(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024065815
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】改良シャーレ
(51)【国際特許分類】
C12M 1/22 20060101AFI20240508BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20240508BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240508BHJP
【FI】
C12M1/22
C12M1/34
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022174857
(22)【出願日】2022-10-31
(71)【出願人】
【識別番号】522426799
【氏名又は名称】合同会社陶徳堂研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100137338
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 朋子
(74)【代理人】
【識別番号】100196313
【弁理士】
【氏名又は名称】村松 大輔
(72)【発明者】
【氏名】高橋 秀敬
(72)【発明者】
【氏名】高橋 恵子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 里緒
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029BB20
4B029GA01
4B029GB04
4B029GB06
4B063QA20
4B063QQ20
4B063QS39
(57)【要約】
【課題】
被験者の体液が、線虫の移動面に流出することを防止した、線虫の行動観察用のシャーレを提供することを課題とする。
【解決手段】
容器本体Cと、前記容器本体の内部に収容される内皿Nと、を備え、
前記内皿Nは、内皿孔N1と、線虫の移動が可能な表面を備え、かつ、前記内皿孔の周縁から外側に向かうに伴って漸次上方に傾斜している内皿傾斜面N2と、を備える、シャーレ。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
容器本体と、前記容器本体の内部に収容される内皿と、を備え、
前記内皿は、内皿孔と、線虫の移動が可能な表面を備え、かつ、前記内皿孔の周縁から外側に向かうに伴って漸次上方に傾斜している内皿傾斜面と、を備える、シャーレ。
【請求項2】
前記内皿孔は、皿表面に凹設された、略鉛直方向に延びる孔壁により画定された貯留空間を備える、請求項1に記載のシャーレ。
【請求項3】
前記貯留空間の内部に吸水体が納置されている、請求項2に記載のシャーレ。
【請求項4】
前記容器本体と、前記内皿の外面と、で画定された空間の下部に吸水体が納置されている、請求項3に記載のシャーレ。
【請求項5】
前記容器本体の底部に吸水体が敷設され、前記内皿が前記吸水体の上に設置されており、前記吸水体が、前記内皿孔を通じて内皿内部に露出している、請求項1に記載のシャーレ。
【請求項6】
前記容器本体を覆う蓋体を備え、
前記蓋体は、その上面に、前記容器本体と外部空間とを連通する貫通孔と、前記貫通孔に向かうに伴い漸次下方に傾斜する蓋傾斜面を備え、
前記容器本体に前記内皿を収容し、前記蓋体で前記容器本体を覆ったとき、前記貫通孔と前記内皿孔が略同軸上に位置する、請求項1~5の何れか一項に記載のシャーレ。
【請求項7】
前記容器本体は、前記内皿を抑える、内皿抑え部を有する、請求項1~5の何れか一項に記載のシャーレ。
【請求項8】
請求項1~5の何れか一項に記載のシャーレを用いて、線虫の行動を観察する方法であって、
前記容器本体に前記内皿を収容し、内皿傾斜面に線虫を配置し、前記内皿孔に被験者の体液を滴下して前記体液に対する前記線虫の行動を観察し、
前記線虫が、前記内皿傾斜面を登り前記体液の入った内皿孔から離れていく行動が観察される場合には、健常者の体液に対する忌避行動を示しているものと判定する方法。
【請求項9】
請求項2に記載のシャーレを用いて、線虫の行動を観察する方法であって、
前記容器本体に前記内皿を収容し、前記貯留空間の下部に吸水体を納置し、内皿傾斜面に線虫を配置し、前記内皿孔に被験者の体液を滴下して前記体液に対する前記線虫の行動を観察し、
前記線虫が、前記内皿傾斜面を登り前記体液の入った内皿孔から離れていく行動が観察される場合には、健常者の体液に対する忌避行動を示しているものと判定する方法。
【請求項10】
請求項1に記載のシャーレを用いて、線虫の行動を観察する方法であって、
前記容器本体の底部に吸水体を敷設し、前記吸水体の上に前記内皿を設置し、内皿傾斜面に線虫を配置して前記吸水体が内皿孔を通じて内皿内部に露出した状態とし、前記内皿孔に、被験者の体液を滴下して前記体液に対する前記線虫の行動を観察し、
前記線虫が、前記内皿傾斜面を登り前記体液の入った内皿孔から離れていく行動が観察される場合には、健常者の体液に対する忌避行動を示しているものと判定する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は線虫の行動評価を行う際に用いるシャーレに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、線虫と呼ばれる細長い糸状の生物を用いた、癌の検査方法の研究が盛んに進められており、注目を集めている。
【0003】
この検査方法は、線虫の嗅覚に基づく化学走性又は嗅覚神経の応答を利用している。
線虫は、癌患者の尿の匂いを好み、健常者の尿の匂いを嫌う性質を有している。このため線虫の近傍に対象者の尿を滴下すると、線虫が、尿に反応して誘引行動、忌避行動又はどちらともいえない曖昧な行動の何れかを示す。この線虫の行動を観察することにより、癌の有無を特定することができる。
【0004】
また、線虫は、犬と同等以上の嗅覚を持つことから、微量の尿であっても検査でき、さらに安価に培養できる。このため、対象者は、自身の体に影響を及ぼすことなく、少ない費用で検査を実施することができる。
【0005】
特許文献1には、上記の検査方法に関する発明が記載されている。
また、特許文献2には、上記の検査方法を実施する際に用いられるシャーレに関する発明が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2015/088039号
【特許文献2】特許第6164622号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ここで、特許文献2に記載のシャーレは、容器の底面を複数領域に区画しているのみであるため、被験者の尿を滴下する際、滴下量が多くなると、線虫の移動面に尿が流出する場合があった。また、適量の被験者の尿を滴下した場合であっても、線虫の移動面との境がないため、わずかな振動によって、線虫の移動面に尿が流出する場合があった。
上記のように尿が線虫の移動面に流出すると、線虫の誘引行動、忌避行動の観察が困難となる。さらに、これを防ぐために検査時に尿の滴下を慎重に行う必要が生じ、多くの対象者を検査する際に非効率となる。
【0008】
上記のような状況をふまえ、本発明は被験者の体液が線虫の移動面に流出することを防止した、線虫の行動観察用のシャーレを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は、
容器本体と、前記容器本体の内部に収容される内皿と、を備え、
前記内皿は、内皿孔と、
線虫の移動が可能な表面を備え、かつ、前記内皿孔の周縁から外側に向かうに伴って漸次上方に傾斜している内皿傾斜面と、を備えることを特徴とする。
【0010】
対象者の生体関連物質を含む尿などの体液は、内皿の表面ではなく内皿孔の内部に滴下される。また、内皿傾斜面が内皿孔周縁から外側に向かうに伴って漸次上方に傾斜している。これらの構成によって、滴下した体液が線虫の存在領域である内皿傾斜面に流出することを抑制している。
【0011】
上述のとおり、線虫は滴下された体液の匂いを感知し、被験者の健康状態によって体液から離れようとする忌避行動、体液に近づこうとする誘因行動、またはどちらともいえない曖昧な行動をとる。本発明のシャーレは線虫の当該性質を利用するものである。
本発明のシャーレにおいて被験者の体液を内皿孔に滴下すると、線虫は体液の匂いを感知して上述の3通りの行動をとるが、線虫が傾斜を登る負担があるにも関わらず、あえて内皿傾斜面を登る行動(内皿孔から離れる行動)をとる場合には、それは単なる偶発的な行動ではなく、健常者の体液に対する忌避行動をとっていることが明白であるといえる。すなわち、本発明のシャーレを用いた試験において線虫が内皿傾斜面を登る行動(内皿孔から離れる行動)をとる場合には、健常者の尿に対する忌避行動を示しているものと高精度に判断することが可能となる。
【0012】
本発明の好ましい形態では、前記内皿孔は、皿表面に凹設された、略鉛直方向に延びる孔壁により画定された貯留空間、を備えることを特徴とする。
このような構成とすることで、被験者の体液を滴下した際、貯留空間に前記体液を収容することができる。これによって前記体液を内皿孔の外、線虫の移動可能面に流出することを防ぐことができる。
【0013】
本発明の好ましい形態では、シャーレの前記貯留空間の内部に吸水体が納置されている、ことを特徴とする。
このような構成とすることで、貯留空間内部の吸水体が、被験者の体液を吸水し、内皿孔の外に流出することを防ぐことができる。
【0014】
本発明の好ましい形態では、シャーレは前記容器本体と、前記内皿の外面と、で画定された空間の下部に吸水体が納置されていることを特徴とする。
このような構成とすることで、吸水体によって内皿を固定し、前記内皿がずれることを防ぐことができる。
【0015】
本発明の好ましい形態では、シャーレは容器本体の底部に吸水体が敷設され、前記内皿が前記吸水体の上に設置されており、前記吸水体が、内皿孔を通じて内皿内部に露出していることを特徴とする。
このような構成とすることで、内皿孔の貫通孔より露出した吸水体によって、被験者の体液が吸水される。これによって前記体液が内皿孔の外に流出することを防ぐことができる。
【0016】
本発明の好ましい形態では、シャーレは前記容器本体を覆う蓋体を備え、
前記蓋体は、その上面に、前記容器本体と外部空間とを連通する貫通孔と、前記貫通孔に向かうに伴い漸次下方に傾斜する蓋傾斜面を備え、
前記容器本体に前記内皿を収容し、前記蓋体で前記容器本体を覆ったとき、前記貫通孔と前記内皿孔が略同軸上に位置することを特徴とする。
【0017】
このような構成とすることで、蓋体を閉じた状態で貫通孔を通して内皿孔に体液を滴下することができる。体液の滴下の際に蓋体の上面にこぼしてしまっても、重力により傾斜面を伝って、貫通孔を通じてその直下にある内皿孔に滴下することができる。
【0018】
本発明の好ましい形態では、前記容器本体は、前記内皿を抑える、内皿抑え部を有することを特徴とする。
このような構成とすることで、内皿抑えによって内皿がずれることを防ぐことができる。
【0019】
また、本発明は、前述した本発明のシャーレを用いて、線虫の行動を観察する方法を提供するものであって、
前記容器本体に前記内皿を収容し、内皿傾斜面に線虫を配置し、前記内皿孔に被験者の体液を滴下して前記体液に対する前記線虫の行動を観察し、
前記線虫が、前記内皿傾斜面を登り前記体液の入った内皿孔から離れていく行動が観察される場合には、健常者の体液に対する忌避行動を示しているものと判定することを特徴とする。
本発明の方法によれば、内皿傾斜面に配置された線虫の、被験者の体液に対する忌避行動を鋭敏に観察することができる。
【0020】
前述の本発明のシャーレを用いて、線虫の行動を観察する方法は、
前記容器本体に前記内皿を収容し、前記貯留空間の下部に吸水体を納置し、内皿傾斜面に線虫を配置し、前記内皿孔に被験者の体液を滴下して前記体液に対する前記線虫の行動を観察し、
前記線虫が、前記内皿傾斜面を登り前記体液の入った内皿孔から離れていく行動が観察される場合には、健常者の体液に対する忌避行動を示しているものと判定することを特徴とする。
貯留空間の下部に納置された吸水体により被験者の体液が吸収され、内皿傾斜面に体液が流出することを防ぐことができる。
【0021】
前述の本発明のシャーレを用いて、線虫の行動を観察する方法は、
前記容器本体の底部に吸水体を敷設し、前記吸水体の上に前記内皿を設置し、内皿傾斜面に線虫を配置して前記吸水体が内皿孔を通じて内皿内部に露出した状態とし、前記内皿孔に、被験者の体液を滴下して前記体液に対する前記線虫の行動を観察し、
前記線虫が、前記内皿傾斜面を登り前記体液の入った内皿孔から離れていく行動が観察される場合には、健常者の体液に対する忌避行動を示しているものと判定することを特徴とする。
内皿孔より露出した吸水体により被験者の体液が吸収され、内皿傾斜面に体液が流出することを防ぐことができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、被験者の体液を滴下した時、線虫の存在領域に体液が流出しにくい、線虫の行動観察用のシャーレを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の実施例1に係るシャーレの、蓋体を含む概略斜視図である。
【
図2】本発明の実施例1に係るシャーレの、蓋体を含まない概略斜視図である。
【
図3】本発明の実施例1に係るシャーレの、容器本体の平面図である。
【
図4】本発明の実施例1に係るシャーレの、蓋体を含むA―A‘面の断面図である。
【
図5】本発明の実施例1に係るシャーレの、蓋体を含まないA―A‘面の断面図である。
【
図6】本発明の実施例1に係るシャーレの被験者の体液を滴下する実施例を示す図である。
【
図7】本発明の実施例2に係るシャーレの容器本体断面図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例0024】
以下、
図1~
図6を用いて、本発明の実施例1に係るシャーレについて説明する。なお、以下に示す実施形態は本発明の一例であり、本発明を以下の実施形態に限定するものではない。また、これらの図において、符号1は、本実施形態に係るシャーレを示す。
【0025】
実施例1のシャーレ1は容器本体C、蓋体L及び内皿Nを備えている。内皿Nは容器本体Cに格納されており、これを蓋体Lにより覆うことができる構成を採っている(
図1~6)。
【0026】
蓋体Lは、その略中心部に貫通孔L1を備える(
図1、
図4、
図6)。蓋体Lの上面は、貫通孔L1に向かうに伴い、漸次下方に傾斜するように形成されている。貫通孔L1は蓋体Lを貫通し、容器本体Cに被験者の体液を滴下できるように形成されている(
図4、
図6)。
【0027】
内皿Nは略中央部に内皿孔N1を有する(
図2~
図4)。内皿Nは、内皿孔N1から下方に向かって延設された管状部によって自立可能に構成されている(
図4~
図6)。管状部の管内空間は貯留空間N4を構成する。言い換えると、内皿孔N1は、略鉛直方向に延びる孔壁により画定された貯留空間N4を備える(
図4)。
【0028】
上述の管状部の下端は開放していてもよい。つまり、貯留空間N4の上端は内皿孔N1を通して開放しているが、その下端も開放した構成をとってよい。
下端が開放していても、内皿Nを容器本体Cに載置した際に、容器本体Cの底部によって塞がれるため、吸水体a2の設置に支障はない。
【0029】
貯留空間N4には吸水体a2が設置されている。吸水体a2の例として寒天、スポンジなどが挙げられるが、被験者の体液等、水分を吸水できるものであればこれらに限らない。貯留空間N4に載置する吸水体a2として寒天が好適に例示できる。
吸水体a2を貯留空間N4に載置することで、内皿孔N1に滴下する被験者の体液が吸液され、線虫の存在領域である内皿傾斜面N2に体液が流出してしまうことを防ぐことができる。
【0030】
図5に示すように、実施例1においては、吸水体a2は貯留空間N4の上部に空間が生じるように納置されている。このように空間に余裕のある構成とすることで、滴下した被験者の体液が、内皿傾斜面N2上に流出しにくくなる。
【0031】
なお、貯留空間N4の内部容積全部を埋めるように吸水体a2を設置してもよい。このような形態であっても、吸水体a2の吸水作用によって被験者の体液が内皿傾斜面N2上に流出することを防ぐことができる。
【0032】
なお、吸水体a2を設置せずとも、貯留空間N4には深さがあるため、体液の流出防止効果を得ることができる。
実施例1において、貯留空間N4の深さは約0.6cmであるが、これに限定されず例えば0.3cm~2cmに設定することができる。
【0033】
内皿Nを容器本体Cに格納し、蓋体Lで覆った状態において、貫通孔L1の直下に内皿孔N1が位置する(
図4)。このような構成とすることで、蓋体Lで容器本体Cを閉じた状態で、貫通孔L1を通じて内皿Nの内皿孔N1に被験者の体液を滴下することができる(
図6)。また、体液を滴下する際に、貫通孔L1からずれて蓋体Lの上面にこぼれてしまったとしても、体液が蓋体Lの蓋体傾斜面L2を伝って貫通孔L1に集約され、内皿孔N1に滴下される。
【0034】
実施例1の場合、蓋体傾斜面L2の傾斜角θ1は約10°である。なお、滴下した液体の貫通孔L1への到達を早めるために、これより大きく傾斜させても良い。加えて、傾斜面がなく平坦な蓋体を使用してもよい。蓋体傾斜面L2の傾斜角θ1は、例えば1°~30°に設計することができる。
【0035】
実施例1において貫通孔L1の直径Φ1は約0.8cmに構成されている。貫通孔L1の直径Φ1はこれに限定されず、例えば0.5cm~3cmに設計することができる。
【0036】
内皿孔N1の直径Φ2は約1.5cmに構成されているが、これに限定されず、例えば0.5cm~5cmに設計することができる。
【0037】
図4に示すよう貫通孔L1の直径Φ1は、内皿孔N1の直径Φ2と同一であるか又は小さいことが好ましい。これにより、貫通孔L1の上方より滴下した被験者の体液が、内皿孔N1以外の場所に落ちてしまうことを防ぐことができる。
【0038】
容器本体Cは、その内壁面から内側に突出するように内皿抑えC1を有している(
図3)。内皿抑えC1を備えることで、格納された内皿Nを抑え、安定させることができる。
内皿Nは容器本体Cの略中心上に位置するように、等間隔に配置された3つの内皿抑えC1によって保持されている。内皿Nは、その略中央に内皿孔N1を有する(
図3)。
【0039】
内皿Nは容器本体Cの略中心上にあることが好ましいが、特にその形態に限定されない。また、内皿抑えC1の個数は少なくとも1つ以上、より好ましくは2つ以上、さらに好ましくは3つ以上であるが、内皿抑えC1の個数はこれよりも多くしてもよい。
【0040】
内皿抑えC1の位置は、容器本体Cの内周において等間隔に設けられている(
図3)。これにより、内皿Nを安定に保持することができる。なお、内皿抑えC1の数が3以外の場合であっても、これを容器本体Cの内周において等間隔に設置することが好ましい。
【0041】
図6の(1)に示すように、実施例1のシャーレは容器本体Cの底部に吸水体a1が敷設されている。このような構成とすることで、吸水体によって内皿を固定し、前記内皿がずれることを防ぐことができる。
前記吸水体a1の例として例、寒天、スポンジなどが上げられるが、これらに限らない。なお、前記吸水体a1を設置しなくても実施例1のシャーレを使用することができる。
【0042】
内皿Nは内皿傾斜面N2を有している。内皿傾斜面N2は線虫が移動可能な表面を備える。このような構成をとることで、被験者の体液を内皿孔N1に滴下した際の、内皿傾斜面N2上の線虫の忌避行動、誘因行動、又は、どちらともいえない曖昧な行動を観察することができる。特に、線虫が斜面を登る負担があるにも関わらず、あえて内皿傾斜面N2を登る行動(内皿孔N1から離れる行動)をとる場合には、被験者の体液から離れようとする線虫の忌避行動が強く表れているものと評価できる。つまり、線虫が内皿傾斜面N2を登る行動が観察された場合には、線虫が健常者の体液に対する忌避行動をとっているものと高精度に判定することができる構成となっている。
【0043】
線虫が移動可能な表面は、加工によって容易に実現することができる。
線虫の移動が可能な表面を実現する加工例として、内皿傾斜面N2に寒天培地等を敷設することが挙げられる。以下、内皿傾斜面N2に寒天を敷設する方法を例示する。
【0044】
まず、内皿Nの少なくとも内部空間に、純水に溶解させた寒天を充填し、固化させる。次に、内皿傾斜面N2の形に沿って、任意の厚みを内皿内部表面に残存させるように、内皿内部の寒天を削り出す。上記の手法を取ることで、内皿傾斜面N2に任意の厚みの寒天培地を敷設することができる。
【0045】
また、内皿傾斜面N2と相似の形状を有する金型を用意する。内皿傾斜面N2と前記金型を一定の間隙をもって固定し、その間隙に純水に溶解させた寒天を流し込み固化させる。その後、金型を取り外すことで、任意の厚みの寒天が内皿傾斜面N2に敷設された、内皿Nを得ることができる。
【0046】
なお、寒天の種類について、アガロース寒天等、当業者であれば一般的に使用できるものを用いることができる。また、内皿傾斜面N2に寒天培地を敷設する上述の方法は一例であり、これに限られない。
【0047】
また、線虫が移動可能な表面を実現する方法として、傾斜面に線虫が張り付くことなく移動できるように、内皿傾斜面N2に水や緩衝液等の水分を噴霧又は塗布して濡らす方法が挙げられる。この場合、水分保持性の向上の観点から、内皿傾斜面N2の表面には、親水性プラズマ表面加工などの親水性付与加工が施されていることが好ましい。親水性を表面に付与することによって、表面に噴霧等された液体の表面張力によって線虫の移動が妨げられることを抑制することができる。
【0048】
上述の緩衝液としては以下のように調製したものが挙げられる。まず、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)を3g、リン酸二ナトリウム(Na2HPO4)を6g、塩化ナトリウム(NaCl)を5g、蒸留水を加えて1000mlとし、均一な水溶液とする。次に、この水溶液をオートクレーブに20分間かけ、減菌処理を行う。次に、この水溶液を静置し、約60度まで冷却する。最後に、この水溶液に、減菌処理を施した1mol/Lの硫酸マグネシウム(MgSO4)を1ml加える。
【0049】
上記緩衝液は、親水性付与加工のされた内皿傾斜面N2の表面を濡らす用途で使用してもよいし、内皿傾斜面N2の表面に寒天を敷設する形態にあっては、その寒天に吸液させる用途で使用してもよい。
【0050】
図5に示すように、内皿傾斜面N2は、内皿孔N1の周縁から外側に向かうに伴って漸次上方に傾斜している。内皿傾斜面N2は傾斜θ2を有している。実施例1におけるθ2の角度は約5°であるがこれに限定されない。例えば、内皿傾斜面の傾斜角度θ2は、好ましくは5°~30°に設定することができる。
【0051】
傾斜角度θ2を前記の範囲とすることで、尿への誘因行動とは無関係に重力によって内皿傾斜面N2から線虫が落下することを防ぎつつ、線虫が傾斜を登る際の負担を大きくし、匂いに対する忌避行動の強さを明確に視認することができる。
【0052】
実施例1のシャーレを用いた線虫の行動を観察する方法について説明する。
内皿Nを容器本体Cに格納し、容器本体Cの底部及び貯留空間N4に、吸水体a1及びa2をそれぞれ敷設する。なお、上述のとおり、吸水体a1及びa2の敷設は必須ではないため、かかる工程を省略しても構わない。
【0053】
次いで内皿傾斜面N2に線虫を配置する。配置する線虫の数は限定されないが、例えば10~300匹、より好ましくは50~200匹、さらに好ましくは80~120匹とすることができる。
【0054】
線虫としては、体長1mm程度で動物に必要な最小限の体制を全て揃えており、室温での飼育が可能な上、系統維持が比較的容易である、といった利点を有するセノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)が好適に用いられる。
【0055】
内皿傾斜面N2に線虫を配置した後、容器本体Cに蓋体Lを被せ、貫通孔L1を通して内皿孔N1に被験者の体液を滴下する。なお、蓋体Lにより容器本体Cの被覆は、必須でないため省略することが可能である。
【0056】
本実施例においては、被験者の体液Sとして尿を用いる。なお、尿の視認性を向上させるために、尿を予め着色させておくことが好ましい。
被験者の体液Sは原液でも希釈されていてもよい。また希釈の際に、純水や緩衝液などを適宜使用してもよい。
【0057】
次に、内皿傾斜面N2に配置された線虫の行動を観察する。上述のとおり線虫は健常者の尿に対しては忌避行動(尿から離れる行動)をとり、癌患者の尿に対しては誘因行動(尿に近づく行動)をとるという性質を有する。実際にはこれら2つの行動のどちらともいえない曖昧な行動をとる個体も発生する。
【0058】
本発明において、内皿孔N1に滴下した尿が健常者由来のものであった場合には、線虫は内皿孔N1から離れようと内皿傾斜面N2を登る行動をとりうる。線虫は内皿傾斜面N2の外縁方向に移動し、観察時間及び個体によっては外縁から容器本体Cの底に落下するものも観察される。
【0059】
一方、内皿孔N1に滴下した尿が癌患者由来のものであった場合には、線虫は内皿孔N1に近づこうと内皿傾斜面N2を下る行動をとりうる。内皿孔N1に向かって移動した線虫の中には、観察時間及び個体によっては内皿孔N1に落下するものも観察される。
【0060】
線虫の中には、内皿孔N1に滴下した尿が健常者のものであれ癌患者のものであれ、忌避行動および誘因行動のいずれにも該当しない曖昧な行動をとる個体も現れる。
【0061】
実施例1のシャーレを用いた線虫の行動観察方法には、線虫の忌避行動を鋭敏に発見できるという有利な効果がある。線虫が斜面を登る負担があるにも関わらず、あえて内皿傾斜面N2を登る行動(内皿孔N1から離れる行動)をとる場合には、健常者の尿から離れようとする線虫の忌避行動が強く表れているものと評価できる。つまり、実施例1のシャーレによる線虫の行動観察は、線虫の忌避行動の発見にあるものといえる。
【0062】
したがって、内皿孔N1に被験者の尿を滴下した後に、線虫が内皿傾斜面N2を登る行動をとる場合には、これを健常者の尿からの忌避行動であると高精度に判定できる。
一方、線虫が忌避行動以外の行動(誘因行動又は曖昧行動)をとる場合には、尿を提供した被験者が健常者であると判定できないということであり、「要精密検査推奨」と判断することができる。要精密検査に該当する検体については、実施例1のシャーレを用いて、改めて複数回の再検査を行う実施形態としてもよい。
【0063】
定量的な観察のために、尿を貯留空間N4に滴下した直後を0秒とし、そこから5秒後、10秒後、20秒後、30秒後、45秒後、60秒後、80秒後、120秒後、150秒後、180秒後等、所定の時間間隔における、線虫の内皿傾斜面N2における存在状態を写真に記録し、各時間経過時における、線虫の位置の変化を観察することが好ましい。
実施例2のシャーレを使用する場合には、内皿孔N1から露出している吸水体a1に被験者の体液を滴下して吸水させる。これにより、線虫が配置される内皿傾斜面N2に、被験者の体液が流出することを防ぐことができる。
内皿傾斜面N2の構成、内皿抑えC1の構成、吸水体a1の具体例、シャーレを使用した試験の具体的方法、その他具体的態様は、実施例1で説明した事項を援用することができる。