(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067194
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】皮膚感覚センサ
(51)【国際特許分類】
G01L 5/162 20200101AFI20240510BHJP
G01L 5/165 20200101ALI20240510BHJP
【FI】
G01L5/162
G01L5/165
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177070
(22)【出願日】2022-11-04
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST)、「適応型マルチフィジックス触覚技術と価値評価」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高尾 英邦
【テーマコード(参考)】
2F051
【Fターム(参考)】
2F051AB06
2F051AB10
2F051BA07
2F051DA02
(57)【要約】
【課題】触覚に加えて温度覚を検知できる皮膚感覚センサを提供する。
【解決手段】皮膚感覚センサAAは、フレーム10と、接触子20と、接触子20をフレーム10に対して変位可能に支持する支持体30と、接触子20の変位を検出する変位検出器40と、接触子20を加温するヒータ51と、接触子20の先端部に設けられた先端温度センサ52とを有する。皮膚感覚センサAAを測定対象物に押し当てながら掃引したときの接触子20の変位から測定対象物表面の微細な凹凸および微小領域の摩擦力を検知できる。接触子20と測定対象物との間に生じる熱流束を検知することで温度覚を再現できる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フレームと、
測定対象物と接触する先端を有する接触子と、
前記接触子を前記フレームに対して変位可能に支持する支持体と、
前記接触子の前記フレームに対する変位を検出する変位検出器と、
前記接触子を加温するヒータと、
前記接触子の先端部に設けられた先端温度センサと、を備える
ことを特徴とする皮膚感覚センサ。
【請求項2】
前記ヒータは、前記接触子内の位置であって前記先端温度センサよりも前記先端から離れた位置に配置されている
ことを特徴とする請求項1記載の皮膚感覚センサ。
【請求項3】
前記接触子内の位置であって前記先端温度センサよりも前記先端から離れた位置に配置された基準温度センサをさらに備える
ことを特徴とする請求項1記載の皮膚感覚センサ。
【請求項4】
前記接触子の前記先端からの距離が異なる複数の位置に配置された複数の前記基準温度センサを備える
ことを特徴とする請求項3記載の皮膚感覚センサ。
【請求項5】
平行に並べられた複数の前記接触子を備え、
前記複数の接触子ごとに、前記先端温度センサと前記ヒータとの距離が異なる
ことを特徴とする請求項2記載の皮膚感覚センサ。
【請求項6】
平行に並べられた複数の前記接触子を備え、
前記複数の接触子ごとに、前記先端温度センサと前記基準温度センサとの距離が異なる
ことを特徴とする請求項3記載の皮膚感覚センサ。
【請求項7】
前記測定対象物の温度を測定する対象物温度センサをさらに備える
ことを特徴とする請求項1記載の皮膚感覚センサ。
【請求項8】
気温を測定する気温センサをさらに備える
ことを特徴とする請求項1記載の皮膚感覚センサ。
【請求項9】
前記フレームは、前記測定対象物と接触する基準面を有する基準部を有し、
前記基準部には、該基準部の歪を測定する基準部歪センサが設けられている
ことを特徴とする請求項1~8のいずれかに記載の皮膚感覚センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚感覚センサに関する。さらに詳しくは、本発明は、人間の皮膚で起こる感覚(皮膚感覚)を工学的に模した皮膚感覚センサに関する。
【背景技術】
【0002】
人間の触覚を工学的に模した触覚センサとして種々のものが開発されている。例えば、特許文献1には微小な接触子を有する触覚センサが開示されている。触覚センサを測定対象物に押し当てながら掃引し、接触子の変位を検出することで、測定対象物表面の微細な凹凸および微小領域の摩擦力を検知できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
人間の皮膚で起こる感覚、すなわち皮膚感覚は、触覚、圧覚、振動覚、温覚、冷覚および痛覚の6つに分けられる。また、温覚と冷覚とを合わせて温度覚と称される。人間はこれらの感覚を総合して対象物を評価していると考えられる。例えば、皮膚感覚により木材と金属とを見分ける場合、ザラザラ感、すべすべ感などの触覚だけでなく、温もり、冷たさなどの温度覚も合わせて判断していると考えられる。しかし、特許文献1の触覚センサは、皮膚感覚のうち触覚を検知する機能を有するが、温度覚を検知する機能を有しない。
【0005】
本発明は上記事情に鑑み、触覚に加えて温度覚を検知できる皮膚感覚センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1態様の皮膚感覚センサは、フレームと、測定対象物と接触する先端を有する接触子と、前記接触子を前記フレームに対して変位可能に支持する支持体と、前記接触子の前記フレームに対する変位を検出する変位検出器と、前記接触子を加温するヒータと、前記接触子の先端部に設けられた先端温度センサと、を備えることを特徴とする。
第2態様の皮膚感覚センサは、第1態様において、前記ヒータは、前記接触子内の位置であって前記先端温度センサよりも前記先端から離れた位置に配置されていることを特徴とする。
第3態様の皮膚感覚センサは、第1または第2態様において、前記接触子内の位置であって前記先端温度センサよりも前記先端から離れた位置に配置された基準温度センサをさらに備えることを特徴とする。
第4態様の皮膚感覚センサは、第3態様において、前記接触子の前記先端からの距離が異なる複数の位置に配置された複数の前記基準温度センサを備えることを特徴とする。
第5態様の皮膚感覚センサは、第2態様において、平行に並べられた複数の前記接触子を備え、前記複数の接触子ごとに、前記先端温度センサと前記ヒータとの距離が異なることを特徴とする。
第6態様の皮膚感覚センサは、第3態様において、平行に並べられた複数の前記接触子を備え、前記複数の接触子ごとに、前記先端温度センサと前記基準温度センサとの距離が異なることを特徴とする。
第7態様の皮膚感覚センサは、第1~第6態様のいずれかにおいて、前記測定対象物の温度を測定する対象物温度センサをさらに備えることを特徴とする。
第8態様の皮膚感覚センサは、第1~第7態様のいずれかにおいて、気温を測定する気温センサをさらに備えることを特徴とする。
第9態様の皮膚感覚センサは、第1~第8態様のいずれかにおいて、前記フレームは、前記測定対象物と接触する基準面を有する基準部を有し、前記基準部には、該基準部の歪を測定する基準部歪センサが設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
第1態様によれば、皮膚感覚センサを測定対象物に押し当てながら掃引したときの接触子の変位から測定対象物表面の微細な凹凸および微小領域の摩擦力を検知でき触覚を再現できる。また、接触子と測定対象物との間に生じる熱流束を検知することで温度覚を再現できる。
第2態様によれば、ヒータ温度と先端温度との差分から熱流束を検知できる。また、ヒータが接触子に配置されているので、ヒータの熱がフレームに流出しにくく、熱の流れを接触子と測定対象物との間に限定できるため、熱流束を精度良く検知できる。
第3態様によれば、基準温度と先端温度との差分から熱流束を検知できる。接触子内の2点の温度を直接測定することから、熱流束を精度良く検知できる。
第4態様によれば、接触子に先端からの距離が異なる複数の基準温度センサが設けられているので、複数の熱抵抗による熱流束の検知を同時に行える。測定対象物との関係で適した熱抵抗を選択することで、熱流束を精度良く検知できる。
第5態様によれば、接触子ごとに先端温度センサとヒータとの距離が異なるので、複数の熱抵抗による熱流束の検知を同時に行える。測定対象物との関係で適した熱抵抗を選択することで、熱流束を精度良く検知できる。
第6態様によれば、接触子ごとに先端温度センサと基準温度センサとの距離が異なるので、複数の熱抵抗による熱流束の検知を同時に行える。測定対象物との関係で適した熱抵抗を選択することで、熱流束を精度良く検知できる。
第7態様によれば、熱流束に加えて測定対象物の温度を検知することで、温度覚を多面的に評価できる。また、測定対象物の温度変化による熱流束の変化を知ることができ、補正により温度変化の影響を取り除いた熱流束を求めることができる。
第8態様によれば、気温センサによって雰囲気温度を測定し、熱流束を雰囲気温度で補正すれば、精度の良い熱流束が得られる。
第9態様によれば、皮膚感覚センサを測定対象物に押し当てたときの基準部の歪量から皮膚感覚センサが測定対象物から受ける圧力を検知でき圧覚を再現できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】第1実施形態に係る皮膚感覚センサの平面図である。
【
図2】図(A)は支持体の横梁に歪がない場合の第1、第2歪検出素子の説明図である。図(B)は支持体の横梁に歪がある場合の第1、第2歪検出素子の説明図である。
【
図4】図(A)は支持体の縦梁に歪がない場合の第3、第4歪検出素子の説明図である。図(B)は支持体の縦梁に歪がある場合の第3、第4歪検出素子の説明図である。
【
図5】皮膚感覚センサによる触覚測定方法の説明図である。
【
図6】触覚センサから得られる各種信号を例示するグラフである。
【
図7】接触子および測定対象物の熱等価回路図である。
【
図8】第2実施形態に係る皮膚感覚センサの平面図である。
【
図9】第3実施形態に係る皮膚感覚センサの平面図である。
【
図10】第4実施形態に係る皮膚感覚センサの平面図である。
【
図11】図(A)は皮膚感覚センサを柔らかい測定対象物に押し当てた状態の説明図である。図(B)は皮膚感覚センサを硬い測定対象物に押し当てた状態の説明図である。
【
図12】第5実施形態に係る皮膚感覚センサの平面図である。
【
図13】第6実施形態に係る皮膚感覚センサの平面図である。
【
図14】図(A)は基準面に外力が作用していない状態の説明図である。図(B)は基準面に外力が作用している状態の説明図である。
【
図16】図(A)は銅板の測定結果を示すグラフである。図(B)は肌着生地の測定結果を示すグラフである。
【
図17】皮膚感覚センサで得られた温度勾配と試料の保温性との関係を示すグラフである。
【
図18】銅板と肌着生地とを繋ぎ合わせた試料の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
〔第1実施形態〕
図1に示すように、本発明の第1実施形態に係る皮膚感覚センサAAは半導体基板を半導体マイクロマシニング技術により加工して形成したものである。半導体基板を所定のパターンでエッチングして不要部分を除去することで皮膚感覚センサAAの機械構造が形成されている。したがって、皮膚感覚センサAAは全体として平板状である。皮膚感覚センサAAの全体的な寸法は特に限定されないが、例えば1~20mm四方である。
【0010】
皮膚感覚センサAAはその一側面を測定対象物からの力を受けるセンシング面としている。本実施形態では、皮膚感覚センサAAの側面のうち
図1における上側の側面をセンシング面としている。
【0011】
皮膚感覚センサAAは略矩形のフレーム10を有する。フレーム10の中央部分には空間部11が形成されている。フレーム10のうち、センシング面側の棒状部分を基準部12とする。基準部12の中央には開口13が形成されている。空間部11は開口13を介してフレーム10の外部と連通している。
【0012】
基準部12の側面のうちセンシング面の一部を構成する側面を基準面14と称する。基準面14は開口13により2つに分割されている。一方の基準面14は他方の基準面14を延長した面内に配置されている。
【0013】
以下、基準面14を基準としてx軸、y軸、z軸を定義する。x軸およびz軸は基準面14と平行な軸である。z軸はx軸に対して垂直である。x軸は皮膚感覚センサAAの幅方向に沿っており、z軸は皮膚感覚センサAAの厚さ方向に沿っている。y軸は基準面14に対して垂直な軸である。x-y平面は平板状の皮膚感覚センサAAが有する表裏の主面と平行である。x-z平面は基準面14と平行である。x軸に沿った方向をx軸方向、y軸に沿った方向をy軸方向、z軸に沿った方向をz軸方向と称する。
【0014】
フレーム10の開口13には接触子20が配置されている。すなわち、接触子20は2つの基準部12、12の間に配置されている。接触子20は棒状の部材であり、その中心軸がy軸に沿って配置されている。接触子20の一方の端を「先端」、他方の端を「基端」と称する。接触子20の基端は空間部11に配置されている。
【0015】
接触子20の先端を基準面14から外方に突出させることが好ましい。接触子20の先端面(先端部の側面)はセンシング面の一部を構成する。接触子20の先端部の形状は特に限定されないが、半円形または扇形とすればよい。
【0016】
人間の触覚に近い検知を実現するという観点からは、接触子20の先端部は指紋を構成する隆線の断面と同様の形状、寸法を有することが好ましい。具体的には、接触子20の先端部を半円形とし、その直径を100~500μmとすることが好ましい。
【0017】
フレーム10の空間部11には支持体30が配置されている。支持体30は接触子20をフレーム10に対して支持する。支持体30は、一または複数の横梁31と、一または複数の縦梁32と、接続部33とからなる。横梁31は接触子20と接続部33との間に架け渡されている。縦梁32は接続部33とフレーム10との間に架け渡されている。
【0018】
横梁31は弾性を有しており、板ばねと同様の性質を有する。また、横梁31はx軸に沿って配置されている。したがって、横梁31は接触子20のy軸方向の変位を許容する。縦梁32は弾性を有しており、板ばねと同様の性質を有する。また、縦梁32はy軸に沿って配置されている。したがって、縦梁32は接触子20のx軸方向の変位を許容する。すなわち、接触子20はフレーム10(基準面14)に対してx軸方向およびy軸方向に変位可能に支持されている。
【0019】
支持体30を構成する横梁31および縦梁32の本数および寸法(長さ、幅)は特に限定されない。支持体30として必要な弾性が得られるように、横梁31および縦梁32の本数および寸法を設定すればよい。なお、支持体30は、所望の弾性を得られればよく、梁以外の部材で構成してもよい。
【0020】
支持体30は接触子20がx軸方向およびy軸方向のいずれか一方に変位する構成でもよい。後述のごとく、接触子20のx軸方向の変位から測定対象物表面の微小領域の摩擦力を検知し、y軸方向の変位から測定対象物表面の微細な凹凸を検知する。測定対象物表面の微小領域の摩擦力を検知するには、接触子20がx軸方向のみに変位可能であってもよい。また、測定対象物表面の微細な凹凸を検知するには、接触子20がy軸方向のみに変位可能であってもよい。
【0021】
皮膚感覚センサAAのセンシング面に法線力(y軸方向の力)が作用すると、接触子20がy軸方向に変位する。また、皮膚感覚センサAAのセンシング面に接線力(x軸方向の力)が作用すると、接触子20がx軸方向に変位する。このような接触子20の変位を検出するために変位検出器40が設けられている。変位検出器40により接触子20のフレーム10(基準面14)に対する変位を検出できる。
【0022】
変位検出器40は支持体30に設けられている。変位検出器40は、接触子20のy軸方向の変位を検出する縦変位検出器41と、接触子20のx軸方向の変位を検出する横変位検出器42とからなる。
【0023】
図2(A)に示すように、縦変位検出器41は横梁31の歪を検出する第1、第2歪検出素子43、44からなる。第1、第2歪検出素子43、44としてピエゾ抵抗素子を用いることができる。ピエゾ抵抗素子は不純物拡散、イオン注入などの集積回路製造工程、金属配線形成技術などによって半導体基板の表面に形成できる。
【0024】
支持体30を構成する複数の横梁31のうち一の横梁31の表面には第1歪検出素子43が形成されている。また、他の一の横梁31の表面には第2歪検出素子44が形成されている。第1、第2歪検出素子43、44は、それぞれ階段状に形成されており、横梁31の一端から中央までは一方の側部に沿い、中央から他端までは他方の側部に沿う形状を有している。また、一方の横梁31に形成された第1歪検出素子43と、他方の横梁31に形成された第2歪検出素子44とは、それぞれ線対称となる形状を有する。
【0025】
なお、支持体30を構成する横梁31が一本の場合は、横梁31の一方の側部に沿って直線状の第1歪検出素子43を配置し、他方の側部に沿って直線状の第2歪検出素子44を配置すればよい。
【0026】
図2(B)に示すように、接触子20がy軸方向に変位すると、横梁31に歪が生じる。この際、第1、第2歪検出素子43、44が正のピエゾ抵抗係数を示す材料であれば、第1歪検出素子43は引張応力により抵抗が大きくなり、第2歪検出素子44は圧縮応力により抵抗が小さくなる。接触子20の変位方向が逆になると、第1歪検出素子43は圧縮応力により抵抗が小さくなり、第2歪検出素子44は引張応力により抵抗が大きくなる。
【0027】
図3に示すように、皮膚感覚センサAAの表面には横梁31の歪を検出する歪検出回路(
図1および
図2においては図示せず)が形成されている。歪検出回路は、第1、第2歪検出素子43、44を直列に接続して両端に電圧Vddをかけ、第1歪検出素子43と第2歪検出素子44との間の電圧Voutを読み取る回路である。電圧Voutは第1、第2歪検出素子43、44の差動により変化する。電圧Voutを読み取ることで横梁31の歪量を検出できる。これにより、縦変位検出器41で接触子20の基準面14に対するy軸方向の変位を検出できる。
【0028】
図4(A)に示すように、横変位検出器42は縦梁32の歪を検出する第3、第4歪検出素子45、46からなる。第3、第4歪検出素子45、46としてピエゾ抵抗素子を用いることができる。
【0029】
支持体30を構成する複数の縦梁32のうち一の縦梁32の表面には第3歪検出素子45が形成されている。また、他の一の縦梁32の表面には第4歪検出素子46が形成されている。第3、第4歪検出素子45、46は対称な階段状に形成されている。
【0030】
なお、支持体30を構成する縦梁32が一本の場合は、縦梁32の一方の側部に沿って直線状の第3歪検出素子45を配置し、他方の側部に沿って直線状の第4歪検出素子46を配置すればよい。
【0031】
図4(B)に示すように、接触子20がx軸方向に変位すると、縦梁32に歪が生じる。この際、第3、第4歪検出素子45、46が正のピエゾ抵抗係数を示す材料であれば、第3歪検出素子45は引張応力により抵抗が大きくなり、第4歪検出素子46は圧縮応力により抵抗が小さくなる。接触子20Aの変位方向が逆になると、第3歪検出素子45は圧縮応力により抵抗が小さくなり、第4歪検出素子46は引張応力により抵抗が大きくなる。
【0032】
皮膚感覚センサAAの表面には縦梁32の歪を検出する歪検出回路(
図1および
図4においては図示せず)が形成されている。その回路は
図3に示す回路において、第1歪検出素子43を第3歪検出素子45に、第2歪検出素子44を第4歪検出素子46に置き換えたものである。歪検出回路で縦梁32の歪量を検出する。これにより、横変位検出器42で接触子20Aの基準面14に対するx軸方向の変位を検出できる。
【0033】
なお、変位検出器40はピエゾ抵抗素子に限定されない。接触子20の変位により接触子20とフレーム10との距離が変化する。これを利用して、変位検出器40を接触子20とフレーム10との間の静電容量を検出する構成としてもよい。
【0034】
変位検出器40は接触子20のx軸方向およびy軸方向のいずれか一方の変位を検知する構成でもよい。後述のごとく、接触子20のx軸方向の変位から測定対象物表面の微小領域の摩擦力を検知し、y軸方向の変位から測定対象物表面の微細な凹凸を検知する。測定対象物表面の微小領域の摩擦力を検知するには、接触子20のx軸方向の変位のみを検知できる構成でもよい。また、測定対象物表面の微細な凹凸を検知するには、接触子20のy軸方向の変位のみを検知できる構成でもよい。
【0035】
図1に示すように、接触子20にはヒータ51が設けられている。ヒータ51として、例えば、Au、Pt、Ti、Cr、NiCr、またはITO(インジウムスズ酸化材料)などの薄膜をスパッタ法、蒸着法などにより形成し、細い糸状に加工したマイクロヒータを用いることができる。また、ヒータ51として、酸化拡散炉を用いて形成したpn接合ダイオードを用いてもよい。ヒータ51に電流を流すことで、熱を発することができる。
【0036】
後述のごとく、本実施形態の皮膚感覚センサAAは、接触子20と測定対象物との間に生じる熱流束を検知することで温度覚を再現する。ヒータ51は熱流束を生じさせる熱源である。ヒータ51は人間の指先の体温を再現するものともいえる。したがって、ヒータ51は接触子20を加温できればよく、その位置は接触子20に限定されない。もちろん、ヒータ51を接触子20に設けて接触子20を直接加温してもよい。これに代えて、ヒータ51をフレーム10など接触子20以外の部分に設けて、熱伝導を利用して接触子20を間接的に加温してもよい。
【0037】
接触子20の先端部には先端温度センサ52が設けられている。先端温度センサ52は、温度を測定する機能を有しており、接触子20の先端部に配設できる大きさのものであれば、特に限定されない。先端温度センサ52として、pn接合ダイオード、測温抵抗体、熱電対などを採用できる。
【0038】
pn接合ダイオードは酸化拡散炉を用いて半導体基板上に形成できる。ダイオードの順方向特性は温度によって変化し、ダイオードに一定の電流を流すと温度変化に伴って電圧が変化することが知られている。定電流源でpn接合ダイオードに順方向に定電流を供給し、電圧計で陽極-陰極間の電圧を測定する。電圧計で測定した電圧から、温度を算出できる。
【0039】
測温抵抗体は、例えば、スパッタ法、蒸着法などにより半導体基板上にAuなどの測温抵抗体として適した金属の薄膜を堆積させることにより形成される。測温抵抗体は温度の上昇とともに電気抵抗が増加する。測温抵抗体の2つの電極間には定電流源が接続される。定電流源で測温抵抗体に定電流を供給し、電圧計で電圧を測定する。電圧計で測定した電圧から、温度を算出できる。
【0040】
先端温度センサ52およびヒータ51は、接触子20の先端から基端に向かってこの順に配置される。換言すれば、ヒータ51は、接触子20内の位置であって先端温度センサ52よりも先端から離れた位置に配置されている。
【0041】
皮膚感覚センサAAは、例えば、以下の手順でSOI基板を加工することにより製造できる。ここで、SOI基板は、支持基板(シリコン)、酸化膜層(二酸化ケイ素)、活性層(シリコン)の3層構造を有しており、その厚さは例えば300μmである。
【0042】
まず、基板を洗浄し、酸化処理を行い、表面酸化膜を形成する。つぎに、表面酸化膜を加工して回路部となる拡散層パターンを形成し、リン拡散を行う。つぎに、リンのイオン注入および熱アニールによりピエゾ抵抗素子を形成する。つぎに、基板の裏面にクロム薄膜をスパッタリングし、可動構造部(接触子20および支持体30)をリリースするパターンにクロム薄膜を加工する。つぎに、表面酸化膜を除去し、ICP-RIEでエッチングして可動構造部を形成する。形成した可動構造部の周辺にレジストを充填して保護した後に、裏面をICP-RIEでエッチングする。最後に、中間酸化膜とレジストを除去して可動構造部をリリースする。
【0043】
なお、皮膚感覚センサAAの製造方法は半導体マイクロマシニング技術に限定されない。例えば、皮膚感覚センサAAの全体または一部を3次元プリンタによる造形技術により形成してもよい。
【0044】
つぎに、皮膚感覚センサAAを用いた測定方法を説明する。
皮膚感覚センサAAを用いて測定を行う際には、皮膚感覚センサAAのセンシング面を測定対象物に押し当てながら掃引する。そうすると、接触子20がx軸方向およびy軸方向に変位する。その変位に基づき測定対象物の表面形状、摩擦力などを測定できる。以下、その原理を説明する。
【0045】
図5に示すように、皮膚感覚センサAAのセンシング面を測定対象物Oに押し当てると、基準面14は測定対象物Oの表面の凹凸のピークを結んだ平面に配置される。また、接触子20の先端は測定対象物Oと接触する。接触子20は皮膚感覚センサAAの押し当て力の反力により押し込まれ、y軸方向に変位する。
【0046】
皮膚感覚センサAAのセンシング面を測定対象物Oに押し当てたまま、測定対象物Oの表面に沿って掃引する。なお、掃引はx軸方向に行われる。したがって、x軸方向を掃引方向ともいう。皮膚感覚センサAAを掃引すると、接触子20は測定対象物Oの表面の凹凸に沿ってy軸方向に変位する。また、接触子20は先端部と測定対象物Oとの間に働く摩擦力によりx軸方向に変位する。
【0047】
図6に上記操作により皮膚感覚センサAAから得られる各種信号の例を示す。
(1)のグラフは横軸が時間、縦軸が縦変位検出器41により検出された接触子20のy軸方向の変位である。皮膚感覚センサAAを測定対象物Oの表面に沿って一定の速度で掃引した場合には、横軸は測定対象物Oの表面の位置座標と同義である。接触子20のy軸方向の変位は測定対象物Oの表面の凹凸量を意味する。したがって、(1)のグラフは測定対象物Oの表面形状(空間波形)を再現したものである。
【0048】
(2)のグラフは横軸が時間、縦軸が横変位検出器42により検出された接触子20のx軸方向の変位である。接触子20のx軸方向の変位は接触子20と測定対象物Oとの間に働く摩擦力を意味する。ここで、接触子20の測定対象物Oとの接触面積は小さいので、接触子20のx軸方向の変位は微小領域の摩擦力を意味する。
【0049】
接触子20のx軸方向およびy軸方向の変位から測定対象物Oの表面の微小領域の動摩擦係数μを求めることができる。横梁31の弾性率は既知であるため、接触子20のy軸方向の変位から接触子20にかかる垂直荷重f
yを算出できる。また、縦梁32の弾性率は既知であるため、接触子20のx軸方向の変位から接触子20にかかる摩擦力f
xを算出できる。下記の式(1)に従い、垂直荷重f
yおよび摩擦力f
xから測定対象物Oの表面の微小領域の動摩擦係数μを算出できる。
【数1】
【0050】
以上のように、接触子20のx軸方向およびy軸方向の変位を測定することで、測定対象物Oの表面の微細な特性、すなわち微細な凹凸および微小領域の摩擦力を検知できる。また、これにより人間の触覚を再現できる。
【0051】
皮膚感覚センサAAのセンシング面を測定対象物Oに押し当てることで、接触子20と測定対象物Oとの間の熱流束を測定できる。
【0052】
図7は、互いに接触した接触子20および測定対象物Oの熱等価回路である。ヒータ51の温度(ヒータ温度)をT
h、接触子20先端の温度(先端温度)をT
t、ヒータ51と接触子20先端との間の熱抵抗をR
c、測定対象物Oの熱抵抗をR
o、ヒータ51から接触子20先端に向かって流れる熱流束をq
c、測定対象物O内を流れる熱流束をq
oとする。ヒータ51から接触子20先端に向かって流れる熱流束q
cは、式(2)で表される。
【数2】
【0053】
ヒータ51と接触子20先端との間の熱抵抗R
cは式(3)で表される。ここで、Lはヒータ51と接触子20先端との間の長さである。λは接触子20の熱伝導率である。Lおよびλは既知の値であるから、熱抵抗R
cも既知の値である。
【数3】
【0054】
ヒータ温度Thは、接触子20と測定対象物Oとが接触していない状態で、ヒータ51の熱が接触子20の先端まで行き渡り、温度が均一になったときの先端温度センサ52の測定値から得られる。また、ヒータ温度Thを間接的に求めてもよい。前述のごとく、ヒータ51としてマイクロヒータ、pn接合ダイオードなどを用いることができる。マイクロヒータは電気抵抗が温度に依存する。マイクロヒータの電気抵抗はマイクロヒータに供給する電流および電圧から求めることができる。したがって、マイクロヒータの温度は電流および電圧から求めることができる。また、pn接合ダイオードの順方向特性は温度によって変化する。したがって、pn接合ダイオードの温度は、pn接合ダイオードに供給する電流および電圧から求めることができる。
【0055】
先端温度Ttは、接触子20と測定対象物Oとが接触した状態における先端温度センサ52の測定値から得られる。
【0056】
ヒータ温度Thおよび先端温度Ttが得られれば、式(2)に基づき、それらの差分から熱流束qcを検知できる。
【0057】
人間は対象物との間に生じる熱流束により温度覚を知覚していることが知られている。例えば、対象物の温度が同じである場合、熱伝導率が高い金属は冷たく感じられ、熱伝導率が低い木材は温かく感じられる。本実施形態の皮膚感覚センサAAは、接触子20と測定対象物Oとの間に生じる熱流束qcを検知することで、このような温度覚を再現する。
【0058】
本実施形態の皮膚感覚センサAAは、ヒータ51が接触子20に配置されている。また、接触子20とフレーム10との間には梁構造の支持体30が介在している。梁構造の支持体30は熱抵抗が高いため、ヒータ51の熱が接触子20からフレーム10に流出しにくい。ヒータ51で生じた熱の流れを接触子20と測定対象物Oとの間に限定できるため、熱流束qcを精度良く検知できる。
【0059】
〔第2実施形態〕
つぎに、本発明の第2実施形態に係る皮膚感覚センサBBを説明する。
図8に示すように、本実施形態の皮膚感覚センサBBは、第1実施形態の皮膚感覚センサAAに基準温度センサ53を追加した構成である。その余の構成は第1実施形態と同様であるので、同一部材に同一符号を付して説明を省略する。
【0060】
基準温度センサ53として先端温度センサ52と同様の素子を用いることができる。基準温度センサ53は、接触子20内の位置であって先端温度センサ52よりも先端から離れた位置に配置されている。ヒータ51を接触子20に配置する場合、先端温度センサ52、基準温度センサ53およびヒータ51を、接触子20の先端から基端に向かってこの順に配置することが好ましい。基準温度センサ53がヒータ51の近傍に配置されており、基準温度センサ53の測定値がヒータ51の温度と実質的に同一とみなせる場合には、基準温度センサ53をヒータ51よりも先端から離れた位置に配置してもよい。
【0061】
本実施形態では、基準温度センサ53および先端温度センサ52の測定値の差分から熱流束を検知できる。すなわち、第1実施形態における式(2)は式(4)のとおり書き換えられる。ここで、T
bは基準温度センサ53の測定値(基準温度)であり、R
cは基準温度センサ53と先端温度センサ52との間の熱抵抗である。
【数4】
【0062】
すなわち、本実施形態ではヒータ温度Thに代えて基準温度Tbを用いて熱流束qcを求める。ヒータ温度Thは間接的に求められることから、誤差を含みうる。本実施形態では、接触子20内の2点の温度を直接測定することから、熱流束qcを精度良く検知できる。
【0063】
〔第3実施形態〕
つぎに、本発明の第3実施形態に係る皮膚感覚センサCCを説明する。
図9に示すように、本実施形態の皮膚感覚センサCCは、第2実施形態の皮膚感覚センサBBにおいて基準温度センサ53を複数設けた構成である。その余の構成は第2実施形態と同様であるので、同一部材に同一符号を付して説明を省略する。
【0064】
図示の例では、接触子20上のヒータ51と先端温度センサ52との間に2つの基準温度センサ53A、53Bが設けられている。ただし、基準温度センサ53A、53Bの数は3つ以上でもよい。複数の基準温度センサ53A、53Bは接触子20の先端からの距離が異なる複数の位置に配置されている。したがって、各基準温度センサ53A、53Bと先端温度センサ52との間の熱抵抗Roが異なる。
【0065】
図7に示す熱等価回路から分かるように、ヒータ51から接触子20先端までの熱流束q
cは、ヒータ51と接触子20先端との間の熱抵抗R
cと測定対象物Oの熱抵抗R
oとの比率に影響される。同様に、基準温度センサ53と接触子20先端との間の熱流束q
cは、基準温度センサ53と接触子20先端との間の熱抵抗R
cと測定対象物Oの熱抵抗R
oとの比率に影響される。熱抵抗R
cおよびR
oの一方が他方に比べて大きすぎると熱流束q
cの測定精度が低くなる。逆にいえば、熱抵抗R
cと熱抵抗R
oとが同程度であると、熱流束q
cの測定精度が高くなる。
【0066】
本実施形態では、接触子20に先端からの距離が異なる複数の基準温度センサ53A、53Bが設けられているので、複数の熱抵抗Rcによる熱流束qcの検知を同時に行える。測定対象物Oとの関係で適した熱抵抗Rcを選択することで、熱流束qcを精度良く検知できる。
【0067】
〔第4実施形態〕
つぎに、本発明の第4実施形態に係る皮膚感覚センサDDを説明する。
図10に示すように、本実施形態の皮膚感覚センサDDは、第1実施形態の皮膚感覚センサAAにおいて接触子20を複数設けた構成である。
【0068】
フレーム10の開口13には複数の接触子20A~20Fが平行に並べられた状態で配置されている。複数の接触子20A~20Fは2つの基準部12、12の間にx軸に沿って並んで配置されている。接触子20A~20Fの数は特に限定されないが、図示の皮膚感覚センサDDは6つの接触子20A~20Fを有する。
【0069】
全ての接触子20A~20Fの先端部は、通常、同一形状、同一寸法に設計される。また、通常、接触子20A~20Fはx軸に沿って等間隔で並べられる。隣り合う接触子20A、20Bの間隔(中心間距離)は、特に限定されないが、300~700μmが好ましく、例えば500μmである。これは、人間の指紋を構成する稜線の間隔と同程度である。このようにすれば、皮膚感覚センサDDは人間の指の皮膚感覚に近い検知ができると考えられる。
【0070】
接触子20A~20Fの間には隙間が設けられている。したがって、各接触子20A~20Fの幅寸法は隣り合う接触子20A、20Bの間隔よりも小さい。各接触子20A~20Fの幅寸法は、例えば200~600μmである。接触子20A~20Fの間に隙間が設けられていることから、接触子20A~20Fは独立して変位できる。
【0071】
図示の例では、接触子20A~20Fごとに基準面14からの突出量が異なる。接触子20A~20Fは全体として、人間の指腹の断面形状のごとく、中央が外部に突出した円弧状となっている。なお、全ての接触子20A~20Fの基準面14からの突出量を同じにしてもよい。
【0072】
フレーム10の空間部11には複数の支持体30A~30Fが配置されている。支持体30A~30Fは複数の接触子20A~20Fのそれぞれをフレーム10に対して支持する。支持体30A~30Fの数は接触子20A~20Fの数と等しい。図示の皮膚感覚センサDDは6つの支持体30A~30Fを有する。各接触子20A~20Fはそれに対応する支持体30A~30Fにより支持されている。各支持体30B~30Fは第1実施形態の支持体30と同様の構成である。
【0073】
支持体30A~30Fはx軸方向の変位に対するばね定数が実質的に同じとなるように設定されている。また、支持体30A~30Fはy軸方向の変位に対するばね定数が実質的に同じとなるように設定されている。そのため、接触子20A~20Fに同じ強さ、同じ方向の外力を加えた場合、接触子20A~20Fは同様に変位する。したがって、全ての接触子20A~20Fはx軸方向およびy軸方向の外力に対して同程度の感度を有する。
【0074】
皮膚感覚センサDDには複数の変位検出器40A~40Fが設けられている。変位検出器40A~40Fの数は接触子20A~20Fの数と等しい。図示の皮膚感覚センサDDは6つの変位検出器40A~40Fを有する。変位検出器40A~40Fにより接触子20A~20Fそれぞれの基準面14に対する変位を独立して検出できる。各変位検出器40A~40Fはそれに対応する支持体30A~30Fに設けられている。各変位検出器40B~40Fは第1実施形態の変位検出器40と同様の構成である。
【0075】
6つの接触子20A~20Fのうち3つの接触子20A~20Cにはヒータ51A~51Cおよび先端温度センサ52A~52Cが設けられている。先端温度センサ52A~52Cとヒータ51A~51Cとの距離は3つの接触子20A~20Cごとに異なる。したがって、接触子20A~20Cごとに異なる熱抵抗Rcによる熱流束qcの測定ができる。
【0076】
3つの接触子20A~20Cに基準温度センサ53A~53Cを設けてもよい。先端温度センサ52A~52Cと基準温度センサ53A~53Cとの距離は3つの接触子20A~20Cごとに異なる。したがって、接触子20A~20Cごとに異なる熱抵抗Rcによる熱流束qcの測定ができる。
【0077】
なお、基準温度センサ53A~53Cを設ける場合、先端温度センサ52A~52Cとヒータ51A~51Cとの距離は3つの接触子20A~20Cで同じでもよい。また、接触子20A~20Cにヒータ51A~51Cを設けず、フレーム10に共通のヒータ51を設けてもよい。
【0078】
本実施形態の皮膚感覚センサDDは複数の接触子20A~20Fを有し、接触子20A~20Fそれぞれの変位を検知できる。そのため、皮膚感覚センサDDを用いれば、複数地点の測定を同時に行うことができる。これにより、測定対象物Oの表面の特性を高い空間分解能で多点検出できる。
【0079】
また、突出量の異なる複数の接触子20A~20Fを有する皮膚感覚センサDDを用いれば、測定対象物Oの柔軟性も測定できる。
図11(A)に示すように、皮膚感覚センサDDのセンシング面を柔らかい測定対象物Oに押し当てると、接触子20A~20Fに押されて測定対象物Oが変形する。したがって、接触子20A~20Fのy軸方向の変位の差は小さい。一方、
図11(B)に示すように、皮膚感覚センサDDのセンシング面を硬い測定対象物Oに押し当てると、測定対象物Oはあまり変形しないため、接触子20A~20Fのy軸方向の変位の差は突出量の違いを反映し、大きくなる。このように、接触子20A~20Fの変位の差は、測定対象物Oの柔軟性に依存する。これを利用して、接触子20A~20Fそれぞれのy軸方向の変位から、測定対象物Oの柔軟性を求めることができる。
【0080】
また、本実施形態では、接触子20A~20Cごとに先端温度センサ52A~52Cとヒータ51A~51Cとの距離が異なる。あるいは、接触子20A~20Cごとに先端温度センサ52A~52Cと基準温度センサ53A~53Cとの距離が異なる。そのため、複数の熱抵抗Rcによる熱流束qcの検知を同時に行える。測定対象物Oとの関係で適した熱抵抗Rcを選択することで、熱流束qcを精度良く検知できる。
【0081】
〔第5実施形態〕
つぎに、本発明の第5実施形態に係る皮膚感覚センサEEを説明する。
図12に示すように、本実施形態の皮膚感覚センサEEは、第4実施形態の皮膚感覚センサDDに対象物温度センサ54および/または気温センサ55を追加した構成である。
【0082】
接触子20Cにはヒータ51および先端温度センサ52が設けられている。接触子20Cに基準温度センサ53を設けてもよい。これらの素子により、接触子20Cと測定対象物との間に生じる熱流束qcを検知できる。
【0083】
接触子20Cとは異なる他の接触子20Dの先端部には対象物温度センサ54が設けられている。対象物温度センサ54として先端温度センサ52と同様の素子を用いることができる。接触子20Dにはヒータ51が設けられない。したがって、対象物温度センサ54は、ヒータ51の熱の影響を受けずに、接触子20Dが接触した測定対象物の温度を測定できる。
【0084】
なお、対象物温度センサ54は測定対象物の温度を測定できればよく、その位置は接触子20Dに限定されない。例えば、対象物温度センサ54を基準部12の基準面14近くに配置してもよい。
【0085】
接触子20Cと測定対象物との間に生じる熱流束qcは測定対象物の熱抵抗(熱伝導率)のほか、測定対象物の温度の影響を受ける。すなわち、接触子20Cと測定対象物との温度差が大きければ熱流束qcも大きくなり、接触子20Cと測定対象物との温度差が小さければ熱流束qcも小さくなる。また、接触子20Cの温度が測定対象物の温度よりも高ければ、熱流束qcの方向は接触子20Cから測定対象物に向かう方向となる。逆に、接触子20Cの温度が測定対象物の温度よりも低ければ、熱流束qcの方向は測定対象物から接触子20Cに向かう方向となる。なお、この場合、式(2)または式(4)で得られる熱流束qcは負の値となる。このように、測定対象物の温度も温度覚の評価に有用な要素である。熱流束に加えて測定対象物の温度を検知することで、温度覚を多面的に評価できる。また、測定対象物の温度変化に起因する熱流束の変化を知ることができる。そのため、例えば、測定対象物の温度変化に基づき熱流束の変化を補正することで、温度変化の影響を取り除いた熱流束を求めることができる。
【0086】
対象物温度センサ54に加えて、または代えて気温センサ55を皮膚感覚センサEEに設けてもよい。気温センサ55は皮膚感覚センサEEの周囲の気温(雰囲気温度)を測定するセンサである。気温センサ55として先端温度センサ52と同様の素子を用いることができる。気温センサ55はヒータ51から離れた位置に設けることが好ましく、例えばフレーム10に設けられる。
【0087】
図7に示す熱等価回路は雰囲気温度をグランドとした回路である。すなわち、接触子20および測定対象物Oには、ヒータ温度T
hを最高温、雰囲気温度を最低温とした温度勾配が生じると仮定している。熱流束は温度勾配に比例する。測定対象物Oが十分な厚さを有する場合、その熱抵抗R
oは十分高くなるため、熱流束q
cは測定対象物Oの特性を十分に反映した値となる。一方、測定対象物Oが薄い場合は熱抵抗R
oが小さくなり、接触子20の先端温度T
tは雰囲気温度に近づく。この様な場合は雰囲気温度が熱流束変化に与える影響が大きく、熱流束q
cの計測結果に影響が生じやすい。気温センサ55によって測定対象物Oおよび皮膚感覚センサEEが置かれている雰囲気温度を測定し、熱流束q
cを雰囲気温度で補正すれば、精度の良い熱流束q
cが得られる。
【0088】
〔第6実施形態〕
つぎに、本発明の第6実施形態に係る皮膚感覚センサFFを説明する。
図13に示すように、本実施形態の皮膚感覚センサFFは、第1実施形態の皮膚感覚センサAAに圧覚検知機能を追加した構成である。
【0089】
皮膚感覚センサFFのフレーム10は、接触子20の左右に、2つの基準部12を有する。基準部12はx軸に沿った棒状の部分であり、フレーム10の他の部分と片持ち梁状に接続されている。基準部12の側面の一部は測定対象物と接触する基準面14である。
【0090】
皮膚感覚センサFFのセンシング面を測定対象物に押し当てると、測定対象物からの反力が基準面14に作用し、基準部12に歪みが生じる。基準部12には、この歪を測定する基準部歪センサ60が設けられている。基準部歪センサ60としてピエゾ抵抗素子を用いることができる。基準部歪センサ60で測定された基準部12の歪量から皮膚感覚センサFFが測定対象物Oから受ける圧力を検知できる。これにより、人間の圧覚を再現できる。
【0091】
なお、基準部12は支持体30を構成する横梁31よりも太く、剛性が高い。したがって、基準部12の歪は接触子20の変位に比べて僅かである。換言すれば、基準部12の剛性は、実質的に接触子20の変位測定に影響を与えない程度に設定されている。
【0092】
基準部歪センサ60は基準部12の歪量を測定できればよく、基準部12の形状、構造および基準部歪センサ60の配置は特に限定されない。ただし、以下の構成を採用すれば、圧覚の測定感度を高めることができる。
【0093】
基準部12の自由端(接触子20に近い部分)は、接触子20の先端方向に突出している。この突出部の側面が基準面14であり、測定対象物と接触する面である。基準部12の長手方向略中央には基準面14とは反対側に凹部15が形成されている。基準部12のうち凹部15が形成された部分は他の部分よりも幅狭である。したがって、基準面14に外力が作用すると、基準部12の幅狭部分に歪みが生じやすい。凹部15の開口は梁16により閉塞されている。
【0094】
図14(A)に示すように、凹部15を閉塞する梁16に基準部歪センサ60が設けられている。
図14(B)に示すように、基準面14にy軸方向の力が作用すると、基準部12の幅狭部分が湾曲し、梁16に圧縮応力が生じる。基準部歪センサ60として正のピエゾ抵抗係数を示す素子を用いれば、基準部歪センサ60は圧縮応力により抵抗が小さくなる。この基準部歪センサ60の電気抵抗の変化を電子回路で読み取れば、基準部12の歪量を検出できる。また、基準部12の歪量から基準面14に作用する外力の大きさ、すなわち、皮膚感覚センサFFが受ける圧力を検知できる。
【0095】
なお、図示の例では基準部歪センサ60によりy軸方向の圧力を検知できる。ピエゾ抵抗素子の配置または形状を変更し、x軸方向またはz軸方向の圧力を検知できるよう構成してもよい。
【0096】
本実施形態の皮膚感覚センサFFは、触覚、温度覚に加えて、圧覚を再現できる。人間は、指先で感じる圧覚により対象物に加える力を調整しつつ、対象物表面の質感を触覚、温度覚などとして得ていると考えられる。皮膚感覚センサFFに圧覚を検知する機能を追加することで、人間に近い皮膚感覚の検知を再現できる。
【実施例0097】
つぎに、実施例を説明する。
半導体基板を加工して皮膚感覚センサを制作した。制作した皮膚感覚センサの写真を
図15に示す。皮膚感覚センサは、全体として、x軸方向の長さが8,500μm、y軸方向の長さが4,400μmである。皮膚感覚センサは3つの接触子を有する。接触子の幅は440μmである。中央の接触子にはヒータ51および先端温度センサ52が設けられている。ヒータ51はマイクロヒータである。先端温度センサ52はpn接合ダイオードである。
【0098】
測定対象物として、銅板、ガラス板、人口皮革(アマレッタ(登録商標))、銀面調合皮、肌着生地(綿100%)、ヒノキ板の6種類の試料を用意した。皮膚感覚センサのセンシング面を各試料に押し当てながら掃引して測定を行った。
【0099】
図16(A)に銅板の測定結果を示す。また、
図16(B)に肌着生地の測定結果を示す。
図16(A)および
図16(B)に示すグラフの横軸は時間である。左縦軸は変位検出器で検出されたy軸方向の変位(表面形状)およびx軸方向の変位(摩擦力)である。右縦軸は先端温度センサの測定値である。測定開始(0秒)から4秒経過時点で皮膚感覚センサを試料に押し当て、8~9秒間静止させた後に掃引した。
【0100】
皮膚感覚センサを掃引している期間における表面形状および摩擦力の出力波形は、銅板よりも肌着生地の方が、振幅が大きい。肌着生地は銅板よりも表面に凹凸があり、摩擦係数も高い。これらの性質を反映した波形が得られていることが分かる。したがって、皮膚感覚センサにより、測定対象物表面の微細な凹凸および微小領域の摩擦力といった触覚を定量化できることが確認された。
【0101】
皮膚感覚センサを試料に押し当てると先端温度センサの測定値が低下する。肌着生地よりも銅板の方が、押し当て前後の温度差が大きい。これは、肌着生地よりも銅板の方が、接触子との間に生じる熱流束が大きいことを意味している。
【0102】
皮膚感覚センサを試料に押し当てる直前の1秒間の先端温度センサの測定値の平均をヒータ温度Thとする。また、押し当てから5秒経過時点から6秒経過時点までの1秒間の先端温度センサの測定値の平均を先端温度Ttとする。ヒータ温度Thから先端温度Ttを減算することで、ヒータから接触子先端までの温度勾配を求めることができる。
【0103】
6種類の試料を測定して得られた温度勾配を表1に示す。
【表1】
【0104】
式(2)に示すように、熱流束qcは温度勾配(Th-Tt)に比例する。すなわち、温度勾配が大きいほど、熱流束も大きい。温度が同じである場合、銅板は冷たく感じ、ヒノキ板は温もりを感じる。表1に示す温度勾配は、このような傾向を反映したものとなっている。
【0105】
6種類の試料の保温性を測定した。人間の指先で試料に10秒間触れた後、離してから試料が雰囲気温度に戻るまでの時定数(雰囲気温度を基準として試料の温度が63.2%低下するのに要する時間)を保温性の指標とした。この時定数が大きいということは長い時間熱を留めておけるということであり、保温性が高いことを意味する。6種類の試料の保温性(時定数)を表2に示す。
【表2】
【0106】
図17に皮膚感覚センサで得られた温度勾配と試料の保温性(時定数)との関係を示す。全体として、温度勾配と保温性とが反比例の関係にあることが分かる。これより、皮膚感覚センサにより冷温覚を正しく定量化できることが確認された。
【0107】
つぎに、冷温覚の位置分布の測定を行った。銅板と肌着生地とを繋ぎ合わせた試料を用意した。皮膚感覚センサを試料に押し当て肌着生地から銅板に向かって掃引した。
図18に測定結果を示す。表面形状および摩擦力の出力波形は、肌着生地と銅板とで振幅に違いが生じる。また、肌着生地から銅板に移行する際に、先端温度も変化する。これより、皮膚感覚センサは同一試料内における冷温覚の変化を捉えることができることが確認された。