(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067972
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】アーク蒸発源
(51)【国際特許分類】
C23C 14/32 20060101AFI20240510BHJP
H01J 37/317 20060101ALI20240510BHJP
H01J 37/08 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C23C14/32 A
H01J37/317 E
H01J37/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022178434
(22)【出願日】2022-11-07
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100178582
【弁理士】
【氏名又は名称】行武 孝
(72)【発明者】
【氏名】高橋 哲也
(72)【発明者】
【氏名】藤田 潤樹
(72)【発明者】
【氏名】久次米 進
(72)【発明者】
【氏名】山本 兼司
【テーマコード(参考)】
4K029
5C101
【Fターム(参考)】
4K029CA03
4K029CA13
4K029DD06
4K029JA03
5C101AA36
5C101BB01
5C101BB02
5C101CC01
5C101DD09
5C101DD16
5C101DD22
5C101DD23
5C101DD25
5C101DD27
5C101DD33
(57)【要約】
【課題】ターゲット放電面におけるアークスポットの移動を促進することで、ワークに向かって飛翔するマクロパーティクルの発生を抑制することが可能なアーク蒸発源を提供する。
【解決手段】アーク蒸発源6は、ターゲット放電面7Sを含むターゲット7と、アーク電源PSと、ターゲット7の前方に配置される電磁コイル8と、ターゲット7の後方に配置される中央磁石20とを備える。電磁コイル8は、ターゲット放電面7Sと交差しかつ当該電磁コイル8の径方向内側を前後方向に通過するように延びる第1磁力線Q1を含む第1磁場M1を形成する。中央磁石20は、当該中央磁石20とターゲット放電面7Sとの間の領域において前後方向に延びる第2磁力線Q2を含む第2磁場M2を形成する。第1磁場M1と第2磁場M2との反発によって、ターゲット放電面7S上に水平磁場と垂直磁場とが安定して形成される。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アーク放電によって皮膜形成材料を蒸発させ、ワークに前記皮膜形成材料を供給するアーク蒸発源であって、
前記ワークの後方において前記ワークに対向して配置され、アーク放電を受けて前記皮膜形成材料を前方に放出するターゲット放電面を含むターゲットと、
前記ターゲットの前方に配置され、前記アーク放電を発生するための陽極と、
前記アーク放電を発生させるための放電電圧を前記ターゲットと前記陽極との間に印加するアーク電源と、
前記ターゲット放電面と直交する中心線を有し、第1磁力線を含む第1磁場を形成するように前記ターゲット放電面の前方に配置される円筒状の電磁コイルであって、前記第1磁力線は前記ターゲット放電面と交差しかつ当該電磁コイルに囲まれる円筒状の空間を前後方向に通過するように延びる磁力線である、電磁コイルと、
第2磁力線を含む第2磁場を形成するように前記ターゲット放電面の後方において前記中心線上に配置される中央磁石であって、前記第2磁力線は当該中央磁石と前記ターゲット放電面とによって挟まれる領域において前後方向に延びる磁力線である、中央磁石と、
を備え、
前記中央磁石は、前記第2磁力線の前記中心線と平行な成分が前記第1磁力線の前記中心線と平行な成分と逆向きとなるように前記第2磁場を形成する、アーク蒸発源。
【請求項2】
第3磁力線を含む第3磁場を形成するように前記ターゲット放電面の後方において前記中央磁石の径方向外側に配置される外側磁石であって、前記第3磁力線は当該外側磁石の前方かつ前記ターゲット放電面の後方の領域において前後方向に延びる磁力線である、外側磁石を更に備え、
前記外側磁石は、前記第3磁力線の前記中心線と平行な成分が前記第1磁力線の前記中心線と平行な成分と同じ向きとなるように前記第3磁場を形成する、請求項1に記載のアーク蒸発源。
【請求項3】
前記ターゲット放電面の前方かつ前記電磁コイルの径方向内側に配置され、前記中心線を中心とする円筒形状を有する少なくとも一つのダクトであって、前記ターゲット放電面から放出された前記皮膜形成材料を受け入れるとともに当該皮膜形成材料が前記ワークに向かって通過することを許容するダクト内部空間を囲む少なくとも一つのダクトを更に備え、
前記少なくとも一つのダクトは、導電性を有する磁性材料からなり、電磁コイルの前方において前記第1磁力線を径方向外側に誘引するように配置される磁性ダクトを含み、
前記磁性ダクトは前記陽極の少なくとも一部を構成する、請求項2に記載のアーク蒸発源。
【請求項4】
前記磁性ダクトは、前記電磁コイルの内径よりも小さな内径を有し前記ダクト内部空間を囲む磁性内周面を含む、請求項3に記載のアーク蒸発源。
【請求項5】
前記ワークおよび前記ターゲットを収容する真空チャンバを更に備え、
前記真空チャンバは、前記少なくとも一つのダクトに対して絶縁されるように接続されている、請求項4に記載のアーク蒸発源。
【請求項6】
前記真空チャンバは、
前記ワークを収容する本体空間を有するチャンバ本体と、
前記チャンバ本体に接続され、前記中心線を中心に筒状に延びるとともに前記本体空間に連通し前記ターゲットを収容する筒状空間を有するチャンバ筒状部と、
を有し、
前記少なくとも一つのダクトは、前記ターゲットと前記ワークとの間において前記チャンバ筒状部の前記筒状空間と前記チャンバ本体の前記本体空間とに跨るように配置されている、請求項5に記載のアーク蒸発源。
【請求項7】
前記少なくとも一つのダクトは、導電性の非磁性材料から構成され前後方向において前記ターゲット放電面と前記電磁コイルとの間に配置されるメインダクトを更に含み、
前記メインダクトは、前記磁性ダクトと互いに導通するように接続されており、前記陽極の一部を構成する、請求項5または6に記載のアーク蒸発源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク蒸発源に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、工具や機械部品などの基材の表面に耐摩耗性の向上等の目的のために皮膜を形成する方法として、アーク放電を用いた成膜方法が種々提案されている。特許文献1には、このようなアーク放電を用いた薄膜蒸着装置が開示されている。当該装置では、ターゲットの前方および後方に永久磁石または電磁石から構成されるアーク調節器がそれぞれ配置される。真空チャンバがアーク放電における陽極を構成し、ターゲットを支持するホルダがアーク放電における陰極を構成し、両電極間にアーク放電電圧が印加される。そして、各アーク調節器がターゲットからワーク(被蒸着物、成膜対象)に向かう磁力線をそれぞれ形成することによって、アーク放電を受けてターゲット放電面から放出された蒸着物質の荷電粒子がワークに向かって飛翔し、堆積する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された技術では、ターゲット放電面においてアークスポットが移動しにくいため、皮膜形成材料の塊であるマクロパーティクル(ドロップレットともいう)が発生しやすく、このようなマクロパーティクルがワークに付着することによってワーク上の被膜の面粗度が悪化するという問題があった。具体的に、上記の技術では、ターゲットの周囲に配置される永久磁石や電磁石がターゲット放電面と垂直な方向において当該ターゲット放電面を同じ向きに通過するような磁力線をそれぞれ形成する。この場合、ターゲット放電面には強い垂直磁場が形成される一方、水平磁場が形成されにくいため、アークスポットがターゲット放電面上を移動しにくくなる。このため、アークスポットがターゲット放電面上の同じ位置に留まりやすく、高温化した皮膜形成材料がマクロパーティクルとして放出されやすくなる。
【0005】
本発明は、上記のような問題に鑑みてなされたものであり、ターゲット放電面におけるアークスポットの移動を促進することで、ワークに向かって飛翔するマクロパーティクルの発生を抑制することが可能なアーク蒸発源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によって提供されるのは、アーク放電によって皮膜形成材料を蒸発させ、ワークに前記皮膜形成材料を供給するアーク蒸発源である。当該アーク蒸発源は、ターゲットと、陽極と、アーク電源と、電磁コイルと、中央磁石とを備える。ターゲットは、前記ワークの後方において前記ワークに対向して配置されアーク放電を受けて前記皮膜形成材料を前方に向かって放出するターゲット放電面を含む。陽極は、前記ターゲットの前方に配置され前記アーク放電を発生する。アーク電源は、前記アーク放電を発生させるための放電電圧を前記ターゲットと前記陽極との間に印加する。電磁コイルは、前記ターゲット放電面の前方に配置され前記ターゲット放電面と直交する中心線を有する円筒状の電磁コイルである。当該電磁コイルは、第1磁場を形成する。前記第1磁場は、前記ターゲット放電面と交差しかつ当該電磁コイルによって囲まれる円筒状の空間を前後方向に通過するように延びる第1磁力線を含む。中央磁石は、第2磁場を形成するように前記ターゲット放電面の後方において前記中心線上に配置される。当該第2磁場は、前後方向において当該中央磁石と前記ターゲット放電面とによって挟まれる領域において前後方向に延びる第2磁力線を含む。前記中央磁石は、前記第2磁力線の前記中心線と平行な成分が前記第1磁力線の前記中心線と平行な成分と逆向きとなるように前記第2磁場を形成する。
【0007】
本構成によれば、電磁コイルの第1磁場および中央磁石の第2磁場はターゲット放電面の周囲に反発磁場を形成し、当該反発磁場はターゲット放電面を通過する磁力線を中心線に対して強制的に傾け、ターゲット放電面上に垂直磁場と水平磁場とが安定して併存することを可能にする。この結果、前記水平磁場によってアークスポットをターゲット放電面上で積極的に移動させることが可能となりマクロパーティクルの発生を抑制することができるとともに、前記垂直磁場によってターゲット放電面から放出された皮膜形成材料をワークに向かって安定して飛翔させることができる。
【0008】
上記の構成において、アーク蒸発源は、前記ターゲット放電面の後方において前記中央磁石の径方向外側に配置される外側磁石であって、当該外側磁石の前方かつ前記ターゲット放電面の後方の領域において前後方向に延びる第3磁力線を含む第3磁場を形成することが可能な外側磁石を更に備え、前記外側磁石は、前記第3磁力線の前記中心線と平行な成分が前記第1磁力線の前記中心線と平行な成分と同じ向きとなるように前記第3磁場を形成することが望ましい。
【0009】
本構成によれば、中央磁石の径方向外側に配置された外側磁石は第1磁場の第1磁力線と同じ向きの第3磁力線を含む第3磁場を生成することができるため、前記反発磁場によって傾けられた磁力線を誘引して、前記ターゲット放電面の周囲に第1磁力線および第3磁力線が繋がるような磁場を形成することを可能とする。このため、前記反発磁場の発生によってターゲット放電面の周囲における磁場が不安定になることを抑止し、ターゲット放電面上の磁場強度が低下することを防止することができる。
【0010】
上記の構成において、前記ターゲット放電面の前方かつ前記電磁コイルよりも径方向内側に配置され、前記中心線を中心とする円筒形状を有する少なくとも一つのダクトであって、前記ターゲット放電面から放出された前記皮膜形成材料を受け入れるとともに当該皮膜形成材料が前記ワークに向かって通過することを許容するダクト内部空間を囲む少なくとも一つのダクトを更に備え、前記少なくとも一つのダクトは、導電性を有する磁性材料からなり、電磁コイルの前方において第1磁力線を径方向外側に誘引するように配置される磁性ダクトを含み、前記磁性ダクトは前記陽極の少なくとも一部を構成することが望ましい。
【0011】
本構成によれば、磁性ダクトは電磁コイルの前方において第1磁力線を径方向外側に誘引することができるため、ターゲット放電面から放出された電子を当該磁性ダクトに優先的に導き、アーク放電における陽極を磁性ダクトに安定して保持することができる。
【0012】
上記の構成において、前記磁性ダクトは、前記電磁コイルの内径よりも小さな内径を有し前記ダクト内部空間を囲む磁性内周面を含むことが望ましい。
【0013】
本構成によれば、磁性ダクトは、電磁コイルよりも中心線に近い位置に配置された磁性内周面を有することにより、電磁コイルの内部を通過した第1磁力線を径方向外側により強く誘引することができる。
【0014】
上記の構成において、前記ワークおよび前記ターゲットを収容する真空チャンバを更に備え、前記真空チャンバは、前記少なくとも一つのダクトに対して絶縁されるように接続されていることが望ましい。
【0015】
本構成によれば、真空チャンバに対して絶縁されたダクトが陽極として機能するため、放電電流が真空チャンバに流れることがなく、アーク放電を安定して維持することができる。
【0016】
上記の構成において、前記真空チャンバは、前記ワークを収容する本体空間を有するチャンバ本体と、前記チャンバ本体に接続され、前記中心線を中心に筒状に延びるとともに前記本体空間に連通し前記ターゲットを収容する筒状空間を有するチャンバ筒状部と、を有し、前記少なくとも一つのダクトは、前記ターゲットと前記ワークとの間において前記チャンバ筒状部の前記筒状空間と前記チャンバ本体の前記本体空間とに跨るように配置されていることが望ましい。
【0017】
本構成によれば、円筒状のダクトがチャンバ筒状部とチャンバ本体との間に跨って配置されているため、ターゲット放電面から放出された皮膜形成材料をチャンバ本体に収容されているワークに向かって安定して導くことができるとともに、発生したマクロパーティクルをワークに至る前にダクトの内周面でより確実に捕集することができる。
【0018】
上記の構成において、前記少なくとも一つのダクトは、導電性の非磁性材料から構成され前後方向において前記ターゲット放電面と前記磁性ダクトとの間に配置されるメインダクトを更に有し、前記メインダクトは、前記磁性ダクトに互いに導通するように接続され前記陽極の一部を構成することが望ましい。
【0019】
本構成によれば、磁性ダクトよりもターゲット放電面に近い位置に陽極として機能するメインダクトが配置されているため、放電電圧の印加開始時に当該メインダクトとターゲット放電面との間でアーク放電を発生させることが可能になり、初期の放電が不安定になることを防止することができる。また、メインダクトと磁性ダクトとが導通しているため、放電開始後にコイル電流に応じてアーク放電における陽極となる範囲を制御することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、ターゲット放電面におけるアークスポットの移動を促進することで、ワークに向かって飛翔するマクロパーティクルの発生を抑制することが可能なアーク蒸発源を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態に係るアーク蒸発源を含む成膜装置の模式的な水平断面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係るアーク蒸発源の側断面図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係るアーク蒸発源の拡大側断面図である。
【
図4】本発明の変形実施形態に係るアーク蒸発源を含む成膜装置の模式的な水平断面図である。
【
図5】本発明の実施例1におけるターゲット周辺の磁場分布を示す図である。
【
図6】本発明の実施例2におけるターゲット周辺の磁場分布を示す図である。
【
図7】本発明の実施例3におけるターゲット周辺の磁場分布を示す図である。
【
図8】本発明の実施例4におけるターゲット周辺の磁場分布を示す図である。
【
図9】本発明の実施例5におけるターゲット周辺の磁場分布を示す図である。
【
図10】本発明の比較例1におけるターゲット周辺の磁場分布を示す図である。
【
図11】本発明の比較例2におけるターゲット周辺の磁場分布を示す図である。
【
図12】本発明の比較例3におけるターゲット周辺の磁場分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態に係るアーク蒸発源を含む成膜装置1について説明する。
図1は、本実施形態に係るアーク蒸発源6を含む成膜装置1の模式的な水平断面図である。
図2は、本実施形態に係るアーク蒸発源6の側断面図であって、中心線CLを含む上下方向および前後方向の断面図である。
図3は、本実施形態に係るアーク蒸発源6の拡大側断面図であり、中心線CLよりも下方の部分のみが描かれている。なお、各図に示される方向は、本実施形態に係るアーク蒸発源6および成膜装置1の構造、機能を説明するためのものであり、本発明に係るアーク蒸発源を限定するものではない。すなわち、各図に示されるアーク蒸発源6は、水平方向および鉛直方向に対してその姿勢が異なるように配置されてもよい。また、各図における前後方向については、ターゲット7からワーク4に向かう方向を前方向とし、その逆を後方向として示しており、更に、前後方向および上下方向(鉛直方向)と直交する水平な方向を左右方向としている。
【0023】
成膜装置1は、陰極アーク放電によってワーク4(基材)上に皮膜(たとえば窒化膜)を形成する。なお、皮膜の材料は上記に限定されるものではない。成膜装置1は、真空チャンバ2と、回転テーブル3と、複数のワーク4と、真空ポンプ5と、アーク蒸発源6と、を有する。
【0024】
真空チャンバ2は、内部空間を囲む壁部を有し、真空ポンプ5によって前記内部空間が真空状態とされる。真空チャンバ2の内部において前記アーク放電が発生する。前記内部空間には、回転テーブル3、複数のワーク4、ターゲット7などが収容される。真空チャンバ2は、導電性の金属材料から構成され、本実施形態では、SUS(ステンレス)から構成されている。真空チャンバ2は、略直方体形状を有しワーク4を収容する本体空間を有するチャンバ本体2Rと、当該チャンバ本体2Rの本体空間に連通する筒状空間を有するチャンバ筒部2S(チャンバ筒状部)と、を有する。
【0025】
チャンバ筒部2Sは、少なくともターゲット7を収容し、中心線CL(
図2)を中心に筒状に延びるようにチャンバ本体2Rに接続され、その筒状空間にターゲット7を収容する。また、チャンバ筒部2Sは、チャンバ本体2Rに対して着脱可能であってもよい。なお、チャンバ筒部2Sの形状は、上記のような筒状に限定されるものではない。
【0026】
回転テーブル3は、真空チャンバ2のチャンバ本体2R内に配置される。回転テーブル3は、複数のワーク4を載置可能な上面部を有し、
図1の矢印で示すように、不図示の駆動機構によって上下方向に延びる回転中心軸周りに回転される。本実施形態では、
図1に示すように、回転テーブル3の上面部に複数のワーク4が回転方向に沿って所定の間隔をおいてそれぞれ配置されている。一例として、各ワーク4は、上下方向に延びる回転中心軸回りに回転可能な回転治具と、当該回転治具に搭載される複数のドリル刃とを含む。
【0027】
アーク蒸発源6は、アーク放電によって皮膜形成材料を蒸発させ、ワーク4に前記皮膜形成材料を供給する。アーク蒸発源6は、皮膜形成材料を含むターゲット7と、背面プレート7Hと、アーク放電を発生するための陽極と、電磁コイル8と、アーク電源PSと、ダクト9(メインダクト10、先端ダクト11、磁性体12、導入ダクト13)と、ヨーク板14と、中央磁石20と、外側磁石30とを有する。なお、ターゲット7は皮膜形成材料として、金属を主原料とする材料でもよいし、カーボンを主原料とする材料であってもよく、特に限定されない。
【0028】
ターゲット7は、ワーク4の後方においてワーク4に対向して配置され、前記アーク放電を受けて前記皮膜形成材料を前方に放出するターゲット放電面7S(
図3)を含む。本実施形態では、ターゲット7は薄い円柱形状からなり、ターゲット放電面7Sは、ターゲット7の前端面に相当する。ターゲット放電面7Sは、前後方向に延びる中心線CLを有する円形形状からなる。
図2、
図3では、皮膜形成材料としての金属イオンがワーク4に向かって供給される方向が矢印DSで示されている。
【0029】
背面プレート7Hは、ターゲット7を後方から支持する円筒状の部材である。背面プレート7Hは、導電体からなり、ターゲット7に電気的に接続されている。
【0030】
電磁コイル8は、ターゲット放電面7Sの前方に配置され、ターゲット放電面7Sと直交する中心線CLを有する円筒状の電磁コイルである。詳しくは、中心線CLを中心として不図示のコイル線が複数回巻かれることで、電磁コイル8が構成されている。電磁コイル8は、不図示の電源から電流を受け入れることで、ターゲット放電面7Sと交差しかつ当該電磁コイル8に囲まれる円筒状の空間を前後方向に通過するように延びる第1磁力線を含む第1磁場を形成することが可能である。なお、当該第1磁場については後記で詳述する。
【0031】
アーク電源PSは、ターゲット7に接続されるマイナス電極と前記陽極に接続されるプラス電極とを含み、アーク放電を発生させるための放電電圧をターゲット7と先端ダクト11などとの間に印加する。この結果、ターゲット7が、アーク放電における陰極として機能する。
【0032】
ダクト9は、ターゲット放電面7Sの前方かつ電磁コイル8よりも径方向内側に配置され、中心線CLを中心とする円筒形状を有する。ダクト9は、メインダクト10、先端ダクト11、磁性体12(磁性ダクト)および導入ダクト13を有する。また、ダクト9は、ターゲット放電面7Sから放出された前記皮膜形成材料をその内部に受け入れるとともに当該皮膜形成材料がワーク4に向かって通過することを許容する円筒状のダクト内部空間を有する。また、ダクト9は、
図2に示すように、ターゲット7とワーク4との間において、チャンバ筒部2Sの筒状空間とチャンバ本体2Rの本体空間とに跨るように配置されている。
【0033】
メインダクト10は、導電性の非磁性材料から構成され、ターゲット放電面7Sの前方かつ電磁コイル8の径方向内側に配置され、中心線CLを中心とする円筒形状からなる。メインダクト10は、電磁コイル8の内周面と径方向において間隔をおいて配置される外周面を有する。また、メインダクト10は前後方向における中央部が電磁コイル8に径方向において対向するように配置されており、メインダクト10の前後方向における長さは、電磁コイル8の長さよりも長く設定されている。換言すれば、メインダクト10の径方向外側に電磁コイル8が配置されている。また、メインダクト10の内径は、ターゲット7の外径よりも僅かに大きく設定されている。メインダクト10は、磁性体12と互いに導通するように接続されており、前記陽極の一部を構成する。一例として、メインダクト10は、SUSから構成される。メインダクト10は、真空チャンバ2に対して絶縁されている。
【0034】
先端ダクト11は、メインダクト10の前方に配置され、メインダクト10に導通するように接続されている。先端ダクト11は、中心線CLを中心とする円筒形状を有しており、先端ダクト11の内周面はメインダクト10の内周面と連なっている。本実施形態では、互いの内周面同士は、面一とされているが、これに限定されない。先端ダクト11の内径は、メインダクト10の内径よりも大きいものでもよい。また、先端ダクト11の外周面は磁性体12を支持している。一例として、先端ダクト11は、SUSから構成される。前述のように、先端ダクト11には、アーク電源PSのプラス極が接続される(
図1)。先端ダクト11は、真空チャンバ2に対して絶縁されている。
【0035】
磁性体12は、導電性を有する磁性材料からなり電磁コイル8の前方、すなわち電磁コイル8よりもワーク4に近い位置に配置され、中心線CLを中心とする円筒形状を有する。上記のように、磁性体12は、先端ダクト11の外周面に支持(固定)されている。本実施形態では、磁性体12は、鉄から構成されている。磁性体12は、導電性を備えるために、フェライトなどの絶縁磁性体を除く金属磁性体であることが望ましい。磁性体12は、先端ダクト11と互いに導通するように接続されており、前記陽極の一部を構成する。磁性体12は、中心線CLと平行な方向から見て電磁コイル8よりも径方向内側に配置され前記ダクト内部空間を囲む磁性内周面12A(
図2)を有する。すなわち、磁性体12は、電磁コイル8の内径よりも小さな内径を有しダクト内部空間を囲む磁性内周面を含む。この磁性内周面12Aの内径は、ターゲット放電面7Sの外径よりも大きく設定されている。また、
図2に示すように、磁性体12は、チャンバ本体2Rの内部に配置されている。磁性体12は、電磁コイル8が形成する磁場(磁力線)をその磁性特性によって誘引する機能を有する。換言すれば、電磁コイル8が形成する磁力線は、当該電磁コイル8の前方において、磁性体12を通過する(横切る)ように径方向外側に湾曲する。
【0036】
導入ダクト13は、前後方向においてターゲット放電面7Sとメインダクト10との間に配置され、中心線CLを中心とする円筒形状を有している。導入ダクト13は、ターゲット放電面7Sから放出された皮膜形成材料をメインダクト10に導入する。本実施形態では、
図2に示すように、導入ダクト13は外径の異なる2段構造を有しており、導入ダクト13の前側部分の内径および外径は、導入ダクト13の後側部分の内径および外径よりも小さく設定されている。更に、導入ダクト13の前端部は、メインダクト10の内部に進入するように配置されている。また、導入ダクト13の後端部の内径は、ターゲット放電面7Sの外径よりも大きく設定されている。このため、ターゲット放電面7Sから放出された金属イオンがメインダクト10内に確実に進入することができる。なお、導入ダクト13は、前後方向(軸方向)に沿って同じ内径および外径を有するものでもよい。導入ダクト13は、ターゲット7およびメインダクト10、先端ダクト11に対して電気的に絶縁されている。一例として、導入ダクト13は、SUSから構成されるが、絶縁材から構成されてもよい。
【0037】
ヨーク板14は、ターゲット7の後方に間隔をおいて配置され、中心線CLを中心とする円板形状を有している。ヨーク板14の前面部に、中央磁石20および外側磁石30が固定される。
【0038】
中央磁石20は、ターゲット放電面7S(ターゲット7)の後方において中心線CL上に配置される。中央磁石20は、円柱形状を有する永久磁石であり、本実施形態では
図2、
図3に示すように中央磁石20の前側部分にS極が配置され、中央磁石20の後側部分にN極が配置されている。中央磁石20は、当該中央磁石20とターゲット放電面7Sとによって前後から挟まれる領域において前後方向に延びる第2磁力線を含む第2磁場を形成することが可能である。なお、当該第2磁場についても後記で詳述する。
【0039】
外側磁石30は、ターゲット放電面7Sの後方において中央磁石20を囲むように、中央磁石20の径方向外側において中心線CLを中心に環状に配置される。本実施形態では、複数の永久磁石が中心線CLを中心に互いに間隔をおいて環状に配置されている。各永久磁石は、円柱形状を有しており、本実施形態では
図2、
図3に示すように外側磁石30の前側部分にN極が配置され、外側磁石30の後側部分にS極が配置されている。なお、外側磁石30は、中心線CLを中心とするリング状の永久磁石でもよいし、リング状の磁性体に複数の磁極が着磁される態様でもよいが、上記のように複数の永久磁石が環状に配置されることで、アーク蒸発源6のコストを低減することができる。外側磁石30は、中央磁石20との間で閉磁場を形成する。特に、外側磁石30は、当該外側磁石30の前方かつターゲット放電面7Sの後方の領域において前後方向に延びる第3磁力線を含む第3磁場を形成することが可能である。なお、当該第3磁場についても後記で詳述する。
【0040】
なお、ヨーク板14、中央磁石20および外側磁石30は、アーク蒸発源6における磁石ユニットを構成する。また、本実施形態では、
図2に示すように、ヨーク板14によって支持される中央磁石20および外側磁石30は、チャンバ筒部2Sの外側において、大気圧下に配置されているが、これらの磁石(磁性部材)は、チャンバ筒部2S(真空チャンバ2)の内部に配置されてもよい。また、
図2では、ターゲット放電面7Sに対する中央磁石20および外側磁石30の距離がヨーク板14の後面部を基準としてL1で示されている。更に、ヨーク板14は、不図示の駆動機構によってストロークL2だけ移動可能とされている。この結果、ターゲット放電面7Sの表面の摩耗に応じて、中央磁石20および外側磁石30を後方に移動させ、安定した磁場を維持することができる。
【0041】
<アーク放電による成膜処理について>
図2において、真空ポンプ5によって真空チャンバ2の内部空間が真空状態とされ、電磁コイル8に所定のコイル電流が流れた状態で、アーク電源PSがメインダクト10、先端ダクト11および磁性体12とターゲット7との間に放電電圧を印加すると、ターゲット7が陰極として機能し、メインダクト10、先端ダクト11および磁性体12がそれぞれ陽極として機能し、アーク放電が発生する。
【0042】
本実施形態では、ターゲット放電面7Sの前方において電磁コイル8が形成する磁場(第1磁場)を構成する磁力線(第1磁力線)は、前方向を向くような成分を有している。一方、ターゲット7の後方に配置された中央磁石20がターゲット放電面7Sおよびその周辺に形成する磁場(第2磁場)を構成する磁力線(第2磁力線)は、後方向を向くような成分を有している。すなわち、電磁コイル8が形成する磁場と中央磁石20が形成する磁場とは、その間に反発磁場を形成するため、ターゲット放電面7Sを通過する磁力線は、
図3の矢印D1で示すようにターゲット放電面7Sと鋭角に交差する。このため、ターゲット放電面7Sには、当該ターゲット放電面7Sと平行な磁場成分(水平磁場)と、ターゲット放電面7Sと垂直な磁場成分(垂直磁場)とが安定して併存する。なお、この場合、ターゲット放電面7S上に形成される各磁力線における中心線CLと平行な成分の向きは同じである(
図2、
図3ではすべて前向き)。また、実際には、
図3に示される様子が中心線CLを中心に回転された状態で分布している。
【0043】
上記のように、ターゲット放電面7S上に水平磁場が安定して形成されることで、アークスポットの移動速度が高められ、当該アークスポットが同じ場所に留まることを防止することができる。この結果、ターゲット放電面7Sの一部が局所的に高温化し、ドロップレット、マクロパーティクルが発生することが抑止されるとともに、そのサイズを小さくすることができる。この結果、大きなまたは多量のマクロパーティクルがワーク4に到達しにくくワーク4上の被膜の面粗度を改善することができる。
【0044】
一方、アーク放電を受けてターゲット7のターゲット放電面7Sから放出された電子は、上記の垂直磁場を受けてターゲット放電面7Sからワーク4(
図1)に向かって飛翔する。その後、当該電子のうちの多くは、
図3の矢印D2に示すように径方向外側にその向きを変えて磁性体12に優先的に到達する。この結果、磁性体12にアーク放電における陽極が安定して形成および保持される。したがって、アーク放電における陽極の位置および大きさが変動しにくくアーク放電における放電電圧の上昇を抑制することができる。なお、前述のように、メインダクト10および先端ダクト11もアーク放電における陽極として機能するため電子の一部はこれらの部材にも到達するが、磁性体12が電磁コイル8によって形成される磁場を誘引するため、専ら当該磁性体12に陽極を形成することができる。
【0045】
一方、ターゲット放電面7Sから放出された金属イオン(陽イオン)は、電子と比較して数千倍の質量を有しているため、電子または磁力線に追従することができずに、磁性体12の径方向内側を矢印DSで示すようにそのままワーク4に向かって進み、ワーク4に蒸着する。したがって、アーク放電を安定化させるために上記のように磁性体12によって電子を誘引しても、ワーク4に対する炭素イオンの成膜速度、すなわち、成膜処理の生産性が低下することを抑止することができる。
【0046】
以上のように、本実施形態では、電磁コイル8の第1磁場および中央磁石20の第2磁場によってターゲット放電面7Sの周囲に反発磁場が形成されるため、ターゲット放電面7Sを通過する磁力線を当該反発磁場によって中心線CLに対して強制的に傾けることが可能となり、ターゲット放電面7S上に垂直磁場と水平磁場とを安定して併存させることができる。この結果、前記水平磁場によってアークスポットをターゲット放電面7S上で積極的に移動させることが可能となりマクロパーティクルの発生を抑止するとともに、その数やサイズを小さくすることができるとともに、前記垂直磁場によってターゲット放電面7Sから放出された金属イオン(皮膜形成材料)をワーク4に向かって安定して飛翔させることができる。
【0047】
また、本実施形態では、中央磁石20の周囲に逆極性の外側磁石30が配置されるため、上記のような反発磁場の形成によってターゲット放電面7S上の磁場強度が低下することを抑止し、外側磁石30によって上記磁場強度を補うことができる。特に、中央磁石20の径方向外側に配置された外側磁石30は、第1磁場の第1磁力線と同じ向きの第3磁力線を含む第3磁場を発生することができるため、中心線CLから見て反発磁場の外側には、ターゲット放電面7Sを挟んで第1磁力線と第3磁力線とが繋がるような磁場が形成される。このため、反発磁場によって傾けられた磁力線を外側磁石30に誘引することが可能となり、ターゲット放電面7Sの周囲において磁力線の分布(磁場)が不安定になることを抑止し、ターゲット放電面7S上の磁場強度が低下することを防止することができる。
【0048】
また、本実施形態では、磁性体12が電磁コイル8の前方において第1磁力線の一部を径方向外側に誘引することができるため、ターゲット放電面7Sから放出された電子を当該磁性体12に優先的に導き、アーク放電における陽極を磁性体12に安定して保持することができる。この結果、ターゲット放電面7Sから金属イオンを安定して放出するとともに、当該金属イオンをワーク4に安定して供給することができる。
【0049】
特に、磁性体12は、中心線CLに沿って見た場合電磁コイル8よりも径方向内側に配置される磁性内周面12A(内周面)を有している。このため、電磁コイル8の内部を通過した磁力線(第1磁力線)を中心線CLに近い位置で径方向外側により強く誘引することができる。
【0050】
更に、本実施形態では、真空チャンバ2に対して絶縁された先端ダクト11などが陽極として機能するため、放電電流が真空チャンバ2に流れることがなく、アーク放電を安定して維持することができる。特に、先端ダクト11を陽極とすることで、放電空間を制限することができる。この結果、アーク放電の挙動がチャンバ内部の状態(チャンバ内壁の汚れや部品の配置)の影響を受けにくいため、高い再現性をもって安定した成膜処理を行うことができる。
【0051】
更に、ターゲット7と磁性体12との間の領域には、金属イオンの通過領域を囲むようにダクト9のメインダクト10、先端ダクト11が配置されている。このため、ターゲット7が放出されたマクロパーティクルを矢印D3で示すように捕集することが可能となり、当該マクロパーティクルがワーク4に到達することを抑制することができる。
【0052】
特に、円筒状のダクト9は、チャンバ筒部2Sとチャンバ本体2Rとに跨るように配置されているため、ターゲット放電面7Sから放出された金属イオンをチャンバ本体2Rに収容されているワーク4に向かって安定して導くことができるとともに、発生したマクロパーティクルをワーク4に至る前にダクト9の内周面でより確実に捕集することができる。
【0053】
また、本実施形態では、メインダクト10は、磁性体12と互いに導通するように接続されており、陽極の一部を構成する。このように、磁性体12よりもターゲット放電面7Sに近い位置に陽極として機能するメインダクト10が配置されていることで、放電電圧の印加開始時に当該メインダクト10とターゲット放電面7Sとの間でアーク放電を発生させることが可能になり、初期の放電が不安定になることを防止することができる。また、メインダクト10と磁性体12とが導通しているため、放電開始後にアーク放電における陽極をメインダクト10から磁性体12の範囲で制御することができる。なお、陽極の位置や範囲は、コイル電流(磁場強度)によっても変化する。
【0054】
更に、本実施形態では、ターゲット7とメインダクト10との間に導入ダクト13が配置されており、当該導入ダクト13は、ターゲット7およびメインダクト10と電気的に絶縁されている(フローティング)。この結果、カソードとメインダクト10との間で一定の距離をもった放電が可能になり、この絶縁距離によって異常放電の発生を抑制することができる。
【0055】
また、本実施形態では、磁性体12よりもターゲット放電面7Sに近い位置に配置されるメインダクト10、先端ダクト11も陽極として機能することによって、アーク放電の放電開始時には、ターゲット放電面7Sとメインダクト10および先端ダクト11との間における放電の開始を促進することができる。その後、放電が安定するにつれて、より前方(下流側)の磁性体12が優先的な陽極として機能することができる。このように、ターゲット放電面7Sの前方に、絶縁された導入ダクト13を挟んで、メインダクト10、先端ダクト11および磁性体12が順に配置されることで、アーク放電を安定して維持するとともに、金属イオンをワーク4に安定して到達させることができる。なお、前述のように、陽極の位置や範囲は、コイル電流(磁場強度)によっても変化する。
【0056】
以上、本発明の各実施形態に係るアーク蒸発源6およびこれを含む成膜装置1について説明した。このようなアーク蒸発源6によれば、ターゲット放電面7Sにおけるアークスポットの移動を促進することで、ワーク4に向かって飛翔するマクロパーティクルの発生を抑制するとともに、その数や大きさを小さくすることができる。なお、本発明はこれらの形態に限定されるものではない。本発明に係るアーク蒸発源6として、以下のような変形実施形態が可能である。
【0057】
(1)上記の実施形態では、真空チャンバ2がチャンバ筒部2Sを有する態様にて説明したが、本発明は当該態様に限定されるものではない。真空チャンバ2は、ターゲット7からワーク4までを内包するような箱型形状からなるものでもよいし、中央磁石20および外側磁石30を更に内包するものでもよい。
【0058】
(2)また、上記の実施形態では、複数のワーク4が回転テーブル3上に配置され、回転テーブル3が回転する態様にて説明したが、本発明に係るワークおよびその配置はこのような態様に限定されず、他の態様をもって真空チャンバ2内に配置されるものでもよい。また、ワーク4、ターゲット7などの形状も上記の態様に限定されるものではない。特に、ターゲット7のターゲット放電面7Sは中心線CLと直交する矩形、多角形などの形状であってもよい。
【0059】
(3)また、ダクト9の構造および数は上記の態様に限定されるものではない。また、真空チャンバ2のチャンバ筒部2Sがメインダクト10として機能するものでもよい。この場合、アーク蒸発源6はダクト9を有さないものでもよい。
【0060】
(4)更に、本発明に係るアーク蒸発源の陽極の構造は、上記の態様に限定されるものではない。ダクト9の代わりに他の陽極がターゲット放電面7Sの前方に設けられてもよい。また、メインダクト10は、陽極の一部として機能しないものでもよい。
【0061】
(5)上記の実施形態では、電磁コイル8が中心線CLの周囲に形成する磁力線(第1磁力線)が前方に向かって延びる一方、中央磁石20がターゲット放電面7Sの周辺に形成する磁力線(第2磁力線)が後方に向かって延びる態様にて説明したが、これらの向きは逆でもよい。ただし、先の実施形態のように、各磁力線の向きが設定されることが望ましい。また、各磁石同士の関係において、N極、S極は互いに反対であってもよい。
【0062】
(6)また、アーク蒸発源6は外側磁石30を有さず、中央磁石20のみを有するものでもよい。また、アーク蒸発源6は、磁性体12を有さないものでもよい。この場合も、電磁コイル8および中央磁石20がそれぞれ形成する磁場の作用によって、ターゲット放電面7Sにおけるアークスポットの移動を促進することが可能となる。
【0063】
(7)また、上記の実施形態では、真空チャンバ2に1つのアーク蒸発源6が設けられる態様にて説明したが、複数のアーク蒸発源6が並んで配置されてもよい。
図2に示すようなチャンバ筒部2Sおよびアーク蒸発源6がチャンバ本体2Rに対して上下に複数設けられることで、ワーク4に対する成膜処理を促進することができる。この際、それぞれのアーク蒸発源6における磁性体12がチャンバ筒部2Sからチャンバ本体2R内に進入するように(チャンバ本体2R内に突出するように)配置されることで、隣接するアーク蒸発源6同士の互いの磁場が干渉しあうことが抑止される。この結果、各アーク蒸発源6のターゲット7から放出される金属イオンの軌道が乱れることを防止することができる。
【0064】
(8)
図4は、本発明の変形実施形態に係るアーク蒸発源6を含む成膜装置1の模式的な水平断面図である。先の実施形態では、
図1に示すように、アーク電源PSのプラス極が先端ダクト11に接続される態様にて説明したが、アーク電源PSのプラス極は真空チャンバ2に接続される態様でもよい。真空チャンバ2と先端ダクト11とが導通するように接続されることで、ターゲット7とメインダクト10、先端ダクト11および磁性体12との間でアーク放電が発生する。また、この場合、真空チャンバ2が陽極の一部としてアーク放電の放電電流を受け入れることができるため、陽極としてのメインダクト10、先端ダクト11および磁性体12の機能を補い、アーク放電が不安定になった場合にメインダクト10、先端ダクト11および磁性体12に過剰な放電電流が流れることを防止し、これらの損傷を抑止することができる。
【実施例0065】
続いて、本発明の具体的な実施例を例示する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0066】
図5、
図6、
図7、
図8および
図9は、それぞれ、本発明の実施例1、実施例2、実施例3、実施例4および実施例5におけるターゲット周辺の磁場分布を示す図である。
図10、
図11および
図12は、それぞれ、本発明の比較例1、比較例2および比較例3におけるターゲット周辺の磁場分布を示す図である。いすれも、磁場解析シミュレーションによってターゲット放電面7Sの周囲における磁場の様子を視覚化したものを簡易化したものである。
【0067】
<実施例1>
図5に示される実施例1では、ターゲット7の後方に中央磁石20および外側磁石30がそれぞれ配置される。この場合、中央磁石20はN極を構成し、外側磁石30はS極を構成している。上記の実施形態で説明したように、ターゲット放電面7Sおよびその前方には電磁コイル8(
図2)によって第1磁場M1が形成されるとともに、ターゲット放電面7Sの後方には中央磁石によって第2磁場M2が形成される。また、ターゲット7と外側磁石30との間には外側磁石30によって第3磁場M3が形成される。
【0068】
第1磁場M1に含まれる第1磁力線Q1は、ターゲット放電面7Sと交差し、更にダクト9の内部を前方に向かって通過する。第1磁力線Q1のうち中心線CLと平行な成分は、前向きに延びている。なお、このような向きの第1磁力線Q1を含む第1磁場M1(コイル磁場)の極性をS極と称する。一方、中央磁石20が形成する第2磁場M2は、中央磁石20とターゲット7との間の領域(中心線CLと平行な方向に沿って中央磁石20をターゲット7に投影することで囲まれる領域)において、後方に向かって延びる第2磁力線Q2を含む。すなわち、この第2磁力線Q2のうち中心線CLと平行な成分は、第1磁力線Q1のうち中心線CLと平行な成分とは逆向きである。なお、第1磁力線Q1および第2磁力線Q2は、中心線CLと平行な方向の成分の方が、中心線CLと垂直な方向の成分よりも大きい。なお、実際には、
図5に示される様子が中心線CLを中心に回転された状態で分布している。後記の各図でも同様である。
【0069】
この結果、第1磁場M1と第2磁場M2との間には、
図5に示すような反発磁場が形成される。このため、ターゲット放電面7S近傍における磁力線が径方向外側に押し出されるように傾斜することによって、ターゲット放電面7S上には、前述のような水平磁場と垂直磁場とが安定して形成される。なお、ターゲット放電面7Sを通過する磁力線は、電磁コイル8(
図2)から中央磁石20に向かって径方向外側に広がるように傾斜している。
【0070】
更に、当該実施例1では、外側磁石30が形成する第3磁場M3は、ターゲット7と外側磁石30との間において前方に延びる第3磁力線Q3を含む。すなわち、この第3磁力線Q3のうち中心線CLと平行な成分は、第1磁力線Q1のうち中心線CLと平行な成分と同じ向きであり、第2磁力線Q2のうち中心線CLと平行な成分とは逆向きである。
【0071】
この場合、上記のように、ターゲット放電面7Sの周辺で径方向外側に押し出される磁力線は外側磁石30に繋がるように延びることができるため、ターゲット放電面7Sの径方向外側における磁場の安定性を高めることができる。
【0072】
なお、当該実施例1に代表される本発明では、
図5に示すように、中央磁石20と外側磁石30とを結ぶように延びる閉磁場がターゲット放電面7Sの後方に留まっており、ターゲット放電面7Sには到達していない。換言すれば、公知のマグネトロン技術のように、ターゲット放電面7S上に形成される磁力線同士の向きが前後方向に反転することがない。このため、ターゲット放電面7Sにおけるアークスポットを著しく拘束しターゲット放電面7Sの偏摩耗を促進することがなく、安定した放電および陽イオン(皮膜形成材料)の放出が可能となる。
【0073】
<実施例2>
図6に示される実施例2では、ターゲット7の後方にN極の中央磁石20が配置される一方、実施例1のような外側磁石30は配置されていない。この場合、ターゲット放電面7Sおよびその前方には電磁コイル8(
図2)によってS極の第1磁場M1(コイル磁場)が形成されるとともに、ターゲット放電面7Sの後方には中央磁石によって第2磁場M2が形成される。
【0074】
そして、先の実施例1と同様に、第2磁力線Q2のうち中心線CLと平行な成分は、第1磁力線Q1のうち中心線CLと平行な成分とは逆向きである。この結果、第1磁場M1と第2磁場M2との間には、
図6に示すような反発磁場が形成される。このため、ターゲット放電面7S近傍における磁力線が径方向外側に押し出されるように傾斜することによって、ターゲット放電面7S上には、前述のような水平磁場と垂直磁場とが安定して形成される。
【0075】
<実施例3、4>
図7に示される実施例3では、先の実施例1と比較して、外側磁石30が径方向内側に10mm移動された状態に相当する。同様に、
図8に示される実施例4では、先の実施例1と比較して、外側磁石30が径方向内側に20mm移動された状態に相当する。同様に、中央磁石20はN極を構成し、外側磁石30はS極を構成している。なお、実施例1では、ターゲット7の径方向外側の側面と、外側磁石30の径方向内側の側面とが中心線CLと平行な同じ直線上に配置されている。実施例3、4のように、外側磁石30がターゲット7の径方向外側の側面よりも径方向の内側に配置された場合でも、ターゲット放電面7Sの中央部に反発磁場を形成することが可能であるとともに、ターゲット放電面7Sを通過する磁力線をターゲット放電面7Sと鋭角に交差するように設定することができる。この結果、ターゲット放電面7S上には、前述のような水平磁場と垂直磁場とが安定して形成される。
【0076】
<実施例5>
図9に示される実施例5では、先の実施例1と比較して、外側磁石30が径方向外側に10mm移動された状態に相当する。このように、外側磁石30がターゲット7の径方向外側の側面よりも径方向の外側に配置された場合でも、ターゲット放電面7Sの中央部に反発磁場を形成することが可能であるとともに、ターゲット放電面7Sを通過する磁力線をターゲット放電面7Sと鋭角に交差するように設定することができる。この結果、ターゲット放電面7S上には、前述のような水平磁場と垂直磁場とが安定して形成される。
【0077】
なお、実施例3、4、5において、外側磁石30を有さない条件においても、上記と同様の水平磁場および垂直磁場の発生は確認される結果となった。この際、アークスポットの移動を促進しつつ、ターゲット放電面7Sから放出された荷電粒子をワーク4に向かって安定して飛翔させるためには、外側磁石30の径方向内側の側面について、ターゲット7の径方向外側の側面よりも径方向内側に20mmの位置を下限とし、ターゲット7の径方向外側の側面よりも径方向外側に20mmの位置を上限とすることが望ましい。また、外側磁石30の径方向内側の側面について、ターゲット7の径方向外側の側面と径方向における同じ位置を下限とし、ターゲット7の径方向外側の側面よりも径方向外側に20mmの位置を上限とすることが更に望ましい。上記の範囲を超える場合は、ターゲット放電面7S上の水平磁場成分が弱くなるため、アーク放電の条件などによってはその性能が相対的に弱まる場合がある。
【0078】
<比較例1>
図10に示される比較例1は、先の実施例1と比較して、中央磁石20および外側磁石30を有さない点で相違する。この場合、
図10に示すように、ターゲット放電面7S上には専ら垂直成分のみを含む第1磁力線Q1が形成されるため、アークスポットの移動を促進することができず、マクロパーティクルの発生が顕著となる。
【0079】
<比較例2>
図11に示される比較例2は、先の実施例1と比較して、外側磁石30を有さず、更に、電磁コイル8の第1磁力線Q1と中央磁石20の第2磁力線Q2とが互いに同じ向き(前向き)の成分を有する点で相違する。この場合も、
図11に示すように、ターゲット放電面7S上には専ら垂直成分のみを含む第1磁力線Q1が形成されるため、アークスポットの移動を促進することができず、マクロパーティクルの発生が顕著となる。
【0080】
<比較例3>
図12に示される比較例3は、先の実施例1と比較して、中央磁石20および外側磁石30の両方を有するものの、第1磁力線Q1と第2磁力線Q2とが比較例2と同様に互いに同じ向き(前向き)の成分を有する点で相違する。この場合、
図12に示すように、ターゲット放電面7Sにはターゲット放電面7Sと鋭角に交わる磁力線が僅かに形成されるものの、ターゲット放電面7Sの中央部には反発磁場が形成されていないためアークスポットの移動を促進することができず、先の各実施例と比較してマクロパーティクルの数やサイズを抑えることが難しくなる。