IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ヤマハ発動機株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-船外機および船舶 図1
  • 特開-船外機および船舶 図2
  • 特開-船外機および船舶 図3
  • 特開-船外機および船舶 図4
  • 特開-船外機および船舶 図5
  • 特開-船外機および船舶 図6
  • 特開-船外機および船舶 図7
  • 特開-船外機および船舶 図8
  • 特開-船外機および船舶 図9
  • 特開-船外機および船舶 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024068707
(43)【公開日】2024-05-21
(54)【発明の名称】船外機および船舶
(51)【国際特許分類】
   B63H 20/28 20060101AFI20240514BHJP
   B63H 20/24 20060101ALI20240514BHJP
   B63H 20/00 20060101ALI20240514BHJP
   C25D 13/00 20060101ALI20240514BHJP
【FI】
B63H20/28 100
B63H20/24 100
B63H20/00 100
C25D13/00 N
C25D13/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022179247
(22)【出願日】2022-11-09
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)刊行物名:プラントエンジニア 2022年6月号、発行者名:公益社団法人 日本プラントメンテナンス協会、発行年月日:令和4年5月27日
(71)【出願人】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001911
【氏名又は名称】弁理士法人アルファ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】清水 拓也
(72)【発明者】
【氏名】小原 勝彦
(57)【要約】
【課題】電着塗装により適切な塗膜が形成されて耐食性が向上した金属部品を備える船外機を実現する。
【解決手段】船外機は、電着塗装により形成された塗膜を有する金属部品を備える。金属部品は、金属部品の形状データと電着塗装の条件とに基づき、電着塗装時の金属部品の各部の通電量から、金属部品の各部に形成される塗膜の抵抗を直接的に算出する演算を含む電着塗装シミュレーションを用いて形状が定められた部品である。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
船外機であって、
電着塗装により形成された塗膜を有する金属部品を備え、
前記金属部品は、前記金属部品の形状データと前記電着塗装の条件とに基づき、前記電着塗装時の前記金属部品の各部の通電量から、前記金属部品の各部に形成される前記塗膜の抵抗を直接的に算出する演算を含む電着塗装シミュレーションを用いて形状が定められた部品である、船外機。
【請求項2】
請求項1に記載の船外機であって、
前記塗膜は、前記電着塗装時の通電量と形成される前記塗膜の重量との関係が非線形である塗料により形成されている、船外機。
【請求項3】
請求項1に記載の船外機であって、
前記金属部品は、冷却水流路を有する部品である、船外機。
【請求項4】
請求項1に記載の船外機であって、
前記金属部品は、前記船外機において高温部に近接して配置された部品である、船外機。
【請求項5】
請求項1に記載の船外機であって、
前記金属部品は、二重管構造の部品である、船外機。
【請求項6】
請求項1に記載の船外機であって、
前記金属部品は、前記塗膜の下に、電解処理により形成された酸化被膜を有し、
前記金属部品は、前記金属部品の形状データと前記電解処理の条件とに基づき、前記電解処理時の前記金属部品の各部の通電量から、前記金属部品の各部に形成される前記酸化被膜の抵抗を直接的に算出する演算を含む電解処理シミュレーションを用いて形状が定められた部品である、船外機。
【請求項7】
請求項1に記載の船外機であって、
前記電着塗装シミュレーションは、前記金属部品の各部に形成される前記塗膜の抵抗に基づき前記塗膜が適切に形成されるか否かを判定する演算を含む、船外機。
【請求項8】
請求項1に記載の船外機であって、
前記電着塗装シミュレーションにおいて、前記電着塗装の条件の1つである電圧条件は、ラインにおける実測に基づき設定される、船外機。
【請求項9】
請求項1に記載の船外機であって、
前記電着塗装シミュレーションは、前記電着塗装において1つのキャリアに掛けられる前記金属部品の個数に応じて調整された前記金属部品の形状データを用いて実行される、船外機。
【請求項10】
船体と、
前記船体の後部に取り付けられた請求項1に記載の船外機と、
を備える、船舶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示される技術は、船外機および船舶に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶は、船体と、船体の後部に取り付けられた船外機とを備える。船外機は、船舶を推進させる推力を生み出す装置である。
【0003】
船外機は、種々の金属部品を備える。船外機の金属部品は、海水に晒されるおそれがあるため、高い耐食性を持つことが求められる。例えば、船外機は、排気部品や冷却部品等の冷却水流路を有する金属部品を備える。このような金属部品の冷却水路には、冷却水としての海水が流れる。冷却水流路を流れる海水は、エンジンの熱によって高温となる。そのため、冷却水流路を有する金属部品は、高温の海水という厳しい腐食環境に晒されることから、高い耐食性を持つことが求められる。
【0004】
船外機の金属部品の耐食性を向上させるために、電着塗装によって金属部品の表面に塗膜を形成する技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。電着塗装は、電着槽に収容された塗料液の中に被塗物(ワーク)を浸漬し、被塗物と電極との間に電位を生じさせることによって直流電流を流し、電気泳動を利用して被塗物の表面に塗料粒子を析出させる塗膜形成方法である。電着塗装は、吹き付け塗装等の他の塗膜形成方法と比べて、袋状等の複雑な形状でも均一な塗膜を形成できるという特徴を有する。
【0005】
電着塗装の際には、被塗物のうち、電流が流れやすい部分(例えば外面側の部分)から先行して塗膜が形成され、該部分に形成された塗膜の厚みの増大に伴う電気抵抗の増加により、他の部分(例えば内面側の部分)に流れる電流が増加し、該部分にも塗膜が形成される。そのため、被塗物の形状や電着塗装の条件(印加電圧や塗装時間等)によっては、被塗物の一部に良好な塗膜が形成されない事象(いわゆる、付き回り不足)が発生するおそれがある。
【0006】
従来、被塗物の形状データと電着塗装の条件とに基づき、被塗物の各部における塗膜形成状態を予測する電着塗装シミュレーションが知られている(例えば、特許文献2参照)。従来の電着塗装シミュレーションでは、被塗物の各部の通電量と塗膜の析出重量との関係が線形である塗料を用いることを前提として、通電量から塗膜析出重量を算出し、塗膜析出重量(膜厚)から塗膜抵抗を算出し、これらを部品の境界条件として次ステップへ反映させて逐次計算を進めることで各部の塗膜形成状態を得る処理が実行される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009-62572号公報
【特許文献2】特開2002-327294号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
船外機の金属部品の電着塗装のための塗料の選定の際には、通電量と塗膜析出重量との関係が線形である塗料に限定されることなく、付き回り性や耐食性の観点から最適な塗料を選定できることが好ましい。しかしながら、上記従来の電着塗装シミュレーションでは、通電量と塗膜析出重量との関係が非線形である塗料を用いる場合に適用することができず、電着塗装シミュレーションを用いて金属部品の形状を定めることができないという課題がある。さらに、上記従来の電着塗装シミュレーションでは、通電量、塗膜析出重量(膜厚)、塗膜抵抗が順に算出されるため、演算時間が長くなるという課題がある。
【0009】
本明細書では、上述した課題を解決することが可能な技術を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本明細書に開示される技術は、例えば、以下の形態として実現することが可能である。
【0011】
本明細書に開示される船外機は、電着塗装により形成された塗膜を有する金属部品を備える。前記金属部品は、前記金属部品の形状データと前記電着塗装の条件とに基づき、前記電着塗装時の前記金属部品の各部の通電量から、前記金属部品の各部に形成される前記塗膜の抵抗を直接的に算出する演算を含む電着塗装シミュレーションを用いて形状が定められた部品である。
【0012】
本船外機では、通電量と塗膜析出重量との関係が線形であるか否かにかかわらず、通電量から直接的に塗膜抵抗を算出する電着塗装シミュレーションを用いて金属部品の形状を定めることができ、電着塗装により適切な塗膜が形成されて耐食性が向上した金属部品を備える船外機を実現することができる。また、通電量から、塗膜析出重量を経ることなく、直接的に塗膜抵抗を算出する電着塗装シミュレーションを用いて金属部品の形状を定めることができ、電着塗装シミュレーションの演算時間を短縮することができる。
【0013】
なお、本明細書に開示される技術は、種々の形態で実現することが可能であり、例えば、船外機、船外機と船体とを備える船舶等の形態で実現することが可能である。
【発明の効果】
【0014】
本明細書に開示される船外機によれば、通電量と塗膜析出重量との関係が線形であるか否かにかかわらず、通電量から直接的に塗膜抵抗を算出する電着塗装シミュレーションを用いて金属部品の形状を定めることができ、電着塗装により適切な塗膜が形成されて耐食性が向上した金属部品を備える船外機を実現することができる。また、通電量から、塗膜析出重量を経ることなく、直接的に塗膜抵抗を算出する電着塗装シミュレーションを用いて金属部品の形状を定めることができ、電着塗装シミュレーションの演算時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本実施形態の船舶10の構成を概略的に示す斜視図
図2】船外機100の構成を概略的に示す側面図
図3】電着塗装装置300の構成を示す説明図
図4】本実施形態における電着塗装シミュレーションの方法を示すフローチャート
図5】塗料固有パラメータの一例を示す説明図
図6】塗料固有パラメータの一例を示す説明図
図7】塗料固有パラメータの一例を示す説明図
図8】電着塗装のモデルの一例を示す説明図
図9】電着塗装のモデルの他の一例を示す説明図
図10】電着塗装時の電流について、本実施形態の電着塗装シミュレーションによる算出値と実ラインにおける測定値とを比較した説明図
【発明を実施するための形態】
【0016】
A.実施形態:
(船舶10の構成)
図1は、本実施形態の船舶10の構成を概略的に示す斜視図である。図1および後述する他の図面には、船舶10の位置を基準とした各方向を表す矢印を示している。より具体的には、各図には、前方(FRONT)、後方(REAR)、左方(LEFT)、右方(RIGHT)、上方(UPPER)および下方(LOWER)のそれぞれを表す矢印を示している。前後方向、左右方向および上下方向(鉛直方向)は、それぞれ互いに直交する方向である。
【0017】
船舶10は、船体200と、船外機100とを備える。本実施形態では、船舶10は、1つの船外機100を有するが、船舶10が複数の船外機100を有していてもよい。
【0018】
(船体200の構成)
船体200は、船舶10において乗員が搭乗する部分である。船体200は、居住空間204を有する船体本体部202と、居住空間204に設置された操縦席240と、操縦席240付近に設置された操縦装置250とを有する。操縦装置250は、操船のための装置であり、例えば、ステアリングホイール252と、シフト・スロットルレバー254と、ジョイスティック255と、モニタ256と、入力装置258とを有する。また、船体200は、居住空間204の後端を区画する仕切壁220と、船体200の後端に位置するトランサム210とを有する。前後方向において、トランサム210と仕切壁220との間には空間206が存在している。
【0019】
(船外機100の構成)
図2は、船外機100の構成を概略的に示す側面図である。以下では、特に断りがない限り、基準姿勢の船外機100について説明する。基準姿勢は、後述するクランクシャフト124の回転軸線Acが上下方向に延伸し、かつ、プロペラシャフト111の回転軸線Apが前後方向に延伸する姿勢である。
【0020】
船外機100は、船舶10を推進させる推力を発生する装置である。船外機100は、船体200の後部のトランサム210に取り付けられている。船外機100は、船外機本体110と、懸架装置150とを有する。
【0021】
(船外機本体110の構成)
船外機本体110は、カウル114と、ケーシング116と、エンジン120と、排気部品80と、プロペラシャフト111と、プロペラ112と、伝達機構130と、を備える。
【0022】
カウル114は、船外機本体110の上部に配置された収容体である。カウル114は、カウル114の下部を構成するボトムカウル20と、カウル114の上部を構成するトップカウル30とを有する。トップカウル30は、ボトムカウル20に対して、取り外し可能に取り付けられている。ケーシング116は、カウル114の下方に位置し、船外機本体110の下部に配置された収容体である。
【0023】
エンジン120は、動力を発生する原動機であり、カウル114内に収容されている。エンジン120は、例えば内燃機関により構成されている。エンジン120は、図示しないピストンの往復運動を回転運動に変換するクランクシャフト124を有する。クランクシャフト124は、その回転軸線Acが上下方向に延伸する姿勢で配置されている。なお、エンジン120は、エンジンの冷却のための冷却水流路を有する冷却部品(不図示)を備える。また、本明細書では、船外機100において50℃以上になる部分を高温部という。エンジン120は、高温部に該当する。
【0024】
排気部品80は、排気流路83を有する管状の金属製(例えばアルミニウム合金製)の部品であり、エンジン120に近接して配置されている。排気部品80の排気流路83は、エンジン120に連通すると共に、ケーシング116に形成された排気口(不図示)に連通している。エンジン120の燃焼室から排出された排気は、排気部品80の排気流路83を通り、排気口を介して水中または空気中に排出される。
【0025】
本実施形態では、排気部品80は、二重管構造となっている。すなわち、排気部品80は、排気流路83の周りを取り囲むように形成された冷却水流路84を有する。冷却水流路84には、排気流路83を流れる排気の冷却のために、エンジン120の冷却に利用された後または利用される前の冷却水(海水)が流れる。そのため、排気部品80の表面には、耐食性の向上のために、塗膜81が形成されている。塗膜81は、排気部品80の表面のうち、冷却水流路84を区画する表面のみに形成されていてもよいし、他の表面に形成されていてもよい。塗膜81は、例えば、エポキシ系カチオン電着塗料を用いた電着塗装により形成されている。排気部品80は二重管構造であるため、電着塗装において付き回り不足が発生しやすい形状の部品であると言える。排気部品80は、特許請求の範囲における金属部品の一例である。
【0026】
プロペラシャフト111は、棒状の部材であり、船外機本体110における比較的下方の位置に、前後方向に延伸する姿勢で配置されている。プロペラシャフト111の前端部は、ケーシング116内に収容されており、プロペラシャフト111の後端部は、ケーシング116から後方に突出している。
【0027】
プロペラ112は、複数枚の羽を有する回転体であり、プロペラシャフト111の後端部に取り付けられている。回転軸線Apまわりのプロペラシャフト111の回転に伴い、プロペラ112も回転する。プロペラ112は、回転することによって推力を発生する。
【0028】
伝達機構130は、エンジン120の回転をプロペラシャフト111に伝達する機構である。伝達機構130の少なくとも一部は、ケーシング116内に収容されている。伝達機構130は、ドライブシャフト132と、シフト機構134とを有する。
【0029】
ドライブシャフト132は、棒状の部材であり、エンジン120のクランクシャフト124の下方に、上下方向に延伸する姿勢で配置されている。ドライブシャフト132の上端部は、クランクシャフト124に連結されている。ドライブシャフト132は、エンジン120の回転(クランクシャフト124の回転)に伴い回転する。
【0030】
シフト機構134は、ドライブシャフト132の下端部に連結されると共に、プロペラシャフト111の前端部に連結されている。シフト機構134は、例えば、複数のギヤと、ギヤの噛み合いを切り換えるクラッチとを含み、エンジン120の回転に伴うドライブシャフト132の回転を、回転方向を切り替え可能にプロペラシャフト111に伝達する。シフト機構134がドライブシャフト132の回転を正転方向の回転としてプロペラシャフト111に伝達すると、プロペラシャフト111と共に正転方向に回転するプロペラ112が前進方向の推力を発生する。反対に、シフト機構134がドライブシャフト132の回転を逆転方向の回転としてプロペラシャフト111に伝達すると、プロペラシャフト111と共に逆転方向に回転するプロペラ112が後進方向の推力を発生する。
【0031】
(懸架装置150の構成)
懸架装置150は、船外機本体110を船体200に懸架する装置である。懸架装置150は、左右一対のクランプブラケット152と、チルト軸160と、スイベルブラケット156と、ステアリング軸158とを含む。
【0032】
左右一対のクランプブラケット152は、船体200の後方に、互いに左右方向に離隔した状態で配置されており、例えばボルトによって船体200のトランサム210に固定されている。各クランプブラケット152は、左右方向に延伸する貫通孔が形成された筒状の支持部152aを有する。
【0033】
チルト軸160は、棒状の部材であり、クランプブラケット152の支持部152aの貫通孔内に回転可能に支持されている。チルト軸160の中心線であるチルト軸線Atは、船外機100のチルト動作における水平方向(左右方向)の軸線を構成する。
【0034】
スイベルブラケット156は、一対のクランプブラケット152に挟まれるように配置されており、チルト軸線Atまわりに回転可能に、チルト軸160を介してクランプブラケット152の支持部152aに支持されている。スイベルブラケット156は、例えば油圧シリンダ等のアクチュエータを含むチルト装置(不図示)により、クランプブラケット152に対してチルト軸線Atまわりに回転駆動される。
【0035】
ステアリング軸158は、棒状の部材であり、上下方向に延伸する姿勢で、ステアリング軸158の中心線であるステアリング軸線Asまわりに回転可能にスイベルブラケット156に支持されている。ステアリング軸158は、例えば油圧シリンダ等のアクチュエータを含むステアリング装置(不図示)により、スイベルブラケット156に対してステアリング軸線Asまわりに回転駆動される。
【0036】
船外機本体110は、ステアリング軸158に固定されている。そのため、ステアリング軸158がスイベルブラケット156に対してステアリング軸線Asまわりに回転すると、ステアリング軸158に固定された船外機本体110もステアリング軸線Asまわりに回転する。これにより、船体200の向きを基準としたプロペラ112が発生する推力の向きが変更され、船舶10の操舵が実現される。
【0037】
また、スイベルブラケット156がクランプブラケット152に対してチルト軸線Atまわりに回転すると、スイベルブラケット156に支持されたステアリング軸158およびステアリング軸158に固定された船外機本体110もチルト軸線Atまわりに回転する。これにより、船体200に対して船外機本体110を上下方向に回転させるチルト動作が実現される。船外機100のチルト動作により、プロペラ112が水中に位置するチルトダウン状態(船外機100が基準姿勢にある状態)からプロペラ112が水面より上側に位置するチルトアップ状態までの範囲で、船外機本体110のチルト軸線Atまわりの角度を変更することができる。なお、船外機本体110のチルト軸線Atまわりの角度を調整して船舶10の走行時の姿勢を調整するトリム動作も実行することができる。
【0038】
(排気部品80の塗膜81の形成のための電着塗装)
上述したように、排気部品80の塗膜81は、電着塗装により形成される。図3は、電着塗装装置300の構成を示す説明図である。電着塗装装置300は、塗料粒子305を含む塗料液304を収容する電着槽302と、塗料液304に浸かるように設置された電極306と、被塗物であるワークW(本実施形態では、排気部品80)を吊り下げて保持するキャリア307とを備える。
【0039】
電着塗装は、電着槽302に収容された塗料液304の中にワークWを浸漬し、ワークWと電極306との間に電位を生じさせることによって直流電流を流し、電気泳動を利用してワークWの表面に塗料粒子305を析出させる塗膜形成方法である。電着塗装は、吹き付け塗装等の他の塗膜形成方法と比べて、袋状等の複雑な形状でも均一な塗膜を形成できるという特徴を有する。なお、本実施形態では、塗料粒子305がプラスの電荷を持つカチオン電着塗装が行われ、電極306をプラス極、ワークWをマイナス極として、電圧が印加される。アニオン電着塗装についても、電荷の正負が反転するだけで、塗装の原理は同様である。また、本実施形態では、複数のワークWに対する塗装処理を連続的に行うために、複数のワークWを浸漬可能な大きさの電着槽302が用いられ、複数のキャリア307によって複数のワークWが塗料液304内に浸漬した状態で搬送されつつ、塗膜形成処理が実行される。また、電着塗装の際に、前工程(例えば、水洗、脱脂、洗浄等)および後工程(例えば、水洗、乾燥・焼付等)が行われてもよい。
【0040】
電着塗装の際には、ワークWのうち、電流が流れやすい部分(例えば外面側の部分)から先行して塗膜が形成され、該部分に形成された塗膜の厚みの増大に伴う電気抵抗の増加により、他の部分(例えば内面側の部分)に流れる電流が増加し、該部分にも塗膜が形成される。そのため、ワークWの形状や電着塗装の条件(印加電圧や塗装時間等)によっては、ワークWの一部に良好な塗膜が形成されない事象(いわゆる、付き回り不足)が発生するおそれがある。
【0041】
本実施形態では、排気部品80の形状データと電着塗装の条件とに基づき、排気部品80の各部における塗膜の形成状態を予測する電着塗装シミュレーションを行い、付き回り不足が発生しないように排気部品80の形状を定めている。なお、排気部品80の形状とは、船外機100における排気部品80の機能の実現のために規定される形状(以下、「基本的形状」という。)に加えて、電着塗装の際にキャリア307に吊すための掛け孔や電流を通すための電流経路孔の位置、大きさ、個数のように、電着塗装のために規定される形状(以下、「副次的形状」という。)を含む。
【0042】
図4は、本実施形態における電着塗装シミュレーションの方法を示すフローチャートである。なお、電着塗装シミュレーションは、コンピュータを用いて実行される。
【0043】
はじめに、塗料固有パラメータを実験的に取得する(S110)。図5から図7は、塗料固有パラメータの一例を示す説明図である。図5は、本実施形態で使用する塗料C1および比較例の塗料C2のそれぞれについて、電着塗装における通電量と塗膜析出重量との関係の一例を示しており、図6は、上記2種類の塗料C1,C2のそれぞれについて、塗膜析出重量(膜厚)と塗膜抵抗との関係の一例を示しており、図7は、塗料C1について、電着塗装における通電量と塗膜抵抗との関係の一例を示している。
【0044】
図5および図6に示すように、比較例の塗料C2を使用した場合には、ある量の電流が流れると塗膜が析出しはじめ、流れた電流に比例して析出重量が増加し、析出重量の増加に伴う膜厚増加に比例して塗膜抵抗が増加する。すなわち、比較例の塗料C2は、通電量と塗膜の析出重量との関係が線形である塗料である。そのため、比較例の塗料C2を使用する場合には、ワークWの各部位の通電量から塗膜析出重量を算出し、塗膜析出重量(膜厚)から塗膜抵抗を算出し、これらを部品の境界条件として次ステップへ反映させて逐次計算を進めることで各部の塗膜形成状態を得る、従来の電着塗装シミュレーションを適用可能である。
【0045】
これに対し、本実施形態では、排気部品80の電着塗装のために、例えば耐食性と付き回り性を考慮して、図5および図6に示す特性を有する塗料C1を用いている。塗料C1を用いて電着塗装を行う場合には、通電量と塗膜析出重量との関係(図5)および塗膜析出重量(膜厚)と塗膜抵抗との関係(図6)が線形とはならない。そのため、通電量と塗膜析出重量との関係が線形であることを前提とした従来の電着塗装シミュレーションをそのまま適用することはできない。
【0046】
一方、本願発明者は、鋭意研究を行い、塗料C1について通電量と塗膜抵抗との関係に着目したところ、図7に示すように、両者に線形の関係があることを新たに見出した。そのため、本明細書では、電着塗装時のワークの各部の通電量から、ワークの各部に形成される塗膜の抵抗を直接的に算出する演算を含む電着塗装シミュレーションを提案している。すなわち、図4のS110では、通電量と塗膜抵抗との関係を示す塗料固有パラメータが実験的に取得される。
【0047】
また、ワークWの形状データを取得する(S120)。形状データとしては、例えば3D-CADデータが用いられる。
【0048】
また、電着塗装の条件およびモデルを設定する(S130)。電着塗装の条件は、例えば、印加電圧や塗装時間等である。電着塗装の条件は、実ラインの構成や動作条件に基づき設定される。
【0049】
また、電着塗装のモデルは、電着塗装シミュレーションに用いられるモデルである。図8は、電着塗装のモデルの一例を示す説明図である。図8に示す電着塗装のモデル(以下、「フルモデルM1」という。)は、電着塗装装置300(図3)を忠実に再現したモデルである。具体的には、フルモデルM1は、複数のワークWを浸漬可能な大きさの電着槽302と、電着槽302に収容された塗料液304に浸かるように設置された複数の電極306と、電極306とワークWとの間に電圧を印加する電源308とをモデル化したものである。フルモデルM1は、電源308の電圧を一定とし、ワークWの位置を搬送方向に沿って変化させながら(すなわち、ワークWと電極306との位置関係を変化させながら)、解析を行うためのモデルである。フルモデルM1を用いた電着塗装シミュレーションでは、実際の電着塗装を忠実に再現できる一方、要素数が多くなり(例えば、要素数:4000万個程度)、計算時間が長くなる(例えば、計算時間:30日程度)。
【0050】
また、図9は、電着塗装のモデルの他の一例を示す説明図である。図9に示す電着塗装のモデル(以下、「簡易モデルM2」という。)は、解析の対象を一対の電極306と1つのワークWに絞った簡易的なモデルである。簡易モデルM2を用いた電着塗装シミュレーションでは、実際の電着塗装の際に存在するワークWの移動や前後の他のワークWによる影響を、印加電圧条件により与えるものとしている。具体的には、実ラインでの電流測定結果に基づき、印加電圧条件を経時的に変化させている。簡易モデルM2を用いた電着塗装シミュレーションでは、要素数が少なくなり(例えば、要素数:600万個程度)、計算時間が短くなる(例えば、計算時間:2日程度)。
【0051】
次に、設定・取得した各種データを用いて、電着塗装シミュレーションの演算を行う。まず、電着塗装時のワークWの電位分布を算出する(S140)。そして、算出された電位分布に基づき、電着塗装時のワークWの各部の通電量を算出する(S150)。
【0052】
次に、算出されたワークWの各部の通電量から、直接的に、ワークWの各部の塗膜抵抗を算出する(S160)。通電量からの塗膜抵抗の算出は、上述した通電量と塗膜抵抗との関係を示す塗料固有パラメータ(図7参照)を用いて実行される。
【0053】
次に、塗装時間に対応する全ステップが完了したか否かを判定し(S170)、全ステップが完了していない場合には(S170:NO)、次ステップに進み、上述したS120以降の処理を同様に実行する。このとき、S160で算出された塗膜抵抗に基づき、ワークWの各部の電気抵抗が反映されるように、ワークWの形状データが更新される。このようなステップを繰り返すことにより、ワークWにおいて電流が流れやすい部分から先行して塗膜が形成され、膜厚増加に伴う電気抵抗増加により各部の通電量が変化し、電流が流れにくい部分にも順次、塗膜が形成されていく様子をシミュレーションすることができる。
【0054】
塗装時間に対応する全ステップが完了した場合には(S170:YES)、付き回り不足の有無についての判定を行う(S180)。具体的には、全ステップ完了時のワークWの各部における塗膜抵抗に基づき、ワークWの各部に塗膜が適切に形成された否かの判定を行う。例えば、塗膜抵抗の下限値を設定し、塗膜抵抗が該下限値以上であれば、塗膜が適切に形成されたと判定し、塗膜抵抗が該下限値未満であれば、塗膜が適切に形成されなかった(すなわち、付き回り不足が発生した)と判定する。
【0055】
付き回り不足が発生したと判定された場合には(S180:YES)、ワークW(排気部品80)の形状を設計変更する(S190)。上述したように、排気部品80の形状は、船外機100における排気部品80の機能の実現のために規定される基本的形状に加えて、掛け孔や電流経路孔の位置、大きさ、個数のように電着塗装のために規定される副次的形状を含む。そのため、S190では、付き回り不足の発生を回避できるように、排気部品80の基本的形状および/または副次的形状の変更が行われる。例えば、排気部品80の曲がり具合を変更したり、電流経路孔の個数を増加したりする変更が行われる。その後、ワークWの形状データが更新され(S120)、上述した各処理が繰り返し実行される。
【0056】
付き回り不足が発生しないと判定された場合には(S180:NO)、電着塗装シミュレーションを終了する。これにより、付き回り不足が発生しない排気部品80の形状および電着塗装の条件が特定される。
【0057】
図10は、電着塗装時の電流について、本実施形態の電着塗装シミュレーション(簡易モデルM2を使用)による算出値と実ラインにおける測定値とを比較した説明図である。図10に示す通り、本実施形態の電着塗装シミュレーションによる電流算出値は、実ラインにおける測定値と概ね一致しており、本実施形態の電着塗装シミュレーションの有用性が確認された。
【0058】
以上説明したように、本実施形態の船外機100は、電着塗装により形成された塗膜81を有する金属部品である排気部品80を備える。排気部品80は、排気部品80の形状データと電着塗装の条件とに基づき、電着塗装時の排気部品80の各部の通電量から、排気部品80の各部に形成される塗膜81の抵抗を直接的に算出する演算を含む電着塗装シミュレーションを用いて形状が定められた部品である。そのため、通電量と塗膜析出重量との関係が線形であるか否かにかかわらず、通電量から直接的に塗膜抵抗を算出する電着塗装シミュレーションを用いて排気部品80の形状を定めることができ、電着塗装により適切な塗膜が形成されて耐食性が向上した排気部品80を備える船外機100を実現することができる。また、通電量から、塗膜析出重量を経ることなく、直接的に塗膜抵抗を算出する電着塗装シミュレーションを用いて排気部品80の形状を定めることができ、電着塗装シミュレーションの演算時間を短縮することができる。
【0059】
B.変形例:
本明細書で開示される技術は、上述の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の形態に変形することができ、例えば次のような変形も可能である。
【0060】
上記実施形態の船舶10の構成は、あくまで一例であり、種々変形可能である。例えば、上記実施形態では、排気部品80の形状を定めるために電解処理シミュレーションが用いられているが、排気部品80に代えて、あるいは、排気部品80と共に、他の金属部品(例えば、エンジンの冷却のための冷却水流路を有する冷却部品等)の形状を定めるために電解処理シミュレーションが用いられてもよい。
【0061】
上記実施形態では、通電量と塗膜析出重量との関係が非線形である塗料を対象として、通電量から塗膜抵抗を直接的に算出する演算を含む電着塗装シミュレーションを適用しているが、通電量と塗膜析出重量との関係が線形である塗料を対象として、同様の電着塗装シミュレーションを適用することも可能である。これにより、電着塗装シミュレーションの演算時間を短縮することができる。
【0062】
上記実施形態の電着塗装シミュレーションにおいて、1つのキャリア307に掛けられる金属部品の個数に応じて、金属部品の形状データを調整してもよい。1つのキャリア307に掛けられる金属部品の個数が異なると、各金属部品の電位分布も異なり得る。そのため、1つのキャリア307に掛けられる金属部品の個数に応じて金属部品の形状データを調整することにより、1つのキャリア307に掛けられる金属部品の個数に関わらず、高精度な電着塗装シミュレーションを実現することができる。
【0063】
上記実施形態では、カチオン電着塗装により塗膜の形成を行っているが、アニオン電着塗装により塗膜の形成を行ってもよい。
【0064】
上記実施形態において、電着塗装により形成された塗膜を有する金属部品(例えば排気部品80)が、塗膜の下に、電解処理(例えば、アルマイト処理)により形成された酸化被膜(例えば、アルミナ被膜)を有していてもよい。この場合において、電解処理による酸化被膜の形成不良(付き回り不足)が発生することを抑制するために、上記実施形態の電着塗装シミュレーションと同様の電解処理シミュレーションを用いて金属部品の形状が定められてもよい。すなわち、この電解処理シミュレーションは、金属部品の形状データと電解処理の条件とに基づき、電解処理時の金属部品の各部の通電量から、金属部品の各部に形成される酸化被膜の抵抗を直接的に算出する演算を含む電解処理シミュレーションである。
【符号の説明】
【0065】
10:船舶 20:ボトムカウル 30:トップカウル 80:排気部品 81:塗膜 83:排気流路 84:冷却水流路 100:船外機 110:船外機本体 111:プロペラシャフト 112:プロペラ 114:カウル 116:ケーシング 120:エンジン 124:クランクシャフト 130:伝達機構 132:ドライブシャフト 134:シフト機構 150:懸架装置 152:クランプブラケット 152a:支持部 156:スイベルブラケット 158:ステアリング軸 160:チルト軸 200:船体 202:船体本体部 204:居住空間 206:空間 210:トランサム 220:仕切壁 240:操縦席 250:操縦装置 252:ステアリングホイール 254:シフト・スロットルレバー 255:ジョイスティック 256:モニタ 258:入力装置 300:電着塗装装置 302:電着槽 304:塗料液 305:塗料粒子 306:電極 307:キャリア 308:電源
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10