(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024065278
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】溶浸用Cu系粉末
(51)【国際特許分類】
B22F 1/14 20220101AFI20240508BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20240508BHJP
B22F 9/24 20060101ALI20240508BHJP
C22C 9/06 20060101ALI20240508BHJP
C22C 9/04 20060101ALI20240508BHJP
C22C 9/05 20060101ALI20240508BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20240508BHJP
B22F 3/26 20060101ALN20240508BHJP
【FI】
B22F1/14 500
B22F1/00 L
B22F9/24 B
C22C9/06
C22C9/04
C22C9/05
C22C9/00
B22F3/26 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022174049
(22)【出願日】2022-10-31
(71)【出願人】
【識別番号】000239426
【氏名又は名称】福田金属箔粉工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100173406
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 真貴子
(74)【代理人】
【識別番号】100067301
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 順一
(72)【発明者】
【氏名】木越 悠太
【テーマコード(参考)】
4K017
4K018
【Fターム(参考)】
4K017AA02
4K017BA05
4K017CA01
4K017DA09
4K018AA03
4K018AC10
4K018BA02
4K018BC12
4K018BD08
4K018DA17
4K018FA36
(57)【要約】
【課題】
溶浸率が高いため密度の高いFe系合金を製造でき、Fe系基材表面の浸食がなく、溶浸後にFe系基材表面に残滓が生成されるためFe系基材を積層して溶浸してもFe系基材同士が接着することがなく、生成した残滓は容易に除去することができる溶浸用Cu系粉末を提供する。
【解決手段】
Fe又はCoを1.5質量%~4.0質量%と、物質Aを0.3質量%~1.0質量%を含有するCu系粉末であって、前記物質Aは、1373K~1423Kの温度域におけるO21mol当たりの標準生成自由エネルギーがCr2O3の標準生成自由エネルギー以下であって1423K以下の温度において固相の酸化物、又は、前記温度域におけるN21mol当たりの標準生成自由エネルギーがSi3N4の標準生成自由エネルギー以下であって1423K以下の温度において固相の窒化物である溶浸用Cu系粉末。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶浸用Cu系粉末であって、前記Cu系粉末は、
Fe又はCoを1.5質量%以上、かつ、4.0質量%以下と、物質Aを0.3質量%以上、かつ、1.0質量%以下とを含有し、残部がCuと不可避不純物とからなり、前記物質Aは、1373K~1423Kの温度域におけるO21mol当たりの標準生成自由エネルギーが前記温度域におけるO21mol当たりのCr2O3の標準生成自由エネルギー以下であって1423K以下の温度において固相の酸化物、又は、前記温度域におけるN21mol当たりの標準生成自由エネルギーが前記温度域におけるN21mol当たりのSi3N4の標準生成自由エネルギー以下であって1423K以下の温度において固相の窒化物である溶浸用Cu系粉末。
【請求項2】
Mnを0.1質量%以上、かつ、2.0質量%以下、及び/又は、Znを0.5質量%以上、かつ、3.0質量%以下含有する請求項1記載の溶浸用Cu系粉末。
【請求項3】
Siを0.4質量%以下含有する請求項1又は2記載の溶浸用Cu系粉末。
【請求項4】
粉末の明度L値が35以上である請求項1又は2記載の溶浸用Cu系粉末。
【請求項5】
潤滑剤を0.1質量%以上、かつ、1.0質量%以下含有する請求項1又は2記載の溶浸用Cu系粉末。
【請求項6】
防錆処理又は偏析防止処理を行った請求項1又は2記載の溶浸用Cu系粉末。
【請求項7】
請求項1又は2記載の溶浸用Cu系粉末の製造方法。
【請求項8】
請求項1又は2記載の溶浸用Cu系粉末の圧粉成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はFe系基材の溶浸材になる溶浸用Cu系粉末に関する。詳しくは、該溶浸用Cu系粉末からなる溶浸材は、溶浸率が高いため密度の高いFe系合金を製造でき、Fe系基材表面の浸食がなく、また、溶浸後にFe系基材表面に残滓を生成するためFe系基材を積層して溶浸処理をしてもFe系基材同士が接着することがなく、しかも、生成した残滓は容易に除去することができる溶浸用Cu系粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
Fe系合金からなる機械部品には常に、高密度化、高強度化、高靱性化の要請がある。
【0003】
Fe系合金を高密度化する方法としては、Fe系金属粉の圧粉体や焼結体等(以下「Fe系基材」と言う)にCu又はCu合金を溶浸させる技術が確立されている。
【0004】
溶浸とは、気孔を有するFe系基材に該Fe系基材よりも融点の低いCuやCu合金の圧粉体(以下「溶浸材」と言う)をFe系基材と接触させて加熱し、加熱によって溶融した溶浸材が毛細管現象によってFe系基材に浸透してFe系基材内部の気孔を満たすことで気孔を減少させる技術である。
【0005】
気孔が減少することでFe系基材の密度が上がるので緻密性が向上し、Fe系合金の高強度化、高靱性化が望める。
【0006】
一般に溶浸材には、溶浸率(基材と接触させた溶浸材の重量に対する基材に浸透した溶浸材の重量の比)が高いことが求められる。
【0007】
また、Fe系基材中のFeが、接触させた溶浸材へ溶解するとFe系基材表面が荒れたり、窪みができたりする(以下「浸食」と言う)ため、溶浸材にはFeが溶解せず、Fe系基材表面を浸食しないことが求められる。
【0008】
また、溶浸後にFe系基材表面の残留物(以下「残滓」と言う)がFe系基材に固着せず容易に除去できることが求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2013-133518
【特許文献2】特開2009-7648
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
出願人は前記の要求を満たすべく、特許文献1及び2に開示される溶浸用Cu系粉末を開発している。
【0011】
特許文献1には、Fe:1.5質量%~5.5質量%、Mn:1.0質量%~2.5質量%、Zn:1.0質量%~2.0質量%、Al:0.01質量%~0.1質量%、Si:0.1質量%~0.6質量%、残部がCuからなる溶浸用混合粉末が開示されている。
【0012】
特許文献2には、Fe:2質量%~7質量%、Mn:1質量%~7質量%、Zn:0.5質量%~5質量%、Al:0.03質量%~0.1質量%、残部がCuからなる組成の原料粉末に、Al、Si、Zr、Ti、Mgの少なくともいずれか1つの酸化物が0.1質量%~1質量%混合された溶浸用粉末が開示されている。
【0013】
特許文献1又は2に記載の溶浸用Cu系粉末は、溶浸率が高く、Fe系基材表面を浸食しないが、条件によっては、残滓の量が増減したり、残滓がFe系基材に固着したりする虞がある。
【0014】
本発明者は、前記の問題を解決すべく試行錯誤的な数多くの試作・実験を重ねた結果、Fe又はCoを1.5質量%以上、かつ、4.0質量%以下と、物質Aを0.3質量%以上、かつ、1.0質量%以下とを含有し、残部がCuと不可避不純物とからなり、前記物質Aは、1373K~1423Kの温度域におけるO21mol当たりの標準生成自由エネルギーが前記温度域におけるO21mol当たりのCr2O3の標準生成自由エネルギー以下であって1423K以下の温度において固相の酸化物、又は、前記温度域におけるN21mol当たりの標準生成自由エネルギーが前記温度域におけるN21mol当たりのSi3N4の標準生成自由エネルギー以下であって1423K以下の温度において固相の窒化物である溶浸用Cu系粉末であれば、溶浸率が高くてFe系基材表面を浸食せず、また、溶浸後に残滓を生成し、生成した残滓はFe系基材に固着せず、容易に除去できる溶浸材を製造することができるという知見を得て前記技術的課題を達成したものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記技術的課題は次のとおりの本発明によって解決できる。
【0016】
本発明は、溶浸用Cu系粉末であって、前記Cu系粉末は、Fe又はCoを1.5質量%以上、かつ、4.0質量%以下と、物質Aを0.3質量%以上、かつ、1.0質量%以下とを含有し、残部がCuと不可避不純物とからなり、前記物質Aは、1373K~1423Kの温度域におけるO21mol当たりの標準生成自由エネルギーが前記温度域におけるO21mol当たりのCr2O3の標準生成自由エネルギー以下であって1423K以下の温度において固相の酸化物、又は、前記温度域におけるN21mol当たりの標準生成自由エネルギーが前記温度域におけるN21mol当たりのSi3N4の標準生成自由エネルギー以下であって1423K以下の温度において固相の窒化物である溶浸用Cu系粉末である。
【0017】
また本発明は、Mnを0.1質量%以上、かつ、2.0質量%以下、及び/又は、Znを0.5質量%以上、かつ、3.0質量%以下含有する前記の溶浸用Cu系粉末である。
【0018】
また本発明は、Siを0.4質量%以下含有する前記の溶浸用Cu系粉末である。
【0019】
また本発明は、粉末の明度L値が35以上である前記の溶浸用Cu系粉末である。
【0020】
また本発明は、潤滑剤を0.1質量%以上、かつ、1.0質量%以下含有する前記の溶浸用Cu系粉末である。
【0021】
また本発明は、防錆処理又は偏析防止処理を行った前記の溶浸用Cu系粉末である。
【0022】
また本発明は、前記の溶浸用Cu系粉末の製造方法である。
【0023】
また本発明は、前記の溶浸用Cu系粉末の圧粉成形体である。
【発明の効果】
【0024】
本発明における溶浸用Cu系粉末には、予めFe又はCoを1.5質量%以上、かつ、4.0質量%以下添加しているので、Fe系基材表面の浸食を防止することができる。
【0025】
また、本発明における溶浸用Cu系粉末は、さらに物質Aを0.3質量%以上、かつ、1.0質量%以下含有するから、溶浸率が高く、また、溶浸後には残滓を生成し、生成した残滓は容易に除去できる溶浸材になる。
【0026】
本発明における溶浸用Cu系粉末で製造した溶浸材は溶浸率が高く、Fe系基材を高密度化できるから、高強度であり、高靭性を備えるFe系合金の焼結部品を製造することができる。
【0027】
また、溶浸後には残滓を生成するため、Fe系基材を積層して溶浸処理したとしてもFe系基材同士が接着し難く、しかも、生成した残滓は容易に除去できる。
【0028】
Fe系基材を積層して溶浸処理することができるので、焼結部品の単位時間当たりの生産量の向上が望める。
【0029】
また、Mnを0.1質量%以上、かつ、2.0質量%以下、及び/又は、Znを0.5質量%以上、かつ、3.0質量%以下含有すれば、さらに濡れ性や溶浸率が高い溶浸材になる。
【0030】
また、粉末の明度L値が35以上であれば、溶浸用Cu系粉末の酸素量が低く、酸化に起因する濡れ性の低下を抑制できるため、濡れ性の良い溶浸材になる。
【0031】
また、潤滑剤を0.1質量%以上、かつ、1.0質量%以下含有すれば潤滑性が向上するため成形し易い溶浸用Cu系粉末になる。
【0032】
また、防錆処理又は偏折防止処理を行えば、溶浸用Cu系粉末の各成分の分散性が向上するので、過剰な残滓が生成されたり、生成した残滓が固着したりすることをさらに抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0033】
一般的にFe系基材に対する溶浸用Cu系粉末の溶浸は、Cu-Fe二元系合金の包晶温度よりも高い1373K~1423Kの温度域(以下「溶浸温度域」と言う)で行われる。
【0034】
溶浸温度域におけるFe(鉄)のCuへの飽和溶解度は約4.5質量%である。
【0035】
Fe系基材にCu単体を溶浸させると、基材中のFeが溶浸材側へ溶解するためにFe系基材表面に浸食による窪みができたり、表面が荒れたりすることがあるが、本発明における溶浸用Cu系粉末はFe又はCoと物質Aを含有し、残部はCuと不可避不純物とからなるから、Fe系基材表面の浸食を防止することができる。
【0036】
溶浸用Cu系粉末におけるFeの含有量は1.5質量%以上かつ4.0質量%以下が好ましく、さらに好ましくは、2.0質量%以上かつ3.5質量%以下である。
【0037】
1.5質量%未満では浸食防止効果が弱く、4.0質量%を超えて含有すると、溶浸温度域ではFeが溶浸材中に溶解し切れずに残滓となり、Fe系基材表面に固着する虞があるからである。
【0038】
Feの形態は特に限定されず、単体粉末、合金粉末、部分合金化粉末のいずれでもよいが、合金粉末又は部分合金化粉末が好ましい。
【0039】
単体粉末は溶浸条件によってはCuに拡散し難くなるからである。
【0040】
本発明における溶浸用Cu系粉末は、Feに代えてCoを含有してもよい。
【0041】
Coは、Feと同様にCuに溶解してFe系基材表面の浸食や荒れを防止することができる。
【0042】
Coの含有量はFeと同じく、1.5質量%以上かつ4.0質量%以下が好ましく、さらに好ましくは、2.0質量%以上かつ3.5質量%以下である。
【0043】
1.5質量%未満では浸食防止効果が弱く、4.0質量%を超えると、溶浸温度域ではCoが溶浸材中に溶解し切れずに残滓となり、Fe系基材表面に固着する虞があるからである。
【0044】
Coの形態は特に限定されず、単体粉末、合金粉末、部分合金化粉末のいずれでもよいが、合金粉末又は部分合金化粉末が好ましい。
【0045】
単体粉末は溶浸温度域ではCuに拡散し難いからである。
【0046】
本発明における溶浸用Cu系粉末は物質Aを含有する。
【0047】
物質Aは水素を含む露点-30℃程度の雰囲気(以下「通常の溶浸雰囲気」と言う)において容易に還元されない物質であり、1423K以下の温度において固相の酸化物又は窒化物である。
【0048】
物質Aが液相になると、Fe系基材表面に浸食が生じたり、残滓がFe系基材表面に固着して除去が困難になったりするからである。
【0049】
固相であると、Fe系基材表面上に残滓を生成するので、Fe系基材を積層して溶浸処理をしてもFe系基材同士が接着し難くなる。
【0050】
積層して溶浸処理を行うことができるので焼結部品の生産効率を向上させることができる。
【0051】
また、生じた残滓は容易に除去することができる。
【0052】
本発明における物質Aは、詳しくは、溶浸温度域におけるO2(酸素)1mol当たりの標準生成自由エネルギーが溶浸温度域におけるO21mol当たりのCr2O3(酸化クロム)の標準生成自由エネルギー以下の酸化物であって、1423K以下の温度において固相の酸化物である。
【0053】
Ag(銀)、Bi(ビスマス)、Ni(ニッケル)、Sn(スズ)、In(インジウム)、P(リン)の酸化物のように、溶浸温度域におけるO21mol当たりの標準生成自由エネルギーが溶浸温度域におけるO21mol当たりのCr2O3の標準生成自由エネルギーよりも大きい酸化物は、通常の溶浸雰囲気において容易に還元されるため、溶浸材やFe系基材と反応して積層したFe系基材同士が接着したり、Fe系基材表面を浸食したりする虞がある。
【0054】
本発明における物質Aは、溶浸温度域におけるN2(窒素)1mol当たりの標準生成自由エネルギーが溶浸温度域におけるN21mol当たりのSi3N4(窒化ケイ素)の標準生成自由エネルギー以下の窒化物であって、1423K以下の温度において固相の窒化物でもよい。
【0055】
Ga(ガリウム)、In(インジウム)の窒化物のように、溶浸温度域におけるN21mol当たりの標準生成自由エネルギーが、溶浸温度域におけるSi3N4の標準生成自由エネルギーよりも大きい窒化物は、溶浸温度域において標準生成自由エネルギーが正であり、系内の窒素分圧によっては窒化物が分解する等して残滓がFe系基材表面に固着する虞がある。
【0056】
物質Aとして、Cr2O3(酸化クロム)、SiO2(酸化ケイ素)、TiO2(酸化チタン)、Al2O3(酸化アルミニウム)、MgO(酸化マグネシウム)、ZrO2(酸化ジルコニウム)、Si3N4(窒化ケイ素)、BN(窒化ホウ素)、ZrN(窒化ジルコニウム)を例示する。
【0057】
溶浸温度域におけるO21mol当たりの酸化物又はN21mol当たりの窒化物の標準生成自由エネルギーの値は文献から取得することができる。
【0058】
溶浸用Cu系粉末が含有する物質Aの含有量は0.3質量%以上かつ1.0質量%以下であり、さらに好ましくは0.4質量%以上かつ0.9質量%以下である。
【0059】
0.3質量%未満では、溶浸後の残滓が少ないため、複数のFe系基材と溶浸材を積層して溶浸処理を行った場合、Fe系基材同士が接着する虞があり、また、1.0質量%を超えると溶浸材の濡れ性が低下し、溶浸率が低下する虞があるからである。
【0060】
物質Aは複数の酸化物の混合物、複数の窒化物の混合物、複数の酸化物と窒化物の混合物であってもよい。
【0061】
本発明における溶浸用Cu系粉末は、Mn(マンガン)を0.1質量%以上かつ2.0質量%以下、及び/又は、Zn(亜鉛)を0.5質量%以上かつ3.0質量%以下を含有してもよい。
【0062】
MnはFeとCuの双方に固溶し、溶浸材とFe系基材の濡れ性が良くなって溶浸率が向上するから、濡れ性を低下させる物質Aを含有したとしても濡れ性や溶浸率が低下し難くなるからである。
【0063】
Mnの含有量は、0.1質量%以上かつ2.0質量%以下が好ましく、さらに好ましくは、0.3質量%以上かつ0.8質量%以下である。
【0064】
Mnが0.1質量%未満であれば、濡れ性や溶浸率の向上が見られなくなり、また、2.0質量%を超えて含有すると、Mn酸化物が生成されたり、MnがFe系基材や溶浸材中のFeに固溶することによってFe系基材表面を浸食したり、残滓が固着したりする虞があるからである。
【0065】
Znは、溶浸材の融点を下げる効果があり、また、溶浸材とFe系基材の濡れ性が良くなって溶浸率を向上させるから、濡れ性を低下させる物質Aを含有したとしても、濡れ性や溶浸率が低下し難くなるからである。
【0066】
Znの含有量は、0.5質量%以上かつ3.0質量%以下が好ましく、さらに好ましくは、0.5質量%以上かつ2.0質量%以下である。
【0067】
Znが0.5質量%未満であれば、濡れ性の向上が見られなくなり、また、3.0質量%を超えて含有すると、溶浸処理におけるZnの蒸発量が多くなり溶浸材の歩留まりが悪くなって溶浸率が低下するからである。
【0068】
また、蒸発したZnは焼結炉を汚損する虞もある。
【0069】
本発明における溶浸用Cu系粉末は、Si(金属シリコン)を0.4質量%以下含有してもよい。
【0070】
微量のSiは溶浸材に固溶し、溶浸材同士の焼結阻害となることで残滓量や残滓の大きさを調整できるからである。
【0071】
Siの含有量は、0.4質量%以下が好ましく、さらに好ましくは、0.05質量%以上かつ0.1質量%以下である。
【0072】
Siを0.4質量%を超えて含有すると、溶浸率が低下する虞があるからである。
【0073】
本発明における溶浸用Cu系粉末は粉末の明度であるL値が35以上であることが好ましい。
【0074】
物質Aは溶浸材とFe系基材の濡れ性を低下させるため、含有量の上限を1.0質量%以下に限定しているが、経時変化による溶浸用Cu系粉末の酸素量の増加等の物質A以外の影響で濡れ性が低下する場合に意図せず低い溶浸率となって焼結部品の強度が低下することがある。
【0075】
粉末の明度であるL値が35以上であれば、物質A以外に含まれる酸素量の測定が困難な場合でも酸素量が低いことが推定でき、溶浸用Cu系粉末の酸化に起因する濡れ性の低下を抑制することができる。
【0076】
本発明における溶浸用Cu系粉末には、潤滑剤を添加することができる。
【0077】
潤滑剤を添加することにより潤滑性が向上するので成形し易い溶浸用Cu系粉末になる。
【0078】
潤滑剤の添加量は0.1質量%以上かつ1.0質量%以下が好ましく、さらに好ましくは、0.2質量%以上かつ0.8質量%以下である。
【0079】
0.1質量%未満であると潤滑性向上の効果が弱く、また、1.0質量%を超えて添加したとしても、潤滑剤の蒸発量が多くなり溶浸材の歩留まりが悪くなって溶浸率が低下するからである。
【0080】
また、蒸発した潤滑剤は焼結炉を汚損する虞もある。
【0081】
潤滑剤は特に限定されるものではないが、ステアリン酸亜鉛等の金属セッケンやEBS系ワックスが好適である。
【0082】
防錆処理又は偏析防止処理は、溶浸用Cu系粉末を構成する粉末の一部又は全部に施すことができる。
【0083】
溶浸用Cu系粉末に生じる偏析として、混合されている各粉末の流動性の違いに起因する堆積偏析がある。
【0084】
粉末の流動性は粉末の表面が酸化することで変化する場合があり、製造当初偏析がなかったとしても、保管環境によっては比較的短時間で偏析が顕著になることがある。
【0085】
本発明における溶浸用Cu系粉末に偏析が生じると、物質Aとそれ以外の溶浸材成分との質量比が局所的に異なってしまい、残滓が固着したり、過剰な残滓が生成したりする虞がある。
【0086】
溶浸用Cu系粉末を構成する粉末の一部又は全部に防錆処理又は偏析防止処理を施すことで全体の偏析を防止し、残滓が固着したり、過剰な残滓が生成されたりすることを抑制できる。
【0087】
また、防錆処理であれば偏析だけでなく、酸化による残滓の生成も抑制することができる。
【0088】
防錆処理は特に限定されず、Cuに配位する元素を1分子当たり1つ以上含む有機化合物を使用することができ、好ましくは炭素数が3~30の前記有機化合物を使用することができる。
【0089】
偏析防止処理は特に限定されず、粉末の造粒による比表面積の減少や酸化物を含む粉末の還元によるポーラス化等の流動性を低下させる表面改質処理や、機械油やバインダーの添加等の有機化合物との化学的反応や物理吸着による各種官能基の付加を挙げることができる。
【0090】
防錆処理や偏析防止処理には、ベンゾトリアゾール、機械油を使用することができる。
【0091】
本発明における溶浸用Cu系粉末は、Fe又はCo、及び、物質Aや他の元素の単体粉末又は合金粉末又は部分合金化粉末を混合して製造することができる。
【0092】
Fe又はCo及び物質Aや他の元素の粉末の製造方法は特に限定されず、アトマイズ法、還元法、電解法、粉砕法等の公知の方法で製造すればよい。
【0093】
本発明を構成する物質A以外の粉末の平均粒子径は1μm以上かつ300μm以下であることが好ましい。
【0094】
平均粒子径が300μmを超える粒子は均一に混合せず成分が偏析する虞があり、1μm未満の粒子だとハンドリング性が悪くなると共に、粉末が高価になるからである。
【0095】
物質Aの平均粒子径は300μm以下であることが好ましく、より好ましくは3μm以下である。
【0096】
平均粒子径が300μmを超える粒子は均一に混合せず成分が偏析する虞があるからである。
【0097】
本発明における溶浸用Cu系粉末は、圧粉成形等の公知の方法で溶浸材に成形することができる。
【0098】
Fe系基材に溶浸材を溶浸させる溶浸法には、Fe系基材と溶浸材とを接触させて加熱することで焼結と溶浸とを同時に行う一段溶浸法と、Fe系基材をまず一次加熱して予備焼結し、この焼結体に溶浸材を接触させ二次加熱することで溶浸を行う二段溶浸法がある。
【0099】
本発明における溶浸用Cu系粉末からなる溶浸材は、溶浸率が高いため、二段溶浸法はもちろんのこと、一段溶浸法においても高密度のFe系合金になるので、高強度であり高靭性を備える焼結部品を製造することができる。
【実施例0100】
本発明の実施例及び比較例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0101】
<Fe系基材>
Cuが1.5質量%、Cが1.0質量%、残部がFeとなるように、電解Cu粉末、黒鉛粉末及びアトマイズFe粉末を混合した後、ステアリン酸亜鉛を0.8質量%添加した混合粉末13.7gを巾12mm×長さ30mm×厚さ6mmの角柱状で密度6.3g/cm3の圧粉体となるように成形してFe系基材を作製した。
【0102】
<溶浸用Cu系粉末>
(金属粉末の製造)
(イ)硫酸酸性浴中においてCu地金に直流電流を通電することで陰極板上に析出させたCuを回収し洗浄乾燥することでCu粉が得られる電解法で作製したCu粉末を200mesh以下に篩分することでCu粉末を作製した。
(ロ)表1記載の通りの組成(質量%)になるように調整された溶融状態の合金成分を落下させながら約15MPaの高圧水と接触させることで急冷凝固させる水アトマイズ法で作製し、作製したCu系合金又はFe粉末を200mesh以下に篩分することでCu系合金又はFe粉末を作製した。
(ハ)Mn又はSi地金を粉砕し、200mesh以下に篩分することでMn又はSi粉末を作製した。
【0103】
(物質A)
1400KにおけるCr2O3と物質A(酸化物)のO21mol当たりの標準生成自由エネルギーを表1に、1400KにおけるSi3N4と物質A(窒化物)のN21mol当たりの標準生成自由エネルギーを表2に示す。
【0104】
【0105】
【0106】
(溶浸用Cu系粉末の製造)
実施例20~27ではCu系合金粉末(ロ)とMn粉末(ハ)、実施例29と30ではCu系合金粉末(ロ)とSi粉末(ハ)、実施例34ではCu粉末(イ)とFe粉末(ロ)、その他の実施例、比較例及び参考例ではCu系合金粉末(ロ)のみを用いた。
【0107】
(イ)~(ハ)の金属粉末を全体が表3記載の組成(質量%)となるようにロッキングミキサーで混合し、ICP発光分光分析装置iCAP7600(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)で含有する元素を定量した後、物質Aを表3記載の割合(質量%)と、潤滑剤としてステアリン酸亜鉛を0.5質量%添加し、再度ロッキングミキサーで混合して各溶浸用Cu系粉末を作製した。
【0108】
粉末表面の明度L値は分光色彩計SE6000(日本電色工業株式会社製)を使用して測定した。
【0109】
<溶浸法>
Fe系基材の気孔に対し80体積%となる量の溶浸用Cu系粉末を巾12mm×長さ30mm×厚さ1mmの薄板状に圧粉した溶浸材を作製した。
【0110】
Fe系基材の圧粉体上に溶浸材を載せて一段溶浸法により溶浸処理を行った。
【0111】
溶浸条件としては、823Kで30分間加熱して溶浸材中の潤滑剤を脱ろうした後、1403Kで30分間加熱した。
【0112】
焼結炉内の雰囲気は水素:窒素が3:1の混合ガス雰囲気とした。
【0113】
<溶浸率>
溶浸率は、以下の数1に基づいて計算した。
【数1】
【0114】
<残滓除去性>
残滓の有無と除去性を確認した。
【0115】
残滓が確認され、手で容易に除去できたものを「良好」、手では除去できなかったものを「固着」、残滓が確認されなかったものを「残滓なし」として評価した。
【0116】
<浸食>
浸食の有無は光学顕微鏡による観察(倍率50倍)と目視で確認した。
浸食が確認されたものを「あり」、確認されなかったものを「なし」として評価した。
【0117】
各実施例の結果を表3、各比較例の結果を表4に示す。
【0118】
【0119】
【0120】
実施例1~35に示すように、本実施形態に係る溶浸用Cu系粉末からなる溶浸材は、比較例1~9に示す溶浸材と比較して、溶浸率が高く、溶浸後のFe系基材表面に浸食がなく、また、残滓を生成し、生成した残滓は容易に除去できることが示された。
【0121】
比較例5では、物質Aが含まれないため、残滓が生成されなかった。
比較例6では、物質Aが0.3質量%未満であるため、残滓が生成しなかった。
比較例7では、物質Aが1.0質量%よりも多く、溶浸材の濡れ性が低下し、溶浸率は低下した。
比較例8では、物質Aとして選択したFeOが溶浸過程で還元され、Fe系基材と反応したため、残滓が固着した。
比較例9では、物質Aとして選択したGaNが溶浸過程で一部分解し、Fe系基材と反応したため、残滓が固着した。