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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066361
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】表面被覆工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240508BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20240508BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
C23C14/06 H
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022175904
(22)【出願日】2022-11-01
(71)【出願人】
【識別番号】000228604
【氏名又は名称】日本コーティングセンター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079832
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 誠
(72)【発明者】
【氏名】武藤 隼人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 剛
(72)【発明者】
【氏名】角谷 行崇
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF25
4K029AA02
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA34
4K029BA35
4K029BA54
4K029BA58
4K029BB02
4K029BD05
4K029CA04
(57)【要約】
【課題】
基材が、窒化物、炭窒化物の表面被覆被膜で被覆された表面被覆工具の工具寿命を改善する。
【解決手段】
表面被覆被膜を少なくとも2層の硬質被膜によって形成し、基材表面に成膜される硬質被膜(b層)を低応力被膜としている。b層の組成は、例えば、金属成分のみ原子%でAl50[at%]以上70[at%]以下、Siが1[at%]以上15[at%]以下で残りCrよりなる窒化物、炭窒化物である。
また、表面被覆被膜の最外層の硬質被膜(a層)は耐酸化性であり、例えば、金属成分のみ原子%でSiが10[at%]以上20[at%]以下で残りがTiよりなる窒化物、炭窒化物である。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具材料よりなる基材と、この基材の表面に形成された表面被覆被膜を備え、前記表面被覆被膜は、少なくとも2層の硬質被膜よりなり、前記基材表面に成膜される硬質被膜(以下、b層という。)は低応力被膜である表面被覆工具。
【請求項2】
前記b層は、金属成分のみの原子%で、Alが50[at%]以上70[at%]以下、Siが1[at%]以上15[at%]以下で残りがCrの窒化物、炭窒化物である請求項1記載の表面被覆工具。
【請求項3】
前記表面被覆被膜の最外層の硬質被膜(以下、a層という。)が耐酸化性である請求項1または2に記載の表面被覆工具。
【請求項4】
前記a層は、金属成分のみの原子%で、Siが10[at%]以上20[at%]以下で残りがTiの窒化物、炭窒化物である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の表面被覆工具。
【請求項5】
前記a層とb層の間に、さらに硬質被膜(以下、c層という。)が形成され、前記c層は、前記a層、b層と同一の組成の硬質被膜を交互に積層して形成されている請求項1乃至4のいずれか1項に記載の表面被覆工具。
【請求項6】
前記a層、b層の膜厚が40[nm]~100[nm]である請求項1乃至5のいずれか1項に記載の表面被覆工具。
【請求項7】
c層の膜厚が表面被覆被膜の全膜厚の30~80[%]である請求項1乃至6のいずれか1項に記載の表面被覆工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆工具(コーティング工具)に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、工具、金型、機械部品等の耐摩耗性を向上させるため、イオンプレーティング法等により、その金属材料表面に、Ti系の被覆を形成する処理が知られている。
Ti系被覆としては、TiN系、TiCN系、TiAlN系などが存在するが、TiAlN系の耐摩耗硬質被膜は、TiN系、TiCN系の被膜に比較して高温特性が優れているため、特に、表面被覆切削工具のために開発され、従来困難であった調質鋼の切削などの、過酷な条件下での使用を可能とした。これによって、切削工具に関して、TiAlN系表面被覆が定着し、評価を得ている。
ここに、TiAlN系表面被覆の背景技術として、例えば、特許文献1、2が存在する。
【0003】
特許文献1の耐摩耗性被膜被覆部材(以下、第1従来例という。)は、基材表面に形成する被膜は、金属成分のみの原子%で、Al量を60~70[at%]としている(段落「0012」)。そして、TiAlN系被膜は、その結晶構造にNaCl型領域とZnS型領域を含んでおり、その領域の比率がAl量によって変化し、耐摩耗性に関してNaCl型領域が有利であるため、全体をNaCl型領域とすべくAl量を設定している。
【0004】
特許文献2の硬質被膜被覆工具(以下、第2従来例という。)は、耐摩耗性に優れるとともに、耐酸化性を有するTiAlN系被膜(a層)と、耐摩耗性、耐酸化性を有するとともに密着性に優れたTiSiN系被膜(b層)を採用し、基材直上にb層を配置するとともに、a層、b層を交互に積層して、耐摩耗性、耐酸化性、密着性を確保している。そして、a層は金属成分のみの原子%で、Siを10[at%]以上60[at%]以下、残り、Tiとしている。一方、b層は金属成分のみの原子%でAlを40[at%]超え75[at%]以下、B、Si、V、Cr、Y、Zr、Nb、Mo、Hf,Ta、Wの1種または2種以上で10[at%]未満、残り、Crとしている。
【0005】
しかしながら、第1、第2従来例等の従来の表面被覆工具において、さらなる工具寿命の改善が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2644710号公報
【特許文献2】特許第3248897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、窒化物、炭窒化物よりなる表面被覆被膜(コーティング)が形成された表面被覆工具の工具寿命を改善することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、請求項1の表面被覆工具は、工具材料よりなる基材と、この基材の表面に形成された表面被覆被膜を備え、前記表面被覆被膜は、少なくとも2層の硬質被膜よりなり、前記基材表面に成膜される硬質被膜(以下、b層という。)は低応力被膜とされる。これによって、基材の耐摩耗性を高め、かつ基材に生じる応力を緩和する効果が得られる。
【0009】
請求項2の表面被覆工具は、前記b層を、金属成分のみの原子%で、Alが50[at%]以上70[at%]以下、Siが1[at%]以上10[at%]以下で残りがCrの窒化物、炭窒化物としている。これによって、基材の応力緩和、耐摩耗性に有効な硬質被膜を形成し得る。
【0010】
請求項3の表面被覆工具は、前記表面被覆被膜における最外層の硬質被膜(以下、a層という。)を、耐酸化性とし、表面被覆工具の表面を保護し得る。
【0011】
請求項4の表面被覆工具は、前記a層を、金属成分のみの原子%で、Siが10[at%]以上20[at%]以下で残りがTiの窒化物、炭窒化物としている。これによって、高い切削性が確保され、かつ良好な耐酸化性が得られる。
【0012】
請求項5の表面被覆工具は、前記a層とb層の間に、さらに硬質被膜(以下、c層という。)が形成され、前記c層は、前記a層、b層と同一の組成の硬質被膜を交互に積層して形成されている。これによって、b層による耐摩耗性・応力緩和効果と、a層による耐摩耗性・耐酸化性による表面保護効果とが複合的かつ相乗的に作用し、極めて高い耐久性が得られ、大幅に寿命が改善される。
【0013】
請求項6の表面被覆工具は、前記a層、b層の膜厚が40~100[nm]である。
【0014】
請求項7の表面被覆工具は、c層の膜厚が表面被覆被膜の全膜厚の30~80[%]である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、窒化物、炭窒化物の硬質表面被覆が形成された表面被覆工具の工具寿命を改善し得る。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明に係る表面被覆工具の実施例1~3、6の構成を示す断面図である。
図2】本発明に係る表面被覆工具の実施例1~6と比較例7~10を比較し、さらに検証例を参照するための表である。
図3A】硬質表面被膜の応力を算出するためのストーニーの式を示す図である。
図3B図3Aのストーニーの式を適用する際に、硬質被膜を成膜するSUS円板基盤の斜視図である。
図3C図3Bに被膜応力による反りが生じた状態を示すグラフである。
図4】イオンプレーティング法による単層膜の形成の際のバイアス電圧と摩耗幅の関係を示すグラフである。
図5】イオンプレーティング法による表面被覆被膜形成の際のバイアス電圧と被膜応力の関係を示すグラフである。
図6】本発明に係る表面被覆工具の実施例4、5の構成を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
次に、本発明に係る表面被覆工具の好適な実施例を、図面を参照しつつ説明する。
【実施例0018】
[実施例1]
図1に示すように、表面被覆工具1は、工具材料よりなる基材2と、この基材2の表面に形成された表面被覆被膜3を備え、表面被覆被膜3は、2層の硬質被膜4、5よりなる。硬質被膜4(以下、a層という。)は、表面被覆被膜3の最外層に成膜され、硬質被膜5(以下、b層という。)は基材2の表面2Fに成膜される。
【0019】
図2の表に示すように、実施例1の表面被覆被膜3の成分(金属のみの原子%)は、a層4がTi85[%]、Si15[%]の窒化物であり、b層5がCr40[%]、Al55[%]、Si5[%]の窒化物である。実施例1で表面被覆被膜3の被膜応力を測定したところ、-4.4[GPa]であり、第1、第2従来例に対応する比較例9の-5.0[GPa]よりも低い。
【0020】
被膜応力は厚さ0.3[mm]のSUS円板に各被膜を成膜し、その反り量と膜厚から曲率半径を求め、図3AのStoney(ストーニー)の式にて算出した。この値は0[GPa]が応力0の状態で、マイナスの数値が大きくなるほど圧縮応力(被膜応力)が大きくなることを示している。
【0021】
被膜応力測定に際しては、図3Bに示すようなSUS304円板基盤P(例えば、厚さ0.3[mm])を応力測定用治具(図示省略)で保持しつつ、片面に硬質被膜を成膜する。すると、円板基盤Pに硬質被膜による被膜応力が生じ、図3Cに示すような反りが生じる。この反りの高さhを、表面粗さ測定器(図示省略)によって測定し、反りhと測定長(例えば10[mm])から円板基盤Pの曲率半径Rを算出する。
SUS304では、ヤング率Esus=190、ポアソン比Vsus=0.24であり、膜厚tsus=0.3、曲率Rから、ストーニーの式により、被膜応力が計算できる。
【0022】
比較例9は耐摩耗性を主眼としたTiAlN系の表面被覆被膜が成膜され、被膜応力は高くなるのに対して、b層5はCrAl系であり、圧縮応力が緩和される。これによって、基材2の耐摩耗性を高め、かつ基材2に生じる応力を緩和する効果が得られる。検証例11はTiAlN単層の表面被覆被膜について被膜応力を測定したものであるが、被膜応力は-5.2[GPa]と高い。
【0023】
基材2の表面2Fに低応力のCrAl系硬質被膜(b層5)を形成することによって、表層被覆(a層4)への衝撃を吸収しつつ耐摩耗性を高められる。表面被覆被膜3の硬度が極端に高まると、負荷に起因した応力が増大して靭性が低下することがあるが、低応力の被覆によってこのような靭性低下が防止される。
その結果、実施例1の工具寿命は2000[m]となり、比較例9、10の1250[m]、750[m]を大幅に上回る。
【0024】
図2において、a層4の独立の特性を確認するため検証例12、13の特性を測定し、b層5の特性を確認するために検証例16を測定した。その結果、a層の高応力、b層の低応力が確認された。
【0025】
図2の検証例14は、b層に関連して、Siを含まないCrAlNについて検討したものであり、同図でSiを添加した検証例15、16、17のCrAlSiNに比べて工具寿命が短いことが分かる。検証例15~17は、Siの添加量を1[at%]、5[at%]、15[at%]と変化させており、1~15[at%]の範囲内であれば工具寿命が長くなることが確認された。
【0026】
図2の検証例12、13は、a層でSi添加量を15[%]、5[%]としたときの工具寿命を検討したもので、Si%が5[%]と低いTiSiNは、工具寿命が750[m]に短縮することが確認された。以上より、Siが10[at%]以上20[at%]以下の範囲内のときに、工具寿命が長くなることが確認された。なお、21[%]以上の被膜は成膜中にターゲットが割れやすくなるなど、安定した処理が困難となるため、被膜組成として適さない。
【0027】
また、比較例8より、b層にCrAlNを用いた場合、切削距離が低下することが確認された。
【0028】
比較例7は、実施例1のa層を基材2表面2Fに密着させ、b層を最外層に配置したものであるが、この逆転により工具寿命は低下した。すなわち、b層に低応力の被膜を用いることによって工具寿命を向上させることができることが確認された。すなわち、検証例16のような低応力硬質被膜(b層)を基材2の表面2Fに設けた耐摩耗性表面被覆被膜は工具寿命を著しく改善することができる。
[実施例2]
【0029】
図2の実施例2の表面被覆被膜3は実施例1と同様の図1の構成を有し、その成分(金属のみの原子%)は、a層4がTi90[%]、Si10[%]の窒化物であり、b層5がCr40[%]、Al55[%]、Si5[%]の窒化物である。そして表面被覆被膜3の被膜応力は、-4.2[GPa]であり、第1、第2従来例に対応する比較例9の-5.0[GPa]よりも低い。
その結果、実施例2の工具寿命は2000[m]となり、比較例9、10の1250[m]、750[m]を大幅に上回る。
[実施例3]
【0030】
図2の実施例3の表面被覆被膜3は実施例1と同様の図1の構成を有し、その成分(金属のみの原子%)は、a層4がTi80[%]、Si20[%]の窒化物であり、b層5がCr40[%]、Al55[%]、Si5[%]の窒化物である。そして表面被覆被膜3の被膜応力は、-4.5[GPa]であり、第1、第2従来例に対応する比較例9の-5.0[GPa]よりも低い。
その結果、実施例3の工具寿命は1750[m]であり、比較例9、10の1250[m]、750[m]を大幅に上回る。
【0031】
図5は、a層4(丸プロットおよびTi:15Si表示)、b層5(三角プロットおよびCr:55Al:5Si表示)を成膜する際の、バイアス電圧と被膜応力の関係を示し、図4は、図5と同様のバイアス電圧における、a層4(塗りつぶし棒グラフおよびTi:15Si表示)、b層5(細斜線棒グラフおよびCr:55Al:5Si表示)の摩耗幅を示し、同時に、b層4からSiを除去した検証例14(太斜線棒グラフおよびCr:55Al表示)の摩耗幅を示す。
a層4、b層5は検証例14よりも大幅に摩耗幅、すなわち摩耗量が減少しており、Siを含めた効果が明らかである。切削距離が大幅に伸びて、工具寿命が改善されることが分かる。
図5において、b層5の被膜応力はバイアス電圧-150[V]において最小であり、図4において、バイアス電圧-150[V]のa層4、b層5の摩耗幅は最小である。ただし、最適なバイアス電圧はa層4、b層5の成分により変化するので、成分ごとに最適条件を検出する必要がある。
【0032】
比較例9、検証例11と実施例1~3より、従来のTiAlN系被膜を基材2の表面2Fに成膜した工具よりも、CrAlSiNよりなる低応力被膜を表面2Fに成膜した工具のほうが高い切削性能が実現することが明らかとなった。図4図5に示すように、a層4、b層5の成膜に際してバイアス電圧を-30~-200[V]に設定し、良好な切削性能が得られる最適条件を採用するとともに、AlおよびSiを添加することにより、基材表面に成膜された低応力被膜が切削工具の寿命を著しく改善できることが明らかとなった。
【0033】
[実施例4]
図2の実施例4の表面被覆工具1は図6の構成を有し、基材2の表面2Fに形成された表面被覆被膜3は、最外層のa層4と表面2Fに密着したb層5との間に、a層4C、b層5Cを交互にナノ積層して形成されたc層7が成膜されている。c層7の最外層はa層4Cであり、c層7の最内層はb層5Cとされ、a層4C、b層5Cは実施例1のa層4、b層5と同等の成分である。
【0034】
実施例4の成分(金属のみの原子%)は、実施例1同様、a層4がTi85[%]、Si15[%]であり、b層5がCr40[%]、Al55[%]、Si5[%]である。そしてc層7に含まれるa層4C、b層5Cはa層4、b層5と同様である。
実施例4の表面被覆被膜3の被膜応力は、-5.3[GPa]であり、単独のa層4(検証例12)の被膜応力-7.0[GPa]よりも低く、単独のb層5(検証例16)の被膜応力-3.6[GPa]よりも高い。すなわち、層間の被膜応力の差を緩和している。
その結果、実施例4の工具寿命は2000[m]であり、比較例9、10の1250[m]、750[m]を大幅に上回る。
【0035】
実施例4は、b層5、5Cによる耐摩耗性・応力緩和効果と、a層4、4Cによる耐摩耗性・耐酸化性による表面保護効果とが複合的かつ相乗的に作用し、第1、第2従来例に対応する比較例9、10と比較して極めて高い耐久性が得られ、大幅に寿命が改善される。
【0036】
c層7を有する3層構造の表面被覆被膜3では、a層4Cとb層5Cを交互に積層したc層7が存在することにより、表面被覆被膜3内にクラックが発生した際に、基材2方向へのクラックの伸展を防止し得るので、表面被覆被膜3の耐久性を高める効果もある。
【0037】
[実施例5]
図2の実施例5は実施例4のa層4,4Cの成分(金属のみの原子%)を、実施例2同様、Ti90[%]、Si10[%]としたもので、被膜応力は、-5.0[GPa]、工具寿命は1750[m]となり、比較例9、10よりも、大幅に改善されている。
【0038】
[実施例6]
図2の実施例6は、実施例3における窒化物被膜を炭窒化物被膜に変更したものである。実施例6の工具寿命は1750[m]と、実施例3と同等であり、窒化物だけでなく炭窒化物によっても高い切削性能が実現されることが分かる。
【0039】
以上の実施例において、a層4,b層5の硬質被膜の膜厚を40[nm]~100[nm]、c層7の膜厚を表面被覆被膜3の膜厚の30~80[%]として良好な切削性能が得られている。
【0040】
以上の実施例より、基材2の表面2Fに、低応力のCrAl系コーティングを形成することによって、表面被覆被膜3への衝撃を吸収しつつ耐摩耗性を高められることが判明した。被膜の硬度は極端に高まると、負荷に起因した応力が増大して靭性が低下することがあるが、低応力の被覆によってこのような靭性低下が防止される。
【0041】
以上のとおり、実施例1~6の表面被覆工具1は、高速度鋼、超硬合金、サーメット、セラミックス等の工具材料よりなる基材2の表面に表面被覆被膜3を設けたもので、表面被覆被膜3は図1のa層4、b層5の硬質被膜よりなる2層構造、もしくは中間にa層4Cとb層5Cを交互に積層したc層を有する3層構造である。b層5は基材2の表面2Fに成膜され、a層4は最外層に成膜される。これによって、b層5の耐摩耗性・応力緩和効果と、a層4による耐摩耗性・耐酸化性による表面保護効果の相乗効果によって、極めて高い耐久性が得られる。
【0042】
a層4の形成に際しては、TiSi合金ターゲットをカソードアーク放電方式イオンプレーティング装置にセットし、適正なバイアス電圧、窒素ガス圧、成膜温度の条件の下でb層5表面に成膜する。
【0043】
b層5の形成に際しては、CrAlSi合金ターゲットをカソードアーク放電方式イオンプレーティング装置にセットし、適正なバイアス電圧、窒素ガス圧、成膜温度の条件の下で基材表面に成膜する。
【0044】
c層の形成に際しては、装置片側にCrAlSi合金ターゲットを、もう片側にTiSi合金ターゲットを、カソードアーク放電方式イオンプレーティング装置にセットし2ターゲットを同時に使用し、基材を回転させながら成膜し、適正なバイアス電圧、窒素ガス圧、成膜温度の条件の下で基材表面に成膜する。
【0045】
図4に示すように、バイアス電圧[-V]と摩耗幅[μm]の関係を示し、基材2に印加するバイアス電圧は、-30~-200[V]までの範囲で成膜されている。基材2に負のバイアス電圧を印加することで、アーク放電によって蒸発した金属原子および窒素分子のイオンが加速供給されることで被膜を形成する。
【0046】
図5に示すように、a層4の成膜に関して、a層単層の性能としては、被膜応力が-6.0~-7.5[GPa]の範囲にあるものにおいて、高い切削性能が得られた。
また、b層5の成膜に関して、b層単層の性能としては、被膜応力が-2.5~-4.5[GPa]の範囲にあるものにおいて、高い切削性能が得られた。
【0047】
実施例1~6、比較例7~10および検証例11~17について、以下のように工具の寿命測定を行った。
超硬製の2枚刃ボールエンドミル(以下、BEMという)を用い切削試験を行った。工具寿命はエンドミルの刃先被膜の摩耗幅により、摩耗幅が70[μm]を超えた地点を工具が切削不能となった時の切削長と仮定した。
【0048】
BEMの切削条件は、側面切削、ダウンカット、被削材STAVAX(硬さHRC25)、切削速度188[m/min]、送り4000[m/min]、水溶性切削油によるウェット加工とした。そして、一定切削距離ごとに刃先を観察して、被膜の摩耗幅が70[μm]を超えた切削距離を工具寿命とした。図2および図5のように、a層およびb層単体では切削距離は伸びず、それらを積層構造にすることで大幅な寿命向上を実現できることが確認された。
【0049】
それらは、従来のコーティング工具である、TiAl系被膜を基材表面に成膜した工具と比較して、著しく寿命が向上することが確認された。これより、b層を基材2の表面2Fに成膜し、a層を最外層に成膜した被膜構造にて、表面被覆工具1の長寿命化を実現できることが明らかとなった。
【0050】
以上より、a層の組成は、金属成分のみ[at%]でSiが10[at%]以上20[at%]以下で残りがTiよりなる窒化物、炭窒化物の被膜(a層)で成膜すべきである。また、b層の組成は、金属成分のみ[at%]でAlが50[at%]以上70[at%]以下、Siが1[at%]以上10[at%]以下で残りCrよりなる窒化物、炭窒化物の被膜(b層)で成膜すべきである。図2より、a層は被膜応力が-6.0~-7.5[GPa]の範囲にあり、b層は-2.5~-4.5[GPa]の範囲にあり、その関係はa層>b層で有るべきである。
【0051】
また、a層は被膜硬さを3000~3500[Hv]の範囲内で高応力のある被膜で有ることが望ましく、b層は被膜硬さを3000~3500[Hv]の範囲内で低応力の被膜で有ることが望ましい。
【0052】
表面被覆被膜の被覆方法は、特に限定されるものではないが、被覆基材への熱影響、工具の疲労強度、被膜の密着性等を考慮した場合、比較的低温で被覆でき、被覆した被膜に圧縮応力が残留する被覆方法、すなわち、前記カソードアーク放電方式イオンプレーティング、もしくはスパッタリング等の被覆基材側にバイアス電圧を印加する物理蒸着法(PVD)であることが望ましい。
【0053】
以上のとおり、本発明のコーティング工具は、基材表面に低応力のCrAlSi系被膜を有することが特徴で、更に表層に耐摩耗性・耐酸化性に優れるTiSi系被膜を有している。これは、従来のコーティング工具であるTiAl系被膜を基材表面に有する工具と比べ、CrAlSi系被膜の耐摩耗性・応力緩和効果と、TiSi系被膜の耐摩耗性・耐酸化性による表面保護効果の相乗効果によって、極めて高い耐久性が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
以上の実施例の、基材表面にb層を成膜するとともにb層表面にa層を成膜する2層構造および、a層とb層の間にc層を成膜する構成以外に、b層と基材の間にc層や、その他の窒化物、炭化物、炭窒化物の被膜を成膜することも可能である。
【0055】
さらに本発明の被膜は、従来のコーティング工具に比べ、CrAlSi系被覆による耐摩耗性・応力緩和効果を有しており、従来のTiAlN系被覆で使用されている金型、機械部品の耐熱性、耐摩耗性被膜として適用することも可能である。
【符号の説明】
【0056】
1 表面被覆工具
2 基材
3 表面被覆被膜
4 a層
4C c層中のa層
5 b層
5C c層中のb層
7 c層
P 円板基盤
h 反りの高さ

図1
図2
図3A
図3B
図3C
図4
図5
図6