IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社日本自動車部品総合研究所の特許一覧 ▶ 株式会社デンソーの特許一覧

特開2024-6738モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラム
<>
  • 特開-モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラム 図1
  • 特開-モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラム 図2
  • 特開-モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラム 図3
  • 特開-モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラム 図4
  • 特開-モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラム 図5
  • 特開-モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラム 図6
  • 特開-モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラム 図7
  • 特開-モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラム 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024006738
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラム
(51)【国際特許分類】
   H02P 27/08 20060101AFI20240110BHJP
   H02P 23/04 20060101ALI20240110BHJP
   H02M 7/48 20070101ALI20240110BHJP
【FI】
H02P27/08
H02P23/04
H02M7/48 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022107913
(22)【出願日】2022-07-04
(71)【出願人】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100121821
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 強
(74)【代理人】
【識別番号】100139480
【弁理士】
【氏名又は名称】日野 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100125575
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100175134
【弁理士】
【氏名又は名称】北 裕介
(74)【代理人】
【識別番号】100207859
【弁理士】
【氏名又は名称】塩谷 尚人
(72)【発明者】
【氏名】柏▲崎▼ 貴司
(72)【発明者】
【氏名】青木 康明
【テーマコード(参考)】
5H505
5H770
【Fターム(参考)】
5H505AA16
5H505CC04
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE50
5H505GG04
5H505HA10
5H505HB01
5H505HB05
5H505JJ03
5H505JJ17
5H505JJ24
5H505JJ29
5H505LL22
5H505LL24
5H505LL41
5H505LL58
5H770AA07
5H770BA02
5H770CA06
5H770DA05
5H770DA41
5H770EA01
5H770EA03
5H770EA04
5H770HA02Y
5H770HA03W
5H770HA07Z
(57)【要約】
【課題】トルクリプルなどを抑制しつつ、電圧利用率を向上させるモータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラムを提供すること。
【解決手段】5相のステータ巻線21を有する多相交流式の回転電機20と、インバータ30と、を備える制御システム10に適用される制御装置50は、変調信号とキャリア信号との大小比較に基づくインバータ30のスイッチング制御であるPWM制御を実施して、PWM電圧波形をステータ巻線21に印加させるスイッチ制御部としての機能を有する。スイッチ制御部としての制御装置50は、正弦波PWM制御と、過変調PWM制御とを実施可能に構成されており、過変調PWM制御を実施する場合、変調信号の基本波に対して3次高調波及び5次高調波を重畳する。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電機子巻線(21)を有する多相交流式の回転電機(20)と、前記電機子巻線に接続されるインバータ(30)と、を備える制御システム(10)に適用されるモータ制御装置(50)において、
変調信号(S1,S2)とキャリア信号(Sig)との大小比較に基づく前記インバータのスイッチング制御であるPWM制御を実施して、PWM電圧波形を前記電機子巻線に印加させるスイッチ制御部を備え、
前記スイッチ制御部は、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅以下となる正弦波PWM制御と、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅よりも大きい過変調PWM制御とを実施可能に構成されており、
前記スイッチ制御部は、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の基本波に対してその周波数がm倍(mは、3以上の奇数)となるm次高調波を重畳するモータ制御装置。
【請求項2】
前記スイッチ制御部は、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の振幅が前記キャリア信号の振幅以下となるように、前記変調信号の基本波に対して重畳するm次高調波の振幅及び位相を設定する請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記m次高調波の次数mは、前記回転電機の相数であるn以下とされる請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記スイッチ制御部は、前記回転電機の回転数が、前記正弦波PWM制御によって実現可能な最大回転数よりも大きい場合、前記過変調PWM制御を実施して、前記回転電機の回転数を向上させる請求項1~3のうちいずれか1項に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記スイッチ制御部は、前記回転電機の要求トルクが、前記正弦波PWM制御によって出力可能な最大トルク以上である場合、前記過変調PWM制御を実施して、前記回転電機のトルクを向上させる請求項1~3のうちいずれか1項に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
電機子巻線(21)を有する多相交流式の回転電機(20)と、前記電機子巻線に接続されるインバータ(30)と、を備える制御システム(10)に適用されるモータ制御装置(50)によるモータ制御方法において、
変調信号(S1,S2)とキャリア信号(Sig)との大小比較に基づく前記インバータのスイッチング制御であるPWM制御を実施して、PWM電圧波形を前記電機子巻線に印加させるスイッチ制御ステップを有し、
前記スイッチ制御ステップでは、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅以下となる正弦波PWM制御と、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅よりも大きい過変調PWM制御とが実施可能となっており、
前記スイッチ制御ステップにおいて、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の基本波に対してその周波数がm倍(mは、3以上の奇数)となるm次高調波を重畳するモータ制御方法。
【請求項7】
電機子巻線(21)を有する多相交流式の回転電機(20)と、前記電機子巻線に接続されるインバータ(30)と、を備える制御システム(10)に適用されるモータ制御装置(50)が実行するモータ制御プログラムにおいて、
変調信号(S1,S2)とキャリア信号(Sig)との大小比較に基づく前記インバータのスイッチング制御であるPWM制御を実施して、PWM電圧波形を前記電機子巻線に印加させるスイッチ制御ステップを有し、
前記スイッチ制御ステップでは、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅以下となる正弦波PWM制御と、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅よりも大きい過変調PWM制御とが実施可能となっており、
前記スイッチ制御ステップにおいて、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の基本波に対してその周波数がm倍(mは、3以上の奇数)となるm次高調波を重畳するモータ制御プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、PWM制御において、相電圧指令値に3次高調波を重畳することにより、電圧利用率を向上させるモータ制御装置について知られている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2018/008372号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、3相モータにおいて相電圧指令値に3次高調波を重畳すると、電圧利用率が向上するものの、過変調領域では、トルクリプルや騒音、振動などが悪化するという課題がある。
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、トルクリプルなどを抑制しつつ、電圧利用率を向上させるモータ制御装置、モータ制御方法、及びモータ制御プログラムを提供することを主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するモータ制御装置は、電機子巻線を有する多相交流式の回転電機と、前記電機子巻線に接続されるインバータと、を備える制御システムに適用されるモータ制御装置であって、
変調信号とキャリア信号との大小比較に基づく前記インバータのスイッチング制御であるPWM制御を実施して、PWM電圧波形を前記電機子巻線に印加させるスイッチ制御部を備え、
前記スイッチ制御部は、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅以下となる正弦波PWM制御と、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅よりも大きい過変調PWM制御とを実施可能に構成されており、
前記スイッチ制御部は、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の基本波に対してその周波数がm倍(mは、3以上の奇数)となるm次高調波を重畳する。
【0007】
これにより、変調信号を台形波形にして、トルクリプルが悪化することを抑制しつつ、電圧利用率を向上させることができる。
【0008】
上記課題を解決するモータ制御方法は、電機子巻線を有する多相交流式の回転電機と、前記電機子巻線に接続されるインバータと、を備える制御システムに適用されるモータ制御装置によるモータ制御方法であって、
変調信号とキャリア信号との大小比較に基づく前記インバータのスイッチング制御であるPWM制御を実施して、PWM電圧波形を前記電機子巻線に印加させるスイッチ制御ステップを有し、
前記スイッチ制御ステップでは、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅以下となる正弦波PWM制御と、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅よりも大きい過変調PWM制御とが実施可能となっており、
前記スイッチ制御ステップにおいて、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の基本波に対してその周波数がm倍(mは、3以上の奇数)となるm次高調波を重畳する。
【0009】
これにより、変調信号を台形波形にして、トルクリプルが悪化することを抑制しつつ、電圧利用率を向上させることができる。
【0010】
上記課題を解決するモータ制御プログラムは、電機子巻線を有する多相交流式の回転電機と、前記電機子巻線に接続されるインバータと、を備える制御システムに適用されるモータ制御装置が実行するモータ制御プログラムであって、
変調信号とキャリア信号との大小比較に基づく前記インバータのスイッチング制御であるPWM制御を実施して、PWM電圧波形を前記電機子巻線に印加させるスイッチ制御ステップを有し、
前記スイッチ制御ステップでは、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅以下となる正弦波PWM制御と、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅よりも大きい過変調PWM制御とが実施可能となっており、
前記スイッチ制御ステップにおいて、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の基本波に対してその周波数がm倍(mは、3以上の奇数)となるm次高調波を重畳する。
【0011】
これにより、変調信号を台形波形にして、トルクリプルが悪化することを抑制しつつ、電圧利用率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】制御システムの構成図。
図2】電流フィードバック制御処理を示すブロック図。
図3】スイッチ制御処理を示すフロチャート。
図4】正弦波PWM制御を示す図。
図5】変調信号の生成方法を示す図。
図6】過変調PWM制御を示す図。
図7】運転領域を示す図。
図8】変形例の過変調PWM制御を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係るモータ制御装置を具体化した実施形態について、図面を参照しつつ説明する。本実施形態において、モータ制御装置を備える制御システムは、電気自動車等の車両に搭載されている。
【0014】
図1に示すように、制御システム10は、回転電機20を備えている。回転電機20は、5相の電機子巻線を有する多相交流式の同期モータであり、星形結線された各相の電機子巻線としてのステータ巻線21を備えている。本実施形態では、U,V,W,X,Y相とする。各相のステータ巻線21は、電気角で72°ずつずれて配置されている。本実施形態の回転電機20は、回転子としてのロータ22に界磁極としての永久磁石を備える永久磁石同期モータである。
【0015】
回転電機20は、車載主機であり、ロータ22が図示しない車両の駆動輪と動力伝達可能とされている。回転電機20が電動機として機能することにより発生するトルクが、ロータ22から駆動輪に伝達される。これにより、駆動輪が回転駆動させられる。なお、回転電機20は、車両の車輪に一体に設けられるインホイールモータであってもよいし、車両の車体に備えられるいわゆるオンボードモータであってもよい。
【0016】
制御システム10は、インバータ30と、コンデンサ31と、直流電源である蓄電池12とを備えている。インバータ30は、上アームスイッチSpと下アームスイッチSnとの直列接続体を5相分備えている。本実施形態において、各スイッチSp,Snは、電圧制御形の半導体スイッチング素子であり、具体的にはIGBTである。このため、各スイッチSp,Snの高電位側端子はコレクタであり、低電位側端子はエミッタである。各スイッチSp,Snには、フリーホイールダイオードDp,Dnが逆並列に接続されている。
【0017】
各相において、上アームスイッチSpのエミッタと、下アームスイッチSnのコレクタとには、ステータ巻線21の第1端が接続されている。各相のステータ巻線21の第2端同士は、中性点で接続されている。なお、本実施形態において、各相のステータ巻線21は、ターン数が同じに設定されている。
【0018】
各相の上アームスイッチSpのコレクタと、蓄電池12の正極端子とは、正極側母線Lpにより接続されている。各相の下アームスイッチSnのエミッタと、蓄電池12の負極端子とは、負極側母線Lnにより接続されている。正極側母線Lpと負極側母線Lnとは、コンデンサ31により接続されている。なお、コンデンサ31は、インバータ30に内蔵されていてもよいし、インバータ30の外部に設けられていてもよい。
【0019】
蓄電池12は、例えば組電池であり、蓄電池12の端子電圧は例えば数百Vである。蓄電池12は、例えば、リチウムイオン電池又はニッケル水素蓄電池等の2次電池である。
【0020】
制御システム10は、電流センサ32、電圧センサ33、回転角センサ34、及びモータ制御装置としての制御装置50等を備えている。電流センサ32は、各相のステータ巻線21に流れる電流を検出する。電圧センサ33は、コンデンサ31の端子電圧を電源電圧Vdcとして検出する。回転角センサ34は、例えばレゾルバであり、ロータ22の回転角(具体的には、電気角θ)を検出する。各センサ32~34の検出値は、制御装置50に入力される。
【0021】
制御装置50は、マイコン50aを主体として構成され、マイコン50aは、CPU、ROM,RAM等を備えている。マイコン50aが提供する機能は、実体的なメモリ装置に記録されたソフトウェアおよびそれを実行するコンピュータ、ソフトウェアのみ、ハードウェアのみ、あるいはそれらの組合せによって提供することができる。例えば、マイコン50aがハードウェアである電子回路によって提供される場合、それは多数の論理回路を含むデジタル回路、又はアナログ回路によって提供することができる。例えば、マイコン50aは、自身が備える記憶部としての非遷移的実体的記録媒体(non-transitory tangible storage medium)に格納されたプログラムを実行する。プログラムが実行されることにより、プログラムに対応する方法が実行される。記憶部は、例えば不揮発性メモリである。なお、記憶部に記憶されたプログラムは、例えば、インターネット等のネットワークを介して更新可能である。
【0022】
制御装置50は、図示しない上位制御装置(上位ECU等)からトルク指令値(要求トルク)を受信する。制御装置50は、回転電機20のトルクを受信したトルク指令値に制御すべく、インバータ30を構成する各スイッチSp,Snのスイッチング制御を行う。各相において、上アームスイッチSpと下アームスイッチSnとは、デッドタイムを挟みつつ交互にオンされる。
【0023】
続いて、図2を用いて、制御装置50により実行される回転電機20のトルク制御について説明する。図2に示す例では、トルク制御として、U,V,W,X,Y相の各相電流を制御する電流フィードバック制御が行われる。図2は、電流フィードバック制御処理を示すブロック図である。なお、電流フィードバック制御に代えて、トルクフィードバック制御が行われてもよい。
【0024】
図2において、電流指令値設定部51は、トルク-dqマップを用い、回転電機20に対するトルク指令値(力行トルク指令値又は発電トルク指令値)や、電気角θを時間微分して得られる電気角速度ωに基づいて、d軸の電流指令値とq軸の電流指令値とを設定する。なお、発電トルク指令値は、例えば回転電機20が車両用動力源として用いられる場合、回生トルク指令値である。
【0025】
dq変換部52は、相ごとに設けられた電流センサ32による電流検出値(5つの相電流)を、界磁方向をd軸とする直交2次元回転座標系の成分であるd軸電流とq軸電流とに変換する。
【0026】
d軸電流フィードバック制御部53は、d軸電流をd軸の電流指令値にフィードバック制御するための操作量としてd軸の指令電圧を算出する。また、q軸電流フィードバック制御部54は、q軸電流をq軸の電流指令値にフィードバック制御するための操作量としてq軸の指令電圧を算出する。これら各フィードバック制御部53,54では、d軸電流及びq軸電流の電流指令値に対する偏差に基づき、PIフィードバック手法を用いて指令電圧が算出される。
【0027】
5相変換部55は、d軸及びq軸の指令電圧を、U相、V相、W相、X相、及びY相の指令電圧に変換する。なお、上記の各部51~55が、dq変換理論による基本波電流のフィードバック制御を実施するフィードバック制御部であり、U相、V相、W相、X相、及びY相の指令電圧がフィードバック制御値である。本実施形態において、U相、V相、W相、X相、及びY相の指令電圧は、電気角で位相が72°ずつずれた正弦波状の波形となる。
【0028】
信号生成部56は、U相、V相、W相、X相、及びY相の指令電圧及び電源電圧Vdcに基づく5相変調により、各相の上,下アームスイッチSp,Snの駆動信号GUを生成するためのスイッチ制御処理を実施する。ここで、図3を参照してスイッチ制御処理について詳しく説明する。以下では、U相を例にして説明するが、他相も同様である。スイッチ制御処理は、信号生成部56としての制御装置50により実施される。このスイッチ制御処理を実施することにより、制御装置50は、スイッチ制御部として機能し、また、モータ制御方法及びスイッチ制御ステップを実施することとなる。
【0029】
制御装置50は、U相の指令電圧と電源電圧Vdcに基づいて、U相の規格化指令電圧Vuを算出する(ステップS100)。そして、制御装置50は、算出した規格化指令電圧に基づいて、過変調PWM制御を実施するか否かを判定する(ステップS101)。ステップS101において、制御装置50は、算出した規格化指令電圧の振幅がキャリア信号Sigの振幅よりも大きい場合、肯定判定し、過変調PWM制御を実施することを決定する。一方、制御装置50は、算出した規格化指令電圧の振幅がキャリア信号Sigの振幅以下の場合、否定判定し、正弦波PWM制御を実施することを決定する。
【0030】
算出した規格化指令電圧の振幅がキャリア信号Sigの振幅以下になる場合(ステップS101の判定結果が否定の場合)、制御装置50は、U相の規格化指令電圧Vuを変調信号S1として生成する(ステップS102)。そして、制御装置50は、変調信号S1と、キャリア信号Sigに基づいて正弦波PWM制御を実施する(ステップS103)。
【0031】
すなわち、制御装置50は、図4に示すように、変調信号S1(=U相の規格化指令電圧Vu)と、キャリア信号Sigとの大小比較に基づいて、U相のPWM信号を算出する。制御装置50は、U相のPWM信号と、U相のPWM信号の論理反転信号とに基づいて、U相の上,下アームスイッチSp、Snの駆動信号GUを生成する。つまり、制御装置50は、U相の上アームスイッチSpの駆動信号GUH及びU相の下アームスイッチSnの駆動信号GULを生成する。なお、図4,5には、電気角で180度の期間にわたるキャリア信号Sig等の推移を示す。
【0032】
制御装置50は、生成した各相の駆動信号GUをそれぞれ各相の上,下アームスイッチSp,Snのゲートに対してドライバを介して出力する。これにより、インバータ30のスイッチング制御として、正弦波PWM制御が実行され、PWM電圧波形(出力波形)がステータ巻線21に印加される。なお、制御装置50の制御周期は、キャリア信号Sigの周期よりも十分に短い。また、本実施形態のキャリア信号Sigは、搬送波であり、上昇速度及び下降速度が等しい三角波信号である。
【0033】
上記正弦波PWM制御は、規格化指令電圧の振幅がキャリア信号Sigの振幅以下になる場合におけるインバータ30のスイッチング制御である。正弦波PWM制御の実行後、スイッチ制御処理を終了する。
【0034】
次に、規格化指令電圧の振幅がキャリア信号Sigの振幅よりも大きい場合(ステップS101の判定結果が肯定の場合)におけるインバータ30のスイッチング制御である過変調PWM制御について説明する。
【0035】
ところで、規格化指令電圧の振幅がキャリア信号Sigの振幅よりも大きい場合、規格化指令電圧をそのまま変調信号とすると、上,下アームスイッチSp,Snがオン・オフ動作しない期間があるため、指令電圧通りの電圧が出力できず出力電圧の高調波成分が増加する問題がある。つまり、トルクリプルや、それに伴う振動や騒音が大きくなる問題がある。
【0036】
ここで、本願の発明者は、本実施形態の回転電機20のような、n相(nは、5以上の整数)以上の多相交流式の回転電機を採用する場合、基本波に対してその周波数がm倍(mは、3以上の奇数)となるm次高調波を重畳して変調信号を生成しても、トルクリプルがそれほど悪化しないことを見出した。より詳しくは、基本波に重畳するm次高調波の次数mを、回転電機の相数であるn以下とする場合、トルクリプルは悪化しないことを見出した。
【0037】
例えば、5相のステータ巻線21を有する回転電機20を採用する際に、基本波に3次高調波を重畳して変調信号を生成しても、変調信号に含まれる3次高調波は、回転電機20においてトルクリプルに変換されず、トルク(直流トルク)に変換されることを見出した。また、5相のステータ巻線21を有する回転電機20を採用する際に、基本波に5次高調波を重畳して変調信号を生成しても、回転電機20において、5次高調波に基づく高調波電流は、打ち消しあい、流れないことも見出した。つまり、トルクリプルに変換されないことを見出した。そこで、本実施形態では、以下のように構成している。
【0038】
規格化指令電圧の振幅がキャリア信号Sigの振幅よりも大きい場合、(ステップS101の判定結果が肯定の場合)、制御装置50は、規格化指令電圧を基本波として、基本波に3次高調波及び5次高調波を重畳して、変調信号S2を生成する(ステップS104)。その際、変調信号S2の振幅が、キャリア信号Sigの振幅以下となるように、基本波に対して周波数が3倍となる3次高調波、及び周波数が5倍となる5次高調波の振幅及び位相が設定される。3次高調波及び5次高調波の振幅及び位相は、マップ演算により算出されてもよいし、所定の計算式により算出されてもよい。マップを作成する場合、基本波(規格化指令電圧)の振幅毎に、重畳させる3次高調波及び5次高調波の振幅等を特定するためのマップが作成され、記憶されることとなる。
【0039】
このように3次高調波H3及び5次高調波H5を基本波(規格化指令電圧)に対して重畳して、変調信号S2を生成することにより、図5に示すように変調信号S2が台形波形となり、変調信号S2の振幅が、キャリア信号Sigの振幅以下となる。なお、本実施形態において、基本波は、規格化指令電圧に相当する。また、基本波は、変調信号を正弦波の合成(例えば、フーリエ級数)で表したときにおける最も低い周波数成分の周波数を有する正弦波であるともいえる。
【0040】
そして、制御装置50は、変調信号S2と、キャリア信号Sigに基づいて過変調PWM制御を実施する(ステップS105)。すなわち、制御装置50は、図6に示すように、変調信号S2と、キャリア信号Sigとの大小比較に基づいて、各相のPWM信号を算出する。制御装置50は、各相のPWM信号と、各相のPWM信号の論理反転信号とに基づいて、各相の上,下アームスイッチSp、Snの駆動信号GUを生成する。
【0041】
そして、制御装置50は、生成した各相の駆動信号GUをそれぞれ各相の上,下アームスイッチSp,Snのゲートに対してドライバを介して出力する。これにより、インバータ30のスイッチング制御として、過変調PWM制御が実行され、PWM電圧波形(出力波形)がステータ巻線21に印加される。過変調PWM制御の実行後、スイッチ制御処理を終了する。
【0042】
第1実施形態によれば、以下の効果を有する。
【0043】
(1)発明者は、5相以上の電機子巻線を有する回転電機に、3次以上の奇数となる高調波を重畳しても、トルクリプルが悪化しないこと、場合によってはトルクリプルに影響がないことを見出した。そこで、5相以上のステータ巻線21を有する多相交流式の回転電機20に対して、過変調PWM制御を実施する場合、変調信号S2の基本波に対してその周波数が3以上の奇数となるm次高調波を重畳するようにした。具体的には、基本波である規格化指令電圧に対して3次高調波及び5次高調波を重畳して変調信号S2を生成した。これにより、変調信号S2を台形波形にして、電圧利用率を向上させることができる。また、nより小さい次数のm次高調波を重畳させる場合、本実施形態では、3次高調波を重畳させる場合、回転電機20において、トルクに変換させることができる。つまり、回転電機20のトルクを向上させることが可能となる。
【0044】
(2)制御装置50は、過変調PWM制御を実施する場合、変調信号S2の振幅がキャリア信号Sigの振幅以下となるように、変調信号S2の基本波に対して重畳する3次高調波及び5次高調波の振幅等を算出し、設定している。これにより、トルクリプルが生じ、騒音や振動が発生することを抑制できる。
【0045】
(3)5相のステータ巻線21を有する回転電機20を採用して、過変調PWM制御を実施する場合、基本波に重畳する高調波の次数を、回転電機20の相数以下にした。本実施形態では、3次高調波及び5次高調波を重畳して、変調信号S2を生成することとした。このように、7次以上の高調波を重畳しないため、トルクリプルが悪化することを抑制できる。
【0046】
(変形例)
以下、上記実施形態における制御システム10の一部を変更した変形例について説明する。
【0047】
・上記実施形態において、制御装置50は、規格化指令電圧の振幅がキャリア信号Sigの振幅よりも大きい場合に、過変調PWM制御を実施したが、回転電機20の運転領域が正弦波PWM制御領域から、過変調PWM制御領域となったと判断した場合に、正弦波PWM制御から過変調PWM制御に切り替えてもよい。回転電機20の運転領域は、回転電機20のトルク及び回転数により定められる。
【0048】
ここで、正弦波PWM制御領域R1とは、図7に示すように、回転電機20の回転数が、正弦波PWM制御によって実現可能な最大回転数以下の領域であって、トルク指令値が、正弦波PWM制御によって実現可能な最大トルク以下の領域のことである。一方、過変調PWM制御領域R2は、正弦波PWM制御領域R1に比較して高トルク領域又は高回転領域となっている。具体的には、過変調PWM制御領域R2は、回転電機20の回転数が、正弦波PWM制御によって実現可能な最大回転数よりも多い領域、又はトルク指令値が、正弦波PWM制御によって実現可能な最大トルクよりも大きい領域のことである。
【0049】
これにより、回転電機20の回転数が、正弦波PWM制御によって実現可能な最大回転数以上である場合、制御装置50は、過変調PWM制御を実施する。このため、回転電機20の回転数を向上させ、正弦波PWM制御によって実現不可能な回転数で回転電機を駆動させることができる。
【0050】
また、回転電機20のトルク指令値が、正弦波PWM制御によって出力可能な最大トルク以上である場合、制御装置50は、過変調PWM制御を実施する。このため、回転電機20のトルクを向上させ、正弦波PWM制御によって実現不可能なトルクで回転電機を駆動させることができる。
【0051】
・上記実施形態において、過変調PWM制御を実施する場合、3次高調波及び5次高調波を基本波に重畳したが、これらに限らずm次高調波(mは、3以上の奇数)を重畳してもよい。図8に、基本波(規格化指令電圧Vu)に、3次高調波H3、5次高調波H5、及び7次高調波H7を重畳して変調信号S2を生成する例を示す。
【0052】
回転電機20の相数以上の次数の高調波を重畳する場合、トルクリプルが悪化するが、高次であればあるほど、その影響は小さい。例えば、5相のステータ巻線21を有する回転電機20に対して7次高調波を重畳する場合、3相の電機子巻線を有する回転電機に対して5次高調波を重畳する場合に比較して、トルクリプルを抑制することができる。
【0053】
・上記実施形態では、5相のステータ巻線21を有する回転電機20を採用したが、5相以上のn相の電機子巻線を有する回転電機に変更してもよい。この場合、過変調PWM制御を実施する際、重畳する高調波は、3次以上の奇数となるm次高調波である必要があり、次数mがn(回転電機20の相数)以下であるm次高調波であることが望ましい。
【0054】
本開示に記載の制御部及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウエア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウエア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【0055】
以下、上述した各実施形態から抽出される特徴的な構成を記載する。
[構成1]
電機子巻線(21)を有する多相交流式の回転電機(20)と、前記電機子巻線に接続されるインバータ(30)と、を備える制御システム(10)に適用されるモータ制御装置(50)において、
変調信号(S1,S2)とキャリア信号(Sig)との大小比較に基づく前記インバータのスイッチング制御であるPWM制御を実施して、PWM電圧波形を前記電機子巻線に印加させるスイッチ制御部を備え、
前記スイッチ制御部は、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅以下となる正弦波PWM制御と、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅よりも大きい過変調PWM制御とを実施可能に構成されており、
前記スイッチ制御部は、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の基本波に対してその周波数がm倍(mは、3以上の奇数)となるm次高調波を重畳するモータ制御装置。
[構成2]
前記スイッチ制御部は、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の振幅が前記キャリア信号の振幅以下となるように、前記変調信号の基本波に対して重畳するm次高調波の振幅及び位相を設定する構成1に記載のモータ制御装置。
[構成3]
前記m次高調波の次数mは、前記回転電機の相数であるn以下とされる構成1又は2に記載のモータ制御装置。
[構成4]
前記スイッチ制御部は、前記回転電機の回転数が、前記正弦波PWM制御によって実現可能な最大回転数よりも大きい場合、前記過変調PWM制御を実施して、前記回転電機の回転数を向上させる構成1~3のうちいずれか1項に記載のモータ制御装置。
[構成5]
前記スイッチ制御部は、前記回転電機の要求トルクが、前記正弦波PWM制御によって出力可能な最大トルク以上である場合、前記過変調PWM制御を実施して、前記回転電機のトルクを向上させる構成1~4のうちいずれか1項に記載のモータ制御装置。
[構成6]
電機子巻線(21)を有する多相交流式の回転電機(20)と、前記電機子巻線に接続されるインバータ(30)と、を備える制御システム(10)に適用されるモータ制御装置(50)によるモータ制御方法において、
変調信号(S1,S2)とキャリア信号(Sig)との大小比較に基づく前記インバータのスイッチング制御であるPWM制御を実施して、PWM電圧波形を前記電機子巻線に印加させるスイッチ制御ステップを有し、
前記スイッチ制御ステップでは、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅以下となる正弦波PWM制御と、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅よりも大きい過変調PWM制御とが実施可能となっており、
前記スイッチ制御ステップにおいて、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の基本波に対してその周波数がm倍(mは、3以上の奇数)となるm次高調波を重畳するモータ制御方法。
[構成7]
電機子巻線(21)を有する多相交流式の回転電機(20)と、前記電機子巻線に接続されるインバータ(30)と、を備える制御システム(10)に適用されるモータ制御装置(50)が実行するモータ制御プログラムにおいて、
変調信号(S1,S2)とキャリア信号(Sig)との大小比較に基づく前記インバータのスイッチング制御であるPWM制御を実施して、PWM電圧波形を前記電機子巻線に印加させるスイッチ制御ステップを有し、
前記スイッチ制御ステップでは、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅以下となる正弦波PWM制御と、前記変調信号の基本波の振幅が、前記キャリア信号の振幅よりも大きい過変調PWM制御とが実施可能となっており、
前記スイッチ制御ステップにおいて、前記過変調PWM制御を実施する場合、前記変調信号の基本波に対してその周波数がm倍(mは、3以上の奇数)となるm次高調波を重畳するモータ制御プログラム。
【符号の説明】
【0056】
20…回転電機、21…ステータ巻線、30…インバータ、50…制御装置、S1,S2…変調信号、Sig…キャリア信号。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8