伴う重症せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカーとして使用することができる。(C3)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受ける前である。(C4)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受けた直後である。(C5)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受けた後である。
【0035】
(C6)N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN,N-ジメチルグリシンの組み合わせ、(C7)グリシン及びセリンの組み合わせ、(C8)ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、G-CSF、メチオニン、MCP2、IL-1RA、プロリンベタイン、グルタル酸、N-アセチルアスパラギン酸及びN1,N12-ジアセチルスペルミンの組み合わせ、並びに(C9)IL-1R4及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせ。(C6)の組み合わせ、(C7)の組み合わせ、(C8)の組み合わせ、及び(C9)の組み合わせは、いずれも身体に対する侵襲に伴う過活動型せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカーとして使用することができる。(C7)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受ける前である。(C8)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受けた直後である。(C6)及び(C9)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受けた後である。
【0036】
(C10)IL-6、N1,N12-ジアセチルスペルミン、G-CSF、プロリンベタイン及びIL-1R4の組み合わせ、(C11)粘液酸及びIL-1R4の組み合わせ、並びに(C12)G-CSF、トリプトファン、IL-1R4、IL-6、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1,N12-ジアセチルスペルミン、アジピン酸及びリシンの組み合わせ。(C10)の組み合わせ、(C11)の組み合わせ、及び(C12)の組み合わせは、いずれも身体に対する侵襲に伴う低活動型せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカーとして使用することができる。(C10)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受ける前である。(C11)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受けた直後である。(C12)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受けた後である。
【0037】
(C13)IL-1RA、IL-1R4、G-CSF、IL-10、メチオニン、グリシン及び3-ヒドロキシ酪酸の組み合わせ、(C14)メチオニン、G-CSF、CXCL9、トリプトファン、IL-10、チログロブリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ、並びに(C15)CXCL9、グルタミン酸、IL-1RA、シスアコニット酸及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせ。(C13)の組み合わせ、(C14)の組み合わせ、及び(C15)の組み合わせは、いずれも身体に対する侵襲に伴う混合型せん妄の発症リスクの予測用バイオマーカーとして使用することができる。(C13)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受ける前である。(C14)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受けた直後である。(C15)の組み合わせのバイオマーカーによる予測精度が高くなるタイミングは、身体に対して侵襲を受けた後である。
【0038】
〔身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測する方法〕
本実施形態に係る身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測する方法(単に「予測方法」ともいう。)は、被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップ(測定ステップ)と、測定されたバイオマーカーの量に基づき、せん妄の発症リスクを予測するステップ(予測ステップ)と、を備える。
【0039】
本実施形態に係る予測方法は、せん妄の発症リスクを予測することに使用してもよいし、特に重症せん妄の発症リスクを予測することに使用してもよい。また、本実施形態に係る予測方法は、せん妄のサブタイプ(過活動型せん妄、低活動型せん妄、混合せん妄等)の発症リスクを予測することに使用してもよい。
【0040】
本実施形態に係る予測方法では、血液試料が採取されたタイミング(例えば、被験者が身体に対して侵襲を受ける前、被験者が身体に対して侵襲を受けた直後、被験者が身体に対して侵襲を受けた後、又は被験者が身体に対して侵襲を受けた4~7日後)、及び予測対象とするせん妄の種類(例えば、重症度、サブタイプ)に応じて、これらに適したバイオマーカーを適宜選択して使用するのが好ましい。選択の基準は、上述したとおりである。
【0041】
本実施形態に係る予測方法を適用する対象(被験者)は、身体に対する侵襲を受ける/受けた対象であれば、特に制限されない。対象としては、発症リスクの予測になじむことから、予定された侵襲(予定された身体に対する侵襲)を受ける/受けた対象であることが好ましい。具体的には、例えば、放射線療法が予定されている対象、周術期患者(例えば、周術期がん患者、周術期非がん患者)、オピオイド療法が予定されている対象が挙げられる。
【0042】
測定ステップでは、被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定する。血液試料は、常法に従って取得することができる。バイオマーカーの量(バイオマーカー濃度等)の測定は、常法に従って実施することができる。具体的には、サイトカインの測定は、例えば、ELISA(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay)により実施することができる。代謝産物の測定は、例えば、キャピラリー電気泳動・飛行時間型質量分析器(CE-TOFMSを用いて実施することができる。免疫プロファイルの測定は、例えば、フローサイトメトリー(Flow cytometry)を使用して実施することができる。バイオマーカーがサイトカイン及び代謝産物等である場合は血漿中の濃度を測定することが好ましく、バイオマーカーが免疫プロファイルである場合は血液中の量を測定することが好ましい。血漿試料は、被験者から採取された血液試料から、常法に従って取得することができる。なお、特定の2時点の差分をとることによって予測精度が高くなるバイオマーカーを使用する場合は、当該特定の2時点の血液試料に対して測定ステップを実施する。
【0043】
予測ステップでは、測定されたバイオマーカーの量に基づき、せん妄の発症リスクを予測する。発症リスクの予測は、例えば、測定されたバイオマーカーの量を、予め設定されたカットオフ値と比較することによって実施してもよい。カットオフ値は、予め多数の検体(例えば、身体に対する侵襲に伴いせん妄を発症したせん妄群、及び発症しなかった非せん妄群を含む検体)において、当該バイオマーカーの量と、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症の有無とから統計的処理により算出することができる。
【0044】
〔身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測するためのデータを収集する方法〕
本発明はまた、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクを予測するためのデータを収集する方法(単に「データ収集方法」ともいう。)と捉えることもできる。本実施形態に係るデータ収集方法は、被験者から採取された血液試料中のバイオマーカーの量を測定するステップ(測定ステップ)を備えるものである。測定ステップの詳細は、本実施形態に係る予測方法で説明したとおりである。測定ステップで得られたデータは、身体に対する侵襲に伴うせん妄の発症リスクの予測に使用することができる。
【実施例0045】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0046】
〔試験方法〕
(対象)
本試験は、国立がん研究センター中央病院の頭頚部外科、食道外科及び肝胆膵外科で高侵襲手術(6時間以上の手術時間と、術後ICU入室を予定する手術)を予定された同意能力を有する20歳以上の患者を対象に実施した。なお、説明同意時又は術前日にDSM-5を用いた判定で陽性となった患者(せん妄)、がんを切除しない術式であった患者、切除範囲に頭蓋内を含む術式であった患者、侵襲性が低下する術式変更(試験開腹、バイパス手術)があった患者は除外した。
【0047】
(せん妄の診断、及びせん妄症状の評価)
主要評価項目であるせん妄の診断と、各せん妄症状の評価は、訓練を受けた精神科医又は臨床心理士がDSM-5とDRS-R-98を用いてそれぞれ術後5日まで毎日評価した。DRS-R-98は13種の症状をそれぞれ0-3点で評価する。DSM-5を用いたせん妄の診断の評価者間信頼性を担保するため、20回連続の同時かつ独立した評価により内的妥当性を担保した。最終的なせん妄の診断は、研究者間の合意に基づき決定した。
【0048】
(血液試料)
患者の血液を手術直前(10時)、手術直後(ICU入室時:術後1時間以内)、手術翌朝(術後1日目)(午前6時-7時:術後約6時間後~約12時間後)、術後4-7日目朝(午前6時-7時)の4点で取得した。
【0049】
(血液試料を使用した解析)
取得した血液試料から血漿(血漿試料)を取得した。取得した血液試料又は血漿試料を使用して、(1)ELISAにより血漿中のIL-6の濃度を測定し、全症例(ただし、認知機能に低下の無い集団)でせん妄との関連を解析した。また、取得した血液試料又は血漿試料を使用して、(2)新規バイオマーカーの探索を実施した。新規バイオマーカーの探索では、頭頚部外科と食道外科の患者(ただし、認知機能に低下の無い集団)で、(2A)メタボローム解析(キャピラリー電気泳動・飛行時間型質量分析器(CE-TOFMS)を用いた、血漿中の水溶性代謝物の網羅的な測定)を行い、せん妄との関連を解析し、(2B)サイトカインアレイ(Human Cytokine Array Q640 (Raybiotech社))を用いた候補分子の探索と、ELISAにより候補分子の血漿中の濃度を測定し、せん妄との関連を解析し、更に(2C)フローサイトメトリーによる血液試料中の免疫プロファイル解析を行い、せん妄との関連を解析した。
【0050】
(認知機能の評価)
認知機能は同意取得時にMini-Mental State Examination(MMSE)を用いて評価し、術前のベンゾジアゼピン系抗不安薬定期服用の有無、ガス麻酔の有無、術後のデクスメデトミジンや抗精神病薬使用の有無など背景情報を電子カルテから記録した。
【0051】
(解析方法)
各バイオマーカーの群間の差は、Mann-WhitneyのU検定(両側検定)により評価した。なお、IL-6とせん妄との関連は片側検定で検証した。またROC(Receiver Operating Characteristic)解析により、AUC(Area Under Curve)を算出し、バイオマーカーとしての正確性を検討した。またROC解析によって得られたカットオフを用いてバイオマーカーによって予測されるリスクをロジスティック回帰分析により評価した。カットオフには、kolmogorov-smirnov統計により最も各群の分布が離れる点を用いた。ロジスティック回帰分析では、年齢・性別・術式(再建を含む頭頚部外科手術・開胸を伴う食道外科手術・肝胆膵がん手術)・ガス麻酔の有無・ベンゾジアゼピン系抗不安薬の定期内服を調整した。全ての解析はRを用いて実施した(R version,3.6.3)。
【0052】
〔結果〕
((1)IL-6とせん妄との関連)
同意を得た患者327名の内、術式変更などを除いた286名で解析を実施し、その内91名をせん妄(DSM-5で陽性)と判断した。なお、評価者7名の評価者間信頼性は0.9-1.0と高い内的妥当性を示した。
【0053】
(術後せん妄発症とIL-6との関係)
図1は、手術直前(術前)、手術直後(術直後)、手術翌朝(術後翌朝)及び術後4-7日目朝(術後4-7日目)に取得した血漿中のIL-6濃度を非せん妄群とせん妄群に分けてプロットした図である。
図1に示すとおり、術直後、術後翌朝・術後4-7日目の3点でせん妄群の方が非せん妄群よりも高いIL-6の濃度を呈した。IL-6によるせん妄予測の正確性を評価するためにROC解析を実施したところ、62.7%(術直後)及び62.0%(術後翌朝)であった。
【0054】
(術後IL-6によりリスクが予測される症状とせん妄サブタイプ)
せん妄は多彩な症状を呈する。術後のIL-6によって予測される各症状のリスク比を検討した。手術直後のIL-6濃度が高い患者群(IL-6高(ICU入室時))は、手術直後のIL-6濃度が低い患者群(IL-6低(ICU入室時))に比べ(カットオフ:990.19pg/mL)、運動抑制(オッズ比:2.15(1.13-4.10))、視空間認知障害(オッズ比:3.40(1.10-10.52))、短期記憶障害(オッズ比:2.31(1.09-4.92))のリスクが高かった(表1)。また、手術翌朝のIL-6濃度が高い患者群(IL-6高(術後翌朝))は、手術翌朝のIL-6濃度が低い患者群(IL-6低(術後翌朝))に比べ(カットオフ:238.43pg/mL)、せん妄発症のリスク上昇(オッズ比:2.71(1.29-5.70))に加え、言語障害(オッズ比:4.01(1.78-9.00))、思考障害(オッズ比:2.71(1.32-5.78))、注意障害(オッズ比:2.63(1.26-5.48))のリスクが上昇していた(表1)。
【0055】
【0056】
図2は、精神運動症状の有無により分類した各サブタイプ群(過活動型せん妄群、低活動型せん妄群、混合型せん妄群、精神運動変動なし型せん妄群)と非せん妄群に分けて手術直後のIL-6濃度をプロットした図である。運動抑制は低活動性せん妄の中核的な症状であり、せん妄のサブタイプ分類に影響する。一方で同様にサブタイプを特徴づける運動性焦燥はIL-6によって予測される症状ではなかった。術後5日以内に運動抑制を示したせん妄群を低活動型せん妄群と混合型せん妄群のサブタイプに分類すると、その両群が非せん妄群に比べIL-6濃度が高かった(
図2)。一方、運動抑制を伴わずに運動性焦燥を示した過活動型せん妄群は、非せん妄群とIL-6濃度に差が無かった(
図2)。精神運動症状を伴わない精神運動変動なし型せん妄群(注意障害と他の認知機能障害のみの症状)は、非せん妄群とIL-6の値に差が無かった(
図2)。
【0057】
図3(A)は、低活動型せん妄群と非せん妄群の手術直後のIL-6濃度をROC解析した結果を示すROC曲線である。
図3(B)は、過活動型せん妄群と非せん妄群の手術直後のIL-6濃度をROC解析した結果を示すROC曲線である。手術直後のIL-6濃度は、運動抑制を介した低活動型せん妄と関連するが、他のサブタイプとは関連しない可能性がある。ROC解析を用いると、手術直後のIL-6濃度単独で、低活動型せん妄群と非せん妄群の区別が可能であった(
図3(A),AUC:72.9%)。一方、手術直後のIL-6濃度単独では、過活動型せん妄群と非せん妄群の区別はできなかった(
図3(B),AUC:53.6%)。
【0058】
図4(A)は、手術直後(術直後)の血漿中のIL-6濃度が高い患者群と低い患者群のせん妄発症までの期間をKaplan-Meierの生存曲線に示した図である。
図4(B)は、手術翌朝(術後翌朝)の血漿中のIL-6濃度が高い患者群と低い患者群のせん妄発症までの期間をKaplan-Meierの生存曲線に示した図である。手術直後及び手術翌朝の血漿中のIL-6濃度が高い患者群は、低い患者群よりも手術当日(手術直後)時点から、せん妄を発症した患者の割合が高かった。両群の生存曲線は異なり、血漿中のIL-6濃度が高い患者は、低い患者よりも術後早期にせん妄を発症した患者の割合が高かった。
【0059】
血漿中のIL-6濃度によりリスクが予測される症状が、現実の臨床でも同じように予測されるかどうかは、せん妄の重大なリスク因子の認知症を含む認知機能低下によって左右される可能性がある。そのためMMSE得点26点以下の認知機能低下が疑われる患者も含めた患者群を対象として、血漿中のIL-6濃度と関連が示された各症状のオッズ比を再検討した。この際には認知機能を調整因子に加えた。なお、各症状ごとに最適のカットオフを同定した。手術直後(術直後)のIL-6濃度が高い患者群(IL-6高(ICU入室時))は、手術直後(術直後)のIL-6濃度が低い患者群(IL-6低(ICU入室時))に比べ、術後の運動抑制(オッズ比:2.92(1.43-5.97))、短期記憶障害(オッズ比:2.42(1.27-4.63))、視空間認知障害(オッズ比:3.08(1.15-8.28))のリスクが高かった(表2)。また、手術翌朝のIL-6濃度が高い患者群(IL-6高(術後翌朝))は、手術翌朝のIL-6濃度が低い患者群(IL-6低(術後翌朝))に比べ、言語障害(オッズ比:3.57(1.71-7.43))のリスクが高かった(表2)。
【0060】
【0061】
((2)新規バイオマーカーの探索)
<(2A)代謝産物(1)>
高侵襲外科的がん切除後の術後せん妄コホートの中で、口腔・咽頭がん、喉頭がん又は食道がんの切除手術を予定した60歳以上で、認知機能低下がない(MMSE得点27点以上)患者のうち、せん妄を認めた31名(せん妄群)と、せん妄の発症を認めなかった70名(非せん妄群)から取得した手術直前(術前)、手術直後(術直後)及び手術翌朝(術後)の血漿を使用して、メタボローム解析を実施した。その結果、術前、術直後及び術後のいずれかでせん妄群と非せん妄群との間で有意差があった代謝産物として、15種類の代謝産物が見出された。
【0062】
図5は、手術直前(術前)、手術直後(術直後)及び手術翌朝(術後)の血漿中の代謝産物濃度(単位μM)の平均値をせん妄群(31名)と非せん妄群(70名)に分けてプロットした図である。
図5中、*はP<0.05、**はP<0.01、***はP<0.001を示す。
【0063】
せん妄群と非せん妄群との間で有意差のあった代謝産物として、N1,N12-ジアセチルスペルミン(
図5(A):術直後及び術後)、N1,N8-ジアセチルスペルミジン(
図5(B):術直後及び術後)、N1-アセチルスペルミジン(
図5(C):術直後及び術後)、N8-アセチルスペルミジン(
図5(D):術直後)、N-アセチルアスパラギン酸(
図5(E):術後)、o-アセチルカルニチン(
図5(F):術後)、プロリンベタイン(
図5(G):術前、術直後及び術後)、トリプトファン(
図5(H):術後)、2-オキソ酪酸(
図5(I):術後)、2-オキソイソ吉草酸(
図5(J):術前)、3-ヒドロキシ酪酸(
図5(K):術後)、アジピン酸(
図5(L):術後)、ドデカン酸(
図5(M):術直後)、グリシン(
図5(N):術前及び術後)及び粘液酸(
図5(O):術前及び術直後)が見出された。
【0064】
<(2A)代謝産物(2)>
高侵襲外科的がん切除後の術後せん妄コホートの中で、口腔・咽頭がん、喉頭がん又は食道がんの切除手術を予定した60歳以上で、認知機能低下がない(MMSE得点27点以上)患者のうち、重症せん妄を認めた24名(重症せん妄群)、軽症(閾値下)せん妄を認めた13名(軽症(閾値下)せん妄群)、及びせん妄の発症を認めなかった76名(非せん妄群)から取得した手術直前(術前)、手術直後(術直後)及び手術翌朝(術後)の血漿を使用して、メタボローム解析を実施した。その結果、術前、術直後及び術後のいずれかの時点、又はこれら2つの時点の差分で重症せん妄群と非せん妄群との間で有意差があった代謝産物として、17種類の代謝産物が見出された。
【0065】
図6及び
図7は、手術直前(術前)、手術直後(術直後)及び手術翌朝(術後)の血漿中の代謝産物濃度(単位μM)の平均値を重症せん妄群(24名)、軽症(閾値下)せん妄群(13名)及び非せん妄群(76名)に分けてプロットした図である。
図6及び
図7中、*はP<0.01(重症せん妄群と非せん妄群との間)を示す。
【0066】
重症せん妄群と非せん妄群との間で有意差のあった代謝産物として、N1,N12-ジアセチルスペルミン(
図6(A):術直後及び術後)、グリシン(
図6(B):術後)、トリプトファン(
図6(C):術後)、アジピン酸(
図6(D):術後)、N-アセチルアスパラギン酸(
図6(E):術直後及び術後)、アスパラギン(
図6(F):術直後及び術後)、3-ヒドロキシ酪酸(
図6(G):術後)、リシン(
図6(H):術後)、N1,N8-ジアセチルスペルミジン(
図6(I):術後)、グルタル酸(
図6(J):術後)、アラニン(
図7(K):術後)、プロリンベタイン(
図7(L):術後)、メチオニン(
図7(M):術後)、セリン(
図7(N):(術後-術前))、シスアコニット酸(
図7(O):(術後-術前))、グルタミン酸(
図7(P):(術後-術前))、粘液酸(
図7(Q):(術後-術前))が見出された。
【0067】
<(2B)サイトカイン(1)>
デクスメデトミジンの投与を受けてもせん妄を認めた6名(せん妄群)とせん妄の発症を認めなかった6名(非せん妄群)から手術直前(術前)及び手術翌朝(術後)に取得した血漿中の640の免疫関連分子をサイトカインアレイを用いて測定し、検体の51%以上に発現を確認した465分子についてせん妄との関連を解析した。各分子の群間平均値を比較し、術前の時点でせん妄群で濃度が高かった20分子と濃度が低かった20分子と、術前から術後にかけて濃度が増加した20分子と濃度が減少した20分子、及びせん妄群で濃度が顕著に増加した20分子の中から、せん妄の発症に関連すると想定される炎症性サイトカイン、ホルモン、及び臓器保護作用を有する分子(計14分子)を候補分子として選出した。
【0068】
候補分子のせん妄との関連を検証するため、高侵襲外科的がん切除後の術後せん妄コホートの中で、口腔・咽頭がん、喉頭がん又は食道がんの切除手術を予定した60歳以上で、認知機能低下がない(MMSE得点27点以上)患者のうち、せん妄を認めた31名(せん妄群)とせん妄の発症を認めなかった70名(非せん妄群)から取得した手術直前(術前)、手術直後(術直後)及び手術翌朝(術後)の血漿を使用して、各候補分子の濃度をELISAを用いて測定し、解析を行った。せん妄群と非せん妄群の差をMann-WhitneyのU検定により解析し、P<0.05を有意として評価した結果、術前にせん妄と関連する分子として「プロラクチン」、術直後にせん妄と関連する分子として「G-CSF」、「IL-1RA」、「IL-1R4」及び「CXCL9」が示唆された。次いでこれらの分子に対し、ROC解析によりAUCを算出しバイオマーカーとしての正確性を検討した。結果を表3に示す。
【0069】
【0070】
低活動型せん妄の予測においては、G-CSFが高い精度で予測していた。過活動型せん妄の予測においては、手術翌朝(術後)のIL-1R4が高い精度で予測していた。
【0071】
<(2B)サイトカイン(2)>
高侵襲外科的がん切除後の術後せん妄コホートの中で、口腔・咽頭がん、喉頭がん又は食道がんの切除手術を予定した60歳以上で、認知機能低下がない(MMSE得点27点以上)患者のうち、重症せん妄を認めた20名(重症せん妄群)、軽症(閾値下)せん妄を認めた12名(軽症(閾値下)せん妄群)、及びせん妄の発症を認めなかった70名(非せん妄群)から取得した手術直前(術前)、手術直後(術直後)、手術翌朝(術後1日)及び術後4-7日目朝(術後4-7日)の血漿を使用して、<(2B)サイトカイン(1)>と同様の解析を実施した。その結果、術前、術直後、術後1日及び術後4-7日のいずれかの時点、又はこれら2つの時点の差分で重症せん妄群と非せん妄群との間で有意差があったサイトカインとして、9種類のサイトカインが見出された。
【0072】
図8は、手術直前(術前)、手術直後(術直後)、手術翌朝(術後1日)及び術後4-7日目朝(術後4-7日)の血漿中のサイトカイン濃度(単位pg/mL)の平均値を重症せん妄群(20名)、軽症(閾値下)せん妄群(12名)及び非せん妄群(70名)に分けてプロットした図である。
図8中、*はP<0.05(重症せん妄群と非せん妄群との間)を示す。
【0073】
重症せん妄群と非せん妄群との間で有意差のあったサイトカインとして、IL-10(
図8(A):術直後及び術後1日)、IL-1R4(
図8(B):術直後、術後1日及び術後4-7日)、CXCL9(
図8(C):術直後及び術後1日)、プロラクチン(
図8(D):術前)、G-CSF(
図8(E):術直後及び術後1日)、IL-1RA(
図8(F):術直後、術後1日及び術後4-7日)、MCP2(
図8(G):術直後)、IL-6(
図8(H):術直後及び術後1日)、チログロブリン(
図8(I):(術直後-術前)及び(術後1日-術前))が見出された。
【0074】
<(2C)免疫プロファイル>
高侵襲外科的がん切除後の術後せん妄コホートの中で、口腔・咽頭がん、喉頭がん又は食道がんの切除手術を予定した60歳以上で、認知機能低下がない(MMSE得点27点以上)患者のうち、せん妄を認めた20名(せん妄群)と、せん妄の発症を認めなかった20名(非せん妄群)から取得した手術直前(術前)、手術直後(術直後)、手術翌朝(術後1日)及び術後4-7日目朝(術後4-7日)の血液試料を使用して、フローサイトメトリーによる免疫プロファイル解析を行い、せん妄との関連を解析した。
【0075】
図9は、手術直前(術前)、手術直後(術直後)、手術翌朝(術後1日)及び術後4-7日目朝(術後4-7日)の血液試料中の各種免疫プロファイルの平均値をせん妄群(20名)及び非せん妄群(20名)に分けてプロットした図である。
図9中、*はP<0.05を示す。
図10は、手術直前(術前)、手術直後(術直後)、手術翌朝(術後1日)及び術後4-7日目朝(術後4-7日)の血液試料中の各種免疫プロファイルの平均値をせん妄群(20名)及び非せん妄群(20名)に分けてプロットした図である。
図10中、*はP<0.01を示す。
【0076】
せん妄群と非せん妄群との間で有意差のあった免疫プロファイルとして、Th17細胞/ナイーブ制御性T細胞の比(
図9(A):術前、術直後及び術後1日)、エフェクター制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合(
図9(B):術直後)、CD4陽性T細胞に対する濾胞性T細胞の割合(
図9(C):術直後及び術後1日)、CD4陽性T細胞に対するTh17細胞の割合(
図9(D):術直後)、CD4陽性T細胞に対するナイーブ制御性T細胞の割合(
図9(E):術後1日)、ナイーブ制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合(
図9(F):(術直後-術前))、CD8陽性ナイーブT細胞に対するICOS陽性細胞の割合(
図10(A):術後1日及び術後4-7日)、CD4陽性T細胞に対するドパミン受容体1陽性細胞の割合(
図10(B):術直後)が見出された。
【0077】
Th17細胞/ナイーブ制御性T細胞の比について、ROC解析によりAUCを算出しバイオマーカーとしての正確性を検討した結果を表4に示す。
【表4】
【0078】
制御性T細胞の機能や分画を抑制する分子としてドパミンが報告されており、ドパミンは術後せん妄の発症に関わる因子としても知られている。そこで、手術前後のドパミンの血漿中濃度を測定し、せん妄との関連を解析した。
図11は、手術直後(術直後)の血漿中カテコールアミン(ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン)濃度(pg/mL)を重症せん妄群(56名)、軽症(閾値下)せん妄群(35名)及び非せん妄群(195名)に分けてプロットした図である。
図11中、群間の差は、Mann-WhitneyのU検定(両側検定)により評価した。また、
図9(F)は、ナイーブ制御性T細胞に対するドパミン陽性細胞の割合を示すが、せん妄群と非せん妄群で推移が異なり、せん妄群は術直後から術後翌朝にかけて陽性率が低下する一方で、非せん妄群は陽性率が上昇している。これらの結果から、術後せん妄の発症には末梢血中の免疫細胞のバランスが関与していると考えられ、制御性T細胞の相対的な減少にドパミンが関与する可能性が示唆された。なお、せん妄群は、31種全ての免疫細胞でドパミン受容体DRD1の陽性率が非せん妄群よりも低く、免疫細胞のDRD1を介したドパミンシグナル伝達とせん妄の関連が示唆された。
【0079】
<ROC解析>
上記で見出された各バイオマーカーについて、ROC解析によりAUCを算出しバイオマーカーとしての正確性を検討した結果を表5及び表6に示す。
【0080】
【0081】
【0082】
<バイオマーカーの組み合わせ>
次に、バイオマーカーの組み合わせについて検討を行った。まず、せん妄群と非せん妄群との間で有意差のあった15種類の代謝産物から、変数除去法(p<0.1)を用いて絞り込みを行った。その結果、せん妄群と非せん妄群について、グリシンとプロリンベタインの組み合わせが示唆された。グリシン単独(AUC=0.67)及びプロリンベタイン単独(AUC=0.64)と比べて、グリシンとプロリンベタインを組み合わせることでせん妄予測精度が高くなった(AUC=0.71)。組み合わせ時の最適カットオフは0,337、感度は0.68、特異度は0.69であった。
【0083】
また、代謝産物の中から、せん妄のサブタイプを予測するバイオマーカーを検討したところ、過活動型せん妄とN1,N12-ジアセチルスペルミンの術後変化に強い関連が見出された(過活動型せん妄群と非せん妄群について、AUC=0.93)。特に変数除去法(p<0.1)にて代謝物同士の組み合わせを検討すると、N,N-ジメチルグリシンと組み合わせることにより、AUC=0.96と極めて高い予測精度が示された。
【0084】
次に、サイトカイン、ホルモン、代謝産物を統合して変数除去法(p<0.1)により解析し、せん妄群と非せん妄群に対して、手術前(術前)にせん妄を予測するバイオマーカーの組み合わせを探索した。その結果として、これまで術後せん妄との関連が示唆されていたグリシン、プロリンベタイン及びプロラクチンの組み合わせが示唆された。具体的には、グリシン単独ではAUC=0.67、プロリンベタイン単独ではAUC=0.64、プロラクチン単独ではAUCが0.65であったが、これらを組み合わせることにより、AUCが0.75と高い精度が示された。
【0085】
さらに、重症せん妄、過活動型せん妄、低活動型せん妄又は混合型せん妄を予測するバイオマーカーの組み合わせを増減法で探索した。増減法には、サイトカイン、ホルモン、代謝産物から、手術直前(術前)は26分子、手術直後(術直後)は29分子、手術翌朝(術後翌朝)は26分子を用いた。
【0086】
図12は、手術直前(術前)、手術直後(術直後)又は手術翌朝(術後翌朝)それぞれにおいて、非せん妄群と重症せん妄群とについて、各バイオマーカーの組み合わせによるROC曲線を示す図である。術前は、プロラクチン、グリシン、セリン、CXCL9、N-アセチルアスパラギン酸、N1,N12-ジアセチルスペルミン及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせにより、重症せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.93)が示された。術直後は、ドパミン、粘液酸、CXCL9、アスパラギン、セリン、ノルアドレナリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせにより、重症せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.92)が示された。術後翌朝は、G-CSF、CXCL9、アジピン酸、グルタミン酸、グリシン及びセリンの組み合わせにより、重症せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.92)が示された。
【0087】
図13は、手術直前(術前)、手術直後(術直後)又は手術翌朝(術後翌朝)それぞれにおいて、非せん妄群と過活動型せん妄群とについて、各バイオマーカーの組み合わせによるROC曲線を示す図である。術前は、グリシン及びセリンの組み合わせにより、過活動型せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.89)が示された。術直後は、ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、G-CSF、メチオニン、MCP2、IL-1RA、プロリンベタイン、グルタル酸、N-アセチルアスパラギン酸及びN1,N12-ジアセチルスペルミンの組み合わせにより、過活動型せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=1.00)が示された。術後翌朝は、IL-1R4及びN1,N8-ジアセチルスペルミジンの組み合わせにより、過活動型せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.94)が示された。
【0088】
図14は、手術直前(術前)、手術直後(術直後)又は手術翌朝(術後翌朝)それぞれにおいて、非せん妄群と低活動型せん妄群とについて、各バイオマーカーの組み合わせによるROC曲線を示す図である。術前は、IL-6、N1,N12-ジアセチルスペルミン、G-CSF、プロリンベタイン及びIL-1R4の組み合わせにより、低活動型せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.85)が示された。術直後は、粘液酸及びIL-1R4の組み合わせにより、低活動型せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.85)が示された。術後翌朝は、G-CSF、トリプトファン、IL-1R4、IL-6、N1,N8-ジアセチルスペルミジン、N1,N12-ジアセチルスペルミン、アジピン酸及びリシンの組み合わせにより、低活動型せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.98)が示された。
【0089】
図15は、手術直前(術前)、手術直後(術直後)又は手術翌朝(術後翌朝)それぞれにおいて、非せん妄群と混合型せん妄群とについて、各バイオマーカーの組み合わせによるROC曲線を示す図である。術前は、IL-1RA、IL-1R4、G-CSF、IL-10、メチオニン、グリシン及び3-ヒドロキシ酪酸の組み合わせにより、混合型せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.95)が示された。術直後は、メチオニン、G-CSF、CXCL9、トリプトファン、IL-10、チログロブリン及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせにより、混合型せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.94)が示された。術後翌朝は、CXCL9、グルタミン酸、IL-1RA、シスアコニット酸及びN-アセチルアスパラギン酸の組み合わせにより、混合型せん妄に対して極めて高い予測精度(AUC=0.90)が示された。