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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024006777
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】放射線障害防護剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/35 20150101AFI20240110BHJP
   A61P 39/00 20060101ALI20240110BHJP
   A61P 17/02 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
A61K35/35
A61P39/00
A61P17/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022107975
(22)【出願日】2022-07-04
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】505246789
【氏名又は名称】学校法人自治医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】吉村 浩太郎
(72)【発明者】
【氏名】素輪 善弘
【テーマコード(参考)】
4C087
【Fターム(参考)】
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB63
4C087CA04
4C087CA05
4C087CA06
4C087NA14
4C087ZA89
(57)【要約】
【課題】新規な放射線障害防護剤を提供すること。
【解決手段】脂肪組織又は脂肪組織由来産物(例えば、間質血管画分(Stromal vascular fraction;SVF)、細片化脂肪組織マトリックス(micronized cellular adipose matrix;MCAM)、または脂肪由来幹細胞(Adipose-derived stem/stromal cell;ASC))を含む、放射線障害防護剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪組織又は脂肪組織由来産物を含む、放射線障害防護剤。
【請求項2】
放射線障害が、慢性の放射線障害である、請求項1に記載の放射線障害防護剤。
【請求項3】
放射線障害が、創傷治癒能の低下である、請求項1又は2に記載の放射線障害防護剤。
【請求項4】
皮下組織の萎縮を防止する作用を有する、請求項1から3の何れか一項に記載の放射線障害防護剤。
【請求項5】
脂肪組織由来産物が、間質血管画分(Stromal vascular fraction;SVF)、細片化脂肪組織マトリックス(micronized cellular adipose matrix;MCAM)、脂肪由来幹細胞(Adipose-derived stem/stromal cell;ASC)、あるいはSVF、MCAM、またはASCの培養上清、あるいはSVF、MCAM、またはASCの抽出物である、請求項1から4の何れか一項に記載の放射線障害防護剤。
【請求項6】
放射線照射の直後に対象に投与される、請求項1から5の何れか一項に記載の放射線障害防護剤。
【請求項7】
脂肪組織又は脂肪組織由来産物が、自己由来または他家由来である、請求項1から6の何れか一項に記載の放射線障害防護剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪組織又は脂肪組織由来産物を含む、放射線障害防護剤に関する。
【背景技術】
【0002】
放射線療法は、がんの増殖と再発を予防するための主要な治療法の一つである。放射線量にもよるが、臨床放射線療法で用いられている現在の投与法では一般的ではないものの、皮膚悪性腫瘍の発生確率は増加する(非特許文献1から3)。これとは対照的に、確定的な影響が周囲の健常組織で生じる。皮膚は放射線暴露により顕著に影響を受け、例えば、線維化、萎縮、小血管の微小閉塞(虚血)、皮膚肥厚などがある(非特許文献2~6)。このような放射線誘発性の損傷は、放射線皮膚炎、瘢痕拘縮、リンパ浮腫、難治性創傷治癒など、皮膚および皮下組織における様々な臨床症状をもたらす。さらに、皮膚の弾性および拡張性が損なわれ、皮膚付属器および毛包が失われ、関節の動きが制限される(非特許文献5)。
【0003】
分割した放射線療法が、健康な組織に対する確定的影響を低減しながら、治療効果を最大化するために開発されてきたが、それでも長期的な組織損傷が生じている(非特許文献7)。放射線療法後の組織更新/リモデリングおよび創傷治癒の障害は、組織の機能不全に進行する場合があり、放射線暴露から数年後に、難治性皮膚潰瘍または骨髄炎などの重度の症状が生じる場合がある(非特許文献1、2、6及び7)。
【0004】
一方、脂肪組織およびその間葉系幹細胞(脂肪組織由来幹細胞(ASC))は血管新生能および再生能を有することが実証されている(非特許文献8~13)。本発明者らは以前に、ASCおよびASCを含む脂肪由来物が、ラットにおいて放射線損傷における創傷治癒能力を部分的に回復できることを示している(非特許文献14)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Martin MT, Vulin A, Hendry JH.Human epidermal stem cells: role in adverse skin reactions and carcinogenesis from radiation. Mutat Res. 2016;770:349-368.
【非特許文献2】Spalek M.Chronic radiation-induced dermatitis: challenges and solutions. Clin Cosmet Investig Dermatol. 2016;9:473-482.
【非特許文献3】Bray FN, Simmons BJ, Wolfson AH, Nouri K. Acute and chronic cutaneous reactions to ionizing radiation therapy. Dermatol Ther (Heidelb). 2016;6:185-206.
【非特許文献4】Kim JH, Kolozsvary AJ, Jenrow KA, et al. Mechanisms of radiation-induced skin injury and implications for future clinical trials. Int J Radiat Biol. 2013;89:311-318.
【非特許文献5】Zawaski JA, Yates CR, Miller DD, et al. Radiation combined injury models to study the effects of interventions and wound biomechanics. Radiat Res. 2014;182:640-652.
【非特許文献6】Soriano JL, Calpena AC, Souto EB, Clares B. Therapy for prevention and treatment of skin ionizing radiation damage: a review. Int J Radiat Biol. 2019;95:537-553.
【非特許文献7】Jagetia GC, Rajanikant GK. Acceleration of wound repair by curcumin in the excision wound of mice exposed to different doses of fractionated γ radiation. Int Wound J. 2012;9:76-92.
【非特許文献8】Maria OM, Shalaby M, Syme A, Eliopoulos N, Muanza T. Adipose mesenchymal stromal cells minimize and repair radiation-induced oral mucositis. Cytotherapy. 2016;18:1129-45.
【非特許文献9】Wu SH, Shirado T, Mashiko T, et al. Therapeutic Effects of Human Adipose-Derived Products on Impaired Wound Healing in Irradiated Tissue. Plast Reconstr Surg. 2018;142:383-391.
【非特許文献10】Nauta A, Seidel C, Deveza L, et al. Adipose-derived stromal cells overexpressing vascular endothelial growth factor accelerate mouse excisional wound healing. Mol Ther.2013;21:445-455.
【非特許文献11】Izadpanah R, Trygg C, Patel B, et al. Biologic 1 properties of mesenchymal stem cells derived from bone marrow and adipose tissue. J Cell Biochem. 2006;99:1285-1297.
【非特許文献12】Zhao L, Johnson T, Liu D. Therapeutic angiogenesis of adipose-derived stem cells for ischemic diseases. Stem Cell Res Ther. 2017;8:125.
【非特許文献13】Hassan WU, Greiser U, Wang W. Role of adipose-derived stem cells in wound healing. Wound Repair Regen. 2014;22:313-325.
【非特許文献14】Feng J, Doi K, Kuno S, et al. Micronized cellular adipose matrix as a therapeutic injectable for diabetic ulcer. Regen Med. 2015;10:699-708.
【非特許文献15】Yoshimura K, Shigeura T, Matsumoto D, et al. Characterization of freshly isolated and cultured cells derived from the fatty and fluid portions of liposuction aspirates. J Cell Physiol. 2006;208:64-76.
【非特許文献16】H. Eray Copcu, MD ; and Sule Oztan, MD. New Mechanical Fat Separation Technique: Adjustable Regenerative Adipose-tissue Transfer (ARAT) and Mechanical Stromal Cell Transfer (MEST) Aesthetic Surgery Journal Open Forum 2020,1-15.
【非特許文献17】Moore GH, Schiller JE, Moore GK. Radiation-induced histopathologic changes of the breast: the effects of time. Am J Surg Pathol. 2004;28:47-53.
【非特許文献18】Bolderston A, Lloyd NS, Wong RK, Holden L, RobbBlenderman L. Supportive Care Guidelines Group of Cancer Care Ontario Program in Evidence-Based Care. The prevention and management of acute skin reactions related to radiation therapy: A systematic review and practice guideline. Support Care Cancer 2006;14:802-817.
【非特許文献19】Thanik VD, Chang CC, Zoumalan RA, et al.. A novel mouse model of cutaneous radiation injury. Plast Reconstr Surg. 2011;127:560-568.
【非特許文献20】Sitton E. Early and late radiation-induced skin alterations. Part I: Mechanisms of skin changes. Oncol Nurs Forum. 1992;19:801-807.
【非特許文献21】Lopez E, Guerrero R, Nunez MI, et al. Early and late skin reactions to radiotherapy for breast cancer and their correlation with radiation-induced DNA damage in lymphocytes. 1 Breast Cancer Res. 2005;7:690-698.
【非特許文献22】Zhou Y, Zhang Y. Singleversus 2-stage reconstruction for chronic postradiation chest wall ulcer: A 10-year retrospective study of chronic radiationinduced ulcers. Medicine (Baltimore). 2019;98:e14567.
【非特許文献23】Azuma R, Kajita M, Kubo S, Kiyosawa T. Radiation-induced thoracic necrosis with a pulmonary cutaneous fistula repaired using a free omental flap: a case report. BMC Surg. 2019;19:14.
【非特許文献24】Mohd Hilmi AB, Halim AS, Jaafar H, Asiah AB, Hassan A. Chitosan dermal substitute and chitosan skin substitute contribute to accelerated full-thickness wound healing in irradiated rats. Biomed Res Int. 2013;2013:795458.
【非特許文献25】Rigotti G, Marchi A, Gali e M, et al. Clinical treatment of radiotherapy tissue damage by lipoaspirate transplant: a healing process mediated by adipose derived adult stem cells. Plast Reconstr Surg. 2007;119:1409-1424.
【非特許文献26】Copcu HE, Oztan S. Not Stromal Vascular Fraction (SVF) or Nanofat, but Total Stromal-Cells (TOST): A New Definition. Systemic Review of Mechanical StromalCell Extraction Techniques. Tissue Eng Regen Med. 2021;18:25-36.
【非特許文献27】Yao Y, Dong Z, Liao Y, et al. Adipose Extracellular Matrix/Stromal Vascular Fraction Gel: A Novel Adipose Tissue-Derived Injectable for Stem Cell Therapy. Plast Reconstr Surg. 2017;139:867-879.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
放射線療法は現在、悪性腫瘍の中心的な治療法であるが、萎縮、線維化、虚血、創傷治癒障害など、周囲の健常組織に確定的な有害作用を誘発する可能性がある。本発明は、新規な放射線障害防護剤を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、放射線治療直後に、脂肪組織由来幹細胞を含むものを予防的に投与することにより、照射組織の長期的な機能障害の発症を予防できるかどうかを検討した。具体的には、ヌードマウスの背部皮膚に総照射線量40Gy(10Gy、週4回)を照射し、ビヒクル、脂肪組織、間質血管画分(SVF)、または細片化脂肪組織マトリックス(MCAM)を、照射領域に皮下注射した。これらの予防的処置の6か月後に、皮膚パンチ創を作製して組織学的変化と創傷治癒を評価した。その結果、いずれの予防投与においても、組織学的評価により、放射線療法の6か月後に皮下脂肪層における皮膚肥厚、萎縮、およびコラーゲン沈着の増加が実証され、創傷治癒が有意に遅延した。ヒト脂肪幹細胞を含有する脂肪組織由来物による予防的治療は、賦形剤の場合と比較して、放射線により誘発される組織学的変化を有意に防止し、創傷治癒を加速した。本発明は、上記の知見に基づいて完成したものである。
【0008】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
<1> 脂肪組織又は脂肪組織由来産物を含む、放射線障害防護剤。
<2> 放射線障害が、慢性の放射線障害である、<1>に記載の放射線障害防護剤。
<3> 放射線障害が、創傷治癒能の低下である、<1>又は<2>に記載の放射線障害防護剤。
<4> 皮下組織の萎縮を防止する作用を有する、<1>から<3>の何れか一に記載の放射線障害防護剤。
<5> 脂肪組織由来産物が、間質血管画分(Stromal vascular fraction;SVF)、細片化脂肪組織マトリックス(micronized cellular adipose matrix;MCAM)、または脂肪由来幹細胞(Adipose-derived stem/stromal cell;ASC)、あるいはSVF、MCAM、またはASCの培養上清、あるいはSVF、MCAM、またはASCの抽出物である、<1>から<4>の何れか一に記載の放射線障害防護剤。
<6> 放射線照射の直後に対象に投与される、<1>から<5>の何れか一に記載の放射線障害防護剤。
<7> 脂肪組織又は脂肪組織由来産物が、自己由来または他家由来である、<1>から<6>の何れか一に記載の放射線障害防護剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、新規な放射線障害防護剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、実験計画のタイムラインを示す。放射線照射(10Gyの4回線量)後、3種類の脂肪組織由来物を照射領域に皮下注射した。6か月後、丸い創傷を作り、15日間観察した。
図2図2は、照射の設定を示す。照射野および耳を除いて、身体はリードカバーで照射から保護した。
図3図3は、放射線治療直後の写真を示す、急性放射線障害の結果、照射野に脱毛が誘発された。
図4図4は、脂肪組織由来物の予防的注射を示す。慢性放射線障害を予防するための予防的治療として、18G針を用いて3種類のヒト脂肪組織由来物を注射した。
図5図5は、放射線治療後の創傷治癒に対するヒト脂肪組織由来物の予防効果を示す。各群における創傷治癒の代表的な画像を示す。放射線療法とヒト脂肪組織由来物の予防的投与の6か月後に、パンチ生検により創傷(直径6mm)を作製した。0日目、3日目、6日目、9日目、12日目、および15日目の創傷サイズを、ImageJソフトウェアを使用してデジタル写真で測定した。
図6図6は、創傷治癒の定量的評価を示す。溶媒投与群では最初の6日間は創傷サイズの縮小は認められなかったが、3種類のヒト脂肪組織由来物を投与した群では創傷治癒が促進され、15日目までに創傷はほぼ完全に治癒し、放射線非投与対照群と同様であった。データは、IQRとの中央値で表す(*P < 0.05および** P < 0.01 vs. R+溶媒群; +P < 0.05 vs. SVF群; 各群n = 6)。
図7図7は、6ヵ月時点での予防的治療の有無による照射組織の組織学的評価を示す。ヘマトキシリンとエオシンで汚れた代表的なマイクロセクションを示す。ビヒクル治療群では、真皮が肥厚し、放射線療法の結果、脂肪層が萎縮した。スケールバーは200μmを示す。
図8図8は、真皮および脂肪層の厚さに関する定量データを示す。脂肪組織由来物を投与した群では、溶媒投与群にみられた真皮の肥厚は認められず、予防効果が実証された。また、ビヒクル処置群で見られる脂肪層の重篤な萎縮もまた、3種類の脂肪由来物による予防的処置によって部分的に予防された。データは、IQRの中央値で示す。バー上の水平線およびP値を示し、群間に統計的有意差(P <0.05)があった。
図9図9は、6ヵ月時点での予防的治療の有無による、照射組織における皮下線維化の組織学的評価を示す。マッソントリクロームで染色した代表的なマイクロセクションを示す。コラーゲン沈着物をマッソントリクロームで青色に染色した。スケールバーは200μmを示す。
図10図10は、脂肪層におけるコラーゲン沈着の定量的データを示す。脂肪層中のコラーゲン沈着物の割合を計算した。最も強度の線維症は賦形剤処置照射群で観察されたが、脂肪、SVF、またはMCAMで予防的に処置された照射群では大幅に防止された。3種類の脂肪組織由来物投与群の中で、Fat投与群はSVF投与群よりも線維症の割合が大きかった。データはIQRとの中央値で表し、群間に有意差(P <0.05)が認められた場合にP値を示す。
図11図11は、放射線皮膚障害を予防するためのヒト脂肪組織由来物を用いた予防的治療の臨床シナリオを示す。本実施例では、放射線誘発性の幹細胞枯渇を予防するという考えに基づいた新たな治療的幹細胞療法を検証した。放射線療法後の早期段階で吸引脂肪組織由来または加工されたASC濃縮製剤を予防的に注入することにより、放射線障害を最小限に抑えることができる。線維化、虚血、治癒障害を避けるために放射線療法の直後に予防的治療を用いることができ、放射線療法により生じた長期の有害作用が観察されれば、後の治療を行うよりも妥当なアプローチであることを示された。
図12図12は、脂肪組織由来物を示す。吸引された脂肪組織(左)および細片化脂肪組織マトリックス(MCAM;右)の外観および顕微鏡写真を示す。スケールバーは100μmを示す。
図13図13は、マウスへの照射を示す。左図では、X線発生器および鉛プレートを使用して、放射線に暴露したマウスの領域を標的化した。右図では、ドーナツ型シリコーンスプリント(9mm口径)を使用して、創傷拘縮を防止した。
図14図14は、予防的治療の有無での放射線療法の6か月後の組織免疫組織学を示す。(A)はペリリピン単独(左、緑、生存脂肪細胞)または核染色(右、青)による免疫染色を示す。 バーは100μmを示す。(B)は、脂肪層の生存脂肪細胞の定量的測定を示す。 放射線療法は脂肪萎縮を誘発したが、これはSVFまたはMCAMによる予防的治療によって大幅に予防された。 データはIQRの中央値として示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明するが、下記の説明は本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が下記の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も本発明の範囲に含まれる。
【0012】
本発明によれば、放射線療法後の予防的治療の可能性が実証され、慢性放射線障害の増悪を防止することができる。本発明の放射線障害防護剤は、放射線療法において有用である。本発明の放射線障害防護剤を用いた予防的治療は、照射された組織の創傷治癒および癌放射線療法後に必要とされる再建手術の臨床転帰を改善する可能性がある。
【0013】
本発明の放射線障害防護剤は、脂肪組織又は脂肪組織由来産物を含む。
脂肪組織由来産物としては、特に限定されないが、例えば、間質血管画分(Stromal vascular fraction;SVF)、細片化脂肪組織マトリックス(micronized cellular adipose matrix;MCAM)、または脂肪由来幹細胞(Adipose-derived stem/stromal cell;ASC)を使用することができる。あるいは、SVF、MCAM、またはASCの培養上清、あるいはSVF、MCAM、またはASCの抽出物を使用することもできる。脂肪組織又は脂肪組織由来産物が、自己由来でもよいし、他家由来でもよい。
【0014】
脂肪組織とは、生物の生体を構成する結合組織の一種であり、主に皮下に存在する。脂肪組織は、主に成熟脂肪細胞を含有し、エネルギーを貯蔵し、外界からの物理的衝撃や温度変化に対して身体を保護し、ホルモン、サイトカイン等を分泌する機能を有する。本明細書において、脂肪組織は脂肪と記載されることがある。
【0015】
間質血管画分(Stromal vascular fraction;SVF)とは、脂肪組織を細片化し、さらに酵素処理およびフィルター濾過をすることによって単離される細胞群のことである。その画分の中には、脂肪幹細胞、血管内皮(前駆)細胞、白血球、線維芽細胞などを含んでいる。脂肪細胞やマトリックス(細胞外基質)は、その製造処理の中で除去されている。
【0016】
細片化脂肪組織マトリックス(micronized cellular adipose matrix;MCAM)とは、脂肪組織を細片化し、さらに機械的な破砕処理を加えることによって得られる細胞外基質分画である。線維組織の中に、脂肪幹細胞、血管内皮(前駆)細胞、線維芽細胞などを含んでいる。脂肪細胞は、その製造処理の中で除去されている。
【0017】
脂肪由来幹細胞(Adipose-derived stem/stromal cell;ASC)」とは、脂肪組織に由来する体性幹細胞であり、下記の定義(1)~(4)を満たす細胞を指す。
脂肪由来幹細胞の定義
(1)脂肪組織に由来する。
(2)標準培地での培養条件でプラスチックに接着性を示す。
(3)フローサイトメトリーにおいてCD90、CD73及びCD105が陽性を呈する。
(4)フローサイトメトリーにおいてCD31及びCD45が陰性を呈する。
脂肪由来幹細胞は、脂肪細胞、骨母細胞、軟骨母細胞、筋線維母細胞、骨母細胞、筋肉細胞又は神経細胞などへの分化能を有してもよい。
【0018】
CD90とは、表面抗原の一種である分化クラスター90を意味し、Thy-1としても知られているタンパク質である。
CD73とは、表面抗原の一種である分化クラスター73を意味し、5-Nucleotidase、或いはEcto-5’-nucleotidaseとしても知られているタンパク質である。
CD105とは、表面抗原の一種である分化クラスター105を意味し、Endoglinとしても知られているタンパク質である。
CD31とは、表面抗原の一種である分化クラスター31を意味し、PECAM-1(Platelet endothelial adhesion molecule-1)としても知られているタンパク質である。
CD45とは、表面抗原の一種である分化クラスター45を意味し、PTPRC(Protein tyrosine phosphatase,receptor type,C)、或いはLCA(Leukocyte common antigen)としても知られているタンパク質である。
【0019】
脂肪由来幹細胞は、好ましくは、継代された脂肪由来幹細胞である。脂肪由来幹細胞は、自己、同種異系又は異種の細胞であってよいが、好ましくは、自己の細胞である。脂肪由来幹細胞は、好ましくは、遺伝子組み換えされていない脂肪由来幹細胞である。脂肪由来幹細胞は、市販の細胞又は分譲を受けた細胞であってもよいし、新たに作製した細胞であってもよい。脂肪由来幹細胞は、単離された脂肪由来幹細胞であってもよい。脂肪由来幹細胞は、選別された脂肪由来幹細胞であってもよい。
【0020】
脂肪由来幹細胞は、少なくとも1回接着培養された脂肪由来幹細胞とすることができる。脂肪由来幹細胞の接着培養の回数の下限は、1回以上、2回以上、3回以上、4回以上、5回以上又は6回以上であってもよい。また、脂肪由来幹細胞の接着培養の回数の上限は、特に限定されないが、例えば、25回以下、20回以下、15回以下又は10回以下であってもよい。
【0021】
脂肪組織の由来する生物種は、典型的にはヒトであるが、他の動物であってもよい。他の動物としては、例えば、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、サル(カニクイザル、アカゲザル、コモンマーモセット、ニホンザル)、フェレット、ウサギ、げっ歯類(マウス、ラット、スナネズミ、モルモット、ハムスター)等の哺乳動物、ニワトリ、ウズラ等の鳥類が挙げられるが、これらに限定されない。
【0022】
本発明による放射線障害に対する防護効果は、ASCからの分泌物の効能によるものと考えられる。したがって、SVF、MCAM、またはASCの培養上清、あるいはSVF、MCAM、またはASCの抽出物を使用する場合についても、SVF、MCAM、またはASCを使用する場合と同様の防護効果を達成することが期待できる。
【0023】
SVFまたはMCAMを使用する場合には、SVFまたはMCAMからASCを単離してから、ASCを培養して培養上清を取得してもよい。SVF、MCAM、またはASCの培養上清は、これらを培養液中において培養することにより取得することができる。
【0024】
培養液(培地)は、ASCを培養できる培地であれば特に限定されず、EGM-2(Lonza)、αMEM、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、ダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地(DMEM/F12)、RPMI1640などを挙げることができる。これらの培養液に対しては、通常、血清、各種ビタミン、各種抗生物質、各種ホルモン、各種増殖因子等、通常の細胞培養に適用可能な各種添加剤を添加してもよい。培地としては特に好ましくは、DMEM/F12、又はEGM-2、EGM-2MV(ともにLonza)などを使用することができる。
【0025】
培養は、フラスコ等の培養容器を用いて、5%CO2、37℃で行うことが好ましい。培地交換は、例えば2日おきに行えばよい。酸素濃度は、1-21%で培養を行うことができる。特に好ましくは、2-6%の酸素濃度で培養する。 培養期間は特に限定されないが、例えば、1日~14日間の培養を行うことができる。1日~6日間の培養を行った後に、細胞を継代して、例えば、3日~6日間の培養を再度行ってもよい。継代の回数及び培養の回数は特に限定されない。
【0026】
培養上清取得工程においては、増殖期又はコンフルエント期の状態にある細胞の培養物から培養上清を取得することができる。 培養上清は、当技術分野で公知の方法で調製できる。例えば、得られた培養液を遠心処理し、適当な孔径のフィルター(又はストレイナー)にかけることで、培養上清を得ることができる。ここで遠心処理は、例えば、300~1200×gで5~20分間実施することができる。
【0027】
SVF、MCAM、またはASCの抽出物についても、通常の抽出方法により取得することができる。
【0028】
本発明によれば、脂肪組織又は脂肪組織由来産物を含む、放射線障害防護剤が提供される。本発明の放射線障害防護剤は、脂肪組織又は脂肪組織由来産物と、製薬上許容し得る媒体とを含む、放射線障害防護のための医薬組成物として提供されてもよい。
【0029】
本発明によれば、放射線障害を防護するための処置において使用するための、脂肪組織又は脂肪組織由来産物が提供される。
本発明によれば、放射線障害防護剤の製造のための、脂肪組織又は脂肪組織由来産物の使用が提供される。
本発明によれば、防護的に有効量の脂肪組織又は脂肪組織由来産物を、患者又は被験者に投与することを含む、放射線障害を防護する方法が提供される。
【0030】
本発明において、放射線とは、放射性物質から放出されるα線、β線、γ線や人工的に作り出したX線、陽子線、炭素線、中性線、電子線などが包含される。放射線の被ばく原因としては、原発事故や核爆発による全身性の放射線被ばく、癌治療等の医療目的での放射線照射または放射線被ばく事故等による局所性の放射線被ばく等が挙げられ、特に限定されない。
【0031】
本発明における放射線障害は、好ましくは、慢性の放射線障害である。放射線障害の一例としては、創傷治癒能の低下が挙げられるが、特に限定されない。
本発明における放射線障害防護剤は、好ましくは、皮下組織の委縮を防止する作用を有する。
【0032】
本発明の放射線障害防護剤を投与する対象(患者又は被験者)は、典型的にはヒトであるが、ヒト以外の動物であってもよい。ヒト以外の動物としては、例えば、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、サル(カニクイザル、アカゲザル、コモンマーモセット、ニホンザル)、フェレット、ウサギ、げっ歯類(マウス、ラット、スナネズミ、モルモット、ハムスター)等の哺乳動物、ニワトリ、ウズラ等の鳥類が挙げられるが、これらに限定されない。
【0033】
製薬上許容し得る媒体とは、患者又は被験者に対して投与し得る液体をいう。製薬上許容し得る媒体は、患者又は被験者に対して投与し得る液体であれば、特に限定されない。製薬上許容し得る媒体は、例えば、注射用水、生理食塩液、培地、5%ブドウ糖液、ヒアルロン酸液、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液、ビカネイト(登録商標)輸液、アミノ酸液、開始液(1号液)、脱水補給液(2号液)、維持輸液(3号液)、術後回復液(4号液)、Plasma-Lyte A(登録商標)等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0034】
本発明の放射線障害防護剤は、患者又は被験者に投与し得る添加剤であって、前記放射線障害防護剤の保存安定性、等張性、吸収性及び/又は粘性等を調整し得る添加剤を含んでもよい。添加剤としては、例えば、乳化剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、湿潤剤、抗酸化剤、キレート剤、増粘剤、ゲル化剤、pH調整剤等が挙げられるが、これらに限定されない。増粘剤としては、例えば、HES、デキストラン、メチルセルロース、キサンタンガム、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられるが、これらに限定されない。添加剤の濃度は、患者又は被験者に投与した場合に安全である限り、任意に設定することができる。
【0035】
本発明の放射線障害防護剤は、患者又は被験者に投与し得る任意の成分を含んでもよい。上記成分としては、例えば、塩類、多糖類(例えば、ヒドロキシルエチルデンプン(HES)、デキストランなど)、タンパク質(例えば、アルブミンなど)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アミノ酸、培地成分等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0036】
本発明の放射線障害防護剤のpHは、中性付近のpH、例えば、pH5.5以上、pH6.0以上、pH6.5以上又はpH7.0以上とすることができ、またpH10.5以下、pH9.5以下、pH8.5以下又はpH8.0以下とすることができるが、これらに限定されない。
【0037】
本発明の放射線障害防護剤は、好ましくは液剤であり、より好ましくは注射用液剤である。注射用液剤としては、例えば、国際公開WO2011/043136号公報、特開2013-256510号公報などにおいて、注射に適した液体調製物が知られている。本発明の医薬組成物も、上記文献に記載されている注射用液剤とすることができる。
また、上記液剤は細胞の懸濁液でもよく、細胞が液剤中に分散した液体調製物でもよい。さらに前記液剤に含まれる細胞の形態は、例えばシングルセルでもよいし、細胞凝集塊でもよい。
【0038】
本発明の放射線障害防護剤の投与方法は、特に限定されないが、例えば、皮下注射、皮内注射、筋肉内注射、リンパ節内注射、静脈内注射、動脈内注射、点滴静脈注射、腹腔内注射、胸腔内注射、局所への直接注射、局所への塗布などが挙げられる。本発明の一態様によれば、注射用液剤を注射器に充填して、注射針やカテーテルを通じて投与することができる。医薬組成物の投与方法については、例えば、特開2015-61520号公報、Onken JE,t al.American College of Gastroenterology Conference 2006Las Vegas,NV, Abstract 121.,Garcia-Olmo D,et al.Dis Colon Rectum 2005;48:1416-23.などにおいて、静脈内注射、点滴静脈注射、局所への直接注射などが知られている。本発明の医薬組成物も、上記文献に記載されている各種方法により投与することができる。
【0039】
本発明の放射線障害防護剤の投与量としては、患者又は被験者に投与した場合に、放射線障害を防護できる量であればよく、具体的な投与量は、投与形態、投与方法、使用目的、並びに患者又は被験者の年齢、体重、症状等によって適宜決定することができる。
【0040】
本発明の放射線障害防護剤の投与頻度は、患者又は被験者に投与した場合に、放射線障害を防護する効果を得ることができる頻度である。具体的な投与頻度は、投与形態、投与方法、使用目的、並びに患者又は被験者の年齢、体重、症状等によって適宜決定することができるが、例えば、4週間に1回、3週間に1回、2週間に1回、1週間に1回、1週間に2回、1週間に3回、1週間に4回、1週間に5回、1週間に6回又は1週間に7回である。好ましくは、本発明の射線障害防護剤の直後に対象に投与することができる。
【0041】
本発明の放射線障害防護剤は、放射線を被ばくの直前または直後に投与することが好ましく、具体的には、放射線被ばくの前または後60分以内、好ましくは30分以内、より好ましくは15分以内、さらに好ましくは10分以内、特に好ましくは5分以内に投与を開始してもよい。また、放射線被ばくから1日後以降に更に追加投与を行ってもよい。
具体的には、放射線被ばくから1日後以降且つ10日以内(より好ましくは8日以内、特に好ましくは7日以内)に更に1回以上(例えば1回、好ましくは2回、より好ましくは3回)追加投与してもよい。
【0042】
本発明の放射線障害防護剤は、使用直前まで凍結状態にて保存することができる。本発明の放射線障害防護剤を患者又は被験者に投与する際には、37℃で急速に解凍して使用することができる。また、本発明の放射線障害防護剤は、凍結保存することなく、製造された直後に使用することもできる。
以下の実施例にて本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例0043】
(1)材料及び方法
<細胞の単離および調製>
乳房再建後の過剰脂肪組織を患者から採取した。各ドナーは施設倫理委員会(ERB-C-487-1)によって承認されたプロトコールに従い、事前のインフォームド・コンセントを与えた。ヒトSVF細胞を、既報の通り、吸引脂肪から単離した(非特許文献15)。簡単に述べると、リポアスピレートをリン酸緩衝食塩水(PBS)で洗浄し、0.075%コラゲナーゼを含有するPBS中で消化し、37℃で30分間振盪した。800×gで10分間の遠心分離によって、成熟脂肪細胞および結合組織を細胞ペレットから分離した。ペレットをリンスし、100μmメッシュを通して濾過し、再懸濁し、5%二酸化炭素中37℃で培養するために分散させた(100mm皿あたり1.0×10個の有核細胞)。細片化脂肪組織マトリックス (MCAM)を、鋭利なブレードシステム(Adinizer(登録商標)、BSL、Gimhae、韓国)を使用して調製した(非特許文献16)。遠心分離した脂肪を、脂肪組織マイクロナイザーを用いて2つのシリンジの間で10回手動で移し、成熟脂肪細胞を間質組織から穏やかに分離した。2種類の脂肪組織細片化装置AN‐1200PおよびAN‐410をこのプロセスで連続的に使用した。さらに、800×gで3分間の遠心分離を用いてMCAMを精製した(図12)(非特許文献9、14、16)。
【0044】
<放射線被曝の動物モデル、および脂肪組織から調製した加工品の予防的注射>
動物を用いた全ての実験手順は、関連するガイドラインに従って行い、京都府立医学大学の動物実験委員会によって承認されたものである。試験には8週齢の雄性ヌードマウスを選択した。全身麻酔下(セボフルラン吸入)、全身防護下(鉛X線プレート、厚さ1mm)で、M-150WE装置(SOFTEX Japan Corp., Tokyo, Japan)(図13)を用いて、各マウスの円形(直径1.5cm)背面領域を放射線に曝露した(図1図3)。4つの試験群(マウス計24匹)のそれぞれ6匹のマウスに10Gyの線量の照射を毎週4回行った(表1)が、6匹のマウス(非照射対照群)には放射線照射を行わなかった(図13)。
【0045】
4回目の治療の最後に、培地のみ、または3種類の脂肪組織由来物のうちの1つを含む培地を、以下の通り、放射線照射領域に皮下移植した(表1および図4)。
0.2mLのダルベッコ改変イーグル培地(DMEM):ビヒクル群;
0.2mLのDMEM中の7.5×10のSVF由来細胞: SVF群;
0.2mLの遠心分離脂肪:脂肪群;および
0.1mLのDMEM中の0.1mLの断片化MCAM;MCAM群
【0046】
各群において特定された材料を、1mLのルアーロック注射器を有する18ゲージ針を用いて、1cmの尾側点から皮下トンネルを通って接近することによって、背中の皮下面でマウスに注射し、移植片漏出を最小限にした(各群についてn=6匹のマウス)。
【0047】
6ヶ月後、6mmの全層パンチ生検を組織学的検査のために得た。ドーナツ型シリコーンスプリント(口径9mm)を創傷拘縮を防ぐようにセットし、全身麻酔(セボフルラン吸入)下で即時接着剤および6-0ナイロン縫合糸で固定した(図13)。創傷を不粘着性包帯で覆い、透明な無菌包帯で包み、0、3、6、9、12、および15日目に写真撮影し、ImageJソフトウェア(Bethesda, Maryland, USA)を用いて患部表面積を計算した。
【0048】
【表1】
【0049】
0.2mLのMCAMは、コラゲナーゼによる酵素処理によって約5~10×104細胞を生じるので、SVF群では0.2mLの7.5×10細胞のSVFを使用した。
DMEM, Dulbecco's Modified Eagle Medium;
SVF, stromal vascular fraction;
MCAM、細片化脂肪組織マトリックス。
*合計線量(分割線量×分割数)。
**0.2mLアリコートを投与。
脂肪成分は全てヒト由来である。
【0050】
<組織学的検査および免疫組織化学染色>
照射した皮膚サンプルを亜鉛ホルマリン固定液(SigmaAldrich)に浸漬し、パラフィンに包埋した。切片(5μm)を、以下に記載するように、ヘマトキシリンおよびエオシン、マッソントリクローム、ならびに免疫組織化学染色で染色した。組織切片を、5%ヤギ血清(Nacalai Tesque, Kyoto, Japan)を含有する0.3% Triton X-100/PBS中で1時間ブロッキングした後、ウサギ抗ヒトペリリピン抗体(1:500)(Cell Signaling Technology, Danvers, MA)と共にインキュベートし、続いてAlexa Fluor 488(Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA)とコンジュゲートした二次抗体とインキュベートした。細胞核は、DAPI(Thermo Fisher Scientific)で染色した。全試料を、BIOREVO顕微鏡(BZ-9000; Keyence, Osaka, Japan)、MZ-II Analyzerソフトウェア(Keyence)、およびLSM510共焦点顕微鏡(Carl Zeiss, Ober-Kochen, Germany)を用いて観察及び分析した。
【0051】
<統計解析>
結果をノンパラメトリック分析に供した。群間の差を、JMP統計プログラム(SAS Institute, Cary, NC)におけるKruskal-WallisおよびMann-Whitney検定を用いて分析した。データは、中央値および四分位間範囲(IQR)を用いて示す。P値が0.05未満の場合、統計的に有意であるとした。
【0052】
(2)結果
<放射線治療後の創傷治癒能に対する脂肪組織由来物による予防効果>
放射線療法後の創傷治癒能力に対する治療効果を評価するために、ヒト脂肪組織由来物の予防的適用を試験した。使用した物は、(1)遠心分離された脂肪組織(脂肪)、(2)SVF、および(3)MCAMである(表1)。対照放射線群(DMEMビヒクル処置)では、創傷は最初の5日間変化せず、無放射線対照と比較して有意に遅延した治癒を示し、40Gyの総照射線量後に慢性放射線損傷を示した(図5)。賦形剤投与放射線群と比較して、3種類の異なる物の予防的適用は15日目(15日目、Fat、P = 0.04; SVF、P = 0.01; MCAM、P = 0.02)までに、無放射線対照のレベルと同等のレベルまで、創傷治癒を有意に加速した。この結果は、放射線療法後に適用した場合、ASCを含む脂肪組織由来物が慢性放射線障害を防護することを示している(図6)。ここで検討した3種類の脂肪由来物の予防効果の間に有意差は認められなかった。
【0053】
<放射線療法から6ヵ月後の皮膚サンプルの組織学的評価>
脂肪組織由来物を注入した照射皮膚を、照射6か月後に組織学的に分析した。対照放射線群(溶媒)では、表皮の角化及び有棘層の肥厚が一部の領域で認められた(図7)。しかし、脂肪組織由来物を注入すると、無放射線対照群と同様の皮膚構造を維持した。また、溶媒投与群では、放射線非投与群と比較して、真皮の有意な肥大(P = 0.02)が観察された。この作用は、放射線照射後の典型的な皮膚変化であるため、全脂肪組織由来物投与群で検討したところ、全例で低下していることがわかった(Fat, P = 0.7; SVF, P = 0.7; MCAM, P = 0.1; 放射線照射なし群に対して)(図8)。
【0054】
溶媒投与放射線群では放射線非投与対照群と比較して脂肪層の実質的な萎縮が認められたが、脂肪組織由来物を投与した全群で脂肪層の放射線誘発性萎縮が有意に減少した(Fat, P = 0.003; SVF, P = 0.02; MCAM, P = 0.04)が、これらの影響は放射線非投与対照群のレベルには達しなかった(図8)。脂肪処置群では、筋膜に沿って大きな脂肪滴を有する粗い脂肪組織がSVF処置群およびMCAM処置群と比較して観察された(図7)。
生存脂肪細胞の存在を判定するための免疫組織学的評価(図14)では、脂肪処置群の皮下層における生存脂肪細胞(ペリピン陽性細胞)で満たされた領域は、SVF処置群およびMCAM処置群のものよりも小さいことが示された。
【0055】
マッソン・トリクロム染色を用いた組織学的観察では、無放射線対照群と比較して、全照射群において脂肪組織萎縮だけでなく、脂肪層における繊維状沈着物の存在が示された。しかし、脂肪層における線維化の程度は、放射線非照射対照群のレベルには達しなかったもの(図10)、脂肪組織由来製剤投与群ではいずれも溶媒投与群に比べて有意に少なかった(Fat, P = 0.01; SVF, P = 0.0004; MCAM, P = 0.02)(図9)。
【0056】
これらの結果は、皮下萎縮が賦形剤処置群と比較して全ての脂肪組織由来物処置群で有意に防止されたことを示し、この効果は脂肪処置群よりもSVF及びMCAM処置群でより有意であった。
【0057】
(3)まとめ
放射線療法は、長期にわたって線維化、萎縮、虚血に進行しうる短期間の紅斑や組織損傷をしばしば誘発する(非特許文献17~19)。分割した照射プロトコールは現在、がん治療の効力を改善し、関連する合併症を減少させるために一般的に用いられているが、長期放射線障害は依然として頻繁に発生する。遅発性放射線損傷に伴う1つの深刻な問題は照射された皮膚がその創傷治癒能力を失い、晩期(非特許文献20~23)の間に根治的治療を必要とすることである。いったん皮膚潰瘍が出現すると、難治性であり、リソースの徹底的な使用が必要となる。この種の晩期放射線障害の影響を受けた患者に対する治療法は存在しない。よって、照射された組織の治癒能力を維持することができる予防的治療が強く望まれている。
【0058】
ASCに基づく細胞移植治療は単離が容易で、豊富に存在し、抗炎症作用、抗アポトーシス作用、血管新生促進作用を有するなど、複数の利点を有する有望な再生治療として報告されている(非特許文献10)。以前の研究によれば、ASCを含む脂肪吸引物または脂肪組織関連物を注射すると、組織の病理学的状態を活性化し、創傷治癒を加速できることが示されている(非特許文献9,14,24-27)
【0059】
本発明においては、ASCと2種の脂肪組織由来物を用いて、放射線誘発組織障害の予防に治療効果があるかどうかを試験した。本発明の実施例で使用した実験モデルでは、潰瘍形成などの急性組織損傷の重篤な症状は回避され、6か月で重篤な皮膚および皮下組織の萎縮および線維化ならびに創傷治癒の遅延が認められ、放射線療法後の共通の経過が適切に再現された。この放射線療法モデルを用いて、放射線照射直後に幹細胞または幹細胞関連物を投与することにより、放射線障害を予防できることが実証された。即ち、放射線治療後の早期に、脂肪、SVFまたはMCAMを投与することにより、6カ月後の創傷治癒を改善することが示され、ASCを含む脂肪組織由来物の投与により、慢性放射線障害を予防できることが示された(図11)。
図1
図2
図3
図4
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図7
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図10
図11
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図13
図14