(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067289
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】脂質二重膜の再形成効率及び脂質二重膜にタンパク質が再構成される効率を高める方法及びそのための計測デバイス
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240510BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20240510BHJP
G01N 27/00 20060101ALI20240510BHJP
B01J 19/00 20060101ALI20240510BHJP
G01N 27/02 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12M1/34
G01N27/00 Z
B01J19/00 K
G01N27/02 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177243
(22)【出願日】2022-11-04
(71)【出願人】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】522432572
【氏名又は名称】株式会社Maqsys
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三村 久敏
(72)【発明者】
【氏名】高森 翔
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
(72)【発明者】
【氏名】大崎 寿久
(72)【発明者】
【氏名】中尾 賢治
【テーマコード(参考)】
2G060
4B029
4G075
【Fターム(参考)】
2G060AA05
2G060AA15
2G060AA19
2G060AD06
2G060AG03
2G060AG11
2G060FA17
2G060JA07
2G060KA09
4B029AA07
4B029BB01
4B029FA15
4G075AA24
4G075AA39
4G075AA65
4G075BC10
4G075BD16
4G075DA02
4G075DA18
4G075FA01
(57)【要約】
【課題】脂質二重膜の再形成を、技量を要することなく、簡単な操作で再現性良く行うことができ、それにより脂質二重膜内へのタンパク質の再構成の効率を高めることができる方法及びそのための計測デバイスを提供すること。
【解決手段】セパレータに設けられた微小孔に形成された脂質二重膜の再形成効率及び脂質二重膜にタンパク質が再構成される効率を高める方法は、脂質二重膜がタンパク質を含有する溶液と接触した状態で、セパレータと直接接触することなくセパレータの面と平行に移動可能な微小板で微小孔を被覆し、次いで微小板を移動させて微小孔を開放する操作を行うことを含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セパレータに設けられた微小孔に形成された脂質二重膜の再形成効率及び脂質二重膜にタンパク質が再構成される効率を高める方法であって、前記脂質二重膜が前記タンパク質を含有する溶液と接触した状態で、前記セパレータと直接接触することなく前記セパレータの面と平行に移動可能な微小板で前記微小孔を被覆し、次いで該微小板を移動させて微小孔を開放する操作を行うことを含む、方法。
【請求項2】
前記微小板が親水化処理されている、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記セパレータと前記微小板との間の距離が0.03mm~0.15mmである、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記微小孔が、セパレータの厚み方向に孔径が連続的に変化するテーパー状の微小孔であり、前記微小板は、該テーパー状の微小孔の小口径側に配置される、請求項1記載の方法。
【請求項5】
計測時間中に前記操作を複数回行う、請求項1記載の方法。
【請求項6】
前記セパレータが複数存在し、各セパレータに設けられた各微小孔に形成された複数の脂質二重膜のそれぞれについて一斉に前記操作を行い、各微小板は、単一の操作によって同時に一斉に移動する、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
基板と、該基板内に設けられたウェルと、該ウェル内に配置され、該ウェルを2個のウェルに分離するセパレータと、該セパレータ内に設けられ、脂質二重膜が形成される微小孔と、前記セパレータと直接接触することなく前記セパレータの面と平行に移動可能な微小板であって前記微小孔を被覆及び開放可能な微小板とを具備する計測デバイス。
【請求項8】
前記微小板は、前記基板の上側に、基板と離れて配置された第2の基板の下面上に下向きに突出して配置され、前記第2の基板が上下方向に移動可能であり、前記第2の基板の上下動に伴って、前記微小板が、前記微小孔を被覆及び開放する、請求項7記載の計測デバイス。
【請求項9】
前記第2の基板は、前記基板上に複数のバネによって支持され、前記第2の基板を下向きに押すと前記第2の基板が下向きに移動して前記微小板が前記微小孔を被覆する位置に移動し、下向きに押す力を除去すると、前記バネの復元力により前記第2の基板が元の位置に戻って前記微小板も上方向に移動して前記微小孔が開放される、請求項8記載の計測デバイス。
【請求項10】
前記第2の基板は複数のガイド柱受容穴を有し、前記基板の上面には、前記複数のガイド柱受容穴にそれぞれ対応する位置に、前記それぞれのガイド柱受容穴に摺動可能に挿入される複数のガイド柱が設けられている、請求項9記載の計測デバイス。
【請求項11】
前記バネは弦巻バネであり、前記各ガイド柱は、該弦巻バネの内側に挿入される、請求項10記載の計測デバイス。
【請求項12】
前記微小板が親水化処理されている、請求項7記載の計測デバイス。
【請求項13】
前記セパレータと前記微小板との間の距離が0.03mm~0.15mmである、請求項7記載の計測デバイス。
【請求項14】
前記微小孔が、前記セパレータの厚み方向に孔径が連続的に変化するテーパー状の微小孔であり、前記微小板は、該テーパー状の微小孔の小口径側に配置される、請求項7記載の計測デバイス。
【請求項15】
前記基板には複数のウェルが設けられ、前記セパレータ及び前記微小板も各ウェルに設けられ、各微小板は、単一の操作によって同時に一斉に移動するように構成されている、請求項7~14のいずれか1項に記載の計測デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、脂質二重膜の再形成効率及び脂質二重膜にタンパク質が再構成される効率を高める方法及びそのための計測デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
生物を構成する細胞や、細胞内に存在するミトコンドリア、ゴルジ体、小胞体等の各種オルガネラ、細胞核等は、外側が生体膜で覆われており、この生体膜は、基本的に脂質二重膜から構成されている。生理活性を有する様々なタンパク質、すなわち、レセプターや酵素等がこの脂質二重膜を貫通する形で脂質二重膜上に保持されている。これらの膜貫通タンパク質は、生体内で重要な役割を果たしている。特に、細胞膜上に存在する各種レセプターは、生体内に存在するリガンドと結合することにより、様々な生理学的反応を引き起こす引き金になることがわかっている。このため、レセプターの機能を亢進する各種リガンドや、レセプターの機能を阻害する阻害剤等が医薬品として用いられており、また、新たな医薬品として利用可能な天然又は人工のリガンドや阻害剤が研究されている。
【0003】
また、脂質二重膜にタンパク質を保持してセンサーとして利用することも知られている。例えば、脂質二重膜に嗅覚レセプタータンパク質を保持して臭気センサーとしたり、液滴接触法で脂質二重膜を形成する際の液滴中に、被検物質と特異的に結合する特異結合性物質を含ませ、一方、脂質二重膜にイオンチャネルタンパクを保持して、被検物質が存在する場合には被検物質が特異結合性物質と結合してイオンチャネルを閉塞するようにしたセンサーも知られている。
【0004】
従来、脂質二重膜の形成方法として広く用いられている方法として、液滴接触法が知られている(特許文献1~4等)。液滴接触法では、通常、一対のウェルと、これらのウェルを隔てる隔壁(セパレータ)とを具備する器具が用いられる。セパレータは、脂質二重膜が形成される微小孔を有する。各ウェルにそれぞれ脂質膜形成性の脂質を含む脂質液を添加し、次いで、各ウェルに電解質の水溶液を添加すると、隔壁の貫通孔を塞ぐ形で脂質二重膜が形成される。脂質二重膜内に保持すべきタンパク質は、通常、水溶液中に含まれている。脂質二重膜内に保持すべきタンパク質を含む水溶液と、脂質二重膜を接触させると、タンパク質は、特段の操作を行うことなく自発的に脂質二重膜に、タンパク質の機能を発揮しうる状態で保持される。この現象は、この分野ではタンパク質の「再構成」と呼ばれている。
【0005】
脂質二重膜の形成法は、ペインティング法や貼り合わせ法が知られている(非特許文献1)。ペインティング法は、脂質を分散した有機溶媒をセパレータの微小孔に塗布または吹き付けることによって膜形成を試行する。貼り合わせ法は、脂質を分散した有機溶媒と溶液からなる液滴界面をセパレータに接した状態で上げ下げすることによって膜形成を試行する。これらの方法は、マイクロピペット等を用いて行うため、膜形成の成否は実験者の技量によるところが大きかった。また、煩雑な手作業であるため、複数ウェルへ同時に適用することが難しかった。また、脂質二重膜が形成された状態でセパレータの微小孔部分をソフトニードルでなぞる(トレース)方法も知られている(非特許文献2)。しかしながら、この方法もペインティング法や貼り合わせ法と同様、操作者の技量を要し、このため再現性が高くなく、ウェルが複数ある場合には、ますます困難となる。また、脂質二重膜形成後、何らの操作を行わない場合、タンパク質の再構成はなかなか起こらず、時間がかかり効率が良くない。従来から、脂質二重膜内へのタンパク質の再構成の効率を上げる方法として、脂質二重膜に物理的な刺激・揺動を加える手法が経験的に知られており、膜を再形成することも一つの方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-83210号公報
【特許文献2】特開2019-072698号公報
【特許文献3】特開2012-081405号公報
【特許文献4】特開2019-022872号公報
【0007】
【非特許文献1】岡田泰伸編 最新パッチクランプ実験技術法 吉岡書店 (2011)
【非特許文献2】Kawano R et al., A portable lipid bilayer system for environmental sensing with a transmembrane protein, PLOS ONE (2014) 9, e102427
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって、本発明の目的は、脂質二重膜の再形成を、技量を要することなく、簡単な操作で再現性良く行うことができ、それにより脂質二重膜内へのタンパク質の再構成の効率を高めることができる方法及びそのための計測デバイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、脂質二重膜が前記タンパク質を含有する溶液と接触した状態で、セパレータと直接接触することなくセパレータの面と平行に移動可能な微小板で微小孔を被覆し、次いで微小板を移動させて微小孔を開放する操作を行うことにより、脂質二重膜を効率よく再形成させ、それにより脂質二重膜内へのタンパク質の再構成の効率を高めることができることを見出し、本発明を完成した。また、この方法を、技量を要することなく、簡単な操作で再現性良く行うことができる計測デバイスも発明した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する。
(1) セパレータに設けられた微小孔に形成された脂質二重膜の再形成効率及び脂質二重膜にタンパク質が再構成される効率を高める方法であって、前記脂質二重膜が前記タンパク質を含有する溶液と接触した状態で、前記セパレータと直接接触することなく前記セパレータの面と平行に移動可能な微小板で前記微小孔を被覆し、次いで該微小板を移動させて微小孔を開放する操作を行うことを含む、方法。
(2) 前記微小板が親水化処理されている、(1)記載の方法。
(3) 前記セパレータと前記微小板との間の距離が0.03mm~0.15mmである、(1)記載の方法。
(4) 前記微小孔が、セパレータの厚み方向に孔径が連続的に変化するテーパー状の微小孔であり、前記微小板は、該テーパー状の微小孔の小口径側に配置される、(1)記載の方法。
(5) 計測時間中に前記操作を複数回行う、(1)記載の方法。
(6) 前記セパレータが複数存在し、各セパレータに設けられた各微小孔に形成された複数の脂質二重膜のそれぞれについて一斉に前記操作を行い、各微小板は、単一の操作によって同時に一斉に移動する、(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7) 基板と、該基板内に設けられたウェルと、該ウェル内に配置され、該ウェルを2個のウェルに分離するセパレータと、該セパレータ内に設けられ、脂質二重膜が形成される微小孔と、前記セパレータと直接接触することなく前記セパレータの面と平行に移動可能な微小板であって前記微小孔を被覆及び開放可能な微小板とを具備する計測デバイス。
(8) 前記微小板は、前記基板の上側に、基板と離れて配置された第2の基板の下面上に下向きに突出して配置され、前記第2の基板が上下方向に移動可能であり、前記第2の基板の上下動に伴って、前記微小板が、前記微小孔を被覆及び開放する、(7)記載の計測デバイス。
(9) 前記第2の基板は、前記基板上に複数のバネによって支持され、前記第2の基板を下向きに押すと前記第2の基板が下向きに移動して前記微小板が前記微小孔を被覆する位置に移動し、下向きに押す力を除去すると、前記バネの復元力により前記第2の基板が元の位置に戻って前記微小板も上方向に移動して前記微小孔が開放される、(8)記載の計測デバイス。
(10) 前記第2の基板は複数のガイド柱受容穴を有し、前記基板の上面には、前記複数のガイド柱受容穴にそれぞれ対応する位置に、前記それぞれのガイド柱受容穴に摺動可能に挿入される複数のガイド柱が設けられている、請求項(9)記載の計測デバイス。
(11) 前記バネは弦巻バネであり、前記各ガイド柱は、該弦巻バネの内側に挿入される、(10)記載の計測デバイス。
(12) 前記微小板が親水化処理されている、(7)記載の計測デバイス。
(13) 前記セパレータと前記微小板との間の距離が0.03mm~0.15mmである、(7)記載の計測デバイス。
(14) 前記微小孔が、前記セパレータの厚み方向に孔径が連続的に変化するテーパー状の微小孔であり、前記微小板は、該テーパー状の微小孔の小口径側に配置される、(7)記載の計測デバイス。
(15) 前記基板には複数のウェルが設けられ、前記セパレータ及び前記微小板も各ウェルに設けられ、各微小板は、単一の操作によって同時に一斉に移動するように構成されている、(7)~(14)のいずれかに記載の計測デバイス。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、脂質二重膜の再形成を、技量を要することなく、簡単な操作で再現性良く行うことができ、それにより脂質二重膜内へのタンパク質の再構成の効率を高めることができる。特に、複数の脂質二重膜を形成して同時に計測を行う場合に、有効である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の計測デバイスの好ましい一具体例の模式斜視図である。(a)は全体、(b)はダブルウェル部を拡大して示す。(b)の左側は、微小板が微小孔を被覆していない状態、右側は、微小板が微小孔を被覆している状態を示す。
【
図2】下記実施例において得られた、酸素プラズマ処理による微小板の親水化の効果を示す図である。 (a) 無処理のトレーストップを用いた計測結果の一例 (ダブルウェルアレイチップを用いた計測の4ダブルウェル分)。(b) 酸素プラズマ処理したトレーストップを用いた計測結果の一例 (ダブルウェルアレイチップを用いた計測の4ダブルウェル分)。計測された電流値が示す状態についても記した。(c) トレーストップの酸素プラズマ処理の有無と膜の形成保持時間。 (a) と (b) の矢頭は、約3分おきに行ったトレーストップの上下運動操作を示す。
【
図3】下記実施例において得られた、膜の形成保持時間と信号出現回数におけるテーパーセパレータと微小板間距離及び従来法との比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
セパレータに設けられた微小孔に脂質二重膜を形成する方法は、特許文献1~4に記載されているように周知である。本発明の方法では、脂質二重膜が、再構成すべきタンパク質を含有する溶液と接触した状態で、セパレータと直接接触することなくセパレータの面と平行に移動可能な微小板で微小孔を被覆し、次いで微小板を移動させて微小孔を開放する操作を行う。ここで、セパレータの厚さは、従来と同様でよく、通常、0.003mm~1mm程度である。また、微小孔の直径も従来と同様でよく、通常、10μm~1000μm程度である。また、微小板は、微小孔を覆える程度以上の大きさがあればよい。微小板が矩形の場合、好ましくは、縦(上下方向)が3mm~10mm程度、幅(水平方向)が0.2mm~3mm程度であるが、これに限定されるものではない。また、微小板の厚さも特に限定されず、通常、0.2mm~1mm程度である。
【0014】
微小板を構成する材質は特に限定されず、例えば、プラスチックでよい。また、微小板は、過度なオイルの付着を防止するために親水化処理されていることが好ましい。親水化処理は、例えば周知の酸素プラズマ処理等により容易に行うことができる。
【0015】
セパレータと微小板との距離は、0.03mm~0.15mmが好ましく、特に0.05mm~0.1mmが好ましい。セパレータと微小板との距離がこの範囲内にあると、再構成の効率がより高くなる。
【0016】
また、脂質二重膜形成の効率を高めるために、微小孔は、セパレータの厚み方向に孔径が連続的に変化するテーパー状の微小孔であることが好ましい。この場合、微小板は、該テーパー状の微小孔の小口径側に配置することが好ましい。
【0017】
微小板で前記微小孔を被覆し、次いで該微小板を移動させて微小孔を開放する操作は、例えば、単純に、微小板を上下動させることにより行うことができる。このような操作を計測時間中に複数回行うことが好ましい。例えば、1分間~10分間ごと、特に2分間~5分間ごとに行うことができるが、これに限定されるものではなく、また、時間間隔を等間隔にして行う必要もない。
【0018】
本発明の方法は、複数の脂質二重膜について同時計測する場合に特に威力を発揮する。すなわち、セパレータが複数存在する場合、各セパレータに設けられた各微小孔に形成された複数の脂質二重膜のそれぞれについて一斉に前記操作を行い、各微小板は、単一の操作によって同時に一斉に移動するように構成することが好ましい。具体的な手法の一例は後述する。
【0019】
以下、上記本発明の方法を実施するのに適した計測デバイスの好ましい一具体例を、図面を参照しながら説明する。
【0020】
本願発明の計測デバイスの一具体例の模式斜視図を
図1に示す。
図1(a)に示す計測デバイスは、基板10を具備する。基板10内には、複数(図示の例では16個)のダブルウェル12が設けられている(
図1(b)参照)。
図1(b)は、
図1(a)のダブルウェルの部分を拡大して示す図である。なお、ダブルウェル(チャンバー)は、特許文献1~4にも記載されている、この分野で周知のものであり、上から見ると円形のウェル2個を接触するように配置し、接触する部分が直線になっているもので、例えると、概ね、アルファベットの大文字のD2個の直線部分を重ねたような形状となっているものである。基板10の上側には、基板10と離れた位置に、トレーストップ14と称する第2の基板が配置されている。トレーストップ14の下面上には、下向きに突出して複数の微小板16が設けられている。微小板16は、後述のとおり各ウェル内に挿入されるものであるから、ダブルウェル12と同数設けられている。すなわち、図示の例では、ダブルウェル12が16個あるので、微小板16も合計16個設けられている。
図1(b)に示すように、各ダブルウェル12内には、直線部分に板状のセパレータ18が配置され、セパレータ18により、ダブルウェル12は2つのウェル、すなわち、R側ウェル20と、G側ウェル22に分離される。なお、特許文献1~4にも記載されて周知のとおり、ダブルウェル12の底部には、電流を測定するための電極が配置されており、作用電極(図示せず)が配置されているウェルを便宜的にR側ウェル (recording)、参照電極(図示せず)が配置されているウェルを便宜的にG側ウェル(ground)と呼んでいる。セパレータ18には、貫通孔である微小孔24が設けられており、この微小孔24を塞ぐ形で脂質二重膜が形成される。微小孔24は、セパレータ18の厚み方向に孔径が連続的に変化するテーパー状であり、好ましくはR側ウェル20に微小孔24の小口径側が開口し、G側ウェル22に微小孔24の大口径側が開口するが、必ずしもこれに限定されるものではない。また、
図1(b)に示すとおり、微小板16は、ダブルウェル12内にその下部が挿入されるように配置されており、この微小板16が上下動することにより、微小孔24を被覆したり(
図1(b)の右側の図)、開放したり(
図1(b)の左側の図)する。なお、微小板16は、セパレータ18の面と直接接触することなく(上記のとおり、好ましくは0.03mm~0.15mm離れている)、セパレータ18の面と平行に移動する。なお、当然ながら、微小板16は、上下動時にセパレータ18の面と所望の距離を隔てて直接接触しない位置に配置する必要がある。微小板16は、微小孔24の小口径側、すなわち、R側ウェル20内に挿入されるように配置されていることが好ましいが、必ずしもこれに限定されるものではない。トレーストップ14の四隅には、ガイド柱受容穴が設けられ、基板10の上面には、これらのガイド柱受容穴に摺動可能に挿入されるガイド柱が設けられる。ガイド柱受容穴及びガイド柱は、鉛直方向に設けることが好ましい。さらに、ガイド柱を囲包する弦巻バネ26が各ガイド柱に配置されている。また、基板10上には、トレーストップ14の下向きの動きを停止させる、直方体状のストッパ28が複数配置されている。
【0021】
操作にあたっては、先ず、特許文献1~4に記載されているような常法に従い、微小孔24に脂質二重膜を形成する。この場合、2つのウェル20、22の少なくとも一方には、脂質二重膜に再構成させるタンパク質を含む溶液が入っている。この状態では、
図1(b)に示すように、微小板16は、微小孔24よりも上にあり、従って、微小板16は微小孔24を被覆していない。この状態で、脂質二重膜を介して流れる電流を測定する。周知のとおり、脂質二重膜にタンパク質が再構成されると、タンパク質がイオンチャネルを有するタンパク質であるような場合、タンパク質のイオンチャネルを介してイオンが脂質二重膜を貫通して流れるので、2つのウェル間を電流が流れる。したがって、2つのウェル間を流れる電流を測定することにより、タンパク質が脂質二重膜に再構成されたかどうかがわかる。測定開始からしばらく時間が経過した後(上記のとおり、例えば1分間~10分間経過後)、トレーストップ14の頂部を指で下向きに押す。そうすると、トレーストップ14の下面から下向きに突出して配置されている微小板16も下向きに移動し、
図1(b)の右側の図に示すように、微小孔24を被覆する位置にくる。このとき、トレーストップ14の下方向への動きは、トレーストップ14の下面がストッパ28に突き当たることによって停止される。なお、トレーストップ14は、ガイド柱の摺動により、基板10の四隅に設けられたガイド柱に沿って下向きに移動するので、下向きの力が少々斜めであっても、常に完全に上下動する。ひいては、微小板16も常に完全に上下動するので、前記したセパレータ18との間の距離も常に設定どおりに維持される。この状態でトレーストップ14を下向きに押している指を離すと、弦巻バネ26の復元力により、トレーストップ14は元の位置に戻る。これに伴い、微小板16も上向きに移動して、
図1(b)の左側の図に示すように、微小孔24を被覆しない位置に来る。
【0022】
上記のようにして、微小孔24を被覆、開放する操作を行うことにより、脂質二重膜の再形成(張り直す)が起きやすくなり、この際に、液中に含まれるタンパク質が脂質二重膜に再構成される確率が高まる。
【0023】
上記のとおり、本発明の計測デバイスによれば、単にトレーストップ14の頂部を下向きに押して指を離すという、技量のいらない単純な操作により、タンパク質が再構成される確率を効率良く高めることができる。特に、上記した実施例のように、多数のダブルウェルを用いて同時に計測を行う場合でも、単一の操作で、各ウェルにおいて、各微小板16を同時に一斉に移動させることができ、非常に便利で効率的である。
【0024】
なお、上記具体例では、トレーストップ14を指で押すものであるが、トレーストップ14が機械的に下方向に下がるように構成してもよい。
【0025】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0026】
1.
図1に示す、上記した計測デバイスを作製した。セパレータ18は厚さ0.3mmであり、テーパー状の微小孔24を有する。微小孔24の直径は、小さい側(R側ウェル20)で0.7mm、大きい側(G側ウェル22)で1.1mmである。電気生理学的計測を行うため、ダブルウェルの底には一対の銀-塩化銀電極 (作用電極、参照電極、直径1 mm) を配置した。作用電極をR側ウェル20の底部に、参照電極をG側ウェル22の底部に配置した。基板10(本実施例で「ダブルウェルアレイチップ」と呼ぶ)、セパレータ18(テーパー状の微小孔が設けられているので、実施例において「テーパーセパレータ」と呼ぶことがある)及びトレーストップ14はNC精密加工機を用いてアクリル板を切削することによって作製した。微小板16の寸法は、縦幅4.2mm×横幅1.5mm×奥行き0.4mmであった。微小板16とセパレータ18の間の距離を正確に規定するため、テーパーセパレータ18は微小孔24の小口径面側をR側ウェル20に寄せて配置し、接着剤を用いてウェルに固定した。また、微小板16を具備するトレーストップ14は、その全体を酸素プラズマ処理した。
【0027】
2.酸素プラズマ処理による微小板の親水化と膜形成保持時間の関係
・トレーストップの酸素プラズマ処理
脂質を分散した有機溶媒の微小板への過剰な付着は、ウェルに添加された有機溶媒の枯渇を引き起こし、脂質二重膜の形成を妨げる。これを抑制するため、酸素プラズマ処理による微小板の親水化の効果を検証した。上記1に従い、デバイスを作製した。微小板からテーパーセパレータまでの距離は0.08 mmとした。作製したデバイスを用いてイオンチャネルの電気計測を実施し、無処理のトレーストップと酸素プラズマ処理を行ったトレーストップの計測結果を比較した。これにより、親水化処理が膜形成保持時間に与える効果を調べた。
【0028】
・実験方法・条件
1) トレーストップの酸素プラズマ処理は次の条件で行った。プラズマエッチング装置: FA-1 (サムコ)、酸素プラズマ処理 (出力25W、酸素ガス流量 20 ml/min、30秒)
2) ダブルウェルアレイチップのそれぞれのウェルの銀塩化銀電極をパッチクランプ増幅器に接続した。アレイチップのガイド柱にはバネをセットした。
3) ダブルウェルのR側ウェルのみに、リン脂質 (20 mg/ml 1,2-ジフタノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン, DPhPC) を分散した有機溶媒 (デカン) を2.5 μl滴下した。
4) ダブルウェルの両ウェルに、溶液 (10mM Tris/MOPS, pH7.4, 250mM KCl, 0.6mM CaCl2, 0.5 mM EGTA) を25μL滴下した。
5) トレーストップをアレイチップのガイド柱に合わせてセットした。トレーストップの中心を指で押すことによって押し下げ、バネの力で戻すことにより、上下運動させた。この操作により、テーパーセパレータに穿孔した微小孔の小口径面側近傍を微小板が上下に移動し、微小孔での膜形成を試行できる。
6) イオンチャネルを含むサンプル (ブタ子宮から調製した膜抽出画分、1 mg/mlタンパク質濃度、5mM PIPES/NaOH, pH6.8, 100mM KCl, 300mMスクロースに懸濁;調製方法は、文献(GTP-dependent regulation of myometrial KCa channels incorporated into lipid bilayers, L. Toro et al., J. Gen. Physiol., 96, 373-394 (1990)参照) をR側ウェルに0.5μl加えた。
7) 計測は、一定印加電圧下 (+30mV) で電流値を30分間記録した。約3分間おきにトレーストップの上下運動操作を行い、膜が形成されている時間を観測した。膜が保持できている場合、0pA付近の電流値を観測できるが、膜が破壊されると電流値は振り切れ、観測不能となる。
【0029】
・結果
実験結果を
図2に示す。それぞれの条件について膜が形成されていた時間を集計し、平均値を算出した。グラフは16個のダブルウェルの平均値と標準誤差を示した。30分間の計測時間のうち、膜が形成されていた時間は、無処理のトレーストップは10.8分間であったのに対し、酸素プラズマ処理を行ったトレーストップは29.0分間であった。これにより、微小板の酸素プラズマ処理 (親水化処理) による膜の形成保持時間の増大を確認した。
【0030】
3. テーパーセパレータから微小板までの距離と膜形保持時間及び信号出現回数の関係
・テーパーセパレータから微小板までの距離を変化させたトレーストップの作製
テーパーセパレータから微小板までの適切な距離を明らかにするため、テーパーセパレータからの距離を変化させた微小板を有するトレーストップを作製した。微小板からテーパーセパレータまでの距離は、0.05mm、0.1mm、0.2mmとした。前記実施例2と同様にイオンチャネルの電気計測を行い、膜形成保持時間と信号出現回数を比較した。また、従来手法であるソフトニードルを用いた膜形成との比較を行った。トレースデバイスは上記1に従って作製し、トレーストップは全て上記2の手順に従って親水化処理を行った。
【0031】
・実験方法・条件
1) ダブルウェルアレイチップのそれぞれのウェルの銀塩化銀電極をパッチクランプ増幅器に接続した。アレイチップのガイド柱にはバネをセットした。
2) ダブルウェルのR側ウェルのみに、リン脂質 (20mg/ml 1,2-ジフタノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン, DPhPC) を分散した有機溶媒 (デカン) を2.5μl滴下した。
3) ダブルウェルの両ウェルに、溶液 (10mM Tris/MOPS, pH7.4, 240mM KCl, 10mM メタンスルホン酸カリウム, 2mM CaCl2) を25μL滴下した。
4) トレーストップをアレイチップのガイド柱に合わせてセットした。トレーストップの中心を指で押すことによって押し下げ、バネの力で戻すことにより、上下運動させた。この操作により、テーパーセパレータに穿孔した微小孔の小口径面側近傍を微小板が上下に移動し、微小孔での膜形成を試行できる。一方、比較対象とした従来法では、バネとトレーストップは用いずに膜形成を行った。すなわち、テーパーセパレータに穿孔した微小孔の小口径面側をソフトニードル (25ゲージ、武蔵エンジニアリング) でなぞることで膜の形成を試行した。
5) イオンチャネルを含むサンプル (ブタ子宮から調製した膜抽出画分、1mg/mlタンパク質濃度、5mM PIPES/NaOH, pH6.8, 100mM KCl, 300mMスクロースに懸濁;調製方法は、上記文献参照) をR側ウェルに0.5 μl加えた。
6) 計測は、一定印加電圧下 (+30 mV) で電流値を30分間記録した。トレーストップを用いた計測では、約3分間おきにトレーストップの上下運動操作を行い、膜が形成されている保持時間およびイオンチャネルの信号出現回数を観測した。一方、ソフトニードルを用いる従来法では、一度膜の形成を試行した後は、操作は行わず30分間計測を続けた。
【0032】
・結果
実験結果を
図3に示す。それぞれの条件について、膜が形成されていた時間とイオンチャネルの信号の出現回数を集計し、平均値を算出した。グラフは16個のダブルウェルの平均値と標準誤差を示した。膜が形成されていた時間は、30分間の計測時間のうち、テーパーセパレータから微小板までの距離が0.05 mm、0.1 mm、0.2 mmのものはそれぞれ、28.0分間、23.7分間、4.7分間であった。一方、ソフトニードルを用いて膜形成を行った従来法では29.6分間であった。信号が出現した数は、30分間の計測時間の間でひとつのダブルウェルにつき、テーパーセパレータから微小板までの距離が0.05mm、0.1mm、0.2mmのものはそれぞれ、1.1回、1.2回、0.4回であった。一方、従来法では0.2回であった。以上の結果から、テーパーセパレータから微小板までの距離が0.1mm以内であれば、従来法と比較し、膜の形成保持時間に大きな影響を与えることなく、単位時間あたりの信号出現数は5倍以上に増大することを確認した。
【符号の説明】
【0033】
10 基板
12 ダブルウェル
14 トレーストップ(第2の基板)
16 微小板
18 セパレータ
20 R側ウェル
22 G側ウェル
24 微小孔
26 弦巻バネ
28 ストッパ