(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067258
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】内視鏡挿入用潤滑剤
(51)【国際特許分類】
A61B 1/00 20060101AFI20240510BHJP
【FI】
A61B1/00 650
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177186
(22)【出願日】2022-11-04
(71)【出願人】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 亮平
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 直人
(72)【発明者】
【氏名】池谷 博
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 義人
【テーマコード(参考)】
4C161
【Fターム(参考)】
4C161AA03
4C161AA04
4C161GG11
(57)【要約】
【課題】内視鏡の挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減を可能とする内視鏡挿入用潤滑剤を提供する。
【解決手段】25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.031~0.364の範囲である、内視鏡挿入用潤滑剤である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.031~0.364の範囲であることを特徴とする内視鏡挿入用潤滑剤。
【請求項2】
請求項1に記載の内視鏡挿入用潤滑剤であって、
前記せん断速度の粘度が0.049超~0.364の範囲であることを特徴とする内視鏡挿入用潤滑剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の内視鏡挿入用潤滑剤であって、
カルボキシメチルセルロース、キサンタンガム、ヒドロキシルセルロース、アルギン酸ナトリウム、および、ポリアクリル酸ナトリウムのうちの少なくとも1つを含むことを特徴とする内視鏡挿入用潤滑剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内視鏡挿入用潤滑剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高齢の消化管癌患者等の増加に伴い消化管内視鏡検査や治療の件数は増加し、より安全かつ迅速で低侵襲な内視鏡検査が必要とされている。食道、胃等の上部消化管の内視鏡検査においては、内視鏡の細径化により経鼻内視鏡等も導入され、高齢者等のハイリスク患者でも比較的負担の少ない低侵襲な検査ができるようになった。
【0003】
一方で小腸、大腸等の下部消化管の内視鏡検査は検査中の疼痛や穿孔等の合併症があり、いまだ侵襲のやや高い検査のため、高齢者等のハイリスク患者への施行は相当な配慮を要する。例えば
図1に示すように、肛門より口側に向かい内視鏡を進める際に腸管の屈曲部10を越える必要があるが、屈曲部の腸管壁には内視鏡シャフト部12から相当な力が加わり、それが疼痛や最悪の場合には穿孔につながり、下部消化管検査の侵襲が高い主因となっている。
【0004】
例えば
図2(a)に示すように、内視鏡シャフト部12と腸管壁14の動摩擦係数が高いと、腸管壁14が受ける力が大きくなり、疼痛や侵襲が大きくなる。内視鏡のシャフト部と腸管壁の摩擦の軽減は、これらの腸管壁の負担を減らし、疼痛や侵襲を減らす手段となる。
【0005】
この摩擦を減らす方法として消化管内に潤滑剤を塗布する方法が考えられる。例えば
図2(b)に示すように、腸管壁14に潤滑剤16を塗布し、内視鏡シャフト部12と腸管壁14の動摩擦係数を低くすると、腸管壁14が受ける力が小さくなり、疼痛や侵襲が小さくなると考えられる。
【0006】
しかし、現在、内視鏡検査で一般化されているのは肛門部へのゼリー状潤滑剤の塗布のみで、消化管内に潤滑剤を塗布することは標準化されていない。試験的にコーン油やオリーブ油等の植物油等の粘性物質を潤滑剤として試用した報告はあるが(非特許文献1参照)、潤滑剤の有効性、潤滑剤の物性の最適化を評価する基礎検討は行われておらず、潤滑剤の実用化は進んでいない。
【0007】
特許文献1-3には、増粘性物質と水とを含有する内視鏡の視野確保用の粘弾性組成物が記載されているが、「本発明の課題は、管内部に見通しのきかない濃い色の液が溜まって内視鏡の視野が遮られたときに該液を押し退けて内視鏡の視野を確保する用途に好適であり、操作性に優れた粘弾性組成物およびかかる粘弾性組成物を用いた内視鏡の視野を確保する方法を提供することにある。また、望ましくは簡便な止血処置の補助を可能とする該粘弾性組成物を提供することにある。」(特許文献1の段落0005)、「本発明の課題は、内視鏡の視野を確保する用途に好適な粘弾性組成物及び当該粘弾性組成物を用いた内視鏡の視野を確保する方法を提供することである。」(特許文献2,3の段落0006)と記載の通り、内視鏡のシャフト部と消化管壁の摩擦の軽減については全く言及がなく、考慮されていない。
【0008】
また、特許文献1-3では、視野確保用の粘弾性組成物が所定の粘性を有することが記載されているが、広範囲の粘度やせん断貯蔵弾性率G’が規定されているだけであり、例えば特許文献1に「本発明は、操作性に優れ、良好な視野を確保できる粘弾性組成物を提供すること、望ましくは簡便な止血処置の補助を可能とする粘弾性組成物を提供することを課題とするところ、・・・視野を良好に確保するためには、血液、腸液、胆汁などの液体や排泄物等の半固形物とは異なる粘弾性を有した透明組成物を管腔内に注入することでこれらの物質を物理的に押しのけ、除去することで空間を確保するとともに、血液、腸液、胆汁などの液や排泄物等の半固形物と混ざり難く、液の流動や拡散を抑えることが可能となる。また、操作性に優れるという課題は、該粘弾性組成物を過度な抵抗なく内視鏡の鉗子口を通過させることができることを意味する。簡便な止血処置の補助を可能とするという課題は、該粘弾性組成物の存在下において出血部位を確認することがでること、また高周波電流を用いた止血処置の補助が可能となることを意味する。」(段落0015)と記載の通り、特許文献1-3での粘性は、「視野確保」については「半固形物と混ざり合い難い」ため、「内視鏡における操作性」については「過度な抵抗なく内視鏡の鉗子口を通過させる」ために、所定の広範囲の粘度やせん断貯蔵弾性率G’が規定されている。これらの特許文献1-3の視野確保用の粘弾性組成物に規定されている粘度やせん断貯蔵弾性率G’は、内視鏡のシャフト部と消化管壁の摩擦の軽減を考慮した値ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際特許出願公開第2017/057504号パンフレット
【特許文献2】国際特許出願公開第2020/105668号パンフレット
【特許文献3】特開2021-121318号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Brocchi E et al., Endoscopy. 2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、消化管内への内視鏡の挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減を可能とする内視鏡挿入用潤滑剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.031~0.364の範囲である、内視鏡挿入用潤滑剤である。
【0013】
前記内視鏡挿入用潤滑剤において、前記せん断速度の粘度が0.049超~0.364の範囲であることが好ましい。
【0014】
前記内視鏡挿入用潤滑剤において、カルボキシメチルセルロース、キサンタンガム、ヒドロキシルセルロース、アルギン酸ナトリウム、および、ポリアクリル酸ナトリウムのうちの少なくとも1つを含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によって、内視鏡の挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減を可能とする内視鏡挿入用潤滑剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】(a)は、内視鏡の一例を示す写真であり、(b)は、腸管内への内視鏡の挿入の際の腸管屈曲部の腸管壁と内視鏡シャフト部の様子を示した模式図である。
【
図2】内視鏡シャフト部と腸管壁の摩擦の様子を示す概略図である。
【
図3】ストライベック曲線に基づく内視鏡シャフト部と腸管壁の動摩擦係数と潤滑剤の粘度の関係を示す図である。
【
図4】実施例における消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数と、腸管にかかる荷重(N)との関係を調べた方法を示す写真である。
【
図5】増粘剤(HEC)の濃度に対する、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数、および、腸管にかかる荷重(N)を示すグラフである。
【
図6】消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数と、腸管にかかる荷重(N)との関係を示すグラフである。
【
図7】カルボキシメチルセルロース(CMC)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を示すグラフである。
【
図8】キサンタンガム(XG)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を示すグラフである。
【
図9】ヒドロキシルセルロース(HEC)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を示すグラフである。
【
図10】アルギン酸ナトリウム(SA)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を示すグラフである。
【
図11】アルギン酸ナトリウム(SA)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を示すグラフである。
【
図12】各せん断速度(1s
-1、10s
-1、100s
-1、1000s
-1)における粘度と、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数との関係を示すグラフである。
【
図13】既存のゼリー状潤滑剤および実施例の潤滑剤のせん断速度100s
-1の粘度、および、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を示すグラフである。
【
図14】既存のゼリー状潤滑剤および実施例の潤滑剤の肛門部皮膚と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施の形態について以下説明する。本実施形態は本発明を実施する一例であって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0018】
本発明の実施形態に係る内視鏡挿入用潤滑剤は、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.031~0.364の範囲である潤滑剤である。
【0019】
本発明者らは、内視鏡のシャフト部と消化管壁の摩擦の軽減を検討し、内視鏡シャフト部と消化管壁(粘膜面)の動摩擦係数を測定できるex vivoモデルを構築し、以下に示すように、潤滑剤の物性(粘度)と動摩擦係数の関係性を分析し、内視鏡シャフト部と消化管壁の動摩擦係数が最も小さくなる物性を有する理想的な潤滑剤を特定した。
【0020】
詳細は実施例の欄において説明するが、まずは、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数が低くなると消化管壁の負担が軽減されることを見出した。そこで、各種増粘剤の水に対する濃度を変えて、動摩擦係数が最小となる濃度域を特定した。トライポロジーの観点からみると、
図3に示すように、動摩擦係数はストライベック曲線により決定される。固体の2面間に潤滑剤が存在する場合、潤滑剤の粘度が上昇すると動摩擦係数は低下するが、ある粘度を境界に動摩擦係数は再度上昇する。
【0021】
図3に示すように、ストライベック曲線において、潤滑剤の粘度が低すぎる(A)領域では、内視鏡シャフト部12と腸管壁14の動摩擦係数が大きく、潤滑作用が小さいため、内視鏡シャフト部12から腸管壁14が受ける力が大きくなり、疼痛や侵襲が大きくなる。潤滑剤の粘度が適切な(B)領域では、内視鏡シャフト部12と腸管壁14の動摩擦係数が小さく、潤滑作用が大きいため、内視鏡シャフト部12から腸管壁14が受ける力が小さくなり、疼痛や侵襲が小さくなる。潤滑剤の粘度が高すぎる(C)領域では、内視鏡シャフト部12と腸管壁14の動摩擦係数が大きく、潤滑作用が小さいため、内視鏡シャフト部12から腸管壁14が受ける力が大きくなり、疼痛や侵襲が大きくなる。本発明者ら特定した上記増粘剤の動摩擦係数が最小となる濃度域はこの(B)領域の粘度であり、最低の動摩擦係数を示すと考えられる。
【0022】
また、本発明者らが、どのせん断速度の粘度が動摩擦係数と最も関連するか相関解析を行った結果、100s-1のせん断速度の粘度と動摩擦係数が最も強い相関があることを解明した。そして、100s-1のせん断速度の粘度が0.031~0.086の潤滑剤が、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を最小にする理想的な物性をもつ潤滑剤であることを見出した。
【0023】
このように、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を最小にするには、潤滑剤の100s-1のせん断速度の粘度が0.031~0.086であることが理想的である。ここで、潤滑剤を例えば内視鏡の鉗子孔等から消化管内に注入塗布する際には、鉗子孔内等に残留する水分等で希釈される可能性が高いため、実際の使用においては水分等で希釈されることを前提とした粘度、濃度調整を行うことが望ましい。水分等による実際の希釈倍率は検査状況等によっても変動するが、例えば、中央値は約1.25倍、最大値は1.5倍となると考えられる。水分等によって潤滑剤が1.25倍に希釈される場合は、理想的な潤滑剤に求められる粘度は、0.038~0.153の範囲となる。また、水分等によって潤滑剤が1.5倍に希釈される場合は、理想的な潤滑剤に求められる粘度は、0.039~0.364の範囲となる。以上より実際の使用を前提とした理想的な潤滑剤に求められる25℃、100s-1のせん断速度の粘度は、0.031~0.364の範囲であり、0.049超~0.364の範囲であることが好ましく、0.049超~0.153の範囲であることがより好ましい。
【0024】
本実施形態に係る内視鏡挿入用潤滑剤は、増粘剤を含む。増粘剤としては、水等の溶媒と任意の濃度で混合して潤滑剤とした場合に、100s-1のせん断速度の粘度が上記範囲となるものであればよく、特に制限はない。
【0025】
増粘剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシルセルロース、キサンタンガム、グアーガム、ゼラチン、寒天、ジェランガム、カラギーナン、ローカストビーンガム、アラビアガム、カラヤガム、タマリンドシードガム、トラガントガム、ペクチン、スクシノグリカン、アルギン酸ナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム等が挙げられ、医療用潤滑剤の成分として使用されている増粘剤という観点等から、カルボキシメチルセルロース、キサンタンガム、ヒドロキシルセルロース、アルギン酸ナトリウム、および、ポリアクリル酸ナトリウムが好ましい。増粘剤は、これらのうち1種を用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0026】
これらの増粘剤のなかでも、高せん断力での粘度が低下するシュードプラスチック流体特性を有するもの(例えば、キサンタンガム、ポリアクリル酸ナトリウム)は内視鏡鉗子孔等からの注入圧が、ニュートン流体特性を有するもの(例えば、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸ナトリウム)に比べて有意に低くなるため、注入が容易で内視鏡挿入用潤滑剤としてより適している。一方、既存のゼリー状潤滑剤は粘度が高すぎて内視鏡鉗子孔等からの注入自体が困難である。
【0027】
溶媒としては、純水、超純水等の水や、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水等が挙げられる。溶媒中のカチオンの存在により増粘剤の粘度が変化しやすい点および内視鏡検査の際に洗浄等を目的に微温湯を注入する点等から、溶媒は純水等の水が好ましい。
【0028】
溶媒中の増粘剤の濃度は、100s-1のせん断速度の粘度が上記範囲となる濃度とすればよく、特に制限はない。実施例に示すように、水中の濃度として、例えば、1.0質量%カルボキシメチルセルロース(CMC)、0.5質量%キサンタンガム(XG)、0.9質量%ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、0.5質量%アルギン酸ナトリウム(SA)、0.08質量%ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)の動摩擦係数が最小になるが、カルボキシメチルセルロース(CMC)の場合、例えば、0.7~2.5質量%の範囲、キサンタンガム(XG)の場合、例えば、0.2~2.0質量%の範囲、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)の場合、例えば、0.5~1.5質量%の範囲、アルギン酸ナトリウム(SA)の場合、例えば、0.3~1.5質量%の範囲、ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)の場合、例えば、0.07~1.0質量%の範囲であればよい。
【0029】
本実施形態に係る内視鏡挿入用潤滑剤は、増粘剤、水等の溶媒に加えて、塩類、緩衝剤等の他の成分を含んでもよい。内視鏡挿入用潤滑剤が増粘剤や溶媒以外の成分を含む場合にも、100s-1のせん断速度の粘度が上記範囲となるように調製すればよい。
【0030】
本実施形態に係る内視鏡挿入用潤滑剤は、内視鏡先端からシャフト部に塗布して肛門部皮膚の刺激や摩擦を軽減させる従来のゼリー状潤滑剤とは異なり、例えば、内視鏡挿入中に鉗子孔から注入し、内視鏡先進部付近の消化管壁の粘膜に塗布する方法や、副送水口から内視鏡先進部付近に供給し、消化管壁の粘膜に塗布する方法等によって、消化管壁の粘膜に塗布すればよい。これによって、消化管屈曲部等の消化管粘膜と内視鏡シャフト部の摩擦を軽減し、消化管壁の負担を減らして内視鏡検査における内視鏡の挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減を可能となる。
【0031】
本実施形態に係る内視鏡挿入用潤滑剤の臨床導入により、内視鏡の消化管への挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減が期待できる。また、盲腸(大腸内視鏡検査観察部位の最奥部)までの到達時間および総検査時間を削減することも可能である。
【0032】
これらの効果は一般の大腸内視鏡検査だけでなく小腸内視鏡検査においても期待することができる。オーバーチューブを使用して大腸よりさらに深部の小腸まで観察を行う小腸内視鏡は、大腸だけでなく小腸の腸管壁も内視鏡から相当な力を受け、疼痛や侵襲は大腸内視鏡検査に比べて大きい。小腸内視鏡検査はハードルの高い検査ではあるが、本実施形態に係る内視鏡挿入用潤滑剤の使用によって小腸内視鏡検査の侵襲を低減することも可能である。したがって、本実施形態に係る内視鏡挿入用潤滑剤は、大腸内視鏡用、小腸内視鏡用等の下部消化管用として好適に適用することができ、特に、大腸内視鏡用として好適に適用することができる。
【実施例0033】
以下、実施例および比較例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0034】
[消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数と、腸管にかかる荷重・負担(N)との関係]
増粘剤としてヒドロキシルセルロース(HEC)、溶媒として純水を用いて潤滑剤を調製し、消化管粘膜と内視鏡(オリンパス製、CF-Q260AI)のシャフト部(樹脂製)の動摩擦係数と、腸管にかかる荷重・負担(N)との関係を調べた。具体的には、純水中にヒドロキシルセルロースを0質量%、0.1質量%、0.25質量%、0.5質量%、0.9質量%、2.0質量%の濃度でそれぞれ溶解させた溶液を調製し、潤滑剤として使用した。剖検体から採取した大腸標本を電子分析秤(HL-3000LWP、A&D,Tokyo,Japan)の秤量皿に固定し、オーバーチューブ(TOP,Tokyo,Japan)を用いて腸管湾曲部を再現した。大腸標本の粘膜に0.5mLの潤滑剤を均一になるように塗布した後、内視鏡シャフトを大腸粘膜に接触させ、大腸内視鏡を1cm/sの速度で10cm挿入した。内視鏡挿入のときに測定した最大荷重を腸管にかかる荷重とした(
図4参照)。動摩擦係数は、TRIBOGEAR TYPE 38(Shinto Scientific,Tokyo,Japan)を用いて測定した。大腸標本を一定の張力をかけた状態で移動台に固定し、内視鏡シャフト部分を測定治具に取り付けて大腸粘膜と内視鏡シャフトの間の動摩擦係数を測定した。大腸標本の粘膜に0.5mLの潤滑剤を均一になるように塗布した後、内視鏡シャフト部を大腸粘膜に接触させ、移動台は速度1.0cm/s、往復回数10回で50mmの距離を移動するように設定した。移動テーブルを10往復させた際に測定した動摩擦係数値の平均値を測定値とした。結果を
図5、
図6に示す。
【0035】
図6からわかるように、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数と、腸管にかかる荷重・負担(N)との間に強い正の相関があることがわかった。これより、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数が低くなると消化管壁の負担が軽減されることがわかった。
【0036】
<実施例1>
[潤滑剤の粘度、動摩擦係数の測定]
増粘剤としてカルボキシメチルセルロース(CMC)、キサンタンガム(XG)、ヒドロキシルセルロース(HEC)、アルギン酸ナトリウム(SA)、ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)をそれぞれ用い、溶媒として純水を用いて、潤滑剤を調製した。各増粘剤の濃度を0~2質量%の範囲で溶液を調整し、潤滑剤の粘度(1s
-1、10s
-1、100s
-1、1000s
-1)を測定した。具体的には、Discovery HR-1 レオメーター(TA Instruments,Surrey,UK)を用いて測定した。ペルチェプレートで温度を25℃に制御し、60mmコーンプレートを使用し、フロースイープモードで定常流粘度を測定した。次に、動摩擦係数を上記と同じ方法で測定した。結果を
図7~
図11に示す。
【0037】
各増粘剤の濃度を0~2質量%の範囲で調整し、動摩擦係数が最小となる濃度域を特定したところ、1.0質量%CMC、0.5質量%XG、0.9質量%HEC、0.5質量%SA、0.08質量%SPAの動摩擦係数が0.09前後(0.081~0.097)と最小となった。
【0038】
上記の通り、トライポロジーの観点からみると、動摩擦係数はストライベック曲線により決定され、潤滑剤の粘度が上昇すると動摩擦係数は低下するが、ある粘度を境界に動摩擦係数は再度上昇する。上記増粘剤の濃度はこの境界の粘度であり、最小の動摩擦係数を示すと考えられる。また、どのせん断速度(1s
-1、10s
-1、100s
-1、1000s
-1)の粘度が動摩擦係数と最も関連するか相関解析を行った。結果を
図12に示す。
【0039】
その結果、動摩擦係数が100s-1のせん断速度の粘度と最も強い相関があることを解明した。つまり、100s-1のせん断速度の粘度が0.029~0.086の潤滑剤が、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を最小にする理想的な物性をもつ潤滑剤ということになる。
【0040】
<比較例1>
次に、内視鏡検査で肛門部に適用する既存のゼリー状潤滑剤(キシロカインゼリー(登録商標)、スループロゼリー(登録商標)、カインゼロゼリー(登録商標)、ヌルゼリー(登録商標)、K-Yゼリー(登録商標)、エンドルブリ-Lゼリー(登録商標)、エンドルブリ-Hゼリー(登録商標))を用いて、上記と同じ方法で、粘度(100s
-1)、および消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を測定した。結果を
図13に示す。また、剖検体から採取した大腸標本の代わりに皮膚を使用して上記と同じ方法で、肛門部皮膚と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を測定した。結果を
図14に示す。
【0041】
図13に示すように、既存のゼリー状潤滑剤を塗布した場合、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数は、0.14~0.18であった。対象として純水を塗布した場合の動摩擦係数は0.2であった。このように、実施例の潤滑剤に比べて消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数は2倍程度高かった。
【0042】
消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を下げるには、既存のゼリー状潤滑剤は粘度が高すぎて不適である。上記の既存のゼリー状潤滑剤における100s
-1のせん断速度の粘度は1.2~2.4であり、消化管粘膜・内視鏡シャフト部の潤滑目的ではこれらの既存品より粘度の低い潤滑剤を使用する必要がある。一方、
図14からわかるように、肛門部皮膚と内視鏡シャフト部の動摩擦係数を下げるには、新規潤滑剤より既存のゼリー状潤滑剤が適している。
【0043】
以上のように、実施例の潤滑剤によって、内視鏡の挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減が可能となった。