(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066692
(43)【公開日】2024-05-16
(54)【発明の名称】室内空間音響特性評価装置、室内空間音響特性評価方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G10K 15/00 20060101AFI20240509BHJP
【FI】
G10K15/00 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022176274
(22)【出願日】2022-11-02
(71)【出願人】
【識別番号】000001373
【氏名又は名称】鹿島建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】林 裕一郎
(72)【発明者】
【氏名】矢入 幹記
(57)【要約】
【課題】室内空間における音声明瞭度を、音響に関する専門的な技術、知識を必要とすることなく、より高い精度で簡易的に予測することを可能とすること。
【解決手段】
室内空間音響特性評価装置1は、室内空間に関する音声明瞭度を算出するための処理部11を備え、処理部11が、STI算出の対象である対象室内空間に関する所定の属性情報を取得し、前記所定の属性情報に基づいて、前記対象室内空間における受音点での残響音の遅れ時間τを算出し、前記残響音の遅れ時間τが組み込まれた音波の伝送系としての前記対象室内空間における仮想インパルス応答に基づいて、前記対象室内空間のSTIを算出して出力する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
室内空間に関する音声明瞭度を算出するための処理部を備え、
前記処理部が、
音声明瞭度算出の対象である対象室内空間に関する所定の属性情報を取得し、
前記所定の属性情報に基づいて、前記対象室内空間における受音点での残響音の遅れ時間を算出し、
前記残響音の遅れ時間が組み込まれた音波の伝送系としての前記対象室内空間におけるインパルス応答を模擬する伝送系モデルに基づいて、前記対象室内空間の音声明瞭度を算出して出力する、
室内空間音響特性評価装置。
【請求項2】
前記残響音の遅れ時間は、前記対象室内空間において音源から伝搬する直接音及び間接音の音圧レベルが同一となる位置までの音源からの距離である臨界距離と、音源から受音点までの距離との差分に基づいて算出される、請求項1に記載の室内空間音響特性評価装置。
【請求項3】
前記伝送系モデルが、音源から伝搬する音波の音圧エネルギーが指数減衰すると仮定したエネルギーモデルである、請求項1に記載の室内空間音響特性評価装置。
【請求項4】
前記伝送系モデルの入力情報である前記対象室内空間の属性情報が、前記対象室内空間の容積、内部の表面積、及び平均吸音率を少なくとも含む、請求項1に記載の室内空間音響特性評価装置。
【請求項5】
前記処理部が、算出された音声明瞭度を、受音点における聴き取りにくさを基準として区分された複数のレベルにレベル分けして出力表示する、請求項1に記載の室内空間音響特性評価装置。
【請求項6】
コンピュータが、
音声明瞭度算出の対象である対象室内空間に関する所定の属性情報を取得し、
前記所定の属性情報に基づいて、前記対象室内空間における受音点での残響音の遅れ時間を算出し、
前記残響音の遅れ時間が組み込まれた音波の伝送系としての前記対象室内空間におけるインパルス応答を模擬する伝送系モデルに基づいて、前記対象室内空間の音声明瞭度を算出して出力する、
室内空間音響特性評価方法。
【請求項7】
コンピュータに、
音声明瞭度算出の対象である対象室内空間に関する所定の属性情報を取得し、
前記所定の属性情報に基づいて、前記対象室内空間における受音点での残響音の遅れ時間を算出し、
前記残響音の遅れ時間が組み込まれた音波の伝送系としての前記対象室内空間におけるインパルス応答を模擬する伝送系モデルに基づいて、前記対象室内空間の音声明瞭度を算出して出力する処理を実行させる、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、室内空間音響特性評価装置、室内空間音響特性評価方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
建築空間において音声を発した場合の音声の伝送品質を示す音声明瞭度を客観的に評価することができる尺度として、STI(Speech Transmission Index)が広く利用されている。STIの算出方法は、例えば非特許文献1に記載されている。それによると、STIは、音源位置で発せられた音声入力信号(変調周波数F[Hz]で100%振幅変調)を、音声明瞭度を測定したい空間によって構成される伝送系に入力し、受音点における出力信号の変調度を表す変調伝達関数(MTF(Modulation Transfer Function)、以下M(F)とも表記する)を計測した結果から算出される。伝送系の音源入力信号x(t)、及び受音点での出力信号y(t)は、次式のように表される。
【0003】
【数1】
ここで、Iiバーは「入力信号」、Ioバーは「出力信号」、Fは「100%振幅変調の変調周波数(Hz)」、τは「伝送系による遅れ時間」を示している。伝送系のインパルス応答h(t)が分かれば出力信号は(3)式のように表され、これを変形していくと、最終的にM(F)は(4)式により計算される。
【0004】
【0005】
建築物の設計段階において、室内空間での音声明瞭度を確認するために、STIを予測するには、まずMTFの予測が必要であり、そのためにはインパルス応答h(t)の予測が必要となる。インパルス応答を予測するためのシミュレーション技術は、市販されている周知の室内音響シミュレーションソフトウェアとして既に実用化されている。しかし、このような既存の室内音響シミュレーションソフトウェアを用いたSTIの予測には、音響に関する非常に高度な技術と知識が必要であり、建築物の意匠設計者だけで実施することは困難で、音響専門家の協力が必要であるという問題があった。
【0006】
この点、非特許文献1には、対象となる空間のインパルス応答は求めず、音源から空間内を伝搬する音波の音圧レベルが指数減衰すると仮定した伝送系のエネルギーモデルを用いることにより、MTF、STIを直接予測する簡易予測手法が提案されている。このSTIの簡易予測手法に使用されるパラメータは、空間の容積、表面積、吸音材の平均吸音率といった、意匠設計者が設定可能なものであるため、音響専門家に委託することなく音声明瞭度を評価しながらの設計が可能である。
【0007】
また、特許文献1には、実環境における音声認識実現のため、スペクトル解析を行うことなく人間の聴感特性に対応した最小限のパラメータを利用する簡易な構成の音声認識方法等が、特許文献2には、音響に関する専門的な知識を持っていない設計者であっても、空間の音響に関する検討を行うことができるようにするために、音響評価項目とその評価基準とについて、評価対象空間の室用途に応じて異なる組み合わせを記憶し、評価対象空間の音響シミュレーション計算結果としての音響データを取得し、室用途を指定する室用途の入力を受け付け、入力された室用途に応じた前記音響評価項目と前記評価基準とから計算結果について、当該音響評価項目において定められた評価基準を用いて判定して結果を得る構成が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日本建築学会編「日本建築学会環境基準 都市・建築空間における音声伝送性能評価規準・同解説」2011年11月、日本建築学会
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、非特許文献1に記載されている簡易予測手法では、インパルス応答に基づく本来のSTI予測過程で考慮されている「残響音の遅れ時間」が考慮されていない。そのため、この従来の簡易予測手法によるSTIの予測結果は、本来のSTI予測結果より高めに評価される傾向があり、設計段階においてSTIを指標として用いて音声明瞭度を予測するにあたり、十分な予測精度を確保することが困難であるという問題があった。
【0010】
本発明の目的の一つは、室内空間における音声明瞭度を、音響に関する専門的な技術、知識を必要とすることなく、より高い精度で簡易的に予測することを可能とする室内空間音響特性評価装置、室内空間音響特性評価方法及びプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一つの態様による室内空間音響特性評価装置は、室内空間に関する音声明瞭度を算出するための処理部を備え、前記処理部が、音声明瞭度算出の対象である対象室内空間に関する所定の属性情報を取得し、前記所定の属性情報に基づいて、前記対象室内空間における受音点での残響音の遅れ時間を算出し、前記残響音の遅れ時間が組み込まれた音波の伝送系としての前記対象室内空間におけるインパルス応答を模擬する伝送系モデルに基づいて、前記対象室内空間の音声明瞭度を算出して出力する。
【0012】
前記残響音の遅れ時間は、前記対象室内空間において音源から伝搬する直接音及び間接音の音圧レベルが同一となる位置までの音源からの距離である臨界距離と、音源から受音点までの距離との差分に基づいて算出することができる。
【0013】
前記伝送系モデルが、音源から伝搬する音波の音圧エネルギーが指数減衰すると仮定したエネルギーモデルであるとすることができる。
【0014】
前記伝送系モデルの入力情報である前記対象室内空間の属性情報が、その対象室内空間の容積、内部の表面積、及び平均吸音率を少なくとも含むとすることができる。
【0015】
前記処理部が、算出された音声明瞭度を、受音点における聴き取りにくさを基準として区分された複数のレベルにレベル分けして出力表示するようにしてもよい。
【0016】
本発明の他の実施形態によれば、コンピュータが、音声明瞭度算出の対象である対象室内空間に関する所定の属性情報を取得し、前記所定の属性情報に基づいて、前記対象室内空間における受音点での残響音の遅れ時間を算出し、前記残響音の遅れ時間が組み込まれた音波の伝送系としての前記室内空間におけるインパルス応答を模擬する伝送系モデルに基づいて、前記対象室内空間の音声明瞭度を算出して出力する室内空間音響特性評価方法が提供される。
【0017】
前記室内空間音響特性評価方法をコンピュータに実行させるプログラムも、本発明に含まれる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、室内空間における音声明瞭度を、音響に関する専門的な技術、知識を必要とすることなく、より高い精度で簡易的に予測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】音声明瞭度の簡易予測手法における音声伝送系モデルを例示する模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る室内空間音響特性評価装置のハードウェア構成例を示すブロック図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る室内空間音響特性評価装置の機能を例示するブロック図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係る室内空間音響特性評価装置が実行するデータ処理を例示するフローチャートである。
【
図5】音響特性の評価対象とする室内空間を例示する模式図である。
【
図6】本実施形態の装置が提供する入出力画面例を示す模式図である。
【
図7A】
図5に例示した空間について既存の室内音響シミュレーションソフトウェア及び従来の簡易予測手法によって行ったSTIの予測結果を例示する図である。
【
図7B】
図5に例示した空間について既存の室内音響シミュレーションソフトウェア及び本実施形態の簡易予測手法によって行ったSTIの予測結果を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について、その実施形態に即して添付図面を参照しながら説明する。
【0021】
<本実施形態による音声明瞭度の簡易予測手法>
まず、本発明の一実施形態による音声明瞭度の簡易予測手法について、前出の非特許文献1に記載されている簡易予測手法と対比して説明する。
図1に、前出の非特許文献1に記載されている簡易予測手法による空間の音声伝送系のエネルギーモデルと、本実施形態における簡易予測手法による空間の音声伝送系のエネルギーモデルとを対比させて模式的に示している。
【0022】
図1に示すように、非特許文献1に記載されている従来の簡易予測手法では、音源から受音点に到達する直接音と、音源から室内空間の内表面で反射しながら受音点に到達する残響音とを、以下の数式によって表現している。直接音は、時間tのデルタ関数としてモデル化されている。残響音は、発音時であるt=0から指数関数的に減少するようにモデル化されている。
【0023】
【0024】
【0025】
ここで、Q1は音源の指向性を示す係数、rは音源から受音点までの距離、rcは直接音と間接音が同一の音圧レベルとなる距離として定義される臨界距離、tは残響時間である。STIを予測するにあたって想定する音声伝送系のエネルギーモデルは、上記の直接音と残響音との和として、(5)式の仮想インパルス応答h(t)で表されている。
【0026】
【0027】
【0028】
ここで、Rは室定数であり、室内空間の吸音性を示す指数である。Rは、室内空間の内壁の総面積をS、その平均吸音率をαとして、(7)式で表わされる。
R=αS/(1-α)・・・(7)
【0029】
上記の仮想インパルス応答h(t)を模式的に図示した
図1からも明らかであるように、従来のSTIの簡易予測手法には残響音の遅れ時間τが考慮されていない。そのため、本来のインパルス応答を用いた予測手法により算出されるSTIと比較してSTI値が高めに出る傾向があり、この傾向は音源からの距離が近いほど顕著に表れる。
【0030】
これに対して、本実施形態では、音声伝送系を表現するエネルギーモデルに、残響時間の遅れ時間τを組み込むようにした。遅れ時間τは、音源から受音点までの距離をr、臨界距離をrc、空気中の音速をc0として、以下のように表すものとしている。
τ≒(rc-r)/c0・・・(8)
【0031】
このとき、本実施形態における仮想インパルス応答h(t)は、(9)式のように表される。
【0032】
【数7】
なお、Q
2は残響音に関する指向性を示す指数であり、他の記号は(5)式と同様である。
【0033】
本実施形態におけるSTIの簡易予測手法では、次に、前記の仮想インパルス応答h(t)を用いて、STIの算出に必要なMTFを算出する。すなわち、背景技術において述べた本来のSTI予測手法における(4)式に、(9)式の仮想インパルス応答h(t)を代入することで、以下のようにMTFを算出することができる。変調周波数Fは0.63~12.5Hzである。
【0034】
【0035】
なお、残響音の遅れ時間τは、rc<rのとき、すなわち、音源から受音点までの距離rが臨界距離rcより大である場合には、τ=0とする。
【0036】
上記にて求めたMTF(M(F))に基づいて、STIを算出する。MTFからSTIを算出する過程は、例えば非特許文献1の32~33ページに記載されている。念のため、その概略を述べると以下のようである。
まず、仮想インパルス応答h(t)から、125Hz~8kHzの7つの音声周波数帯域と、0.63Hz~12.5Hzの14の変調周波数からなる98のマトリクスについてMTFを算出する。
【0037】
低域側に隣接するオクターブバンドからの聴覚マスキングの影響を考慮するために、レベルごとにAMF(Auditory Masking Factor)の考慮による補正を行う。次に、算出したMTFを等価SN比に換算し、-15dB~+15dBの範囲内で、等価SN比の明瞭度への貢献度を示すTIを0~1の値に換算する。そして、音声周波数帯域ごとの平均TIであるMTIを求め、さらに音声周波数帯域ごとの重みづけ係数、冗長性補正係数を用いて、STIを算出する。このようにして算出されるSTIを(11)式に示している。
【0038】
【0039】
以上説明したように、本実施形態におけるSTIの簡易予測手法によれば、仮想インパルス応答h(t)に基づいたMTF、STIの算出に残響音の遅れ時間τが導入される。
【0040】
<室内空間音響特性評価装置の構成例>
次に、上記した本実施形態における簡易予測手法によって室内空間についてのSTIを算出するための室内空間音響特性評価装置1の構成について説明する。
図2は、本発明の一実施形態における室内空間音響特性評価装置1のハードウェア構成を例示するブロック図である。なお、記載の簡素化のため、室内空間音響特性評価装置1を、以下「評価装置1」と略称する。
図2に示すように、本実施形態における評価装置1は、処理部11と、主記憶部12と、補助記憶部13と、入力部14と、出力部15と、通信部16とを備える。
【0041】
評価装置1は、デスクトップ型、ポータブル型等を含む種々の形態の一般的なコンピュータとして実現することができる。あるいは、ネットワークに接続されたサーバコンピュータに評価装置1の機能を実現するためのプログラムを実装し、ネットワークを介してクライアントコンピュータから利用できるように構成してもよい。評価装置1の主要な機能は、音声明瞭度の評価を実行すべく、所定の入力データに基づいて評価対象となる室内空間に関するSTIを算出して出力することである。
【0042】
図2に例示した評価装置1の各ハードウェア要素について説明する。処理部11は、評価装置1の動作に必要な各種の演算及び制御等の処理を行うプロセッサによって構成される。処理部11はプロセッサと言い換えることもできる。処理部11を構成するプロセッサは、例えば、CPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、SoC(System on a Chip)、DSP(Digital Signal Processor)、GPU(Graphics Processing Unit)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、PLD(Programmable Logic Device)又はFPGA(Field-Programmable Gate Array)等やこれらの組合せである。また、処理部11は、これらのプロセッサにハードウェアアクセラレーター等を組み合わせたものであってもよい。
【0043】
主記憶部12は、本実施形態におけるSTIの簡易予測手法を、処理部11に実行させるためのプログラムを記憶するとともに、各種の処理を行う上で一時的に利用されるワークエリアとしても機能する。主記憶部12は、例えば、不揮発性メモリであるROM(Read Only Memory)や、揮発性メモリであるRAM(Random Access Memory)等によって構成される。
【0044】
補助記憶部13は、プログラムの実行に必要なパラメータデータ等を記憶させておく記憶領域を提供する。また、算出されたSTIのデータを格納しておくようにしてもよい。補助記憶部13にSTI算出のためのプログラムを記憶させておき、プログラム実行時に主記憶部12に格納されるようにしてもよい。補助記憶部13は、半導体メモリ等で構成される。
【0045】
入力部14は、例えばキーボード、マウス、タッチパネル等の各種の入力デバイスで構成され、ユーザの操作により入力データを受け付ける。出力部15は、画像を表示するディスプレイ、出力印字用のプリンタ等の出力デバイスで構成され、画像、テキスト等を出力する。なお、入力部14、出力部15は、音声データの入出力を可能とするように、マイクロフォン、スピーカー等を備えて構成することもできる。
【0046】
通信部16は、評価装置1が、LAN(Local Area Network)等の各種通信ネットワークを通じて他の外部の情報処理装置との間で行う通信を制御する。通信部16は、例えば、SIM(Subscriber Identity Module)カードやネットワークアダプタ等のネットワーク接続機器、Wi-Fi(登録商標)(Wireless Fidelity)等の通信規格に基づく無線通信機器等によって構成される。なお、評価装置1としては、通信部16を利用しないスタンドアローンの構成としてもよい。
【0047】
<評価装置1の機能>
次に、評価装置1の処理部11が実現する機能について説明する。
図3は、本発明の一実施形態における評価装置1の処理部11によって実現される機能を例示するブロック図である。本実施形態の処理部11は、入力データ受信部111、仮想インパルス応答生成部112、MTF算出部113、STI算出部114、算出結果出力部115、入力制御部116と、出力制御部117とを有する。これらの機能部は、例えば、処理部11によって実行されるプログラムとして実現される。プログラムとしての実現方法はどのような形態であってもよいが、一例としては、適宜のオペレーティングシステム(OS)上で動作する表計算ソフトウェアに所要の数式を埋め込むことにより簡易に実現することができる。
【0048】
入力データ受信部111は、評価装置1において動作するプログラムが使用する入力データを、入力部14を通じて受信する機能を有する。入力データ受信部111が受信したデータは、仮想インパルス応答生成部112、MTF算出部113、及びSTI算出部114に受け渡されて利用される。
【0049】
仮想インパルス応答生成部112は、音源の指向性Q1、残響音の指向性Q2、室定数R、音源から受音点までの距離r、残響時間T、残響音の遅れ時間τ、空気中の音速c0を入力として、時間tに対する仮想インパルス応答h(t)を算出する。h(t)算出の時間間隔は適宜に決定することができる。
【0050】
MTF算出部113は、仮想インパルス応答生成部112によって生成された仮想インパルス応答h(t)に基づいて、MTF(M(F))を算出する機能を有する。具体的には、MTF算出部113は、(10)式を用いて、0.63~12.5Hzの範囲の14の変調周波数(0.63、0.80、1.0、1.25、1.6、2.0、2.5、3.15、4.0、5.0、6.3、8.0、10.0、12.5Hz)について、MTFを算出する。
【0051】
STI算出部114は、MTF算出部113が各変調周波数Fについて算出したMTFを用いて、前記した非特許文献1に記載の過程によりSTIを算出する機能を有する。
【0052】
算出結果出力部115は、STI算出部114によって算出されたSTIを、音源からの距離と対応付けて出力する機能を有する。音源から受音点までの距離に対するSTIの算出値は、数値とともに、グラフィックに表示することもできる。また、算出結果出力部115は、STI算出値とともに、計算条件として入力したデータを出力表示することで、ユーザの利便性を高めている。評価装置1の入出力画面例については後述する。
【0053】
入力制御部116は、ユーザによる入力部14の操作を受け付ける処理を実行する。
【0054】
出力制御部117は、出力部15の画面に画像を表示するための処理、あるいは出力部15としてのプリンタに出力結果を印字出力する処理を実行する。例えば、出力制御部117は、算出結果出力部115が生成した出力データに基づいて表示用データ等を生成して出力部15の画面に表示する処理等を実行する。
【0055】
<評価装置1によるデータ処理>
次に本実施形態の評価装置1によるSTI算出処理について説明する。
図4に、本実施形態の評価装置1が備える処理部11によって実行されるデータ処理フローを例示するフローチャートを示している。本実施形態におけるSTI算出処理は、評価装置1として機能するコンピュータの電源を投入し、処理部11の機能を実現するプログラムを起動することによって開始される。
【0056】
プログラムが起動されると、まずステップS11において、入力データ受信部111が、ユーザが入力部14を通じて入力したデータを受信して、仮想インパルス応答生成部112に受信したデータを転送する。具体的には、入力データ受信部111は、音響特性の評価対象となる室内空間の室容積(m
3)、室内の壁面の面積の総和である室表面積(m
2)、音源の指向性を示す係数Q1、残響音の指向性を示す係数Q2、室内空間の内表面に関するオクターブバンド周波数ごとの平均吸音率、及びオクターブバンド周波数ごとの入力信号強度(dB)を受信して、仮想インパルス応答生成部112に転送する。なお、ここで室容積、室表面積は、評価対象の室内空間を、
図5に例示するような、幅W、高さH、奥行きDを有する直方体として想定してあらかじめ求めておく。あるいは、室内空間を想定した直方体の寸法を入力することによって仮想インパルス応答生成部112で計算させるように構成してもよい。また、室内空間の平均吸音率は、オクターブバンド周波数ごとに入力するが、室内空間の内表面を構成する代表的な材質、内装材についてあらかじめ平均吸音率を格納しておき、内表面の材質、内装材の種類を入力部14から選択することで平均吸音率が設定されるように構成してもよい。音源における入力信号は、オクターブバンド周波数ごとに100%強度変調された音声信号の音圧レベルを入力する。
【0057】
ステップS12において、仮想インパルス応答生成部112が、ステップS11において入力されたデータに基づいて仮想インパルス応答h(t)を生成する。音源の指向性を示す係数Q1、残響音の指向性を示す係数Q2は、室内空間の想定から適宜調整することができるが、例えば推奨値としてQ1=2、Q2=3としておくことにより、良好にSTIの予測が可能であることがわかっている。残響音の遅れ時間τ、臨界距離rcの算出に用いられる室定数Rは入力データから算出される。
【0058】
次いでステップS13において、ステップS12で求められた仮想インパルス応答に基づいて、MTFが算出される。MTFの算出は、本実施形態のSTIの簡易予測手法について説明した、前出の(10)式によって実行される。
【0059】
ステップS13で算出されたMTFに基づいて、ステップS14において、STI算出部114がSTIを算出する。STIの算出は、本実施形態のSTIの簡易予測手法について説明した、前出の(11)式によって実行される。
【0060】
ステップS15において、算出結果出力部115が、ステップS14において算出されたSTIを、出力部15を通じて出力する。
図6に、本実施形態による評価装置1によって得られたSTI算出結果の入出力画面60を例示している。この出力画面例は、入力データ受信ステップS11に関して述べたように、入力画面を兼ねている。画面に向かって左上に計算条件を入力する計算条件入力領域61が設けられ、評価対象の室内空間に関する入力データとして、室容積、室表面積、音源、及び残響音の指向性を示す係数、室内表面の平均吸音率、及び音源での入力信号を入力することができる。なお、計算条件を入力するための入力画面は、出力画面とは別の画面として入力部14に表示させるようにしてもよい。
【0061】
操作領域62には、評価装置1にSTI算出処理実行を指示するための計算実行ボタンと、得られた計算結果をクリアするためのクリアボタンとが設けられている。
【0062】
計算結果出力領域63には、入力した計算条件のデータを用いて算出されたSTIの算出値が、音源から受音点までの距離に対して出力されるとともに、算出されたSTI値が、音源から受音点までの距離に対してプロットされたグラフが表示される。これにより、評価装置1のユーザは、算出された数値によって評価対象室内空間のSTIを把握できるだけでなく、グラフィックな表示によって音源からの距離に応じたSTIの変化を、視覚を通じて直感的に把握することができる。
【0063】
図6に例示する入出力画面例では、STI算出値についてさらに、その算出値がSTIを用いて規定される音声明瞭度においていずれのランクに属するかを、あわせて表示している。国際電気標準会議(IEC)の制定になる規格、IEC60268-16「Sound system equipment - Part 16: Objective rating of speech intelligibility by speech transmission index」では、上記のランクを次のように規定している。
【0064】
STI 評価 ランク 表示パターン
0.75~1.0:Excellent 1 網掛け
0.6~0.75:Good 2 縦縞
0.45~0.6:Fair 3 右上がり斜線
0.3~0.45:Poor 4 右下がり斜線
0~0.3 :Bad - パターンなし
【0065】
上記のSTIのランクに音声明瞭度(聴き取りにくさの感じ方の程度)を対応付けると、例えば以下のようになる。
【0066】
STI ランク 聴き取りにくさ
0.75~1.0: 1 感じない
0.6~0.75: 2 ほとんど感じない
0.45~0.6: 3 感じることがある
0.3~0.45: 4 感じることがある
0~0.3 : - 感じる
【0067】
本実施形態の評価装置1では、STI算出値の表において、各算出値が上記評価ランクのいずれに該当するかをセルの表示パターンで示している。このようにすることで、STI算出値の結果を参照すると、ただちに音源からの距離と聴き取りにくさの感じ方の関係を直感的に把握することができる。このようなSTIのランク表示は、STI算出値のグラフにも反映されており、
図7の例では、各ランクの下限値をグラフ上に表示するようにしている。これによってSTIのランクの直感的な把握が促進される。なお、評価装置1のユーザの便宜のために、例えば、STIの各ランクに相当するサンプル音声が記録された音声ファイルを、入出力画面上から再生することができるように構成しておけば、ユーザはSTIの各ランクについてどのような聴こえ方になるかを感覚的に体験することができるためはなはだ便宜となる。
【0068】
図6のSTI算出処理フローに戻ると、ステップS15の算出結果出力の後、音響特性評価処理の一連のステップを終了する。なお、入出力画面における入力データ、あるいは出力データは、
図6に例示した入出力画面60の操作領域62に設けられたクリアボタンを操作することで削除することが可能である。
【0069】
<評価装置1による音響特性評価結果>
次に、本実施形態による評価装置1を用いて実施したSTIの算出結果について説明する。
図7Aに、残響音の遅れ時間τを考慮しない従来の簡易予測手法によって算出したSTIと、従来のインパルス応答を用いた手法によって算出したSTIとを比較して示している。また、
図7Bに、残響音の遅れ時間τを考慮した本実施形態の簡易予測手法によって算出したSTIと、従来のインパルス応答を用いた手法によって算出したSTIとを比較して示している。従来のインパルス応答を用いた手法としては、室内音響シミュレーションソフトウェアの一つである「CATT-Acoustic(商標)(以下、「CATT」と略称する)」を用いた。また、STI算出の対象となる室内空間としては、
図5に例示した室内空間モデルにおいて、W=約19m、D=約32m、H=約9m、室容積V=約3910m
3、室表面積S=約1860m
2とした、例えば体育館のような建築物を想定した。
図7A、
図7Bにおいて、黒プロットを結んだカーブが簡易予測手法で算出されたSTIを、白丸のプロットが、簡易予測手法によらずにインパルス応答に基づいて算出されたSTIを示している。
図7Aを参照すると、簡易予測手法による算出結果は、CATTを用いた算出結果よりも音源から10mまでの範囲で高めの値となっており、その傾向は音源に近いほど顕著となっている。この差異は、例えば音源から受音点までの距離が1mの場合のSTI算出値の乖離として明らかに示されている。一方、
図7Bを参照すると、本実施形態における遅れ時間τを考慮した簡易予測手法による算出結果は、
図7Aの場合よりもCATTを用いた算出結果に近づいており、良好な結果が得られていることがわかる。
【0070】
以上説明したように、本実施形態による室内空間音響特性評価装置1は、評価対象である室内空間に関するSTIを算出するための処理部11を備え、処理部11が、STI算出の対象である対象室内空間に関する所定の属性情報を取得し、それに基づいて、対象室内空間における受音点での残響音の遅れ時間τを算出し、音波の伝送系としての前記対象室内空間における、残響音の遅れ時間τが組み込まれた仮想インパルス応答に基づいて、前記対象室内空間の変調伝達関数MTF、音声明瞭度の尺度であるSTIを算出して出力する。
【0071】
このようにすれば、音響に関する専門的な技術、知識を要求されることがない、仮想インパルス応答を用いた簡易的なSTI予測手法においても、残響音の遅れ時間を適切に組み込んでSTIを算出することができるので、より本来のインパルス応答を用いて算出される値に近い、より精度の高いSTIを算出することができる。
【0072】
残響音の遅れ時間τは、前記対象室内空間において音源から伝搬する直接音及び間接音の音圧レベルが同一となる位置までの音源からの距離である臨界距離rcと、音源から受音点までの距離rとの差分に基づいて算出されるとしてもよい。
【0073】
このようにすれば、音響に関する専門的な知識を要しない対象室内空間の所定属性情報に基づいて、簡易に、かつ適切に残響音の遅れ時間τを設定することができる。
【0074】
対象室内空間の伝送系モデルが、音源から伝搬する音波の音圧エネルギーが指数減衰すると仮定したエネルギーモデルであるとしてもよい。
【0075】
このようにすれば、音響に関する専門的な技術、知識を要求されることなく、対象室内空間に対して適切な伝送系モデルを設定することができる。
【0076】
前記伝送系モデルの入力情報である前記対象室内空間の属性情報が、その対象室内空間の容積、内部の表面積、及び平均吸音率を少なくとも含むとしてもよい。
【0077】
このようにすれば、建築物の意匠設計者が、音響の専門家の協力を得ることなく簡易にSTIの算出を行うことができる。
【0078】
処理部11が、算出されたSTIを、受音点における聴き取りにくさを基準として区分された複数のレベルにレベル分けして出力表示するとしてもよい。
【0079】
このようにすれば、算出されたSTIに相当する聴き取りにくさのレベルを直感的に把握することができる。
【0080】
上述した一連の処理は、ハードウェアにより実行させることもできるし、ソフトウェアにより実行させることもできる。換言すると、
図3の機能的構成は例示に過ぎず、特に限定されない。即ち、上述した一連の処理を全体として実行できる機能が評価装置1に備えられていれば足り、この機能を実現するためにどのような機能ブロックを用いるのかは特に
図3の例に限定されない。また、一つの機能ブロックは、ハードウェア単体で構成してもよいし、ソフトウェア単体で構成してもよいし、それらの組み合わせで構成してもよい。本実施形態における機能的構成は、演算処理を実行するプロセッサによって実現され、本実施形態に用いることが可能なプロセッサには、シングルプロセッサ、マルチプロセッサ及びマルチコアプロセッサ等の各種処理装置単体によって構成されるものの他、これら各種処理装置と、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field‐Programmable Gate Array)等の処理回路とが組み合わせられたものを含む。
【0081】
一連の処理をソフトウェアにより実行させる場合には、そのソフトウェアを構成するプログラムが、コンピュータ等にネットワークや記録媒体からインストールされる。コンピュータは、専用のハードウェアに組み込まれているコンピュータであってもよい。また、コンピュータは、各種のプログラムをインストールすることで、各種の機能を実行することが可能なコンピュータ、例えば汎用のパーソナルコンピュータであってもよい。
【0082】
このようなプログラムを含む記録媒体は、ユーザにプログラムを提供するために装置本体とは別に配布されるUSBメモリ等のリムーバブルメディアにより構成されるだけでなく、装置本体に予め組み込まれた状態でユーザに提供される記録媒体等で構成される。リムーバブルメディアは、例えば、磁気ディスク(フロッピディスクを含む)、光ディスク、又は光磁気ディスク等により構成される。光ディスクは、例えば、CD-ROM(Compact Disk-Read Only Memory),DVD(Digital Versatile Disk),Blu-ray(登録商標) Disc(ブルーレイディスク)等により構成される。光磁気ディスクは、MD(Mini-Disk)等により構成される。また、装置本体に予め組み込まれた状態でユーザに提供される記録媒体は、例えば、プログラムが記録されているROMや、補助記憶部13に含まれるハードディスク、半導体メモリ等で構成される。
【0083】
なお、本明細書において、記録媒体に記録されるプログラムを記述するステップは、その順序に沿って時系列的に行われる処理はもちろん、必ずしも時系列的に処理されなくとも、並列的或いは個別に実行される処理をも含むものである。
【0084】
以上、本発明のいくつかの実施形態について説明したが、これらの実施形態は、例示に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明はその他の様々な実施形態を取ることが可能であり、上記実施形態と変形例の各構成を組み合わせることも可能である。更に、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、省略や置換等種々の変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、本明細書等に記載された発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0085】
1 室内空間音響特性評価装置
11 処理部
112 仮想インパルス応答生成部
113 MTF算出部
114 STI算出部
115 算出結果出力部