(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066878
(43)【公開日】2024-05-16
(54)【発明の名称】液体操作デバイス、これを用いたセンサデバイス、熱スイッチ及び液体操作方法
(51)【国際特許分類】
B01J 19/00 20060101AFI20240509BHJP
G01N 37/00 20060101ALI20240509BHJP
G01N 1/00 20060101ALI20240509BHJP
【FI】
B01J19/00 B
G01N37/00 101
G01N1/00 101G
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022176652
(22)【出願日】2022-11-02
(71)【出願人】
【識別番号】305013910
【氏名又は名称】国立大学法人お茶の水女子大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】矢菅 浩規
(72)【発明者】
【氏名】奥村 剛
【テーマコード(参考)】
2G052
4G075
【Fターム(参考)】
2G052AD06
2G052AD46
2G052BA02
2G052BA14
2G052CA04
2G052CA39
4G075AA02
4G075AA39
4G075AA65
4G075BB05
4G075BB10
4G075CA14
4G075DA02
4G075EB50
4G075FA02
4G075FC11
4G075FC15
(57)【要約】
【課題】任意の方向から、または任意の方向への液体の輸送を含む液体操作技術を提供する。
【解決手段】液体操作デバイスは、3次元的に配置されたマイクロキャビティの周期構造を有する導電性の構造体と前記構造体を覆う誘電層とを有するマイクロ格子構造を備え、前記構造体と液体との間の電圧の印加と解除を選択的に制御することで、前記マイクロ格子構造の内部への前記液体の取り込みと排出が操作可能である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3次元的に配置されたマイクロキャビティの周期構造を有する導電性の構造体と、前記構造体を覆う誘電層とを有するマイクロ格子構造、
を備え、
前記構造体と液体との間の電圧の印加と解除を選択的に制御することで、前記マイクロ格子構造の内部への前記液体の取り込みと排出が操作可能な液体操作デバイス。
【請求項2】
前記構造体は、導電体で形成されているか、または、前記マイクロキャビティを形成する骨格と前記骨格を覆う導電層とを有する、
請求項1に記載の液体操作デバイス。
【請求項3】
前記マイクロ格子構造は、前記マイクロキャビティを構成する多面体の立体形状、ジャイロイド、または格子構造を有する、
請求項1に記載の液体操作デバイス。
【請求項4】
前記電圧の印加により、分子内に極性をもつ第1の液体を前記マイクロ格子構造の内部に取り込み、その後に前記電圧の印加をオフにすることで、前記マイクロキャビティ内に前記第1の液体の液滴を保持したまま、前記マイクロ格子構造の内部の前記第1の液体を、分子内に極性を持たない第2の液体と置換する
請求項1に記載の液体操作デバイス。
【請求項5】
複数の前記マイクロ格子構造を有し、
複数の前記マイクロ格子構造の中の2以上のマイクロ格子構造を選択して前記電圧を印加または解除することで前記液体を任意の方向へ移送する、
請求項1に記載の液体操作デバイス。
【請求項6】
前記2以上のマイクロ格子構造と前記液体との間の前記電圧の印加と解除を制御することで、複数の前記マイクロ格子構造の間で前記液体を移送、分割、混合または融合する、
請求項5に記載の液体操作デバイス。
【請求項7】
複数の前記マイクロ格子構造のうちの第1のマイクロ格子構造から第1の液体を取り込み、第2のマイクロ格子構造から第2の液体を取り込み、複数の前記マイクロ格子構造への前記電圧の印加と解除を制御することで、前記第1の液体と前記第2の液体を移送、融合、または分割する、
請求項5に記載の液体操作デバイス。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の液体操作デバイスと、
前記マイクロ格子構造の内部に取り込まれた前記液体の物理量または前記液体に含まれる所定の物質を検知するセンサと、
を有するセンサデバイス。
【請求項9】
前記電圧の印加と解除を制御することで所望のタイミングで前記液体のサンプリングが可能な請求項8に記載のセンサデバイス。
【請求項10】
前記液体のサンプリングタイミングを制御する制御部と、
前記センサによる検出結果を送信する送信機と、
を有する請求項9に記載のセンサデバイス。
【請求項11】
熱源とヒートシンクの間に請求項1から7のいずれか1項に記載の液体操作デバイスを配置し、前記構造体と前記液体の間への前記電圧の印加と解除を制御して前記熱源と前記ヒートシンクの間の空間の熱特性を切り替える、
熱スイッチ。
【請求項12】
3次元的に配置されたマイクロキャビティの周期構造を有する導電性の構造体を誘電層で覆ったマイクロ格子構造を作製し、
前記構造体と、前記マイクロ格子構造に接する液体との間の電圧の印加と解除を選択的に制御して、前記マイクロ格子構造の内部への前記液体の取り込みと排出を操作する、
液体操作方法。
【請求項13】
複数の前記マイクロ格子構造を1次元、2次元、または3次元に配置し、
複数の前記マイクロ格子構造の中の2以上のマイクロ格子構造を選択することで前記液体をサンプリングし、任意の方向へ移送し、融合、混合、分割、または排出する
請求項12に記載の液体操作方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ周期構造を用いて任意の方向に液体を操作する液体操作デバイス、これを用いたセンサデバイス、熱スイッチ、及び液体操作方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、様々なモノとサイバー空間をつなぐIoT(Internet of Things)デバイスの開発が盛んに行われている。たとえば、環境水、下水、工業関連液体、ヒトの体液など、様々な液体の状態をモニタリングするIoT型デバイスの必要性が唱えられており、簡易な構成での効率的な液体サンプリングが求められている。
【0003】
微小な流路で構成されたマイクロ流体デバイスで海水中のリン酸塩をモニタリングする技術や(たとえば、非特許文献1参照)、ハニカム状に配置されるマイクロチャネルを用いて電気的毛管圧力により液体を吸引し、排出する技術(たとえば、非特許文献2)が実証されている。ナノスケールの多孔質状の金(Au)の構造体と液体の間に電圧を与えて液体を吸引する技術も提案されている(たとえば、非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】M. M. Grand et al., "A Lab-On-Chip Phosphate Analyzer for Long-term In Situ Monitoring at Fixed Observatories: Optimization and Performance Evaluation in Estuarine and Oligotrophic Coastal Waters," Front. Mar. Sci., vol. 4, 2017, doi: 10.3389/fmars.2017.00255.
【非特許文献2】M. W. J. Prins, W. J. J. Welters, and J. W. Weekamp, "Fluid control in multichannel structures by electrocapillary pressure," Science, vol. 291, no. 5502, pp. 277-280, 2001, doi: 10.1126/science.291.5502.277.
【非特許文献3】Y. Xue, J. Markmann, H. Duan, J. Weissmuller, and P. Huber, "Switchable imbibition in nanoporous gold.," Nat. Commun., vol. 5, no. May, p. 4237, 2014, doi: 10.1038/ncomms5237.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1に記載されるモニタリングデバイスは機械式ポンプを用いており、流入口と流出口を除いて流路の完全な封止が必要である。流路が詰まった場合、システムは機能しなくなる。非特許文献2は、直線状のマイクロチャネルをハニカム状に集合させた構成を有し、マイクロチャネルが延びる方向にしか液体を輸送できない。非特許文献3は、ナノスケールのランダムな金属多孔質体を用いており、多孔質体の内部に絶縁被膜を形成することが難しい。そのため、多孔質体の内部に液体を吸引できても、吸引した液体を排出することができない。
【0006】
本発明は、任意の方向から、または任意の方向への液体の輸送を含む液体操作技術を提供することをひとつの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一実施形態において、液体操作デバイスは、
3次元的に配置されたマイクロキャビティの周期構造を有する導電性の構造体と、前記構造体を覆う誘電層とを有するマイクロ格子構造、
を備え、前記構造体と液体との間の電圧の印加と解除を選択的に制御することで、前記マイクロ格子構造の内部への前記液体の取り込みと排出を操作可能とする。
【発明の効果】
【0008】
任意の方向から、または任意の方向への液体の輸送を含む液体操作技術が提供される。この技術を利用することで、液体のサンプリング、移送、融合、分離などの操作や、様々なセンサデバイス、熱スイッチ等への適用が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】第1実施形態の液体操作デバイスの基本構成を示す模式図である。
【
図2】液体操作デバイスで用いられるマイクロ格子構造の作製例を示す図である。
【
図3】スパッタリングによる金属コーティングを示す図である。
【
図4】無電解メッキによる金属コーティングを示す図である。
【
図5】EWOD(electrowetting-on-dielectric)による接触角変化の実験セットアップと測定結果を示す図である。
【
図6】EWODによる液滴吸収の第1の構成例の図である。
【
図7】
図6の構成における電圧印加直後の液滴吸収のスナップショットである。
【
図8】EWODによる液滴吸収の第2の構成例の図である。
【
図9】
図8の構成における電圧印加直後の液滴吸収のスナップショットである。
【
図10】
図8の構成における電圧オフ直後の液滴排出のスナップショットである。
【
図11】EWODを利用して微小液滴アレイを生成する第3の構成例の図である。
【
図12】第2実施形態の液体操作デバイスの基本構成を示す模式図である。
【
図13A】
図12の液体操作デバイスを用いた1次元輸送の模式図である。
【
図13B】
図12の液体操作デバイスを用いた2次元輸送の模式図である。
【
図13C】
図12の液体操作デバイスを用いた3次元輸送の模式図である。
【
図14】液体操作デバイスによる液滴融合の模式図である。
【
図15】液体操作デバイスによる液滴分割の模式図である。
【
図16】液体操作デバイスを用いたセンサデバイスの一例を示す模式図である。
【
図17】液体操作デバイスを用いたセンサデバイスの別の例を示す模式図である。
【
図18】液体操作デバイスを用いたバイオセンサの一例を示す模式図である。
【
図19】
図18のバイオセンサでの液体操作の一例を示す図である。
【
図20】液体操作デバイスを用いたバイオセンサの別の例を示す模式図である。
【
図21】
図20のバイオセンサでの液体操作の一例を示す図である。
【
図22】液体操作デバイスの熱スイッチへの適用例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下で、図面を参照して本発明の実施形態を説明する。下記の実施形態は、発明の技術思想を具体化するための例示であり、本発明を下記の構成に限定するものではない。図面中、同一の構成要素には同一符号を付して、重複する記載を省略する場合がある。図面に示される部材の大きさや位置関係は、発明の理解を容易にするために誇張されている場合がある。
【0011】
<第1実施形態>
図1は、第1実施形態の液体操作デバイス100の基本構成を示す模式図である。液体操作デバイス100は、EWODを利用して、任意の方向に液体を操作する。液体の操作には、液体のサンプリング、吸引、移送、融合、混合、分割、排出、その他の処理が含まれる。これを実現するために、3次元的なマイクロキャビティの周期構造を有するマイクロ格子構造10を用いる。
【0012】
図1の(a)はマイクロ格子構造10の模式図、(b)はEWODを利用した液体操作デバイス100の模式図である。マイクロ格子構造10は、3次元的に配置されたマイクロキャビティ115の周期構造を有する導電性の構造体11Aまたは11B(以下、適宜「構造体11」と総称する)と、構造体11を覆う誘電層14とで形成される。
図1の例では、マイクロピラー111で構成される多面体でマイクロキャビティ115が形成されているが、この例に限定されず、ジャイロイドや、面心格子、体心格子、六方格子などの周期構造のマイクロキャビティが形成されていてもよい。周期構造のマイクロキャビティ115の大きさがミリメートルオーダーになると、重力の影響が大きくなり、任意の方向への液体の吸引が難かしくなる。マイクロキャビティ115をより微細にすると吸引力が増大するが、粘性の影響が大きくなり、排出が難しくなる。ここから、マイクロキャビティの大きさまたは径は、ミクロンオーダー、好ましくは数10μmから数100μmである。
【0013】
導電性の構造体11は、EWODを実現可能であれば、一部に非導電体が含まれていてもよい。たとえば、マイクロ格子構造10Aの構造体11Aは、骨格12と、骨格12を覆う導電層13で形成され、骨格12は、樹脂、セラミック、ガラスなどの非導電性の材料で形成されていてもよい。骨格12の表面の導電層13を覆って、誘電層14が形成される。一方、マイクロ格子構造10Bのように、構造体11Bの全体が導電性の材料で形成されていてもよい。この場合、構造体11Bの表面を覆って誘電層14が形成される。いずれの場合も、マイクロ格子構造10Aまたは10Bに電圧を印加することで、EWOD技術を利用することができる。
【0014】
EWODは、液体と、絶縁被膜で覆われた導電性の基材との間に電圧を印加して、液体に対する基材の濡れ性を変化させる技術である。
図1の(b)に示すように、電源15の一方の端子をマイクロ格子構造10の導電性の構造体11に接続し、他方の端子を液体120に接続して電圧を印加することで、液体120に対するマイクロ格子構造10の濡れ性が変化する。濡れ性を高くすることで、液体120を3次元的なマイクロキャビティ115の内部に吸引することができる。電圧印加によってマイクロ格子構造10の内部に取り込まれる液体120は、純水、水溶液、イオン液体、液体金属、またはエチレングルコール(2価アルコール)やグリセリン(3価アルコール)などの一部のアルコール類であってもよい。電圧印加を解除することで、液体120はマイクロキャビティ115から排出される。電圧のオン・オフにより、液体120に対する濡れ性を変化させることができる。電圧が印加された状態を初期状態とし、電圧印加の解除により液体をマイクロ格子構造10の内部に取り込む場合、液体は極性をもたないオイル類であってもよい。
【0015】
公知の構成(非特許文献2参照)では、マイクロチャネルが延びる一定の方向にしか液体を輸送することができない。これに対し、液体操作デバイス100は、マイクロキャビティの3次元配列を有するマイクロ格子構造10を用いるため、任意の方向から液体120を吸収し、任意の方向に液体120を排出することができる。
【0016】
<マイクロ格子構造の作製>
図2は、液体操作デバイス100で用いられるマイクロ格子構造10の作製例を示す。実施例では、3Dプリンタによりマイクロ格子構造10の骨格12を作製する。具体的には、光造形方式の3Dプリンタを用い、光硬化性樹脂により、3次元の周期構造の骨格12を作製する。
図2の(a)は実際に作製した骨格12の画像、(b)は骨格12の模式図、(c)は骨格12を構成する単位構造110の模式図である。
【0017】
骨格12は、アクリル系樹脂で形成されており、5×5×3の単位構造110を含む。単位構造110の寸法(W×L×H)は1mm×1mm×1mm以下であり、単位構造110の内部にミクロンオーダーのマイクロキャビティ115が形成される。マイクロキャビティ115を構成するマイクロピラー111の幅tは0.2mmである。骨格12を導電層13で覆うことで、導電性の構造体11A(
図1の(a)参照)が得られる。なお、金属3Dプリンタを用いて、全体が導体で形成された構造体11Bを作製してもよい。
【0018】
図3は、スパッタリングによる金属コーティングを示し、
図4は、無電解メッキによる金属コーティングを示す。
図2で作製した樹脂の骨格12に金属コーティングを施して、導電性の構造体11Aを得る。骨格12に導電性を与えることができれば、どのようなコーティング方法を用いてもよいが、ここでは、樹脂の軟化温度より低い温度で成膜できるスパッタリング、または無電解メッキを用いる。
【0019】
図3の(a)はスパッタリング後の構造体11Aの光学像、(b)は走査型電子顕微鏡(SEM)像である。クロム(Cr)とAuのターゲットを用いて、骨格12の上にCr/Auの薄膜を形成する。下層のCr膜は、骨格12への密着層として機能する。Cr/Au薄膜のトータルの厚さは約75nmである。光学像(a)から、Auの光沢が観察される。テスターでCr/Au薄膜の電気的な導通が確認された。
【0020】
図4の(a)は無電解メッキ後の構造体11Aの光学像、(b)はSEM像である。ニッケル(Ni)の無電解メッキにより、骨格12の表面に厚さ約300nmのNi薄膜を形成する。Ni無電解メッキ膜の上に、Au電解メッキ膜を積層してもよい。テスターでNi薄膜の電気的な導通が確認された。導電層13の材料は、AuとNiに限定されず、Ag、Cu、Pt、Pd、Al、In、Ti、Co、Ta、Ir、V、Wなどの他の良導体を用いてもよい。あるいは、酸化インジウムスズ(ITO)、酸化インジウム・酸化亜鉛(IZO))、酸化インジウム亜鉛スズ(IZTO)、酸化インジウムガリウム亜鉛(IGZO)などの透明導電膜を用いてもよい。
【0021】
図3または
図4の金属コーティングの表面に、誘電層14を形成する。誘電層14は、シリコーン、ポリ塩化ビニル、ポリパラキシリレン(「パリレン(登録商標)」として知られている)等で形成され得る。シリコーンまたは塩化ビニルの誘電層14を形成する場合は、シリコーンまたはポリ塩化ビニルを含む有機溶剤またはゾルに構造体11Aを浸漬し、引き上げることで、膜厚が約10μmの絶縁性の樹脂膜が形成される。ポリパラキシリレンの誘電層14は、化学蒸着法により1μmから10μmの厚さに形成される。誘電層14の種類はシリコーン、ポリ塩化ビニル、ポリパラキシリレンに限定されず、他の絶縁性ポリマ薄膜を形成してもよい。ポリパラキシリレン薄膜の上に、ポリパラキシリレンよりも撥水性の高いフッ素系のポリマ薄膜を形成して、電圧印加を解除したときの液体の排出を容易にしてもよい。あるいはマイクロキャビティ115内にあらかじめ鉱油やシリコーンオイルを満たしておくことで、潤滑作用を働かせてもよい。これにより、マイクロ格子構造10が得られる。
【0022】
導電性の構造体11の表面にポリパラキシリレンの誘電層14を形成したサンプルを用いて、EWODによる液体吸引を確認する。液体が接触したときの漏電を防ぐために、ポリパラキシリレンの誘電層14の厚さを8μmから9μmにする。ヤング・リップマンの式
cosθ=cosθ0+(ε0εr/2γt)V2
から、誘電層14の厚さtを薄くすることで、印加電圧Vを低減できる。ここで、θはEWODによる変化後の接触角、θ0は誘電層14上の静的接触角、ε0は真空の誘電率、εrは誘電体の比誘電率、γは表面張力である。用いる誘電体の種類に応じて、漏電しない範囲内で誘電層14を薄くして、印加電圧Vを低減してもよい。
【0023】
EWODによる液体吸引の予備実験として、印加電圧を変えたときの接触角の変化を測定する。
図5の(a)は、電圧印加による接触角変化の実験セットアップの模式図、(b)は測定結果である。樹脂基板201上にNi薄膜202とポリパラキシリレン層203をこの順で形成した基材210の上に、20μLの1M KCl水溶液を滴下する。電源15のプラス端子を液滴121に接続し、GND端子をNi薄膜202に接続して電位差を与えたときの接触角θを測定する。
【0024】
図5の(b)に示すように、印加電圧(V)を上げていくと、接触角θ(度)が小さくなり、濡れ性が大きくなる。400~700V近傍で、接触角θに大きな変化が生じなくなる。800V以上では、不安定な状態の液滴が確認される。
図5の予備実験に基づき、3次元の周期的なマイクロキャビティを有するマイクロ格子構造10のサンプルを用いてEWODによる液体吸収を観察する。
【0025】
<液体操作デバイスによる液体吸収の実証>
図6は、EWODによる液滴吸収の第1の構成例を示す模式図、
図7は、電圧印加直後の液滴吸収のスナップショットである。
図6に示すように、マイクロ格子構造10の外周に導電性の構造体11と接続される電極16を設ける。電極16を電源15のグランド電位に接続して、液体操作デバイス100Aを構成する。マイクロ格子構造10の上方から1M KClの液滴121を滴下し、液滴121を電源15の正電位に接続して、500Vの電圧を印加する。
【0026】
図7の(a)~(e)はそれぞれ、電圧印加開始から0.00秒後、0.03秒後、0.06秒後、0.09秒後、及び0.12秒後のスナップショットである。液滴121にAuの電極205を接触させて液滴121とマイクロ格子構造10の間に500Vの電圧を印加すると、液滴121はマイクロ格子構造10の内部に入り込み、0.12秒後には完全に吸収される。このように、マイクロ格子構造10を用いた液体操作デバイス100Aによる液体吸引が実証された。
【0027】
図8は、EWODによる液滴吸収の第2の構成例を示す模式図、
図9は、電圧印加直後の液滴吸収のスナップショット、
図10は、電圧オフ直後のスナップショットである。
図8の液体操作デバイス100Bにおいて、電極16に接続されたマイクロ格子構造10を非導電性の基材18の上に置き、動粘度が10cStのシリコーンオイル125でマイクロ格子構造10を満たす。
【0028】
電極16を電源15の正電位に接続して、液体操作デバイス100Bを構成する。シリコーンオイル125で満たされたマイクロ格子構造10の上に、1M KClの液滴123を滴下する。Auの電極205で、液滴123をグランド電位に接続する。電極16との液滴123の間に500Vの電圧を印加する。
【0029】
図9の(a)~(d)はそれぞれ、電圧印加開始から0.00秒後、0.03秒後、0.06秒後、及び0.09秒のスナップショットである。
図10の(a)~(f)はそれぞれ、電圧印加の解除から0.00秒後、0.03秒後、0.06秒後、0.09秒後、0.12秒後、及び0.15秒後のスナップショットである。高電位のマイクロ格子構造10と、グランド電位の液滴123の間に500Vの電圧を印加することで、シリコーンオイル125で満たされたマイクロ格子構造10の内部に液滴123が吸収される。電圧の印加をオフにすることで、マイクロ格子構造10から液滴123を引き出すことができる。このように、マイクロ格子構造10を用いた液体操作デバイス100Bによる液体の吸収と排出が実証された。
【0030】
図11は、EWODを利用して微小液滴アレイを生成する第3の構成例を示す模式図である。第3の構成例では、マイクロ格子構造10の内部に、微小液滴129を生成する。水溶液127とオイル128のような非混和性の液体126の界面をマイクロ格子構造10に通過させることで、マイクロ格子構造10の内部に微小液滴129のアレイが生成される。
【0031】
液体操作デバイス100Cは、マイクロ格子構造10に接続された電極16と、電源15と、マイクロ格子構造10への電圧印加のオン・オフを切り替えるスイッチ17とを有する。電極16を円筒または多角形の筒型に形成して、非混和性の液体126の容器として用いてもよい。
【0032】
スイッチ17が開いているときは、マイクロ格子構造10は水溶液127に対して疎水性または撥水性であり、水溶液127とオイル128は、マイクロ格子構造10の表面で分離している。電圧印加のない状態で、マイクロ格子構造10はオイル128に対しては濡れやすいが、オイル128の比重は水溶液127の比重よりも小さいので、水溶液127の層の上にオイル128の層が形成されている。
【0033】
スイッチ17を閉じて水溶液127とマイクロ格子構造10の間に電圧を印加すると、マイクロ格子構造10はオイル128よりも水溶液127に濡れやすくなり、水溶液127がマイクロ格子構造10の内部に吸収される。オイル128はマイクロ格子構造10の表面に残る。
【0034】
スイッチ17を開放して電圧印加を解除することで、マイクロ格子構造10は水溶液127に対して撥水性になり、水溶液127よりもオイル128に濡れやすくなる。水溶液127はマイクロ格子構造10から排出され、オイル128がマイクロ格子構造10の内部に吸収される。マイクロ格子構造10の内部に吸収されていた水溶液127は、オイル128と置換されるが、マイクロキャビティ115にトラップされた水溶液127の微小液滴129が残る。マイクロキャビティ115の周期的な配列により、マイクロ格子構造10の内部に微小液滴129のアレイが生成される。
【0035】
液体操作デバイス100Cは、液体を微小液滴129に分割してサンプリングすることができ、バイオセンサやバイオアッセイへの適用が期待される。たとえば、微小液滴129のアレイを用いて、デジタルPCR(ポリメラーゼ連鎖反応:polymerase chain reaction)や、デジタルELISA(酵素結合免疫吸着測定法:enzyme-linked immuno-sorbent assay)など、高感度の感染・疾患の診断が可能になる。
【0036】
<第2実施形態>
図12は、第2実施形態の液体操作デバイス200の基本構成を示す模式図である。液体操作デバイス200は、複数のマイクロ格子構造10の配列を用いて、所望の方向に液体を移送、融合、分割する。
【0037】
液体操作デバイス200は、基板21の上に配置される複数のマイクロ格子構造10a、10b、10c、及び10d(以下、適宜「マイクロ格子構造10」と総称する)を有する。用いられるマイクロ格子構造10の数は4個に限定されず、2以上の任意の数のマイクロ格子構造10を用いることができる。また、マイクロ格子構造10の配列は一方向に限定されず、面内の2次元配置、空間内の3次元配置が可能である。
図12の座標系でマイクロ格子構造10が配置される基板21の面内をXY面、XY面と直交する方向をZ方向とすると、マイクロ格子構造10は、X方向、Y方向、Z方向のいずれにも配置可能である。
【0038】
各マイクロ格子構造10は、スイッチング可能なリレーアレイ24を介して電源22に接続されている。基板21はグランド電位に接地されている。マイクロコンピュータ25でスイッチングを制御することで、各マイクロ格子構造10への電圧印加を個別に制御して、液体120を所望の方向に移送できる。
【0039】
図13Aは液体操作デバイス200を用いた1次元輸送の模式図、
図13Bは液体操作デバイス200を用いた2次元輸送の模式図、
図13Cは液体操作デバイス200を用いた3次元輸送の模式図である。
図13Aから
図13Cでは、3次元に配置されるマイクロキャビティ115(
図1参照)の周期構造を有するマイクロ格子構造10を、立方体として簡略表記している。
【0040】
図13Aの1次元輸送では、マイクロ格子構造10a、10b、10c、10dを順次選択して電圧を印加することで、液体120を所望のタイミングでX方向に移送することができる。
図13Bの2次元輸送では、XY面内にマイクロ格子構造10a~10dと10e~10hを2列に配置し、10a→10e→10f→10b→10c→10g→10h→10dの順に液体を移送している。液体の移送経路は
図13Bの例に限定されず、電圧を印加するマイクロ格子構造10を選択することで、どの順にでも液体120を移送できる。たとえば、10a→10b→10c→10d→10h→10g→10f→10eの順に液体を移送し、マイクロ格子構造10aと10eを、それぞれ取り込み口と排出口として用いてもよい。この場合、途中のマイクロ格子構造10のいくつかにフィルタリング機能を設けてもよい。マイクロ格子構造10の2次元配列はXY面内に限定されず、XZ面内やYZ面内に設けてもよい。
【0041】
図13Cの3次元輸送では、マイクロ格子構造10e、10f、10g、及び10hの2次元配列と、マイクロ格子構造10a、10b、10c、及び10dの2次元配列がZ方向に2段に重ねられている。たとえば、マイクロ格子構造10fに吸引した液体120を、マイクロ格子構造10b→10a→10e→10h→10dの順で移送してもよいし、マイクロ格子構造10b→10c→10dの順で移送してもよい。
【0042】
図13Aから
図13Cにおいて、マイクロ格子構造10に吸引され保持される液体の量はマイクロ格子構造10の寸法によって決まり、常に一定体積の液体120を内部に取り込むことができる。一定体積の液体120の1次元、2次元、または3次元の自在な輸送は、公知の構成では実現できない技術である。
【0043】
図13Aから
図13Cのいずれの構成でも、マイクロ格子構造10の各々が、3次元方向に連通する周期的なマイクロキャビティ115(
図1参照)を有しており、マイクロ格子構造10のアレイを移動する液体を観察することができる。このことは、液体操作デバイス200と光学機器との組み合わせを示唆している。複数のマイクロ格子構造10の配列を用いることで、DNAやRNAの増幅を色の変化で確認するカラーメトリックな検出や、蛍光検出が可能になる。各マイクロ格子構造10のマイクロキャビティ115の周期構造により、液体操作デバイス200を傾斜させたり、上下を反転させたりしても、電圧印加の制御により、液体120を落下させずにマイクロ格子構造10の内部に保持し、所望の方向に移送することができる。光学機器との組み合わせやデバイスの上下を反転させた状態での液体の移送は、公知の構成では実現が難しい。
【0044】
<液滴の融合と分割>
図14は、液体操作デバイス200による液滴融合の模式図である。
図14の(a)は斜視図、(b)は上面図である。図示の便宜上、
図14でもマイクロ格子構造10を立方体として簡略表記している。実線で示されるマイクロ格子構造10は接地電位に接続されて電圧印加オフ状態であり、点線で示されるマイクロ格子構造10は高電位に接続されて電圧印加オン状態である。
【0045】
たとえば、3×3のアレイに配置されたマイクロ格子構造10a~10i(以下、適宜「マイクロ格子構造10」と総称する)を用いる。マイクロ格子構造10cと10gに電圧を印加して、液滴121aと121bをそれぞれ吸引する。その後、マイクロ格子構造10cと10gの電圧印加をオフにして所望の経路のマイクロ格子構造10に電圧を印加することで、液滴121aと121bをひとつの液滴122に融合することができる。液滴121aに対して、マイクロ格子構造10fと10eを順に選択して電圧を印加し、液滴121bに対して、マイクロ格子構造10dと10eを順に選択して電圧を印加することで、マイクロ格子構造10eで液滴121aと121bを融合し、液滴122を生成、保持できる。
【0046】
なお、マイクロ格子構造10fと10dを介さずに、液滴121aを直接マイクロ格子構造10cから10eに移送し、液滴121bを直接マイクロ格子構造10gから10eに移送して融合してもよい。各マイクロ格子構造10は3次元方向に連通するマイクロキャビティ115を有し、どの方向にも開放されているので、3×3のアレイの斜め方向にも液滴121を移送できる。
【0047】
図15は、液体操作デバイス200による液滴分割の模式図である。
図15の(a)は斜視図、(b)は上面図である。
図14と同様に、マイクロ格子構造10を立方体として簡略表記し、接地電位に接続されるマイクロ格子構造10を実線で、高電位に接続されるマイクロ格子構造10を破線で示す。
【0048】
マイクロ格子構造10a~10iの3×3のアレイのマイクロ格子構造10eに保持されている液滴122を分割する。マイクロ格子構造10eに印加されていた電圧をオフにし、マイクロ格子構造10eの両側で隣接するマイクロ格子構造10dと10fに電圧を印加することで、液滴122をマイクロ格子構造10dと10fに吸引する。液滴122がマイクロ格子構造10dと10fに吸引された後に、マイクロ格子構造10dと10fへの電圧印加を解除して、マイクロ格子構造10cと10gに電圧を印加する。これにより、分割された液滴121aと121bを、それぞれマイクロ格子構造10cと10gに移送することができる。
【0049】
各マイクロ格子構造10は3次元方向に連通するマイクロキャビティ115を有し、どの方向にも開放されているので、マイクロ格子構造10cと10gを選択することで、マイクロ格子構造10eの液滴122を直接斜め方向に分割することもできる。あるいは、液滴122をマイクロ格子構造10dと10fに分割した後に、それぞれのマイクロ格子構造に隣接する2つのマイクロ格子構造を選択することで、分割された液滴121aと121bのそれぞれを、さらに分割することができる。たとえば、マイクロ格子構造10dに保持される液滴121aに対して、マイクロ格子構造10aと10gを選択し、マイクロ格子構造10fに保持される液滴121aに対して、マイクロ格子構造10cと10iを選択して、4つの液滴に分割してもよい。
【0050】
<センサデバイスへの適用例>
図16は、液体操作デバイス100を用いたセンサデバイス30Aの模式図である。センサデバイス30Aは、マイクロ格子構造10による電気的な液体の吸引と排出を利用して、外部のバルク液体301のサンプリングとセンシングを行う。外部のバルク液体301には、環境水、下水、排水、工業関連液体が含まれる。
【0051】
センサデバイス30Aは、センサ本体32と、サンプリング及び検出部31と、通信部33を有する。センサ本体32に制御部35が設けられて、センサデバイス30Aの全体の動作を制御する。制御部35は、たとえばマイクロプロセッサとメモリで構成される。通信部33は、無線通信機能を有していてもよいし、ケーブル接続による通信機能を有していてもよい。
【0052】
センサデバイス30Aは、サンプリング及び検出部31の少なくとも一部がバルク液体301に浸るように、下水道や排水管の壁面302に取り付けられる。サンプリング及び検出部31は、接地管310Aと、接地管310Aの内部に配置されるマイクロ格子構造10と、センサプローブ311と、電源15とを有する。電源15の正電位がマイクロ格子構造10の導電性の構造体11に接続され、グランド電位が接地管310Aに接続されている。設置管310のインレット312をバルク液体301に浸した状態で、マイクロ格子構造10に高電位を与えると、マイクロ格子構造10はバルク液体301に対して親水性となり、バルク液体301から所定量を吸引する。吸引した液体とセンサプローブ311が接することで、バルク液体301の物理量またはバルク液体301に含まれる所定の物質が検知される。バルク液体301の物理量は、温度、pH値、水位などである。所定の物質は、特定の分子、細菌、ウィルス、トリチウム、重金属などである。
【0053】
センサデバイス30Aは、連続的にバルク液体301をサンプリングし、センシングしてもよいし、所定のタイミングでサンプリング及びセンシングを行ってもよい。制御部35は、電源15による電圧印加のタイミングを制御してもよい。電圧印加オンのタイミングで、マイクロ格子構造10は毎回、所定量の液体を内部に取り込む。通信部33は、センサデバイス30Aによるセンシング結果を、サーバ、クラウド等に送信してもよい。
【0054】
センサプローブ311として、特定の物質と結合するように修飾されたバイオプローブを用いる場合は、下水中や環境水中の特定の分子を検出することができる。多数のセンサデバイス30Aを下水道に設置して下水中のバイオマーカの分布をモニタすることができる。バイオマーカの分布のモニタリングにより、感染症のまん延状況を可視化することができる。センサデバイス30Aを便器ボウルの壁面に取り付けて、尿たんぱくや尿糖を検知することで、個人の健康モニタリングを行ってもよい。
【0055】
図17は、
図12の液体操作デバイス200を用いたセンサデバイス30Bの模式図である。センサデバイス30Bは、複数のマイクロ格子構造10a~10g(適宜、「マイクロ格子構造10」と総称する)を用いて、所定量の液滴を分割してサンプリングする。センサデバイス30Bは、接地管310Bと、接地管310Bの内部に配置される複数のマイクロ格子構造10a~10gを有する。複数のマイクロ格子構造10a~10gの各々は、
図12に示すようにリレーアレイ24(
図12参照)を介して電源22(
図12参照)の正電位に接続されている。電圧が印加されているマイクロ格子構造10を点線の立方体で模式的に示し、電圧印加がオフにされているマイクロ格子構造10を実線の立方体で模式的に示す。
【0056】
マイクロ格子構造10a、10b、10c、…に順番に電圧を印加することで、マイクロ格子構造10の寸法で決まる所定量の液体120を、リレー方式で隣接するマイクロ格子構造10に移送できる。マイクロ格子構造10aに吸引された液体120が次のマイクロ格子構造10bに移送されマイクロ格子構造10bへの電圧印加がオフにされたタイミングで、マイクロ格子構造10aと10cへの電圧印加をオンにすることで、新たに液体120をサンプリングできる。電圧を印加するマイクロ格子構造10を一つおきに選択することで、所定量の液体120に分割しながらサンプリングすることができる。
【0057】
図18は、液体操作デバイス200Aを用いたバイオセンサ40の模式図である。バイオセンサ40は、センサデバイスの一例である。液体操作デバイス200Aによる液滴のサンプリング、移送、融合、及び分割を利用することで、抗原・抗体検査(イノムアッセイ)などのバイオセンサ40が実現される。液体操作デバイス200Aは複数のマイクロ格子構造10を有し、
図12に示したように、各マイクロ格子構造10への電圧印加が個別に制御可能である。図示の便宜上、各マイクロ格子構造10は、立法体で模式化されている。複数のマイクロ格子構造10には、試薬41の取り込み口に接続されるマイクロ格子構造10Rと、検体42の取り込み口に接続されるマイクロ格子構造10Sと、抗原テスト用のマイクロ格子構造10Mtと、コントロール用のマイクロ格子構造10Mcが含まれる。
【0058】
試薬41には標識抗体411が含まれている。検体42は血液、唾液などであり、特定の抗原421が含まれている可能性がある。抗原テスト用のマイクロ格子構造10Mtのマイクロピラー111の表面は、抗原421と特異的に結合する抗体402で修飾されている。コントロール用のマイクロ格子構造10Mcのマイクロピラー111の表面は、コントロール抗体401で修飾されている。マイクロ格子構造10Sに接触した検体42と、マイクロ格子構造10Rに接触した試薬41は、複数のマイクロ格子構造10に対する電圧印加を選択的に制御することで、サンプリング、移送、融合、分割され、最終的に抗原テスト用のマイクロ格子構造10Mtと、コントロール用のマイクロ格子構造10Mcに供給される。標識抗体411で標識された抗原421は、抗体402と特異的に反応する。コントロール抗体401は、検出結果が特異な抗原抗体反応に基づくものかどうかの判定に用いられる。
【0059】
図19は、
図18のバイオセンサ40での液体操作の一例を示す。電圧が印加されているマイクロ格子構造10を破線の四角で示し、電圧印加がオフのマイクロ格子構造10を実線で示す。マイクロ格子構造10Sに供給された検体42は、隣接するマイクロ格子構造10aを高電位とすることで、マイクロ格子構造10aの内部に取り込まれ、サンプリングされる。マイクロ格子構造10Rに供給された試薬41は、隣接するマイクロ格子構造10bを高電位とすることで、マイクロ格子構造10bの内部に取り込まれ、サンプリングされる。マイクロ格子構造10aと10bへの電圧印加をオフにし、マイクロ格子構造10cに電圧を印加することで、試薬41と検体42は、それぞれマイクロ格子構造10bと10aからマイクロ格子構造10cに取り込まれる。マイクロ格子構造10cで試薬41と検体42は自発的に融合する。
【0060】
マイクロ格子構造10c、10d、10e、及び10fを順次選択することで、試薬41と検体42は混合され、液体43が得られる。試薬41と検体42の混合は、図示のように時計回りに移送する例に限定されず、少なくとも2つのマイクロ格子構造10の間を行き来させることで実現可能である。
【0061】
次に、マイクロ格子構造10aと10fに同時に電圧を印加して、混合された液体43を2つの液滴45に分割する。マイクロ格子構造10gと10Mtを順次選択することで、一方の液滴45を抗原テスト用のマイクロ格子構造10Mtに供給して反応させる。マイクロ格子構造10eと10Mcを順次選択することで、他方の液滴45をコントロール用のマイクロ格子構造10Mcに供給して反応させる。
【0062】
所定時間経過後に、マイクロ格子構造10Mtと10Mcへの電圧印加を解除して、液滴45を排出し、検出を行う。図の例では、マイクロ格子構造10g、10d、10eと液滴をリレーすることで、バイオセンサ40の排出口に接続されるマイクロ格子構造10hから液滴が排出される。マイクロ格子構造10Mtと10Mcの両方で色が変われば、抗原が含まれていたことを示し、どちらの色も変化しなければアッセイ失敗を意味する。検出後に、マイクロ格子構造10iから洗浄液を注入し、pH処理や高温処理によりすべてのマイクロ格子構造10を洗浄する。バイオセンサ40の繰り返し使用が可能となる。バイオセンサ40は、ウィルスや細菌の迅速な検査に利用可能である。
【0063】
図20は、液体操作デバイス200Bを用いたバイオセンサ50の模式図である。バイオセンサ50は、センサデバイスの一例である。液体操作デバイス200Bによる液滴のサンプリング、移送、融合、及び分割を利用することで、リアルタイムPCR検査を行うバイオセンサ50が実現される。液体操作デバイス200Bは複数のマイクロ格子構造10を有し、
図12に示したように、各マイクロ格子構造10への電圧印加が個別に制御可能である。図示の便宜上、マイクロ格子構造10は、立法体で模式化されている。複数のマイクロ格子構造10には、試薬51の取り込み口に接続されるマイクロ格子構造10Rと、検体52の取り込み口に接続されるマイクロ格子構造10Sと、冷却装置に接続されるマイクロ格子構造10Pcと、加熱装置に接続されるマイクロ格子構造10Phと、蛍光検出装置に接続されるマイクロ格子構造10FDが含まれる。
【0064】
試薬51には、蛍光プローブ511と、プライマー512と、ポリメラーゼ513と、デオキシヌクレオシド三リン酸(dNTPs)514が含まれ、バッファリングされている。検体52にはウィルス等のRNA及び/またはDNA521が含まれている可能性がある。マイクロ格子構造10Sに接触した検体52と、マイクロ格子構造10Rに接触した試薬51は、複数のマイクロ格子構造10に対する選択的な電圧印加により、サンプリング、混合、分割、融合され、マイクロ格子構造10FDで複数回、蛍光検出される。
【0065】
図21は、
図20のバイオセンサ50での液体操作の一例を示す。電圧が印加されているマイクロ格子構造10を破線の四角で示し、接地されているマイクロ格子構造10を実線で示す。マイクロ格子構造10Sに供給された検体52は、隣接するマイクロ格子構造10aを高電位とすることで、マイクロ格子構造10aの内部に取り込まれ、サンプリングされる。マイクロ格子構造10Rに供給された試薬51は、隣接するマイクロ格子構造10bを高電位とすることで、マイクロ格子構造10bの内部に取り込まれ、サンプリングされる。マイクロ格子構造10aと10bへの電圧印加をオフにし、マイクロ格子構造10cに電圧を印加することで、試薬51と検体52は、それぞれマイクロ格子構造10aと10bからマイクロ格子構造10cに取り込まれる。マイクロ格子構造10cで試薬51と検体52は自発的に融合する。
【0066】
マイクロ格子構造10c、10d、10e、及び10fを順次選択することで、試薬51と検体52は混合されて液体53が得られる。試薬51と検体52の混合は、図示のように時計回りに移送する例に限定されず、少なくとも2つのマイクロ格子構造10の間を行き来させることで、実現可能である。
【0067】
次に、液体53をマイクロ格子構造10Pcと10Phに交互に移送して冷却と加熱を繰り返す。マイクロ格子構造10Pcで冷却されている液滴を符号55で示し、マイクロ格子構造10Phで加熱されている液滴を符号56で示しているが、同じ液体53が異なる処理を受けているものである。この加熱と冷却で1サイクルのポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によりDNAが増幅され、マイクロ格子構造10FDで蛍光検出される。LED58から出射される光でマイクロ格子構造10FDを照射し、センサ・フィルタ57で蛍光強度を検出する。液滴の加熱及び冷却と、蛍光検出を必要なサイクル数だけ繰り返し、リアルタイムでPCR蛍光検出を行う。
【0068】
必要なサイクル数のPCR蛍光検出が終了すると、検査対象の液滴を排出し、すべてのマイクロ格子構造10を洗浄することで、バイオセンサ50を繰り返し使用可能とする。バイオセンサ50は、ウィルスや細菌の検出や、がんの遺伝子分析、生物学研究に利用可能である。
【0069】
このように、3次元的に配置されたマイクロキャビティの周期構造を有するマイクロ格子構造10を用いることで、高感度の感染・疾病の診断が可能となる。マイクロ格子構造10を用いた液体操作は、3次元的に配置されたマイクロキャビティの周期構造を有する導電性の構造体を誘電層で覆ったマイクロ格子構造を作製し、導電性の構造体と液体との間に選択的に電圧を印加することで、マイクロ格子構造10の内部への前記液体の取り込みと排出を操作する。
【0070】
複数のマイクロ格子構造10を1次元、2次元、または3次元に配置し、複数のマイクロ格子構造10の中の2以上のマイクロ格子構造を選択することで、液体をサンプリングし、任意の方向へ移送し、融合、混合、分割、排出することができる。サンプリングや液体移送の態様は上述した例に限定されず、マイクロ格子構造10に電圧を印加した状態で水中に沈めて、電圧を解除することでオイル類をマイクロ格子構造10内に吸引する構成にしてもよい。複数のマイクロ格子構造10の間でオイルを移送する場合は、マイクロ格子構造10に印加されている電圧を選択的に解除することで、所望の方向にオイルを移送してもよい。
【0071】
<熱スイッチへの適用例>
図22は、実施形態の液体操作デバイス100の熱スイッチ60への適用例を示す。電気自動車のバッテリーは、低温時に熱伝導性を低くして断熱性を高め、高温時に放熱性を高める必要がある。断熱性と放熱性を切り替える熱スイッチング技術に、実施形態の液体操作技術が適用可能である。
【0072】
熱スイッチ60は、熱源610とヒートシンク620の間に配置される液体操作デバイス100を有する。液体操作デバイス100のマイクロ格子構造10は、熱源610とヒートシンク620の間に配置される。電源15の一方の端子を液体120に接続し、他方の端子をマイクロ格子構造10の導電性の構造体11Aまたは11B(
図1参照)に接続する。スイッチ17のオン・オフで電圧の印加と解除を制御することで、液体120に対するマイクロ格子構造10の濡れ性を変えて、マイクロ格子構造10の内部への液体120の吸引と排出を制御する。
【0073】
液体120が極性をもつ水溶液の場合、
図22の(b)及び(c)に示すように、電圧の印加によりマイクロ格子構造10の内部を液体120で満たし、電圧印加を解除することで、液体120を排出して
図22の(a)の状態に切り替える。マイクロ格子構造10の内部の流体が空気である場合、20℃での熱伝導率は0.0257W/m・Kである。マイクロ格子構造10の内部の流体が水である場合、20℃での熱伝導率は0.582W/m・Kであり、熱源610とヒートシンク620の間の空間の熱伝導率を、20倍程度変化させることができる。液体120として不凍液を用いてもよい。熱スイッチ60を用いることで、低温時と高温時の熱特性を変えることができる。
【符号の説明】
【0074】
10、10a~10i、10S、10R、10Mt、10Mc、10Pc、10Ph、10FD マイクロ格子構造
11A、11B 導電性の構造体
12 骨格
13 導電層
14 誘電層
15、22 電源
16 電極
17 スイッチ
24 リレーアレイ
25 マイクロコンピュータ
30A、30B センサデバイス
31 サンプリング及び検出部
32 センサ本体
35 制御部
40、50 バイオセンサ(センサデバイス)
60 熱スイッチ
100、100A、100B、200、200A、200B 液体操作デバイス
110 単位構造
111 マイクロピラー
115 マイクロキャビティ
120 液体
121、123 液滴
125 シリコーンオイル
127 水溶液
128 オイル
129 微小液滴