(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066110
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】細胞培養足場、および細胞を培養する手法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20240508BHJP
【FI】
C12M3/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022175417
(22)【出願日】2022-11-01
(71)【出願人】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(71)【出願人】
【識別番号】501270287
【氏名又は名称】帝人フロンティア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100169085
【弁理士】
【氏名又は名称】為山 太郎
(72)【発明者】
【氏名】藤田 聡
(72)【発明者】
【氏名】石黒 歩実
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 優美子
(72)【発明者】
【氏名】神山 三枝
(72)【発明者】
【氏名】秋山 里桜子
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA21
4B029BB01
4B029CC02
4B029CC10
(57)【要約】
【課題】ポリエステル短繊維を含む細胞培養足場であって、細胞培養効率や生存率(活性)を向上させることが可能な細胞培養足場、および細胞を培養する手法を提供する。
【解決手段】ポリエステル短繊維からなり、繊維径が0.4~30μm、かつ長さLと直径Dの比L/Dが200~1500の主体繊維Aと、繊維径が1.2~30μmのバインダー繊維Bとを含むことを特徴とする細胞培養足場である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステル短繊維からなり、繊維径が0.4~30μm、かつ長さLと直径Dの比L/Dが200~1500の主体繊維Aと、繊維径が1.2~30μmのバインダー繊維Bとを含むことを特徴とする細胞培養足場。
【請求項2】
目付けが10~100g/m2、空隙率が65%以上、厚みが0.2~1mm、平均孔径が5~60μm、ガーレ透気度が0.005~0.05sec/100ccであり、多孔質構造の孔径の屈曲度合いを表す曲路率が1以下である、請求項1に記載の細胞培養足場。
曲路率τ=((d×ε×v×t)/(405.9×L×Ps))1/2
ただし、t:ガーレ透気度、v:空気の平均分子速度=500m/sec、ε:空隙率、d:平均孔径、L:不織布厚み、Ps:標準圧力=101.3kPaである。
【請求項3】
平均孔径の孔径分布が全体の20~45%である、請求項2に記載の細胞培養足場。
【請求項4】
細胞培養足場が湿式不織布からなる、請求項1に記載の細胞培養足場。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の細胞培養足場を、バイオリアクターに培養液とともに供給する、細胞を培養する手法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル短繊維を含む細胞培養足場であって、細胞培養効率や生存率(活性)を向上させることが可能な細胞培養足場、および細胞を培養する手法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療やワクチンに必要な、酵素、ホルモン、抗体、サイトカイン、ウイルス(ウイルスたんぱく質)等のタンパク質が培養細胞を用いて工業的に産生されている。しかし、こうしたたんぱく質の生産技術は効率面に課題を抱えており、それが持続的かつ広範な供給が不可欠であるバイオ医薬品について、タイムリーな安定供給等に影響を及ぼす状況が生じていた。そのため、効率的かつ安定で迅速な生産方法の確立に向けて、高密度に細胞を培養する技術や、高効率かつ安定で迅速な生産方法の確立に向けて、高密度に細胞を培養する技術や、高効率連続生産法等のたんぱく質の産生量を増大させるような技術が求められていた。
【0003】
タンパク質を産生させる細胞として、培養基材に接着する足場依存性の接着細胞が用いられることがある。こうした細胞は、足場依存的に増殖するため、シャーレ、プレートまたはチャンバーの表面に接着させて培養する必要がある。従来、こうした接着細胞を大量に培養するためには、接着するための表面積を大きくする必要があった。ところが、培養面積を大きくするためには、空間を必然的に増大させる必要があり、それが培養効率を低下させ、設備の煩雑化や大型化を招く要因となっていた。
【0004】
培養空間を小さくしつつ、接着細胞を大量に培養する方法として、微小多孔を有する担体、特に、マイクロキャリアを用いた培養法が開発されている(例えば、特許文献1)。マイクロキャリアを用いた細胞培養系は、マイクロキャリアが互いに凝集しないようにするために十分に攪拌・拡散される必要がある。そのため、マイクロキャリアを分散させた培養液を十分に攪拌・拡散することができるだけの容積が必要となるため、培養できる細かな粒子を分別できるフィルターで分離させる必要があり、それがバイオ医薬品等のたんぱく質やワクチン等の生産性を低下させる原因ともなっていた。こうした状況から、高密度の細胞を培養する細胞培養の方法論が望まれていた。
【0005】
従来、付着性培養細胞の培養において、高密度培養を目的としてポリエステル繊維からなる繊維集積体を用いる培養方法(例えば、特許文献2)、皮膚や歯周組織、顎骨などの組織再生・修復用の足場やテンプレートとしての不織布シートを用いる方法(例えば、特許文献3)、繊維束を構成する繊維間の配向と平均繊維径の両方を制御することによって、細胞の接着性と増殖性の両方の効率を向上させる方法(例えば、特許文献4)、さらに、骨補填材を含有する不織布を細胞足場材として使用する骨芽細胞を増殖させる方法(例えば、特許文献5)が知られている。また、哺乳動物や昆虫細胞の培養用支持体として、ポリエステル不織布で構成されるマクロ多孔性担体であるBioNOCII(登録商標)担体が市販されている。一方、不織布(ポリフッ化ビニリデン繊維)を足場として用いる細胞移植を目的とした3次元培養において、間葉系間質細胞の増殖における該繊維の断面形状の影響を検討した報告もある(例えば、非文献文献1)。また、ポリオレフィン繊維を親水化処理した細胞培養足場およびモジュールにより培養する方法も知られている(例えば、特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2003/054174号パンフレット
【特許文献2】特開平8-33473号公報
【特許文献3】特開2015-158026号公報
【特許文献4】国際公開第2016/068279号パンフレット
【特許文献5】特開2012-192105号公報
【特許文献6】特開2019-126342号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Schellengber.A.,et al.,PLOS One,vol.9,e94353(2014).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ポリエステル短繊維を含む細胞培養足場であって、細胞培養効率や生存率(活性)を向上させることが可能な細胞培養足場、および細胞を培養する手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究した結果、前記課題を達成できる細胞培養足場、および細胞を培養する手法を発明するに至った。かくして、本発明によれば以下の発明が提供される。
(1)ポリエステル短繊維からなり、繊維径が0.4~30μm、かつ長さLと直径Dの比L/Dが200~1500の主体繊維Aと、繊維径が1.2~30μmのバインダー繊維Bとを含むことを特徴とする細胞培養足場。
(2)目付けが10~100g/m2、空隙率が65%以上、厚みが0.2~1mm、平均孔径が5~60μm、ガーレ透気度が0.005~0.05sec/100ccであり、多孔質構造の孔径の屈曲度合いを表す曲路率が1以下である、上記(1)に記載の細胞培養足場。
曲路率τ=((d×ε×v×t)/(405.9×L×Ps))1/2
ただし、t:ガーレ透気度、v:空気の平均分子速度=500m/sec、ε:空隙率、d:平均孔径、L:不織布厚み、Ps:標準圧力=101.3kPaである。
(3)平均孔径の孔径分布が全体の20~45%である、上記(2)に記載の細胞培養足場。
(4)細胞培養足場が湿式不織布からなる、上記(1)~(3)のいずれかに記載の細胞培養足場。
(5)上記(1)~(4)のいずれかに記載の細胞培養足場を、バイオリアクターに培養液とともに供給する、細胞を培養する手法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ポリエステル短繊維を含む細胞培養足場であって、細胞培養効率や生存率(活性)を向上させることが可能な細胞培養足場、および細胞を培養する手法が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。本発明は、ポリエステル短繊維からなり、繊維径が0.4~30μm、かつ長さLと直径Dの比L/Dが200~1500の主体繊維Aと、繊維径が1.2~30μmのバインダー繊維Bとを含むことを特徴とする細胞培養足場である。かかる構成を有することにより、高空隙率を保ちながら、比表面積の大きな足場とすることにより、効果的に細胞培養速度を向上させ、培養進行中に活性の高い状態を維持することが可能となる。また、本発明の細胞培養足場は不織布からなる。
【0012】
ここで、主体繊維Aの繊維径は0.4~30μmの範囲であることが重要であり、0.7~20μmが好ましい。該繊維径が0.4μm未満の非常に細い繊維の場合は、単位重量あたりの本数が著しく多くなり、その繊維の細さから積層しやすく、ち密な不織布構造を形成してしまい、細胞の成長スペースが減少して、不織布表面をメインに成長することとなる。その際、細胞塊が密接になりやすく、栄養や酸素が行き届かなくなり、成長速度が鈍化したり、活性が落ちたりするおそれがある。逆に、該繊維径が30μmを超えると、単位重量当たりの本数が少なくなり、繊維間どうしの絡み合いで構造を形成する不織布では、形状を固定するために目付けを大きくして厚みが上がる方向となり、不織布の中央部への培養液や酸素の流入・入れ替えが起こりにくくなり、培養速度の低減をもたらす可能性がある。
【0013】
なお、本発明において、単繊維の横断面形状が丸断面以外の異型断面である場合には、繊維径は、単繊維の横断面の外接円の直径を用いるものとする。
【0014】
また、主体繊維A(ポリエステル短繊維)を形成するポリエステルとしては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリトリメチレンテレフタレート(PTT)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンナフタレートの他、これらを主たる繰返し単位とし、その他のコモノマー成分としてイソフタル酸や5-スルホイソフタル酸金属塩等の芳香族ジカルボン酸やアジピン酸、セバシン酸等の脂肪族ジカルボン酸やε-カプロラクトン等のヒドロキシカルボン酸縮合物、ジエチレングリコールやトリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ヘキサメチレングリコール等のグリコール成分等を更に共重合させた共重合体が好ましい。マテリアルリサイクルまたはケミカルリサイクルされたポリエステルや、特開2009-091694号公報に記載された、バイオマスすなわち生物由来の物質を原材料として得られたモノマー成分を使用してなるポリエチレンテレフタレートであってもよい。さらには、特開2004-270097号公報や特開2004-211268号公報に記載されているような、特定のリン化合物およびチタン化合物を含む触媒を用いて得られたポリエステルでもよい。
【0015】
さらには、主体繊維A(ポリエステル短繊維)がポリアルキレンテレフタレートで構成されていることが好ましく、構成成分の60モル%以上がエチレンテレフタレート単位であることがより好ましい。その理由は、後述する通り、未延伸糸をフロー延伸することで、均一極細化が容易であるところ、エチレンテレフタレートを主たる成分とするポリアルキレンテレフタレートで容易であるためである。なお、該ポリマー中には、本発明の目的を損なわない範囲内で必要に応じて、カチオン染料可染剤、着色防止剤、熱安定剤、蛍光増白剤、艶消し剤、着色剤、吸湿剤、無機微粒子が1種または2種以上含まれていてもよい。
【0016】
エチレンテレフタレートを主たる構成成分とするポリアルキレンテレフタレートからなる未延伸糸を溶融紡糸で得て、70~100℃の温水中または熱媒浴中で5倍以上、好ましくは10~50倍のフロー延伸することで、前記の繊維径を有する主体繊維Aを製造することができる。
【0017】
また、強度を向上させるために、フロー延伸後、室温~ガラス転移温度近傍の温度でネック延伸し、熱収縮率低減のための熱処理(定長状態あるいは弛緩状態)を施すことが好ましい。また、本発明で用いる繊維は公知の方法によりクリンパー等を用いて捲縮を付与することができる。捲縮数としては、5~20山/25.4mmとすることが好ましい。また捲縮を固定した後、上記の範囲で繊維をカットし、短繊維を得ることができる。
【0018】
ここで、繊維径1μm以下の極細繊維(「ナノファイバー」ということもある。)の製造方法としては、特に限定されないが、国際公開第2005/095686号パンフレットに開示された方法が好ましい。すなわち、繊維径およびその均一性の点で、繊維形成性熱可塑性ポリマーからなる島成分と、前記の繊維形成性熱可塑性ポリマーよりもアルカリ水溶液に対して溶解し易いポリマー(以下、「易溶解性ポリマー」ということもある。)からなる海成分を有する複合繊維にアルカリ減量加工を施し、前記海成分を溶解除去したものであることが好ましい。
【0019】
その際、海成分を形成するアルカリ水溶液易溶解性ポリマーの、島成分を形成する繊維形成性熱可塑性ポリマーに対する溶解速度比が200以上(好ましくは300~3000)であると、島分離性が良好となり好ましい。溶解速度が200倍未満の場合には、繊維断面中央部の海成分を溶解する間に、分離した繊維断面表層部の島成分が、繊維径が小さいために溶解されるため、海相当分が減量されているにもかかわらず、繊維断面中央部の海成分を完全に溶解除去できず、島成分の太さ斑や島成分自体の溶剤侵食につながり、均一な繊維径の繊維が得られないおそれがある。
【0020】
海成分を形成する易溶解性ポリマーとしては、特に繊維形成性の良いポリエステル類、脂肪族ポリアミド類、ポリエチレンやポリスチレン等のポリオレフィン類を好ましい例としてあげることができる。さらに具体例を挙げれば、ポリ乳酸、超高分子量ポリアルキレンオキサイド縮合系ポリマー、ポリアルキレングリコール系化合物と5-ナトリウムスルホイソフタル酸の共重合ポリエステルが、アルカリ水溶液に対して溶解しやすく好ましい。ここでアルカリ水溶液とは、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム水溶液等を言う。これ以外にも、海成分と、該海成分を溶解する溶液の組合せとしては、ナイロン6やナイロン66等の脂肪族ポリアミドに対するギ酸、ポリスチレンに対するトリクロロエチレン等やポリエチレン(特に高圧法低密度ポリエチレンや直鎖状低密度ポリエチレン)に対する熱トルエンやキシレン等の炭化水素系溶剤、ポリビニルアルコールやエチレン変性ビニルアルコール系ポリマーに対する熱水を例として挙げることができる。
【0021】
ポリエステル系ポリマーの中でも、5-ナトリウムスルホイソフタル酸6~12モル%と分子量4000~12000のポリエチレングリコールを3~10質量%共重合させた固有粘度が0.4~0.6のポリエチレンテレフタレート系共重合ポリエステルが好ましい。ここで、5-ナトリウムスルホイソフタル酸は親水性と溶融粘度向上に寄与し、ポリエチレングリコール(PEG)は親水性を向上させる。また、PEGは分子量が大きいほど、その高次構造に起因すると考えられる親水性増加作用があるが、反応性が悪くなってブレンド系になるため、耐熱性や紡糸安定性の面で問題が生じる可能性がある。また、共重合量が10質量%以上になると、溶融粘度が低下するおそれがある。
【0022】
一方、島成分を形成するポリエステルとしては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、これらを主たる繰返し単位とする、イソフタル酸や5-スルホイソフタル酸金属塩等の芳香族ジカルボン酸やアジピン酸、セバシン酸等の脂肪族ジカルボン酸やε-カプロラクトン等のヒドロキシカルボン酸縮合物、ジエチレングリコールやトリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ヘキサメチレングリコール等のグリコール成分等との共重合体が好ましい。なお、島成分は丸断面に限らず、三角断面や扁平断面等の異型断面であってもよい。
【0023】
前記の海成分を形成するポリマーおよび島成分を形成するポリマーについて、製糸性および抽出後の主体繊維の物性に影響を及ぼさない範囲で、必要に応じて、艶消し剤、有機充填剤、酸化防止剤、熱安定剤、光安定剤、難燃剤、滑剤、帯電防止剤、防錆剤、架橋剤、発泡剤、蛍光剤、表面平滑剤、表面光沢改良剤、フッ素樹脂等の離型改良剤等の各種添加剤を含んでいても差しつかえない。
【0024】
前記の海島型複合繊維において、溶融紡糸時における海成分の溶融粘度が島成分ポリマーの溶融粘度よりも大きいことが好ましい。かかる関係にある場合には、海成分の複合質量比率が40%未満と少なくなっても、島同士が接合や、島成分の大部分が接合して海島型複合繊維とは異なるものになり難い。
【0025】
好ましい溶融粘度比(海/島)は、1.1~2.0、特に1.3~1.5の範囲であるこの比が1.1倍未満の場合には溶融紡糸時に島成分が接合しやすくなり、一方2.0倍を越える場合には、粘度差が大きすぎるために紡糸調子が低下しやすい。
【0026】
次に島数は、100以上(より好ましくは300~1000)であることが好ましい。また、その海島複合質量比率(海:島)は、20:80~80:20の範囲が好ましい。かかる範囲であれば、島間の海成分の厚みを薄くすることができ、海成分の溶解除去が容易となり、島成分の極細繊維への転換が容易になるので好ましい。ここで海成分の割合が80質量%を越える場合には海成分の厚みが厚くなりすぎ、一方、20質量%未満の場合には海成分の量が少なくなりすぎて、島間に接合が発生しやすくなる。
【0027】
溶融紡糸に用いられる口金としては、島成分を形成するための中空ピン群や微細孔群を有するもの等任意のものを用いることができる。例えば、中空ピンや微細孔より押し出された島成分とその間を埋める形で流路を設計されている海成分流とを合流し、これを圧縮することにより海島断面が形成されるといった紡糸口金でもよい。吐出された海島型複合繊維は冷却風により固化され、所定の引き取り速度に設定した回転ローラーあるいはエジェクターにより引き取られ、未延伸糸を得る。この引き取り速度は特に限定されないが、200~5000m/分であることが望ましい。200m/分以下では生産性が悪くなるおそれがある。また、5000m/分以上では紡糸安定性が悪くなるおそれがある。
【0028】
得られた繊維は、海成分を抽出後に得られる極細繊維の用途・目的に応じて、そのままカット工程あるいはその後の抽出工程に供してもよいし、目的とする強度・伸度・熱収縮特性に合わせるために、延伸工程や熱処理工程を経由して、カット工程あるいはその後の抽出工程に供することができる。延伸工程は紡糸と延伸を別ステップで行う別延方式でもよいし、一工程内で紡糸後直ちに延伸を行う直延方式を用いてもよい。
【0029】
次に、かかる複合繊維を、島径Dに対する繊維長Lの比L/Dが200~1500の範囲内となるようにカットする。かかるカットは、数十本~数百万本単位に束ねたトウにしてギロチンカッターやロータリーカッター等でカットすることが好ましい。
【0030】
前記の繊維径Dを有する繊維は、前記複合繊維にアルカリ減量加工を施すことにより得られる。その際、アルカリ減量加工において、繊維とアルカリ液の比率(浴比)は0.1~5%であることが好ましく、さらには0.4~3%であることが好ましい。0.1%未満では繊維とアルカリ液の接触は多いものの、排水等の工程性が困難となるおそれがある。一方、5%を越えると繊維量が多過ぎるため、アルカリ減量加工時に繊維同士の絡み合いが発生するおそれがある。なお、浴比は下記式にて定義する。
浴比(%)=(繊維質量(gr)/アルカリ水溶液質量(gr)×100)
【0031】
また、アルカリ減量加工の処理時間は5~60分であることが好ましく、さらには10~30分であることが好ましい。5分未満ではアルカリ減量が不十分となるおそれがある。一方、60分を越えると島成分までも減量されるおそれがある。
【0032】
また、アルカリ減量加工において、アルカリ濃度は2~10質量%であることが好ましい。2質量%未満では、アルカリ不足となり、減量速度が極めて遅くなるおそれがある。一方、10質量%を越えるとアルカリ減量が進みすぎ、島部分まで減量されるおそれがある。
【0033】
なお、前記のカット工程とアルカリ減量工程の順序を逆にして、まずアルカリ減量加工を行った後、カットを行ってもよい。
【0034】
本発明において、バインダー繊維B(以下、「熱融着性繊維」ということもある。)は、熱融着性を有する繊維であり、不織布の構造を固定するために必須である。かかるバインダー繊維Bとしては、未延伸繊維(複屈折率(Δn)が0.05以下であり、「低配向」ということもある。)または複合繊維を用いることができる。
【0035】
ここで、バインダー繊維Bにおいて、繊維径(単繊維直径)は1.2~30μmであることが重要である。また、バインダー繊維Bは短繊維であることが好ましく、アスペクト比(繊維径Dに対する繊維長Lの比L/D)としては、100~2500の範囲内であることが好ましい。
【0036】
上記の未延伸繊維としては、紡糸速度が好ましくは800~1200m/分、さらに好ましくは900~1150m/分で紡糸された未延伸ポリエステル繊維が挙げられる。ここで、未延伸繊維に用いられるポリエステルとしては、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートが挙げられ、好ましくは生産性、水への分散性等の理由から、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレートが好ましい。
【0037】
一方、複合繊維としては、抄紙後に施す80~170℃の熱処理によって融着し接着効果を発現するポリマー成分(例えば、非晶性共重合ポリエステル)が鞘部に配され、これらのポリマーより融点が20℃以上高い他のポリマー(例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等の通常のポリエステル)が芯部に配された芯鞘型複合繊維が好ましい。なお、バインダー繊維Bは、バインダー成分(低融点成分)が単繊維の表面の全部または一部を形成している、芯鞘型複合繊維、偏心芯鞘型複合繊維、サイドバイサイド型複合繊維等の公知のバインダー繊維でもよい。
【0038】
ここで、上記非晶性共重合ポリエステルは、テレフタル酸、イソフタル酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、5-ナトリウムスルホイソフタル酸、アジピン酸、セバシン酸、アゼライン酸、ドデカン酸、1,4-シクロヘキサンジカルボン酸等の酸成分と、エチレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、ジエチレングリコール、1,4-シクロヘキサンジオール、1,4-シクロヘキサンジメタノール等のジオール成分とのランダムまたはブロック共重合体として得られる。中でも、従来から広く用いられているテレフタル酸、イソフタル酸、エチレングリコールおよびジエチレングリコールを主成分として用いることがコストの面で好ましい。このような共重合ポリエステルは、ガラス転移点が50~100℃の範囲となり、明確な結晶融点を示さない。
【0039】
本発明の細胞培養足場は前記の主体繊維Aとバインダー繊維Bとを用いて不織布を製造することにより得られる。その際、主体繊維Aの重量比率としては不織布重量対比55~90重量%であることが好ましい。また、バインダー繊維Bの重量比率としては不織布重量対比10~45重量%であることが好ましい。また、繊維径1μm以下(好ましくは300~900nm)の極細繊維(ナノファイバー)を不織布重量対比1~20重量%含んでいてもよい。
【0040】
その際、細胞培養足場(不織布)において、目付けが10~100g/m2であることが好ましい。また、厚みが0.2~1mmであることが好ましい。目付けが10g/m2より小さい場合や厚みが0.2mmより小さい場合、培養中に折れ曲がったり、賦形がしにくくなるおそれがある。また、100g/m2より大きい場合や厚みが1mmより大きい場合、培養液中での攪拌の際に、自重で沈殿しやすくおそれがある。
【0041】
また、細胞培養足場(不織布)において、空隙率が65%以上(より好ましくは65~95%)であることが好ましい。空隙率が65%未満の場合は、繊維間空隙が小さく、不織布内部の連通孔や空隙に細胞が侵入せずに、不織布表面での細胞培養成長となるおそれがある。
【0042】
また、細胞培養足場(不織布)において、ガーレ透気度が0.005~0.05sec/100ccであることが好ましい。ガーレ透気度が0.005sec/100ccよりも小さい場合は、単位重量あたりの繊維量が少なく、細胞の足場となる領域の比表面積が小さいために、培養速度が小さくなるおそれがある。一方、0.05sec/100ccより大きくなると、密度が高く、不織布表面での培養となり、効率が悪くなるおそれがある。
【0043】
また、細胞培養足場(不織布)において、多孔質構造の孔径の屈曲度合いを表す、曲路率が1以下(より好ましくは0.2~1)であることが好ましい。曲路率が1よりも高い場合、不織布内の連通孔が曲がりくねっていることを示しており、細胞の成長にも屈曲性を強いることになるおそれがある。
曲路率τ=((d×ε×v×t)/(405.9×L×Ps))1/2
ここで、t:ガーレ透気度、v:空気の平均分子速度=500m/sec、ε:空隙率、d:平均孔径、L:不織布厚み、Ps:標準圧力=101.3kPaである。
【0044】
また、細胞培養足場(不織布)において、平均孔径が5~60μmであることが好ましい。さらには、平均孔径の孔径分布が全体の20~45%であることが好ましい。孔径分布が広く、ランダムな孔径分布を持つ方が、細胞サイズや成長細胞塊サイズに広く適応できる足場となるため好ましい。平均孔径の孔径分布45%を越える場合は、孔サイズの均一性傾向となり、不織布表面での成長となる可能性があり、培養効率が低下するおそれがある。20%未満では、繊維の分散が不十分に起因する孔径の分布の幅が広くなり、粗密差が大きく、不均一性が強く、培養効率が低下するおそれがある。なお、細孔径値(d)を算出するd=Cγ/Pから、孔径の分布を求め、全体の孔径個数に対する平均孔径の個数比率を孔径分布とする。Pは圧力(Pa)、C:圧力定数:2860、γは測定液の表面エネルギー(dynes/cm)である。
【0045】
また、本発明の足場は、湿式不織布であることが好ましい。湿式不織布の製造法は、水中に短繊維を分散したスラリーの均一性が高く、斑のない安定した空隙構造の形成に優位である。乾式法では、高空隙率構造形成には有利であるが、空隙サイズの斑が20%未満となる傾向があり、空隙が大きすぎて有効な足場となりにくい。かかる湿式不織布を製造する方法としては、通常の長網抄紙機、短網抄紙機、丸網抄紙機、あるいはこれらを複数台組み合わせて多層抄きなどとして抄紙した後、熱処理する製造方法が好ましい。その際、熱処理工程としては、抄紙工程後、ヤンキードライヤー、エアースルードライヤーのどちらでも可能である。また、熱処理の後、金属/金属ローラー、金属/ペーパーローラー、金属/弾性ローラーなどのカレンダーを施してもよい。
【0046】
また、多層構造を有する不織布の製造方法としては、例えば、前記のような湿式不織布を得た後、カレンダー機などを用いて接着させるとよい。
【0047】
かくして得られた細胞培養足場は、連通孔を有する多孔質の不織布からなるので,培養液や細胞回収時に用いる酵素液を基材内部にまでよく浸透させるために,基材内部に細胞が浸潤して増殖しやすくなるとともに,内部に浸潤した細胞を回収しやすくなる。細胞の初期接着は重要であるが、撹拌培養や振盪培養を想定した場合、表面に接着した細胞は剥がれやすい。そのため、長期にわたる高密度培養の基材としては、繊維内部によく浸潤する基材が好ましい。
【0048】
次に、本発明の細胞を培養する手法は、カットしたシート状の前記細胞培養足場、またはマットまたはスポンジ状に加工した前記の細胞培養足場をディッシュ、フラスコ、カラム、タンクなどのバイオリアクターに培養液とともに静置、分散、充填し、培養液を静置培養、振盪培養、撹拌培養、灌流培養などの手法によって供給することで細胞を培養する手法である。
かかる手法により、細胞培養効率や生存率(活性)を向上させることが可能となる。
【実施例0049】
以下に実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されているものではない。実施例中の物性は、以下の方法により測定した。
【0050】
(1)繊維径
SEM等で繊維断面写真を撮影し測定した。ただし、繊維径は、単繊維横断面におけるその外接円の直径を用いた(n数5の平均値)。
【0051】
(2)繊維長
走査型電子顕微鏡(SEM)により、短繊維を基盤上に寝かせた状態とし、20~500倍で繊維長Lを測定した(n数5の平均値)。その際、SEMの測長機能を活用して繊維長Lを測定した。
【0052】
(3)目付け
JIS P8124(紙のメートル坪量測定方法)に基づいて目付を測定した。
【0053】
(4)厚み
JIS P8118(紙及び板紙の厚さと密度の測定方法)に基づいて厚みを測定した。測定荷重は75g/cm2にて、サンプル数=5で測定し、平均値を求めた。
【0054】
(5)空隙率
上記目付け、厚み、ポリエチレンテレフタレート繊維密度(g/cm3)から下記式にて計算した。
空隙率(%)=100-((目付け)/(厚み)/繊維密度×100)
【0055】
(6)孔径
ASTM-F-316-86にて平均孔径、最大孔径を求めた。なお、試験液の表面張力は15.9dynes/cmである。
【0056】
(7)ガーレ透気度
JIS P8117 (紙および板紙の透気度試験方法)に基づいて実施した。
【0057】
(8)引張強度・伸度
JIS P8113 (紙および板紙の引張強さと試験方法)に基づいて実施した。
【0058】
(9)曲路率
曲路率τ=((d×ε×v×t)/(405.9×L×Ps))1/2
ただし、t:ガーレ透気度、v:空気の平均分子速度=500m/sec、ε:空隙率、d:平均孔径、L:不織布厚み、Ps:標準圧力=101.3kPaである。
【0059】
(10)平均孔径の孔径分布
細孔径値(d)を算出するd=Cγ/Pから、孔径の分布を求め、全体の孔径個数に対する平均孔径の個数比率を孔径分布とした。Pは圧力(Pa)、C:圧力定数:2860、γは測定液の表面エネルギー(dynes/cm)である。
【0060】
[実施例1]
ポリエチレンテレフタレートを常法により、紡糸、延伸、カットした、繊維径12.6μm×長さ5mmのカットファイバー70重量%と、繊維径14.4μm×長さ5mmの未延伸タイプ(低配向性ポリエチレンテレフタレート繊維)のバインダーカットファイバー30重量%を水中に界面活性剤と粘剤を添加した水中に分散させて、カットファイバーが均一分散したスラリーを一定量ポンプ供給し、短網により抄き上げ、脱水およびプレス処理をして水分率を低下させた後、120℃のドライヤーでプレスと乾燥後、巻き取り、湿式不織布を得た。
【0061】
該湿式不織布シートを1.5cm四方の大きさに切断、重量を測定したのち、酸素プラズマにより親水化処理して培養ディッシュに配置したのち、増殖培地(DMEM/10%FBS)に懸濁したCHO細胞を播種し、ひと晩静置して37℃炭酸ガスインキュベータ内で培養した。翌日、該不織布を、20ml増殖培地を入れた遠心管にディッシュから移し、シェイカーを用いて振盪培養を行った。培養3日目および7日目に、トリプシン処理により不織布から細胞を回収し、血球計算盤を用いて細胞数を計測した。評価結果を表1、表2に示す。
【0062】
[実施例2]
国際公開第2005/095686号パンフレットに開示された方法により得た、繊維径700nm×カット長0.5mmのポリエチレンテレフタレートナノファイバー3重量%と、ポリエチレンテレフタレートを常法により、紡糸、延伸、カットした、繊維径12.6μm×長さ5mmのカットファイバー67重量%と、繊維径14.4μm×長さ5mmの未延伸タイプ(低配向性ポリエチレンテレフタレート繊維)のバインダーカットファイバー30重量%を水中に界面活性剤と粘剤を添加した水中に分散させた以外は、実施例1と同様に実施した。評価結果を表1、表2に示す。
【0063】
[実施例3]
実施例2と同じ繊維径700nm×カット長0.5mmのナノファイバー10重量%と、実施例2と同じ繊維径12.6μm×長さ5mmのカットファイバー60重量%と、実施例2と同じ繊維径14.4μm×長さ5mmの未延伸タイプ(低配向性ポリエチレンテレフタレート繊維)のバインダーカットファイバー30重量%を水中に界面活性剤と粘剤を添加した水中に分散させた以外は、実施例1と同様に実施した。評価結果を表1、表2に示す。
【0064】
[実施例4]
ポリエチレンテレフタレートを常法により、紡糸、延伸、カットした、繊維径7.5μm×長さ5mmのカットファイバー60重量%と、繊維径10.6μm×長さ5mmの未延伸タイプ(低配向性ポリエチレンテレフタレート繊維)のバインダーカットファイバー40重量%を水中に界面活性剤と粘剤を添加した水中に分散させた以外は、実施例1と同様に実施した。評価結果を表1、表2に示す。
【0065】
[比較例1]
実施例2と同じ繊維径700nm×カット長0.5mmのナノファイバー40重量%と、実施例2と同じ繊維径12.6μm×長さ5mmのカットファイバー30重量%と、繊維径14.4μm×長さ5mmの未延伸タイプ(低配向性ポリエチレンテレフタレート繊維)のバインダーカットファイバー30重量%を水中に界面活性剤と粘剤を添加した水中に分散させた以外は、実施例1と同様に実施した。その後、金属/弾性ローラ―の組合せからなるカレンダー工程にて、ローラー表面温度190℃にて熱処理を行った。
【0066】
[比較例2]
国際公開第2005/095686号パンフレットに開示された方法により得た、繊維径200nm×カット長0.5mmのナノファイバー8重量%と、実施例2と同じ繊維径12.6μm×長さ5mmのカットファイバー62重量%と、繊維径14.4μm×長さ5mmの未延伸タイプ(低配向性ポリエチレンテレフタレート繊維)のバインダーカットファイバー30重量%を水中に界面活性剤と粘剤を添加した水中に分散させた以外は、実施例1と同様に実施した。
【0067】
実施例1~4では、平均孔径が大きく、空隙率65%以上、ガーレ透気度0.005~0.05sec/100ccであり、曲路率が1以下である。一方、比較例1では、ナノファイバーのブレンド率が高いために、空隙率は81.8%と比較的大きい値を示すも、極細繊維の効果により平均孔径が小さく、ガーレ透気度大により、曲路率が1.1と大きくなることから、細胞足場や成長空間の提供の点で、問題がある。さらに、比較例2においては、200nmのナノファイバーを使用することにより、さらに本数増加とそれによる平均孔径が小さく、曲路率が大きくなる。
【0068】
細胞培養の結果、実施例1、2、4では繊維表面だけでなく、繊維内部にも細胞がよく浸潤した。また、実施例3は、繊維内部への浸潤はあまり見られなかったが、培養効率は本発明の目的を満たすものであった。以上、実施例に示した通り、高空隙率と孔径分布幅が広く、曲路率が小さいことにより、細胞が不織布内部に侵入しやすく、また成長のスペースや培養液の入れ替わりが容易なため、成長速度が速く、生存率(活性)も高い、足場であった。
【0069】
一方、比較例1、2では繊維内部への浸潤はあまり見られなかった。比較例1、2は繊維が密であるために初期の細胞接着は良好であり、そのために7日後にも細胞増殖は良好に見えたが、内部への細胞浸潤は不完全であった。
【0070】
【0071】
【0072】
本発明によれば、ポリエステル短繊維を含む細胞培養足場であって、細胞培養効率や生存率(活性)を向上させることが可能な細胞培養足場、および細胞を培養する手法が得られ、その工業的価値は極めて大である。