(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067658
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】細胞シートを培養基材から剥離する方法及び細胞シートの作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240510BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C12N5/071
C12M3/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177899
(22)【出願日】2022-11-07
(71)【出願人】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100177714
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 昌平
(72)【発明者】
【氏名】柳原 正志
(72)【発明者】
【氏名】濱野 公一
(72)【発明者】
【氏名】上野 耕司
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA08
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC08
4B029GA01
4B029GA03
4B065AA90X
4B065AA93X
4B065BD25
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、細胞シートの収縮を抑制でき、かつ細胞シートに含まれる細胞の生細胞数の低減を抑制可能な細胞シートの剥離方法を提供することにある。
【解決手段】細胞培養基材に接着した細胞シートを、前記細胞培養基材から剥離する方法であって、前記細胞シートにミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加する工程を含有することを特徴とする、前記細胞シートを前記培養基材から剥離する方法を提供する。ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤が、Rho関連タンパク質キナーゼ(ROCK)阻害剤、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)阻害剤、又はプロテインキナーゼC(PKC)阻害剤であることが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養基材に接着した細胞シートを、前記細胞培養基材から剥離する方法であって、前記細胞シートにミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加する工程を含有することを特徴とする、前記細胞シートを前記培養基材から剥離する方法。
【請求項2】
ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤が、Rho関連タンパク質キナーゼ(ROCK)阻害剤、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)阻害剤、又はプロテインキナーゼC(PKC)阻害剤であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ROCK阻害剤が、N-(4-ピリジニル)-4β-[(R)-1-アミノエチル]シクロヘキサン-1α-カルボアミド(Y-27632)又はファスジル(HA1077)であり、MLCK阻害剤が1-[(5-クロロ-1-ナフタレニル)スルホニル]ヘキサヒドロ-1H-1,4-ジアゼピン・塩酸塩(ML-9)であり、PKC阻害剤がビスインドリルマレイミドIであることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤と共にIV型コラーゲン又はフィブロネクチンを分解する酵素を添加することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
(a)細胞培養基材内で細胞を培養し、前記細胞培養基材に接着した細胞シートを作製する工程;
(b)前記工程(a)で作製した前記細胞シートにミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加する工程;
(c)前記細胞シートを前記細胞培養基材から剥離する工程;
の工程(a)~(c)を備えた、細胞シートの作製方法。
【請求項6】
ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤が、Rho関連タンパク質キナーゼ(ROCK)阻害剤、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)阻害剤、又はプロテインキナーゼC(PKC)阻害剤であることを特徴とする、請求項5に記載の細胞シートの作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞シートを培養基材から剥離する方法や、細胞シートの作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療の分野において移植等に使用される細胞シートは、培養液を満たした培養皿の底に培養対象細胞を付着させて培養し、所定の大きさになるまで成長させる。そして、適切な大きさまで細胞シートを培養及び成長させた後、培養液に剥離剤を加え、ピンセットなどを使って培養皿から細胞シートを剥離して取り出してから移植に利用するのが一般的である。この細胞シートを剥離する際には、剥離用酵素としてディスパーゼ(Dispase)を添加する方法が広く行われている(特許文献1、2参照)。ところが、細胞シートの凝集などが起こらないように慎重に培養皿から剥離しようと試みても剥離後に細胞シートが縮むことや、細胞シート中の細胞の生細胞数が低減してしまうことが多い。
【0003】
細胞シートを剥離する他の方法として、細胞シートの表面にローラの回転軸を囲むローラ面を当接させて、そのローラ面を回転軸の回りに回転させることで細胞シートを剥離する方法(特許文献3参照)や、細胞培養容器に刺激応答性ポリマーを含む刺激応答性層を形成し、刺激を与えることで細胞シートを剥がす方法(特許文献4参照)が開示されている。
【0004】
ところで、Rho関連タンパク質キナーゼ(Rho-associated protein kinase:ROCK)阻害剤は、細胞の増殖の促進や(特許文献5参照)、細胞シート作製時の細胞シートの剥離抑制や(非特許文献1参照)、均一な細胞シート形成や(特許文献6参照)、角膜上皮前駆細胞への分化誘導(特許文献7参照)として用いられることが開示されている。一方で、再生医療の分野において移植等に用いるための細胞シートを作製する場合には、細胞シートを培養基材から剥がす前に、培地を除去して洗浄するのが一般的であった。そのため、剥がす段階でROCKキナーゼを添加することは行われていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2022-8269号公報
【特許文献2】特開2019-38号公報
【特許文献3】特開2019-201610号公報
【特許文献4】特開2019-24349号公報
【特許文献5】特開2010-46058号公報
【特許文献6】国際公開第2015/068505号パンフレット
【特許文献7】国際公開第2016/114285号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nakamura K, et al., J Periodontal Research, 2014;49: 363-370
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
細胞シートを培養基材から剥がす際には、細胞シートが収縮若しくは凝集することや、細胞シートに含まれる細胞の生細胞数が低減することがあるという問題があった。そこで、本発明の課題は、細胞シートの収縮を抑制でき、かつ細胞シートに含まれる細胞の生細胞数の低減を抑制可能な細胞シートの剥離方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく移植手術などに使用する細胞シートを剥離する方法について鋭意検討を行った。その結果、ROCK阻害剤、MLCK阻害剤、PKC阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤で細胞シートを処理して培養基材から剥離することで、剥離された細胞シートの収縮や凝集が抑制できることや、剥離された細胞シートに含まれる細胞の生存率が高いことを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕細胞培養基材に接着した細胞シートを、前記細胞培養基材から剥離する方法であって、前記細胞シートにミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加する工程を含有することを特徴とする、前記細胞シートを前記培養基材から剥離する方法。
〔2〕ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤が、Rho関連タンパク質キナーゼ(ROCK)阻害剤、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)阻害剤、又はプロテインキナーゼC(PKC)阻害剤であることを特徴とする、上記〔1〕に記載の方法。
〔3〕ROCK阻害剤が、N-(4-ピリジニル)-4β-[(R)-1-アミノエチル]シクロヘキサン-1α-カルボアミド(Y-27632)又はファスジル(HA1077)であり、MLCK阻害剤が1-[(5-クロロ-1-ナフタレニル)スルホニル]ヘキサヒドロ-1H-1,4-ジアゼピン・塩酸塩(ML-9)であり、PKC阻害剤がビスインドリルマレイミドIであることを特徴とする、上記〔2〕に記載の方法。
〔4〕ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤と共にIV型コラーゲン又はフィブロネクチンを分解する酵素を添加することを特徴とする、上記〔1〕に記載の方法。
〔5〕(a)細胞培養基材内で細胞を培養し、前記細胞培養基材に接着した細胞シートを作製する工程;
(b)前記工程(a)で作製した前記細胞シートにミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加する工程;
(c)前記細胞シートを前記細胞培養基材から剥離する工程;
の工程(a)~(c)を備えた、細胞シートの作製方法。
〔6〕ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤が、Rho関連タンパク質キナーゼ(ROCK)阻害剤、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)阻害剤、又はプロテインキナーゼC(PKC)阻害剤であることを特徴とする、上記〔5〕に記載の細胞シートの作製方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の細胞シートの作製方法により、細胞シートを培養基材から剥離しても、細胞シートの収縮や凝集を抑制できるとともに、細胞シートを構成する細胞の細胞死を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1において、ディスパーゼと共にY-27632、Fasudil、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X)、ブレビスタチン、又はML-9を所定の濃度となるように積層細胞シートに添加して反応させ、その後洗浄及び必要に応じてピペッティングによって積層細胞シートを培養基材から剥離し、その直後の培養基材からPBSを除去した状態の積層細胞シートの写真である。
【
図2】実施例2において、ディスパーゼと共にY-27632を所定の濃度となるように積層細胞シートに添加して反応させ、その後洗浄及び必要に応じてピペッティングによって積層細胞シートを培養基材から剥離した場合の生細胞数を求め、剥離していない積層細胞シートの生細胞数を1とした相対比から算出した細胞生存率を示す図である。
【
図3】実施例2において、ディスパーゼと共にY-27632を積層細胞シートに添加して反応させ、その後洗浄及び必要に応じてピペッティングによって積層細胞シートを培養基材から剥離した場合における、積層細胞シートの細胞膜の損傷を調べた結果を示す図である。比較対象として、剥離していない剥離直前の接着した積層細胞シートや、剥離時にY-27632投与なしの条件で同様に細胞膜の損傷解析を行った。
【
図4】実施例2において、ディスパーゼと共にY-27632を積層細胞シートに添加して反応させ、その後洗浄及び必要に応じてピペッティングによって積層細胞シートを培養基材から剥離し、新たな培養基材に接着させた後に培養液を加えて培養した。培養24時間後の生細胞数を求め、剥離していない細胞シートの生細胞数を1とした相対比から算出した細胞生存率(Cell viability)、及び培養24時間に細胞から培養上清中に分泌若しくは漏出したVEGF量を調べた結果を示す図である。比較対象として、剥離していない積層細胞シート(Attached cell sheets)や、剥離時にY-27632投与なしの条件で同様に細胞生存率及び培養上清中のVEGF量を調べた。
【
図5】実施例3において、ディスパーゼと共にY-27632を積層細胞シートに添加して反応させ、その後洗浄によって積層細胞シートを培養基材から剥離した場合における、剥離直後及び室温で1.5時間経過後の積層細胞シートの写真である。上段は積層細胞シート作製段階においてAH5培地を用いた場合、下段は積層細胞シート作製においてAH5培地にY-27632を加えた培地を用いた場合である。比較対象として、剥離時にY-27632投与なしの条件で同様に処理した。
【
図6】実施例4において、Y-27632を所定の濃度となるように積層細胞シートに添加して反応させ、その後洗浄及びマイクロチップを用いて積層細胞シートを培養基材から剥離した場合における、積層細胞シートの写真である。
【
図7】実施例4において、温度応答性培養皿を用いて積層細胞シートを作製し、Y-27632、Fasudil、ビスインドリルマレイミドI、ブレビスタチン、又はML-9を所定の濃度となるように積層細胞シートに添加して反応させ、その後洗浄及び加温により積層細胞シートを培養基材から剥離した場合における、積層細胞シートの写真である。
【
図8】実施例5において、ディスパーゼと共にY-27632、Fasudil、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X)、ブレビスタチン、又はML-9を所定の濃度となるように積層細胞シートに添加して反応させ、その後洗浄によってヒトの線維芽細胞シートを培養基材から洗浄及び必要に応じてピペッティングにより剥離し、その直後の培養基材からPBSを除去した状態の積層細胞シートの写真である。Y-27632処理においては、ディスパーゼを添加せずにマイクロチップを利用したピペッティングによりヒトの線維芽細胞シートを培養基材から剥離(Tipで剥離)も行った(
図8下段左)。
【
図9】実施例6において、ディスパーゼと共にY-27632、Fasudil、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X)、ブレビスタチン、又はML-9を所定の濃度となるように積層細胞シートに添加して反応させ、その後洗浄によってヒトの幹細胞から作製した積層細胞シートを培養基材から洗浄及び必要に応じてピペッティングにより剥離し、その直後の培養基材からPBSを除去した状態の積層細胞シートの写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の細胞シートを培養基材から剥離する方法としては、細胞培養基材に接着した細胞シートを、前記細胞培養基材から剥離する方法であって、前記細胞シートにミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加して、前記細胞シートを前記培養基材から剥離する方法であれば特に制限されず、以下、「本件細胞シートの剥離方法」ともいう。また、本発明の細胞シートの作製方法は、(a)細胞培養基材内で細胞を培養し、前記細胞培養基材に接着した細胞シートを作製する工程;(b)前記工程(a)で作製した前記細胞シートにミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加する工程;(c)前記細胞シートを前記細胞培養基材から剥離する工程;の工程(a)~(c)を備えた、細胞シートの作製方法であれば特に制限されず、以下、「本件細胞シートの作製方法」ともいう。
【0013】
(細胞シート及び細胞)
本明細書において、「細胞シート」とは、細胞同士がシート状に結合した細胞の培養物を意味し、「積層細胞シート」とは、平均2以上の細胞、好ましくは平均3以上の細胞、より好ましくは平均4以上の細胞からなる縦層が観察される細胞シートを意味する。なお、上記「細胞同士がシート状に結合」とは、細胞同士が直接又は細胞由来の細胞外マトリックスを介してシート状に結合している状態や、細胞同士の全部又は一部がゼラチンハイドロゲル(Simon Young et al., Gelatin as a delivery vehicle for the controlled release of bioactive molecules. J Control Release. 2005 Dec 5;109(1-3):256-74.)、ハイドロゲル粒子等の人工的な細胞培養支持体を介して結合している状態を挙げることができる。
【0014】
(剥離処理)
本件細胞シートの剥離方法や本件細胞シートの作製方法において、細胞シートを培養基材からの剥離は、細胞シートにミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加する工程を経て行われる。上記ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤としては、細胞内において、ミオシンII調節軽鎖のリン酸化を抑制する剤であればよく、Rho関連タンパク質キナーゼ(Rho-associated coiled-coil forming kinase:ROCK)を阻害するROCK阻害剤、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)阻害剤、プロテインキナーゼC(PKC)阻害剤を挙げることができる。
【0015】
ここで、細胞にあるミオシンIIは2本ずつの重鎖(200kDa)、必須軽鎖(17kDa)、調節軽鎖(20kDa)の6つのサブユニットから構成されている。ミオシンII調節軽鎖のリン酸化は、ミオシンII調節軽鎖の二極性フィラメント形成に関与している。また、細胞の収縮は、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)によってミオシンII調節軽鎖の主に19番目のセリンがリン酸化されてミオシンIIのATPase活性が上昇することによりアクチンとミオシンの結合体であるアクトミオシンの張力が発生することによって生じる。さらに、上記ミオシンII調節軽鎖のリン酸化は、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)とミオシン軽鎖ホスファターゼ(MLCP)の活性の関与によって調整されている。このMLCPは上記ROCK阻害剤によって活性が抑制される(Lei Tan et al., Non-muscle Myosin II: Role in Microbial Infection and Its Potential as a Therapeutic Target, Frontiers in Microbiology March 2019 Volume 10 Article 401 1-11、高橋ら、生物物理46(1)、15-19(2006))
【0016】
上記Rho関連タンパク質キナーゼ(ROCK)阻害剤としては、N-(4-ピリジニル)-4β-[(R)-1-アミノエチル]シクロヘキサン-1α-カルボアミド(Y-27632)、5-(1-ホモピペラジニル)スルホニルイソキノリン塩酸塩(Fasudil(HA1077) HCl)、(2S)-2-メチル-1-[(4-メチル-5-イソキノリニル)スルホニル]ヘキサヒドロ-1H-1,4-ジアゼピン(H-1152)、4β-[(1R)-1-アミノエチル]-N-(4-ピリジル)ベンゼン-1ゼンカルボアミド(Wf-536)、(4-(1-アミノエチル)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)シクロヘキサン-1ロヘカルボアミド(Y-30141)、N-(3-{[2-(4-アミノ-1,2,5-オキサジアゾール-3-イル)-1-エチル-1H-イミダゾ[4,5-c]ピリジン-6-イル]オキシ}フェニル)-4-{[2-(4-モルホリニル)エチル]-オキシ}ベンズアミド(GSK269962A)、N-(6-フルオロ-1H-インダゾール-5-イル)-6-メチル-2-オキソ-4-[4-(トリフルオロメチル)フェニル]-3,4-ジヒドロ-1H-ピリジン-5-カルボキサミド(GSK429286A)若しくはこれらの塩を挙げることができる。
【0017】
上記ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)阻害剤としては、1-[(5-クロロ-1-ナフタレニル)スルホニル]ヘキサヒドロ-1H-1,4-ジアゼピン・塩酸塩(ML-9)、1-(5-ロドナフタレン-1-イル)-1,4-ジアゼパン・塩酸塩(ML-7)を挙げることができる。
【0018】
上記プロテインキナーゼC(PKC)阻害剤としては、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X)を挙げることができる。
【0019】
上記ミオシンII ATPase阻害剤としては、ミオシンIIのATPase活性を阻害する剤であればよく、3a-ヒドロキシ-6-メチル-1-フェニル-1H,2H,3H,3aH,4H-ピロロ[2,3-b]キノリン-4-オン(ブレビスタチン)、及びそのアナログである(パラ-ニトロブレビスタチン、(S)-ニトロ-ブレビスタチン、S-(-)-7-デスメチル-8-ニトロブレビスタチン等)、N-ベンジル-p-トルエンスルホンアミド(BTS)、又は2,3-ブタンジオンモノオキシム(BDM)を挙げることができる。
【0020】
本件細胞シートの剥離方法や本件細胞シートの作製方法において、細胞シートにミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加する工程としては、少なくとも細胞培養基材と細胞シートの間に上記ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤が入り込むように添加する工程であればよく、ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を細胞シートに直接添加する工程だけでなく、細胞シートを含む細胞培養基材内にミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加する工程も含まれる。
【0021】
ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤は、添加する阻害剤に応じて適宜調整可能であるが、細胞培養基材内の培養液において、例えば1~700μM、好ましくは5~500μM、7~300μM、より好ましくは10~100μMの濃度となるように添加する方法を挙げることができる。また、添加する際には、所定の培地やバッファーで希釈されたものを添加してもよい。
【0022】
ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加してからの処理時間としては特に制限されないが、5分~2時間、好ましくは10分~1時間を挙げることができる。また、上記ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を添加してからの処理時の温度としては、用いるミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤に応じて適宜調整可能であるが、たとえば20~40℃、好ましくは30~38℃、より好ましくは37℃を挙げることができる。
【0023】
細胞シートの培養基材からの剥離は、細胞シート状の構造が破損されないような方法で実施することができる。例えば、細胞シート又は培養基材を直接ピンセットなどによって摘み、培養基材表面と細胞シートを剥離させる方法、マイクロピペットを用いたピペッティングにより溶液をゆるやかに攪拌して細胞シートを培養基材表面から剥離する方法、マイクロピペットの先端を用いてたぐり寄せて細胞シートを培養基材表面から剥離する方法、あるいは培養基材自体をゆるやかに揺らす方法等、物理的な手法を用いてもよい。さらには、細胞シート上面に、PVDF膜、ニトロセルロース膜、CellShifterのような、細胞に親和性を有する細胞シート回収用支持体を被せて、細胞シートを膜に移し取ることによって細胞シートを剥離し、回収することもできる。
【0024】
また、ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤と共に、細胞の剥離に用いられる酵素、特に基底膜を構成するIV型コラーゲンやフィブロネクチンを分解する酵素を添加してもよい。前記酵素としては、ディスパーゼ、IV型コラゲナーゼ、トリプシン、アキュターゼ(登録商標)、トリプル(サーモフィッシャーテクノロジー)等を挙げることができる。これらの酵素を用いることで細胞シート回収用支持体を用いることなく、ピペッティングなどの簡易な溶液のゆるやかな攪拌等により剥離することが可能となる。さらに、後述する温度応答性材料が被覆された培養基材を用い、所定の温度条件下で剥離してもよい。
【0025】
ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤と共にディスパーゼ等の細胞の剥離に用いられる酵素を用いる場合の前記酵素の添加は、ディスパーゼを用いる場合を例に挙げると、細胞培養基材内の培養液において、例えば0.1~100PU/mL、好ましくは1~50PU/mL、より好ましくは5~20PU/mLとなるようにPBS等で希釈して添加する方法を挙げることができる。なお、上記「PU」は、カゼインを基質に用い、1分間に1μgのチロシンを遊離する酵素活性を意味する。
【0026】
ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤と共にディスパーゼ等の細胞の剥離に用いられる酵素を添加するとは、ミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤とディスパーゼ等の細胞の剥離に用いられる酵素を同時に添加する場合に限らず、いずれか一方を先に添加して、他方をその後添加して所定の条件下で処理してもよく、いずれか一方を先に添加して所定の条件下で処理し、他方をその後添加して所定の条件下で処理してもよい。
【0027】
また、細胞シートを培養基材から剥がした後に乾燥させてもよい。乾燥する方法は、細胞シート中の水分が減少する方法であれば特に制限されないが、風乾(送風乾燥)、加温送風乾燥、化学乾燥、真空乾燥、凍結乾燥(真空凍結乾燥)、を挙げることができる。
【0028】
(細胞シートの培養)
本明細書において、上記細胞シートを構成する細胞としては、線維芽細胞、間葉系幹細胞、多能性幹細胞、筋芽細胞、末梢血単核球、角膜上皮細胞、網膜細胞、心筋細胞、臍帯静脈内皮細胞、動脈内皮細胞等の血管内皮細胞、グリア細胞、平滑筋細胞、軟骨細胞及び滑膜細胞から選択される1又は2種以上の細胞を挙げることができ、線維芽細胞又は間葉系幹細胞を好適に挙げることができる。また、上記細胞にはフィーダー細胞を含んでもよい。なお、上記線維芽細胞の単離法については、例えば、国際公開第2016/068217号パンフレットに記載の方法を挙げることができるがこれに限定されるものではなく、当該技術分野において線維芽細胞画分として通常調製される条件により取得した細胞群であればよい。
【0029】
上記細胞の由来としては、ヒト、マウス、ブタ、ウシ、イヌ、ネコ、サルを挙げることができ、ヒト由来の細胞であることが好ましい。
【0030】
本明細書において、細胞培養基材内で細胞を培養して細胞シートを作製するにあたって、細胞培養基材上へ播種する細胞の密度については、1.0×105~2.5×106個/cm2を挙げることができ、好ましくは、1.5×105~1.0×106個/cm2、より好ましくは、2.0×105~8.0×105個/cm2を挙げることができる。上記播種密度が1.0×105未満であれば細胞シートが薄く、扱いが困難である。一方、上記播種密度が2.5×106個/cm2より高いとを細胞シートの作製に培地交換などが必要など、手間がかかる。
【0031】
本明細書において、培養基材上へ細胞を培養する際の細胞の播種については、上記播種密度の細胞を一度に播種しても、複数回に分けて播種してもよい。複数回に分けて播種する場合における、1回当たりの播種する細胞数は目的とする播種密度に応じて適宜調整可能である。また、複数回に分けて播種する場合における、播種する間隔は20時間以上間隔をあけることが好ましく、24時間~48時間間隔をあけて播種してもよい。
【0032】
上記細胞シートは、積層細胞シートであってもよい。前記積層細胞シートの厚さとしては、好ましくは15μm以上、20μm以上、30~100μm、40~80μm、又は50~70μmであってもよい。また上記細胞シートの積層数、すなわち積層細胞シートの縦層を構成する細胞数としては、4層以上、好ましくは4~10層、より好ましくは5~7層を挙げることができる。
【0033】
本明細書において、播種した細胞の培養時間としては、所望の細胞シートが形成されるために必要な時間であれば特に限定されるものではないが、状態の良好な細胞シートを製造する為には、細胞播種時にほぼコンフルエントな状態であることが好ましい。例えば、0.5~12日であってもよく、好ましくは、0.8~7日、より好ましくは、1.0~5日、さらに好ましくは2~4日である。
【0034】
細胞の培養温度としては、細胞シートの形成が可能であれば、いかなる温度で行ってもよく、培養する細胞に適した、当該技術分野において通常実施される条件等で行うことができる。例えば、30~40℃、好ましくは36~38℃である。
【0035】
細胞を培養する際の二酸化炭素(CO2)濃度としては、細胞シートの形成が可能であれば、いかなる濃度で行ってもよく、用いられる培養する細胞に適した、当該技術分野において通常実施される条件等で行うことができる。例えば、0~10%、好ましくは4~6%である。
【0036】
細胞を培養する際の酸素(O2)濃度としては、細胞シートの形成が可能であれば、いかなる濃度で行ってもよく、培養するに適した、当該技術分野において通常実施される条件等で行うことができる。例えば、大気酸素濃度(通常酸素濃度:およそ20%)である。なお、大気酸素濃度で培養後、低酸素(hypoxia)濃度(2%)で培養してもよく、かかる低酸素濃度による培養によりVEGF等の成長因子の分泌量を増加させることが可能となる。
【0037】
(培養基材)
本明細書における「細胞培養基材」とは細胞がその表面上で細胞シートを作製可能なものであればいかなるものであってもよい。具体的には、細胞が接着し得るような平坦な部分を具備し、典型的には、マルチウエルプレート、デッシュ、ペトリデッシュ、マルチデッシュ、フラスコ、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルを挙げることができる。市販される24-ウェルプレートなどの培養用マルチウエルプレートなどが使用可能である。細胞培養基材の材質としては、例えば、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート等のプラスチック、ガラス、シリコン樹脂、アクリル樹脂等の樹脂を挙げることができる。
【0038】
また、「細胞培養基材」には、温度応答性材料が被覆されていてもよい。上記温度応答性材料としては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-エチルアクリルアミドやN-イソプロピルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミドなどのN-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、N,N-ジエチルアクリルアミドやN,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチルアクリルアミドなどのN,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピロリジンや1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピペリジン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-プロペニル)-モルホリン、4-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-モルホリンなどの環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体等を挙げることができる。
【0039】
さらに、「細胞培養基材」の培養表面上には、細胞接着性成分/又は細胞接着阻害性成分が存在していてもよい。細胞接着性成分としては、細胞培養技術において、培養表面に細胞を接着させるために通常使用される成分であればいかなるものでもよく、例えば、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、カドヘリン、ゼラチン、フィブリノゲン、フィブリン、ポリLリジン、ヒアルロン酸、多血小板血漿、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。細胞接着阻害性成分も、細胞培養技術において、培養表面への細胞の接着を阻害させるために通常使用される成分であればいかなるものでもよく、例えば、アルブミンやグロブリンなどが挙げられる。これらの成分で細胞培養基材の培養表面上を被覆する場合、各成分によって、培養表面を被覆するために使用する溶液の濃度が異なるため、予備的な実験等、当業者であれば容易に検討できる方法によって、各成分の被覆のために適当な溶液濃度を決定することができる。
【0040】
(培地)
本明細書において、細胞を培養して細胞シートを得る工程に用いられる培地は、培養する細胞の由来や培養条件に適した培地を適宜選択して使用することができる。例えば、一般的に使用可能な培地として、ヒト正常線維芽細胞増殖用合成培地(HFDM-1)、CTSTMAIM-V(登録商標)、最小必須培地(MEM)、最小必須培地アルファ(MEM-Alpha)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、Ham’s F-12、イーグル最小必須培地(EMEM)、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)、RPMI-1640、Neurobasal、ヒト平滑筋細胞増殖培地(hSMS-GM)等を挙げることができ、HFDM-1、CTSTMAIM-V(登録商標)あるいはHFDM-1とCTSTMAIM-V(登録商標)の混合培地を好ましく挙げることができる。これらの培地は市販のものを購入して使用してもよい。また、これらの培地は単独で用いても、また、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。さらに、上記培地中にミオシンII調節軽鎖のキナーゼ阻害剤、又はミオシンII ATPase阻害剤を1~100μM、好ましくは5~80μM、より好ましくは7~50Mの濃度となるように添加してもよい。
【0041】
さらに、培地に対し、必要に応じて適当な添加物を添加して使用してもよい。添加物としては、例えば、L型アミノ酸類(例えば、L-アルギニン、L-シスチン、L-グルタミン、グリシン、L-ヒスチジン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-セリン、L-トリオニン、L-トリプトファン、L-チロシンなど)、ビタミン類(例えば、葉酸、リボフラビン、チアミン、アスコルビン酸など)、D-グルコース、ヒト血清、ウシ胎児血清(FBS)、ウマ血清などの動物血清などを含んでもよい。また、緩衝剤(例えば、PBS、HEPES、MES、HANK’Sなど)を適宜培地に添加してもよい。さらに、培養する細胞の由来や目的等に応じて、適宜、トランスフォーミング成長因子(TGF)-β1、血小板由来増殖因子(PDGF)-BB、塩基性線維芽細胞増殖因子/線維芽細胞増殖因子2(basic FGF(bFGF)/FGF-2)、上皮成長因子(EGF)、インスリン、インスリン様成長因子(IGF-1)、肝細胞増殖因子(HGF)等の成長因子などを添加してもよい。特に、細胞シートを積層化する観点からは、EGF又はbFGF等の増殖因子及びアスコルビン酸を含むことが好ましい。ヒト由来の細胞、例えば線維芽細胞又は間葉系幹細胞を培養する場合においては、当該細胞を採取した被験者より血液を採血し、該血液から血清を調製し、これを含有させてもよい。
【0042】
たとえば、線維芽細胞を培養して細胞シートに用いる培地としては、線維芽細胞用培地であるHFDM-1(+)に血清を加えた血清含有HFDM培地や、HFDM-1(+)とCTSTMAIM-V培地に血清を加えた血清含有AIM/HFDM培地を挙げることができる。なお、CTSTMAIM-V培地には、ゲンタマイシン10μg/ml、ストレプトマイシン50μg/ml及びL-グルタミンを含んでいる。
【0043】
また、培地に血清を含有する場合には、その含有量を0.5~12%、好ましくは1~10%とすることができる。
【実施例0044】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの
例示に限定されるものではない。
【0045】
[実施例1]細胞シートの収縮抑制
24ウェルプレート(ポリスチレン)の培養基材(2cm2/ウェル、3820-024、AGCテクノグラス製)を準備し、等量のヒト正常線維芽細胞増殖用合成培地(HFDM-1)及び、ゲンタマイシン10μg/ml、ストレプトマイシン50μg/ml及びL-グルタミンを含むCTSTMAIM-V(登録商標)に5%FBSを加えた培地(以下「AH5培地」という)を培養基材のウェルに2mL加えた。AH5培地を加えたウェルに、マウス(C57BL/6)由来の線維芽細胞を4.2×105個播種し、大気中酸素条件下(37℃、約20%O2、5%CO2)で2日間培養後、低酸素条件下(33℃、2%O2、5%CO2)で1日培養して積層細胞シートを作製した。得られた積層細胞シートは、培養基材に接着していた。なお、後述の実施例において、培養基材に接着した状態の積層細胞シートを「接着した積層細胞シート」又は「Attached cell sheets」ともいう。
【0046】
積層細胞シートを培養基材から剥離して取り出すために、培養基材から培地を除去後、上記で得られた積層細胞シートをリン酸緩衝液(PBS)で2回洗浄し、剥離用酵素としてPBSで希釈したディスパーゼ(終濃度10PU/mL:富士フイルム和光純薬社)と共にY-27632(終濃度0,5,10,30,50,100,300,500μM:富士フイルム和光純薬社)、Fasudil(終濃度0,5,10,30,50,100,300,500μM:Selleck社)、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X:終濃度0,5,10,30,50,100,300,500μM:Selleck社)、ブレビスタチン(Blebbistatin:終濃度0,5,10,30,50,100,300,500μM:富士フイルム和光純薬社)、又はML-9(終濃度0,5,10,30,50,100,300,500μM:Selleck社)を積層細胞シートに添加して30分間37℃で反応させた。反応後、培養上清を除去し、リン酸緩衝液(PBS)1mLでゆるやかに2回洗浄した。さらに、PBSを0.5~1ml加えて、必要に応じて緩やかにピペッティングすることによって積層細胞シートを培養基材から剥離した。剥離処理直後の培養基材からPBSを除去した状態の積層細胞シートの写真を
図1に示す。
【0047】
図1に示すように、Y-27632、Fasudil、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X)、ブレビスタチン、又はML-9それぞれの濃度が高くなるにつれて、剥離直後の積層細胞シートの収縮が抑制されているのが確認された。
【0048】
[実施例2]積層細胞シートの評価
積層細胞シートの評価として、剥離直後の細胞生存率および細胞膜の損傷、剥離後24時間培養後の細胞生存率および培養上清中のVEGF量を解析した。
1.細胞生存率
実施例1と同様に培養基材内で線維芽細胞をAH5培地に播種して積層細胞シートを作製した。次に、積層細胞シートをPBS(マグネシウム及びカルシウム不含有PBS:以下「PBS(-)」ともいう)で2回洗浄後、上記PBSで希釈したディスパーゼ(終濃度10PU/mL:富士フイルム和光純薬社)と共にY-27632(終濃度0,10,30,50,100μM)を培養基材内の積層細胞シートに添加して30分間37℃で反応させた後、リン酸緩衝液(PBS)1mLでゆるやかに2回洗浄し、必要に応じて緩やかにピペッティングすることによって積層細胞シートを培養基材から剥離して得られた積層細胞シートを調製した。コントロールとして上記実施例1で作製した接着した積層細胞シート(Attached cell sheets)を用いた。それぞれの積層細胞シートにおいて、0.44mLの溶液(5%FBS含有CTSTM AIM-V(登録商標)培地にWST-8試薬(Cell Count Reagent SF、ナカライテスク社)を終濃度10%となるように添加した培養液)を添加した。1時間インキュベートした後、培養上清の450nmの波長の吸収を測定することで生細胞数を評価した。剥離していない積層細胞シート(Attached cell sheets)の生細胞数に対する、剥離後の積層細胞シートの生細胞数の相対比によって細胞生存率(viability)を算出した。結果を
図2に示す。
【0049】
図2に示すように、Y-27632の濃度が高くなるにつれて細胞生存率が増加した。具体的には、細胞生存率がY-27632の添加無し(0μM)では0.38であるのに対し、10,30,50,100μM添加した場合はそれぞれ0.48、0.53、0.62、0.57まで上昇した。したがって、本発明の方法を用いて積層細胞シートを剥離した場合に、積層細胞シートの細胞生存率の低下が抑制された。
【0050】
2.細胞膜の損傷
実施例1と同様に培養基材内で線維芽細胞をAH5培地に播種して積層細胞シートを作製した。次に、積層細胞シートをPBSで2回洗浄後、PBSで希釈したディスパーゼ(終濃度10PU/mL:富士フイルム和光純薬社)と共にY-27632(終濃度0,50μM)を培養基材内の積層細胞シートに添加して30分間37℃で反応させた後、リン酸緩衝液(PBS)1mLでゆるやかに2回洗浄し、必要に応じて緩やかにピペッティングすることによって積層細胞シートを培養基材から剥離して積層細胞シートを調製した。コントロールとして上記実施例1で作製した接着した積層細胞シート(Attached cell sheets)を用いた。それぞれの積層細胞シートをDAPIにより核染色を行って細胞膜の損傷を調べた結果を
図3に示す。
図3中、白いスポットは、細胞膜が損傷した細胞である。また、図中「Y-27632(-)」は0μM Y-27632を表す。
【0051】
図3より、剥離する際にY-27632を添加することで積層細胞シートを構成する細胞の細胞膜損傷を抑制することが可能であることが確認された。
図2、3によって明らかとなった積層細胞シートを構成する細胞の生存率の低下の抑制効果や細胞膜の損傷の抑制効果は、細胞が成長因子を分泌し続けることにつながるため、Y-27632を添加したうえで剥離された積層細胞シートは、再生医療分野において有用であるといえる。
【0052】
3.剥離後24時間培養後の細胞生存率及び培養上清中のVEGF量
実施例1と同様に培養基材内で線維芽細胞をAH5培地に播種して積層細胞シートを作製した。次に、積層細胞シートをPBSで2回洗浄後、PBSで希釈したディスパーゼ(終濃度10PU/mL:富士フイルム和光純薬社)と共にY-27632(終濃度0,50μM)を培養基材内の積層細胞シートに添加して30分間37℃で反応させた後、リン酸緩衝液(PBS)1mLでゆるやかに2回洗浄し、必要に応じて緩やかにピペッティングすることによって積層細胞シートを培養基材から剥離して積層細胞シートを調製し、新しい24ウェルプレート(ポリスチレン)の培養基材(2cm
2/ウェル、3820-024、AGCテクノグラス製)に移した。コントロールとして上記実施例1で作製した接着した積層細胞シート(Attached cell sheets)において培地を除去した。それぞれの積層細胞シートに0.5mLの5%FBS、ゲンタマイシン10μg/ml、ストレプトマイシン50μg/ml及びL-グルタミン含有CTS
TMAIM-V(登録商標)を加えて大気中酸素条件下(37℃、約20%O
2、5%CO
2)で24時間培養した。培養上清を回収し、後述のVEGFの測定に用いた。培養上清を除去し、0.44mLの溶液(5%FBS含有CTSTM AIM-V(登録商標)培地にWST-8試薬(Cell Count Reagent SF、ナカライテスク社)を終濃度10%となるように添加した培養液)を添加した。1時間インキュベートした後、培養上清の450nmの波長の吸収を測定することで生細胞数を評価し、剥離していない積層細胞シート(Attached cell sheets)の生細胞数に対する、剥離後の積層細胞シートの生細胞数の相対比によって細胞生存率(viability)を算出した。さらにHuman VEGF Quantikine ELISA Kit(R&D systems)を用いて、培養上清中のVEGFを測定した。結果を
図4に示す。
【0053】
図4の左(Cell viability)において、Y-27632添加なしの場合は0.368であるのに対して、Y-27632添加ありの場合は0.578であり、剥離する際にY-27632を添加することで剥離後24時間培養後であっても細胞生存率の低下が抑制された。さらに、
図4の右(VEGF)において、Y-27632を添加することによって剥離後培養24時間における生細胞以外からのVEFGの培養上清中への漏出を抑制することが明らかとなった。
【0054】
[実施例3]積層細胞シートの収縮抑制の持続
再生医療においては、必ずしも積層細胞シートを培養基材から剥離して直後に使用するわけではない。そこで、一定の時間経過後の積層細胞シートの収縮抑制の持続について評価した。
【0055】
実施例1と同様に培養基材内で線維芽細胞をAH5培地に播種して積層細胞シートを作製した。さらに、上記AH5培地にY-27632を10μM含有する培地(AH5+10μM Y-27632)で同様に積層細胞シートを作製した。次に、積層細胞シートをPBSで2回洗浄後、PBSで希釈したディスパーゼ(終濃度10PU/mL:富士フイルム和光純薬社)と共にY-27632(0,50μM)を培養基材内の積層細胞シートに添加して30分間37℃で反応させた後、リン酸緩衝液(PBS)1mLでゆるやかに2回洗浄し、必要に応じて緩やかにピペッティングすることによって積層細胞シートを培養基材から剥離して積層細胞シートを調製した。得られた積層細胞シートを2群に分けて、1群は培養基材から積層細胞シートを剥離直後、他の群は室温(23℃)で1.5時間静置した。それぞれの群の剥離処理直後の培養基材中の積層細胞シートの写真を
図5に示す。
【0056】
まず、室温で1.5時間経過後においてもY-27632を添加して剥離した場合には、添加なしで剥離した場合(0μM)と比較して積層細胞シートの収縮が抑制されていた。さらに、剥離の段階ではなく積層細胞シートを作製するための培地にY-27632を添加した場合には、培地にY-27632を添加しない場合と比較して、剥離直後だけでなく室温で1.5時間経過後においても一段と細胞シートの収縮が抑制されていた。したがって、Y-27632が添加された培地で積層細胞シートを作製した場合には、剥離の段階でY-27632を添加することにより、培地にY-27632を添加しない場合と比較して、剥離直後だけでなく室温で1.5時間経過後においても一段と積層細胞シートの収縮が抑制されていた。
【0057】
[実施例4]積層細胞シートの収縮抑制(ディスパーゼなし)
上記実施例では積層細胞シートの剥離においてディスパーゼを用いたが、ディスパーゼを用いずに剥離した場合の積層細胞シートの収縮を評価した。
【0058】
1.マイクロチップで剥離
実施例1と同様に培養基材内で線維芽細胞をAH5培地に播種して積層細胞シートを作製した。次に、積層細胞シートをPBSで2回洗浄後、Y-27632(終濃度0,5,10,30,50,100,300,500μM)を培養基材内の積層細胞シートに添加して30分間37℃で反応させた後、マイクロチップの先端を利用して細胞シートを培養基材からたぐり寄せて引っ掻くことにより剥離した。それぞれの剥離処理直後の培養基材中の積層細胞シートの写真を
図6に示す。
【0059】
図6に示すように、ディスパーゼを用いなくても積層細胞シートを培養基材から剥離することができ、かつ、Y-27632の濃度が高くなるにつれて、剥離直後の積層細胞シートの収縮が抑制されているのが確認された。
【0060】
2.温度応答性培養皿による剥離
実施例1では培養基材として24ウェルプレート(ポリスチレン)を用いたが、培養基材として代わりに温度応答性培養皿を用いて積層細胞シートを作製して、その後温度を制御して積層細胞シートを剥離した。具体的には以下のとおりである。
【0061】
培養基材としてUpcell(登録商標)(24ウェル、1.9cm2/ウェル:セルシード社製)を準備し、上記AH5培地をUpcellのウェルに2mL加えた。AH5培地を加えたウェルに、マウス(C57BL/6)由来の線維芽細胞を2.1×105個播種し、大気中酸素条件下(37℃、約20%O2、5%CO2)で3日間培養して積層細胞シートを作製した。得られた積層細胞シートは、Upcellに接着していた。
【0062】
次に、事前にPBS(-)に、Y-27632、Fasudil、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X)、ブレビスタチン、又はML-9をそれぞれ50μMになるように調製し、炭酸ガス培養器内で30分ほど加温した薬液を準備した。その後、クリーンベンチ内のプレートヒーター(37℃)に積層細胞シートが接着しているUpcell(登録商標)を置き、加温したPBS1mLで積層細胞シートを2回洗浄後、加温した上記薬液を500μL添加し、炭酸ガス培養容器内に30分間ほど静置した。さらに、クリーンベンチ内のプレートヒーター(37℃)にUpcell(登録商標)を置き、加温したPBS1mLで2回洗浄後、PBS500μLを添加し、室温(22℃)に30分間静置することで、積層細胞シートを剥離した。剥離処理直後の培養基材中の積層細胞シートの写真を
図7に示す。
【0063】
図7に示すように、温度応答性培養皿を用いて積層細胞シートを作製し、その後積層細胞シートを剥離する場合においても、Y-27632、Fasudil、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X)、ブレビスタチン、又はML-9を添加することによって、剥離直後の積層細胞シートの収縮が抑制されているのが確認された。
【0064】
[実施例5]ヒトの線維芽細胞シートにおける収縮抑制
上記実施例ではマウスの線維芽細胞から作製した積層細胞シートの剥離であったが、ヒトの線維芽細胞から作製した積層細胞シートの剥離についても確認した。
【0065】
24ウェルプレート(ポリスチレン)の培養基材(2cm2/ウェル、3820-024、AGCテクノグラス製)を準備してAH5培地を培養基材のウェルに2mL加えた。AH5培地を加えたウェルに、ヒト口腔粘膜由来の線維芽細胞を4.2×105個播種し、大気中酸素条件下(37℃、約20%O2、5%CO2)で3日間培養して積層細胞シートを2群ほど作製した。得られた積層細胞シートは、培養基材に接着していた。
【0066】
積層細胞シートを培養基材から剥離して取り出すために、上記で得られた1群の積層細胞シートはリン酸緩衝液(PBS)で2回洗浄後、剥離用酵素としてPBSで希釈したディスパーゼ(終濃度10PU/mL:富士フイルム和光純薬社)と共にY-27632(終濃度0,5,10,30,50,100μM:富士フイルム和光純薬社)、Fasudil(終濃度0,5,10,30,50,100μM:Selleck社)、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X:終濃度0,5,10,30,50,100μM:Selleck社)、ブレビスタチン(Blebbistatin:終濃度0,5,10,30,50,100μM:富士フイルム和光純薬社)、又はML-9(終濃度0,5,10,30,50,100μM:Selleck社)を添加して30分間反応させた。反応後、リン酸緩衝液(PBS)1mLでゆるやかに2回洗浄し、必要に応じて緩やかにピペッティングすることによって積層細胞シートを培養基材から剥離した。
【0067】
積層細胞シートを培養基材から剥離して取り出すために、上記で得られた残りの1群の積層細胞シートは、実施例4と同様にディスパーゼを添加せずに、マイクロチップを利用してピペッティングによりPBSをゆるやかに攪拌して積層細胞シートを培養基材から剥離した(Tipで剥離)。剥離処理直後の培養基材中の積層細胞シートの写真を
図8に示す。
【0068】
図8に示すように、マウスの線維芽細胞から作製した積層細胞シートに限らず、ヒトの線維芽細胞から作製した積層細胞シートの剥離においても、Y-27632、Fasudil、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X)、ブレビスタチン、又はML-9を添加することによって、剥離直後の積層細胞シートの収縮が抑制されているのが確認された。
【0069】
[実施例6]ヒトの幹細胞シートにおける収縮抑制
上記実施例では線維芽細胞から作製した積層細胞シートの剥離であったが、ヒトの幹細胞から作製した積層細胞シートの剥離についても確認した。
【0070】
24ウェルプレート(ポリスチレン)の培養基材(2cm2/ウェル、3820-024、AGCテクノグラス製)を準備してAH5培地を培養基材のウェルに2mL加えた。AH5培地を加えたウェルに、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を4.2×105個播種し、大気中酸素条件下(37℃、約20%O2、5%CO2)で3日間培養して積層細胞シートを作製した。得られた積層細胞シートは、培養基材に接着していた。
【0071】
積層細胞シートを培養基材から剥離して取り出すために、上記で得られた積層細胞シートはリン酸緩衝液(PBS)で2回洗浄後、剥離用酵素としてPBSで希釈したディスパーゼ(終濃度10PU/mL:富士フイルム和光純薬社)と共にY-27632(終濃度50μM:富士フイルム和光純薬社)、Fasudil(終濃度50μM:Selleck社)、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X:終濃度50μM:Selleck社)、ブレビスタチン(Blebbistatin:終濃度50μM:富士フイルム和光純薬社)、又はML-9(終濃度50μM:Selleck社)を添加して30分間反応させた。反応後、リン酸緩衝液(PBS)1mLでゆるやかに2回洗浄し、必要に応じて緩やかにピペッティングすることによって積層細胞シートを培養基材から剥離した。剥離処理直後の培養基材中の積層細胞シートの写真を
図9に示す。
【0072】
図9に示すように、線維芽細胞から作製した積層細胞シートに限らず、幹細胞から作製した積層細胞シートの剥離においても、Y-27632、Fasudil、ビスインドリルマレイミドI(GF109203X)、ブレビスタチン、又はML-9、特にY-27632、Fasudilを添加することによって、剥離直後の積層細胞シートの収縮が幹細胞から作製した積層細胞シートでも抑制されているのが確認された。