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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024065544
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】ボールジョイントのダストカバー
(51)【国際特許分類】
   F16C 11/06 20060101AFI20240508BHJP
   F16J 15/52 20060101ALI20240508BHJP
   F16J 3/04 20060101ALI20240508BHJP
【FI】
F16C11/06 Q
F16J15/52 B
F16J3/04 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022174469
(22)【出願日】2022-10-31
(71)【出願人】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179970
【弁理士】
【氏名又は名称】桐山 大
(74)【代理人】
【識別番号】100071205
【弁理士】
【氏名又は名称】野本 陽一
(72)【発明者】
【氏名】中川 恵祐
(72)【発明者】
【氏名】宝泉 達郎
【テーマコード(参考)】
3J043
3J045
3J105
【Fターム(参考)】
3J043AA03
3J043FA03
3J043FA04
3J043FB03
3J045AA04
3J045AA20
3J045CB15
3J045CB17
3J045EA03
3J105AA24
3J105AB42
3J105AC01
3J105AC10
3J105CC33
3J105CC43
3J105CC48
3J105CC65
(57)【要約】
【課題】ボールジョイントのスタッドが揺動した際に発生するダストカバーの膜部へのナックルの干渉を防止する。
【解決手段】ナックルに先端側を結合されるスタッドの根元側に設けた球頭部をソケットに揺動及び回転自在に収容したボールジョイントのダストカバー131は、スタッドの外周面とナックルの端面とに接触するシールリップ142を有する小径開口部141と、球頭部の収容領域を取り囲むようにソケットに固定される大径開口部151とを膜部132で連絡し、球頭部を覆う。膜部132は、大径開口部151よりも大径の最大径部133を有し、スタッドの揺動によって縮んだときに大径開口部151側に屈曲する。最大径部133と大径開口部151との間には、段差状の凹部134が設けられている。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナックルに先端側を結合されるスタッドの根元側に設けた球頭部をソケットに揺動及び回転自在に収容したボールジョイントのダストカバーであって、
前記スタッドの外周面と前記ナックルの端面とに接触するシールリップを有する小径開口部と、
前記球頭部の収容領域を取り囲むように前記ソケットに固定される大径開口部と、
前記大径開口部よりも大径の最大径部を介して前記小径開口部と前記大径開口部とを連結し、前記スタッドの揺動によって縮んだときに前記大径開口部側に屈曲するように前記球頭部を覆う膜部と、
を備え、
前記膜部は、前記最大径部と前記大径開口部との間の外周面上に位置する仮想環状領域に沿って配置された段差状の凹部を備える、
ボールジョイントのダストカバー。
【請求項2】
前記凹部は、連続する溝形状を有している、
請求項1に記載のボールジョイントのダストカバー。
【請求項3】
前記凹部は、前記大径開口部側の開口縁部及び前記最大径部側の開口縁部の両方から底部に向けて段差状にへこんだ形状を有している、
請求項1に記載のボールジョイントのダストカバー。
【請求項4】
前記凹部は、前記大径開口部側の開口縁部及び前記最大径部側の開口縁部の両方から底部に向けて段差状にへこんだ形状を有している、
請求項2に記載のボールジョイントのダストカバー。
【請求項5】
前記凹部は、前記大径開口部側の開口縁部からのみ底部に向けて段差状にへこんだ形状を有している、
請求項1に記載のボールジョイントのダストカバー。
【請求項6】
前記凹部は、前記大径開口部側の開口縁部からのみ底部に向けて段差状にへこんだ形状を有している、
請求項2に記載のボールジョイントのダストカバー。
【請求項7】
前記凹部は、開口縁部から底部に向けてテーパー形状を有している、
請求項1ないし6のいずれか一に記載のボールジョイントのダストカバー。
【請求項8】
前記凹部は、前記最大径部よりも前記大径開口部への連絡部分に近い位置に配置されている、
請求項1ないし6のいずれか一に記載のボールジョイントのダストカバー。
【請求項9】
前記凹部は、前記大径開口部への連絡部分に配置されている、
請求項1ないし6のいずれか一に記載のボールジョイントのダストカバー。
【請求項10】
前記大径開口部は、前記スタッドの揺動によって前記膜部が縮んだときに、前記大径開口部を外周側から押さえて前記ソケットに固定する止め輪を収容する止め輪溝を備える、
請求項1ないし6のいずれか一に記載のボールジョイントのダストカバー。
【請求項11】
前記膜部は、前記最大径部と前記大径開口部との間に膜厚が最小となる最小薄肉部を有しており、
前記凹部は、前記最小薄肉部に配置されてさらに前記膜部の膜厚を薄くしている、
請求項1ないし6のいずれか一に記載のダストカバー。
【請求項12】
前記膜部は、前記最大径部から前記最小薄肉部に向かうにしたがい徐々に膜厚を小さくしている、
請求項11に記載のダストカバー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ボールジョイントのダストカバーに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の操舵装置や懸架装置には、ボールジョイントが多用されている。ボールジョイントは、スタッドの先端側をナックルに固定し、スタッドの根元側に設けた球頭部をソケットに収納して保持する構造のもので、スタッドの球頭部を円滑に動作させるために、ソケットの内部にグリースを充填している。
【0003】
ボールジョイントに装着されるダストカバーは、グリースの漏れ出しを防止し、ソケット内部への異物の混入を阻止するという役割を果たす。ダストカバーは、小径開口部と大径開口部とを膜部でつないだ膜状部材であり、小径開口部に設けたシールリップでスタッドを弾性的に覆い、大径開口部で球頭部の収容領域を取り囲み、小径開口部と大径開口部との間の領域を膜部で密閉する。
【0004】
ボールジョイントは、球頭部が揺動及び回転することによって、ナックルとジョイント対象物との間の変位を吸収する。またスタッドを傾けた状態でナックルとジョイント対象物との間にボールジョイントが装着されることもある。ダストカバーは、スタッドの揺動や傾きに追従して変形し、小径開口部と大径開口部との間の領域を密閉状態に維持しなければならない。
【0005】
特許文献1に示すように、スタッドが揺動したとき、変形したダストカバーには伸び側と縮み側とが発生する(特許文献1の図3図7参照)。伸び側は、スタッドに引っ張られて膜部が伸びた状態になった部分、縮み側は、伸び側から180度離れた反対側で、スタッドに押されて膜部が縮んだ状態になった部分である。特許文献1の図3及び図7中、右側には伸び側、左側には縮み側がそれぞれ示されている。
【0006】
ダストカバーの膜部は、大径開口部よりも大径の最大径部を有しており(特許文献1の図1中、符号5で示す部分)、縮み側では、最大径部が大径開口部の側に屈曲するように変形する。このような膜部の変形は、最大径部から小径開口部に至る領域の剛性の方が、最大径部から大径開口部に至る領域の剛性よりも高いが故に実現される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7-269715号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ボールジョイントのスタッドが揺動したとき、ダストカバーの縮み側で、膜部にナックルが干渉してしまうことがある(特許文献1の図7参照)。膜部に対するナックルの干渉が繰り返し発生すると、ダストカバーが早期に破損してしまったり、ダストカバーの寿命が短くなってしまったりする。
【0009】
この点特許文献1は、最大径部と大径開口部との間で大径開口部の近傍を除く個所に、膜部の膜厚を最も薄くする最小薄肉部(特許文献1の図1中、符号6で示す部分)を設けることを提案している。特許文献1によれば、最小薄肉部によって積極的に大径開口部と最大径部との間で変形を起こさせ、膜部全体を大径開口部側(ソケット側)へ移動するように湾曲させることで、膜部がナックルと干渉を起こさないようにするとしている(特許文献1の段落[0007]参照)。
【0010】
特許文献1に記載された最小薄肉部(最小薄肉部6)は、膜部の膜厚を部分的に薄くすることによってその部分の剛性を低下させ、これによってダストカバーの屈曲量を増大させている。このため膜厚が薄ければ薄いほど最小薄肉部の剛性は低下し、スタッドが揺動した際に生ずる大径開口部側への膜部の移動量を増大させることができる。
【0011】
ところが最小薄肉部の膜厚について、特許文献1には、「最小薄肉部6は最大径部5付近の肉厚の80%~95%の肉厚とすることが好ましい。80%よりも薄いと繰り返し屈曲によって破損し易くなり、……(以下、省略)……」と述べられている(特許文献1の段落[0010]参照)。この記載からは、もっぱら最小薄肉部の膜厚に依存して大径開口部側への膜部の移動量が定められるところ、膜部の破損防止の観点から薄肉化が可能な範囲は制限され、これに伴い大径開口部側への膜部の移動量も制限されるとの結論が導き出される。
【0012】
したがって特許文献1に記載された発明によれば、スタッドが揺動した際に生ずる大径開口部側への膜部の移動量は、膜部の破損防止の観点とトレードオフの関係に立ち、多くを期待することはできない。その結果膜部に対するナックルの干渉を防止できない事態の発生が予想される。
【0013】
本開示の課題は、ボールジョイントのスタッドが揺動した際に発生するダストカバーの膜部へのナックルの干渉を防止することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
ナックルに先端側を結合されるスタッドの根元側に設けた球頭部をソケットに揺動及び回転自在に収容したボールジョイントのダストカバーの一態様は、前記スタッドの外周面と前記ナックルの端面とに接触するシールリップを有する小径開口部と、前記球頭部の収容領域を取り囲むように前記ソケットに固定される大径開口部と、前記大径開口部よりも大径の最大径部を介して前記小径開口部と前記大径開口部とを連結し、前記スタッドの揺動によって縮んだときに前記大径開口部側に屈曲するように前記球頭部を覆う膜部と、を備え、前記膜部は、前記最大径部と前記大径開口部との間の外周面上に位置する仮想環状領域に沿って配置された段差状の凹部を備える。
【発明の効果】
【0015】
ボールジョイントのスタッドが揺動した際に発生するダストカバーの膜部へのナックルの干渉を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施の形態として、ボールジョイントに装着された状態のダストカバーを示す縦断正面図。
図2】ダストカバーの正面図。
図3】ダストカバーの縦断正面図。
図4】大径開口部とこれに連絡する膜部の一部とを拡大して示す縦断正面図。
図5】凹部の別の実施の形態として、大径開口部とこれに連絡する膜部の一部とを拡大して示す縦断正面図。
図6】ダストカバーの別の実施の形態を示す正面図。
図7】ダストカバーの縦断正面図。
図8】スタッドの揺動によって変形するダストカバー(比較例1)のシミュレーションを示し、(A)はスタッドが傾いていないとき、(B)はスタッドが傾いたとき、そして(C)はスタッドがさらに傾き、その傾斜角が増大して最大角度になったときの模式図。
図9】スタッドの揺動によって変形するダストカバー(本実施の形態)のシミュレーションを示し、(A)はスタッドが傾いていないとき、(B)はスタッドが傾いたとき、そして(C)はスタッドがさらに傾き、その傾斜角が増大して最大角度になったときの模式図。
図10】比較例2のダストカバーについて、大径開口部とこれに連絡する膜部の一部とを拡大して示す縦断正面図。
図11】さらに別の実施の形態のダストカバーについて、大径開口部とこれに連絡する膜部の一部とを拡大して示す縦断正面図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
実施の形態を図面に基づいて説明する。本実施の形態は、ナックル201とジョイント対象物とを連結するボールジョイント101に用いられるダストカバー131の一例である(図1参照)。つぎの項目に沿って説明する。
1.構成
(1)ボールジョイント
(2)ダストカバー
(2-1)基本構成
(2-2)凹部
(2-3)凹部の別の実施の形態
(3)ダストカバーの別の実施の形態
2.作用効果
(1)基本的な作用効果
(2)凹部の作用効果
(3)比較例2との比較
(4)さらに別の実施の形態
3.変形例
【0018】
1.構成
(1)ボールジョイント
図1に示すように、ボールジョイント101は、ボールスタッド111に設けた球頭部112をソケット121に揺動及び回転自在に保持し、球頭部112の保持領域をダストカバー131で密閉している。ボールスタッド111は、球頭部112から棒形状のスタッド113を延ばした金属部材である。
【0019】
図1中、ボールジョイント101(ソケット121)の軸をAX1、ボールスタッド111の軸をAX2、ボールスタッド111の揺動方向を矢印SW、回転方向を矢印ROでそれぞれ示す。ボールジョイント101の軸AX1とボールスタッド111の軸AX2とは、球頭部112の中心で交差する。したがってボールスタッド111の揺動角は、ボールジョイント101の軸AX1に対するボールスタッド111の軸AX2の傾斜角によって規定される。
【0020】
スタッド113は、球頭部112の中心点から軸AX2上に延びている。スタッド113の形状は、軸方向(軸AX2の方向)上の中央領域を最も大径にした樽形形状である。根元側に球頭部112を設けたスタッド113の先端部分には、雄ねじ114が設けられている。雄ねじ114も軸AX2上に配置されている。
【0021】
ボールジョイント101は、スタッド113の先端側をナックル201に結合させている。ナックル201は、肉厚の平板形状をした金属部材であり、スタッド113を嵌め込む取付孔202を有している。取付孔202は、スタッド113の先端側に適合する形状を有しており、スタッド113を抜け止めする。取付孔202にスタッド113が嵌め込まれて抜け止めされた状態のとき、ナックル201の上面とスタッド113の先端面とは同一面内に位置付けられる。そこで雄ねじ114にボルト203をねじ結合させ、締め込むことによってナックル201にスタッド113が結合される。
【0022】
ソケット121は、上下端が開口する筒状のハウジング122に樹脂製の軸受123を収納し、底部を底板124で塞いでいる。ハウジング122及び軸受123の上面には、テーパー状に口を広げる開口部125が設けられており、この開口部125からスタッド113が外部に露出している。軸受123は、ハウジング122に隙間なく収納されて固定的に保持され、ボールスタッド111の球頭部112を揺動及び回転自在に保持する。軸受123と球頭部112との接触領域には、開口部125から導入された潤滑用グリース(図示せず)が充填されている。
【0023】
ハウジング122は、開口部125に近い側の外周面に取付溝126を設けている。取付溝126は、ダストカバー131の取り付けに供する溝で、ダストカバー131の大径開口部151(図2図3も参照のこと)と嵌め合いをなす形状を有している。
【0024】
(2)ダストカバー
(2-1)基本構成
図1図4に示すように、ダストカバー131は、ゴム状弾性部材によって形成された膜状部材である。ダストカバー131の主体をなすのはカップ形状をした膜部132であり、膜部132の一端側に小径開口部141、反対側の端部側に大径開口部151がそれぞれ設けられている。ゴム状弾性部材であるが故に、ダストカバー131は柔軟性と弾性復元力とを備えている。
【0025】
小径開口部141は、シールリップ142とダストリップ143とを備えている。これらのリップ142、143は、いずれも一体成形によってダストカバー131に形成されて円環状をなしている。シールリップ142は小径開口部141の内周部分に、ダストリップ143は小径開口部141の開口端部分にそれぞれ配置されている。
【0026】
シールリップ142は、ダストカバー131の軸方向、つまりボールスタッド111の軸AX2の方向に隣り合う二条のリップ端142aを有している。これらのリップ端142aは、スタッド113の外周面に弾性的に接触し、ダストカバー131の膜部132によって画される球頭部112を収容する収容領域としての空間Sを密閉してシールする。
【0027】
ダストリップ143は、ナックル201に対面する小径開口部141の開口端から環状に突出するリップ端143aを有している。ダストリップ143のリップ端143aは、ナックル201の下面に弾性変形して接触し、ダストカバー131内の空間Sへの外部からの異物の侵入を阻止する。
【0028】
ダストカバー131の小径開口部141には、補強環144が埋め込まれている。補強環144は環状の金属部材であり、断面L字形形状を有している。L字形の一片は、ダストカバー131の軸が合致するボールスタッド111の軸AX2に沿った方向に延び、L字形の別の一片は、ダストカバー131の軸と直交する方向に延びている。
【0029】
大径開口部151は、ハウジング122の外周面に設けた取付溝126と適合する形状を有しており、取付溝126に嵌め込まれて固定される。大径開口部151の外周面には全周にわたって一条の止め輪溝152が設けられており、この止め輪溝152には止め輪としてのサークリップ153が嵌め込まれている。サークリップ153は、径を拡大縮小し得る弾性を有する金属製の線状部材であり、全体が止め輪溝152よりも小径のリング形状を有している。止め輪溝152に嵌め込まれることで径を拡大するサークリップ153は、このときに生ずる弾性復元力によって大径開口部151を締め付け、取付溝126からの大径開口部151の脱落を防止する。
【0030】
膜部132は、ダストカバー131の軸方向中央部分が膨らんだ樽形状を有しており、最も膨らんだ部分を最大径部133としている。説明の便宜上、最大径部133よりも小径開口部141側を小径側領域A、大径開口部151側を大径側領域Bと呼ぶ(図2、3参照)。
【0031】
膜部132は、小径開口部141よりも大径開口部151の側に最大径部133を寄せた形状を有している。したがってダストカバー131の軸方向上、小径側領域Aの方が大径側領域Bよりも長さ寸法が大きい。
【0032】
膜部132の膜厚は、大径側領域Bよりも小径側領域Aの方が厚くなっている。より詳しくは、小径側領域Aでの膜部132の膜厚は、小径開口部141との連絡部分で最も厚く、最大径部133に向かうにつれて徐々に薄くなっていく。これに対して大径側領域Bでの膜部132の膜厚は、最大径部133から大径開口部151との連絡部分Cに至るまで均一である(図4参照)。
【0033】
以上説明した通り、ダストカバー131の膜部132は、大径側領域Bよりも小径側領域Aの膜厚を厚くしていることから、小径側領域Aは大径側領域Bよりも高い剛性を得ている。その結果スタッド113が傾斜したとき、スタッド113が倒れ込んだ側の膜部132は縮み、反対側の膜部132は伸びるわけであるが、縮み側の膜部132は、大径開口部151側に変形する(図1参照)。小径側領域Aよりも大径側領域Bの方が膜部132の剛性が低いため、大径側領域Bの膜部132は小径側領域Aの膜部132に押し込まれるからである。
【0034】
(2-2)凹部
最大径部133と大径開口部151との間の大径側領域B中、外周面上に位置する仮想環状領域Rを想定する(図2図4参照)。この仮想環状領域Rは、大径側領域Bにおける膜部132の外周面中、ダストカバー131の軸方向上のいずこかに位置する仮想の環状領域である。本実施の形態では、ダストカバー131の軸方向上、大径開口部151との連絡部分Cに隣接する位置に仮想環状領域Rを想定している(図4参照)。
【0035】
ダストカバー131は、仮想環状領域Rに沿って凹部134を膜部132の外周面に設けている。凹部134は膜部132の外表面を段差状にへこませた窪みであり、仮想環状領域Rに沿って断続的に設けられていても、連続する溝形状の形態で設けられていてもいずれでもよい。本実施の形態の凹部134は、連続する溝形状を有している。
【0036】
図4に示すように、凹部134の開口縁部を符号134Eで、底部を符号134Bでそれぞれ示す。凹部134は、大径開口部151側の開口縁部134E及び最大径部133側の開口縁部134Eの両方から底部134Bに向けて段差状にへこんだテーパー形状を有している。
【0037】
本実施の形態では、大径開口部151との連絡部分Cに隣接する位置に仮想環状領域Rを想定した。凹部134は仮想環状領域Rに沿って配置されているので、凹部134も大径開口部151との連絡部分Cに隣接する位置に配置されることになる。したがって凹部134は、最大径部133よりも大径開口部151への連絡部分Cに近い位置であり、しかも大径開口部151への連絡部分Cに位置付けられている。
【0038】
さらに本実施の形態では、スタッド113の揺動によって膜部132が縮んだときに、凹部134がサークリップ153を収容するように各部が位置づけられている。
【0039】
(2-3)凹部の別の実施の形態
凹部134の別の実施の形態を図5に示す。図5に示すように、凹部134は、大径開口部151側の開口縁部134Eからのみ底部134Bに向けて段差状にへこんだ形状を有していてもよい。本実施の形態では、最大径部133から凹部134に向かう途中に、段差状の開口縁部134Eは設けられていない。
【0040】
(3)ダストカバーの別の実施の形態
ダストカバー131の別の実施の形態を図6及び図7に基づいて説明する。図1図5に基づいて説明した上記実施の形態と同一部分は同一符号で示し、説明も省略する。
【0041】
本実施の形態のダストカバー131は、小径開口部141の内部に小径開口部141は埋め込まれておらず、これに代えて小径側止め輪溝161が設けられている。小径側止め輪溝161は、小径開口部141の外周面に全周にわたって設けられた一条の溝であり、止め輪、例えばCリング162(図7参照)が嵌め込まれている。Cリング162は、径を拡大縮小し得る弾性をもった金属製の線状部材であり、全体が小径側止め輪溝161よりも小径の曲面を描くC字形状を有している。小径側止め輪溝161に嵌め込まれることで径を拡大するCリング162は、このときに生ずる弾性復元力によって小径開口部141を締め付け、スタッド113からの小径開口部141の位置ずれを防止する。
【0042】
凹部134は、図5に例示した形態を備えている。つまり凹部134は、大径開口部151側の開口縁部134Eからのみ底部134Bに向けて段差状にへこんだ形状を有している。最大径部133から凹部134に向かう途中には、段差状の開口縁部134Eは設けられていない。
【0043】
もっとも凹部134としては、図4に例示したような構造のもの、つまり大径開口部151側の開口縁部134E及び最大径部133側の開口縁部134Eの両方から底部134Bに向けて段差状にへこんだテーパー形状を有するものであってもよい。
【0044】
2.作用効果
(1)基本的な作用効果
このような構成において、ダストカバー131は、ソケット121及び軸受123の開口部125を大径開口部151で覆い、小径開口部141のシールリップ142及びダストリップ143でスタッド113及びナックル201の下面を塞ぐ。これによってダストカバー131の内部の空間Sを密閉し、空間Sに収納されて軸受123と球頭部112との間を潤滑する潤滑用グリースの漏れ出しを防止する。またダストリップ143は、ダストカバー131内の空間Sへの外部からの異物の侵入を阻止する。
【0045】
ボールジョイント101が使用される環境では、ナックル201とジョイント対象物との間に角度変化が生ずる。これに応じてボールスタッド111が揺動し、あるいは回転することができるように、ソケット121内で球頭部112が揺動し(図1中の矢印SW参照)、あるいは回転する(矢印RO参照)。ナックル201とジョイント対象物との間の角度変化は、球頭部112の運動によって吸収される。
【0046】
ボールスタッド111が揺動したとき、ダストカバー131は変形する。ダストカバー131はゴム状弾性部材であるが故に柔軟性と弾性復元力とを備え、ボールスタッド111が揺動することによって生ずる伸び側(図1中の右側)において膜部132を伸ばし、縮み側(図1中の左側)において膜部132を撓ませながら縮める。ダストカバー131は、ボールスタッド111の揺動に伴う変形を吸収する。
【0047】
(2)凹部の作用効果
図8(A)-(C)は、比較例として例示するダストカバーC1の変形時のシミュレーションを示す模式図である。図8(A)は、スタッド113Cが傾いていないとき、図8(B)は、スタッド113Cが傾いたとき、そして図8(C)は、スタッド113Cがさらに傾き、その傾斜角が増大して最大角度になったときをそれぞれ示している。
【0048】
図8(A)-(C)中、ナックルは符号201C、ダストカバーC1の膜部及び大径開口部は符号132C及び151C、そしてサークリップは符号153Cでそれぞれ示す。
【0049】
図8(A)に示す状態では、ダストカバーC1の膜部132Cとナックル201Cとの間には間隔が保たれている。
【0050】
ところが図8(B)に示すように、スタッド113Cが傾斜したときには、縮み側(同図左側)で、膜部132Cにナックル201Cが干渉してしまう。
【0051】
図8(C)に示すように、さらにスタッド113Cが傾斜して最大傾斜角度になったときも、ダストカバー131の縮み側での膜部132Cに対するナックル201Cの干渉は解消されない。しかもサークリップ153Cに対して、膜部132Cは強く押し付けられた状態になっている。
【0052】
図9(A)-(C)は、本実施の形態のダストカバー131の変形時のシミュレーションを示す模式図である。ここで用いたダストカバー131は、図1図5に示したとはダストカバー131とは別の実施の形態として図6図7に基づいて説明したダストカバー131である。図9(A)は、スタッド113が傾いていないとき、図9(B)は、スタッド113Cが傾いたとき、そして図9(C)は、スタッド113Cがさらに傾き、その傾斜角が増大して最大角度になったときをそれぞれ示している。
【0053】
図9(A)に示すように、ダストカバー131の膜部132とナックル201との間には間隔が保たれている。
【0054】
図9(B)に示すように、スタッド113が傾斜したときの縮み側(同図左側)でも、膜部132とナックル201との間の間隔は維持され、膜部132にナックル201は干渉しない。
【0055】
図9(C)に示すように、さらにスタッド113が傾斜して最大傾斜角度になっても、膜部132とナックル201との間の間隔は維持されつづけ、膜部132に対するナックル201の干渉は防止される。しかもシミュレーション結果によれば、膜部132とナックル201との間の間隔は、図9(B)に例示するスタッド113の傾斜角のときの数値である約1mmよりも大きくなり、約1.3mmになっている。
【0056】
以上のようなシミュレーション結果が得られた理由は、スタッド113が傾斜した際、膜部132に設けた凹部134に応力が集中し、縮み側の膜部132が大径開口部151側に移動するように大きく撓むからである。
【0057】
このような比較例1との膜部132の撓み状態の違いは、スタッド113C、113が傾いたときの撓み状態を示す比較例1の図8(B)と本実施の形態の図9(B)、そしてスタッド113C、113の傾斜角が最大傾斜角度になったときの撓み状態を示す比較例1の図8(C)と本実施の形態の図9(C)とを対比して観察することで、容易に理解することができる。
【0058】
したがって本実施の形態のダストカバー131によれば、スタッド113の傾斜に伴う縮み側において、膜部132に対するナックル201の干渉を防止することができる。
【0059】
(3)比較例2との比較
図10は、比較例2のダストカバーC2について、大径開口部151Cとこれに連絡する膜部132Cの一部とを拡大して示す縦断側面図である。比較例2のダストカバーC2は特許文献1に記載されたダストカバーに相当し、最大径部(図示せず)と大径開口部151Cとの間で大径開口部151Cの近傍を除く個所に、膜部132Cの膜厚を最も薄くする最小薄肉部135Cを設けている。
【0060】
比較例2のダストカバーC2によれば、スタッドが傾斜したときの膜部132Cの縮み側では、最小薄肉部135Cがあることによって、膜部132Cは大径開口部151の側に移動するように撓む、というのが特許文献1の主張である。
【0061】
ところが図10を参照すると、膜部132Cは大径開口部151の側に移動するように撓む要因として、最小薄肉部135Cに応力が集中するからであるとは考えにくい。本実施の形態の凹部134と比較すれば一目瞭然のように、最小薄肉部135Cは緩やかに膜厚を減少させる領域なので、応力集中が生じやすい条件を備えていないからである。この点本実施の形態の凹部134は、段差状にへこんだ窪み形状を有しているので、本来的に応力集中を引き起きしやすい。
【0062】
では比較例2における最小薄肉部135Cの役割はなにかということになると、その周辺領域よりも剛性が低くなるために、大径開口部151Cの側に移動するように膜部132Cを撓ませているのでないかと推測される。
【0063】
以上の分析から、スタッド113が傾斜したときのダストカバー131の縮み側において、膜部132が大径開口部151側に移動するように撓むという現象に関して、本実施の形態と比較例2とは、まったく異なる原理によって同種の現象を引き起こしていることがわかる。したがって本実施の形態のダストカバー131が有する凹部134は、比較例2のダストカバーC2に設けられた最小薄肉部135Cとは異なる技術的思想に貫かれていると結論づけることができる。
【0064】
(4)さらに別の実施の形態
図11は、さらに別の実施の形態のダストカバー131について、大径開口部151とこれに連絡する膜部132の一部とを拡大して示す縦断側面図である。本実施の形態のダストカバー131は、比較例2と同様に、最小薄肉部135を膜部132に設けている。最小薄肉部135の配置位置は、最大径部133と大径開口部151との間の大径側領域B中、いずれの位置であってもよい。
【0065】
比較例2と相違するのは、最小薄肉部135の位置に、凹部134を設けている点である。凹部134は、最小薄肉部135の膜厚をさらに急峻に減少させている。
【0066】
膜部132は、最大径部133から最小薄肉部135に向かうにしたがい徐々に膜厚を小さくしている。
【0067】
本実施の形態によれば、スタッド113が傾斜した際のダストカバー131の縮み側において、最小薄肉部135による剛性の低下と、凹部134による応力集中との相乗作用によって、大径開口部151側に移動するように膜部132を撓ませることができる。最大径部133から最小薄肉部135に向かうにしたがい徐々に膜厚が薄くなっていることも、そのような膜部132の撓み状態の実現に貢献する。したがって本実施の形態によれば、膜部132に対するナックル201の干渉を防止することができる。
【0068】
(5)副次的な作用効果
凹部134は、連続する溝形状を有している。したがってスタッド113の揺動によって膜部132が縮んだとき、膜部132を大径開口部151側に向けて一層撓みやすくすることができる。
【0069】
凹部134は、開口縁部134Eから底部134Bに向けて、テーパー形状を有している。したがってスタッド113の揺動によって膜部132が縮んだとき、応力集中による膜部132の損傷を防止し、ダストカバー131の耐久性を向上することができる。
【0070】
凹部134は、最大径部133よりも大径開口部151への連絡部分Cに近い位置に配置されている。したがってスタッド113の揺動によって膜部132が縮んだとき、大径開口部151の側への膜部132の撓み量を増大させることができる。
【0071】
凹部134は、大径開口部151への連絡部分Cに配置されている。したがってスタッド113の揺動によって膜部132が縮んだとき、大径開口部151の側への膜部132の撓み量をより一層増大させることができる。
【0072】
凹部134は、スタッド113の揺動によって膜部132が縮んだときに、大径開口部151を外周側から押さえてソケット121に固定するサークリップ153を収容する。したがってサークリップ153への膜部132の干渉を緩和し、大径開口部151の側への膜部132の撓み量をより一層増大させることができる。
【0073】
3.変形例
実施に際しては、各種の変形や変更が可能である。
【0074】
例えば上記の実施の形態では、大径開口部151を外周側から押さえてソケット121に固定する止め輪としてサークリップ153を示したが、これは例示にすぎず、他の種類の止め輪を採用するようにしてもよい。またサークリップ153等の止め輪は、大径開口部151の外周側から装着する方式のみならず、大径開口部151に内蔵する方式であってもよい。
【0075】
凹部134の配置位置に関して、上記実施の形態はその一例を示したにすぎず、別の位置に凹部134を設けるようにしてもよい。凹部は、最大径部133と大径開口部151との間の大径側領域B中、膜部132の外周面上に位置してさえいればよい。
【0076】
凹部134は連続する溝形状のみならず、仮想環状領域Rに沿って断続的に配置されるような形状であってもよい。
【0077】
その他実施に際しては、各種の変形や変更が許容される。
【符号の説明】
【0078】
101 ボールジョイント
111 ボールスタッド
112 球頭部
113 スタッド
113C スタッド
114 雄ねじ
121 ソケット
122 ハウジング
123 軸受
124 底板
125 開口部
126 取付溝
131 ダストカバー
132 膜部
132C 膜部
133 最大径部
134 凹部
134B 底部
134E 開口縁部
135 最小薄肉部
135C 最小薄肉部
141 小径開口部
142 シールリップ
142a リップ端
143 ダストリップ
143a リップ端
144 補強環
151 大径開口部
151C 大径開口部
152 止め輪溝
153 サークリップ
153C サークリップ
161 小径側止め輪溝
162 Cリング
201 ナックル
201C ナックル
202 取付孔
203 ボルト
A 小径側領域
B 大径側領域
C 連絡部分
C1 比較例1のダストカバー
C2 比較例2のダストカバー
R 仮想環状領域
RO 矢印(回転方向)
S 空間(収容領域)
SW 矢印(揺動方向)
AX1 軸
AX2 軸
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11