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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066035
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】試料観察台および試料計測装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20240508BHJP
   G01Q 30/10 20100101ALI20240508BHJP
   G02B 21/28 20060101ALI20240508BHJP
   G02B 21/30 20060101ALI20240508BHJP
   H01J 37/20 20060101ALI20240508BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20240508BHJP
【FI】
G01N1/28 W
G01Q30/10
G02B21/28
G02B21/30
H01J37/20 A
H01J37/28 X
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022175241
(22)【出願日】2022-11-01
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「界面相互作用計測による高分子境界膜の潤滑機構解明」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 伸太郎
【テーマコード(参考)】
2G052
2H052
5C101
【Fターム(参考)】
2G052AA40
2G052AD32
2G052AD52
2G052DA26
2G052DA33
2G052EB11
2G052EB12
2G052EB13
2G052GA01
2G052GA31
2G052HC02
2G052HC17
2G052HC22
2G052HC42
2G052JA02
2G052JA08
2G052JA11
2G052JA15
2G052JA27
2H052AD23
2H052AD24
5C101AA02
5C101BB04
5C101FF16
(57)【要約】
【課題】ナノ計測において、試料ステージの熱膨張または熱収縮を抑制しつつ、試料を加熱または冷却することのできる試料観察台を提供する。
【解決手段】試料91を加熱または冷却可能なナノ計測用の試料観察台1は、試料91を加熱または冷却する温度調整素子11と、試料91を設置する試料ステージ21と、温度調整素子11と試料ステージ21との間にはさんで設置された、熱伝導性および柔軟性を持つ熱媒体31と、を備える。熱媒体31の熱伝導率は、試料ステージ21の熱伝導率より高い。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を加熱または冷却可能なナノ計測用の試料観察台であって、
試料を加熱または冷却する温度調整素子と、
前記試料を設置する試料ステージと、
前記温度調整素子と前記試料ステージとの間にはさんで設置された、熱伝導性および柔軟性を持つ熱媒体と、
を備え、
前記熱媒体の熱伝導率は、前記試料ステージの熱伝導率より高いことを特徴とする試料観察台。
【請求項2】
前記熱媒体を構成する材料は、液体金属、熱伝導性グリースまたは熱伝導性ゴムのいずれかを含むことを特徴とする請求項1に記載の試料観察台。
【請求項3】
前記温度調整素子は、ヒーターまたはペルチェ素子を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の試料観察台。
【請求項4】
前記試料ステージを構成する材料は、石英ガラスまたはインバーを含むことを特徴とする請求項1または2に記載の試料観察台。
【請求項5】
前記試料ステージを構成する材料は、熱整流性を持つことを特徴とする請求項1または2に記載の試料観察台。
【請求項6】
熱膨張または熱収縮による前記試料ステージの変動が抑制されることを特徴とする請求項1または2に記載の試料観察台。
【請求項7】
前記温度調整素子は、複数のコンピュータプログラムによって制御されることを特徴とする請求項1または2に記載の試料観察台。
【請求項8】
請求項1または2に記載の試料観察台と、
ナノ計測装置と、
を備えることを特徴とする試料計測装置。
【請求項9】
前記ナノ計測装置は、原子間力顕微鏡、光学顕微鏡、レーザー顕微鏡、電子顕微鏡またはナノインデンターのいずれかを含むことを特徴とする請求項8に記載の試料計測装置。
【請求項10】
レオロジーを解析することを特徴とする請求項8に記載の試料計測装置。
【請求項11】
弾性率または硬さの少なくともいずれかを解析することを特徴とする請求項8に記載の試料計測装置。
【請求項12】
前記ナノ計測装置は、複数のナノ計測装置を含むことを特徴とする請求項8に記載の試料計測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、試料観察台および試料計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
試料の表面凹凸形状あるいは試料の表面物性を測定する走査型プローブ顕微鏡において、試料の表面温度を測定する手段と表面温度測定手段を移動させる手段を有することで、温度を測定したいポイントに表面温度測定手段を移動する技術が開示されている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003-222582
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ナノメートルスケールの構造の計測(以下、「ナノ計測」ともいう)において、試料を加熱・冷却し、その温度依存性等を測定したい場合がある。このとき、試料観察台の試料ステージの熱膨張・熱収縮が問題となる。すなわち、試料の温度依存性等を測定するために試料を加熱または冷却すると、試料ステージのステージ面が熱膨張または熱収縮する。その結果、計測装置と試料との間の距離が、時間的に変動する。こうした変動は、計測精度・信頼性の低下の原因となる。特に試料ステージの周囲に大気や気体が存在すると、気体の流れや熱対流により、加熱面の温度が変動しやすくなる。これが原因となって、計測に支障をきたす程度まで、測定面(測定位置)が変動する場合もある。測定環境によっては、周囲の大気・気体の流れを遮断するのは困難なこともある。また気体が存在する場合、熱対流を避けることができない。ナノメートルスケールの変動を加熱・冷却素子の制御で抑制しようとすると、極めて高い精度での制御が必要となる。このような精密な制御は、実際には困難である。
【0005】
さらにミクロな領域の測定においては、加熱を均一に行うことが求められる。しかし加熱の均一性は、試料と試料ステージとの間の密着性に依存する。従って、正確な計測のためには、試料と試料ステージとの間の密着性を十分高める必要がある。このとき上記のように試料ステージが熱膨張または熱収縮すると、こうした密着性が損なわれる。
【0006】
本開示はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、ナノ計測において、試料ステージの熱膨張または熱収縮を抑制しつつ、試料を加熱または冷却することのできる試料観察台を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本開示のある態様の試料観察台は、試料を加熱または冷却可能なナノ計測用の試料観察台であって、試料を加熱または冷却する温度調整素子と、試料を設置する試料ステージと、温度調整素子と試料ステージとの間にはさんで設置された熱伝導性および柔軟性を持つ熱媒体と、を備える。熱媒体の熱伝導率は、試料ステージの熱伝導率より高い。
【0008】
ある実施の形態では、熱媒体を構成する材料は、液体金属、熱伝導性グリースまたは熱伝導性ゴムのいずれかを含んでもよい。
【0009】
ある実施の形態では、温度調整素子は、ヒーターまたはペルチェ素子を含んでもよい。
【0010】
ある実施の形態では、試料ステージを構成する材料は、石英ガラスまたはインバーを含んでもよい。
【0011】
ある実施の形態では、試料ステージを構成する材料は、熱整流性を持ってもよい。
【0012】
ある実施の形態では、熱膨張または熱収縮による試料ステージの変動が抑制されてもよい。
【0013】
ある実施の形態では、温度調整素子は、複数のコンピュータプログラムによって制御されてもよい。
【0014】
本開示の別の態様は、試料計測装置である。この試料計測装置は、前述のいずれかの試料観察台と、ナノ計測装置と、を備える。
【0015】
ある実施の形態では、ナノ計測装置は、原子間力顕微鏡、光学顕微鏡、レーザー顕微鏡、電子顕微鏡またはナノインデンターのいずれかを含んでもよい。
【0016】
ある実施の形態では、ナノ計測装置は、レオロジーを解析してもよい。
【0017】
ある実施の形態では、ナノ計測装置は、弾性率または硬さの少なくともいずれかを解析してもよい。
【0018】
ある実施の形態では、ナノ計測装置は、複数のナノ計測装置を含んでもよい。
【0019】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本開示の表現を方法、装置、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【発明の効果】
【0020】
本開示によれば、ナノ計測において、試料ステージの熱膨張または熱収縮を抑制しつつ、試料を加熱または冷却することのできる試料観察台を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】第1の実施の形態に係る試料観察台を模式的に示す側面図である。
図2】従来の試料観察台を模式的に示す側面図である。
図3】第2の実施の形態に係る試料計測装置を模式的に示す側面図である。
図4】検証実験に用いた従来の試料観察台を模式的に示す側面図である。
図5】検証実験に用いた作成例1の試料観察台を模式的に示す側面図である。
図6】検証実験に用いた作成例2の試料観察台を模式的に示す側面図である。
図7】従来例の試料観察台を用いたときの実験結果を示すグラフである。
図8】作成例1の試料観察台を用いたときの実験結果を示すグラフである。
図9】作成例2の試料観察台を用いたときの実験結果を示すグラフである。
図10】作成例1および作成例2に関し、加熱後10,000秒から10,100秒までのナノ隙間の時間的変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本開示を好適な実施の形態をもとに各図面を参照しながら説明する。実施の形態及び変形例では、同一又は同等の構成要素、部材には同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図面における部材の寸法は、理解を容易にするために適宜拡大、縮小して示す。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要でない部材の一部は省略して表示する。また、第1、第2などの序数を含む用語が多様な構成要素を説明するために用いられるが、こうした用語は一つの構成要素を他の構成要素から区別する目的でのみ用いられ、この用語によって構成要素が限定されるものではない。
【0023】
[第1の実施の形態]
図1は、本開示の第1の実施の形態に係る試料観察台1を模式的に示す側面図である。試料観察台1は、温度調整素子11と、試料ステージ21と、熱媒体31と、基部41と、固定治具51と、断熱材61と、を備える。試料ステージ21の上に、試料91が配置される。
【0024】
温度調整素子11は、試料91の温度依存性などの測定を可能とするために、試料91を加熱または冷却するための素子である。
【0025】
一例として、温度調整素子11は、試料を加熱するためのヒーター、または試料を加熱もしくは冷却するためのペルチェ素子を含んでもよい。
【0026】
温度調整素子11は、複数のコンピュータプログラムによって制御されてもよい。
【0027】
試料ステージ21は、試料91を設置して観察するためのステージであり、熱膨張率が低く(すなわち、硬く)薄い材料から構成される。試料ステージ21は、温度調整素子11と試料91との間で熱が伝わるように、一定の熱伝導率を持つ材料で構成される。
【0028】
一例として、試料ステージ21を構成する材料は、石英ガラスまたはインバーなどを含んでもよい。
【0029】
あるいは、試料ステージ21を構成する材料は、熱整流性を持ってもよい。
【0030】
熱媒体31は、温度調整素子11と試料ステージ21との間にはさんで設置される。熱媒体31は、温度調整素子11と試料91との間で熱が効率的に伝わるように、熱伝導性を持つ材料で構成される。さらに熱媒体31は、温度調整素子11によって加熱または冷却されたとき変形できるように、柔軟性を持つ材料で構成される。
【0031】
試料ステージ21は、熱膨張率が低く温度調整素子11によって加熱または冷却されたとき、熱媒体31に比べてごくわずかにしか変形しないか、またはまったく変形しない。
【0032】
上記のように、温度調整素子11と試料91との間では、試料ステージ21および熱媒体31を介して、熱が伝わる。
【0033】
一例として、熱媒体31は、液体金属、熱伝導性グリースまたは熱伝導性ゴムなどの材料から構成されてもよい。
【0034】
基部41は、温度調整素子11を下から支える。
【0035】
固定治具51は、試料ステージ21を下から支える。
【0036】
断熱材61は、基部41と固定治具51との間に配置され、基部41から固定治具51に(従って、基部41から試料ステージ21に)熱が伝わることを防ぐ。
【0037】
試料観察台1においては、熱膨張または熱収縮による試料ステージ21の変動が抑制されてもよい。
【0038】
以下、温度調整素子11を用いて試料91を加熱する場合を例にとって、試料観察台1の動作を説明する。
【0039】
温度調整素子11が動作すると、温度調整素子11の熱は熱媒体31に伝わる。熱媒体31は、熱伝導性を持つ材料で構成されているため、温度調整素子11からの熱は試料ステージ21に伝わる。さらに熱媒体31は、柔軟性のある材料で構成されているため、加熱されると変形する。従って熱媒体31は、試料ステージ21に対してほとんど力を及ぼさない。
【0040】
試料ステージ21は、一定の熱伝導性を持つ薄い材料で構成されているため、熱媒体31からの熱は試料91に伝わる。これにより試料91は、熱による物理的または化学的影響を受ける。従って、外部に設置したナノ計測装置等を用いて、試料91の温度依存性等を計測することができる。
【0041】
一方、試料ステージ21は、熱膨張率が低く、硬く薄い材料から構成される。このことと、熱媒体31の柔軟性に起因して熱媒体31から力を受けないこととにより、試料ステージ21の熱による変形は、ごくわずかでしかないか、またはまったくない。
【0042】
従って、温度調整素子11により試料91を加熱しても、試料ステージ21のステージ面の熱膨張または熱収縮が抑制され、ナノ計測装置と試料91との間の距離の時間的変動が抑制される。さらに試料91と試料ステージ21との間の密着性が保たれる。その結果、計測の精度・信頼性が向上する。
【0043】
以上の説明は、温度調整素子11を用いて試料91を加熱する場合であったが、温度調整素子11を用いて試料91を冷却する場合も同様である。
【0044】
以上述べたように、本実施の形態によれば、ナノ計測において、試料ステージの熱膨張または熱収縮を抑制しつつ、試料を加熱または冷却することができる。
【0045】
[従来技術との比較]
図2は、従来技術による試料観察台2を模式的に示す側面図である。試料観察台2は、温度調整素子12と、試料ステージ22と、基部42と、固定治具52と、を備える。試料ステージ22の上に、試料92が配置される。すなわち試料観察台2は、図1の試料観察台1に対して、熱媒体31を備えていない点で異なる。
【0046】
この場合、温度調整素子12が動作すると、温度調整素子12の熱は試料ステージ22に直接伝わる。すると、温度調整素子12および試料ステージ22は熱膨張または熱収縮し、試料ステージ22のステージ面が変位する。そして、外部のナノ計測装置82と試料92との間の距離が、時間的に変動する。その結果、計測精度・信頼性が低下する。
【0047】
[第2の実施の形態]
図3は、本開示の第2の実施の形態に係る試料計測装置3を模式的に示す側面図である。試料計測装置3は、図1の試料観察台1と、ナノ計測装置83と、を備えた試料計測装置である。すなわち、試料計測装置3は、試料93を加熱または冷却する温度調整素子13と、試料93を設置する試料ステージ23と、温度調整素子13と試料ステージ23との間にはさんで設置された熱伝導性の熱媒体33と、基部43と、固定治具53と、断熱材63と、ナノ計測装置83と、を備える。試料ステージ23の上に、試料93が配置される。
【0048】
本実施の形態によれば、試料ステージの熱膨張または熱収縮を抑制しつつ、試料を加熱または冷却し、試料のナノ計測を行うことができる。
【0049】
ナノ計測装置83は、原子間力顕微鏡、光学顕微鏡、レーザー顕微鏡、電子顕微鏡またはナノインデンターのいずれかを含んでもよい。
【0050】
試料計測装置3は、レオロジーを解析することに利用されてもよい。
【0051】
試料計測装置3は、試料93の弾性率または硬さの少なくともいずれかを解析することに利用されてもよい。
【0052】
ナノ計測装置83は、複数のナノ計測装置を含んで構成されてもよい。
【0053】
[検証実験]
本開示により実現される効果を検証するために、本発明者は、実施の形態に係る2種類の試料観察台(作成例1および作成例2)を作成し、試料の温度依存性を測定する実験を行った。
【0054】
測定対象の試料には、自動車エンジン用の潤滑油を用いた。ナノ計測装置と試料との間の距離の時間的変動を抑えることができれば、例えばナノ隙間における潤滑油のずり粘弾性の温度依存性を正確に計測することができる。ナノ計測装置として光ファイバプローブを用いた場合、力感度0.1nNのせん断力を検出するためには、0.1nm程度の隙間分解能が必要と考えられる。
【0055】
[従来例]
図4は、対照実験に用いた従来技術による試料観察台4を模式的に示す側面図である。試料観察台4は、温度調整素子14と、試料ステージ24と、基部44と、固定治具54と、を備える。本例の場合、温度調整素子14はヒーターである。試料ステージ24の上に、試料94(自動車用潤滑油)が直接配置される。試料94は、ナノ計測装置84を用いて計測する。本例の場合、ナノ計測装置84は光ファイバプローブである。
【0056】
温度調整素子14が加熱されると、温度調整素子14および試料ステージ24は熱膨張により変形し、ナノ計測装置84と試料94との間のナノ隙間は時間的に変動する。例えばナノ隙間の変動を1nm以下に抑えるためには、温度の変動をおおよそ0.01℃以下にする必要があることが知られている。しかし実際にはこのような精密な温度制御は難しい。従って従来技術では、数10nmの隙間が発生する。
【0057】
[作成例1]
図5は、作成例1に係る試料観察台5を模式的に示す側面図である。試料観察台5は、温度調整素子15と、試料ステージ25と、熱媒体35と、基部45と、固定治具55と、を備える。本例の場合、温度調整素子15はヒーターである。試料ステージ25の上に、試料95(自動車エンジン用潤滑油)が直接配置される。試料95は、ナノ計測装置85を用いて計測する。本例の場合、ナノ計測装置85は光ファイバプローブである。
【0058】
熱媒体35は、熱伝導性ゴムから作られ、中空の円筒の形状をなす。この熱伝導性ゴムの熱伝導率は、6.0W/m・Kである。
【0059】
温度調整素子15が加熱されると、熱媒体35は膨張とするとともに変形し、円筒形の半径方向につぶれていく。これにより、試料ステージ25に与えられる力が低減される。その結果、温度調整素子15の熱膨張によるナノ隙間変動は、熱媒体35の変形により吸収される。
【0060】
[作成例2]
図6は、作成例2に係る試料観察台6を模式的に示す側面図である。試料観察台6は、温度調整素子16と、試料ステージ26と、熱媒体36と、基部46と、固定治具56と、を備える。本例の場合、温度調整素子16はヒーターである。試料ステージ26の上に、試料96(自動車エンジン用潤滑油)が直接配置される。試料96は、ナノ計測装置86を用いて計測する。本例の場合、ナノ計測装置86は光ファイバプローブである。
【0061】
熱媒体36は、液体金属であるガリウムである。熱媒体36は、温度調整素子16と試料ステージ26との間に置かれた筐体の中に、所定の容積率(100%未満)で充填される。ガリウムの熱伝導率は、40.8W/m・Kである。これは、作成例1で用いた熱伝導性ゴムの熱伝導率の6.8倍である。
【0062】
温度調整素子16が加熱されると、熱媒体36は膨張して筐体内の空間を埋めていく。熱媒体36の上面は、試料ステージ26に接触する。これにより、温度調整素子16の熱は、試料ステージ26に伝わる。一方、熱媒体36は、液体金属であるガリウムであるため、極めて柔軟性が高く、試料ステージ25に与えられる力は小さい。その結果、温度調整素子16の熱膨張によるナノ隙間変動は、熱媒体36の膨張により吸収される。
【0063】
図7に、従来例に係る試料観察台4を用いたときのナノ隙間の変動を示す。横軸は時間であり(単位は、秒)、縦軸はナノ隙間の鉛直方向の大きさである。
【0064】
図7には、加熱温度を40℃に設定したときの結果を示す。ナノ隙間の大きさは、加熱後、約30秒周期で、約40nmと約200nmの間でゆらいでいることが分かる。こうしたゆらぎは、計測の精度・信頼性を低下させる原因となる。
【0065】
図8に、第1の作成例に係る試料観察台5を用いたときのナノ隙間の変動を示す。横軸は時間であり(単位は、秒)、縦軸はナノ隙間の鉛直方向の大きさである。
【0066】
図8には、加熱温度をそれぞれ40℃、60℃、80℃に設定したときの結果を示す。ナノ隙間の大きさは、加熱後、550秒でピークに達した後、徐々に減少し、12,000秒~16,000秒でほぼ安定している。この点で、図7の場合と大きく異なる。すなわちナノ隙間の安定性は、従来例に比べて大きく改善されている。しかしながら安定状態に到達した後も、特に高温では時間的なゆらぎが残る点ではまだ改善の余地が残る。
【0067】
図9に、第2の作成例に係る試料観察台6を用いたときのナノ隙間の変動を示す。横軸と縦軸の意味と単位は、図8と同じである。
【0068】
図8と同様に、図9には、加熱温度をそれぞれ40℃、60℃、80℃に設定したときの結果を示す。ナノ隙間の大きさは、加熱後、増加を続けた後、5,000秒~8,000秒でほぼ安定する。図8と比べると、図9では、安定状態に到達した後の時間的なゆらぎが遥かに小さいことが見て取れる。
【0069】
図10に、作成例1および作成例2に関し、加熱後10,000秒から10,100秒までのナノ隙間の時間的変化を示す(加熱温度は80℃)。図示されるように、作成例1では、ナノ隙間は、数nmで変動しながら徐々に増加している。一方、作成例2では、ナノ隙間は、変動が1nm以下に抑えられたまま、一定の大きさを保っている。すなわち、作成例2では、ナノ測定の目標であるナノ隙間の変動が1nm以下である条件が満足されている。
【0070】
上記のように、作成例1と作成例2とで、ナノ隙間の変動に差があるのは、主に熱媒体の熱伝導率の違いによるものと考えられる。
【0071】
[本開示の各態様]
以下、本開示の各態様についてまとめる。本開示のある態様の試料観察台は、試料を加熱または冷却可能なナノ計測用の試料観察台であって、試料を加熱または冷却する温度調整素子と、試料を設置する試料ステージと、温度調整素子と試料ステージとの間にはさんで設置された熱伝導性および柔軟性を持つ熱媒体と、を備える。
【0072】
この態様によれば、ナノ計測において、試料ステージの熱膨張または熱収縮を抑制しつつ、試料を加熱または冷却することのできる試料観察台を提供することができる。
【0073】
ある態様では、熱媒体を構成する材料は、液体金属、熱伝導性グリースまたは熱伝導性ゴムのいずれかを含む。
【0074】
この態様によれば、好適な材料を特定して熱媒体を作成することができる。
【0075】
ある態様では、温度調整素子は、ヒーターまたはペルチェ素子を含む。
【0076】
この態様によれば、好適な材料を特定して温度調整素子を作成することができる。
【0077】
ある態様では、試料ステージを構成する材料は、石英ガラスまたはインバーを含む。
【0078】
この態様によれば、好適な材料を特定して試料ステージを作成することができる。
【0079】
ある態様では、試料ステージを構成する材料は、熱整流性を持つ。
【0080】
この態様によれば、試料ステージに熱整流性を持たせることができるので、応用範囲が広がる。
【0081】
ある態様では、熱膨張または熱収縮による試料ステージの変動が抑制される。
【0082】
この態様によれば、ナノ計測における、試料の温度依存性等の測定精度および測定の信頼性が向上する。
【0083】
ある態様では、温度調整素子は、複数のコンピュータプログラムによって制御される。
【0084】
この態様によれば、温度調子素子の温度制御を高い精度で行うことができる。
【0085】
本開示のある態様の試料計測装置は、上記のいずれかの態様の試料観察台と、ナノ計測装置と、を備える。
【0086】
この態様によれば、試料ステージの熱膨張または熱収縮を抑制しつつ、試料を加熱または冷却し、試料のナノ計測を行うことができる。
【0087】
ある態様では、ナノ計測装置は、原子間力顕微鏡、光学顕微鏡、レーザー顕微鏡、電子顕微鏡またはナノインデンターのいずれかを含む。
【0088】
この態様によれば、好適なナノ計測装置を特定して試料計測装置を製造することができる。
【0089】
ある態様では、試料計測装置は、レオロジーを解析することに用いられる。
【0090】
この態様によれば、ナノ計測により、高精度のレオロジー解析を実現することができる。
【0091】
ある態様では、試料計測装置は、試料の弾性率または硬さを解析することに用いられる。
【0092】
この態様によれば、ナノ計測により、ナノ計測により、高精度に試料の弾性率または硬さを解析することができる。
【0093】
ある態様では、ナノ計測装置は、複数のナノ計測装置を含む。
【0094】
この態様によれば、複数のナノ計測装置を用いて、高精度のナノ計測を実現することができる。
【0095】
以上、本開示のいくつかの実施の形態をもとに説明した。これらの実施の形態は例示であり、いろいろな変形および変更が本開示の特許請求の範囲内で可能なこと、またそうした変形例および変更も本開示の特許請求の範囲にあることは当業者に理解されるところである。従って、本明細書での記述および図面は限定的ではなく例証的に扱われるべきものである。
【0096】
上述した各実施の形態と変形例の任意の組み合わせもまた本開示の実施の形態として有用である。組み合わせによって生じる新たな実施の形態は、組み合わされる各実施の形態および変形例それぞれの効果をあわせもつ。
【0097】
実施の形態および変形例を抽象化した技術的思想を理解するにあたり、その技術的思想は実施の形態および変形例の内容に限定的に解釈されるべきではない。前述した実施の形態および変形例は、いずれも具体例を示したものにすぎず、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「実施の形態」との表記を付して強調している。しかしながら、そのような表記のない内容でも設計変更が許容されることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本開示の試料観察台および試料計測装置は、ナノ計測において、試料を加熱または冷却し、その温度依存性等を測定することに利用することができる。
【符号の説明】
【0099】
1・・試料観察台、
2・・試料観察台、
3・・試料計測装置、
4・・試料観察台、
5・・試料観察台、
6・・試料観察台、
11・・温度調整素子、
12・・温度調整素子、
13・・温度調整素子、
14・・温度調整素子、
15・・温度調整素子、
16・・温度調整素子、
21・・試料ステージ、
22・・試料ステージ、
23・・試料ステージ、
24・・試料ステージ、
25・・試料ステージ、
26・・試料ステージ、
31・・熱媒体、
33・・熱媒体、
35・・熱媒体、
36・・熱媒体、
41・・基部、
42・・基部、
43・・基部、
44・・基部、
45・・基部、
46・・基部、
51・・固定治具、
52・・固定治具、
53・・固定治具、
54・・固定治具、
55・・固定治具、
56・・固定治具、
61・・断熱材、
63・・断熱材、
82・・ナノ計測装置、
83・・ナノ計測装置、
84・・ナノ計測装置、
85・・ナノ計測装置、
86・・ナノ計測装置、
91・・試料、
92・・試料、
93・・試料、
94・・試料、
95・・試料、
96・・試料。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10