IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本精工株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-ハブユニット軸受 図1
  • 特開-ハブユニット軸受 図2
  • 特開-ハブユニット軸受 図3
  • 特開-ハブユニット軸受 図4
  • 特開-ハブユニット軸受 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024006580
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】ハブユニット軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/78 20060101AFI20240110BHJP
   F16C 19/18 20060101ALI20240110BHJP
   B60B 35/02 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
F16C33/78 Z
F16C19/18
B60B35/02 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022107616
(22)【出願日】2022-07-04
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000811
【氏名又は名称】弁理士法人貴和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】神谷 良雄
(72)【発明者】
【氏名】若林 達男
【テーマコード(参考)】
3J216
3J701
【Fターム(参考)】
3J216AA02
3J216AA14
3J216AB03
3J216BA30
3J216CA02
3J216CA04
3J216CB03
3J216CB07
3J216CB13
3J216CB18
3J216CB19
3J216CC03
3J216CC14
3J216CC15
3J216CC35
3J216CC41
3J216CC48
3J216CC68
3J216DA01
3J216DA11
3J216DA12
3J216EA10
3J216GA03
3J216GA10
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA43
3J701AA54
3J701AA62
3J701AA72
3J701BA73
3J701FA13
3J701GA03
(57)【要約】
【課題】ハブに対するスリンガの過度な軸方向の相対変位を防止し、かつ、前記スリンガと外輪とが長期間にわたり接触し続けるのを防止する。
【解決手段】スリンガ21は、ハブ3に外嵌される嵌合筒部25、および、該嵌合筒部25の軸方向外側の端部から径方向外側に向けて折れ曲がり、かつ、径方向外側部分が外輪2の軸方向外側の端面と軸方向に重畳する側板部26を有する金属材料製のスリンガ本体23と、側板部26のうちで外輪2の軸方向外側の端面と軸方向に重畳する径方向外側部分の軸方向外側面に結合固定され、かつ、スリンガ本体23を構成する金属材料の線膨張係数と異なる線膨張係数を有する金属材料製の円環部材24とを含む。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に複列の外輪軌道を有する外輪と、
外周面に複列の内輪軌道を有するハブと、
前記複列の外輪軌道と前記複列の内輪軌道との間に転動自在に配置された複数個の転動体と、
スリンガおよびシールリングを有し、前記外輪の内周面と前記ハブの外周面との間に存在する転動体設置空間の軸方向外側の端部を塞ぐシール装置と、
を備え、
前記スリンガは、前記ハブに外嵌される嵌合筒部、および、該嵌合筒部の軸方向外側の端部から径方向外側に向けて折れ曲がり、かつ、径方向外側部分が前記外輪の軸方向外側の端面と軸方向に重畳する側板部を有する金属材料製のスリンガ本体と、前記側板部の前記径方向外側部分の軸方向外側面に結合固定され、かつ、前記スリンガ本体を構成する金属材料の線膨張係数と異なる線膨張係数を有する金属材料製の円環部材とを含み、
前記シールリングは、その先端部を、前記嵌合筒部の外周面または前記側板部の軸方向内側面に摺接させた少なくとも1本のシールリップを有するシール材を含む、
ハブユニット軸受。
【請求項2】
前記シール材は、前記外輪の軸方向外側の端面の軸方向外側に配置され、かつ、前記側板部の前記径方向外側部分の軸方向内側面に対向する突起を有する、
請求項1に記載のハブユニット軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の車輪および制動用回転体を懸架装置に対して回転自在に支持するためのハブユニット軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車輪および制動用回転体は、ハブユニット軸受により懸架装置に対して回転自在に支持される。ハブユニット軸受は、内周面に複列の外輪軌道を有する外輪と、外周面に複列の内輪軌道を有するハブと、前記複列の外輪軌道と前記複列の内輪軌道との間に転動自在に配置された複数個の転動体とを備える。
【0003】
なお、軸方向外側は、ハブユニット軸受を自動車に組み付けた状態での車体の幅方向外側をいい、反対に、ハブユニット軸受を自動車に組み付けた状態での車体の幅方向中央側を、軸方向内側という。
【0004】
ハブユニット軸受は、外輪の内周面とハブの外周面との間に存在する転動体設置空間の軸方向外側の端部を塞ぐシール装置をさらに備える。
【0005】
特開2017-129197号公報には、金属板を曲げ成形してなり、ハブに外嵌固定されるスリンガと、それぞれの先端部を、スリンガの表面に摺接させた複数本のシールリップを有するシールリングとを含むシール装置を備えるハブユニット軸受が記載されている。
【0006】
特開2017-129197号公報に記載のハブユニット軸受では、ハブの外周面に形成された凸部を、スリンガの嵌合筒部の軸方向内側の端部に対向させているため、スリンガがハブに対して軸方向内側に大きく変位して、スリンガと転動体とが干渉するのを防止することができる。また、スリンガのうち、ハブに外嵌固定される嵌合筒部が、略U字形に折り返されている。このため、スリンガをハブに圧入する際、嵌合筒部を、凸部を乗り越えさせる場合にも、この作業を安定して行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2017-129197号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特開2017-129197号公報に記載の従来構造のハブユニット軸受では、嵌合筒部を略U字形に折り返しているため、該嵌合筒部の剛性を高くすることができ、ハブに対するスリンガの嵌合力を高くすることができると考えられる。
【0009】
ところで、シールリップが摺接するスリンガは、通常、防錆性に優れたステンレス鋼板により構成されることが好ましいが、ステンレス鋼板は、加工脆性を生じやすく、塑性加工しにくい。このため、スリンガの嵌合筒部を略U字形に折り返すことは困難である。
【0010】
また、従来構造のハブユニット軸受では、嵌合筒部が、略U字形に折り返されているため、嵌合筒部の軸方向内側の端部は、凸曲面により構成されている。特に、嵌合筒部の軸方向内側の端部のうち、ハブの外周面に形成された凸部に対向する部分は、軸方向内側に向かうほど径方向外側に向かう方向に傾斜した、断面円弧形の凸曲面により構成されている。したがって、ハブに対してスリンガが軸方向内側に向けて変位すると、凸部により凸曲面が押圧され、嵌合筒部に、該嵌合筒部を弾性的に拡径する方向の力が加わる。
【0011】
さらに、従来構造のシール装置では、スリンガをハブに圧入する際、嵌合筒部を、凸部を乗り越えさせる必要がある。これに対し、嵌合筒部は、略U字形に折り返されて剛性が高くなっているため、弾性変形量をあまり大きくできない。このため、凸部の径方向高さを高くすることは困難である。
【0012】
したがって、従来構造のハブユニット軸受では、スリンガがハブに対して軸方向内側に向け相対変位して、嵌合筒部の軸方向内側の端部が凸部に突き当たると、該凸部に乗り上げて、さらに軸方向内側に変位してしまう可能性がある。この結果、スリンガが転動体に干渉してしまう可能性がある。
【0013】
ハブに対してスリンガが軸方向内側に向けて相対変位した場合に、スリンガの径方向外側部分を外輪に接触させれば、ハブに対してスリンガがそれ以上軸方向内側に向けて相対変位するのを防止でき、スリンガと転動体との干渉を防止することができる。ただし、スリンガと外輪との摺動部で、著しい摩耗および/または異音が発生する可能がある。また、スリンガと外輪との摺動、および、シールリップの締め代の増大に基づいて、外輪に対するハブの回転抵抗が増大してしまう可能性がある。
【0014】
本発明は、ハブに対するスリンガの過度な軸方向の相対変位を防止でき、かつ、前記スリンガと外輪とが長期間にわたり接触し続けるのを防止できる、ハブユニット軸受の構造を実現することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の一態様のハブユニット軸受は、外輪と、ハブと、複数個の転動体と、シール装置とを備える。
【0016】
前記外輪は、内周面に複列の外輪軌道を有する。
【0017】
前記ハブは、外周面に複列の内輪軌道を有する。
【0018】
前記複数個の転動体は、前記複列の外輪軌道と前記複列の内輪軌道との間に転動自在に配置されている。
【0019】
前記シール装置は、スリンガおよびシールリングを有し、前記外輪の内周面と前記ハブの外周面との間に存在する転動体設置空間の軸方向外側の端部を塞ぐ。
【0020】
前記スリンガは、スリンガ本体と、円環部材とを備える。
【0021】
前記スリンガ本体は、前記ハブに外嵌される嵌合筒部、および、該嵌合筒部の軸方向外側の端部から径方向外側に向けて折れ曲がり、かつ、径方向外側部分が前記外輪の軸方向外側の端面と軸方向に重畳する側板部を有し、かつ、金属材料により構成されている。たとえば、前記スリンガ本体は、ステンレス鋼板や防錆処理が施された冷間圧延鋼板(SPCC)などの鋼板を曲げ成形することにより造られる。
【0022】
前記円環部材は、前記側板部の前記径方向外側部分の軸方向外側面に結合固定されている。前記円環部材は、前記スリンガ本体を構成する金属材料の線膨張係数と異なる線膨張係数を有する金属材料により構成されている。すなわち、前記円環部材は、前記スリンガ本体を構成する金属材料の線膨張係数よりも小さい線膨張係数を有する金属材料、または、前記スリンガ本体を構成する金属材料の線膨張係数よりも大きい線膨張係数を有する金属材料により構成されている。
【0023】
前記シールリングは、その先端部を、前記嵌合筒部の外周面または前記側板部の前記径方向外側部分の軸方向内側面に摺接させた少なくとも1本のシールリップを有するシール材を備える。
【0024】
本発明の一態様のハブユニット軸受では、前記円環部材を、前記スリンガ本体を構成する金属材料である鋼材の線膨張係数よりも小さい線膨張係数を有する、インバー(不変鋼)やタングステンなどの金属材料により構成することができる。
【0025】
あるいは、前記円環部材を、前記スリンガ本体を構成する金属材料である鋼材の線膨張係数よりも大きい線膨張係数を有する、亜鉛や錫などの金属材料により構成することができる。
【0026】
本発明の一態様のハブユニット軸受では、前記シール材は、前記外輪の軸方向外側の端面の軸方向外側に配置され、かつ、前記側板部の軸方向内側面に対向する突起を有することができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明の一態様のハブユニット軸受によれば、ハブに対するスリンガの過度な軸方向の相対変位を防止することができ、かつ、前記スリンガと外輪とが長期間にわたり接触し続けるのを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1図1は、本発明の実施の形態の第1例のハブユニット軸受を示す断面図である。
図2図2は、図1のA部拡大図である。
図3図3(A)は、ハブに対してスリンガが軸方向内側に相対変位した状態を示す、図2に相当する図であり、図3(B)は、摩擦熱によりスリンガが変形した状態を示す、図2に相当する図であり、図3(C)は、スリンガが冷却された後の状態を示す、図2に相当する図である。
図4図4は、本発明の実施の形態の第2例のハブユニット軸受を示す、図3(B)に相当する図である。
図5図5は、本発明の実施の形態の第3例のハブユニット軸受を示す、図3(B)に相当する図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
[第1例]
図1図3(C)は、本発明の実施の形態の1例を示している。本例のハブユニット軸受1は、外輪2と、ハブ3と、複数個の転動体4a、4bと、シール装置5とを備える。本例のハブユニット軸受1は、従動輪用の構造を備え、かつ、転動体4a、4bとして玉を使用している。
【0030】
なお、以下の説明において、ハブユニット軸受1に関して、軸方向、径方向、および円周方向とは、特に断らない限り、外輪2の軸方向、径方向、および円周方向をいう。外輪2の軸方向、径方向、および円周方向は、ハブ3の軸方向、径方向、および円周方向と一致する。また、軸方向外側は、ハブユニット軸受1を自動車に組み付けた状態での車体の幅方向外側をいい、軸方向内側は、ハブユニット軸受1を自動車に組み付けた状態での車体の幅方向内側をいう。
【0031】
外輪2は、中炭素鋼などの硬質金属により構成されている。外輪2は、内周面に、複列の外輪軌道6a、6bを有する。さらに、外輪2は、軸方向中間部に、径方向外側に向けて突出した静止フランジ7を有する。静止フランジ7は、径方向中間部の円周方向複数箇所に、軸方向に貫通する支持孔8を有する。
【0032】
本例では、支持孔8は、ねじ孔により構成されている。外輪2は、懸架装置のナックルに備えられた通孔を挿通した支持ボルトを、静止フランジ7の支持孔8に軸方向内側から螺合することで、懸架装置に対し支持固定され、車輪が回転する際にも回転しない。
【0033】
ハブ3は、外周面に、複列の内輪軌道9a、9bを有する。さらに、ハブ3は、外輪2の軸方向外側の端部よりも軸方向外側に位置する部分に、径方向外側に向けて突出する回転フランジ10を有し、かつ、軸方向外側の端部に、円筒状のパイロット部11を有する。ハブ3は、外輪2の径方向内側に、該外輪2と同軸に配置されている。
【0034】
回転フランジ10は、径方向中間部の円周方向複数箇所に、軸方向に貫通する取付孔12を有する。取付孔12のそれぞれには、ディスクやドラムなどの制動用回転体、および、車輪を構成するホイールを、回転フランジ10に対し結合固定するためのスタッド13が圧入状態でセレーション嵌合されている。すなわち、本例では、取付孔12は、円筒孔により構成されている。
【0035】
制動用回転体およびホイールは、それぞれの中心部に備えられた中心孔に、パイロット部11を挿通し、かつ、それぞれの径方向中間部の円周方向複数箇所に備えられた通孔に、スタッド13を挿通した状態で、スタッド13の先端部にハブナットを螺合することにより、回転フランジ10に結合固定される。
【0036】
なお、回転フランジの取付孔を、ねじ孔により構成することもできる。この場合には、制動用回転体に備えられた通孔と、ホイールに備えられた通孔とを挿通したハブボルトを、取付孔に螺合することにより、制動用回転体および車輪を回転フランジに結合固定する。
【0037】
本例では、ハブ3は、内輪14とハブ輪15とを組み合わせてなる。
【0038】
内輪14は、軸受鋼などの硬質金属により構成されている。内輪14は、外周面に、軸方向内側の内輪軌道9bを有する。
【0039】
ハブ輪15は、中炭素鋼などの硬質金属により構成されている。ハブ輪15は、軸方向外側の内輪軌道9aと、回転フランジ10と、パイロット部11とを備える。
【0040】
ハブ輪15は、軸方向外側の内輪軌道9aよりも軸方向内側に位置する部分に、軸方向外側に隣接する部分よりも外径が小さく、内輪14が外嵌される小径段部16を有する。さらに、ハブ輪15は、小径段部16の軸方向外側の端部に、軸方向内側を向いた段差面17を有し、かつ、小径段部16の軸方向内側の端部から径方向外側に向けて折れ曲がったかしめ部18を有する。
【0041】
ハブ3は、ハブ輪15の小径段部16に内輪14を外嵌し、かつ、ハブ輪15の段差面17とかしめ部18との間で内輪14を軸方向両側から挟持することにより、内輪14とハブ輪15とを結合固定することで構成されている。
【0042】
なお、ハブ輪のうちで内輪の軸方向内側の端部から突出した軸方向内側の端部にナットを螺合することで、前記ハブ輪と前記内輪とを結合することもできる。
【0043】
なお、本例のハブユニット軸受1は、従動輪用のハブユニット軸受であるため、ハブ3は、中実に構成されている。
【0044】
ただし、本発明のハブユニット軸受は、駆動輪用のハブユニット軸受に適用することもできる。この場合、ハブは、中心部に、軸方向に貫通するスプライン孔を有する。スプライン孔には、エンジンや電動モータを駆動源として回転駆動する駆動軸の先端部がスプライン係合される。自動車の走行時には、駆動軸によりハブを回転駆動することで、ハブの回転フランジに結合固定された車輪および制動用回転体を回転駆動する。
【0045】
複数個の転動体4a、4bは、複列の外輪軌道6a、6bと複列の内輪軌道9a、9bとの間に、それぞれ複数個ずつ、保持器19a、19bにより保持された状態で転動自在に配置されている。これにより、ハブ3は、外輪2の径方向内側に回転自在に支持される。
【0046】
シール装置5は、外輪2の内周面とハブ3の外周面との間に存在し、かつ、転動体4a、4bが配置された転動体設置空間20の軸方向外側の端部を塞ぐ。シール装置5は、図2に示すように、スリンガ21およびシールリング22を有する。すなわち、シール装置5は、組み合わせシールリングにより構成されている。
【0047】
スリンガ21は、スリンガ本体23と、円環部材24とを備える。
【0048】
スリンガ本体23は、ハブ3に外嵌固定される嵌合筒部25、および、該嵌合筒部25の軸方向外側の端部から径方向外側に向けて折れ曲がり、かつ、径方向外側部分が外輪2の軸方向外側の端面と軸方向に重畳する側板部26を有し、かつ、金属材料により構成されている。たとえば、スリンガ本体23は、ステンレス鋼板(線膨張係数:10.4×10-6/℃~17.3×10-6/℃)や防錆処理が施された冷間圧延鋼板(SPCC)(線膨張係数:11.3×10-6/℃~11.7×10-6/℃)などの鋼板を曲げ成形することにより造られている。
【0049】
なお、スリンガ本体23を構成する鋼板の厚さは、特に限定されるものではないが、たとえば、0.4mm以上1.2mm以下とすることができ、0.5mm以上1.0mm以下とすることが好ましく、0.6mm以上0.8mm以下とすることがより好ましい。
【0050】
嵌合筒部25は、円筒形状を有し、ハブ3の外周面のうち、軸方向外側の内輪軌道9aの軸方向外側に隣接する溝肩部27に圧入により外嵌固定されている。これにより、スリンガ21は、ハブ3に対し支持固定されている。
【0051】
側板部26は、傾斜板部28と、内径側円輪部29と、接続板部30と、外径側円輪部31とを有する。
【0052】
傾斜板部28は、嵌合筒部25の軸方向外側の端部から軸方向外側に向かうほど径方向外側に向かう方向に伸長する円すい台形状を有する。
【0053】
内径側円輪部29は、中空円形板形状を有し、傾斜板部28の軸方向外側の端部から径方向外側に向けて折れ曲っている。
【0054】
接続板部30は、内径側円輪部29の径方向外側の端部から径方向外側に向かうほど軸方向内側に向かう方向に伸長する円すい台形状を有する。
【0055】
外径側円輪部31は、中空円形板形状を有し、接続板部30の径方向外側の端部から径方向外側に折れ曲がっている。
【0056】
すなわち、スリンガ本体23のうち、径方向外側部分を構成する外径側円輪部31は、径方向中間部を構成する内径側円輪部29に対して軸方向内側にオフセットして配置されている。本例では、外径側円輪部31は、内径側円輪部29に対して、スリンガ本体23を構成する鋼板の厚さ1枚分程度軸方向内側にオフセットして配置されている。
【0057】
ハブユニット軸受1の使用に伴うクリープが発生する以前の初期状態では、内径側円輪部29の軸方向外側面が回転フランジ10の軸方向内側面に当接し、かつ、外径側円輪部31の軸方向内側面が外輪2の軸方向外側の端面に軸方向隙間を介して対向している。なお、外径側円輪部31の軸方向内側面と外輪2の軸方向外側の端面との間の軸方向間隔は、嵌合筒部25の軸方向内側の端部と、軸方向外側列の転動体4aのうちで嵌合筒部25の軸方向内側の端部に対向する部分との間の軸方向間隔よりも小さい。
【0058】
円環部材24は、側板部26のうちで外輪2の軸方向外側の端面と軸方向に重畳する径方向外側部分の軸方向外側面に結合固定され、かつ、スリンガ本体23を構成する金属材料の線膨張係数と異なる線膨張係数を有する金属材料により構成されている。すなわち、スリンガ21の径方向外側部分が、バイメタルにより構成されている。
【0059】
本例では、円環部材24は、中空円形板形状を有し、外径側円輪部31の軸方向外側面に接着、溶接、あるいは圧延法により結合固定されている。
【0060】
また、本例では、円環部材24は、スリンガ本体23を構成する金属材料の線膨張係数よりも小さい線膨張係数を有する金属材料により構成されている。具体的には、円環部材24は、スリンガ本体23を構成するステンレス鋼板や冷間圧延鋼板よりも小さい線膨張係数を有する、インバー(線膨張係数:0.0×10-6/℃~1.2×10-6/℃)やタングステン(線膨張係数:4.3×10-6/℃)などにより構成されている。
【0061】
なお、円環部材24の厚さは、特に限定されるものではないが、たとえば、0.2mm以上1.2mm以下とすることができ、0.25mm以上1.0mm以下とすることが好ましく、0.3mm以上0.8mm以下とすることがより好ましい。なお、本例では、円環部材24の厚さは、スリンガ本体23を構成する鋼板の厚さの約半分としている。
【0062】
本例では、初期状態では、円環部材24の軸方向外側面は、回転フランジ10の軸方向内側面に当接していない。ただし、円環部材24の厚さを本例よりも厚くするか、あるいは、内径側円輪部29に対する外径側円輪部31の軸方向内側へのオフセット量を本例よりも小さくすることにより、初期状態において、円環部材24の軸方向外側面を、回転フランジの軸方向内側面に当接させることもできる。
【0063】
シールリング22は、その先端部を、嵌合筒部25の外周面または側板部26の軸方向内側面に摺接させた少なくとも1本のシールリップ32a、32b、32cを有するシール材33を備える。本例では、シール材33は、3本のシールリップ32a、32b、32cを有する。
【0064】
本例では、シールリング22は、芯金34と、シール材33とを備える。
【0065】
芯金34は、軟鋼板などの金属板を曲げ成形することにより、全体を円環状に構成されている。芯金34は、外輪2の軸方向外側の端部に締り嵌めで内嵌固定されたシール嵌合筒部35と、該シール嵌合筒部35の軸方向外側の端部から径方向内側に向けて折れ曲がった支持板部36とを有する。
【0066】
シール材33は、ゴムのごときエラストマーなどの弾性材により構成され、芯金34の支持板部36の表面に加硫接着により結合固定されている。シール材33は、基部37と、3本のシールリップ32a、32b、32cとを有する。なお、図2では、それぞれのシールリップ32a、32b、32cを、自由状態で示している。
【0067】
基部37は、支持板部36の表面、具体的には、支持板部36の軸方向外側面、内周面、および軸方向内側面の径方向内側の端部を覆っている。
【0068】
シールリップ32a、32b、32cは、それぞれの先端部を、嵌合筒部25の外周面または側板部26の軸方向内側面に摺接させている。3本のシールリップ32a、32b、32cのうち、最も径方向外側のシールリップ32aは、基部37のうちで支持板部36の軸方向外側面の径方向中間部を覆う部分から軸方向外側かつ径方向外側に向かう方向に伸長し、かつ、先端部を、内径側円輪部29の軸方向内側面に摺接させている。径方向外側から2番目のシールリップ32bは、基部37のうちで支持板部36の径方向内側の端部を覆う部分から軸方向外側に向かう方向に伸長し、かつ、先端部を、傾斜板部28の軸方向内側面に摺接させている。最も径方向内側のシールリップ32cは、基部37のうちで支持板部36の径方向内側の端部を覆う部分から軸方向内側かつ径方向内側に向かう方向に伸長し、かつ、先端部を、嵌合筒部25の外周面に摺接させている。
【0069】
このようなシール装置5により、転動体設置空間20の軸方向外側の端部を塞いで、泥水などの異物が、転動体設置空間20の軸方向外側の開口部から該転動体設置空間20に侵入したり、転動体設置空間20に封入されたグリースが、該転動体設置空間20の軸方向外側の端部から外部空間に漏洩したりすることを防止している。
【0070】
本例のハブユニット軸受1は、転動体設置空間20の軸方向内側の開口部を塞ぐカバー38をさらに備える。カバー38は、外輪2の軸方向内側の端部に締り嵌めで内嵌固定された円筒部39と、該円筒部39の軸方向内側の端部を塞ぐ底板部40とを有する。このようなカバー38により、異物が、転動体設置空間20の軸方向内側の開口部から該転動体設置空間20に侵入したり、転動体設置空間20に封入されたグリースが、該転動体設置空間20の軸方向内側の開口部から外部空間に漏洩したりすることを防止している。なお、カバー38に代えて、組み合わせシールリングにより、転動体設置空間の軸方向内側の開口部を塞ぐこともできる。
【0071】
本例のハブユニット軸受1では、ハブ3とスリンガ21との間でクリープが発生することにより、ハブ3に対してスリンガ21が軸方向内側に向けて相対変位すると、図3(A)に示すように、側板部26の径方向外側部分の軸方向内側面、すなわち外径側円輪部31の軸方向内側面が、外輪2の軸方向外側の端面に当接する。これにより、ハブ3に対するスリンガ21のそれ以上の軸方向内側への相対変位が防止される。要するに、ハブ3に対するスリンガ21の過度な軸方向の相対変位を防止することができる。
【0072】
なお、本例では、初期状態において、外径側円輪部31の軸方向内側面と外輪2の軸方向外側の端面との間の軸方向間隔を、嵌合筒部25の軸方向内側の端部と、軸方向外側列の転動体4aのうちで嵌合筒部25の軸方向内側の端部に対向する部分との間の軸方向間隔よりも小さくしている。このため、外径側円輪部31の軸方向内側面が、外輪2の軸方向外側の端面に当接した状態でも、嵌合筒部25と軸方向外側列の転動体4aとの干渉を防止できる。
【0073】
ハブ3に対してスリンガ21が軸方向内側に向けて相対変位し、側板部26の径方向外側部分、すなわち外径側円輪部31の軸方向内側面が外輪2の軸方向外側の端面に当接した状態で、ハブ3が回転すると、外径側円輪部31の軸方向内側面が外輪2の軸方向外側の端面に対して摺動する。これにより、外径側円輪部31の軸方向内側面と外輪2の軸方向外側の端面との間で摩擦熱が発生する。
【0074】
本例では、側板部26のうちで外輪2の軸方向外側の端面と軸方向に重畳する部分、すなわち外径側円輪部31の軸方向外側面に、スリンガ本体23を構成する金属材料の線膨張係数と異なる線膨張係数を有する金属材料により構成された円環部材24を結合固定している。すなわち、スリンガ21の径方向外側部分が、バイメタルにより構成されている。
【0075】
したがって、外径側円輪部31の軸方向内側面と外輪2の軸方向外側の端面との間での摩擦熱の発生に伴い、スリンガ21の径方向外側部分の温度が上昇すると、該スリンガ21の径方向外側部分が湾曲する。本例では、円環部材24を構成する線膨張係数をスリンガ本体23を構成する線膨張係数よりも小さくしている。したがって、スリンガ21の径方向外側部分の温度が上昇すると、図3(B)に示すように、スリンガ21の径方向外側部分は、軸方向内側が凸となるように湾曲する。この結果、スリンガ21がハブ3に対して軸方向外側に向けて押圧され、溝肩部27に対する嵌合筒部25の嵌合位置が軸方向外側に向けて移動する(押し戻される)。
【0076】
そして、ハブ3の回転停止などに伴い、スリンガ21の径方向外側部分の温度が低下すると、図3(C)に示すように、スリンガ21の径方向外側部分の形状が元に戻り、外径側円輪部31の軸方向内側面が外輪2の軸方向外側の端面から離隔する。
【0077】
本例のハブユニット軸受1では、ハブ3に対してスリンガ21が軸方向内側に向けて相対変位して、外径側円輪部31の軸方向内側面が外輪2の軸方向外側の端面に接触する度に、スリンガ21の径方向外側部分が湾曲して、溝肩部27に対する嵌合筒部25の嵌合位置が軸方向外側に向けて移動し、温度低下に伴って、外径側円輪部31の軸方向内側面が外輪2の軸方向外側の端面から離隔するといった動作が繰り返される。
【0078】
したがって、本例のハブユニット軸受1によれば、外径側円輪部31の軸方向内側面と外輪2の軸方向外側の端面とが長期間にわたり接触(摺接)し続けるのを防止できる。このため、スリンガ21と外輪2との間での著しい摩耗および/または継続的な異音の発生を防止することができる。また、外径側円輪部31の軸方向内側面と外輪2の軸方向外側の端面との摺動、および、スリンガ21に対するシールリップ32a、32b、32cの締め代の増大に基づいて、ハブ3の回転抵抗が長期間にわたって増大するのを防止できる。
【0079】
本例のハブユニット軸受1は、軸方向外側列の転動体4aのピッチ円直径と、軸方向内側列の転動体4bのピッチ円直径とが等しい、等径PCD型の構造を備えるが、本発明は、軸方向内側列の転動体のピッチ円直径が、軸方向外側列の転動体のピッチ円直径よりも大きいか、または、小さい、異径PCD型のハブユニット軸受に適用することもできる。また、本例のハブユニット軸受1では、転動体4a、4bとして玉を使用しているが、玉に代えて円すいころを使用することもできる。
【0080】
[第2例]
図4は、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例では、円環部材24aが、スリンガ本体23を構成する金属材料の線膨張係数よりも大きい線膨張係数を有する金属材料により構成されている。具体的には、円環部材24aは、スリンガ本体23を構成するステンレス鋼板や冷間圧延鋼板よりも大きい線膨張係数を有する、亜鉛(線膨張係数:39.7×10-6/℃)や錫(線膨張係数:23×10-6/℃)などにより構成されている。
【0081】
本例では、外径側円輪部31の軸方向内側面と外輪2の軸方向外側の端面とが接触した状態で摺動し、該外径側円輪部31の軸方向内側面と該外輪2の軸方向外側の端面との間で摩擦熱が発生して、スリンガ21aの径方向外側部分の温度が上昇すると、該スリンガ21aの径方向外側部分は、軸方向外側が凸となるように湾曲する。したがって、本例における外径側円輪部31の軸方向内側面と外輪2の軸方向外側の端面との接触部の径方向位置は、第1例における外径側円輪部31の軸方向内側面と外輪2の軸方向外側の端面との接触部の径方向位置よりも径方向外側となる。このため、本例によれば、スリンガ21aの径方向外側部分の湾曲に伴う、ハブ3に対するスリンガ21aの軸方向外側への移動量を、第1例よりも大きくすることができる。
【0082】
ただし、スリンガ21aの径方向外側部分の湾曲に伴って、ハブ3に対してスリンガ21aを軸方向外側に移動させる力は、第1例よりも小さくなる。したがって、円環部材24、24aを構成する金属材料の線膨張係数を、第1例のように、スリンガ本体23を構成する金属材料の線膨張係数よりも小さくするか、あるいは、第2例のように、スリンガ本体23を構成する金属材料の線膨張係数よりも大きくするかは、スリンガ21、21aの形状やハブ3に対する嵌合強度などに応じて適宜選択する。
【0083】
第2例についてのその他の部分の構成および作用効果は、第1例と同様である。
【0084】
[第3例]
図5は、本発明の実施の形態の第3例を示している。本例では、シールリング22aの構造が、第1例のシールリング22から変更されている。シールリング22aは、芯金34aと、シール材33aとを有する。
【0085】
芯金34aは、外輪2の軸方向外側の端部に締り嵌めで内嵌固定されたシール嵌合筒部35aと、該シール嵌合筒部35aの軸方向内側の端部から略U字形に折り返され、さらに径方向内側に向けて折れ曲がった支持板部36aと、該シール嵌合筒部35aの軸方向外側の端部から径方向外側に向けて折れ曲がった円輪部41とを有する。
【0086】
芯金34aは、シール嵌合筒部35aを外輪2の軸方向外側の端部に、圧入により内嵌固定し、かつ、円輪部41の軸方向内側面を外輪2の軸方向外側の端面に突き当てることで軸方向に位置決めされている。
【0087】
シール材33aは、基部37aと、3本のシールリップ32a、32b、32cと、堰部42と、突起43とを有する。
【0088】
基部37aは、支持板部36aの表面、具体的には、軸方向外側面、内周面、および軸方向内側面の径方向内側の端部と、円輪部41の軸方向外側面とを覆っている。
【0089】
それぞれのシールリップ32a、32b、32cは、基部37aからスリンガ21の側板部26の軸方向内側面または嵌合筒部25の外周面に向かう方向に伸長し、かつ、それぞれの先端部を、側板部26の軸方向内側面または嵌合筒部25の外周面に摺接させている。
【0090】
堰部42は、円輪部41のうちで外輪2の軸方向外側の端部外周面よりも径方向外側に突出する部分を覆っている。堰部42は、外輪2の外周面に付着した水分が、該外輪2の外周面を伝って、外輪2の軸方向外側の端部と回転フランジ10の軸方向内側面との間部分に滴り落ちるのを防止する。
【0091】
突起43は、外輪2の軸方向外側の端面の軸方向外側に配置され、かつ、側板部26の軸方向内側面に対向する。本例では、突起43は、基部37aのうちで円輪部41の軸方向外側面を覆う部分から軸方向外側に向けて突出している。
【0092】
本例では、ハブ3に対してスリンガ21が軸方向内側に向けて相対変位すると、外径側円輪部31の軸方向内側面が、突起43の先端部に当接して、スリンガ21がハブ3に対してそれ以上軸方向内側に向けて相対変位することが防止される。このため、本例によれば、第1例の構造のように、外径側円輪部31の軸方向内側面と外輪2の軸方向外側の端面とが直接接触する、すなわち金属接触する場合よりも、摩耗や異音を発生しにくくすることができる。
【0093】
第3例についてのその他の部分の構成および作用効果は、第1例と同様である。
【符号の説明】
【0094】
1 ハブユニット軸受
2 外輪
3 ハブ
4a、4b 転動体
5 シール装置
6a、6b 外輪軌道
7 静止フランジ
8 支持孔
9a、9b 内輪軌道
10 回転フランジ
11 パイロット部
12 取付孔
13 スタッド
14 内輪
15 ハブ輪
16 小径段部
17 段差面
18 かしめ部
19a、19b 保持器
20 転動体設置空間
21、21a スリンガ
22、22a シールリング
23 スリンガ本体
24、24a 円環部材
25 嵌合筒部
26 側板部
27 溝肩部
28 傾斜板部
29 内径側円輪部
30 接続板部
31 外径側円輪部
32a、32b、32c シールリップ
33、33a シール材
34、34a 芯金
35、35a シール嵌合筒部
36、36a 支持板部
37、37a 基部
38 カバー
39 円筒部
40 底板部
41 円輪部
42 堰部
43 突起
図1
図2
図3
図4
図5