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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067206
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】フェライト系快削ステンレス鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240510BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240510BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20240510BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D8/06 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177092
(22)【出願日】2022-11-04
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】古庄 千紘
(72)【発明者】
【氏名】小柳 禎彦
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA28
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA34
4K032BA02
4K032CA03
4K032CC03
4K032CC04
4K032CD05
4K032CD06
4K032CF02
4K032CF03
(57)【要約】
【課題】 鋼材の全体に亘って細径ドリルに対する被削性に優れ、冷間で切断加工されて供される製品に適した耐食性に優れたフェライト系快削ステンレス鋼材の提供。
【解決手段】 質量%で、10.0%≦Cr≦25.0%、0.2%≦Mn≦2.0%、0.30%≦Al≦2.50%、0.02%≦Si≦0.60%、0.10%≦S≦0.45%、とともに、0.03%≦Pb≦0.40%、0.03%≦Bi≦0.40%、0.01%≦Te≦0.10%の2種以上を含有し、鋼材のマトリクス強度を低く抑える式と、熱間加工を十分可能とできるフェライト分率にするための式を満たし、C≦0.015%、P≦0.050%、Cu≦1.5%、Ni≦1.5%、Mo≦2.0%、に調整した成分組成を有し、硫化物について、平均円相当径3.0~15.0μm、平均針状比2.5以下、面積率で0.5~2.0%とし、硬さの最大値を170HV以下とした。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト系快削ステンレス鋼材であって、
質量%で、
10.0%≦Cr≦25.0%、
0.2%≦Mn≦2.0%、
0.30%≦Al≦2.50%、
0.02%≦Si≦0.60%、
0.10%≦S≦0.45%、
とともに、
0.03%≦Pb≦0.40%、
0.03%≦Bi≦0.40%、
0.01%≦Te≦0.10%、
から選択される2種以上を含有し、
更に、元素Mの質量%を[M]としたときに、
式(1): 900([C]+[N])+170[Si]+12[Cr]+30[Mo]+10[Al]≦300、
式(2):([Cr]+[Mo]+1.5[Si]+4[Al])/([Ni]+0.5[Mn]+30[C]+30[N])≧7
を満たし、且つ、
C≦0.015%、
P≦0.050%、
Cu≦1.5%、
Ni≦1.5%、
Mo≦2.0%、
に調整した、残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、
円相当径を1.5μm以上とする硫化物について、平均円相当径3.0~15.0μm、平均針状比2.5以下、面積率で0.5~2.0%とし、ビッカース硬度の最大値を170HV以下としたことを特徴とする耐食性に優れたフェライト系快削ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記成分組成において、
0.0001%≦B≦0.0080%、
0.0005%≦Mg≦0.0100%、
0.0005%≦Ca≦0.0100%、
から選択される1種又は2種以上を更に含むことを特徴とする請求項1記載のフェライト系快削ステンレス鋼材。
【請求項3】
前記成分組成において、
O≦0.0100%、
N≦0.035%、
であることを特徴とする請求項1又は2に記載のフェライト系快削ステンレス鋼材。
【請求項4】
未再結晶組織を含まないことを特徴とする請求項1又は2記載のフェライト系快削ステンレス鋼材。
【請求項5】
棒鋼又は線材に加工されていることを特徴とする請求項4記載のフェライト系快削ステンレス鋼材。
【請求項6】
温度50℃及び相対湿度98%の湿潤雰囲気中において24時間放置後で発錆しない耐食性を有することを特徴とする請求項1又は2に記載のフェライト系快削ステンレス鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削性に優れたフェライト系快削ステンレス鋼材に関し、特に、均質性に優れたフェライト系快削ステンレス鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
SUS430Fに代表されるフェライト系快削ステンレス鋼は、ドリル切削加工時の切削抵抗は小さいものの、切り屑破砕性に劣ることなどから、快削元素であるS,Se,Pb,Bi,Teなどを複合添加することが行われている。ここで、穴径が2mm以下といった細孔のドリル加工、特に、穴深さがドリル径に対して2倍以上となる、細径かつ深孔を加工する場合、製造性を向上させるべく加工速度を高速化するに従って、太径かつ浅孔のドリル加工と比べて工具寿命、加工面粗度、切り屑破砕性などが著しく劣化するため、より高い被削性を求められることになる。
【0003】
例えば、特許文献1では、被削性と熱間加工性に優れるフェライト系快削ステンレス鋼として、フェライト安定化元素であるAlの含有量を高めてフェライトの相安定性を高めた快削鋼を開示している。詳細には、質量%で、C:0.015%以下、Si:0.02~0.60%、Mn:0.2~2.0%、P:0.050%以下、Cu:1.5%以下、Ni:1.5%以下、Cr:10.0~25.0%、Mo:2.0%以下、Al:0.30~2.50%、O:0.0030~0.0400%、N:0.035%以下、S:0.10~0.45%を含むとともに、更に、Pb:0.03~0.40%、Bi:0.03~0.40%、及び、Te:0.01~0.10%から選択される2種以上を含み、且つ、元素Mの質量%を[M]とすると、900([C]+[N])+170[Si]+12[Cr]+30[Mo]+10[Al]≦300を満たし、残部をFe及び不可避的不純物とする成分組成を有し、フェライト単相領域で熱間鍛造してフェライト断面積率を95%以上としたものである。上記元素Mの式は、固溶化元素によるマトリクス強度を示すとしているように、ここでは、フェライト単相を維持しつつ、マトリクス強度を低減させ、切削性と熱間加工性の両立を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-110285号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
鋼材を部分的に切削加工し、又は、切り出して切削加工するなど、棒鋼や線材といった鋼材に加工されたフェライト系快削ステンレス鋼材では、その全体に亘って安定して被削性を担保するような均質性が要求される。一方、化学組成(主成分及び快削元素)を調製されて被削性を高めた、例えば、特許文献1に開示されたようなステンレス鋼では、化学組成のばらつき、特にミクロ組織のばらつきが被削性にばらつきを生じさせてしまう。
【0006】
本発明はかかる状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、被削性に優れるフェライト系快削ステンレス鋼材であって、鋼材の全体に亘って細径ドリルに対する被削性に優れ、特に、冷間で切断加工されて供される製品に適したフェライト系快削ステンレス鋼材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、耐食性に優れたフェライト系快削ステンレス鋼材であって、質量%で、10.0%≦Cr≦25.0%、0.2%≦Mn≦2.0%、0.30%≦Al≦2.50%、0.02%≦Si≦0.60%、0.10%≦S≦0.45%、とともに、0.03%≦Pb≦0.40%、0.03%≦Bi≦0.40%、0.01%≦Te≦0.10%、から選択される2種以上を含有し、更に、元素Mの質量%を[M]としたときに、式(1): 900([C]+[N])+170[Si]+12[Cr]+30[Mo]+10[Al]≦300、式(2):([Cr]+[Mo]+1.5[Si]+4[Al])/([Ni]+0.5[Mn]+30[C]+30[N])≧7を満たし、且つ、C≦0.015%、P≦0.050%、Cu≦1.5%、Ni≦1.5%、Mo≦2.0%、に調整した、残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、円相当径を1.5μm以上とする硫化物について、平均円相当径3.0~15.0μm、平均針状比2.5以下、面積率で0.5~2.0%とし、ビッカース硬度の最大値を170HV以下としたことを特徴とする。
【0008】
かかる発明によれば、被削性に優れ、特に、鋼材の全体に亘って細径ドリルに対する被削性に優れ、冷間で切断加工されて供される製品に適するのである。
【0009】
上記した発明において、前記成分組成において、0.0001≦B≦0.0080%、0.0005≦Mg≦0.0100%、0.0005≦Ca≦0.0100%、から選択される1種又は2種以上を更に含むことを特徴としてもよい。更に、前記成分組成において、O≦0.0100%、N≦0.035%、であることを特徴としてもよい。更に、未再結晶組織を含まないことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、被削性により優れるものとでき得るのである。
【0010】
上記した発明において、棒鋼又は線材に加工されていることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、切り出して切削加工される用途にも適するのである。
【0011】
温度50℃及び相対湿度98%の湿潤雰囲気中において24時間放置後で発錆しない耐食性を有することを特徴としてもよい。かかる発明によれば、湿潤下における用途にも適するのである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】製造試験に用いた合金No.1~25の成分組成の一覧表である。
図2】製造試験に用いた合金No.26~40の成分組成の一覧表である。
図3】製造試験における製造条件の一覧表である。
図4】製造試験の結果の一覧表である。
図5】耐食性試験において(a)発錆しなかった例、及び、(b)発錆した例を示す試験片の外観写真である。
図6】実施例16の断面組織の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明による1つの実施例であるフェライト系快削ステンレス鋼材について説明する。かかる鋼材は、鋼材の全体に亘って細径ドリルに対する被削性に優れるものである。
【0014】
かかる鋼材の成分組成は次の通りである。質量%で、10.0%≦Cr≦25.0%、0.2%≦Mn≦2.0%、0.30%≦Al≦2.50%、0.02%≦Si≦0.60%、0.10%≦S≦0.45%、とともに、0.03%≦Pb≦0.40%、0.03%≦Bi≦0.40%、0.01%≦Te≦0.10%、から選択される2種以上を含有する。
【0015】
更に、元素Mの質量%を[M]としたときに、以下の式(1)及び式(2)を満たし、且つ、C≦0.015%、P≦0.050%、Cu≦1.5%、Ni≦1.5%、Mo≦2.0%、に調整した。
式(1): 900([C]+[N])+170[Si]+12[Cr]+30[Mo]+10[Al]≦300、
式(2):([Cr]+[Mo]+1.5[Si]+4[Al])/([Ni]+0.5[Mn]+30[C]+30[N])≧7
【0016】
ここで、式(1)は、鋼材のマトリクス強度を低く抑え、細径ドリルの切削性に優れる鋼材とするために満たす必要がある。好ましくは、900([C]+[N])+170[Si]+12[Cr]+30[Mo]+10[Al]≦230である。また、式(2)は、熱間加工を十分可能とできるフェライト分率にするために満たす必要がある。
【0017】
このような成分組成は、優れた被削性を得るために、特に、以下の3つの点に着目して定めた。
【0018】
第1に、Sを必須添加元素として含有させ、Pb、Bi、Teから選択される2種以上を含有させて、快削元素を複合添加することとした。
【0019】
第2に、鋼材のマトリクス強度を抑えることで、被削性の向上を図った。すなわち、Si、Cr、Moなどの固溶強化元素の含有量を低く抑えて、代わりに固溶強化寄与の小さいAlを含有させて、上記した式(1)を満たすようにした。更に式(2)を満たすことで、フェライト単相を維持できるようにしてマトリクスの強度を抑えた。
【0020】
第3に、硬質介在物である炭化物、酸化物及び窒化物を形成するC、O及びNを低減させ、切削加工においてアブレシブ摩耗の原因となる硬質粒子の生成を減じた。Cについてはその含有量を0.015質量%以下に調整した。また、ガス成分であるO及びNは不純物として可能な限り低減させることが望ましい。しかし、不可避に混入するため、含有を許容する量の上限として、質量%で、O≦0.0100%、N≦0.035%と定めた。
【0021】
また、鋼材の全体に亘って細径ドリルに対する被削性に優れるものとするために、硫化物の形態を管理し、鋼材の硬さも管理する。上記したように、優れた被削性を得るため、鋼材にはSが含有されており、多数の硫化物を含む。そして、円相当径を1.5μm以上とする硫化物について、鋼材断面における平均円相当径を3.0~15.0μm、平均針状比を2.5以下、面積率を0.5~2.0%とする。また、鋼材全体に亘って、ビッカース硬度(硬さ)の最大値を170HV以下とする。なお、ビッカース硬度は試験力300gにて測定する。
【0022】
なお、硫化物の形態について、平均円相当径を3.0μm未満とする場合や15.0μmを超える場合、いずれも切屑破砕性が劣化し、切屑の分断される寸法が長くなって切削性を低下させてしまう。また、平均針状比が2.5を超える場合、金属組織の異方性が大きくなってしまい、被削性を低下させてしまう。また、硫化物の面積率については、0.5%未満の場合、工具寿命や切屑破砕性を低下させ、2.0%を超える場合、熱間加工性を低下させてしまう。
【0023】
以上のようにすることで、鋼材の全体に亘って細径ドリルに対する被削性に優れる鋼材とでき、特に、冷間で切断加工されて供される製品に適する。
【0024】
なお、上記した鋼材の成分組成として、質量%で、0.0001%≦B≦0.0080%、0.0005%≦Mg≦0.0100%、0.0005%≦Ca≦0.0100%から選択される1種又は2種以上を更に含むことも好ましい。これらの元素を添加することで、鋼材の熱間加工性を向上させ得る。
【0025】
また、鋼材の全体に亘って、未再結晶組織を含まないようにされることも好ましい。つまり、全体で再結晶組織とする。すると、上記したビッカース硬度の最大値を170HV以下で安定させることが容易となる。その結果、上記した被削性を鋼材の全体に亘って安定的に得られ、被削性により優れるものとし得る。
【0026】
さらに、上記した鋼材は、棒鋼又は線材に加工されることも好ましい。これらの端部において熱履歴に差を生じやすく金属組織の差を大としやすい鋼材であっても、全体に亘って被削性に優れるため、部分的に切り出して切削加工される用途にも適する。
【0027】
また、上記した鋼材は、高い耐食性を有するものとし得る。例えば、温度を50℃、相対湿度を98%とした湿潤雰囲気中において、24時間放置後に発錆しない耐食性を備え得る。これによれば、湿潤下における用途にも適する。
【0028】
なお、このような鋼材は以下のような製造工程にて製造することができる。ここでは、線材の製造を例として説明する。
【0029】
まず、上記した成分組成となるよう鋼を溶製し、鋳造して得られるインゴット、又はインゴットを分塊鍛造や分塊圧延して得られるビレット、あるいは、連続鋳造によって得られるビレットを素材とし得る。
【0030】
次いで、インゴット又はビレットの均質化処理を行う。ここでは、1250~1300℃の範囲の所定の温度で1時間以上保持するよう熱処理する。これによって、上記した硫化物の形態を得ることができる。
【0031】
次いで、インゴット又はビレットの熱間圧延を行う。圧延においては、再結晶を利用した組織制御を行うことが好ましく、これによってマトリクスの硬度を低減させ得る。再結晶させる場合には、圧延中の加工温度を700~1000℃とし、トータルの鍛錬比を3以上(圧延前に比べて圧延後の断面積が1/3以下)とする製造条件であることが好ましい。なお、多数のロールを備える連続圧延機を用いるなどの多段階の圧延とする場合は、いわゆる粗圧延よりも後の圧延を上記した製造条件とすればよい。なお、圧延の終盤において上記した圧延中の加工温度を維持できればよく、圧延開始時の鋼材の温度は、例えば、1300℃などの高温としてもよい。
【0032】
また、熱間圧延においては、圧延終了温度を800~1000℃の範囲とする。鋼材の全体に亘ってこの圧延終了温度とし、さらに冷却することで、鋼材の全体に亘って再結晶組織を得て未再結晶組織を含まないようにすることができる。冷却方法は特に限定されないが、空冷が好ましい。なお、鋼材の全体に亘ってこのような制御を行うが、線材の場合は、長手方向に圧延機に挿入されるので、その先端、中央、後端において上記した製造条件を満たすことを確認すれば十分である。なお、寸法調整等を目的としてさらなる圧延を追加する場合、追加の圧延においても圧延終了温度を800~1000℃の範囲内とする。例えば、圧延に供するビレットの初期温度を調整したり、圧延の途中で鋼材を加熱又は冷却したり、圧延にかかる時間を圧延速度によって調整したりして、圧延終了温度を調整することができる。なお、圧延中の鋼材は、例えば、外気や圧延機への放熱による失熱、加工による変形に伴う発熱を生じ得るので、これも考慮して圧延終了温度を調整するとよい。
【0033】
なお、圧延後の冷却において、空冷ではなく炉冷で冷却速度が遅くなると、又は、油冷や水冷で冷却速度が速くなると、フェライト系ステンレス鋼としての耐食性が低下してしまう場合がある。このような場合には、追加の熱処理として焼鈍を行って耐食性を確保できる。かかる焼鈍では、730~870℃の範囲内で保持温度を定める。
【0034】
また、上記した熱間圧延に用いる鋼材の寸法を調整するなどの必要に応じて、熱間圧延に先立って粗圧延を行ってもよい。このような粗圧延を行う場合、圧延条件に特に制限はないが、例えば、圧延中の加工温度を1200~1300℃とすることができる。かかる粗圧延においては、圧延終了後の高温のまま巻き取り機によってコイル状に巻き取り、その後冷却することができる。
【0035】
また、圧延後の焼鈍後には、デスケール処理を行うことができる。デスケール処理では、例えば、酸洗やショットブラストを行う。さらに、寸法調整等を目的として、冷間引抜加工を行ってもよい。
【0036】
[製造試験]
次に、上記したフェライト系快削ステンレス鋼材の製造試験を行った結果について説明する。
【0037】
まず、図1及び図2に示す成分組成の鋼を溶製し、5t鋼塊に鋳造した。これを分塊圧延により150mm角×3000mmのビレットとした。なお、同図中、「MS」は、式(1)の左辺の値、「FS」は、式(2)の左辺の値である。
【0038】
図3に示された製造条件で、各ビレットには、均質化処理、粗圧延、中間圧延、仕上げ圧延を行って冷却し、直径20mmの線材とした。なお、同図に示すように、一部のビレットには焼鈍を行った。また、鍛錬比については、粗圧延における寸法を個々に調整し、その後、直径20mmに仕上げるまでの断面積比で算出した。
【0039】
同図中、中間圧延の加工温度については、中間圧延の入側及び出側における線材の温度によって以下のように評価した。
高い:中間圧延の入側において線材の先端部分の温度が1000℃超
低い:中間圧延の出側において線材の後端部分の温度が700℃未満
適切:入側・出側両者において、線材の先端・中央・後端全ての部分の温度が700~1000℃の範囲内
【0040】
また、仕上げ圧延の終了温度については、仕上げ圧延の入側及び出側における線材の温度によって以下のように評価した。
高い:仕上げ圧延の入側において線材の先端部分の温度が1000℃超
低い:仕上げ圧延の出側において線材の後端部分の温度が800℃未満
適切:入側・出側両者において、線材の先端・中央・後端全ての部分の温度が800~1000℃の範囲内
【0041】
そして、図4に示す各項目について、得られた線材のそれぞれについて試験し、結果を得た。
【0042】
フェライト量については、線材の先端・中央・後端の各部からサンプルを採取し、断面を鏡面研磨してエッチング後にミクロ組織観察を行い評価した。組織中のフェライト相の面積率が99%以上の場合を「A」、99%未満の場合を「C」と評価した。その上で、評価「A」の場合に合格とした。
【0043】
ビッカース硬度の最大値については、線材の先端・中央・後端の各部からサンプルを採取し、外表面からR/2の位置及び中心位置におけるビッカース硬度をそれぞれ10点ずつ測定し、計60点のうちの最大値とした。その上で、ビッカース硬度の最大値が170HV以下の場合に合格とした。
【0044】
硫化物形態については、均質化処理後(圧延前)のビレットの断面組織写真の画像解析によって評価した。詳細には、ビレットの長手方向の一端・中央・他端の各部からサンプルを採取し長手方向に垂直な断面において外表面からT/2の位置及び中心位置を鏡面研磨しミクロ組織写真を各位置で10枚ずつ撮影した。組織写真中の硫化物を画像解析によって特定し、円相当径を1.5μm以上とする硫化物について、円相当径、針状比、面積率を求めた。平均円相当径を3~15μmの範囲内、平均針状比を2.5以下、面積率を0.5~2.0%の範囲内とする各項目を満足する場合を「A」、それ以外を「C」と評価した。その上で、それぞれの項目について、評価「A」の場合に合格とした。
【0045】
未再結晶粒については、線材の先端・中央・後端の各部からサンプルを採取し、断面を鏡面研磨してエッチング後にミクロ組織観察を行い評価した。観察視野の全域にわたって未再結晶粒が発見されない場合は「なし」と記録して合格とした。未再結晶粒が発見された場合「あり」と記録して不合格とした。
【0046】
被削性については、線材の先端・中央・後端の各部から直径15mm、長さ30mmの円柱サンプルをそれぞれ複数本作製し、φ1のハイスドリルによって長手方向に穿孔を繰り返し、ドリルの工具寿命となるまでの穿孔距離を測定する切削試験を行った。ドリル切削の条件は、送り0.05mm/rev、切削速度120mm/min、潤滑なしとした。工具寿命については、線材の先端・中央・後端の各部において工具寿命となったときの穿孔距離の最低値が4000mm超の場合に「A」、2000~4000mmの場合に「B」、2000mm未満の場合に「C」と評価した。その上で、工具寿命については、評価「A」又は「B」の場合に合格とした。また、切屑破砕性については、切屑の80%以上が1又は2カール以内で分断されていた場合に「A」、3~5カールで分断されていた場合に「B」、6カール以上の場合に「C」と評価した。その上で、切屑破砕性については、評価「A」又は「B」の場合に合格とした。
【0047】
耐食性については、フェライト系ステンレス鋼としての耐食性を維持するか確認試験を行った。まず、線材の先端・中央・後端の各部から直径10mm、長さ50mmの円柱サンプルを採取した。サンプルは、表面を#400ペーパーによって研磨した乾式表面仕上げとした。かかるサンプルを温度50℃、相対湿度98%の湿潤環境下とした恒温恒湿槽内に保持し、24時間後のサンプル表面における発錆の有無を目視で観察した。
【0048】
そして、図5(a)に示すように、先端・中央・後端の各部の全てにおいて発錆が認められない場合に「A」と評価し、同図(b)に示すように、先端・中央・後端の各部のいずれかにおいて発錆が認められた場合に「C」と評価した。その上で、評価「A」の場合に合格とした。
【0049】
その結果、合金No.1~25を用いた実施例1~25については、上記した項目は全て合格となった。すなわち、フェライト単相を維持でき、ビッカース硬度の最大値は170HV以下であり、硫化物形態は上記した範囲内であり、未再結晶粒がなく、被削性、耐食性も良好であった。
【0050】
図6に示すように、例えば、実施例16においては、フェライト単相で、未再結晶粒のないことが組織写真からも観察される。
【0051】
一方、比較例1については、被削性のうちの工具寿命において不合格となった。C量の多い合金No.26を用いており、その結果、マトリクス強度が高くなってしまったものと考えられる。
【0052】
比較例2、比較例3については、共に、被削性についての評価項目である工具寿命及び切屑破砕性の両者で不合格となった。比較例2については均質化処理の温度が低く、比較例3については均質化処理の温度が高く、いずれにおいても硫化物形態の円相当径が不合格となり、硫化物形態を所定のものとすることができなかった。そのため、被削性を不合格としてしまったものと考えられる。なお、比較例2の硫化物の平均の円相当径は3μm未満であり、比較例3の硫化物の平均の円相当径は15μm超であった。
【0053】
比較例4、比較例5については、被削性についての工具寿命及び切屑破砕性の両者で不合格となった。両者とも、鍛錬比を2と小さくしており、再結晶を生じる駆動力に欠けたものと考えられ、未再結晶粒を残存させた。その結果、ビッカース硬度の最大値が170HVを超えた。また、硫化物形態のうちの円相当径についても不合格となったが、鍛錬比を小くしたため、圧延において粗大な硫化物を十分に破砕できなかったものと考えられる。これらによって、被削性に悪影響を及ぼしたものと考えられる。
【0054】
比較例6、比較例7については、被削性のうちの工具寿命において不合格となった。両者とも、中間圧延の加工温度を低くしており、そのため未再結晶粒を残存させた。その結果、ビッカース硬度の最大値が170HVを超えた。これによって被削性に悪影響を及ぼしたものと考えられる。
【0055】
比較例8、比較例9については、被削性のうちの工具寿命において不合格となった。両者とも、中間圧延の加工温度を高くしており、そのため未再結晶粒を残存させた。その結果、ビッカース硬度の最大値が170HVを超えた。これによって被削性に悪影響を及ぼしたものと考えられる。
【0056】
比較例10、比較例11については、被削性のうちの工具寿命において不合格となった。両者とも、仕上げ圧延の圧延終了温度を低くしており、そのため未再結晶粒を残存させた。その結果、ビッカース硬度の最大値が170HVを超えた。これによって被削性に悪影響を及ぼしたものと考えられる。
【0057】
比較例12、比較例13については、被削性のうちの工具寿命において不合格となった。両者とも、仕上げ圧延の圧延終了温度を高くしており、そのため未再結晶粒を残存させた。その結果、ビッカース硬度の最大値が170HVを超えた。これによって被削性に悪影響を及ぼしたものと考えられる。
【0058】
なお、フェライト系ステンレス鋼としての耐食性を維持することが求められるが、比較例14、比較例15については、実施例と同等程度の被削性を得られるものの、耐食性においてのみ不合格となった。上記したように、比較例14では、圧延後の冷却方法が空冷ではなく、炉冷であり、冷却速度が低いため、また、比較例15では、油冷であり冷却速度が速いため、両者ともに耐食性を低下させたものである。なお、実施例6~実施例9においては、冷却方法を炉冷又は油冷としているが、その後に焼鈍処理を行って、良好な耐食性を得ている。これに対し、比較例14、比較例15では焼鈍処理を行っていないため、耐食性の低下が見られたものである。
【0059】
以上のように、上記した成分組成の鋼を用いて適切な製造方法とすることで、全体に亘って細径ドリルに対する被削性に優れるフェライト系快削ステンレス鋼材を製造可能であることが示された。
【0060】
ところで、上記した製造試験とほぼ同等の被削性を与え得る鋼材の組成範囲は以下のように定められる。
【0061】
Crは、耐食性の向上に寄与する元素である。一方で、過剰に含有させると、式(1)に示されるように鋼材のマトリクス強度を高くして、被削性を低下させてしまう。これらを考慮して、Crは、質量%で、10.0~25.0%の範囲内であり、好ましくは10.0~17.0%の範囲内である。
【0062】
Mnは、Sと化合物を生成し、被削性の向上に寄与する元素である。また、Sの粒界偏析を抑えて熱間加工性を向上させる。一方で、過剰に含有させると、オーステナイト安定化元素であるためにフェライト相を不安定にしてしまう。これらを考慮して、Mnは、質量%で、0.2~2.0%の範囲内である。
【0063】
Alは、脆性延性遷移温度を上昇させてマトリクスの脆化を促して、切屑破砕性の向上に寄与する非常に重要な元素である。また、強力なフェライト安定化元素でもあり、熱間加工性の確保のために含有を必要とする。一方で、過剰に含有させると、鋼塊の冷却割れを誘引し、製造性を低下させる可能性がある。これらを考慮して、Alは、質量%で、0.30~2.50%の範囲内、好ましくは0.35~2.50%の範囲内である。
【0064】
Siは、脱酸剤として有効な元素である。一方で、過剰に含有させると、代表的な固溶強化元素であるためにマトリクス強度を上昇させて被削性を低下させてしまう。これらを考慮して、Siは、質量%で、0.02~0.60%の範囲内であり、好ましくは、0.02~0.40%の範囲内である。
【0065】
Sは、硫化物を生成して被削性の向上に寄与する元素である。一方で、過剰に含有させると、熱間加工性を著しく低下させてしまう。これらを考慮して、Sは、質量%で、0.10~0.45%の範囲内であり、好ましくは0.10~0.40%の範囲内である。
【0066】
以下のPb、Bi、Teは、選択的に2種以上を含有させることを要する。
【0067】
Pbは、切削時の溶融潤滑作用によって被削性の向上に寄与する元素である。一方で、過剰に含有させると、熱間加工性を著しく低下させてしまう。これらを考慮して、Pbは、質量%で、0.03~0.40%の範囲内であり、好ましくは0.03~0.30%の範囲内である。
【0068】
Biは、切削時の溶融潤滑作用によって被削性の向上に寄与する元素である。一方で、過剰に含有させると、熱間加工性を著しく低下させてしまう。これらを考慮して、Biは、質量%で、0.03~0.40%の範囲内であり、好ましくは0.03~0.30%の範囲内である。
【0069】
Teは、切削時の溶融潤滑作用と硫化物の針状比低下によって被削性の向上に寄与する元素である。一方で、過剰に含有させると、熱間加工性を著しく低下させてしまう。これらを考慮して、Teは、質量%で、0.01~0.10%の範囲内であり、好ましくは0.01~0.08%の範囲内である。
【0070】
Cは、代表的な固溶強化元素であり、マトリクス強度を上昇させて被削性を低下させてしまう。そこで、Cの含有量は低減されるべきであり、質量%で、0.015%以下、好ましくは0.012%以下に調整される。
【0071】
Pは、固溶強化、元素であり、マトリクス強度を上昇させて被削性を低下させてしまう。そこで、Pの含有量は低減されるべきであり、質量%で、0.050%以下、好ましくは0.040%以下に調整される。
【0072】
Cuは、オーステナイト安定化元素でありフェライト相を不安定にしてしまう。そこで、Cuの含有量は低減されるべきであり、質量%で、1.5%以下に調整される。
【0073】
Niは、オーステナイト安定化元素でありフェライト相を不安定にしてしまう。そこで、Niの含有量は低減されるべきであり、質量%で、1.5%以下に調整される。
【0074】
Moは、耐食性の向上に寄与するため含有を許容し得るものの、代表的な固溶強化元素であり、マトリクス強度を上昇させて被削性を低下させてしまう。そこで、Moは、質量%で、2.0%以下に調整される。
【0075】
Bは、熱間加工性の確保に有効な元素である。一方で、過剰に含有させると、却って熱間加工性を低下させてしまう。これらを考慮して、Bは、質量%で、0.0001~0.0080%の範囲内、好ましくは0.0003~0.0060%の範囲内で任意に添加してもよい。
【0076】
Mgは、熱間加工性の確保に有効な元素である。一方で、過剰に含有させても熱間加工性を確保する効果が飽和してしまう。これらを考慮して、Mgは、質量%で、0.0005~0.0100%の範囲内で任意に添加してもよい。
【0077】
Caは、熱間加工性の確保に有効な元素である。一方で、過剰に含有させても熱間加工性を確保する効果が飽和してしまう。これらを考慮して、Caは、質量%で、0.0005~0.0100%の範囲内で任意に添加してもよい。
【0078】
Oは、硬質介在物である酸化物の生成を促し被削性を低下させてしまうので、不純物元素としてその含有量を低減させる。Oは、不可避的に混入してしまうので、質量%で、0.0100%以下、好ましくは0.0030%未満の含有を許容してもよい。
【0079】
Nは、代表的な固溶強化元素であり、マトリクス強度を上昇させ、さらに硬質介在物である窒化物の生成を促し被削性を低下させてしまうので、不純物元素としてその含有量を低減させる。Nは、不可避的に混入してしまうので、質量%で、0.035%以下の含有を許容してもよい。
【0080】
以上、本発明の代表的な実施例を説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではなく、当業者であれば、本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるであろう。
図1
図2
図3
図4
図5
図6