(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067214
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】ステンレス鋼極細線
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240510BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177107
(22)【出願日】2022-11-04
(71)【出願人】
【識別番号】000231556
【氏名又は名称】日本精線株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104134
【弁理士】
【氏名又は名称】住友 慎太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100156225
【弁理士】
【氏名又は名称】浦 重剛
(74)【代理人】
【識別番号】100168549
【弁理士】
【氏名又は名称】苗村 潤
(74)【代理人】
【識別番号】100200403
【弁理士】
【氏名又は名称】石原 幸信
(72)【発明者】
【氏名】秋月 孝之
(72)【発明者】
【氏名】瀬尾 尚之
(72)【発明者】
【氏名】駒田 雅俊
(72)【発明者】
【氏名】玉木 翔
(57)【要約】 (修正有)
【課題】繰り返し伸縮変形を受けた場合でも、強度を保ちつつ塑性変形量が極めて小さい品質が安定したステンレス鋼極細線を提供する。
【解決手段】線径が11(μm)以下のステンレス鋼極細線であって、質量%で、0.05%≦C≦0.15%、0.30%≦Si≦1.50%、0.10%≦Mn≦2.00%、6.00%≦Ni≦12.00%、15.00%≦Cr≦22.00%、0.10%≦N≦0.25%、2C+N≧0.28%、残部がFe及び不可避不純物であり、引張強さが3400MPa以上であり、弾性伸びが1.37%以上であり、破断伸びが2.00%以上であり、下記式(1)を満たす。
0.32≦(破断伸び(%)-弾性伸び(%))/破断伸び(%)≦0.45…(1)
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
線径が11(μm)以下のステンレス鋼極細線であって、
質量%で、0.05%≦C≦0.15%、0.30%≦Si≦1.50%、0.10%≦Mn≦2.00%、6.00%≦Ni≦12.00%、15.00%≦Cr≦22.00%、0.10%≦N≦0.25%、2C+N≧0.28%、残部がFe及び不可避不純物であり、
引張強さが3400MPa以上であり、
弾性伸びが1.37%以上であり、
破断伸びが2.00%以上であり、
下記式(1)を満たす、ステンレス鋼極細線。
0.32≦(破断伸び(%)-弾性伸び(%))/破断伸び(%)≦0.45
…(1)
【請求項2】
前記ステンレス鋼極細線は、さらに、質量%で、0.03%≦Mo≦1.00%、Cu≦0.60%、V≦0.20%、Sn≦0.40%及びTi≦0.15%の少なくとも1種類を含む、請求項1に記載のステンレス鋼極細線。
【請求項3】
荷重0.15Nから0.20Nまでの伸縮繰り返し試験を100サイクル行った後の永久ひずみ相当荷重が8.50(mN)以下である、請求項1又は2に記載のステンレス鋼極細線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼極細線に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼極細線は、例えば、スクリーンメッシュ、精密フィルタ、医療用ガイドワイヤー、極細ワイヤーロープ等の様々な分野に利用される。市場からは、繰り返し伸縮変形を受けた場合でも、強度を保ちつつ塑性変形量が極めて小さい品質が安定したステンレス鋼極細線が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-47367号公報
【特許文献2】特開2018-1436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、以上のような実情に鑑み案出なされたもので、繰り返し伸縮変形を受けた場合でも、強度を保ちつつ塑性変形量が極めて小さい品質が安定したステンレス鋼極細線を提供することを主たる課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、線径が11(μm)以下のステンレス鋼極細線であって、
質量%で、0.05%≦C≦0.15%、0.30%≦Si≦1.50%、0.10%≦Mn≦2.00%、6.00%≦Ni≦12.00%、15.00%≦Cr≦22.00%、0.10%≦N≦0.25%、2C+N≧0.28%、残部がFe及び不可避不純物であり、
引張強さが3400MPa以上であり、
弾性伸びが1.37%以上であり、
破断伸びが2.00%以上であり、
下記式(1)を満たす、ステンレス鋼極細線。
0.32≦(破断伸び(%)-弾性伸び(%))/破断伸び(%)≦0.45
…(1)
【0006】
本発明の他の態様では、前記ステンレス鋼極細線は、さらに、質量%で、0.03%≦Mo≦1.00%、Cu≦0.60%、V≦0.20%、Sn≦0.40%及びTi≦0.15%の少なくとも1種類を含むことができる。
【0007】
本発明の他の態様では、前記ステンレス鋼極細線は、荷重0.15Nから0.20Nまでの伸縮繰り返し試験を100サイクル行った後の永久ひずみ相当荷重が8.50(mN)以下とされる。
【発明の効果】
【0008】
本発明のステンレス鋼極細線は、上記の構成を採用したことにより、繰り返し伸縮変形を受けた場合でも、強度を保ちつつ塑性変形量を極めて小さくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本実施形態のステンレス鋼極細線の応力-ひずみ曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の一形態が説明される。
実施形態で説明された具体的な構成は、本発明の内容理解のためのものであって、本発明は、これらの具体的な実施形態に限定して解釈されるものではない。
【0011】
本実施形態のステンレス鋼極細線は、線径が11(μm)以下であって、質量%で、0.05%≦C≦0.15%、0.30%≦Si≦1.50%、0.10%≦Mn≦2.00%、6.00%≦Ni≦12.00%、15.00%≦Cr≦22.00%、0.10%≦N≦0.25%、2C+N≧0.28%、残部がFe及び不可避不純物であり、引張強さが3400MPa以上であり、弾性伸びが1.37%以上であり、破断伸びが2.00%以上であり、下記式(1)を満たす。
0.32≦(破断伸び(%)-弾性伸び(%))/破断伸び(%)≦0.45
…(1)
【0012】
[ステンレス鋼極細線の線径]
本実施形態のステンレス鋼極細線の線径は11μm以下とされる。これにより、例えば、スクリーンメッシュ、精密フィルタ、医療用ガイドワイヤー、極細ワイヤーロープ等の様々な分野での利用が可能になる。本明細書において、ステンレス鋼極細線の線径は、線材の断面形状が真円の場合、その真円の直径とされるが、断面形状が非真円の場合、その横断面の面積に等しい真円が持つ直径として定義される。また、ステンレス鋼極細線は、長円、楕円、矩形等の非円形断面であっても良い。ステンレス鋼極細線の線径の下限値は、加工が可能な範囲であれば良く、特に制限されるものではないが、加工可能性の観点では、例えば5μm以上とされても良い。
【0013】
[ステンレス鋼極細線の化学成分]
本実施形態のステンレス鋼極細線の化学成分の選定理由は次のとおりである。
【0014】
[C:炭素]
Cは、質量%で、0.05%≦C≦0.15%とされる。Cは、強力なオーステナイト生成元素であり、鋼の強度を増加させるために、0.05%以上とされる。一方、Cの多量の添加は、延性や靭性を低下させる。また、Cの多量の添加は、炭化物などを生成して縦割れ感受性を高める他、耐食性を低下させるおそれがある。このような観点で、Cは0.15%以下とされる。より好ましくは、0.08%≦C≦0.12%とされる。
【0015】
[Si:ケイ素]
Siは、質量%で、0.30%≦Si≦1.50%とされる。Siは、引張強さの向上や、耐食性及び耐孔食性を改善するために、0.30%以上とされる。一方、Siの多量の添加は、鋼の靭性や伸線加工後の強度を低下させるおそれがある。また、Siの多量の添加は、焼鈍による線細りや偏径差にも影響を及ぼすおそれがある。このような観点より、Siは、1.50%以下とされる。特に好ましくは、0.70%≦Si≦1.30%とされる。
【0016】
[Mn:マンガン]
Mnは、質量%で、0.10%≦Mn≦2.00%とされる。Mnは、オーステナイト生成元素であり、極細線の引張強さを高めるために、0.10%以上とされる。一方、Mnの多量の添加は、耐食性や耐酸化性を劣化させるおそれがあるため、2.00%以下とされる。特に好ましくは、0.40%≦Mn≦1.80%とされる。
【0017】
[Ni:ニッケル]
Niは、質量%で、6.00%≦Ni≦12.00%とされる。Niは、オーステナイトステンレス鋼の基本成分であり、靭性を向上させるために、6.00%以上とされる。一方、Niの多量の添加は、引張強さを低下させるおそれがあるため、12.00%以下とされる。特に好ましくは、8.00%≦Ni≦10.00%とされる。
【0018】
[Cr:クロム]
Crは、質量%で、15.00%≦Cr≦22.00%とされる。Crは、ステンレス鋼の基本成分であり、耐食性を確保するために、15.00%とされる。一方、Crの多量の添加は、引張強さや硬さを低下させるおそれがあるため、22.00%とされる。特に好ましくは、16.00%≦Cr≦18.50%とされる。
【0019】
[N:窒素]
Nは、質量%で、0.10%≦N≦0.25%とされる。Nは、オーステナイト生成元素であり、オーステナイトの結晶粒を微細化して材料の強度、靭性及び耐食性をさらに向上させる。このような観点より、Nは、0.10%以上とされる。一方、Nの多量の添加は、材料の加工性を低下させるおそれがあるため、0.25%以下とされる。特に好ましくは、0.12%≦N≦0.20%とされる。
【0020】
[2C+N]
2C+Nは、質量%で、2C+N≧0.28%とされる。このようなC及びNの関係は、ステンレス鋼極細線に優れた加工硬化性を付与する。特に好ましくは、2C+N≧0.38%とされる。
【0021】
本実施形態のステンレス鋼極細線は、任意元素として、さらに、質量%で、0.03%≦Mo≦1.00%、Cu≦0.60%、V≦0.20%、Sn≦0.40%及びTi≦0.15%の少なくとも1種類を含んでも良い。
【0022】
[Mo:モリブデン]
Moは、質量%で、0.03%≦Mo≦1.00%とされる。Moは、炭化物を形成して高温強さやクリープ破断強さをさらに高め、かつ、靭性をさらに改善させる観点より、0.03%以上とされる。一方、Moの多量の添加は、耐食性を低下させるおそれがあるため、1.00%以下とされる。特に好ましくは、0.04%≦Mo≦0.90%とされる。
【0023】
[Cu:銅]
Cuは、質量%で、Cu≦0.60%とされる。Cuは、オーステナイト生成元素であり、加工硬化の抑制に対して有効な元素である。一方、Cuの多量の添加は、高温で粒界脆性を促進し、高温割れに敏感になる(材料強度を低下させる)おそれがあるため、0.60%以下とされる。特に好ましくは、Cu≦0.40%とされる。
【0024】
[V:バナジウム]
Vは、質量%で、V≦0.20%とされる。Vは、CやNに対する親和力が比較的強く、特に、高温強さやクリープ破断強さを増大させる点で望ましい。一方、Vの多量の添加は、金属保護皮膜を低融点化させる高温腐食現象を引き起こすおそれがある。このような観点より、Vは、V≦0.20%とされ、より好ましくはV≦0.15%とされる。
【0025】
[Sn:スズ]
Snは、質量%で、Sn≦0.40%とされる。Snは、Niと化合して強度を向上させる目的で添加されるが、Snの多量の添加は、過剰なSnが結晶粒界の強度を低下させることから、伸線加工時や鍛造時に割れを引き起こすおそれがある。このような観点より、Snは、Sn≦0.40%とされ、特に好ましくはSn≦0.35%とされる。
【0026】
[Ti:チタン]
Tiは、質量%で、Ti≦0.15%とされる。Tiは、強力なフェライト生成元素であり、クリープ中に析出する炭化物の微細化及び凝集速度を抑制し、クリープ破断強さを向上させる。一方、多量のTiの添加は、γ´相を激減させ、クリープ破断強さ及び靭性の低下を引き起こすおそれがある。このような観点より、Tiは、Ti≦0.15%とされ、特に好ましくはTi≦0.10%とされる。
【0027】
[ステンレス鋼極細線の引張強さ]
ステンレス鋼極細線は、その引張強さが3400(MPa)以上とされる。本明細書において、「引張強さ」は、一様断面を持つステンレス鋼極細線の長手方向に引張荷重を加える引張試験において、極細線を破断させたときに、破断に至るまでに到達した最大荷重を、荷重を加える前の極細線の断面積で除した値として定義される。上記引張試験は、JIS-Z2241に準拠して行われる。より正確に測定するために、例えば歪計及び伸び計を用いて行うことが推奨される。
【0028】
引張強さが3400(MPa)以上のステンレス鋼極細線は、高い強度を示す。したがって、本実施形態のステンレス鋼極細線は、大きな引張力を受ける用途に好適に用いられる。このような観点では、ステンレス鋼極細線の引張強さは、より好ましくは3500(MPa)以上、さらに好ましくは3750(MPa)以上とされても良い。なお、ステンレス鋼極細線の引張強さは、大きいほど好ましいため、その上限については特に制約を設けない。
【0029】
[ステンレス鋼極細線の弾性伸び]
ステンレス鋼極細線は、その弾性伸びが1.37%以上とされる。本明細書において、「弾性伸び」は、ステンレス鋼極細線の応力-ひずみ曲線において0.2%耐力点を示す「伸び」を意味する。
図1は、JIS-Z2241に準拠した引張試験で測定された本実施形態のステンレス鋼極細線の応力-ひずみ曲線を示す。縦軸は応力、横軸は伸び(%)をそれぞれ示す。本明細書において、「0.2%耐力点」は、
図1に示されるように、応力-ひずみ曲線の弾性域を示す直線aと平行になるように、伸びが0.2%の位置から直線bを引き、この直線bが応力-ひずみ曲線と交差する点として定義される。
【0030】
なお、
図1の応力-ひずみ曲線について補足する。引張試験機にステンレス鋼極細線の試験片が装着された初期装着状態では、試験片には僅かに弛みが生じている。この状態で引張を開始すると、試験片が弛んだ状態から引張力が作用する瞬間に初動揺れが生じ、正確なデータが取得できない傾向がある。このような傾向は、本実施形態のように、線径が11μm以下と非常に小さいステンレス鋼極細線の引張試験を行う場合、特に顕著に表れる。一方、引張試験機は、その仕様上、試験片が弛むことなく確実に張力が作用していると引張試験機が判断した後、荷重とストローク(伸び)の記録を開始するのが一般的である。
図1の応力-ひずみ曲線では、引張試験機は、試験片の応力が580(MPa)になったときに試験片に確実に張力が作用していると判断し、ここからの荷重とストロークが記録された。このため、試験片の伸びは、試験片の応力が580(MPa)となったときをゼロとして設定されている。なお、引張試験機は、島津製作所社製のEZ-SXが採用されている。
【0031】
1.37%以上の弾性伸びを有するステンレス鋼極細線は、各種の用途に加工された後も適度な弾性を示すことから、繰り返しの変形に対してもへたりが少なく、形状安定性に優れる。このような作用をより効果的に発現させるために、ステンレス鋼極細線の弾性伸びは、1.40%以上が望ましく、さらには、1.42%以上が望ましい。なお、弾性伸びの上限は、大きいほど好ましいため、特に制限されるものではない。
【0032】
[ステンレス鋼極細線の破断伸び]
ステンレス鋼極細線は、その破断伸びが2.00%以上とされる。本明細書において、「破断伸び」は、JIS-Z2241に準拠した引張試験において、鋼線材の破断後の永久伸びを原標点距離に対する百分率で表したものを意味する。破断伸びは、極細線の靭性を示す指標の一つであり、破断伸びを2.00%以上とすることで、各種用途の線材として優れた靭性を発揮するこができる。したがって、本実施形態のステンレス鋼極細線は、3400(MPa)以上の高強度でありながら、優れた靭性を発揮することができる。このような作用をより効果的に発現させるために、ステンレス鋼極細線の破断伸びは、2.10%以上が望ましく、さらには2.20%以上が望ましい。なお、破断伸びの上限は、大きいほど好ましいため、特に制限されるものではない。
【0033】
[ステンレス鋼極細線の弾性特性]
さらに、本実施形態のステンレス鋼極細線は、下記式(1)を満たす。
0.32≦(破断伸び(%)-弾性伸び(%))/破断伸び(%)≦0.45
…(1)
【0034】
図1から明らかなように、式(1)は、ステンレス鋼極細線が破断するまでの伸び(破断伸び)のうち、塑性変形領域の割合を示す。発明者らは、ステンレス鋼極細線が上述のような各種用途の製品に加工された後に、繰り返し伸縮変形を受けた場合の強度及び品質安定性を高めるために、ステンレス鋼極細線の弾性変形領域と塑性変形領域との比率に着目した。そして、様々な実験の結果、上述の式(1)の値が0.32を下回ると、塑性変形領域の割合が小さくため、製品への加工時に保持すべき引張力の管理が困難になることが分かった(難加工性)。逆に、式(1)の値が0.45を上回ると、弾性変形領域の割合が小さくなり、長期間繰り返し伸縮変形を受けた後の永久ひずみが大きく、本来の品質を維持することができないことが分かった。また、このような傾向は、特に線径が11μm以下の極細線において顕著に表れる。
【0035】
本実施形態のステンレス鋼極細線では、以上のような実験結果に鑑み、式(1)のように、ステンレス鋼極細線の破断伸びを1としたときの塑性変形領域の割合を0.32~0.45に設定する。これにより、長期間繰り返し伸縮変形を受けた場合でも、ステンレス鋼極細線の強度及び品質安定性を高めることができる。とりわけ、式(1)の下限値は、好ましくは0.33以上、さらに好ましくは0.34以上とされる。同様に、式(1)の上限値は、好ましくは0.42以下、さらに好ましくは0.40以下とされる。
【0036】
本実施形態のステンレス鋼極細線は、各種の製品に利用されたときに多くの利点を有する。例えば、本実施形態のステンレス鋼極細線は、スクリーンメッシュに好適に用いられる。近年、スクリーンメッシュを用いて高精細なパターン印刷や、印刷後の高い形状保持性を実現する為に、高粘度の印刷材料(インク、ペースト)が用いられる。このような高年度のインク等をスクリーンメッシュに含浸させる為には、より大きな力でスキージをスクリーンメッシュに押し付ける必要がある。高いスキージ印圧は、スクリーンメッシュに大きな伸びをもたらし、これが継続的に繰り返されると、スクリーンメッシュに永久ひずみが発生し、印刷座標の歪みが生じやすい。本実施形態のステンレス鋼極細線は、このような状況下でも、印刷座標のひずみを極めて小さくすることができ、長期間の使用にも耐えうる、品質が安定した高強度かつ長寿命なスクリーンメッシュを実現できる。
【0037】
また、本実施形態のステンレス鋼極細線は、織成等により、精密フィルタとしても好適に用いられる。例えば、気体の濾過の際、精密フィルタの一次側と二次側の差圧が生じる環境が必要となるが、使用時はこの差圧により精密フィルタの面圧が経時的に変動し、差圧の強弱に伴ってステンレス鋼極細線が伸縮する。本実施形態のステンレス鋼極細線は、このような状況下でも、強度を保ちつつ塑性変形量が小さい精密フィルタとしての濾過性能を保持できる。
【0038】
以上、本発明の実施形態が詳細に説明されたが、本発明は上記の具体的な実施形態に限定されることなく種々の態様に変更して実施される。また、本発明は、その均等物を含むことは勿論である。
【実施例0039】
次に、本発明のより具体的な実施例が説明される。ただし、本発明は、これらの実施例に限定して解釈されるものではない。
【0040】
表1の仕様に基づいて、線径が11μmの複数種類のステンレス鋼極細線等(実施例、比較例)が試作された。実施例のステンレス鋼極細線は、線径5.5mmのロッドを75%以上の加工率で冷間伸線加工を複数回実施し、並行して300℃~1200℃の温度で繰り返し熱処理を行うことで製造された。これらの化学成分は、表1の通りである。
【0041】
【0042】
次に、実施例及び比較例について、引張強さ、弾性伸び、破断伸び、式(1)の値及び繰り返し伸縮変形試験後の永久ひずみを調べた。試験の仕様等は、次のとおりである。
【0043】
[引張試験]
引張試験は、次の要領で行われた。
手順1:
ステンレス鋼極細線から長さ200mmの試験片が採取される。
手順2:試験片の装着
試験片の両端それぞれ50mmの位置で、引張試験機のチャック部でしっかりと把持される。
手順3:引張荷重の負荷
引張試験機により、5mm/分の引張速度で、試験片を軸方向に引っ張る。引張試験機は、引張荷重及び引張量をリアルタイムに計測し、試験片が破断したときの最大伸びが破断伸びとされる。
【0044】
[伸縮繰り返し試験による永久ひずみ相当荷重]
本発明の対象となる線径が11μm以下の極細線は、その細さゆえ、伸縮繰り返し試験を行った後、試験片から正確に永久ひずみを測定することがきわめて困難である。本試験では、このような実情に鑑み、伸縮繰り返し試験を、次の要領で行い、永久ひずみに対応するパラメータとして、永久ひずみ相当荷重を測定した。具体的な工程は、次の通りである。
(ア)ステンレス鋼極細線の試験片が、引張試験機(島津製作所製EZ―SX(EZ Testシリーズ))の上下のチャック部に装着される。試験片は、上下のチャック部間で露出するステンレス鋼極細線の鉛直方向長さを100mmに調整できるのであれば、その実際の長さは問わない。
(イ)次に、試験片のたるみを除去するために、試験片が、荷重0(N)の状態から荷重0.150(N)の状態まで、引張速度5mm/分で、軸方向に引っ張られる。このときの試験片の状態を第1状態とし、初期荷重0.150(N)の値に相当するチャック部の位置を「基準位置」とする。
(ウ)次に、第1状態の試験片が、引張速度5mm/分で、荷重0.200(N)の状態まで引っ張られる。このときの試験片の状態を第2状態とし、荷重0.200(N)の値に相当するチャック部の位置を「引張位置」とする。
(エ)次に、第2状態の試験片が、引張とは逆の方向に、戻し速度5mm/分で、第1状態まで軸方向に縮められる。便宜上、この工程は、チャック部間の「引張位置-基準位置」の距離を算出し、この距離に相当する移動量で試験機のチャック部の位置を調整し、試験片への引張力を軽減させる。
(オ)上記工程(イ)ないし(エ)を1サイクルとする試験片の伸縮を連続的に合計100サイクル繰り返す。なお2サイクル目以降は、引張試験機のチャック部は、前記移動量で、試験片を引っ張り、又は、縮めたりする。
(カ)100サイクルの伸縮が終わると、第1状態にある試験片に作用している荷重(最終測定荷重)を読み取り、「初期荷重(0.150(N))-最終測定荷重」により、荷重差を求める。本実施例では、この荷重差を「永久ひずみ相当荷重」として、試験片の永久ひずみの大きさに相関するパラメータとして採用する。そして、この永久ひずみ相当荷重の値が小さいほど、試験片の永久ひずみが小さいことを意味する。本願の請求項3で使用されている「永久ひずみ相当荷重」という用語は、この定義に従う。
【0045】
テストの結果は表2に示される。なお、表2には、本願発明の課題である塑性変形量(永久ひずみ)の低減を評価しやすくするために、ひずみ相当荷重について、従来品である比較例1を100とした指数表示を合わせて表示する。
【0046】
【0047】
テストの結果、実施例は、比較例1及び2に比べて、繰り返し伸縮変形を受けた場合でも、強度を保ちつつ永久ひずみ相当荷重が極めて小さく抑制されていることが確認できた。例えば、永久ひずみ相当荷重(指数)に着目すると、実施例1~13は、比較例1に対して6.6%~16.5%低減していることが確認される。