(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066248
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】加熱処理装置の設計装置
(51)【国際特許分類】
H05B 6/10 20060101AFI20240508BHJP
【FI】
H05B6/10 371
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022175712
(22)【出願日】2022-11-01
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 雅俊
(72)【発明者】
【氏名】大塚 篤
【テーマコード(参考)】
3K059
【Fターム(参考)】
3K059AD04
3K059AD05
3K059CD65
(57)【要約】
【課題】ワークを誘導加熱する加熱処理装置におけるコイルの外形形状の最適形状を導出することができる加熱処理装置の設計装置を提供する。
【解決手段】コイル10によってワークWの被加熱部Whの表面温度をワークWのキュリー点以上に誘導加熱する加熱処理装置30を設計するための設計装置1である。設計装置1は、被加熱部Whの表面から所定深さの位置Waを設定する深さ位置設定部31と、被加熱部Whの深さ位置Waにおける複数の任意点を測定点W1~W3…とし、誘導加熱の開始から予め指定された指定時間Tsが経過した時点での測定点同士の間の温度差に相関する目的関数Qを設定する目的関数設定部33と、誘導加熱の開始から指定時間Tsが経過する前の期間における被加熱部Whの表面温度の上昇率の最小値を規制した状態で、目的関数Qが最小値となるようにコイル10の外形形状を最適化した形状を導出する最適形状演算部35とを備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークの被加熱部に対向するように配置されたコイルによって、上記被加熱部の表面温度を上記ワークのキュリー点以上に誘導加熱する加熱処理装置を設計するための設計装置であって、
上記被加熱部の表面から所定深さの位置を設定する深さ位置設定部と、
上記被加熱部の上記所定深さの位置における複数の任意の点を測定点とし、上記誘導加熱の開始から予め指定された指定時間が経過した時点での上記測定点同士の間の温度差に相関する目的関数を設定する目的関数設定部と、
上記誘導加熱の開始から上記指定時間が経過する前の期間における上記被加熱部の表面温度の上昇率の最小値を規制した状態で、上記目的関数が最小値となるように上記コイルの外形形状を最適化した形状を導出する最適形状演算部と、を備える、加熱処理装置の設計装置。
【請求項2】
上記コイルの表面上の一点を位置が固定された固定点に設定し、その他の上記コイルの表面上の任意点を位置の変動が許容された変動許容点とすることにより上記上昇率を規制した状態とする固定点設定部を備え、
上記最適形状演算部は、上記目的関数が最小値となるように上記固定点を除いた上記コイルの外形形状を最適化した形状を導出する、請求項1に記載の加熱処理装置の設計装置。
【請求項3】
上記被加熱部は凹部を有し、上記固定点は上記凹部の最深部から法線方向に延ばした仮想線上に位置する、請求項2に記載の加熱処理装置の設計装置。
【請求項4】
上記加熱処理装置は、上記誘導加熱により上記ワークの焼き入れ処理を行うように構成されており、
上記深さ位置設定部は、予め設定された上記ワークの上記焼き入れ処理における有効硬化深さに基づいて上記深さの位置を設定する、請求項1~3のいずれか一項に記載の加熱処理装置の設計装置。
【請求項5】
上記目的関数設定部は、上記誘導加熱の開始から上記指定時間が経過した時点における上記測定点全体の平均温度と任意の上記測定点の温度との温度差に基づいて上記目的関数を設定する、請求項1~3のいずれか一項に記載の加熱処理装置の設計装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱処理装置の設計装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、コイルを用いてワークを誘導加熱して熱処理を行う構成が開示されている。当該構成では、ワークの端部に補助基材を接触させて、ワークとともに補助基材も誘導加熱する。これにより、補助基材に渦電流を生じさせて、エッジ効果によるワークの端部の過剰加熱を抑制してワークにおける熱処理の均一化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、誘導加熱によりワークにおける被加熱部の表面温度がキュリー点を超えると、被加熱部の表面は強磁性を失う。その結果、被加熱部の表面に発生していた誘導電流が被加熱部の内部に移動して当該内部の電流密度が上昇するが、一方で被加熱部に表面における電流密度は低下することとなる。これにより、被加熱部の内部では引き続き誘導加熱が行われるものの、被加熱部の表面では部分的に温度低下して表面温度にバラつきが生じ、熱処理が均一に行われない場合がある。そこで、ワークを誘導加熱する加熱処理装置において、ワークの表面温度にバラつきが生じることが抑制されるコイルの外形形状の最適形状を見つけ出すことが求められる。
【0005】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたもので、ワークを誘導加熱する加熱処理装置におけるコイルの外形形状の最適形状を導出することができる加熱処理装置の設計装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、ワークの被加熱部に対向するように配置されたコイルによって、上記被加熱部の表面温度を上記ワークのキュリー点以上に誘導加熱する加熱処理装置を設計するための設計装置であって、
上記被加熱部の表面から所定深さの位置を設定する深さ位置設定部と、
上記誘導加熱の開始から予め指定された指定時間が経過したときの上記被加熱部における上記所定深さの位置での任意点間の温度差に相関する目的関数を設定する目的関数設定部と、
上記誘導加熱の開始から上記指定時間が経過する前の期間における上記被加熱部の表面温度の上昇率の最小値を規制した状態で、上記目的関数が最小値となるように上記コイルの外形形状を最適化した形状を導出する最適形状演算部と、を備える、設計装置にある。
【発明の効果】
【0007】
上記一態様の設計装置では、ワークの被加熱部の表面温度をキュリー点以上に誘導加熱する加熱処理装置におけるコイルの外形形状は、誘導加熱から予め指定された指定時間を経過した時点における被加熱部の表面から所定深さの位置の任意点間の温度差に相関する目的関数が最小値となるように最適化された形状としている。これにより、コイルの外形形状の最適化において、被加熱部の内部の電流密度の変化を考慮することができ、ワークの被加熱部の表面温度のバラつきを抑制することができるコイルの外形形状を導出することができる。
【0008】
さらに、上記一態様の設計装置では、誘導加熱の開始から上記指定時間経過した時点の上記温度差に相関する目的関数の最小化をするものであるため、当該指定時間経過時点以外の上記温度差を考慮する必要がない。これにより、設計装置における演算量を大幅に低減でき、演算負荷を低減することができる。
【0009】
また、上記最適形状の導出は、誘導加熱の開始から指定時間が経過する前の期間における被加熱部の表面温度の上昇率の最小値を規制した状態で行っている。そのため、単に誘導加熱による被加熱部の温度上昇を緩やかにすることで指定時間経過した時点では表面温度がキュリー点に達していない場合を除外することができるため、最適形状の精度を向上することができる。
【0010】
以上のごとく、上記態様によれば、ワークを誘導加熱する加熱処理装置におけるコイルの外形形状の最適形状を導出することができる加熱処理装置の設計装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】実施形態1における、設計装置の機能ブロック図。
【
図3】実施形態1における、ワーク及び初期形状を有するコイルの
図1のIII-III線位置断面図。
【
図4】実施形態1における、設計装置による熱処理解析と最適化処理の概要を説明する図。
【
図5】実施形態1における、設計装置による最適化のフロー図。
【
図6】実施形態1における、ワーク及び最適形状を有するコイルの
図1のIII-III線位置断面図。
【
図7】確認試験における、(a)試験例のコイル内部の測定点温度の例、(b)試験例のコイル表面の測定点温度の例を示す図。
【
図8】確認試験における、(a)比較例1のコイル表面の測定点温度の例を示す図、(b)比較例2のコイル表面の測定点温度の例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(実施形態1)
1.設計装置1の構成
実施形態1における設計装置1について、
図1を参照して説明する。設計装置1は、記憶装置と演算装置とにより構成され、熱処理解析部2と、最適化処理部3とを含む。設計装置1は、後述するコイル10の外形形状の最適形状を算出する。
【0013】
2.熱処理解析部2の構成
熱処理解析部2は、
図1及び
図2に示すように、解析モデルとして、コイル10及び制御部20を備える加熱処理装置30とワークWとを含む。コイル10の外形形状が、後述する設計装置1の設計対象となる。コイル10は、
図1に示すように円環状をなしており、
図3に示すように、内部に冷却用の冷媒が流通する冷媒流路10aを有する。コイル10の内側には、後述するワークWが位置している。コイル10は、
図3に示すように最適化前の初期状態では、断面の外形形状は矩形となっており、ワークWに対向するコイル内側面10bは初期状態で平面となっている。制御部20は、コイル10に高周波の交流電流を流して、コイル10の内側に設けられたワークWを誘導加熱する。
【0014】
加熱処理装置30による加熱処理の種類は限定されないが、後述するワークWのキュリー点Cp以上の温度まで加熱する処理とし、例えば、焼き入れ処理、焼きなまし処理、焼きならし処理などとすることができる。本実施形態1では、加熱処理装置30によりワークWの焼き入れ処理を行うものとする。焼き入れ処理の条件は、例えば、約900℃、10secの誘導加熱を行う。なお、高周波誘導電流による焼き入れ処理によって、ワークWにおいて必要な所だけ部分的に硬化させることができるとともに、処理時間の短縮を図ることができる。
【0015】
ワークWは、
図1に示すように、コイル10の内側に挿通された状態で、加熱処理装置30により誘導加熱される。ワークWは強磁性を有する材料であればよく、例えば、鉄、炭素鋼、ステンレス鋼などとすることができる。ワークWにおけるキュリー点Cp(キュリー温度)は、ワークWを形成する材料に基づいて定まる。例えば、キュリー点Cpは、鉄では約770℃であり、炭素鋼では700~800℃、ステンレス鋼では約750℃である。本実施形態1では、ワークWの材料はS55C(機械構造用炭素鋼材)であり、そのキュリー点は約735℃である。なお、キュリー点Cpは、磁性体において強磁性と常磁性の相転移が起こる温度であって、キュリー点を超えると磁性体は強磁性が消失し常磁性を有することとなる。
【0016】
ワークWの形状は限定されないが、コイル10の内側に挿通可能な形状及び大きさであるものとする。本実施形態1では、ワークWは略円柱状をなしており、軸方向Zの中ほどに凹部W0を有している。凹部W0は、ワークWの周方向に連続した溝状に形成されており、その断面形状は、
図3に示すように、略半円弧状の凹曲面をなしている。
【0017】
3.最適化処理部3の構成
図1に示す最適化処理部3は、コイル10の外形形状の最適化の処理を行う。最適化処理部3は、
図2に示すように、深さ位置設定部31、測定点温度取得部32、目的関数設定部33、固定点設定部34、最適形状演算部35を備える。
【0018】
深さ位置設定部31は、
図3に示すワークWの被加熱部Whにおける測定点W1~W3・・・の深さ位置Waを設定する。深さ位置Waは、被加熱部Whの表面からの所定深さの位置Waを指す。深さ位置Waの深さaは限定されないが、加熱処理装置30がワークWの焼き入れ処理を行うものである場合には、予め設定された焼き入れ処理における有効硬化深さと同等とすることができ、例えば、深さaは、1.0~10mm、好ましくは1.0~5.0mmとすることができ、本実施形態1では、深さaは3.0mmとしている。本実施形態1では、深さ位置Waは凹部W0の形状に対応した円弧部を有している。なお、有効硬化深さとは、焼き入れのまま又は200℃を超えない温度で焼き戻しを行ったときにおいて、硬化層の表面からビッカース硬さ550(550HV)の位置までの距離をいう。
【0019】
測定点温度取得部32は、ワークWの被加熱部Whにおいて深さ位置Waにおける測定点の温度を取得する。測定点は深さ位置Wa上の任意の点を設定することができる。本実施形態1では、深さ位置Wa上の第1~第3測定点W1~W3を例示する。なお、第1測定点W1は深さ位置Waの円弧部の上端位置であり、第2測定点W2は深さ位置Waの円弧部の中央位置であり、第3測定点W3は深さ位置Waの円弧部の下端位置である。なお、測定点温度取得部32により取得される測定点の温度は、熱処理解析部2において計算により求めれた理論値やシミュレーションに基づく推定値とすることができるが、これらに替えて、実際のワークWを誘導加熱して測定された実測値としてもよい。
【0020】
目的関数設定部33は、コイル10の外形形状の最適化のための目的関数を設定する。目的関数は、ワークWの被加熱部Whの誘導加熱の開始から指定時間Tsが経過した時点での、任意の点を測定点同士の間の温度差に相関する関数として設定する。目的関数は、例えば、ワークWの誘導加熱の開始から指定時間Tsが経過した時点における、測定点全体の平均温度と任意の測定点の温度との温度差に基づいて規定することができる。本実施形態1では、目的関数Qは、ワークWの誘導加熱の開始から指定時間Tsが経過した時点における、測定点全体の平均温度Taveとし、任意の測定点の温度Tとし、被加熱部Whの範囲Ωとしたとき、下記の式(1)により表す関数として規定される。
【0021】
【0022】
目的関数における温度差を取得する指定時間Tsは限定されないが、例えば、加熱処理装置30がワークWの焼き入れ処理を行う場合には、指定時間Tsは予め設定された焼き入れ処理時間と同等の時間とすることができる。本実施形態1では、指定時間Tsは焼き入れ処理時間と同等の10secとしている。なお、指定時間Tsは加熱処理装置30における加熱処理の種類によらず、ユーザにより予め設定された任意の時間としてもよい。
【0023】
固定点設定部34は、
図3に示すように、コイル10の外形形状の最適化において変動しない固定点17を設定する。コイル10における固定点17の位置は限定されないが、本実施形態1では、凹部W0の最深部から法線方向(
図3に示す断面ではX方向)に延ばした仮想線Wb上に位置する点とする。すなわち、仮想線Wbと、最適化前の初期状態におけるワークWとコイル内側面10bとの交点を固定点17とする。
【0024】
コイル10の外形形状において、固定点17以外の点はコイル10の外形形状の最適化において変動が許容された変動許容点となる。変動許容点はコイル10の外形形状の固定点17以外の任意の点とすることができる。本実施形態1では、
図3において、コイル内側面10bにおける変動許容点11~16を例示した。
【0025】
固定点設定部34により固定点17を設定することで、コイル10がワークWから過度に離間することが抑制されることとなる。これにより、ワークWの誘導加熱の開始から指定時間Tsが経過する前の期間における被加熱部Whの表面温度の上昇率の最小値を規制した状態となる。なお、当該最小値を規制した状態とするには、固定点17を設定することに替えて、ワークWの誘導加熱の開始から指定時間Tsが経過する前の期間において、被加熱部Whの表面温度を2点以上の時刻で取得してその変化率を上昇率として算出し、当該上昇率の最小値が規制されるように後述の最適化を行うこととしてもよい。
【0026】
最適形状演算部35は、ワークWの誘導加熱の開始から指定時間Tsが経過する前の期間における被加熱部Whの表面温度の上昇率の最小値を規制した状態において、目的関数Qが最小値となるようにコイル10の外形形状を最適化した形状を導出する。本実施形態1では、上述の通り、上記上昇率を規制した状態として固定点17を設定しており、上記固定点を除いた変動許容点11~16においてコイル10の外形形状を最適化した形状を導出する。
【0027】
最適形状演算部35における最適化アルゴリズムは限定されず、最小二乗法、最急降下法、Pattern Search法、Nelder-Mead法、遺伝的アルゴリズム、粒子群最適化、差分進化法、カッコウ探索、ホタルアルゴリズムなど公知のアルゴリズムを用いることができる。本実施形態1では、最適化アルゴリズムとして最小二乗法を採用した。
【0028】
4.コイル外形形状の最適化処理
本実施形態1における、コイル10の外形形状の最適化処理のフローについて、
図4、
図5を参照しながら説明する。当該最適化処理は、
図4に示すように、熱処理解析部2での加熱処理と最適化処理部3でのコイル10の外形形状の変更とを繰り替えし、最適化のアルゴリズムに基づいて、コイル10の外形形状の最適形状を算出する。
【0029】
具体的なフローについて、
図5に示す。まず、
図5のステップS1において、熱処理解析部2における解析モデルとして、焼き入れ処理の対象となるワークWを設定する。ワークWは直径D1が50mm、長さが149mmの円柱状とし、
図1に示すように軸方向Zの中ほどに設定された被加熱部Whに、
図3に示すように深さaが3mmの断面形状が半円形の凹部W0が設けられている。そして、ワークWを加熱処理装置30に備えられたコイル10の内側に挿通した状態とする。
【0030】
次いで、
図5のステップS2において、コイル10の外形形状の初期形状と固定点17を設定する。本実施形態1では、
図1に示すように、コイル10の外形形状の初期形状は円環状であって、内径をD2、外径をD3、高さをH1とし、断面形状は矩形である。そして、コイル10におけるワークWに対向するコイル内側面10bがワークWの軸方向Zに平行となるようにワークWを配置するものとした。固定点17は上述の通り、仮想線Wbと初期状態におけるコイル内側面10bとの交点とした。
【0031】
次に、ステップS3において、深さ位置設定部31によりワークWにおいて深さ位置Waを設定し、ステップS4において、目的関数設定部により、上記式(1)に示す目的関数Qを設定する。その後、ステップS5において、熱処理解析部2により、コイル10に高周波電流を流してワークWの誘導加熱を開始し、ワークWの熱処理解析を行う。
【0032】
そして、ステップS6において、測定点温度取得部32により、予め設定された指定時間Tsである10sec経過後の深さ位置Wa上の任意の測定点の温度を取得して、最適形状演算部35により、目的関数Qの値を算出する。その後、ステップS7において、目的関数Qが最小二乗法のアルゴリズムに基づいて最小値であるか否かを判定し、目的関数Qが最小値でないと判定された場合は、ステップS7のNoに進み、ステップS8において次のコイル10の外形形状を変更する。コイル10の外形形状の変更は、固定点17を維持した状態で変動許容点11~16の位置を変更することにより行う。そして、再度、ステップS5に戻り、新たなコイル10の外形形状に基づいてワークWの誘導加熱を開始し、ワークWの熱処理解析を行う。
【0033】
一方、ステップS7において、目的関数Qが最小二乗法のアルゴリズムに基づいて最小値であると判定された場合は、ステップS7のYesに進み、ステップS9においてコイル10の外形形状の最適形状を決定し、当該フローを終了する。本実施形態1では、
図6に示すコイル10の外形形状を最適形状として算出した。そして、当該フローを終了する。
【0034】
5.最適形状の確認試験
次に、実施形態1の設計装置1により算出された最適形状を有するコイル10の確認試験を行った。確認試験の試験条件は、ワークWの材質はS55C(キュリー点735℃)、深さ位置Waの深さaを3.0mm、コイル10に流れる高周波電流の周波数を6.8kHz、電流値を5800A、加熱時間を20secとし、加熱処理装置30においてコイル10によりワークWを誘導加熱するものとした。
【0035】
試験例として設計装置1により算出された
図6に示す最適形状を有するコイル10を用いて上記条件でワークWを誘導加熱したときの、ワークWの深さ位置Wa上の測定点W1~W3の温度変化と被加熱部Whの表面上の測定点W1’~W3’の温度変化を取得し、それぞれ
図7(a)及び
図7(b)に示した。なお、第1測定点W1’は凹部W0の円弧部の上端位置であり、第2測定点W2’は凹部W0の最深部であり、第3測定点W3は深さ位置Waの円弧部の下端位置である。また、比較例1として、初期形状のコイル10を用いて上記条件でワークWを誘導加熱したときの被加熱部Whの表面上の測定点W1’~W3’の温度変化を取得し、
図8(a)に示した。
【0036】
さらに、比較例2として、誘導加熱開始から10sec後におけるワークWの被加熱部Whにおける表面測定点(W1’~W3’を含む)の温度がバラつきを目的関数とし当該目的関数が最小化されるように算出した比較最適形状を有するコイルによりワークWを誘導加熱したときの被加熱部Whの表面上の測定点W1’~W3’の温度変化を取得し、
図8ba)に示した。
【0037】
図7(a)に示すように、最適形状を有するコイル10では、最適形状演算部35による演算結果の通り、誘導加熱の開始から10sec経過したときに目的関数Qが最小値となっている。そして、このときのワークWの表面W1’~W3’の温度は
図7(b)に示すように、バラつきが少なく、キュリー点Cpをほぼ同時に超えており、早期に加熱されて誘導加熱の開始から約9sec後に安定した温度となっている。
【0038】
一方、
図8(a)に示すように、初期状態におけるコイル10では、ワークWの表面W1’~W3’のうち凹部W0の最深部の第2測定点W2’において、誘導加熱の開始から約7sec~11sec後において温度低下が発生していた。そして、測定点W1’~W3’において、温度が安定するのに約12secを要した。
【0039】
ここで、
図8(a)に示すように比較例では、第1測定点W1’及び第3測定点W3’は凹部W0のエッジに位置するため、誘導加熱により磁束が集中しやすく、第2測定点W2’よりも早期にキュリー点に到達している。そのため、第1測定点W1’及び第3測定点W3’では、強磁性が消失して誘導電流はワークWの内部に移行して分散することとなる。そして、第1測定点W1’及び第3測定点W3’は電流密度が上昇した内部からの熱の流入がある温度が低下するには至らないが、第2測定点W2’では、誘導電流の分散と強磁性が消失した第1測定点W1’及び第3測定点W3’からの熱の流入がなくなった結果、温度低下したものと推察される。
【0040】
さらに、
図8(b)に示すように、比較例2では、誘導加熱開始から10sec後には、表面温度は概ね均一化されていたが、この場合は、誘導加熱開始から10secに至るまでの表面温度の上昇率が
図7(a)に示す試験例の場合よりも小さくなっており誘導加熱開始から10secに至るまでに表面測定点の温度はキュリー点Cpに到達していなかった。そして、その後の誘導加熱により表面測定点の温度がキュリー点Cpに到達すると初期形状の場合と同様に第2測定点W2’の温度低下が発生していた。
【0041】
以上のように、本確認試験によれば、本実施形態1の設計装置1による最適形状を有するコイル10によれば、誘導加熱開始から10sec後の深さ位置Waの温度が均一化されたことを確認することで、ワークWの被加熱部Whの表面温度が均一な状態でキュリー点を超えて早期に安定した温度で加熱できることが確認できた。
【0042】
なお、本確認試験では、ワークWの表面温度は800℃未満であって、通常の焼き入れ処理をする場合の目標温度である約900℃には達していない状態としたが、ワークWの表面温度はキュリー点Cpを超えているため、ワークWの表面温度を焼き入れ処理の目標温度まで加熱した場合であっても、本確認試験と同等の結果が得られるものと推察される。
【0043】
6.作用効果
以下、本実施形態1の設計装置1における作用効果について述べる。当該設計装置1では、ワークWの被加熱部Whの表面温度をキュリー点Cp以上に誘導加熱する加熱処理装置30におけるコイル10の外形形状は、誘導加熱から予め指定された指定時間Tsを経過した時点における被加熱部Whの表面から所定深さの位置Waの任意点間の温度差に相関する目的関数Qが最小値となるように最適化された形状としている。これにより、コイル10の外形形状の最適化において、被加熱部Whの内部の電流密度の変化を考慮することができ、ワークWの被加熱部Whの表面温度のバラつきを抑制することができるコイル10の外形形状を導出することができる。
【0044】
さらに、本実施形態1の設計装置1では、誘導加熱の開始から指定時間Tsを経過した時点の上記温度差に相関する目的関数Qの最小化をするものであるため、指定時間Tsが経過した時点以外の上記温度差を考慮する必要がない。これにより、設計装置1における演算量を大幅に低減でき、演算負荷を低減することができる。
【0045】
また、コイル10の最適形状の導出は、誘導加熱の開始から指定時間Tsが経過する前の期間における被加熱部Whの表面温度の上昇率の最小値を規制した状態で行っている。そのため、単に誘導加熱による被加熱部Whの温度上昇を緩やかにすることで指定時間Tsが経過した時点では表面温度がキュリー点に達していない場合を除外することができるため、最適形状の精度を向上することができる。
【0046】
また、本実施形態1では、コイル10の表面上の一点を位置が固定された固定点17に設定し、その他のコイル10の表面上の任意点を位置の変動が許容された変動許容点11~16とする固定点設定部34を備える。これにより、誘導加熱の開始から指定時間Tsが経過する前の期間における被加熱部Whの表面温度の上昇率の最小値を規制した状態としている。そして、最適形状演算部35は、目的関数Qが最小値となるように固定点17を除いたコイル10の外形形状を最適化した形状を導出する。これにより、過度に負荷がかかる演算を行うことなく、コイル10がワークWから過度に離間することを防止して、誘導加熱開始から指定時間Tsに至るまでに表面測定点の温度がキュリー点に到達するようにすることができ、コイル10の最適化の演算負荷を低減することができる。
【0047】
また、本実施形態1では、被加熱部Whは凹部W0を有し、固定点17は凹部W0の最深部W2’から法線方向に延ばした仮想線Wb上に位置する。最深部W2’は、被加熱部Whにおいて、コイル10から最も離間した位置となりやすく加熱されにくい箇所であるため、当該最深部W2’を固定点17とすることで、加熱されにくい箇所が変動許容点となってワークWからさらに離間して誘導加熱開始から指定時間TsまでにワークWの被加熱部Whの表面がキュリー点Cpを超えなくなることを防止することができる。
【0048】
また、本実施形態1では、加熱処理装置30は、誘導加熱によりワークWの焼き入れ処理を行うように構成されており、深さ位置設定部31は、予め設定されたワークWの焼き入れ処理における有効硬化深さに基づいて深さaの位置を設定する。これにより、焼き入れ処理がなされる深さ位置Waでの温度を算出することとなるため、焼き入れ処理の影響を考慮することができ、コイル10の最適化の精度を向上できる。
【0049】
また、本実施形態1では、目的関数設定部33は、誘導加熱の開始から指定時間Tsが経過した時点における深さ位置Waの測定点W全体の平均温度と深さ位置Waにおける任意の測定点の温度との温度差に基づいて目的関数Qを設定する。これにより、ワークWに焼き入れ処理を行う際に、有効硬化深さまで硬化層が形成されたことを確認でき、信頼性の向上を図ることができる。
【0050】
なお、本実施形態1の設計装置1では、最適化を行う前のコイル10の初期形状として
図3に示すように断面矩形の形状を採用したが、必ずしもこれに限定されず、異なる形状を初期形状としてもよい。
【0051】
以上のごとく、上記態様によれば、ワークを誘導加熱する加熱処理装置30におけるコイル10の外形形状の最適形状を導出することができる加熱処理装置30の設計装置1を提供することができる。
【0052】
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の実施形態に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0053】
1 設計装置
2 熱処理解析部
20 加熱処理装置
10 コイル
11~16 変動許容点
17 固定点
3 最適化処理部
31 深さ位置設定部
32 測定点温度取得部
33 目的関数設定部
34 固定点設定部
35 最適形状演算部
W ワーク
W1~W3 測定点