(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024068318
(43)【公開日】2024-05-20
(54)【発明の名称】レーザー干渉計
(51)【国際特許分類】
G01S 7/481 20060101AFI20240513BHJP
G01H 9/00 20060101ALI20240513BHJP
G01S 17/50 20060101ALI20240513BHJP
【FI】
G01S7/481 A
G01H9/00 C
G01S17/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022178667
(22)【出願日】2022-11-08
(71)【出願人】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179475
【弁理士】
【氏名又は名称】仲井 智至
(74)【代理人】
【識別番号】100216253
【弁理士】
【氏名又は名称】松岡 宏紀
(74)【代理人】
【識別番号】100225901
【弁理士】
【氏名又は名称】今村 真之
(72)【発明者】
【氏名】北川 潤
【テーマコード(参考)】
2G064
5J084
【Fターム(参考)】
2G064AB02
2G064BA02
2G064BC05
2G064BC06
2G064BC14
2G064BC15
2G064BC22
2G064BC32
5J084AA06
5J084AA07
5J084AD08
5J084BA04
5J084BA36
5J084BB04
5J084BB15
5J084BB16
5J084BB19
5J084BB37
5J084BB40
(57)【要約】
【課題】戻り光に伴うレーザー発振の不安定化を抑制しつつ、非変調成分に伴うS/N比の低下を抑制可能なレーザー干渉計を提供すること。
【解決手段】レーザー光を射出するレーザー光源と、駆動信号により振動する振動素子および前記振動素子に設けられている光反射面を備え、振動する前記光反射面で前記レーザー光を反射させることにより、前記レーザー光に変調信号を重畳させる光変調器と、対象物に由来するサンプル信号および前記変調信号を含む前記レーザー光を受光し、受光信号を出力する受光部と、を備え、前記光反射面の法線と、前記光反射面に入射する前記レーザー光の入射光軸と、のなす角を傾斜角θ
qomとするとき、下記式(1)を満たすことを特徴とするレーザー干渉計。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー光を射出するレーザー光源と、
駆動信号により振動する振動素子および前記振動素子に設けられている光反射面を備え、振動する前記光反射面で前記レーザー光を反射させることにより、前記レーザー光に変調信号を重畳させる光変調器と、
対象物に由来するサンプル信号および前記変調信号を含む前記レーザー光を受光し、受光信号を出力する受光部と、
を備え、
前記光反射面の法線と、前記光反射面に入射する前記レーザー光の入射光軸と、のなす角を傾斜角θ
qomとするとき、下記式(1)を満たすことを特徴とするレーザー干渉計。
【数1】
【請求項2】
前記傾斜角θ
qomは、下記式(2)を満たす請求項1に記載のレーザー干渉計。
【数2】
【請求項3】
前記レーザー光源から射出された前記レーザー光を分割した後、前記レーザー光の一部を前記光変調器に照射させ、前記レーザー光の別の一部を前記対象物に照射させ、その後、前記光変調器から戻ってきた前記レーザー光および前記対象物から戻ってきた前記レーザー光を混合する光分割器を備える請求項1または2に記載のレーザー干渉計。
【請求項4】
前記レーザー光源と前記光分割器との間に配置され、前記レーザー光が通過する開口を有する遮蔽素子を備える請求項3に記載のレーザー干渉計。
【請求項5】
前記レーザー光源から射出された前記レーザー光の波長をλ、前記レーザー光源から射出された前記レーザー光の有効径をφ
κ、前記有効径の基準点から前記光変調器までの物理的距離をL
qとするとき、下記式(3)を満たす請求項1または2に記載のレーザー干渉計。
【数3】
【請求項6】
前記傾斜角θ
qomは、下記式(4)を満たす請求項1または2に記載のレーザー干渉計。
【数4】
【請求項7】
前記光反射面で反射した前記レーザー光の一部が前記有効径の基準点に戻るとき、前記有効径の範囲内の出射光量に対する、前記有効径の範囲内に戻ってくる戻り光量の比率が0.16%以下となるように、前記傾斜角θqomが設定されている請求項5に記載のレーザー干渉計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー干渉計に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、物体の振動速度を測定する装置として、レーザー振動計が開示されている。このレーザー振動計では、被測定物にレーザー光を照射し、ドップラーシフトを受けた散乱レーザー光に基づいて、振動速度を計測する。
【0003】
特許文献1に記載のレーザー振動計は、所定の周波数を発生させる振動素子を備える。この振動素子は、その振動周波数に基づいて、入射するレーザー光の周波数をシフトさせ、入射レーザー光とは異なる周波数の反射レーザー光を生成する。レーザー振動計では、この反射レーザー光を、参照光として用いる。そして、被測定物に由来する散乱レーザー光と、参照光と、が合波された光を光検出器で受光することにより、ビート信号を電気的に取り出す。そして、このビート信号から被測定物の振動速度を計測する。
【0004】
しかしながら、レーザー光源では、戻り光が侵入することにより、レーザー発振が不安定になることがある。戻り光とは、レーザー光源から射出されたレーザー光が、光学部品で反射されたとき、意図せず、レーザー光源に向かって戻る光のことをいう。レーザー発振が不安定になると、レーザー光の品質が低下する。これにより、レーザー振動計では、S/N比(信号対雑音比)の低下や、レーザー光の位相の不連続化を招く。その結果、物体の振動速度の計測精度が低下する。
【0005】
戻り光を抑制する技術として、非同軸光学系が知られている。非同軸光学系は、光学部品に入射する光(入射光)と、この光が光学部品で反射してなる光(反射光)と、が互いに異なる軸に沿って伝搬するように、光学部品の反射面を傾けた光学系である。反射面を傾けることにより、反射光の一部がレーザー光源に向かって戻ったとしても、レーザー光源からずれた位置に戻ることになる。このため、レーザー光の出射部に戻り光が侵入するのを抑制することができる。
【0006】
以上のような非同軸光学系をレーザー振動計に適用することで、戻り光に伴うレーザー発振の不安定化を抑制できると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載のレーザー振動計に非同軸光学系を適用する場合、振動素子に設けられた反射面の法線と、入射光の光軸と、を非平行にすればよい。ただし、その場合、反射面で生成される反射レーザー光には、入射レーザー光に対して周波数がシフトした成分だけでなく、周波数がシフトしなかった成分(非変調成分)も含まれる。
【0009】
本発明者による検討の結果、この非変調成分はノイズとなり、ビート信号のS/N比を低下させることがわかってきた。そこで、レーザー振動計に非同軸光学系を適用するにあたり、非変調成分に伴うS/N比の低下を抑えることが課題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の適用例に係るレーザー干渉計は、
レーザー光を射出するレーザー光源と、
駆動信号により振動する振動素子および前記振動素子に設けられている光反射面を備え、振動する前記光反射面で前記レーザー光を反射させることにより、前記レーザー光に変調信号を重畳させる光変調器と、
対象物に由来するサンプル信号および前記変調信号を含む前記レーザー光を受光し、受光信号を出力する受光部と、
を備え、
前記光反射面の法線と、前記光反射面に入射する前記レーザー光の入射光軸と、のなす角を傾斜角θ
qomとするとき、下記式(1)を満たす。
【数1】
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態に係るレーザー干渉計を示す機能ブロック図である。
【
図2】
図1のレーザー干渉計が備えるセンサーヘッド部を示す概略構成図である。
【
図3】
図2に示す光変調器が、変調信号を含む参照光L2(変調信号を含むレーザー光)を生成する原理を説明する模式図である。
【
図4】傾斜角θ
qomと、ノイズ比率η
Nと、の関係を示すグラフである。
【
図5】ノイズ比率η
Nを7段階に変えながらレーザー干渉計によって対象物の変位を計測するとき、変位の真値および計測精度を示すグラフである。
【
図6】
図2の干渉光学系の部分拡大図であって、遮蔽素子および光変調器のみを抜き出し、位置関係を簡素化して示す図である。
【
図7】シミュレーションによって求めた、傾斜角θ
qomと、うなり信号成分の強度に対するノイズ成分の強度の割合(ノイズ比率η
N)と、の関係を示すグラフである。
【
図8】シミュレーションによって求めた、傾斜角θ
qomと、出射光量に対する戻り光量の比率と、の関係を示すグラフである。
【
図9】
図2の光変調器の構成例を示す斜視図である。
【
図10】
図9に示す光変調器の光反射面近傍を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明のレーザー干渉計を添付図面に示す実施形態に基づいて詳細に説明する。
図1は、実施形態に係るレーザー干渉計1を示す機能ブロック図である。
図2は、
図1のレーザー干渉計1が備えるセンサーヘッド部51を示す概略構成図である。
【0013】
図1に示すレーザー干渉計1は、
図2に示す対象物14にレーザー光を照射し、反射したレーザー光を検出することにより、例えば、対象物14の変位や速度を計測する。
【0014】
図1に示すレーザー干渉計1は、センサーヘッド部51と、本体部59と、を備える。
図1に示すセンサーヘッド部51は、干渉光学系50および信号生成部60を備える。センサーヘッド部51は、小型化および軽量化が容易で、可搬性および設置容易性を持たせやすいため、例えばレーザー干渉計1による計測対象である、
図2に示す対象物14の近くに配置可能である。
【0015】
本体部59は、演算部52を備える。本体部59は、センサーヘッド部51から離して配置可能であり、例えばラック等に収容されていてもよい。
【0016】
1.センサーヘッド部
図1に示すセンサーヘッド部51は、干渉光学系50および信号生成部60を備える。
【0017】
1.1.干渉光学系
図2に示す干渉光学系50は、マイケルソン型干渉光学系である。干渉光学系50は、レーザー光源2と、コリメートレンズ3と、遮蔽素子17と、光分割器4と、1/2波長板6と、1/4波長板7と、1/4波長板8と、検光子9と、受光素子10と、光変調器12と、を備える。
【0018】
レーザー光源2は、出射光L1(レーザー光)を射出する。受光素子10は、受けた光を電気信号に変換する。光変調器12は、振動素子30を備えており、出射光L1の周波数を変化させ、変調信号を含む参照光L2(変調信号を含むレーザー光)を生成する。対象物14に入射した出射光L1は、対象物14に由来するドップラー信号であるサンプル信号を含む物体光L3(サンプル信号を含むレーザー光)として反射する。
【0019】
光分割器4とレーザー光源2とを結ぶ光路を、光路18とする。光分割器4と光変調器12とを結ぶ光路を、光路20とする。光分割器4と対象物14とを結ぶ光路を、光路22とする。光分割器4と受光素子10とを結ぶ光路を、光路24とする。なお、本明細書の「光路」は、光学部品同士の間に設定された、光が進行する経路を指している。
【0020】
光路18上には、光分割器4側から1/2波長板6、遮蔽素子17およびコリメートレンズ3がこの順で配置されている。光路20上には、1/4波長板8が配置されている。光路22上には、1/4波長板7が配置されている。光路24上には、検光子9が配置されている。
【0021】
レーザー光源2から射出された出射光L1は、光路18を経て、光分割器4で2つに分割される。出射光L1の一部である第1分割光L1aは、光路20を経て、光変調器12に入射する。また、出射光L1の別の一部である第2分割光L1bは、光路22を経て、対象物14に入射する。光変調器12で周波数がシフトして生成された参照光L2は、光路20および光路24を経て、受光素子10に入射する。対象物14での反射により生成された物体光L3は、光路22および光路24を経て、受光素子10に入射する。
【0022】
なお、本明細書の「光路」は、光学部品同士の間に設定された、光が進行する経路を指している。また、後述する「光軸」とは、光路を通過する光束の中心軸を指している。
【0023】
以上のような干渉光学系50では、光ヘテロダイン干渉法により、対象物14の位相情報を求める。具体的には、周波数がわずかに異なる2つの光(参照光L2および物体光L3)を干渉させ、得られた干渉光から位相情報を取り出す。そして、後述する演算部52において位相情報から対象物14の変位を求める。光ヘテロダイン干渉法によれば、干渉光から位相情報を取り出すとき、外乱の影響、特にノイズとなる周波数の迷光の影響を受けにくく、高いロバスト性が与えられる。
【0024】
以下、干渉光学系50の各部についてさらに説明する。
1.1.1.レーザー光源
レーザー光源2は、可干渉性を有する出射光L1を射出するレーザー光源である。レーザー光源2には、線幅がMHz帯以下の光源が好ましく用いられる。具体的には、He-Neレーザーのようなガスレーザー、DFB-LD(Distributed FeedBack - Laser Diode:分布帰還型レーザーダイオード)、FBG-LD(Fiber Bragg Grating付き Laser Diode:ファイバーブラッググレーティング付きレーザーダイオード)、VCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting Laser:垂直共振器面発光レーザーダイオード)、FP-LD(Fabry-Perot Laser Diode:ファブリーペロー型半導体レーザーダイオード)のような半導体レーザー素子等が挙げられる。
【0025】
レーザー光源2は、特に半導体レーザー素子であるのが好ましい。これにより、レーザー光源2を特に小型化することが可能になる。このため、レーザー干渉計1の小型化を図ることができる。特に、レーザー干渉計1のうち、干渉光学系50が収容されるセンサーヘッド部51の小型化および軽量化が図られるため、センサーヘッド部51の設置自由度といった、レーザー干渉計1の操作性を高められる点で有用である。
【0026】
1.1.2.コリメートレンズ
コリメートレンズ3は、レーザー光源2と光分割器4との間に配置される光学素子であり、一例として非球面レンズが挙げられる。コリメートレンズ3は、レーザー光源2から射出された出射光L1を平行化する。なお、レーザー光源2から射出される出射光L1が十分に平行化されている場合、例えばHe-Neレーザーのようなガスレーザーをレーザー光源2として用いた場合には、コリメートレンズ3が省略されていてもよい。
【0027】
一方、レーザー光源2が半導体レーザー素子である場合には、コリメートレンズ3を設けることが好ましい。これにより、出射光L1がコリメート光になるため、出射光L1を受光する各種光学部品の大型化を抑制することができ、レーザー干渉計1の小型化を図ることができる。
【0028】
コリメート光となった出射光L1は、1/2波長板6を通過することにより、P偏光とS偏光の強度比が例えば50:50である直線偏光に変換され、光分割器4に入射する。
【0029】
1.1.3.遮蔽素子
遮蔽素子17は、コリメートレンズ3と光分割器4との間に配置される絞りである。遮蔽素子17は、光路18に対応して設けられた開口172を有する。遮蔽素子17は、
図2に示すように、光変調器12や対象物14等で発生した戻り光L5がレーザー光源2に入射するのを抑制する。なお、遮蔽素子17は、スリットやピンホール等を備える部材であればよく、その構造は特に限定されない。また、遮蔽素子17は、必要に応じて設けられればよく、省略されていてもよい。
【0030】
1.1.4.光分割器
光分割器4は、レーザー光源2と光変調器12との間、および、レーザー光源2と対象物14との間に配置される偏光ビームスプリッターである。光分割器4は、P偏光を透過し、S偏光を反射させる機能を有する。この機能により、光分割器4は、出射光L1を、光分割器4での反射光である第1分割光L1a、および、光分割器4の透過光である第2分割光L1b、に分割する。
【0031】
光分割器4で反射したS偏光である第1分割光L1aは、1/4波長板8で円偏光に変換され、光変調器12に入射する。光変調器12に入射した第1分割光L1aは、fm[Hz]の周波数シフトを受け、参照光L2として反射する。したがって、参照光L2は、周波数fm[Hz]の変調信号を含む。参照光L2は、再び1/4波長板8を透過するときP偏光に変換される。参照光L2のP偏光は、光分割器4および検光子9を透過して受光素子10に入射する。
【0032】
光分割器4を透過したP偏光である第2分割光L1bは、1/4波長板7で円偏光に変換され、動いている状態の対象物14に入射する。対象物14に入射した第2分割光L1bは、fd[Hz]のドップラーシフトを受け、物体光L3として反射する。したがって、物体光L3は、周波数fd[Hz]のサンプル信号を含む。物体光L3は、再び1/4波長板7を透過するときS偏光に変換される。物体光L3のS偏光は、光分割器4で反射され、検光子9を透過して受光素子10に入射する。
【0033】
出射光L1は可干渉性を有しているため、参照光L2および物体光L3は、干渉光として受光素子10に入射する。したがって、換言すれば、光分割器4は、出射光L1を一部(第1分割光L1a)および別の一部(第2分割光L1b)に分割する機能、第1分割光L1aを光変調器12に照射させ、第2分割光L1bを対象物14に照射させる機能、および、光変調器12から戻ってきた参照光L2および対象物14から戻ってきた物体光L3を混合する機能、を有する。これにより、光分割器4でレーザー光の分割、混合を行えるため、干渉光学系50の省スペース化を図ることができ、レーザー干渉計1の小型化に寄与できる。
【0034】
なお、偏光ビームスプリッターに代えて無偏光ビームスプリッターを用いるようにしてもよい。この場合、1/2波長板6、1/4波長板7および1/4波長板8等が不要となるため、部品点数の削減によるレーザー干渉計1の小型化を図ることができる。また、ビームスプリッター以外の光分割器を用いるようにしてもよい。
【0035】
1.1.5.検光子
互いに直交するS偏光およびP偏光は、互いに独立しているので、単純に重ね合わせただけでは干渉によるうなりが現れない。そこで、S偏光とP偏光を重ね合わせた光波を、S偏光およびP偏光の双方に対して45°傾けた検光子9に通す。検光子9を用いることにより、互いに共通した成分同士の光を透過させ、干渉を生じさせることができる。その結果、検光子9では、参照光L2と物体光L3とが干渉し、|fm-fd|[Hz]の周波数を持つ干渉光が生成される。
【0036】
1.1.6.受光素子
干渉光が受光素子10に入射すると、受光素子10は、干渉光の強度に応じた光電流(受光信号)を出力する。この受光信号から後述する方法でサンプル信号を復調することにより、最終的に、対象物14の動き、すなわち変位や速度を求めることができる。受光素子10としては、例えばフォトダイオード等が挙げられる。なお、受光素子10で受光するのは、サンプル信号および変調信号を含む光であればよく、上記の干渉光に限定されない。また、本明細書における「受光信号からサンプル信号を復調する」には、光電流(受光信号)から変換された様々な信号からサンプル信号を復調することを含む。
【0037】
1.1.7.光変調器
次に、振動素子30を備える光変調器12について説明する。
【0038】
1.1.7.1.振動素子を用いた光変調
まず、振動素子30を用いて光を変調する原理について説明する。
【0039】
図3は、
図2に示す光変調器12が、変調信号を含む参照光L2(変調信号を含むレーザー光)を生成する原理を説明する模式図である。
【0040】
図3に示す振動素子30には、レーザー光源2から射出された出射光L1を反射する光反射面300が設けられている。振動素子30は、この光反射面300を振動方向39に沿って振動させる。これにより、出射光L1は、光反射面300で反射するときに周波数がシフトし、変調信号を含む参照光L2が生成される。つまり、光変調器12は、出射光L1に変調信号を重畳させる。
【0041】
1.1.7.2.傾斜角θqomの範囲
光反射面300の法線NLと、光反射面300に入射する出射光L1の入射光軸A1と、のなす角を「傾斜角θqom」とするとき、本実施形態では、傾斜角θqomが0[deg]超になっている。つまり、光反射面300に対して出射光L1が垂直に入射するのではなく、斜めに入射するように、入射光軸A1に対して法線NLが傾くように、光変調器12の姿勢が設定されている。
【0042】
そうすると、光反射面300の法線NLと、光反射面300から出射する参照光L2の出射光軸A2と、のなす角も、前述した傾斜角θ
qomと同じになる。その結果、入射光軸A1および出射光軸A2は、同一ではなく、
図3に示すように互いに異なる。つまり、本実施形態では、干渉光学系50が非同軸光学系になっている。これにより、干渉光学系50では、仮に、参照光L2が、光分割器4で反射された後、意図せず、戻り光としてレーザー光源2に向かった場合でも、出射光L1の出射点からずれた位置に到達することになる。このため、レーザー光源2におけるレーザー発振の不安定化を抑制できる。なお、出射点とは、出射光L1が射出される面の中心点を指す。
【0043】
一方、光変調器12における光変調の効率は、光反射面300に入射する出射光L1の入射ベクトルの方向と、光反射面300から出射する参照光L2の出射ベクトルの方向と、が互いに逆であるとき、最大となる。つまり、非同軸光学系では、光変調の効率が最大値よりもやや低下し、光変調されなかった成分が参照光L2に含まれることになる。
【0044】
図3には、光反射面300に入射する出射光L1を、概念的に、光変調される成分(変調成分L1m)と、光変調されない成分(非変調成分L1n)と、に分解したイメージを示している。
図3に示す変調成分L1mは、法線NLと平行であるため、光変調される。一方、非変調成分L1nは、法線NLと直交しているため、光変調されない。
【0045】
このような出射光L1が光反射面300で反射されると、光反射面300から出射する参照光L2も、概念的に、光変調された成分(変調成分L2m)と、光変調されなかった成分(非変調成分L2n)と、に分解できる。
図3には、そのイメージを示している。
図3に示す変調成分L2mは、法線NLと平行であるため、最大の効率で光変調されている。一方、非変調成分L2nは、法線NLと直交しているため、光変調されていない。
【0046】
参照光L2には、上記のように、変調成分L2mだけでなく、非変調成分L2nも含まれている。この非変調成分L2nは、幾何光学的に分離して除去することは困難である。このため、非変調成分L2nは、最終的に、受光素子10から出力される受光信号においてノイズ成分となり、S/N比を低下させる原因となる。
【0047】
そこで、本発明者による検討の結果、傾斜角θqomが下記式(1)を満たすとき、レーザー光源2におけるレーザー発振の不安定化を抑制しつつ、非変調成分に伴う受光信号のS/N比の低下を抑制できることが見出された。
【0048】
【0049】
これにより、受光信号のS/N比の低下を抑制することができるので、レーザー干渉計1によって対象物14の変位や速度を計測するとき、十分に高い計測精度を実現することができる。
【0050】
傾斜角θqomが上記式(1)の下限値を下回ると、干渉光学系50が非同軸光学系ではなくなる。このため、参照光L2の一部が戻り光となった場合、レーザー光源2の出射部に戻り光が到達してしまう。その結果、レーザー光源2においてレーザー発振が不安定化する。一方、傾斜角θqomが上記式(1)の上限値を上回ると、非変調成分L2nが顕在化し、受光信号のS/N比の低下が許容範囲を超えてしまう。
また、傾斜角θqomは、下記式(2)を満たすのが好ましいことも見出された。
【0051】
【0052】
これにより、受光信号のS/N比の低下をより少なく抑えることができる。その結果、レーザー干渉計1によって対象物14の変位や速度を計測するとき、より高い計測精度を実現することができる。
【0053】
1.1.7.3.傾斜角θqomの上限値の意義
ここで、上記式(1)の上限値の意義について説明する。
【0054】
まず、傾斜角θqomが0[deg]である場合について説明する。この場合、非変調成分L1n、L2nは生じない。そうすると、光変調器12の光反射面300から出射する参照光L2の電界強度Erは、下記式(A)で表される。
【0055】
【0056】
上記式(A)のarは、参照光L2の光振幅、ω0は、出射光L1の角周波数、fM(t)は、光変調器12による周波数シフト量である。
【0057】
次に、傾斜角θqomが0[deg]超である場合について説明する。この場合、参照光L2の電界強度Erは、下記式(B-1)、(B-2)に示すように、光反射面300に垂直な成分Ervと、光反射面300に平行な成分Erpと、にベクトル分解できる。
【0058】
【0059】
【0060】
上記式(B-1)のevは、光反射面300に垂直な単位ベクトルである。上記式(B-2)のepは、光反射面300に平行な単位ベクトルである。
【0061】
また、垂直な成分Ervと、平行な成分Erpと、の間には、下記式(C)が成り立つ。
【0062】
【0063】
なお、上記式(B-1)および上記式(B-2)は、電界強度を信号成分とノイズ成分とに切り分けるための便宜的な表記である。上記式(B-1)が信号成分であり、上記式(B-2)がノイズ成分である。
【0064】
そして、参照光L2の光強度Prefは、電界強度の2乗で与えられるため、下記式(D)で表される。
【0065】
【0066】
上記式(D)で表されるように、参照光L2の光強度Prefにおける信号成分とノイズ成分との比は、cosθqom
2:sinθqom
2となる。
【0067】
続いて、受光素子10に入射する干渉光について説明する。
前述したように、参照光L2および物体光L3は、干渉光として受光素子10に入射する。物体光L3の電界強度Esは、下記式(E)で表される。
【0068】
【0069】
そうすると、上記式(A)および上記式(E)により、参照光L2および物体光L3の各電界強度が与えられる。
【0070】
ここで、光ヘテロダイン干渉法では、干渉光の光強度の交流成分、つまり「うなり信号(ビート信号)成分」から位相情報を取り出す。
【0071】
干渉光の光強度I0は、電界強度の時間平均の2乗で表されるため、上記式(A)および上記式(E)から、下記式(F)が導かれる。
【0072】
【0073】
ただし、上記式(F)で表される光強度I0は、上記式(A)に基づいているため、傾斜角θqomが0[deg]である場合に対応する。
【0074】
これに対し、傾斜角θqomが0[deg]超である場合、上記式(D)および上記式(E)から、下記式(G)が導かれる。
【0075】
【0076】
上記式(G)で表される光強度Iqは、傾斜角θqomが0[deg]超である場合に対応する。上記式(F)および上記式(G)によれば、干渉光の光強度に含まれるうなり信号成分の強度は、傾斜角θqomを0[deg]超にした結果、傾斜角θqomを0[deg]としたときの強度に対してcosθqom倍の減衰になっていることがわかる。
【0077】
以上を踏まえると、うなり信号成分の強度に対するノイズ成分の強度の割合(ノイズ比率ηN)は、下記式(H)で与えられる。
【0078】
【0079】
なお、上記式(H)では、参照光L2の光振幅と物体光L3の光振幅とが一致していること、つまり、ar=asが成り立っていることを仮定している。
【0080】
図4は、傾斜角θ
qomと、ノイズ比率η
Nと、の関係を示すグラフである。
図4に示すように、ノイズ比率η
Nは、傾斜角θ
qomの増加に応じて、二次関数的に増加する。このため、傾斜角θ
qomには、上限値が設定される必要がある。そこで、許容できるノイズ比率η
Nについて検討する。
【0081】
図5は、ノイズ比率η
Nを7段階に変えながらレーザー干渉計1によって対象物14の変位を計測するとき、変位の真値および計測精度を示すグラフである。なお、
図5に示すグラフの横軸は、対象物14の変位の真値であり、縦軸は、レーザー干渉計1でその変位を計測したときの計測精度である。
【0082】
図5に示すように、ノイズ比率η
Nが大きくなると、それに伴って計測精度が悪化する。ただし、計測精度が5nm以下であれば、十分な精度があるとみなすことができ、許容範囲内であるといえる。
【0083】
図5から読み取れるように、ノイズ比率η
Nが1.00%以下であるとき、対象物14の変位によらず、計測精度5nm以下を達成することができる。よって、下記式(J)が導かれる。
【0084】
【0085】
以上のようにして、前記式(1)の上限値が求められる。
また、計測精度が2nm以下であれば、より高い精度があるとみなすことができる。
【0086】
図5から読み取れるように、ノイズ比率η
Nが0.10%以下であるとき、対象物14の変位によらず、計測精度2nm以下を達成することができる。よって、下記式(K)が導かれる。
【0087】
【0088】
以上のようにして、前記式(2)の上限値が求められる。
【0089】
1.1.7.4.傾斜角θqomの下限値の意義
一方、傾斜角θqomは、下記式(3)を満たすことが好ましい。
【0090】
【0091】
傾斜角θqomが上記式(3)の下限値を下回ると、参照光L2の一部が戻り光L5となった場合、レーザー光源2の出射部に戻り光L5が到達するおそれがある。
【0092】
以下、上記式(3)の導出過程について説明する。
図6は、
図2の干渉光学系50の部分拡大図であって、遮蔽素子17および光変調器12のみを抜き出し、位置関係を簡素化して示す図である。なお、
図6では、図示の便宜上、
図2において光分割器4での反射を介して90°曲がっている光路を、直線的に図示している。
【0093】
レーザー光源2から射出された出射光L1は、コリメートレンズ3で平行光化され、遮蔽素子17で光束径が絞られている。しかし、遮蔽素子17を通過した出射光L1は、光の回折現象によって徐々に拡散する。
【0094】
一般的に、光源の光束径をrとし、この光源から射出された光線の放射角をθ[rad]とするとき、光源からの距離xにおける光線の光束径Rは、下記式(a)で求められる。
【0095】
【0096】
レーザー光の放射角θは、一般にθ≪1を満たすので、上記式(a)は、下記式(b)のように書き換えられる。
【0097】
【0098】
上記式(b)のλは、光線の波長である。上記式(b)を
図2に示す干渉光学系50に当てはめた場合、下記式(c)が成り立つ。
【0099】
【0100】
上記式(c)において、φrefは、参照光L2が遮蔽素子17に到達した場合の光束径である。φpinは、遮蔽素子17の開口172の口径である。Lqは、遮蔽素子17と光変調器12の光反射面300との物理的距離である。なお、前述した傾斜角θqomは、微小角度であるため、遮蔽素子17を通過した出射光L1が光反射面300に到達するまでの伝搬距離および参照光L2が遮蔽素子17に到達するまでの伝搬距離は、上記式(c)において、Lqの2倍であると近似している。また、上記式(c)において、λは、出射光L1の波長である。
【0101】
そうすると、遮蔽素子17の位置において、出射光L1の光軸と参照光L2の光軸とのずれ量Lxは、下記式(d)で表される。
【0102】
【0103】
このずれ量Lxが、遮蔽素子17の開口172の半径(φpin/2)および参照光L2の光束径の半分(φref/2)の和よりも大きければ、参照光L2が開口172を通過することが防止される。したがって、干渉光学系50では、下記式(e)が成り立っていることが好ましい。
【0104】
【0105】
そうすると、上記式(e)に上記式(d)を代入すると、下記式(f)が導かれる。
【0106】
【0107】
上記式(f)を傾斜角θqomについて整理すると、下記式(g)が導かれる。
【0108】
【0109】
なお、遮蔽素子17が省略されている場合には、φpinは、コリメートレンズ3の有効径で置き換えることができ、コリメートレンズ3も省略されている場合には、レーザー光源2の出射部の直径で置き換えることができる。
【0110】
そこで、遮蔽素子17の開口172、コリメートレンズ3の有効径、および、レーザー光源2の出射部を包含する概念を「出射光L1の有効径φκ」とする。戻り光L5は、この出射光L1の有効径φκに到達しなければよいと考えることができる。
そうすると、上記式(g)は、下記式(3)のように書き換えることができる。
【0111】
【0112】
なお、遮蔽素子17が省略されている場合には、Lqは、コリメートレンズ3と光反射面300との物理的距離であり、コリメートレンズ3も省略されている場合には、レーザー光源2の出射部と光反射面300との物理的距離である。
【0113】
そこで、上記式(3)におけるLqは、有効径φκの基準点から光変調器12の光反射面300までの物理的距離とする。有効径φκの基準点とは、本実施形態では、遮蔽素子17が配置されている位置であり、遮蔽素子17が省略されている場合には、コリメートレンズ3が配置されている位置であり、コリメートレンズ3も省略されている場合には、レーザー光源2の出射部の位置である。
【0114】
また、上記式(g)において、遮蔽素子17の開口172の口径φpin、遮蔽素子17と光変調器12の光反射面300との物理的距離Lq、および、出射光L1の波長λ、に具体的な数値を入れると、傾斜角θqomの具体的な数値が求められる。
【0115】
例えば、Lq=100mm、φpin=0.8mm、λ=850nmとすると、下記式(4)が導かれる。
【0116】
【0117】
また、例えば、Lq=89.3mm、φpin=0.8mm、λ=850nmとすると、下記式(5)が導かれる。
【0118】
【0119】
1.1.7.5.波動光学的な観点による傾斜角θqomの検証
前項では、幾何光学的な観点から、傾斜角θqomの上限値および下限値の意義を説明したが、ここでは、波動光学的な観点から、前述した説明を検証する。
【0120】
波動光学的な観点による検証では、シミュレーションソフトを用いた計算を行う。シミュレーションソフトには、例えば、波動光学解析ソフトウェアVirtualLab、照明設計ソフトウェアLightTools等が用いられる。
【0121】
図7は、シミュレーションによって求めた、傾斜角θ
qomと、うなり信号成分の強度に対するノイズ成分の強度の割合(ノイズ比率η
N)と、の関係を示すグラフである。
【0122】
図7に示すグラフは、
図4に示すグラフとほぼ一致している。このため、前述した幾何光学的な観点による傾斜角θ
qomは、波動光学的な観点からも妥当であるといえる。したがって、前記式(1)および式(2)の上限値の意義が波動光学的な観点からも裏付けられたといえる。
【0123】
なお、このシミュレーションでは、Lq=89.3mm、φpin=0.8mm、λ=850nmとしている。
【0124】
図8は、シミュレーションによって求めた、傾斜角θ
qomと、出射光量に対する戻り光量の比率と、の関係を示すグラフである。なお、出射光量とは、有効径φ
κの基準点において有効径φ
κの範囲内を通過して出射した出射光L1の光量である。また、戻り光量とは、有効径φ
κの基準点において有効径φ
κの範囲内に戻ってきた戻り光L5の光量である。
【0125】
図8に示すグラフでは、前記式(5)を満たす範囲、つまり、傾斜角θ
qomが0.29[deg]より大きい範囲で、戻り光L5の光量比率0.01%以下が実現されていることがわかる。この光量比は、光学濃度OD>4という減衰率に相当し、戻り光L5が十分に抑制されていることを示している。したがって、前記式(5)の下限値の意義が波動光学的な観点からも裏付けられたといえる。また、それに伴い、前記式(4)の下限値の意義も同様に裏付けられたといえる。
【0126】
また、前記式(4)や前記式(5)の導出に用いた前記式(g)やそれを概念的に拡張した前記式(3)の下限値の意義も、同様に、波動光学的な観点において裏付けられたといえる。
【0127】
なお、過去の実績を踏まえた本発明者の検討により、上記傾斜角θ
qomの範囲を逸脱しても、
図8に示す「戻り光量/出射光量」の比率が0.16%以下であれば、良好な結果が得られることがわかっている。このため、干渉光学系50の構成によっては、上記傾斜角θ
qomの下限値を緩和できる場合もある。例えば、L
q=89.3mm、φ
pin=0.8mm、λ=850nmとした場合、
図8の戻り光量/出射光量=0.16%から導かれるθ
qom=0.25[deg]を傾斜角θ
qomの下限値としてもよい。つまり、傾斜角θ
qomは、0.25[deg]<θ
qomを満たすのが好ましく、0.26[deg]<θ
qomを満たすのがより好ましく、0.29[deg]<θ
qomを満たすのがさらに好ましい。
【0128】
1.1.7.6.振動素子および回折格子
図9は、
図2の光変調器12の構成例を示す斜視図である。
【0129】
光変調器12は、
図9に示すように、振動素子30を有している。振動素子30は、板形状の振動片31と、振動片31に設けられた回折格子34と、を備えている。
【0130】
振動片31は、電位を加えることにより、面に沿う方向に歪むように振動するモードを繰り返す材料で構成されている。
図9に示す振動片31は、MHz帯の高周波領域で、振動方向36に沿って厚みすべり振動する水晶AT振動子である。また、振動片31の表面には、回折格子34が設けられている。回折格子34は、振動方向36と交差する成分を持つ溝32、すなわち、振動方向36と交差する方向に延在する直線状の複数の溝32を有している。
【0131】
振動片31は、互いに表裏の関係を有する表面311および裏面312を有している。表面311には、回折格子34が配置されている。また、表面311には、振動片31に電位を加えるためのパッド33が設けられている。一方、裏面312にも、振動片31に電位を加えるためのパッド35が設けられている。
【0132】
振動片31の大きさは、例えば、長辺が0.5mm以上10.0mm以下程度とされる。また、振動片31の厚さは、例えば、0.10mm以上2.0mm以下程度とされる。一例として、振動片31の形状は、1辺が1.6mmの正方形とされ、その厚さは0.35mmとされる。
【0133】
回折格子34の大きさは、例えば、長辺が0.2mm以上3.0mm以下程度とされる。また、回折格子34の厚さは、例えば、0.003mm以上0.5mm以下程度とされる。
【0134】
本実施形態では、振動片31が厚みすべり振動するが、この振動は、
図9に振動方向36として示すように、面内振動であることから、振動片31単体の表面に対して垂直に光を入射しても、光変調はできない。そこで、光変調器12では、振動片31に回折格子34を設けることにより、光変調を可能にしている。
【0135】
図9に示す回折格子34は、一例としてブレーズド回折格子である。ブレーズド回折格子とは、回折格子の断面形状が階段状になっているものをいう。なお、回折格子34の形状は、これに限定されない。また、振動片31の振動方向36が光変調器12に入射する出射光L1の入射方向と平行な成分を含んでいる場合、例えば、振動片31が
図9の表面311を含む平面に対して直交する成分を持つ方向に振動する素子である場合には、回折格子34が省略されていてもよい。
【0136】
振動片31は、前述した水晶振動子の他、Si振動子、弾性表面波(SAW)デバイス、セラミック振動子等であってもよい。
【0137】
図10は、
図9に示す光変調器12の光反射面300近傍を示す断面図である。
図10に示す回折格子34に設けられた溝32は、緩斜面341と、急斜面342と、で構成されている。振動片31の表面311に対し、緩斜面341は、急斜面342よりも緩い角度になるように配置されている。なお、ブレーズド回折格子の場合、緩斜面341をブレーズ面ともいう。
【0138】
回折格子34に入射した出射光L1は、この緩斜面341で鏡面反射する方向において、最も高い回折効率を示す。本実施形態では、この緩斜面341と平行な平面を「光反射面300」とみなすことができる。そして、
図10に示す光変調器12は、緩斜面341の法線NLと入射光軸A1とのなす角を傾斜角θ
qomが0[deg]であるとき、リトロー配置になるように設定されている例である。この例では、傾斜角θ
qomをゼロ超とした場合、この傾斜角θ
qomと同じ回折角で、参照光L2が出射する。
【0139】
図10に示す振動方向36に沿って振動片31が面内振動すると、回折格子34の緩斜面341は、振動方向39に沿って面外振動することになる。このため、緩斜面341に出射光L1が入射することで、出射光L1に対する光変調が可能になる。そして、変調信号を含む参照光L2を生成することができる。
【0140】
1.2.信号生成部
図1に示す信号生成部60は、振動素子30に入力される駆動信号Sd、および、演算部52に入力される基準信号Ssを出力する。
【0141】
本実施形態では、
図1に示すように、信号生成部60が発振回路61を備えている。発振回路61は、振動素子30を信号源として動作し、精度の高い周期信号を生成する。これにより、発振回路61は、精度の高い駆動信号Sdを出力するとともに、基準信号Ssを出力する。そうすると、駆動信号Sdおよび基準信号Ssは、外乱を受けた場合、互いに同じ影響を受けることになる。その結果、駆動信号Sdにより駆動された振動素子30を介して付加される変調信号、および、基準信号Ssも、互いに同じ影響を受ける。このため、変調信号および基準信号Ssが、演算部52における演算に供されたとき、演算の過程で、双方が含む外乱の影響を互いに相殺または低減させることができる。その結果、演算部52では、外乱を受けても、対象物14の位置や速度を精度よく求めることができる。
【0142】
発振回路61としては、例えば、特開2022-38156号公報に開示されている発振回路が挙げられる。
【0143】
また、信号生成部60は、発振回路61に代えて、ファンクションジェネレーターやシグナルジェネレーターのような信号発生器を備えていてもよい。
【0144】
2.本体部
図1に示す本体部59は、演算部52を備える。演算部52は、前処理部53、復調処理部55および復調信号出力部57を有する。これらの機能部が発揮する機能は、例えば、プロセッサー、メモリー、外部インターフェース、入力部、表示部等を備えるハードウェアによって実現される。具体的には、メモリーに格納されているプログラムをプロセッサーが読み出し、実行することによって実現される。なお、これらの構成要素は、内部バスによって互いに通信可能になっている。
【0145】
プロセッサーとしては、例えば、CPU(Central Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processor)等が挙げられる。なお、これらのプロセッサーがソフトウェアを実行する方式に代えて、FPGA(Field-Programmable Gate Array)やASIC(Application Specific Integrated Circuit)等が上述した機能を実現する方式を採用するようにしてもよい。
【0146】
メモリーとしては、例えば、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)、EEPROM(Electrically Erasable Programmable Read-Only Memory)、ROM(Read-Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等が挙げられる。
【0147】
外部インターフェースとしては、例えば、USB(Universal Serial Bus)等のデジタル入出力ポート、イーサネット(登録商標)ポート等が挙げられる。
【0148】
入力部としては、例えば、キーボード、マウス、タッチパネル、タッチパッド等の各種入力装置が挙げられる。表示部としては、例えば、液晶ディスプレイパネル、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレイパネル等が挙げられる。
【0149】
なお、外部インターフェース、入力部および表示部は、必要に応じて設けられればよく、省略されていてもよい。
【0150】
前処理部53および復調処理部55には、例えば、特開2022-38156号公報に開示されている前処理部および復調部が適用できる。
【0151】
前処理部53は、基準信号Ssに基づいて受光信号に前処理を行う。前処理は、受光信号を2つの信号PASS1、PASS2に分けた後、一方に基準信号を乗算し、その後、2つの信号PASS1、PASS2を合算して前処理済み信号を出力する。
【0152】
復調処理部55は、前処理部53から出力された前処理済み信号から、基準信号Ssに基づいて対象物14の速度や位置に応じたサンプル信号を復調する。
【0153】
復調信号出力部57は、復調処理部55から出力された復調処理済み信号に対し、例えば位相アンラップ処理等を施すことにより、位相接続を行う。これにより、対象物14の位置を算出する。これにより、レーザー干渉計1は、変位計となる。また、対象物14の位置から速度を求めることができる。これにより、レーザー干渉計1は、速度計となる。
【0154】
3.実施形態が奏する効果
以上のように、実施形態に係るレーザー干渉計1は、レーザー光源2と、光変調器12と、受光素子10(受光部)と、を備える。レーザー光源2は、レーザー光である出射光L1を射出する。光変調器12は、駆動信号Sdにより振動する振動素子30および振動素子30に設けられている光反射面300を備え、振動する光反射面300で出射光L1を反射させることにより、出射光L1に変調信号を重畳させる。受光素子10は、対象物14に由来するサンプル信号および前述した変調信号を含む干渉光(レーザー光)を受光し、受光信号を出力する。そして、レーザー干渉計1は、光反射面300の法線NLと、光反射面300に入射する出射光L1の入射光軸A1と、のなす角を傾斜角θqomとするとき、下記式(1)を満たす。
【0155】
【0156】
このような構成によれば、戻り光L5に伴うレーザー光源2におけるレーザー発振の不安定化を抑制しつつ、非変調成分に伴う受光信号のS/N比の低下を抑制できる。その結果、レーザー干渉計1によって対象物14の変位や速度を計測するとき、十分に高い計測精度を実現することができる。
また、傾斜角θqomは、下記式(2)を満たすことが好ましい。
【0157】
【0158】
これにより、受光信号のS/N比の低下をより少なく抑えることができる。その結果、レーザー干渉計1によって対象物14の変位や速度を計測するとき、より高い計測精度を実現することができる。
【0159】
また、実施形態に係るレーザー干渉計1は、光分割器4を備える。光分割器4は、レーザー光源2から射出された出射光L1(レーザー光)を分割した後、第1分割光L1a(レーザー光の一部)を光変調器12に照射させ、第2分割光L1b(レーザー光の別の一部)を対象物14に照射させ、その後、参照光L2(光変調器12から戻ってきたレーザー光)および物体光L3(対象物14から戻ってきたレーザー光)を混合する。
【0160】
このような構成によれば、光分割器4でレーザー光の分割、混合を行えるため、干渉光学系50の省スペース化を図ることができ、レーザー干渉計1の小型化に寄与できる。
【0161】
また、実施形態に係るレーザー干渉計1は、遮蔽素子17を備える。遮蔽素子17は、レーザー光源2と光分割器4との間に配置され、出射光L1(レーザー光)が通過する開口172を有する。
【0162】
これにより、光変調器12や対象物14等で発生した戻り光L5がレーザー光源2に入射するのを抑制することができる。
【0163】
また、レーザー光源2から射出された出射光L1(レーザー光)の波長をλ、レーザー光源2から射出された出射光L1の有効径をφκ、有効径の基準点から光変調器12までの物理的距離をLqとするとき、レーザー干渉計1は、下記式(3)を満たすことが好ましい。
【0164】
【0165】
これにより、参照光L2の一部が戻り光L5となったとしても、レーザー光源2の出射部に戻り光L5が到達する確率を下げることができる。その結果、レーザー発振の不安定化を特に抑制することができる。
また、傾斜角θqomは、下記式(4)を満たすことが好ましい。
【0166】
【0167】
これにより、参照光L2の一部が戻り光L5となったとしても、レーザー光源2の出射部に戻り光L5が到達する確率を下げることができる。その結果、レーザー発振の不安定化を特に抑制することができる。
【0168】
また、光反射面300で反射した参照光L2(レーザー光)の一部が前述した有効径の基準点に戻るとき、有効径の範囲内の出射光量に対する、有効径の範囲内に戻ってくる戻り光量の比率が0.16%以下となるように、傾斜角θqomが設定されていてもよい。
【0169】
これにより、参照光L2の一部が戻り光L5となったとしても、レーザー光源2の出射部に戻り光L5が到達する確率を下げることができる。その結果、レーザー発振の不安定化を特に抑制することができる。
【0170】
以上、本発明のレーザー干渉計を図示の実施形態に基づいて説明したが、本発明のレーザー干渉計は、前記実施形態に限定されるものではなく、各部の構成は、同様の機能を有する任意の構成のものに置換することができる。また、前記実施形態に係るレーザー干渉計には、他の任意の構成物が付加されていてもよい。
【0171】
本発明のレーザー干渉計は、前述した変位計や速度計の他、例えば、振動計、傾斜計、距離計(測長器)等にも適用可能である。また、本発明のレーザー干渉計の用途としては、距離計測、3Dイメージング、分光等を可能にする光コム干渉計測技術、角速度センサー、角加速度センサー等を実現する光ファイバージャイロ、移動ミラーデバイスを備えるフーリエ分光器等が挙げられる。
【0172】
また、光源、光変調器および受光素子のうちの2つ以上は、同一の基板上に載置されていてもよい。これにより、干渉光学系の小型化および軽量化を容易に図るとともに、組立容易性を高めることができる。
【0173】
また、前記実施形態は、いわゆるマイケルソン型干渉光学系を有するが、本発明のレーザー干渉計は、その他の方式の干渉光学系、例えばマッハツェンダー型干渉光学系を有するものにも適用可能である。
【0174】
また、前記実施形態は、参照光L2と物体光L3との干渉光が受光部に入射するよう構成されているが、受光部には、サンプル信号および変調信号を含むレーザー光が入射すればよいので、レーザー光が辿る光路は、前記実施形態に限定されない。例えば、レーザー光源から射出されたレーザー光が、光変調器および対象物を順次経由して受光部に入射するように干渉光学系が構成されていてもよい。また、これとは反対に、レーザー光源から射出されたレーザー光が、対象物および光変調器を順次経由して受光部に入射するように干渉光学系が構成されていてもよい。
【符号の説明】
【0175】
1…レーザー干渉計、2…レーザー光源、3…コリメートレンズ、4…光分割器、6…1/2波長板、7…1/4波長板、8…1/4波長板、9…検光子、10…受光素子、12…光変調器、14…対象物、17…遮蔽素子、18…光路、20…光路、22…光路、24…光路、30…振動素子、31…振動片、32…溝、33…パッド、34…回折格子、35…パッド、36…振動方向、39…振動方向、50…干渉光学系、51…センサーヘッド部、52…演算部、53…前処理部、55…復調処理部、57…復調信号出力部、59…本体部、60…信号生成部、61…発振回路、172…開口、300…光反射面、311…表面、312…裏面、341…緩斜面、342…急斜面、A1…入射光軸、A2…出射光軸、L1…出射光、L1a…第1分割光、L1b…第2分割光、L1m…変調成分、L1n…非変調成分、L2…参照光、L2m…変調成分、L2n…非変調成分、L3…物体光、L5…戻り光、Lq…物理的距離、Lx…ずれ量、NL…法線、Sd…駆動信号、Ss…基準信号、θqom…傾斜角、φpin…口径、φref…光束径