(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024069869
(43)【公開日】2024-05-22
(54)【発明の名称】回し溶接継手、回し溶接方法および溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 31/00 20060101AFI20240515BHJP
B23K 9/02 20060101ALI20240515BHJP
【FI】
B23K31/00 F
B23K9/02 D
B23K9/02 S
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022180126
(22)【出願日】2022-11-10
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ドアン ティーフィン
(72)【発明者】
【氏名】栗原 康行
(72)【発明者】
【氏名】坂本 義仁
【テーマコード(参考)】
4E081
【Fターム(参考)】
4E081AA08
4E081BA02
4E081BA40
4E081DA10
4E081DA12
(57)【要約】
【課題】疲労強度を簡便な手段で飛躍的に向上することができる回し溶接継手および回し溶接方法を提供する。
【解決手段】ガセットを主板に回し溶接して接合することによって得られる回し溶接継手であって、前記主板に対し垂直な前記ガセットの端面の一辺または両辺が面取りされ、前記ガセットの前記主板に当接する当接面の短辺の長さ(t)が前記ガセットの板厚(t
0)の0.2倍以上0.8倍以下の範囲にある、回し溶接継手である。ガセットを主板に回し溶接で接合する回し溶接方法であって、前記主板に対し垂直な前記ガセットの端面の一辺または両辺を面取りし、前記ガセットを前記主板に当接する際、当接面の短辺の長さ(t)を前記ガセットの板厚(t
0)の0.2倍以上0.8倍以下の範囲とする、回し溶接方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガセットを主板に回し溶接して接合することによって得られる回し溶接継手であって、
前記主板に対し垂直な前記ガセットの端面の一辺または両辺が面取りされ、
前記ガセットの前記主板に当接する当接面の短辺の長さ(t)が前記ガセットの板厚(t0)の0.2倍以上0.8倍以下の範囲にある、回し溶接継手。
【請求項2】
前記ガセットの端面の面取りする範囲が、主板に垂直な方向で、主板に垂直な方向の溶接ビード高さ以上の長さである、請求項1に記載の回し溶接継手。
【請求項3】
前記主板に耐疲労鋼を用いている、請求項1または2に記載の回し溶接継手。
【請求項4】
ガセットを主板に回し溶接で接合する回し溶接方法であって、
前記主板に対し垂直な前記ガセットの端面の一辺または両辺を面取りし、
前記ガセットを前記主板に当接する際、当接面の短辺の長さ(t)を前記ガセットの板厚(t0)の0.2倍以上0.8倍以下の範囲とする、回し溶接方法。
【請求項5】
前記ガセットの端面の面取りする範囲を、主板に垂直な方向で、主板に垂直な方向の溶接ビード高さ以上の長さとする、請求項4に記載の回し溶接方法
【請求項6】
前記主板に耐疲労鋼を用いる、請求項4または5に記載の回し溶接方法。
【請求項7】
ガセットを主板に回し溶接して接合することによって得られる回し溶接継手の製造方法であって、
前記主板に対し垂直な前記ガセットの端面の一辺または両辺を面取りし、
前記ガセットを前記主板に当接する際、当接面の短辺の長さ(t)を前記ガセットの板厚(t0)の0.2倍以上0.8倍以下の範囲とする、溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼構造物を建造する際に広く採用される主板とガセットとの回し溶接の技術に関し、詳しくは優れた疲労特性が要求される鋼構造物、たとえば鋼橋、船舶等に好適な回し溶接継手、回し溶接方法および溶接継手の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、鋼構造物では、
図2に示すようにガセット2の周囲を主板1に溶接(いわゆる回し溶接)した回し溶接継手が多数存在する。回し溶接継手においては溶接ビード3がガセット2を取り囲んでおり、その溶接ビード3の止端部に応力集中が生じる。その結果、回し溶接に起因する溶接残留応力と外力に起因する繰り返し応力とが重畳して疲労き裂を発生させ、さらに、その疲労き裂が伝播して疲労破壊を引き起こす原因となる。なお外力は、鋼構造物に外部から繰り返し作用する荷重であり、たとえば鋼構造物が鋼橋である場合は、自然の気象状況(たとえば風等)や車両の通行によって繰り返し生じる荷重である。鋼構造物が船舶である場合は、動力による振動や、風や波によって繰り返し生じる荷重である。
【0003】
そして近年、鋼構造物の老朽化に伴って、疲労に起因する損傷に関する報告が増加している。そのような損傷を防止するためには、鋼構造物を定期的に検査して、損傷の進行状況を管理し、さらに、損傷の進行に応じて対策を講じる必要がある。とりわけ疲労に起因する損傷が鋼橋に発生した場合は、車両の通行を規制することによって鋼橋に作用する外力を軽減することは可能であるが、交通の渋滞や物流の遅延等を引き起こすので社会活動に多大な悪影響を及ぼす。そこで、鋼構造物の回し溶接継手における疲労特性を改善するために、様々な技術が提案されている。
【0004】
たとえば、特許文献1には、ガセットの長手方向両端部から各々伸長ビードを主板の上面に形成することにより、疲労寿命を向上させると記載されている。
【0005】
また、特許文献2に開示された技術では、ガセットが主板に当接する矩形当接面の短辺に沿って第1溶接ビードを形成している。さらに第1溶接ビードを矩形当接面の短辺の両側から主板上に延伸して形成している。次いで、矩形当接面の長辺に沿って第2溶接ビードならびに第3溶接ビードを形成している。さらに第2溶接ビードならびに第3溶接ビードを第1溶接ビードに被せて且つ第1溶接ビードを超えて主板上へ延伸して形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014-233747号公報
【特許文献2】特開2018-158380号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】伊木 聡、他:“造船用高機能鋼-JFEスチールのライフサイクルコスト低減技術”、JFE技報、No.5、2004年8月、p.13-18
【非特許文献2】伊木 聡、他:“疲労亀裂伝播速度に及ぼすミクロ組織の影響”、JFE技報、No.33、2014年2月、p.55-61
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来技術では、以下のような課題があった。
特許文献1の技術は、溶接の回し部をカバーする形で伸長ビードを形成する必要があるため、溶接に要する時間が長く、施工性が悪い問題があった。特許文献2に記載の技術も同様に溶接に要する時間が長く、溶接の施工性が悪い問題があった。
【0009】
本発明は,上記の事情を鑑みてなされたものであって、疲労強度を簡便な手段で飛躍的に向上することができる回し溶接継手、回し溶接方法および溶接継手の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を有利に解決する本発明にかかる回し溶接継手は、ガセットを主板に回し溶接して接合することによって得られる回し溶接継手であって、前記主板に対し垂直な前記ガセットの端面の一辺または両辺が面取りされ、前記ガセットの前記主板に当接する当接面の短辺の長さ(t)が前記ガセットの板厚(t0)の0.2倍以上0.8倍以下の範囲にあることを特徴とする。
【0011】
なお、本発明にかかる回し溶接継手は、
(a)前記ガセットの端面の面取りする範囲が、主板に垂直な方向で、主板に垂直な方向の溶接ビード高さ以上の長さであること、
(b)前記主板に耐疲労鋼を用いていること、
などがより好ましい解決手段になり得る。
【0012】
上記課題を有利に解決する本発明にかかる回し溶接方法は、ガセットを主板に回し溶接で接合する回し溶接方法であって、前記主板に対し垂直な前記ガセットの端面の一辺または両辺を面取りし、前記ガセットを前記主板に当接する際、当接面の短辺の長さ(t)を前記ガセットの板厚(t0)の0.2倍以上0.8倍以下の範囲とすることを特徴とする。
【0013】
なお、本発明にかかる回し溶接方法は、
(a)前記ガセットの端面の面取りする範囲を、主板に垂直な方向で、主板に垂直な方向の溶接ビード高さ以上の長さとすること、
(b)前記主板に耐疲労鋼を用いること、
などがより好ましい解決手段になり得る。
【0014】
上記課題を有利に解決する本発明にかかる溶接継手の製造方法は、ガセットを主板に回し溶接して接合することによって得られる回し溶接継手の製造方法であって、前記主板に対し垂直な前記ガセットの端面の一辺または両辺を面取りし、前記ガセットを前記主板に当接する際、当接面の短辺の長さ(t)を前記ガセットの板厚(t0)の0.2倍以上0.8倍以下の範囲とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明にかかる回し溶接継手、回し溶接方法および溶接継手の製造方法によれば、ガセットの回し溶接における溶接ビードの疲労強度を簡便な手段で飛躍的に向上する回し溶接継手を提供することができる。それとともに、溶接部からの疲労破断による鋼構造物の性能低下やトラブルを回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の一実施形態にかかる回し溶接継手を示す模式図であって、(a)は、斜視図であり、(b)は上面図であり、(c)は主板の疲労破面を示す断面図である。
【
図2】従来技術にかかる回し溶接継手を示す模式図であって、(a)は、斜視図であり、(b)は上面図であり、(c)は主板の疲労破面を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について具体的に説明する。なお、各図面は模式的なものであって、現実のものとは異なる場合がある。また、以下の実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための設備や方法を例示するものであり、構成を下記のものに特定するものでない。すなわち、本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0018】
発明者らは、回し溶接継手の疲労強度を高めるために、疲労き裂の発生と疲労き裂の伝播の両方を抑制することが重要であると考えた。回し溶接継手において疲労き裂が発生するメカニズムの検討を行なった結果、疲労き裂は以下のようなメカニズムで発生することを解明した。
図2に従来の回し溶接継手を示す。
図2(a)は従来鋼の主板1aにガセット2を溶接ビード3で回し溶接した回し溶接継手の斜視図を表す。
図2(b)は上面図を表す。
図2(c)はガセット端面23の溶接ビード止端部31近傍の主板1aの疲労破面4aを示す断面図である。
図2(c)に示すように、ガセット2が主板1aに当接する略矩形の当接面短辺23a側では、溶接ビード3の止端が応力集中源となり、疲労き裂がそこから発生する。多くの場合、溶接ビード3の止端に複数の微小き裂が発生する。これらの微小き裂が成長して合体し、疲労破面4aとなって、大きな疲労き裂を形成することがわかった。溶接ビード止端部31の形状は、必然的に均一とならず、局所的な応力集中の程度が異なるためである。また、溶接ビード止端部31から疲労き裂が発生した後、主板へき裂が伝播し、疲労破壊を引き起こす原因となる。このとき、き裂発生可能領域長さbは、ガセット板厚t
0と同等程度となる。
【0019】
上記検討結果に基づいて開発した、回し溶接継手の一例を
図1に示す。
図1(a)は耐疲労鋼からなる主板1にガセット2を溶接ビード3で回し溶接した回し溶接継手の斜視図を表す。
図1(b)は上面図を表す。
図1(c)はガセット端面22の溶接ビード止端部31近傍の主板1の疲労破面4を示す断面図である。
図1に示すように主板に当接するガセットの当接面短辺22aの長さをガセットの板厚t
0より小さくすることにより、合体前の微小き裂の発生可能範囲を制限し、合体前の微小き裂の個数を低減できる。そのため、合体によりき裂が一気に大きく成長することを防止できることが判明した。主板1に当接するガセット2の当接面短辺22aの長さtがガセットの板厚t
0の0.8倍より大きいと、き裂合体抑制効果が得られなくなる。そのため、主板1に当接するガセット2の当接面短辺22aの長さtをガセットの板厚t
0の0.8倍以下とする。より好ましくは、主板1に当接するガセット2の当接面短辺22aの長さtをガセットの板厚t
0の0.7倍以下とする。ここで、ガセット2の当接面短辺22aとは、主板1に垂直に立設されたガセット2の主板面に垂直な面の内、広い面に直交する面をいう。
図1の例では、
図2のガセット端面23の両辺から面取りされ、板厚方向の幅が狭められた面をいう。
【0020】
一方、主板1に当接するガセット2の当接面短辺22aの長さtを短くし過ぎると、応力集中が大きくなる。き裂合体を抑制したものの、過大な応力が作用することにより疲労き裂の形成が速まる可能性があることも判明した。主板1に当接するガセット2の当接面短辺22aの長さtがガセット2の板厚t0の0.2倍より小さくなると、大きな応力集中による疲労寿命低下がき裂合体抑制による疲労寿命延長効果を超える可能性がある。そのため、総合的に疲労寿命延命効果を得られなくなる。そこで、主板1に当接するガセット2の当接面短辺22aの長さtをガセット2の板厚t0の0.2倍以上とする。より好ましくは、主板1に当接するガセット2の当接面短辺22aの長さtをガセット2の板厚t0の0.3倍以上とする。
【0021】
以上より、主板1に当接するガセット2の当接面短辺22aの長さtをガセット2の板厚t0の0.2倍以上0.8倍以下といった適切な範囲内に制御することにより回し溶接の構造物の疲労寿命を向上することができる。
【0022】
主板1に当接するガセット2の当接面短辺22aの長さtをガセットの板厚t0より小さくするために、簡易な方法として、主板1と垂直なガセット2の端面23の辺を面取り加工することができる。面取り面21はガセット2の端面の一辺でもよく、ガセット2の端面の両辺でもよい。また、面取り形状も平面、曲面のいずれでもよい。き裂発生可能領域長さaを低減できる形状であればよい。また、面取り面21は、主板1に当接する端から、主板に垂直な方向で、主板に垂直な方向の溶接ビード高さh以上の長さであることが好ましい。また、主板1にガセット2が当接する面で、面取り辺21aが当接面短辺22aとのなす角が、好ましくは15°~75°の範囲であり、より好ましくは30°~60°の範囲である。
【0023】
本実施形態においては、どのような材質の主板1やガセット2を用いても効果が発揮できる。特に疲労き裂発生初期段階での主板1側におけるき裂前縁の大きさを制限できることから、疲労き裂伝播速度の低い(疲労き裂が進展しにくい)主板1を適用することによって、より一層の長寿命化が期待できる。主板1に耐疲労鋼を用いることが好ましい。耐疲労鋼とは、母材の耐疲労き裂進展特性を向上させ、あるいは溶接継手の耐疲労き裂発生特性を向上させ、あるいは両特性を向上させて、溶接鋼構造物の疲労寿命を延伸させる鋼材である。一般に、適切な化学成分を有するスラブを、最適な冷却・圧延プロセスを経て製造される。たとえば、非特許文献1や非特許文献2などに記載の、疲労き裂伝播速度が従来材の1/2程度の鋼材を用いることができる。
【実施例0024】
表1に記載の成分組成を有する鋼種を主板およびガセットに用い、回し溶接継手を製作して、表2に示す繰り返し応力を与えて、破断するまでの寿命、つまり、繰り返し応力回数で評価した。主板およびガセットの板厚t0は同じとした。ガセット端面の面取りは、45°の平面とした。鋼種A~Cは従来鋼である。鋼種Dは耐疲労鋼である。
【0025】
表2に示す試験No.5は、
図2に示す従来法による回し溶接継手であり、これより破断寿命が長い(繰り返し応力回数が多い)ものを好適とした。発明例はいずれも破断寿命が好適であった。
【0026】
【0027】
本発明の回し溶接継手、回し溶接方法および溶接継手の製造方法によれば、溶接部からの疲労破断による鋼構造物の性能低下やトラブルを回避することができるので産業上有用である。