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特開2024-66436Ni基合金及びその製造方法、並びに、Ni基合金部材
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  • 特開-Ni基合金及びその製造方法、並びに、Ni基合金部材 図1
  • 特開-Ni基合金及びその製造方法、並びに、Ni基合金部材 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066436
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】Ni基合金及びその製造方法、並びに、Ni基合金部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 19/00 20060101AFI20240508BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240508BHJP
【FI】
C22C19/00 P
C22F1/00 624
C22F1/00 625
C22F1/00 630A
C22F1/00 630B
C22F1/00 630C
C22F1/00 630D
C22F1/00 631B
C22F1/00 640A
C22F1/00 641B
C22F1/00 681
C22F1/00 683
C22F1/00 684
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023128787
(22)【出願日】2023-08-07
(31)【優先権主張番号】P 2022174050
(32)【優先日】2022-10-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】古庄 千紘
(72)【発明者】
【氏名】小柳 禎彦
(72)【発明者】
【氏名】インドラニル ロイ
(57)【要約】
【課題】耐衝撃特性、耐摩耗性、及び、耐食性が要求される各種部材の材料として好適なNi基合金及びその製造方法、並びに、これを用いたNi基合金部材を提供すること。
【解決手段】Ni基合金は、所定量のC、Si、Mn、P、S、Cu、Cr、Mo、Fe、Al、O、N、Nb、V、Ti、Ta、及び、W%を含有し、さらに、所定量のB、Mg、及び、Caからなる群から選択される1種以上の元素を含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなる鋳塊に対して熱間加工及び固溶化熱処理を施すことにより得られたもの、又は、前記鋳塊に対して熱間加工、固溶化熱処理、及び時効処理を施すことにより得られたものからなる。Ni基合金部材は、このようなNi基合金からなる。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.10<C≦0.30mass%、
Si≦0.50mass%、
Mn≦0.50mass%、
P≦0.030mass%、
S≦0.010mass%、
Cu≦3.00mass%、
30.0≦Cr≦39.0mass%、
Mo≦3.00mass%、
Fe≦3.00mass%、
2.00≦Al≦5.00mass%、
O≦0.0100mass%、
N≦0.050mass%、
Nb≦0.50mass%、
V≦0.50mass%、
Ti≦0.50mass%、
Ta≦0.50mass%、及び、
W≦0.50mass%
を含有し、さらに、
0.0010≦B≦0.0100mass%、
0.0010≦Mg≦0.0100mass%、及び、
0.0010≦Ca≦0.0100mass%
からなる群から選択される1種以上の元素を含有し、
残部がNi及び不可避的不純物からなり、
平均結晶粒径が50.0μm以下であるオーステナイト相(γ相)と、
円相当粒子径の平均値が1.0μm以上であるM236型炭化物と、
円相当粒子径の平均値が10.0μm以下である塊状α-Cr相と
を含むNi基合金。
【請求項2】
請求項1に記載のNi基合金からなるNi基合金部材。
【請求項3】
0.10<C≦0.30mass%、
Si≦0.50mass%、
Mn≦0.50mass%、
P≦0.030mass%、
S≦0.010mass%、
Cu≦3.00mass%、
30.0≦Cr≦39.0mass%、
Mo≦3.00mass%、
Fe≦3.00mass%、
2.00≦Al≦5.00mass%、
O≦0.0100mass%、
N≦0.050mass%、
Nb≦0.50mass%、
V≦0.50mass%、
Ti≦0.50mass%、
Ta≦0.50mass%、及び、
W≦0.50mass%
を含有し、さらに、
0.0010≦B≦0.0100mass%、
0.0010≦Mg≦0.0100mass%、及び、
0.0010≦Ca≦0.0100mass%
からなる群から選択される1種以上の元素を含有し、
残部がNi及び不可避的不純物からなり、
セル状組織と、
円相当粒子径の平均値が1.0μm以上であるM236型炭化物と、
円相当粒子径の平均値が10.0μm以下である塊状α-Cr相と
を含み、
前記セル状組織は、オーステナイト相内部の全面に、α-Cr相と、γ’相が析出したγ相とのラメラ組織がセル状に形成された組織からなり、
25℃における0.2%耐力が1300MPa以上であり、
25℃における吸収エネルギーが40J(10Rノッチ)以上である
Ni基合金。
【請求項4】
請求項3に記載のNi基合金からなるNi基合金部材。
【請求項5】
所定の組成となるように配合された原料を溶解・鋳造し、鋳塊を得る第1工程と、
前記鋳塊に対して1次熱間加工を行い、1次熱間加工品を得る第2工程と、
前記1次熱間加工品に対して均質化熱処理を行い、均質化熱処理品を得る第3工程と、
前記均質化熱処理品に対して2次熱間加工を行い、2次熱間加工品を得る第4工程と、
前記2次熱間加工品に対して固溶化熱処理を行い、請求項1に記載のNi基合金を得る第5工程と
を備えたNi基合金の製造方法。
【請求項6】
前記固溶化熱処理された前記Ni基合金に対して時効処理を行い、請求項3に記載のNi基合金を得る第7工程をさらに備えた請求項5に記載のNi基合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni基合金及びその製造方法、並びに、Ni基合金部材に関し、さらに詳しくは、耐衝撃特性、耐摩耗性、及び、耐食性に優れたNi基合金及びその製造方法、並びに、このようなNi基合金からなるNi基合金部材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に耐摩耗性に優れる合金として、
(a)工具鋼(例えば、SKD11)、
(b)マルテンサイト系ステンレス鋼(例えば、SUS440C)
などが挙げられる。
しかしながら、これらのFe-Cr-C系合金は耐食性に劣るため、例えば海水中などの耐食性が求められる環境下での使用には適さない。
【0003】
一方、一般的に海水に耐える高耐食な合金として、
(a)オーステナイト系ステンレス鋼(例えば、SUS316L)、
(b)チタン合金、
(c)ニッケル合金(例えば、718合金、625合金)
などが挙げられる。
しかしながら、これらの合金は、工具鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼に比べると硬さが低く、耐摩耗性に著しく劣る。
【0004】
さらに、このような耐摩耗性に優れる高耐食合金の用途として、石油/ガス掘削用の部材が挙げられる。このような部材は、熱間鍛造又は熱間圧延によって製造された素形材、丸棒、又はワイヤーから加工される。そのため、大量生産のためには、これらの合金には十分な熱間加工性を有することも重要となる。
【0005】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、0.1mass%以下のCと、所定量のSi、Mn、Cr、及び、Alを含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなる鋳塊を製造し、鋳塊に対して熱間鍛造、固溶化熱処理、及び、時効処理を施すことにより得られるNi基高強度耐熱合金が開示されている。
同文献には、
(A)このような方法により、γ’相及びα相が複合析出しているNi基合金が得られる点、及び、
(B)γ’相に加えて、Crを主体とするα相を複合析出させると、高強度、高温安定性、高硬度、高耐食性、及び、非磁性を兼ね備えたNi基合金が得られる点
が記載されている。
【0006】
特許文献2には、0.10mass%超1.0mass%以下のCと、所定量のCr、Al、及び、Vを含有し、残部がNi及び不純物からなる鋳塊を製造し、鋳塊に対して熱間鍛造、固溶化熱処理、及び、時効処理を施すことにより得られるNi基合金が開示されている。
同文献には、
(A)C量を0.10mass%超にすると、マトリックス中に硬質粒子(Vを含むCr系炭化物)が晶出するために、耐摩耗性が大きく改善される点、
(B)Crが炭化物の形成に消費されると、マトリックス中に固溶するCr量が減るために、時効処理時のα相の析出量が少なくなり、高硬度が得られなくなる点、及び、
(C)Ni基合金中にVを添加すると、Cr系炭化物のCrの一部がVに置換され、炭化物の形成に消費されるCr量が少なくなるために、時効処理後に高硬度が得られる点
が記載されている。
【0007】
特許文献1に記載されているように、γ’相及びα相(Cr)の複合析出を利用すると、室温におけるビッカース硬さが600HVを超えるNi基合金が得られる。このNi基合金は、熱間加工性に優れ、かつ、海水環境に対する耐食性も備えている。しかしながら、このNi基合金は、工具鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼のように硬質な粗大炭化物を分散させたミクロ組織ではないため、その硬さの割に耐摩耗性が低い。
【0008】
特許文献2に記載の方法を用いると、マトリックス中にVを含有するCr系炭化物が分散しているNi基合金が得られる。このNi基合金は、硬質粒子を含むために耐摩耗性に優れている。また、このNi基合金は、固溶Crの減少に起因する硬度低下を抑制するために、Cr量の好ましい下限を36mass%とし、かつ、Cr炭化物のCrの一部をVで置換している。しかしながら、このようなミクロ組織は、硬さの向上に寄与するが、靱性の低下を招く。特に、石油/ガス掘削用の部材は掘削時に大きな衝撃が加わるので、特許文献2に記載のNi基合金は、衝撃特性の点で石油/ガス掘削用の部材に適さない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4419298号公報
【特許文献2】特許第6521418号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、耐衝撃特性、耐摩耗性、及び、耐食性が要求される各種部材の材料として好適なNi基合金及びその製造方法を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このようなNi基合金からなるNi基合金部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために本発明の第1の実施の形態に係るNi基合金は、
0.10<C≦0.30mass%、
Si≦0.50mass%、
Mn≦0.50mass%、
P≦0.030mass%、
S≦0.010mass%、
Cu≦3.00mass%、
30.0≦Cr≦39.0mass%、
Mo≦3.00mass%、
Fe≦3.00mass%、
2.00≦Al≦5.00mass%、
O≦0.0100mass%、
N≦0.050mass%、
Nb≦0.50mass%、
V≦0.50mass%、
Ti≦0.50mass%、
Ta≦0.50mass%、及び、
W≦0.50mass%
を含有し、さらに、
0.0010≦B≦0.0100mass%、
0.0010≦Mg≦0.0100mass%、及び、
0.0010≦Ca≦0.0100mass%
からなる群から選択される1種以上の元素を含有し、
残部がNi及び不可避的不純物からなり、
平均結晶粒径が50.0μm以下であるオーステナイト相(γ相)と、
円相当粒子径の平均値が1.0μm以上であるM236型炭化物と、
円相当粒子径の平均値が10.0μm以下である塊状α-Cr相と
を含む。
【0012】
本発明の第1の実施の形態に係るNi基合金部材は、本発明の第1の実施の形態に係るNi基合金からなる。
【0013】
本発明の第2の実施の形態に係るNi基合金は、
0.10<C≦0.30mass%、
Si≦0.50mass%、
Mn≦0.50mass%、
P≦0.030mass%、
S≦0.010mass%、
Cu≦3.00mass%、
30.0≦Cr≦39.0mass%、
Mo≦3.00mass%、
Fe≦3.00mass%、
2.00≦Al≦5.00mass%、
O≦0.0100mass%、
N≦0.050mass%、
Nb≦0.50mass%、
V≦0.50mass%、
Ti≦0.50mass%、
Ta≦0.50mass%、及び、
W≦0.50mass%
を含有し、さらに、
0.0010≦B≦0.0100mass%、
0.0010≦Mg≦0.0100mass%、及び、
0.0010≦Ca≦0.0100mass%
からなる群から選択される1種以上の元素を含有し、
残部がNi及び不可避的不純物からなり、
セル状組織と、
円相当粒子径の平均値が1.0μm以上であるM236型炭化物と、
円相当粒子径の平均値が10.0μm以下である塊状α-Cr相と
を含み、
前記セル状組織は、オーステナイト相内部の全面に、α-Cr相と、γ’相が析出したγ相とのラメラ組織がセル状に形成された組織からなり、
25℃における0.2%耐力が1300MPa以上であり、
25℃における吸収エネルギーが40J(10Rノッチ)以上である。
【0014】
本発明の第2の実施の形態に係るNi基合金部材は、本発明の第2の実施の形態に係るNi基合金からなる。
【0015】
本発明に係るNi基合金の製造方法は、
所定の組成となるように配合された原料を溶解・鋳造し、鋳塊を得る第1工程と、
前記鋳塊に対して1次熱間加工を行い、1次熱間加工品を得る第2工程と、
前記1次熱間加工品に対して均質化熱処理を行い、均質化熱処理品を得る第3工程と、
前記均質化熱処理品に対して2次熱間加工を行い、2次熱間加工品を得る第4工程と、
前記2次熱間加工品に対して固溶化熱処理を行い、本発明の第1の実施の形態に係るNi基合金を得る第5工程と
を備えている。
【0016】
本発明に係るNi基合金の製造方法は、
前記固溶化熱処理された前記Ni基合金に対して時効処理を行い、本発明の第2の実施の形態に係るNi基合金を得る第7工程と
をさらに備えていても良い。
【発明の効果】
【0017】
相対的に多量のCを含むNi基合金の原料を溶解・鋳造すると、塊状α-Cr相を含み、かつ、粗大なM236型炭化物粒子が晶出した鋳塊を得ることができる。得られた鋳塊に対し、必要に応じて、1次熱間加工、均質化熱処理、及び、2次熱間加工を施した後、相対的に低温で固溶化熱処理すると、微細な塊状α-Cr相が固溶せずに残存する。その結果、微細な塊状α-Cr相がピン止め粒子として機能し、固溶化熱処理時におけるγ相の粗大化を抑制することができる。さらに、固溶化熱処理されたNi基合金に対して時効処理を施すと、γ相内部の全面にセル状組織が形成される。
【0018】
本発明に係るNi基合金は、成分が最適化されているために、耐食性及び熱間加工性に優れている。また、時効処理後のNi基合金は、マトリックス中に粗大なM236型炭化物粒子が分散しているために、高い耐摩耗性を示す。さらに、時効処理後のNi基合金は、セル状組織を含むために、高強度を示す。また、初期γ相が微細であるために、セル状組織も微細となり、高い靱性(すなわち、高い耐衝撃特性)を示す。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】固溶化熱処理後のNi基合金(実施例4)のSEM-EBSDで得られたフェーズマップの一例である。
図2】時効処理後のNi基合金(実施例4)のSEM-EBSDで得られたフェーズマップの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. Ni基合金(1)]
[1.1. 成分]
本発明の第1の実施の形態に係るNi基合金は、以下のような元素を含み、残部がNi及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0021】
(1)0.10<C≦0.30mass%:
Cは、耐摩耗性を担保する硬質炭化物(M236型炭化物)を形成するための元素である。C量が少なくなりすぎると、硬質炭化物の量が少なくなり、耐摩耗性が低下する。十分な耐摩耗性を得るためには、C量は、0.10mass%超である必要がある。C量は、好ましくは、0.12mass%以上、さらに好ましくは、0.14mass%以上である。
一方、C量が過剰になると、熱間加工性が悪化する。従って、C量は、0.30mass%以下である必要がある。C量は、好ましくは、0.28mass%以下、さらに好ましくは、0.26mass%以下である。
【0022】
(2)Si≦0.50mass%:
Siは、不純物として含まれる元素である。Siは、Ni基合金の強度及び靱性を低下させるため、その含有量は少ないほど良い。強度及び靱性の低下を抑制するためには、Si量は、0.50mass%以下である必要がある。Si量は、好ましくは、0.10mass%以下である。
【0023】
(3)Mn≦0.50mass%:
Mnは、不純物として含まれる元素である。一方、Mnは、Ni基合金中に含まれるSをMnSとして固定し、Sによる熱間加工性の悪化を抑制する作用がある。そのため、Ni基合金は、Mnを含んでいても良い。
しかしながら、S量が十分に少ない場合(例えば、S量が0.002mass%以下である場合)、Mnを添加する必要はない。また、必要以上のMnの添加は、Ni基合金の性能低下を引き起こす場合がある。従って、Mn量は、0.50mass%以下である必要がある。Mn量は、好ましくは、0.10mass%以下である。
【0024】
(4)P≦0.030mass%:
Pは、不純物として含有される元素である。Pは、熱間加工性を悪化させるので、その含有量は少ないほど良い。熱間加工性の悪化を抑制するためには、P量は、0.030mass%以下である必要がある。P量は、好ましくは、0.010mass%以下、さらに好ましくは、0.005mass%以下である。
【0025】
(5)S≦0.010mass%:
Sは、不純物として含まれる元素である。Sは、熱間加工性を悪化させるので、その含有量は少ないほど良い。熱間加工性の悪化を抑制するためには、S量は、0.010mass%以下である必要がある。S量は、好ましくは、0.003mass%以下、さらに好ましくは、0.002mass%以下である。
【0026】
(6)Cu≦3.00mass%:
Cuは、Ni基合金の耐食性を向上させる作用がある。そのため、Ni基合金は、Cuを含んでいても良い。
しかしながら、Cu量が過剰になると、熱間加工性が悪化する場合がある。従って、Cu量は、3.00mass%以下である必要がある。Cu量は、好ましくは、2.50mass%以下、さらに好ましくは、2.00mass%以下である。
【0027】
(7)30.0≦Cr≦39.0mass%:
Crは、Ni基合金の硬さと耐摩耗性を担保するのに必要な元素である。本発明に係るNi基合金は、α相(Cr)とγ/γ’相とのラメラ組織によって硬さを担保する。そのためには、Cr量は、30.0mass%以上である必要がある。Cr量は、好ましくは、34.0mass%以上である。
一方、Cr量が過剰になると、変形能の乏しい塊状α-Cr相の量が過剰となり、熱間加工性が悪化する場合がある。従って、Cr量は、39.0mass%以下である必要がある。Cr量は、好ましくは、38.0mass%以下である。
【0028】
(8)Mo≦3.00mass%:
Moは、不純物として含まれる元素である。不純物としてのMoの含有量は、通常、0.1mass%以下である。一方、Moは、耐食性を向上させる作用がある。そのため、Ni基合金は、Moを含んでいても良い。
しかしながら、Mo量が過剰になると、熱間加工性が悪化する場合がある。従って、Mo量は、3.00mass%以下である必要がある。Mo量は、好ましくは、2.50mass%以下、さらに好ましくは、2.00mass%以下である。
【0029】
(9)Fe≦3.00mass%:
Feは、不純物として含まれる元素である。Feは、Ni基合金の耐食性を低下させるので、その含有量は少ないほど良い。耐食性の低下を抑制するためには、Fe量は、3.00mass%以下である必要がある。Fe量は、好ましくは、1.00mass%以下である。
【0030】
(10)2.00≦Al≦5.00mass%:
Alは、Ni3Al(γ’相)を形成することで、高強度のNi基合金を得るのに必要な元素である。このような効果を得るためには、Al量は、2.00mass%以上である必要がある。Al量は、好ましくは、3.00mass%以上である。
一方、Al量が過剰になると、熱間加工性が悪化する場合がある。従って、Al量は、5.00mass%以下である必要がある。Al量は、好ましくは、4.50mass%以下、さらに好ましくは、4.00mass%以下である。
【0031】
(11)O≦0.0100mass%:
Oは、不純物として含まれる元素であり、その含有量は少ないほど良い。Ni基合金の性能低下を抑制するためには、O量は、0.0100mass%以下である必要がある。
【0032】
(12)N≦0.050mass%:
Nは、不純物として含まれる元素であり、その含有量は少ないほど良い。Ni基合金の性能低下を抑制するためには、N量は、0.050mass%以下である必要がある。
【0033】
(13)Nb≦0.50mass%:
(14)V≦0.50mass%:
(15)Ti≦0.50mass%:
(16)Ta≦0.50mass%:
(17)W≦0.50mass%:
Nb、V、Ti、Ta、及び、Wは、それぞれ、不純物として含まれる元素である。これらの元素は、Ni基合金中のC及び/又はNと結合して、炭化物(MC)、窒化物(MN)、及び/又は、炭窒化物(M(C,N))(以下、これらを総称して「MC型炭窒化物」ともいう)を形成する。微細なMC型炭窒化物は、硬さの向上に寄与するが、靱性を低下させる原因となる。また、これらの元素の含有量が過剰になると、Ni基合金中のCがMC型炭窒化物の形成に消費される。その結果、M236型炭化物の形成が阻害され、耐摩耗性が低下する。従って、これらの元素の含有量は、それぞれ、0.50mass%以下である必要がある。これらの元素の含有量は、少ないほど良く、好ましくは、0.40mass%以下であり、より好ましくは、0.30mass%以下である。
【0034】
(18)0.0010≦B≦0.0100mass%:
(19)0.0010≦Mg≦0.0100mass%:
(20)0.0010≦Ca≦0.0100mass%:
B、Mg及びCaは、いずれも熱間加工性を向上させる元素である。Ni基合金は、B、Mg又はCaのいずれか1種のみが含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。熱間加工性を向上させるには、2種以上の元素の添加が効果的である。
【0035】
B量、Mg量、又はCa量が少なくなりすぎると、熱間加工性が悪化する場合がある。従って、B量、Mg量、及びCa量は、それぞれ、0.0010mass%以上である必要がある。
一方、B量、Mg量又はCa量が過剰になると、B、Mg及び/又はCaを含む硬質介在物が形成され、Ni基合金の靱性が低下する場合がある。従って、B量、Mg量、及びCa量は、それぞれ、0.0100mass%以下である必要がある。
【0036】
[1.2. ミクロ組織]
[1.2.1. オーステナイト相]
[A. 概要]
本実施の形態に係るNi基合金は、
(a)所定の組成となるように配合された原料を溶解・鋳造し、
(b)必要に応じて、鋳塊に対して、1次熱間加工、及び/又は、均質化熱処理を施し、
(c)鋳塊、1次熱間加工品、又は、均質化熱処理品に対して、2次熱間加工を施し、
(d)2次熱間加工品に対して固溶化熱処理を行う
ことにより得られる。
【0037】
そのため、本実施の形態に係るNi基合金は、オーステナイト相(γ相)中に、M236型炭化物と、塊状α-Cr相とが分散しているミクロ組織を有している。γ相の組成は、原料組成、M236型炭化物の析出量、及び、塊状α-Cr相の析出量に応じて一義的に定まる。γ相は、時効処理を施すことにより、セル状組織となる。セル状組織の詳細については、後述する。
【0038】
[B. 平均結晶粒径]
「γ相の平均結晶粒径」とは、線分法により測定された値をいう。
【0039】
時効処理前のγ相の平均結晶粒径が小さくなるほど、時効処理により形成されるセル状組織の平均結晶粒径も小さくなる。また、セル状組織の平均粒径が小さくなるほど、時効処理後のNi基合金の靱性(すなわち、耐衝撃性)が向上する。このような効果を得るためには、γ相の平均結晶粒径は、50μm以下である必要がある。
【0040】
[1.2.2. M236型炭化物]
[A. 概要]
本実施の形態に係るNi基合金は、M236型炭化物を含む。粗大なM236型炭化物は、Ni基合金の耐摩耗性の向上に寄与する。本発明において、Mは、主としてCrであるが、製造条件によっては、他の元素(例えば、Fe、Moなど)が含まれる場合がある。なお、「主として」とは、Mのうち、Crが90質量%以上であることを意味する。
【0041】
Ni基合金中にM236型炭化物を生成させる方法としては、
(a)鋳造時に炭化物を晶出させる方法、
(b)熱間加工時、及び/又は、均質化熱処理時に炭化物を析出させる方法、
などがある。
所定量のNi、Cr、及びAlを含む原料中に0.1mass%超のCを添加すると、鋳造時に粗大なM236型炭化物を晶出させることができる。
一方、原料中に含まれるC量が0.1mass%以下であっても、熱間加工時、及び/又は、均質化熱処理時にM236型炭化物を析出させることができる。しかしながら、析出炭化物は、平均粒径が1.0μm未満となる場合が多い。微細な析出炭化物は、耐摩耗性を向上させる効果に乏しい。
従って、耐摩耗性を向上させるためには、晶出炭化物を利用するのが好ましい。
【0042】
[B. 円相当粒子径の平均値]
「M236型炭化物の円相当粒子径」とは、Ni基合金の断面を顕微鏡(SEM-EBSD)で観察した場合において、M236型炭化物の断面積に等しい面積を持つ円の直径をいう。
「M236型炭化物の円相当粒子径の平均値」とは、倍率1500倍でNi基合金の断面を顕微鏡(SEM-EBSD)で観察した場合において、任意に選択される10個のM236型炭化物について測定された円相当粒子径の平均値をいう。
【0043】
236型炭化物は、時効処理後においてもほぼそのまま残存し、時効処理後のNi基合金の耐摩耗性の向上に寄与する。M236型炭化物の円相当粒子径の平均値が大きくなるほど、高い耐摩耗性が得られる。このような効果を得るためには、M236型炭化物の円相当粒子径の平均値は、1.0μm以上である必要がある。円相当粒子径の平均値は、好ましくは、2.0μm以上、さらに好ましくは、5.0μm以上である。
236型炭化物の円相当粒子径の平均値の上限は、特に限定されないが、晶出炭化物を利用する場合、円相当粒子径の平均値は、通常、100μm以下となる。
【0044】
[C. 含有量]
「M236型炭化物の含有量」とは、
(a)Ni基合金から所定の大きさを有する試験材を採取し、
(b)10体積%アセチルアセトン-1質量%テトラメチルアンモニウムクロライド-メタノール溶液(10%AA溶液)を電解液として用いた定電流電解法によって、電流密度:25mA/cm2で2~5時間程度、試験材の一部を陽極溶解させ、
(c)陽極溶解させることにより得られる溶液を、孔径が0.1μmのミクロフィルターを用いて吸引濾過し、
(d)ミクロフィルター上に堆積した電解抽出残渣の質量を、電解抽出前後の試験材の質量差で除す
ことにより得られる値をいう。
【0045】
236型炭化物の含有量が多くなるほど、高い耐摩耗性が得られる。このような効果を得るためには、M236型炭化物の含有量は、0.3mass%以上が好ましい。含有量は、さらに好ましくは、0.5mass%以上である。
一方、M236型炭化物の含有量が過剰になると、熱間加工性が悪化する場合がある。従って、M236型炭化物の含有量は、3.5mass%以下が好ましい。含有量は、さらに好ましくは、3.0mass%以下である。
【0046】
[1.2.3. 塊状α-Cr相]
[A. 概要]
「塊状α-Cr相」とは、γ相の粒界に析出しているα-Cr相をいう。塊状α-Cr相は、時効処理により形成されるラメラ組織に含まれる微細な板状α-Cr相とは異なる。塊状α-Cr相は、実質的にCrからなる。
【0047】
[B. 円相当粒子径の平均値]
「塊状α-Cr相の円相当粒子径」とは、Ni基合金の断面を顕微鏡(SEM-EBSD)で観察した場合において、塊状α-Cr相の断面積に等しい面積を持つ円の直径をいう。
「塊状α-Cr相の円相当粒子径の平均値」とは、上記した「M236型炭化物の円相当粒子径の平均値」の算出に用いるSEM-EBSD画像(Phase map)を用いて算出される値であって、任意に選択される60μm×60μmの領域に含まれるすべての塊状α-Cr相について測定された円相当粒子径の平均値をいう。
【0048】
固溶化熱処理前のNi基合金には、円相当粒子径の異なる様々な塊状α-Cr相が含まれる。これらの内、微細な塊状α-Cr相は、固溶化熱処理時におけるγ相の粗大化を抑制する作用がある。一方、粗大な塊状α-Cr相は、γ相の粗大化を抑制する作用に乏しく、むしろ熱間加工性を悪化させる場合がある。
なお、円相当粒子径が1.0μm以上であるM236型炭化物は、粒子径が大きいために、γ相の微細化にはほとんど寄与しない。
【0049】
γ相の粗大化を抑制するためには、塊状α-Cr相の円相当粒子径の平均値は、10.0μm以下である必要がある。円相当粒子径の平均値は、好ましくは、5.0μm以下であり、さらに好ましくは、1.0μm以下である。
【0050】
[C. 含有量]
「塊状α-Cr相の含有量」とは、上記した「M236型炭化物の円相当径の平均値」の算出に用いるSEM-EBSD画像(Phase map)を用いて算出される値であって、任意に選択される60μm×60μmの領域の面積に占める塊状α-Cr相の総面積の割合(面積率)をいう。
【0051】
固溶化熱処理中において、塊状α-Cr相の含有量が多くなるほど、γ相の粗大化が抑制されやすくなる。このような効果を得るためには、固溶化熱処理後においても塊状α-Cr相が残留するように、固溶化熱処理を行う必要がある。固溶化熱処理後の塊状α-Cr相の含有量は、2.0面積%以上が好ましい。含有量は、さらに好ましくは、3.0面積%以上である。
一方、塊状α-Cr相の含有量が過剰になると、続く時効処理時にラメラ組織を形成しづらい場合がある。従って、固溶化熱処理後における塊状α-Cr相の含有量は、12.0面積%以下が好ましい。含有量は、さらに好ましくは、10.0面積%以下である。
【0052】
[1.2.4. ミクロ組織の一例]
図1に、固溶化熱処理後のNi基合金(実施例4)のSEM-EBSDで得られたフェーズマップの一例を示す。図1中、白い粒子が塊状α-Cr相であり、灰色の粒子がγ相である。図1の場合、塊状α-Cr相の円相当粒子径の平均値は0.7μm、面積率は5.4面積%であった。
なお、図1において、M236型炭化物は認められないが、これはM236型炭化物のない領域を選択して組織写真を撮影したことによる。他の領域においては、M236型炭化物が認められた。
【0053】
[2. Ni基合金部材(1)]
本発明の第1の実施の形態に係るNi基合金部材は、本発明の第1の実施の形態に係るNi基合金からなる。
Ni基合金部材の形状は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な形状を選択することができる。Ni基合金部材としては、例えば、素形材、丸棒、ワイヤーなどがある。なお、「素形材」とは、熱間鍛造により、部材形状に近い形状又は部材形状に加工されたものである。素形材に仕上げ加工を施すことで部材(製品)が得られる。仕上げ加工とは、機械加工及び/又は熱処理をいう。
【0054】
[3. Ni基合金(2)]
[3.1. 成分]
本発明の第2の実施の形態に係るNi基合金は、所定の元素を含み、残部がNi及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由の詳細については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0055】
[3.2. ミクロ組織]
[3.2.1. セル状組織]
「セル状組織」とは、オーステナイト相内部に、α-Cr相と、γ’相(Ni3Al)が析出したγ相(γ/γ’相)とのラメラ組織がセル状に形成された組織をいう。
高強度を得るためには、セル状組織は、オーステナイト相内部の全面に析出しているのが好ましい。
【0056】
固溶化熱処理後のNi基合金には、オーステナイト相(初期γ)と、M236型炭化物と、塊状α-Cr相が含まれる。これを時効処理すると、初期γの粒界から粒内に向かって、α-Cr相と、γ/γ’相とのラメラ組織がセル状に形成され、セル状組織となる。また、時効処理時間が長くなるほど、セル状組織が成長し、やがて初期γの全面がセル状組織となる。セル状組織は、Ni基合金の高強度化に寄与する。
【0057】
[3.2.2. M236型炭化物]
[A. 概要]
本実施の形態に係るNi基合金は、M236型炭化物を含む固溶化熱処理後のNi基合金(第1の実施の形態に係るNi基合金)を時効処理することにより得られる。時効処理前後において、M236型炭化物の円相当粒子径や含有量が変化することは、ほとんどない。そのため、本実施の形態に係るNi基合金もまた、M236型炭化物を含む。M236型炭化物に関するその他の点については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0058】
[B. 円相当粒子径の平均値]
「M236型炭化物の円相当粒子径」、及び、「M236型炭化物の円相当粒子径の平均値」の定義については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0059】
上述したように、M236型炭化物の円相当粒子径の平均値が大きくなるほど、高い耐摩耗性が得られる。このような効果を得るためには、M236型炭化物の円相当粒子径の平均値は、1.0μm以上である必要がある。円相当粒子径の平均値は、好ましくは、2.0μm以上、さらに好ましくは、5.0μm以上である。
236型炭化物の円相当粒子径の平均値の上限は、特に限定されないが、通常、100μm以下となる。
【0060】
[C. 含有量]
「M236型炭化物の含有量」の定義については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0061】
上述したように、M236型炭化物の含有量が多くなるほど、高い耐摩耗性が得られる。このような効果を得るためには、M236型炭化物の含有量は、0.3mass%以上が好ましい。含有量は、さらに好ましくは、0.5mass%以上である。
【0062】
[3.2.3. 塊状α-Cr相]
[A. 概要]
本実施の形態に係るNi基合金は、塊状α-Cr相を含む固溶化熱処理後のNi基合金(第1の実施の形態に係るNi基合金)を時効処理することにより得られる。時効処理前後において、塊状α-Cr相の円相当径や含有量が変化することは、ほとんどない。そのため、本実施の形態に係るNi基合金もまた、塊状α-Cr相を含む。塊状α-Cr相に関するその他の点については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0063】
[B. 円相当粒子径の平均値]
「塊状α-Cr相の円相当粒子径」、及び、「塊状α-Cr相の円相当粒子径の平均値」の定義については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0064】
時効処理前のNi基合金に含まれる塊状α-Cr相の大きさは、γ相の微細化に影響を与えるが、時効処理後のNi基合金に含まれる塊状α-Cr相の大きさは、時効処理後のNi基合金の特性にあまり大きな影響を与えない。
時効処理前後において塊状α-Cr相の大きさはほとんど変化しないため、固溶化熱処理後の塊状α-Cr相の円相当径の平均値が10.0μm以下である場合、時効処理後のそれもまた、10.0μm以下となる。
【0065】
[C. 含有量]
「塊状α-Cr相の含有量」の定義については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0066】
時効処理前のNi基合金に含まれる塊状α-Cr相の含有量は、γ相の微細化に影響を与えるが、時効処理後のNi基合金に含まれる塊状α-Cr相の含有量は、時効処理後のNi基合金の特性にあまり大きな影響を与えない。
時効処理前後において塊状α-Cr相の含有量はほとんど変化しないため、固溶化熱処理後の塊状α-Cr相の含有量が2.0~12.0面積%である場合、時効処理後のそれもまた、2.0~12.0面積%となる。
【0067】
[3.2.4. ミクロ組織の一例]
図2に、時効処理後のNi基合金(実施例4)のSEM-EBSDで得られたフェーズマップの一例を示す。図2中、黒い粒子がM236型炭化物であり、白い粒子が塊状α-Cr相であり、灰色の粒子がセル状組織である。
また、図2では判別できないが、セル状組織は、厚さ数十nmのα-Cr相と、γ/γ’相とのラメラ組織がセル状に形成された組織からなる。
【0068】
[3.3. 特性]
[3.3.1. 0.2%耐力]
「0.2%耐力」とは、JIS Z 2241:2011に準拠して測定される値をいう。
【0069】
本実施の形態に係るNi基合金は、セル状組織を備えているために、高い0.2%耐力を示す。製造条件を最適化すると、25℃における0.2%耐力は、1300MPa以上となる。製造条件をさらに最適化すると、25℃における0.2%耐力は、1500MPa以上となる。
【0070】
[3.3.2. 吸収エネルギー]
「吸収エネルギー」とは、JIS Z 2242:2018に準拠して測定される値をいう。
【0071】
本実施の形態に係るNi基合金は、セル状組織が微細であるために、高い靱性を示す。製造条件を最適化すると、25℃における吸収エネルギーが40J(10Rノッチ)以上となる。製造条件をさらに最適化すると、25℃における吸収エネルギーが50J(10Rノッチ)以上となる。
【0072】
[4. Ni基合金部材(2)]
本発明の第2の実施の形態に係るNi基合金部材は、本発明の第2の実施の形態に係るNi基合金からなる。
Ni基合金部材の形状は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な形状を選択することができる。Ni基合金部材としては、例えば、素形材、丸棒、ワイヤーなどがある。
【0073】
[5. Ni基合金の製造方法]
本発明に係るNi基合金の製造方法は、
(a)所定の組成となるように配合された原料を溶解・鋳造し、鋳塊を得る第1工程と、
(b)必要に応じて、前記鋳塊に対して1次熱間加工を行い、1次熱間加工品を得る第2工程と、
(c)必要に応じて、前記鋳塊又は前記1次熱間加工品に対して均質化熱処理を行い、均質化熱処理品を得る第3工程と、
(d)前記鋳塊、前記1次熱間加工品、又は前記均質化熱処理品に対して2次熱間加工を行い、2次熱間加工品を得る第4工程と、
(e)前記2次熱間加工品に対して固溶化熱処理を行い、本発明の第1の実施の形態に係るNi基合金を得る第5工程と
を備えている。
【0074】
本発明に係るNi基合金の製造方法は、
(f)必要に応じて、前記固溶化熱処理された前記Ni基合金(固溶化熱処理品)に対して粗加工を行い、粗加工品を得る第6工程と、
(g)前記粗加工品又は前記固溶化熱処理品に対して時効処理を行い、本発明の第2の実施の形態に係るNi基合金を得る第7工程と
をさらに備えていても良い。
【0075】
[5.1. 第1工程]
まず、所定の組成となるように配合された原料を溶解・鋳造し、鋳塊を得る(第1工程)。
溶解・鋳造の方法及び条件は、特に限定されるものではないが、溶解は真空誘導炉による真空溶解が好ましい。鋳造時の鋳型サイズが大きいほど、冷却速度の不均一に起因した晶出炭化物の不均一分布が生じやすい。そのため、鋳塊に対してエレクトロスラグ再溶解(ESR)等の2次溶解を施しても良い。2次溶解を施すと、晶出炭化物が均一に分布している鋳塊が得られる。
【0076】
[5.2. 第2工程]
次に、必要に応じて、前記鋳塊に対して1次熱間加工を行い、1次熱間加工品を得る(第2工程)。
「1次熱間加工」とは、分塊圧延又は分塊鍛造をいう。1次熱間加工の温度は、900℃~1150℃が好ましい。
1次熱間加工は、省略することができる。しかしながら、鋳塊に対して1次熱間加工を施すと、鋳塊の鋳造欠陥を消滅させ、粗大な鋳造凝固組織を壊すことができる。また、鋳塊を、スラブ、ブルーム、ビレット等の所定の形状にすることができる。
【0077】
[5.3. 第3工程]
次に、必要に応じて、前記鋳塊又は前記1次熱間加工品に対して均質化熱処理を行い、均質化熱処理品を得る(第3工程)。
均質化熱処理の温度は、1200℃~1280℃が好ましい。処理時間は、12時間以上が好ましい。
均質化熱処理は、省略することができる。しかしながら、鋳塊又は1次熱間加工品に対して均質化熱処理を行うと、成分の偏析を緩和することができる。
【0078】
[5.4. 第4工程]
次に、前記鋳塊、前記1次熱間加工品、又は前記均質化熱処理品に対して2次熱間加工を行い、2次熱間加工品を得る(第4工程)。
2次熱間加工は、鋳塊、1次熱間加工品、又は均質化熱処理品を所定の形状(例えば、板、棒、線材、素形材など)にするために行われる。2次熱間加工方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択することができる。2次熱間加工方法としては、例えば、熱間圧延、熱間鍛造などがある。
2次熱間加工は、1200~900℃の範囲で行うのが好ましい。これは、2次熱間加工の温度が高すぎても低すぎても、加工時に割れが発生しやすいためである。
【0079】
[5.5. 第5工程]
次に、前記2次熱間加工品に対して固溶化熱処理を行う(第5工程)。これにより、本発明の第1の実施の形態に係るNi基合金が得られる。
【0080】
2次熱間加工により所定の形状を有する素材に作り込んだ後、素材に対して固溶化熱処理を行う。この場合において、固溶化熱処理時に塊状α-Cr相を完全に固溶させず、微細な塊状α-Cr相を敢えて僅かに残すことが重要である。これにより組織が微細化され、靱性を担保することができる。
【0081】
固溶化熱処理温度が低すぎると、塊状α-Cr相の量が過剰となり、続く時効処理時においてセル状組織が形成されづらくなる。従って、固溶化熱処理の温度は、980℃以上が好ましい。
一方、固溶化熱処理の温度が高すぎると、塊状α-Cr相が完全に固溶し、結晶粒が粗大化する。その結果、Ni基合金の靱性が低下する。従って、固溶化熱処理の温度は、1080℃以下が好ましい。
固溶化熱処理の時間は、0.5時間~1時間程度で十分である。
【0082】
固溶化熱処理温度に所定時間保持した後、素材を急冷する。この場合において、冷却速度が遅すぎると、冷却中に部分的にセル状組織が形成されることが懸念される。冷却中に部分的にセル状組織が形成されると、割れが発生する場合がある。また、硬さも上昇し、切削などの粗加工が困難となる場合がある。従って、冷却方法は、油冷以上の冷却速度が出る手法を用いるのが好ましい。冷却速度は、速いほど良い。
【0083】
[5.6. 第6工程]
次に、必要に応じて、固溶化熱処理品に対して粗加工を行い、粗加工品を得る(第6工程)。
粗加工は、必要に応じて行われる。粗加工方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択することができる。粗加工方法としては、例えば、切削、冷間加工などがある。
【0084】
[5.7. 第7工程]
次に、前記粗加工品又は前記固溶化熱処理品に対して時効処理を行う(第7工程)。これにより、本発明の第2の実施の形態に係るNi基合金が得られる。
【0085】
時効処理は、母相であるγ相の内部に、α-Cr相と、γ/γ’相とのラメラ組織からなるセル状組織を形成させるために行われる。時効処理温度は、通常、500℃~800℃である。また、時効処理時間は、通常、1時間~50時間である。時効処理後の冷却は、空冷で良い。
【0086】
Ni基合金の強度と靱性(衝撃特性)はトレードオフの関係にあるため、時効処理条件は、目的とする強度及び靱性を考慮して設定するのが好ましい。
例えば、靱性を重視し、0.2%耐力が1300MPa以上、衝撃特性が50J(10Rノッチ)以上のNi基合金を得たい場合、時効処理温度を710~750℃とし、時効処理時間を16時間程度とするのが好ましい。
あるいは、強度を重視し、0.2%耐力が1500MPa以上、衝撃特性が40J(10Rノッチ)以上のNi基合金を得たい場合、時効処理温度を600~700℃とし、時効処理時間を16時間程度とするのが好ましい。
【0087】
[6. 作用]
相対的に多量のCを含むNi基合金の原料を溶解・鋳造すると、塊状α-Cr相を含み、かつ、粗大なM236型炭化物粒子が晶出した鋳塊を得ることができる。得られた鋳塊に対し、必要に応じて、1次熱間加工、均質化熱処理、及び、2次熱間加工を施した後、相対的に低温で固溶化熱処理すると、微細な塊状α-Cr相が固溶せずに残存する。その結果、微細な塊状α-Cr相がピン止め粒子として機能し、固溶化熱処理時におけるγ相の粗大化を抑制することができる。さらに、固溶化熱処理されたNi基合金に対して時効処理を施すと、γ相内部の全面にセル状組織が形成される。
【0088】
本発明に係るNi基合金は、成分が最適化されているために、耐食性及び熱間加工性に優れている。また、時効処理後のNi基合金は、マトリックス中に粗大なM236型炭化物粒子が分散しているために、高い耐摩耗性を示す。さらに、時効処理後のNi基合金は、セル状組織を含むために、高強度を示す。また、初期γ相が微細であるために、セル状組織も微細となり、高い靱性(すなわち、高い耐衝撃特性)を示す。
【実施例0089】
(実施例1~10、比較例1~7)
[1. 試料の作製]
真空誘導炉にて、表1に示す組成の原料50kgを真空溶解し、インゴットを得た。得られたインゴットに対し、1200℃、24時間の均質化熱処理を施し、さらに1200~900℃の温度範囲において熱間鍛造を行い、直径24mmの丸棒を作製した。これに、1050℃、1時間の固溶化熱処理を施した後、水冷した。さらに、720℃、16時間の時効処理を施した後、空冷した。
【0090】
【表1】
【0091】
[2. 試験方法]
[2.1. 固溶化熱処理後のγ相の平均結晶粒径]
線分法を用いて、固溶化熱処理後のNi基合金に含まれるγ相の平均結晶粒径を測定した。まず、丸棒の金属組織を光学顕微鏡(倍率:100倍)で撮影した写真を取得した。次に、この撮影した写真に、縦5本、横5本、合計10本の異なる直線を引き、各直線について、直線の長さ(L)を、直線と交差した結晶粒界の数(n)で除算した値(=L/n)を計算した。さらに、それらの平均値を計算することで平均結晶粒径を算出した。
【0092】
[2.2. M236型炭化物の重量分率]
電解抽出法を用いて、時効処理後のNi基合金に含まれるM236型炭化物の重量分率を測定した。
【0093】
[2.3. 0.2%耐力及び伸び]
JIS Z 2241:2011に準拠して、室温において引張試験を行い、0.2%耐力及び伸びを測定した。
【0094】
[2.4. 吸収エネルギー]
JIS Z 2242:2018に準拠してシャルピー衝撃試験(ノッチR:10mm)を行い、吸収エネルギーを測定した。
【0095】
[2.5. 耐摩耗性]
ASTM G65 Procedure Aに準拠して、耐摩耗性を評価した。試験荷重:30Lbf(13.608kg)、砂流量:320g/min、ホイール径:8.68”(220.472mm)、ホイール幅:0.5”(12.7mm)とし、試験前後におけるホイールの重量変化(g)を測定した。
【0096】
[3. 結果]
表2に結果を示す。表2より、以下のことが分かる。
(1)比較例1は、特許第4981212号公報に開示されているNi基合金に相当する。比較例1は、C量が過剰であるために、M236型炭化物が多量に析出した。その結果、熱間加工が困難となり、各種の評価を行うことができなかった。
【0097】
(2)比較例2、3は、特許文献2に開示されているNi基合金に相当する。
比較例2は、0.2%耐力は高いが、伸びが小さく、吸収エネルギーも小さい。これは、C量が過剰であり、かつ、Vを含んでいるためと考えられる。
比較例3は、比較例2に比べて伸び及び吸収エネルギーがさらに小さくなった。これは、固溶化熱処理温度が高すぎたために、固溶化熱処理後のγ相の平均結晶粒径が50μmを超えたためと考えられる。
【0098】
(3)比較例4は、0.2%耐力が低く、耐摩耗性も悪い。これは、Cr量が少ないためと考えられる。
(4)比較例5は、Cr量が過剰であるために、変形能の乏しい塊状α-Cr相が多量に析出した。その結果、熱間加工が困難となり、各種の評価を行うことができなかった。
(5)比較例6は、0.2%耐力が高く、吸収エネルギーも大きいが、耐摩耗性が低下した。これは、C量が少ないためと考えられる。
【0099】
(6)比較例7は、吸収エネルギーが小さい。これは、固溶化熱処理温度が高すぎたために、固溶化熱処理後のγ相の平均結晶粒径が50μmを超えたためと考えられる。
(7)実施例1~10は、いずれも、0.2%耐力が1400MPa以上であり、吸収エネルギーが50J以上であった。また、摩耗試験後の重量変化は、いずれも、2g未満であった。
【0100】
(8)固溶化熱処理後及び時効処理後の各試料について、それぞれ、SEM-EBSDを用いて塊状α-Cr相の円相当粒子径の平均値、及び、塊状α-Cr相の面積率を算出した。その結果、実施例1~10は、いずれも、固溶化熱処理後及び時効処理後の塊状α-Cr相の円相当粒子径の平均値が、それぞれ、10.0μm以下であった。また、実施例1~10は、いずれも、固溶化熱処理後及び時効処理後の塊状α-Cr相の面積率が、それぞれ、2.0~12.0面積%の範囲であった。
(9)固溶化熱処理後及び時効処理後の各試料について、それぞれ、SEM-EBSDを用いてM236型炭化物の円相当粒子径の平均値を算出した。その結果、実施例1~10は、いずれも、固溶化熱処理後及び時効処理後のM236型炭化物の円相当粒子径の平均値が、それぞれ、1.0μm以上であった。
【0101】
【表2】
【0102】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は、上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明に係るNi基合金は、石油/ガス掘削用の部材、石油/ガス掘削用部材の素形材をはじめとする各種素形材、丸棒、ワイヤーなどに用いることができる。
図1
図2