(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024068308
(43)【公開日】2024-05-20
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/58 20060101AFI20240513BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240513BHJP
F16H 1/32 20060101ALI20240513BHJP
【FI】
F16C33/58
F16C19/06
F16H1/32 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022178649
(22)【出願日】2022-11-08
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【弁理士】
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】渡部 航大
【テーマコード(参考)】
3J027
3J701
【Fターム(参考)】
3J027FA18
3J027FA37
3J027GB03
3J027GC06
3J027GE25
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA53
3J701BA54
3J701BA69
3J701BA70
3J701DA02
3J701FA31
3J701FA46
3J701GA11
3J701XB01
3J701XB03
3J701XB14
3J701XB18
3J701XB26
(57)【要約】
【課題】組立性の悪化を招くことなく、軸受の寿命を向上させることができる転がり軸受を提供する。
【解決手段】本発明の転がり軸受1は、波動歯車減速機HDにおける楕円状のカム4とフレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3との間に介在される。転がり軸受1は、楕円状のカム4との嵌合によって楕円状に変形可能な内輪5と、内輪5の楕円状変形に伴って楕円状に変形可能な外輪6と、内輪5と外輪6との間に介装された複数の転動体9とを備えている。内輪5および外輪6の少なくとも一方に、素材の表面に元素を浸透させる表面硬化処理が施されている。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
波動歯車減速機における楕円状のカムとフレクスプラインとの間に介在される転がり軸受であって、
前記楕円状のカムとの嵌合によって楕円状に変形可能な内輪と、
前記内輪の楕円状変形に伴って楕円状に変形可能な外輪と、
前記内輪と前記外輪との間に介装された複数の転動体と、を備え、
前記内輪および前記外輪の少なくとも一方の軌道輪に、表面に元素を浸透させる表面硬化処理が施されている転がり軸受。
【請求項2】
請求項1に記載の転がり軸受において、前記表面硬化処理は浸炭処理または浸窒処理を含む転がり軸受。
【請求項3】
請求項1または2に記載の転がり軸受において、前記表面硬化処理が施される前記軌道輪の最小肉厚をB、前記表面処理の処理深さをaとしたとき、0.2≦(a/B)≦0.7の関係を満たす転がり軸受。
【請求項4】
請求項1または2に記載の転がり軸受において、前記表面硬化処理が施される前記軌道輪の肩高さhに対する前記転動体の直径Dwの比率が0.04≦(h/Dw)≦0.13である転がり軸受。
【請求項5】
請求項1または2に記載の転がり軸受において、前記軌道輪の転走面のみに表面硬化処理層を有する転がり軸受。
【請求項6】
請求項5に記載の転がり軸受において、前記表面硬化処理が施される前記軌道輪の最小肉厚をB、前記表面処理の処理深さをaとしたとき、0.1≦(a/B)≦0.7の関係を満たす転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、楕円軸に挿入されて使用される転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
楕円軸に挿入されて使用される軸受の内輪は、楕円形の軸の形状に倣って楕円変形する。また、外輪も同様に、内輪の変形に伴い、転動体を介して楕円変形する。その際、楕円変形した軸受の長軸部は予圧状態で、短軸部はすきま状態で使用される。運転時、楕円変形後の長軸対角2箇所が負荷域となる。楕円変形した内輪が回転する場合、外輪は楕円の長軸および短軸が同位相で繰り返し変形しながら回転する。このため、外輪には、繰り返し引張応力および圧縮応力が負荷される。
【0003】
このような軸受の軸受寿命(信頼性)を向上させるためには、転動体の充填率の増加、もしくは、転動体の直径の増加等のように、軸受の定格荷重を増加させる必要がある(例えば、特許文献1,2)。
【0004】
特許文献1の装置では、軸受のボール径(転動体の直径)が、各型番の現行品寸法に対して5~15%大きい寸法に設定され、可撓性内輪の軌道面半径とボール径の比(内輪の軌道面半径/ボール径)、および可撓性外輪の軌道面半径とボール径の比(外輪の軌道面半径/ボール径)が共に、各型番の現行品に対して、0.8~2%小さくなるように設定されている。このように、可撓性ベアリングを改良して長寿命化が図られている。
【0005】
特許文献2の装置では、軸受は保持器を備えていない。そのため、ボール軌道内に挿入されるボールの数が、保持器の仕切り壁による制約を受けることがない。その結果、最大数のボールを装着でき、転動体の充填率が増加する。これにより、軸受の負荷容量を向上させ、軸受の長寿命化が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5178542号公報
【特許文献2】国際公開第2019/049296号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1のように転動体の直径を増加させる場合、軌道輪の肉厚の薄肉化による強度の低下を引き起こす可能性がある。特許文献2の装置の場合、保持器がないため、ボール同士が接触することによる発熱のリスクが高まる。また、ボール充填数が多いため、組立性が悪化する。組立性の悪化に対する対策として、例えば、軌道輪に入れ溝などを設けることが必要となるが、この場合、軌道輪割れやコストアップにつながる恐れがある。
【0008】
本発明の目的は、組立性の悪化を招くことなく、軸受の寿命を向上させることができる転がり軸受を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の転がり軸受は、波動歯車減速機における楕円状のカムとフレクスプラインとの間に介在される転がり軸受であって、前記楕円状のカムとの嵌合によって楕円状に変形可能な内輪と、前記内輪の楕円状変形に伴って楕円状に変形可能な外輪と、前記内輪と前記外輪との間に介装された複数の転動体とを備え、前記内輪および前記外輪の少なくとも一方の軌道輪に表面硬化処理が施されている。該転がり軸受は、例えば、波動歯車減速機の楕円軸に組み込まれる。表面硬化処理は、鋼の表面層を硬化するために行う、例えば、浸炭処理または浸窒処理等である。また、表面硬化処理層は、軌道輪の転走面のみに設けられてもよい。
【0010】
この構成によれば、軌道輪に浸炭処理、侵窒処理等のような表面硬化処理を施すことで、表面硬度が上昇するとともに、表面の圧縮応力が生成される。これにより、リング疲労強度および転動疲労強度が向上する。その結果、軸受の寿命を向上させることができる。また、ボール充填数を増加させる必要がないので、組立性の悪化も招かない。このように、組立性の悪化を招くことなく、軸受の寿命を向上させることができる。
【0011】
本発明において、前記表面硬化処理が施される前記軌道輪の最小肉厚をB、前記表面硬化処理の処理深さをaとしたとき、0.2≦(a/B)≦0.7の関係を満たしてもよい。転動疲労寿命を向上させるためには、運転中の最大せん断応力が発生する位置よりも深い位置まで硬化層を侵入させる必要がある。その反面、極端に硬化層が深くなると靭性が低下し、軸受を楕円軸に組み付ける際に変形を許容できない。この構成のように、肉厚に対する処理深さを最適化することで、運転時に働く繰返しの引張圧縮応力による疲労破壊のリスクを低減し、さらに、転動疲労寿命を向上させることができる。
【0012】
本発明において、前記表面硬化処理が施される前記軌道輪の肩高さhに対する前記転動体の直径Dwの比率が0.04≦(h/Dw)≦0.13であってもよい。肩高さが低い場合、運転中にスラスト荷重を受ける際の肩の乗上げにより、転走面のエッジ部に応力集中が発生し、早期破損の原因となる可能性がある。また、肩高さが高い場合、組立上の問題が発生する可能性がある。この構成のように、転動体の直径に対する肩高さを最適化することで、組立性の悪化を招くことなく、エッジ部に応力集中が発生した場合においても軸受の寿命を向上させることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の転がり軸受によれば、組立性の悪化を招くことなく、軸受の寿命を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の第1実施形態に係る転がり軸受を備えた波動歯車減速機を示す縦断面図である。
【
図4】同転がり軸受の変形例を示す縦断面図である。
【
図5】同転がり軸受の組立試験の方法を示す縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好ましい実施形態について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の第1実施形態に係る転がり軸受の一種である玉軸受1を備えた波動歯車減速機の縦断面図で、
図2はその横断面図である。この玉軸受1は、波動歯車減速機HDに用いられる。この波動歯車減速機HDは、サーキュラスプライン(剛性内歯車)2と、フレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3と、楕円状のカム4とを備え、フレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3と楕円状のカム4との間に玉軸受1が介在されている。
【0016】
玉軸受1は、内輪5と、外輪6と、内輪5と外輪6との間に介装された転動体の一種である複数の玉9と、これら玉9間の周方向間隔を保つ保持器10とを備えている。内輪5および外輪6は、軸受鋼または肌焼き鋼で形成された円環状の部品である。内輪5の転走面7は、内輪5の外周面に形成された凹状の軌道溝で構成されている。外輪6の転走面8は、外輪6の内周面に形成された凹状の軌道溝で構成されている。すなわち、内輪5は外周に軌道溝7を有する軌道輪で、外輪6は内周に軌道溝8を有する軌道輪である。両転走面7、8間に、玉9が配置されている。
【0017】
玉軸受1の軸受中心軸AXは、軌道輪である内輪5および外輪6の中心軸と同軸に設定され、また、波動歯車減速機HDの回転軸線と同軸に設定されている。以下の説明において、軸受中心軸AXの方向を「軸方向」といい、軸受中心軸AXに直角する方向を「径方向」といい、軸受中心軸A回りの円周方向を「周方向」という。
【0018】
カム4は、第1軸S1の外周面に嵌合され、第1軸S1と一体に回転可能となっている。フレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3は、第1軸S1と同軸に配置された第2軸S2の端面と底部13がボス17を介してボルト16により締結され、第2軸S2と一体に回転可能となっている。第1および第2軸S1,S2は、波動歯車減速機HDの入出力軸を構成する。
【0019】
サーキュラスプライン(剛性内歯車)2は、リング形状であり、例えば、ケーシング(図示せず)に固定されている。サーキュラスプライン(剛性内歯車)2の内周面に、周方向に所定数の歯11が設けられている。
【0020】
フレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3は、筒部12の軸方向一端(
図1の左端)に形成された底部13とを有するカップ状に構成されている。筒部12の軸方向の他端(
図1の右端)は、フレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3の開口縁14を構成している。底部13の中央部に第2軸S2が連結されている。筒部12の外周面に、サーキュラスプライン(剛性内歯車)2の歯11に噛み合う歯15が設けられている。フレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3の歯15の数は、サーキュラスプライン(剛性内歯車)2の歯11の数よりも2つ少ない。
【0021】
カム4は楕円状の外周面4aを有し、カム4の外周面4aに玉軸受1の内輪5の内周面5aが嵌合されている。つまり、波動歯車減速機HDの楕円軸に、玉軸受1が組み込まれている。
【0022】
図1に示すように、玉軸受1の内輪5は、その内径面5aにおいて楕円状のカム4の外周面4aに嵌合されることで、楕円状に変形させられる。この嵌合により、玉軸受1がカム4の外周面4aに固定される。また、この際の内輪5の楕円状変形に伴い、外輪6が、玉9を介して押されることにより、楕円状に変形させられる。この状態で玉軸受1の外輪6の外径面6aがフレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3の筒部12の内側に挿入されることで、フレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3の筒部12も楕円状に変形させられる。
【0023】
嵌合されたカム4と玉軸受1は、波動発生器を構成する。すなわち、
図2に示す第1軸S1が回転し、その第1軸S1に固定されたカム4の回転と一体に楕円状の玉軸受1が回転する。このとき、玉軸受1の回転方向へ楕円状の長軸位置の位相が変わり、サーキュラスプライン(剛性内歯車)2の歯11とフレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3の歯15の噛み合う位置が回転方向に移動する。その際、フレクスプライン(薄肉弾性歯車(外歯車))3とサーキュラスプライン(剛性内歯車)2との間に1周で歯数差分の相対回転が発生し、この相対回転が減速回転として取り出される。
【0024】
図3に、玉軸受1が自然状態のときの断面を示す。同図に示すように、内輪5および外輪6に、表面硬化処理が施されている。具体的は、内輪5および外輪6は、その表面に、表面に元素を浸透させる表面硬化処理層20を有している。表面硬化処理は、例えば、表面に炭素が拡散浸透された浸炭処理または表面に窒素が拡散浸透された浸窒処理である。ただし、表面硬化処理は、軌道輪のリンク割れ疲労強度、耐スミアリング性等を向上させて軸受の長寿命化を図るための特殊熱処理であればよく、浸炭処理、浸窒処理に限定されない。なお、
図1,2では、表面硬化処理層20を省略している。
【0025】
本実施形態では、内輪5と外輪6の両方に表面硬化処理が施されているが、内輪5および外輪6の一方にのみ表面硬化処理が施されていてもよい。表面硬化処理は、鋼の表層のみを硬くすることで疲労強度の向上、耐摩耗性の向上が可能となる。浸炭処理は、熱処理炉で処理品全体を加熱し、表面から炭素を侵入させて鋼表面の炭素濃度を増加させた後、焼入れ硬化する処理である。一方、浸窒処理は、熱処理炉で処理品全体を加熱し、表面から窒素を侵入させ、侵入した窒素が鋼中の合金元素と結びついて窒化物として析出することで硬化する処理である。
【0026】
また、本実施形態では、内輪5および外輪6の外表面の全体に、表面硬化処理層20が設けられているが、
図4の変形例に示すように、内輪5および外輪6の転走面7,8のみに、表面硬化処理層20が設けられてもよい。この場合、転走面7,8のみに表面硬化処理を施してもよく、軌道輪5,6の外表面の全体または転走面7,8を含む軌道輪5,6の外表面一部に表面硬化処理を施して表面硬化処理層20を形成した後、転走面7,8以外の表面の表面硬化処理層20を取り除く加工をしてもよい。また、転走面7,8以外の表面にマスキングを実施した後、表面硬化処理を施してもよい。
【0027】
図3に示す表面硬化処理が施される軌道輪の最小肉厚をB、表面硬化処理の処理深さをaとしたとき、0.2≦(a/B)≦0.7の関係を満たすことが好ましい。ここで、「軌道輪の最小肉厚」とは、軌道輪の径方向寸法(厚さ)の最小値をいい、本実施形態では、内輪5の最小肉厚Biは内輪の内周面5aと転走面7の最底部7aとの距離であり、外輪6の最小肉厚Boは外輪の外周面6aと転走面8の最底部8aとの距離である。
【0028】
また、「表面硬化処理の処理深さa」は、表面硬化処理層20の径方向の厚さ(深さ)である。詳細には、内輪5の表面の全体に深さaiの表面硬化処理層20が形成されているとすると、内輪5の表面硬化処理の処理深さaは、2aiとなる(a=ai+ai=2ai)。したがって、内輪5において、最小肉厚をBiとすると、0.2≦(2ai/Bi)≦0.7の関係を満たす。
【0029】
同様に、外輪6の表面の全体に深さaoの表面硬化処理層20が形成されているとすると、外輪6の表面硬化処理の処理深さaは、2aoとなる(a=ao+ao=2ao)。したがって、外輪6において、最小肉厚をBoとすると、0.2≦(2ao/Bo)≦0.7の関係を満たす。
【0030】
図4のように、転走面7,8のみに表面硬化処理層20が設けられている場合、内輪5の転走面7に深さaiの表面硬化処理層20が形成されているとすると、内輪5の表面硬化処理の処理深さaはaiとなる(a=ai)。したがって、内輪5において、最小肉厚をBiとすると、0.1≦(ai/Bi)≦0.7の関係を満たす。
【0031】
同様に、
図4の外輪6の転走面8に深さaoの表面硬化処理層20が形成されているとすると、外輪6の表面硬化処理の処理深さaはaoとなる(a=ao)。したがって、外輪6において、最小肉厚をBoとすると、0.1≦(ao/Bo)≦0.7の関係を満たす。
【0032】
図3に示すように、表面硬化処理が施される軌道輪の肩高さをh、転動体9の直径をDwとすると、両者の比率が0.04≦(h/Dw)≦0.13であることが好ましい。詳細には、表面硬化処理が施される内輪5の肩高さをhiとすると、転動体9の直径Dwとの比率は0.04≦(hi/Dw)≦0.13である。同様に、表面硬化処理が施される外輪6の肩高さをhoとすると、転動体9の直径をDwとの比率は0.04≦(ho/Dw)≦0.13である。
【0033】
ここで、「軌道輪の肩高さ」とは、軌道溝の深さをいい、本実施形態では、内輪5の肩高さhiは内輪5の転走面7の最底部7aとエッジ部7bとの径方向距離であり、外輪6の肩高さhoは外輪6の転走面8の最底部8aとエッジ部8bとの径方向距離である。内輪5の転走面7のエッジ部7bとは、内輪5の転走面7と内輪5の外周面5bとの縁部である。同様に、外輪6の転走面8のエッジ部8bとは、外輪6の転走面8と外輪6の内周面6bとの縁部である。
【実施例0034】
[表面硬化処理の処理深さ(硬化層の深さ)]
転動疲労寿命を向上させるためには、運転中の最大せん断応力が発生する位置よりも深い位置まで硬化層が侵入する必要がある。その反面、極端に硬化層が深くなると靭性が低下し、軸受の組立時の変形を許容できない。表面硬化処理の処理深さa(硬化層の深さ)の最適範囲を確認した。
【0035】
(下限値)
下限値は、運転時に最大せん断応力が発生する表面からの深さ位置から算出した。具体的には、動的最大の荷重条件にて下限値を算出する。計算結果を表1に示す。表中の「〇」は運転中に問題がないことを示し、「×」は問題が発生したことを示す。
【0036】
【0037】
計算の結果、軌道輪の最小肉厚Bに対する硬化層深さ(表面硬化処理の処理深さ)aは20%以上であれば、運転中に問題は発生しない。したがって、軌道輪の最小肉厚に対する表面硬化処理の処理深さ(a/B)の下限値を0.2とする。
【0038】
(上限値)
上限値は、組立試験を実施し、組立可能か否かを確認した。
図5に組立試験の概略構造を示す。同試験では、内輪100と外輪102との間に、圧縮力を支持するための支持ボール104が対角に配置されている。圧縮力が負荷された箇所は内側に変形し、楕円形状となる。圧縮力を付加した位置は楕円変形時の短軸部となり、長軸部に形成された内輪100と外輪102との隙間から転動体108を挿入する。所定の数量の転動体108が挿入できるか否かにより、組立可能か否かを確認し、以下の検証結果が得られた。表中の「〇」は組立可能であることを示し、「×」は組立が不可能である軌道輪の割れが発生したことを示す。
【0039】
【0040】
評価試験の結果、軌道輪の最小肉厚Bに対する硬化層深さ(表面硬化処理の処理深さ)aが70%以下であれば組立可能であった。したがって、軌道輪の最小肉厚に対する表面硬化処理の処理深さ(a/B)の上限値を0.7とする。以上から、軌道輪の最小肉厚に対する表面硬化処理の処理深さ(a/B)の範囲は0.2~0.7が好ましい。
【0041】
[肩高さh]
表面硬化処理を施した場合でも、
図3に示す肩高さhが低い場合、運転中のスラスト荷重により肩乗上げが発生することがある。これにより、転走面7,8のエッジ部7b、8bに応力集中が発生し、早期破損の原因となる可能性がある。また、肩高さhが高い場合、組立上の問題が発生する可能性がある。ボール径Dwに対する肩高さh、すなわち(h/Dw)の最適範囲を確認した。
【0042】
(下限値)
下限値は、運転時の動的最大条件にて肩乗上げの有無を確認した。その結果を表3に示す。
【0043】
【0044】
計算の結果、ボール径Dwに対する肩高さhが4%以上であれば、動的最大条件にて運転中に肩乗上げは発生しない。したがって、ボール径に対する肩高さ(h/Dw)の下限値を0.04とする。
【0045】
(上限値)
上限値は、組立試験を実施し、組立可能か否かを確認した。評価方法は、
図5の装置を用いた上述の方法と同じである。検証結果を表4に示す。
【0046】
【0047】
評価の結果、ボール径Dwに対する肩高さhが14%を超える場合、肩部が障害となり、所定の数量の転動体108が組み立てられなくなった。したがって、ボール径に対する肩高さ(h/Dw)の上限値を0.13とする。以上から、ボール径に対する肩高さ(h/Dw)の範囲は0.04~0.13が好ましい。
【0048】
上記構成によれば、
図3に示す軌道輪5,6に浸炭処理、侵窒処理等のような表面硬化処理を施すことで、表面硬度が上昇するとともに、表面の圧縮応力が生成される。これにより、リング疲労強度および転動疲労強度が向上する。その結果、玉軸受1の寿命を向上させることができる。また、ボール充填数を増加させる必要がないので、組立性の悪化も招かない。このように、組立性の悪化を招くことなく、軸受1の寿命を向上させることができる。このような玉軸受1は、波動歯車減速機HDの楕円軸に好適に組み込むことができる。
【0049】
表面硬化処理が施される軌道輪の最小肉厚をB、表面硬化処理の処理深さをaとしたとき、0.2≦(a/B)≦0.7の関係が満たされる。このように、最小肉厚Bに対する処理深さaを最適化することで、運転時に働く繰返しの引張圧縮応力による疲労破壊のリスクを低減し、さらに、転動疲労寿命を向上させることができる。
【0050】
表面硬化処理が施される軌道輪5,6の肩高さhに対する転動体9の直径Dwの比率が0.04≦(h/Dw)≦0.13である。この構成のように、転動体9の直径Dwに対する肩高さhを最適化することで、組立性の悪化を招くことなく、エッジ部7b、8bへの応力集中が発生した場合においても軸受1の寿命を向上させることができる。
【0051】
本発明は、以上の実施形態に限定されるものでなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で、種々の追加、変更または削除が可能である。例えば、
図3の例では軌道輪の全体に表面硬化処理層20が設けられ、
図4の例では軌道輪の転走面のみに表面硬化処理層20が設けられていたが、表面硬化処理層20は少なくとも転走面に設けられていればよく、
図3,4の例に限定されない。したがって、そのようなものも本発明の範囲内に含まれる。