(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024068324
(43)【公開日】2024-05-20
(54)【発明の名称】MAS装置
(51)【国際特許分類】
G01N 24/00 20060101AFI20240513BHJP
G01N 24/08 20060101ALI20240513BHJP
【FI】
G01N24/00 510B
G01N24/08 510S
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022178674
(22)【出願日】2022-11-08
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業(研究成果最適展開支援プログラム 産学共同(本格型))「細胞内直接構造解析のための次世代型高感度固体NMR装置の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条第1項の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】保母 史郎
(72)【発明者】
【氏名】谷本 祐介
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 由宇生
(72)【発明者】
【氏名】高橋 大樹
(57)【要約】
【課題】MAS(マジックアングルスピニング)装置において、その冷却状態においても、ステーターの傾斜角度の調整を適正に行えるようにする。
【解決手段】角度調整機構30は、ブロック64、突片65、及び、連結機構66、を有する。突片65はステーター26に固定されている。連結機構66は、ブロック64に設けられた長孔90と、突片65に設けられた軸部材68と、を有する。軸部材68が長孔90に挿入されている。傾斜角度の調整過程において、長孔90内で軸部材68がスライド運動する。冷却過程においても、長孔90内で軸部材68がスライド運動する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料管に回転運動を行わせるステーターと、
前記ステーターを水平方向に平行な傾斜軸周りにおいて回転可能に支持する構造体と、
前記ステーターの傾斜角度を調整する角度調整機構と、
を含み、
前記角度調整機構は、
外部からの操作力により垂直方向に直線運動する第1可動部品と、
前記ステーターに対して固定された第2可動部品であって、前記傾斜軸周りにおいて円弧運動する第2可動部品と、
前記第1可動部品と前記第2可動部品に跨って設けられた連結機構と、
を含み、
前記連結機構は、
前記第1可動部品及び前記第2可動部品の内で一方の可動部品に設けられた長孔と、
前記第1可動部品及び前記第2可動部品の内で他方の可動部品に設けられ、前記水平方向に伸長した形態を有し、前記長孔に挿入された軸部材と、
を含み、
前記ステーターの傾斜角度を調整する過程において、前記連結機構により前記第1可動部品の直線運動が前記第2可動部品の円弧運動に変換され、その際に、前記長孔に対して前記軸部材がスライド運動し、
MAS装置の冷却過程において前記MAS装置の熱収縮により前記長孔と前記軸部材の位置関係が変化した場合に、前記長孔に対して前記軸部材がスライド運動する、
ことを特徴とするMAS装置。
【請求項2】
請求項1記載のMAS装置において、
前記軸部材は前記長孔に挿入された本体を有し、
前記長孔の短軸サイズは前記本体の直径に適合し、
前記長孔の長軸サイズにより前記軸部材の最大スライド範囲が規定される、
ことを特徴とするMAS装置。
【請求項3】
請求項1記載のMAS装置において、
前記ステーターは、当該ステーターの中心軸の方向に隔てられた上側端部及び下側端部を有し、
前記第2可動部品は、前記下側端部から前記中心軸の方向に沿って突出している、
ことを特徴とするMAS装置。
【請求項4】
請求項1記載のMAS装置において、
前記一方の可動部品は第1側面及び第2側面を有し、
前記他方の可動部品が前記第1側面に接触し、
前記軸部材は、前記他方の可動部品から突出して前記長孔に挿入された本体と、前記本体の先端に設けられ前記第2側面に引っかかる肥大端部と、を有する、
ことを特徴とするMAS装置。
【請求項5】
請求項4記載のMAS装置において、
前記本体は水平ねじ孔を有し、
前記水平ねじ孔にねじが差し込まれ、
前記肥大端部は、前記ねじの頭部である、
ことを特徴とするMAS装置。
【請求項6】
請求項1記載のMAS装置において、
前記第1可動部品は、垂直貫通孔としての雌ねじを有し、
前記角度調整機構は、更に、前記操作力を伝達するロッドであって前記雌ねじに差し込まれる雄ねじを備えたロッド端部を有するロッドを含み、
前記第1可動部品及び前記ロッド端部は同じ材料により構成された、
ことを特徴とするMAS装置。
【請求項7】
請求項1記載のMAS装置において、
前記構造体は、前記ステーターを前記傾斜軸周りにおいて回転可能に支持する一対の支柱を含み、
前記一対の支柱は、前記ステーターに固定された一対の回転軸部材を保持する一対の軸受けを含み、
前記冷却過程において、前記一対の軸受けを構成する材料の熱収縮度合いは、前記一対の回転軸部材を構成する材料の熱収縮度合いよりも大きい、
ことを特徴とするMAS装置。
【請求項8】
請求項7記載のMAS装置において、
前記一対の支柱は一対の第1ガス通路を有し、
前記一対の回転軸部材は一対の第2ガス通路を有し、
冷却されたガスが前記一対の第1ガス通路及び前記一対の第2ガス通路を通って前記ステーターの内部へ送られる、
ことを特徴とするMAS装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MAS(Magic Angle Spinning:マジックアングルスピニング)装置に関し、特に、ステーターの傾斜角度の調整に関する。
【背景技術】
【0002】
固体試料のNMR(Nuclear Magnetic Resonance:核磁気共鳴)測定を行う場合、必要に応じて、MAS装置を備えるNMR測定プローブが利用される。MAS装置は、固体試料を収容した試料管の傾斜角度を所定角度に維持しつつ、試料管を回転運動させるモジュールである。所定角度は、静磁場方向に対する角度であり、それはマジックアングルと称されている。所定角度は、具体的には、54.7度である。
【0003】
MAS装置は、一般に、試料管を回転駆動するステーター、ステーターを支持する構造体、角度調整機構、等を有する。ステーターは、複数のガスベアリング、ドライブガス噴射部、等を有する。ステーターから見て、試料管はローターである。角度調整機構は、試料管の回転中心軸の傾斜角度を微調整するための機構である。
【0004】
NMR測定プローブにおいて、角度調整機構には、棒状の操作部材が連結されている。操作部材の操作により角度調整機構が動作して試料管の回転中心軸の傾斜角度が変更される。特許文献1及び特許文献2には、角度調整機構を備えたMAS装置が開示されている。それらの特許文献には、冷却過程での各部品の熱収縮を許容する角度調整機構は開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009-092424号公報
【特許文献2】米国特許第9194920号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
NMRプローブ内の電子回路(特にNMR検出コイル)や試料管内の試料を低温に維持しながらNMR測定を行いたい場合、NMRプローブ内のMAS装置が冷却されるMAS装置の冷却過程では、通常、MAS装置を構成する各部品において熱収縮が生じる。MAS装置内の角度調整機構が冷却に対して十分に対応しているものではない場合、冷却状態において、角度調整機構が正しく動作せず、又は、角度調整機構が動作しなくなる。
【0007】
本発明の目的は、冷却状態において角度調整を適正に行えるMAS装置を提供することにある。あるいは、本発明の目的は、温度変化過程で生じる各部品の形態変化を許容する角度調整機構を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るMAS装置は、試料管に回転運動を行わせるステーターと、前記ステーターを水平方向に平行な傾斜軸周りにおいて回転可能に支持する構造体と、前記ステーターの傾斜角度を調整する角度調整機構と、を含み、前記角度調整機構は、外部からの操作力により垂直方向に直線運動する第1可動部品と、前記ステーターに対して固定された第2可動部品であって、前記傾斜軸周りにおいて円弧運動する第2可動部品と、前記第1可動部品と前記第2可動部品に跨って設けられた連結機構と、を含み、前記連結機構は、前記第1可動部品及び前記第2可動部品の内で一方の可動部品に設けられた長孔と、前記第1可動部品及び前記第2可動部品の内で他方の可動部品に設けられ、前記水平方向に伸長した形態を有し、前記長孔に挿入された軸部材と、を含み、前記ステーターの傾斜角度を調整する過程において、前記連結機構により前記第1可動部品の直線運動が前記第2可動部品の円弧運動に変換され、その際に、前記長孔に対して前記軸部材がスライド運動し、MAS装置の冷却過程において前記MAS装置の熱収縮により前記長孔と前記軸部材の位置関係が変化した場合に、前記長孔に対して前記軸部材がスライド運動する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、冷却状態において角度調整を適正に行えるMAS装置を提供できる。あるいは、本発明によれば、温度変化過程で生じる各部品の形態変化を許容する角度調整機構を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態に係るNMR測定システムを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0012】
(1)実施形態の概要
実施形態に係るMAS装置は、ステーター、構造体、及び、角度調整機構を有する。ステーターは、試料管に回転運動を行わせるものである。構造体は、ステーターを傾斜軸周りにおいて回転可能に支持する。角度調整機構は、ステーターの傾斜角度を調整するための機構である。角度調整機構は、第1可動部品、第2可動部品、及び、連結機構を有する。第1可動部品は、外部からの操作力により垂直方向に直線運動する。第2可動部品は、ステーターに対して固定された部品であり、傾斜軸周りにおいて円弧運動する。連結機構は、第1可動部品と第2可動部品に跨って設けられた機構である。具体的には、連結機構は、第1可動部品及び第2可動部品の内で一方の可動部品に設けられた長孔と、第1可動部品及び第2可動部品の内で他方の可動部品に設けられた軸部材と、を有する。軸部材は、水平方向に伸長した形態を有し、長孔に挿入される。ステーターの傾斜角度を調整する過程において、連結機構により第1可動部品の直線運動が第2可動部品の円弧運動に変換され、その際に、長孔に対して軸部材がスライド運動する。その一方、MAS装置の冷却過程においてMAS装置の熱収縮により長孔と軸部材の位置関係が変化した場合に、長孔に対して軸部材がスライド運動する。
【0013】
上記構成によれば、角度調整過程において、長孔内での軸部材のスライド運動が許容されているので、角度調整機構におけるいずれかの部分に過大な応力が生じることを防止できる。よって、傾斜角度の調整を円滑に行える。また、MAS装置冷却過程において、長孔内での軸部材のスライド運動が許容されているので、MAS装置の熱収縮に起因して角度調整機構におけるいずれかの部分に過大な応力が生じることを防止できる。よって、冷却状態における角度調整機構の動作不良を防止できる。
【0014】
以上のように、実施形態に係る角度調整機構は、傾斜角度の調整に起因する第1スライド運動及び熱収縮に起因する第2スライド運動を許容する連結機構を備えている。冷却温度は、例えば、10K~273Kの範囲内にあり、あるいは、10K~100Kの範囲内にある。後述するブロックが第1可動部品に相当する。後述する突片が第2可動部品に相当する。長孔は、水平方向を向く1つ又は2つの開口を有する。長穴は貫通孔又は非貫通孔である。軸部材は、例えば、水平方向に伸長した棒状又は筒状の部材である。実施形態において、垂直方向及び水平方向は、直交関係にある2つの方向を意味する。垂直方向は静磁場方向であり、水平方向は静磁場方向に直交する方向である。
【0015】
実施形態に係るMAS装置は、NMR測定プローブ内に配置される。MAS装置の配置前に、又は、MAS装置の配置後に、ステーターの中に試料管が配置される。試料管の配置は、マニュアルで実施され又は自動的に実施される。
【0016】
実施形態において、軸部材は長孔に挿入された本体を有する。長孔の短軸サイズは本体の直径に適合する。長孔の長軸サイズにより軸部材の最大スライド範囲が規定される。実施形態において、長孔は、水平方向から見て、長軸方向に伸長した矩形領域とその両側に連結された2つの半円領域とにより構成される。各半円領域の曲率半径は、軸部材の本体の半径にほぼ等しい。
【0017】
実施形態においては、第1可動部材に長孔が設けられ、第2可動部材に軸部材が設けられる。長孔の長軸は、第2可動部材の円弧運動軌道に対して交差する。第1可動部材に軸部材が設けられ、第2可動部材に長孔が設けられてもよい。
【0018】
実施形態において、ステーターは、当該ステーターの中心軸の方向に隔てられた上側端部及び下側端部を有する。第2可動部品は、下側端部から当該ステーターの中心軸の方向に沿って突出している。この構成によれば、第2可動部品を傾斜軸から遠ざけることができるので、傾斜角度の微調整がし易くなる。また、MAS装置の下側からMAS装置へ操作力を伝達する構成を採用する場合に、操作力の伝達距離が短くなる。
【0019】
実施形態においては、一方の可動部品は第1側面及び第2側面を有する。他方の可動部品が第1側面に接触する。軸部材は、他方の可動部品から突出して長孔に挿入された本体と、本体の先端に設けられ第2側面に引っかかる肥大端部と、を有する。この構成により、第1可動部品の水平回転運動が第2可動部品及び肥大端部により規制される。
【0020】
実施形態において、軸部材の本体は水平ねじ孔を有する。水平ねじ孔にねじが差し込まれる。上記の肥大端部は、差し込まれたねじの頭部である。この構成によれば、連結機構の組立て及び分解が容易となる。
【0021】
実施形態において、第1可動部品は、貫通孔としての雌ねじを有する。角度調整機構は、更に、操作力を伝達するロッドであって、雌ねじに差し込まれる雄ねじを備えたロッド端部を有するロッドを含む。第1可動部品及びロッド端部は同じ材料により構成されている。この構成によれば、冷却過程において、第1可動部品の熱収縮度合い及びロッド端部の熱収縮度合いが同じとなり又はそれらが互いに近付く。よって、冷却状態において、雌ねじと雄ねじとが強固に結合してしまう事態の発生を回避できる。
【0022】
実施形態において、構造体は、ステーターを傾斜軸周りにおいて回転可能に支持する一対の支柱を含む。一対の支柱は、ステーターに固定された一対の回転軸部材を保持する一対の軸受けを含む。上記の冷却過程において、一対の軸受けを構成する材料の熱収縮度合いは、一対の回転軸部材を構成する材料の熱収縮度合いよりも大きい。この構成によれば、冷却後の状態において、一対の回転軸と一対の軸受けとの間で生じるリークをゼロにでき又は小さくできる。
【0023】
実施形態において、上記の一対の支柱は一対の第1ガス通路を有する。上記の一対の回転軸部材は一対の第2ガス通路を有する。冷却されたガスが一対の第1ガス通路及び一対の第2ガス通路を通ってステーターの内部へ送られる。ガス供給を通じてMAS装置が冷却される。実施形態において、ガスは、冷熱輸送媒体として機能し、また、ベアリングガス及びドライブガスとして機能する。
【0024】
(2)実施形態の詳細
図1には、実施形態に係るNMR測定システム10が示されている。NMR測定システム10は、試料において生じるNMRを観測することにより試料を分析するシステムである。試料は実施形態において固体試料である。固体試料の一例として粉体が挙げられる。
【0025】
NMR測定システム10は、静磁場発生器12、NMR測定プローブ14、分光計16、冷却設備18、等を有する。分光計16には表示器20が接続されている。表示器20の画面上に、NMRスペクトルが表示される。分光計16は、送信部、受信部、周波数解析部、等を有する。
【0026】
静磁場発生器12は、静磁場を発生する超電導コイルを有する。静磁場の方向はZ方向(垂直方向)である。Z方向に直交するX方向が第1水平方向である。Z方向及X方向に直交するY方向が第2水平方向である。静磁場発生器12は、垂直貫通孔としてのボア12Aを有する。
【0027】
NMR測定プローブ14は、基部22及び挿入部24からなる。基部22は、静磁場発生器12の下側に配置されている。挿入部24は、ボア12Aの中に挿入されている。挿入部24の上端部内には、MAS装置25が配置されている。MAS装置25は、ステーター26及び角度調整機構30を有する。
【0028】
角度調整機構30は、ステーター26の傾斜角度をマジックアングル(具体的には静磁場方向に対して54.7度)に一致させるための微調整装置である。ステーター26の内部に試料管28が設けられる。試料管28内には試料が収容されている。通常、NMR測定プローブ14を静磁場発生器12に取り付ける前に、ステーター26内に試料管が配置される。NMR測定プローブ14を静磁場発生器12に取り付けた後に、試料管搬送設備を用いて、試料管がステーター26内に送り込まれてもよい。
【0029】
MAS装置25には、ベアリングガス40及びドライブガス42が送り込まれている。同じガスがベアリングガス40及びドライブガス42として用いられてもよい。ベアリングガス40及びドライブガス42は、例えば、冷却ヘリウムガス、冷却窒素ガスである。
【0030】
基部22と冷却設備18との間には、複数の配管からなる配管系38が設けられている。配管系38を通じて冷却設備18からNMR測定プローブ14へ冷媒が送り込まれる。冷媒として、液体ヘリウム、液体水素、液体窒素等が挙げられる。ヘリウムガス、水素ガス、窒素ガス等が冷媒として用いられてもよい。冷却されたベアリングガス40及びドライブガス42により、MAS装置25が冷却されてもよい。
【0031】
MAS装置25において、試料管の周囲には、図示されていないNMR検出コイルが設けられている。必要に応じて、NMR検出コイルを含む電子回路が冷却され、同時に、試料も冷却される。基部22と分光計16との間には、送信信号及び受信信号を伝送するためのケーブル44が設けられている。
【0032】
NMR測定プローブ14内には、外部から角度調整機構30へ操作力を伝達するためのロッド32が配置されている。ロッド32の下端部には、つまみ34が設けられている。例えば、必要な冷却状態が形成された後、試料のNMR測定で生成されたNMRスペクトル21を観察しながら、つまみ34を回すことにより、ステーター26の傾斜角度が調整される。符号36が示すように、傾斜角度の調整が自動化されてもよい。傾斜角度調整用の試料が試料管内に収容されてもよい。
【0033】
図2~
図5には、MAS装置の第1例が示されている。
図2において、MAS装置25は、ベース46、一対の支柱48,50、ステーター26、及び、角度調整機構30を有する。上記のように、X方向は第1水平方向であり、Y方向は第2水平方向であり、Z方向は垂直方向である。
【0034】
ベース46は、水平方向に広がった円形のプレートである。ベース46上に一対の支柱48,50が設置されている。ステーター26の中央部には、一対の回転軸部材52,54が設けられている。一対の支柱48,50には、一対の軸受け56,58が設けられている。一対の回転軸部材52、54が一対の軸受け56,58により回転可能に保持される。
【0035】
C1は、ステーター26の中心軸を示している。中心軸C1は、試料管の回転中心軸である。中心軸C1は、XZ面内に属しており、Y方向に直交している。C2は、ステーター26の傾斜軸を示している。ステーター26は、傾斜軸C2を中心として回転運動(傾斜運動)を行う。各軸受け56,58の中心軸は、傾斜軸C2に一致している。傾斜軸C2は、XZ面に直交しており、Y方向に平行である。
【0036】
一対の支柱48,50は、後に説明するように、それぞれ中空部材である。一対の回転軸部材52,54も、後に説明するように、それぞれ中空部材である。ステーター26の傾斜運動時に、一対の回転軸部材52,54と一対の軸受け56,58との間においてスリップが生じる。
【0037】
角度調整機構30は、ロッド62、ブロック64、及び、突片65を有し、更に、ブロック64と突片65とに跨って設けられた連結機構66を有する。連結機構66は、ブロック64に設けられた長孔90と、突片65に設けられた軸部材68と、を有する。ブロック64は第1可動部品であり、突片65は第2可動部品である。長孔90の長軸は、XZ面内に属しており、
図2に示す例では、X方向に平行である。軸部材68の中心軸はY方向に平行である。
【0038】
図示されるように、軸部材68が長孔90に挿入されている。長孔90が昇降運動すると、それに伴って軸部材68が昇降運動する。長孔90内における軸部材68のX方向位置には自由度がある。X方向においてブロック64と突片65の位置関係が変化しても、その変化に起因して連結機構66に過度な応力は生じない。連結機構66は、ブロック64と突片65をZ方向(及びY方向)に結合する機能、及び、X方向におけるブロック64と突片65の位置関係の変化を許容又は吸収する機能を有する。
【0039】
ロッド62を回転させると(符号63を参照)、ブロック64が垂直方向つまりZ方向に直線運動する(符号67を参照)。連結機構66は、ブロック64の直線運動を突片65の円弧運動に変換する。これにより、傾斜軸C2を中心としてステーター26が回転運動する(符号27を参照)。突片65の円弧運動軌跡はXZ面内に属する。傾斜角度調整過程においては、連結機構66が機能するので、特定の部品に過大な応力が生じることはない。
【0040】
MAS装置25の冷却過程において、支柱48,50はそれぞれ縮む。例えば、ベース46上における支柱48,50の高さが低くなる。また、MAS装置の冷却過程において、ステーター26も縮む。例えば、ステーター26における両端部が傾斜軸C2に向かって縮む。角度調整機構30を構成する各部材も同様に縮む。各部材の熱収縮率は、各部材の形態及び材料に依存する。
【0041】
MAS装置25の冷却過程における熱収縮に起因して、X方向におけるブロック64と突片65の位置関係が変化する。その変化が連結機構66により吸収される。これにより、冷却過程において特定の部品に応力が集中することを回避でき、冷却後において角度調整機構30の適正な動作を確保できる。
【0042】
以上のように、連結機構66は、傾斜角度の調整過程において長孔90内での軸部材68の第1スライド運動を許容し、また、冷却過程において長孔90内での軸部材68の第2スライド運動を許容する。角度調整機構における各部材を構成する材料として、樹脂、非磁性金属、磁化率補正済みの金属、等が挙げられる。樹脂を用いる場合、耐久性に優れた樹脂を用いるのが望ましい。
【0043】
図3を用いて、ステーター26について説明する。ステーター26の中に試料管28が収容される。ステーター26は、第1ガスベアリング、第2ガスベアリング、ドライブガス噴射部、等を有する。
【0044】
第1ガスベアリングは、試料管28の周囲から試料管28に対してベアリングガス72を吹き付けるものである。第2ガスベアリングも、試料管28の周囲から試料管28に対してベアリングガス74を吹き付けるものである。ドライブガス噴射部は、試料管28の端部に設けられたタービン翼列に対してドライブガス76を噴射し、これにより試料管28に高速回転運動を生じさせせるものである。試料管28の回転速度を検出するために、レーザー光照射用の第1光ファイバ78及び反射光検出用の第2光ファイバ80が設けられている。
【0045】
図4には、第1例に係る角度調整機構30が示されている。ブロック64は、二股部分84を有し、二股部分84は、第1部分84a及び第2部分84bからなる。第1部分84a及び第2部分84bには、それぞれ、長孔90が設けられている。ブロック64には、貫通孔としての雌ねじ82が形成されている。一方、ロッド62の上端部は、雄ねじを構成している。雄ねじが雌ねじ82に挿入され、両者が噛み合っている。
【0046】
ステーターにおけるバックプレート70には、突片65が設けられている。実際には、バックプレート70と突片65が一体化されている。突片65は、ステーターの中心軸の方向に伸長している。突片65の端部には、水平貫通孔88が形成されている。軸部材68は、第1部分84aに形成された第1の長孔90、突片65に形成された水平貫通孔88、及び、第2部分84bに形成された第2の長孔90、を通過している。
【0047】
突片65に対して軸部材68が固定されている。それらが一体化されてもよい。各長孔90の長軸は、第1水平方向(X方向)に平行である。換言すれば、各長孔90の短軸は、第1水平方向に直交している。各長孔90の内部において軸部材68がスライド運動する。
【0048】
2つの長孔90及び軸部材68により連結機構66が構成されている。後述するように、突片65に長孔を設け、ブロック64に軸部材を設けてもよい。そのような構成でも、上記の第1スライド運動及び第2スライド運動が許容される。
【0049】
実施形態においては、雄ねじが形成されたロッド62を構成する第1材料と、雌ねじが形成されたブロック64を構成する第2材料は、同じである。冷却過程における、第1材料の熱収縮度合いと第2材料の熱収縮度合いとを同じにすることにより、冷却状態において、雌ねじが雄ねじを過大に締め付けてしまうことが回避される。上記第1材料として第1の熱収縮率を有する材料を採用し、上記第2材料として第1の熱収縮率よりも小さな第2の熱収縮率を有する材料を採用してもよい。
【0050】
図5には、水平方向から見た長孔90が示されている。
図5における左右方向が長孔90の長軸方向であり、
図5における上下方向が長孔90の短軸方向である。
【0051】
長孔90は、第2水平方向(Y方向)から見て、矩形領域90A、及び、その両側に連結された2つの半円領域90B,90C、により構成される。スライド方向左端に位置する軸部材Aの中心がAcで示されている。スライド方向右端に位置する軸部材Bの中心がBcで示されている。長孔90の長軸サイズW1は、軸部材の最大スライド範囲W2を規定する。長孔90の短軸サイズHは、軸部材の直径に適合しており、具体的には、短軸サイズHは軸部材の直径にほぼ等しい。半円領域90B,90Cが有する円弧の曲率半径は、軸部材の半径にほぼ等しい。
【0052】
低温状態で、長孔90と軸部材との間に、滑合又は精転合の嵌め合い状態が形成されるように、長孔の形態及び軸部材の直径を定めるのが望ましい。例えば、マジックアングル±α度の角度調整を行えるように、最大スライド範囲W2を定めるのが望ましい。α度は、例えば、1度、2度又は3度である。
【0053】
図6には、MAS装置の断面が示されている。支柱48,50は、ガス通路48a,50aを有する。支柱48,50において、ガス通路48a,50aの出口付近が軸受け56,58として機能する。
【0054】
ステーター26には回転軸部材52,54が固定されている。回転軸部材52,54は円筒状の形態を有する。回転軸部材52,54は、ガス通路52a,54aを有する。回転軸部材52,54の端部が軸受け56,58によって回転可能に保持されている。
【0055】
冷却されたガス92が、ガス通路48a及びガス通路52aを通じてステーター26の内部に流れ込んでいる。また、冷却されたガス94が、ガス通路50a及びガス通路54aを通じてステーター26の内部に流れ込んでいる。
【0056】
ガス92及びガス94は、同じ冷却ガスである。例えば、ガス92がベアリングガスとして利用され、ガス94がドライブガスとして利用されてもよい。あるいは、ガス92及びガス94がそれぞれドライブガス及びベアリングガスとして利用されてもよい。
【0057】
冷却過程において、軸受け56,58を構成する第3材料の熱収縮度合いは、回転軸部材52,54を構成する第4材料の熱収縮度合いよりも、大きい。そのような関係が成り立つように、第3材料及び第4材料が定められる。また、第3材料として摩擦係数の小さな材料が選択される。第3材料は例えばフッ素樹脂であり、第4材料は例えば非磁性金属である。
【0058】
以上の構成を採用することにより、冷却状態において、軸受け56,58と回転軸部材52,54との間におけるシール性を向上でき、つまり、ガスリークを低減できる。なお、冷却状態においても、軸受け56,58は回転軸部材52,54をスリップ可能に保持する。
【0059】
図7及び
図8には、MAS装置の第2例が示されている。
図7に示すように、MAS装置100の基本構成は、
図2に示したMAS装置の基本構成と同じである。MAS装置100が
図2に示したMAS装置と異なる部分は、角度調整機構104における連結機構110である。以下、連結機構110について詳述する。
【0060】
連結機構110は、第1可動部品であるブロック106と第2可動部品である突片108に跨って設けられている。ブロック106は、垂直方向に直線運動する。突片108は、ステーター102に固定されている。突片108は、傾斜軸周りにおいて円弧運動する部材である。
【0061】
図8には、角度調整機構104における連結機構110の水平断面が示されている。ブロック106は、本体106A及び突出部106Bにより構成される。突片108は、本体108A及び筒状部108Bにより構成される。本体106Aには、垂直貫通孔としての雌ねじ126が形成されている。雌ねじ126内にロッド端部つまり雄ねじ124が挿入され、両者が噛み合っている。突出部106Bには、長孔112が形成されている。長孔112の長軸はX方向に平行である。
【0062】
長孔112の内部を軸部材113が通過している。軸部材113は、筒状部108B及びねじ116により構成される。筒状部108Bは水平ねじ孔108Cを有し、水平ねじ孔108Cにねじ116が挿入されている。水平ねじ孔108Cとねじ116とが噛み合っている。ねじ116は、水平ねじ孔108Cに挿入された本体116Aと、本体116Aの端部に連結された頭部116Bと、により構成される。頭部116Bの直径は、長孔112の短軸サイズよりも大きい。このように、垂直方向において、長孔112よりも頭部116Bは肥大している。
【0063】
ブロック106において、本体106Aと突出部106Bは一体化されており、突片108において、本体108Aと筒状部108Bは一体化されている。ブロック106を構成する材料と突片108を構成する材料は同じである。換言すれば、長孔112が形成されている部分を構成する材料と筒状部108Bを構成する材料は同じである。2つの材料を同じにすることにより、冷却過程において2つの材料の熱収縮度合いを揃えて、長孔112の短軸サイズと筒状部108Bの直径の適合状態を維持できる。
【0064】
突出部106Bは、+Y方向を向く第1側面120A及び-Y方向を向く第2側面120Bを有する。第1側面120Aは突片108の本体108Aに接している。頭部116Bが第2側面120Bに引っ掛かっている。ブロック106の時計回り方向の運動(第1水平回転運動)が突片108により規制されており、ブロック106の反時計回り方向の運動(第2水平回転運動)が頭部116Bにより規制されている。
【0065】
ブロック106と突片108は、Y方向及びZ方向(紙面貫通方向)において、結合した関係にある。一方、X方向において、ブロック106と突片108は非締結状態にあり、つまり、それらの間には一定の自由度がある。
【0066】
上記構成を採用することにより、ステーターの傾斜角度の調整過程、及び、冷却過程において、X方向におけるブロック106と突片108の位置関係の変化が許容される。これにより特定の部品に過度な応力が生じることが回避されている。よって、冷却状態においてステーターの傾斜角度の調整を円滑に行える。
【0067】
図9、
図10及び
図11には、MAS装置の第1変形例、第2変形例及び第3変形例が示されている。各変形例の基本構成は、
図2に示したMAS装置の基本構成及び
図7に示したMAS装置の基本構成と同じである。各変形例が有する連結機構は、
図2に示したMAS装置が有する連結機構及び
図7に示したMAS装置が有する連結機構とは異なっている。
【0068】
図9に示す第1変形例において、MAS装置120は、傾斜角度調整機構122を有する。傾斜角度調整機構122は、ブロック125及び突片127を有する。ブロック125には長孔130が形成されており、突片127には軸部材132が固定されている。軸部材132が長孔130に挿入されている。長孔130及び軸部材132により連結機構128が構成される。長孔130の長軸は、傾斜しており、その傾斜角度は例えばマジックアングルに等しい。他の傾斜角度が採用されてもよい。
【0069】
図10に示す第2変形例において、MAS装置140は、傾斜角度調整機構142を有する。傾斜角度調整機構142は、ブロック144及び突片146を有する。ブロック144には軸部材150が固定されており、突片146には長孔152が形成されている。軸部材150が長孔152に挿入されている。軸部材150及び長孔152により連結機構148が構成される。長孔152の長軸は、ステーターの中心軸に一致している。
【0070】
図11に基づいて第3変形例について説明する。
図11に示す座標系において、x方向が第1水平方向であり、y方向が垂直方向である。
【0071】
第3変形例では、MAS装置における幾つかの主要部材の熱収縮を考慮して長孔の傾斜角度が定められる。図示の例では、冷却過程での各支柱の熱収縮及びステーターの熱収縮が考慮される。Oは座標系の原点を示しており、Qは傾斜軸を示しており、Pは突片に設けられた軸部材の中心軸を示している。傾斜軸Qと軸部材の中心軸Pの間の距離(第1注目部分の長さ)がlで示され、傾斜軸Qと原点Oとの間の距離(第2注目部分の長さ)がLで示されている。マジックアングルがθ0で示されている。
【0072】
冷却過程における、第1注目部分の収縮後の長さl(t)は以下の(1-1)式により表現され、第2注目部分の収縮後の長さL(t)は以下の(1-2)式により表現される。
【数1】
【0073】
ここで、l0は、第1注目部分の収縮前の長さを示し、L0は、第2注目部分の収縮前の長さを示している。αは、第1注目部分の熱膨張率を示し、βは、第2注目部分の熱膨張率を示している。tは温度である。
【0074】
上記(1-1)式及び(1-2)式に含まれるtを消去すると、以下の(2)式が導かれる。
【数2】
【0075】
上記(2)式に従って、長孔の長軸の傾斜角度が定められる。例えば、tの変化に伴うx座標及びy座標の変化がライン154によって表される場合、ライン154に長軸が一致するように長孔が形成される。ライン154が曲線となる場合、長孔の長軸を曲線としてもよい。第3変形例を採用した場合、角度調整過程における軸部材のスライド量及び冷却過程における軸部材のスライド量を小さくできる。
【0076】
上記実施形態によれば、冷却状態において角度調整を適正に行えるMAS装置を提供できる。上記実施形態において、ステーターの上側端部に角度調整機構を連結してもよい。ステーターの上側端部と下側端部の間に角度調整機構を連結してもよい。ステーターの端部に角度調整機構を連結することにより、突片の円弧運動軌道の半径を増大できるので、精密な角度調整を行える。ステーターの下側端部に角度調整機能を連結することにより、外部からの操作力を伝達する距離を短くできる。上記実施形態において、2つの支柱の上端部間に梁を設けてもよい。
【符号の説明】
【0077】
10 NMR測定システム、12 静磁場発生器、14 NMR測定プローブ、16 分光計、18 冷却設備、25 MAS装置、26 ステーター、30,104,122,142 角度調整機構、66,110,128,148 連結機構、68,113,132,150 軸部材、90,112,130,152 長孔。