(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024068483
(43)【公開日】2024-05-20
(54)【発明の名称】船舶推進システムおよびそれを備える船舶
(51)【国際特許分類】
B63H 25/42 20060101AFI20240513BHJP
【FI】
B63H25/42 N
B63H25/42 B
B63H25/42 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022178982
(22)【出願日】2022-11-08
(71)【出願人】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】弁理士法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】櫻田 健人
(57)【要約】
【課題】船体の位置および方位を高精度に維持できる定点保持動作を実現する船舶推進システム、ならびにそれを備える船舶を提供する。
【解決手段】船舶推進システム100は、船体の船首に備えられ、左右方向の推進力を発生するバウスラスタBTと、船体の船尾に備えられ、転舵角の変更が可能な推進機(船外機OM)と、コントローラ(メインコントローラ50)とを含む。コントローラは、船体の位置および方位を維持する定点保持制御のために、バウスラスタの推進力を制御し、かつ推進機の推進力および転舵角を制御する。定点保持制御は、転舵角を並進モード舵角として推進機の推進力を制御して船体の位置を保持し、バウスラスタの推進力を制御して船体の方位を調整する並進モードと、転舵角を回頭モード舵角とし、バウスラスタおよび推進機の推進力を制御して船体の方位を調整する回頭モードとを含む。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体の船首に備えられ、左右方向の推進力を発生するバウスラスタと、
前記船体の船尾に備えられ、転舵角の変更が可能な推進機と、
前記船体の位置および方位を維持する定点保持制御のために、前記バウスラスタの推進力を制御し、かつ前記推進機の推進力および転舵角を制御するコントローラと、を含み、
前記定点保持制御は、前記推進機の転舵角を前記船体を並進させるための並進モード舵角として前記推進機の推進力を制御して前記船体の位置を保持し、前記バウスラスタの推進力を制御して前記船体の方位を調整する並進モードと、前記推進機の転舵角を前記船体を回頭させるための回頭モード舵角とし、前記バウスラスタおよび前記推進機の推進力を制御して前記船体の方位を調整する回頭モードとを含む、船舶推進システム。
【請求項2】
前記コントローラは、前記定点保持制御において、所定の遷移条件に基づいて、前記並進モードと前記回頭モードとの間で遷移する、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項3】
前記遷移条件が、前記並進モードから前記回頭モードへ遷移するための回頭モード遷移条件を含み、前記回頭モード遷移条件が、目標位置に対する前記船体の位置の偏差が第1閾値未満であること(以下「第1遷移条件」という。)、前記船体を並進させるための推進力要求値が第2閾値未満であること(以下「第2遷移条件」という。)、および前記船体を回頭させるための回頭要求値または方位偏差が第3閾値以上であること(以下「第3遷移条件」という。)のうちの一つ以上を含む、請求項2に記載の船舶推進システム。
【請求項4】
前記回頭モード遷移条件が、前記第1遷移条件、前記第2遷移条件および前記第3遷移条件の充足が所定時間以上継続することを含む、請求項3に記載の船舶推進システム。
【請求項5】
前記遷移条件が、前記回頭モードから前記並進モードへ遷移するための並進モード遷移条件を含み、前記並進モード遷移条件が、前記船体を回頭させるための回頭要求値または方位偏差が第4閾値以下であること(以下「第4遷移条件」という。)、および前記船体を並進させるための推進力要求値が第5閾値以上であること(以下「第5遷移条件」という。)のうちの一つ以上を含む、請求項2に記載の船舶推進システム。
【請求項6】
前記第4遷移条件および前記第5遷移条件のうちの少なくとも一つが成立すると、前記回頭モードから前記並進モードへ遷移する、請求項5に記載の船舶推進システム。
【請求項7】
前記推進機が、それぞれ転舵角の変更が可能な少なくとも2機の推進機を含み、前記並進モード舵角が、前記2機の推進機の推進力作用線が船内で交差する転舵角である、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項8】
前記並進モード舵角が、前記船体の旋回中心よりも船尾に近い位置で前記2機の推進機の推進力作用線が交差する転舵角を含む、請求項7に記載の船舶推進システム。
【請求項9】
前記推進機が、それぞれ転舵角の変更が可能な少なくとも2機の推進機を含み、前記回頭モード舵角が、前記2機の推進機の推進力作用線がほぼ平行となる転舵角である、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項10】
前記推進機が、それぞれ転舵角の変更が可能な少なくとも2機の推進機を含み、前記並進モードおよび前記回頭モードにおいて、前記2機の推進機の一方が前進運転され、前記2機の推進機の他方が後進運転される、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項11】
船体と、
前記船体に備えられる請求項1~10のいずれか一項に記載の船舶推進システムと、を含む、船舶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、船舶推進システムおよびそれを備える船舶に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、小型船舶の船体を一定の方位で一定の位置に維持するための船位制御装置を開示している。小型船舶は、船体の船首に設けられ左右舷方向推進装置としてのバウスラスタと、前後方向の推進力を発生するプロペラと、プロペラを回転するための主機関とを備える。主機関のクラッチには低速装置が組み込まれており、この低速装置を機械的に操作するアクチュエータが設けられている。バウスラスタおよびアクチュエータは、制御装置によって制御される。
【0003】
船体には、船舶の位置を計測するGPS受信機および船首の向きを検出する方位センサが取り付けられている。制御装置は、GPS受信機により検出される位置検出信号と、方位センサにより検出される方位信号とに基づいて、バウスラスタを作動させ、かつアクチュエータを介して低速装置を作動させ、それによって、船位を制御する。具体的には、方位センサによって検出される検出方位が設定方位からずれると、そのずれ角を解消するようにバウスラスタが作動される。また、GPS受信機によって計測される検出位置が設定位置からずれると、そのずれ量を解消するように低速装置が作動され、プロペラの回転によって船体が前進または後進させられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10-226395号公報(請求項2、段落0034-0044、
図3および
図4)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の船位制御装置は、方位ずれをバウスラスタによって解消し、位置ずれをプロペラによる前後方向の推進力によって解消する。水上で生じる船体の位置ずれは前後方向成分のみならず左右方向成分も含むのが通常であるが、特許文献1には、左右方向成分の位置ずれ解消に関する詳しい説明はない。
【0006】
また、本発明者の研究によれば、バウスラスタのみで方位ずれを解消するのが適切な場合と、バウスラスタに加えて別の推進機の推進力も利用して方位ずれを解消するのが適切な場合とがあることが分かってきた。したがって、船体の位置および方位を維持する定点保持の技術には、改善の余地がある。
【0007】
そこで、この発明の一実施形態は、船体の位置および方位を高精度に維持できる定点保持動作を実現する船舶推進システム、ならびにそれを備える船舶を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明の一実施形態は、船体の船首に備えられ、左右方向の推進力を発生するバウスラスタと、前記船体の船尾に備えられ、転舵角の変更が可能な推進機と、前記船体の位置および方位を維持する定点保持制御のために、前記バウスラスタの推進力を制御し、かつ前記推進機の推進力および転舵角を制御するコントローラと、を含む、船舶推進システムを提供する。前記定点保持制御は、前記推進機の転舵角を前記船体を並進させるための並進モード舵角として前記推進機の推進力を制御して前記船体の位置を保持し、前記バウスラスタの推進力を制御して前記船体の方位を調整する並進モードと、前記推進機の転舵角を前記船体を回頭させるための回頭モード舵角とし、前記バウスラスタおよび前記推進機の推進力を制御して前記船体の方位を調整する回頭モードとを含む。
【0009】
この構成によれば、バウスラスタの推進力と、船尾の推進機の推進力および転舵角を制御することによって、船体の位置および方位を維持する定点保持制御が行われる。この定点保持制御は、並進モードと回頭モードとを有する。並進モードでは、推進機の転舵角が船体を並進させるための並進モード舵角とされ、回頭モードでは、推進機の転舵角が船体を回頭させるための回頭モード舵角とされる。したがって、船尾の推進機の推進力は、並進モードにおいては主として船体を並進させるために作用し、回頭モードにおいては主として船体を回頭させるために作用する。並進モードでは、主としてバウスラスタの推進力によって船体の方位が調整されるので、バウスラスタと船尾の推進機との役割分担によって、船体の位置および方位を高精度に維持できる。すなわち、船尾の推進機の推進力を船体の方位調整のためにほとんど分配する必要がないので、位置の調整を高精度に行うことができ、かつバウスラスタの推進力が船体に効果的にモーメントを与えるので、船体の方位の調整も高精度に行うことができる。一方、船体の方位が目標方位から大きくずれたときには回頭モードが有利である。回頭モードにおいては、バウスラスタの推進力と船尾の推進機の推進力とよって船体に大きなモーメントを与えることができるので、速やかに方位調整を行うことができる。よって、回頭モードによる方位の調整が必要なときでも、回頭モードでの制御は短時間で終えることができる。回頭モードの間は、外乱等によって船体の位置がずれやすいが、回頭モードを短時間で終えることにより、船体の位置ずれを抑制できる。このようにして、回頭モードでの制御が行われる時間を短くでき、かつ並進モードにおいては位置および方位を高精度に調整できる。その結果、船体の位置および方位を高精度に維持できる定点保持動作を実現できる。
【0010】
この発明の一実施形態では、前記コントローラは、前記定点保持制御において、所定の遷移条件に基づいて、前記並進モードと前記回頭モードとの間で遷移する。この構成によれば、遷移条件を適切に定めることによって、並進モードおよび回頭モードの間での適切なモード遷移が生じ、それによって、船体の位置および方位を高精度に維持できる定点保持動作を実現できる。
【0011】
この発明の一実施形態では、前記遷移条件が、前記並進モードから前記回頭モードへ遷移するための回頭モード遷移条件を含み、前記回頭モード遷移条件が、目標位置に対する前記船体の位置の偏差が第1閾値未満であること(以下「第1遷移条件」という。)、前記船体を並進させるための推進力要求値が第2閾値未満であること(以下「第2遷移条件」という。)、および前記船体を回頭させるための回頭要求値または方位偏差が第3閾値以上であること(以下「第3遷移条件」という。)のうちの一つ以上を含む。
【0012】
船体の移動速度が低下すると、船体の保針性が低下する。この状況は、目標位置に対する船体の位置偏差が小さくなった場合(第1遷移条件)や、並進のための推進力要求値が小さくなった場合(第2遷移条件)に生じる。また、目標方位に対する船体の方位偏差が大きくなると、回頭要求値が大きくなる(第3遷移条件)。そこで、これらの状況で充足される第1、第2および第3遷移条件の少なくとも一つ以上を回頭モード遷移条件とすることにより、並進モードから回頭モードへと適切に遷移できる。
【0013】
この発明の一実施形態では、前記回頭モード遷移条件が、前記第1遷移条件、前記第2遷移条件および前記第3遷移条件の充足が所定時間以上継続することを含む。この構成によれば、第1、第2および第3遷移条件の全てが所定時間以上継続して充足することで、並進モードから回頭モードへと遷移する。したがって、位置ずれの生じ易い回頭モードへの遷移が起こりにくいので、位置および方位を高精度に調整できる並進モードによる定点保持制御が支配的になる。
【0014】
この発明の一実施形態では、前記遷移条件が、前記回頭モードから前記並進モードへ遷移するための並進モード遷移条件を含み、前記並進モード遷移条件が、前記船体を回頭させるための回頭要求値または方位偏差が第4閾値以下であること(以下「第4遷移条件」という。)、および前記船体を並進させるための推進力要求値が第5閾値以上であること(以下「第5遷移条件」という。)のうちの一つ以上を含む。
【0015】
回頭要求値が小さくなるか、または目標方位に対する船体の方位偏差が小さくなれば(第4遷移条件)、もはや回頭モードによる大きな回頭モーメントは必要ではない。また、並進のための推進力要求値が大きいときには(第5遷移条件)、位置ずれを強力に補償できる並進モードが適切である。そこで、これらの状況で充足される第4および第5遷移条件の少なくとも一つ以上を並進モード遷移条件とすることにより、回頭モードから並進モードへと適切に遷移できる。
【0016】
この発明の一実施形態では、前記第4遷移条件および前記第5遷移条件のうちの少なくとも一つが成立すると、前記回頭モードから前記並進モードへ遷移する。この構成によれば、第4遷移条件および第5遷移条件の一つ以上が成立すれば、回頭モードから並進モードへと遷移する。したがって、位置ずれの生じ易い回頭モードから位置および方位を高精度に調整できる並進モードへの遷移が起こりやすいので、並進モードによる定点保持制御が支配的になる。それにより、位置および方位を高精度に保持できる定点保持動作を実現できる。
【0017】
この発明の一実施形態では、前記推進機が、それぞれ転舵角の変更が可能な少なくとも2機の推進機を含み、前記並進モード舵角が、前記2機の推進機の推進力作用線が船内で交差する転舵角である。このような並進モード舵角に2機の推進機を制御することにより、それらの推進力の合力(合成推進力)によって船体を並進させることができる。
【0018】
この発明の一実施形態では、前記並進モード舵角が、前記船体の旋回中心よりも船尾に近い位置で前記2機の推進機の推進力作用線が交差する転舵角を含む。この構成によれば、並進モード舵角は、船体の前後方向に対して大きな角度を有する場合があり、この場合に、2機の推進機の合成推進力は、横方向に大きな成分を有することができ、それによって、船体に対して大きな推進力を与えることができる。一方、2機の推進機の合成推進力は、船体の旋回中心よりも後方で船体に対して作用するので、旋回中心まわりのモーメントを生じる。このモーメントの一部または全部を打ち消すようにバウスラスタの推進力を制御することにより、船体の回頭を制御できる。加えて、バウスラスタの推進力も船体の並進のために用いることができるので、並進のための大きな推進力を得ることができる。これにより、位置保持の精度を高めることができる。
【0019】
この発明の一実施形態では、前記推進機が、それぞれ転舵角の変更が可能な少なくとも2機の推進機を含み、前記回頭モード舵角が、前記2機の推進機の推進力作用線がほぼ平行となる転舵角である。この構成によれば、回頭モード舵角においては、2機の推進機の推進力が船体の前後方向に作用することにより、船体に対して、大きな回頭モーメントを与えることができる。それにより、船体方位を速やかに目標方位に導くことができる。
【0020】
この発明の一実施形態では、前記推進機が、それぞれ転舵角の変更が可能な少なくとも2機の推進機を含み、前記並進モードおよび前記回頭モードにおいて、前記2機の推進機の一方が前進運転され、前記2機の推進機の他方が後進運転される。
【0021】
並進モードでは、2機の推進機の運転方向が反対であることにより、2機の推進機の合成推進力は、船体の横方向に大きな成分を有することができる。それにより、船体に対して並進のための大きな推進力を与えることができるので、船体の位置を速やかに目標位置に導くことができる。一方、回頭モードでは、2機の推進機の運転方向が反対であることにより、2機の推進機は船体の旋回中心まわりの同じ方向のモーメントを与える。それにより、船体に対して大きな回頭モーメントを与えることができるので、船体方位を速やかに目標方位に導くことができる。
【0022】
この発明の一実施形態は、船体と、前記船体に備えられる、前述の船舶推進システムと、を含む、船舶を提供する。
【発明の効果】
【0023】
この発明によれば、船体の位置および方位を高精度に維持できる定点保持動作を実現する船舶推進システム、ならびにそれを備える船舶を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は、この発明の一実施形態に係る船舶推進システムが搭載された船舶の構成例を説明するための平面図である。
【
図2】
図2は、船舶推進システムの構成例を説明するためのブロック図である。
【
図3】
図3は、ジョイスティックユニットの構成例を説明するための斜視図である。
【
図4A】
図4Aは、連携モードにおけるジョイスティックモードを説明するための図であり、ジョイスティックの操作とそれに対応する船体の挙動(並進)とを示す。
【
図4B】
図4Bは、連携モードにおけるジョイスティックモードを説明するための図であり、ジョイスティックの操作とそれに対応する船体の挙動(その場回頭)とを示す。
【
図5A-5B】
図5Aおよび
図5Bは、それぞれ非連携モードおよび連携モードにおける並進の例を説明するための図である。
【
図5C-5D】
図5Cおよび
図5Dは、連携モードにおける回頭を伴う並進の例を説明するための図である。
【
図6A】
図6Aは、非連携モードでの定点保持モードの制御例を示す。
【
図6B】
図6Bは、連携モードでの定点保持モードの制御例を示す。
【
図7】
図7は、定点保持モード中の並進モードと回頭モードとの遷移の例を説明するためのフローチャートである。
【
図8】
図8は、連携モードでの定点保持モード中の具体的な船体挙動の一例を示す。
【
図9】
図9は、非連携モードにおける定点保持モード中の具体的な船体挙動の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
【0026】
図1は、この発明の一実施形態に係る船舶推進システム100が搭載された船舶1の構成例を説明するための平面図である。船舶1は、船体2と、船体2の船首に備えられ、左右方向の推進力を発生するバウスラスタBTと、船体2の船尾3に備えられた転舵角変更可能な推進機の一例である船外機OMと、を含む。この実施形態では、複数機、より具体的には2機の船外機OMが船尾3に備えられている。
【0027】
2機の船外機OMは、船体2の左右方向に並んで船尾3に配置されている。2機の船外機OMを区別するときには、相対的に右側に配置されている船外機OMを右船外機OMsといい、相対的に左側に配置されている船外機OMを左船外機OMpという。この例では、右船外機OMsは、船体2の前後方向に延びる中心線2aに対して右側に配置されており、左船外機OMpは、中心線2aに対して左側に配置されている。より具体的には、右船外機OMsおよび左船外機OMpは、中心線2aに対して左右対称に配置されている。
【0028】
各船外機OMは、水中に配置されるプロペラ20を備えており、プロペラ20の回転によって推進力を発生し、その推進力を船体2に与えるように構成されている。船外機OMは、左右に回動可能であるように船尾3に取り付けられており、それによって、プロペラ20が発生する推進力の方向が左右に変化するように構成されている。たとえば、中心線2aに平行な前後方向を基準として、前後方向に対してプロペラ20が発生する推進力の方向のなす角が転舵角と定義される。船外機OMは、付属の転舵機構26(
図2参照)によって左右に回動され、それによって転舵角が変化するように構成されている。転舵角は、前後方向に平行なときを零とし、船外機OMの後端が右側に振られる方向の転舵角に正符号を付与し、船外機OMの後端が左側に振られる方向の転舵角に負符号を付与して表されてもよい。
【0029】
バウスラスタBTは、船体2の船首部において、船体2を左右に貫通する筒状のトンネル41内に配置されたプロペラ40を備えている。プロペラ40は、正転方向および逆転方向、すなわち双方向に回転可能であり、それによって、バウスラスタBTは、右方向または左方向の推進力を船体2に与えることができる。この実施形態では、バウスラスタBTが発生する推進力の方向は、左右方向のほかに設定することはできない。
【0030】
船体2の内部には、乗船者のための居住空間4が確保されている。この居住空間4内に操船席5が設けられている。操船席5には、ステアリングホイール6、リモコンレバー7、ジョイスティック8、ゲージ9(表示パネル)などが備えられている。ステアリングホイール6は、船舶1の針路を変更するために使用者によって操作される操作子である。リモコンレバー7は、船外機OMの推進力の大きさ(出力)およびその方向(前進または後進)を変更するために使用者によって操作される操作子であり、アクセル操作子に相当する。ジョイスティック8は、ステアリングホイール6およびリモコンレバー7の代わりに、操船のために使用者によって操作される操作子である。これらの操作子のほかに、バウスラスタBTを操作するための専用の操作子45(
図2参照)が設けられてもよい。
【0031】
図2は、船舶1に備えられる船舶推進システム100の構成例を説明するためのブロック図である。船舶推進システム100は、2機の船外機OMおよびバウスラスタBTを含む。船外機OMは、エンジン船外機または電動船外機のいずれの形態であってもよい。
図2には、エンジン船外機の例を示す。
【0032】
各船外機OMは、エンジンECU(電子制御ユニット)21、ステアリングECU22、エンジン23、シフト機構24、プロペラ20、転舵機構26などを備えている。エンジン23が発生する動力が、シフト機構24を介してプロペラ20に伝達される。転舵機構26は、船外機OMが発生する推進力の方向を左右に変化させる機構であり、船外機OMのボディを船体2(
図1参照)に対して左右に旋回させる。シフト機構24は、前進位置、後進位置およびニュートラル位置のうちのいずれかのシフト位置を選択可能に構成されている。シフト位置が前進位置のとき、エンジン23の回転が伝達されることによってプロペラ20が正転方向に回転し、船外機OMは前進方向に推進力を発生する前進運転の状態となる。シフト位置が後進位置のとき、エンジン23の回転が伝達されることによってプロペラ20が逆転方向に回転し、船外機OMは後進方向に推進力を発生する後進運転の状態となる。ニュートラル位置のとき、エンジン23とプロペラ20との間の動力伝達が遮断され、船外機OMはアイドリング状態となる。
【0033】
各船外機OMは、さらに、スロットルアクチュエータ27およびシフトアクチュエータ28を備えており、これらはエンジンECU21によって制御される。スロットルアクチュエータ27は、エンジン23のスロットルバルブ(図示せず)を作動させる電動アクチュエータ(典型的には電動モータを含む。)である。シフトアクチュエータ28は、シフト機構24を作動させるためのアクチュエータである。船外機OMは、さらに、ステアリングECU22によって制御される転舵アクチュエータ25を備えている。転舵アクチュエータ25は、転舵機構26の駆動源であり、典型的には、電動モータを含む。転舵アクチュエータ25は、電動ポンプ式の油圧装置を含んでいてもよい。
【0034】
バウスラスタBTは、プロペラ40と、プロペラ40を駆動する電動モータ42と、電動モータ42を制御するモータコントローラ43とを備えている。
【0035】
船舶推進システム100は、さらに、メインコントローラ50を備えている。メインコントローラ50は、プロセッサ50aおよびメモリ50bを含み、メモリ50bに格納されたプログラムをプロセッサ50aが実行することによって、複数の機能を達成するように構成されている。メインコントローラ50は、船体2内に構築された船内ネットワーク55(CAN:コントロールエリアネットワーク)に接続されている。船内ネットワーク55には、リモコンユニット17、リモコンECU51、ジョイスティックユニット18、GPS(Global Positioning System)受信機52、方位センサ53などが接続されている。
【0036】
船内ネットワーク55には、2機の船外機OM(OMs,OMp)にそれぞれ対応した2つのリモコンECU51(51s,51p)が接続されている。これらのリモコンECU51s,51pには、船外機制御ネットワーク56を介して、それぞれ、右船外機OMsおよび左船外機OMpのエンジンECU21およびステアリングECU22が接続されている。メインコントローラ50は、船内ネットワーク55に接続された様々なユニットと信号を授受し、それにより、船外機OMおよびバウスラスタBTを制御し、かつその他のユニットを制御する。メインコントローラ50は、複数の制御モードを有し、各制御モードに応じて予め定められた態様で各ユニットを制御する。
【0037】
船外機制御ネットワーク56には、ステアリングホイールユニット16が接続されている。ステアリングホイールユニット16は、ステアリングホイール6の操作角を表す操作角信号を船外機制御ネットワーク56に出力する。その操作角信号は、リモコンECU51およびステアリングECU22によって受信される。ステアリングECU22は、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号またはリモコンECU51が生成する転舵角指令に応答し、いずれかに応じて転舵アクチュエータ25を制御し、それによって、船外機OMの転舵角を制御する。
【0038】
リモコンユニット17は、リモコンレバー7の操作位置を表す操作位置信号を生成する。右船外機OMsおよび左船外機OMpにそれぞれ対応するように、右リモコンレバー7sおよび左リモコンレバー7pが備えられている。
【0039】
ジョイスティックユニット18は、ジョイスティック8の操作位置を表す操作位置信号を生成し、かつジョイスティックユニット18に備えられた操作ボタン180の操作信号を生成する。
【0040】
リモコンECU51は、船外機制御ネットワーク56を介して、エンジンECU21に対し、推進力指令を送出する。推進力指令は、シフト位置を指令するためのシフト指令と、エンジン出力(具体的にはエンジン回転速度)を指令するための出力指令とを含む。また、リモコンECU51は、船外機制御ネットワーク56を介して、ステアリングECU22に対して、転舵角指令を送出する。
【0041】
リモコンECU51は、メインコントローラ50の制御モードに応じて異なる制御動作を実行する。たとえば、ステアリングホイール6およびリモコンレバー7による操船のための制御モードでは、リモコンECU51は、エンジンECU21に対して、リモコンユニット17が生成する操作位置信号に応じた推進力指令(シフト指令および出力指令)を与える。また、リモコンECU51は、ステアリングECU22に対して、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号に従うように指令する。一方、ステアリングホイール6およびリモコンレバー7の操作によらない操船のための制御モードでは、リモコンECU51は、メインコントローラ50の指令に従う。すなわち、リモコンECU51は、メインコントローラ50が生成する推進力指令(シフト指令および出力指令)ならびに転舵角指令に従って、推進力指令(シフト指令および出力指令)をエンジンECU21に送出し、かつ転舵角指令をステアリングECU22に送出する。たとえば、ジョイスティック8による操船のための制御モード(ジョイスティックモード)では、メインコントローラ50は、ジョイスティックユニット18が生成する信号に応じて、推進力指令(シフト指令および出力指令)ならびに転舵角指令を生成する。それらに従って、船外機OMの推進力の大きさおよび方向(前進または後進)ならびに転舵角が制御される。
【0042】
エンジンECU21は、シフト指令に応じてシフトアクチュエータ28を駆動してシフト位置を制御し、出力指令に応じてスロットルアクチュエータ27を駆動してスロットル開度を制御する。ステアリングECU22は、転舵角指令に応じて転舵アクチュエータ25を制御し、船外機OMの転舵角を制御する。
【0043】
バウスラスタBTのモータコントローラ43は、船内ネットワーク55に接続されており、メインコントローラ50からの指令に応答して電動モータ42を作動させるように構成されている。モータコントローラ43は、ゲートウェイ(図示せず)を介して船内ネットワーク55に接続されていてもよい。メインコントローラ50は、モータコントローラ43に対して、推進力指令を与える。推進力指令は、シフト指令(回転方向指令)および出力指令(回転速度指令)を含む。シフト指令は、プロペラ20を停止、前進回転または後進回転させることを指令する回転方向指令である。出力指令は、発生すべき推進力、具体的には回転速度の目標値の指令である。モータコントローラ43は、シフト指令(回転方向指令)および出力指令に応じて電動モータ42の回転方向および回転速度を制御する。
【0044】
バウスラスタBTのための専用の操作子45は、この例では、モータコントローラ43に接続されている。使用者は、操作子45を操作してバウスラスタBTの回転方向および回転速度を調節することもできる。
【0045】
GPS受信機52は、位置検出装置の一例であり、地球を周回する人工衛星からの電波を受信して船舶1の位置を特定し、船舶1の位置を表す位置データと、船舶1の移動速度を表す速度データとを出力する。これらのデータは、メインコントローラ50によって取得され、船舶1の位置および/または方位の表示や制御のために用いられる。
【0046】
方位センサ53は、船舶1の方位を検出して、方位データを生成する。その方位データはメインコントローラ50によって利用される。
【0047】
船内ネットワーク55には、さらに、ゲージ9が接続されている。ゲージ9は、操船のための各種情報を表示するための表示装置である。ゲージ9は、たとえば、メインコントローラ50、リモコンECU51、およびモータコントローラ43と通信可能である。それにより、ゲージ9は、船外機OMの運転状態、バウスラスタBTの運転状態、船舶1の位置および/または方位などの情報を表示することができる。ゲージ9には、タッチパネルやボタン等の入力装置10が備えられていてもよい。使用者が入力装置10を操作することにより、操作信号が船内ネットワーク55に送出され、様々な設定や指令が行えるようになっていてもよい。ゲージ9に関連する表示制御信号を伝達するために、船内ネットワーク55とは別のネットワークが構築されていてもよい。
【0048】
船内ネットワーク55には、さらにアプリケーションスイッチパネル60が接続されている。アプリケーションスイッチパネル60は、予め定義した機能の実行を指令するための複数のファンクションスイッチ61を含む。たとえば、ファンクションスイッチ61は、自動操船を指令するためのスイッチを含んでいてもよい。より具体的には、一つのファンクションスイッチ61は、前進中に船首方位を維持する自動操舵を行う船首保持モード(Heading Hold)を指令するために割り当てられていてもよい。また、別のファンクションスイッチ61は、前進中に船首方位を保持し、かつ直進する進路を保持する自動操舵を行う直進保持モード(Course Hold)を指令するために割り当てられていてもよい。さらに別のファンクションスイッチ61は、指定した複数の通過点を順に通る経路(ルート)に従って航行させる自動操舵を行う通過点追従モード(Track Point)を指令するために割り当てられていてもよい。さらに別のファンクションスイッチ61は、所定の航走パターン(ジグザグパターン、スパイラルパターンなど)に従って航走させる自動操舵を行うパターン航走モード(Pattern Steer)を指令するために割り当てられていてもよい。
【0049】
図3は、ジョイスティックユニット18の構成例を説明するための斜視図である。ジョイスティックユニット18は、前後左右(すなわち、360度の全方位)に傾倒させることができ、かつ軸まわりに回す(ツイストする)ことができるジョイスティック8を備えている。ジョイスティックユニット18は、この例では、さらに、複数の操作ボタン180を備えている。複数の操作ボタン180は、ジョイスティックボタン181および保持モード設定ボタン182~184を含む。
【0050】
ジョイスティックボタン181は、ジョイスティック8を用いる制御モード(操船モード)、すなわち、ジョイスティックモードを選択するときに操船者によって操作される操作子である。
【0051】
保持モード設定ボタン182,183,184は、位置/方位保持系の制御モード(自動操船モードの一つ)を設定するために使用者によって操作される操作ボタンである。より具体的には、保持モード設定ボタン182は、船舶1の位置および船首方位(または船尾方位)を保持する定点保持モード(Stay Point)を設定するために操作される。保持モード設定ボタン183は、船舶1の位置を保持し船首方位(または船尾方位)は保持しない位置保持モード(Fish Point)を設定するために操作される。保持モード設定ボタン184は、船首方位(または船尾方位)を保持し位置の保持は行わない方位保持モード(Drift Point)を設定するために操作される。
【0052】
メインコントローラ50の制御モードは、操作系の観点からは、通常モード、ジョイスティックモードおよび自動操船モードに分類できる。
【0053】
通常モードは、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号に応じて転舵制御を行い、かつリモコンレバー7の操作信号(操作位置信号)に応じて推進力制御を行う制御モードである。この実施形態では、通常モードは、メインコントローラ50のデフォルト制御モードである。転舵制御とは、具体的には、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号またはリモコンECU51が生成する転舵角指令に応じて、ステアリングECU22が転舵アクチュエータ25を駆動させる制御動作をいう。これにより、船外機OMのボディが左右に転舵して、船体2に対する推進力の方向が左右に変化する。推進力制御とは、具体的には、リモコンECU51がエンジンECU21に与える推進力指令(シフト指令および出力指令)に応じて、エンジンECU21がシフトアクチュエータ28およびスロットルアクチュエータ27を駆動させる制御動作をいう。これにより、船外機OMのシフト位置が前進位置、後進位置またはニュートラル位置に設定され、かつエンジン出力(具体的にはエンジン回転速度)が変化する。
【0054】
ジョイスティックモードは、ジョイスティックユニット18のジョイスティック8の操作信号に応じて転舵制御および推進力制御を行う制御モードである。
【0055】
ジョイスティックモードでは、船外機OMが推進力を発生可能なモードにおいては、船外機OMに対する転舵制御および推進力制御が行われる。すなわち、メインコントローラ50がリモコンECU51に転舵角指令および推進力指令を与え、リモコンECU51がそれらをステアリングECU22およびエンジンECU21に与える。
【0056】
自動操船モードは、ステアリングホイール6、リモコンレバー7およびジョイスティック8の操作によることなく、メインコントローラ50等の働きによって、転舵制御および/または推進力制御を自動で行う制御モードである。すなわち、自動操船が行われる。自動操船には、航走時に使用される航走系の自動操船と、位置および方位の一方または両方を維持する位置/方位保持系の自動操船とがある。航走系の自動操船の例は、ファンクションスイッチ61の操作によって指令される前述の自動操舵である。位置/保持系の自動操船は、保持モード設定ボタン182,183,184の操作によって指令される、定点保持モード、位置保持モードおよび方位保持モードによる操船を含む。
【0057】
この実施形態では、さらに、ジョイスティックモードおよび自動操船モードにおいて、船外機OMおよびバウスラスタBTを連携させて目的とする船体挙動を達成する連携モードと、このような連携を行わない非連携モードとを選択することができる。連携モード/非連携モードを選択するために使用者によって操作される選択操作子は、たとえば、アプリケーションスイッチパネル60のいずれかのファンクションスイッチ61に割り当てられてもよい。連携モードにおいては、メインコントローラ50は、船外機OMに対する転舵制御および推進力制御に加えて、バウスラスタBTに対する推進力制御を実行する。
【0058】
図4Aおよび
図4Bは、連携モードにおけるジョイスティックモードを説明するための図であり、ジョイスティック8の操作とそれに対応する船体2の挙動とを示す。メインコントローラ50は、ジョイスティックボタン181によってジョイスティックモードが指令されると、ジョイスティックモードに従って制御処理を実行する。ジョイスティックモードの指令よりも前に連携モードが指令されているか、またはジョイスティックモードの指令の後に連携モードが指令されると、メインコントローラ50は、連携モードによるジョイスティックモードの制御を実行する。連携モードが指令されていなければ、メインコントローラ50は、非連携モードによるジョイスティックモードの制御を実行する。
【0059】
メインコントローラ50は、ジョイスティック8の傾倒方向を進行方向指令と解釈し、ジョイスティック8の傾倒量を当該方向への推進力の大きさの指令と解釈する。また、メインコントローラ50は、ジョイスティック8の軸周りの回動方向(中立位置を基準とした回動方向)を回頭方向指令と解釈し、回動量(中立位置を基準とした回動量)を回頭速度指令と解釈する。そして、メインコントローラ50は、それらの指令を実現するための転舵角指令および推進力指令をリモコンECU51に入力し、かつバウスラスタBTのモータコントローラ43に推進力指令を入力する。リモコンECU51は、転舵角指令および推進力指令を船外機OMのステアリングECU22およびエンジンECU21にそれぞれ送信する。それにより、船外機OMは、指令された転舵角へと転舵され、かつ指令された推進力を発生するようにシフト位置およびエンジン回転速度を制御する。また、モータコントローラ43は、指令された方向および大きさの推進力を発生するように電動モータ42の回転方向および回転速度を制御する。
【0060】
ジョイスティックモードにおいては、ジョイスティック8を回動させることなく傾倒させる操作を行うと、船体2は、回頭することなく、すなわち、方位を保持した状態で、ジョイスティック8の傾倒方向へと移動する。つまり、船体2が並進移動する船体挙動となる。この並進移動の例が、
図4Aに表されている。
【0061】
並進移動は、典型的には、
図5Aおよび
図5Bに示すように、2機の船外機OMs,OMpの推進力作用線71s,71pを船体2内で交差させ、一方の船外機OMを前進運転し、他方の船外機OMを後進運転することによって実現される。推進力作用線71s,71pは、船外機OMs,OMpの推進力72s,72pの作用点を通り、推進力72s,72pの方向に沿って引いた直線である。2機の船外機OMは、平面視で「ハ」の字状(逆V字状)の転舵状態(いわゆるトーイン状態)とされる。このように、推進力作用線71s,71pが船体2内で交差し、2機の船外機が「ハ」の字状(逆V字状)となるときの船外機OMの転舵角を、以下では「並進モード舵角」という。
【0062】
非連携モードでは、
図5Aに示すように、バウスラスタBTは停止状態とされ、2機の船外機OMの転舵角は、それらの推進力作用線71s,71pが船体2の旋回中心70(抵抗中心)で交差するように制御される。それにより、2機の船外機OMs,OMpがそれぞれ発生する推進力72s,72pの合力である合成推進力73は、船体2にモーメントを与えることなく、船体2を並進(平行移動)させる。
【0063】
一方、連携モードでは、
図5Bに示すように、バウスラスタBTが作動して、推進力を発生する。2機の船外機OMの転舵角は、それらの推進力作用線71s,71pが船体2の旋回中心70(抵抗中心)よりも後方で交差するように制御される。2機の船外機OMがそれぞれ発生する推進力72s,72pの合成推進力73の作用点は、推進力作用線71s,71pの交点であり、したがって、船体2に旋回中心70まわりのモーメントを与える。一方、バウスラスタBTが発生する推進力74も、船体2に対して旋回中心70まわりのモーメントを与える。そこで、2機の船外機OMの合成推進力73およびバウスラスタBTの推進力74がそれぞれ船体2に与えるモーメントがつり合うように船外機OMおよびバウスラスタBTの推進力72s,72p,74が制御される。それにより、船体2は回頭することなく並進(平行移動)することになる。バウスラスタBTを併用する連携モードにおいては、並進に寄与する全体の推進力が非連携モードよりも大きくなるので、船体2をスムーズに並進させることができる。
【0064】
並進モード舵角は、この実施形態では、2機の船外機OMの推進力作用線71s,71pが、船体2内において旋回中心70を通って前後方向に延びる直線(旋回中心70が中心線2a上にあるときには中心線2a)上で交差するときの2機の船外機OMの転舵角である。非連携モードにおいては、船体2を回頭させない場合の並進モード舵角は、2機の船外機OMの推進力作用線71s,71pが旋回中心70で交差するときの2機の船外機OMの転舵角である。連携モードにおいては、船体2を回頭させない場合の並進モード舵角は、2機の船外機OMの推進力作用線71s,71pが旋回中心70よりも後方で交差するときの2機の船外機OMの転舵角である。連携モードでは、並進モード舵角の絶対値は、船外機OMの最大転舵角(たとえば機構限界の転舵角)の絶対値であってもよい。
【0065】
ジョイスティック8を傾倒させ、かつ回動する操作を行うと、船体2がジョイスティック8の傾倒方向に移動しながら、ジョイスティック8の回動方向に回頭する船体挙動が得られる。たとえば、連携モードでは、
図5Cおよび
図5Dに示すように、バウスラスタBTの推進力74と2機の船外機OMの合成推進力73との大小関係のバランスによって、船体2を回頭させながら並進させることができる。
【0066】
非連携モードでは、図示は省略するが、2機の船外機OMの推進力作用線71s,71pを旋回中心70の前方または後方で交差させるように、2機の船外機OMの転舵角を制御することで、船体2を並進させながら回頭させることができる。
【0067】
2機の船外機OMの合成推進力73は、各船外機OMの推進力72s,72pの方向および大きさ、すなわち、転舵角および出力(エンジン回転速度)に依存する。すなわち、同じエンジン出力であっても、
図5Cに示すように転舵角の絶対値を小さくして、2機の船外機OMの間の角度を比較的狭くした状態(閉じた状態)とすれば合成推進力73は比較的小さくなる。また、同じエンジン出力であっても、
図5Dに示すように転舵角の絶対値を大きくして、2機の船外機OMの間の角度を比較的広くした状態(開いた状態)とすれば合成推進力73は比較的大きくなる。
【0068】
また、ジョイスティックモードにおいて、ジョイスティック8を傾倒させることなく回動させる操作(ねじり操作)を行うと、船体2は位置をほとんど変えることなくジョイスティック8の回動方向へと回頭する。すなわち、船体2がその場回頭を行う船体挙動となる。その場回頭の例が
図4Bに表されている。
【0069】
このとき、2機の船外機OMは、転舵角が零とされ、2機の船外機OMは中心線2aに平行な方向の推進力を発生する。すなわち、2機の船外機OMの推進力作用線は、は中心線2aに平行、すなわち、前後方向に平行となる。このときの2機の船外機OMの転舵角を、以下では「回頭モード舵角」という。その場回頭のとき、一方の船外機OMは前進運転され、他方の船外機OMは後進運転される。それにより、船体2に対して旋回中心まわりのモーメントを与えることができる。左まわり(平面視で反時計回り)にその場回頭するときには、右船外機OMsは前進運転、左船外機OMpは後進運転される。右まわり(平面視で時計回り)にその場回頭するときには、右船外機OMsは後進運転、左船外機OMpは前進運転される。
【0070】
非連携モードにおいては、バウスラスタBTは停止状態とされる。連携モードにおいては、さらに、バウスラスタBTも推進力を発生し、回頭を促進する。すなわち、左まわり(平面視で反時計回り)にその場回頭するときには、バウスラスタBTは左方向の推進力を船体2に与える。右まわり(平面視で時計回り)にその場回頭するときには、バウスラスタBTは右方向の推進力を船体2に与える。
【0071】
保持モード設定ボタン182,183,184(
図3参照)の操作によってそれぞれ設定される、前述の定点保持モード(Stay Point)、位置保持モード(Fish Point)、および方位保持モード(Drift Point)は、保持モードの例である。これらの保持モードにおいては、操船者の手動操作を伴うことなく、船外機OMの推進力および転舵角が制御される。連携モードにおいては、さらに、バウスラスタBTの推進力が制御される。
【0072】
たとえば、定点保持モード(Stay Point)においては、メインコントローラ50は、GPS受信機52が生成する位置データおよび速度データと、方位センサ53が出力する方位データとに基づいて、船外機OM出力および転舵角を制御する。連携モードにおいては、さらにバウスラスタBTの推進力も制御される。それにより、船体2の位置変動および方位変動が抑制される。
【0073】
位置保持モード(Fish Point)においては、メインコントローラ50は、GPS受信機52が生成する位置データおよび速度データに基づいて、船外機OMの推進力および転舵角を制御する。連携モードにおいては、さらにバウスラスタBTの推進力も制御される。それにより、船体2の位置変動が抑制される。位置保持モードでは、たとえば、GPS受信機52が生成する位置データの変化に基づき、船体2の移動方向が検出される。その移動方向に船首または船尾を向けるように船体2の方位を維持するための転舵角制御が行われる。そのようにして船体2の方位が維持された状態で、前後方向の推進力が船体2に与えられ、それによって、船体2の位置が維持される。
【0074】
方位保持モード(Drift Point)においては、メインコントローラ50は、方位センサ53が生成する方位データに基づいて、船外機OMの推進力および転舵角を制御する。連携モードにおいては、さらにバウスラスタBTの推進力も制御される。それにより、船体2の方位変動が抑制される。連携モードにおいては、バウスラスタBTの推進力のみで船体2の方位を維持するための制御が行われてもよい。
【0075】
図6Aは、非連携モードでの定点保持モード(Stay Point)の制御例を示す。また、
図6Bは、連携モードでの定点保持モードの制御例を示す。非連携モードおよび連携モードのいずれにおいても、定点保持モードのための保持モード設定ボタン182が操作されて定点保持モードの開始が指令されると、メインコントローラ50は、その操作時の船体2の位置をGPS受信機52から取得して目標位置に設定する。さらに、メインコントローラ50は、保持モード設定ボタン182の操作時の船体2の方位(船首方位)を方位センサ53から取得して目標方位に設定する。目標方位は、入力装置10またはファンクションスイッチ61などの操作によって微調整可能とされていてもよい。メインコントローラ50は、2機の船外機OMの転舵角を並進モード舵角に制御し、船体2の位置を目標位置に保持するための並進制御と、船体2の方位を目標方位に保持するための方位制御とを実行する。
【0076】
まず、
図6Aを参照して非連携モードのときの制御例を説明する。
【0077】
方位センサ53によって検出される船体2の実際の方位の目標方位に対する偏差(方位偏差)が許容値以内であり、GPS受信機52によって検出される船体2の実際の位置が目標位置から許容値を越えてずれていれば、位置ずれを補償するための制御が行われる。すなわち、船体2の方位を維持しながら船体2を目標位置に向けて並進させる並進制御が行われる。この場合、2機の船外機OMの推進力作用線が旋回中心70で交差するようにそれらの転舵角が制御される。そして、2機の船外機OMの一方を前進運転し、それらの他方を後進運転するとともに、それらの推進力を適切に制御することによって、船体2を回頭させることなく、船体2を目標位置に向けて並進させることができる。
【0078】
船体2の位置ずれが許容値を超えているだけでなく、方位センサ53によって検出される船体2の実際の方位が目標方位から許容値を越えてずれていれば、方位ずれを補償するための方位制御が併せて行われる。具体的には、2機の船外機OMの転舵角は並進モード舵角に保持されるが、それらの推進力作用線の交点が旋回中心70よりも前方または後方にずれるように転舵角が制御される。それにより、2機の船外機OMの合成推進力73は、船体2を並進させるとともに、船体2に対して旋回中心70まわりのモーメントを与える。その結果、並進制御および方位制御の両方が行われ、船体2は目標位置に向けて移動し、かつ目標方位に向けて回頭する。
【0079】
方位センサ53によって検出される船体2の実際の方位が目標方位から前述の許容値よりも大きな所定のモード変更閾値を越えてずれていれば、方位ずれ補償を優先するために、その場回頭制御が行われる。すなわち、船体2を目標方位に向けてその場回頭させる制御(方位制御の一種)が行われる。この場合、2機の船外機OMの推進力作用線が中心線2aと平行となるようにそれらの転舵角が回頭モード舵角に制御される。そして、2機の船外機OMの一方を前進運転し、それらの他方を後進運転することによって、船体2が目標方位に向けてその場で回頭させられる。それにより、目標方位に対する偏差が許容値以内となると、2機の船外機OMの転舵角は並進モード舵角に戻される。
【0080】
その場回頭制御の実行中は、船体2の位置を保持するための制御は休止となるので、船体2の位置は外乱(風や水流)の影響を受けて大きく変動する可能性がある。
【0081】
次に、
図6Bを参照して連携モードのときの制御例を説明する。
【0082】
方位センサ53によって検出される船体2の実際の方位の目標方位に対する偏差が許容値以内であり、GPS受信機52によって検出される船体2の実際の位置が目標位置から許容値を越えてずれていれば、位置ずれを補償するための制御が行われる。すなわち、船体2の方位を維持しながら船体2を目標位置に向けて並進させる並進制御が行われる。この場合、2機の船外機OMの推進力作用線が旋回中心70よりも後方で交差するようにそれらの転舵角が制御される。そして、2機の船外機OMの一方が前進運転され、それらの他方が後進運転される。その状態で、2機の船外機OMおよびバウスラスタBTの推進力を適切に制御することによって、船体2を回頭させることなく、船体2を目標位置に向けて並進させることができる。
【0083】
船体2の位置ずれが許容値を超えているだけでなく、方位センサ53によって検出される船体2の実際の方位も目標方位から許容値を越えてずれていれば、方位ずれを補償するための方位制御が併せて行われる。具体的には、2機の船外機OMの転舵角は並進モード舵角に保持されるが、それらの推進力作用線の交点が旋回中心70に一致するように転舵角が制御される。それにより、2機の船外機OMの合成推進力73は、船体2を並進させ、船体2に対してモーメントを与えない。その一方で、バウスラスタBTが駆動されて推進力を発生することにより、船体2に対して旋回中心70まわりのモーメントが与えられる。その結果、船外機OMによる並進制御およびバウスラスタBTによる方位制御の両方が行われ、船体2は目標位置に向けて移動し、かつ目標方位に向けて回頭する。
【0084】
バウスラスタBTの推進力によるモーメントだけでは方位ずれを減少させることができないときは、船外機OMの推進力の一部を船体2の回頭のために分配してもよい。この場合、2機の船外機OMの転舵角は並進モード舵角に保持されるが、それらの推進力作用線の交点が旋回中心70よりも前方または後方にずれるように転舵角が制御される。それにより、2機の船外機OMの合成推進力73は、船体2を並進させるとともに、船体2に対して旋回中心70まわりのモーメントを与える。船体2に対して、船外機OMおよびバウスラスタBTの両方の推進力によってモーメントが与えられるので、方位偏差を減少させることができる。
【0085】
方位センサ53によって検出される船体2の実際の方位が目標方位から前述の許容値よりも大きな所定のモード変更閾値を越えてずれていれば、方位ずれを補償するために、その場回頭制御が行われる。すなわち、船体2を目標方位に向けてその場回頭させる制御(方位制御の一種)が行われる。この場合、2機の船外機OMの推進力作用線が中心線2aと平行となるようにそれらの転舵角が回頭モード舵角に制御される。そして、2機の船外機OMの前進運転および後進運転が適切に制御され、かつバウスラスタBTが適切な方向の推進力を発生することによって、船体2が目標方位に向けてその場で回頭させられる。それにより、目標方位に対する偏差が許容値以内となると、2機の船外機OMの転舵角は並進モード舵角に戻される。
【0086】
非連携モードの場合と同じく、その場回頭制御の実行中は、船体2の位置を保持するための制御は休止となるので、船体2の位置は外乱の影響を受けて変動する可能性がある。しかし、連携モードにおいては、バウスラスタBTの推進力によって船体2に大きなモーメントを与えることができる。そのため、大きな方位ずれが生じにくく、方位偏差は容易にはモード変更閾値を超えない。そのため、その場回頭制御が実行されにくい。それにより、船体2を目標位置および目標方位に高精度に維持することができる。
【0087】
非連携モードにおいては、船外機OMの推進力が船体2の位置保持および方位保持のために分配されるので、並進モード舵角での方位ずれの補償に余裕が少ない。そのため、方位偏差がモード変更閾値を越えやすく、船外機OMを回頭モード舵角として行うその場回頭制御の状態になりやすい。そして、その場回頭制御の実行中に船体2の位置ずれが大きくなる可能性がある。連携モードでは、位置ずれおよび方位ずれの補償を船外機OMおよびバウスラスタBTに役割分担して行うことができるので、方位ずれが大きくなり難く、その場回頭制御の状態に遷移しにくい。それにより、位置および方位を高精度に保つことができる。
【0088】
以下では、定点保持制御において、船外機OMの舵角を並進モード舵角として行う制御モードを「並進モード」といい、船外機OMの舵角を回頭モード舵角として行う制御モードを「回頭モード」という。
【0089】
図7は、定点保持モード中の並進モードと回頭モードとの遷移の例を説明するためのフローチャートである。メインコントローラ50は、定点保持モード(Stay Point)において、所定の遷移条件に基づいて、並進モードと回頭モードとの間で遷移するようにプログラムされている。定点保持モードが開始されるときの初期モードは並進モードであってもよい。遷移条件は、並進モードから回頭モードへ遷移するための回頭モード遷移条件(ステップS2~S4)を含む。また、遷移条件は、回頭モードから前記並進モードへ遷移するための並進モード遷移条件(ステップS7,S8)を含む。
【0090】
回頭モード遷移条件は、たとえば、次の第1遷移条件、第2遷移条件および第3遷移条件のうちの少なくとも一つを含む。
【0091】
第1遷移条件(ステップS2):目標位置に対する船体2の現在位置の偏差(位置偏差)が第1閾値未満である。
【0092】
第2遷移条件(ステップS3):船体2を並進させるための推進力要求値(並進要求値)が第2閾値未満である。
【0093】
第3遷移条件(ステップS4):船体2を回頭させるための回頭要求値(または方位偏差)が第3閾値以上である。
【0094】
回頭モード遷移条件は、並進モード中に判断され(ステップS1)、たとえば、第1遷移条件、第2遷移条件および第3遷移条件の充足が所定時間(たとえば数秒程度)以上継続することであってもよい(ステップS5)。第1、第2および第3遷移条件の全ての充足が所定時間以上継続することを回頭モード遷移条件とすることにより、並進モードから回頭モードへの遷移が生じにくくなる。回頭モード遷移条件が充足されると、回頭モードに遷移する(ステップS6)。第1遷移条件(ステップS2)、第2遷移条件(ステップS3)および第3遷移条件(ステップS4)に関する判定の順序は、
図7に示すとおりである必要はない。
【0095】
メインコントローラ50は、たとえば、目標位置に対する船体2の位置偏差の大小に応じて並進のための推進力要求値を求め、その推進力要求値に対応する推進力指令および転舵角指令を生成する。したがって、位置偏差が小さくなるほど推進力要求値が小さくなる。また、メインコントローラ50は、外乱の影響が大きく、位置偏差が減少しないか、または増大するときには、位置偏差に基づくフィードバック制御によって、並進のための推進力要求値を大きくする。したがって、推進力要求値は、外乱の大小によっても増減する。
【0096】
位置偏差が小さくなった場合(第1遷移条件)や並進のための推進力要求値が小さくなった場合(第2遷移条件)には、船体2の移動速度が低下し、船体2の保針性が低下する。また、目標方位に対する船体2の方位偏差が大きくなると、回頭要求値が大きくなる(第3遷移条件)。そこで、これらの状況で充足される第1、第2および第3遷移条件の少なくとも一つ以上を回頭モード遷移条件とすることにより、並進モードから回頭モードへと適切に遷移できる。第3遷移条件は、回頭要求値が第3閾値以上であることであってもよく、方位偏差が第3閾値以上であることであってもよい。前述のモード変更閾値は、第3閾値に相当する。
【0097】
この実施形態では、第1、第2および第3遷移条件の全てが所定時間以上継続して充足することで(ステップS5:YES)、並進モードから回頭モードへと遷移する(ステップS6)。したがって、位置ずれの生じ易い回頭モードへの遷移が起こりにくいので、位置および方位を高精度に調整できる並進モードによる定点保持制御が支配的になる。
【0098】
並進モード遷移条件は、たとえば、次の第4遷移条件および第5条件のうちの少なくとも一つを含む。
【0099】
第4遷移条件(ステップS7):船体2を回頭させるための回頭要求値(または方位偏差)が第4閾値以下である。
【0100】
第5遷移条件(ステップS8):船体2を並進させるための推進力要求値(並進要求値)が第5閾値以上である。
【0101】
並進モード遷移条件は、回頭モード中に判断され(ステップS1)、たとえば、第4遷移条件および第5遷移条件のうちの少なくとも一つが成立することであってもよい。これにより、回頭モードから並進モードへの遷移が生じやすくなる。並進モード遷移条件が充足されると、並進モードに遷移する(ステップS9)。第4遷移条件(ステップS7)および第5遷移条件(ステップS8)に関する判定の順序は、
図7に示すとおりである必要はない。
【0102】
連携モードにおいては、メインコントローラ50は、たとえば、目標方位に対する船体2の方位偏差の大小に応じて回頭要求値を求め、その回頭要求値に対応する推進力指令をバウスラスタBTのモータコントローラ43に与える。必要な場合には、メインコントローラ50は、さらに、回頭要求値に基づいて船外機OMの推進力および/または転舵角を制御することにより、船体2に与えるモーメントを制御する。方位偏差が小さいほど、回頭要求値は小さくなる。メインコントローラ50は、外乱の影響が大きく、方位偏差が減少しないか、または増大するときには、方位偏差に基づくフィードバック制御によって、回頭要求値を大きくする。したがって、回頭要求値は、外乱の大小によっても増減する。
【0103】
目標方位に対する船体2の方位偏差が小さくなれば(第4遷移条件)、もはや回頭モードによる大きな回頭モーメントは必要ではない。また、並進のための推進力要求値が大きいときには(第5遷移条件)、位置偏差の補償を優先するために、並進モードが適切である。そこで、これらの状況で充足される第4および第5遷移条件の少なくとも一つ以上を並進モード遷移条件とすることにより、回頭モードから並進モードへと適切に遷移できる。第4遷移条件は、回頭要求値が第4閾値以下であることであってもよく、方位偏差が第4閾値以下であることであってもよい。
【0104】
この実施形態では、第4遷移条件(ステップS7)および第5遷移条件(ステップS8)の一つ以上が成立すれば、回頭モードから並進モードへと遷移する(ステップS9)。したがって、位置ずれの生じ易い回頭モードから位置および方位を高精度に調整できる並進モードへの遷移が起こりやすいので、並進モードによる定点保持制御が支配的になる。それにより、位置および方位を高精度に保持できる定点保持動作を実現できる。
【0105】
第4閾値は、第3閾値以下であることが好ましく、第3閾値よりも小さくすることにより、モード遷移に対してヒステリシスを与えることができる。同様に、第5閾値は、第2閾値以上であることが好ましく、第2閾値よりも大きくすることにより、モード遷移に対してヒステリシスを与えることができる。
【0106】
図8は、連携モードでの定点保持モード中の具体的な船体挙動の一例を示す。並進モードに従う制御により、外乱81(風や水流)に抗して目標位置80に向かって並進することにより、船体2の位置と目標位置80との偏差(位置偏差)が第1閾値以下となる(段階8Aから段階8Bへ変化)。また、外乱が強くなければ、目標位置80に接近するに従って、並進のために要求される推進力、すなわち推進力要求値が小さくなり、第2閾値未満となる。それに応じて船体2の移動速度が低くなると、保針性が低下する(段階8C)。この場合、船外機OMの合成推進力によって船体2が並進させられ、バウスラスタBTの推進力によって目標方位に向けて船体2が回頭されるが、この場合でも依然として並進モードである。バウスラスタBTの推進力によっても方位偏差が減少しないか、または増加する場合には、回頭要求値が大きくなっていき、第3閾値以上となる。このとき、位置偏差が第1閾値以下であり、かつ推進力要求値が第2閾値以下であり、かつ回答要求値が第3閾値以上である状態が所定時間以上継続すると、回頭モードに遷移する(段階8D)。それによって、船外機OMの推進力によっても船体2にモーメントが与えられるので、船体2の方位を速やかに目標方位へと導くことができる。それにより、比較的短時間の回頭モードの後に並進モードへと復帰させることができる。
【0107】
位置偏差が比較的大きいとき(第1遷移条件)や並進のための推進力要求値が大きいとき(第2遷移条件)には、回頭要求値(または方位偏差)が大きくても回頭モードに遷移せず、並進モードが維持される。並進モードにおいても、バウスラスタBTの推進力によって、船体2に大きなモーメントを与えることができる。そのため、回頭モードへの遷移が起こりにくいので、回頭モード中に生じる位置ずれを可能な限り回避して、高精度な定点保持制御を行える。また、回頭モード中には、船外機OMおよびバウスラスタBTの両方が船体2にモーメントを与えるので、方位偏差を速やかに減少させることができる。したがって、回頭モードによる制御を短時間で終了して並進モードに遷移できる。それにより、回頭モード中の位置ずれが小さくできる。これによっても、高精度な定点保持制御に寄与できる。
【0108】
図9は、非連携モードにおける定点保持制御中の具体的な船体挙動の一例を示す。バウスラスタBTは停止状態であるので、並進モードでは、専ら船外機OMの推進力によって、船体2の並進および回頭が制御される。並進モードに従う制御により、外乱81(風や水流)に抗して目標位置80に向かって並進することにより、船体2の位置と目標位置80との偏差(位置偏差)が第1閾値以下となる(段階9Aから段階9Bへ変化)。また、風や水流が強くなければ、目標位置に接近するに従って、並進のために要求される推進力、すなわち推進力要求値が第2閾値未満となる。それに応じて船体2の移動速度が低くなると、保針性が低下するので、方位偏差が増加しやすくなる(段階9C)。方位偏差が大きくなり、回頭要求値が第3閾値以上となり、加えて、位置偏差が第1閾値以下であり、かつ推進力要求値が第2閾値以下である状態が所定時間以上継続すると、回頭モードに遷移する(段階9D)。それによって、船外機OMの推進力によっても船体2にモーメントが与えられるので、船体2の方位を目標方位へと導くことができる。
【0109】
位置偏差が比較的大きいとき(第1遷移条件)や推進力要求値が大きいとき(第2遷移条件)には、方位偏差(回頭要求値)が大きくても回頭モードに遷移せず、並進モードが維持される。しかし、非連携モードでは、バウスラスタBTの推進力が船体2の回頭に寄与しないので、方位偏差が大きくなりやすく、回頭モードへの遷移が速やかに、かつ頻繁に生じる可能性がある。回頭モード中には、船体2に並進のための推進力を与えることができないので、外乱81の影響を受けて、位置ずれが生じやすい。加えて、バウスラスタBTの推進力によるモーメントがないので、方位偏差の解消に時間がかかり、外乱が大きいときには、回頭モードを短時間で終了できない可能性もある。そのため、連携モードに比較すると、定点保持制御の精度は低くなる。
【0110】
以上、この発明の一実施形態について説明してきたが、この発明は、さらに他の形態でも実施することができる。
【0111】
たとえば、前述の実施形態では、2機の船外機OMが船尾3に備えられる構成について説明したが、船外機OMの数は1機であってもよく、3機以上であってもよい。また、前述の実施形態では、エンジン船外機の例について主として説明したが、電動船外機が用いられてもよい。さらに、推進機は、船外機である必要はなく、船内機、船内外機(スターンドライブ)、ウォータジェット等の他の形態であってもよい。
【0112】
また、前述の実施形態では、左右方向のみの推進力の発生が可能なバウスラスタBTを用いる例を示したが、電動トローリングモータのように、転舵可能な推進機を船首に備え、左右方向に推進力を発生する推進機を代わりに用いてもよい。すなわち、本発明におけるバウスラスタは、船首に備えられ左右方向に推進力を発生できる推進機であり、左右方向以外の方向に推進力を発生できる推進機であってもよい。
【0113】
さらに、前述の実施形態では、船外機OMおよびバウスラスタBTを連携制御する連携モードと、このような連携を行わない非連携モードとを有する船舶推進システム100について説明したが、非連携モードは省かれてもよい。
【0114】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0115】
1:船舶、2:船体、2a:中心線、3:船尾、20:プロペラ、23:エンジン、24:シフト機構、25:転舵アクチュエータ、26:転舵機構、27:スロットルアクチュエータ、28:シフトアクチュエータ、40:プロペラ、42:電動モータ、43:モータコントローラ、50:メインコントローラ、52:GPS受信機、53:方位センサ、60:アプリケーションスイッチパネル、61:ファンクションスイッチ、70:旋回中心、71p:推進力作用線、71s:推進力作用線、72p:推進力、72s:推進力、73:合成推進力、74:推進力、80:目標位置、81:外乱、100:船舶推進システム、BT:バウスラスタ、OM:船外機