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  • 特開-浸炭用鋼およびその製造方法 図1
  • 特開-浸炭用鋼およびその製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067060
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】浸炭用鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240510BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20240510BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20240510BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/44
C22C38/50
C21D1/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022176855
(22)【出願日】2022-11-04
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137589
【弁理士】
【氏名又は名称】右田 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100160864
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 政治
(72)【発明者】
【氏名】辻井 健太
(72)【発明者】
【氏名】石倉 亮平
(72)【発明者】
【氏名】神谷 尚秀
(72)【発明者】
【氏名】藤好 大貴
(57)【要約】
【課題】曲げ疲労強度が高い浸炭鋼を得ることができる浸炭用鋼の提供。
【解決手段】各成分の含有率が、質量%で、C:0.10~0.30%、Si:1.00~3.00%、Mn:0.80%以下、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cu:0.01~1.00%、Ni:0.01~3.00%、Cr:0.80%以下、Mo:0.05~3.00%であり、残部は不可避的不純物およびFeであり、Si質量%+Cu質量%+Ni質量%-Cr質量%>0.5質量%を満たし、極値統計法を用いた介在物評価において、予測面積Sを30000mm2としたとき、前記予測面積S中に存在する最大の介在物径(√area)の予測値が30μm以下となる、浸炭用鋼。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
各成分の含有率が、質量%で、
C:0.10~0.30%、
Si:1.00~3.00%、
Mn:0.80%以下、
P:0.020%以下、
S:0.020%以下、
Cu:0.01~1.00%、
Ni:0.01~3.00%、
Cr:0.80%以下、
Mo:0.05~3.00%であり、
残部は不可避的不純物およびFeであり、
Si質量%+Cu質量%+Ni質量%-Cr質量%>0.5質量%
を満たし、
極値統計法を用いた介在物評価において、予測面積Sを30000mm2としたとき、前記予測面積S中に存在する最大の介在物径(√area)の予測値が30μm以下となる、浸炭用鋼。
【請求項2】
さらに、質量%で、
Nb:0.20%以下、
および/または
Ti:0.20%以下
で含有する、請求項1に記載の浸炭用鋼。
【請求項3】
原料を真空溶解し、造塊し、第一鋼塊を得る一次溶解工程と、
前記第一鋼塊を真空溶解し、造塊し、第二鋼塊を得る二次溶解工程と、
前記第二鋼塊を鍛造する鍛造工程と、
を備え、請求項1または2に記載の浸炭用鋼が得られる、浸炭用鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は浸炭用鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、いくつかの浸炭用鋼または浸炭鋼が提案されている。
【0003】
例えば特許文献1には、重量%で、C:0.1~0.3%、Si:0.5~3.0%、Mn:0.3~3.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cu:0.01~1.00%、Ni:0.01~3.00%、Cr:0.3~1.0%、Al:0.20%以下およびN:0.05%以下を含有し、残部が不可避な不純物およびFeからなり、[Si%]+[Ni%]+[Cu%]-[Cr%]>0.5の条件を満たす合金組成を有する浸炭用鋼を部品形状に成形し、真空浸炭により浸炭して得た浸炭部品が記載されている。そして、このような浸炭部品は表面炭素濃度の幅が小さく、エッジ部の過剰な浸炭が抑制され、過剰浸炭による強度の低下が問題にならないと記載されている。
【0004】
また、例えば特許文献2には、0.30≦C≦0.60質量%、2.00<Si≦4.00質量%、0.10≦Mn≦1.50質量%、0.50≦Ni≦2.50質量%、0.10≦Cr≦2.00質量%、0.05≦Mo≦1.00質量%、及び、0.05≦V≦0.50質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼材の表面に浸炭焼入層が形成された高耐力浸炭鋼であって、前記浸炭焼入層表面の炭素濃度Xが0.6≦X≦0.7質量%であり、かつ、浸炭距離δが0.8mm≦δ≦1.2mm、であり、Siの偏析比aが1.00≦a≦1.30であり、前記鋼材の残留γ量が10vol%以下であることを特徴とする高耐力浸炭鋼が記載されている。そして、このような高耐力浸炭鋼によって、大きなトルクが負荷された場合でも内部の変形や損傷を防止でき、衝撃強度にも優れ、大きなトルクが連続的に負荷される場合においても内部の変形や損傷に起因した疲労強度の低下を抑制できる浸炭部品を提供することができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007-291486号公報
【特許文献2】特開2008-223064号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、曲げ疲労強度がより高い浸炭鋼が求められている。
【0007】
本発明は、曲げ疲労強度が高い浸炭鋼を得ることができる浸炭用鋼およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の(1)~(3)である。
(1)各成分の含有率が、質量%で、
C:0.10~0.30%、
Si:1.00~3.00%、
Mn:0.80%以下、
P:0.020%以下、
S:0.020%以下、
Cu:0.01~1.00%、
Ni:0.01~3.00%、
Cr:0.80%以下、
Mo:0.05~3.00%であり、
残部は不可避的不純物およびFeであり、
Si質量%+Cu質量%+Ni質量%-Cr質量%>0.5質量%
を満たし、
極値統計法を用いた介在物評価において、予測面積Sを30000mm2としたとき、前記予測面積S中に存在する最大の介在物径(√area)の予測値が30μm以下となる、浸炭用鋼。
(2)さらに、質量%で、
Nb:0.20%以下、
および/または
Ti:0.20%以下
で含有する、上記(1)に記載の浸炭用鋼。
(3)原料を真空溶解し、造塊し、第一鋼塊を得る一次溶解工程と、
前記第一鋼塊を真空溶解し、造塊し、第二鋼塊を得る二次溶解工程と、
前記第二鋼塊を鍛造する鍛造工程と、
を備え、上記(1)または(2)に記載の浸炭用鋼が得られる、浸炭用鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、曲げ疲労強度が高い浸炭鋼を得ることができる浸炭用鋼およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】浸炭前鋼塊および4点曲げ試験に用いた試験片の概略図であり、図1(a)は中心軸を通る概略断面図、図1(b)は概略端面図、図1(c)は中心の切り欠き部分を拡大した概略側面図である。
図2】実施例における4点曲げ試験を説明する概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明について説明する。
本発明は、各成分の含有率が、質量%で、C:0.10~0.30%、Si:1.00~3.00%、Mn:0.80%以下、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cu:0.01~1.00%、Ni:0.01~3.00%、Cr:0.80%以下、Mo:0.05~3.00%であり、残部は不可避的不純物およびFeであり、Si質量%+Cu質量%+Ni質量%-Cr質量%>0.5質量%を満たし、極値統計法を用いた介在物評価において、予測面積Sを30000mm2としたとき、前記予測面積S中に存在する最大の介在物径(√area)の予測値が30μm以下となる、浸炭用鋼である。
このような浸炭用鋼を、以下では「本発明の浸炭用鋼」ともいう。
【0012】
また、本発明は、原料を真空溶解し、造塊し、第一鋼塊を得る一次溶解工程と、前記第一鋼塊を真空溶解し、造塊し、第二鋼塊を得る二次溶解工程と、前記第二鋼塊を鍛造する鍛造工程と、を備え、本発明の浸炭用鋼が得られる、浸炭用鋼の製造方法である。
このような浸炭用鋼の製造方法を、以下では「本発明の製造方法」ともいう。
【0013】
<本発明の浸炭用鋼>
本発明の浸炭用鋼について説明する。
本発明の浸炭用鋼は浸炭する前の鋼である。形状、大きさ等については特に限定されない。
本発明の浸炭用鋼について、例えば従来公知の方法によって浸炭することによって浸炭された鋼、すなわち、浸炭鋼を得ることができる。ここで浸炭鋼は浸炭部品等を含む。
【0014】
本発明の浸炭用鋼の組成について説明する。
以下において単に「%」と記した場合、「質量%」を意味するものとする。
【0015】
<C:0.10~0.30%>
本発明の浸炭用鋼においてC含有率は、本発明の浸炭用鋼を用いて得られる浸炭鋼(浸炭部品等)が機械部品として必要な強度を得るために、0.10~0.30%であることが必要である。
C含有率は0.15~0.25%であることが好ましい。
【0016】
<Si:1.00~3.00%>
本発明の浸炭用鋼においてSiは、真空浸炭時における炭化物の生成を抑制する成分である。また、本発明の浸炭用鋼を用いて得た浸炭鋼(浸炭部品)が歯車である場合、歯車に必要な面疲労強度を向上させる役割も果たす。一方、Si含有率が高すぎると熱間加工性を低下させる可能性がある。
これらを考慮し、本発明の浸炭用鋼においてSi含有率は1.00~3.00%であり、1.00~2.00%であることが好ましい。
【0017】
<Mn:0.80%以下>
Mnは、脱酸剤として鋼の溶製時に添加され、本発明の浸炭用鋼において硫化物(MnS)を形成する。本発明の浸炭用鋼を用いて得た浸炭鋼(浸炭部品)が歯車である場合、硫化物MnSは高サイクルにおける歯元疲労強度を低下させる可能性がある。
これらを考慮し、本発明の浸炭用鋼においてMn含有率は0.80%以下である。
本発明の浸炭用鋼はMnを含まなくてもよい。すなわち、本発明の浸炭用鋼におけるMn含有率は、検出下限値以下であってもよい。
【0018】
<P:0.020%以下>
Pは本発明の浸炭用鋼において不純物であり、本発明の浸炭用鋼を用いて得た浸炭鋼(浸炭部品)の機械的性質を悪化させる可能性が高いため、その含有率は低いことが好ましい。
本発明の浸炭用鋼においてP含有率は0.020%以下であり、0.010%以下であることが好ましい。
本発明の浸炭用鋼はPを含まなくてもよい。すなわち、本発明の浸炭用鋼におけるP含有率は、検出下限値以下であってもよい。
【0019】
<S:0.020%以下>
Sは本発明の浸炭用鋼において不純物であり、本発明の浸炭用鋼を用いて得た浸炭鋼(浸炭部品)の機械的性質を悪化させる可能性が高いため、その含有率は低いことが好ましい。Sは本発明の浸炭用鋼において硫化物(MnS)を形成する。
本発明の浸炭用鋼においてS含有率は0.020%以下であり、0.005%以下であることが好ましい。
本発明の浸炭用鋼はSを含まなくてもよい。すなわち、本発明の浸炭用鋼におけるS含有率は、検出下限値以下であってもよい。
【0020】
<Cu:0.01~1.00%>
本発明の浸炭用鋼においてCuは、真空浸炭時において炭化物の生成を抑制する成分である。一方、Cu含有率が高すぎると熱間加工性を低下させる可能性がある。
これらを考慮し、本発明の浸炭用鋼においてCu含有率は0.01~1.00%であり、0.01~0.50%であることが好ましく、0.01~0.25%であることがより好ましい。
【0021】
<Ni:0.01~3.00%>
本発明の浸炭用鋼においてNiは、真空浸炭時において炭化物の生成を抑制する成分である。また、Niは脆化を抑制することにより低サイクル疲労強度を向上させることができる。一方、Ni含有率が高すぎると熱間加工性を低下させ、加えて残留γを増加させて曲げ疲労強度低下させる可能性がある。
これらを考慮し、本発明の浸炭用鋼においてNi含有率は0.01~3.00%であり、0.01~1.50%であることが好ましく、0.10~1.00%であることがより好ましい。
【0022】
<Cr:0.80%以下>
本発明の浸炭用鋼においてCrは炭化物の生成を促進する成分であるから、本発明の浸炭用鋼においては、多量に存在させることができない。0.8%は、炭化物の生成を抑制する成分が多量である場合に可能な、Cr量の上限である。
本発明の浸炭用鋼においてCr含有率は0.80%以下であり、0.60%以下であることが好ましい。
【0023】
<Mo:0.05~3.00%>
本発明の浸炭用鋼においてMoは、焼戻し軟化抵抗性および衝撃強度を高める。また、本発明の浸炭用鋼を用いて得た浸炭鋼(浸炭部品)が歯車である場合、低サイクルにおける歯元疲労強度を高める。一方、Mo含有率が高すぎると、浸炭時に炭化物が析出し、曲げ疲労強度を低下させ、加えて加工性を悪化させる可能性がある。
これらを考慮し、本発明の浸炭用鋼においてMo含有率は0.05~3.00%であり、0.10~1.50%であることが好ましく、0.20~1.00%であることがより好ましい。
【0024】
<Nb:0.20%以下>
本発明の浸炭用鋼においてNbは任意成分である。すなわち、0.20%を上限値として含有してもよいし、含有しなくてもよい。
Nbは本発明の浸炭用鋼を浸炭する際に生じる結晶粒の成長を抑制し、整粒組織を保つ役割を果たす。一方、本発明の浸炭用鋼におけるNbの含有率が高すぎると、本発明の浸炭用鋼を用いて得た浸炭鋼の加工性が悪化する傾向がある。
本発明の浸炭用鋼においてNb含有率は0.20%以下であり、0.10%以下であることが好ましい。
【0025】
<Ti:0.20%以下>
本発明の浸炭用鋼においてTiは任意成分である。すなわち、0.20%を上限値として含有してもよいし、含有しなくてもよい。
Tiは本発明の浸炭用鋼を浸炭する際に生じる結晶粒の成長を抑制し、整粒組織を保つ役割を果たす。一方、本発明の浸炭用鋼におけるTiの含有率が高すぎると、本発明の浸炭用鋼を用いて得た浸炭鋼の加工性が悪化する傾向がある。
本発明の浸炭用鋼においてTi含有率は0.20%以下である。
【0026】
上記のようにNbおよびTiは任意成分である。本発明の浸炭用鋼はNbを0.20%以下の含有率で含み、かつ、Tiを0.20%以下の含有率で含んでもよいし、その含有率において一方のみを含んでもよいし、両方を含まなくてもよい。
【0027】
<Si質量%+Cu質量%+Ni質量%-Cr質量%>0.5質量%>
上記のように、Si、CuおよびNiは炭化物の生成を抑制し、一方、Crは増加させる傾向がある。前三者の影響と後者の影響とをバランスさせて、抑制効果が高くなるようにすることによって、炭化物生成量抑制が実現する。
したがって、本発明の浸炭用鋼においてSi質量%+Cu質量%+Ni質量%-Cr質量%は0.5質量%より大きくなることが必要であり、1.0質量%より大きいことが好ましい。
【0028】
<残部:不可避的不純物およびFe>
本発明の浸炭用鋼は上記のように特定成分を特定含有率で含む。そして、それら以外は不可避的不純物およびFeからなる。
ここで不可避的不純物としてはAl、O、N、Ca、Mgが挙げられる。不可避的不純物として、通常、Al含有率は0.03%以下であり、O含有率は0.003%以下であり、N含有率は0.01%以下であり、Ca含有率は0.003%以下であり、Mg含有率は0.01%以下である。
【0029】
なお、本発明の浸炭用鋼に含まれるCおよびSの含有率は燃焼赤外線吸着法によって測定して得た値とする。また、C、S以外の成分の含有率は蛍光X線分析装置を用いて測定して得た値とする。なお、蛍光X線分析装置を用いて成分分析を行う場合、φ35mm以上の平滑な面にて測定する。
【0030】
本発明の浸炭用鋼は上記のような成分を上記のような特定範囲で含み、かつ、極値統計法を用いた介在物評価において、予測面積Sを30000mm2としたとき、前記予測面積S中に存在する最大の介在物径(√area)の予測値が30μm以下となる。
この予測値は25μm以下であることが好ましく、20μm以下であることがより好ましい。
【0031】
ここで極値統計法について説明する。
極値統計法とは、ある母集団から複数個の試験片を採取し、個々の試験片に存在する最大の介在物の大きさを顕微鏡法にて測定し、その面積の平方根を極値確率紙にプロットすることにより、母集団あるいは任意の面積(または体積)中に存在する最大の介在物の粒径(√area)を予測する方法である。
鋼中の非金属介在物の評価に極値統計法を適用する具体的な手段としては、例えば、非特許文献;金属疲労 微小欠陥と介在物の影響、村上敬宜著、等に記載された方法に準じて行うことができる。
本発明の浸炭用鋼では、1か所の面積(検査基準面積:S0)を例えば10mm×20mmとし、面積S0が重複しないように各供試材につき、それぞれ10か所のSEM観察およびEDS観察を行う。具体的にはSEMの反射電子像によるコントラストを自動判定し、コントラストからサイズを測定し、さらにEDSによる介在物種の分類を行う。そして、10か所のそれぞれに存在している最大介在物の粒径の測定を行ってその面積の平方根(√area)を極値確率紙にプロットを行う。さらに、予測面積Sを30000mm2として最大介在物の粒径(√area)を予測する。
なお、介在物の測定は、酸化物、硫化物のそれぞれの介在物について行う必要がある。
これは、酸化物の粒径分布・硫化物の粒径分布はそれぞれ異なるものであり、別々に評価するべきであるからである。極値統計法は、比較的簡便であり、かつ信頼性が高い。
【0032】
このような本発明の浸炭用鋼を浸炭して得た浸炭鋼は曲げ疲労強度が高い。
従来、自動車に使用される歯車では歯面疲労強度と歯元疲労強度の両方が求められる。そのうち歯面疲労強度は軟化抵抗向上のためのSi添加およびショットピーニングによる表層硬さ向上と圧縮残留応力の付与により面疲労強度(ピッチング強度)向上が可能である。一方、歯元疲労強度はNi、Mo添加衝撃強度による低サイクル歯元疲労強度向上、またはSi添加により真空浸炭処理を適用した部品では表層の酸化物低減により衝撃強度および低サイクル歯元疲労強度向上が図ることができ歯元疲労強度が向上する。
また、高Si真空浸炭用鋼では歯面疲労強度は十分向上可能である。また、歯元疲労強度のうち低サイクルにおける歯元疲労強度も十分向上可能である。しかし、これらの強度向上により歯元疲労強度のうち高サイクルでの強度の不足が顕在化して、さらにSi添加による介在物増加が問題になる。例えば、ショットピーニングにより圧縮残留応力を付与しても、Si添加により介在物が多く存在するため近年の目標強度、例えば4点曲げで応力2700MPa付与時に寿命106回を達成できない。
【0033】
これに対して、本発明の浸炭用鋼を浸炭して歯車を得た場合、それが本発明の浸炭用鋼の中でも好適態様に相当するものであれば、応力2700MPaを付与する4点曲げ疲労試験において寿命106回以上を達成できる場合もある。また、応力3200MPaを付与する4点曲げ疲労試験において寿命10,000回以上、好ましくは15,000回以上、より好ましくは20,000回以上を達成できる場合もある。
【0034】
<本発明の製造方法>
次に、本発明の製造方法について説明する。
本発明の製造方法は、一次溶解工程と、二次溶解工程と、鍛造工程と、を備える。
【0035】
一次溶解工程について説明する。
一次溶解工程では本発明の浸炭用鋼を得るための原料を用意する。すなわち、本発明の浸炭用鋼の組成に適合した複数の原料を用意する。
そして、真空溶解する。真空溶解は従来公知の真空溶解炉、例えば真空誘導炉を用いて行うことができる。
例えば炉内を溶解前到達真空度50torr以下として溶解する。
【0036】
原料を真空溶解した後、造塊して第一鋼塊を得る。
【0037】
二次溶解工程について説明する。
二次溶解工程では、一次溶解工程によって得られた第一鋼塊を真空溶解する。
真空溶解は、真空溶解は従来公知の真空溶解炉、例えば真空アーク溶解炉(VAR)を用いて行うことができる。
例えば炉内を溶解前到達真空度20torr以下として溶解する。
【0038】
このように第一鋼塊を真空溶解した後、造塊して、第二鋼塊を得る。
【0039】
ここで二次溶解工程にて第一鋼塊を真空溶解する前に、予備溶解を行ってもよい。つまり、一次溶解工程によって得られた第一鋼塊を予備溶解し、造塊した後、二次溶解工程にて上記のような真空溶解を行ってもよい。
また、二次溶解工程にて第一鋼塊を真空溶解し、造塊した後、さらに予備溶解を行ってもよい。この場合、二次溶解工程にて第一鋼塊を真空溶解し、造塊した後、さらに予備溶解を行い、その後、造塊して得られたものが第二鋼塊となる。
このように二次溶解工程における真空溶解の前段階または後段階において行う予備溶解として、大気中にてエレクトロスラグ再溶解法(ESR)を適用した溶解が挙げられる。予備溶解を行うと、介在物の含有率がより低い本発明の浸炭用鋼が得られる。
【0040】
二次溶解工程によって得られた第二鋼塊を、次に説明する鍛造工程に供する前に均質化熱処理に供することが好ましい。均質化熱処理を施すと、後の鍛造工程における鍛造の際に割れが生じ難くなる点で好ましい。
【0041】
鍛造工程について説明する。
鍛造工程では、二次溶解工程にて得られた第二鋼塊(好ましくはさらに均質化熱処理を施された第二鋼塊)を鍛造する。
【0042】
鍛造は特に限定されず、例えば従来公知の鍛造を適用することができる。
鍛造は鍛錬比が8以上であることが好ましい。
【0043】
このような鍛造によって、本発明の浸炭用鋼を得ることができる。
【0044】
ここで鍛造した後、焼きなましを適用することが好ましい。具体的には鍛造した後、炉内温度を850~1000℃とした加熱炉内に装入し、1~6時間加熱した後、炉冷する。
【0045】
このようにして本発明の浸炭用鋼を得ることができる。
【0046】
本発明の浸炭用鋼を浸炭することで、曲げ疲労強度が高い浸炭鋼(浸炭部品)を得ることができる。
浸炭する前に、本発明の浸炭用鋼を所望の形状等に加工してもよい。
【0047】
浸炭は従来公知の方法を適用することができる。例えば真空浸炭を適用することができる。
【0048】
ここで、予め焼入れを行ってから浸炭焼入れを行ったり、2次焼入れを行うこと等も可能である。
【0049】
浸炭した後、サブゼロ処理を行ってもよい。
【0050】
浸炭した後、ショットピーニング処理を施してもよい。
ショットピーニング処理を施すと、曲げ疲労強度がさらに高まる傾向がある。
【0051】
また、ショットピーニング処理を施した後に、表面を研磨して表面粗さを低減すると、曲げ疲労強度がさらに高まる傾向がある。
【0052】
本発明の浸炭用鋼を浸炭することで得た浸炭鋼(浸炭部品)として、歯車用部品、シャフト用部品、プーリ用部品が挙げられる。
【実施例0053】
(各種試験片の作製)
実施例1~11および比較例1~12について、各々、表1に示す組成(残部はFeおよび不可避的不純物からなる)となるように原料を準備し、(1)一次溶解(真空溶解)→(2)予備溶解(適用しない例あり)→(3)二次溶解→(4)鍛造→(5)焼きなまし→(6)形状加工→(7)浸炭焼入れ→(8)焼戻し→(9)ショットピーニング処理、を行った。
【0054】
具体的には次のように処理した。
【0055】
(1)一次溶解(真空溶解)では、真空誘導炉に原料を入れて真空中(減圧下(0.18torr))、1600℃にて溶解した後、造塊し、第一鋼塊を得た。
【0056】
(2)予備溶解は適用しない例がある(表2参照)。予備溶解を行う場合、予備溶解として大気中にてエレクトロスラグ再溶解法(ESR)を適用した後、造塊した。
【0057】
(3)二次溶解では、真空アーク溶解炉(VAR)にて再溶解し、造塊し、第二鋼塊を得た。第二鋼塊は断面直径φ457mmの円柱状のものである。
なお、真空アーク溶解炉(VAR)における溶解開始時真空度は表2に示す通りとした。
【0058】
(4)鍛造は、鍛錬比8以上の割合で行い、その後、常温まで冷却した。具体的には、第二鋼塊(φ457mm)をプレスにてφ140mmの棒鋼とした。
【0059】
(5)焼きなましでは、φ140mmの棒鋼を930℃に加熱して、その温度に2時間保持した後、炉冷した。
【0060】
(6)形状加工では、(5)焼きなまし処理後のφ140mmの棒鋼を加工し、曲げ疲労試験に供するための試験片と同じ形状の鋼塊を得た。この鋼塊を、以下では「浸炭前鋼塊」ともいう。
浸炭前鋼塊1の中心軸を通る断面を図1(a)に、端面を図1(b)に示す。また、浸炭前鋼塊1の長手方向中央に存する切り欠き部2を拡大した概略側面図を図1(c)に示す。
浸炭前鋼塊1は図1に示す形状および寸法を備え、切欠底R1.5mmである。
【0061】
(7)浸炭焼入れでは、(6)形状加工にて得られた浸炭前鋼塊1を真空浸炭炉で930℃均熱後、930℃の温度を保持したまま浸炭ガスで浸炭する期間と、930℃の温度を保持したまま真空中保持で炭素を拡散させる期間を繰り返すことで、切り欠き部2のノッチ底の表層C量が0.70質量%となり、かつ、0.35mass%Cとなる深さが0.7mmとなる条件で浸炭した。そして、その後、焼入れ油に投入した。浸炭された浸炭前鋼塊を、以下では「浸炭後鋼塊」ともいう。浸炭後鋼塊の形状、大きさ等は、浸炭前鋼塊と同一と考えてよい。
【0062】
(8)焼戻しでは、オイル内で180℃、2時間保持し、その後、空冷した。
【0063】
(9)ショットピーニング処理について説明する。
(8)焼戻しに供した浸炭後鋼塊について、噴射ノズルを備えたエア式のショットピーニング装置を用いて、ショットピーニング処理を施した。
ここで浸炭後鋼塊は、噴射ノズルからの距離が200mm、投射角が試験片の加工面に直角となるように設置した。
そして、各実施例および各比較例における浸炭後鋼塊を、各々、回転テーブル上で30rpm(=2秒間に1回転)にて回転させ、浸炭後鋼塊の表面にショットピーニング処理を施した。
また、ショットピーニング処理は、2回施した。
具体的には1回目のショットピーニング処理において、投射時間はカバレージが400%となるように設定した。また投射材は粒径がφ0.6mm、硬さ700HVのものを使用し、投射圧(エア圧)を0.25MPaとした。
2回目のショットピーニング処理において、投射時間はカバレージが1200%となるように設定した。また投射材は粒径がφ0.05mm、硬さ900HVのものを使用し、投射圧(エア圧)を0.2MPaとした。
そして、2回目のショットピーニング処理の後、JIS-B 0601で規定される表面粗さRaが0.25μm以下となるように、浸炭後鋼塊の表面をバレルを用いて研磨した。
【0064】
上記の(1)~(9)の処理を施して、曲げ疲労強度試験に供するための試験片を得た。なお、試験片の形状は、図1に示した浸炭前鋼塊1の形状と同一と考えてよい。
【0065】
(試験片の曲げ疲労強度試験)
試験片の切り欠き部2の底から、さらに深さ方向に0.05mmの位置の硬さを、ビッカース硬さ試験機を用いて測定した。5回測定し、それらの平均値を、その試験片における表層硬さとした。なお、この時の試験荷重は300gとした。
結果を表2に示す。
表2により、Ni含有率が高い(例えば比較例8)と材料が柔らかくなると考えられる。これはNi含有率が高いと残留γが高くなるためと考えられる。
【0066】
(4点曲げ疲労試験)
4点曲げ疲労試験は、図2を用いて説明する。
試験片10を2個所の支持部14において下側から支持した状態で、2個所の入力部16において試験片10に対し下向きに荷重を加えて試験片10を曲げ変形させ、その後荷重を試験荷重の0.1倍まで取り除いて形状を元に戻した後、再び荷重を負荷することを、20~5Hzで繰り返した。すなわち、最小/最大応力比を0.1の4点曲げ試験疲労試験である。また、試験応力を3200MPa、応力集中係数を1.89とした。
そして、破断するまでの繰り返し回数を寿命とし、この寿命によって疲労特性を評価した。
また、試験応力を3200MPaではなく2700MPaとし、その他については全て同一とした試験についても行った。
結果を第2表に示す。
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
以上、本発明の実施例を詳述したが、これはあくまで一例である。
例えば浸炭焼入れについての上記の例はあくまで一例であって、これら処理は他の様々な態様で行うことができる。
例えば予め焼入れを行ってから浸炭焼入れを行ったり、2次焼入れを行うこと等も可能であり、さらにサブゼロ処理を行ったりしてもよい。本発明はその趣旨を逸脱しない範囲において種々変更を加えた形態で実施可能である。
【符号の説明】
【0070】
1 浸炭前鋼塊
2 切り欠き部
10 試験片
12 試験部
14 支持部
16 入力部
図1
図2