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  • 特開-トレハロースに富む酵母エキス 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024069336
(43)【公開日】2024-05-21
(54)【発明の名称】トレハロースに富む酵母エキス
(51)【国際特許分類】
   C12P 1/02 20060101AFI20240514BHJP
   C12P 19/12 20060101ALI20240514BHJP
   C12N 1/16 20060101ALI20240514BHJP
   A23L 33/145 20160101ALI20240514BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20240514BHJP
   A61K 8/60 20060101ALI20240514BHJP
   A61K 47/26 20060101ALI20240514BHJP
【FI】
C12P1/02 Z
C12P19/12
C12N1/16 Z
A23L33/145
A61Q19/00
A61K8/60
A61K47/26
【審査請求】有
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024034605
(22)【出願日】2024-03-07
(62)【分割の表示】P 2021569093の分割
【原出願日】2020-05-29
(31)【優先権主張番号】19177208.6
(32)【優先日】2019-05-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(71)【出願人】
【識別番号】508038998
【氏名又は名称】オーリー ゲー・エム・ベー・ハー
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】スピッカーマン ドミニク
(72)【発明者】
【氏名】ファン デル ワーフ マリエット
(72)【発明者】
【氏名】ライマース コーネリア
(72)【発明者】
【氏名】クライスト カタリナ
(57)【要約】      (修正有)
【課題】食品および飲料における添加剤として使用することができるトレハロース含有組成物を製造する方法、並びに化粧品、医薬品、食品又は飲料製品における添加剤としての前記トレハロース含有組成物の使用を提供する。
【解決手段】(a)適切な培地で酵母細胞を発酵させるステップと;(b)酵母細胞を非生物的ストレスにさらすステップと;(c)酵母細胞を少なくとも70℃の温度にさらして酵母酵素を不活性化するステップと;(d)酵母細胞を少なくとも1つのペプチダーゼ酵素と共にインキュベートするステップと;(e)ペプチダーゼ処理後に不溶性細胞成分を除去するステップと;(f)トレハロースに富む酵母エキスを得るステップとを含む、乾物に基づいて少なくとも15%(w/w)のトレハロース含有量を含むトレハロースに富む酵母エキスを調製する方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
乾物に基づいて少なくとも15%(w/w)のトレハロース含有量を含むトレハロースに富む酵母エキスを調製する方法であって、
(a)適切な培地で酵母細胞を発酵させるステップと;
(b)前記酵母細胞を非生物的ストレスにさらすステップと;
(c)前記酵母細胞を少なくとも70℃の温度にさらして酵母酵素を不活性化するステップと;
(d)前記酵母細胞を少なくとも1つのペプチダーゼ酵素と共にインキュベートするステップと;
(e)ペプチダーゼ処理後に不溶性細胞成分を除去するステップと;
(f)前記トレハロースに富む酵母エキスを得るステップと
を含む、方法。
【請求項2】
前記酵母細胞がサッカロミセス属(Saccharomyces)、より好ましくはサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属する、請求項2に記載の方法。
【請求項3】
ステップ(b)が、前記酵母細胞を上昇させた温度で、好ましくは少なくとも40℃の温度で培養することを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
ステップ(d)のペプチダーゼ処理が、少なくとも1つのエンドペプチダーゼおよび/または少なくとも1つのエキソペプチダーゼとのインキュベーションを含む、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
ステップ(d)のペプチダーゼ処理が、pH4~9で行われる、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
ステップ(e)のプロテアーゼまたはペプチダーゼ処理後に不溶性細胞成分を除去することが、遠心分離を含む、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
さらに、ステップ(f)で得られた前記トレハロースに富む酵母エキスを乾燥させることを含む、請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか一項に記載の方法によって得られるトレハロースに富む酵母エキス。
【請求項9】
乾物に基づいて少なくとも15%(w/w)のトレハロース含有量を含む、トレハロースに富む酵母エキス。
【請求項10】
前記トレハロース含有量が、乾物に基づいて少なくとも20%、少なくとも25%、または少なくとも30%(w/w)である、請求項9に記載のトレハロースに富む酵母エキス。
【請求項11】
前記トレハロース含有量が、乾物に基づいて少なくとも30%、少なくとも35%、少なくとも40%(w/w)、または少なくとも45%(w/w)である、請求項9または10に記載のトレハロースに富む酵母エキス。
【請求項12】
タンパク質含有量が、乾物に基づいて少なくとも20%、より好ましくは少なくとも25%(w/w)である、請求項9から11のいずれか一項に記載のトレハロースに富む酵母エキス。
【請求項13】
RNA含有量が、乾物に基づいて1~30%(w/w)である、請求項9から12のいずれか一項に記載のトレハロースに富む酵母エキス。
【請求項14】
請求項9から13のいずれか一項に記載のトレハロースに富む酵母エキスを含む、医薬組成物、化粧品組成物、食品または飲料製品。
【請求項15】
医薬品、化粧品、食品または飲料製品における添加剤としての、請求項9から13のいずれか一項に記載のトレハロースに富む酵母エキスの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トレハロースに富む酵母エキスを調製する方法であって、1つまたは複数のプロテアーゼを使用することによって酵母細胞を酵素的に破壊するステップを含む方法に関する。本発明はさらに、本発明の方法によって得られる新規なトレハロースに富む酵母エキスに関する。新規なトレハロースに富む酵母エキスは、乾物に基づいて少なくとも15%(w/w)の量のトレハロースを含む。本発明はまた、化粧品、医薬品、食品または飲料製品における添加剤としての新規なトレハロースに富む酵母エキスの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
グルコースの非還元二糖であるトレハロースは、植物、昆虫、細菌および酵母などの多くの生物に見られる。トレハロースは、貯蔵炭水化物として、また様々な形態のストレスに対する保護剤としても作用する。とりわけ、トレハロースは原形質膜に安定化効果をもたらし、乾燥、脱水、温度変化および高温に対する細胞の耐性を高める。
【0003】
トレハロースは、スクロースの約半分の甘さしかないが、その有利な特性から食品および飲料の添加剤としてよく使用されている。トレハロースは、抗酸化剤であり、天然の保存剤として作用し、それによって、食品および飲料の貯蔵寿命を延長する。それとは別に、トレハロースは、食品をしっとりと保ち、食感および風味を維持するのを助け、苦味を減らし、オフノート(off-note)を隠す。これらの理由から、トレハロースは、食品および飲料の品質を高めるための添加剤として業界で広く使用されている。
【0004】
トレハロースを製造するための様々なプロセスが先行技術で記載されている。例えば、酵母からトレハロースを抽出するためのプロセスが記載されており、前記プロセスは、酵母細胞におけるトレハロースの蓄積およびその後のH2SO4またはエタノールによる糖の抽出を含む。このような抽出プロセスは、Koch&Koch(1925);Stewartら(1950);Yoshikawaら(1994);Steiner&Cori(1935);Chuanbinら(1998);Kanji&Yumi(1992)に記載されている。残念ながら、これらのプロセスは、時間がかかり、手がかかり、高価であるだけでなく、低いトレハロース収量を伴う。さらに、糖抽出は溶媒または酸の使用を伴うため、これらのプロセスによる環境負荷は高い。これらの理由から、トレハロースは現在、酵素α-1,4-D-グルカンホスホリラーゼとトレハロースホスホリラーゼの組み合わせを使用してコーンスターチから一般的に調製されている。しかしながら、これらのプロセスはより環境に優しいが、依然として手がかかり、高価であるので、コストが高くなる。
【0005】
したがって、食品および飲料における添加剤として使用することができるトレハロース含有組成物を製造する新たな方法が必要とされている。トレハロース含有組成物は、潜在的に危険な物質を使用することなく、技術的に複雑でなく、安価な方法で製造可能であるべきである。特に、有機溶媒の使用は回避されるべきである。
【発明の概要】
【0006】
α-D-グルコピラノシル-[1,1]-α-D-グルコピラノシドとしても知られるトレハロースは、自然界に広く分布している非還元二糖である。トレハロースは、酸性条件下でスクロースよりも安定であるため、チューインガムによく使用されている。甘味能力はスクロースと比較して低いが、トレハロースは摂取後の血糖値への影響が低いため、食品において大いに好まれている。トレハロースの構造式を以下に示す。
【化1】
【0007】
一方で、本発明は、乾物に基づいて少なくとも15%(w/w)のトレハロース含有量を有するトレハロースに富む酵母エキスを含む組成物が、多数の用途にとって特に有利な製品であるという洞察に基づいている。他方で、本発明は、このようなエキスを本明細書で以下に定義される方法によって再現可能な方法で容易に調製することができるという知見に基づいている。
【0008】
よって、第1の態様では、本発明は、乾物に基づいて少なくとも15%(w/w)のトレハロース含有量を含むトレハロースに富む酵母エキスを調製する方法であって、
(a)適切な培地で酵母細胞を発酵させるステップと;
(b)酵母細胞を非生物的ストレスにさらすステップと;
(c)酵母細胞を少なくとも70℃の温度にさらして酵母酵素を不活性化するステップと;
(d)酵母細胞を少なくとも1つのプロテアーゼまたはペプチダーゼ酵素とインキュベートするステップと;
(e)ペプチダーゼ処理後に不溶性細胞成分を除去するステップと;
(f)トレハロースに富む酵母エキスを得るステップと
を含む方法に関する。
【0009】
上記方法の第1のステップでは、酵母細胞を適切な培地で発酵させる。酵母を発酵させるための培養培地および方法は当技術分野で周知であり、様々な製造業者から市販されている。適切な培地は、例えば、Sigma Aldrich(タウフキルヒェン、ドイツ)のYPD培地を含む。他の多数の培養培地が、様々な製造業者から市販されている。
【0010】
酵母細胞は、当技術分野で知られている標準的な条件下で培養することができる。例えば、細胞を通常、フラスコ内で25~35℃の温度で培養することができる。所定の細胞密度に達するまで、攪拌しながら培養を続けることができる。細胞密度は、好ましくは、600nmでの光学濃度(OD600)によって測定される。細胞を非生物的ストレスにさらす前に、細胞を0.8~1.0のOD600まで培養することが好ましい。
【0011】
本発明の方法で使用することができる酵母の種類は、特に限定されない。適切な酵母細胞は、例えば、サッカロミセス属(Saccharomyces)に属する酵母、例えばS.セレビシエ(S.cerevisiae)、S.チェバリエリ(S.chevalieri)、S.ブラウディ(S.boulardii)、S.バヤヌス(S.bayanus)、S.イタリカス(S.italicus)、S.デルブルエッキイー(S.delbrueckii)、S.ロゼイ(S.rosei)、S.ミクロエリプソデス(S.microellipsodes)、S.カールスベルゲンシス(S.carlsbergensis)、S.ビスポラス(S.bisporus)、S.フェルメンタチ(S.fermentati)、S.ルキシー(S.rouxii)またはS.ウバルム(S.uvarum);シゾサッカロミセス属(Schizosaccharomyces)に属する酵母、例えばS.ジャポニクス(S.japonicus)、S.コンブチャ(S.kambucha)、S.オクトスポルス(S.octosporus)またはS.ポンベ(S.pombe);ハンセヌラ属(Hansenula)に属する酵母、例えばH.ウィンゲイ(H.wingei)、H.アルニ(H.arni)、H.ヘンリッキー(H.henricii)、H.アメリカーナ(H.americana)、H.カナディエンシス(H.canadiensis)、H.カプスラータ(H.capsulata)またはH.ポリモルファ(H.polymorpha);カンジダ属(Candida)に属する酵母、例えばC.アルビカンス(C.albicans)、C.ユチリス(C.utilis)、C.ボイジニイ(C.boidinii)、C.ステラトイデア(C.stellatoidea)、C.ファマタ(C.famata)、C.トロピカリス(C.tropicalis)、C.グラブラータ(C.glabrata)またはC.パラプシローシス(C.parapsilosis);ピキア属(Pichia)に属する酵母、例えばP.パストリス(P.pastoris)、P.クルイベリ(P.kluyveri)、P.ポリモルファ(P.polymorpha)、P.バルケリ(P.barkeri)、P.カクトフィラ(P.cactophila)、P.ローダネンシス(P.rhodanensis)、P.セセンベンシス(P.cecembensis)、P.セファロセレナ(P.cephalocereana)、P.エレモフィリア(P.eremophilia)、P.フェルメンタンス(P.fermentans)またはP.クドリアブゼビ(P.kudriavzevii);クリベロミセス属(Kluyveromyces)に属する酵母、例えばK.マルキシアナス(K.marxianus);およびトルロプシス属(Torulopsis)に属する酵母、例えばT.ボビナ(T.bovina)またはT.グラブラータ(T.glabrata)を含み得る。
【0012】
好ましい実施形態では、上記方法のステップ(a)で発酵される酵母細胞が、サッカロミセス属(Saccharomyces)に属する。1つの特に好ましい実施形態では、酵母細胞が、S.セレビシエ(S.cerevisiae)種に属する。
【0013】
上記方法から得られたエキスが食品での使用を意図している場合、場合により、ステップ(a)または(b)の後に水酸化ナトリウム緩衝液などのアルカリ性緩衝液で細胞を洗浄することができる。このような洗浄ステップは、プロセスから得られる酵母エキスの味を低減するのに有用である。本発明の方法がアルカリ性緩衝液による洗浄ステップを含む場合、残留アルカリ性緩衝液が確実に除去されるように、少なくとも1つのその後の水による洗浄ステップが該方法に含まれる。例えば、酵母細胞を一定量のアルカリ性緩衝液で洗浄する場合、その後、これを2倍量の水で洗浄する。
【0014】
十分な細胞密度(通常はOD600が1.0)に達した後、酵母細胞は方法のステップ(b)で非生物的ストレスにさらされる。非生物的ストレスには、高温もしくは低温での細胞のインキュベーション、エタノールなどの潜在的に毒性の化合物の添加、または高塩分もしくは糖濃度などの培地への高浸透圧条件の適用が含まれ得る。1つの特に好ましい実施形態では、ステップ(b)の非生物的ストレスが、細胞を高温にインキュベートすることによって適用される。これは、発酵期間の最後に培養温度を上昇させることによって達成することができる。好ましい実施形態では、培養温度を、5℃以上、10℃以上、または15℃以上上昇させる。
【0015】
特に好ましい実施形態では、酵母細胞を、上記方法のステップ(a)で、所望の密度に達するまで、25℃~35℃の温度で培養し、次いで、酵母培養物の温度を10℃上昇させて、35℃~45℃のストレス温度にする。さらにより好ましい実施形態では、酵母細胞を、上記方法のステップ(a)で、約30℃の温度で培養し、次いで、40℃のストレス温度にシフトさせる。上昇させたストレス温度を、少なくとも30分間、60分間、90分間、120分間、150分間、180分間、210分間、240分間、270分間、または300分間維持する。一実施形態では、ストレス温度が40°以上であり、上記方法のステップの間、240分間以上維持される。
【0016】
次いで、次のステップ(c)では、細胞内に蓄積されたトレハロース分子の分解を触媒する酵母酵素を不活性化するために、酵母細胞を少なくとも70℃の温度にさらす。このステップの間、温度は、例えば、約75℃、約80℃、約85℃、約90℃、約95℃、またはそれ以上であり得る。酵素不活化温度での酵母細胞のインキュベーションは、好ましくは、少なくとも10分間、少なくとも20分間、少なくとも30分間、少なくとも60分間またはそれ以上実施される。少なくとも70℃の温度で少なくとも60分間のインキュベーションが特に好ましい。いくつかの実施形態では、酵素不活性化温度が、60分間超、例えば、少なくとも90分間、120分間、150分間、180分間、210分間、240分間、270分間、または300分間維持され得る。少なくとも90℃の温度で1~4時間のインキュベーションが特に好ましい。少なくとも90℃の温度で2~3時間のインキュベーションがさらにより好ましい。
【0017】
酵素の不活性化後、酵母細胞を上記方法のステップ(d)で溶解する。この目的のために、上記方法のステップ(c)から得られた酵母細胞を、酵母細胞の細胞壁を崩壊させるのに有効な少なくとも1つのペプチダーゼ酵素とインキュベートする。本明細書で使用される場合、「ペプチダーゼ」という用語は、タンパク質またはペプチドの分解を触媒するタンパク質分解活性酵素を意味する。この用語は、ペプチダーゼとプロテアーゼの両方を含むことを意味する。
【0018】
本発明の方法で使用するのに適したペプチダーゼには、エンドペプチダーゼとエキソペプチダーゼの両方が含まれる。本明細書で使用される場合、「エンドペプチダーゼ」は、タンパク質またはペプチドの内部ペプチド結合を分解することができる任意の酵素を意味する。対照的に、「エキソペプチダーゼ」は、タンパク質またはペプチドの末端の1つに位置するペプチド結合を分解することができる酵素である。
【0019】
好ましい実施形態では、上記方法のステップ(d)の溶解が、少なくとも1つのエンドペプチダーゼの使用を含む。別の好ましい実施形態では、上記方法のステップ(d)の溶解が、少なくとも1つのエキソペプチダーゼの使用を含む。別の好ましい実施形態では、上記方法のステップ(d)の溶解が、少なくとも1つのエンドペプチダーゼおよび少なくとも1つのエキソペプチダーゼの使用を含む。例えば、溶解は、エンドペプチダーゼとエキソペプチダーゼの混合物の使用を含む。例えば、上記方法のステップ(d)の酵母細胞の溶解は、エンドペプチダーゼとエキソペプチダーゼの両方を含有する酵素混合物の添加によって達成され得る。
【0020】
本発明のプロセスで使用されるペプチダーゼ酵素は、異なる供給源に由来することができる。例えば、ペプチダーゼは、真菌、植物、または動物の供給源に由来し得る。市販のペプチダーゼの例としては、Flavourzyme(登録商標)(Novozymes A/S)、ProteAX(Amano Enzyme Inc.)、ProHydrolase(Deerland Enzymes Inc.)、Sumizyme LPL-G(Shin Nihon Chemical CO.,LTD.)、FlavorPro 795 MDP(Biocatalysts Ltd.)、FoodPro Alkaline Protease(Danisco A/S)などが挙げられる。様々な製造業者が提供する他の酵素も使用することができる。
【0021】
好ましくは、ペプチダーゼインキュベーションが、約4~20%、好ましくは約6~18%、より好ましくは約8~16%の乾物含有量で実施される。酵母細胞培養物などの組成物の乾物含有量は、市販の装置、例えば、湿度分析計(Mettler-Toledo GmbH、ギーセン、ドイツ)を使用する標準的な手順に従って決定することができる。出発酵母細胞培養物の乾物含有量が決定されたら、培養物を希釈または濃縮することによって、これを所定の値に調整することができる。
【0022】
酵母細胞タンパク質の分解のために選択されたペプチダーゼに応じて、タンパク質の酵素分解のための最適な条件を提供するために、混合物の適切なpHを調整する必要があり得る。ペプチダーゼに応じて、ステップ(d)は、pH3~10の範囲の条件、好ましくはpH4~9の範囲で行うことができる。
【0023】
ペプチダーゼまたはペプチダーゼ混合物は、組成物の全乾物当たり0.1~5.0%(w/w)のペプチダーゼの濃度で酵母細胞懸濁液に添加することができる。好ましくは、濃度は、組成物の全乾物当たり0.2~4.0%(w/w)のペプチダーゼ、より好ましくは0.3~3.0%、例えば2.0%である。酵母細胞は、細胞壁タンパク質の分解を可能にする条件下で、ペプチダーゼまたはペプチダーゼ混合物とインキュベートされる。これらの条件は、好ましくは、約30~65℃、より好ましくは約40~60℃、例えば50~55℃の温度を含む。
【0024】
反応時間はいくつかの因子、例えば酵素添加する時までの細胞密度、添加した酵素の量、およびインキュベーション温度に依存する。インキュベーション時間は30分間~24時間であり得るが、通常は1~12時間、例えば2~8時間、または最も好ましくは4~6時間の範囲であるだろう。最適な条件は、当業者が日常的な実験によって特定することができる。
【0025】
ペプチダーゼ処理によって酵母細胞を破壊した後、上記方法のステップ(e)で可溶性画分を不溶性画分から分離する。不溶性画分は、主に細胞壁成分、細胞小器官、未溶解細胞を含有している。不溶性画分からの可溶性画分の分離は、遠心分離、濾過、および他の方法を含む様々な方法によって実施することができる。
【0026】
シンプルな実施形態では、希釈されているかどうかにかかわらず、破壊された酵母細胞を含有する細胞溶解物を、例えば、2000~25000gで遠心分離にかけて、不溶性物質を沈降させる。蓄積されたトレハロースを含む、可溶性細胞成分を含有する上清を得て、好ましくは、さらに使用するまで20℃未満に冷却する。あるいは、不溶性物質の除去を、前記不溶性化合物を保持するフィルタ材料を使用する標準的な濾過によって行うことができる。例えば、孔径が3μm以下のフィルタを使用したデッドエンド濾過が行われ得る。フィルタの詰まりまたは汚れを回避するために、クロスフローまたはタンジェンシャルフロー濾過も可能である。いずれの場合も、酵母細胞および細胞片を食い止めるために、フィルタ孔径が3μm未満でなければならない。
【0027】
上記方法のステップ(f)で、トレハロースに富む酵母エキスを得て、場合によりさらに処理することができる。例えば、酵母エキスを滅菌する、または乾燥させることができる。1つの好ましい実施形態では、水性抽出物が滅菌される。滅菌は、熱処理、UV照射、またはその他の一般的な手法によって行われ得る。例えば、0.22μm以下の孔径のフィルタを通して水相を濾過することによって滅菌を達成することができる。
【0028】
特定の好ましい実施形態では、本発明のプロセス、すなわち、ステップ(a)~(f)によって上記で定義されるプロセスは、エタノールもしくはプロパノールなどの有機溶媒、または硫酸などの酸を伴わない。特に、本発明のプロセスは、任意の有機溶媒または酸を利用するトレハロース抽出ステップを伴わない。
【0029】
別の好ましい実施形態では、水性抽出物が乾燥される。抽出物の乾燥は、例えば、フリーズドライまたは噴霧乾燥によって行うことができる。噴霧乾燥の原理は、溶液を微細な液滴に分散し、これを熱風の流れに導入することに基づく。溶媒が基質液滴から蒸発するので、結果として乾燥した生成物クラスターが残る。 Buechi Labortechnik GmbH(エッセン、ドイツ)製のMini Spray Dryer B-290またはGEA(ベルリン、ドイツ)製のMobile Minor(商標)スプレードライヤーなどの標準的な噴霧乾燥装置を使用することができる。
【0030】
フリーズドライ(freez drying)または凍結乾燥(lyophilization)は、製品から水分を除去して貯蔵寿命を延ばすプロセスである。フリーズドライは、製品を凍結し、圧力を下げて材料内の凍結水を昇華させることを包含する。製品の凍結には様々な方法を適用することができる。例えば、凍結は、標準的な冷凍庫または冷却浴を使用することによって達成することができる。製品を三重点未満に冷却すると、加熱時に昇華が確実に起こる。乾燥する製品の構造を損なう可能性のある大きな結晶の形成を防ぐために、凍結は急速に行われる。凍結水が昇華すると、製品中の水の約95%が除去される。ほとんどの材料を1~5%の残留水分まで乾燥させることができる。GEA(ベルリン、ドイツ)製のLyovac(商標)装置、Christ(オステローデ・アム・ハルツ、ドイツ)製のGamma 2-20フリーズドライヤーLCM-1、またはFisher Scientific GmbH(シュヴェルテ、ドイツ)製のChrist Martin(商標)Alpha 1-2 Lyophilisatorなどの標準的なフリーズドライ装置を使用することができる。
【0031】
別の態様では、本発明は、上記の方法、すなわち、ステップ(a)~(f)を含む方法によって得られるトレハロースに富む酵母エキスを提供する。エキスは、乾物に基づいて、少なくとも15%(w/w)のトレハロース含有量を含む。好ましくは、トレハロース含有量が、乾物に基づいて、少なくとも30%、少なくとも35%、少なくとも40%、または少なくとも45%(w/w)である。エキスは、外部から添加された糖、特に外部から添加されたトレハロースを含まない。これは、エキス中のトレハロースの全量が酵母細胞に由来することを意味する。トレハロース含有量は、好ましくは、アイルランド、ウィックローにあるMegazymeの「トレハロースアッセイキット」によって測定される。
【0032】
さらに別の態様では、本発明は、乾物に基づいて、少なくとも15%、少なくとも20%、少なくとも25%(w/w)のトレハロース含有量を含むトレハロースに富む酵母エキスを提供する。好ましくは、トレハロース含有量が、乾物に基づいて、少なくとも30%、少なくとも35%、少なくとも40%、または少なくとも45%(w/w)である。例えば、トレハロース含有量が、乾物に基づいて、少なくとも16%、少なくとも17%、少なくとも18%、少なくとも19%、少なくとも20%、少なくとも21%、少なくとも22%、少なくとも23%、少なくとも24%、少なくとも25%、少なくとも26%、少なくとも27%、少なくとも28%、少なくとも29%、または少なくとも30%(w/w)であり得る。エキスのタンパク質含有量は、乾物に基づいて、少なくとも20%、少なくとも25%、少なくとも30%、または少なくとも40%(w/w)である。エキスは、外部から添加された糖、特に外部から添加されたトレハロースを含まない。これは、エキス中のトレハロースの全量が酵母細胞に由来することを意味する。
【0033】
本発明のトレハロースに富む酵母エキスは、好ましくは、乾物に基づいて1~30%(w/w)、例えば、2~25%(w/w)、3~20%(w/w)、4~15%(w/w)、5~10%(w/w)、または6~8%(w/w)のRNA含有量を含む。本発明の酵母エキスは、好ましくは、乾物に基づいて、0.1~5%(w/w)、例えば、0.2~4%(w/w)、0.5~2.5%(w/w)、または1~2%(w/w)の量のNaClをさらに含む。本発明のトレハロースに富む酵母エキスの脂肪含有量は、好ましくは、乾物に基づいて、1~10%(w/w)、例えば、2~7%(w/w)、または3~5%(w/w)である。本発明の酵母エキスの灰分は、好ましくは、乾物に基づいて、1~20%(w/w)、例えば3~15%(w/w)、5~10%(w/w)、または6~8%(w/w)である。
【0034】
トレハロースに富む酵母エキスは、高いタンパク質含有量であることをさらに特徴とする。エキスのタンパク質含有量は、乾物に基づいて、少なくとも20%、少なくとも25%、少なくとも30%、または少なくとも40%(w/w)である。タンパク質含有量は、好ましくは、例えばKjeltec(商標)8400装置(FOSS GmbH、ハンブルク、ドイツ)を使用することによって、標準的なケルダール法によって決定される。
【0035】
特定の好ましい実施形態では、本発明のトレハロースに富む酵母エキスが、
(a)乾物に基づいて、少なくとも20%、より好ましくは少なくとも25%(w/w)のトレハロース含有量と;
(b)乾物に基づいて、少なくとも20%、より好ましくは少なくとも25%(w/w)のタンパク質含有量と;
(c)乾物に基づいて、1~10%(w/w)の脂肪含有量と;
(d)乾物に基づいて、1~30%(w/w)のRNA含有量と
を含む。
【0036】
さらに別の態様では、本発明は、本明細書に記載されるトレハロースに富む酵母エキスを含む医薬組成物、化粧品組成物、食品または飲料製品を提供する。好ましくは、これらの組成物および製品が、トレハロースに富む酵母エキス以外の供給源からのトレハロースを含有しない。
【0037】
本明細書に記載されるトレハロースに富む酵母エキスが補充される化粧品組成物には、咳止めシロップなどのシロップ、および錠剤が含まれ得る。
【0038】
本明細書に記載されるトレハロースに富む酵母エキスが補充される化粧品組成物には、スキンケアゲル、ローションまたはクリームが含まれ得る。これらの組成物では、トレハロースが、組成物の皮膚浸透を支援し得る。
【0039】
トレハロースに富む酵母エキスを添加することができる食品または飲料製品は、特に限定されない。原則として、全ての異なる種類の食品または飲料製品を、本明細書の他の場所に記載されるトレハロースに富む酵母エキスを添加することによって最適化することができる。トレハロースに富む酵母エキスを添加することができる適切な食品には、それだけに限らないが、乳製品(例えば、ヨーグルト)、焼き菓子(例えば、パン、ビスケット)、プディング、果実調製物、トマトケチャップ、ソース、調味料、アイスクリーム、朝食用シリアル、チョコレート、キャンディ、フルーツまたはワインガム、菓子類、ケーキ、ジャムおよびゼリー、チョコレートまたはヘーゼルナッツスプレッドなどが含まれる。
【0040】
トレハロースに富む酵母エキスを添加することができる飲料には、それだけに限らないが、フレーバーウォーター、フルーツポンチ、乳製品飲料、例えばヨーグルト飲料、バターミルク、ケフィア、フルーツジュース、レモネード、エナジードリンクおよびスポーツドリンク、例えばアイスティー、スイートティー、インスタントティーおよびレディ・トゥ・ドリンク(ready-to-drink)ティーなどの茶、例えばアイスコーヒー、フレーバーコーヒー、インスタントコーヒーおよびレディ・トゥ・ドリンクコーヒーなどのコーヒー、大豆飲料、例えばフレーバー乳飲料(例えば、バニラ、チョコレート、またはイチゴフレーバー)などの乳飲料、甘味粉末飲料、カフェイン入りまたはカフェインを含まないソフトドリンクなどが含まれる。特に好ましい実施形態では、トレハロースに富む酵母エキスが添加される製品が、乳飲料、好ましくは豆乳飲料である。
【0041】
食品または飲料製品は、食品および栄養技術の分野で頻繁に使用される追加の成分を含み得る。例えば、食品または飲料製品は、グルコース、マルトース、スクロース、ラクトース、アスパルテーム、サッカリン、スクラロース、または糖アルコールなどの他の甘味料を含み得る。組成物はまた、ビタミンまたはフレーバー、例えばオレンジ、バニラ、レモン、またはイチゴフレーバーを含み得る。他の一般的な添加剤には、着色剤、乳化剤、安定剤、食感改良剤(texturizer)、保存剤、抗酸化剤、増粘剤などが含まれる。
【0042】
最後の態様では、本発明は、化粧品、医薬品、食品または飲料製品における添加剤としての本明細書に記載される酵母エキスの使用に関する。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】本発明による、および本明細書で以下に記載される実施例1に従って調製されるトレハロースに富む酵母エキス粉末を調製するための好ましい実施形態の概略概要を示す図である。
【実施例0044】
以下の実施例は、本発明を説明するために提供されている。しかしながら、本発明の範囲は実施例によって限定されないことを理解すべきである。当業者であれば、本発明の範囲から逸脱することなく、いくつかの修正を行うことができることを理解するであろう。
【0045】
実施例1:トレハロースに富む酵母エキスの調製
S.セレビシエ(S.cerevisiae)株ATCC204508をYPD培地(1%酵母エキス、2%ペプトン、2%グルコース)中、30℃で一晩増殖させた。翌朝、新鮮なYPD培地を酵母細胞に添加して、0.1のOD600を得た。OD600が1.0に達するまで細胞を30℃で培養した。その後、指数関数的に増殖する酵母細胞培養物を、増殖温度を30℃から40℃に4時間上昇させることによって、熱ショックにさらした。標準的な分離器を使用して酵母細胞を収穫し、水で2回洗浄した。
【0046】
このようにして、約18%の乾物および乾物に基づいて約9%(w/w)のトレハロース濃度を有する酵母細胞基質を得た。酵母基質を90℃に1時間加熱して、固有の酵母酵素を不活性化した。その後、乾物酵母基質に基づいて、0.5%(w/w)の濃度でペプチダーゼ(Corolase 7089、AB Enzymes GmbH、ダルムシュタット、ドイツ)を添加した。乾物含有量は、湿度分析計(Mettler-Toledo GmbH、ギーセン、ドイツ)を使用して決定した。
【0047】
加水分解反応物を激しく攪拌しながら55℃で3時間インキュベートした。10%水酸化ナトリウム溶液を使用して、pHをpH7に維持した。次いで、加水分解された混合物を、標準的な実験用遠心分離機(10分、4700g、室温、Heraeus Multifuge X3R、ThermoFisher Scientific)を使用して分離した。固形ペレットを除去して、水性のトレハロースに富む酵母エキスを得た。
【0048】
次いで、乾燥し、粉末化された製品を得るために、水相を90℃に30分間加熱することによって滅菌し、Buechi Labortechnik GmbH(エッセン、ドイツ)製のMini Spray Dryer B-290を使用して、一定の入力温度133~136℃および出力温度93±2℃で噴霧乾燥した。最終的な粉末化された製品のトレハロース含有量を分析した結果、乾物のトレハロース濃度は25.3%(w/w)であった。
図1