IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日機装株式会社の特許一覧

特開2024-67465腎細胞凝集体を含むプレート、それを用いた薬物動態検査用キット、毒性検査用キット及び創薬開発用キット
<>
  • 特開-腎細胞凝集体を含むプレート、それを用いた薬物動態検査用キット、毒性検査用キット及び創薬開発用キット 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067465
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】腎細胞凝集体を含むプレート、それを用いた薬物動態検査用キット、毒性検査用キット及び創薬開発用キット
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240510BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C12N5/071
C12M3/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177566
(22)【出願日】2022-11-04
(71)【出願人】
【識別番号】000226242
【氏名又は名称】日機装株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105315
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 温
(74)【代理人】
【識別番号】100132137
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 謙一郎
(72)【発明者】
【氏名】高橋 越史
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029AA08
4B029BB11
4B029CC01
4B029CC02
4B029GA03
4B065AA90X
4B065AA93X
4B065BD09
4B065BD12
4B065CA46
(57)【要約】      (修正有)
【課題】複数サンプルの細胞凝集体を用いて薬物動態・毒性や薬効を評価する上で、これらの評価精度をより高める手段を提供することである。
【解決手段】複数のウェルを有するプレートであって、前記ウェルには、腎細胞の凝集体と液体とが収容されており、前記ウェルの開口部は、フィルムで被覆されており、前記ウェルの全容積に対する、前記凝集体と前記液体との合計体積の比が、所定比率であるプレートである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のウェルを有するプレートであって、
前記ウェルには、腎細胞の凝集体と液体とが収容されており、
前記ウェルの開口部は、被覆部材で覆われており、
前記ウェルの全容積に対する、前記凝集体と前記液体との合計体積の比は、35%以上75%以下である
ことを特徴とするプレート。
【請求項2】
前記液体に対する、前記凝集体の比重が、1.00以上1.20以下である、請求項1記載のプレート。
【請求項3】
前記被覆部材の水蒸気透過度が、500g/m/24hr以上である、請求項1記載のプレート。
【請求項4】
前記凝集体と前記液体とを凍結させた、請求項1記載のプレート。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載されたプレートを含む薬物動態検査用キット。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載されたプレートを含む毒性検査用キット。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか一項に記載されたプレートを含む創薬開発用キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腎細胞凝集体を含むプレート、それを用いた薬物動態検査用キット、毒性検査用キット及び創薬開発用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
生体に投与された薬剤は、生体内に吸収された後、腎臓において近位尿細管で血液から尿中に排出される。そのため、薬剤の腎毒性によりしばしば腎障害が引き起こされる。創薬研究においては、薬剤の作用を明らかにするために腎臓での薬物動態を調べることは非常に重要である。このことから、腎細胞を用いた薬物動態や毒性を評価可能な創薬支援デバイスの開発が望まれている。また、このような創薬支援デバイスは、腎臓に関する疾患(例えば、糖尿病、腎臓がん、高尿酸血症等)の治療薬開発にも有用である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2021-191305
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、薬物動態の確認や創薬に有用なものとして、腎細胞の細胞凝集体が提案されている(例えば、特許文献1)。そして、通常、試験対象の薬剤に対し、複数サンプルの細胞凝集体(典型的には、複数のウェルを有し、各ウェルに細胞凝集体が配されたプレート)を用いて薬物動態・毒性や薬効の確認と評価がなされる。本発明は、このような複数サンプルの細胞凝集体を用いて薬物動態・毒性や薬効を評価する上で、これらの評価精度をより高める手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一形態は、
複数のウェルを有するプレートであって、
前記ウェルには、腎細胞の凝集体と液体とが収容されており、
前記ウェルの開口部は、被覆部材(例えば、フィルム、蓋等)で覆われており、
前記ウェルの全容積に対する、前記凝集体と前記液体との合計体積の比は、35%以上75%以下である
ことを特徴とするプレートである。
また、本発明の一形態は、前記液体に対する、前記凝集体の比重が、1.00以上1.20以下である前記プレートであってもよい。
また、本発明の一形態は、前記被覆部材の水蒸気透過度が500g/m/24h以上である前記プレートであってもよい。
また、本発明の一形態は、前記凝集体と前記液体とを凍結させたものであってもよい。
また、本発明の一形態は、前記プレートを含む薬物動態検査用キットである。
また、本発明の一形態は、前記プレートを含む毒性検査用キットである。
また、本発明の一形態は、前記プレートを含む創薬開発用キットである。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、複数サンプルの細胞凝集体を用いて薬物動態・毒性や薬効を評価する上で、これらの評価精度をより高めることが可能な、複数のウェル内に腎細胞の凝集体が収納されているプレートを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、本形態に係るプレートの概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
<<腎細胞の凝集体を含むプレート>>
本形態に係るプレートは、複数のウェルを有している。そして、各ウェルには、液体と、該液体内に1個又は複数の腎細胞の凝集体と、が含まれている。更に、該複数のウェルは、それら開口部が被覆部材で覆われている。例えば、図1は、本形態の一例に係るウェルプレートを含む培養容器である。図1左(上下)に示すように、培養容器は、表面が被覆部材(図ではフィルム)で覆われたウェルプレート(図では、96ウェル、V底を例示)と、ウェルプレート蓋と、を有している。また、後述するように、図1右に示すように、培地と凝集体とがウェルを満たさない程度にウェル内に収納されており、培地上面から被覆部材(図ではフィルム)までの間には気層が存在する。以下、各要素を詳述する。
【0009】
<腎細胞の凝集体>
本形態において使用される腎細胞は、培養可能であればよく、その供給源を問わない。腎細胞は、哺乳類由来であることが好ましく、ヒト、サルなどの霊長類由来であることが好ましい。また、目的に応じて、正常腎臓由来であってもよく、疾患を有する腎臓由来であってもよい。腎細胞としては、例えば、上皮、皮質、近位尿細管、遠位尿細管、集合管、糸球体等を構成する細胞、具体的には、近位尿細管上皮細胞(RPTEC)、メサンギウム細胞等が挙げられる。腎細胞は、初代細胞でもよく、iPS細胞又はES細胞などの幹細胞由来の腎細胞でもよい。また、腎細胞は、不死化された腎細胞、株化細胞(HK-2細胞等)、他動物種由来の細胞(MDCK細胞、LLC-PK1細胞、JTC-12細胞等)、特定のトランスポーター等のタンパク質を発現させるために腎細胞に遺伝子導入した強制発現細胞であってもよい。より具体的には、腎細胞としては、例えば腎臓から採取、単離したヒト近位尿細管上皮細胞、ヒト遠位尿細管上皮細胞及びヒト集合管上皮細胞、並びに、ヒトiPS細胞又はヒトES細胞から分化誘導された近位尿細管上皮細胞、遠位尿細管上皮細胞及び集合管上皮細胞が例示される。創薬研究に使用するためには、近位尿細管上皮細胞、特に、ヒト正常腎由来の近位尿細管上皮細胞が好ましい。
【0010】
ここで、細胞の「凝集体」は、数個以上の細胞の塊状の集合体を指す。凝集塊、スフェロイドともいう。凝集体を構成する細胞の数は、例えば5個以上、25個以上、50個以上、好ましくは100個以上、より好ましくは125個以上、更に好ましくは200個、特に好ましくは500個以上である。凝集体を構成する細胞の数は、例えば、4000個以下、好ましくは10000個以下、より好ましくは2000個以下、1000個以下である。凝集体を構成する細胞数がこのような範囲だと、培養液中でほぼ全ての細胞が生存を維持し、プレート内における複数の凝集体間でのより高い均質性が可能となる。
【0011】
(形態パラメータ)
形態パラメータとしては、凝集体の直径、体積、断面積、周長、コンパクトネス、真円度、縦横比を挙げることができる。以下、各パラメータを詳述する。
【0012】
凝集体の直径は、例えば、100μm以上800μm以下が好適である。尚、凝集体の直径は、凝集体の最大幅と定義される。即ち、凝集体の直径は、凝集体の外縁上の2点をつなぐ直線のうち最大のものの長さである。凝集体の直径は、例えば、周知手法に基づき、位相差顕微鏡により撮影した写真を用いて計測することができる。位相差顕微鏡としてはBZ-X710(Keyence社)を使用でき、直径の計測には解析ソフトウェアを使用できる。
【0013】
凝集体の体積は、例えば、0.001mm以上、0.300mm以下が好適である。凝集体の体積は、凝集体は略球形であるから、測定された直径から算出できる。
【0014】
凝集体の断面積は、好適には、40000μm以上、100000μm以下、より好適には、45000μm以上、90000μm以下である。ここで、断面積(加えて、以下で説明する周長、コンパクトネス、真円度、縦横比も)は、周知手法に基づき、CQ1(共焦点イメージサイトメーター、横河電機製)により一つの凝集体を画像{スライス画像(断面図)}認識して算出する。
【0015】
凝集体の周長は、好適には、600μm以上、1800μm以下、より好適には、800μm以上、1600μm以下である。
【0016】
また、凝集体のコンパクトネスは、好適には、1.0以上、3.0以下、より好適には、1.2以上、2.5以下である。
【0017】
また、凝集体の真円度は、好適には、0.3以上、1.0以下、より好適には、0.4以上、1.0以下である。
【0018】
また、凝集体の縦横比は、好適には、1.0以上、2.0以下、より好適には、1.0以上、1.5以下である。
【0019】
(ATPの変動係数)
複数の細胞凝集体における、ATPの変動係数は、20%以下が好ましく、15%以下がより好ましく、10%以下が最も好ましい。下限値は0%である。
【0020】
(形態パラメータの変動係数)
複数の細胞凝集体における断面積の変動係数は、好適には20%以下、より好適には15%以下、更に好適には10%以下である。複数の細胞凝集体における周長の変動係数は、好適には20%以下、より好適には15%以下、更に好適には10%以下である。複数の細胞凝集体におけるコンパクトネスの変動係数は、好適には25%以下、より好適には20%以下、更に好適には15%以下である。複数の細胞凝集体における真円度の変動係数は、好適には25%以下、より好適には20%以下、更に好適には15%以下である。複数の細胞凝集体における縦横比の変動係数は、好適には20%以下、より好適には15%以下、更に好適には10%以下である。
【0021】
<プレート>
腎細胞の凝集体群を含むプレートは、1ウェルに1個又は複数個の凝集体が収納可能な複数のウェルを有する限り特に限定されず、任意のものを使用することができる。これらの培養容器としては、例えば、6ウェルプレート、24ウェルプレート、48ウェルプレート、96ウェルプレート、384ウェルプレート、種々のサイズのディッシュ等のタイプがある。また、底の形状も、特に限定されず、平底、V底、U底等のタイプがある。
【0022】
<液体>
各ウェル内に存在する液体は、特に限定されず、凝集体を作製した際の培地であってもよく、新鮮培地であってもよく、或いは培地以外の液体(例えば生理食塩水や緩衝液など)であってもよい。この液体は、塩類、緩衝剤、血清、ビタミン、アミノ酸、グルコース(糖)、電解質、抗生物質、成長因子(化合物、タンパク質)を含有していてもよい。
【0023】
<被覆部材>
好適な被覆部材(例えば、フィルム、例えばシート状フィルム)は、水蒸気透過度(JIS Z0208法に準拠して、温度40℃、湿度90%RHの条件で測定)が500g/m2/24hr以上のものが好ましく、2000g/m2/24hr以上のものがより好ましく、4000g/m2/24hr以上のものが最も好ましい。尚、水蒸気透過度の上限値は、例えば、100000g/m2/24hr以下、50000g/m2/24hr以下、25000g/m2/24hr以下、10000g/m2/24hr以下である。また、好適な被覆部材は、10μm~50μmのポアサイズを有する。尚、この被覆部材は、プレート内のすべてのウェルを一枚で被覆してもよく、複数のウェル群に分けた上でウェル群毎に被覆してもよく、ウェル毎に被覆してもよい。尚、被覆部材が平坦なものではなく、例えば、開口部の平面を基準として凹凸状を成している場合、本明細書及び特許請求の範囲にいう「ウェルの容積」は、該凹凸状を考慮した容積とする(即ち、被覆部材が凹状の場合には、開口部の平面を基準として「凹状となっている容積」を「ウェルの容積」から減じる一方、被覆部材が凸状の場合には、開口部の平面を基準として「凸状となっている容積」を「ウェルの容積」に加算する)。
【0024】
<液体に対する凝集体の体積比>
1ウェル内における、液体に対する凝集体の体積比は、0.001%以上、0.002%以上又は0.003%以上であることが好ましく、0.800%以下、0.500%以下又は0.200%以下であることが好ましい。
【0025】
<ウェルの容積に対する、内容物(液体+凝集体)の体積比>
ウェルの容積に対する、内容物(液体+凝集体)の体積比は、35%以上、37.5%以上又は40%以上であることが好ましく、75%以下、70%以下又は60%以下であることが好ましい。尚、ここでの凝集体の体積は、ウェルに複数の凝集体がある場合には該複数の合計体積である。ここで、容積率が上記した下限値以上であるとより好適な理由を説明する。まず、細胞1個あたりの溶存酸素量が多くなり、細胞をより安定的に維持できるようになる。また、細胞老廃物の濃度を低下させることで細胞への障害性の影響を少なくすることができる。更に、培地交換の際に凝集体を吸引するリスクがより下がり、培養プレート内において高い均一性を保つことができる。加えて、培地の乾燥により細胞培養を維持できない事態もより回避できる。他方、容積率が上記した上限値以下であるとより好適な理由を説明する。まず、ウェル内の培地への空気(酸素)供給を担保できるため、溶存酸素量が向上し、細胞の機能低下を防止することができる。また、ウェルにおいて凝集体及び液体培地との間に気層が形成されるため、通気シートを介して適切な空気(酸素)を培地へと供給できる。更に、該気層が形成されるため、輸送等の振動が想定される場合においても凝集体がシートに付着することなく、凝集体の紛失を有効に防止でき、より均一に凝集体を配置させた培養プレートを得ることができる。
【0026】
例えば、96ウェルプレートのウェル容積は、一般に280~310mmである(例えば、住友ベークライト製のPrimeSurface 96Vでは約310mmであり、AGCテクノグラス製のEZ BindShut SP 96wellプレートでは約280mm)。この際、内容物(細胞及び液体培地)の体積は、好ましくは120~200mm、より好ましくは130~160mmである。
【0027】
<液体に対する凝集体の比重>
ウェル内における、液体に対する凝集体の比重の下限値は、1.00以上であることが好ましく、1.20以下、1.15以下、又は1.10以下であることが好ましい。このような比重であることによって、凝集体が液体面に浮かぶことなく且つ自重により過度に底に押し付けられることがないため、凝集体が細胞外環境の変化に影響を受けにくくなる(特に輸送中)。この結果、プレート内における複数の凝集体間でのより高い均質性が可能となる。
【0028】
<ウェル内の個数>
ウェル内の凝集体の数は、1個又は複数である。ここで、複数の場合、2個以上1000個以下が好適である。例えば、6well plateでは500~1000個/wellで配置する態様が想定される。
【0029】
<<細胞凝集体の製造方法>>
腎細胞の培養は、培養しようとする細胞に適した培地及び培養容器を用いることにより、常法に従って、例えば37℃、5%CO条件下で、行うことができる。培養は、静置培養、振盪培養又は撹拌培養などのいずれであってもよい。培養は、接着培養であってもよいが、少なくとも一部の期間は非接着の状態で培養を行うこと(例えば浮遊培養)が好ましい。腎細胞は、培養容器に非接着の状態で培養することによって凝集体を形成させることができる。「非接着(の)状態」とは、全て又は大部分の細胞が培養容器表面に接着していない状態を指し、全て又は大部分の細胞が培養容器表面から離れて存在する状態、及び培養容器表面に接触している場合でも、器具や酵素等を用いずに培養容器のコーティングや培地の対流などにより培養容器表面から容易に離れ得る状態、を含む。
【0030】
例えば、ある場合には、腎細胞の凝集体は、腎細胞の培養開始後24時間以内に形成される。そして、一部の期間は凝集体の状態で腎細胞を培養することで、脱分化して低下した腎細胞の生理機能を回復させることができる。腎細胞を培養容器に非接着の状態で培養する期間は、一般に120時間以上が望ましい。これにより、生理機能のより高い発現状態にある培養された腎細胞を得ることができる。培養期間中、培地は定期的に交換することが好ましい。例えば、培地は2日毎に交換される。
【0031】
培地としては、公知の任意のものを適宜使用することができる。例えば、近位尿細管上皮細胞の培養の場合、市販の尿細管細胞培養培地を使用することができ、好ましい培地の例としては、REGM(登録商標)(LONZA社)、EpiCM(登録商標)(ScienCell社)、KeratinocyteSFM(登録商標)(Thermo Fisher Scientific社)が挙げられる。
【0032】
また、細胞培養に有用な従来公知の材料及び添加剤を適宜使用することができる。例えば、培地には、コラーゲンI(I型コラーゲン)を添加することができる。コラーゲンIは、腎細胞同士を接着させる作用を有する。そのため、コラーゲンIを含む培地で腎細胞を培養することにより、凝集体の形成が促進される。コラーゲンIは、完全長のコラーゲンIであることが好ましいが、コラーゲンIを構成するα1鎖又はα2鎖、更には各鎖を断片化したコラーゲンペプチドなどであってもよい。また、コラーゲンIの供給源は特に限定されず、ヒト由来であっても、他の動物由来であってもよい。
【0033】
培養容器は、任意のものを使用することができる。ここで、凝集体の形成を促進するためには、細胞非(低)接着処理が施されているか、細胞非(低)接着材料で構成されていることが好ましい。細胞非(低)接着処理としては、容器表面への細胞非接着ハイドロゲルコーティング処理、MPC(2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine)コーティング処理、プロテオセーブ(登録商標)SSコーティング処理、鏡面研磨処理などが例示される。細胞非(低)接着材料としては、ガラス、並びに、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン-ビニルアセテートコポリマー、ポリ(エチレン-エチルアクリレート)コポリマー、ポリ(エチレン-メタアクリレート)コポリマー、ポリ(エチレン酢酸ビニル)コポリマー、及びこれらのポリマーの2種以上の混合物といった高分子材料が例示される。細胞非(低)接着処理によって培養した凝集体を別の培養容器に移して使用することができる。この場合,細胞非(低)接着処理又は細胞接着処理が施されている培養容器を使用することができる。また、移動させた培養容器のウェル底の形状は特に限定されず、平底、V底、U底が挙げられる。
【0034】
凝集体を大量に形成させる場合は、高密度スフェロイド作製プレート又はディッシュを使用することができる。更には、必要に応じてスピナーフラスコなどの培養容器を用いてもよい。例えば、ELPLASIA(登録商標)シリーズの培養容器(Corning社)、EZSPHERE(登録商標)シリーズの培養容器(AGCテクノグラス社)などを使用することが好ましい。これらの培養容器は、6ウェルプレート、24ウェルプレート、96ウェルプレート、384ウェルプレート、種々のサイズのディッシュなどのタイプがあり、容器の底面積の大きさにより作製できる凝集体の数が異なる。例えば、低接着処理を施された96ウェルプレート(V底)、96ウェルプレート(U底)、384ウェルプレート(U底)を用いる場合、1ウェルに1つの凝集体が形成される。
【0035】
高密度スフェロイド作製プレート又はディッシュなどを使用して作製した凝集体は、回収して浮遊振盪培養することができる。浮遊振盪培養する場合は、細胞非(低)接着処理が施されたディッシュ又はプレートなどをシェーカー上に設置して凝集体を培養することが好ましい。シェーカーとしては、往復型シェーカー及び旋回型シェーカーを使用することができる。
【0036】
<<保管・輸送方法>>
本形態に係るプレートの保管・輸送方法は、腎細胞の保管又は輸送する際に、腎細胞の凝集体を含むプレートを、前記腎細胞の培養温度未満であり、且つ前記液体が凍結しない温度(以下、便宜上「維持温度」と呼ぶことがある)に管理する維持工程を含む。この工程を採用することで、プレート内における複数の凝集体間でのより高い均質性が可能となる。
【0037】
前記腎細胞の培養温度未満であり、且つ前記液体が凍結しない温度は、細胞の種類や用途及び/又は保管若しくは輸送が必要な期間などに応じて最適温度を適宜選択することができる。尚、培養温度とは、細胞の生存に適した温度であり、当該細胞は増殖してもしなくてもよい。細胞の培養温度は、典型的には37℃なので、維持温度はこれよりも低い温度であることが望ましい。一方、維持温度が低すぎると、細胞内で部分的な凍結が起こるなどのため、凝集体中の細胞生存率が低下する恐れがある。したがって、維持温度は0℃以上であることが望ましい。維持温度は、例えば、0℃以上37℃未満とすることができ、比較的高温での維持が望ましい場合、好ましくは10℃以上37℃未満、更に好ましくは20℃以上28℃未満とすることができ、比較的低温での維持が望ましい場合、好ましくは0℃以上10℃未満、更に好ましくは3℃以上8℃未満とすることができる。尚、本明細書においては、便宜上、10℃以上37℃未満の温度範囲を「常温」と、0℃以上10℃未満の温度範囲を「冷蔵」と、それぞれ呼ぶことがある。
【0038】
保管の場合、維持工程において、所望の温度に調整可能なインキュベーター、恒温室、冷蔵庫などを使用することができる。
【0039】
輸送の場合、維持工程は、発泡スチロール等の断熱性容器を用いることが好ましい。断熱性容器の大きさは、保管及び輸送用容器を梱包できれば、特に限定されない。断熱性容器と保管及び輸送用容器との間に隙間があるときは、保管及び輸送用容器が動かないように、緩衝材が同梱されることが好ましい。また、断熱性容器として、紙製容器や段ボール製容器を使用することもできる。
【0040】
尚、維持工程は必ずしも静置により行う必要はない。したがって、シェーカー上又は輸送中など凝集体の破壊が起こらない程度の振動がある状況下で行うことができる。
【0041】
<<凍結方法>>
本形態の一つは、凍結状態にある、腎細胞の凝集体を含むプレートであってもよい。この場合、凍結状態にあるプレートの製造方法は、例えば、腎細胞の凝集体を製造した後に該凝集体の凝集状態を実質的に維持して凍結する工程、該凍結した凝集体と液体(好ましくは、以下で詳述する凍結保存用媒体)とをウェル内に入れる工程、ウェル内の液体を凍結させる工程、を含む。以下、該凝集体の凍結工程を詳述する。
【0042】
凝集体の凍結は、細胞が凍結するまで、細胞が凍結し得る低温下で冷却することによりなされる。ここで、腎細胞の凍結は、凍結すべき細胞の温度降下速度を所定の範囲に調節しながら凍結することが好ましい。温度降下速度は、市販の凍結保存容器、細胞や組織の凍結条件を設定できるプログラムフリーザーなどを利用することによって調節することができる。凍結中の細胞の温度降下速度は、凍結時の細胞への障害をできる限り少なくして設定することができる。例えば緩慢凍結の場合では、1分間あたり約0.2℃~約3℃の範囲であることができ、1分間あたり約1℃の速度が好ましい。
【0043】
腎細胞の冷却は、一般的な凍結方法としてフリーザー又は液体窒素を使用して行うことができる。例えば、近位尿細管上皮細胞の凝集体を凍結する場合は、-80℃の温度に設定が可能な超低温フリーザーを使用することが好ましい。液体窒素保容器で保存する場合は液相では-196℃,気層では-150℃~-196℃の温度で保存することができる。
【0044】
凍結工程における「凝集体の凝集状態を実質的に維持」するとは、回収された腎細胞に含まれる凝集体を故意に破壊又は分散させる操作(例えば、トリプシン処理)を行わずに、凝集体の形態を損なわないようにすることを意味する。また、「実質的に」とは、凍結前の回収された腎細胞に含まれる凝集体の量と比較して、凍結後の凝集体の量の減少が問題とならない程度の範囲であることを意味し、必ずしも凝集体を構成する細胞の分散化が凍結中に全く生じていないことを意味するものではない。
【0045】
尚、凝集体の形態の維持に重大な悪影響を与えるものでない限り、回収工程と凍結工程との間に、任意の工程、例えば、細胞の凍結保存に有益な他の工程を含んでいてもよい。例えば、回収された腎細胞に好適な凍結保存用媒体を添加する工程を含むことができる。
【0046】
凍結保存用媒体としては、細胞内氷晶による損傷を軽減させる凍結保護剤成分、例えば、ジメチルスルホキシド(5~15%)、哺乳類由来血清、デキストラン、グリコーゲン、メチルセルロース又はカルボキシメチルセルロース、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、グルコース、スクロースなどのいずれかを含む媒体が挙げられる。媒体は、培地などの液体であることができる。2以上のこれらの凍結保護剤が適宜配合された溶液が好ましい。したがって、市販の凍結保存用媒体として、CELLBANKER(登録商標)1plus(ゼノアックリソース社)、CELLBANKER(登録商標)1(ゼノアックリソース社)、CELLBANKER(登録商標)2(ゼノアックリソース社)などの、市販の凍結保存液を使用してもよい。
【0047】
<<用途>>
本形態に係る細胞凝集体が収納されたプレートは、薬物評価系又は細胞製品として提供することができる。薬物評価系としては、例えば、腎細胞における薬物動態や、腎毒性の評価系が挙げられる。また、このような腎細胞は、糖尿病や腎臓がん、高尿酸血症といった腎臓に関する疾患のメカニズム解析や、治療薬探索ツールとしても利用できる。
【0048】
本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更などの変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれる。
【実施例0049】
<細胞凝集体の製造>
腎細胞として、LONZA社から入手したヒト近位尿細管上皮細胞{Clonetics(登録商標)、カタログ番号CC-2553、RPTEC-腎臓近位尿細管上皮細胞}を使用した。液体窒素保管器に保管されてある凍結バイアルを37℃の恒温槽に浸して解凍した。解凍後、凍結バイアル中の細胞懸濁液を推奨される培地{REGM(登録商標)、LONZA社}と混和し、培養ディッシュ中で培養した。細胞は37℃、5%COの条件下で、2日に1回の頻度で培地交換しながら培養した。細胞を、コンフルエントになる前に回収し、細胞低接着処理された96ウェルV底プレート{PrimeSurface(登録商標)プレート96V、住友ベークライト社}に、1ウェルあたり1000個の細胞数となるように播種して培養することにより、凝集体を形成させた。凝集体は、2日に1回の頻度で培地交換しながら培養した。尚、「コンフルエント」とは、培養容器の培養表面全体に対して細胞の占める面積の割合が約100%であること、すなわち培養表面いっぱいに隙間なく細胞が増殖した状態を意味する。240時間以上培養後、凝集体を含む培養液の入ったプレートの表面をフィルム{Aera Seal(Excel Scientific社)/水蒸気透過度:4200g/m2/24hr;ポアサイズ:10μm~50μm}で被覆した。この際、細胞凝集体の、培地に対する比重は1.00~1.07であった。また、ウェルの容積に対する内容物(液体+凝集体)の体積比は、48%であった。更に、ウェル内における、液体に対する凝集体の体積比は、0.013%であった。その後、発泡スチロール製の容器内に該プレートを入れて、室内(空調設定温度:25℃)に72時間静置した。
【0050】
<ATP量>
72時間静置した後の細胞凝集体群(96個)について、CellTiter-Glo(登録商標) 3D Cell Viability Assay(Promega社)を用いて、発光法によりATP量を測定した。具体的には、凝集体を培地ごと回収し、培地の容量と等量のCellTiter-Glo 3D Reagentを添加した。この混合物を、室温で30分間インキュベートした。良く混和した後にマイクロプレートリーダー(Perkin Elmer)で発光値を測定した。
【0051】
<凝集体の直径、体積及び表面積の測定>
72時間静置した後の細胞凝集体群(96個)について、ウェル内の各凝集体の様子を位相差顕微鏡BZ-X710(Keyence社)により観察し、撮像した。解析ソフトウェア(Keyence社)を用いて、形態写真から直径を計測した。更に、得られた直径から体積を算出し、凝集体の培地に対する体積比を算出した。また、断面積、周長、コンパクトネス、真円度及び縦横比は、周知手法に基づき、CQ1(共焦点イメージサイトメーター、横河電機製)により一つの凝集体を画像{スライス画像(断面図)}認識して算出した。
【0052】
結果を表に示す。表1は、各種形態パラメータの実測値及び変動係数である。また、表2は、凝集体1個あたりのATPの実測値及び変動係数である。これらの表から分かるように、長期間経過後も複数の凝集体間における形態パラメータ及びATPの変動バラツキを抑制することが確認できた。尚、実施例と同じ手法にて製造した凝集体を冷凍したものを含む冷凍プレートについても、該冷凍プレートの解凍後に同じ評価をし、同様の結果を得た。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】

図1