(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066709
(43)【公開日】2024-05-16
(54)【発明の名称】リザバー計算用装置
(51)【国際特許分類】
G06N 3/067 20060101AFI20240509BHJP
G06N 3/044 20230101ALI20240509BHJP
【FI】
G06N3/067
G06N3/044 100
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022176316
(22)【出願日】2022-11-02
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】土屋 敬志
(72)【発明者】
【氏名】並木 航
(72)【発明者】
【氏名】山口 優
(72)【発明者】
【氏名】西岡 大貴
(72)【発明者】
【氏名】寺部 一弥
(57)【要約】
【課題】 本発明の課題は多くの相異なるリザバー状態が得られる計算精度の高いリザバー計算用装置を提供することである。
【解決手段】 光源、光源からの光と相互作用する活性層を有するリザバー計算用素子、および光源の光を調光する調光手段を具備し、リザバー計算用素子は光源からの光が活性層の少なくとも一部の領域に届く光透過部を有する装置とする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光源、前記光源の光と相互作用する活性層を有するリザバー計算用素子、および前記光源の光を調光する調光手段を具備し、
前記リザバー計算用素子は、前記光源からの光が前記活性層の少なくとも一部の領域に届く光透過部を有する、リザバー計算用装置。
【請求項2】
前記調光手段は、前記光源をオン・オフするスイッチング手段である、請求項1記載のリザバー計算用装置。
【請求項3】
前記リザバー計算用素子は、強磁性体からなる活性層、スピン波励起電極、および検出用電極を具備し、
かつ、前記リザバー計算用素子に磁場を印加する磁場印加手段を有する、請求項1または2記載のリザバー計算用装置。
【請求項4】
前記強磁性体は、イットリウム・鉄・ガーネット(YIG)、純鉄、ニッケル・鉄(パーマロイ)、コバルト・鉄・ホウ素(CoFeB)、およびコバルト・マンガン・鉄・シリコン(ホイスラー合金)からなる群より選ばれる1以上である、請求項3記載のリザバー計算用装置。
【請求項5】
前記強磁性体は、イットリウム・鉄・ガーネット(YIG)である、請求項4記載のリザバー計算用装置。
【請求項6】
前記光源の波長は、310nm以上1100nm以下である、請求項5記載のリザバー計算用装置。
【請求項7】
前記スピン波励起電極と前記検出用電極との間隔は、1μm以上10mm以下である、請求項3から6の何れか一に記載のリザバー計算用装置。
【請求項8】
前記スピン波励起電極と前記検出用電極との間隔は、3μm以上10mm以下である、請求項5記載のリザバー計算用装置。
【請求項9】
前記スピン波励起電極および前記検出用電極は、前記強磁性体からなる活性層に接している、請求項3から8の何れか一に記載のリザバー計算用装置。
【請求項10】
前記スピン波励起電極および前記検出用電極は、金(Au)、銀(Ag)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、銅(Cu)、タングステン(W)、チタン(Ti)、錫(Sn)、亜鉛(Zn)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、鉄(Fe)、およびニッケル(Ni)からなる群より選ばれる1以上の元素を含む、請求項3から9の何れか一に記載のリザバー計算用装置。
【請求項11】
前記磁場印加手段は、永久磁石による、請求項3から10の何れか一に記載のリザバー計算用装置。
【請求項12】
前記磁場印加手段は、電磁石による、請求項3から10の何れか一に記載のリザバー計算用装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リザバー計算用装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、脳神経ネットワークを模倣したニューラルネットワークおよび人工知能が盛んに研究されており、例えば、深層学習などを含む多層型ニューラルネットワークを利用する人工知能技術が知られている。
この技術は、一般に、高い性能を有するものであるが、非常に多くの計算リソースを必要とし、消費電力が大きく、設備サイズなども大掛かりになるという問題がある。このため、特に電力やボリューム(サイズ)が限られる小型携帯端末への用途には高い障壁がある。
【0003】
ニューラルネットワークの別の取り組みとして、リザバー計算(リザバーコンピューティング、Reservoir Computing)というものがあり、例えば特許文献1から3に開示がある。
リザバー計算は、物理現象の非線形性を利用して計算するもので、原理上は少ないリソースで計算を行うことが可能である。
しかしながら、従来は、リザバー部の非線形性(表現力)が低く、計算精度を確保しようとすると、十分計算リソースを低減できなかった。このため、リザバー部のサイズを大きくする必要があるなど、リザバーが本来目指した特徴を活かしにくいという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2020-204888号公報
【特許文献2】特開2019-101635号公報
【特許文献3】特開2021-60830号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Edge-Of-Chaos Learning Achieved by Ion-Electron Coupled Dynamics in an Ion-Gating Reservoir, Daiki Nishioka, et al.,arXiv:2207.02573.
【非特許文献2】Experimental Demonstration of High-Performance Physical Reservoir Computing with Nonlinear Interferred Spin Wave Multi-Detection, Wataru Namiki, et al.,arXiv:2207.03216
【非特許文献3】リザバーコンピューティング、田中剛平、中根了昌、廣瀬明(森北出版)p.p.91-92.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、多くの相異なるリザバー状態が得られる計算精度の高いリザバー計算用装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
課題を解決するための本発明の構成を以下に示す。
(構成1)
光源、前記光源の光と相互作用する活性層を有するリザバー計算用素子、および前記光源の光を調光する調光手段を具備し、
前記リザバー計算用素子は、前記光源からの光が前記活性層の少なくとも一部の領域に届く光透過部を有する、リザバー計算用装置。
(構成2)
前記調光手段は、前記光源をオン・オフするスイッチング手段である、構成1記載のリザバー計算用装置。
(構成3)
前記リザバー計算用素子は、強磁性体からなる活性層、スピン波励起電極、および検出用電極を具備し、
かつ、前記リザバー計算用素子に磁場を印加する磁場印加手段を有する、構成1または2記載のリザバー計算用装置。
(構成4)
前記強磁性体は、イットリウム・鉄・ガーネット(YIG)、純鉄、ニッケル・鉄(パーマロイ)、コバルト・鉄・ホウ素(CoFeB)、およびコバルト・マンガン・鉄・シリコン(ホイスラー合金)からなる群より選ばれる1以上である、構成3記載のリザバー計算用装置。
(構成5)
前記強磁性体は、イットリウム・鉄・ガーネット(YIG)である、構成4記載のリザバー計算用装置。
(構成6)
前記光源の波長は、310nm以上1100nm以下である、構成5記載のリザバー計算用装置。
(構成7)
前記スピン波励起電極と前記検出用電極との間隔は、1μm以上10mm以下である、構成3から6の何れか一に記載のリザバー計算用装置。
(構成8)
前記スピン波励起電極と前記検出用電極との間隔は、3μm以上10mm以下である、構成5記載のリザバー計算用装置。
(構成9)
前記スピン波励起電極および前記検出用電極は、前記強磁性体からなる活性層に接している、構成3から8の何れか一に記載のリザバー計算用装置。
(構成10)
前記スピン波励起電極および前記検出用電極は、金(Au)、銀(Ag)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、銅(Cu)、タングステン(W)、チタン(Ti)、錫(Sn)、亜鉛(Zn)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、鉄(Fe)、およびニッケル(Ni)からなる群より選ばれる1以上の元素を含む、構成3から9の何れか一に記載のリザバー計算用装置。
(構成11)
前記磁場印加手段は、永久磁石による、構成3から10の何れか一に記載のリザバー計算用装置。
(構成12)
前記磁場印加手段は、電磁石による、構成3から10の何れか一に記載のリザバー計算用装置。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、多くの相異なるリザバー状態が得られる計算精度の高いリザバー計算用装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施の形態1のリザバー計算用装置の構成を示す説明図である。
【
図2】実施の形態2のリザバー計算用装置の構成を示す説明図である。
【
図3】スピン波利用のリザバー計算の信号処理の手順を示す説明図である。
【
図5】試作した素子(スピン波利用リザバー計算用素子)の光学顕微鏡写真である。
【
図6】スピン波利用リザバー計算用装置の出力信号を示す特性図である。
【
図7】(a)は光照射オン・オフの信号差分を示す特性図であり、(b)はその差分信号を規格化面積に置き換えてマップ化して条件依存性を可視化した特性図である。
【
図8】試作した素子の消灯時(光off)、点灯時(光on)、その差分の出力信号を表す特性図である。
【
図9】試作した素子において、消灯時における自己回帰移動平均タスク(NARMA)を実施したときの実測と予想とそのずれを示す特性図である。
【
図10】試作した素子において、点灯時における自己回帰移動平均タスク(NARMA)を実施したときの実測と予想とそのずれを示す特性図である。
【
図11】試作した素子において、点灯と消灯を混合して自己回帰移動平均タスク(NARMA)を実施したときの実測と予想とそのずれを示す特性図である。
【
図12】試作した素子において、点灯、消灯、および点灯と消灯の混合を比較してNARMAを実施したときの誤差指標NMSEを求めた特性比較図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。なお、文中に出てくるA~Bという表現は、A以上B以下を示す。
【0011】
(実施の形態1)
リザバー計算では、時系列データなどの信号をリザバー部に入力し、そこから得られる複数の出力をリザバー状態として用いることで学習・予測などの計算を行う。この際、リザバー状態は互いに異なる複数の時系列データ(ノード)として得られるが、それらがより多い方が計算の精度を高める上で有利である。そこでより多くのリザバー状態を得ようと試みられるが、多くのリザバー状態を得ようとするとリザバー状態同士が似通ってしまうという、リザバー状態の数と相違性の間のトレードオフの関係があり、限界があった。
【0012】
本発明は、オン・オフにより光の照射状態を切り替えることによって、多くの異なるリザバー状態を簡便に得ることを可能にするものであり、計算精度が向上する。
【0013】
本発明のリザバー計算用装置は、光源、前記光源の光と相互作用する活性層を有するリザバー計算用素子、および前記光源の光を調光する調光手段を具備し、前記リザバー計算用素子は、前記光源からの光が前記活性層の少なくとも一部の領域に届く光透過部を有する構造を有する。ここで、前記活性層としては、この後説明する電気二重層トランジスタの半導体層、実施の形態2で説明するスピン波利用磁性素子の強磁性体層、酸化・還元トランジスタの半導体層、およびMOSトランジスタの半導体層を挙げることができる。また、前記調光手段としては、前記光源をオン・オフするスイッチング手段、光強度も調整できる可変光量手段、パルス幅の調整が可能なパルス状の光に調光する可変パルス幅調光手段、光波長も制御できる可変波長手段などを挙げることができる。
【0014】
以下、実施の形態1では、イオン伝導体と半導体を用いた電気二重層トランジスタを例に挙げて、その構造と特徴を説明する。なお、電気二重層トランジスタがリザバー計算用素子として機能することは、非特許文献1に開示がある。
【0015】
<装置の構造>
本発明のリザバー計算用装置1は、主要構成を表す
図1に示されるように、イオン伝導体16と、チャネル層15を有する半導体層11をコアにして、それにゲート電極14、ソース電極12およびドレイン電極13を備えた電気二重層トランジスタ(EDLT;Electric Double-Layer Transistor)であり、そのEDLTのドレイン電流をリザバーとして利用するものである。リザバー計算を高集積化が可能なハードで行うことにより、計算リソースを抑制することが可能になる。
ここで、ソース電極12およびドレイン電極13は半導体層11に電気的に接する。特に、オーミック接触で接するのが好ましい。
【0016】
イオン伝導体16は、イオンを伝導する物質からなり、固体状、ゲル状、液体状の何れの形態でもよい。イオン伝導体16が固体の場合は、半導体プロセスを利用して作製することができて集積化しやすく、取り扱いが容易で液漏れの心配がないという利点がある。ゲルの場合は、液漏れのリスクを抑制できて、取り扱いも比較的容易という利点がある。液体の場合は、イオン伝導体16と半導体層11を密着させるのが容易という利点がある。なお、液体は有機でも無機でも構わない。イオン伝導体16の厚さは1nm以上1cm以下がリザバー特性を得る上で好ましい。
イオン伝導体16の具体例としては、Li-SiO2-ZrO2(LZSO)、PEO(ポリエチレンオキシド)/LiClO4、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムービス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(EMI-TFSI)を挙げることができる。この中でもLZSOは金属Liなどの還元性の電極との接触に対して比較的安定という特徴があり、好んで用いることができる。
【0017】
イオン伝導体16の伝導体イオンは特に限定はないが、Li+イオン、H+イオン、Na+イオン、Ag+イオン、Cu+イオン、Cl-イオン、Br-イオン、I-イオン、SO4
-イオン、FeCl4
-イオン、OH-イオン、BF4
-イオン、PF6
-イオン、CF3SO-イオン、(FSO2)2N-イオン、(CF3SO2)2N-イオン、C6H11N2
+イオン、C10H20F6N2O5S2
+イオンからなる群より選ばれる1以上を挙げることができる。この中でも、汎用に用いられていて使用ノウハウの蓄積が大きく、また、固体材料中でも比較的高いイオン伝導度を示すという長所も有するLi+イオン(Liイオン)を好んで用いることができる。
【0018】
半導体層11としては、水素終端されたダイヤモンド半導体、シリコン、GaAs、Ga2O5、SiC、GaP、InP、ZnSe、CdS、GaN、SiGe、CuInSe2、グラフェン、単層MoS2、またはZnOを挙げることができる。
この中でも水素終端されたダイヤモンド半導体は、イオン注入による劣化への耐性(化学的安定性)という特徴があり、好んで用いることができる。ここで、ダイヤモンドとしては単結晶が好ましい。(111)ダイヤモンドや(100)ダイヤモンドを好んで用いることができる。
また、半導体層11としては、汎用に使用されていて高品質でありながらコストが低く、集積化にも適するシリコンも好んで用いることができる。
【0019】
チャネル層15は、半導体層11の表層部に形成される。具体的には、水素終端されたダイヤモンド半導体の表層部(水素終端部)やシリコンなどの半導体の表層部に不純物がドーピングされた層を挙げることができる。
ここで、チャネル層15は1つのチャネル幅のチャネルが配置されていても、チャネル幅の異なる複数のチャネルが配置されていてもよい。前者の1つのチャネルが配置されている場合は複数のリザバー状態を得るために時系列データを複数の異なる入力パルス電圧信号に変換して繰り返し入力する必要があるという特徴があり、複数のチャネル幅のチャネルが配置されている場合は一つの入力パルス電圧信号から同時に複数のリザバー状態を得られるという特徴がある。
チャネル幅としては、代表的には、100μm以上800μm以下を挙げることができる。
なお、チャネル層15は、
図1ではイオン伝導体16に接しているが、必ずしも直接接触する必要はなく、イオン伝導体16との間にSiO
2等の薄膜の絶縁膜が形成されていてもよい。薄膜の絶縁膜が形成されているとチャネル層15とイオン伝導体16との化学反応を抑制することができ、経時安定性を向上させることが可能となる。
【0020】
ゲート電極14、ソース電極12およびドレイン電極13の材料としては、電気抵抗が低く、イオン伝導体16と腐食などの反応を起こさないものであれば使用することができ、アルミニウム(Al)、タングステン(W)、金(Au)、チタン(Ti)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、銅(Cu)、銀(Ag)、マグネシウム(Mg)、亜鉛(Zn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)からなる群より選ばれる金属、前記群から選ばれる金属を1以上含む合金、ドープドポリシリコン、カーボン、グラフェンまたはグラファイトからなる群より選ばれる1以上を挙げることができる。また、上記材料からなる単層膜でも上記材料を組み合わせた積層膜とすることもできる。
なお、ゲート電極14、ソース電極12およびドレイン電極13は、
図1ではイオン伝導体16に接しているが、必ずしも直接接触する必要はなく、イオン伝導体16との間にSiO
2等の薄膜の絶縁膜が形成されていてもよい。薄膜の絶縁膜が形成されているとゲート電極14、ソース電極12およびドレイン電極13とイオン伝導体16との間の化学反応を抑制することができ、経時安定性を向上させることが可能となる。
【0021】
チャネル層15形成側の上面には光照射装置(光源)18が配置されており、調光器19を介して、活性層であるチャネル層15のキャリアと相互作用を起こす波長の光21をチャネル層15に制御性をもって点灯(照射)、消灯できるようになっている。調光器19は、電源20から供給される電力を用いて、光照射装置18の消灯、点灯(オン・オフ)、光量の調整を行う。また、場合によっては、光照射装置18が発する光をパルス光とし、必要に応じてパルス幅や周波数の調整を行う。
【0022】
リザバー計算用装置1のチャネル層15の上面は、光相互作用活性層であるチャネル層15に光21が照射されるように、光透過部17を設ける。一般に、ゲート電極14は遮光性の高い金属が用いられることが多いので、ゲート電極14に開口部を設けておくことが好ましいが、ゲート電極材料がITOやFTOなどの光透過性の材料である場合は、ゲート電極14のチャネル層15の上面にゲート電極14の開口部17を必ずしも設ける必要はない。また、ゲート電極材料としてポリシリコンを用いる場合で光21として赤外光を用いる場合も、ゲート電極14のチャネル層15の上面にゲート電極14の開口部17を必ずしも設ける必要はない。
【0023】
リザバー計算用装置1では、パルス電圧印加に対してイオン伝導体/半導体の界面の電気二重層によって誘起される半導体の電子キャリア密度変化と、電気二重層の充放電挙動の両方が関わることによって生じる半導体チャネルを流れるドレイン電流の複雑な応答から、高い非線形特性が得られる。これに、光照射装置18の点灯、消灯、調光によるフォトンとチャネル層15に存在するキャリアとが相互作用するため、多くの異なるリザバー状態を簡便に得ることが可能になり、計算精度が向上する。
リザバー計算用装置1は、電気二重層という非常に薄い領域で起こる現象を利用するために、高集積化に適する方式である。
【0024】
<製造方法>
リザバー計算用装置1は下記の工程によって製造することができる。
最初に、半導体層11を準備し、その上にソース電極12およびドレイン電極13を形成する。ソース電極12およびドレイン電極13の形成方法としては、リフトオフ法や、ソース電極12およびドレイン電極13を構成する導電材料をスパッタリング法や蒸着法などで堆積し、リソグラフィとエッチングにより電極に加工する方法などを挙げることができる。
その後、イオン伝導体16をCVD(Chemical Vapour Deposition)法、パルスレーザー堆積法、スパッタリング法、塗布法などで形成する。
しかる後、ゲート電極14を形成する。ゲート電極14の形成方法としては、リフトオフ法や、ゲート電極14を構成する導電材料をスパッタリング法や蒸着法などで堆積し、リソグラフィとエッチングにより電極に加工する方法などを挙げることができる。
その後、LEDなどを用いた光照射装置18、調光器19を配置し、電源20からの電力を供給できるようにして、リザバー計算用装置1を製造することができる。
製造されたリザバー計算用装置1は、(a)非線形特性(b)短期記憶および(c)高次元性というリザバー計算に必須な機能をもち、かつ計算精度が高いものになる。
【0025】
(実施の形態2)
実施の形態2では、オン・オフを含む光を調光して強磁性体面に照射する機能を有する非線形干渉型スピン波利用リザバー計算用装置(SWRC、リザバー計算用装置)2について説明する。
【0026】
SWRC(2)の主要部構造を
図2に示す。
SWRC(2)のデバイスコア部(リザバー計算用素子)は、活性層となる強磁性体層31、検出用電極32およびスピン波励起用電極33から構成される。
SWRC(2)は、デバイスコア部に加え、光照射装置(光源)18と磁場印加手段である磁力線発生装置34が具備され、光照射装置18からの光21が強磁性体層31の少なくとも一部の領域に届く光透過部17を有する。
【0027】
強磁性体層31は薄膜でもよいし、自立する剛性をもつ基板であってもよい。
強磁性体層31としては、イットリウム・鉄・ガーネット(YIG)、純鉄、ニッケル・鉄(パーマロイ)、コバルト・鉄・ホウ素(CoFeB)、およびコバルト・マンガン・鉄・シリコン(ホイスラー合金)からなる群より選ばれる1以上を好んで用いることができる。特に、バンドギャップから減衰長が長く、取り扱いも容易なYIGを好んで用いることができる。なお、スピン波干渉を安定なものとするために、強磁性体層31の表面は平坦かつ平滑なものが好ましい。
【0028】
検出用電極32およびスピン波励起用電極33は、強磁性体層31から離してその上に配置されてもよいが、感度および安定性を高めるためには、強磁性体層31に接して形成されていることが好ましい。
【0029】
スピン波励起用電極33は、スピン波干渉を起こすように2本以上の電極からなる。スピン波励起用電極33の電極間の間隔は、可干渉距離以上、言い換えれば減衰長以下とする。具体的に言うと、強磁性体層31にYIG(イットリウム・鉄・ガーネット)単結晶を用いた場合のスピン波励起用電極33の電極間の間隔は、1μm以上300μm以下が好ましい。
スピン波励起電極33には、高周波信号発生装置が電気的に接続されて所定のパルス信号が送られるようになっている。
スピン波励起電極33の幅、高さ、長さは特に制限はないが、それぞれ3μm以上70μm以下、50nm以上10μm以下、および3μm以上1mm以下を挙げることができる。
【0030】
検出用電極32は、1本以上からなり、出力信号を得る。
検出用電極32の幅、高さ、長さは特に制限はないが、それぞれ3μm以上70μm以下、50nm以上100μm以下、および3μm以上1mm以下を挙げることができる。
検出用電極32とスピン波励起電極33の配置関係は、その間隔dが減衰距離以下であれば特に制限はないが、検出感度と安定性を高めるために、同一平面上に配置されていることが好ましい。
検出用電極32とスピン波励起電極33との間隔dは、減衰距離以下とすることが好ましく、10mm以下、好ましくは300μm以下、さらに好ましくは100μm以下とするのがよい。また、検出用電極32とスピン波励起電極33との間隔の下限は、検出感度と安定性の観点から、1μm以上、好ましくは2μm以上、さらに好ましくは3μm以上とするのがよい。
また、スピン波干渉を安定なものとするために、検出用電極32はスピン波励起用電極33に挟まれる形で形成されていることが好ましい。
【0031】
スピン波励起電極33および検出用電極32としては、金(Au)、銀(Ag)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、銅(Cu)、タングステン(W)、チタン(Ti)、錫(Sn)、亜鉛(Zn)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、鉄(Fe)、およびニッケル(Ni)からなる群より選ばれる1以上の元素を含む材料を挙げることができる。ここで、スピン波励起電極33と検出用電極32は、同じ材料で構成されていても、異なる材料から構成されていてもよい。なお、スピン波励起および検出を安定なものとするために、スピン波励起電極33および検出用電極32の表面は平坦かつ平滑なもの、さらには、検出器端子、および励起源端子との接触抵抗が限りなく小さくなるように選択することが好ましい。これらの電極の成膜法としては、スパッタリング法、MOCVD法、蒸着法、およびメッキ法などを用いることができる。
【0032】
強磁性体層31の上面には光照射装置(光源)18が配置されており、調光器19を介して、活性層である強磁性体層31のキャリアと相互作用を起こす波長の光21を強磁性体層31に制御性をもって点灯(照射)、消灯できるようになっている。強磁性体層31としてYIGを用いたときの光21の波長は310nm以上1100nm以下が好ましい。なお、光21の波長帯は、強磁性体層31のバンドギャップに依存して変わる。
調光器19は、電源20から供給される電力を用いて、光照射装置18の消灯、点灯(オン・オフ)、光量の調整を行う。また、場合によっては、光照射装置18が発する光をパルス光とし、必要に応じてパルス幅や周波数の調整を行う。
【0033】
SWRC(2)は、強磁性体層31をその厚み方向に沿って貫く磁力線35を発生する磁力線発生装置34を有する。磁石としては、電磁石でも永久磁石を用いてもよい。電磁石を用いた場合は、所定の磁場条件を磁石の位置を変えずに応答性良く変えることができるという特徴があり、永久磁石を用いた場合は、磁場発生のためのエネルギー消費を抑えることができて、省エネルギー対応になるという特徴がある。
【0034】
SWRC(2)は、スピン波励起電極33にパルス波を印加するとスピン波干渉が誘起され、それが非線形特性を有するためリザバー用計算を行うことができる。
図3は、リザバー計算を行うときの手順の一例を示したものであるが、検出用電極32で測定したスピン波波形からリザバー状態を取得できる。この際、単一の入力パルスに対するスピン波波形の各点(1~n)からn個のリザバー状態を取得し、それらを時系列で並べた仮想ノードX
1~X
nを得ることができる。これらを利用してリザバー計算を行うことができる。
その上で、光照射装置18の点灯、消灯、調光を組み合わせると、照射光とキャリアの相互作用が検出されるスピン波信号の多様化に寄与するため、多くの異なるリザバー状態を簡便に得ることが可能になり、計算精度が向上する。
【0035】
<製造方法>
SWRC(2)は下記の工程によって製造することができる。
最初に、強磁性体層31を準備し、その上にスピン波励起電極33および検出用電極32を形成する。スピン波励起電極33および検出用電極32の形成方法としては、リフトオフ法や、スピン波励起電極33および検出用電極32を構成する導電材料をスパッタリング法や蒸着法などで堆積し、リソグラフィとエッチングにより電極に加工する方法などを挙げることができる。
その後、LED、またはランプなどを用いた光照射装置18、調光器19を配置し、電源20からの電力を供給できるようにし、磁力線発生装置34を配置して、SWRC(2)は製造される。
製造されたリザバー計算用装置1は、(a)非線形特性(b)短期記憶および(c)高次元性というリザバー計算に必須な機能をもち、かつ計算精度が高いものになる。
【0036】
また、
図4に示すように、入力情報を処理する入力装置301からの入力信号を本発明のリザバー計算用装置302(前述の構成1から12の何れか一に記載のリザバー計算用装置)にて処理し、その出力信号を出力装置303に伝達して、出力装置303で処理して出力する情報処理装置3としてもよい。情報処理装置3は、少ない計算リソースで、消費電力も少なく、装置的にも小型の情報処理装置になる。
【実施例0037】
(実施例1)
実施例1では、光照射オン・オフ機能を有する非線形干渉型スピン波利用リザバー計算用装置(SWRC)を試作して、その特性を評価した。
【0038】
<装置とその構造>
SWRC(2)の主要部構造を
図2に、また、試作したチップの電極部を中心とした光学顕微鏡写真を
図5に示す。
強磁性体層31としては、フローティングゾーン法で形成された(111)配向単結晶の片面研磨YIG基板(MTI社製)を用いた。
強磁性体層31上には、検出用電極32とスピン波励起用電極33が、検出用電極32がスピン波励起用電極33に挟まれる形で形成されている。ここで、検出用電極32の線幅は10μm(信号線)~20μm(グラウンド線)、スピン波励起用電極33の線幅は10μm(信号線)~20μm(グラウンド線)、検出用電極32とスピン波励起用電極33の間隔dは30μm、そして長さは800μmである。検出用電極32もスピン波励起用電極33も、強磁性体層31と接する面に厚さ10nmのチタン(Ti)が密着強化層として形成され、そのTi膜の上に電極材として厚さ90nmの金(Au)が形成されている。なお、Ti/Auからなる電極の形成方法は、電子ビーム蒸着法である。
【0039】
検出用電極32およびスピン波励起用電極33が形成されている上面側には、光照射装置18が配置されており、オン・オフを制御する調光器19を介して、YIGのキャリアと相互作用を起こす波長310nm~1100nmの光21をYIG基板31に制御性をもって点灯(照射)、消灯できるようになっている。光照射装置18はAL-320(朝日分光株式会社製)で、その出力は300Wである。
強磁性体層31をその厚み方向に沿って貫く、すなわちYIG単結晶の(111)方向に沿って磁力線35を発生する電磁石からなる磁力線発生装置34は、漏れ磁界方式単軸特殊形状電磁石(東栄科学産業製)で、500mTまでの磁場を発生することができる。
【0040】
<特性評価>
スピン波励起用電極33への特性評価用パルス信号を送る設備としては、東栄科学産業(株)製のRFプローブと任意波形発生器(AWG5202、Tektronix社製)からなる高周波信号発生装置が用いられた。また、検出用電極32からの出力をモニターする装置としては混合信号デジタルオシロスコープ(MS068B、Tektronix社製)が用いられた。ここで、入力信号と出力信号は、それぞれ30dBと38dBに増幅され、500の信号を取得して積算平均化処理をしてS/N比を改善した。また、前の測定の影響が残らないように、次の測定を行うまで4μsの間隔をあけた。
なお、測定は室温(25℃)で行った。
【0041】
最初に、SWRC(2)がスピン波干渉を起こすことを下記の条件で確認した。光照射装置18からの光21をオフにした消灯条件で、172mTから250mTまでの5条件の磁場を印加した。ここで、スピン波励起用の入力信号は、2.5Vのパルス状信号とした。
その結果を
図6に示す。スピン波が干渉した信号波形になっており、また、磁場の大きさによって干渉が変わり信号波形が変わることがわかる。
なお、SWRC(2)が光照射のない、すなわち消灯条件で、リザバー計算素子として機能することは、非特許文献2に開示されている。
【0042】
次に、光照射装置18からの光21をオンにした状態とオフにした状態でそれぞれ測定し、オン時とオフ時の信号波形の差をプロットした。その一例を
図7(a)に示す。この図は、磁場として172mTを印加し、入力パルス300mVで500回積算計測した結果である。この波形を下記式(1)にしたがって規格化した面積(NA)として指標化し、磁場5水準(172、180、186、200、および250mT)、スピン波励起入力信号強度7水準(25mV刻みで300から450mV)下で測定した。その結果を、マップの形で
図7(b)に示す。
ここで、NAは、(オン時の波形)-(オフ時の波形)のグラフの面積をA
1、オフ波形の値に絶対値を取り2乗した値をA
2としたとき、
NA=A
1/A
2 ・・・(式1)
で与えられる。
172mTの磁場を印加したときが、スピン波励起入力信号強度の変化に対して最も光オン・オフ出力信号差の変化が大きく、250mTの磁場を印加したときが最も小さかった。
なお、参考までに、出力変化量の大きい172mTと小さな250mTの2水準の磁場印加条件で、光offと光on、すなわち消灯時と点灯時の出力信号とその差分の波形を求めた結果を
図8に示す。
【0043】
次に、出力変化量の大きい172mTの磁場を印加した条件で、リザバー評価のベンチマークテストであるNARMA TASK(非線形自己回帰移動平均タスク)を光off、光on、および光off&on Mixedの3方式で解かせて、3方式の比較を行った。
ここで、光offは、光offの出力信号波形から50ノードを抽出して利用した。光onは光onの出力信号波形から50ノードを抽出利用したものであり、光on&off Mixedは光offの波形から25ノード、光onの波形から25ノードの計50ノードを抽出して利用したものである。
なお、NARMA TASKは、その概要を述べると、過去の値と非線形の関係にある近い未来の値の予測を行ったものであり、例えば非特許文献3に開示がある。
訓練での(a)実測、(b)予測、(c)実測と予測のずれ、テストでの(d)実測、(e)予測、および(f)実測と予測のずれを、光off、光on、光on&off Mixedで測定あるいは求めた結果を、それぞれ
図9、10、および11に示す。
図11(c)および(f)に示されるように、光on&off Mixedは、光offおよび光onよりずれが小さく、精度が高いことがわかる。
【0044】
次に、光on&off Mixedによる測定精度(誤差)の定量化をNMSE(正規化平均二乗誤差)を用いて行った。
その結果を
図12に示す。光on&off Mixedにより、誤差は大幅に減少し、例えば光offの場合に比べて78%以上の減少になった。このことから、光照射のオン・オフを伴う本発明の装置および方法により、測定精度を大幅に高めることが可能になることが実証された。
【0045】
なお、NMSEは下記(式2)によって求められる。ここで、T、d(k)、およびyp(k)は、トレーニングフェーズ(T=3500)またはテストフェーズ(T=500)、離散時間kのときのターゲット信号、および離散時間kのときの予測信号である。
【0046】
本発明により、多くの相異なるリザバー状態が得られる計算精度の高いリザバー計算用装置が提供される。このため、本発明は、産業の発展に大いに寄与するものと考える。