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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066835
(43)【公開日】2024-05-16
(54)【発明の名称】分析方法および分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2209 20180101AFI20240509BHJP
【FI】
G01N23/2209
【審査請求】有
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022176573
(22)【出願日】2022-11-02
(71)【出願人】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【弁理士】
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(74)【代理人】
【識別番号】100161540
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 良伸
(72)【発明者】
【氏名】加藤 光樹
(72)【発明者】
【氏名】藤田 慎也
(72)【発明者】
【氏名】村野 孝訓
(72)【発明者】
【氏名】本田 繁
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA04
2G001CA01
2G001EA03
2G001FA08
2G001GA06
2G001KA01
(57)【要約】
【課題】波長分散型X線分光器を用いてスペクトルマップを容易に取得できる分析方法を提供する。
【解決手段】試料から放出されたX線を分光する分光素子を有し、分光素子の位置に応じたエネルギーのX線を検出する波長分散型X線分光器を搭載した分析装置を用いた分析方法であって、電子線で試料上を走査しながら分光素子の位置を固定して特定のエネルギーのX線を検出することによってマップデータを取得するマップ分析を、分光素子の位置を変更しながら繰り返して複数のマップデータを取得する工程と、複数のマップデータに基づいて、試料上の位置とX線スペクトルを関連づけたスペクトルマップを生成する工程と、を含む、分析方法。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料から放出されたX線を分光する分光素子を有し、前記分光素子の位置に応じたエネルギーのX線を検出する波長分散型X線分光器を搭載した分析装置を用いた分析方法であって、
電子線で前記試料上を走査しながら前記分光素子の位置を固定して特定のエネルギーのX線を検出することによってマップデータを取得するマップ分析を、前記分光素子の位置を変更しながら繰り返して複数のマップデータを取得する工程と、
前記複数のマップデータに基づいて、前記試料上の位置とX線スペクトルを関連づけたスペクトルマップを生成する工程と、
を含む、分析方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記波長分散型X線分光器は、複数搭載され、
前記複数のマップデータを取得する工程および前記スペクトルマップを生成する工程は、前記波長分散型X線分光器ごとに行われる、分析方法。
【請求項3】
請求項1において、
前記スペクトルマップの各ピクセルに格納されたX線スペクトルにおいて、前記試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトを補正する工程を含み、
前記スペクトルシフトを補正する工程では、前記試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報に基づいて、前記スペクトルシフトを補正する、分析方法。
【請求項4】
請求項3において、
前記情報を取得する工程を含み、
前記情報を取得する工程では、
前記試料の高さのずれがない状態で標準試料に電子線を照射して前記標準試料から放出されたX線を前記分光素子の位置を変更しながら検出して基準スペクトルを取得し、
前記試料の高さのずれがある状態で前記標準試料に電子線を照射して前記標準試料から放出されたX線を前記分光素子の位置を変更しながら検出して比較スペクトルを取得する分析を、前記試料の高さのずれ量を変更しながら繰り返して複数の比較スペクトルを取得し、
前記基準スペクトルと各前記比較スペクトルを比較して、前記情報を取得する、分析方法。
【請求項5】
請求項1において、
前記スペクトルマップの各ピクセルに格納されたX線スペクトルと基準スペクトルを比較して、スペクトルシフト量を求める工程と、
前記スペクトルシフト量に基づいて、前記試料上の位置と前記試料の高さを関連づけたマップを作成する工程と、
を含む、分析方法。
【請求項6】
請求項1において、
前記複数のマップデータを取得する工程では、偏向器で電子線を偏向させることによって電子線で前記試料上を走査し、
前記スペクトルマップの各ピクセルに格納されたX線スペクトルにおいて、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正する工程を含み、
前記スペクトルシフトを補正する工程では、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報に基づいて、前記スペクトルシフトを補正する、分析方法。
【請求項7】
請求項6において、
前記情報を取得する工程を含み、
前記情報を取得する工程では、
電子線を偏向させない状態で標準試料に電子線を照射して前記標準試料から放出されたX線を前記分光素子の位置を変更しながら検出して基準スペクトルを取得し、
電子線を偏向させた状態で前記標準試料に電子線を照射して前記標準試料から放出されたX線を前記分光素子の位置を変更しながら検出して比較スペクトルを取得する分析を、電子線の偏向量を変更しながら繰り返して複数の比較スペクトルを取得し、
前記基準スペクトルに対する各前記比較スペクトルのスペクトルシフト量を求めて、前記情報を取得する、分析方法。
【請求項8】
請求項1において、
前記複数のマップデータを取得する工程では、偏向器で電子線を偏向させることによって電子線で前記試料上を走査し、
前記スペクトルマップの各ピクセルに格納されたX線スペクトルにおいて、電子線の偏向に起因するX線強度の低下を補正する工程を含み、
前記X線強度の低下を補正する工程では、電子線の偏向量と前記X線強度の低下率の関係を示す情報に基づいて、前記X線強度の低下を補正する、分析方法。
【請求項9】
請求項8において、
前記情報を取得する工程を含み、
前記情報を取得する工程では、
電子線を偏向させない状態で標準試料に電子線を照射して前記標準試料から放出されたX線を前記分光素子の位置を変更しながら検出して基準スペクトルを取得し、
電子線を偏向させた状態で前記標準試料に電子線を照射して前記標準試料から放出されたX線を前記分光素子の位置を変更しながら検出して比較スペクトルを取得する分析を、電子線の偏向量を変更しながら繰り返して複数の比較スペクトルを取得し、
前記基準スペクトルのX線強度と各前記比較スペクトルのX線強度を比較して、前記情報を取得する、分析方法。
【請求項10】
請求項1において、
前記試料に含まれる元素の情報を取得する工程を含み、
前記複数のマップデータを取得する工程では、前記情報に基づいて、前記分光素子の位置を変更する間隔を設定する、分析方法。
【請求項11】
請求項10において、
前記情報を取得する工程では、蛍光X線分光器またはエネルギー分散型X線分光器による分析によって、前記情報を取得する、分析方法。
【請求項12】
請求項10または11において、
前記複数のマップデータを取得する工程では、
前記情報に基づいて、X線スペクトルにおける元素に固有のピークの位置を特定し、
X線スペクトルのバックグラウンドを測定するときの前記間隔を、前記固有のピークを測定するときの前記間隔よりも大きく設定する、分析方法。
【請求項13】
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料から放出されたX線を分光する分光素子を有し、前記分光素子の位置に応じたエネルギーのX線を検出する波長分散型X線分光器と、
前記電子光学系および前記波長分散型X線分光器を制御する制御部と、
を含み、
前記制御部は、
電子線で前記試料上を走査しながら、前記波長分散型X線分光器に前記分光素子の位置を固定して特定のエネルギーのX線を検出させることによってマップデータを取得するマップ分析を、前記波長分散型X線分光器に前記分光素子の位置を変更させながら繰り返して、複数のマップデータを取得する処理と、
前記複数のマップデータに基づいて、前記試料上の位置とX線スペクトルを関連づけたスペクトルマップを生成する処理と、
を行う、分析装置。
【請求項14】
請求項13において、
前記波長分散型X線分光器は、複数搭載され、
前記複数のマップデータを取得する処理および前記スペクトルマップを生成する処理は、前記波長分散型X線分光器ごとに行われる、分析装置。
【請求項15】
請求項13において、
前記試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報が記憶された記憶部を含む、分析装置。
【請求項16】
請求項13において、
前記電子光学系は、電子線を偏向させる偏向器を含み、
電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報が記憶された記憶部を含む、分析装置。
【請求項17】
請求項13において、
前記電子光学系は、電子線を偏向させる偏向器を含み、
電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示す情報が記憶された記憶部を含む、分析装置。
【請求項18】
請求項13において、
前記制御部は、前記試料に含まれる元素の情報を取得する処理を行い、
前記制御部は、前記情報に基づいて前記分光素子の位置を変更する間隔を設定する、分析装置。
【請求項19】
請求項18において、
前記制御部は、
前記情報に基づいて、X線スペクトルにおける元素に固有のピークの位置を特定し、
X線スペクトルのバックグラウンドを測定するときの前記間隔を、前記固有のピークを測定するときの前記間隔よりも大きく設定する、分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析方法および分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
波長分散型X線分光器(WDS:Wavelength-Dispersive X-ray Spectrometer)は、試料から放出された特性X線を分光することで元素分析を行う。WDSは、エネルギー分散型X線分光器(EDS:energy dispersive X-ray spectrometer)と比較して、エネルギー分解能が高く、エネルギーの近い特性X線を正確に分離して元素同定ができる。さらに、WDSは、EDSと比較してSN比がよいため、微量元素の検出ができる。
【0003】
特許文献1には、5つのWDSが搭載された分析装置が開示されている。WDSを用いたマップ分析では、1つのWDSに対して1つのエネルギー値のみ分析可能である。特許文献1に開示された分析装置では、5つのWDSを搭載しているため、同時に5つの元素のマップ分析を行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-018222号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
EDSでは、全元素を同時に測定できるため、X線スペクトルを容易に取得できる。したがって、EDSでは、試料上の位置とX線スペクトルを関連付けたスペクトルマップを容易に取得できる。WDSにおいても、スペクトルマップを容易に取得できることが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る分析方法の一態様は、
試料から放出されたX線を分光する分光素子を有し、前記分光素子の位置に応じたエネルギーのX線を検出する波長分散型X線分光器を搭載した分析装置を用いた分析方法であって、
電子線で前記試料上を走査しながら前記分光素子の位置を固定して特定のエネルギーのX線を検出することによってマップデータを取得するマップ分析を、前記分光素子の位置を変更しながら繰り返して複数のマップデータを取得する工程と、
前記複数のマップデータに基づいて、前記試料上の位置とX線スペクトルを関連づけたスペクトルマップを生成する工程と、
を含む。
【0007】
このような分析方法では、波長分散型X線分光器を用いてスペクトルマップを取得できる。また、このような分析方法では、マップ分析を分光素子の位置を変更しながら繰り返すことによって複数のマップデータを取得し、複数のマップデータに基づいてスペクトルマップを生成するため、試料上の各分析点において点分析によりX線スペクトルを取得してスペクトルマップを生成する場合と比べて、容易にスペクトルマップを取得できる。
【0008】
本発明に係る分析装置の一態様は、
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料から放出されたX線を分光する分光素子を有し、前記分光素子の位置に応じた
エネルギーのX線を検出する波長分散型X線分光器と、
前記電子光学系および前記波長分散型X線分光器を制御する制御部と、
を含み、
前記制御部は、
電子線で前記試料上を走査しながら、前記波長分散型X線分光器に前記分光素子の位置を固定して特定のエネルギーのX線を検出させることによってマップデータを取得するマップ分析を、前記波長分散型X線分光器に前記分光素子の位置を変更させながら繰り返して、複数のマップデータを取得する処理と、
前記複数のマップデータに基づいて、前記試料上の位置とX線スペクトルを関連づけたスペクトルマップを生成する処理と、
を行う。
【0009】
このような分析装置では、波長分散型X線分光器を用いてスペクトルマップを取得できる。また、このような分析装置では、マップ分析を分光素子の位置を変更しながら繰り返すことによって複数のマップデータを取得し、複数のマップデータに基づいてスペクトルマップを生成するため、試料上の各分析点において点分析によりX線スペクトルを取得してスペクトルマップを生成する場合と比べて、容易にスペクトルマップを取得できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】第1実施形態に係る分析方法に用いられる分析装置の構成を示す図。
図2】第1実施形態に係る分析方法に用いられる分析装置の構成を示す図。
図3】WDSにおけるスペクトルの取得方法を説明するための図。
図4】WDSにおけるマップ分析を説明するための図。
図5】スペクトルイメージングを説明するための図。
図6】第1実施形態に係る分析方法の一例を示すフローチャート。
図7】制御部のスペクトルイメージング処理の一例を示すフローチャート。
図8】試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を求める方法の一例を示すフローチャート。
図9】試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示すグラフ。
図10】分光位置とスペクトルシフト量の関係を示すグラフ。
図11】Sc-Kα線における試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を求める方法を説明するための図。
図12】Sc-Kα線における試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係式を示すグラフ。
図13】制御部における試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトの補正処理の一例を示すフローチャート。
図14】Scを含む試料に対して試料の高さを変えながら点分析を行って取得した複数のスペクトルを示す図。
図15】Scの各スペクトルにおいて試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトを補正した結果を示す図。
図16】ビームスキャンを用いた観察倍率500倍でのマップ分析の結果と、ビームスキャンに対応する視野をステージスキャンを用いてマップ分析した結果とを比較した図。
図17】電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を求める方法の一例を示すフローチャート。
図18】偏向器で電子線を偏向させている様子を模式的に示す図。
図19】電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示すグラフ。
図20】分光位置とスペクトルシフト量の関係を示すグラフ。
図21】Sc-Kα線における電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を求める方法を説明するための図。
図22】Sc-Kα線における電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係式を示すグラフ。
図23】制御部における電子線の偏向に起因するスペクトルシフトの補正処理の一例を示すフローチャート。
図24】Scを含む試料に対して電子線の偏向量を変えながら点分析を行って取得した複数のスペクトルを示す図。
図25】Scの各スペクトルにおいて、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正した結果を示す図。
図26】電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を求める方法の一例を示すフローチャート。
図27】電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示すグラフ。
図28】偏向距離とX線強度を補正するための補正値の関係を示すグラフ。
図29】分光位置と補正値の関係を示すグラフ。
図30】Sc-Kα線における電子線の偏向量と補正値の関係を示すグラフ。
図31】制御部における電子線の偏向に起因するX線強度の低下の補正処理の一例を示すフローチャート。
図32】観察倍率200倍でのSc-Kα線のマップデータのイメージ図。
図33】電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正したマップデータのイメージ図。
図34】電子線の偏向に起因するスペクトルシフトおよび電子線の偏向に起因するX線強度の低下を補正したマップデータのイメージ図。
図35】第3実施形態に係る分析方法の一例を示すフローチャート。
図36】分光素子の移動間隔の設定方法を説明するための図。
図37】制御部のスペクトルイメージング処理の一例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0012】
1. 第1実施形態
1.1. 分析装置
まず、第1実施形態に係る分析方法に用いられる分析装置について図面を参照しながら説明する。図1および図2は、第1実施形態に係る分析方法に用いられる分析装置100の構成を示す図である。分析装置100は、複数の波長分散型X線分光器(WDS)を搭載した走査電子顕微鏡である。なお、分析装置100は、複数のWDSを搭載した電子プローブマイクロアナライザー(EPMA:electron probe micro analyzer)であってもよい。
【0013】
分析装置100は、図1および図2に示すように、電子光学系10と、試料ステージ20と、電子検出器30と、エネルギー分散型X線分光器(EDS)40と、WDS50aと、WDS50bと、WDS50cと、WDS50dと、WDS50eと、制御部60と、操作部70と、表示部72と、記憶部74と、を含む。なお、図2では、便宜上、電子光学系10、WDS50a、WDS50b、WDS50c、WDS50d、およびWDS50eのみを図示している。
【0014】
電子光学系10は、電子線EBを試料Sに照射する。電子光学系10は、電子銃12と、集束レンズ14と、偏向器16と、対物レンズ18と、を含む。
【0015】
電子銃12は、電子線EBを放出する。電子銃12は、所定の加速電圧により加速され
た電子線EBを試料Sに向けて放出する。
【0016】
集束レンズ14は、電子銃12から放出された電子線EBを集束させる。偏向器16は、電子線EBを二次元的に偏向させる。偏向器16によって、電子プローブで試料S上を走査できる(ビームスキャン)。対物レンズ18は、電子線EBを試料S上で集束させる。集束レンズ14および対物レンズ18で電子線EBを集束させることによって電子プローブを形成できる。
【0017】
試料ステージ20は、試料Sを支持している。試料ステージ20上には、試料Sが載置される。図示はしないが、試料ステージ20は、試料Sを移動させるための移動機構を備えている。試料ステージ20で試料Sを移動させることにより、電子プローブで試料S上を走査できる(ステージスキャン)。
【0018】
電子検出器30は、試料Sから放出された電子を検出するための検出器である。電子線EBで試料Sを走査しながら電子検出器30で試料Sから放出された電子を検出することによって、走査電子顕微鏡像(SEM像)を取得できる。電子検出器30は、反射電子を検出する反射電子検出器であってもよいし、二次電子を検出する二次電子検出器であってもよい。
【0019】
EDS40は、試料Sから放出された特性X線を半導体検出器で検出してエネルギー分光する。EDS40で特性X線を検出することによって、X線スペクトルを得ることができる。
【0020】
分析装置100は、5つのWDS(WDS50a、WDS50b、WDS50c、WDS50d、WDS50e)を搭載している。なお、分析装置100が搭載するWDSの数は特に限定されない。
【0021】
WDS50aは、分光素子52と、X線検出器54と、を含む。WDS50aでは、試料Sから発生した特性X線を分光素子52で分光し、分光されたX線をX線検出器54で検出する。
【0022】
分光素子52は、例えば、X線の回折現象を利用して分光を行うための分光結晶である。WDS50aは、結晶面間隔が互いに異なる複数の分光素子52を備えている。すなわち、複数の分光素子52は、互いに異なる分光波長範囲を有している。分光素子52としては、PET(pentaerythritol)、LiF(lithium fluoride)、TAP(thallium acid phthalate)、STE(stearate)などが挙げられる。X線検出器54は、分光素子52で分光された特性X線を検出する。
【0023】
WDS50aは、分光素子52およびX線検出器54を移動させるための駆動部を備えている。駆動部は、例えば、モーター駆動により分光素子52およびX線検出器54を移動させる。これにより、分光素子52およびX線検出器54を所望の位置に配置できる。WDS50aでは、分光素子52の位置に応じたエネルギーのX線を検出できる。
【0024】
分析装置100は、図2に示すように、WDS50a、WDS50b、WDS50c、WDS50d、WDS50eを搭載している。WDS50b、WDS50c、WDS50d、およびWDS50eは、WDS50aと同様の構成を有している。5つのWDSは、それぞれ、複数の分光素子52を有している。分析装置100では、5つのWDSを搭載しているため、同時に、5つの元素のマップ分析(面分析)を行うことができる。
【0025】
操作部70は、ユーザーによる操作に応じた操作信号を取得し、制御部60に送る処理
を行う。操作部70は、例えば、ボタン、キー、タッチパネル型ディスプレイ、マイクなどである。
【0026】
表示部72は、制御部60で生成された画像を表示する。表示部72は、例えば、LCD(liquid crystal display)などのディスプレイである。
【0027】
記憶部74は、制御部60が各種計算処理や制御処理を行うためのプログラムやデータを記憶している。また、記憶部74は、制御部60のワーク領域としても用いられる。記憶部74は、例えば、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、およびハードディスクなどである。
【0028】
制御部60の機能は、各種プロセッサ(CPU(Central Processing Unit)など)で記憶部74に記憶されたプログラムを実行することにより実現できる。
【0029】
制御部60は、分析装置100を構成する各部を制御する。例えば、制御部60は、電子光学系10およびWDS50a,50b,50c,50d,50eを制御する。制御部60は、電子光学系10およびWDS50a,50b,50c,50d,50eを制御して、スペクトルイメージングを実行する処理を行う。制御部60の処理の詳細については後述する。
【0030】
1.2. 分析方法
1.2.1. 点分析(定性分析)
図3は、WDSにおけるスペクトルの取得方法を説明するための図である。
【0031】
WDSでは、ブラッグの法則を満たす集光条件となるように、試料S上の分析点(電子線の照射位置)、分光素子52、およびX線検出器54がローランド円周上に配置される。分光素子52は、分析点から取り出し角φだけ傾斜した直線上を移動する。また、分光素子52の移動に伴って、X線検出器54も移動する。分析点と分光素子52との間の距離と、分光素子52とX線検出器54との間の距離は、等しい。
【0032】
ここで、試料Sの位置(分析点の位置)を固定した状態で分光素子52の位置(分光位置L)を変化させると、分光素子52に対するX線の入射角θが変化する。分光位置Lは、試料S(分析点)と分光素子52との間の距離で表される。
【0033】
図3に示す例では、分光素子52を、試料Sと分光素子52との間の距離がL1である分光位置L1から試料Sと分光素子52との間の距離がL2(L1<L2)である分光位置L2に移動させる。これにより、入射角θがθからθ(θ<θ)に変化する。
【0034】
ブラッグの法則により、入射角θを変化させることによって、X線検出器54で検出されるX線のエネルギー(波長)が変化する。したがって、試料Sの位置を固定し、分光位置Lを変化させることによって、横軸がエネルギー(波長、分光位置L)、縦軸がX線強度で表されるX線スペクトル(以下、単に「スペクトル」ともいう)を取得できる。
【0035】
このようにして取得したスペクトルから、定性分析を行うことができる。
【0036】
1.2.2. マップ分析(面分析)
図4は、WDSにおけるマップ分析を説明するための図である。
【0037】
特定の元素、すなわち、特定のエネルギーの特性X線について強度の分布を表すマップデータを取得する場合には、分光位置Lを固定した状態で、電子線EBで試料S上を走査
する。このとき、分光素子52は、分析対象となる特性X線のエネルギーに対応する分光位置Lに固定される。このように分光位置Lを固定した状態で、試料S上を電子プローブで走査することによって、試料S上の各分析点において、X線強度の情報を取得できる。なお、電子線EBによる試料Sの走査は、ビームスキャンで行うこともできるし、ステージスキャンで行うこともできる。
【0038】
マップ分析によって、試料S上の位置と特定のエネルギーのX線強度を関連づけたマップデータを取得できる。マップデータにおいて、各ピクセルの座標(位置)は、試料S上の位置に対応する。各分析点で取得したX線強度の情報は、各ピクセルに格納されている。
【0039】
マップ分析の結果として得られたマップデータから、元素の分布の情報を得ることができる。
【0040】
1.2.3. スペクトルイメージング
図5は、スペクトルイメージングを説明するための図である。
【0041】
スペクトルイメージングは、スペクトルマップSMを取得するための手法である。スペクトルマップSMは、試料S上の位置とスペクトルを関連づけたマップである。
【0042】
第1実施形態に係る分析方法では、分光位置Lを固定してマップデータを取得するマップ分析を、分光位置Lを変更しながら繰り返して複数のマップデータを取得し、取得した複数のマップデータに基づいてスペクトルマップSMを生成する。
【0043】
図6は、第1実施形態に係る分析方法の一例を示すフローチャートである。
【0044】
まず、分光位置Lにおいて試料Sに対してマップ分析を行い、マップデータML1を取得する(S10)。
【0045】
具体的には、分光位置Lを分光位置Lで固定して試料Sに対してマップ分析を行う。これにより、マップデータML1を取得できる。マップデータML1では、各ピクセルの座標がXY座標で表される。また、マップデータML1の各ピクセルには、各ピクセルの座標に対応する分析点で取得された、X線強度の情報が格納されている。マップデータML1の各ピクセルには、分光位置Lに対応するエネルギーのX線強度の情報が格納されている。
【0046】
次に、分光素子52を所定距離だけ移動させる(S20)。これにより、分光位置Lが、分光位置Lから分光位置Lに変更される。分光素子52の位置を変更させる間隔は、例えば、一定である。すなわち、分光位置Lと分光位置Lの間隔と、分光位置Lと分光位置Lの間隔は、等しい。分光素子52の位置を変更させる間隔は、適宜変更可能である。
【0047】
次に、分光位置Lにおいて試料Sに対してマップ分析を行い、マップデータML2を取得する(S30)。
【0048】
具体的には、分光位置Lを分光位置Lで固定して試料Sに対してマップ分析を行う。これにより、マップデータML2を取得できる。マップデータML2の各ピクセルには、分光位置Lに対応するエネルギーのX線強度の情報が格納されている。
【0049】
次に、マップデータML1とマップデータML2を結合する(S40)。
【0050】
マップデータML1とマップデータML2の対応する各ピクセルからX線強度の情報を取り出し、1つのマップデータを生成する。これにより、スペクトルマップを作成できる。ここでは、スペクトルマップの各ピクセルには、分光位置LにおけるX線強度の情報および分光位置LにおけるX線強度を含むスペクトルデータが格納される。
【0051】
分光素子52を移動する工程S20、マップ分析を行う工程S30、およびマップデータを結合する工程S40を繰り返して、マップデータML3、マップデータML4、・・・、マップデータMLNを取得する。N個のマップデータを取得した場合(S50のYes)、スペクトルイメージングを終了する。
【0052】
スペクトルマップSMを構成する各ピクセルには、図5に示すように、互いに異なるN点の分光位置L(分光位置L、分光位置L、・・・、分光位置L)におけるX線強度の情報を含むスペクトルデータが格納される。図5に示す例では、スペクトルは、横軸を分光位置Lで表しているが、スペクトルの横軸をX線のエネルギー(波長)で表してもよい。
【0053】
分析装置100は、5つのWDSを搭載しているため、同時に、5つのスペクトルマップSMを取得できる。
【0054】
スペクトルマップSMは、ピーク位置だけでなく、その前後のデータを含む。そのため、スペクトルマップSMを取得した後に、様々な解析を行うことができる。例えば、スペクトルマップSMは、バックグラウンドのデータを含むため、ピーク強度からバックグラウンドの強度を差し引いた情報を得ることができる。また、スペクトルマップSMでは、特定のエネルギー(元素)を指定する必要がなく、測定エネルギー範囲を指定すればよい。そのため、試料Sに未知の元素が含まれている場合でも、分析可能である。
【0055】
また、スペクトルマップSMでは、試料Sの高さのずれに起因するスペクトルのシフトや、電子線EBの偏向に起因するスペクトルのシフト、電子線EBの偏向に起因するX線強度の低下を補正できる。これらの補正については後述する。
【0056】
1.3. 制御部の処理
図7は、制御部60のスペクトルイメージング処理の一例を示すフローチャートである。
【0057】
制御部60は、スペクトルイメージングの分析条件の設定を受け付ける(S100)。
【0058】
ユーザーは、試料Sのスペクトルイメージングを行う領域、電子光学系10の条件、各WDSの条件を設定する。WDSの条件は、分光素子52の種類、測定エネルギー範囲、および測定エネルギー間隔を含む。
【0059】
ユーザーは、例えば、試料Sのスペクトルイメージングを行う領域に視野を移動させる。また、ユーザーは、電子光学系10の条件として、加速電圧や照射電流量を設定する。また、ユーザーは、5つのWDSの各々において、分光素子52の種類を選択し、測定エネルギー範囲および測定エネルギー間隔を設定する。これらの条件の設定は、ユーザーが操作部70を操作することによって行われる。制御部60は、操作部70を介して、分析条件の設定を受け付ける。ユーザーは、これらの設定後、操作部70を介して、分析を開始する指示を入力する。
【0060】
制御部60は、5つのWDSの各々について、分光素子52を初期位置に配置する(S
102)。
【0061】
制御部60は、WDS50aに設定された測定エネルギー範囲に応じて、WDS50aの分光素子52を移動させて分光位置Lを初期位置とする。同様に、制御部60は、WDS50bに設定された測定エネルギー範囲に応じて、WDS50bの分光素子52を移動させて分光位置Lを初期位置とする。制御部60は、WDS50c、WDS50d、およびWDS50eについても、同様に、分光位置Lを初期位置とする。
【0062】
次に、制御部60は、マップ分析を行う(S104)。
【0063】
制御部60は、例えば、電子光学系10に電子線EBを偏向させて電子線EBで試料S上を走査させながら、WDS50aに分光素子52の位置を固定して特定のエネルギーのX線を検出させる。これにより、分光位置Lに応じたエネルギーのマップデータを取得できる。制御部60は、同様に、WDS50bに分光素子52の位置を固定して特定のエネルギーのX線を検出させる。制御部60は、WDS50c、WDS50d、およびWDS50eについても同様に、分光素子52の位置を固定して特定のエネルギーのX線を検出させる。
【0064】
分析装置100では、5つのWDSを有しているため、互いにエネルギーが異なる5つのマップデータを同時に取得できる。取得した5つのマップデータは、記憶部74に記憶される。なお、ここでは、電子光学系10に電子線EBを偏向させて電子線EBで試料S上を走査した(ビームスキャン)が、試料ステージ20に試料Sを移動させて電子線EBで試料S上を走査してもよい(ビームスキャン)。
【0065】
次に、制御部60は、設定された測定エネルギー間隔に基づいて、分光素子52を移動させる(S106)。
【0066】
制御部60は、WDS50aに設定された測定エネルギー間隔に応じた距離だけWDS50aの分光素子52を移動させる。これにより、分光位置Lが初期位置から測定エネルギー間隔に応じた距離だけ変更される。同様に、制御部60は、WDS50bに設定された測定エネルギー間隔に応じた距離だけWDS50bの分光素子52を移動させる。制御部60は、WDS50c、WDS50d、およびWDS50eについても、同様に、測定エネルギー間隔に応じた距離だけ分光素子52を移動させる。
【0067】
次に、制御部60は、マップ分析を行う(S108)。
【0068】
マップ分析は、上述した処理S104と同様に行われる。これにより、初期位置から設定された測定エネルギー間隔だけ移動した分光位置Lに対応したエネルギーのマップデータを取得できる。取得した5つのマップデータは、記憶部74に記憶される。
【0069】
次に、制御部60は、マップデータを結合する(S110)。
【0070】
制御部60は、記憶部74に記憶されたマップデータを結合する。マップデータは、WDSごとに結合される。これにより、5つのスペクトルマップを生成できる。ここでは、マップ分析が2回行われているため、スペクトルマップの各ピクセルには、2点の分析点で取得したX線強度の情報を含むスペクトルデータが格納される。
【0071】
次に、制御部60は、スペクトルイメージングが完了したか否かを判定する(S112)。
【0072】
制御部60は、5つのWDSの全部において、設定された測定エネルギー範囲のマップ分析が終了した場合に、スペクトルイメージング完了と判定する。なお、WDS50aにおいて設定された測定エネルギー範囲のマップ分析が終了し、その他のWDSでは測定エネルギー範囲のマップ分析が終了していない場合には、WDS50aに対する処理を停止し、その他のWDSに対する処理を継続する。このようにして、5つのWDSの全部において、設定された測定エネルギー範囲のマップ分析が終了した場合に、制御部60はスペクトルイメージングが完了したと判定する。
【0073】
制御部60は、スペクトルイメージングが完了していないと判定した場合(S112のNo)、処理S106に戻って分光素子52を移動させる処理S106、マップ分析を行う処理S108、およびマップデータを結合する処理S110を行う。
【0074】
制御部60は、スペクトルイメージングが完了したと判定されるまで、分光素子52を移動させる処理S106、マップ分析を行う処理S108、およびマップデータを結合する処理S110を繰り返す。
【0075】
制御部60は、スペクトルイメージング完了したと判定した場合(S112のYes)、スペクトルイメージング処理を終了する。以上の処理により、5つのスペクトルマップを取得できる。
【0076】
1.4. 補正方法
1.4.1. 試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトの補正
マップ分析では、試料表面の凹凸や傾斜によって、試料S上の分析点がローランド円周上から外れて集光条件を満たさない場合がある。集光条件を満たさない場合、スペクトルがシフトする。
【0077】
そのため、第1実施形態に係る分析方法では、スペクトルマップにおいて、試料Sの高さ方向(Z方向)におけるローランド円周上からのずれ(以下、単に「試料の高さのずれ」ともいう)に起因するスペクトルシフトを補正する。試料の高さのずれは、集光条件を満たす高さに対する試料の高さのずれともいえる。試料Sの高さ方向は、Z軸に沿った方向である。Z軸は、電子光学系10の光軸に平行な軸である。
【0078】
試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトの補正は、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報に基づいて行われる。
【0079】
<試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を求める方法>
第1実施形態に係る分析方法は、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を取得する工程を含む。当該情報を取得する工程では、まず、試料の高さのずれがない状態で標準試料に電子線EBを照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して基準スペクトルを取得する。次に、試料の高さのずれがある状態で標準試料に電子線EBを照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して比較スペクトルを取得する分析を、試料の高さのずれ量を変更しながら繰り返して複数の比較スペクトルを取得する。次に、基準スペクトルと各比較スペクトルを比較して、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を取得する。
【0080】
図8は、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を求める方法の一例を示すフローチャートである。以下では、分光素子52としてPET結晶を用いた場合について説明する。
【0081】
まず、複数の標準試料を準備する(S200)。
【0082】
標準試料は、例えば、対象となる元素単体からなる試料である。分光素子52としてPET結晶を用いた場合、標準試料としては、例えば、Tiの標準試料、Cdの標準試料、Moの標準試料、およびSiの標準試料を用いることができる。標準試料は、分光素子52の種類に応じて適宜選択される。標準試料は、選択された分光素子52で測定可能な元素を含む標準試料から選択される。
【0083】
次に、標準試料に対して点分析を行い、基準スペクトルを取得する(S202)。
【0084】
まず、複数の標準試料のなかから1つの標準試料を選択する。ここでは、Tiの標準試料を選択する。なお、標準試料を選択する順序は特に限定されず、例えば、原子番号順に選択してもよい。選択したTiの標準試料を試料ステージ20に配置して、標準試料にフォーカスが合うように、試料ステージ20を用いて標準試料のZ方向の位置(高さ)を調整する。例えば、標準試料をフォーカスが合う位置に配置することによって、標準試料をローランド円周上に配置できる。このとき、試料S上の分析点は、観察視野の中心とする。すなわち、電子線EBは、偏向器16で偏向されずに電子光学系10の光軸に沿って標準試料に照射される。この状態で、点分析を行い、Tiの基準スペクトルを取得する。基準スペクトルは、集光条件を満たした状態で取得されたスペクトルである。すなわち、基準スペクトルは、試料の高さのずれがない状態で取得されたスペクトルである。
【0085】
次に、標準試料をZ方向に所定量だけ移動させる(S204)。これにより、標準試料の高さにずれが生じる。この状態で点分析を行い、Tiの比較スペクトルを取得する(S206)。比較スペクトルは、試料の高さのずれがある状態で取得されたスペクトルである。
【0086】
次に、基準スペクトルと比較スペクトルを比較してスペクトルシフト量を求める(S208)。具体的には、基準スペクトルにおけるTiのピーク位置に対する比較スペクトルにおけるTiのピーク位置のシフト量を求める。これにより、試料の高さが所定量だけずれたときのスペクトルシフト量を求めることができる。
【0087】
次に、あらかじめ設定された回数だけ点分析を行ったか否かを判定する(S210)。繰り返し回数は、要求される補正の精度に応じて適宜変更可能である。
【0088】
あらかじめ設定された回数だけ点分析を行っていない場合(S210のNo)、工程S204に戻って、標準試料をZ方向に移動させ(S204)、Tiの比較スペクトルを取得し(S206)、スペクトルシフト量を求める(S208)。
【0089】
このように、あらかじめ設定された回数だけ点分析が行われるまで、標準試料をZ方向に移動させる工程S204、点分析を行う工程S206、およびスペクトルシフト量を求める工程S208を繰り返す。これにより、Tiのスペクトルについて、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量のテーブルを取得できる。
【0090】
設定された回数だけ点分析を行った場合(S210のYes)、すべての標準試料に対して分析を行ったか否かを判定する(S212)。
【0091】
すべての標準試料に対して分析を行っていない場合(S212のNo)、工程S202に戻って、Cdの標準試料を選択し、工程S202、工程S204、工程S206、工程S208、工程S210を行って、Cdのスペクトルについて、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量のテーブルを取得する。
【0092】
このようにして、工程S202、工程S204、工程S206、工程S208、工程S210を繰り返して、Tiの標準試料、Cdの標準試料、Moの標準試料、およびSiの標準試料に対して分析を行う。この結果、Tiのスペクトル、Cdのスペクトル、Moのスペクトル、およびSiのスペクトルについて、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量のテーブルを取得できる。
【0093】
すべての標準試料に対して分析を行った場合(S212のYes)、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を求める(S214)。
【0094】
図9は、Tiのスペクトル、Cdのスペクトル、Moのスペクトル、およびSiのスペクトルの各々についての試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示すグラフである。図9に示すグラフの横軸は試料の高さのずれ量であり、縦軸はスペクトルシフト量である。なお、スペクトルシフト量は、基準スペクトルのピーク位置と比較スペクトルのピーク位置の差を分光位置Lの差(mm)で表している。
【0095】
Tiのスペクトル、Cdのスペクトル、Moのスペクトル、およびSiのスペクトルについての、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量のテーブルから、図9に示すグラフを作成できる。図9に示すように、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係は、元素ごと、すなわち、エネルギー(分光位置L)ごとに求める。
【0096】
以上の工程により、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を求めることができる。
【0097】
図10は、試料の高さのずれ量ごとに、分光位置L(特性X線のエネルギー)とスペクトルシフト量の関係を示すグラフである。
【0098】
図9に示すグラフから、図10に示すグラフが得られる。具体的には、図9に示すグラフの項目(元素)を、図10に示すグラフの横軸に変換する。このとき、図9に示すグラフの項目(元素)を、図10に示すグラフの横軸では分光位置Lで表す。さらに、図9に示すグラフの横軸に示す試料の高さのずれ量を図10に示すグラフの項目に変換する。
【0099】
このようにして、図9に示す、元素ごとに求めた、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係から、図10に示す、試料の高さのずれ量ごとの、分光位置Lとスペクトルシフト量の関係式を求めることができる。
【0100】
図9に示す各元素についての試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報、および図10に示す試料の高さのずれ量ごとの、分光位置Lとスペクトルシフト量の関係を示す情報は、記憶部74に記憶される。図9に示す関係および図10に示す関係は、表し方の違いであり、図9に示す関係の情報および図10に示す関係の情報のうちの一方が記憶部74に記憶されればよい。
【0101】
<試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトの補正方法>
次に、試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトの補正方法について説明する。以下では、試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトの補正の例として、試料の高さのずれに起因するSc-Kα線のシフトを補正する場合について説明する。
【0102】
まず、図10に示す関係式から、Sc-Kα線における試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を求める。
【0103】
図11は、図10に示す関係式から、Sc-Kα線における試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を求める方法を説明するための図である。
【0104】
図11に示すように、Sc-Kα線のピーク位置である分光位置L=97.08mmに直線を引き、試料の高さのずれ量ごとに描かれた、分光位置Lとスペクトルシフト量の関係式との交点を求める。求めた交点を、横軸が試料の高さのずれ量、縦軸がスペクトルシフト量であるグラフにプロットする。これにより、Sc-Kα線における試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係式を求めることができる。
【0105】
図12は、Sc-Kα線における試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係式を示すグラフである。
【0106】
次に、図12に示す関係式を用いて、スペクトルマップの各ピクセルに格納されているスペクトルのScのピークのスペクトルシフトを補正する。具体的には、まず、図12に示す関係式を用いて、各ピクセルにおいて試料の高さからスペクトルシフト量を求める。各ピクセルにおける試料の高さの情報は、例えば、レーザー顕微鏡などで事前に測定した試料の高さの測定結果を用いることができる。
【0107】
次に、各ピクセルにおいて、X線スペクトルのScピークを、求めたスペクトルシフト量に基づきシフトさせる。
【0108】
以上の工程により、試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトを補正できる。
【0109】
なお、上記では、補正対象となるピークが1つであったが、補正対象となるピークが複数あってもよい。補正対象となるピークが複数ある場合には、上述した補正を、補正対象となる複数のピークの各々に対して行えばよい。
【0110】
<試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトの補正処理>
図13は、制御部60における試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトの補正処理の一例を示すフローチャートである。
【0111】
制御部60は、補正対象となるピークの指定を受け付ける(S300)。
【0112】
ピークは、分光位置Lで表してもよいし、X線のエネルギー(波長)で表してもよい。制御部60は、あらかじめ記憶部74に記憶された図9に示す関係式を読み出し、当該関係式に基づいて指定されたピーク位置における試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を求める(S302)。これにより、指定されたピーク位置における試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を取得できる。
【0113】
次に、制御部60は、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報に基づいて、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルに対して、スペクトルシフトの補正を行う(S304)。
【0114】
以上の処理により、試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトを補正できる。
【0115】
<実験例>
試料の高さを変えながら点分析を行い、複数のScのスペクトルを取得した。
【0116】
図14は、Scを含む試料に対して、試料の高さを変えながら点分析を行って取得した複数のScのスペクトルを示す図である。ここでは、試料に焦点があった位置(just foc
us)、試料に焦点があった位置から試料の高さを+100μmずらした位置、+200μmずらした位置、-100μmずらした位置、-200μmずらした位置でそれぞれScのスペクトルを取得した。試料に焦点があった位置では、試料上の分析点がローランド円周上に位置し、集光条件を満たしている。図14に示す複数のScのスペクトルから試料の高さのずれ量が大きいほど、スペクトルシフト量が大きいことがわかる。
【0117】
図14に示す複数のScのスペクトルにおいて、試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトを補正した。具体的には、各スペクトルを取得したときの試料の高さから、図12に示す試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係式を用いて、各スペクトルにおけるスペクトルシフト量を求めた。そして、各スペクトルにおいて求めたスペクトルシフト量に基づいてスペクトルをシフトさせた。
【0118】
図15は、図14に示すScの各スペクトルにおいて、試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトを補正した結果を示す図である。
【0119】
図15に示すように、補正の結果、試料の高さのずれ量が異なる条件で取得された各スペクトルのピークの位置が一致した。したがって、試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトを正確に補正できた。
【0120】
1.4.2. Zマップ
図14に示すように、試料の高さにずれがあると、ずれの大きさに応じてスペクトルシフト量が変化する。そのため、基準スペクトルとスペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルを比較してスペクトルシフト量を求めることで、各ピクセルにおける試料の高さを求めることができる。したがって、試料の高さの分布を表すZマップを作成できる。Zマップは、試料上の位置と試料の高さを関連付けたマップである。
【0121】
このように、スペクトルマップから試料表面の形状に関する情報を得ることができる。
【0122】
分析装置100では、制御部60が、基準スペクトルとスペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルを比較してスペクトルシフト量を求めることによって各ピクセルにおける試料の高さを求め、Zマップを作成する処理を行う。
【0123】
1.5. 効果
第1実施形態に係る分析方法は、試料Sから放出されたX線を分光する分光素子52を有し、分光素子52の位置に応じたエネルギーのX線を検出するWDS50aを搭載した分析装置100を用いた分析方法である。また、第1実施形態に係る分析方法は、電子線EBで試料S上を走査しながら分光素子52の位置を固定して特定のエネルギーのX線を検出することによってマップデータを取得するマップ分析を、分光素子52の位置を変更しながら繰り返して複数のマップデータを取得する工程と、複数のマップデータに基づいて、試料S上の位置とX線スペクトルを関連づけたスペクトルマップを生成する工程と、を含む。
【0124】
そのため、第1実施形態に係る分析方法では、WDSを用いて、容易にスペクトルマップを取得できる。
【0125】
例えば、試料上の各分析点において点分析を行ってスペクトルを取得してスペクトルマップを取得する場合、分析点ごとに、測定エネルギー範囲の分だけ分光素子52を移動させなければならない。すなわち、分光素子52を測定エネルギー範囲の分だけ移動させる動作を、分析点の数だけおこなわなければならない。これに対して、第1実施形態に係る分析方法では、分光素子52を測定エネルギー範囲の分だけ移動させる動作を、1回行え
ばよい。
【0126】
ここで、分光素子52の移動は、モーター駆動などの機械駆動によって行われ、電子線EBの移動(走査)は、偏向器16などの電気駆動によって行われる。したがって、分析装置100における分析方法では、各分析点に対して点分析を行ってスペクトルマップを取得する場合と比べて、短時間でスペクトルマップを取得できる。
【0127】
第1実施形態に係る分析方法では、分析装置100にはWDSは複数搭載され、複数のマップデータを取得する工程およびスペクトルマップを生成する工程は、WDSごとに行われる。このように、第1実施形態に係る分析方法では、分析装置100に搭載されたWDSの数だけ、スペクトルマップを同時に取得できる。
【0128】
第1実施形態に係る分析方法は、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルにおいて、試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトを補正する工程を含む。また、スペクトルシフトを補正する工程では、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報に基づいてスペクトルシフトを補正する。そのため、第1実施形態に係る分析方法では、容易に、試料の高さのずれに起因するスペクトルシフトを補正できる。
【0129】
第1実施形態に係る分析方法は、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を取得する工程を含む。当該情報を取得する工程では、試料の高さのずれがない状態で標準試料に電子線EBを照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して基準スペクトルを取得し、試料の高さのずれがある状態で標準試料に電子線EBを照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して比較スペクトルを取得する分析を、試料の高さのずれ量を変更しながら繰り返して複数の比較スペクトルを取得し、基準スペクトルと各比較スペクトルを比較して前記情報を取得する。
【0130】
そのため、第1実施形態に係る分析方法では、試料の高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を取得できる。
【0131】
第1実施形態に係る分析方法は、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルと基準スペクトルを比較してスペクトルシフト量を求める工程と、スペクトルシフト量に基づいて試料上の位置と試料の高さを関連づけたZマップを作成する工程と、を含む。そのため、第1実施形態に係る分析方法では、スペクトルマップから試料表面の形状に関する情報を得ることができる。
【0132】
分析装置100は、電子線EBを試料S上に照射する電子光学系10と、試料Sから放出されたX線を分光する分光素子52を有し、分光素子52の位置に応じたエネルギーのX線を検出するWDS50aと、電子光学系10およびWDS50aを制御する制御部60と、を含む。また、制御部60は、電子線EBで試料S上を走査しながら、WDS50aに分光素子52の位置を固定して特定のエネルギーのX線を検出させることによってマップデータを取得するマップ分析を、WDS50aに分光素子52の位置を変更させながら繰り返して、複数のマップデータを取得する処理と、複数のマップデータに基づいて試料S上の位置とX線スペクトルを関連づけたスペクトルマップを生成する処理と、を行う。
【0133】
そのため、分析装置100では、WDS50aを用いて、容易に、スペクトルマップを取得できる。
【0134】
分析装置100では、WDSは、複数搭載され、複数のマップデータを取得する処理お
よびスペクトルマップを生成する処理は、WDSごとに行われる。そのため、分析装置100では、複数のスペクトルマップを同時に取得できる。
【0135】
分析装置100は、試料Sの高さのずれ量とスペクトルシフト量の関係を示す情報が記憶された記憶部74を含む。そのため、分析装置100では、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルに対して、試料Sの高さのずれに起因するスペクトルシフトを補正できる。
【0136】
2. 第2実施形態
2.1. 分析装置
次に、第2実施形態に係る分析方法について説明する。以下では、上述した第1実施形態に係る分析方法と異なる点について説明し、同様の点については説明を省略する。
【0137】
第2実施形態に係る分析方法に用いられる分析装置は、上述した図1および図2に示す分析装置100と同じであり、その説明を省略する。
【0138】
2.2. 低倍率のマップ分析
分析装置100では、電子線EBの照射位置を固定した状態で試料ステージ20を移動させて試料Sを走査するステージスキャンと、試料ステージ20を固定した状態で電子線EBを二次元的に偏向させて試料Sを走査するビームスキャンの2通りの方法で、マップ分析ができる。
【0139】
例えば、観察倍率が3000倍未満の低倍率のときにはステージスキャンを用いてマップ分析を行い、観察倍率が3000倍以上の倍率のときにはビームスキャンを用いる。これは、低倍率でビームスキャンを行うと、分析点(電子線の照射位置)がローランド円周上から外れて、WDSの集光条件を満たさず、スペクトルのシフトや、X線強度の低下が生じるためである。
【0140】
図16は、ビームスキャンを用いた観察倍率500倍でのマップ分析の結果と、ビームスキャンに対応する視野をステージスキャンを用いてマップ分析した結果とを比較した図である。図16に示す2つのマップは、分光素子52としてTAP結晶を用いて測定したSiのマップである。図16では、X線強度が低いほど暗く表示されている。図16に示すように、ビームスキャンでは、観察視野の端の領域、すなわち、電子線EBを大きく偏向させた領域において、X線強度の低下がみられる。
【0141】
しかしながら、ステージスキャンでは、ビームスキャンに比べて、マップ分析に時間がかかってしまう。スペクトルイメージングでは多数のマップ分析を行うため、低倍率においてもビームスキャンを用いたマップ分析が望ましい。
【0142】
第2実施形態に係る分析方法では、上述した図6に示す第1実施形態に係る測定方法と同様の方法でスペクトルイメージングを行ってスペクトルマップを取得する。ただし、観察倍率は低倍率とし、電子線EBによる試料Sの走査は、ビームスキャンで行う。第2実施形態に係る測定方法では、このようにして取得されたスペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルに対して、ビームスキャンを用いた低倍率のマップ分析において生じるスペクトルシフトの補正およびX線強度の低下の補正を行う。
【0143】
2.3. 補正方法
2.3.1. 電子線の偏向に起因するスペクトルシフトの補正
第2実施形態に係る分析方法では、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルに対して、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトの補正を行う。電子線の偏向に
起因するスペクトルシフトの補正は、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報に基づいて行われる。
【0144】
<電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を求める方法>
第2実施形態に係る分析方法は、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を取得する工程を含む。当該情報を取得する工程では、まず、電子線を偏向させない状態で標準試料に電子線を照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して基準スペクトルを取得する。次に、電子線を偏向させた状態で標準試料に電子線を照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して比較スペクトルを取得する分析を、電子線の偏向量を変更しながら繰り返して複数の比較スペクトルを取得する。次に、基準スペクトルと各比較スペクトルを比較して、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を取得する。
【0145】
図17は、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を求める方法の一例を示すフローチャートである。以下では、分光素子52としてPET結晶を用いた場合について説明する。また、上述した図8に示す処理と同様の点については、その説明を省略する。
【0146】
まず、複数の標準試料を準備する(S400)。
【0147】
標準試料としては、例えば、Tiの標準試料、Cdの標準試料、Moの標準試料、およびSiの標準試料を用いることができる。
【0148】
次に、Tiの標準試料に対して点分析を行い、基準スペクトルを取得する(S402)。
【0149】
基準スペクトルを取得する工程S402は、図8に示す基準スペクトルを取得する工程S202と同様に行われる。ここでは、Tiの基準スペクトルを取得する。基準スペクトルは、集光条件を満たした状態で取得されており、電子線の偏向量はゼロである。
【0150】
次に、偏向器16で電子線EBを所定の偏向量だけ偏向させる(S404)。
【0151】
図18は、偏向器16で電子線EBを偏向させている様子を模式的に示す図である。図18に示すように、分光素子52の短辺に対して垂直な方向に電子線EBを偏向させる。この状態で点分析を行い、Tiのスペクトル(比較スペクトル)を取得する(S406)。比較スペクトルは、電子線が偏向された状態で取得されたスペクトルである。
【0152】
次に、基準スペクトルと比較スペクトルを比較してスペクトルシフト量を求める(S408)。具体的には、基準スペクトルにおけるTiのピーク位置に対する比較スペクトルにおけるTiのピーク位置のシフト量を求める。これにより、基準スペクトルに対する比較スペクトルのスペクトルシフト量を求めることができる。すなわち、電子線EBが所定の偏向量だけ偏向されたときのスペクトルシフト量を求めることができる。
【0153】
次に、あらかじめ設定された回数だけ点分析を行ったか否かを判定する(S410)。あらかじめ設定された回数だけ点分析を行っていない場合(S410のNo)、工程S404に戻って、電子線EBを偏向させ(S404)、Tiの比較スペクトルを取得し(S406)、スペクトルシフト量を求める(S408)。電子線EBを偏向させる工程S404では、例えば、繰り返し回数に応じて電子線の偏向量を大きくする。
【0154】
このように、あらかじめ設定された回数だけ点分析が行われるまで、標準試料を偏向させる工程S404、Tiの比較スペクトルを取得する工程S404、およびスペクトルシ
フト量を求める工程S408を繰り返す。これにより、Tiのスペクトルについて、電子線の偏向量とスペクトルシフト量のテーブルを取得できる。
【0155】
設定された回数だけ点分析を行った場合(S410のYes)、すべての標準試料に対して分析を行ったか否かを判定する(S412)。
【0156】
すべての標準試料に対して分析を行っていない場合(S412のNo)、工程S402に戻って、Cdの標準試料を選択し、工程S402、工程S404、工程S406、工程S408、工程S410を行って、Cdのスペクトルについて、電子線の偏向量とスペクトルシフト量のテーブルを取得する。
【0157】
このようにして、Tiの標準試料、Cdの標準試料、Moの標準試料、およびSiの標準試料に対して分析を行う。この結果、Tiのスペクトル、Cdのスペクトル、Moのスペクトル、およびSiのスペクトルについて、電子線の偏向量とスペクトルシフト量のテーブルを取得できる。
【0158】
すべての標準試料に対して分析を行った場合(S412のYes)、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を求める(S414)。
【0159】
図19は、Tiのスペクトル、Cdのスペクトル、Moのスペクトル、およびSiのスペクトルの各々についての電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示すグラフである。図19に示すグラフの横軸は電子線の偏向量であり、縦軸はスペクトルシフト量である。なお、横軸の偏向量は、偏向距離で表しており、偏向距離は試料上での観察視野の中心と分析点(電子線の照射位置)との間の距離である。分析点が観察視野の中心にあるときに偏向距離はゼロとなる。また、スペクトルシフト量は、分光位置Lの差(mm)で表している。
【0160】
Tiのスペクトル、Cdのスペクトル、Moのスペクトル、およびSiのスペクトルの各々についての、電子線の偏向量とスペクトルシフト量のテーブルから、図19に示すグラフを作成できる。図19に示すように、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係は、元素ごと、すなわち、エネルギー(分光位置L)ごとに求める。
【0161】
以上の工程により、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を求めることができる。
【0162】
図20は、電子線の偏向量(偏向距離)ごとに、分光位置Lとスペクトルシフト量の関係を示すグラフである。
【0163】
図19に示すグラフから、図20に示すグラフが得られる。具体的には、図19に示すグラフの項目(元素)を、図20に示すグラフの横軸に変換する。このとき、図19に示すグラフの項目(元素)を、図20に示す横軸では分光位置Lで表す。さらに、図19に示すグラフの横軸に示す偏向距離を図20に示すグラフの項目に変換する。
【0164】
このようにして、図19に示す、元素ごとに求めた、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係から、図20に示す、電子線の偏向量ごとの、特性X線のエネルギー(分光位置L)とスペクトルシフト量の関係式を求めることができる。
【0165】
図19に示す各元素についての電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報および図20に示す電子線の偏向量ごとの、特性X線のエネルギーとスペクトルシフト量の関係を示す情報は、記憶部74に記憶される。なお、図19に示す関係および図20
示す関係は、表し方の違いであり、図19に示す関係の情報および図20に示す関係の情報のうちの一方が記憶部74に記憶されればよい。
【0166】
<電子線の偏向に起因するスペクトルシフトの補正方法>
次に、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトの補正方法について説明する。以下では、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトの補正の例として、電子線の偏向に起因するSc-Kα線のシフトを補正する場合について説明する。
【0167】
まず、図20に示す関係式から、Sc-Kα線における電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を求める。
【0168】
図21は、図20に示す関係式から、Sc-Kα線における電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を求める方法を説明するための図である。
【0169】
図21に示すように、Sc-Kα線のピーク位置である分光位置L=97.08mmに直線を引き、電子線の偏向量ごとに描かれた、分光位置Lとスペクトルシフト量の関係式との交点を求める。求めた交点を、横軸が偏向距離、縦軸がスペクトルシフト量であるグラフにプロットする。これにより、Sc-Kα線における電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係式を求めることができる。
【0170】
図22は、Sc-Kα線における電子線の偏向量(偏向距離)とスペクトルシフト量の関係式を示すグラフである。
【0171】
次に、図22に示す関係式を用いて、スペクトルマップの各ピクセルに格納されているスペクトルのScのピークのスペクトルシフトを補正する。具体的には、まず、図22に示す関係式を用いて、各ピクセルにおいて電子線の偏向量(偏向距離)からスペクトルシフト量を求める。電子線の偏向量(偏向距離)は、例えば、各ピクセルの座標から求めることができる。次に、各ピクセルにおいて、X線スペクトルのScピークを、求めたスペクトルシフト量に基づきシフトさせる。
【0172】
以上の工程により、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正できる。
【0173】
なお、上記では、補正対象となるピークが1つであったが、補正対象となるピークが複数であってもよい。補正対象となるピークが複数の場合には、上述した補正を、補正対象となる複数のピークの各々に対して行えばよい。
【0174】
<電子線の偏向に起因するスペクトルシフトの補正処理>
図23は、制御部60における電子線の偏向に起因するスペクトルシフトの補正処理の一例を示すフローチャートである。
【0175】
制御部60は、補正対象となるピークの指定を受け付ける(S500)。制御部60は、あらかじめ記憶部74に記憶された図19に示す関係式を読み出し、当該関係式に基づいて指定されたピーク位置における電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を求める(S502)。これにより、指定されたピーク位置における電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を取得できる。
【0176】
次に、制御部60は、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報に基づいて、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルに対して、スペクトルシフトの補正を行う(S504)。
【0177】
以上の処理により、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正できる。
【0178】
<実験例>
電子線の偏向量を変えながら点分析を行い、Scのスペクトルを取得した。
【0179】
図24は、Scを含む試料に対して、電子線の偏向量を変えながら点分析を行って取得した複数のScのスペクトルを示す図である。ここでは、分析点(電子線の照射位置)が観察視野の中心にあるとき、分析点が観察倍率300倍の観察視野の左端にあるとき(偏向量:0.21333…mm)、分析点が観察倍率200倍の観察視野の左端にあるとき(偏向量:0.32mm)、分析点が観察倍率300倍の観察視野の右端にあるとき、分析点が観察倍率200倍の観察視野の右端にあるときのそれぞれで、Scのスペクトルを取得した。分析点が観察視野の中心にあるときに、試料上の分析点がローランド円周上に位置し、集光条件を満たす。図24に示す複数のScのスペクトルから電子線の偏向量が大きいほど、スペクトルシフト量が大きいことがわかる。
【0180】
図24に示すScの各スペクトルにおいて、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正した。具体的には、各スペクトルを取得したときの電子線の偏向量から、図22に示す電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係式を用いて、各スペクトルにおけるスペクトルシフト量を求めた。そして、各スペクトルにおいて求めたスペクトルシフト量に基づいてスペクトルをシフトさせた。
【0181】
図25は、図24に示すScの各スペクトルにおいて、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正した結果を示す図である。図25に示すように、補正の結果、電子線の偏向量が異なる状態で取得された各スペクトルのピークの位置が一致した。したがって、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを正確に補正できた。
【0182】
2.3.2. 電子線の偏向に起因するX線強度の低下の補正
第2実施形態に係る分析方法では、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルに対して、電子線の偏向に起因するX線強度の低下の補正を行う。電子線の偏向に起因するX線強度の低下の補正は、電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示す情報に基づいて行われる。
【0183】
<電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を求める方法>
第2実施形態に係る分析方法は、電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示す情報を取得する工程を含む。当該情報を取得する工程では、まず、電子線を偏向させない状態で標準試料に電子線を照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して基準スペクトルを取得する。次に、電子線を偏向させた状態で標準試料に電子線を照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して比較スペクトルを取得する分析を、電子線の偏向量を変更しながら繰り返して複数の比較スペクトルを取得する。次に、基準スペクトルと各比較スペクトルを比較して、電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示す情報を取得する。
【0184】
図26は、電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を求める方法の一例を示すフローチャートである。以下では、分光素子52としてPET結晶を用いた場合について説明する。また、上述した図17に示す補正処理と同様の点については、その説明を省略する。
【0185】
まず、複数の標準試料を準備する(S600)。
【0186】
標準試料としては、例えば、Tiの標準試料、Cdの標準試料、Moの標準試料、およびSiの標準試料を用いることができる。
【0187】
次に、Tiの標準試料に対して点分析を行い、基準スペクトルを取得する(S602)。
【0188】
基準スペクトルを取得する工程S602は、図17に示す基準スペクトルを取得する工程S402と同様に行われる。ここでは、Tiの基準スペクトルを取得する。基準スペクトルは、集光条件を満たした状態で取得されており、電子線の偏向量はゼロである。
【0189】
次に、偏向器16で電子線EBを所定の偏向量だけ偏向させる(S604)。
【0190】
図18に示すように、分光素子52の短辺に対して垂直な方向に電子線EBを偏向させた状態で点分析を行い、Tiのスペクトル(比較スペクトル)を取得する(S606)。比較スペクトルは、電子線が偏向された状態で取得されたスペクトルである。
【0191】
次に、基準スペクトルのX線強度と比較スペクトルのX線強度を比較してX線強度の低下率を求める(S608)。具体的には、基準スペクトルにおけるTiのピークのX線強度に対する比較スペクトルにおけるTiのピークのX線強度の割合を求める。これにより、電子線EBが所定の偏向量だけ偏向されたときのX線強度の低下率を求めることができる。
【0192】
次に、あらかじめ設定された回数だけ点分析を行ったか否かを判定する(S610)。あらかじめ設定された回数だけ点分析を行っていない場合(S610のNo)、工程S604に戻って、電子線EBを偏向させ(S604)、Tiの比較スペクトルを取得し(S606)、X線強度の低下率を求める(S608)。電子線EBを偏向させる工程S604では、例えば、繰り返し回数に応じて電子線の偏向量を大きくする。
【0193】
このように、あらかじめ設定された回数だけ点分析が行われるまで、電子線を偏向させる工程S604、点分析を行う工程S606、およびX線強度の低下率を求める工程S608を繰り返す。これにより、Tiのスペクトルについて、電子線の偏向量とX線強度の低下率のテーブルを取得できる。
【0194】
設定された回数だけ点分析を行った場合(S610のYes)、すべての標準試料に対して分析を行ったか否かを判定する(S612)。
【0195】
すべての標準試料に対して分析を行っていない場合(S612のNo)、工程S602に戻って、Cdの標準試料を選択し、工程S602、工程S604、工程S606、工程S608、工程S610を行って、Cdのスペクトルについて、電子線の偏向量とX線強度の低下率のテーブルを取得する。
【0196】
このようにして、Tiの標準試料、Cdの標準試料、Moの標準試料、およびSiの標準試料に対して分析を行う。この結果、Tiのスペクトル、Cdのスペクトル、Moのスペクトル、およびSiのスペクトルについて、電子線の偏向量とX線強度の低下率のテーブルを取得できる。
【0197】
すべての標準試料に対して分析を行った場合(S612のYes)、電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を求める(S614)。
【0198】
図27は、Tiのスペクトル、Cdのスペクトル、Moのスペクトル、およびSiのスペクトルの各々についての電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示すグラフである。図27に示すグラフの横軸は電子線の偏向量であり、縦軸はX線強度の低下率である。
X線強度の低下率は基準スペクトルにおけるX線強度に対する比較スペクトルにおけるX線強度の割合である。なお、横軸の電子線の偏向量は、偏向距離として表している。
【0199】
Tiのスペクトル、Cdのスペクトル、Moのスペクトル、およびSiのスペクトルの各々についての、電子線の偏向量とX線強度の低下率のテーブルから、図27に示すグラフを作成できる。
【0200】
以上の工程により、電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を求めることができる。
【0201】
図28は、偏向距離とX線強度を補正するための補正値の関係を示すグラフである。
【0202】
図27に示すグラフから、図28に示す偏向距離と補正値の関係を示すグラフを作成する。補正値は、電子線の偏向により低下したX線強度を基準スペクトルのX線強度と同じ値にするための係数である。スペクトルのX線強度に補正値を乗算することで、X線強度を補正できる。補正値は、図28に示すように、電子線の偏向量が大きいほど大きくなる関数として表される。
【0203】
図29は、電子線の偏向量ごとに、分光位置Lと補正値の関係を示すグラフである。
【0204】
図28に示すグラフの項目を図29に示すグラフの横軸に変換し、図28に示すグラフの横軸を図29に示すグラフの項目に変換する。これにより、図29に示す電子線の偏向量ごとに、分光位置Lと補正値の関係式を求めることができる。
【0205】
図27に示す各元素についての電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示す情報、図28に示す各元素についての偏向距離と補正値の関係を示す情報、および図29に示す電子線の偏向量ごとの、分光位置Lと補正値の関係を示す情報は、記憶部74に記憶される。なお、図27に示す関係、図28に示す関係、および図29に示す関係は表し方の違いであり、図27に示す関係、図28に示す関係、および図29に示す関係のうちの1つが記憶部74に記憶されればよい。
【0206】
<電子線の偏向に起因するX線強度の低下の補正方法>
次に、電子線の偏向に起因するX線強度の低下の補正方法について説明する。以下では、電子線の偏向に起因するX線強度の低下の補正の例として、電子線の偏向に起因するSc-Kα線のピークのX線強度の低下を補正する場合について説明する。
【0207】
まず、図29に示す関係式から、Sc-Kα線における電子線の偏向量と補正値の関係を求める。具体的には、図29に示すグラフにおいて、Sc-Kα線のピーク位置である分光位置L=97.08mmに直線を引き、電子線の偏向量ごとに描かれた、分光位置Lと補正値の関係式の交点を求める。求めた交点を、横軸が偏向距離、縦軸が補正値であるグラフにプロットする。これにより、Sc-Kα線における電子線の偏向量と補正値の関係式を求めることができる。
【0208】
図30は、Sc-Kα線における電子線の偏向量と補正値の関係を示すグラフである。
【0209】
次に、図30に示す関係式を用いて、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルのScのピークのX線強度を補正する。具体的には、まず、図30に示す関係式を用いて、各ピクセルにおいて、電子線の偏向量(偏向距離)から補正値を求める。次に、各ピクセルにおいて、X線スペクトルのScピークの強度に、求めた補正値を乗算する。これにより、電子線の偏向に起因するScのピークのX線強度の低下を補正できる。
【0210】
以上の工程により、電子線の偏向に起因するX線強度の低下を補正できる。
【0211】
なお、上記では、補正対象となるピークが1つであったが、補正対象となるピークが複数であってもよい。補正対象となるピークが複数の場合には、上述した補正を、補正対象となる複数のピークの各々に対して行えばよい。
【0212】
<電子線の偏向に起因するX線強度の低下の補正処理>
図31は、制御部60における電子線の偏向に起因するX線強度の低下の補正処理の一例を示すフローチャートである。
【0213】
まず、制御部60は、補正対象となるピークの指定を受け付ける(S700)。制御部60は、あらかじめ記憶部74に記憶された図27に示す関係式を読み出し、当該関係式に基づいて指定されたピーク位置における電子線の偏向量と補正値(X線強度の低下率)の関係を示す情報を求める(S702)。これにより、指定されたピーク位置における電子線の偏向量と補正値(X線強度の低下率)の関係を示す情報を取得できる。
【0214】
次に、制御部60は、電子線の偏向量と補正値(X線強度の低下率)の関係に基づいて、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルに対して、X線強度の補正を行う(S704)。
【0215】
以上の処理により、電子線の偏向に起因するX線強度の低下を補正できる。
【0216】
<実験例>
図24に示すScの各スペクトルを取得し、図24に示すScの各スペクトルに基づいて観察倍率200倍でのSc-Kα線のマップデータを作成した。
【0217】
図32は、観察倍率200倍でのSc-Kα線のマップデータのイメージ図である。
【0218】
図32に示すマップデータは、ビームスキャンによるマップ分析を再現した。図32に示すマップデータでは、観察視野中心で取得したスペクトルのピーク強度(最大X線強度)を100とした場合、観察視野の端でのX線強度(最小X線強度)は11.9となった。このように、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトおよびX線強度の低下によって、観察視野の端ではX線強度が大きく低下している。
【0219】
次に、図32に示すマップデータに対して電子線の偏向に起因するスペクトルシフトの補正を行った。具体的には、図22に示す電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係に基づいて、図32に示すマップデータの各ピクセルに格納されたスペクトルをシフトさせた。
【0220】
図33は、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正したマップデータのイメージ図である。
【0221】
図33に示すマップデータでは、観察視野の中心で取得したスペクトルのピーク強度(最大X線強度)を100とした場合、観察視野の端でのX線強度(最小X線強度)は88.5となった。このようにスペクトルシフトを補正することによって、X線強度も補正できた。
【0222】
次に、図33に示すマップデータに対して電子線の偏向に起因するX線強度の低下の補正を行った。具体的には、図30に示す電子線の偏向量と補正値(X線強度の低下率)の関係に基づいて、図33に示すマップデータの各ピクセルに格納されたスペクトルのX線
強度を補正した。
【0223】
図34は、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトおよび電子線の偏向に起因するX線強度の低下を補正したマップデータのイメージ図である。
【0224】
図34に示すマップデータでは、観察視野の中心で取得したスペクトルのピーク強度(最大X線強度)を100とした場合、観察視野の端でのX線強度(最小X線強度)は96.7となった。このようにスペクトルシフトおよびX線強度を補正することによって、観察視野の全体においてX線強度の誤差が±3%程度に収まった。したがって、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトおよびX線強度の低下を正確に補正できた。
【0225】
2.4. 効果
第2実施形態に係る分析方法では、複数のマップデータを取得する工程において、偏向器16で電子線EBを偏向させることによって電子線EBで試料S上を走査する。また、第2実施形態に係る分析方法は、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルにおいて、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正する工程を含み、スペクトルシフトを補正する工程では、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報に基づいてスペクトルシフトを補正する。
【0226】
このように、第2実施形態に係る分析方法では、ビームスキャンによって試料Sを走査できるため、ステージスキャンによって試料Sを走査する場合と比べて、短時間でマップ分析を行うことができる。したがって、第2実施形態に係る分析方法では、スペクトルイメージングを短時間で行うことができる。さらに、第2実施形態に係る分析方法では、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正できる。
【0227】
第2実施形態に係る分析方法は、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を取得する工程を含む。当該情報を取得する工程では、電子線を偏向させない状態で標準試料に電子線を照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して基準スペクトルを取得し、電子線を偏向させた状態で標準試料に電子線を照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して比較スペクトルを取得する分析を、電子線の偏向量を変更しながら繰り返して複数の比較スペクトルを取得し、基準スペクトルに対する各比較スペクトルのスペクトルシフト量を求めて、前記情報を取得する。
【0228】
そのため、第2実施形態に係る分析方法では、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報を取得できる。
【0229】
第2実施形態に係る分析方法は、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたX線スペクトルにおいて、電子線の偏向に起因するX線強度の低下を補正する工程を含む。また、X線強度の低下を補正する工程では、電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示す情報に基づいてX線強度の低下を補正する。そのため、第2実施形態に係る分析方法では、電子線の偏向に起因するX線強度の低下を補正できる。
【0230】
第2実施形態に係る分析方法は、電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示す情報を取得する工程を含む。また、当該情報を取得する工程では、電子線を偏向させない状態で標準試料に電子線を照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して基準スペクトルを取得し、電子線を偏向させた状態で標準試料に電子線を照射して標準試料から放出されたX線を分光素子52の位置を変更しながら検出して比較スペクトルを取得する分析を、電子線の偏向量を変更しながら繰り返して複数の比較スペクトルを取得し、基準スペクトルのX線強度と各比較スペクトルのX線強度を比較して
、前記情報を取得する。
【0231】
そのため、第2実施形態に係る分析方法では、電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示す情報を取得できる。
【0232】
上述したように、第2実施形態に係る分析方法では、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトおよび電子線の偏向に起因するX線強度の低下を補正できる。そのため、第2実施形態に係る分析方法では、ビームスキャンを用いて低倍率のマップ分析を行うことができる。したがって、第2実施形態に係る分析方法では、低倍率のスペクトルマップを短時間で取得できる。
【0233】
分析装置100は、電子線の偏向量とスペクトルシフト量の関係を示す情報が記憶された記憶部74を含む。そのため、分析装置100では、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルに対して、電子線の偏向に起因するスペクトルシフトを補正できる。
【0234】
分析装置100は、電子線の偏向量とX線強度の低下率の関係を示す情報が記憶された記憶部74を含む。そのため、分析装置100では、スペクトルマップの各ピクセルに格納されたスペクトルに対して、電子線の偏向に起因するX線強度の低下を補正できる。
【0235】
3. 第3実施形態
3.1. 分析装置
次に、第3実施形態に係る分析方法について説明する。以下では、上述した第1実施形態に係る分析方法および第2実施形態に係る分析方法と異なる点について説明し、同様の点については説明を省略する。
【0236】
第3実施形態に係る分析方法に用いられる分析装置は、上述した図1および図2に示す分析装置100と同じであり、その説明を省略する。
【0237】
3.2. スペクトルイメージング
スペクトルイメージングでは、各ピクセルに格納されるX線スペクトルの分析点の数だけマップ分析を行う。そのため、スペクトルイメージングには、分析に長時間かかってしまうという問題がある。
【0238】
したがって、第3実施形態に係る分析方法では、あらかじめ試料Sに含まれる元素の情報を取得し、試料Sに含まれる元素の情報に基づいて分光素子52の位置を変更する間隔を設定する。これにより、第3実施形態に係る分析方法では、マップ分析を行う回数を低減できる。したがって、第3実施形態に係る分析方法では、短時間でスペクトルイメージングを行うことができる。
【0239】
図35は、第3実施形態に係る分析方法の一例を示すフローチャートである。第3実施形態に係る分析方法は、試料Sに含まれる元素の情報を取得する工程を含む点、試料Sに含まれる元素の情報に基づいて分光素子52の位置を変更する間隔を設定する点を除いて、上述した図6に示す第1実施形態に係る分析方法と同様である。以下、第1実施形態に係る分析方法と異なる点について説明し、同様の点については説明を省略する。
【0240】
試料Sに含まれる元素の情報を取得する工程S2では、蛍光X線分光器(XRF:X-ray Fluorescence Spectrometer)を用いて試料Sを測定し、試料Sに含まれる元素の情報を取得する。XRFによる分析結果から、試料Sに含まれる元素の情報を取得できる。図示はしないが、分析装置100は、XRFを含んでいてもよい。
【0241】
ここで、XRFはX線励起であるため、電子線励起のEDS等に比べて、連続X線の発生が少なくバックグラウンドが低い。そのため、XRFでは、高感度分析を短時間で行うことができる。また、XRFでは、WDSでマップ分析を行う領域に含まれる元素を一度に検出できる。このように、XRFでは、短時間で微量元素の情報を取得可能である。
【0242】
なお、ここでは、XRFを用いて試料Sに含まれる元素の情報を取得する場合について説明したが、試料Sに含まれる元素の情報を容易に取得できれば試料Sに含まれる元素の情報を取得する手法は限定されない。
【0243】
例えば、EDS40を用いて試料Sに含まれる元素の情報を取得してもよい。EDS40では、WDSに比べて、短時間で試料Sに含まれる元素の情報を取得できる。また、例えば、分析装置100に搭載された5つのWDSを用いたスペクトルイメージングにおいて短時間で測定可能な分析条件を設定することによって、試料Sに含まれる元素の情報を取得してもよい。例えば、マップ分析のピクセル数を少なくすることによって、短時間でスペクトルイメージングが可能である。また、例えば、マップ分析において1点あたりの滞在時間を短くすることによって、短時間でスペクトルイメージングが可能である。
【0244】
分光素子52を移動させる工程S20では、工程S2で取得した試料Sに含まれる元素の情報に基づいて、分光素子52の位置を変更する間隔を設定する。例えば、試料Sに含まれる元素の情報に基づいて、元素に固有のピークの位置を特定し、スペクトルのバックグラウンドを測定するときの分光素子52の移動間隔を、ピーク位置を測定するときの移動間隔よりも大きく設定する。
【0245】
図36は、分光素子52の移動間隔の設定方法を説明するための図である。図36には、LiF結晶で取得した試料Sの観察視野全体のスペクトルデータを示している。図36では、ピーク位置およびその近傍の領域にハッチングを付している。
【0246】
図36に示すハッチングを付したピーク位置およびその近傍の領域では、ハッチングを付していないバックグラウンド領域に比べて、分光素子52の移動間隔を小さく設定する。これにより、測定エネルギー範囲の全体において分光素子52の移動間隔を一定にする場合と比べて、マップ分析を行う回数を減らすことができる。したがって、スペクトルイメージングに要する時間を短縮できる。
【0247】
例えば、隣り合うピーク領域の間のバックグラウンド領域では、隣り合うピークの中間の位置でのみマップ分析が行われるように分光素子52の移動間隔を設定してもよい。すなわち、バックグラウンド領域の測定点数を1点にしてもよい。
【0248】
3.3. 制御部の処理
図37は、制御部60のスペクトルイメージング処理の一例を示すフローチャートである。制御部60の処理は、試料Sに含まれる元素の情報を受け付ける処理を行う点、試料Sに含まれる元素の情報に基づいて分光素子52の位置を変更する間隔を設定する点を除いて、上述した図7に示す制御部60のスペクトルイメージング処理と同様である。以下、図7に示す制御部60のスペクトルイメージング処理と異なる点について説明し、同様の点については説明を省略する。
【0249】
制御部60は、スペクトルイメージングの分析条件の設定を受け付ける処理S100の後、試料Sに含まれる元素の情報を取得する(S101)。
【0250】
制御部60は、不図示のXRFによる試料Sの定性分析の結果を受け付けて、当該定性
分析の結果から試料Sに含まれる元素の情報を取得する。なお、制御部60は、EDS40による試料Sの定性分析の結果を受け付けて、当該定性分析の結果から試料Sに含まれる元素の情報を取得してもよい。また、ユーザーが操作部70を介して入力した試料Sに含まれる元素の情報を受け付けてもよい。
【0251】
制御部60は、分光素子52を移動させる処理S106において、試料Sに含まれる元素の情報に基づいて、分光素子52の位置を変更する間隔を設定する。例えば、制御部60は、試料Sに含まれる元素の情報に基づいて、元素に固有のピークの位置を特定し、スペクトルのバックグラウンドを測定するときの分光素子52の移動間隔を、ピークを測定するときの移動間隔よりも大きく設定する。
【0252】
3.4. 効果
第3実施形態に係る分析方法では、試料Sに含まれる元素の情報を取得する工程を含み、複数のマップデータを取得する工程では、試料Sに含まれる元素の情報に基づいて、分光素子52の位置を変更する間隔を設定する。そのため、第3実施形態に係る分析方法では、マップ分析を行う回数を低減できる。したがって、第3実施形態に係る分析方法では、短時間でスペクトルイメージングを行うことができる。
【0253】
第3実施形態に係る分析方法では、XRFまたはEDSによる分析によって、試料Sに含まれる元素の情報を取得する。そのため、第3実施形態に係る分析方法では、短時間で試料Sに含まれる元素の情報を取得できる。
【0254】
分析装置100において、制御部60は、試料に含まれる元素の情報を取得する処理を行い、制御部60は、前記情報に基づいてX線スペクトルにおける元素に固有のピークの位置を特定し、X線スペクトルのバックグラウンドを測定するときの間隔を、ピークを測定するときの間隔よりも大きく設定する。そのため、分析装置100では、マップ分析を行う回数を低減できる。したがって、分析装置100では、短時間でスペクトルイメージングを行うことができる。
【0255】
なお、上述した実施形態及び変形例は一例であって、これらに限定されるわけではない。例えば各実施形態及び各変形例は、適宜組み合わせることが可能である。
【0256】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、さらに種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成を含む。実質的に同一の構成とは、例えば、機能、方法、及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成である。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0257】
10…電子光学系、12…電子銃、14…集束レンズ、16…偏向器、18…対物レンズ、20…試料ステージ、30…電子検出器、40…EDS、50a…WDS、50b…WDS、50c…WDS、50d…WDS、50e…WDS、52…分光素子、54…X線検出器、60…制御部、70…操作部、72…表示部、74…記憶部、100…分析装置
図1
図2
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