(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024065499
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】溶融材料の漏出解析方法及び漏出解析プログラム
(51)【国際特許分類】
B23K 31/00 20060101AFI20240508BHJP
B23K 11/11 20060101ALI20240508BHJP
【FI】
B23K31/00 Z
B23K11/11
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022174398
(22)【出願日】2022-10-31
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001748
【氏名又は名称】弁理士法人まこと国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福本 学
【テーマコード(参考)】
4E165
【Fターム(参考)】
4E165AA01
4E165AB03
4E165EA14
(57)【要約】
【課題】流体解析を用いることなく、内部に溶融材料が充填された被充填材からの溶融材料の漏出を効率良く解析可能な漏出解析方法等を提供する。
【解決手段】本発明は、内部に溶融材料が充填された被充填材からの前記溶融材料の漏出を解析する方法であって、前記溶融材料を非圧縮性の固体材料でモデル化して構造解析を行うことで、前記溶融材料の圧力を算出する構造解析工程ST1と、前記溶融材料の圧力と前記被充填材の外部の圧力との差に基づき、前記溶融材料の漏出体積を算出する漏出体積算出工程ST7と、前記漏出体積を前記溶融材料の体積ひずみで表す体積ひずみ算出工程ST8と、を有し、所定の時間ステップ毎に、前記構造解析工程、前記漏出体積算出工程及び前記体積ひずみ算出工程を、この順に繰り返し実行する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に溶融材料が充填された被充填材からの前記溶融材料の漏出を解析する方法であって、
前記溶融材料を非圧縮性の固体材料でモデル化して構造解析を行うことで、前記溶融材料の圧力を算出する構造解析工程と、
前記溶融材料の圧力と前記被充填材の外部の圧力との差に基づき、前記溶融材料の漏出体積を算出する漏出体積算出工程と、
前記漏出体積を前記溶融材料の体積ひずみで表す体積ひずみ算出工程と、を有し、
所定の時間ステップ毎に、前記構造解析工程、前記漏出体積算出工程及び前記体積ひずみ算出工程を、この順に繰り返し実行する、
溶融材料の漏出解析方法。
【請求項2】
前記溶融材料の圧力>前記被充填材の外部の圧力のときに、前記漏出体積算出工程及び前記体積ひずみ算出工程を実行する、
請求項1に記載の溶融材料の漏出解析方法。
【請求項3】
前記漏出体積算出工程において、ハーゲン・ポアズイユの法則を用いて、前記溶融材料の漏出体積を算出する、
請求項1又は2に記載の溶融材料の漏出解析方法。
【請求項4】
前記体積ひずみ算出工程において、前記漏出体積を、前記溶融材料の主たる体積減少の発現方向についてのひずみで表す、
請求項1又は2に記載の溶融材料の漏出解析方法。
【請求項5】
前記溶融材料は、板厚方向に重ね合わせた複数の金属板を抵抗スポット溶接することによって生じる溶金であり、
前記被充填材は、前記溶金を取り囲む非溶融金属材であり、
前記抵抗スポット溶接によって生じるスパッタによる前記溶金の主たる体積減少の発現方向が前記板厚方向であり、
前記体積ひずみ算出工程において、前記漏出体積を、前記溶金の前記板厚方向についてのひずみで表す、
請求項4に記載の溶融材料の漏出解析方法。
【請求項6】
コンピュータに、請求項1又は2に記載の溶融材料の漏出解析方法が有する前記構造解析工程と、前記漏出体積算出工程と、前記体積ひずみ算出工程と、を実行させるための溶融材料の漏出解析プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内部に溶融材料(例えば、板厚方向に重ね合わせた複数の金属板を抵抗スポット溶接することによって生じる溶金)が充填された被充填材(例えば、溶金を取り囲む非溶融金属材)からの溶融材料の漏出を解析する方法及びプログラムに関する。特に、本発明は、計算負荷の大きな流体解析を用いることなく、固体力学に基づく構造解析を用いて、溶融材料の漏出を効率良く解析可能な漏出解析方法及び漏出解析プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車等の各種工業部材における複数の金属板の接合方法として、抵抗スポット溶接が用いられている。抵抗スポット溶接は、板厚方向に重ね合わせた複数の鋼板等の金属板を電極間に挟み、電極によって金属板を押圧しつつ通電する方法である。これにより、通電された複数の金属板の接触界面の一部が溶融して接合される。溶融した部分は、冷却凝固して溶接部(ナゲット)となる。
【0003】
ここで、スパッタ(チリ)と称される、抵抗スポット溶接によって生じる溶融材料(溶金)の飛散(溶金を取り囲む非溶融金属材からの飛散)は、作業環境を悪化させると共に、製品である工業部材表面への飛散溶金の付着により、製品品質の低下の原因となる。また、金属板が亜鉛系めっき鋼板である場合には、このスパッタによる溶金の体積減少が、溶接部に生じるLME(Liquid Metal Embrittlement、液体金属脆性)割れと称される、LMEに起因した割れを助長すると報告されている。このため、溶金の飛散(漏出)による溶金の体積減少(溶金の漏出体積)を効率良く数値解析できれば、LME割れの評価等に有効に活用できることが期待できる。
【0004】
以上の説明では、抵抗スポット溶接の場合を例に挙げて説明したが、必ずしもこれに限るものではなく、内部に溶融材料が充填された被充填材からの溶融材料の漏出を効率良く解析できれば、種々の応用に有効活用できることが期待できる。
溶融材料の漏出を解析するには、流体解析を用いることが考えられるものの、流体解析は計算負荷が大きいため、効率的ではない。
【0005】
なお、例えば、特許文献1には、電場、温度場及び応力場の連成数値解析を用いて、抵抗スポット溶接におけるスパッタの発生を予測する方法が提案されている。
しかしながら、特許文献1に記載の方法は、スパッタの発生を予測するだけに留まるのであり、スパッタ発生後の溶金の体積減少(溶金の漏出体積)を算出するものではない。
【0006】
また、特許文献2には、キャビティに溶融材料を充填する過程を、ガスがキャビティからリークすることを考慮して、順次算出する溶融材料の充填解析方法が提案されている。
しかしながら、特許文献2に記載の方法は、溶融材料のリークを解析するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5217108号公報
【特許文献2】特開2009-45660号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような従来技術の課題を解決するべくなされたものであり、流体解析を用いることなく、内部に溶融材料が充填された被充填材からの溶融材料の漏出を効率良く解析可能な漏出解析方法及び漏出解析プログラムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、本発明者は、鋭意検討を行った結果、溶融材料を非圧縮性の固体材料でモデル化し、溶融材料の漏出体積を溶融材料の体積ひずみで表せば、流体解析を用いることなく、固体力学に基づく構造解析を用いて、溶融材料の漏出を効率良く解析可能であることを知見した。
【0010】
本発明は、上記の本発明者の知見に基づき完成したものである。
すなわち、前記課題を解決するため、本発明は、内部に溶融材料が充填された被充填材からの前記溶融材料の漏出を解析する方法であって、前記溶融材料を非圧縮性の固体材料でモデル化して構造解析を行うことで、前記溶融材料の圧力を算出する構造解析工程と、前記溶融材料の圧力と前記被充填材の外部の圧力との差に基づき、前記溶融材料の漏出体積を算出する漏出体積算出工程と、前記漏出体積を前記溶融材料の体積ひずみで表す体積ひずみ算出工程と、を有し、所定の時間ステップ毎に、前記構造解析工程、前記漏出体積算出工程及び前記体積ひずみ算出工程を、この順に繰り返し実行する、溶融材料の漏出解析方法を提供する。
【0011】
本発明によれば、固体力学に基づく構造解析を行う構造解析工程において、溶融材料が非圧縮性の固体材料でモデル化され、体積ひずみ算出工程において、漏出体積算出工程で算出された溶融材料の漏出体積が体積ひずみで表される。そして、所定の時間ステップ毎に、構造解析工程、漏出体積算出工程及び体積ひずみ算出工程が、この順に繰り返し実行される(すなわち、体積ひずみ算出工程で表された溶融材料の体積ひずみを用いて、構造解析工程が繰り返し実行される)ため、本発明者が知見したように、流体解析を用いることなく、溶融材料の漏出を効率良く解析可能、すなわち、溶融材料の漏出開始から漏出終了までの漏出体積(溶融材料の体積減少)を、効率良く算出可能である。
【0012】
ここで、溶融材料の圧力≦被充填材の外部の圧力である場合、溶融材料は被充填材の外部に漏出しないと考えられる。このため、本発明においては、前記溶融材料の圧力>前記被充填材の外部の圧力のとき(すなわち、溶融材料が被充填材の外部に漏出中である場合)に、前記漏出体積算出工程及び前記体積ひずみ算出工程を実行することになる。換言すれば、溶融材料の圧力≦被充填材の外部の圧力となった時間ステップ以降は、漏出体積算出工程及び体積ひずみ算出工程は実行せず、構造解析工程のみを実行することになる。
【0013】
前記漏出体積算出工程においては、例えば、ハーゲン・ポアズイユの法則を用いて、前記溶融材料の漏出体積を算出することが可能である。
【0014】
前記体積ひずみ算出工程においては、例えば、前記漏出体積を、前記溶融材料の主たる体積減少の発現方向についてのひずみで表すことが可能である。
【0015】
本発明は、抵抗スポット溶接における溶金の漏出解析に好適に用いることができる。
この場合、前記溶融材料は、板厚方向に重ね合わせた複数の金属板を抵抗スポット溶接することによって生じる溶金であり、前記被充填材は、前記溶金を取り囲む非溶融金属材であり、前記抵抗スポット溶接によって生じるスパッタによる前記溶金の主たる体積減少の発現方向が前記板厚方向であり、前記体積ひずみ算出工程において、前記漏出体積を、前記溶金の前記板厚方向についてのひずみで表すことが可能である。
【0016】
また、前記課題を解決するため、本発明は、コンピュータに、前記溶融材料の漏出解析方法が有する前記構造解析工程と、前記漏出体積算出工程と、前記体積ひずみ算出工程と、を実行させるための溶融材料の漏出解析プログラムとしても提供される。
【0017】
以上を纏めると、本発明は、以下の[1]~[6]に示す事項に関する。
[1]内部に溶融材料が充填された被充填材からの前記溶融材料の漏出を解析する方法であって、前記溶融材料を非圧縮性の固体材料でモデル化して構造解析を行うことで、前記溶融材料の圧力を算出する構造解析工程と、前記溶融材料の圧力と前記被充填材の外部の圧力との差に基づき、前記溶融材料の漏出体積を算出する漏出体積算出工程と、前記漏出体積を前記溶融材料の体積ひずみで表す体積ひずみ算出工程と、を有し、所定の時間ステップ毎に、前記構造解析工程、前記漏出体積算出工程及び前記体積ひずみ算出工程を、この順に繰り返し実行する、溶融材料の漏出解析方法。
[2]前記溶融材料の圧力>前記被充填材の外部の圧力のときに、前記漏出体積算出工程及び前記体積ひずみ算出工程を実行する、[1]に記載の溶融材料の漏出解析方法。
[3]前記漏出体積算出工程において、ハーゲン・ポアズイユの法則を用いて、前記溶融材料の漏出体積を算出する、[1]又は[2]に記載の溶融材料の漏出解析方法。
[4]前記体積ひずみ算出工程において、前記漏出体積を、前記溶融材料の主たる体積減少の発現方向についてのひずみで表す、[1]から[3]の何れかに記載の溶融材料の漏出解析方法。
[5]前記溶融材料は、板厚方向に重ね合わせた複数の金属板を抵抗スポット溶接することによって生じる溶金であり、前記被充填材は、前記溶金を取り囲む非溶融金属材であり、前記抵抗スポット溶接によって生じるスパッタによる前記溶金の主たる体積減少の発現方向が前記板厚方向であり、前記体積ひずみ算出工程において、前記漏出体積を、前記溶金の前記板厚方向についてのひずみで表す、[4]に記載の溶融材料の漏出解析方法。
[6]コンピュータに、[1]から[5]の何れかに記載の溶融材料の漏出解析方法が有する前記構造解析工程と、前記漏出体積算出工程と、前記体積ひずみ算出工程と、を実行させるための溶融材料の漏出解析プログラム。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、流体解析を用いることなく、固体力学に基づく構造解析を行うことで、内部に溶融材料が充填された被充填材からの溶融材料の漏出を効率良く解析可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一実施形態に係る溶融材料の漏出解析方法の概略手順を示すフロー図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る溶融材料の漏出解析方法を用いて、板厚方向に重ね合わせた3枚の金属板M1、M2、M3を抵抗スポット溶接した場合の最終的な溶接部(ナゲット)NAの断面形状を構造有限要素解析で算出した結果の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態に係る溶融材料の漏出解析方法(以下、適宜、単に「漏出解析方法」という)について、溶融材料が抵抗スポット溶接によって生じる溶金(板厚方向に重ね合わせた複数の金属板を抵抗スポット溶接することによって生じる溶金)であり、抵抗スポット溶接によって生じるスパッタにより、金属板の重ね合わせ面から溶金が漏出する場合を例に挙げて説明する。
図1は、本実施形態に係る漏出解析方法の概略手順を示すフロー図である。
図1に示すように、本実施形態に係る漏出解析方法は、ステップST1~ST8を有する。ステップST1が本発明の構造解析工程に相当し、ステップST7が本発明の漏出体積算出工程に相当し、ステップST8が本発明の体積ひずみ算出工程に相当する。本実施形態に係る漏出解析方法は、所定の時間ステップ毎に、構造解析工程(ステップST1)、漏出体積算出工程(ステップST7)及び体積ひずみ算出工程(ステップST8)を、この順に繰り返し実行するものである。本実施形態に係る漏出解析方法は、各ステップST1~ST8をコンピュータに実行させるための漏出解析プログラムによって実行される。
【0021】
解析を開始し始める時間ステップtでは、ステップST1において、溶融材料(溶金)を非圧縮性の固体材料でモデル化して(溶融材料のポアソン比を略0.5に設定して)、構造解析(例えば、構造有限要素解析)を行うことで、溶融材料の圧力P1等を算出する。
上記の時間ステップtでは、ステップST2において、前の時間ステップが存在しないため、「NO」となり、ステップST3において、漏出開始条件を満足するか否か(換言すれば、スパッタの発生条件を満足するか否か)を判定する。この漏出開始条件を満足するか否かの判定には、ここでは詳細な説明を省略するが、例えば、特許文献1に記載の方法を用いることができる。ただし、必ずしもこれに限るものではない。
【0022】
ステップST3において、漏出開始条件を満足しない場合(ステップST3において「NO」の場合)、ステップST4において、上記の時間ステップtが予め設定した解析終了時点以上になっているか否かを判定する。解析を開始し始める時間ステップtは、解析終了時点未満である(ステップST4において「NO」である)ため、ステップST5において、時間ステップtを予め設定した微小時間Δtだけ増分して、再び構造解析(ステップST1)を行う。
一方、ステップST3において、漏出開始条件を満足する場合(ステップST3において「YES」の場合)、溶融材料が、被充填材(本実施形態では、重ね合わせた複数の金属板のうち、溶金を除いた、溶金を取り囲む非溶融金属材)の内部(金属板の重ね合わせ面)に形成される漏出経路Lを通って、被充填材の外部に漏出すると判定し、ステップST7(漏出体積算出工程)及びステップST8(体積ひずみ算出工程)を実行する。以下では、ステップST5において微小時間Δtだけ増分した時間ステップt+Δtで漏出開始条件を満足する場合を例に挙げて、ステップST7及びステップST8の具体的内容について説明する。
【0023】
時間ステップtから時間ステップt+Δtまでの間に、固体(連続体)材料の体積がVからV+ΔVに変化したとき、固体材料の全ひずみテンソルεのトレースで与えられる体積ひずみεVは、微少ひずみであると仮定できる場合、3次元直交座標系の3つの方向x、y及びzのひずみ成分εx、εy及びεzを用いて、以下の式(1)で近似することができる。
εV=tr(ε)=εx+εy+εz=ΔV/V ・・・(1)
上記の式(1)において、tr(・)は、括弧内のトレースを意味する。
上記の式(1)を体積変化ΔVについて書き直すと、以下の式(2)となる。
ΔV=V・εV ・・・(2)
【0024】
一方、被充填材の内部に圧力P1で充填(封入)された体積Vの流体(溶融材料)が、ある漏出経路Lを通って、圧力P2である被充填材の外部に漏出するとき、コンダクタンス(漏出のし易さ)をCで表すと、流体の漏出量(体積流量=単位時間当たりの流出体積)Qは、漏出経路Lの内外の圧力差(P1-P2)に比例し、以下の式(3)で表される。
Q=dV/dt=C・(P1-P2) ・・・(3)
時間ステップtから時間ステップt+Δtまでの間、漏出量Qが一定であるとみなすと、漏出による体積変化ΔVは、以下の式(4)によって算出される。
ΔV=Q・Δt ・・・(4)
したがって、上記の式(3)及び式(4)から、体積変化ΔVは、以下の式(5)で表すことができる。
ΔV=C・(P1-P2)・Δt ・・・(5)
ステップST7(漏出体積算出工程)では、上記の式(5)に基づき、溶融材料の漏出体積を算出する。すなわち、溶融材料の圧力P1と被充填材の外部の圧力P2との差に基づき、溶融材料の漏出体積ΔVを算出する。
【0025】
ここで、固体材料の全ひずみテンソルεは、以下の式(6)に示すように、フックの法則を通じて応力と結びつく弾性ひずみテンソルeと、応力とは結びつかないeigenひずみテンソルε*との和で表される。
ε=e+ε* ・・・(6)
【0026】
前述のように、溶融材料(流体)を、ポアソン比を略0.5に設定した固体材料、すなわち、非圧縮性の固体材料として扱うことにすれば、弾性ひずみテンソルeによる体積ひずみは略ゼロとなるため、上記の式(6)の両辺のトレースを考えると、体積ひずみεVは、eigenひずみテンソルε*による体積ひずみεV
*のみを用いて、以下の式(7)で算出される。
εV=εV
* ・・・(7)
したがって、上記の式(2)及び式(7)から、溶融材料の漏出による体積変化(溶融材料の漏出体積)ΔVを、固体材料の体積ひずみεV
*を用いて、以下の式(8)で表すことができる。
ΔV=V・εV
* ・・・(8)
特に、本実施形態の抵抗スポット溶接のように、溶融材料の漏出による体積変化が、ある特定の方向(例えば、z方向)に主として発現する場合、εV
*は、以下の式(9)において、x方向のeiginひずみεx
*及びy方向のeiginひずみεy
*をいずれも0として、z方向のeiginひずみεz
*のみで近似される。
εV
*=tr(ε*)=εx
*+εy
*+εz
*=εz
* ・・・(9)
ステップST8(体積ひずみ算出工程)では、上記の式(8)及び式(9)に基づき、溶融材料の漏出体積ΔVを、非圧縮性の固体材料として扱った(ポアソン比を略0.5に設定した)溶融材料のz方向のeiginひずみεz
*で表す。
そして、上記の時間ステップt+Δtが予め設定した解析終了時点未満である場合(ステップST4において「NO」の場合)には、このひずみεz
*を用いて、次の時間ステップについて、再び構造解析(ステップST1)を行うことになる。
【0027】
なお、前述の式(5)におけるコンダクタンスCは、流体力学の考え方を利用して決定することができる。例えば、粘性係数μの溶融材料が、半径R、長さSの小孔から漏出する場合、ハーゲン・ポアズイユの法則から、コンダクタンスCは、以下の式(10)によって決定することができる。
C=π・R4/(8・μ・S) ・・・(10)
上記の式(10)において、πは円周率である。
式(10)のRの値としては、実際の漏出現象を再現できるように、適切な値を選ぶことができる。本実施形態のように、抵抗スポット溶接によって生じるスパッタにより、金属板の重ね合わせ面から溶融材料(溶金)が漏出する場合には、一般的な金属板(例えば、鋼板)の表面粗さである数μm~数十μmに設定することが好ましい。
ただし、コンダクタンスCの決定方法は、上記式(10)を用いる場合に限られるものではなく、例えば、小孔ではなく、オリフィスを通過する際のコンダクタンスを用いることも可能である。
【0028】
また、本実施形態のように、抵抗スポット溶接によって生じるスパッタにより、金属板の重ね合わせ面から溶融材料(溶金)が漏出する場合、溶融材料の体積をV
N、溶融材料の粘性係数をμ
N、スパッタが発生する金属板の重ね合わせ面(典型的には、円形を呈する接触界面)の接触径(接触半径)をr
c(後述の
図2(a)参照)、溶融径(典型的には、前記円形を呈する接触界面と同心の円形を呈する、溶融材料の接触界面における半径)をr
N(後述の
図2(a)参照)とすれば、前述の式(1)~式(5)に示すVをV
N、前述の式(10)に示すμをμ
N、Sをr
c-r
Nに置き換えればよい。
さらに、スパッタによる溶融材料(溶金)の主たる体積減少の発現方向が板厚方向(z方向とする)であると考えれば(すなわち、溶融材料の体積減少が主としてz方向についてのひずみε
z
*として発現し、x方向についてのひずみε
x
*=0、y方向についてのひずみε
y
*=0と考えれば)、式(5)、式(8)、式(9)及び式(10)から、ひずみε
z
*は、以下の式(11)で表される。
ε
z
*=ΔV/V=π・R
4・(P1-P2)・Δt/{8・V
N・μ
N・(r
c-r
N)} ・・・(11)
この式(11)で表されたひずみε
z
*を用いて、次の時間ステップについて、再び構造解析(ステップST1)を行うことが可能である。なお、ε
z
*は、溶融材料の漏出による体積減少を表すため、構造解析(ステップST1)では、z方向のひずみからε
z
*を減じることになる。
【0029】
図1に示すように、以上に説明したステップST7(漏出体積算出工程)及びステップST8(体積ひずみ算出工程)は、ステップST2において「NO」であり、なお且つ、ステップST3において「YES」の場合に実行される他、ステップST2において「YES」であり(すなわち、前の時間ステップが溶融材料の漏出中であり)、なお且つ、ステップST6において「NO」の場合にも実行される。
ステップST6では、漏出終了条件を満足するか否かを判定する。具体的には、溶融材料(溶金)の圧力P1≦被充填材(溶金を取り囲む非溶融金属材)の外部の圧力P2を満足するか否かを判定する。満足しない場合(ステップST6において「NO」の場合)、すなわち、P1>P2の場合には、溶融材料(溶金)が未だ漏出中であるといえるため、ステップST7及びステップST8を実行することになる。一方、満足する場合(ステップST6において「YES」の場合)には、これ以上の溶融材料(溶金)の漏出を考慮する必要がないため、ステップST7及びステップST8は実行されない。
【0030】
以上に説明した各ステップST1~ST8は、ステップST4において、現在の時間ステップtが予め設定した解析終了時点未満である場合(ステップST4において「NO」の場合)には繰り返し実行され、ステップST4において、現在の時間ステップtが予め設定した解析終了時点以上になった場合(ステップST4において「YES」の場合)に解析が終了する。
【0031】
図2は、本実施形態に係る漏出解析方法を用いて、板厚方向に重ね合わせた3枚の金属板M1、M2、M3を抵抗スポット溶接した場合の最終的な溶接部(ナゲット)NAの断面形状を構造有限要素解析で算出した結果の一例を示す図である。
図2(a)は本実施形態に係る漏出解析方法を用いた場合の結果であり、
図2(b)はスパッタによる溶金の体積減少を考慮せずに構造有限要素解析で算出した結果である。
何れの場合も、解析モデルとしては、対称軸SYMについての軸対称モデルを用い、スパッタが発生する溶接条件を与えて構造有限要素解析を行った。
図2(a)に示す結果と、
図2(b)に示す結果とを比較すれば、対称軸SYM上でのナゲットNA(濃い灰色で塗り潰した領域)の厚みt
N及び金属板M1~M3の総板厚t
Aの双方について、本実施形態に係る漏出解析方法を用いた場合の方が小さな値となり、スパッタによる溶金の体積減少が反映されていることが分かる。詳細については省略するが、同様の溶接条件で実際に抵抗スポット溶接の試験を行い、溶接後の断面を確認したところ、
図2(a)に示す結果と同様のナゲットNAの形状が得られていることが分かった。
【符号の説明】
【0032】
ST1・・・構造解析工程
ST7・・・漏出体積算出工程
ST8・・・体積ひずみ算出工程
M1、M2、M3・・・金属板
NA・・・溶接部(ナゲット)