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特開2024-66737ソリッドワイヤ及びガスシールドアーク溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066737
(43)【公開日】2024-05-16
(54)【発明の名称】ソリッドワイヤ及びガスシールドアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20240509BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240509BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20240509BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20240509BHJP
【FI】
B23K35/30 320D
C22C38/00 301A
C22C38/00 302Z
C22C38/18
B23K35/30 320A
B23K9/23 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022176386
(22)【出願日】2022-11-02
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】磯野 晋也
(72)【発明者】
【氏名】高内 英亮
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB07
4E001BB08
4E001CA04
4E001DD02
4E001DD04
4E001DD05
4E001DG03
4E001DG04
4E001EA01
4E001EA08
(57)【要約】
【課題】バックシールドガスを使用することなく、優れた外観の裏波を得ることができるとともに、優れた機械的性能を有する溶接金属を得ることができるソリッドワイヤを提供する。
【解決手段】1質量%以上10質量%以下のCrを含有する鋼材の溶接に用いられるソリッドワイヤであって、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.05%以上0.15%以下、Si:0.8%以上1.7%以下、Mn:0.4%以上1.2%以下、Cr:7.5%以上13.0%以下、Mo:0.70%以上1.5%以下、Nb:0.010%以上0.10%以下、V:0.10%以上0.50%以下、N:0.010%以上0.070%以下を含有し、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:0.80%以下、Ti:0.025%以下、Al:0.020%以下、Co:0.70%以下であり、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1質量%以上10質量%以下のCrを含有する鋼材の溶接に用いられるソリッドワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
C:0.05質量%以上0.15質量%以下、
Si:0.8質量%以上1.7質量%以下、
Mn:0.4質量%以上1.2質量%以下、
Cr:7.5質量%以上13.0質量%以下、
Mo:0.70質量%以上1.5質量%以下、
Nb:0.010質量%以上0.10質量%以下、
V:0.10質量%以上0.50質量%以下、
N:0.010質量%以上0.070質量%以下を含有し、
P:0.030質量%以下、
S:0.030質量%以下、
Ni:0.80質量%以下、
Ti:0.025質量%以下、
Al:0.020質量%以下、
Co:0.70質量%以下、であり、
残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とするソリッドワイヤ。
【請求項2】
さらに、ワイヤ全質量に対して、
Zr:0.10質量%以下、
を含有することを特徴とする、請求項1に記載のソリッドワイヤ。
【請求項3】
さらに、ワイヤ全質量に対して、
Cu:0.50質量%以下、
を含有することを特徴とする、請求項1又は2に記載のソリッドワイヤ。
【請求項4】
1質量%以上10質量%以下のCrを含有する鋼材に対して、請求項1又は2に記載のソリッドワイヤを用いて、バックシールドガスを使用せずに溶接することを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
【請求項5】
1質量%以上10質量%以下のCrを含有する鋼材に対して、請求項3に記載のソリッドワイヤを用いて、バックシールドガスを使用せずに溶接することを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ソリッドワイヤ及びガスシールドアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、Cr:8質量%~10質量%及びMo:0.85質量%~1.20質量%等を含有する9Cr-1Mo鋼に、Nb、Vなどが添加された鋼材は、9Cr-1Mo-Nb-V鋼といわれている。このような9Cr-1Mo-Nb-V鋼に代表されるCr-Moフェライト系高強度耐熱鋼は、高温特性に優れており、火力発電、原子力発電のボイラや圧力容器等に使用されている。
【0003】
上記のような高Cr含有量の鋼材を、突合せ片側溶接継手としてガスシールドアーク溶接する場合に、裏波表面の高融点Cr酸化物の形成による裏波溶接ビードの外観不良を防止するために、初層の溶接には不活性ガスによるバックシールドが必要とされている。しかし、鋼材の裏側からバックシールドガスを流し続けることは、コストが上昇するとともに、対象とする鋼材が例えば管材である場合は、作業が煩雑になるという問題点がある。
【0004】
特許文献1には、バックシールドガスを使用することなく、優れた裏波性能及び機械的性能を有する溶接部を施工しうる溶接材料が開示されている。上記特許文献1に記載の溶接材料は、C、Cr、Mo、Ni及びAlの含有量が規定され、Cr及びMn含有量とSi含有量との関係、S含有量とMn含有量との関係、Al含有量とO含有量との合計量が制御されているとともに、不純物中のPおよびSの含有量が規定されたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10-24388号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、9Cr-1Mo-Nb-V鋼のようなフェライト系高強度耐熱鋼の溶接金属には、じん性の改善等を目的として溶接後熱処理(PWHT:Post Weld Heat Treatment)が施されることがある。しかしながら、上記特許文献1に記載の溶接材料では、高温変態温度(Ac1変態点)が検討されておらず、PWHTの温度によっては、溶接金属のじん性を確保することができない可能性がある。また、裏波性能及び初層の機械的性能についても、更なる改善の余地があった。
【0007】
さらに、特許文献1においては、δフェライトの生成抑制についても十分に考慮されておらず、火力発電、原子力発電のボイラや圧力容器等に十分に対応できる溶接金属を形成するためには、δフェライトの生成をより一層抑制することが重要となる。
【0008】
本発明は、上述した問題点に鑑みてなされたものであり、1質量%以上10質量%以下のCrを含有する鋼材の溶接に用いられ、バックシールドガスを使用することなく、優れた外観の裏波を得ることができるとともに、優れた機械的性能を有する溶接金属を得ることができるソリッドワイヤ、及びガスシールドアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、裏波の形成不良の発生を抑制するために、特に、ソリッドワイヤ中のSi含有量を制御することが重要であることを見出した。また、本発明者らは、ソリッドワイヤ中のNb、V及びCoの含有量を制御することにより、δフェライトの生成を抑制し、所望の機械的特性を有する溶接金属を得ることができることを見出した。本発明は、この知見に基づいてなされたものである。
【0010】
本発明の上記目的は、ソリッドワイヤに係る下記(1)の構成により達成される。
【0011】
(1) 1質量%以上10質量%以下のCrを含有する鋼材の溶接に用いられるソリッドワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
C:0.05質量%以上0.15質量%以下、
Si:0.8質量%以上1.7質量%以下、
Mn:0.4質量%以上1.2質量%以下、
Cr:7.5質量%以上13.0質量%以下、
Mo:0.70質量%以上1.5質量%以下、
Nb:0.010質量%以上0.10質量%以下、
V:0.10質量%以上0.50質量%以下、
N:0.010質量%以上0.070質量%以下を含有し、
P:0.030質量%以下、
S:0.030質量%以下、
Ni:0.80質量%以下、
Ti:0.025質量%以下、
Al:0.020質量%以下、
Co:0.70質量%以下、であり、
残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とするソリッドワイヤ。
【0012】
また、ソリッドワイヤに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の(2)及び(3)に関する。
【0013】
(2) さらに、ワイヤ全質量に対して、
Zr:0.10質量%以下、
を含有することを特徴とする、(1)に記載のソリッドワイヤ。
【0014】
(3) さらに、ワイヤ全質量に対して、
Cu:0.50質量%以下、
を含有することを特徴とする、(1)又は(2)に記載のソリッドワイヤ。
【0015】
本発明の上記目的は、ガスシールドアーク溶接方法に係る下記(4)の構成により達成される。
【0016】
(4) 1質量%以上10質量%以下のCrを含有する鋼材に対して、(1)~(3)のいずれか1つに記載のソリッドワイヤを用いて、バックシールドガスを使用せずに溶接することを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、バックシールドガスを使用することなく、優れた外観の裏波を得ることができるとともに、優れた機械的性能を有する溶接金属を得ることができるソリッドワイヤ、及びこのソリッドワイヤを使用したガスシールドアーク溶接方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本明細書において、ソリッドワイヤを、単に「ワイヤ」ということがある。また、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0019】
〔ソリッドワイヤ〕
本実施形態に係るソリッドワイヤは、1質量%以上10質量%以下のCrを含有する鋼材の溶接に用いられる。例えば、9%Cr鋼と2%Cr鋼との組合せで被溶接鋼材を構成することができ、本実施形態に係るソリッドワイヤは、異材継手にも適用することができる。本実施形態に係るソリッドワイヤは、9Cr-1Mo-Nb-V鋼の溶接に用いられることが特に好ましい。
【0020】
以下、Cr含有量が8質量%以上10質量%以下であるものを、9%Cr鋼ということがある。本実施形態において、被溶接鋼材として使用する鋼材の形状は特に限定されず、例えば鋼板や鋼管等の溶接に適用することができる。
【0021】
本実施形態に係るソリッドワイヤに含有される化学成分について、その含有理由及び数値限定理由を以下に詳細に説明する。
【0022】
<C:0.05質量%以上0.15質量%以下>
Cは、Cr、Mo、V及びNbと結合して炭化物を形成し、溶接金属の強度を確保する効果を有する重要な元素である。さらにオーステナイト形成元素として溶接金属におけるδフェライトの生成抑制に寄与する。ワイヤ全質量に対するC含有量が0.05質量%未満であると、溶接金属の所望の強度を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するC含有量は0.05質量%以上とし、0.06質量%以上であることが好ましく、0.07質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するC含有量が0.15質量%を超えると、偏析部の凝固温度が大きく低下し、高温割れが発生しやすくなる。また、炭化物の析出が過剰となり、溶接金属のじん性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するC含有量は0.15質量%以下とし、0.14質量%以下であることが好ましく、0.13質量%以下であることがより好ましい。
【0023】
<Si:0.8質量%以上1.7質量%以下>
Siは、裏波表面に低融点かつ溶接金属の凝固を阻害しにくい酸化被膜を優先的に形成し、溶接時のCrの酸化による裏波形成不良を防ぐ効果を有する。ワイヤ全質量に対するSi含有量が0.8質量%未満であると、上記効果を十分に得ることができず、裏波形状が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するSi含有量は0.8質量%以上とし、0.9質量%以上であることが好ましく、1.0質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するSi含有量が1.7質量%を超えると、溶接金属においてδフェライトが過剰に生成され、溶接金属のじん性が低下する。また、表ビードへのスラグ発生量が多くなり、スラグ巻込みが発生しやすくなる。したがって、ワイヤ全質量に対するSi含有量は1.7質量%以下とし、1.6質量%以下であることが好ましく、1.5質量%以下であることがより好ましい。
【0024】
<Mn:0.4質量%以上1.2質量%以下>
Mnは、溶接金属の脱酸剤として機能し、溶接金属の強度を向上させ、じん性を改善する効果を有する元素である。また、Mnは、オーステナイト形成元素であり、溶接金属におけるδフェライトの生成抑制に寄与する。ワイヤ全質量に対するMn含有量が0.4質量%未満であると、脱酸不足を引き起こすとともに、溶接金属中のδフェライト残留を抑制する効果を十分に得ることができず、溶接金属のじん性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は0.4質量%以上とし、0.5質量%以上であることが好ましく、0.6質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するMn含有量が1.2質量%を超えると、溶接金属の高温強度が劣化する。また、偏析部の凝固温度が低下するとともに、変態点が低下して、高温でのPWHTが困難となる。さらに、MnがCrとともに複合酸化物を生成し、裏波形成不良を引き起こす。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は1.2質量%以下とし、1.1質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以下であることがより好ましい。
【0025】
<Cr:7.5質量%以上13.0質量%以下>
Crは、本実施形態に係るソリッドワイヤを用いた溶接において、良好な裏波形成が困難である高Cr含有量の被溶接鋼材の主要元素であり、溶接金属の高温における耐酸化性や、高温強度を確保するために不可欠な元素である。ワイヤ全質量に対するCr含有量が7.5質量%未満であると、溶接金属の耐酸化性及び高温強度が不十分となる。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は7.5質量%以上とし、7.8質量%以上であることが好ましく、8.0質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するCr含有量が13.0質量%を超えると、上述のとおりSi含有量を制御した場合であっても、裏波表面に高融点溶接金属の均一な凝固を阻害する酸化被膜を生成する。また、Crはフェライト生成元素のため、δフェライトの残留を引き起こし、溶接金属のじん性やクリープ性能を劣化させる。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は13.0質量%以下とし、12.5質量%以下であることが好ましく、12.0質量%以下であることがより好ましい。
【0026】
<Mo:0.70質量%以上1.5質量%以下>
Moは、固溶強化元素であるとともに、炭化物の析出によって高温強度を高める効果を有する元素である。ワイヤ全質量に対するMo含有量が0.70質量%未満であると、溶接金属の高温強度が不十分となる。したがって、ワイヤ全質量に対するMo含有量は0.70質量%以上とし、0.75質量%以上であることが好ましく、0.80質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するMo含有量が1.5質量%を超えると、δフェライトの残留を引き起こし、溶接金属のじん性やクリープ性能が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するMo含有量は1.5質量%以下とし、1.3質量%以下であることが好ましく、1.2質量%以下であることがより好ましい。
【0027】
<Nb:0.010質量%以上0.10質量%以下>
Nbは、固溶強化及び窒化物として析出することで溶接金属の強度を向上させる効果を有する元素である。ワイヤ全質量に対するNb含有量が0.010質量%未満であると、溶接金属の強度を向上させる効果を十分に得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するNb含有量は0.010質量%以上とし、0.013質量%以上であることが好ましく、0.015質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するNb含有量が0.10%を超えると、δフェライトの残留を引き起こし溶接金属のじん性を大きく劣化させる。したがって、ワイヤ全質量に対するNb含有量は0.10質量%以下とし、0.09質量%以下であることが好ましく、0.08質量%以下であることがより好ましい。
【0028】
<V:0.10質量%以上0.50質量%以下>
Vは、炭窒化物として溶接金属中に析出し溶接金属の強度を向上させる効果を有する元素である。ワイヤ全質量に対するV含有量が0.10質量%未満であると、溶接金属の強度を向上させる効果を十分に得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するV含有量は0.10質量%以上とし、0.13質量%以上であることが好ましく、0.15質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するV含有量が0.50質量%を超えると、δフェライトの残留を引き起こし溶接金属のじん性が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するV含有量は0.50質量%以下とし、0.40質量%以下であることが好ましく、0.30質量%以下であることがより好ましい。
【0029】
<N:0.010質量%以上0.070質量%以下>
Nは、固溶強化及び窒化物として析出して強度の安定化に寄与する元素である。また、オーステナイト形成元素であり、溶接金属中のδフェライトを抑制する効果を有する元素である。ワイヤ全質量に対するN含有量が0.010質量%未満であると上記効果を十分に得ることができず、強度が低下しδフェライトが生成される。したがって、ワイヤ全質量に対するN含有量は0.010質量%以上とし、0.015質量%以上であることが好ましく、0.020質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するN含有量が0.070質量%を超えると、ブローホールが発生する。したがって、ワイヤ全質量に対するN含有量は0.070質量%以下とし、0.065質量%以下であることが好ましく、0.060質量%以下であることがより好ましい。
【0030】
<P:0.030質量%以下>
Pは、不純物元素であり、高温割れ感受性を高める成分である。ワイヤ全質量に対するP含有量が0.030質量%を超えると、高温割れの発生が懸念される。したがって、ワイヤ全質量に対するP含有量は0.030質量%以下とし、0.020質量%以下であることが好ましく、0.015質量%以下であることがより好ましい。
【0031】
<S:0.030質量%以下>
Sは、溶融池内の対流に影響を与え、溶込み深さを増加させるとともに、アークの安定性を向上させ、良好な裏波を形成する効果を有する。本実施形態においてS含有量の下限は特に限定されず、0質量%であってもよいが、より一層裏波形成能を向上させることを目的としてワイヤ中にSを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するS含有量は0.003質量%以上であることが好ましく、0.005質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するS含有量が0.030質量%を超えると、高温割れの発生が懸念される。したがって、ワイヤ全質量に対するS含有量は0.030質量%以下とし、0.025質量%以下であることが好ましく、0.020質量%以下であることがより好ましい。
【0032】
<Ni:0.80質量%以下>
Niは、Mnと同様にオーステナイト形成元素であり、溶接金属におけるδフェライトの生成抑制に寄与する。本実施形態においてNi含有量の下限は特に限定されず、0質量%であってもよいが、溶接金属中のδフェライトの生成を抑制する目的としてワイヤ中にNiを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するNi含有量は0.05質量%以上であることが好ましく、0.10質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するNi含有量が0.80質量%を超えると、溶接金属の高温強度が劣化する。また、変態点が低下して、高温でのPWHTが困難となる。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は0.80質量%以下とし、0.60質量%以下であることが好ましく、0.50質量%以下であることがより好ましい。
【0033】
<Ti:0.025質量%以下>
Tiは、溶接金属の均一な凝固を阻害する酸化被膜を生成し、良好な裏波形状の生成を劣化させる。ワイヤ全質量に対するTi含有量が0.025質量%を超えると、裏波形状が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するTi含有量は0.025質量%以下とし、0.018質量%以下であることが好ましく、0.015質量%以下であることがより好ましい。
【0034】
<Al:0.020質量%以下>
Alは、Siとともに、裏波表面に低融点かつ溶接金属の凝固を阻害しにくい酸化被膜を優先的に形成する元素であるが、スラグ生成能が高いため、スラグ巻込みを生じさせる懸念がある。また、Alはフェライト生成元素であり、溶接金属においてδフェライトが過剰に生成され溶接金属のじん性が低下する。さらに、AlはNb、Vよりも優先的に窒化物を形成するため、高温強度を確保する効果を有するNb、V窒化物の生成を阻害し、高温強度の低下を招く。したがって、ワイヤ全質量に対するAl含有量は0.020質量%以下とし、0.015質量%以下であることが好ましく、0.012質量%以下であることがより好ましい。
【0035】
<Co:0.70質量%以下>
Coは、NiやMnと同様にオーステナイト形成元素であり、溶接金属におけるδフェライトの生成抑制に寄与する元素であり、ワイヤ中にCoを含有させることにより、溶接金属の所望の機械的性能を得ることができる。本実施形態においてCo含有量の下限は特に限定されず、0質量%であってもよいが、溶接金属中のδフェライトの生成を抑制する目的としてワイヤ中にCoを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するCo含有量は0.005質量%であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好ましく、0.10質量%以上であることがさらに好ましく、0.15質量%以上であることが特に好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するCo含有量が0.70質量%を超えると、変態点が低下し、高温でのPWHTが困難となる。したがって、ワイヤ全質量に対するCo含有量は0.70質量%以下とし、0.60質量%以下であることが好ましく、0.50質量%以下であることがより好ましい。
【0036】
本実施形態に係るソリッドワイヤは、上記成分以外に、以下に示す範囲でZr及びCuのいずれか一方又は両方を含有していてもよい。ワイヤがさらに含有していてもよい成分の含有量及びその限定理由について、以下に説明する。
【0037】
<Zr:0.10質量%以下>
Zrは、Siとともに、裏波表面に溶接金属の凝固を阻害しにくい酸化被膜を優先的に形成する元素であるため、本実施形態に係るソリッドワイヤに、必要に応じてZrを含有させることが好ましい。ワイヤ中に0.10質量%以下の範囲でZrを含有させると、δフェライトの過剰な生成によってじん性を低下させることなく、溶接時のCrの酸化による裏波形成不良を防ぐことができる。したがって、本実施形態に係るソリッドワイヤにZrを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するZr含有量は0.10質量%以下とし、0.08質量%以下が好ましく0.07質量%以下であることがより好ましい。
一方、上記効果を得るためにワイヤ中にZrを含有させる場合は、ワイヤ全質量に対するZr含有量は0.005質量%以上であることが好ましく、0.010質量%以上であることがより好ましい。
【0038】
<Cu:0.50質量%以下>
Cuは、いずれもNiやMnと同様にオーステナイト形成元素であり、溶接金属におけるδフェライトの生成抑制に寄与する元素であるため、本実施形態に係るソリッドワイヤに、必要に応じてCuを含有させることが好ましい。ワイヤ中に0.50質量%以下の範囲でCuを含有させると、溶接金属の高温強度を劣化させることなく、所望の機械的性能を有する溶接金属を得ることができる。したがって、本実施形態に係るソリッドワイヤにCuを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するCu含有量は0.50質量%以下とすることが好ましく、0.40質量%以下であることがより好ましく、0.30質量%以下であることがさらに好ましい。
一方、上記効果を得るためにワイヤ中にCuを含有させる場合は、ワイヤ全質量に対するCu含有量は0.01質量%以上であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好ましく、0.10質量%以上であることがさらに好ましい。なお、本実施形態のワイヤはCuめっきが施されていてもよく、Cu含有量は銅めっき分も含むものとする。
【0039】
<残部:Fe及び不可避的不純物>
本実施形態に係るソリッドワイヤの残部は、Fe及び不可避的不純物である。不可避的不純物とは、ワイヤ中に意図的に添加されていないものを意味し、上記以外の元素として、例えばB、Sn、As、Sb等が挙げられる。ソリッドワイヤ中の不純物の含有量は、合計で0.10質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以下であることがより好ましい。
【0040】
〔ガスシールドアーク溶接方法〕
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法は、1質量%以上10質量%以下のCrを含有する被溶接鋼材に対して、上記ソリッドワイヤを用いて、バックシールドガスを使用せずに溶接する溶接方法である。上述のとおり、被溶接鋼材のCr含有量が、例えば8質量%~10質量%である場合に、従来のソリッドワイヤを使用して溶接すると、裏波が酸化しやすくなり、裏波の形状及び外観が劣化する。しかし、少なくとも初層の溶接として、上記本実施形態に係るソリッドワイヤを使用することにより、特に裏波が酸化しやすい高Cr含有量の鋼材のみでなく、1質量%以上10質量%以下のCrを含有する被溶接鋼材に対して、バックシールドガスを使用せずに、優れた裏波性能及び機械的性能を有する裏波を形成することができる。
【0041】
なお、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法において、溶接の種類は特に限定されず、ティグ(TIG:Tungsten Inert Gas)溶接の他に、マグ(MAG:Metal Active Gas)溶接、ミグ(MIG:Metal Inert Gas)溶接を使用することができる。
【0042】
<シールドガスの種類及び流量>
本実施形態に係るソリッドワイヤによる溶接時に、表側において使用するシールドガスは特に制限されないが、例えばArガス、炭酸ガス、Arガスと炭酸ガスの混合ガス、Arガスと酸素ガスの混合ガスを用いることができる。ガスの流量も特に制限されないが、例えば15~50L/分とすることができる。
【0043】
<溶接姿勢、ワイヤ径>
また、本実施形態に係るソリッドワイヤを使用した溶接姿勢は特に限定されず、種々の溶接姿勢で溶接を実施することができる。さらに、本実施形態に係るソリッドワイヤのワイヤ径(直径)についても、特に限定されないが、AWS又はJIS等の溶接材料規格に規定された直径のワイヤに適用することができる。
【実施例0044】
以下、本発明に係る発明例及び比較例を挙げて、本発明の効果を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0045】
[ソリッドワイヤの製造]
ワイヤの含有成分が種々の含有量となるように、ソリッドワイヤを作製した。ワイヤ全質量あたりの化学成分の含有量(質量%)を下記表1に示す。なお、ワイヤ中の下記表1に示す化学成分を除く残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0046】
[ガスシールドアーク溶接(裏波評価用)]
裏波の評価のための溶接を実施した。具体的には、板厚:19mm、鋼種:ASTM A387 Grade91 Class2、開先角度:70°の一対の鋼板を準備し、ティグ溶接により初層を形成した。溶接条件を以下に示す。
【0047】
<溶接条件>
溶接方法:ティグ溶接
ワイヤ径:2.4mm
ルートギャップ:2~3mm
溶接電流:90~110A
アーク電圧:10~14V
予熱:150~300℃
シールドガスの種類、流量:100%Ar、15リットル/分
バックシールドガス:無し
溶接姿勢:下向
【0048】
[裏波の評価試験]
<評価項目>
各ソリッドワイヤを使用して得られた溶接金属について、溶接の裏側(裏波外観)を目視で観察するとともに、溶接金属の断面マクロを目視で観察し、裏波の評価を実施した。裏波の外観については、酸化の度合い、溶け落ちの有無及び凹ビードの有無を観察した。断面マクロについては、裏波の高さ、裏波の窪みの深さ、及び母材と裏波との境界部分の形状を観察した。各評価項目の測定結果及び評価結果を下記表2に示す。
【0049】
<評価方法及び評価基準>
(裏波の外観)
裏波の外観については、裏波幅が揃っており、蛇行や凹凸が無いとともに、酸化による変色や凹凸がなく、さらに、溶け落ち及び凹ビードが確認されなかったものを良好とした。一方、裏波幅が不揃いであり、凹凸が激しいもの、裏波が酸化によって変色していたか若しくは凹凸が確認されたもの、又は、溶け落ち若しくは凹ビードが発生したものを不合格とし、不合格と判断されたものについては、測定結果の欄に外観の状態を記載した。
【0050】
(裏波の高さ)
断面マクロ観察において、裏波の高さを測定した。本実施例においては、裏波の高さが0.5mm以上のものを合格とし、裏波の高さが0.5mm未満のものを不合格とし、測定結果の欄には裏波の高さを記載した。
【0051】
(窪みの深さ)
裏波の幅方向端部付近について、窪みの有無を観察し、窪みがあるものについては窪みの深さを測定した。本実施例においては、母材裏面に対して0.5mm以上の深さの窪みがないものを合格とし、0.5mm以上の窪みが発生したものを不合格とし、測定結果の欄には窪みの深さを記載した。
【0052】
(母材と裏波との境界部分の形状)
断面マクロにおいて母材と裏波との境界部分の形状を観察し、母材から裏波に向かってなだらかな凸形状になっているものを良好(合格)、母材と裏波との境界部分で、裏波が急激に盛り上がった凸形状となっているものを不良(不合格)と判断し、測定結果の欄には「良好」又は「不良」と記載した。なお、溶け落ちが発生したものについては、母材と裏波との境界部分で裏波が急激に盛り上がった凸形状となる傾向にあった。
【0053】
(裏波の総合評価)
そして、裏波の評価としては、上記全ての項目が合格であったものを、評価「A」とし、1つ以上の項目が不合格であったものを、評価「C」とし、評価結果を裏波の評価結果欄に記載した。
【0054】
[ガスシールドアーク溶接(溶接金属評価用)]
溶接金属の評価のための溶接を実施した。具体的には、板厚が12mmである、JIS G3106:2020に記載のSM490A鋼材の開先角度を45°に加工し、作製したソリッドワイヤを使用して開先内及び裏当て金を2層以上バタリングした後、ルート間隔を6.5mmとして、ティグ溶接により多層溶接にて溶接金属を形成した。溶接条件を以下に示す。
【0055】
<溶接条件>
溶接方法:ティグ溶接
ワイヤ径:1.2mm
溶接電流:160~180A
アーク電圧:10~16V
シールドガスの種類、流量:100%Ar、25リットル/分
溶接姿勢:下向
PWHT温度、時間:760℃、2時間
【0056】
[溶接金属の機械的性能評価試験]
<評価項目>
各ソリッドワイヤを使用して得られた溶接金属について、Ac1変態点を測定することによりPWHTの温度設定の裕度を評価するとともに、δフェライトの面積率を測定した。また、引張試験及びシャルピー衝撃試験を実施することにより、機械的性能を評価した。各評価項目の測定結果及び評価結果を下記表2に併せて示す。なお、裏波が不良となったもののうち、一部の試験片に対しては、溶接金属の機械的性能評価試験を実施しなかった。
【0057】
<評価方法及び評価基準>
(Ac1変態点の測定)
得られたPWHT前の溶接金属から、直径が8mm、長さが12mmである丸棒状の試験片を採取し、高周波誘導加熱方式による加熱中の試験片の体積変化を測定することにより、Ac1変態点を測定した。
なお、Ac1変態点よりも高い温度でPWHTを実施した場合に、溶接金属が逆変態によって高強度、低じん性のフレッシュマルテンサイトを含有した組織となり、溶接継手性能が劣化するため、Ac1変態点が高い方がPWHTの温度設定の裕度を大きくすることができる。したがって、評価基準としては、Ac1変態点が800℃以上であったものを評価「A」(優良)とし、780℃以上、800℃未満であったものを評価「B」(良好)とし、780℃未満であったものを評価「C」(不良)とした。
【0058】
(δフェライト面積率の測定)
得られたPWHT前の溶接金属から、溶接方向に直角方向の断面の最終パス原質部を含む12mm角の試験片を採取し、適切に研磨・腐食することで最終パス原質部のミクロ組織を観察して、100倍の視野でδフェライトの面積率を測定した。面積率の測定には点算法を用い、1視野につき600点以上の格子点から面積率を算出した。
なお、δフェライトは溶接中にオーステナイトに変態せず残留したものであり、強度やじん性に悪影響を及ぼし、溶接継手性能が劣化するため、面積率が小さいほうが良好である。したがって、評価基準としては、δフェライトの面積率が5%未満であったものを評価「A」(優良)とし、5%以上、10%未満であったものを評価「B」(良好)とし、10%以上であったものを評価「C」(不良)とした。
【0059】
(引張試験)
得られた溶接金属の板厚中央から、溶接線方向に平行に直径6mm、標点距離24mmの引張試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に記載の金属材料引張試験方法に準拠して、溶接金属の室温引張強さ(TS:Tensile Strength)を測定した。
なお、評価基準としては、引張試験による測定結果が720MPa以上であったものを評価「A」(優良)とし、620MPa以上720MPa未満であったものを評価「B」(良好)とし、620MPa未満であったものを評価「C」(不良)とした。
【0060】
(シャルピー衝撃試験)
得られた溶接金属の板厚中央から、溶接線方向に垂直に2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、JIS Z 2242:2005に記載の金属材料のシャルピー衝撃試験方法に準拠して、20℃におけるシャルピー衝撃値を測定した。
なお、シャルピー衝撃値によるじん性の評価基準としては、20℃におけるシャルピー衝撃試験による吸収エネルギーの測定結果を切り欠き部の原断面積で除したシャルピー衝撃値が60(J/cm)以上であったものを評価「A」(優良)とし、34(J/cm)以上60(J/cm)未満であったものを評価「B」(良好)とし、34(J/cm)未満であったものを評価「C」(不良)とした。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
[評価結果]
上記表1及び2に示すように、発明例No.A1~A7は、一般的に良好な裏波形成が困難である高Cr含有量の鋼板同士を溶接した例であるにもかかわらず、使用したソリッドワイヤの化学成分が本発明で規定する数値範囲内であった。したがって、バックシールドガスを使用することなく、優れた外観の裏波を得ることができるとともに、優れた機械的性能を有する溶接金属を得ることができた。8質量%~10質量%のCr含有量の鋼板の溶接において、裏波ビードの外観不良は鋼板および溶接材料の高Cr含有量に起因するものであるため、被溶接鋼材のCr含有量が1質量%以上8質量%未満である場合も同様に、本実施形態にかかるソリッドワイヤを適用することができる。すなわち、被溶接鋼材のCr含有量が1質量%以上10質量%以下である場合に、本発明に係るソリッドワイヤを用いることにより、バックシールドガスを使用することなく良好な溶接金属を得ることができる。
【0064】
一方、比較例No.B1~B7は、ソリッドワイヤ中のSi含有量が本発明で規定する下限値未満であり、さらに比較例No.B5~B7は、ソリッドワイヤ中のTi含有量が本発明で規定する上限値を超えていた。したがって、裏波の評価結果が不良となった。また、比較例No.B8はソリッドワイヤ中のSi含有量が本発明で規定する上限値を超えていたため、δフェライトの面積率が増加した。さらに比較例No.B9及びB10は、ソリッドワイヤ中のSi含有量が本発明で規定する上限値を超えていたため、δフェライトの面積率が増加するとともに、じん性の評価結果が不良となった。