IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ サンデン株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-スクロール型流体機械 図1
  • 特開-スクロール型流体機械 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024000654
(43)【公開日】2024-01-09
(54)【発明の名称】スクロール型流体機械
(51)【国際特許分類】
   F04C 18/02 20060101AFI20231226BHJP
【FI】
F04C18/02 311S
F04C18/02 311R
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022099468
(22)【出願日】2022-06-21
(71)【出願人】
【識別番号】000001845
【氏名又は名称】サンデン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124327
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 勝博
(72)【発明者】
【氏名】安藤 怜
(72)【発明者】
【氏名】柿沼 昂希
(72)【発明者】
【氏名】藤井 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 宏光
【テーマコード(参考)】
3H039
【Fターム(参考)】
3H039AA12
3H039BB04
3H039BB07
3H039CC02
3H039CC03
3H039CC04
3H039CC36
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本件出願に係る発明は、アルミニウム材からなる固定スクロール及び可動スクロールを内部に備えるスクロール型流体機械を稼動させた際に、両スクロール体が高速且つ高負荷の環境に長時間晒されたとしても、スクロール体に焼き付き、摩耗、破損等の不具合が生じるおそれがないスクロール型流体機械を提供することを課題とする。
【解決手段】この課題を解決するために、本件出願に係る発明は、相対的に回転可能な一対のスクロール体の間に形成される空間で流体を圧縮又は膨張可能なスクロール型流体機械であって、当該スクロール体は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなり、スクロール体の表面には、厚さが0.3μm~10.0μmの陽極酸化被膜を施しており、当該陽極酸化被膜の表面には、樹脂被膜が備わることを特徴とするスクロール型流体機械を採用する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対的に回転可能な一対のスクロール体の間に形成される空間で流体を圧縮又は膨張可能なスクロール型流体機械であって、
当該スクロール体は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなり、スクロール体の表面には、厚さが0.3μm~10.0μmの陽極酸化被膜を施しており、当該陽極酸化被膜の表面には、樹脂被膜が備わることを特徴とするスクロール型流体機械。
【請求項2】
前記陽極酸化被膜は、表面の粗さRzが1.5μm~9.0μmである請求項1に記載のスクロール型流体機械。
【請求項3】
前記樹脂被膜の厚さは、5μm以上である請求項1又は請求項2に記載のスクロール型流体機械。
【請求項4】
前記スクロール体は、底板と当該底板の表面から突出する渦巻き状のラップとを有し、一方のスクロール体のラップ高さは、他方のスクロール体のラップ高さよりも低くなるように設計されている請求項1に記載のスクロール型流体機械。
【請求項5】
前記陽極酸化被膜及び前記樹脂被膜は、前記ラップ高さが低い方のスクロール体の表面に順に備わる請求項4に記載のスクロール型流体機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件出願は、アルミニウム又はアルミニウム合金(以下、アルミニウム材ともいう)からなる一対のスクロール体の表面に陽極酸化被膜と樹脂被膜とを設けたスクロール型流体機械に関する。
【背景技術】
【0002】
流体機械の一種として、スクロール型流体機械が知られている。このスクロール型流体機械は、固定スクロール及び可動スクロールからなる一対のスクロール体をその内部に備え、固定スクロールに対して可動スクロールが旋回運動をすることにより、当該流体機械内に吸入した気体又は液体である流体の容積を圧縮又は膨張して、当該流体機械の外部へと吐出するものである。
【0003】
この一対のスクロール体は、流体機械を稼働すると互いに摺動して摺動面に摩擦熱が生じ、スクロール体同士が融着、凝着する等して、焼き付き等の不具合が生じる場合がある。そのため、摺動面の摩擦係数を下げる目的で、スクロール体の表面に潤滑油や樹脂被膜等を設けることが行われている。
【0004】
ところが、顧客が要求する品質が厳しいものであると、流体機械を稼動した際にスクロール体が高速且つ高負荷の環境に長時間晒される結果、樹脂被膜がスクロール体の表面から剥離する場合がある。このとき、スクロール体がアルミニウム材で構成されていると、鉄や銅と比較して、より低い温度で溶解、凝着が起こり得る。そして、樹脂被膜が剥離した部分においてスクロール体同士が凝着すると、流体機械が破損するおそれがある。
【0005】
特許文献1には、「一組のスクロール部材のうちの少なくとも一方の部材における渦巻き壁の表面を粗面化処理してフッ素系樹脂被膜を20~1000μmの厚さで形成した後、スクロール部材の渦巻き壁同士が噛み合う状態で圧接して偏心公転運動を行い、フッ素系樹脂被膜を所定の膜厚まで摺動摩耗させる容積形圧縮機用スクロール部材の製造方法」が開示されている。ここで、特許文献1に係るスクロール部材を構成する材料は、鋼材やアルミニウム材等の金属である。
【0006】
特許文献2には、「固定スクロール及び揺動スクロールの表面に二硫化モリブデン等の固形潤滑材を充填したアルマイト皮膜を形成すると共に、この皮膜を形成した何れか一方のスクロールの少なくとも一部に四フッ化樹脂系の合成樹脂材料を塗布したスクロール型無給油式流体機械」が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平9-88851
【特許文献2】特開平7-217562
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の発明で採用している粗面化処理の方法は、具体的にはブラスト法である。このブラスト法は、部材の表面を制御良く微細に粗面化する方法としては、不向きである。ブラスト法で粗面化したスクロール部材は、粗面化処理を行っていない構成金属の表面と比較して、表面粗さが大幅に増大する。そのため、粗面化した金属表面が露出せず、且つ概ね平坦な形状で当該表面上にフッ素系樹脂被膜を形成するには、フッ素系樹脂被膜の膜厚を過剰に大きくする必要があり、製品の製造コストが増加する。また、特許文献2では、固定スクロール及び揺動スクロールの両方の表面に固形潤滑材を充填したアルマイト皮膜を形成する必要があり、製品の製造に手間とコストがかかる。
【0009】
本件出願に係る発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる固定スクロール及び可動スクロールを内部に備えるスクロール型流体機械を、厳しい市場要求に基づき稼動させる場合に、両スクロール体が高速且つ高負荷の環境に長時間晒されたとしても、樹脂被膜が異常摩耗したり、スクロール体の表面から剥離する等してスクロール体に焼き付き、摩耗、破損等の不具合が生じるおそれがなく、また、製品の製造コストを抑制したスクロール型流体機械を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本件発明者は、鋭意研究の結果、以下の手段を採用することにより、上述の課題を解決するに至った。
【0011】
本件出願に係るスクロール型流体機械は、相対的に回転可能な一対のスクロール体の間に形成される空間で流体を圧縮又は膨張可能なスクロール型流体機械であって、当該スクロール体は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなり、スクロール体の表面には、厚さが0.3μm~10.0μmの陽極酸化被膜を施しており、当該陽極酸化被膜の表面には、樹脂被膜が備わることを特徴とする。
【0012】
本件出願に係るスクロール型流体機械の陽極酸化被膜は、表面の粗さRzが1.5μm~9.0μmであることが好ましい。
【0013】
本件出願に係るスクロール型流体機械の樹脂被膜の厚さは、5μm以上であることが好ましい。
【0014】
本件出願に係るスクロール型流体機械におけるスクロール体は、底板と当該底板の表面から突出する渦巻き状のラップとを有し、一方のスクロール体のラップ高さは、他方のスクロール体のラップ高さよりも低くなるように設計されていることが好ましい。
【0015】
本件出願に係るスクロール型流体機械の陽極酸化被膜及び樹脂被膜は、一対のスクロール体のうち一方のスクロール体のラップ高さが、他方のスクロール体のラップ高さよりも低くなるように設計されている場合、ラップ高さが低い方のスクロール体の表面に順に備わることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本件出願に係る発明によれば、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる固定スクロール及び可動スクロールを内部に備えるスクロール型流体機械を、厳しい市場要求に基づき稼動させる場合に、両スクロール体が高速且つ高負荷の環境に晒されたとしても、樹脂被膜が異常摩耗したり、スクロール体の表面から剥離する等してスクロール体に焼き付き、摩耗、破損等の不具合が生じるおそれがなく、また、製品の製造コストを抑制したスクロール型流体機械を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本件出願に係るスクロール型流体機械における、一対のスクロール体の断面図を示す。
図2】(A)は本件出願に係る実施例、(B)は比較例の外観写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、図1及び図2を参照して、本件出願に係るスクロール型流体機械の一実施形態を説明する。
【0019】
本件出願に係るスクロール型流体機械は、相対的に回転可能な一対のスクロール体の間に形成される空間で流体を圧縮又は膨張可能なものである。当該スクロール体は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなり、スクロール体の表面には、厚さが0.3μm~10.0μmの陽極酸化被膜を施している。そして、当該陽極酸化被膜の表面には、樹脂被膜が備わることを特徴とする。本件出願に係るスクロール型流体機械は、当該構成を有することにより、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる固定スクロール及び可動スクロールを内部に備えるスクロール型流体機械を、厳しい市場要求に基づき稼動させる場合に、両スクロール体が高速且つ高負荷の環境に長時間晒されたとしても、樹脂被膜4が異常摩耗したり、スクロール体の表面から剥離する等してスクロール体に焼き付き、摩耗、破損等の不具合が生じるおそれがなく、また、製品の製造コストを抑制したスクロール型流体機械を提供することができるという優れた効果を奏するものである。
【0020】
スクロール型流体機械は、空気、水、各種冷媒等の気体又は液体である流体を当該流体機械の吸入口から吸入し、固定スクロール1に対する可動スクロール2の旋回運動を利用して当該流体の容積を圧縮又は膨張し、吐出口から外部へと吐出する。具体的には、固定スクロール1及び可動スクロール2は、底板上面6から突出する渦巻き状のラップを有する(なお、ここで底板上面6とは、渦巻き状のラップが突出している一方の底板表面をいう)。そして、当該渦巻き状のラップを互いにかみ合わせるようにして一対の固定スクロール1及び可動スクロール2を嵌合し、ハウジング内にこれを配置してスクロール型流体機械を製造する。この固定スクロール1及び可動スクロール2の各渦巻き状のラップが形成する空間が、吸入した当該流体を圧縮又は膨張させる部分となる。そして、この固定スクロール1及び可動スクロール2が金属材料で構成されている場合、その一方又は両方の表面には、摺動面の摩擦係数を下げる目的で、公知技術として、潤滑油や樹脂被膜等が設けられている。
【0021】
ここで、スクロール型流体機械に用いる一対のスクロール体は、通常、両方のスクロール体における渦巻き状のラップ高さが殆ど同一の構造となっており、なじみにより固定スクロール1及び可動スクロール2の渦巻き状のラップの上面にかかる面圧を低下させている。しかしながら、渦巻き状のラップ高さが殆ど同一である場合、潤滑性の向上やスクロール体表面の保護等を目的として設けられた表面処理材の硬さやその潤滑性等によっては、渦巻き状のラップの上面5(ラップの先端)が摩耗、損傷する可能性がある。
【0022】
一方で、例えば、図1に示す形態のように、可動スクロール2の方が固定スクロール1よりも、渦巻き状のラップ高さがより高くなるよう構成すると、スクロール型流体機械を稼働させた際に、可動スクロール2の旋回運動により、固定スクロール1の底板上面6側が間欠摺動、可動スクロール2の渦巻き状のラップの上面側が連続摺動となる。このような構成であると、スクロール体の渦巻き状のラップの上面5(ラップの先端)が摩耗、損傷する可能性を大幅に低減することができる。そして、このような一対のスクロール体において、その一方のスクロール体にのみ樹脂被膜4を設けることで製品の製造コストの抑制を図る場合、流体機械を稼働した際にラップの上面が連続摺動となるスクロール体に樹脂被膜を設けるよりも、底板上面6が間欠摺動となるスクロール体に樹脂被膜4を設ける方が、樹脂被膜4の異常摩耗や剥離等を防ぐことができると共に、固定スクロール1と可動スクロール2との間に焼付き、異音等が発生するまでの面圧(限界面圧)をより効果的に向上させることができる。これは、間欠摺動部よりも連続摺動部の方が、樹脂被膜の摩耗がより進み易いためである。
【0023】
そして、一対のスクロール体のうち一方のスクロール体のラップ高さが他方のスクロール体のラップ高さよりも低くなるように設計されているスクロール型流体機械において、ラップ高さが低い方のスクロール体にのみ樹脂被膜4を設ける構成である場合、後述する陽極酸化被膜3についても、ラップ高さが低い方のスクロール体の表面にのみ施すことが好ましい。スクロール体の表面に陽極酸化被膜3を施すと、表面粗さRzが大きくなる。そのため、陽極酸化被膜3の表面が露出したままの状態では、相手側のスクロール体(より具体的には、相手側のスクロール体に備わる樹脂被膜)を傷付ける等の攻撃性を有するおそれがあるためである。
【0024】
<スクロール体>
本願に係るスクロール型流体機械で用いるスクロール体は、加工のしやすさ、軽量且つ比較的安価であること等の理由から、アルミニウム又はアルミニウム合金(アルミニウム材)をその構成材料として採用している。そして、スクロール体に対して特に高強度が必要である場合は、構成材料にアルミシリコン合金(Al-Si系合金、4000系アルミニウム合金ともいう)を用いることがある。
【0025】
ここで、顧客の要求する品質が特に厳しい自動車産業等の機械分野においては、スクロール体を内在する流体機械に対して、長時間にわたる高速運転が可能であることに加えて、高負荷の環境におけるスクロール体の耐久性が必要となる。そのような場合に、スクロール体の表面に樹脂被膜4を直接設ける構成であると、流体機械を市場要求に基づいて稼働させた際に、樹脂被膜4が剥離するおそれがある。このとき、スクロール体がアルミニウム材で構成されていると、鉄や銅と比較して、より低い温度で溶解、凝着が起こり得る。そして、樹脂被膜4が剥離した部分においてスクロール体同士が凝着すると、流体機械が破損するおそれがある。これを防止するために、スクロール体の表面に対して予め陽極酸化処理(アルマイト処理)を行い、所定の膜厚を有する陽極酸化被膜3(アルマイト被膜)を設けておくと、スクロール体を構成するアルミニウム材(アルミニウム材素地)と比較して表面粗さRzが増大するため、アンカー効果により樹脂被膜4の密着性が向上する。
【0026】
<陽極酸化被膜>
陽極酸化被膜3は、表面が多孔質の酸化アルミニウムからなる。その表面粗さRzは膜厚に依存して変化し、膜厚が0.15μm~2.0μm付近から、Rzの数値は急激に増大する。そのため、スクロール体の表面に所定の膜厚を有する陽極酸化被膜3を施すと、アンカー効果により陽極酸化被膜3と樹脂被膜4との間の密着性が向上する。そして、陽極酸化被膜3の表面は上述のとおり多孔質であるため、見かけの表面積(比表面積)が大きく、単に表面粗さRzが大きいだけのものと比較して、アンカー効果がより得られ易い。更に、スクロール体の表面に陽極酸化被膜3を施すことにより、仮に樹脂被膜4の一部が剥離したとしても、露出する表面はスクロール体を構成するアルミニウム材(アルミニウム素地)ではなく、陽極酸化被膜(酸化アルミニウム)となる。そのため、スクロール体同士の凝着を防止することができる。これらの理由から、スクロール体の表面に所定の膜厚を有する陽極酸化被膜3を施して、この陽極酸化被膜3の表面に樹脂被膜4を設けることにより、高速且つ高負荷の環境でスクロール体を内在する流体機械を長時間稼動させたとしても、スクロール体から樹脂被膜4が剥離すること、及びスクロール体同士の凝着により流体機械が破損することを確実に防止することができる。
【0027】
陽極酸化被膜3の好適な膜厚は、0.3μm~10.0μmである。この陽極酸化被膜3の膜厚が0.3μm未満であると、スクロール体を構成するアルミニウム材(陽極酸化処理を行う前のアルミニウム材素地)と比較して、その表面粗さRzは殆ど大きくならず、アンカー効果により樹脂被膜4の密着性が向上する効果が得られない傾向にあるため好ましくない。一方、陽極酸化被膜3の膜厚が10.0μmを超えると、その表面粗さRzが大きくなりすぎて、陽極酸化被膜3の表面が露出することなく、且つ概ね平坦な表面を有する樹脂被膜4を形成するためには、樹脂被膜4の膜厚を過剰に大きくせざるを得ない。そのため、樹脂被膜4を設けたスクロール体の熱伝導率が低下して放熱性が下がり、摩擦熱による樹脂被膜4の寸法変化を制御し難くなると共に、製品の製造コストが増加するため好ましくない。そして、陽極酸化被膜3のより好適な膜厚は、0.3μm~3.0μmである。陽極酸化被膜3の膜厚が3.0μm以下であると、その表面粗さRzが適切な大きさとなり、スクロール体表面の保護や潤滑性の向上等に必要な大きさを超える膜厚で樹脂被膜4を形成する必要がなく、製品の製造コストを抑制できるためである。また、陽極酸化被膜3の膜厚が3.0μm以下であると、膜厚が3.0μmを超える場合と比較して、算術平均粗さRaがより小さくなり、陽極酸化被膜3の膜厚のばらつきを小さく抑えられるためである。
【0028】
陽極酸化被膜は、表面の粗さRz(最大表面粗さ)が1.5μm~9.0μmであることが好ましい。この陽極酸化被膜の表面粗さRzが1.5μm未満であると、アンカー効果により樹脂被膜4の密着性が向上する効果が得られない傾向にあるため好ましくない。一方、陽極酸化被膜の表面粗さRzが9.0μmを超えると、陽極酸化被膜3の表面が露出することなく、且つ概ね平坦な表面を有する樹脂被膜4を形成するためには、樹脂被膜4の膜厚を過剰に大きくせざるを得ず、摩擦熱による樹脂被膜4の寸法変化を制御し難くなると共に、製品の製造コストが増加するため好ましくない。
【0029】
<樹脂被膜>
樹脂被膜4の組成に特段の制限はないが、潤滑剤とバインダー樹脂とを含むものが好ましい。潤滑剤としては、テトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、パーフルオロエチレンフルオロコポリマー(FEP)等のフッ素系樹脂、二硫化モリブデン、グラファイト等が挙げられる。このうち、フッ素系樹脂としては、耐熱性、耐久性等の点で、テトラフルオロエチレン(PTFE)を用いることが好ましい。樹脂被膜4が、フッ素系樹脂、二硫化モリブデン、グラファイト等の潤滑剤を含むものであると、一対のスクロール体のうちの一方について、製品の製造コスト抑制等の観点から樹脂被膜4の形成を省略したとしても、樹脂被膜4の形成を省略した方のスクロール体(図1の場合は可動スクロール2)の表面を傷付けることなく、樹脂被膜4の潤滑性、耐摩耗性を効果的に向上させることができる。また、バインダー樹脂としては、耐熱性、耐久性、加工性等の点で、ポリアミドイミド樹脂を用いることが好ましい。このポリアミドイミド樹脂は、樹脂被膜4の主成分であると共に、潤滑剤をスクロール体に固定するための成分である。
【0030】
樹脂被膜4の好適な膜厚は、5μm以上である。この樹脂被膜4の膜厚が5μm未満であると、陽極酸化被膜3の膜厚によっては、陽極酸化被膜3の表面が露出することなく樹脂被膜4をその表面上に形成し、且つ樹脂被膜4の表面を概ね平坦なものとすることが困難になる傾向があるため好ましくない。また、この樹脂被膜4の膜厚が5μm未満であると、一方のスクロール体のラップ高さが他方のスクロール体のラップ高さよりも低くなるように設計したとしても、流体機械を長時間且つ高速で稼働させた際に、相手側のスクロール体と樹脂被膜4とがなじむまでの間に、摩耗により樹脂被膜4が摩滅に至る可能性が高く、また摩擦熱等により樹脂被膜4が剥離するおそれがあるため好ましくない。そして、樹脂被膜4の膜厚は、5μm~30μmであることが、より好ましい。樹脂被膜4の膜厚が30μmを超えると、樹脂被膜4を設けたスクロール体の熱伝導率が低下して放熱性が下がり、摩擦熱による樹脂被膜4の寸法変化を制御し難くなると共に、製品の製造コストが増加するため好ましくない。また、樹脂被膜4の膜厚が30μmを超えると、樹脂被膜4の表面と、相手側のスクロール体の表面(相手側のスクロール体の表面にも陽極酸化被膜及び樹脂被膜が備わる場合には、樹脂被膜の表面)との距離が近くなりすぎて、相手側のスクロール体と樹脂被膜4とがなじむまでの時間が短いため、相手側のスクロール体と樹脂被膜4の表面との接触等によって、樹脂被膜4に亀裂や剥離が生じる傾向があるため好ましくない。
【0031】
ここで、樹脂被膜4の膜厚を上述の数値範囲内とすることが好ましいスクロール体における表面は、渦巻き状のラップの上面5及び、底板上面6である。一方、渦巻き状のラップの側面7は、摺動により生じる摩擦力が比較的小さく、且つ間欠的に摺動するため、予め部材表面に施した潤滑油が保持され易い。そのため、渦巻き状のラップの側面7における樹脂被膜4については、膜厚が20μm以下であっても、スクロール体に焼き付き、摩耗、破損等の不具合は生じ難い傾向にある。そのため、渦巻き状のラップの側面7における樹脂被膜4の好適な膜厚は、5μm~20μmであるといえる。以上に、本願に係るスクロール型流体機械について説明した。以下では、本願に係るスクロール型流体機械の製造方法について説明する。
【0032】
<陽極酸化被膜の形成方法>
スクロール体の表面に設ける陽極酸化被膜3は、従来公知の硫酸浴やシュウ酸浴等を用いた陽極酸化処理により形成することができる。硫酸浴の場合には、例えば、硫酸濃度が10質量%~20質量%、処理温度が10℃~25℃、電流密度が0.5A/dm~1.5A/dmの処理条件を採用すればよく、シュウ酸浴の場合には、例えば、シュウ酸濃度が2.0質量%~5.0質量%、処理温度が20℃~35℃、電流密度が2.0A/dm~3.0A/dmの処理条件を採用すればよい。
【0033】
<樹脂被膜の形成方法>
陽極酸化被膜3の表面に設ける樹脂被膜4は、樹脂組成物を用いてスプレー法、ディップ法等の従来公知の方法により形成することができる。樹脂被膜4の形成方法に特段の制限はないが、スプレー法を採用すると、例えばディップ法と比較して、複雑な形状を有するスクロール体に対して、より短時間で所望の膜厚を有する樹脂被膜4を必要に応じて所望の部分にのみ形成できるという点で好ましい。
【0034】
このスプレー法としては、ハンドスプレーやロボットスプレーシステム等の従来公知の方法を用いることができる。スプレー法における霧化圧力は、原料である樹脂組成物の成分にもよるが、0.05MPa~0.2MPaであることが好ましい。この霧化圧力が0.05MPa未満であると、渦巻き状のラップの側面7と、底板上面6とから形成される角部に対して、原料である樹脂組成物を十分に噴霧することができず、当該部分における樹脂被膜4の膜厚が好適な数値範囲よりも薄くなる傾向があるため好ましくない。一方、この霧化圧力が0.2MPaを超えると、渦巻き状のラップの上面5と、渦巻き状のラップの側面7と底板上面6とから形成される角部とに対して、原料である樹脂組成物が過剰に噴霧されてしまい、当該部分における樹脂被膜4の膜厚が好適な数値範囲から逸脱したり、より厚くなる傾向があるため好ましくない。スプレー法により、陽極酸化被膜3を表面に備えるスクロール体に対して、原料である樹脂組成物を噴霧した後は、昇温装置内にこれを静置して、スクロール体を構成するアルミニウム材が変形するおそれのない温度である160℃~180℃で15分~120分間の熱処理を行うことにより、陽極酸化被膜3の表面上に樹脂被膜4を備えるスクロール体を得ることができる。
【0035】
スプレー法で用いる樹脂組成物の組成に特段の制限はないが、潤滑剤、バインダー樹脂及び溶媒を含むものが好ましい。潤滑剤としては、テトラフルオロエチレン(PTFE)等のフッ素系樹脂、二硫化モリブデン、グラファイト等が挙げられる。溶媒としては、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロピオンアミド(MPA)等の化合物が挙げられる。主成分であるバインダー樹脂としては、ポリアミドイミド樹脂等が挙げられる。そして、このNMP、MPA等の化合物のうち、使用者の健康への影響等の観点から、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)を用いることが好ましい。当該樹脂組成物は、例えば、潤滑剤と、ポリアミドイミド樹脂(又は、予めNMP等の溶媒にポリアミドイミド樹脂を高濃度で溶解したポリアミドイミド樹脂ワニス)とを、室温又は30℃付近のN-メチル-2-ピロリドン(NMP)と混合及び攪拌等することにより得ることができる。
【0036】
以下に、本件出願に係る発明の実施例及び比較例を示し、当該発明についてより具体的に説明する。なお、本件出願に係る発明の技術的思想は、以下に述べる実施例の記載に限定して解釈されるものではない。
【実施例0037】
アルミニウム製の固定スクロールを脱脂洗浄した後、濃度15質量%の硫酸水溶液からなる硫酸浴に入れて、固定スクロールを陽極、カーボン(炭素棒)を陰極として、浴温度20℃、電流密度1.0A/dmの条件で4分間通電を行い、陽極酸化被膜付き固定スクロールを得た。
【0038】
次いで、平均粒径10μmのテトラフルオロエチレン30gと、ポリアミドイミド樹脂ワニス(ポリアミドイミド樹脂を溶媒であるN-メチル-2-ピロリドンに濃度30質量%で溶解したもの)200gと、グラファイト3gとを、室温でN-メチル-2-ピロリドン(NMP)250mLに混合及び攪拌して、テトラフルオロエチレンの含有量が20体積%の樹脂組成物を調整した。これを株式会社メサック製のG05-38(丸吹き)のスプレーガンにより、霧化圧力0.1MPaで、陽極酸化被膜付き固定スクロールの表面に噴霧した。これを昇温装置(富士科学器械株式会社製の熱風循環コンベア炉)内に静置して、180℃で90分間の熱処理を行い、樹脂被膜付き固定スクロールを得た。
【0039】
(評価方法)
上述の方法で得た樹脂被膜付き固定スクロールを切断して樹脂埋めし、表面を鏡面研磨した後、金属顕微鏡(オリンパス株式会社製のDSX500)により、陽極酸化被膜の平均膜厚、算術表面粗さ(Ra)及び最大表面粗さ(Rz)と、樹脂被膜の膜厚とを測定した。その結果、陽極酸化被膜の平均膜厚は0.5μm、算術表面粗さ(Ra)は0.3μm、最大表面粗さ(Rz)は1.8μmだった。この結果を表1に示す。また、当該固定スクロールにおける渦巻き状のラップの上面5における樹脂被膜の平均膜厚は18μm、底板上面6における樹脂被膜の平均膜厚は14μmだった。
【0040】
続いて、上述と同様の方法で、別途、樹脂被膜付き固定スクロールを製造し、アルミニウム製の可動スクロールと組み合わせて、流体機械であるスクロール式コンプレッサーを製造した。なお、この固定スクロールにおける渦巻き状のラップ高さは、可動スクロールにおける渦巻き状のラップ高さよりも低く設計されている。このスクロール式コンプレッサーを回転数10000rpm、押し付け面圧6MPaで数時間運転し、高速且つ高負荷の環境での耐久試験を行った。当該耐久試験の後、このスクロール式コンプレッサーを分解し、樹脂被膜付き固定スクロールの外観を目視で観察したところ、樹脂被膜に剥離や異常摩耗は発生しておらず、スクロール体同士の焼き付き等の不具合も起こらなかった。この耐久試験後の樹脂被膜付き固定スクロールの外観写真を図2(A)に示す。
【実施例0041】
この実施例2は、固定スクロールに対する陽極酸化処理の時間を、4分間から9分間に変更したことのみが、実施例1と異なる。そのため、固定スクロールに対する陽極酸化被膜及び樹脂被膜の形成方法と、それらの評価方法とについては、記載を省略する。この実施例2の陽極酸化被膜の平均膜厚は3.0μm、算術表面粗さ(Ra)は1.1μm、最大表面粗さ(Rz)は5.9μmだった。また、耐久試験後の樹脂被膜に剥離や異常摩耗は発生せず、スクロール体同士の焼き付き等の不具合も生じなかった。この評価結果を表1に示す。
【実施例0042】
この実施例3は、固定スクロールに対する陽極酸化処理の時間を、4分間から15分間に変更したことのみが、実施例1と異なる。そのため、固定スクロールに対する陽極酸化被膜及び樹脂被膜の形成方法と、それらの評価方法とについては、記載を省略する。この実施例3の陽極酸化被膜の平均膜厚は5.0μm、算術表面粗さ(Ra)は1.7μm、最大表面粗さ(Rz)は8.8μmだった。また、耐久試験後の樹脂被膜に剥離や異常摩耗は発生せず、スクロール体に焼き付き等の不具合も生じなかった。この評価結果を表1に示す。
【実施例0043】
この実施例4は、固定スクロールに対する陽極酸化処理の時間を、4分間から35分間に変更したことのみが、実施例1と異なる。そのため、固定スクロールに対する陽極酸化被膜及び樹脂被膜の形成方法と、それらの評価方法とについては、記載を省略する。この実施例4の陽極酸化被膜の平均膜厚は10.0μm、算術表面粗さ(Ra)は1.6μm、最大表面粗さ(Rz)は8.1μmだった。また、耐久試験後の樹脂被膜に剥離や異常摩耗は発生せず、スクロール体に焼き付き等の不具合も生じなかった。この評価結果を表1に示す。
【比較例】
【0044】
[比較例1]
この比較例1は、固定スクロールに対して陽極酸化処理は行わず、脱脂洗浄のみを行った後、固定スクロールの表面に直接樹脂被膜を形成したことのみが、実施例1と異なる。そのため、固定スクロールに対する樹脂被膜の形成方法と、その評価方法とについては、記載を省略する。この比較例1の固定スクロール(アルミニウム素地)の算術表面粗さ(Ra)は0.1μm、最大表面粗さ(Rz)は0.7μmだった。そして、この比較例1では、耐久試験後の樹脂被膜に一部剥離が生じていた。この評価結果及び外観写真を表1及び図2(B)に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
<実施例と比較例との対比>
上述の結果から理解できるように、アルミニウム材からなる一対のスクロール体のうちの一方の表面に0.3μm~10.0μmの数値範囲内の平均膜厚を有する陽極酸化被膜を施し、当該陽極酸化被膜の表面に樹脂被膜を設けた実施例1~実施例4の流体機械(スクロール式コンプレッサー)は、高速且つ高負荷の環境で流体機械を長時間稼動しても、樹脂被膜に剥離や異常摩耗は発生せず、スクロール体同士の焼付き、摩耗、破損等の不具合も起こらなかった。
【0047】
一方、陽極酸化被膜を形成せずに、アルミニウム材からなる一対のスクロール体のうちの一方の表面に直接樹脂被膜を形成した比較例1は、高速且つ高負荷の環境で流体機械を長時間稼動することにより、樹脂被膜の一部に剥離が生じた。そのため、上述の耐久試験の条件で流体機械を更に稼働し続けると、スクロール体に焼付き、摩耗、破損等の不具合が生じるおそれがあることが推察できる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本件出願に係るスクロール型流体機械は、空気、水、各種冷媒等の気体又は液体である流体を当該流体機械内に吸入し、内部に配した一対のスクロール体を用いてその容積を圧縮又は膨張させて、当該流体機械の外部へと吐出するための装置として用いることができる。具体的には、各種機械の動力源、空調システム用装置等に用いることができる。特に、厳しい品質が求められる自動車産業等の機械分野において、好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0049】
1 固定スクロール
2 可動スクロール
3 陽極酸化被膜
4 樹脂被膜
5 渦巻き状のラップの上面
6 底板上面
7 渦巻き状のラップの側面
図1
図2