(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024006631
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】溶接用摺動銅当て金及び溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 25/00 20060101AFI20240110BHJP
【FI】
B23K25/00 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022107711
(22)【出願日】2022-07-04
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 幸祐
(57)【要約】
【課題】溶接速度を大きくしてもアークが発生せず安定して溶接することができる溶接用摺動銅当て金及び溶接方法を提供する。
【解決手段】溶接用摺動銅当て金30は、当て金本体部40と、当て金本体部40の上端部に、当て金本体部40と電気的に非接触となるように設けられ、溶融スラグ浴7の溶接電圧を検出可能な溶融スラグ浴検出器13の検出端子18と、を備える。当て金本体部40の開先部側の表面には、検出端子18の下方に、固化スラグ11が接触する表面よりも開先部2と反対側に凹み、溶融スラグ浴7の溶融スラグを貯めるためのポケット部45が形成される。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融スラグ浴を形成するように一対の母材間の開先部に対向配置され、前記開先部に沿って摺動する溶接用摺動銅当て金であって、
当て金本体部と、
前記当て金本体部の上端部に、前記当て金本体部と電気的に非接触となるように設けられ、前記溶融スラグ浴の溶接電圧を検出可能な溶融スラグ浴検出器の検出端子と、
を備え、
前記当て金本体部の開先部側の表面には、前記検出端子の下方に、固化スラグが接触する表面よりも前記開先部と反対側に凹み、前記溶融スラグ浴の溶融スラグを貯めるためのポケット部が形成される、溶接用摺動銅当て金。
【請求項2】
前記ポケット部の体積は、2500mm3以上である、請求項1に記載の溶接用摺動銅当て金。
【請求項3】
前記当て金本体部の開先部側で、幅方向両側の表面には、前記母材に接触可能な一対の接触面と、前記接触面と前記ポケット部の幅方向開口縁との間に形成された段差面と、が形成され、
前記接触面と前記段差面とは、前記固化スラグが接触する表面の側方から前記ポケット部の側方に亙って設けられる、請求項1に記載の溶接用摺動銅当て金。
【請求項4】
前記検出端子の前記開先部と反対側には、前記当て金本体部と接触する支持板が取り付けられ、
前記検出端子と前記支持板との間には、絶縁性の薄板が介在する、請求項1に記載の溶接用摺動銅当て金。
【請求項5】
前記検出端子と前記当て金本体部との間には、絶縁部材が設けられている、請求項1に記載の溶接用摺動銅当て金。
【請求項6】
前記検出端子の厚さは、前記当て金本体部の厚さ以下である、請求項1に記載の溶接用摺動銅当て金。
【請求項7】
前記ポケット部は、開先部側及び上方に開口し、
前記一対の母材の板厚方向において、前記検出端子の前面は、前記ポケット部の上縁部と同じ、または、前記開先部と反対側に位置する、請求項6に記載の溶接用摺動銅当て金。
【請求項8】
前記当て金本体部の内部には、両端部が前記検出端子の幅方向側方に位置する、U字状の水冷経路を有する、請求項1に記載の溶接用摺動銅当て金。
【請求項9】
一対の母材間の開先部に向けて、請求項1~8のいずれか1項に記載の溶接用摺動銅当て金を配置し、
該開先部内に、フラックスを投入するとともに、コンタクトチップの先端から溶接ワイヤを供給し、
前記コンタクトチップを前記開先部に沿って移動させるとともに前記溶接用摺動銅当て金を前記開先部に沿って摺動移動させて溶接する、
溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接用摺動銅当て金及び溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロスラグ溶接法は、ワイヤと母材との間に存在する溶融スラグのジュール熱を熱源とし、母材およびワイヤと溶融しながら溶接を行うもので、立向継手の高能率施工法として、造船及び石油タンク等の大型構造物の溶接に広く採用されている。
【0003】
エレクトロスラグ溶接法では、溶融スラグ浴を覆うことができる程度の長さを有する小型の水冷摺動銅当て金を用いることが知られている。これにより、溶接の進行に合わせてレールやチェーン等によって溶接トーチおよび台車を上昇させ、水冷摺動銅当て金をトーチや台車と共に溶接線に沿って移動させ、数十メートルの長尺溶接を可能としている。
【0004】
また、エレクトロスラグ溶接法においては、溶融スラグで溶接金属を大気から遮蔽しているが、溶融スラグは溶接の進行とともに水冷摺動銅当て金と溶接ビードの隙間から固化スラグとして排出される。よって、溶接中は排出された固化スラグ分を補うためにフラックスを適時供給し、それをジュール熱で溶融させることで溶融スラグの量をほぼ一定に保っている。
【0005】
特許文献1には適正量のフラックスを溶融スラグ浴の表面に自動供給することを特徴とした非消耗ノズル式エレクトロスラグ溶接のフラックス自動添加方法が記載されている。非消耗ノズルを用いた立向上進のエレクトロスラグ溶接において溶接中のフラックス添加を自動化して溶融スラグ浴深さを適正範囲に保ち、母材の溶込み不良やスラグ巻き込み等の溶接欠陥が無い安定した製品を製作することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、単位時間あたりの溶融スラグ排出量は、開先幅および溶接速度にほぼ比例するため、溶接速度が大きくなると単位時間に供給すべきフラックス量も大きくなり、溶接部の溶融スラグ量が激しく変動することになる。ワイヤ送給量一定の条件化では溶接速度は開先断面積に反比例するため、開先断面積が小さいほど溶接速度は大きくなる。
このような特性から、エレクトロスラグ溶接は溶接速度を一定値以上にすると、溶融スラグ排出量が増加し、極端に溶融スラグ量が少なくなるとアークが発生する等、溶接が不安定になりやすい。
【0008】
特許文献1のようなフラックス自動添加方法によりフラックス供給量を自動化するだけでは、減った分入れたとしても、溶接速度が大きくなると、溶融スラグ量が少なくなる状態が発生し、溶融スラグ量を適正に保つことは困難であり、溶接が不安定になる。
【0009】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、溶接速度を大きくしてもアークが発生せず安定して溶接することができる溶接用摺動銅当て金及び溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
[1] 溶融スラグ浴を形成するように一対の母材間の開先部に対向配置され、前記開先部に沿って摺動する溶接用摺動銅当て金であって、
当て金本体部と、
前記当て金本体部の上端部に、前記当て金本体部と電気的に非接触となるように設けられ、前記溶融スラグ浴の溶接電圧を検出可能な溶融スラグ浴検出器の検出端子と、
を備え、
前記当て金本体部の開先部側の表面には、前記検出端子の下方に、固化スラグが接触する表面よりも前記開先部と反対側に凹み、前記溶融スラグ浴の溶融スラグを貯めるためのポケット部が形成される、溶接用摺動銅当て金。
【0011】
[2] 一対の母材間の開先部に向けて、[1]に記載の溶接用摺動銅当て金を配置し、
該開先部内に、フラックスを投入するとともに、コンタクトチップの先端から溶接ワイヤを供給し、
前記コンタクトチップを前記開先部に沿って移動させるとともに前記溶接用摺動銅当て金を前記開先部に沿って摺動移動させて溶接する、
溶接方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の溶接用摺動銅当て金及び溶接方法によれば、当て金本体部に溶融スラグ浴の溶融スラグを貯めるためのポケット部が形成されることで、溶接速度を大きくしてもアークが発生せず安定して溶接することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係るエレクトロスラグ溶接装置の概略構成を示す図である。
【
図2】溶融スラグ浴検出器の構成例を示す図である。
【
図3】
図1の溶接用摺動銅当て金の表側の斜視図である。
【
図4】
図3に示す溶接用摺動銅当て金の表側の正面図である。
【
図5】
図4のA-A線に沿った溶接用摺動銅当て金の断面図である。
【
図6】突合せ継手の開先部に銅当て金及び溶接用摺動銅当て金を配置した状態を示す断面図である。
【
図7】
図3に示す溶接用摺動銅当て金の背面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態に係る溶接用摺動銅当て金及び該溶接用摺動銅当て金を用いる溶接方法を図面に基づいて詳細に説明する。
【0015】
<溶接装置の構成>
先ず、本発明の一実施形態に係る溶接用摺動銅当て金を用いたエレクトロスラグ溶接装置について説明する。
図1は本発明の一実施形態に係るエレクトロスラグ溶接装置の概略構成を示す図である。
なお、
図1において、矢印Zは、母材の溶接線に沿った方向である上下方向とし、矢印Xは、母材の板厚方向とし、矢印Yは、一対の母材が並ぶ方向、即ち、母材の表面に沿った方向とする。したがって、上方とは、
図1の紙面に対して上側、下方とは
図1の紙面に対して下側、前方とは、
図1の紙面に対して左側、後方とは、
図1の紙面に対して右側とする。また、
図3~
図7においても、溶接用摺動銅当て金が母材の表面に配置された状態を仮定して、矢印Zは、溶接用摺動銅当て金の長手方向とし、矢印Xは、溶接用摺動銅当て金の厚さ方向とし、矢印Yは、溶接用摺動銅当て金の幅方向とする。したがって、溶接用摺動銅当て金において、開先部側が前方となり、開先部側と反対側が後方となる。
【0016】
図1に示すように、本実施形態に係るエレクトロスラグ溶接装置100は、固定の裏当て材1及び溶接用摺動銅当て金30と、溶接トーチ4と、溶融スラグ浴検出器13と、フラックス供給装置14と、フラックス供給制御装置15と、走行台車16と、走行台車制御装置17とを備える。
【0017】
エレクトロスラグ溶接装置100において、鋼板である一対の母材3の開先部2の裏側には固定の裏当て材1が配置されており、開先部2の表側には溶接用摺動銅当て金30が配置される。裏当て材1には耐熱性のセラミックスや水冷式の銅当て金などを用いる。また、表側の溶接用摺動銅当て金30は、上下方向に摺動する銅当て金であり、後述するように水冷されている。ただし、溶接用摺動銅当て金30の素材を、銅以外で代用しても良い。
【0018】
溶接トーチ4は、不図示の溶接電源から供給される溶接電流8により溶接ワイヤ6に給電して母材3を溶接する。また、溶接トーチ4は、コンタクトチップ5を有しており、コンタクトチップ5は、溶接ワイヤ6を案内するとともに溶接ワイヤ6に溶接電流8を供給する。
【0019】
溶融スラグ浴検出器13は、溶融スラグ浴7の位置を検出する。フラックス供給装置14は、溶融スラグ浴7にフラックス12を投入する。フラックス12は溶融して溶融スラグになるため、フラックス12を投入することにより、溶融スラグ浴7の量が増えることとなる。
【0020】
フラックス供給制御装置15は、フラックス供給装置14の動作を制御し、溶融スラグ浴7に投入されるフラックス12の量を調整する。
【0021】
走行台車16は、溶接用摺動銅当て金30、溶接トーチ4、溶融スラグ浴検出器13、フラックス供給装置14、フラックス供給制御装置15、走行台車制御装置17を搭載しており、上方向に移動する。すなわち、走行台車16は、溶接用摺動銅当て金30、溶接トーチ4、溶融スラグ浴検出器13、フラックス供給装置14、フラックス供給制御装置15、走行台車制御装置17と一体となって移動するため、それぞれの相対的な位置関係は変わらない。走行台車16が上昇することにより、コンタクトチップ5が開先部2に沿って移動するとともに溶接用摺動銅当て金30が開先部2に沿って摺動移動し、上方向に沿って溶接が行われる。
【0022】
走行台車制御装置17は、走行台車16の走行速度を増大させたり減少させたりして、走行台車16の動作を制御する。
【0023】
そして、母材3、裏当て材1及び溶接用摺動銅当て金30に囲まれた開先部2内に、溶接トーチ4のコンタクトチップ5の先端から溶接ワイヤ6が送給され、開先部2内に形成された溶融スラグ浴7に送り込まれる。溶接電流8は、溶接ワイヤ6から溶融スラグ浴7を通して溶融金属9に流れる。このとき、溶融スラグ浴7を流れる溶接電流8及び溶融スラグ浴7の抵抗により、ジュール熱が発生し、溶接ワイヤ6及び母材3を溶融しながら溶接が進行する。
【0024】
溶接が進行するにつれて、溶融金属9は冷却されて溶接金属10となり、溶融スラグ浴7の一部は、裏当て材1と溶接金属10との間、及び溶接用摺動銅当て金30と溶接金属10との間に形成された溶融スラグ層となり、この溶融スラグ層が冷却されて固化スラグ11となる。このようにして、溶融スラグ浴7は、その一部がビード表面を覆う固化スラグ11となるので、溶接の進行につれて消費され、溶融スラグ浴7の深さLsが減少していくことになる。この溶融スラグ浴7の減少を補うためには、溶融して溶融スラグ浴7となるフラックス12を追加投入する必要がある。
【0025】
ビード表面を覆う固化スラグ11の量は、ビード幅や溶接開先の幅によって変動する。また、固化スラグ11の量は、裏当て材1及び溶接用摺動銅当て金30の密着度合や冷却状態によっても変動する。そのため、固化スラグ11の量は一定ではなく、溶融スラグ浴7の深さLsを一定に保つためには投入するフラックス12の量も変化させる必要がある。しかしながら、溶融スラグ浴7の深さLsがわからないために、フラックス12の投入量が適切でない場合には、溶融スラグ浴7の深さLsが変動することになる。
【0026】
そこで、本実施形態では、溶融スラグ浴7の深さLsを一定にするための制御を行う。ここで、一定とは、溶融スラグ浴7の深さLsが常に1つの値になる場合に限られず、誤差を考慮して溶融スラグ浴7の深さLsが一定の範囲内の値を示す場合も含まれる。すなわち、溶融スラグ浴7の深さLsは、予め定めた深さに保つように制御される。
【0027】
そして、溶融スラグ浴7の深さLsを一定にするための第1の要件は、コンタクトチップ5の先端から溶融スラグ浴7の上面までの溶接ワイヤ長Ld(以下、ドライエクステンションLdと称する)が予め定めた長さになるように制御することである。また、溶融スラグ浴7の深さLsを一定にするための第2の要件は、ワイヤ送給速度に応じて定められた基準電流値に対して溶接電流8が予め定めた関係、すなわち、基準電流値と溶接電流8とが等しくなるように、走行台車制御装置17が走行台車16の走行速度を制御することである。同一ワイヤ送給速度において、(Ld+Ls)と溶接電流8には相関があり、基準電流値と溶接電流8とが等しくなるように、走行台車制御装置17が走行台車16の走行速度を制御することで、(Ld+Ls)は一定に保たれる。
なお、溶接ワイヤ長Ldの制御は、溶融スラグ浴検出器13により溶融スラグ浴7を検出することで可能であり、これについて以下に詳述する。
【0028】
<溶融スラグ浴検出器の構成>
次に、溶融スラグ浴検出器13の構成について詳細に説明する。
図2は、溶融スラグ浴検出器13の構成例を示す図である。
【0029】
図2に示すように、溶融スラグ浴検出器13は、検出端子18、差動増幅器19、接触判定基準信号設定器20、比較器21を有する。検出端子18は導電性金属である銅合金により構成されており、後述するように、溶接用摺動銅当て金30の上端部に絶縁部材48を介して設けられる。検出端子18は、溶融スラグ浴7に接触すると溶接電圧の一部の電圧を検出する。
【0030】
なお、溶融スラグ浴検出器13の差動増幅器19は、検出端子18の電圧と、母材電圧である溶接用摺動銅当て金30の電圧を入力しても良いが、溶接用摺動銅当て金30は、溶融スラグ浴7に接触しており、対地電位を持つ場合があるため、溶接用摺動銅当て金30の電圧を入力するよりも、
図2に示すように、接地することが好ましい。
【0031】
差動増幅器19は、検出端子18の電圧と、接地電圧とを入力として、両電圧の差を出力する。接触判定基準信号設定器20は、ノイズによって誤検出しない程度の電圧、例えば、検出端子18が溶融スラグ浴7に接触したときに検出する電圧の半分程度の電圧を、基準信号として出力する。
【0032】
比較器21は、差動増幅器19の出力信号と接触判定基準信号設定器20の基準信号とを入力として、差動増幅器19の出力信号が接触判定基準信号設定器20の基準信号より大きくなったとき、検出端子18と溶融スラグ浴7とが接触したと判断した信号を作成する。作成された信号は、フラックス供給制御装置15に送られ、フラックス供給装置14よりフラックス12の供給及び停止が行われる。そして、溶融スラグ浴7の上面がコンタクトチップ5の先端から予め定めた長さに位置するように制御され、ドライエクステンションLdが予め定めた長さに保たれる。検出端子18が溶融スラグ浴7に接触していないときは、溶接電圧が検出端子18にかからないので、検出端子18の電圧は0Vである。
【0033】
また、溶融スラグ浴検出器13では、接触判定基準信号設定器20の基準信号の値が小さいと、溶接の状態あるいは外部ノイズ等で正しい判断ができない可能性がある。このため、溶接トーチ4をオシレートする場合には、誤検知を防止するため、溶融スラグ浴検出器13は、差動増幅器19と比較器21との間にローパスフィルタを設置しても良い。
【0034】
<溶接用摺動銅当て金>
溶接用摺動銅当て金30は、上述したように、溶融スラグ浴7を形成するように一対の母材3間の開先部2に対向配置され、走行台車16の移動に伴って、開先部2に沿って摺動する。
【0035】
図3~
図7に示すように、溶接用摺動銅当て金30は、略矩形板状に形成される当て金本体部40と、当て金本体部40の上端部に設けられた凹溝47に、当て金本体部40と電気的に非接触となるように絶縁部材48を介して設けられ、溶融スラグ浴7の溶接電圧を検出可能な前述の溶融スラグ浴検出器13の検出端子18とを備える。
【0036】
当て金本体部40の開先部側2で、幅方向両側の表面には、母材3に接触可能な一対の接触面41が、当て金本体部40の長手方向全体に亘って形成されている。接触面41の幅は、7mm以下であればよく、好ましくは、5mm以下である。
【0037】
また、当て金本体部40の開先部2側で、幅方向中央部の表面には、固化スラグが接触する表面となる、一対の接触面41に対して僅かに凹む凹部43が下方に形成され、また、検出端子18の下方で、且つ、凹部43の上方には、凹部43よりも後方に凹み、溶融スラグ浴7の溶融スラグを貯めるためのポケット部45が形成される。
【0038】
凹部43は、Z方向において、一様な断面形状を有しており、一対の母材3間の開先部2に形成されるビードと、ビード表面を覆う固化スラグとが入り込むように凹曲面状に形成される。
【0039】
また、ポケット部45は、凹部43の上端縁から上方に向かうにつれて後方に傾斜し、上方に向かって湾曲した後、検出端子18及び絶縁部材48が嵌まり込む凹溝47の下端面までZ方向に起立する平坦面を有する。ポケット部45は、溶融スラグ浴7の深さLsに対応するZ方向の長さを有する。
【0040】
したがって、本実施形態では、溶融スラグ浴7は、一対の母材3の開先の表面、裏当て材1、及び溶接用摺動銅当て金30とで囲まれる空間に形成されるが、ポケット部45を設けることで、溶融スラグ浴7の溶融スラグ量を一定量確保することができる。このため、開先断面積が小さく溶接速度が大きい場合であっても、溶融スラグ量を適正に保つことができ、アークが発生せずに溶接を安定させることができる。
【0041】
なお、ポケット部45は傾斜面やテーパー状の斜面で構成されてもよく、窪みであったり、当て金本体部40を側方から見たときにL字状、湾曲したL字状、球形状を呈するものであってもよい。即ち、ポケット部45は、溶融スラグ浴7を貯める空間・凹みがあればよく、円柱状の穴があるだけでもよい。
また、ポケット部45の幅は、検出端子18の幅と略等しくてもよく、または、検出端子の幅より広くてもよく、加工のしやすさと、検出のしやすさを考慮して決定される。具体的に、本実施形態では、ポケット部45の幅は、検出端子18の幅より広く形成されている。
【0042】
また、本実施形態では、ポケット部45の側面45aは、Z方向に沿って起立した平坦面としているが、上方に向かって幅方向外側に広がった傾斜面としてもよく、これにより、溶融スラグ浴7などの上方からの視認性を高めることができる。
【0043】
ポケット部45の体積、即ち、
図5に示すように、ポケット部45の下端縁の水平面H1、上端縁の水平面H2、及び幅方向両端縁を結ぶ鉛直面V1で画成される領域(
図5の網掛け部分)の体積は、2500mm
3以上であることが好ましい。
【0044】
ポケット部45の体積を2500mm3以上とした理由は、エレクトロスラグ溶接の適用される一般的な開先の断面積は200-1500mm2であり、溶融スラグ浴深さが25mmであることから、溶接中の溶融スラグ量はおよそ5000mm3-37500mm3であるため、2500mm3で最小開先断面積での溶融スラグ量のおよそ50%を補うことができるためである。
最小開先断面積での溶融スラグ量のおよそ50%以上を補うことにより、溶融スラグ浴7が安定して維持され、溶接をより安定させることができる。その結果、溶接作業性に優れ、良好なビード外観が得られ、スロッピング現象の発生も軽微となる。このため、ポケット部45の体積は2500mm3以上であることが好ましい。
【0045】
ポケット部45の体積の上限は特に設ける必要はないが、フラックスの消費量の不必要な増加を避けることや、銅板の大きさの制限などから現実的には12000mm3以下とすることが好ましい。
【0046】
さらに、接触面41とポケット部45の幅方向開口縁との間には、段差面46が形成される。接触面41と段差面46とは、固化スラグ11が接触する表面、即ち、凹部43の側方からポケット部45の側方に亙って設けられる。
【0047】
段差面46は、母材3の表面との間の隙間に、粘り気がある溶融スラグを入り込みにくくする。また、接触面41において面圧が高いことから、段差面46と母材3の表面との間の隙間に入ったスラグは割れやすく、接触面41と母材3表面との密着性を保つことで、接触面41側から漏れにくい。
【0048】
本実施形態では、段差面46は、接触面41に隣接して当て金本体部40の長手方向全体に亘って均一な幅で形成される第1段差面46aと、凹部43の幅方向開口縁及びポケット部45の幅方向開放縁から第1段差面46aまで形成される第2段差面46bとを有する。したがって、本実施形態では、段差面46は、第1段差面46aと第2段差面46bの2段からなるが、1段であってもよく、3段以上であってもよい。
【0049】
また、段差面46は、Z方向に起立する平坦面としているが、斜面や、湾曲面や、凹面であってもよく、現実的には、加工のしやすさから平坦面か湾曲面とする。
【0050】
また、溶融スラグ浴検出器13の検出端子18は、当て金本体部40の上端部に設けられ、厚さ方向に貫通する断面角形U字状の凹溝47に絶縁部材48を介して嵌まり込んでいる。
【0051】
検出端子18の開先部2と反対側である、即ち、当て金本体部40の後面には、凹溝47を塞ぐように、支持板49がボルト固定されており、支持板49は、当て金本体部40と接触している。一方、検出端子18は、支持板49に対して絶縁される形でねじ部材60によって螺合して固定されている。
【0052】
検出端子18と当て金本体部40との間には、凹溝47の下面及び側面に亙って、絶縁部材48が設けられている。また、検出端子18と支持板49との間には、絶縁部材48の絶縁性の薄板48aが介在する。
【0053】
なお、絶縁部材48は、検出端子18を冷却するために、熱伝導性のある素材であることが好ましく、例えばセラミックが用いられる。絶縁部材48は、好ましくは、耐熱セラミック製であり、厚さは0.5~5mmであればよい。
【0054】
検出端子18の厚さは、当て金本体部40の厚さ以下であることが好ましい。これにより、良好なメンテナンス性が確保でき、オシレートする溶接トーチ4との干渉や、母材3との干渉などを抑制することができる。
【0055】
また、検出端子18の前面は、X方向において、ポケット部45の上縁部と同じ、または、後方に位置することが好ましい。これにより、ポケット部45は、開先部2側だけでなく、上方にも開口しているので、検出端子18によってポケット部45内の溶融スラグ浴7などの上方からの視認性を高めることができる。
【0056】
なお、検出端子18の厚さは、下限が特に制限されるものではないが、好ましくは4mm以上、より好ましくは5mm以上である。
【0057】
さらに、検出端子18は、前面に上方に向かうにつれて後方に傾斜した傾斜面18aを有しており、これによっても、溶融スラグ浴7などの上方からの視認性を高めることができる。
【0058】
さらに、
図7に示すように、当て金本体部40の内部には、幅方向両側に、下端部から一対の袋孔51がZ方向に互いに平行に形成されている。袋孔51は、その開口端が不図示の止め栓により封止されている。
【0059】
各袋孔51の下部には、幅方向に延びる連通孔52によって互いに連通されており、この開口端も不図示の止め栓により封止されている。また、各袋孔51の上部には、袋孔51に連通する一対の貫通孔53が、当て金本体部40の後面から形成されており、一対の貫通孔53には、水冷パイプ70(
図3参照)が接続されている。これにより、当て金本体部40の内部には、両端部が検出端子18の幅方向側方に位置する、U字状の水冷経路54が設けられている。
【0060】
したがって、検出端子18は、熱伝導性のある絶縁部材48を介して、水冷されている当て金本体部40によって間接的に冷却されることで、検出端子18の放熱性が向上し、検出端子18の昇温が防止され、溶融スラグ浴7から受ける熱の影響を抑制できる。
また、水冷経路54によって、当て金本体部40の下方を水冷することで、スラグが早く形成され、よりビード形状が良好になり、スラグの焼き付き防止効果を高めることができる。
【0061】
当て金本体部40の背面には、
図5及び
図7に示すように、走行台車16側から延びるジョイント80を取り付けるための取付け溝55が形成されている。これにより、溶接用摺動銅当て金30は、ジョイント80を介して、走行台車16と共に移動する。
【0062】
なお、本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、等が可能である。
【実施例0063】
ここで、上述した本実施形態の溶接用摺動銅当て金と、本実施形態の溶接用摺動銅当て金に対してポケット部を有しない銅当て金とを用いて、サイズの異なる3つの母材についてエレクトロスラグ溶接を行った。表1は、試験条件及び溶接後の評価を示している。
【0064】
【0065】
具体的に、実施例1、比較例2では、板厚16mm、ギャップ7mm、開先角度45°に設定された一対の母材に対して、ポケット部を有しない溶接用摺動銅当て金と、ポケット部の体積を1500mm3とした溶接用摺動銅当て金とを使用して溶接を行った。
【0066】
比較例1、実施例2~4では、板厚16mm、ギャップ6mm、開先角度45°に設定された一対の母材に対して、ポケット部を有しない溶接用摺動銅当て金と、ポケット部の体積を3000mm3、5200mm3、6300mm3とした溶接用摺動銅当て金とを使用して溶接を行った。
【0067】
実施例5では、板厚25mm、ギャップ6mm、開先角度35°に設定された一対の母材に対して、ポケット部の体積を3000mm3とした溶接用摺動銅当て金とを使用して溶接を行った。
【0068】
また、表1は、実施例1~5、及び比較例1~2のエレクトロスラグ溶接での溶接速度、電流、及び電圧を示している。
【0069】
本実施例では、溶接作業性、ビード外観、スラグ浴の安定性の3つを用いて、実施例1~5、及び比較例1~2を評価した。溶接作業性では、アーク発生後復帰できず、溶接ができないものを×、アーク発生が溶接長600mm当たり1回以上と、頻発するものを△、アークが発生せず、安定した溶接が行われたものを〇とした。
【0070】
ビード外観は、ビードが安定せず、溶接ができないものを×、溶接長600mmでビード幅の変動が2mm以上と、ビード幅が不均一ではあるが実用に耐え得るものを〇、溶接長600mmでビード幅の変動が2mm以下となる、ビード幅が均一なものを◎とした。
【0071】
スラグ浴の安定性は、スラグが跳ねる、スロッピング現象が継続して、溶接ができないものを×、溶接長600mmで5回以上の頻繁なスロッピング現象が発生するが溶接できるものを〇、溶接長600mmで5回以下の、スロッピング現象の発生が軽微なものを◎とした。
なお、いずれの3つの評価も、溶接開始部分を除いて行った。
【0072】
この結果、比較例1,2に示すように、ポケット部を有しない溶接用摺動銅当て金を用いた場合には、いずれもアーク発生が頻発し、良好な溶接作業性が得られなかった。一方、実施例1~5に示すように、溶接用摺動銅当て金にポケット部を設けることで、溶接速度が50mm/min以上であっても、アークが発生せず、良好な溶接作業性が得られることがわかる。また、ポケット部の体積を2500mm3以上とすることで、さらに、ビード幅が均一となり、良好なビード外観が得られ、また、スロッピング現象の発生も軽微となり、安定した溶融スラグ浴が得られていることがわかる。
【0073】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 溶融スラグ浴を形成するように一対の母材間の開先部に対向配置され、前記開先部に沿って摺動する溶接用摺動銅当て金であって、
当て金本体部と、
前記当て金本体部の上端部に、前記当て金本体部と電気的に非接触となるように設けられ、前記溶融スラグ浴の溶接電圧を検出可能な溶融スラグ浴検出器の検出端子と、
を備え、
前記当て金本体部の開先部側の表面には、前記検出端子の下方に、固化スラグが接触する表面よりも前記開先部と反対側に凹み、前記溶融スラグ浴の溶融スラグを貯めるためのポケット部が形成される、溶接用摺動銅当て金。
この構成によれば、当て金本体部に溶融スラグ浴の溶融スラグを貯めるためのポケット部が形成されることで、溶接速度を大きくしてもアークが発生せず安定して溶接することができる。
【0074】
(2) 前記ポケット部の体積は、2500mm3以上である、(1)に記載の溶接用摺動銅当て金。
この構成によれば、安定した溶融スラグ浴を得ることができ、良好なビード外観が得られ、また、スロッピング現象の発生も軽微となる。
【0075】
(3) 前記当て金本体部の開先部側で、幅方向両側の表面には、前記母材に接触可能な一対の接触面と、前記接触面と前記ポケット部の幅方向開口縁との間に形成された段差面と、が形成され、
前記接触面と前記段差面とは、前記固化スラグが接触する表面の側方から前記ポケット部の側方に亙って設けられる、(1)又は(2)に記載の溶接用摺動銅当て金。
この構成によれば、段差面と母材の表面との間の隙間にスラグを入り込みにくくして、スラグの接触面側からの漏れを抑制することができる。
【0076】
(4) 前記検出端子の前記開先部と反対側には、前記当て金本体部と接触する支持板が取り付けられ、
前記検出端子と前記支持板との間には、絶縁性の薄板が介在する、(1)~(3)のいずれかに記載の溶接用摺動銅当て金。
この構成によれば、絶縁性の薄板を用いて、検出端子と前記支持板との間の絶縁性を確保することができる。
【0077】
(5) 前記検出端子と前記当て金本体部との間には、絶縁部材が設けられている、(1)~(4)のいずれかに記載の溶接用摺動銅当て金。
この構成によれば、絶縁部材を用いて、当て金本体部と検出端子との間の絶縁性を確保することができる。
【0078】
(6) 前記検出端子の厚さは、前記当て金本体部の厚さ以下である、(1)~(5)のいずれかに記載の溶接用摺動銅当て金。
この構成によれば、良好なメンテナンス性が確保でき、オシレートする溶接トーチとの干渉や、母材との干渉などを抑制することができる。
【0079】
(7) 前記ポケット部は、開先部側及び上方に開口し、
前記一対の母材の板厚方向において、前記検出端子の前面は、前記ポケット部の上縁部と同じ、または、前記開先部と反対側に位置する、(6)に記載の溶接用摺動銅当て金。
この構成によれば、溶融スラグ浴などの上方からの視認性を高めることができる。
【0080】
(8) 前記当て金本体部の内部には、両端部が前記検出端子の幅方向側方に位置する、U字状の水冷経路を有する、(1)~(7)のいずれかに記載の溶接用摺動銅当て金。
この構成によれば、水冷経路によって当て金本体部を冷却でき、検出端子に作用する熱の影響が抑制され、また、スラグの形成を促進できる。
【0081】
(9) 一対の母材間の開先部に向けて、(1)~(8)のいずれかに記載の溶接用摺動銅当て金を配置し、
該開先部内に、フラックスを投入するとともに、コンタクトチップの先端から溶接ワイヤを供給し、
前記コンタクトチップを前記開先部に沿って移動させるとともに前記溶接用摺動銅当て金を前記開先部に沿って摺動移動させて溶接する、
溶接方法。
この構成によれば、当て金本体部に溶融スラグ浴の溶融スラグを貯めるためのポケット部が形成された溶接用銅当て金を用いることで、溶接速度を大きくしてもアークが発生せず安定して溶接することができる。