IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ファインテックの特許一覧

<>
  • 特開-刃物および刃物の製造方法 図1
  • 特開-刃物および刃物の製造方法 図2A
  • 特開-刃物および刃物の製造方法 図2B
  • 特開-刃物および刃物の製造方法 図3
  • 特開-刃物および刃物の製造方法 図4
  • 特開-刃物および刃物の製造方法 図5
  • 特開-刃物および刃物の製造方法 図6
  • 特開-刃物および刃物の製造方法 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024069032
(43)【公開日】2024-05-21
(54)【発明の名称】刃物および刃物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B26D 3/28 20060101AFI20240514BHJP
   G01N 1/06 20060101ALI20240514BHJP
   B26D 1/00 20060101ALI20240514BHJP
【FI】
B26D3/28 610Z
G01N1/06 D
B26D1/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022179792
(22)【出願日】2022-11-09
(71)【出願人】
【識別番号】505361347
【氏名又は名称】株式会社ファインテック
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【弁理士】
【氏名又は名称】南瀬 透
(74)【代理人】
【識別番号】100099508
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 久
(74)【代理人】
【識別番号】100219483
【弁理士】
【氏名又は名称】宇野 智也
(72)【発明者】
【氏名】本木 博史
(72)【発明者】
【氏名】永尾 暁
(72)【発明者】
【氏名】西村 侑容
【テーマコード(参考)】
2G052
3C027
【Fターム(参考)】
2G052AD32
2G052AD52
2G052EC04
2G052FD06
2G052JA10
3C027AA07
(57)【要約】
【課題】潤滑コーティング層を剥がれ難くすることで切断品質を向上させることが可能な刃物および刃物の製造方法を提供する。
【解決手段】刃物10は、刃物本体1が、平板状の基部1Aおよび基部1Aの先部に形成された尖り部1Bと、尖り部1Bに潤滑コーティング層とを備えている。刃物本体1は、焼結された金属粒子の間に空隙を有する超硬合金により形成されている。また、潤滑コーティング層は、液状のコーティング材が固化して形成されている。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属粒子とバインダからなる超硬合金で構成され、平板状の基部および前記基部の先部に形成された尖り部を備えた刃物本体であり、少なくとも前記尖り部の表面に、研削された前記金属粒子を凸部とし、前記バインダを凹部とする凹凸を有する刃物本体と、
少なくとも前記尖り部に、液状のコーティング材が固化して形成された潤滑コーティング層と
を備えた刃物。
【請求項2】
ミクロトーム替刃として用いられる請求項1記載の刃物。
【請求項3】
前記潤滑コーティング層の厚みが10nm~30nmである請求項1記載の刃物。
【請求項4】
前記超硬合金は、粒径0.7μm以下の金属粒子を10質量%から16質量%のバインダで焼結した複合材料である請求項1記載の刃物。
【請求項5】
前記尖り部の刃先先端部の曲率半径が20nmから40nmであり、刃先先端角が18度から22度であることを特徴とする請求項1記載の刃物。
【請求項6】
前記潤滑コーティング層は、プライマー層とトップコート層とから形成され、
前記トップコート層は、単分子膜により形成された請求項1から5のいずれか1項に記載の刃物。
【請求項7】
前記尖り部は、刃先先端部を含む前記刃先先端部からの第1の領域と、前記第1の領域に続く第2の領域を備え、
前記第1の領域のプライマー層は、前記第2の領域のプライマー層より薄く形成された請求項6記載の刃物。
【請求項8】
前記第1の領域における刃物表面の表面粗さは、前記第2の領域における刃物表面より平滑に形成された請求項7記載の刃物。
【請求項9】
金属粒子とバインダからなる超硬合金で構成され、平板状の基部および前記基部の先部に形成された尖り部を備えた刃物本体であり、少なくとも前記尖り部の表面に、研削された前記金属粒子を凸部とし、前記バインダを凹部とする凹凸を有する刃物本体の少なくとも前記尖り部に、液状のコーティング材を付着させ、固化させて潤滑コーティング層を形成する刃物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種切断に使用される刃物、特に、例えばパラフィンに包埋された細胞組織等の試料を極薄でスライスして切片とするミクロトーム替刃に好適な刃物および刃物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
刃物に要求される切断品質は、単に切り離せれば良いという段階から、近年、ミクロトームや電子部品材料、半導体材料等の加工用としては、切断スピード、切断面の損傷や斜め切りの無い高品質の切断が可能な刃物が要求されるようになった。
このような要求に応えるために、刃面の摩擦抵抗を低減し、切断後に刃面を滑らせ被切断物の剥離を促進する目的で潤滑性を有するコーティング処理をすること等が行われている。
【0003】
このような切断時の摩擦抵抗低減に関する技術として、特許文献1から4に記載されたものが知られている。
特許文献1には、刃物の一部にフッ素樹脂層を焼付塗装した包丁が記載されている。
また、特許文献2から特許文献4にも、切断時における摩擦を小さくすることを目的に、潤滑コーティング層として樹脂系コーティング層を形成することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】実願昭55-077464号(実開昭57-8064号)のマイクロフィルム
【特許文献2】実願昭60-124394号(実開昭62-33772号)のマイクロフィルム
【特許文献3】実願平1-87322号(実開平3-27464号)のマイクロフィルム
【特許文献4】特開2004-298989号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記先行技術(特許文献1-4)においては、刃物に潤滑コーティング層が形成されているため、刃面の摩擦抵抗を低減し、切断後の被切断物の剥離を促進させることができるが、切断を繰り返すうちに、潤滑コーティング層の剥がれが発生する。そうなると、被切断物の切断面に引っ掻き傷が生じたり、切断後の被切断物が刃面やコーティング層が剥がれたエッジ部分に付着したりして、切断品質が著しく低下する。
【0006】
そこで本発明は、超硬合金に剥がれ難い潤滑コーティング層を形成することで従来品よりも長寿命で切断品質の優れた刃物および刃物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の刃物は、金属粒子とバインダからなる超硬合金で構成され、平板状の基部および前記基部の先部に形成された尖り部を備えた刃物本体であり、少なくとも前記尖り部の表面に、研削された前記金属粒子を凸部とし、前記バインダを凹部とする凹凸を有する刃物本体と、少なくとも前記尖り部に、液状のコーティング材が固化して形成された潤滑コーティング層とを備えたものである。
【0008】
本発明の刃物の製造方法は、金属粒子とバインダからなる超硬合金で構成され、平板状の基部および前記基部の先部に形成された尖り部を備えた刃物本体であり、少なくとも前記尖り部の表面に、研削された前記金属粒子を凸部とし、前記バインダを凹部とする凹凸を有する前記刃物本体の少なくとも尖り部に、液状のコーティング材を付着させ、固化させて潤滑コーティング層を形成することを特徴としたものである。
【0009】
本発明の刃物では、少なくとも前記尖り部表面に、研削された前記金属粒子を凸部とし、前記バインダを凹部とする凹凸を有する。この刃物本体の少なくとも尖り部に潤滑コーティング層を形成すると、凹凸によって刃物本体の総面積が増え、凹部にコーティング材が浸入して固化することでアンカー効果を得ることができ、潤滑コーティング層を剥がれにくくすることができる。
【0010】
特に、ミクロトーム替刃として用いられる刃物は、例えばパラフィンに包埋された細胞組織等の試料をマイクロメートルのオーダーから数十ナノメートルの極薄の厚さにスライスして切片とするため、潤滑コーティング層の厚みも数十ナノメートルとすることが求められる。本発明の刃物では、このような極薄の厚さの潤滑コーティング層であっても剥がれにくくすることができる。
【0011】
前記超硬合金は、粒径0.7μm以下の金属粒子を10質量%から16質量%のバインダで焼結した複合材料であることが望ましい。金属粒子の粒径が小さく、バインダの量が多い方が、刃物本体の研削後の表面が凸凹になりやすい。表面の凹凸によりコーティング面積を広く取ることができ、凹部にコーティング材が侵入するので、コーティングの密着強度が増し、コーティング材が剥がれにくくなる。
一方、粒径0.7μm超の金属粒子では、金属粒子が大きすぎるため、表面の凹凸が少なくなる。なお、金属粒子の粒径が小さくなるとコスト高となるため、採用可能な粒径の下限については刃物の用途によって設定される。
バインダの含有率については、10質量%未満のバインダで焼結した材料では、バインダ含有率が少ないため、表面の凹凸が少なくなり、十分なコーティングの密着強度を得ることができなくなる可能性がある。また、バインダの質量%が増えると耐摩耗性が低下し刃物の寿命が短くなる。従って、バインダの含有率は10質量%から16質量%であることが望ましい。
【0012】
前記潤滑コーティング層は、プライマー層とトップコート層とから形成され、前記トップコート層は、単分子膜により形成されたものとすることができる。潤滑コーティング層のトップコート層が単分子膜により形成されていることで、トップコート粒子が複数重なって形成されたトップコート層より薄く形成することができる。
【0013】
前記尖り部は、刃先先端部を含む前記刃先先端部からの第1の領域と、前記第1の領域に続く第2の領域を備え、前記第1の領域のプライマー層は、前記第2の領域のプライマー層より薄く形成されたものとすることができる。
第1の領域のプライマー層の厚みを、第2の領域よりも薄く形成して、プライマー層に単分子膜となるトップコート層を成膜することで、第1の領域の第1の潤滑コーティング層の厚みを薄く確保することができる。従って、刃先先端部から第1の領域における切れ味を損なうことなく、切断時に加わる摩擦などの応力を減少させることができる。
【0014】
前記第1の領域における刃物表面の表面粗さは、前記第2の領域における刃物表面より平滑に形成されたものとすることができる。
第1の領域のプライマー層を形成するコーティング材が、第2の領域の刃物表面に載ったコーティング材の表面張力に引かれて第2の領域に移動するので、第2の領域のプライマー層より、第1の領域のプライマー層を薄くすることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、潤滑コーティング層がアンカー効果を得ることができるので、潤滑コーティング層を剥がれ難くすることで切断品質を向上させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施の形態に係る刃物の図であり、(A)は刃物全体を示す図、(B)は刃物を一部拡大して示す図である。
図2A図1に示す刃物の刃先先端部を一部省略して示す図である。
図2B図1に示す刃物の刃先先端部を一部省略して示しており、曲率半径と尖り角(刃先先端角)を示す図である。
図3図1に示す刃物のすくい角と逃げ角とを説明するため図である。
図4図1に示す刃物の第1の領域と第2の領域と第3の領域とを一部省略して示す模式図である。
図5】刃物本体表面の拡大断面図である。
図6】実施例に使用したミクロトーム用替刃の移動を説明するための図であり、(A)は上方から見た図、(B)は側方から見た図である。
図7】(A)はWC粒径1.5μm、Co含有率5wt%の超硬合金にて製作した刃物のコーティング前の刃物本体の先端近傍の顕微鏡写真を示す図、(B)はWC粒径0.7μm、Co含有率12wt%の超硬合金にて製作した刃物のコーティング前の刃物本体の先端近傍の顕微鏡写真を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施の形態に係る刃物を図面に基づいて説明する。
図1は本発明の実施の形態に係る刃物全体の図および刃物を一部拡大して示す図、図2A図1に示す刃物の刃先先端部を一部省略して示す図、図2B図1に示す刃物の刃先先端部を一部省略して示しており、曲率半径と尖り角(刃先先端角)を示す図、図3図1に示す刃物のすくい角と逃げ角とを説明するため図、図4図1に示す刃物の第1の領域から第3の領域を一部省略して示す図であり、コーティング粒子を表示しつつ全体を表示するために、波線で表示した箇所で途中を省略して示す。
【0018】
図1に示すように、本発明の実施の形態に係る刃物10は、超硬合金を素材としており、刃先が直線状に形成された平刃である。刃物10は、例えばパラフィンに包埋された細胞組織等の試料をマイクロメートルのオーダーから数十ナノメートルの極薄(例えば2μm程度)の厚さでスライスして切片とするミクロトーム用のミクロトーム替刃として用いられるものである。
刃物10の刃物本体1は、刃長Lが約80mm、厚みtが約0.25mm、幅Wが約8mmに形成されている。刃物本体1は、幅W1が約7.3mmの基部1Aと、基部1Aから先部に形成された幅W2が約0.7mmの尖り部1Bとを備えている。
【0019】
刃物本体1の刃先の両端は、三角形状を切り欠いたC面に加工(面取り)されている。本実施の形態では、四隅の角部がC面に加工されている。また、C面は、約2mmの等辺の二等辺三角形を切り欠いて形成されている。
刃物本体1は、刃長Lが約80mmのうち、約30mm幅の被切断物(例えば、薄切標本など)で、滑走式のミクロトームで45°のシャー角を付けても、1/cos45°(1.4114)倍の長さ約42mm程度のため、C面が形成された刃物10の四隅の角部は、非切断部である
【0020】
尖り部1Bは、基部1Aから徐々に細くなるテーパ状に形成されている。
図2Aおよび図3に示すように、尖り部1Bの刃先先端部Eは、尖り角(刃先先端角)θが18度から22度、刃先先端部の曲率半径Rが20nmから40nmに形成されている。ここで、尖り角θとは、刃先先端部Eを形成する角度(刃先角度)であり、尖り部1Bの表裏両面の刃面(刃物表面)を延長したときにできる交点における角度を示す。
尖り角θは小さい方が切断品質は向上するが、チッピングが発生し易くなるため寿命が短くなる。逆に、尖り角θが大きすぎると切断品質が低下する。パラフィンに包埋された細胞組織が、腎臓,心臓,肝臓,肺,脳といった一般臓器の場合は、尖り角θは滑走式ミクロトームのシャー角を考慮しても18度から22度であることが望ましい。
刃先先端部の曲率半径Rは小さい方が、刃先が鋭くなるため切断品質は向上するが、チッピングが発生し易くなるため寿命が短くなる。逆に、刃先先端部の曲率半径Rが大きくなると切断品質は低下する。パラフィンに包埋された細胞組織が、腎臓,心臓,肝臓,肺,脳といった一般臓器の場合は、刃先先端部の曲率半径Rは20nmから40nmが望ましい。刃先先端部の形状は、図2Bに示すように、尖り部1Bが直線状から湾曲しながら刃先先端部Eに繋がる場合もあり、この場合の刃先先端部曲率半径Rと尖り角(刃先先端角)θは図に示す通りである。
【0021】
図3に示すように刃物が移動する方向(切断方向)と平行な基準線Hと逃げ面12とのなす角度である逃げ角β1は10°~20°とすることができる。従って、尖り角が20°の場合、刃物が移動する方向に直交する基準線Vとすくい面11とのなす角度であるすくい角β2は60°~50°(β2=90°-β1-θ)とすることができる。
【0022】
図4に示すように、尖り部1Bは、刃先先端部Eを含む刃先先端部Eからの第1の領域A1と、第1の領域A1に続き、第1の領域A1より幅広い領域の第2の領域A2とを備えている。また、基部1Aは、第3の領域A3を備えている。
第1の領域A1は、鏡面仕上げした後に、第1の領域A1は表面粗さRa0.002レベルまで研磨で仕上げている。第2の領域A2は、Ra0.02レベルまで仕上げている。また、第3の領域A3は、Ra0.2レベルまで仕上げている。
従って、第1の領域A1における表面粗さRaは、第2の領域A2より平滑に形成されており、第1の領域A1<第2の領域A2<第3の領域A3の関係となるように仕上げられている。
【0023】
第1の領域A1から第3の領域A3には、潤滑コーティング層Cが形成されている。
第1の領域A1には、第1の潤滑コーティング層C1が形成されている。
例えば、ミクロトームでパラフィンに包埋された硬い被切断物を細胞の薄切標本として作製するときには、高速度カメラにて撮影された画像において、刃先先端部Eから約1μmまでにパラフィンが付着していることや、切断時の刃先の摩耗状態から、この切断に寄与する範囲である第1の領域A1の範囲は、刃先先端部Eから少なくとも1μmから20μm以下であることが確認できた。
【0024】
第1の潤滑コーティング層C1は、刃先先端部Eから第2の領域A2に向かって厚みが均一になるように形成されている。第1の潤滑コーティング層C1の厚みは、約15nmとなるように形成されている。
【0025】
第1の領域A1に連続する第2の領域A2の範囲は、例えば、刃先先端部Eから約700μmとすることができる。第2の領域A2には、第1の領域A1との境界から第3の領域A3に向かって第2の潤滑コーティング層C2が形成されている。第2の潤滑コーティング層C2の厚みは、約20nmとなるように形成されている。
【0026】
第2の領域A2に続く第3の領域A3の範囲は、例えば、基部1A全体とすることができる。第3の領域A3は、第2の潤滑コーティング層C2と同等の厚み若しくは、約25nmとなるように形成されている。
このように、潤滑コーティング層Cは、第1潤滑コーティング層C1から第3潤滑コーティング層C3へと段階的に厚みは厚くなるように15nm~25nmの厚みに形成されている。なお、ミクロトーム替刃の場合、潤滑コーティングの厚みは10nm~30nmとする。
【0027】
基部1Aおよび尖り部1Bに形成された潤滑コーティング層Cは、基部1Aおよび尖り部1Bの表面に、一層目(プライマー層L1)を形成するプライマー粒子2(図2A参照)と、二層目(トップコート層L2,撥水性コーティング層)を形成するトップコート粒子3(図2A参照)とをコーティングしたものである。
【0028】
第1の領域A1には、このプライマー粒子2とトップコート粒子3とで、コーティング層の厚みが約15nmの第1の潤滑コーティング層C1が形成されている。
第1の潤滑コーティング層C1の厚みがプライマー粒子2とトップコート粒子3を合わせて、且つ「プライマー粒子<トップコート粒子」の関係を保ちつつ、約15nmとなることが必要になる。
一般的に市販されている無機物(シリカ)の超微粒子は、5nmから段階的に大きな粒径があり、その中から上記条件を満たすような、粒径の組み合わせを作ることが重要である。プライマー粒子2の粒径よりもトップコート粒子3の粒径を大きくした理由は、撥水性コーティング層として機能するトップコート層L2の表面の凸凹が大きくなり、撥水性が良くなるからである。
【0029】
プライマー層L1の上に、トップコート層L2を形成するトップコート粒子3による無機物の凸凹を構成し、トップコート粒子3にフッ素が繊毛の様に付着していることで、ロータス効果の様なコーティング層が構成される。
トップコート層L2は、トップコート粒子3が二次元的に1層並ぶ単分子膜により形成されている。そうすることで、尖り部1Bの形状を潤滑コーティング層Cが太く鈍らせることなく忠実に再現することができるので、切れ味を維持することができる。
【0030】
プライマー層L1は、無機物の微粒子に陰イオン性界面活性剤に相当する、脂肪酸塩、アミノ基、アルキルベンゼンスルフォン酸塩、特殊ポリカルボン酸型高分子界面活性剤、ナフタレンスルフォン酸ホルマリン縮合物など、超硬材(基材)との相性に一番合うものを選択する。表面活性エネルギーと接触角等で選択された最適な材料を決定し、使用することによって、トップコート液の水接触角は約5°の角度になるものを使用した。
【0031】
潤滑コーティング層Cは、基本的にはフッ素系撥水コーティング材を使用するが、撥水性が水接触角約110°以上になるように、コーティング材を調合し使用する。
また、被接触物に傷や、ダメージを与えないような表面の粗さを確保することが重要で、組成物質がコーティング乾燥後、微粒子で表面の凸凹を第1の領域A1の場合、約15nmに抑える。
【0032】
刃物の素材である超硬合金は、研削後の刃物本体表面にコーティングがはがれにくい凸凹を形成するために、タングステンカーバイト(WC)の粒径が0.7μm以下の超硬合金材を用いた。
【0033】
ここで、粒径とは、Sub Sieve Sizer法により測定された平均粒径である。Sub Sieve Sizer法による平均粒子径は、試料に空気を透過して流速と圧力降下の測定から比表面積を求め、粒子径を算出するもので、透過法には、フィッシャー法とブレーン法とを使用することができる。
【0034】
WCの粒径が刃先先端部の曲率半径Rの直径よりも大きいため、WCを削らなければならない。そのときの切削応力が、WCを繋いでいるCoとの結合力より小さいことが重要である。切削応力が結合力より大きくなると、WC粒子は剥がれ、刃面が欠けたようになる。強度の面からは、硬度90(HRC)以上、抗折力3.0GPa~4.0GPa、ヤング率570GPa前後の超硬合金材が望ましい。
【0035】
また、図1に示す刃厚tは電子部品材料加工用として0.1mmとすることができ、薄切標本を採取するための病理用として0.25mmとすることができる。
ここで、刃厚tとは、切断時に被切断物に侵入する領域の基部1Aの厚みのことで、平板状の基部1Aの厚みが均一でない場合、尖り部1Bにより近い領域の基部の厚みを言うものとする。
【0036】
ここで、刃物本体1を形成する超硬合金について説明する。図5は刃物本体表面の拡大断面図である。
超硬合金(Hartmetalle, hard metals, Cemented Carbide)は、周期律表IVa,Va,VIa族金属の炭化物による金属粒子をFe、Co、Niなどの鉄系金属によるバインダで焼結した複合材料である。これらの複合材料のうち機械的特性が最も優れるものはWC-Co系合金であり、この合金を超硬合金と呼ぶことが多い。WC-Co系合金以外に、切削工具として、耐酸化性を向上させた、WC-TiC-Co系合金、WC-TaC-Co系合金、WC-TiC-TaC-Co系合金を用いることがある。また、バインダをNiとする超硬合金は、Ni中へのWの固溶量が一定以上で磁性を失い、非強磁性となること、耐食性が向上することによりWC-Ni系合金やCrの添加により耐食性が向上することによりWC-Ni-Cr系合金が実用化されている。
【0037】
また、WC-Co系材料の超硬合金の場合、金属粒子であるWCに比較して、バインダであるCoの方が柔らかい。そのため、超硬合金材料から刃物本体1の形状に研削すると、図5に示すように、研削されて平面となったWC部分13に対し、Co部分14が凹状になりやすい。すなわち、研削されたWC面に対し、バインダであるCo部分14が凹部16となり、表面に凹凸17ができる。
【0038】
次に、刃物本体1の表面に凹凸17を形成させる研削方法について説明する。
超硬合金は難削材であるため、研削砥石にはダイヤモンドホイールを使用することが多い。一般的に砥粒径の大きい(番手の小さい)砥石で粗加工をおこない、砥粒径の小さい(番手の大きい)砥石で仕上げを行う。
高番手の砥石で仕上げの研削を行うと、刃物本体1の表面を鏡面にすることができるが、このとき、WC部分もCo部分もほぼ同一面に研削される。
このときの砥石よりも若干番手の低い砥石を使用すると、砥石表面の砥粒の突起量が大きい為、図5に示すように、WC部分13よりも軟らかいCo部分14がより多く研削され、刃物本体1の表面には研削されたWCによる凸部15とCoによる凹部16が形成される。これにより、はがれにくいコーティングを行うのに好適な凹凸17を形成することができる。
刃物本体1表面の凹凸形成については、他にもダイヤモンドの遊離砥粒を含む液体研磨剤を使った研磨でCo部分の削り込みを促進し、刃物本体1の表面により大きな凹凸を形成させる方法や、ブラスト処理や薬品等による処理でCo部分に凹部を形成させる方法も可能である。
【0039】
本実施の形態に係る刃物10では、超硬合金材料を研削して刃物本体1を形成し、この刃物本体1に、液状のコーティング材を固化して潤滑コーティング層Cを形成している。
そうすることで、研削面そのものの総面積が広くなることと凹部16にコーティング材が侵入することにより、コーティング材が付着しやすく、固化したときにアンカー効果が得られる。従って、刃物10により被切断物を切断するときに、被切断物と接触する潤滑コーティング層Cの剥がれが抑制でき、潤滑コーティング層Cの耐久性を向上させることができるので、切断品質を向上させることができる。
【0040】
このように、刃物10では、研削されたWC粒子(WC部分13)の間に凹部16を有した状態で、図4に示す第1の潤滑コーティング層C1から第3の潤滑コーティング層C3が形成されている。なお、図4にて図示しているプライマー粒子の配列は一例を示すものである。
【0041】
次いで、上記実施例に示すコーティングが施された刃物の製造方法について説明する。
刃先先端部Eに薄くコーティングするために、既知のディッピング法を用いた。ディッピングコートの場合はその特性を生かし、刃先(尖り部1B)は長手方向の側面(縦方向)に位置させ、長手方向に向かって液状のコーティング材にディップした。
プライマー層(1層目)については薄くコーティングをすることが基本である。引き上げスピードは、速いほどコーティング層が厚くなり、遅いほど薄くなる。従って、プライマー層(1層目)は、遅く引き上げることで薄くなる性質を利用して、引き上げスピードを、0.25mm/s~0.5mm/sのスピードで引き上げ塗布する。プライマー層をコーティング後、トップコート層(2層目)は、単分子膜を形成するため10mm/s~20mm/sでコーティングした。
【0042】
そうすることで、刃先先端部Eから10μmの第1の領域A1に膜厚約5nmのプライマー層L1が、また第1の領域に続く第2の領域A2には膜厚約10nmより厚いプライマー層L1が連続的に形成される。さらに、第2の領域A2に続く第3の領域A3には膜厚約15nmより厚いプライマー層L1が連続的に形成される。
【0043】
これは、刃先が長手方向の側面に位置していることと、第1の領域A1の刃面が非常に滑らかで、鏡面に仕上がっていること、また第2の領域A2の刃物表面が第1の領域A1より荒いこと、さらに第3の領域A3の刃物表面が第2の領域A2より荒いことによるものである。
【0044】
そのために、第1の領域A1上のプライマー層L1を形成するコーティング材は、第2の領域A2の刃物表面に載ったコーティング材の表面張力に引かれて第2の領域に移動するので、尖り部1Bにおける第2の潤滑コーティング層C2より第1の潤滑コーティング層C1を薄くすることができる。
また、同様に第3の潤滑コーティング層C3より第2のコーティング層C2を薄く形成することができる。
【0045】
このように、プライマー層L1の厚みを、第1の領域A1に均一に、第2の領域A2よりも薄く形成して、プライマー層L1に単分子膜となるトップコート層L2を成膜することで、第1の領域A1の第1の潤滑コーティング層C1の厚みを薄く確保することができるので、刃先先端部Eから第1の領域A1における切れ味を損なうことなく、切断時に加わる摩擦などの応力を減少させることができる。また、第1の領域A1より第2の領域A2のプライマー層L1が厚いのでしっかりとトップコート層L2を定着させることがきるので、トップコート層L2の耐久性を高めることができる。
【0046】
図1に示すように刃物10は、尖り部1Bを含む角部がC面に加工されている。そのため、下端に位置した尖り部1Bの端部に付着したコーティング液は、尖り部1BからC面を伝わって基部1Aへ流れる。従って、刃先端部にC面が形成されていても非切断部であるため切断に影響は無く、コーティング液が尖り部1Bに液溜まりとなって硬化してしまうことが防止できる。よって、下端に位置する尖り部1Bの第1の潤滑コーティング層または第2の潤滑コーティング層が層厚になることを防止することができる。
【0047】
なお、本実施の形態では、四隅の角部がC面に加工されているが、液だまりができても切削や取り付け上問題が無い可能性があるため、基部1Aの角部はC面を形成せず、刃先の両端のみとすることができる。また、刃物は研削で作られた部品であるため、エッジ鋭く、怪我をする恐れがあるので、C面加工を施した理由の1つでもある。
【0048】
また、刃物10では、尖り部1Bと反対側の基部1Aの角部にもC面が加工されている。従って、尖り部1Bを滴るコーティング液と、基部1A側を滴るコーティング液との偏りを防止することができ、コーティング液を均一に滴下させ、液切りすることができる。
【0049】
上記製造方法の説明では、ディッピング法により潤滑コーティング層を形成していたが、トップコート層は単分子膜により形成されているため、刃物10に厚く付着してもアフターベーク後のリンスにより、二次元的に1層並ぶトップコート粒子に重なるトップコート粒子は剥がれ落ちる。そのため潤滑コーティング層は、ディップ法以外に、スプレー塗布、刷毛塗りなどでも塗布が可能である。
【0050】
[実施例1]
上記実施の形態に係る刃物をWC粒径、Co含有率の異なる超硬合金で作成し、被切断物を切断して潤滑コーティング層の耐久性を試験(寿命試験)した。WC粒径は0.3μm、0.5μm、0.7μm、1.5μmの4条件とし、Co含有率は5wt%、6wt%、10wt%、12wt%、14wt%、16wt%の6条件とした。
【0051】
図6(A)に示すように、寿命試験は、ホルダー(図示せず)に取り付けられた刃物の刃先を、基準線L11に対して所定角度(本実施例ではαを45°とした。)に配置し、刃物を基準線L11の直交方向に往復移動させて被切断物をスライスして切片とする滑走式のミクロトームを用いた。
基準線L11に対して刃先が傾斜しており、被切断物が基準線L11の直交方向に往復移動することにより、刃先が最初に被切断物に当たる位置は同じ位置となる。刃物を取り外し、再度、取り付けたときに被切断物に当初の位置と同じ位置となるように幅方向に目印線を設けた。
また、図6(B)に示すように、刃物が移動する方向と平行な基準線Hと逃げ面12とのなす角度である逃げ角β1が16.4°である。また、刃物が移動する方向に直交する基準線Vとすくい面11とのなす角度であるすくい角β2は53.6°である。
【0052】
この刃物は、図1に示す刃物10を使用した。従って、刃長Lが約80mm、厚みtが約0.25mm、幅Wが約8mmに形成されている。また、幅W1が約7.3mm、幅W2が約0.7mmであり、尖り角(刃先角度)は20°である。
刃物10の一方の端部には、表裏を判別するためのマークM(図6(A)参照)が付与されている。
いずれの刃物も潤滑コーティング層(第1潤滑コーティング層C1~第3潤滑コーティング層C3(図4参照))は、同じ加工/塗工条件で作成したミクロトーム用替刃である。
【0053】
被切断物は、パラフィンに包埋された豚の細胞組織(腎臓,心臓,肝臓,肺,脳)の切片を試料(包埋試料)とした。また、包埋試料は、可能な限り、包埋された組織の大きさは統一して作製した。
寿命試験は、埋設試料である腎臓、心臓、肝臓、肺、脳の順に、各20回ずつの切断を繰り返し、20枚の切片を得るようにし、更に、切片の切断品質に問題なければ、腎臓から再度繰り返す。
薄切した切片の厚みは、すべて2μmとした。機械的に2μm厚を設定していても、切れなくなる時は厚くなる時もあったが、このような場合も1回とカウントした。
【0054】
切片の切断品質は、薄切した切片をスライドガラスにすくい取って、染色後40倍の光学顕微鏡にて観察し、引っ掻き傷や裂けなどのメス傷の無いものをメス傷合格とした。この顕微鏡は、デジタルマイクロスコープVHX―7000(100倍)を使用した。なお、顕微鏡の倍率は40倍以上であれば使用できる。
また、薄切した切片の元の試料からの面積収縮率を確認した。薄切時、切片と刃物の滑り性が悪いと切片の面積が収縮する。面積の収縮は少ない方が良い。収縮率((切片の面積)/(元の試料の面積)×100)が70%以上有るものを収縮率合格とした。
最終的に、メス傷、収縮率いずれも2000回以上の切断試験でも合格のものを切断品質合格とした。
【0055】
WC粒径とCo含有率の異なる超硬合金で刃物を加工し、コーティングを行ったミクロトーム刃の切断品質評価結果を表1に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
WC粒径が0.7μm以下であり、Co含有率が10~16wt%の超硬合金で刃物を加工し、コーティングを行ったミクロトーム刃の切断品質が目標とする切断品質に達していることが確認できた。
【0058】
WC粒径1.5μm、Co含有率5wt%の超硬合金にて製作した刃物のコーティング前の刃物本体の先端近傍の顕微鏡写真を図7(A)に示す。WC粒径0.7μm、Co含有率12wt%の超硬合金にて製作した刃物のコーティング前の刃物本体の先端近傍の顕微鏡写真を図7(B)に示す。
WC粒径1.5μm、Co含有率5wt%の超硬合金にて製作した刃物の切断品質は不合格だったが、この刃物のコーティング前の刃物本体は、図7(A)に示されるように表面に凹凸が少なくコーティング材のアンカー効果が少ないことが推察される。
WC粒径0.7μm、Co含有率12wt%の超硬合金にて製作した刃物の切断品質は合格だったが、この刃物のコーティング前の刃物本体は、図7(B)に示されるように表面に多数の凹凸が観察されコーティング材のアンカー効果が得られることが推察される。
【0059】
このように、粒径0.7μm以下のWC粒子を10~16質量%のCoによるバインダで焼結した超硬合金材により作製した刃物では、潤滑コーティング層が強固に刃物本体に成膜されており、潤滑コーティング層の剥がれによるメス傷の発生が抑制でき、カール状となる良質な切片を得ることができることが確認できた。
【0060】
[実施例2]
上記実施の形態に係る刃物を異なる刃先先端部の曲率半径Rと尖り角θで作製し、被切断物を切断して潤滑コーティング層の耐久性を試験(寿命試験)した。
刃先先端部の曲率半径Rは10nmから50nmまで10nmごと、尖り角θは16度から24度まで2度ごとに変えた。超硬合金はWC粒径0.7μm、Co含有率12wt%とした。
実施例1と同様の手順で寿命試験を行った。
結果を表2に示す。
【0061】
【表2】
【0062】
刃物先端部の半径が20nmから40nmであり、刃物先端部の角度が18度から22であるときに、切断品質が目標とする切断品質に達していることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の刃物は、特に、生物標本など精密な切断品質が要求される材料の切断に広く使用できる。
【符号の説明】
【0064】
1 刃物本体
11 すくい面
12 逃げ面
1A 基部
1B 尖り部
2 プライマー粒子
3 トップコート粒子
10 刃物
A1 第1の領域
A2 第2の領域
A3 第3の領域
C 潤滑コーティング層
C1 第1の潤滑コーティング層
C2 第2の潤滑コーティング層
E 刃先先端部
L1 プライマー層
L2 トップコート層
R 刃先先端部の曲率半径
t 刃物本体の厚み
θ 尖り角(刃先先端角)
L 刃長
W,W1,W2 幅
M マーク
Ll1 基準線
V,H 基準線
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7