(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024065713
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】電子顕微鏡、多極子、および電子顕微鏡の制御方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/153 20060101AFI20240508BHJP
H01J 37/28 20060101ALN20240508BHJP
【FI】
H01J37/153 A
H01J37/28 C
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022174716
(22)【出願日】2022-10-31
(71)【出願人】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【弁理士】
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(74)【代理人】
【識別番号】100161540
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 良伸
(72)【発明者】
【氏名】森下 茂幸
(72)【発明者】
【氏名】神保 雄
【テーマコード(参考)】
5C101
【Fターム(参考)】
5C101AA05
5C101BB03
5C101EE13
5C101EE15
5C101EE63
5C101EE64
5C101EE67
(57)【要約】
【課題】熱変動による収差の変動を低減できる電子顕微鏡を提供する。
【解決手段】多極子場を発生させる多極子260を有する収差補正装置が組み込まれた電子光学系を含み、多極子260は、複数の磁極4を含み、複数の磁極4の各々は、極子6と、極子6に巻回された第1コイル8aと、極子6に巻回された第2コイル8bと、を含み、第1コイル8aを励磁することによって作られる第1多極子場と、第2コイル8bを励磁することによって作られる第2多極子場は、同じ対称性を有している。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多極子場を発生させる多極子を有する収差補正装置が組み込まれた電子光学系を含み、
前記多極子は、複数の磁極を含み、
前記複数の磁極の各々は、
極子と、
前記極子に巻回された第1コイルと、
前記極子に巻回された第2コイルと、
を含み、
前記第1コイルを励磁することによって作られる第1多極子場と、前記第2コイルを励磁することによって作られる第2多極子場は、同じ対称性を有している、電子顕微鏡。
【請求項2】
請求項1において、
前記電子光学系を制御する制御部を含み、
前記制御部は、
前記第1コイルが発生させる磁場の向きと前記第2コイルが発生させる磁場の向きを逆にして、前記多極子に多極子場を発生させないオフ状態と、
前記第1コイルが発生させる磁場の向きと前記第2コイルが発生させる磁場の向きを同じにして、前記多極子に多極子場を発生させるオン状態と、
を切り替える、電子顕微鏡。
【請求項3】
請求項2において、
前記制御部は、前記オフ状態における前記第1コイルで消費される電力と前記第2コイルで消費される電力の和と、前記オン状態における前記第1コイルで消費される電力と前記第2コイルで消費される電力の和が等しくなるように前記第1コイルに供給される励磁電流および前記第2コイルに供給される励磁電流を制御する、電子顕微鏡。
【請求項4】
請求項2または3において、
前記制御部は、
前記収差補正装置で収差を補正しない第1光学モードと、
前記収差補正装置で収差を補正する第2光学モードと、
を切り替え、
前記制御部は、前記電子光学系を前記第1光学モードから前記第2光学モードに切り替えるときに、前記多極子を前記オフ状態から前記オン状態に切り替える、電子顕微鏡。
【請求項5】
請求項1において、
前記電子光学系を制御する制御部を含み、
前記制御部は、前記第1コイルに供給する励磁電流と前記第2コイルに供給する励磁電流の比を変化させることによって、前記多極子が発生させる多極子場の強度を第1強度から前記第1強度と異なる第2強度に変化させる、電子顕微鏡。
【請求項6】
請求項5において、
前記制御部は、前記多極子に前記第1強度の多極子場を発生させた状態における前記第1コイルで消費される電力と前記第2コイルで消費される電力の和と、前記多極子に前記第2強度の多極子場を発生させた状態における前記第1コイルで消費される電力と前記第2コイルで消費される電力の和が等しくなるように、前記第1コイルに供給される励磁電流および前記第2コイルに供給される励磁電流を制御する、電子顕微鏡。
【請求項7】
請求項1において、
前記電子光学系は、電子線を試料に照射する照射光学系を含み、
前記収差補正装置は、前記照射光学系に組み込まれている、電子顕微鏡。
【請求項8】
請求項1において、
前記電子光学系は、試料を透過した電子線を結像する結像光学系を含み、
前記収差補正装置は、前記結像光学系に組み込まれている、電子顕微鏡。
【請求項9】
多極子場を発生させる複数の磁極を含み、
前記複数の磁極の各々は、
極子と、
前記極子に巻回された第1コイルと、
前記極子に巻回された第2コイルと、
を含み、
前記第1コイルを励磁することによって作られる第1多極子場と、前記第2コイルを励磁することによって作られる第2多極子場は、同じ対称性を有している、多極子。
【請求項10】
請求項9において、
前記第1コイルが発生させる磁場の向きと前記第2コイルが発生させる磁場の向きを逆にして、多極子場を発生させないオフ状態と、
前記第1コイルが発生させる磁場の向きと前記第2コイルが発生させる磁場の向きを同じにして、多極子場を発生させるオン状態と、
を備える、多極子。
【請求項11】
多極子場を発生させる多極子を有する収差補正装置が組み込まれた電子光学系を含む電子顕微鏡の制御方法であって、
前記収差補正装置で収差を補正しない第1光学モードで前記電子光学系を動作させる工程と、
前記第1光学モードから前記収差補正装置で収差を補正する第2光学モードに切り替えて前記電子光学系を動作させる工程と、
を含み、
前記多極子は、複数の磁極を含み、
前記複数の磁極の各々は、
極子と、
前記極子に巻回された第1コイルと、
前記極子に巻回された第2コイルと、
を含み、
前記第1コイルを励磁することによって作られる第1多極子場と、前記第2コイルを励磁することによって作られる第2多極子場は、同じ対称性を有し、
前記多極子は、
前記第1コイルが発生させる磁場の向きと前記第2コイルが発生させる磁場の向きを逆にして、多極子場を発生させないオフ状態と、
前記第1コイルが発生させる磁場の向きと前記第2コイルが発生させる磁場の向きを同じにして、多極子場を発生させるオン状態と、
を備え
前記第1光学モードから前記第2光学モードに切り替える工程では、前記多極子を、前記オフ状態から前記オン状態に切り替える、電子顕微鏡の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡、多極子、および電子顕微鏡の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
透過電子顕微鏡(TEM)や、走査透過電子顕微鏡(STEM)、走査電子顕微鏡(SEM)等の電子顕微鏡において、収差補正は、高分解能像を取得するうえで重要な技術である。
【0003】
例えば、特許文献1には、6極子を2段配置した2段6極子場型球面収差補正装置が開示されている。2段6極子場型球面収差補正装置は、2段の多極子を有し、2段の多極子の各々が6極子場を発生させる。2段6極子場型球面収差補正装置では、対物レンズの正の球面収差を、2段の6極子の各々が発生させる負の球面収差で補正する。
【0004】
多極子は、複数の磁極を有している。複数の磁極の各々は、極子と、極子に巻回されたコイルと、を含む。コイルに励磁電流を流すことによって、多極子が多極子場を発生させる。
【0005】
走査透過電子顕微鏡では、目的に応じて電子光学系を様々な光学モードで動作させる。例えば、高分解能のSTEM像を取得するモードでは、収差補正装置で照射光学系の収差を補正する。
【0006】
また、試料中の電磁場による電子線の偏向量を測定し、電磁場を可視化する微分位相コントラスト法(DPC法)や、試料の回折図形から試料像を再構成する回折イメージング法を行う場合には、小さな収束角を実現できる光学モードを用いる。このモードでは、収差補正装置で収差を補正しない。これは、収束角が小さくなる光学系では、多極子場を発生させると、不要な収差が大きく発生してしまい、分解能が悪化するためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
収差補正装置で収差を補正しない光学モードから収差補正装置で収差を補正する光学モードに切り替えると、収差補正装置の各多極子では、多極子場が発生していない状態(オフ)から多極子場が発生している状態(オン)に切り替わる。多極子場がオフからオンに切り替わると、コイルに励磁電流が流れるため、多極子の温度が大きく変動する。これにより、収差補正装置が発生させる収差も変動してしまう。したがって、光学モードを切り替えてから収差の変動が収まるまで、観察や分析を行うことができなかった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る電子顕微鏡の一態様は、
多極子場を発生させる多極子を有する収差補正装置が組み込まれた電子光学系を含み、
前記多極子は、複数の磁極を含み、
前記複数の磁極の各々は、
極子と、
前記極子に巻回された第1コイルと、
前記極子に巻回された第2コイルと、
を含み、
前記第1コイルを励磁することによって作られる第1多極子場と、前記第2コイルを励磁することによって作られる第2多極子場は、同じ対称性を有している。
【0010】
このような電子顕微鏡では、第1多極子場の向きと第2多極子場の向きを逆にすることによって第1多極子場と第2多極子場をキャンセルできる。そのため、多極子が発生させる多極子場のオンとオフを、第2コイルが発生させる磁場の向き(または第1コイルが発生させる磁場の向き)を変えることで制御できる。したがって、多極子場をオンにした状態の多極子の発熱量と多極子場をオフにした状態の多極子の発熱量を等しくできる。よって、このような電子顕微鏡では、収差補正装置で収差を補正しない光学モードと収差補正装置で収差を補正する光学モードを切り替えることによる収差の変動を低減できる。
【0011】
本発明に係る多極子の一態様は、
多極子場を発生させる複数の磁極を含み、
前記複数の磁極の各々は、
極子と、
前記極子に巻回された第1コイルと、
前記極子に巻回された第2コイルと、
を含み、
前記第1コイルを励磁することによって作られる第1多極子場と、前記第2コイルを励磁することによって作られる第2多極子場は、同じ対称性を有している。
【0012】
このような多極子では、第1多極子場の向きと第2多極子場の向きを逆にすることによって第1多極子場と第2多極子場をキャンセルできる。そのため、多極子が発生させる多極子場のオンとオフを、第2コイルが発生させる磁場の向き(または第1コイルが発生させる磁場の向き)を変えることで制御できる。したがって、このような多極子では、多極子場をオンにした状態の多極子の発熱量と多極子場をオフにした状態の多極子の発熱量を等しくできる。
【0013】
本発明に係る電子顕微鏡の制御方法の一態様は、
多極子場を発生させる多極子を有する収差補正装置が組み込まれた電子光学系を含む電子顕微鏡の制御方法であって、
前記収差補正装置で収差を補正しない第1光学モードで前記電子光学系を動作させる工程と、
前記第1光学モードから前記収差補正装置で収差を補正する第2光学モードに切り替えて前記電子光学系を動作させる工程と、
を含み、
前記多極子は、複数の磁極を含み、
前記複数の磁極の各々は、
極子と、
前記極子に巻回された第1コイルと、
前記極子に巻回された第2コイルと、
を含み、
前記第1コイルを励磁することによって作られる第1多極子場と、前記第2コイルを励磁することによって作られる第2多極子場は、同じ対称性を有し、
前記多極子は、
前記第1コイルが発生させる磁場の向きと前記第2コイルが発生させる磁場の向きを逆にして、多極子場を発生させないオフ状態と、
前記第1コイルが発生させる磁場の向きと前記第2コイルが発生させる磁場の向きを同
じにして、多極子場を発生させるオン状態と、
を備え
前記第1光学モードから前記第2光学モードに切り替える工程では、前記多極子を、前記オフ状態から前記オン状態に切り替える。
【0014】
このような電子顕微鏡の制御方法では、第1光学モードから第2光学モードに切り替える工程において、第1コイルが発生させる磁場の向きと第2コイルが発生させる磁場の向きを逆にして、多極子に多極子場を発生させないオフ状態から、第1コイルが発生させる磁場の向きと第2コイルが発生させる磁場の向きを同じにして、多極子に多極子場を発生させるオン状態に切り替える。そのため、第1光学モードから第2光学モードに切り替えることによる収差の変動を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態に係る電子顕微鏡の構成を示す図。
【
図11】制御部の電子光学系を制御する処理の一例を示すフローチャート。
【
図12】参考例に係る多極子の動作を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0017】
1. 電子顕微鏡
まず、本発明の一実施形態に係る電子顕微鏡について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る電子顕微鏡100の構成を示す図である。
【0018】
電子顕微鏡100は、
図1に示すように、電子源10と、照射光学系20および結像光学系40を含む電子光学系2と、試料ステージ30と、STEM検出器50と、分割型検出器52と、制御部60と、を含む。電子顕微鏡100は、収差補正装置26が照射光学系20に組み込まれた走査透過電子顕微鏡(STEM)である。
【0019】
電子源10は、電子線を放出する。電子源10は、例えば、陰極から放出された電子を陽極で加速し電子線を放出する電子銃である。
【0020】
電子光学系2は、照射光学系20および結像光学系40を含む。
【0021】
照射光学系20は、電子源10から放出された電子線を試料Sに照射する。照射光学系20は、例えば、電子源10から放出された電子線を収束させて電子プローブを形成し、形成した電子プローブで試料Sを走査する。
【0022】
結像光学系40は、試料Sを透過した電子を結像させる。結像光学系40によって、試料Sを透過した電子線がSTEM検出器50および分割型検出器52に導かれる。
【0023】
STEM検出器50は、試料Sを透過した電子を検出する。STEM検出器50は、例えば、試料Sで高角度に非弾性散乱された電子を円環状の検出器で検出する暗視野STEM検出器である。
【0024】
分割型検出器52は、試料Sを透過した電子を検出する検出面53が複数の検出領域に分割された検出器である。
【0025】
図2は、分割型検出器52の検出面53を模式的に示す図である。
【0026】
分割型検出器52の検出面53は、
図2に示すように、複数の検出領域D1,D2,D3,D4に分割されている。分割型検出器52は、円環状の検出面53を角度方向(円周方向)に4等分することで形成された、4つの検出領域D1,D2,D3,D4を備えている。各検出領域D1,D2,D3,D4では、独立して電子を検出できる。
【0027】
なお、検出面53における検出領域の数は特に限定されない。図示はしないが、分割型検出器52は、検出面53がその動径方向および偏角方向(円周方向)に分割されることにより形成された、複数の検出領域を有していてもよい。例えば、分割型検出器52は、検出面53が動径方向に4つ、偏角方向に4つに分割されることにより形成された、16個の検出領域を有してもよい。
【0028】
分割型検出器52は、例えば、電子を光に変換する電子-光変換素子(シンチレーター)と、電子-光変換素子を複数の検出領域D1,D2,D3,D4に分割するとともに各検出領域D1,D2,D3,D4からの光を伝送する光伝送路(光ファイバー束)と、光伝送路から伝送された検出領域D1,D2,D3,D4ごとの光を電気信号に変換する複数の光検出器(光電子増倍管)と、を含む。分割型検出器52は、検出領域D1,D2,D3,D4ごとに、検出された電子の強度に応じた検出信号を出力する。なお、分割型検出器52は、複数の検出領域を有する半導体検出器であってもよい。
【0029】
試料ステージ30は、試料ホルダー32に保持された試料Sを支持する。試料ステージ30によって、試料Sを位置決めできる。
【0030】
制御部60は、例えば、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサと、RAM(Random Access Memory)およびROM(Read Only Memory)などの記憶装置(メモリ)と、を含む。記憶装置には、各種制御を行うためのプログラム、およびデータが記憶されている。制御部60の機能は、プロセッサでプログラムを実行することにより実現できる。制御部60は、電子顕微鏡100の各部を制御する。制御部60は、不図示の駆動回路を介して電子顕微鏡100の各部を制御する。
【0031】
【0032】
照射光学系20は、
図3に示すように、コンデンサーレンズ21と、コンデンサーレンズ22と、コンデンサー絞り23と、コンデンサーレンズ24と、収差補正装置26と、コンデンサーミニレンズ28と、を含む。照射光学系20は、さらに、対物レンズが試料Sの前方につくる前方磁界29を含む。
【0033】
コンデンサーレンズ21、コンデンサーレンズ22、およびコンデンサーレンズ24は
、電子源10側からこの順で配置されている。コンデンサーレンズ21、コンデンサーレンズ22、およびコンデンサーレンズ24は、電子線を収束させる。コンデンサー絞り23は、コンデンサーレンズ22内に配置されている。
【0034】
収差補正装置26は、コンデンサーレンズ24とコンデンサーミニレンズ28との間に配置されている。
【0035】
収差補正装置26は、照射光学系20に組み込まれている。収差補正装置26は、照射光学系20の球面収差を補正する球面収差補正装置である。収差補正装置26は、2段の多極子260と、コレクターレンズ262と、コレクターレンズ264と、コレクターレンズ266と、コレクターレンズ268と、を含む。収差補正装置26は、2段の多極子260を有する2段6極子場型球面収差補正装置である。
【0036】
多極子260は、磁場6極子場を発生させる。磁場6極子場は、3回対称の磁場である。多極子260は、例えば、6極子、または12極子である。なお、多極子260は、6極子場を発生させることができれば、6極子や12極子に限定されない。
【0037】
コレクターレンズ262、コレクターレンズ264、およびコレクターレンズ266は、1段目の多極子260と2段目の多極子260との間に配置されている。コレクターレンズ262、コレクターレンズ264、およびコレクターレンズ266は、1段目の多極子260の光学主面(多極子面)を2段目の多極子260の光学主面に転送する転送光学系を構成している。この転送光学系は、1段目の多極子260で得られた像と等価な像を2段目の多極子260に転送する。コレクターレンズ264は、コレクターレンズ262とコレクターレンズ264との間に配置されている。コレクターレンズ264は、電子線に集光作用を与えずに、電子線に回転作用を与える。これにより、1段目の多極子260と2段目の多極子260との間の、電子軌道に対する回転を補正できる。コレクターレンズ268は、2段目の多極子260とコンデンサーミニレンズ28との間に配置されている。コレクターレンズ268は、転送レンズとして機能する。
【0038】
多極子260は、電子線の進行方向に対して厚みを有している。すなわち、多極子260は、光軸OAに沿った厚みを有している。多極子260は、厚みのある6極子場における3回非点収差と3回非点収差のコンビネーション収差(combination aberration)として負の球面収差を発生させる。
【0039】
ここで、コンビネーション収差とは、ある場所で発生した収差(収差1)がある距離伝搬することにより入射点が変わり、別の収差(収差2)の影響を受けたとき、収差1と収差2の組み合わせにより生まれる組み合わせ収差のことである。
【0040】
1段目の多極子260が発生させる負の球面収差および2段目の多極子260が発生させる負の球面収差によって、照射光学系20の正の球面収差を補正できる。
【0041】
2段目の多極子260が発生させる3回非点収差の向きは、1段目の多極子260が発生させる3回非点収差の向きと逆である。そのため、1段目の多極子260が発生させる3回非点収差を2段目の多極子260が発生させる3回非点収差で打ち消すことができる。
【0042】
なお、収差補正装置26は、多極子260を用いて収差を補正する装置であれば特に限定されない。収差補正装置26は、3段6極子場型球面収差補正装置であってもよい。
【0043】
コンデンサーミニレンズ28は、収差補正装置26と対物レンズの前方磁界29との間
に配置されている。コンデンサーミニレンズ28は、光学モードに適した収束角を持つ電子線をつくるためのレンズである。コンデンサーミニレンズ28の励磁を変化させることによって収束角を変化させることができる。
【0044】
対物レンズの前方磁界29は、電子線を収束させるコンデンサーレンズとして機能する。
【0045】
なお、図示はしないが、照射光学系20は、電子線を2次元的に偏向する走査偏向器を含んでいる。走査偏向器によって、電子線で試料Sを走査できる。
【0046】
2. 多極子
2.1. 多極子の構成
次に、多極子260について説明する。
図4は、多極子260を模式的に示す図である。ここでは、多極子260が6つの極子を有する6極子である場合について説明する。なお、多極子260の極子の数は、発生させる磁場の対称性に応じて適宜変更可能である。
【0047】
多極子260は、
図4に示すように、6つの磁極4を有している。6つの磁極4は、光軸OAに対して放射状に配置されている。多極子260では、隣り合う磁極4の極性を逆にすることによって、6極子場を発生させる。6極子場は、3回対称の場である。
【0048】
磁極4は、極子6と、第1コイル8aと、第2コイル8bと、を含む。
【0049】
極子6は、例えば、軟磁性体からなる棒状の金属である。多極子260を構成する6つの極子6には、それぞれ第1コイル8aおよび第2コイル8bが巻回されている。そのため、第1コイル8aを励磁することによって多極子260で作られる多極子場と、第2コイル8bを励磁することによって多極子260で作られる多極子場は、同じ対称性を有する。図示の例では、第1コイル8aを励磁することによって多極子260で作られる多極子場は、3回対称の場(6極子場)であり、第2コイル8bを励磁することによって多極子260で作られる多極子場は、3回対称の場(6極子場)である。
【0050】
【0051】
第1コイル8aは、極子6に巻回されている。第2コイル8bは、極子6に巻回されている。
図4および
図5に示す例では、第1コイル8aが磁極4の後端側、第2コイル8bが磁極4の先端側に配置されている。なお、図示はしないが、第1コイル8aが磁極4の先端側、第2コイル8bが磁極4の後端側に配置されていてもよい。第1コイル8aおよび第2コイル8bには、電源9から励磁電流が供給される。
【0052】
電源9は、第1コイル8aおよび第2コイル8bに励磁電流を供給する。電源9は、例えば、第1コイル8aおよび第2コイル8bに、互いに極性(向き)が異なる励磁電流を供給できる。また、電源9は、第1コイル8aおよび第2コイル8bに、互いに異なる電流量の励磁電流を供給できる。電源9は、制御部60によって制御される。
【0053】
第1コイル8aと第2コイル8bは、同じ向きに巻かれている。そのため、第1コイル8aと第2コイル8bに極性が同じ励磁電流を流すことで、第1コイル8aがつくる磁場の向きと第2コイル8bがつくる磁場の向きは同じになる。また、第1コイル8aと第2コイル8bに互いに異なる極性の励磁電流を流すことで、第1コイル8aがつくる磁場の向きと第2コイル8bがつくる磁場の向きは反対になる。
【0054】
なお、図示はしないが、第1コイル8aと第2コイル8bは、互いに反対向きに巻かれ
ていてもよい。この場合、第1コイル8aと第2コイル8bに極性が同じ励磁電流を流すことで、第1コイル8aがつくる磁場の向きと第2コイル8bがつくる磁場の向きは逆になる。また、第1コイル8aと第2コイル8bに互いに異なる極性の励磁電流を流すことで、第1コイル8aがつくる磁場の向きと第2コイル8bがつくる磁場の向きは同じになる。
【0055】
【0056】
図6に示すように、第1コイル8aと第2コイル8bを重ねてもよい。これにより、コイルの位置に依存する発熱量の不均一性を低減できる。
【0057】
2.2. 多極子の動作
図7および
図8は、多極子260の動作を説明するための図である。
図7および
図8において、第1コイル8a上の矢印は第1コイル8aが発生させる磁場の向きを表しており、第2コイル8b上の矢印は第2コイル8bが発生させる磁場の向きを表している。
【0058】
多極子260は、
図7に示す多極子260が多極子場を発生させないオフ状態と、
図8に示す多極子260が多極子場を発生するオン状態と、を備える。
【0059】
図7に示すオフ状態では、6つの磁極4の各々において、第1コイル8aが発生させる磁場の向きと第2コイル8bが発生させる磁場の向きは逆である。そのため、多極子260において、第1コイル8aを励磁することによって作られる6極子場の向きと、第2コイル8bを励磁することによって作られる6極子場の向きは逆になる。
【0060】
このとき、6つの磁極4の各々において、第1コイル8aが発生させる磁場の強度と第2コイル8bが発生させる磁場の強度は同じである。そのため、多極子260において、第1コイル8aを励磁することによって作られる6極子場と第2コイル8bを励磁することによって作られる6極子場が打ち消しあう。したがって、多極子260において、6極子場は発生しない。
【0061】
第1コイル8aの単位長さあたりの巻き数と、第2コイル8bの単位長さあたりの巻き数が等しい場合、第1コイル8aに供給する励磁電流量と第2コイル8bに供給する励磁電流量を等しくすることによって、第1コイル8aを励磁することによって作られる6極子場の強度と第2コイル8bを励磁することによって作られる6極子場の強度を、等しくできる。
【0062】
なお、第1コイル8aの単位長さあたりの巻き数と、第2コイル8bの単位長さあたりの巻き数が異なっていてもよい。この場合には、第1コイル8aを励磁することによって作られる6極子場の強度と第2コイル8bを励磁することによって作られる6極子場の強度が等しくなるように第1コイル8aに供給する励磁電流量および第2コイル8bに供給する励磁電流量を調整すればよい。
【0063】
図8に示すオン状態では、6つの磁極4の各々において、第1コイル8aが発生させる磁場の向きと第2コイル8bが発生させる磁場の向きが同じである。そのため、多極子260において、第1コイル8aを励磁することによって作られる6極子場の向きと、第2コイル8bを励磁することによって作られる6極子場の向きは同じである。したがって、第1コイル8aを励磁することによって作られる6極子場と第2コイル8bを励磁することによって作られる6極子場が強め合う。これにより、多極子260に、6極子場を発生させることができる。
【0064】
このように、多極子260では、オフ状態とオン状態を、第1コイル8aに発生させる磁場の向きを固定し、第2コイル8bに発生させる磁場の向きを変えることで制御できる。なお、図示はしないが、多極子260において、オフ状態とオン状態を、第2コイル8bに発生させる磁場の向きを固定し、第1コイル8aに発生させる磁場の向きを変えることで制御してもよい。
【0065】
ここで、
図7に示すオフ状態における第1コイル8aで消費される電力と第2コイル8bで消費される電力の和と、
図8に示すオン状態における第1コイル8aで消費される電力と第2コイル8bで消費される電力の和は、等しい。そのため、多極子260では、オフ状態とオン状態を切り替えても、多極子260の発熱量を一定にできる。
【0066】
第1コイル8aで消費される電力P1は、第1コイル8aに供給される励磁電流をI1、第1コイル8aの抵抗をR1とした場合に、P1=I1
2R1で表される。同様に、第2コイル8bで消費される電力P2は、第2コイル8bに供給される励磁電流をI2、第2コイル8bの抵抗をR2とした場合に、P2=I2
2R2で表される。多極子260では、オフ状態とオン状態の切り替えを、励磁電流I1および励磁電流I2を変化させずに励磁電流I2の向き(極性)を切り替えることで行う。そのため、オフ状態における電力P1と電力P2の和とオン状態における電力P1と電力P2の和を、等しくできる。したがって、多極子260では、オフ状態における多極子260の発熱量とオン状態における多極子260の発熱量を等しくできる。これにより、オフ状態とオン状態を切り替えても、多極子260の発熱量を一定にできる。
【0067】
3. 光学モード
次に、電子顕微鏡100の動作について説明する。
図9および
図10は、電子光学系2の光学モードの一例を示す図である。
【0068】
図9は、収差補正装置26で照射光学系20の収差を補正する光学モードの一例として、高分解能STEMモードを示している。
【0069】
高分解能STEMモードでは、収差補正装置26で照射光学系20の収差を補正する。具体的には、2段の多極子260の各々を、
図8に示すオン状態にする。これにより、2段の多極子260の各々において6極子場が発生し、照射光学系20の収差を補正できる。
【0070】
高分解能STEMモードでは、電子線を大きく収束させて、収束角の大きい電子線で電子プローブを形成できる。これにより、微小で高強度の電子プローブを得ることができ、高分解能のSTEM像を取得できる。
【0071】
高分解能STEMモードにおいて、電子源10から放出された電子線は、照射光学系20によって集束され電子プローブを形成する。電子プローブは、照射光学系20によって2次元的に偏向される。これにより、電子プローブで試料Sを走査できる。試料Sを透過した電子線は、結像光学系40によってSTEM検出器50に導かれ、STEM検出器50で検出される。例えば、電子プローブによる走査と同期して、試料Sを透過した電子をSTEM検出器50で検出することで、走査透過電子顕微鏡像(STEM像)を取得できる。照射光学系20の収差は、収差補正装置26で補正できるため、高分解能のSTEM像を取得できる。
【0072】
図10は、収差補正装置26で照射光学系20の収差を補正しない光学モードの一例として、STEMペンシルビームモード(STEM pencil beam mode)を示している。
図10に示すSTEMペンシルビームモードでは、収差補正装置26で多極子場を発生させず、
照射光学系20の収差を補正しない。具体的には、2段の多極子260の各々を、
図7に示すオフ状態にする。これにより、2段の多極子260の各々において6極子場が発生しない。また、コレクターレンズ262、コレクターレンズ264、コレクターレンズ266、およびコレクターレンズ268も動作させない。
【0073】
STEMペンシルビームモードでは、数mrad以下の小さな収束角を実現できる。STEMペンシルビームモードでは、多極子場を発生させないため、多極子場によって不要な収差(例えば、3回非点収差)が大きく発生して分解能が低下することを防ぐことができる。STEMペンシルビームモードは、例えば、DPC法に適した光学モードである。
【0074】
STEMペンシルビームモードでは、DPC法により、微分位相コントラスト像(DPC像)を取得できる。例えば、STEMペンシルビームモードの照射光学系20で電子線の収束角を小さくする。小さな収束角の電子線で試料Sを走査して試料S中の電磁場による電子線の偏向を各点で計測し、電磁場を可視化する。試料S中の電磁場による電子線の偏向は、分割型検出器52を用いて検出できる。例えば、検出領域D1の検出信号I1と検出領域D3の検出信号I3の差I1-I3、および検出領域D2の検出信号I2と検出領域D4の検出信号I4の差I2-I4から、試料Sの電磁場による電子線の偏向量および偏向方向を求めることができる。DPC像は、DPC法で取得された試料中の電磁場を可視化したSTEM像である。
【0075】
なお、STEMペンシルビームモードは、回折イメージング法等にも適している。
【0076】
4. 電子顕微鏡の制御方法
図11は、制御部60の電子光学系2を制御する処理の一例を示すフローチャートである。以下では、電子光学系2が、
図10に示す収差補正装置26で収差を補正しない第1光学モードM1と、
図9に示す収差補正装置26で収差を補正する第2光学モードM2を備えている場合について説明する。
【0077】
制御部60は、電子光学系2の光学モードの選択を受け付ける(S100)。制御部60は、電子光学系2の光学モードの選択を受け付け可能な状態で待機する。例えば、ユーザーが第1光学モードM1および第2光学モードM2のいずれかを選択すると、制御部60は、この光学モードの選択を受け付ける。光学モードの選択は、ボタンや、マウス、キーなどの入力機器の操作、GUI(Graphical User Interface)における操作などによって行われる。
【0078】
制御部60は、第1光学モードM1が選択された場合(S102のM1)、多極子260において第1コイル8aが発生させる磁場の向きと第2コイル8bが発生させる磁場の向きを逆にして多極子260に多極子場を発生させない(S104)。これにより、電子光学系2を第1光学モードM1にできる。
【0079】
制御部60は、第2光学モードM2から第1光学モードM1に切り替える場合、2段の多極子260の各々を、オン状態からオフ状態に切り替える。これにより、収差補正装置26では、2段の多極子260の各々において多極子場が発生せず、収差が補正されない。
【0080】
このとき、制御部60は、第1コイル8aに供給する励磁電流量および第2コイル8bに供給する励磁電流量を変更せずに、第2コイル8bに供給する励磁電流の極性を逆にすることによって、オン状態からオフ状態に切り替える。これにより、多極子260をオン状態からオフ状態に切り替えても、多極子260の発熱量を一定にできる。
【0081】
さらに、制御部60は、コレクターレンズ262、コレクターレンズ264、コレクターレンズ266、およびコレクターレンズ268も動作させない。これにより、電子光学系2を
図10に示すSTEMペンシルビームモードで動作させることができる。
【0082】
制御部60は、電子光学系2の光学モードを切り替えた後、電子光学系2を制御する処理を終了する指示が行われたか否かを判定する(S106)。処理を終了する指示は、例えば、ボタンや、マウス、キーなどの入力機器の操作、GUIにおける操作などによって行われる。
【0083】
制御部60は、処理を終了する指示が行われていないと判定した場合(S106のNo)、処理S100に戻って、電子光学系2の光学モードの選択を受け付け可能な状態で待機し、光学モードが選択された場合、電子光学系2の光学モードの選択を受け付ける(S100)。
【0084】
制御部60は、第2光学モードM2が選択された場合(S102のM2)、多極子260において第1コイル8aが発生させる磁場の向きと第2コイル8bが発生させる磁場の向きを同じにして多極子260に多極子場を発生させる(S108)。これにより、電子光学系2を第2光学モードM2にできる。
【0085】
制御部60は、第1光学モードM1から第2光学モードM2に切り替える場合、2段の多極子260の各々を、オフ状態からオン状態に切り替える。これにより、収差補正装置26では、2段の多極子260の各々において多極子場が発生し、収差が補正される。
【0086】
このとき、制御部60は、第1コイル8aに供給する励磁電流量および第2コイル8bに供給する励磁電流量を変更せずに、第2コイル8bに供給する励磁電流の極性を逆にすることによって、オフ状態からオン状態に切り替える。これにより、多極子260をオフ状態からオン状態に切り替えても、多極子260の発熱量を一定にできる。
【0087】
さらに、制御部60は、コレクターレンズ262、コレクターレンズ264、コレクターレンズ266、およびコレクターレンズ268を動作させる。これにより、電子光学系2を
図9に示す高分解能STEMモードで動作させることができる。
【0088】
制御部60は、電子光学系2の光学モードを切り替えた後、電子光学系2を制御する処理を終了する指示が行われたか否かを判定する(S106)。制御部60は、処理を終了する指示が行われたと判定した場合(S106のYes)、電子光学系2を制御する処理を終了する。
【0089】
3. 効果
電子顕微鏡100は、多極子場を発生させる多極子260を有する収差補正装置26が組み込まれた電子光学系2を含み、多極子260は、複数の磁極4を含み、複数の磁極4の各々は、極子6と、極子6に巻回された第1コイル8aと、極子6に巻回された第2コイル8bと、を含み、第1コイル8aを励磁することによって作られる第1多極子場と、第2コイル8bを励磁することによって作られる第2多極子場は、同じ対称性を有している。
【0090】
そのため、電子顕微鏡100では、第1多極子場の向きと第2多極子場の向きを逆にすることによって第1多極子場と第2多極子場をキャンセルできる。そのため、多極子260が発生させる多極子場のオン(多極子場が発生している状態)とオフ(多極子場が発生していない状態)を、第2コイル8bが発生させる磁場の向きを変えることで制御できる。したがって、多極子場をオンにした状態の多極子260の発熱量と多極子場をオフにし
た状態の多極子260の発熱量を等しくできる。
【0091】
図12は、参考例に係る多極子260Dの動作を説明するための図である。参考例に係る多極子260Dでは、1つの極子6に、1つのコイル8が巻回されている。
【0092】
多極子260Dでは、多極子場のオンとオフを、コイル8に励磁電流を供給するかしないかで制御している。すなわち、多極子場をオフにする場合には、コイル8に流れる励磁電流はゼロになる。そのため、多極子260Dでは、多極子場のオンとオフを切り替えることによって、コイル8の発熱量が大きく変動する。したがって、多極子260Dでは、多極子場のオンとオフを切り替えてから温度が安定するまでの間、収差が変動してしまう。特に、多極子場をオフからオンに切り替える場合には、コイル8の発熱量が急激に大きくなり、収差が大きく変動してしまう。
【0093】
これに対して、電子顕微鏡100では、多極子260では、多極子場のオンとオフを、第2コイル8bが発生させる磁場の向きで制御できるため、多極子場をオンにした状態のコイルの発熱量と多極子場をオフにした状態のコイルの発熱量を等しくできる。そのため、多極子場をオフからオンに切り替えることによる収差の変動を低減できる。
【0094】
したがって、電子顕微鏡100では、例えば、収差補正装置26で収差を補正しないSTEMペンシルビームモードから収差補正装置26で収差を補正する高分解能STEMモードに切り替えた直後であっても、高分解能STEM観察が可能である。
【0095】
電子顕微鏡100では、電子光学系2を制御する制御部60を含む。制御部60は、第1コイル8aが発生させる磁場の向きと第2コイル8bが発生させる磁場の向きを逆にして、多極子260に多極子場を発生させないオフ状態と、第1コイル8aが発生させる磁場の向きと第2コイル8bが発生させる磁場の向きを同じにして、多極子260に多極子場を発生させるオン状態と、を切り替える。そのため、電子顕微鏡100では、多極子260をオフ状態からオン状態に切り替えても、多極子260の発熱量を一定にできる。
【0096】
さらに、電子顕微鏡100では、制御部60は、オフ状態における第1コイル8aで消費される電力と第2コイル8bで消費される電力の和と、オン状態における第1コイル8aで消費される電力と第2コイル8bで消費される電力の和が等しくなるように第1コイル8aに供給される励磁電流および第2コイル8bに供給される励磁電流を制御する。そのため、電子顕微鏡100では、多極子260をオフ状態からオン状態を切り替えても、多極子260の発熱量を一定にできる。
【0097】
電子顕微鏡100では、制御部60は、収差補正装置26で収差を補正しない第1光学モードM1と、収差補正装置26で収差を補正する第2光学モードM2を切り替える。また、制御部60は、電子光学系2を第1光学モードM1から第2光学モードM2に切り替えるときに、多極子260をオフ状態からオン状態に切り替える。そのため、電子顕微鏡100では、第1光学モードM1から第2光学モードM2に切り替えることによる収差の変動を低減できる。
【0098】
電子顕微鏡100では、電子光学系2は電子線を試料Sに照射する照射光学系20を含み、収差補正装置26は、照射光学系20に組み込まれている。そのため、電子顕微鏡100では、STEMペンシルビームモード(第1光学モードM1)と
図9に示す高分解能STEMモード(第2光学モードM2)を切り替えることによる収差の変動を低減できる。
【0099】
多極子260は、多極子場を発生させる複数の磁極4を含み、複数の磁極4の各々は、
極子6と、極子6に巻回された第1コイル8aと、極子6に巻回された第2コイル8bと、を含む。第1コイル8aを励磁することによって作られる第1多極子場と、第2コイル8bを励磁することによって作られる第2多極子場は、同じ対称性を有している。
【0100】
そのため、多極子260では、第1多極子場の向きと第2多極子場の向きを逆にすることによって第1多極子場と第2多極子場をキャンセルできる。したがって、多極子場のオンとオフを、第2コイル8bが発生させる磁場の向きを変えることで制御できる。よって、多極子260では、多極子場をオンにした状態の多極子260の発熱量と多極子場をオフにした状態の多極子260の発熱量を等しくできる。
【0101】
多極子260は、第1コイル8aが発生させる磁場の向きと第2コイル8bが発生させる磁場の向きを逆にして、多極子場を発生させないオフ状態と、第1コイル8aが発生させる磁場の向きと第2コイル8bが発生させる磁場の向きを同じにして、多極子場を発生させるオン状態と、を備える。そのため、多極子260では、オフ状態とオン状態を切り替えても、発熱量を一定にできる。
【0102】
電子顕微鏡100の制御方法は、多極子場を発生させる多極子260を有する収差補正装置26が組み込まれた電子光学系2を含む電子顕微鏡の制御方法であって、収差補正装置26で収差を補正しない第1光学モードM1で電子光学系2を動作させる工程と、第1光学モードM1から収差補正装置26で収差を補正する第2光学モードM2に切り替えて電子光学系2を動作させる工程と、を含む。また、第1光学モードM1から第2光学モードM2に切り替える工程では、多極子260を、オフ状態からオン状態に切り替える。
【0103】
そのため、電子顕微鏡100の制御方法では、第1光学モードM1から第2光学モードM2に切り替える工程において、第1コイル8aが発生させる磁場の向きと第2コイル8bが発生させる磁場の向きを逆にして、多極子260に多極子場を発生させないオフ状態から、第1コイル8aが発生させる磁場の向きと第2コイル8bが発生させる磁場の向きを同じにして、多極子260に多極子場を発生させるオン状態に切り替える。そのため、第1光学モードM1から第2光学モードM2に切り替えることによる収差の変動を低減できる。
【0104】
4. 変形例
4.1. 第1変形例
上述した実施形態では、収差補正装置26で収差を補正しない第1光学モードM1の例として、
図10に示すSTEMペンシルビームモードを挙げたが、第1光学モードM1はこれに限定されない。
【0105】
図13は、電子光学系2の光学モードの一例を示す図である。
図13には、照射光学系20で収差を補正しない第1光学モードM1の他の例として、STEMペンシルビームモードを示している。
図13に示すSTEMペンシルビームモードでは、コレクターレンズ266を用いて、
図10に示すSTEMペンシルビームモードよりもさらに小さな1mrad以下の収束角を実現できる。
【0106】
制御部60は、
図13に示すSTEMペンシルビームモードと
図9に示す高分解能STEMモードを切り替える場合においても、上述した
図11に示す制御処理を行う。そのため、
図13に示すSTEMペンシルビームモードと
図9に示す高分解能STEMモードを切り替えることによる収差の変動を低減できる。
【0107】
なお、第1光学モードM1の他の例として、試料Sに対しで電子線を平行照射するTEMモードや観察倍率3000倍以下の低倍率モードが挙げられる。TEMモードや低倍率
モードにおいても、収差補正装置26で収差を補正しないことが望ましい。したがって、制御部60は、TEMモードと高分解能STEMモードを切り替える場合、および低倍率モードと高分解能STEMモードを切り替える場合についても、上述した
図11に示す制御処理を行う。そのため、TEMモードと高分解能STEMモードを切り替える場合、および低倍率モードと高分解能STEMモードを切り替える場合においても、光学モードを切り替えることによる収差の変動を低減できる。
【0108】
4.2. 第2変形例
上述した実施形態では、多極子260の発熱量を一定にして、多極子260が発生させる多極子場のオンとオフを切り替える場合について説明したが、多極子260の発熱量を一定にして、多極子260が発生させる多極子場の強度を変化させることもできる。
【0109】
制御部60は、第1コイル8aに供給する励磁電流と第2コイル8bに供給する励磁電流の比を変化させることによって、多極子260が発生させる多極子場の強度を変化させる。
【0110】
第1コイル8aに供給する励磁電流I1と第2コイル8bに供給する励磁電流I2の比I2/I1を変化させることによって、第1コイル8aがつくる第1多極子場の強度と第2コイル8bがつくる第2多極子場の強度の比が変化し、多極子260が発生させる多極子場の強度が変化する。このとき、第1コイル8aを励磁することによって作られる第1多極子場の向きと第2コイル8bを励磁することによって作られる第2多極子場の向きを逆にする。これにより、第1多極子場と第2多極子場を弱め合う関係にできる。また、比I2/I1を変化させても、第1コイル8aで消費される電力と第2コイル8bで消費される電力の和を一定にする。これにより、多極子260が発生させる多極子場の強度を変化させても、多極子260の発熱量を一定にできる。
【0111】
例えば、制御部60が、第1コイル8aに供給する励磁電流I1と第2コイル8bに供給する励磁電流I2の比を変化させることによって、多極子260が発生させる多極子場の強度を第1強度から第1強度と異なる第2強度に変化させる。このとき、制御部60は、多極子260に第1強度の多極子場を発生させた状態における第1コイル8aで消費される電力と第2コイル8bで消費される電力の和と、多極子260に第2強度の多極子場を発生させた状態における第1コイル8aで消費される電力と第2コイル8bで消費される電力の和が等しくなるように、第1コイル8aに供給される励磁電流および第2コイル8bに供給される励磁電流を制御する。これにより、多極子260が発生させる多極子場の強度を第1強度から第2強度に変化させても、発熱量を一定にできる。
【0112】
4.3. 第3変形例
上述した実施形態では、多極子260を含む収差補正装置26が照射光学系20に組み込まれた走査透過電子顕微鏡である場合について説明したが、多極子260を含む収差補正装置26が結像光学系40に組み込まれた透過電子顕微鏡(TEM)であってもよい。収差補正装置26を結像光学系40に組み込むことによって、結像光学系40の収差を補正できる。なお、収差補正装置26を照射光学系20と結像光学系40の両方に組み込んでもよい。また、電子顕微鏡100は、収差補正装置26が組み込まれた電子光学系を有する走査電子顕微鏡(SEM)であってもよい。
【0113】
4.4. 第4変形例
上述した実施形態では、多極子260の発熱量を一定にして、多極子260が発生させる多極子場のオンとオフを切り替える場合について説明したが、コレクターレンズにおいても、同様に、コレクターレンズの発熱量を一定にして、コレクターレンズが発生させるレンズ磁場のオンとオフを切り替えてもよい。
【0114】
図14は、コレクターレンズ262を模式的に示す図である。
【0115】
コレクターレンズ262は、第1コイル202aと、第2コイル202bと、ヨーク204と、を含む。第1コイル202aおよび第2コイル202bは、ヨーク204によって覆われている。ヨーク204は、鉄などの強磁性体である。第1コイル202aは、光軸OAを中心軸として、巻回されている。第2コイル202bは、光軸OAを中心軸として、巻回されている。第1コイル202aと第2コイル202bは、例えば、同じ向きに巻かれている。
【0116】
第1コイル202aは、光軸OA上に第1磁場を発生させる。第2コイル202bは、光軸OA上に第2磁場を発生させる。第1磁場および第2磁場によって、レンズ磁場が形成される。
【0117】
制御部60は、第1磁場の強度と第2磁場の強度を等しくした状態で、第1磁場の向きと第2磁場の向きを逆にすることによってレンズ磁場をオフにし、第1磁場の向きと第2磁場の向きを同じにすることによって、レンズ磁場をオンにする。
【0118】
制御部60は、レンズ磁場をオフにしたときの第1コイル202aで消費される電力と第2コイル202bで消費される電力の和と、レンズ磁場をオンにしたときの第1コイル202aで消費される電力と第2コイル202bで消費される電力の和を等しくする。これにより、レンズ磁場のオフとオンを切り替えても、コレクターレンズ262の発熱量を一定にできる。
【0119】
上記では、コレクターレンズ262について説明したが、収差補正装置26を構成するその他のコレクターレンズ(コレクターレンズ264、コレクターレンズ266、およびコレクターレンズ268)についても同様の構成であり、レンズ磁場のオンとオフを切り替えても、発熱量を一定にできる。
【0120】
したがって、第4変形例に係る電子顕微鏡100では、
図10に示す収差補正装置26で収差を補正しない第1光学モードM1から
図9に示す収差補正装置26で収差を補正する第2光学モードM2に切り替えても、収差補正装置26を構成する2段の多極子260、コレクターレンズ262、コレクターレンズ264、コレクターレンズ266、およびコレクターレンズ268において、発熱量を一定にできる。したがって、熱的に安定した収差補正装置26を実現できる。
【0121】
なお、上述した第2変形例と同様に、多極子260は、多極子場の強度を変化させても、多極子260の発熱量が一定になるように構成されている。
【0122】
さらに、収差補正装置26を構成する各コレクターレンズ(コレクターレンズ262、コレクターレンズ264、コレクターレンズ266、およびコレクターレンズ268)についても、多極子260と同様に、レンズ磁場の強度を変化させても、コレクターレンズの発熱量が一定になるように構成されていてもよい。
【0123】
例えば、第1コイル202aに供給する励磁電流と第2コイル202bに供給する励磁電流の比を変化させることによって、第1コイル202aがつくる磁場の強度と第2コイル202bがつくる磁場の強度の比が変化し、レンズ磁場の強度が変化する。このとき、第1コイル202aを励磁することによって作られる磁場の向きと第2コイル202bを励磁することによって作られる磁場の向きを逆にして、2つの磁場を弱め合う関係にする。また、第1コイル202aに供給する励磁電流と第2コイル202bに供給する励磁電
流の比を変化させても、第1コイル202aで消費される電力と第2コイル202bで消費される電力の和を一定にする。これにより、コレクターレンズ262が発生させるレンズ磁場の強度を変化させても、コレクターレンズ262の発熱量を一定にできる。
【0124】
上記では、コレクターレンズ262について説明したが、収差補正装置26を構成するその他のコレクターレンズ(コレクターレンズ264、コレクターレンズ266、およびコレクターレンズ268)についても同様の構成であり、レンズ磁場の強度を変化させても、発熱量を一定にできる。
【0125】
第4変形例に係る電子顕微鏡100では、収差補正装置26において多極子場のオンやオフの切り替えや、多極子場の強度の変更、レンズ磁場の強度の変更を行っても、発熱量を一定にでき、熱的に安定した収差補正装置を実現できる。
【0126】
4.5. 第5変形例
上述した実施形態では、多極子260を収差補正装置に用いた場合について説明したが、多極子260をその他の装置に用いてもよい。例えば、多極子260を電子線を単色化させるモノクロメーターに用いてもよいし、多極子260を試料から出射する電子のうちの特定のエネルギーを持つ電子のみを選択するエネルギーフィルターに用いてもよい。このように、多極子260をモノクロメーターやエネルギーフィルターなどの装置に用いることによって、熱的に安定した装置を実現できる。
【0127】
なお、上述した実施形態及び変形例は一例であって、これらに限定されるわけではない。例えば各実施形態及び各変形例は、適宜組み合わせることが可能である。
【0128】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、さらに種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成を含む。実質的に同一の構成とは、例えば、機能、方法、及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成である。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0129】
2…電子光学系、4…磁極、6…極子、8…コイル、8a…第1コイル、8b…第2コイル、9…電源、10…電子源、20…照射光学系、21…コンデンサーレンズ、22…コンデンサーレンズ、23…コンデンサー絞り、24…コンデンサーレンズ、26…収差補正装置、28…コンデンサーミニレンズ、29…前方磁界、30…試料ステージ、32…試料ホルダー、40…結像光学系、50…STEM検出器、52…分割型検出器、53…検出面、60…制御部、100…電子顕微鏡、202a…第1コイル、202b…第2コイル、204…ヨーク、260…多極子、260D…多極子、262…コレクターレンズ、264…コレクターレンズ、266…コレクターレンズ、268…コレクターレンズ