(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024006681
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】生体材料
(51)【国際特許分類】
A61L 27/24 20060101AFI20240110BHJP
C07K 14/78 20060101ALI20240110BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240110BHJP
A61K 38/39 20060101ALI20240110BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20240110BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20240110BHJP
A61K 47/18 20170101ALI20240110BHJP
A61K 47/22 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
A61L27/24
C07K14/78 ZNA
A61P43/00 107
A61K38/39
A61K9/08
A61K47/42
A61K47/18
A61K47/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022107806
(22)【出願日】2022-07-04
(71)【出願人】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118924
【弁理士】
【氏名又は名称】廣幸 正樹
(72)【発明者】
【氏名】森本 康一
【テーマコード(参考)】
4C076
4C081
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4C076AA12
4C076BB11
4C076DD23
4C076DD23D
4C076DD26
4C076DD26Z
4C076DD51
4C076DD60
4C076EE43
4C076EE43A
4C081AB11
4C081BA12
4C081BC04
4C081CD12
4C081CD121
4C081CD13
4C081CD131
4C081DA15
4C084AA02
4C084AA03
4C084BA44
4C084CA18
4C084DA40
4C084MA05
4C084MA17
4C084NA03
4C084ZB221
4C084ZB222
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA15
4H045BA16
4H045BA17
4H045CA40
4H045EA34
(57)【要約】
【課題】コラーゲンの線維化を任意に調整する添加剤を提供する。
【解決手段】コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部と、アルギニン、グルタミン酸ナトリウム、アスパラギン酸ナトリウム、ヒスチジン、リシン、トリプトファン、グリシンのうちの少なくとも一種のアミノ酸と、溶媒を含む生体材料は、温度によってコラーゲンまたはコラーゲンの分解物の少なくとも一部の線維化をアミノ酸の種類と濃度で調整することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部と、アルギニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、ヒスチジン、リシン、トリプトファン、グリシンのうちの少なくとも一種のアミノ酸と、溶媒を含む生体材料。
【請求項2】
前記コラーゲンはI型コラーゲンである請求項1に記載された生体材料。
【請求項3】
前記コラーゲン分解物がアテロコラーゲンである請求項1または2の何れかの請求項に記載された生体材料。
【請求項4】
前記コラーゲンまたはコラーゲン分解物がコラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメイン内の下記(1)にて示されるアミノ酸配列の、X1とX2との間の化学結合、X2とGとの間の化学結合、GとX3との間の化学結合、X4とGとの間の化学結合、または、X6とGとの間の化学結合が切断されている、コラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物、または、上記コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメイン内の下記(2)にて示されるアミノ酸配列の、X1とX2との間の化学結合、X2とGとの間の化学結合、GとX3との間の化学結合、X4とGとの間の化学結合、X6とGとの間の化学結合、GとX7との間の化学結合、または、X14とGとの間の化学結合が切断されている、コラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物、または、上記コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメインのアミノ末端の下記(3)にて示されるアミノ酸配列の、Y1とY2との間の化学結合が切断されているものを含む請求項1または2の何れかの請求項に記載された生体材料:
(1)-G-X1-X2-G-X3-X4-G-X5-X6-G-;
(2)-G-X1-X2-G-X3-X4-G-X5-X6-G-X7-X8-G-X9-X10-G-X11-X12-G-X13-X14-G-;
(3)-Y1-Y2-Y3-G-Y4-Y5-G-Y6-Y7-G-Y8-Y9-G-;(但し、Gは、グリシンであり、X1~X14およびY1~Y9は、任意のアミノ酸である)。
【請求項5】
前記コラーゲンまたはコラーゲン分解物の濃度は0.1mg/mL~180mg/mLである請求項1または2の何れかの請求項に記載された生体材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コラーゲンおよびコラーゲン分解物の少なくとも一部を含む生体材料に関する。
【背景技術】
【0002】
動物の細胞間の結合組織または骨組織を構成するタンパク質であるコラーゲンは、従来から、食品、化粧品、医療機器、生体内に移植される生体材料(例えば、欠損または損傷した生体組織を補完するための生体材料)の成分として用いられている。
【0003】
一般にコラーゲン溶液は中性pHで37℃(体温)付近に保持すると構造や分子量等により遅速の程度はあるものの、自発的な自己会合が進み、細線維、線維、線維束のように会合状態が大きくなる。線維化すると不溶性となることで溶液が濁り、さらに線維が大きくなると沈殿物が生じる。
【0004】
コラーゲン分解物からなる生体医療材料としては、変性椎間板充填材料(特許文献1)、コラーゲン分解物からなる神経再生材料(特許文献2)等が開示されている。生体医療材料は、製造、移送、保管、充填作業時などの温度が4℃~30℃では液体で存在し、患部である体内に注入すると体温の37℃付近で急速に線維化してゲル化するコラーゲンがあれば非常に有用である。つまり、コラーゲンの線維化を任意に促進させる若しくは抑制させることができれば利便性と効果の面から非常に有用である。
【0005】
また、コラーゲンの線維化を所望のタイミングで、速やかに行うことができれば、コラーゲンを精製する効率を高め、時間的かつ経済的にメリットが高くなる。
【0006】
生体内環境に近い状態になるとコラーゲン分子同士が接近し、接触し、結合する、を繰り返すことにより大きな会合体となる。この自発的に起こるコラーゲン分子の会合は複雑で精緻なメカニズムが働いているが、未だその全貌は明らかではない。これまでに知られていることは、中性pHにすることでコラーゲン分子間の水素結合や静電的相互作用などが強まる。温度が体温近くになることでコラーゲン分子の疎水性相互作用は相対的に強くなる。これらの条件が整うとコラーゲンの分子間結合が著しく促進され、コラーゲン細線維、コラーゲン線維束、コラーゲン線維、さらに大きな会合体(線維)を形成する。
【0007】
よって、水素結合、静電的相互作用、疎水性相互作用を弱めることあるいは強めることにより線維形成を抑制あるいは促進できるとされる。コラーゲンの線維化を制御する方法としては、没食子酸エステルを用いた線維化抑制剤(特許文献3)や、ゲニピンをコラーゲンの架橋剤として利用し、線維化(コラーゲン同士の結合)を促進する方法(特許文献4)が開示されている。そのほかに、グリセロールが線維化を抑制することも知られる(非特許文献1)。しかしながら、4℃~30℃では溶液(ゾル)状態を保持させ、31℃~43℃で会合(ゲル)状態に変化させる、あるいはそのまま溶液(ゾル)状態を維持させる特徴を有する共存成分は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000-262608号公報
【特許文献2】特開2009-5814号公報
【特許文献3】特開平05-271067号公報
【特許文献4】特開2014-103985号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Morimoto, et al., International Journal of Biological Macromolecules 167 (2021) 1066-1075
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
コラーゲンは比較的容易に動物組織(真皮、腱、骨)から大量に抽出精製できるため、古くから産業に活用されてきた。抽出したコラーゲン溶液の特性として、水に対して溶解度が低いため、通常は希塩酸などの酸性溶液で溶解することが一般的であった。なぜなら、中性pHでは保存中に会合して凝集し、さらに沈殿しやすくなり、製造当初の物性が変化するからである。つまり、抽出したコラーゲンは低濃度でも生理的条件に置くことで再線維化することから不溶化して白濁し、さらに沈殿物となる性質を有する課題があった。また、一度線維化したコラーゲンを低温にすると溶液は目視で透明になるが、実はコラーゲン分子は複数個が結合した状態になっていることから、コラーゲン溶液は暴露される外環境の履歴が残る。そのため、希塩酸などの酸性溶液以外の溶液ではコラーゲン溶液の長期間の保存は難しいとされている。
【0011】
線維化したコラーゲン溶液は不均一な液状成分と固形成分になる性質で、均一なコラーゲン溶液を得ることはできなかった。コラーゲン分子の線維化(会合)を可能な限り遅くさせ、さらに線維化させないためには、コラーゲン分子間の結合を抑制することが重要である。しかしながら、従来の添加剤は、4℃~30℃でコラーゲン同士の結合を阻害する能力を有してかつ31℃~43℃付近で線維化する効果あるいはコラーゲン同士の結合を阻害したままの効力をもっておらず、所望のコラーゲン分子の溶液を作製できないという問題点を有している。
【0012】
一方で、これまでのコラーゲン線維を形成させる工程では、線維化させることでコラーゲンを精製する手法が用いられている。しかし、この手法はある程度の時間で線維化させて沈殿を得るために溶液中に含まれる不必要な夾雑物も同時に沈殿化する課題がある。高純度にコラーゲンを調製するためにはコラーゲン分子間の結合を可能な限り早めることが重要である。しかしながら、そのような添加剤は少なく、利用されていない。
【0013】
従来のコラーゲン溶液において線維化速度を遅くする、あるいは線維化させないことを実現するため、あるいは線維化速度を速くすることを実現するためには、コラーゲン以外の副原料(例えば、低分子化合物)が必要であり、当該副原料は、生体材料のコストを上げ、および/または、コラーゲン溶液の粘性が高くなる、生体内での滞留性などが高くなり、炎症性が惹起されやすくなる、毒性を示すなどの安全性を低下させるという問題点を有している。
【0014】
また、従来の線維化を遅くする低分子化合物は性状が溶液であり、また静脈や筋肉への承認されている最大投与量が低く、あるいは生体への安全性が明確ではないため、当該コラーゲン溶液に高濃度の物質成分を含有させることが困難であるという問題点を有している。
【0015】
本発明は、安全性が高く、4℃~30℃で所望の濃度に調整しやすい線維化を遅らせたあるいは線維化しないコラーゲン等溶液あるいは、31℃~43℃で線維化を促進する、あるいは線維化を遅らせるあるいは線維化しないコラーゲン等溶液を生体材料として提供することを目的とする。また、コラーゲン製品の製造と保管中の凝集を防ぐ汎用的な添加剤として提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
コラーゲンもしくはコラーゲンをペプシンなどのプロテアーゼを用いて分解したコラーゲン(アテロコラーゲン)もしくはコラーゲンをアクチニダインなどのプロテアーゼを用いて分解したコラーゲン(コラーゲン-システインプロテアーゼ分解物)を、中性pHで37℃付近に保持すると、数分後には不溶性の沈殿物を含有する溶液が得られるのみである。
【0017】
本発明者は、アルギニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、リシン、ヒスチジン、トリプトファンをコラーゲン溶液に加えることにより、中性pHで4℃~30℃でゾル状態になり、かつ31℃~43℃でコラーゲン分子の線維化(会合)が抑制されたコラーゲン溶液もしくはコラーゲン分子の線維化(会合)物が得られること、グリシンをコラーゲン溶液に加えることでコラーゲン分子の線維化(会合)が促進されたコラーゲン沈殿物が得られること、を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0018】
したがって、本発明に係る生体材料は、コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部と、アルギニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、リシン、ヒスチジン、トリプトファン、グリシンの少なくとも一種のアミノ酸と、溶媒を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る生体材料は、中性pHで4℃~30℃でコラーゲン分子の線維化(会合)が抑制されたゾル状態が得られる(添加アミノ酸がアルギニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、リシン、ヒスチジン、トリプトファンである場合)。さらに、本発明に係る生体材料は、31℃~43℃に暴露すると該アミノ酸濃度に依存してゾル状態のままもしくはゲル状態に変化する。また、本発明に係る生体材料は、コラーゲン分子の線維化(会合)が促進されたコラーゲン沈殿物(アミノ酸がグリシンである場合)が得られる。すなわち、中性pHで37℃付近でのコラーゲンの線維化を制御できるという効果を奏する。
【0020】
また、本発明に係るゲル状態の生体材料は、コラーゲン分子が自発的に規則正しく結合した貯蔵弾性率の高いコラーゲン会合物(線維)である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】アテロコラーゲンに各種アミノ酸を添加した場合の写真像である。
【
図2】非極性無電荷に分類されるアミノ酸をアテロコラーゲンに添加した場合の写真像である。
【
図3】アテロコラーゲンに各種アミノ酸を添加し、4℃と37℃の昇温処理と降温処理を繰り返した場合の写真像である。
【
図4】アテロコラーゲンに各種アミノ酸を添加し、25℃と37℃の昇温処理と降温処理を繰り返した場合の540nmの吸光度の変化を示すグラフである。
【
図5】アテロコラーゲンにヒスチジンを添加した場合の濃度と540nmの吸光度の関係を示すグラフである。
【
図6】アテロコラーゲンにリシンを添加した場合の濃度と540nmの吸光度の関係を示すグラフである。
【
図7】アテロコラーゲンにアスパラギン酸を添加した場合の濃度と540nmの吸光度の関係を示すグラフである。
【
図8】アテロコラーゲンにグルタミン酸を添加した場合の濃度と540nmの吸光度の関係を示すグラフである。
【
図9】アテロコラーゲンにアルギニンを添加した場合の濃度と540nmの吸光度の関係を示すグラフである。
【
図10】アテロコラーゲンに濃度の異なるアルギニンを添加し、25℃から37℃に温度を上げた場合の波長313nmの吸光度を調べたグラフである。
【
図11】アテロコラーゲンに各種アミノ酸を添加した場合の貯蔵弾性率の時間変化を調べたグラフである。
【
図12】アテロコラーゲンに濃度違いのアルギニンを添加した場合の貯蔵弾性率(a)と複素粘度(b)を測定したグラフである。
【
図13】LASColに濃度違いのアルギニンを添加した場合の貯蔵弾性率(a)と複素粘度(b)を測定したグラフである。
【
図14】アテロコラーゲンにトリプトファン、グリシン、アルギニンを添加した場合の貯蔵弾性率(a)を測定したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明の生体材料の実施形態について実施例および図面を用いて説明する。ただし、本発明は、以下の説明に限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変することができる。また、異なる実施形態及び実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態及び実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。本明細書中、数値範囲に関して「A~B」と記載した場合、当該記載は「A以上B以下」を意図する。
【0023】
また、本明細書において、線維化とは、水素結合または静電的相互作用、疎水性相互作用、ファンデルワールス結合などによって分子が連なって形成された略直線状の構造を意図する。また、本明細書において、会合体とは、同種の分子が共有結合によらないで2分子以上が相互作用して結合し、1つの構造単位となっているものを意図する。網目状または線維状の会合体が形成されているか否かは、電子顕微鏡にて観察することによって確認することができる。
【0024】
本発明に係る生体材料は、コラーゲンまたはコラーゲンの分解物の少なくとも一部と、特定のアミノ酸および溶媒で構成される。なお、本明細書において、「コラーゲンまたはコラーゲンの分解物の少なくとも一部」を「コラーゲン等」とも呼ぶ。コラーゲン等の溶液は「コラーゲン等溶液」と呼ぶ。
【0025】
<コラーゲン>
コラーゲンは、その由来は特に限定されず、周知のコラーゲンであればよい。例えば、コラーゲンとしては、哺乳類(例えば、ウシ、ブタ、ウサギ、ヒト、ラットまたはマウスなど)、鳥類(例えば、ニワトリなど)、または、魚類(例えば、サメ、コイ、ウナギ、マグロ(例えば、キハダマグロ)、ティラピア、タイ、サケなど)のコラーゲンを用いることができる。
【0026】
更に具体的に、コラーゲンとしては、哺乳類または鳥類の真皮、腱、骨または筋膜などに由来するコラーゲン、あるいは、魚類の皮膚または鱗などに由来するコラーゲンを用いることができる。
【0027】
これらの中では、ニワトリ、ブタ、ウシ、ヒトまたはラットのコラーゲンを用いることが好ましく、ブタ、ウシまたはヒトのコラーゲンを用いることが更に好ましい。
【0028】
また、魚類のコラーゲンであれば、安全に、かつ大量に入手可能であり、ヒトに対してより安全なコラーゲン固形物を実現することができる。
【0029】
なお、魚類のコラーゲンを用いる場合には、サメ、コイ、ウナギ、マグロ(例えば、キハダマグロ)、ティラピア、タイまたはサケのコラーゲンを用いることが好ましく、マグロ、ティラピア、タイまたはサケのコラーゲンを用いることが更に好ましい。また、コラーゲンはI型コラーゲンが好適に利用できるが、他の型のコラーゲンを排除するものではない。
【0030】
<コラーゲン分解物>
コラーゲン分解物は、上記のコラーゲンを酵素で分解したものである。コラーゲン分解物は、コラーゲンのトリプルヘリカルドメインの末端を切除した所謂アテロコラーゲンであってもよいし、任意の位置で切断し、より細かいアミノ酸長にした所謂コラーゲンペプチドを含んでいてもよい。特にコラーゲンの分解物にはLASCol(Low Adhesive Scaffold Collagen:低接着性コラーゲン)が含まれていてもよい。
【0031】
<コラーゲンまたはコラーゲンの分解物の少なくとも一部>
コラーゲン若しくはコラーゲン分解物の少なくとも一部は、結局のところ、コラーゲンのトリプルヘリカルドメインの少なくとも一部分を含んでいるものであり得る。つまり、コラーゲンまたはコラーゲンの分解物の少なくとも一部は、コラーゲンのトリプルヘリカルドメインの全体を含んでいてもよいし、トリプルヘリカルドメインの一部分を含んでいてもよい。また、コラーゲンまたはコラーゲンの分解物の少なくとも一部は、分解処理を受けていないコラーゲンであってもよいし、分解されたコラーゲンであってもよいし、これらの混合物であってもよいと言ってもよい。
【0032】
本明細書において「トリプルヘリカルドメイン」とは、「Gly-X-Y」(XおよびYは任意のアミノ酸)にて示されるアミノ酸配列が、少なくとも3個以上、より好ましくは少なくとも80個以上、より好ましくは少なくとも100個以上、より好ましくは少なくとも200個以上、より好ましくは少なくとも300個以上、連続するアミノ酸配列を含むドメインであって、コラーゲン中の螺旋構造の形成に寄与するドメインを意図する。
【0033】
トリプルヘリカルドメイン内で化学結合の切断が生じているポリペプチド鎖は、コラーゲンを構成する複数種類のポリペプチド鎖のうちの何れのポリペプチド鎖であってもよい。例えば、化学結合の切断が生じているポリペプチド鎖は、α1鎖、α2鎖、α3鎖のうちの何れであってもよい。化学結合の切断が生じているポリペプチド鎖は、上述したポリペプチド鎖のなかではα1鎖またはα2鎖の少なくとも一方であることが好ましい。化学結合の切断が生じているポリペプチド鎖は、上述したポリペプチド鎖のなかではα1鎖であることが更に好ましい。
【0034】
コラーゲン、および、コラーゲン分解物は、3つのポリペプチド鎖が螺旋構造を形成しているものであってもよい。あるいは、コラーゲン、および、コラーゲン分解物は、3つのポリペプチド鎖が螺旋構造を形成していないもの、または、3つのポリペプチド鎖が部分的に螺旋構造を形成していないものであってもよい。なお、3つのポリペプチド鎖が螺旋構造を形成しているか否かは、公知の方法(例えば、円偏光二色スペクトル)によって確認することができる。
【0035】
コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部は、基本的に3つのポリペプチド鎖を含んでいるが、3つのポリペプチド鎖のうちの1つのポリペプチド鎖にて化学結合の切断が生じていてもよいし、3つのポリペプチド鎖のうちの2つのポリペプチド鎖にて化学結合の切断が生じていてもよいし、3つのポリペプチド鎖の全てにて化学結合の切断が生じていてもよい。
【0036】
3つのポリペプチド鎖が螺旋構造を形成している場合には、複数の螺旋構造体によって、網目状の会合体が形成されていてもよいし、線維状の会合体が形成されていてもよい。本明細書において、網目状とは、水素結合または静電的相互作用、ファンデルワールス結合などによって分子が連なって立体的な網目をつくり、当該網目の間に隙間ができている構造を意図する。
【0037】
〔1.コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部の製造方法〕
コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部(コラーゲン等)は、(i)コラーゲン、(ii)ペプシンに代表されるアスパラギン酸プロテアーゼあるいはシステインプロテアーゼあるいはマトリックスメタロプロテアーゼによって、コラーゲンを分解する(より具体的に、ペプシンあるいはシステインプロテアーゼあるいはマトリックスメタロプロテアーゼによって、コラーゲンの両末端を部分的に切断するあるいはコラーゲン片側の末端を部分的に切断する)分解工程と、(iii)上記分解工程により得られた、コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部から溶媒を除去する除去工程と、を有している。以下に、下記工程について説明する。
【0038】
〔1-1.分解工程〕
上記分解工程では、コラーゲンをペプシンあるいはシステインプロテアーゼによって分解する。コラーゲンは<コラーゲン>の欄で説明した動物由来のコラーゲンとして入手する。コラーゲンは、周知の方法によって得ることができる。例えば、哺乳類、鳥類または魚類のコラーゲンに富んだ組織をpH1~4程度の酸性溶液に投入することによって、コラーゲンを溶出することができる。
【0039】
次に、コラーゲンを溶出させた溶出液にペプシンあるいはシステインプロテアーゼあるいはマトリックスメタロプロテアーゼなどのプロテアーゼを添加して、コラーゲン分子のアミノ末端および/またはカルボキシル末端のテロペプチドを部分的に除去する。更に、当該溶出液に塩化ナトリウムなどの塩を加えることによって、コラーゲン分解物を沈殿させることができる。
【0040】
システインプロテアーゼとしては、塩基性アミノ酸量よりも酸性アミノ酸量の方が多いシステインプロテアーゼ、酸性領域の水素イオン濃度において活性であるシステインプロテアーゼを用いることが好ましい。
【0041】
このようなシステインプロテアーゼとしては、カテプシンB[EC 3.4.22.1]、パパイン[EC 3.4.22.2]、フィシン[EC 3.4.22.3]、アクチニダイン[EC 3.4.22.14]、カテプシンL[EC 3.4.22.15]、カテプシンH[EC 3.4.22.16]、カテプシンS[EC 3.4.22.27]、ブロメライン[EC 3.4.22.32]、カテプシンK[EC 3.4.22.38]、アロライン、カルシウム依存性プロテアーゼなどを挙げることが可能である。
【0042】
これらの中では、パパイン、フィシン、アクチニダイン、カテプシンK、アロラインまたはブロメラインを用いることが好ましく、パパイン、フィシン、アクチニダイン、カテプシンKを用いることが更に好ましい。
【0043】
上述した酵素は、公知の方法によって入手することができる。例えば、化学合成による酵素の作製;細菌、真菌、各種動植物の細胞または組織からの酵素の抽出;遺伝子工学的手段による酵素の作製;などによって入手することができる。勿論、市販のシステインプロテアーゼを用いることも可能である。
【0044】
コラーゲンをシステインプロテアーゼによって分解する場合には、例えば、以下の方法にしたがえばよい。以下の方法は、あくまでも一例であって、本発明は、これらの方法に限定されない。
【0045】
適当な濃度に溶解させたコラーゲン溶液の具体的な構成としては特に限定されないが、例えば、水を用いることが可能である。
【0046】
上記コラーゲン溶液に含まれる塩の具体的な構成としては特に限定されないが、塩化物を用いることが好ましい。塩化物としては、特に限定されないが、例えば、NaCl、KCl、LiClまたはMgCl2を用いることが可能である。
【0047】
上記溶液(例えば、水)に溶解させるコラーゲンの量は特に限定されないが、例えば、100重量部~10000重量部の溶液に対して、1重量部のコラーゲンを溶解させることが好ましい。さらに、100重量部~1000重量部の溶液に対して、1重量部のコラーゲンを溶解させることが好ましい。
【0048】
上記構成であれば、溶液に対してシステインプロテアーゼが加えられた場合、当該システインプロテアーゼとコラーゲンとを効率よく接触させることができる。そして、その結果、コラーゲンをシステインプロテアーゼによって効率よく限定加水分解することができる。
【0049】
上記溶液に加えるシステインプロテアーゼの量は特に限定されないが、例えば、1000重量部のコラーゲンに対して、1重量部~100重量部のシステインプロテアーゼを加えることが好ましい。上記構成であれば、溶液中のシステインプロテアーゼの濃度が高いので、コラーゲンを酵素によって効率よく分解することができる。さらに、100重量部のコラーゲンに対して、0.1重量部~10重量部のシステインプロテアーゼを加えることが好ましい。
【0050】
溶液中でコラーゲンとシステインプロテアーゼとを接触させるときの他の条件(例えば、溶液のpH、温度、接触時間など)も特に限定されず、適宜、設定することができるが以下の範囲であることが好ましい。
【0051】
1)溶液のpHは、pH2.0~7.0が好ましく、pH2.5~6.5が更に好ましい。溶液のpHを上述した範囲に保つために、溶液に対して周知のバッファーを加えることが可能である。上記pHであれば、溶液中にコラーゲンを均一に溶解することができ、その結果、酵素反応を効率よく進めることができる。
【0052】
2)温度は特に限定されず、用いるシステインプロテアーゼに応じて温度を選択すればよい。例えば、当該温度は、15℃~40℃であることが好ましく、20℃~35℃であることがより好ましい。
【0053】
3)接触時間は特に限定されず、システインプロテアーゼの量、および/または、コラーゲンの量に応じて接触時間を選択すればよい。例えば、当該時間は、1時間~60日間であることが好ましく、1日間~7日間であることがより好ましく、3日間~7日間であることがさらに好ましい。
【0054】
なお、溶液中でコラーゲンとシステインプロテアーゼとを接触させた後、必要に応じて、pHを再調整する工程、酵素を失活させる工程、および、不純物を除去する工程からなる群より選択される少なくとも1つの工程を経てもよい。
【0055】
上記不純物を除去する工程は、物質を分離するための一般的な方法によって行うことができる。上記不純物を除去する工程は、例えば、透析、塩析、ゲル濾過クロマトグラフィー、等電点沈殿、イオン交換クロマトグラフィー、または、疎水性相互作用クロマトグラフィーなどによって行うことができる。
【0056】
上述したように、分解工程は、コラーゲンをシステインプロテアーゼによって分解することによって行うことが可能である。このとき、分解されるコラーゲンは、生体組織中に含有された状態のものであってもよい。つまり、分解工程は、生体組織と酵素とを接触させることによって行うことも可能である。
【0057】
生体組織としては、特に限定されず、その例として哺乳類または鳥類の真皮、腱、骨または筋膜、あるいは、魚類の皮膚または鱗を用いることができる。
【0058】
高い生理活性を維持し、かつ、多量にコラーゲン分解物を得るという観点からは、生体組織として真皮、腱、または骨を用いることが好ましい。
【0059】
生体組織として真皮、腱、または骨を用いる場合、酸性条件下で真皮、腱、または骨と酵素とを接触させることが好ましい。例えば、上記酸性条件としては、好ましくはpH1.0~6.5、更に好ましくはpH2.0~5.0、更に好ましくはpH2.5~4.0、最も好ましくはpH2.5~3.5である。
【0060】
より具体的に、上記分解工程では、システインプロテアーゼと真皮、腱、または骨とを接触させることによって、該真皮、該腱、または該骨に含まれるコラーゲンと、システインプロテアーゼとを接触させることが好ましい。
【0061】
(LASCol)
LASColは、以下のように定義されるコラーゲン分解物の一種である。コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメイン内の下記(1)にて示されるアミノ酸配列の、X1とX2との間の化学結合、X2とGとの間の化学結合、GとX3との間の化学結合、X4とGとの間の化学結合、または、X6とGとの間の化学結合が切断されている、コラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物、または、コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメイン内の下記(2)にて示されるアミノ酸配列の、X1とX2との間の化学結合、X2とGとの間の化学結合、GとX3との間の化学結合、X4とGとの間の化学結合、X6とGとの間の化学結合、GとX7との間の化学結合、または、X14とGとの間の化学結合が切断されている、コラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物、または、コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメインのアミノ末端の下記(3)にて示されるアミノ酸配列の、Y1とY2との間の化学結合が切断されている、コラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物、を含む。
(1)-G-X1-X2-G-X3-X4-G-X5-X6-G-;
(2)-G-X1-X2-G-X3-X4-G-X5-X6-G-X7-X8-G-X9-X10-G-X11-X12-G-X13-X14-G-;
(3)-Y1-Y2-Y3-G-Y4-Y5-G-Y6-Y7-G-Y8-Y9-G-;(但し、Gは、グリシンであり、X1~X14およびY1~Y9は、任意のアミノ酸である)。
【0062】
上記(1)または(2)にて示されるアミノ酸配列のトリプルヘリカルドメイン内における位置は、特に限定されない。例えば、上記(1)または(2)にて示されるアミノ酸配列は、トリプルヘリカルドメインの内部に存在していてもよいが、トリプルヘリカルドメインのアミノ末端に存在していることが好ましい(換言すれば、上記(1)または(2)にて示されるアミノ酸配列の中の最もアミノ末端側に配置されている「G」が、トリプルヘリカルドメインの中の最もアミノ末端側に配置されている「G」と一致することが好ましい)。
【0063】
上記(1)、(2)および(3)にて示されるアミノ酸配列のアミノ末端側に、1個以上、5個以上、10個以上、50個以上、100個以上、150個以上、200個以上、250個以上または300個以上の「Gly-X-Y」(XおよびYは任意のアミノ酸)が連続するアミノ酸配列が存在していてもよい。また、当該(1)、(2)および(3)にて示されるアミノ酸配列のカルボキシル末端側に、1個以上、5個以上、10個以上、50個以上、100個以上、150個以上、200個以上、250個以上または300個以上の「Gly-X-Y」(XおよびYは任意のアミノ酸)が連続するアミノ酸配列が存在していてもよい。
【0064】
上記X1~X6の各々は、任意のアミノ酸であり得、アミノ酸の種類は特に限定されない。また、X1~X6の各々は、少なくとも一部が同じ種類のアミノ酸であってもよいし、全てが異なる種類のアミノ酸であってもよい。
【0065】
例えば、X1~X6の各々は、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン、メチオニン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、アルギニン、リシン、ヒスチジン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒドロキシプロリン、ヒドロキシリシンのうちの何れであってもよい。
【0066】
更に具体的には、X1~X6のうち、X1、X3およびX5が同じアミノ酸であり、その他が別のアミノ酸であってもよい。
【0067】
更に具体的には、X1~X6のうち、X1、X3およびX5からなる群から選択される少なくとも1つがプロリンであり、その他が任意のアミノ酸であってもよい。
【0068】
更に具体的には、X1がプロリンであり、X2~X6が任意のアミノ酸であってもよい。
【0069】
更に具体的には、X1およびX3がプロリンであり、X2、X4~X6が任意のアミノ酸であってもよい。
【0070】
更に具体的には、X1、X3およびX5がプロリンであり、X2、X4およびX6が任意のアミノ酸であってもよい。
【0071】
更に具体的には、X1、X3およびX5がプロリンであり、X2が側鎖に硫黄原子を含むアミノ酸(例えば、システインまたはメチオニン)または側鎖に水酸基を含むアミノ酸(例えば、ヒドロキシプロリン、ヒドロキシリシンまたはセリン)であり、X4およびX6が任意のアミノ酸であってもよい。
【0072】
更に具体的には、X1、X3およびX5がプロリンであり、X2が側鎖に硫黄原子を含むアミノ酸(例えば、システインまたはメチオニン)であり、X4が脂肪族の側鎖を有するアミノ酸(例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシンまたはイソロイシン)または側鎖に水酸基を含むアミノ酸(例えば、ヒドロキシプロリン、ヒドロキシリシンまたはセリン)であり、X6が任意のアミノ酸であってもよい。
【0073】
更に具体的には、X1、X3およびX5がプロリンであり、X2が側鎖に硫黄原子を含むアミノ酸(例えば、システインまたはメチオニン)であり、X4が脂肪族の側鎖を有するアミノ酸(例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシンまたはイソロイシン)または側鎖に水酸基を含むアミノ酸(例えば、ヒドロキシプロリン、ヒドロキシリシンまたはセリン)であり、X6が側鎖に塩基を含むアミノ酸(例えば、アルギニン、リシンまたはヒスチジン)であってもよい。
【0074】
更に具体的には、X1、X3およびX5がプロリンであり、X2がメチオニンであり、X4がアラニンまたはセリンであり、X6がアルギニンであってもよい。
【0075】
上記(2)にて示されるアミノ酸配列では、X1~X6の各々は、上述したX1~X6と同じ構成であり得る。X7~X14の具体的な構成について、以下に説明する。
【0076】
上記X7~X14の各々は、任意のアミノ酸であり得、アミノ酸の種類は特に限定されない。また、X7~X14の各々は、少なくとも一部が同じ種類のアミノ酸であってもよいし、全てが異なる種類のアミノ酸であってもよい。
【0077】
例えば、X7~X14の各々は、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン、メチオニン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、アルギニン、リシン、ヒスチジン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒドロキシプロリン、ヒドロキシリシンのうちの何れであってもよい。
【0078】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8、X9、X10、X12およびX13が同じアミノ酸であり、その他が別のアミノ酸であってもよい。
【0079】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8、X9、X10、X12およびX13からなる群から選択される少なくとも1つがプロリンまたはヒドロキシプロリンであり、その他が任意のアミノ酸であってもよい。
【0080】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8がプロリンまたはヒドロキシプロリンであり、その他が任意のアミノ酸であってもよい。
【0081】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8およびX9がプロリンまたはヒドロキシプロリンであり、その他が任意のアミノ酸であってもよい。
【0082】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8、X9およびX10がプロリンまたはヒドロキシプロリンであり、その他が任意のアミノ酸であってもよい。
【0083】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8、X9、X10およびX12がプロリンまたはヒドロキシプロリンであり、その他が任意のアミノ酸であってもよい。
【0084】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8、X9、X10、X12およびX13がプロリンまたはヒドロキシプロリンであり、その他が任意のアミノ酸であってもよい。
【0085】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8、X9、X10、X12およびX13がプロリンまたはヒドロキシプロリンであり、X7が脂肪族の側鎖を有するアミノ酸(例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシンまたはイソロイシン)であり、その他が任意のアミノ酸であってもよい。
【0086】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8、X9、X10、X12およびX13がプロリンまたはヒドロキシプロリンであり、X7およびX11が脂肪族の側鎖を有するアミノ酸(例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシンまたはイソロイシン)であり、その他が任意のアミノ酸であってもよい。
【0087】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8、X9、X10、X12およびX13がプロリンまたはヒドロキシプロリンであり、X7およびX11が脂肪族の側鎖を有するアミノ酸(例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシンまたはイソロイシン)であり、X14が親水性でありかつ非解離性の側鎖を有するアミノ酸(セリン、スレオニン、アスパラギンまたはグルタミン)であってもよい。
【0088】
更に具体的には、X7~X14のうち、X8、X9、X10、X12およびX13がプロリンまたはヒドロキシプロリンであり、X7がロイシンであり、X11がアラニンであり、X14がグルタミンであってもよい。
【0089】
上記(3)にて示されるアミノ酸配列は、トリプルヘリカルドメインのアミノ末端に位置している。つまり、Y3とY4との間に位置しているGは、トリプルヘリカルドメイン内の最もアミノ末端側に位置しているグリシンを示している。そして、Y1、Y2およびY3は、コラーゲンを構成する複数種類のポリペプチド鎖内において、トリプルヘリカルドメインよりもアミノ末端側に位置しているアミノ酸を示している。
【0090】
上記Y1~Y9の各々は、任意のアミノ酸であり得、アミノ酸の種類は特に限定されない。また、Y1~Y9の各々は、少なくとも一部が同じ種類のアミノ酸であってもよいし、全てが異なる種類のアミノ酸であってもよい。
【0091】
例えば、Y1~Y9の各々は、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン、メチオニン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、アルギニン、リシン、ヒスチジン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒドロキシプロリン、ヒドロキシリシンのうちの何れであってもよい。
【0092】
更に具体的には、Y3がプロリンであり、Y1およびY2が任意のアミノ酸であってもよい。
【0093】
更に具体的には、Y3がプロリンであり、Y1およびY2が脂肪族の側鎖を有するアミノ酸(例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシンまたはイソロイシン)または側鎖に水酸基を含むアミノ酸(ヒドロキシプロリン、ヒドロキシリシンまたはセリン)であってもよい。
【0094】
更に具体的には、Y3がプロリンであり、Y1がアラニンまたはセリンであり、Y2がバリンであってもよい。
【0095】
このとき、Y4~Y9の具体的な構成は、特に限定されないが、Y4とX1とが同じアミノ酸であり、Y5とX2とが同じアミノ酸であり、Y6とX3とが同じアミノ酸であり、Y7とX4とが同じアミノ酸であり、Y8とX5とが同じアミノ酸であり、Y9とX6とが同じアミノ酸であってもよい。
【0096】
より具体的に、X1およびY4がプロリンであり、X2およびY5がメチオニンであり、X3およびY6がプロリンまたはロイシンであり、X4およびY7がアラニン、セリンまたはメチオニンであり、X5およびY8がプロリンまたはセリンであり、X6およびY9がアルギニンであり、X7~X14およびY1~Y3が任意のアミノ酸であってもよい。
【0097】
〔1-2.除去工程〕
除去工程は、分解工程により得られた、コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部から溶液を除去する工程である。除去工程では、溶液のみならず、不要な低分子化合物などの不純物を除去してもよい。除去工程は、例えば、透析、限外ろ過、凍結乾燥、風乾、エバポレーター、噴霧乾燥、または、これらの組み合わせによって行われ得る。
【0098】
コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部から上記透析または限外ろ過を実施することにより、溶液(例えば水)以外の不要な低分子化合物などの不純物を除くことができる。溶液に含まれる不要な低分子化合物の量が無視できる量になるまで、透析または限外ろ過を繰り返し行ってもよく、透析と限外ろ過とを組み合わせて行ってもよい。コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部が変性することを防ぐという観点から、除去工程は、低温下で行われることが好ましい。なお、上述した透析または限外ろ過等の方法は周知の方法であるので、ここでは、その説明を省略する。
【0099】
上記凍結乾燥、風乾、エバポレーターまたは噴霧乾燥は、水などの溶液を除くことができる。コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部が変性することを防ぐという観点から、当該除去工程は、低温下で行われることが好ましい。凍結乾燥の前処理における凍結工程は、-80℃の超低温冷凍庫を用いて凍結させてもよく、プログラムフリーザーを用いて最終-80℃まで降温し凍結してもよく、プログラムフリーザーを用いて予備凍結後に-80℃の超低温冷凍庫を用いて凍結させてもよい。上述した凍結乾燥、風乾、エバポレーターまたは噴霧乾燥等の方法は周知の方法であるので、ここでは、その説明を省略する。
【0100】
〔2.生体材料〕
本発明に係る生体材料における、コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部は、上述した〔1.コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部の製造方法〕の欄にて説明した製造方法によって製造され得る。本発明に係る生体材料は、コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部と特定のアミノ酸を溶媒に再溶解させたものである。ここで、溶媒は水が好適に利用できる。
【0101】
〔2-1.生体材料の構成要素〕
本発明に係る生体材料における、コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部の濃度は、好ましくは0.10mg/ミリリットル以上、より好ましくは0.2mg/ミリリットル以上、より好ましくは0.4mg/ミリリットル以上、より好ましくは0.6mg/ミリリットル以上、より好ましくは0.8mg/ミリリットル以上、最も好ましくは1.0mg/ミリリットル以上である。
【0102】
本発明に係る生体材料における、コラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部の濃度の上限値は、特に限定されず、例えば、5mg/ミリリットル、10mg/ミリリットル、20mg/ミリリットル、30mg/ミリリットル、40mg/ミリリットル、50mg/ミリリットル、60mg/ミリリットル、80mg/ミリリットル、100mg/ミリリットル、150mg/ミリリットル、または、180mg/ミリリットルであってもよい。
【0103】
生体材料のコラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部の濃度の測定方法は、特に限定されず、例えば、後述する実施例に記載の方法にて濃度を測定することができる。
【0104】
本発明に係る生体材料には、アルギニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、リシン、ヒスチジン、トリプトファン、グリシンの少なくとも一種が含まれる。それらの濃度は、0.5mmol/Lから500mmol/L、好ましくは5mmol/Lから300mmol/L、さらに好ましくは10mmol/Lから150mmol/Lであっても良い。
【0105】
本発明に係る生体材料のコラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部を含む溶液に含まれる該アミノ酸の濃度は、1mmol/L~150mmol/Lが好ましく、2mmol/L~100mmol/Lであれば、より好ましく、5mmol/L~80mmol/Lであれば最もこのましい。
【0106】
本発明に係る生体材料に含まれるコラーゲンまたはコラーゲン分解物の少なくとも一部およびアミノ酸以外の成分は、生体に対して安全に使用できる点以外は特に限定されず、例えば、元素(例えば、カルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、クロライド、亜鉛、鉄、および銅、または、これらのイオン)、無機酸(リン酸、酢酸、および炭酸、または、これらのイオン)、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化リチウムのような塩化物、有機酸(ピルビン酸、アセチルCoA、クエン酸、オキサロ酢酸、コハク酸、およびフマル酸、または、これらのイオン)、緩衝液(カコジル酸、トリス塩酸、PIPES、エチレンジアミン、イミダゾール,亜セレン酸、MOPS、HEPES)、低分子化合物(例えば、CaCO3)、核酸(DNA、RNA、プラスミド)、ヌクレオシド、ヌクレオチド、ATP、GTP、NADH、FADH2、siRNA、miRNA、脂質、タンパク質、サイトカイン、成長因子(例えば、EGF、FGF、bFGF、IGF-1、PDGF、および、インスリン)、単糖(グルコース、フコース、グルコサミン、フラクトース、)、多糖(ラクトース、ヒアルロン酸、トレハロース、アミロース、ペクチン、セルロース、グリコーゲン、デンプン、およびキチン)、化学合成薬剤、天然薬剤、酵素、ホルモン(テストステロン、ジヒドロテストステロン、エストロン、エストラジオール、プロゲステロン、黄体化ホルモン、卵胞刺激ホルモン、甲状腺ホルモン)、タンパク質(ウシ血清アルブミン、卵白アルブミン、抗体)、抗生物質、抗がん剤、プロテオグリカン、抗体、エキソソーム、細胞破砕成分、および、これらの混合物などが挙げられる。
【0107】
またそれら成分の濃度は、0.01mmol/L~500mmol/Lが好ましく、0.05mmol/L~100mmol/Lであれば、より好ましく、0.10mmol/L~
50mmol/Lであれば最も好ましい。
【0108】
〔2-2.生体材料の性質〕
本発明に係る生体材料は、生体に対しての注入材若しくは塗布材として様々な用途に利用することが可能である。また、生体材料は生体の治療等に用いる場合は、生体医薬材料と呼ぶことができる。また、本発明の生体材料は、生体内若しくは生体表面で使用するのではなく、試験管内でのin vitroで試薬として用いることもできる。
【0109】
[2-2-1.足場材]
最近では再生医療として利用される細胞治療が開発されている。細胞治療で投与される細胞は特に限定されないが、例えば、間葉系幹細胞、脂肪由来幹細胞、羊膜由来幹細胞、iPS細胞由来分化細胞、ES細胞由来分化細胞、Muse細胞、神経幹細胞、線維芽細胞、上皮細胞などどんなものであっても良い。数千から数十億個の細胞だけを静脈などから投与した場合、目的とする幹部に到達する該細胞数は投与細胞数の数%に過ぎない場合も報告されている。
【0110】
本発明に係る生体材料は、患部近位に足場として細胞と共に投与することが考えられる。しかしながら細胞足場を細胞と共に混合して患者に注入する場合、これまでのコラーゲン等溶液では該細胞と混ぜ合わせて患者に注入する前にコラーゲン等は容易に線維化する。線維化したコラーゲン等と細胞を加圧しながら注入することは細胞を傷つけ、有効な細胞数が減少する為に治療効果が低下する。
【0111】
また注入した部位でコラーゲン等が線維化して内在細胞の浸潤が起こしにくくなる。よって、手術前の該細胞とコラーゲン等の混合液は粘性が低く注入時に過度な圧力が発生しないことが重要である。しかも、期待される該細胞の機能がコラーゲン等と接触することにより低減しないことが必要不可欠である。該細胞と共に生体内に注入されたコラーゲン等は線維化して不溶化することで該細胞の足場となり、該細胞が患部に適切に滞留できることが求められる。該アミノ酸を添加したコラーゲン等溶液は以上のような該細胞の機能を損なうことなく発揮させるものである。一方で、生体内圧力に関係なく速やかに注入するためにコラーゲン濃度を低くすると、局所に注入したコラーゲン溶液がコラーゲン線維を形成せず、該細胞足場としての機能が発揮できないことが想定される。
【0112】
[2-2-2.生体注入材]
本発明に係る生体材料は、特定のアミノ酸を添加することで物性変化を抑制することが可能である。特に、本発明に係る生体材料は、注入時には粘性が低く、注入後体温で粘度が上昇するような、機能的材料として働かせることができる。したがって、生体内に注入される際の問題になる、高濃度では粘性が高くてシリンジから細い注射針を通して吐出することが困難という課題を一気に解消することが可能である。
【0113】
より具体的には、手術室を20℃から30℃と想定してそこに高濃度コラーゲン等溶液を放置した場合、中性pHでアミノ酸を添加しないコラーゲン等は徐々に線維化が進行し、粘性が高くなり生体内の圧力下ではシリンジから注入することはできない。
【0114】
一方、該当アミノ酸を適切な濃度で高濃度コラーゲンに添加すると、中性pHで20℃から30℃で数時間は粘性変化が生じない。よって手術室での生体材料の利用が大幅に改善される。
【0115】
[2-2-3.DDSのキャリア]
生体内に注入されたコラーゲン等は体温で線維化することにより高分子化して高密度となり、局所滞留時間が長くなる。そのためドラッグデリバリーのキャリアとしての利用することができる。使用法としては、DDS溶液として本発明に係る生体材料をキャリアーとして用い、患部にシリンジ等で直接注入する等が考えられる。
【0116】
[2-2-4.成形外科用生体材料]
特に美容整形の分野でコラーゲン、アテロコラーゲン、ヒアルロン酸が皮膚のシワ取りといった分野で利用されている。本発明に係る生体材料は、シワ取り用にヒアルロン酸を注入する程度の細い針でも容易に通過することができる。したがって、真皮に対して直接針を刺し、生体材料を注入することができる。また、本発明の生体材料にコラーゲン等としてLASColを用いると、LASColが細胞のリクルート能力、組織修復再生能を有しており、新たな真皮細胞を増加させることができる。
【0117】
[2-2-5.その他の具体的利用]
その他の具体的な利用としては、神経再建材や止血材、皮膚外傷治療材、骨再生材、軟骨再生材、皮膚再生材、骨膜再生材、腱再生材、脳圧調整材、癒着防止材にも応用可能となる。
【実施例0118】
〔実施例1.コラーゲン等溶液の作製〕
実施例で用いたアテロコラーゲンは、新田ゼラチン株式会社で市販されているブタ真皮由来のCellmatrix Type I-Cを用いた。購入した3mg/mLのアテロコラーゲンを市販されている透析チューブに入れて超純水に容量比で1億倍になるように透析し、5μmのフィルターでろ過し、-80℃の超低温冷凍庫内で凍結した。続けて、凍結乾燥機(EYLA、FDU-2200)を用いて常法にて凍結乾燥させた。凍結乾燥したアテロコラーゲン100mgに5mM塩酸を加えて、20mg/mLになるように調製し、当該溶液を、0℃~10℃の冷蔵庫内で、3日~10日間、静置した。その間、当該溶液をときどき泡立てずに穏やかに混合し、アテロコラーゲンを完全に溶解させた。
【0119】
当該アテロコラーゲンが完全に溶解した溶液の添加剤として、100mMリン酸緩衝液pH7.4に333mMアルギニン(Arg)、100mMリン酸緩衝液pH7.4に333mMアスパラギン酸(Asp)、100mMリン酸緩衝液pH7.4に333mMグルタミン酸(Glu)、100mMリン酸緩衝液pH7.4に167mMリシン(Lys)、100mMリン酸緩衝液pH7.4に223mMヒスチジン(His)、100mMリン酸緩衝液pH7.4に41.6mMトリプトファン(Trp)、100mMリン酸緩衝液pH7.4に333mMプロリン(Pro)、100mMリン酸緩衝液pH7.4に333mMグリシン(Gly)を溶解した溶液をそれぞれ作製した。そのほかに、93mMロイシン(Leu)、167mMイソロイシン(Ile)、333mMバリン(Val)、333mMトレオニン(Thr)、333mMアラニン(Ala)を100mMになるように調製した100mMリン酸緩衝液を作製した。それぞれのサンプルは、括弧内の省略文字で表す。
【0120】
比較例として、アミノ酸を含まない100mMリン酸緩衝液pH7.4溶液を使用し、上記と同様の方法でアテロコラーゲン溶液を作製した。このサンプルを「PB」とした。なお、凍結乾燥したアテロコラーゲンに5mM塩酸を添加して、アテロコラーゲン濃度が高い溶液を得ようとしたが、アテロコラーゲン濃度が20mg/mLである溶液が得られたのみであって、20mg/mLを超えるアテロコラーゲン濃度の溶液を、アテロコラーゲンが完全に溶解した状態で得ることは物理的にできなかった。
【0121】
〔実施例2.写真観察〕
次に、20mg/mLのアテロコラーゲン溶液を7容量に対して添加剤を含む溶液を3容量加えてよく混合した。つまり、ポジティブディスプレイスメント式ピペットを用いて氷冷した20mg/mLのアテロコラーゲン溶液を210μL計り取り、添加剤を含む100mmol/Lリン酸緩衝液90μLを加えた。2液が完全に混合したことを目視で確認後、培養皿に150μL滴下し、25℃にて30分間放置して写真を撮影した(オリンパス株式会社、TG 4)。そのあと、速やかに37℃に設定したヒートプレートに該当培養皿を置き、5分後と30分後の変化を写真撮影した。その結果を
図1に示す。
【0122】
全てのアミノ酸が添加されたサンプルで、最終アテロコラーゲン濃度は14mg/mL、リン酸緩衝液は33mMとなる。アルギニン(Arg)、アスパラギン酸(Asp)、グルタミン酸(Glu)、グリシン(Gly)を添加したサンプルのアミノ酸濃度は100mMとなった。また、リシン(Lys)、ヒスチジン(His)、トリプトファン(Trp)、プロリン(Pro)を添加したサンプルのアミノ酸濃度は、それぞれ、50mM、67mM、12mM、100mM、100mMとなった。
【0123】
図1を参照して、上段には添加剤がそれぞれアルギニン(Arg)、アスパラギン酸(Asp)、グルタミン酸(Glu)、ヒスチジン(His)、リシン(Lys)、リン酸緩衝液(PB)の場合を示した。また下段にはトリプトファン(Trp)、プロリン(Pro)、グリシン(Gly)について示した。両段とも、25℃で30分間放置(25℃、30min)と37℃で30分間放置(37℃、30min)を上下2行に並べて表示した。
【0124】
図1の上段より、コントロールのリン酸緩衝液(PB)だけでは、25℃で30分間静置すると、アテロコラーゲンが白濁した。一方、Arg、Asp、Glu、His、Lysを添加したアテロコラーゲン溶液は25℃で白濁する傾向が低かった。特に、Arg、Asp、Gluは濁らずに透明に維持された。よって、あらかじめ添加材を加えておくことで、コントロールと異なる濁度変化が起こることが示された。
【0125】
一般に哺乳動物由来のアテロコラーゲンを含むコラーゲンは37℃付近に温めると分子同士が規則正しく結合して線維を形成することが知られる。この温度は動物の体温と密接に関連している。形成したコラーゲン線維は不溶性であり、線維が大きくなると白濁して観測できる性質がある。そこで、本実施例で25℃に保温したアテロコラーゲンを4℃/minの昇温レート37℃まで昇温させ30分間静置することにより形成するアテロコラーゲン線維を観察した。
【0126】
図1の上段の第2行目は、37℃で30分静置した結果の写真である。全ての試験群で白濁し、添加物の有無に関わらずアテロコラーゲンは線維化した。
【0127】
図1の下段には添加剤をトリプトファン(Trp)、プロリン(Pro)、グリシン(Gly)のサンプルの結果を示す。上段の場合とは異なり、これらのアミノ酸は25℃30分放置においても明瞭に白濁した。
【0128】
図2は、非極性無電荷に分類されるアミノ酸(バリン(Val)、ロイシン(Leu)、イソロイシン(Ile)、アラニン(Ala))と極性無電荷側鎖アミノ酸のトレオニン(Thr)を添加した場合の結果である。コントロールとしてリン酸緩衝液(PB)も示した。それぞれの添加物について上の行は25℃で30分(室温、30minと記載した。)放置の結果であり、下の行は37℃で30分(37℃、30minと記載した。)の結果である。
【0129】
これらのアミノ酸を加えた試料は、コントロールのリン酸緩衝液の場合と同様に25℃で30分の放置においても完全に白濁した。よって、
図1の上段に示したアルギニン(Arg)、アスパラギン酸(Asp)、グルタミン酸(Glu)、ヒスチジン(His)、リシン(Lys)はアテロコラーゲンの線維形成に温度特性の観点から何らかの作用で影響することが示唆された。つまり、該アミノ酸はコラーゲン分子間の結合を阻害すると考えられ、4℃~30℃で凝集を抑制し、31℃~43℃でも同様に抑制するアミノ酸、31℃~43℃で線維化を抑制しないアミノ酸に分けられる。
【0130】
〔実施例3.添加物共存下でのアテロコラーゲン溶液の温度変化に伴う吸光度変化〕
上記実施例1と同様の方法で、凍結乾燥したアテロコラーゲンを20mg/mLとなるように5mM塩酸溶液を加えて完全に溶解させ、アテロコラーゲン溶液を調製した。このアテロコラーゲン溶液の容量比を7とし、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リシン、ヒスチジンの添加物を溶解したリン酸緩衝液の容量比を3として混合して4℃で一晩放置した。
【0131】
各アミノ酸の濃度は、C1からC4までの4濃度を設定した。アルギニン(Arg)、グルタミン酸(Glu)、アスパラギン酸(Asp)の濃度はC1からC4にかけて100mM、75mM、50mM、25mMである。リシン(Lys)は同様に、C1からC4にかけて50mM、40mM、30mM、20mMで、ヒスチジン(His)は、67mM、50mM、40mM、20mMとした。なお、コントロールとしてアミノ酸の含まれていないリン酸緩衝液を3容量比加えたものも用意した。
【0132】
これらの試料を96ウエルプレートの1ウエルに200マイクロリットルそれぞれ注入し、4℃で30分間放置して540nmの吸光度をプレートリーダーで測定した。その後、プレートを同様に37℃で30分静置した後に540nmの吸光度を測定した。また、さらに4℃で30分放置して540nmの吸光度をプレートリーダーで測定した。さらに、プレートを同様に37℃で30分静置した後に540nmの吸光度を測定した。
【0133】
それぞれの作業時のプレートの撮影像を
図3に示す。
図3を参照して、ウエル横方向にはアミノ酸種を縦方向には各濃度(C1からC4)を示した。各アミノ酸の濁度変化に濃度依存が認められた。つまり、アミノ酸濃度が高いと37℃での濁度は低くなり、アミノ酸濃度が低いと37℃での濁度は高くなることが示された。一方、PBのウエルは一度37℃に暴露すると濁度が減少しにくいことが示された。よって、アミノ酸が直接、コラーゲン分子間の結合を濃度依存的に阻害することが証明された。
【0134】
次に新しいプレートを用いて、濃度が20mg/mLのコラーゲンと、100mMのアルギニン、100mMのアスパラギン酸、100mMのグルタミン酸、50mMのリシン、67mMのヒスチジンをそれぞれ個別に容量比で7対3で混合し、4℃から25℃に、さらに37℃にそれぞれ30分間放置した後に540nmの吸光度を測定した。次に25℃から37℃への昇温と37℃から25℃への降温の同様の作業を3回繰り返し、各温度で540nmの吸光度を測定した結果をまとめて
図4に示す。
【0135】
540nmの吸光度は、それぞれの添加物を加えた溶液で可逆的に変化した。添加物を加えた溶液での25℃の吸光度は、繰り返し37℃30分放置を経験しても0.4を下回った。この結果は該当するアミノ酸を適切な濃度で共存させると、アテロコラーゲンが分子と線維との形態に可逆的に変化することを示している。
【0136】
一方,添加物を含まない溶液(PB)での25℃の吸光度は0.8程度であることから、分子状態と細かな線維状態が混在すると考えられる。また、吸光度は光を遮る線維の太さと長さに左右され、大きな線維は吸光度が高くなり、細かな線維は吸光度が低くなると考えられる。よって、該当するアミノ酸が含まれることで、アテロコラーゲンが線維を形成する際の線維の大きさが添加物を含まない溶液(PB)の線維の太さと異なるものと推察した。
【0137】
〔実施例4.アテロコラーゲン溶液の吸光度変化添加物濃度依存〕
上記実施例1と同様の方法で、凍結乾燥したアテロコラーゲンを20mg/mLとなるように5mM塩酸溶液を加えて完全に溶解させたアテロコラーゲン溶液を調製した。一方添加剤溶液として、0、25、50、75、100mMのアルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リシン、ヒスチジンを含有させた該当アミノ酸添加溶液を調製した。
【0138】
アテロコラーゲン溶液の容量比を7とし、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リシン、ヒスチジンの添加物の濃度を増減させたリン酸緩衝液の容量比を3として混合して4℃で一晩放置した。
【0139】
これらアテロコラーゲン溶液とアミノ酸添加溶液を混合した溶液を96ウエルプレートの1ウエルに200マイクロリットルそれぞれ注入し、4℃、25℃、37℃での30分間放置した後の540nmの吸光度をプレートリーダーで測定した。ヒスチジンを添加した実験の結果を
図5、リシンを添加した実験の結果を
図6、アスラパラギン酸を添加した実験の結果を
図7、グルタミン酸を添加した実験の結果を
図8、アルギニンを添加した実験の結果を
図9に示す。各グラフに共通して、横軸は各添加剤の濃度(mM)であり、縦軸は540nmの吸光度(無単位)である。
【0140】
全ての添加物において、50mM程度を加えると25℃と4℃の濁度が変わらなくなることが明らかになった。アスパラギン酸(
図7)とアルギニン(
図9)では、25mM程度を加えることで25℃の濁度が劇的に低下し(吸光度が低下し)、4℃の濁度と変わらなくなった。つまり、該当するアミノ酸とコラーゲンを共存させることで、室温でも透明度の高いコラーゲン溶液を得ることができる。
【0141】
〔実施例5.添加物を加えたアテロコラーゲン溶液の吸光度変化〕
上記実施例1と同様の方法で、凍結乾燥したアテロコラーゲンを10mg/mLとなるように5mM塩酸溶液を加えて完全に溶解させたアテロコラーゲン溶液を調製した。また、アルギニンの濃度を0、30、50、75、100mMとした添加物溶液を調製した。当該アテロコラーゲン溶液の容量比を7とし、各濃度の添加物溶液の容量比を3とし、それぞれを混合して4℃で一晩放置した。
【0142】
このときのアテロコラーゲンの濃度は0.2mg/mLとした。上記の各混合液を1cmセルに注入し、25℃から37℃まで昇温させて313nmの吸光度変化を紫外可視分光光度計にて測定した。結果を
図10に示す。
【0143】
図10を参照して、横軸は時間(分)であり、縦軸は波長313nmの吸光度(任意単位)である。時間が0分の場合の温度は25℃で、19分後に37℃となる。アルギニン0mMと比較して75mM程度を加えることにより、濁度上昇が劇的に低下することが示された。つまり、該当する適量の添加剤をコラーゲン溶液に加えることで線維形成が著しく低下した。
【0144】
以上のように、コラーゲンの線維化を任意に抑制させることが可能となるので、生体に注入する前の溶液状態を注入後の体内でも維持させることができる。つまり、手術室で注入前のコラーゲンが線維化して生体内への注入に支障が生じることを、添加したアルギニンは防ぐことができるので、医療分野への展開が期待される。
【0145】
〔実施例6.アルギニン添加アテロコラーゲン溶液の周波数変化による粘弾性特性〕
上記実施例1と同様の方法で、凍結乾燥したアテロコラーゲンを20mg/mLとなるように5mM塩酸溶液を加えて完全に溶解させたアテロコラーゲン溶液を調製した。添加剤溶液として、アルギニン、グルタミン酸、ヒスチジン、リシンの濃度を100mMになるように20mMリン酸緩衝液で調製した。アテロコラーゲン溶液と各添加剤溶液を混合して4℃で一晩放置した。アテロコラーゲンの最終濃度は14mg/mLとした。
【0146】
これらの試料をレオメーターの試料台に設置し、貯蔵弾性率(G’,Pa)の時間変化を測定した。その測定結果を
図11に示す。
図11を参照し、横軸は測定開始からの経過時間(分)であり、縦軸は貯蔵弾性率G’(Pa)である。測定開始後10分までは25℃で保温、その後速やかに37℃に昇温し15分間保温した。そのあと、25℃まで降温して10分間そのまま測定した。
【0147】
リン酸緩衝液(PB)だけでは、アテロコラーゲンの貯蔵弾性率は25℃でさえ上昇することが示され、37℃に昇温するとさらに上昇することが分かった。また、25℃に降温しても最初の貯蔵弾性率までは戻らなかった。一方、グルタミン酸(Glu)、ヒスチジン(His)、リシン(Lys)を添加したアテロコラーゲンは、25℃では貯蔵弾性率はほとんど変化せず、37℃に昇温することで貯蔵弾性率は急激に上昇した。
【0148】
またその後、25℃に降温すると、著しく減少することが示された。アルギニン(Arg)を添加したアテロコラーゲン溶液は、温度を加えても冷やしても貯蔵弾性率は全く変化しないことが明らかになった。よって、添加するアミノ酸によってアテロコラーゲンの貯蔵弾性率の変化を制御することが可能となり、言い換えれば、温度変化によるアテロコラーゲン分子間の凝集を思い通りに決めることができる。
【0149】
しかも、グルタミン酸(Glu)とリシン(Lys)を添加したアテロコラーゲンの37℃の貯蔵弾性率はなにも添加しないアテロコラーゲンより高い貯蔵弾性率になることも分かった。
【0150】
〔実施例7.アルギニン添加アテロコラーゲン溶液の周波数変化による粘弾性特性〕
上記実施例1と同様の方法で、凍結乾燥したアテロコラーゲンを20mg/mLとなるように5mM塩酸溶液を加えて完全に溶解させたアテロコラーゲン溶液を調製した。また、アルギニン濃度を、0、50、75、100mMとした添加剤溶液を調製した。当該アテロコラーゲン溶液の容量比を7とし、各添加剤溶液の容量比を3としてアテロコラーゲン溶液と各添加剤溶液をそれぞれ混合して4℃で一晩放置した。
【0151】
これらの試料をレオメーターの試料台に設置し、37℃に加温して10分間放置した。その後、周波数変化での貯蔵弾性率(G’,Pa)と複素粘度(η,Pa・s)を測定し
た。アテロコラーゲンの貯蔵弾性率の測定結果を
図12(a)、複素粘度の測定結果を
図12(b)に示す。
【0152】
図12を参照し、両グラフとも横軸は周波数(Hz)であり、縦軸は
図12(a)が貯蔵弾性率(Pa)であり、
図12(b)は複素粘度(Pa・s)である。50mMのアルギニンを添加した試料(ひし形◆)は、周波数変化による貯蔵弾性率の曲線はアルギニンを入れない試料(丸●)と周波数特性は同じ傾向で貯蔵弾性率および複素粘度が低下した。一方、75mM以上添加した場合(四角■および三角▲)は、アルギニンを添加しない試料に対して周波数特性自体が変化した。すなわち、周波数が高くなるほど貯蔵弾性率が高くなり、複素粘度が低下した。全体に低値となり、75mM以上で曲線の形状が異なることが示された(
図12a)。また複素粘度も同様にアルギニンにより曲線の形状が全く異なることが分かった(
図12b)。
【0153】
0.1Hzの測定では、アルギニン非添加(0mM Arg)の試料の貯蔵弾性率は、アルギニンを100mM添加することにより、465Paから3.5Paまで比率に換算すると、1/133に低下した(
図12(a)参照。)。複素粘度も同様で、755Pa・sから8.4Pa・sまで比率に換算すると、1/90に低下した(
図12(b)参照。)。また、高周波数側ではアルギニンを添加することで貯蔵弾性率(G‘)も複素粘度(η)も増加することが確認された。これまでに、このような特性を与えるコラーゲンを単独で調製することは報告されていない。
【0154】
つまり、アルギニン添加により、アテロコラーゲンの粘弾性特性が大きく変動することが明らかとなった。本発明の生体材料に、アテロコラーゲンを用いた場合、所望の貯蔵弾性率と複素粘度にすることが可能であることがわかる。
【0155】
〔実施例8.アルギニン添加LASCol溶液の周波数変化による粘弾性特性〕
上記実施例1と同様の方法で、凍結乾燥したLASColを20mg/mLとなるように5mM塩酸溶液を加えて完全に溶解させた。アルギニン濃度は、0、30、50、75、100mMとした。当該LASColが完全に溶解した溶液の容量比を7とし、アルギニンの濃度を増減させた100mMリン酸緩衝液の容量比を3として混合して4℃で一晩放置した。
【0156】
これらLASColと溶解した添加物が共存する試料もしくは添加物を含まない試料をレオメーターの試料台に設置し、37℃に加温して10分間放置した。その後、周波数変化での貯蔵弾性率(G’,Pa)と複素粘度(η,Pa・s)を測定した。LASCol
の貯蔵弾性率の測定結果を
図13(a)、複素粘度の測定結果を
図13(b)に示す。
【0157】
50mMのアルギニンを添加することで周波数変化による貯蔵弾性率は全体に低値となり、75mM以上で曲線の形状が異なることが示された(
図13a)。また複素粘度も同様にアルギニン添加により曲線の形状が全く異なることが分かった(
図13b)。
【0158】
0.1Hzの測定では、アルギニン非添加のコラーゲンの貯蔵弾性率はアルギニンを100mM添加することにより、342Paから0.2Paまで比率に換算すると、1/1710に低下した。複素粘度も同様で、568Pa・sから0.7Pa・sまで比率に換算すると、1/811まで低下した。
【0159】
つまり、アルギニン添加により、LASColの粘弾性特性が劇的に変化することが明らかとなった。本発明の生体材料では、LASColを用いた場合であっても、所望の貯蔵弾性率と複素粘度にすることが可能である。
【0160】
生体注入材としては、例えば高濃度コラーゲンをシリンジから注射針を通して生体内に注入する際、該当するアミノ酸が添加されている方が貯蔵弾性率も複素粘度も低下するので、吐出操作が容易になる。つまり、高濃度のコラーゲンをシリンジで体内に注入することができる。現在確認できているところでは、1Hzの貯蔵弾性率が100Pa以下であれば、27Gの注射針を抵抗なく通過することができている。
【0161】
よって手術者の負担を減らすとともに適量を再現性良く注入することも可能となり、患者が得る治療効果が高まると考えられる。これまでは物性変化(線維化)のリスクがあるために不可能であった高濃度コラーゲン溶液の運搬輸送も実現可能となる。
【0162】
〔実施例9.グリシン、トリプトファンまたはアルギニン添加アテロコラーゲン溶液の粘弾性特性の経時的変化〕
上記実施例1と同様の方法で、凍結乾燥したアテロコラーゲンを20mg/mLとなるように5mM塩酸溶液を加えて完全に溶解させたアテロコラーゲン溶液を調製した。添加剤溶液として、グリシン、トリプトファン、アルギニンの濃度をそれぞれ100mM、10mM、100mMになるように33mMリン酸緩衝液で調製した。アテロコラーゲン溶液と各添加剤溶液を混合して4℃で一晩放置した。アテロコラーゲンの最終濃度は14mg/mLとした。
【0163】
これらの試料をレオメーターの試料台に設置し、貯蔵弾性率(G’,Pa)の時間変化を測定した。その測定結果を
図14に示す。
図14を参照し、横軸は測定開始からの経過時間(分)であり、縦軸は貯蔵弾性率G’(Pa)である。
【0164】
リン酸緩衝液(PB)だけでは、アテロコラーゲンの貯蔵弾性率は時間経過とともに上昇した。一方、グリシン(Gly)、トリプトファン(Trp)を添加したアテロコラーゲンの貯蔵弾性率はPBに比べて上昇率が高かった。一方、アルギニン(Arg)を添加したアテロコラーゲンの貯蔵弾性率はPBに比べて著しく低かった。測定開始10分後の貯蔵弾性率は、トリプトファン(Trp)、グリシン(Gly)を添加したアテロコラーゲンの順にリン酸緩衝液だけ(PB)のアテロコラーゲンより有意に高いことが示された。よって、添加するアミノ酸によってアテロコラーゲンの貯蔵弾性率の変化を制御することが可能となり、言い換えれば、温度変化によるアテロコラーゲン分子間の凝集を思い通りに決めることができる。