(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067183
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】量子ドットの合成方法
(51)【国際特許分類】
C09K 11/66 20060101AFI20240510BHJP
C09K 11/61 20060101ALI20240510BHJP
C09K 11/08 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C09K11/66 ZNM
C09K11/61
C09K11/08 A
C09K11/08 G
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177051
(22)【出願日】2022-11-04
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
(74)【代理人】
【識別番号】100071216
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 昌毅
(74)【代理人】
【識別番号】100130395
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】増田 泰造
(72)【発明者】
【氏名】富澤 亮太
(72)【発明者】
【氏名】沈 青
(72)【発明者】
【氏名】丁 超
(72)【発明者】
【氏名】淵本 秋人
【テーマコード(参考)】
4H001
【Fターム(参考)】
4H001CC13
4H001CF01
4H001XA17
4H001XA35
4H001XA50
4H001XA53
4H001XA55
4H001XA82
4H001XB42
4H001XB72
(57)【要約】
【課題】 セシウムと14族金属(鉛、錫)のハロゲン化物の量子ドットに於いて、量子ドットの発光波長を変更しつつ、発光量子収率を改善する方法を提供する。
【解決手段】 量子ドットを合成する方法は、CsMX
3(Cs:セシウム、M:14族金属、X:第一のハロゲン)の組成のペロブスカイト構造を有し、各粒子が配位子に覆われた量子ドットを形成する第一の工程と、量子ドットの分散された溶液へ、量子ドットの配位子として利用可能な配位子物質と第一のハロゲンとは異なる第二のハロゲンと14族金属とのハロゲン化物とを添加する第二の工程とを含み、CsMX
3の組成を有する量子ドットとは異なる発光波長のペロブスカイト構造の量子ドットを合成する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子ドットを合成する方法であって、
CsMX3(Cs:セシウム、M:14族金属、X:第一のハロゲン)の組成のペロブスカイト構造を有し、各粒子が配位子に覆われた量子ドットを形成する第一の工程と、
前記量子ドットの分散された溶液へ、前記量子ドットの配位子として利用可能な配位子物質と前記第一のハロゲンとは異なる第二のハロゲンと14族金属とのハロゲン化物とを添加する第二の工程と
を含み、前記CsMX3の組成を有する前記量子ドットとは異なる発光波長のペロブスカイト構造の量子ドットを合成する方法。
【請求項2】
請求項1の方法であって、前記CsMX3の組成がCsPbBr3であり、前記第二のハロゲンと14族金属とのハロゲン化物がPbCl3若しくはPbI3又はSnCl2若しくはSnI2である方法。
【請求項3】
請求項1の方法であって、前記第二の工程に焼いて、前記配位子物質が炭化水素鎖を有する第4級アンモニウムカチオンとハロゲンとの塩である方法。
【請求項4】
請求項3の方法であって、前記第4級アンモニウムカチオンがジドデシルジメチルアンモニウムイオンである方法。
【請求項5】
請求項1の方法であって、前記第一の工程に於いて、前記量子ドットが、CsPbBr3の組成のペロブスカイト構造を有し、有機溶媒中にて各粒子が前記配位子としてオレイン酸とオレイルアミンとに覆われたコロイドの状態で分散された状態にて調製され、前記第二の工程に於いて、有機溶媒中に臭化ジドデシルジメチルアンモニウム若しくは塩化ジドデシルジメチルアンモニウムとPbCl3とが分散された溶液を前記量子ドットの分散された溶液へ混合する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子ドットの合成方法に係り、より詳細には、セシウムと14族金属(鉛、錫)のハロゲン化物のペロブスカイト量子ドットの合成方法に係る。
【背景技術】
【0002】
高い発光量子収率(フォトルミネッセンス量子収率:物質に吸収された光子数に対する物質から放出された光子数の比)を有し、比較的広範囲にて発光波長の調整が可能な蛍光材料として、近年、コロイド状のペロブスカイト型量子ドット(ペロブスカイトナノ結晶構造を有する量子ドット)が注目されている(以下、「量子ドット」と称する場合は、特に断らない限り、ペロブスカイト型の量子ドットを指すものとする。)。量子ドットは、例えば、ディスプレイ、発光ダイオード、太陽電池などの光エレクトロニクスの用途に利用できることが期待されている。そのような量子ドットに関して、非特許文献1に於いては、廉価な市販材料を用いて、セシウムと鉛のハロゲン化物から成る量子ドットを合成する方法が記載されている。この文献に於いては、量子ドットとなるナノ結晶の形成時に使用するハロゲン元素を調整することにより、量子ドットの発光波長を可視光領域で調節できることが示されている。非特許文献2に於いては、合成されたCsPbBr3の組成の量子ドットへ、臭素(Br)とは異なるハロゲン元素のハロゲン化鉛やハロゲン化アンモニウム塩を加えると、量子ドットに於ける臭素が塩素又はヨウ素に置換され、発光量子収率は低下するが、発光波長が短波長側又は長波長側にシフトすることが報告されている。また、非特許文献3に於いては、CsPbBr3の組成の量子ドットの形成後に、PbBr2とDDAB(ジドデシルジメチルアンモニウムブロミド)を添加することで、発光量子収率が改善することが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】L. Protesescu, et al, “Nanocrystals of Cesium Lead Halide Perovskites (CsPbX3, X = Cl, Br, and I): Novel Optoelectronic Materials Showing Bright Emission with Wide Color Gamut” Nano Lett. 2015, 15, 3692-3696
【非特許文献2】Q. A. Akkerman, et al, “Tuning the Optical Properties of Cesium Lead Halide Perovskite Nanocrystals by Anion Exchange Reactions”, J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 10276-10281
【非特許文献3】M. I. Bodnarchuk, et al, “Rationalizing and Controlling the Surface Structure and Electronic Passivation of CesiumLead Halide Nanocrystals”, ACS Energy Lett. 2019, 4, 63-74
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の発明者等の研究に於いて、セシウムと14族金属(鉛、錫)のハロゲン化物の量子ドットの形成後に、形成されている量子ドットの組成に於けるハロゲン元素と異なるハロゲン元素と14族金属元素とのハロゲン化物塩と、量子ドットの表面に配位してコロイド状態の安定化が可能な配位子材料とを、量子ドットの分散されている溶液に加えると、量子ドットの発光波長を変更すると共に、発光量子収率を大幅に増大できることが見出された。かかる現象は、量子ドットを光エレクトロニクスの分野に於ける利用する際に非常に有利である。本発明に於いては、この知見が利用される。
【0005】
かくして、本発明の一つの課題は、セシウムと14族金属(鉛、錫)のハロゲン化物の量子ドットに於いて、量子ドットの発光波長を変更しつつ、発光量子収率を改善する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によれば、一つの態様に於いて、上記の課題は、量子ドットを合成する方法であって、
CsMX3(Cs:セシウム、M:14族金属、X:第一のハロゲン)の組成のペロブスカイト構造を有し、各粒子が配位子に覆われた量子ドットを形成する第一の工程と、
前記量子ドットの分散された溶液へ、前記量子ドットの配位子として利用可能な配位子物質と前記第一のハロゲンとは異なる第二のハロゲンと14族金属とのハロゲン化物とを添加する第二の工程と
を含み、前記CsMX3の組成を有する前記量子ドットとは異なる発光波長のペロブスカイト構造の量子ドットを合成する方法
によって達成される。
【0007】
上記の本発明の構成に於いて、「量子ドット」は、CsMX3の組成のペロブスカイト構造を有するナノ結晶体であり、かかるナノ結晶体の粒子が配位子に覆われた状態で有機溶媒中に分散された状態で調製される。上記の第一の工程に於ける量子ドットの形成方法は、基本的には、非特許文献1に記載された方法と同様であってよい。配位子としては、CsMX3の組成のペロブスカイト構造の量子ドットの配位子として利用可能な任意の物質が選択されてよく、典型的には、オレイン酸とオレイルアミンとであってよい。14族金属Mは、鉛Pb、錫Snから選択されてよく、第一のハロゲンXは、臭素Br、フッ素F、塩素Cl、ヨウ素Iから選択されてよく、典型的には、CsMX3の組成は、CsPbBr3であってよい。第一の工程に於いて、量子ドットは、典型的には、ヘキサンなどの有機溶媒中にコロイドとして分散された状態で調製されてよい。
【0008】
第二の工程に於いて、「量子ドットの配位子として利用可能な配位子物質」とは、量子ドットの各粒子の周囲に配位して、コロイド状態を安定化させる作用を有する任意の物質から選択されてよい。そのような物質としては、例えば、炭化水素鎖を有し一端に電荷を有するカチオンとハロゲンとの塩が挙げられる。一端に電荷を有する炭化水素鎖のカチオンとしては、具体的には、炭素数が適当な数(9~16程度)の炭化水素鎖を有し、電荷のpH依存性のない第4級アンモニウムカチオンが有利に用いられ、好ましくは、炭化水素鎖を二つ又は3つ有するカチオンであってよい。実施の形態に於いて、そのような第4級アンモニウムカチオンとしては、ジドデシルジメチルアンモニウムイオンが用いられるが、これに限定されない。ジドデシルジメチルアンモニウムイオンは、臭化ジドデシルジメチルアンモニウム若しくは塩化ジドデシルジメチルアンモニウムとして用いられる。一方、「第一のハロゲンとは異なる第二のハロゲンと14族金属とのハロゲン化物」は、具体的には、鉛のハロゲン化物又は錫のハロゲン化物であってよく、第二のハロゲンは、第一の工程で形成される量子ドットに用いられた第一のハロゲンとは異なるハロゲンが用いられる。即ち、量子ドットに用いた第一のハロゲンが臭素Brである場合には、第二のハロゲンは、塩素Cl或いはヨウ素I若しくはフッ素Fであってよい。従って、CsMX3の組成がCsPbBr3であるときには、第二のハロゲンと14族金属とのハロゲン化物としては、PbCl3若しくはPbI3又はSnCl2若しくはSnI2などが用いられる。第一の工程により形成された量子ドットの分散された溶液へ添加される配位子物質とハロゲン化物との添加は、トルエンなどの有機溶媒に配位子物質とハロゲン化物とを分散した溶液を量子ドットの分散された溶液に混合することにより為されてよい。
【0009】
本発明の方法の実施の形態に於いて、第一の工程に於いて、量子ドットは、CsPbBr3の組成のペロブスカイト構造を有し、有機溶媒中にて各粒子が前記配位子としてオレイン酸とオレイルアミンとに覆われたコロイドの状態で分散された状態にて調製され、第二の工程に於いて、有機溶媒中に臭化ジドデシルジメチルアンモニウム若しくは塩化ジドデシルジメチルアンモニウムとPbCl3とが分散された溶液を前記量子ドットの分散された溶液へ混合されてよい。
【0010】
上記の如く、第一の工程により形成された量子ドットの分散された溶液へ、第二のハロゲンと14族金属とのハロゲン化物と、量子ドットの配位子として利用可能な配位子物質とを添加すると、第一の工程により形成された量子ドットの発光波長とは異なる発光波長の量子ドットが合成され、且つ、その発光量子収率が第一の工程により形成された量子ドットの発光量子収率よりも大幅に増大できることとなる。本発明の発明者等による実験によれば、例えば、後述の如く、第一の工程により形成されたCsPbBr3の組成の量子ドットの発光波長が約518nmであり、発光量子収率が50~60%であるのに対し、上記の第二の工程を経て得られた量子ドットについては、配位子物質とハロゲン化物との添加量に依存して、発光波長が、495~513nmの範囲に変化し、発光量子収率が70~90%に増大されることが見出されている。また、本発明の方法により得られる量子ドットの増大された発光量子収率は、少なくとも2週間に亙って概ね維持されることも見出されている。
【0011】
上記の構成に於いて、第二の工程を経て得られた量子ドットの発光波長は、配位子物質とハロゲン化物との添加量が多いほど、大きく変化することが見出されている。従って、第一の工程により形成された量子ドットの分散された溶液に対して添加される配位子物質とハロゲン化物との量は、量子ドットから所望の発光波長の光が得られるように調節されてよい。具体的には、例えば、臭素を用いて形成された量子ドットに14族金属塩化物が添加される場合、その添加量が多いほど、量子ドットの光の発光波長が短波長側にシフトすることが見出されているので、量子ドットの光の発光波長をより短波長側にシフトさせたい場合には、添加される14族金属塩化物の量が増大されてよい。
【発明の効果】
【0012】
かくして、上記の本発明によれば、量子ドットを合成する方法に於いて、CsMX3の組成のペロブスカイト構造を有し、各粒子が配位子に覆われた量子ドットの形成後に、量子ドットの配位子として利用可能な配位子物質と、(第一のハロゲンXとは異なる)第二のハロゲンと14族金属とのハロゲン化物とを添加することにより、第一の工程に於いて形成された量子ドットとは発光波長が異なり、且つ、発光量子収率の増大した量子ドットを得ることが可能となる。かかる構成によれば、安定的に、より高い発光量子収率を有し、より広範囲の波長範囲から選択された波長の光を発光する量子ドットが得られることとなるので、量子ドットの有用性が更に高まることが期待される。
【0013】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1(A)は、本発明による量子ドットを合成する方法の第一の工程に於いて、14族金属ハロゲン化物(臭化鉛PbBr
2)、オレイン酸(OA)及びオレイルアミン(OAm)が溶解した溶液にオレイン酸セシウム(Cs-OA)溶液を混合して量子ドットを形成する様子を模式的に示した図である。
図1(B)は、本発明の方法の第一の工程に於いて形成される量子ドットの模式図である。
図1(C)は、本発明による量子ドットを合成する方法の第二の工程に於いて、第一の工程にて形成された量子ドットの分散した溶液中に、配位子物質と14族金属ハロゲン化物とを混合して、発光波長がシフトし、発光量子収率が増大した量子ドットを調製する様子を模式的に示した図である。
図1(D)は、本発明の方法の第二の工程に於いて形成される量子ドットの模式図である。
【
図2】
図2(A)、(B)は、本発明の方法の第二の工程に於いて形成される量子ドットの発光波長に於けるピーク波長(PLP)と、発光量子収率(PLQY)とを表わすグラフ図である。(A)は、配位子物質として、臭化ジドデシルジメチルアンモニウムを用いた場合であり、(B)は、配位子物質として、塩化ジドデシルジメチルアンモニウムを用いた場合である。図中、○は、合成直後(fr)の値であり、△は、合成から5日後(5d)の値であり、◇は、合成から1週間後(1w)の値であり、×は、合成から2週間後(2w)の値である。図中の数字は、量子ドットの分散した溶液(1ml)中への配位子物質と14族金属ハロゲン化物との混合液の添加量(μl)を示している。Sは、混合液を添加しなかった場合である。
【符号の説明】
【0015】
10…三つ口フラスコ
12…マントルヒータ
14…温度センサ
16…シリンジ
18…気体送管
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。図中、同一の符号は、同一の部位を示す。
【0017】
量子ドットの合成
本実施形態による量子ドットの合成に於いては、(1)量子ドットの形成(第一の工程)及び(2)量子ドットの特性の変更(第二の工程)が実行される。以下、各工程についてより詳細に説明する。
【0018】
(1)量子ドットの形成(第一の工程)
本実施形態に於ける量子ドットの形成に於いては、端的に述べれば、無極性溶媒中に於いて、オレイン酸(OA)やオレイルアミン(OAm)などの炭化水素基を有する配位子物質の存在下で、14族金属のハロゲン化物とセシウムとを混合することにより、ペロブスカイト構造のナノ結晶体である量子ドットが形成される。量子ドットの形成工程は、基本的には、非特許文献1に記載されている工程と同様であってよい。具体的には、(a)オレイン酸セシウムなどのセシウムの脂肪酸塩の溶液の調製、(b)14族金属ハロゲン化物の溶液の調製、(c)配位子物質の混合物の調製、(d)14族金属ハロゲン化物の溶液と配位子物質混合物の混合、(e)14族金属ハロゲン化物-配位子物質溶液への脂肪酸セシウム溶液の注入(量子ドットの形成)、(f)量子ドットの精製の各工程が実行される。
【0019】
各工程について、(a)のセシウムの脂肪酸塩の溶液は、1-オクタデセン(ODE)などの無極性溶媒中にて炭酸セシウム(CsCO3)と脂肪酸とを、真空状態で120℃程度まで加熱して、溶解することにより調製される。脂肪酸としては、量子ドットの配位子として利用できるものであってよく、典型的には、オレイン酸が用いられる。(b)の14族金属ハロゲン化物の溶液は、1-オクタデセン(ODE)などの無極性溶媒中にて、14族金属ハロゲン化物を、真空状態で120℃程度まで加熱して、溶解することにより調製される。14族金属ハロゲン化物は、典型的には、臭化鉛(PbBr2)であってよいが、これに限定されず、フッ化鉛、塩化鉛、ヨウ化鉛、フッ化錫、塩化錫、臭化錫、ヨウ化錫であってもよい。(c)の配位子物質混合物は、炭化水素基を有する配位子物質が130℃程度まで加熱され混合されて調製される。配位子物質は、典型的には、オレイン酸(OA)やオレイルアミン(OAm)などの、有機溶媒中の量子ドットの表面に配位して、量子ドットをコロイド状態にすることのできる任意の物質であってよい(非特許文献3参照)。そして、かかる配位子物質混合物は、その後、(b)の14族金属ハロゲン化物の溶液中へ分散される(d)。
【0020】
しかる後、14族金属ハロゲン化物と配位子物質混合物とが分散された溶液中へ、(a)のセシウムの脂肪酸塩の溶液が注入され、これにより、CsMX
3(Cs:セシウム、M:14族金属、X:第一のハロゲン)の組成のペロブスカイト構造のナノ結晶体粒子であって、各粒子が、OA、OAm等の配位子に覆われている量子ドットが形成される(e)。かかる工程に於いては、
図1(A)に模式的に描かれている如く、三口フラスコ10に入れられた14族金属ハロゲン化物と配位子物質混合物との混合液(PbBr
2,OA-OAm/ODE)を、窒素雰囲気下で、マントルヒータ12などにより加熱し、その状態で、セシウムの脂肪酸塩の溶液(Cs-OA/ODE)がシリンジ16にて噴射注入されて、両溶液が混合されてよい。そうすると、
図1(B)に模式的に描かれている如く、CsPbBr
3などの組成の量子ドットQdが、周囲に、OA、OAmなどの配位子Lが配位した状態で形成されることとなる。
【0021】
かくして、量子ドットが形成されると、後述の実験例の如く、遠心分離等の任意の精製処理により、量子ドットを形成しなかった材料が除去されて、量子ドットがヘキサンなどの有機溶媒中にコロイド状態で分散された状態にて調製される(f)。
【0022】
(2)量子ドットの特性の変更(第二の工程)
上記の如く、量子ドットが形成されると、かかる量子ドットの分散された溶液に、形成された量子ドットを構成しているハロゲン(第一のハロゲン)とは異なる元素種のハロゲン(第二のハロゲン)と14族金属との塩と配位子物質とが添加される。
【0023】
かかる工程について、具体的には、まず、14族金属のハロゲン化物塩と配位子物質との混合物溶液が調製される。配位子物質としては、量子ドットの配位子として利用可能な任意の物質が用いられてよい。より詳細には、配位子物質は、炭化水素鎖を有し一端に電荷を有するカチオンとハロゲンとの塩であってよく、かかるカチオンとしては、好適には、炭化水素鎖の炭素数が適当な数(9~16程度)であること、電荷のpH依存性のないことなどの特徴を有しているものが選択されてよい。具体的には、そのようなカチオンとしては、上記の炭素数の炭化水素鎖を有する第4級アンモニウムカチオンが挙げられるが、これに限定されない。実施の形態に於いて、配位子物質は、臭化ジドデシルジメチルアンモニウム(DDAB)、塩化ジドデシルジメチルアンモニウム(DDAC)、ヨウ化トリドデシルメチルアンモニウム(TDAI)などであってよい。一方、形成された量子ドットの溶液に添加される14族金属のハロゲン化物塩としては、第一の工程で用いたハロゲン化物塩と異なる任意の14族金属のハロゲン化物塩が選択される。具体的には、例えば、第一の工程で、PbBr2が用いられた場合には、それ以外の14族金属のハロゲン化物塩であるPbCl3、PbI3、SnCl2又はSnI2が用いられてよい。14族金属のハロゲン化物塩と配位子物質との混合物溶液は、14族金属のハロゲン化物塩と配位子物質とをトルエンなどの有機溶媒中に加熱しながら攪拌することにより調製される。
【0024】
しかる後、14族金属のハロゲン化物塩と配位子物質との混合物溶液が、量子ドットの分散された溶液へ注入される。かかる工程に於いては、
図1(C)に模式的に描かれている如く、三口フラスコ10に入れられた量子ドット分散液(例えば、CsPbBr
3ヘキサン溶液)へ、14族金属のハロゲン化物塩と配位子物質との混合物溶液(例えば、PbCl
3,DDABトルエン溶液)がシリンジ16にて注入されて、その後、混合された溶液が、窒素雰囲気下で、マントルヒータ12などにより加熱され、攪拌される。そうすると、
図1(D)に模式的に描かれている如く、量子ドットQdの組成に於ける第一のハロゲン(例えば、Br)の一部が第二のハロゲン(例えば、Cl)に置換されるとともに、新たに添加された配位子物質L(例えば、DDA)が量子ドットの周囲に配位することとなる。
【0025】
その後、量子ドット分散液は、上記と同様に、遠心分離等の任意の精製処理により、量子ドットを形成しなかった材料が除去されて、量子ドットがトルエンなどの有機溶媒中にコロイド状態で分散された状態にて調製される。
【0026】
後述の実験例に於いて記載されている如く、第一の工程で調製された量子ドット分散液に注入される14族金属のハロゲン化物塩と配位子物質との混合物溶液の量と物質の種類によって、その後の量子ドットの発光波長のピークのシフト幅と、発光量子収率の増大幅が変化することとなる。実験によれば、14族金属のハロゲン化物塩と配位子物質との混合物溶液の注入量が多いほど、発光波長のピークのシフト幅が大きくなることが見出されているので、14族金属のハロゲン化物塩と配位子物質との混合物溶液の注入量は、所望の発光波長ピークが得られるように調節されてよい。また、DDA等の配位子物質の量が過剰となると、発光量子収率の増大幅が低減する傾向が観察されるので、配位子物質の量は、適当な量となるように調節されることが好ましい。
【0027】
かくして、上記の本実施形態の構成によれば、後述の実験例の結果(
図2)にて示される如く、本実施形態の第一の工程にて調製された量子ドット分散液に於いて、量子ドットの発光量子収率は、50~60%であるのに対し、本実施形態の第二の工程を経て得られた量子ドット分散液に於いて、量子ドットの発光量子収率は、70~90%に達し、且つ、発光波長のピークが、14族金属のハロゲン化物塩と配位子物質との混合物溶液の注入量に応じて、初めの量子ドットの発光波長のピークから変化させられることとなる。また、量子ドットの発光量子収率は、少なくとも2週間程度に亙って保持される。これらの特徴によれば、量子ドットの適用される用途が更に拡大されることが期待される。
【0028】
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
【実施例0029】
上記の本実施形態の方法に従って、下記の如く、量子ドットを合成し、発光波長と発光量子収率を測定した。使用した物質は、全て、化学用の物質を用いた。
【0030】
1.量子ドットの形成(第一の工程)
(a)脂肪酸セシウム(オレイン酸セシウム)溶液の調製
三口フラスコ中に、60mLの1-オクタデセン、0.6gの炭酸セシウム(CsCO3)、2.13gのオレイン酸(OA)を入れ、真空排気後、2分間、室温にてマグネチックスターラーで撹拌し、更に、120℃まで加熱して、30分間、撹拌して、オレイン酸セシウム溶液を調製した。
(b)14族金属ハロゲン化物(PbBr2)溶液の調製
別の三口フラスコ中に、20mLの1-オクタデセン、0.318gのPbBr2を入れ、真空排気後、10分間、室温にてマグネチックスターラーで撹拌し、更に、120℃まで加熱して、60分間、撹拌して、PbBr2溶液を調製した。
(c)配位子物質混合物の調製
ビーカーに2.68gのオレイン酸(OA)と、3mLのオレイルアミン(OAm)を入れ、1分間撹拌し、更に、130℃まで加熱して、30分間、撹拌して、OA-OAm混合物とした。
(d)14族金属ハロゲン化物溶液と配位子物質混合物の混合
(b)のの三口フラスコ中のPbBr2溶液へ4.2mlのOA-OAm混合物をシリンジを用いて注入して、溶液を混合し、30分間、真空排気して、そのまま、保持した。
(e)14族金属ハロゲン化物-配位子物質溶液への脂肪酸セシウム溶液の注入
(d)のの三口フラスコを窒素雰囲気下にした後、190℃まで昇温し、3.2mLのオレイン酸セシウム溶液をシリンジで噴射注入した。注入から5秒後、三口フラスコを氷水で30秒間冷却した。ここに於いて、CsPbBr3の組成のペロブスカイトナノ結晶体であって、OAとOAmとが周囲に配位した量子ドットが形成される。
(f)量子ドットの精製
三口フラスコの冷却後、得られた生成物と同量の酢酸メチルと混合し、混合液を9300rpmにて、4分30秒間、遠心分離して、沈殿物を回収して、乾燥した。その後、乾燥した沈殿物を50mg/mLとなるように、ヘキサンに分散し、2時間冷蔵し、しかる後、4000rpmにて、2分間、遠心分離して、上澄み液を回収して、量子ドット分散液として保存した。
【0031】
2.量子ドットの特性の変更(第二の工程)
(a)14族金属のハロゲン化物塩と配位子物質との混合物溶液の調製
14族金属のハロゲン化物塩として、PbCl2を用い、配位子物質として、臭化ジドデシルジメチルアンモニウム(DDAB)又は塩化ジドデシルジメチルアンモニウム(DDAC)を用いた。スクリュー瓶に、27.8mgのPbCl2と、92mgのDDAB又は83.64mgのDDACと、3mlのトルエンを入れ、40℃にて、46時間攪拌して、ハロゲン化物塩と配位子物質の混合物溶液を調製した。
(b)量子ドット分散液へのハロゲン化物塩と配位子物質の混合物溶液の注入
三口フラスコに1mlの量子ドット分散液を入れ、100~600μlのハロゲン化物塩と配位子物質の混合物溶液をシリンジで噴射注入した。しかる後、窒素雰囲気下で、40℃にて、1時間攪拌した。ここに於いて、量子ドットに於いて、Brの一部がClに置換されると共に、DDAB又はDDACが配位子して、量子ドットの周囲に配位することとなる。
(f)量子ドットの精製
三口フラスコ中の量子ドット分散液に1mlの酢酸メチルを入れて混合し、混合された溶液を9300rpmにて、3分間、遠心分離して、沈殿物を1mlのトルエンに分散して、4000rpmにて、2分間、遠心分離して、上澄み液を回収して、新たな量子ドット分散液として保存した。
【0032】
(発光量子収率の測定)
量子ドット溶液の発光波長のピークと発光量子収率は、絶対PL量子収率測定装置Quantaurus-QY Cl1347-01(浜松ホトニクス株式会社)を用いて測定した。励起光波長は400nmに設定した。
【0033】
結果に於いて、まず、
図2(A)を参照して、第一の工程で調製された量子ドットの場合(図中、S)には、発光波長ピークが約518nmであり、発光量子収率が50~60%であった。これに対し、第二の工程に於いて、PbCl
2とDDABとが添加された場合には、その添加量に応じて、量子ドットの発光波長ピークが、513nm~495nmの範囲にて短波長側にシフトし、発光量子収率が、70%~90%に増大した。量子ドットの発光波長ピークのシフト幅は、PbCl
2の添加量が多いほど、大きくなった。そして、これらの特性は、量子ドットの調製後、2週間に亙って保持された。また、
図2(B)を参照して、第二の工程に於いて、PbCl
2とDDACとが添加された場合も、PbCl
2とDDACの混合溶液の添加量が多いほど、量子ドットの発光波長ピークが短波長側にシフトした。ただし、混合溶液の添加量が250μlのときは、発光量子収率が80%程度前後まで増大したが、混合溶液の添加量が500μlのときには、発光量子収率が低下した。
【0034】
上記の結果から、CsMX3の組成のペロブスカイトナノ結晶体の構造であって、配位子に覆われた量子ドットに対して、量子ドットを構成するハロゲンと異なるハロゲンの14族金属ハロゲン化物と配位子物質とを添加すると、量子ドットの発光波長がシフトすると共に、添加量が過剰とならない範囲で、発光量子収率を増大し得ることが示された。
【0035】
以上の説明は、本発明の実施の形態に関連してなされているが、当業者にとつて多くの修正及び変更が容易に可能であり、本発明は、上記に例示された実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の概念から逸脱することなく種々の装置に適用されることは明らかであろう。