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特開2024-67559水電解セル用アノード構造及び水電解セル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067559
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】水電解セル用アノード構造及び水電解セル
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/063 20210101AFI20240510BHJP
   C25B 11/052 20210101ALI20240510BHJP
   C25B 11/031 20210101ALI20240510BHJP
   C25B 11/081 20210101ALI20240510BHJP
   C25B 11/056 20210101ALI20240510BHJP
   C25B 11/069 20210101ALI20240510BHJP
   C25B 11/061 20210101ALI20240510BHJP
   C25B 13/08 20060101ALI20240510BHJP
   C25B 9/23 20210101ALI20240510BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20240510BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20240510BHJP
【FI】
C25B11/063
C25B11/052
C25B11/031
C25B11/081
C25B11/056
C25B11/069
C25B11/061
C25B13/08 301
C25B9/23
C25B9/00 A
C25B1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177742
(22)【出願日】2022-11-06
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100195327
【弁理士】
【氏名又は名称】森 博
(74)【代理人】
【識別番号】100229389
【弁理士】
【氏名又は名称】香田 淳也
(72)【発明者】
【氏名】安武 昌浩
(72)【発明者】
【氏名】野田 志云
(72)【発明者】
【氏名】松田 潤子
(72)【発明者】
【氏名】林 灯
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一成
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA11
4K011AA20
4K011AA21
4K011AA32
4K011BA07
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021DB18
4K021DB21
4K021DB43
4K021DB53
(57)【要約】
【課題】水電解セルにおける貴金属使用量を低減できるアノード構造を提供する。
【解決手段】水電解セル用アノード構造であって、当該アノード構造は、第1のアノード層と、第2のアノード層を有するアノード拡散層とからなり、前記第1のアノード層は、酸化イリジウム粒子とプロトン伝導性電解質材料とからなり、前記アノード拡散層は、シート状のチタン多孔体の一方面側から所定の厚みまで高導電性物質を固着させて第2のアノード層とし、当該シート状のチタン多孔体における第2のアノード層以外の部分を多孔質輸送層とする構造を有し、前記第2のアノード層が、前記第1のアノード層に当接するように配置されているアノード構造。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水電解セル用アノード構造であって、
当該アノード構造は、
第1のアノード層と、第2のアノード層を有するアノード拡散層とからなり、
前記第1のアノード層は、水の電気分解に対する触媒活性を有するアノード触媒粒子及びプロトン伝導性電解質材料を含み、
前記アノード拡散層は、シート状のチタン多孔体の一方面側から所定の厚みまで高導電性物質を固着させて第2のアノード層とし、当該シート状のチタン多孔体における第2のアノード層以外の部分を多孔質輸送層とする構造を有し、
前記第2のアノード層は、前記第1のアノード層に当接するように配置されていることを特徴とするアノード構造。
【請求項2】
前記アノード触媒粒子が、酸化イリジウム粒子又は酸化イリジウム粒子を含む混合物からなる請求項1に記載のアノード構造。
【請求項3】
前記シート状のチタン多孔体が、シート状のチタン繊維集合体である請求項1に記載のアノード構造。
【請求項4】
前記シート状のチタン多孔体が、アルカリ表面処理されてなる請求項1に記載のアノード構造。
【請求項5】
前記第2のアノード層の厚みが、前記シート状のチタン多孔体の厚みの50%以下である請求項1に記載のアノード構造。
【請求項6】
前記シート状のチタン多孔体に固着された高導電性物質が、貴金属又はその合金である請求項1に記載のアノード構造。
【請求項7】
前記シート状のチタン多孔体に固着された高導電性物質が、イリジウムまたはイリジウム合金である請求項6に記載のアノード構造。
【請求項8】
前記高導電性物質の形状が、ネットワーク状又は膜状である請求項1に記載のアノード構造。
【請求項9】
前記高導電性物質が、アークプラズマ蒸着法で固着されてなる請求項1に記載のアノード構造。
【請求項10】
固体電解質膜と、前記固体電解質膜の一方面に配置されたアノードと、前記固体電解質膜の他方面に配置されたカソードと、を有し、
前記アノードが、請求項1から9のいずれかに記載のアノード構造を有することを特徴とする水電解セル。
【請求項11】
前記固体電解質膜が、固体高分子電解質膜である請求項10に記載の水電解セル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形水電解セル等の水電解セルに用いられるアノード構造及びこれを使用した水電解セルに関する。
【背景技術】
【0002】
水電解セルとしては、固体高分子形燃料電池(PEFC)と同様に固体高分子膜を隔膜に用いた固体高分子形水電解セル(PEM水電解セル)が知られている。PEM水電解セルは、水のみを用いて水素を発生させることができる、水素ガス中に水以外の不純物は含まれない、作動温度が低い、などの利点がある。
【0003】
PEM水電解セルでは、水の電気分解反応(H2O→2H++1/2O2+2e-)によりアノード側で酸素が発生し、カソード側で水素が発生する。水の電気分解反応には、標準状態(25℃、1気圧)で1.23V以上の電圧が理論的に必要となる。水電解セルを特に再生可能エネルギーの貯蔵を目的に利用する際には高い電位(1.5V~2.0V程度)で電位変動の激しい状況下で用いられるため、水電解セル用アノードには、PEFC用アノードより高電位における高い耐久性が求められる。
【0004】
水電解セルの実用化のためには、貴金属材料の使用量をできるだけ少なくする必要がある。図1に従来のPEM水電解セルのアノード構造(アノード触媒層及びアノード拡散層)の模式図を示す。従来のPEM水電解セルでは、アノード触媒層に酸化イリジウム(IrO2)が1~5mg/cm2程度使用されている。酸化イリジウム(IrO2)は、1.5V~2.0Vの高電位でも安定であり、水電解におけるアノード反応(酸素発生反応)に対する高い触媒活性を有する。現在、一般的に市販・使用されている水電解用のアノード触媒層は、酸化イリジウム(IrO2)粉末をそのまま使用したり、酸化イリジウム粉末と他の貴金属粒子や貴金属酸化物粒子との混合物を使用している(例えば、特許文献1参照)。
また、アノード拡散層(多孔質輸送層(PTL))は、チタン多孔体上に、1~10mg/cm2程度の白金(Pt)がコートされたPt被覆チタン多孔体が使用されている(例えば、特許文献1参照)。この理由は、通電時においてアノード拡散層を構成するチタン多孔体が陽極酸化して絶縁性の酸化皮膜を形成するためアノード触媒層とアノード拡散層の間の接触抵抗が増加するが、チタン多孔体をPt被覆することによって絶縁性の酸化皮膜をつくることを防止し、通電時における接触抵抗を軽減するためである。
【0005】
PEM水電解セルの実用化のためには、アノード触媒層やアノード拡散層における貴金属材料の使用量をできるだけ少なくする必要がある。しかしながら、アノード触媒層やアノード拡散層における貴金属の使用量を低減させると、固体高分子形水電解セルの性能は低下し、耐久性も低下する傾向にある。特にアノード拡散層において、Pt被覆を行っていないTi多孔体を使用すると、上述の通り、Ti酸化被膜が形成される結果、アノード触媒層とアノード拡散層の間の接触抵抗が増加し、セル性能の低下が顕著であった。
【0006】
一方、本出願人は、触媒層/拡散層一体型電極の研究を行っており、これまでにTi多孔体にPt粒子を固着した一体型電極を、固体高分子化形燃料電池用電極として使用することを報告している(特許文献2)。また、Pt粒子に代えてIr粒子を、Ti多孔体に固着した一体型電極を、PEM水電解セル用アノードに使用することを報告している(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009-209379号公報
【特許文献2】特許第6852883号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】M. Yasutake et al., J. Electrochem. Soc., 167, 124523 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
PEM水電解セルのアノード構造では、アノード触媒層とアノード拡散層の接触抵抗からなる触媒利用率の低下の課題を内在する。
従来のPEM水電解セルにおける酸化イリジウム粉末触媒からなるアノード触媒層は、酸化イリジウム粉末が凝集して構造が緻密になりやすく、ガスの滞留による性能低下や高電流密度作動下での課題になっている。
【0010】
また、特許文献2で開示されたTi多孔体にPt粒子を固着した一体型電極を水電解セルのアノードとして転用した場合、PEM水電解用アノードとしては電極性能が不十分である。また、非特許文献1で開示されたように、当該一体型電極においてPtに代えてIrを固着した場合も、イリジウムの固着量を増加させると,イリジウムの有効表面積が低下し、初期性能が低くなるという問題が生じる。
【0011】
このようにイリジウム等の貴金属使用量をできるだけ少なくし、水電解における高電位(1.5V以上)でも安定であり、十分な電極性能を示すアノードの開発が求められている。
かかる状況下、本発明の目的は、水電解セルにおける貴金属使用量を低減できるアノード構造及びこれを使用した水電解セルを提供することである
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、下記の発明が上記目的に合致することを見出し、本発明に至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
<1> 水電解セル用アノード構造であって、
当該アノード構造は、
第1のアノード層と、第2のアノード層を有するアノード拡散層とからなり、
前記第1のアノード層は、水の電気分解に対する触媒活性を有するアノード触媒粒子及びプロトン伝導性電解質材料を含み、
前記アノード拡散層は、シート状のチタン多孔体の一方面側から所定の厚みまで高導電性物質を固着させて第2のアノード層とし、当該シート状のチタン多孔体における第2のアノード層以外の部分を多孔質輸送層とする構造を有し、
前記第2のアノード層は、前記第1のアノード層に当接するように配置されているアノード構造。
<2> 前記アノード触媒粒子が、酸化イリジウム粒子又は酸化イリジウム粒子を含む混合物からなる<1>に記載のアノード構造。
<3> 前記シート状のチタン多孔体が、シート状のチタン繊維集合体である<1>または<2>に記載のアノード構造。
<4> 前記シート状のチタン多孔体が、アルカリ表面処理されてなる<1>から<3>のいずれかに記載のアノード構造。
<5> 前記第2のアノード層の厚みが、前記シート状のチタン多孔体の厚みの50%以下である<1>から<4>のいずれかに記載のアノード構造。
<6> 前記シート状のチタン多孔体に固着された高導電性物質が、貴金属又はその合金である<1>から<5>のいずれかに記載のアノード構造。
<7> 前記シート状のチタン多孔体に固着された高導電性物質が、イリジウムまたはイリジウム合金である<6>に記載のアノード構造。
<8> 前記高導電性物質の形状が、ネットワーク状又は膜状である<1>から<7>のいずれかに記載のアノード構造。
<9> 前記高導電性物質が、アークプラズマ蒸着法で固着されてなる<1>から<8>のいずれかに記載のアノード構造。
<10> 固体電解質膜と、前記固体電解質膜の一方面に配置されたアノードと、前記固体電解質膜の他方面に配置されたカソードと、を有し、
前記アノードが、<1>から<9>のいずれかに記載のアノード構造を有する水電解セル。
<11> 前記固体電解質膜が、固体高分子電解質膜である<10>に記載の水電解セル。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、水電解セルにおける貴金属使用量を低減できるアノード構造及びこれを使用した水電解セルが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】従来の水電解セルに係るアノード構造の模式図である。
図2】本発明の水電解セルに係るアノード構造の模式図である。
図3】アークプラズマ蒸着装置の概念図である。
図4】アノード拡散層(第2のアノード層/多孔質輸送層一体シート)の製造フローチャートである。
図5】実施例1及び比較例1~3の水電解セルの電流電圧特性(IV特性)の評価結果である。
図6】実施例1及び比較例1~3の水電解セルのオーミック過電圧の評価結果である。
図7】実施例1及び比較例1~3の水電解セルの活性化過電圧の評価結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について例示物等を示して詳細に説明するが、本発明は以下の例示物等に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において任意に変更して実施できる。なお、本明細書において、「~」とはその前後の数値又は物理量を含む表現として用いるものとする。
【0017】
<1.水電解セル用アノード構造>
本発明は、水電解セル用アノード構造であって、当該アノード構造は、第1のアノード層と、第2のアノード層を有するアノード拡散層とからなり、前記第1のアノード層は、水の電気分解に対する触媒活性を有するアノード触媒粒子及びプロトン伝導性電解質材料を含み、前記アノード拡散層は、シート状のチタン多孔体の一方面側から所定の厚みまで高導電性物質を固着させて第2のアノード層とし、当該シート状のチタン多孔体における第2のアノード層以外の部分を多孔質輸送層とする構造を有し、前記第2のアノード層は、前記第1のアノード層に当接するように配置されているアノード構造(以下、「本発明のアノード構造」と記載する場合がある。)に関する。
【0018】
図1に従来のPEM水電解セル用アノード構造の模式図、図2に本発明のアノード構造の模式図を示す。なお、図1,2では、アノード構造を強調するため、カソードを省略して示している。また、以下において(図面含む)では、酸化イリジウム粒子を「IrO粒子」、プロトン伝導性電解質材料を「イオノマー」、シート状のチタン多孔体を「多孔チタンシート」又は「多孔Tiシート」)と記載する。
【0019】
図1に示されるように従来の水電解セル用アノード構造は、固体電解質膜の上に、水の電気分解の反応場となるアノード触媒層と、物質移動及び電子伝導を担うアノード拡散層とが積層された構造を有している。典型的には、アノード触媒層は酸化イリジウム粒子(IrO粒子)及びプロトン伝導性電解質材料(イオノマー)から構成され、アノード拡散層はPt被覆されたシート状のチタン多孔体(Pt被覆多孔Tiシート)で構成される。水電解セルの運転条件における十分な水電解に対する触媒活性を担保するために、アノード触媒層において酸化イリジウム粒子が多量(IrOが1~5mg/cm2程度)に必要となるため、アノード触媒層が厚くなり(10μm程度)、酸化イリジウム粉末が凝集して構造が緻密になりやすい。
また、アノード拡散層において、チタン多孔体の絶縁性酸化被膜の形成を抑制するための被膜として白金を1~10mg/cm2程度使用している。このように、従来の水電解セル用アノード構造では、アノード触媒層、アノード拡散層がいずれも多量の貴金属(イリジウム及び白金)を使用している。
【0020】
図2に示す本発明の水電解セル用アノード構造は、水の電気分解に対する触媒活性を有するアノード触媒粒子(図2ではIrO粒子)とプロトン伝導性電解質材料(イオノマー)で構成される第1のアノード層と、第1のアノード層に当接して配置される第2のアノード層を有するアノード拡散層とから構成される。そして、アノード拡散層は、シート状のチタン多孔体の一方面側から所定の厚みまで高導電性物質を固着させて第2のアノード層とし、当該シート状のチタン多孔体における第2のアノード層以外の部分を多孔質輸送層とする構造を有し、前記第2のアノード層は、前記第1のアノード層に当接するように配置されている。
【0021】
本発明のアノード構造の特徴は、第2のアノード層を有するアノード拡散層を使用していることにある。本発明に係るアノード拡散層の基材となるシート状のチタン多孔体はその表面に生じる絶縁性の酸化物膜により、第1のアノード層との間の接触抵抗が大きくなる傾向にあるが、本発明に係るアノード拡散層には第2のアノード層として、チタン多孔体に高導電性物質が固着された部分が存在するため、これと当接する第1のアノード層との接触抵抗が低減し、アノード拡散層としての導電性(電子伝導性)が向上する。
【0022】
第2のアノード層を構成する高導電性物質の種類、形状については後述する。
なお、図2において、高導電性物質は粒子状で示しているが、後述するように高導電性物質は他の形状(ネットワーク状や膜状)であってもよい。
【0023】
また、高導電性物質として水電解に対する触媒活性を有する物質を使用すると、第1のアノード層のみならず、アノード拡散層(第2のアノード層)においても水の電気分解の反応場とすることができる。この場合、本発明のアノード構造では、第1のアノード層(アノード触媒粒子)と、アノード拡散層における第2のアノード層(チタン多孔体に固着された水電解に対する触媒活性を有する高導電性物質)の二つの反応場を有するため、第1のアノード層の厚みを低減させても(すなわち、酸化イリジウム使用量を低減させても)、第2のアノード層の存在により、より優れたな水電解に対する電極触媒活性を有する。
【0024】
本発明のアノード構造は第1のアノード層の厚みが低減され、かつ、第2のアノード層は密度の小さいシート状のチタン多孔体に固着されるため、緻密な構造を有していない。そのため、本発明のアノード構造を備えた水電解セルは、貴金属使用量を抑えつつ、高性能になるという利点がある。
【0025】
以下、本発明のアノード構造のそれぞれの構成要素について、詳しく説明する。
【0026】
本発明のアノード構造は、水電解セル、特には固体高分子形水電解セル(PEM水電解セル)のアノード(アノード層及びアノード拡散層)として好適に用いられる。
以下、PEM水電解セルを中心に説明するが、本発明のアノード構造は、PEM水電解セル以外の水電解セル(例えば、アニオン交換膜水電解セル(AEM水電解セル))のアノード構造としても使用することが可能である。
【0027】
<1-1.第1のアノード層>
本発明のアノード構造における第1のアノード層は、水の電気分解に対する触媒活性を有するアノード触媒粒子及びプロトン伝導性電解質材料を含む。当該アノード層では、アノード触媒粒子が互いに接触して電子伝導パスを形成し、アノード触媒粒子の隙間をプロトン伝導性電解質材料が充填してプロトン伝導パスを形成している。
【0028】
アノード触媒粒子としては、水の電気分解反応(H2O→2H++1/2O2+2e-)に対する電気化学的触媒活性を有する物質からなる粒子が使用され、特にPEM水電解セル用である場合には、酸化イリジウム粒子を含むアノード触媒粒子が好適に使用される。
酸化イリジウム粒子は、当該水の電気分解反応に対する優れた電気化学的触媒活性を有するため、アノード触媒粒子として好適に使用できる。なお、本発明に係るアノード触媒粒子としての酸化イリジウム粒子には、金属Ir粒子の表面を酸化して表面層が酸化イリジウム層である粒子も含むものとする。
【0029】
なお、アノード触媒粒子は、酸化イリジウム粒子のみであってもよいが、その性能を損なわない範囲で、他の物質を含んでいてもよい。例えば、酸化イリジウム粒子と貴金属粒子(例えば,Pt粒子)若しくは貴金属酸化物粒子(酸化ルテニウム粒子)の混合物であってもよい。
【0030】
アノード触媒粒子の量は、第1のアノード層と共に使用されるアノード拡散層(第2のアノード層における高導電性物質の種類や固着密度)等にもよるが、典型的には、0.01~2mg/cm2である。この場合、第1のアノード層の厚みは、例えば、0.1~10μm(好適には0.1~2μm)である。
【0031】
第1のアノード層は、上述のアノード触媒粒子と共に、水電解の電解質に使用されるプロトン伝導性電解質材料(以下、単に「電解質材料」と記載する場合がある。)を含む。
電解質材料は、水電解セルの固体電解質膜に使用される電解質材料と同じであってもよく、異なってもよい。第1のアノード層と固体電解質膜の密着性を向上させる観点から、同じものを用いることが好ましい。
【0032】
電解質材料としては、水電解セルに使用される公知のプロトン伝導性電解質材料が挙げられる。このようなプロトン伝導性電解質材料は、ポリマー骨格の全部または一部にフッ素原子を含むフッ素系電解質材料と、ポリマー骨格にフッ素原子を含まない炭化水素系電解質材料に大別され、この両者を電解質材料として使用することができる。
【0033】
フッ素系電解質材料としては、具体的には、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)などが好適な一例として挙げられる。
【0034】
炭化水素系電解質材料としては、具体的には、ポリスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアリールエーテルケトンスルホン酸、ポリフェニルスルホン酸、ポリベンズイミダゾールスルホン酸、ポリベンズイミダゾールホスホン酸、ポリイミドスルホン酸等のポリマーや、これらにアルキル基等の側鎖を有するポリマーが好適な一例として挙げられる。
【0035】
第1のアノード層において、上記アノード触媒粒子と、アノード触媒粒子と混合する電解質材料との質量比は、これらの材料を用いて形成される電極内の良好なプロトン伝導性を付与し、かつ電極内の物質移動をスムーズに行えるように適宜決定すればよい。
【0036】
第1のアノード層は、本発明の目的を損なわない範囲で、上述のアノード触媒粒子やプロトン伝導性材料以外の成分を含んでいてもよい。
【0037】
<1-2.第2アノード層を有するアノード拡散層>
本発明のアノード構造におけるアノード拡散層(以下、「本発明に係るアノード拡散層」、または単に「アノード拡散層」と記載する場合がある。)は、シート状のチタン多孔体の一方面側から所定の厚みまで高導電性物質を固着させて第2のアノード層とし、当該シート状のチタン多孔体における第2のアノード層以外の部分を多孔質輸送層とする構造を有する。
【0038】
本発明に係るアノード拡散層は、第2のアノード層(シート状のチタン多孔体における高導電性物質を固着した面)が、上述した本発明に係る第1のアノード層に当接するように配置される(図2参照)。このように第1のアノード層とアノード拡散層とを配置すると、シート状のチタン多孔体に固着された高導電性物質によって、第1のアノード層とアノード拡散層との接触抵抗が低減する。
【0039】
また、本発明に係るアノード拡散層では、第2のアノード層(高導電性物質固着部分)及び多孔質輸送層(高導電性物質未固着部分)の導電パスが、同一のチタン多孔体からなり、異なる部材のアノード層と多孔質輸送層を使用した場合に生じる接触抵抗が生じないため、電気抵抗を小さくすることができ、アノード構造における導電性、集電性を向上させることができる。
【0040】
(シート状のチタン多孔体)
「シート状のチタン多孔体」は、チタンまたはチタン合金からなるシート状多孔体である。ここで、本明細書において、「チタン合金」とは「Tiを40モル%以上含む合金」を意味する。Tiと合金化させる金属は、本発明の目的を損なわない限り、特に限定されない。
【0041】
シート状のチタン多孔体は、機械的強度や空隙率等の水電解セル用アノード拡散層として必要な特性を有していればよく、本発明の目的を損なわない限り、チタン(チタン合金)粒子の焼結体、シート状のチタン(チタン合金)メッシュシート及びその積層体等も使用できるが、シート状のチタン繊維集合体が好ましく使用される。
【0042】
「シート状のチタン繊維集合体」は、チタン繊維またはチタン合金繊維からなるシート状の集合体である。シート状のチタン繊維集合体は、金属チタンまたはチタン合金からなる繊維が絡み合い、それぞれが電気的に接続しているため、電気抵抗が小さく、かつ、チタンまたはチタン合金に起因して化学的安定性に優れる。
【0043】
シート状のチタン繊維集合体は、チタン繊維を焼結したり、圧着して形成することができる。チタン繊維集合体におけるチタン繊維の長さや太さは任意である。
【0044】
シート状のチタン繊維集合体の厚みは、アノード拡散層としての目的を損なわない範囲で、機械的強度やハンドリング等を考慮して適宜選択されるが、典型的には10μm~1mmである。
【0045】
また、シート状のチタン繊維集合体の場合は、第2のアノード層を形成する面側の繊維密度を、反対面側より大きくしてもよい。このように構成することにより、第2のアノード層を形成する面の近傍に高導電性物質をより多く固着することができる。
第2のアノード層を形成する面側の繊維密度を向上させるためには、シート状のチタン繊維集合体を構成する繊維状の金属チタンまたはチタン合金から小径の繊維を成長させる方法が挙げられる。
【0046】
シート状のチタン繊維集合体の具体例は、実施例にて開示する。
【0047】
シート状のチタン多孔体は、表面処理を行ってもよい。適切な表面処理を行うことにより、表面積が大きくなり、固着される高導電性物質を微細化できたり、固着量を増加させることが可能となる。
【0048】
好適な表面処理として、アルカリ表面処理が挙げられる。アルカリ表面処理では、シート状のチタン多孔体を、NaOH等でアルカリエッチングすることによってチタンの表面にナノオーダーの凹凸が形成されるため、チタン繊維の表面が高面積化する。
アルカリ表面処理後、酸洗浄によってアルカリ成分を除去する。表面にはTi水酸化物が形成されているので、熱処理によりTi水酸化物からTi酸化物と変化させると共に結晶性を向上させる。
この際、熱処理を還元雰囲気下(例えば、希釈H雰囲気)で行うことにより、通常のTiO2より導電率が高いブロンズ型の酸化チタンが形成される。熱処理の有無及び雰囲気は、後述する高導電性物質の固着方法と併せて適切な方法を選択すればよい。
【0049】
アルカリ表面処理の具体的方法は、実施例にて開示する。
【0050】
また、形成されるチタン酸化物層にTiより価数が高い元素(Sb,Nb,Ta,W,In,V,Cr,Mn,Mo等)をドープして、酸化チタンの電子導電性を高めることも
できる。
【0051】
(第2のアノード層)
第2のアノード層は、本発明に係るアノード拡散層における高導電性物質が固着された部分である。
【0052】
シート状のチタン多孔体に固着される高導電性物質は、水電解における高電位(1.5V以上)でも安定であり、十分な電子伝導性を有する物質であればよい。なお、高導電性物質は、結晶に限定されず、非晶質であってよく、結晶と非晶質の混合体であってもよい。
【0053】
高導電性物質として、好適には、Au,Pt,Ru,Ir,Pd,Rh,Os等の貴金属、及びこれらの貴金属を含む合金が挙げられる。これらの中でも、高電位における安定性と電子伝導性に優れる点でAu,Pt及びIr、またはこれらを含む合金が好ましい。
なお、「貴金属を含む合金」とは「上記の貴金属のみからなる合金」と、「上記の貴金属とそれ以外の金属からなる合金で上記の貴金属を50質量%以上含む合金」を含む。
【0054】
また、高導電性物質は、水電解に対する触媒活性を有する貴金属またはその合金であることが好ましい。
高導電性物質が水電解に対する触媒活性を有すると、第2のアノード層(高導電性物質固着部分)は、接触抵抗、導電性改善と共に、アノード電極反応(水の電気分解)に寄与する。すなわち、本発明のアノード構造では、上述した第1のアノード層(アノード触媒粒子)と、アノード拡散層における第2のアノード層(チタン多孔体に固着された高導電性物質)の二つの反応場を有するため、電極性能が向上する。
【0055】
水電解に対する触媒活性を有する高導電性物質として、好ましくはイリジウム又はイリジウム合金である。イリジウム合金におけるIr以外の金属は、目的とする触媒活性を有する限り、特に制限されない。
【0056】
シート状のチタン多孔体に固着される高導電性物質の形状は特に制限されない。典型的には粒子状、ネットワーク状及び膜状の高導電性物質が挙げられる。
【0057】
「粒子状の高導電性物質」には、球形、楕円形、多面体、コアシェル構造等が含まれる。粒子状の高導電性物質の大きさは、平均粒子径として10nm以下であり、好ましくは0.5nm~5nm、より好ましくは2~3nmである。
なお、本発明における「粒子状の高導電性物質の平均粒径」は、電子顕微鏡像より調べられる粒子状の高導電性物質(20個)の粒子径の平均値により得ることができる。電子顕微鏡像による平均粒径算出時は、微粒子の形状が、球形以外の場合は、粒子における最大長を示す方向の長さをその粒径とする。
【0058】
また、「ネットワーク状の高導電性物質」とは、チタン多孔体に固着された高導電性物質が連続的につながっているがチタン多孔体の露出面がある状態であり、「膜状の高導電性物質」とはチタン多孔体に固着された高導電性物質が薄膜を形成した状態を意味する。
ネットワーク状や膜状の高導電性物質であると、高導電性物質が連続しているため、アノード拡散層の導電性を向上する利点がある。
【0059】
高導電性物質がネットワーク状又は膜状である場合には、厚さ2~50nmであることが好ましい。なお、ネットワーク状又は膜状の高導電性物質の厚さは、例えば、ネットワーク状又は膜状の高導電性物質の断面(5点平均)を、電子顕微鏡像で調べることができる。
【0060】
高導電性物質の固着量は、高導電性物質の種類、担体であるシート状のチタン多孔体の大きさ(厚み)等の条件を考慮して適宜決定される。なお、高導電性物質の固着量は、例えば、誘導結合プラズマ発光分析(ICP)によって調べることができる。
【0061】
第2のアノード層の厚みは、本発明の目的を損なわない範囲であればよい。シート状のチタン多孔体の種類、空隙率、固着される高導電性物質の種類や量、固着方法にもよるが、シート状のチタン多孔体全体の厚みを100%としたときに、第2のアノード層の厚みは、例えば、50%以下、30%以下、10%以下である。
【0062】
高導電性物質をチタン多孔体に固着させる方法としては、本発明の目的を損なわない限り制限はなく、スパッタリング、蒸着法等挙げられるが、特にアークプラズマ蒸着法が好ましい。
シート状のチタン多孔体の表面には抵抗の大きい酸化被膜が形成されている場合があるが、アークプラズマ蒸着の際にプラズマにより酸化膜を貫通し、酸化膜が残存した状態であってもチタンに直接高導電性物質を固着させることができるため、導電性が向上する。
【0063】
図3にアークプラズマ蒸着装置の概念図を示す。アークプラズマ蒸着装置の動作原理を簡単に説明すると、トリガー電極より沿面放電により電子を発生させてトリガーをかけ、外部のコンデンサに充填させた電荷を一気にカソード電極に放電させて、ターゲットをプラズマにして被固着対象物に飛来・付着(固着)させる。この充放電の繰り返し動作のため、被固着対象物への蒸着粒子の付着は間欠的に行われる。
アークプラズマ蒸着法では、電子の発生にガスを用いず、超高真空環境を保つことができ、プラズマのイオン化率が高く、ターゲットを構成する原材料と同様の組成の蒸着粒子を被固着対象物に密着性よく固着することができる。
【0064】
アークプラズマ蒸着装置としては、市販の装置を使用することができ、例えば、実施例で使用したアークプラズマ成膜装置を挙げることができる。
【0065】
ターゲットは、上述した高導電性物質の構成原料からなり、アークプラズマ蒸着法に適した形状(例えば、ペレット状)に加工して使用される。
【0066】
(多孔質輸送層)
本発明に係るアノード拡散層における多孔質輸送層(PTL)は、シート状のチタン多孔体における高導電性物質が固着されていない部分である。
多孔質輸送層(PTL)は実質的に、上述したシート状のチタン多孔体そのものであるため、詳細な説明は割愛する。
【0067】
<2.水電解セル>
本発明の水電解セルは、固体電解質膜と、前記固体電解質膜の一方面に配置されたアノードと、前記固体電解質膜の他方面に配置されたカソードと、を有し、前記アノードが、上述した本発明のアノード構造を有する。
【0068】
本発明の水電解セル(単セル)における発明のアノード構造以外の構成要素について説明するが、本発明のアノード構造以外の構成要素は、公知の水電解セル(単セル)と同様であるため、詳細な説明を省略し、簡略に説明する。
【0069】
本発明の水電解セルの固体電解質膜としては、公知のプロトン伝導性の固体高分子電解質膜を用いることができる。
【0070】
固体高分子電解質膜を構成する電解質材料としては、PEM水電解用セルの運転条件で分解が起こらないものを使用すればよく、PEM水電解用セルの電解質材料として従来公知の材料が使用され、例えば、フッ素系電解質材料、炭化水素系電解質材料が挙げられる。特にフッ素系電解質材料で形成されている電解質膜が、耐熱性、化学的安定性などに優れているため好ましい。具体的には、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)などが好適例として挙げられる。
炭化水素系高分子電解質材料としては、例えば、ポリスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアリールエーテルケトンスルホン酸、ポリフェニルスルホン酸、ポリベンズイミダゾールスルホン酸、ポリベンズイミダゾールホスホン酸、ポリイミドスルホン酸等のポリマーや、これらにアルキル基等の側鎖を有するポリマー等が挙げられる。
【0071】
また、固体電解質膜として、無機系プロトン伝導体であるリン酸塩、硫酸塩などからなる電解質膜を使用することもできる。
【0072】
また、固体電解質膜として、OHイオンを伝導するアニオン交換膜を用いてもよい。アニオン交換膜は、例えば、アニオン交換基(例えば、4級アンモニウム基、ピリジニウム基)を有する炭化水素系の固体高分子膜(例えば、ポリスチレンやその変性体)が挙げられる。
【0073】
本発明の水電解セルのカソード(カソード触媒層及びカソード拡散層)は、水電解セルとして使用される従来公知のカソード触媒層、カソード拡散層を使用することができ、固体電解質膜の種類に応じて適宜選択することができる。
典型的にはカソード触媒層には、触媒である貴金属粒子を担持した炭素材料(グラファイト、カーボンブラック、活性炭等)と電解質材料が含まれる。また、カソード拡散層には導電性の炭素系シート状部材が挙げられ、好適には撥水処理が施されたカーボンクロス、カーボンペーパー、カーボン不織布等を用いることができる。
【0074】
本発明の水電解セルの使用方法には制限はないが、典型的には本発明の水電解セル(単セル)が性能に応じた基数だけ積層されたスタックが形成され、ガス供給装置、冷却装置などその他付随する装置を組み立てることにより使用される。
【実施例0075】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0076】
「実施例1」
実施例1のアノード構造を備えたPEM水電解セルは以下の手順で作製した。
【0077】
1.アノード拡散層の作製
1-1.多孔チタンシート及びNaOH処理
図3に実施例に係るアノード拡散層の作製プロセスを示す。
アノード拡散層の母体となる多孔Tiシートとして、株式会社日工テクノ製の金属チタン繊維集合体シート(製品名:ST/Ti/10/270/70)を使用した。当該多孔Tiシートは、約10×10μmの四角型の断面を有するチタンマイクロファイバーで構成されており、厚さ200μm、空隙率70%である。
【0078】
多孔Tiシートは比表面積を大きくするためのNaOHによるアルカリ表面処理を行った。まず、所定の大きさにカットした多孔Tiシートを、60℃に保持した1MのNaOH水溶液中で1時間攪拌した。次いで、NaOH処理後、0.01MのHNO3水溶液中で30分、純水中で10分間それぞれ超音波洗浄した。洗浄後の多孔Tiシートを5%H2-N2雰囲気で400℃、30分の条件で熱処理を行った。
NaOH処理前後の多孔Tiシートの比表面積を評価したところ、処理前1.0m2・g-1、処理後1.7m2・g-1であった。NaOH処理前後の多孔Tiシートの表面を電子顕微鏡観察したところ、表面がエッチングされ、酸化チタンからなるナノチューブが形成されていることが確認された。
【0079】
1-2.高導電性物質の固着
高導電性物質であるIrを多孔Tiシート上に固着するためアークプラズマ蒸着法を採用した。
NaOH処理により高表面積化された、上記処理後の多孔Tiシートの片面にアークプラズマ蒸着装置(Advanced RIKO, Inc., Japan、蒸着条件:放電周波数3Hz、放電電圧 -100V、キャパシタンス1080μF、真空圧10-3 Pa、室温)を用いて高導電性物質であるIrを多孔Tiシート上に固着(8000パルス)させることにより、アノード拡散層を作製した。
【0080】
得られたアノード拡散層を走査透過電子顕微鏡(STEM)で観察したところ、アークプラズマ蒸着を行った面に、多孔Tiシートを構成するTi繊維上に、20nm程度の厚みでIrが膜状で固着されていることが確認された。一方、アークプラズマ蒸着を行った面の反対面には、Ir微粒子は確認されなかった。この結果から、多孔Tiシートの約50μmまでIr微粒子が固着され(第2のアノード層)、それ以外の部分はIr未固着の多孔Ti繊維集合体(多孔質輸送層)であると判断した。
【0081】
また、アークプラズマ蒸着法による多孔Tiシート上への単位電極面積当たりのIr固着量は、検量線を用いて算出した。この検量線は多孔Tiシートの代わりにカーボンペーパー上にアークプラズマ蒸着法でIrを固着させた後、酸化雰囲気中でTG測定を行うことでカーボンペーパーを酸化除去しながら単位面積、単位パルス数当たりのIrの固着量を測定することで作成した。検量線から算出される1000パルス当たりのイリジウムの固着量は0.043mg/cm2であったことから、アノード拡散層におけるIr固着量を0.344mg/cm2とした。
【0082】
2.PEM水電解セルの作成
実施例1のアノード構造を備えたPEM水電解セル(膜電極接合体(MEA))は以下の手順で行った。
【0083】
(固体電解質膜)
固体電解質膜としてナフィオン膜(デュポン社製、ナフィオン212 厚さ51μm)を使用した。
【0084】
(アノード)
IrO粒子(株式会社 徳力本店、品番:酸化イリジウム(IV)TYPEII、粒径50~300nm)を、ナフィオン溶液を含む所定の有機溶媒に分散させて、第1のアノード層形成用の分散溶液を調合した。IrO粒子に対するNafionの添加比率は15wt%とした。
得られた分散溶液をナフィオン膜上にスプレー印刷して、所定の厚みのアノード層をナフィオン膜上に作製した。なお、第1のアノード層の形成において、IrO粒子量が0.1mg/cm2になるように調製した。
【0085】
次いで、作製した第1のアノード層の上に、アノード拡散層として、実施例1のIr固着多孔Tiシート(第2のアノード層/物質輸送層一体シート)を、Ir固着側(第2のアノード層が形成された面)が当接するように配置した。
【0086】
(カソード)
また、標準触媒である46wt%Pt/C(田中貴金属工業株式会社、TEC10E50E)を、ナフィオン溶液を含む所定の有機溶媒に分散させて、カソード触媒層形成用の分散溶液を調合した。得られた分散溶液をナフィオン膜上にスプレー印刷して、所定の厚みのカソード触媒層をナフィオン膜上に作製した。なお、カソード触媒層の形成において、Pt量が0.5mg/cm2になるように調製した。
次いで、カソード触媒層の上には、カソード拡散層として撥水性カーボンペーパー(ElectroChem Inc.製、型番:EC-TP1-060T)を配置した。
【0087】
固体電解質膜にアノード及びカソードを形成した後に、140℃、0.3MPaで180秒間ホットプレスしてそれぞれを圧着することによって、目的とするアノード構造(第1のアノード層及び第2のアノード層を有するアノード拡散層)を備えた、実施例1のPEM水電解セルを得た。
【0088】
「比較例1」
アノード層は、実施例1の第1のアノード層と同様(IrO粒子量:0.1mg/cm2)に形成し、アノード拡散層に上述の第2のアノード層を有するアノード拡散層(実施例1参照)を使用せず、Pt被覆多孔Tiシート(株式会社 日工テクノ,製品名 ST/Ti/10/270/70 Ptめっき1μm,Pt量:9mg/cm2)を使用した以外は実施例1と同様にして、比較例1のPEM水電解セルを得た。
【0089】
「比較例2」
アノード層のIrO粒子量を0.5mg/cm2にした以外は、比較例1と同様にして、比較例2のPEM水電解セルを得た。
【0090】
「比較例3」
アノード層(IrO粒子及びナフィオン)を形成せず、上述のアノード拡散層(Ir固着多孔Tiシート、実施例1参照)のIr固着面を直接固体電解質膜に配置、圧着して作製した以外は実施例1と同様にして、比較例2のPEM水電解セルを得た。なお、比較例3のPEM水電解セルにおいては「アノード拡散層(Ir固着多孔Tiシート)」自体がアノードとして機能する。
【0091】
実施例1及び比較例1~3のPEM水電解セル(単セル)の構成をまとめて示す。
「固体電解質膜」
ナフィオン膜(デュポン社製、ナフィオン212 厚さ51μm)
「アノード」
・第1のアノード層:IrO粒子及びナフィオン
IrO量:0.1mg/cm2(実施例1、比較例1)
IrO量:0.5mg/cm2(比較例2)
なし(比較例3)
・アノード拡散層: Ir固着多孔Tiシート(実施例1、比較例3)
Pt被覆多孔Tiシート(比較例1、2)
「カソード」
・カソード触媒層: Pt/C 触媒(実施例1及び比較例1~3)
・カソード拡散層: 炭素繊維系ガス拡散層(実施例1及び比較例1~3)
【0092】
<電気化学的評価(単セル、初期性能評価)>
実施例1及び比較例1~3のPEM水電解セル(単セル)の電気化学的評価(IV特性評価)を行った。
【0093】
実施例1及び比較例1~3のPEM水電解セルを組み込んだ単セル発電評価用治具(自作)をセル温度が80℃になるように設定した恒温槽内に設置し、以下の条件で電気化学的評価を行った。
(アノード条件)
電極面積:1cm2
純水供給速度 :20mL/min
(カソード条件)
電極面積:1cm2
純水供給速度 :20mL/min
【0094】
図5に、実施例1及び比較例1~3のPEM水電解セルのIV特性を示す。
図5の通り、IV特性において、実施例1のアノード構造(第1のアノード層:IrO粒子、アノード拡散層:Ir固着多孔Tiシート)を有するPEM水電解セルは、比較例1,3のPEM水電解セルより所定の電圧値において高い電流密度を示し,電解性能が高く、比較例2と同程度の性能を示した。
【0095】
IV特性を更に詳細に分析するために、インピーダンス測定によりアノード過電圧をオーミック過電圧、活性化過電圧を分離した。図6図7に実施例1及び比較例1~3のオーミック過電圧、活性化過電圧をそれぞれ示す。
【0096】
図6から、実施例1及び比較例1、2はオーミック過電圧が同程度であったのに対し、比較例3はオーミック過電圧が高いことがわかる。この結果から、第1のアノード層としてIrO粒子とナフィオンが、電子とプロトンの混合導電体となりアノード拡散層へのプロトン輸送抵抗が低減したものと判断した。
【0097】
また、図7から、実施例1のアノード構造を有する実施例1の水電解セルは、それぞれを単独利用した比較例1~3の水電解セル(比較例1,2:IrO粒子、比較例3:Ir固着多孔Tiシート)の際の活性化電圧よりも低い値を示した。この結果から、実施例1の水電解セルにおいて、第1のアノード層を構成するIrO粒子のみならず、アノード拡散層を構成するIr固着多孔TiシートにおけるIr固着部分(第2のアノード層)が電極触媒として有効に利用されていると判断した。
【0098】
以上の通り、実施例1のアノード構造(総イリジウム固着量(IrO粒子及びIrの合計)0.444mg/cm2)を有する実施例1の水電解セルは、多量の貴金属を使用する従来型の比較例3(0.5mg/cm2のIrO2(触媒層)及び9mg/cm2のPt(Pt被覆多孔チタンシート))とほぼ同等のIV特性を示した。すなわち、実施例1のアノード構造とすることによって、PEM水電解セルにおける貴金属(Ir及びPt)の使用量を大幅に減らすことが可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明によれば、貴金属使用量を低減できる水電解用セルの低コストでの生産が可能となり、余剰が電力を水素にして蓄えるシステムの中核となる水電解システムの高コストの問題を解決し得るため、産業的に有望である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7