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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024070021
(43)【公開日】2024-05-22
(54)【発明の名称】転舵制御装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20240515BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20240515BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20240515BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20240515BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D101:00
B62D113:00
B62D119:00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022180356
(22)【出願日】2022-11-10
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】神原 佑人
(72)【発明者】
【氏名】岡田 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】外山 英次
(72)【発明者】
【氏名】吉田 俊介
(72)【発明者】
【氏名】高島 亨
【テーマコード(参考)】
3D232
【Fターム(参考)】
3D232CC05
3D232CC06
3D232CC20
3D232DA03
3D232DA04
3D232DA15
3D232DA23
3D232DA29
3D232DA33
3D232DC01
3D232DC02
3D232DC03
3D232DC33
3D232DC34
3D232DD06
3D232DD17
3D232EB04
3D232EB12
3D232EC23
3D232EC29
3D232EC37
3D232GG01
(57)【要約】
【課題】外乱による車両の偏向に対して、より簡単に対処することができる転舵制御装置を提供する。
【解決手段】転舵制御装置は、ピニオン角フィードバック制御部63を有している。ピニオン角フィードバック制御部63は、ステアリングホイールの操舵状態に応じた目標ピニオン角θ に、実際のピニオン角θを追従させるフィードバック制御を実行することにより、転舵トルク指令値T を演算する。ピニオン角フィードバック制御部63は、車両偏向判定部63Gを有している。車両偏向判定部63Gは、ステアリングホイールの操舵状態、および車両の挙動に基づき、外乱による車両の偏向が発生しているかどうかを判定する。ピニオン角フィードバック制御部63は、外乱による車両の偏向が発生していると判定されている期間、車両の偏向を抑制するために、フィードバックゲインの値を調整する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の転舵輪を転舵させるためのトルクを発生する転舵モータを制御するように構成される転舵制御装置であって、
前記転舵輪の転舵状態が反映される状態変数の目標値をステアリングホイールの操舵状態に応じて演算するように構成される演算部と、
前記演算部により演算される前記目標値に前記状態変数の実際の値を追従させるフィードバック制御を実行することにより、前記転舵モータが発生するトルクに対する指令値である転舵トルク指令値を演算するように構成されるフィードバック制御部と、
前記ステアリングホイールの操舵状態、および前記車両の挙動のうち少なくとも一方に基づき、外乱による前記車両の偏向が発生しているかどうかを判定するように構成される判定部と、を備え、
前記フィードバック制御部は、前記判定部により前記車両の偏向が発生していると判定されている期間、前記車両の偏向が抑制されるように、前記フィードバック制御の応答性に関する制御パラメータであるフィードバックゲインの値を調整するように構成される転舵制御装置。
【請求項2】
前記フィードバック制御部は、前記判定部により前記車両の偏向が発生していると判定されている期間、前記フィードバックゲインの値を増加させるように構成される請求項1に転舵制御装置。
【請求項3】
前記フィードバック制御部は、車両の走行状態に応じて演算される前記フィードバックゲインの初期値に調整用ゲインを乗算することにより、前記フィードバックゲインの値を前記初期値よりも大きい値に変更するように構成される請求項2に転舵制御装置。
【請求項4】
前記フィードバック制御部は、前記目標値に対する前記状態変数の実際の値の偏差に対して比例演算を実行することにより前記偏差に比例した値の第1のトルク指令値を演算する比例制御部と、
前記偏差に対して積分演算を実行することにより前記偏差の積分値に比例した値の第2のトルク指令値を演算する積分制御部と、
前記偏差に対して微分演算を実行することにより前記偏差の微分値に比例した値の第3のトルク指令値を演算する微分制御部と、
前記第1のトルク指令値、前記第2のトルク指令値、および前記第3のトルク指令値を加算することにより、前記転舵トルク指令値を演算するように構成される演算器と、を有し、
前記判定部によって前記車両の偏向が発生していないと判定されるとき、前記積分制御部は動作を停止する一方、前記判定部によって前記車両の偏向が発生していると判定されるとき、前記積分制御部は動作を開始するように構成される請求項1~請求項3のうちいずれか一項に記載の転舵制御装置。
【請求項5】
前記判定部は、前記車両の走行中、前記車両の旋回状態が反映される状態変数が、定められたしきい値以上であるとき、横風による前記車両の偏向が発生していると判定するように構成される請求項1~請求項3のうちいずれか一項に記載の転舵制御装置。
【請求項6】
前記判定部は、前記車両の走行中、前記ステアリングホイールの操舵状態が反映される第1の状態変数の値が、定められた第1のしきい値以下であり、かつ前記車両の旋回状態が反映される第2の状態変数が、定められた第2のしきい値以上であるとき、カント路の走行による前記車両の偏向が発生していると判定するように構成される請求項1~請求項3のうちいずれか一項に記載の転舵制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転舵制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の走行時、横風などの外乱が作用する場合、車両が偏向するおそれがある。特許文献1の車両システムは、規範ヨーレートに対する実ヨーレートの偏差がしきい値を超えている場合、横風などの外乱が発生していると判定する。規範ヨーレートは、ステアリング操作に応じて決まる車両のヨーレートである。実ヨーレートは、実際のヨーレートである。
【0003】
車両システムは、横風などの外乱が発生していると判定されるとき、規範ヨーレートに対する実ヨーレートの偏差に基づき、対処転舵量を決定する。対処転舵量は、横風などの外乱による車両の偏向を軽減するために、ステアリング装置によって転舵させるべき前輪の転舵量である。ステアリング装置は、対処転舵量に応じて前輪を転舵させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-14221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の車両システムでは、車両の偏向を抑えるために、規範ヨーレートに対する実ヨーレートの偏差に基づき、対処転舵量を演算する必要がある。車両の偏向に対して、より簡単に対処することが求められる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決し得る転舵制御装置は、車両の転舵輪を転舵させるためのトルクを発生する転舵モータを制御するように構成される。転舵制御装置は、前記転舵輪の転舵状態が反映される状態変数の目標値をステアリングホイールの操舵状態に応じて演算するように構成される演算部と、前記演算部により演算される前記目標値に前記状態変数の実際の値を追従させるフィードバック制御を実行することにより、前記転舵モータが発生するトルクに対する指令値である転舵トルク指令値を演算するように構成されるフィードバック制御部と、前記ステアリングホイールの操舵状態、および前記車両の挙動のうち少なくとも一方に基づき、外乱による前記車両の偏向が発生しているかどうかを判定するように構成される判定部と、を備える。前記フィードバック制御部は、前記判定部により前記車両の偏向が発生していると判定されている期間、前記車両の偏向が抑制されるように、前記フィードバック制御の応答性に関する制御パラメータであるフィードバックゲインの値を調整するように構成される。
【0007】
この構成によれば、外乱による車両の偏向が発生しているとき、車両の偏向が抑制されるように、フィードバックゲインの値が調整される。このフィードバックゲインの値の調整を通じて、車両の偏向を抑制することができる。また、フィードバックゲインの値を調整するだけでよいので、外乱による車両の偏向に対して、より簡単に対処することができる。
【0008】
上記の転舵制御装置において、前記フィードバック制御部は、前記判定部により前記車両の偏向が発生していると判定されている期間、前記フィードバックゲインの値を増加させるように構成されるようにしてもよい。
【0009】
この構成によれば、車両の偏向が発生しているとき、フィードバックゲインの値が増加される。このため、フィードバック制御部が実行するフィードバック制御の応答性が向上する。また、状態変数の目標値に対する実際の値の追従性が向上する。したがって、外乱による車両の偏向を抑えることができる。
【0010】
上記の転舵制御装置において、前記フィードバック制御部は、車両の走行状態に応じて演算される前記フィードバックゲインの初期値に調整用ゲインを乗算することにより、前記フィードバックゲインの値を前記初期値よりも大きい値に変更するように構成されるようにしてもよい。
【0011】
この構成によれば、車両の走行状態に応じて演算されるフィードバックゲインの初期値に調整用ゲインを乗算することにより、フィードバックゲインの値を初期値よりも大きい値に設定することができる。フィードバックゲインの初期値に調整用ゲインを乗算するだけで、簡単にフォードバックゲインの値を増加させることができる。
【0012】
上記の転舵制御装置において、前記フィードバック制御部は、前記目標値に対する前記状態変数の実際の値の偏差に対して比例演算を実行することにより前記偏差に比例した値の第1のトルク指令値を演算する比例制御部と、前記偏差に対して積分演算を実行することにより前記偏差の積分値に比例した値の第2のトルク指令値を演算する積分制御部と、前記偏差に対して微分演算を実行することにより前記偏差の微分値に比例した値の第3のトルク指令値を演算する微分制御部と、前記第1のトルク指令値、前記第2のトルク指令値、および前記第3のトルク指令値を加算することにより、前記転舵トルク指令値を演算するように構成される演算器と、を有していてもよい。この場合、前記判定部によって前記車両の偏向が発生していないと判定されるとき、前記積分制御部は動作を停止する一方、前記判定部によって前記車両の偏向が発生していると判定されるとき、前記積分制御部は動作を開始するように構成されるようにしてもよい。
【0013】
この構成によれば、車両の偏向が発生したとき、積分制御部が動作を開始する。このため、積分制御部が停止している場合と比較して、フィードバック制御部が実行するフィードバック制御の応答性が向上する。したがって、外乱による車両の偏向を抑えることができる。
【0014】
上記の転舵制御装置において、前記判定部は、前記車両の走行中、前記車両の旋回状態が反映される状態変数が、定められたしきい値以上であるとき、横風による前記車両の偏向が発生していると判定するように構成されるようにしてもよい。
【0015】
この構成によれば、車両の旋回状態が反映される状態変数と、定められたしきい値との比較を通じて、横風による車両の偏向が発生しているかどうかを判定することができる。
上記の転舵制御装置において、前記判定部は、前記車両の走行中、前記ステアリングホイールの操舵状態が反映される第1の状態変数の値が、定められた第1のしきい値以下であり、かつ前記車両の旋回状態が反映される第2の状態変数が、定められた第2のしきい値以上であるとき、カント路の走行による前記車両の偏向が発生していると判定するように構成されるようにしてもよい。
【0016】
この構成によれば、ステアリングホイールの操舵状態が反映される第1の状態変数と、定められた第1のしきい値との比較、ならびに、車両の旋回状態が反映される第2の状態変数と、定められた第2のしきい値との比較を通じて、カント路の走行による車両の偏向が発生しているかどうかを判定することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の転舵制御装置によれば、外乱による車両の偏向に対して、より簡単に対処することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】転舵制御装置の第1の実施の形態が搭載される操舵装置の構成図である。
図2】第1の実施の形態にかかる反力制御装置および転舵制御装置のブロック図である。
図3】第1の実施の形態にかかるピニオン角フィードバック制御部のブロック図である。
図4】第2の実施の形態にかかるピニオン角フィードバック制御部の要部を示すブロック図である。
図5】第2の実施の形態にかかる角度偏差と転舵トルク指令値Tとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<第1の実施の形態>
以下、転舵制御装置の第1の実施の形態を説明する。
<全体構成>
図1に示すように、操舵制御装置1の制御対象は、ステアバイワイヤ式の操舵装置2である。操舵装置2は、操舵機構3と、転舵機構4とを有している。操舵機構3は、ステアリングホイール5を介して、運転者により操舵される機構部分である。転舵機構4は、ステアリングホイール5の操舵に応じて、車両の転舵輪6を転舵させる機構部分である。操舵制御装置1は、反力制御装置1Aと、転舵制御装置1Bとを含む。反力制御装置1Aの制御対象は、操舵機構3である。反力制御装置1Aは、反力制御を実行する。転舵制御装置1Bの制御対象は、転舵機構4である。転舵制御装置1Bは、転舵制御を実行する。
【0020】
操舵機構3は、ステアリングシャフト11と、反力モータ12と、減速機13と、を有している。ステアリングホイール5は、ステアリングシャフト11に一体回転可能に連結される。反力モータ12は、ステアリングシャフト11に付与する操舵反力の発生源である。操舵反力は、ステアリングホイール5の操舵方向と反対方向の力である。反力モータ12は、たとえば三相のブラシレスモータである。減速機13は、反力モータ12の回転を減速し、減速された回転をステアリングシャフト11に伝達する。
【0021】
転舵機構4は、ピニオンシャフト21と、転舵シャフト22と、ハウジング23と、を有している。ハウジング23は、ピニオンシャフト21を回転可能に支持する。また、ハウジング23は、転舵シャフト22を往復動可能に収容する。ピニオンシャフト21は、転舵シャフト22に対して交わるように設けられている。ピニオンシャフト21のピニオン歯21aは、転舵シャフト22のラック歯22aと噛み合う。転舵シャフト22の両端には、ボールジョイントからなるラックエンド24を介して、タイロッド25が連結されている。タイロッド25の先端は、転舵輪6が組み付けられた図示しないナックルに連結される。
【0022】
転舵機構4は、転舵モータ31と、伝動機構32と、変換機構33とを備えている。転舵モータ31は、転舵シャフト22に付与する転舵力の発生源である。転舵力は、転舵輪6を転舵させるための力である。転舵モータ31は、たとえば三相のブラシレスモータである。伝動機構32は、たとえばベルト伝動機構である。伝動機構32は、転舵モータ31の回転を変換機構33に伝達する。変換機構33は、たとえばボールねじ機構である。変換機構33は、伝動機構32を介して伝達される回転を、転舵シャフト22の軸方向の運動に変換する。
【0023】
転舵シャフト22が軸方向に移動することによって、転舵輪6の転舵角θが変更される。ピニオンシャフト21のピニオン歯21aは、転舵シャフト22のラック歯22aと噛み合っているため、転舵シャフト22の移動に連動して回転する。ピニオンシャフト21は、転舵輪6の転舵動作に連動して回転するシャフト、あるいは回転体である。
【0024】
反力制御装置1Aは、反力モータ12の動作を制御する。反力制御装置1Aは、つぎの3つの構成A1,A2,A3のうちいずれか一つを含む処理回路を有している。
A1.ソフトウェアであるコンピュータプログラムに従って動作する1つ以上のプロセッサ。プロセッサは、CPU(central processing unit)およびメモリを含む。
【0025】
A2.各種処理のうち少なくとも一部の処理を実行する特定用途向け集積回路(ASIC)などの1つ以上の専用のハードウェア回路。ASICは、CPUおよびメモリを含む。
【0026】
A3.構成A1,A2を組み合わせたハードウェア回路。
メモリは、コンピュータで読み取り可能とされた媒体であって、コンピュータに対する処理あるいは命令を記述したプログラムを記憶している。本実施の形態では、コンピュータは、CPUである。メモリは、RAM(random access memory)およびROM(read only memory)を含む。CPUは、メモリに記憶されたプログラムを定められた演算周期で実行することによって各種の制御を実行する。
【0027】
反力制御装置1Aは、車載のセンサの検出結果を取り込む。センサは、車速センサ41、トルクセンサ42、および回転角センサ43を含む。
車速センサ41は、車速Vを検出する。車速Vは、車両の走行状態が反映される状態変数である。トルクセンサ42は、ステアリングシャフト11に設けられている。トルクセンサ42は、ステアリングシャフト11における減速機13の連結部分に対して、ステアリングホイール5側に位置している。トルクセンサ42は、ステアリングシャフト11に付与される操舵トルクThを検出する。操舵トルクThは、ステアリングシャフト11に設けられるトーションバー42aのねじれ量に基づき演算される。回転角センサ43は、反力モータ12に設けられている。回転角センサ43は、反力モータ12の回転角θを検出する。
【0028】
操舵トルクTh、および反力モータ12の回転角θは、たとえば、ステアリングホイール5を右に操舵する場合は正の値であり、ステアリングホイール5を左に操舵する場合は負の値である。
【0029】
反力制御装置1Aは、車速センサ41、トルクセンサ42、および回転角センサ43の検出結果を使用して、反力モータ12の動作を制御する。反力制御装置1Aは、操舵トルクThに応じた操舵反力を反力モータ12に発生させるように、反力モータ12に対する給電を制御する。
【0030】
転舵制御装置1Bは、転舵モータ31の動作を制御する。転舵制御装置1Bは、反力制御装置1Aと同様に、先の3つの構成A1,A2,A3のうちいずれか一を含む処理回路を有している。
【0031】
転舵制御装置1Bは、車載のセンサの検出結果を取り込む。センサは、回転角センサ44、横加速度センサ45、およびヨーレートセンサ46を含む。回転角センサ44は、転舵モータ31に設けられている。回転角センサ44は、転舵モータ31の回転角θを検出する。転舵モータ31の回転角θは、たとえば、ステアリングホイール5を右に操舵する場合は正の値であり、ステアリングホイール5を左に操舵する場合は負の値である。横加速度センサ45は、横加速度LAを検出する。横加速度LAは、車両が旋回するときの加速度であって、車両の前後方向に対する直角方向、すなわち左右方向の加速度である。ヨーレートセンサ46は、車両のヨーレートYRを検出する。ヨーレートYRは、車両の重心点を通る鉛直軸まわりの回転角速度である。
【0032】
転舵制御装置1Bは、回転角センサ44の検出結果を使用して、転舵モータ31の動作を制御する。転舵制御装置1Bは、ステアリングホイール5の操舵状態に応じて転舵輪6が転舵されるように、転舵モータ31に対する給電を制御する。
【0033】
<反力制御装置1Aの構成>
つぎに、反力制御装置1Aの構成について説明する。
図2に示すように、反力制御装置1Aは、操舵角演算部51、反力トルク指令値演算部52、および通電制御部53を有している。
【0034】
操舵角演算部51は、回転角センサ43を通じて検出される反力モータ12の回転角θに基づき、ステアリングホイール5の操舵角θを演算する。
反力トルク指令値演算部52は、操舵トルクThおよび車速Vに基づき反力トルク指令値Tを演算する。反力トルク指令値Tは、反力モータ12に発生させるべき、操舵反力の目標値である。操舵反力は、ステアリングホイール5の操舵方向と反対方向のトルクである。操舵トルクThの絶対値が大きいほど、また車速Vが遅いほど、反力トルク指令値Tの絶対値は、より大きくなる。
【0035】
通電制御部53は、反力トルク指令値Tに応じた電力を反力モータ12へ供給する。具体的には、通電制御部53は、反力トルク指令値Tに基づき、反力モータ12に対する電流指令値を演算する。通電制御部53は、反力モータ12に対する給電経路に設けられた電流センサ54を通じて、給電経路に生じる電流Iの値を検出する。電流Iの値は、反力モータ12に供給される電流の値である。通電制御部53は、電流指令値と電流Iの値との偏差を求め、当該偏差を無くすように反力モータ12に対する給電を制御する。これにより、反力モータ12は、反力トルク指令値Tに応じたトルクを発生する。
【0036】
<転舵制御装置1Bの構成>
つぎに、転舵制御装置1Bの構成について説明する。
図2に示すように、転舵制御装置1Bは、ピニオン角演算部61、目標ピニオン角演算部62、ピニオン角フィードバック制御部63、および通電制御部64を有している。
【0037】
ピニオン角演算部61は、回転角センサ43を通じて検出される転舵モータ31の回転角θに基づき、ピニオン角θを演算する。ピニオン角θは、ピニオンシャフト21の回転角であって、ピニオンシャフト21の実際の角度である実角度に相当する。転舵モータ31とピニオンシャフト21とは、伝動機構32、変換機構33、および転舵シャフト22を介して連動する。このため、転舵モータ31の回転角θとピニオン角θとの間には相関関係がある。この相関関係を利用して、転舵モータ31の回転角θからピニオン角θを求めることができる。ピニオンシャフト21は、転舵シャフト22に噛合されている。このため、ピニオン角θと転舵シャフト22の移動量との間にも相関関係がある。すなわち、ピニオン角θは、転舵輪6の転舵角θを反映する値である。また、ピニオン角θは、転舵輪6の転舵状態が反映される状態変数である。
【0038】
目標ピニオン角演算部62は、操舵角演算部51により演算される操舵角θに基づき目標ピニオン角θ を演算する。目標ピニオン角θ は、ピニオン角θの目標値である。目標ピニオン角演算部62は、製品仕様などに応じて設定される舵角比が実現されるように、目標ピニオン角θ を演算する。舵角比は、操舵角θに対する転舵角θの比である。
【0039】
目標ピニオン角演算部62は、たとえば、車速Vなどの車両の走行状態に応じて舵角比を設定し、この設定される舵角比に応じて目標ピニオン角θ を演算する。目標ピニオン角演算部62は、車速Vが遅くなるにつれて操舵角θに対する転舵角θが大きくなるように、目標ピニオン角θ を演算する。目標ピニオン角演算部62は、車速Vが速くなるにつれて操舵角θに対する転舵角θが小さくなるように、目標ピニオン角θ を演算する。目標ピニオン角演算部62は、車両の走行状態に応じて設定される舵角比を実現するために、操舵角θに対する補正角度を演算し、この演算される補正角度を操舵角θに加算することにより舵角比に応じた目標ピニオン角θ を演算する。目標ピニオン角θ は、転舵輪6の転舵状態が反映される状態変数の目標値である。
【0040】
なお、製品仕様などによっては、目標ピニオン角演算部62は、車両の走行状態にかかわらず、舵角比が「1:1」となるように、目標ピニオン角θ を演算するようにしてもよい。
【0041】
ピニオン角フィードバック制御部63は、目標ピニオン角演算部62により演算される目標ピニオン角θ 、およびピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θを取り込む。ピニオン角フィードバック制御部63は、ピニオン角θが目標ピニオン角θ に追従するように、ピニオン角θのフィードバック制御を通じて、転舵トルク指令値T を演算する。転舵トルク指令値T は、転舵モータ31が発生するトルクに対する指令値であって、転舵力の目標値である。
【0042】
通電制御部64は、転舵トルク指令値T に応じた電力を転舵モータ31へ供給する。具体的には、通電制御部64は、転舵トルク指令値T に基づき、転舵モータ31に対する電流指令値を演算する。通電制御部64は、転舵モータ31に対する給電経路に設けられた電流センサ65を通じて、給電経路に生じる電流Iの値を検出する。電流Iの値は、転舵モータ31に供給される電流の値である。通電制御部64は、電流指令値と電流Iの値との偏差を求め、当該偏差を無くすように転舵モータ31に対する給電を制御する。これにより、転舵モータ31は転舵トルク指令値T に応じたトルクを発生する。
【0043】
<ピニオン角フィードバック制御部63の構成>
図3に示すように、ピニオン角フィードバック制御部63は、第1の減算器63A、比例制御部63B、積分制御部63C、微分制御部63D、ダンピング制御部63E、および演算器63Fを有している。
【0044】
第1の減算器63Aは、目標ピニオン角演算部62により演算される目標ピニオン角θ と、ピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θとを取り込む。第1の減算器63Aは、角度偏差Δθを演算する。角度偏差Δθは、目標ピニオン角θ とピニオン角θとの差である。
【0045】
比例制御部63Bは、第1の減算器63Aによって演算される角度偏差Δθに対して比例演算を実行することにより、角度偏差Δθに比例した値の第1のトルク指令値Tp1を演算する。比例制御部63Bは、角度偏差Δθに比例ゲインを乗算することにより、第1のトルク指令値Tp1を演算する。
【0046】
積分制御部63Cは、第1の減算器63Aによって演算される角度偏差Δθに対して積分演算を実行することにより、角度偏差Δθの積分値に比例した値の第2のトルク指令値Tp2を演算する。積分制御部63Cは、角度偏差Δθを時間で積分し、その積分値に積分ゲインを乗算することにより、第2のトルク指令値Tp2を演算する。
【0047】
微分制御部63Dは、第1の減算器63Aによって演算される角度偏差Δθに対して微分演算を実行することにより、角度偏差Δθの微分値に比例した値の第3のトルク指令値Tp3を演算する。微分制御部63Dは、角度偏差Δθを時間で微分し、その微分値に微分ゲインを乗算することにより、第3のトルク指令値Tp3を演算する。
【0048】
ちなみに、微分制御部63Dは、目標ピニオン角速度とピニオン角速度との差である角速度偏差に対して微分演算を実行することにより、角速度偏差の微分値に比例した値の第3のトルク指令値Tp3を演算するようにしてもよい。目標ピニオン角速度は、目標ピニオン角演算部62により演算される目標ピニオン角θ を微分することにより得られる。ピニオン角速度は、ピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θを微分することにより得られる。
【0049】
ダンピング制御部63Eは、第1の減算器63Aによって演算される角度偏差Δθに基づき、第4のトルク指令値Tp4を演算する。第4のトルク指令値Tp4は、転舵機構4が有する粘性を補償するための補償値であって、転舵輪6の転舵角速度を抑制するために演算される補償値である。ダンピング制御部63Eは、たとえば、第1の減算器63Aによって演算される角度偏差Δθに対してダンピングゲインを乗算することにより、第4のトルク指令値Tp4を演算する。
【0050】
ちなみに、ダンピング制御部63Eは、ピニオン角速度、または目標ピニオン角速度に基づき、第4のトルク指令値Tp4を演算するようにしてもよい。ピニオン角速度は、ピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θを微分することにより得られる。目標ピニオン角速度は、目標ピニオン角演算部62により演算される目標ピニオン角θ を微分することにより得られる。
【0051】
演算器63Fは、比例制御部63Bにより演算される第1のトルク指令値Tp1と、積分制御部63Cにより演算される第2のトルク指令値Tp2と、微分制御部63Dにより演算される第3のトルク指令値Tp3と、ダンピング制御部63Eにより演算される第4のトルク指令値Tp4とを取り込む。演算器63Fは、第1のトルク指令値Tp1と、第2のトルク指令値Tp2と、第3のトルク指令値Tp3とを加算するとともに、加算した値から第4のトルク指令値Tp4を減算することにより、転舵トルク指令値T を演算する。
【0052】
<横風などの外乱について>
このように構成した操舵装置2には、つぎのようなことが懸念される。すなわち、車両の走行中に強い横風が作用することがある。この場合、横風によって転舵輪6が転舵することにより車両が偏向するおそれがある。横風は、車両を偏向させる外乱である。車両の偏向が発生したとき、車両の運転者は、車両の偏向を解消するために、ステアリングホイール5を操舵することが想定される。しかし、たとえば、ピニオン角フィードバック制御部63が実行するフィードバック制御の応答性によっては、ステアリングホイール5を操舵しても、車両の偏向がすぐには解消されないおそれがある。
【0053】
<外乱に対処するための構成>
本実施の形態では、横風などの外乱に対処するために、ピニオン角フィードバック制御部63として、つぎの構成を採用している。
【0054】
図3に示すように、ピニオン角フィードバック制御部63は、車両偏向判定部63Gと、サーボ剛性制御部63Hとを有している。
車両偏向判定部63Gは、車両の走行中において、ステアリングホイール5の操舵状態、および車両の挙動に基づき、外乱による車両の偏向が発生しているかどうかを判定する。車両偏向判定部63Gは、車速センサ41を通じて検出される車速Vを取り込む。また、車両偏向判定部63Gは、横加速度センサ45を通じて検出される横加速度LA、またはヨーレートセンサ46を通じて検出されるヨーレートYRを取り込む。
【0055】
車両偏向判定部63Gは、たとえば、次式(1)が成立するとき、車両が走行中であると判定する。
V≧Vth …(1)
ただし、「V」は、車速センサ41を通じて検出される車速である。車速Vは、車両の挙動、すなわち車両の走行状態が反映される状態変数である。「Vth」は、車速しきい値であって、車両が走行中であるかどうかを判定する際の基準である。
【0056】
車両偏向判定部63Gは、車両の走行中に、つぎの式(2)または式(3)が成立するとき、横風などの外乱による車両の偏向が発生していると判定する。
LA≧LAth …(2)
ただし、「LA」は、横加速度センサ45を通じて検出される横加速度である。横加速度LAは、車両の挙動、すなわち車両の旋回状態が反映される状態変数である。「LAth」は、横加速度しきい値であって、車両の偏向が発生しているかどうかを判定する際の基準である。横加速度しきい値LAthは、固定値であってもよいし、所定の車速域ごとに異なる値に設定されてもよい。横加速度しきい値LAthは、たとえば、横風に対するシミュレーション、あるいは実機を使用した実験に基づき設定される。
【0057】
YR≧YRth …(3)
ただし、「YR」は、ヨーレートセンサ46を通じて検出されるヨーレートである。ヨーレートYRは、車両の挙動、すなわち車両の旋回状態が反映される状態変数である。「YRth」は、ヨーレートしきい値であって、車両の偏向が発生しているかどうかを判定する際の基準である。ヨーレートしきい値YRthは、固定値であってもよいし、所定の車速域ごとに異なる値に設定されてもよい。ヨーレートしきい値YRthは、たとえば、横風に対するシミュレーション、あるいは実機を使用した実験に基づき設定される。
【0058】
車両偏向判定部63Gは、車両の偏向が発生していないと判定されるとき、判定フラグF1の値を「0」にセットする。車両偏向判定部63Gは、車両の偏向が発生していると判定されるとき、判定フラグF1の値を「1」にセットする。
【0059】
サーボ剛性制御部63Hは、たとえば車両の走行状態に応じて、比例ゲイン、積分ゲイン、微分ゲイン、およびダンピングゲインを演算する。車両の走行状態は、たとえば、車速Vに反映される。サーボ剛性制御部63Hは、車両偏向判定部63Gによってセットされる判定フラグF1の値に応じて、比例ゲインG1、積分ゲインG2、微分ゲインG3、およびダンピングゲインG4の値を調整する。
【0060】
各ゲイン(G1~G4)は、ピニオン角フィードバック制御部63が実行するフィードバック制御の応答性に関する制御パラメータであるフィードバックゲインである。比例ゲインG1は、比例制御部63Bで使用される。積分ゲインG2は、積分制御部63Cで使用される。微分ゲインG3は、微分制御部63Dで使用される。ダンピングゲインG4は、ダンピング制御部63Eで使用される。
【0061】
サーボ剛性制御部63Hは、車両偏向判定部63Gによってセットされる判定フラグF1の値が「0」であるとき、すなわち、車両の偏向が発生していないと判定されるとき、各ゲイン(G1~G4)の値を、初期値に設定する。初期値は、サーボ剛性制御部63Hが車両の走行状態に応じて演算する各ゲイン(G1~G4)の値である。
【0062】
サーボ剛性制御部63Hは、車両偏向判定部63Gによってセットされる判定フラグF1の値が「1」であるとき、すなわち、車両の偏向が発生していると判定されるとき、比例ゲインG1、積分ゲインG2、微分ゲインG3、およびダンピングゲインG4の値を、初期値よりも大きい値に設定する。初期値に対する各ゲイン(G1~G4)の値の増加量は、製品仕様などによって決まる。
【0063】
サーボ剛性制御部63Hは、判定フラグF1の値が「1」であるとき、各ゲイン(G1~G4)の初期値に、所定の調整用ゲインを乗算することにより、車両偏向用設定値を演算する。調整用ゲインは、「1」よりも大きい値を有する。調整用ゲインは、たとえば「0.1」刻みで設定することが可能である。
【0064】
車両偏向用設定値は、比例ゲインG1の初期値に対する第1の車両偏向用設定値と、積分ゲインG2に対する第2の車両偏向用設定値と、微分ゲインG3に対する第3の車両偏向用設定値と、ダンピングゲインG4に対する第4の車両偏向用設定値とを含む。各車両偏向用設定値は、各ゲイン(G1~G4)の初期値よりも大きい値を有する。サーボ剛性制御部63Hは、判定フラグF1の値が「1」であるとき、すなわち、車両の偏向が発生しているとき、各ゲイン(G1~G4)の値を、初期値から車両偏向用設定値に切り替える。車両偏向用設定値と初期値との差が、初期値に対する各ゲイン(G1~G4)の値の増加量である。
【0065】
比例制御部63B、積分制御部63C、微分制御部63D、およびダンピング制御部63Eは、車両偏向判定部63Gによりセットされる判定フラグF1の値を取り込む。
各制御部(63B,63C、63D、63E)は、判定フラグF1の値が「0」であるとき、すなわち、車両の偏向が発生していないとき、サーボ剛性制御部63Hから各ゲイン(G1~G4)を取り込む。このとき取り込まれる各ゲイン(G1~G4)の値は、初期値を有する。各制御部(63B,63C、63D、63E)は、初期値を有する各ゲイン(G1~G4)を使用して、各トルク指令値(Tp1~Tp4)を演算する。
【0066】
各制御部(63B,63C、63D、63E)は、判定フラグF1の値が「1」であるとき、すなわち、車両の偏向が発生しているとき、サーボ剛性制御部63Hから各ゲイン(G1~G4)を取り込む。このとき取り込まれる各ゲイン(G1~G4)の値は、初期値よりも大きい車両偏向用設定値を有する。各制御部(63B,63C、63D、63E)は、車両偏向用設定値を有する各ゲイン(G1~G4)を使用して、各トルク指令値(Tp1~Tp4)を演算する。
【0067】
各ゲイン(G1~G4)の増加量に応じて、ピニオン角フィードバック制御部63が実行するフィードバック制御の応答性が向上する。すなわち、車両の偏向が発生しているとき、各ゲイン(G1~G4)の値を増加させることにより、サーボ剛性がより高くなる。このため、ステアリングホイール5の操舵状態に応じて、転舵輪6の転舵位置を、より迅速に、かつ、より正確に制御することが可能となる。
【0068】
<第1の実施の形態の作用および効果>
第1の実施の形態によれば、以下の作用および効果を得ることができる。
(1-1)走行中に車両の偏向が発生しているとき、車両の偏向が抑制されるように、ピニオン角フィードバック制御部63が実行するフィードバック制御におけるフィードバックゲイン、すなわち各ゲイン(G1~G4)の値が調整される。このフィードバックゲインの値の調整を通じて、車両の偏向を抑制することができる。
【0069】
(1-2)具体的には、車両の偏向が発生したとき、各ゲイン(G1~G4)の値が増加される。このため、ピニオン角フィードバック制御部63が実行するフィードバック制御の応答性が、より向上する。また、目標ピニオン角θ に対するピニオン角θの追従性が向上する。したがって、横風などの外乱による車両の偏向を抑えることができる。また、車両の走行中に強い横風などの外乱によって車両が偏向した場合、運転者は、ステアリングホイール5の操舵を通じて、車両の進行方向をすぐに修正することができる。すなわち、運転者は、ステアリングホイール5の操舵を通じて、横風などの外乱による車両の偏向を簡単に解消することができる。修正舵に伴う車両の蛇行も抑制される。
【0070】
(1-3)ピニオン角フィードバック制御部63は、フィードバックゲインの値を初期値よりも大きくなるように調整するだけでよい。具体的には、各ゲイン(G1~G4)の値を、初期値から、初期値よりも大きい値を有する車両偏向用設定値に切り替えるだけである。車両偏向用設定値は、各ゲイン(G1~G4)の初期値に、所定の調整用ゲインを乗算するだけで得られる。このため、横風などの外乱による車両の偏向に対して、より簡単に対処することができる。
【0071】
(1-4)車両の旋回状態が反映される状態変数(LA,YR)と、しきい値(LAth,YRth)との比較を通じて、横風による車両の偏向が発生しているかどうかを簡単に判定することができる。
【0072】
<第2の実施の形態>
つぎに、転舵制御装置の第2の実施の形態を説明する。本実施の形態は、基本的には、先の図1図3に示される第1の実施の形態と同様の構成を有している。したがって、第1の実施の形態と同一の部材および構成については同一の符号を付し、その詳細な説明を割愛する。
【0073】
車両が、カント路を走行する際にも、車両が偏向するおそれがある。カント路は、横断勾配を有する直線状の傾斜路、すなわち車両の進行方向に直交する車幅方向に傾斜する直線状の傾斜路である。横断勾配は、道路の路線直角方向の勾配である。車両がカント路を走行する際、車両がカント路の傾斜の影響を受けることにより、車両が前進するにつれてカント路の高さが低い側へ向かって徐々に下っていく。車両が受けるカント路の傾斜の影響は、車両を偏向させる外乱である。
【0074】
本実施の形態では、横風などの外乱に対処するために、ピニオン角フィードバック制御部63として、つぎの構成を採用している。
図4に示すように、車両偏向判定部63Gは、車速センサ41を通じて検出される車速Vと、トルクセンサ42を通じて検出される操舵トルクThと、横加速度センサ45を通じて検出される横加速度LAと、ヨーレートセンサ46を通じて検出されるヨーレートYRと、を取り込む。また、車両偏向判定部63Gは、操舵角演算部51により演算される操舵角θと、操舵角θを微分することにより得られる操舵角速度ωと、を取り込む。
【0075】
車両偏向判定部63Gは、車両偏向判定部63Gは、車速Vに応じた横加速度しきい値LAthを演算する。また、車速Vに応じたヨーレートしきい値YRthを演算する。
車両偏向判定部63Gは、つぎの式(4)~式(9)のすべてが成立するとき、カント路の走行に伴う車両の偏向が発生していると判定する。
【0076】
V≧Vth …(4)
ただし、「V」は、車速センサ41を通じて検出される車速である。「Vth」は、車速しきい値であって、車両が走行中であるかどうかを判定する際の基準である。
【0077】
LA≧LAth …(5)
ただし、「LA」は、横加速度センサ45を通じて検出される横加速度である。「LAth」は、横加速度しきい値であって、車両の偏向が発生しているかどうかを判定する際の基準である。横加速度しきい値LAthは、車両偏向判定部63Gにより演算される値である。
【0078】
YR≧YRth …(6)
ただし、「YR」は、ヨーレートセンサ46を通じて検出されるヨーレートである。「YRth」は、ヨーレートしきい値であって、車両の偏向が発生しているかどうかを判定する際の基準である。ヨーレートしきい値YRthは、車両偏向判定部63Gにより演算される値である。
【0079】
Th≦Thth …(7)
ただし、「Th」は、トルクセンサ42を通じて検出される操舵トルクである。操舵トルクThは、ステアリングホイール5の操舵状態が反映される状態変数である。「Thth」は、操舵トルクしきい値であって、たとえば車両が直進走行しているときの操舵トルクThを基準として設定される。操舵トルクしきい値Ththは、ステアリングホイール5の操舵中立位置を基準とする操舵量を判定する際の基準である。操舵中立位置は、車両の直進状態に対応するステアリングホイール5の回転位置である。
【0080】
θ≦θsth …(8)
ただし、「θ」は、操舵角演算部51により演算される操舵角である。操舵角θは、ステアリングホイール5の操舵状態が反映される状態変数である。「θsth」は、操舵角しきい値であって、たとえば車両が直進走行しているときの操舵角θを基準として設定される。操舵角しきい値θsthは、ステアリングホイール5の回転位置が操舵中立位置あるいは操舵中立位置の近傍位置であるかどうかを判定する際の基準である。
【0081】
ω≦ωsth …(9)
ただし、「ω」は、操舵角θを微分することにより得られる操舵角速度である。操舵角速度ωは、ステアリングホイール5の操舵状態が反映される状態変数である。「ωsth」は、操舵角速度しきい値であって、たとえば車両が直進走行しているときの操舵角速度ωを基準として設定される。操舵角速度しきい値ωsthは、ステアリングホイール5が操舵されているかどうかを判定する際の基準である。
【0082】
なお、操舵トルクTh、操舵角θ、および操舵角速度ωは、ステアリングホイール5の操舵状態が反映される第1の状態変数に相当する。操舵トルクしきい値Thth、操舵角しきい値θsth、および操舵角速度しきい値ωsthは、第1の状態変数に対する第1のしきい値に相当する。また、横加速度LA、およびヨーレートYRは、車両の旋回状態が反映される第2の状態変数に相当する。横加速度しきい値LAth、およびヨーレートしきい値YRthは、第2の状態変数に対する第2のしきい値に相当する。
【0083】
車両偏向判定部63Gは、式(7)~式(9)が成立するとき、車両の直進状態に対応したステアリングホイール5の操舵状態であると判定する。すなわち、車両偏向判定部63Gは、ステアリングホイール5の回転位置が操舵中立位置、あるいは操舵中立位置の近傍位置であって、しかもステアリングホイール5が操舵されていない状態であると判定する。車両偏向判定部63Gは、式(5),(6)が成立するとき、車両が旋回している状態であると判定する。
【0084】
車両偏向判定部63Gは、車両の直進状態に対応したステアリングホイール5の操舵状態であるにもかかわらず、横加速度しきい値LAth以上の横加速度LA、およびヨーレートしきい値YRth以上のヨーレートYRが発生しているとき、カント路の走行に伴う車両の偏向が発生していると判定する。
【0085】
車両偏向判定部63Gは、式(4)~式(9)のうち少なくとも1つが成立しないとき、カント路の走行に伴う車両の偏向が発生していないと判定する。車両偏向判定部63Gは、カント路の走行に伴う車両の偏向が発生していないと判定されるとき、各ゲイン(G1~G4)の値を初期値に維持するための処理を実行する。初期値は、サーボ剛性制御部63Hが車両の走行状態に応じて演算する各ゲイン(G1~G4)の値である。
【0086】
車両偏向判定部63Gは、カント路の走行に伴う車両の偏向が発生していないと判定されるとき、調整用ゲインG0の値を「1」に設定する。サーボ剛性制御部63Hは、各ゲイン(G1~G4)の初期値に調整用ゲインG0の値を乗算することにより、各制御部(63B,63C、63D、63E)が使用する最終的な各ゲイン(G1~G4)を演算する。調整用ゲインG0の値が「1」であるため、最終的な各ゲイン(G1~G4)の値は、サーボ剛性制御部63Hが車両の走行状態に応じて演算する各ゲイン(G1~G4)の値に維持される。
【0087】
車両偏向判定部63Gは、カント路の走行に伴う車両の偏向が発生していると判定されるとき、各ゲイン(G1~G4)の値を初期値よりも大きくするための処理を実行する。車両偏向判定部63Gは、調整用ゲインG0の値を「1」よりも大きい値に設定する。車両偏向判定部63Gは、たとえば車速Vに応じて、調整用ゲインG0の値を設定する。調整用ゲインG0は、たとえば「0.1」刻みで設定することが可能である。
【0088】
車両偏向判定部63Gは、調整用ゲインマップを使用して、調整用ゲインG0を演算する。調整用ゲインマップは、たとえば、つぎの第1の特性B1、第2の特性B2、および第3の特性B3のうちいずれか一つの特性を有する。調整用ゲインマップの特性は、製品仕様などによって決定される。
【0089】
B1.車速Vが速くなるほど、調整用ゲインG0の値が小さくなる。
B2.車速Vが速くなるほど、調整用ゲインG0の値が大きくなる。
B3.車速Vにかかわらず、調整用ゲインG0の値が同じである。
【0090】
サーボ剛性制御部63Hは、各ゲイン(G1~G4)の初期値に調整用ゲインG0の値を乗算することにより、各制御部(63B,63C、63D、63E)が使用する最終的な各ゲイン(G1~G4)を演算する。調整用ゲインG0の値が「1」よりも大きい値であるため、最終的な各ゲイン(G1~G4)の値は、サーボ剛性制御部63Hが車両の走行状態に応じて演算する初期値よりも大きい値に変更される。
【0091】
図5のグラフに示すように、各ゲイン(G1~G4)の値を増加させることは、角度偏差Δθに対する転舵トルク指令値T の傾きを増加させることである。傾きは、角度偏差Δθに対する転舵トルク指令値T の変化の割合である。このため、各ゲイン(G1~G4)の値、特に比例ゲインG1の値を増加させることにより、転舵トルク指令値T に対する角度偏差Δθの値が小さくなる。すなわち、同じ値の転舵トルク指令値T が演算されるために必要とされる角度偏差Δθの値が小さくなる。
【0092】
たとえば、図5に二点鎖線で示されるように、各ゲイン(G1~G4)の値が初期値に設定されている場合、角度偏差Δθが増加して第1の角度偏差Δθp1に至ったとき、所定の転舵トルク指令値Tp0 が演算される。これに対し、図5に実線で示されるように、各ゲイン(G1~G4)の値が初期値よりも大きい値に設定されている場合、角度偏差Δθが増加して第2の角度偏差Δθp2に至ったとき、所定の転舵トルク指令値Tp0 が演算される。第2の角度偏差Δθp2は、第1の角度偏差Δθp1よりも小さい値である。すなわち、より小さい角度偏差Δθに対して、より大きい値の転舵トルク指令値T が演算される。
【0093】
このため、各ゲイン(G1~G4)の増加量に応じて、ピニオン角フィードバック制御部63が実行するフィードバック制御の応答性が向上する。すなわち、車両の偏向が発生しているとき、各ゲイン(G1~G4)の値を増加させることにより、サーボ剛性がより高くなる。したがって、ステアリングホイール5の操舵状態に応じて、転舵輪6の転舵位置を、より迅速に、かつ、より正確に制御することが可能となる。
【0094】
<第2の実施の形態の作用および効果>
第2の実施の形態によれば、以下の作用および効果を得ることができる。
(2-1)車両の偏向が発生したとき、ピニオン角フィードバック制御部63が実行するフィードバック制御におけるフィードバックゲイン、すなわち各ゲイン(G1~G4)の値が増加される。このため、ピニオン角フィードバック制御部63が実行するフィードバック制御の応答性が、より向上する。また、目標ピニオン角θ に対するピニオン角θの追従性が向上する。したがって、カント路の走行に伴う車両の偏向を抑えることができる。また、カント路の走行に伴い車両が偏向した場合、運転者は、ステアリングホイール5の操舵を通じて、車両の進行方向をすぐに修正することができる。すなわち、運転者は、ステアリングホイール5の操舵を通じて、カント路の走行に伴う車両の偏向を簡単に解消することができる。修正舵に伴う車両の蛇行も抑制される。
【0095】
(2-2)ピニオン角フィードバック制御部63は、フィードバックゲイン、すなわち各制御部(63B,63C、63D、63E)が使用する各ゲイン(G1~G4)の値を、サーボ剛性制御部63Hが車両の走行状態に応じて演算する各ゲイン(G1~G4)の初期値よりも大きくなるように調整するだけでよい。具体的には、各ゲイン(G1~G4)の初期値に、「1」よりも大きい値を有する調整用ゲインG0を乗算するだけである。このため、カント路の走行に伴う車両の偏向に対して、より簡単に対処することができる。
【0096】
(2-3)ステアリングホイール5の操舵状態が反映される第1の状態変数(Th,θ,ω)と、第1のしきい値(Thth,θsth,ωsth)との比較、ならびに、車両の旋回状態が反映される第2の状態変数(LA,YR)と、第2のしきい値(LAth,YRth)との比較を通じて、カント路の走行による車両の偏向が発生しているかどうかを簡単に判定することができる。
【0097】
(2-4)車両の直進走行中に強い横風などの外乱に起因する車両の偏向にも対応することができる。
<他の実施の形態>
なお、各実施の形態は、つぎのように変更して実施してもよい。
【0098】
・第1の実施の形態において、車両の偏向判定において、必ずしも関係式(1),(2)、または関係式(1),(3)が成立する必要はない。車両偏向判定部63Gは、たとえば、関係式(2)または関係式(3)が成立するとき、車両の偏向が発生していると判定してもよい。関係式(2),(3)は、車両の挙動から、横風などの外乱による車両の偏向を判定するための条件である。
【0099】
・第2の実施の形態において、カント路の走行に伴う車両の偏向判定において、必ずしも関係式(4)~(9)のすべてが成立する必要はない。車両偏向判定部63Gは、たとえば、関係式(5)または関係式(6)、ならびに関係式(7)~関係式(9)のうち少なくとも1つが成立するとき、カント路の走行に伴う車両の偏向が発生していると判定してもよい。関係式(5),(6)は、車両の挙動からカント路の走行に伴う車両の偏向を判定するための条件である。関係式(7)~(9)は、ステアリングホイールの操舵状態から、カント路の走行に伴う車両の偏向を判定するための条件である。
【0100】
・第1および第2の実施の形態において、車速センサ41は、車輪速センサであってもよい。操舵制御装置1は、車輪速センサを通じて検出される車輪速に基づき車速Vを演算し、演算される車速Vを使用して各種の制御を実行する。
【0101】
・第1および第2の実施の形態において、積分制御部63Cを、つぎのように動作させてもよい。すなわち、判定フラグF1の値が「0」であるとき、すなわち、車両の偏向が発生していないとき、積分制御部63Cは動作を停止する。このとき、ピニオン角フィードバック制御部63は、いわゆるPD制御を実行する。これに対し、判定フラグF1の値が「1」であるとき、すなわち、車両の偏向が発生しているとき、積分制御部63Cは動作を開始する。このとき、ピニオン角フィードバック制御部63は、いわゆるPID制御を実行する。積分制御部63Cにより演算される第2のトルク指令値Tp2が転舵トルク指令値T に反映されることによって、転舵モータ31が、車両を偏向させるように作用する外力に抗うトルクを発生する。したがって、車両の偏向が発生しているとき、ピニオン角フィードバック制御部63が実行するフィードバック制御の応答性が向上する。また、角度偏差Δθが解消されやすくなるため、車両の偏向を抑えることができる。
【0102】
・第1および第2の実施の形態において、ピニオン角フィードバック制御部63として、ダンピング制御部63Eを割愛した構成を採用してもよい。この場合、演算器63Fは、比例制御部63Bにより演算される第1のトルク指令値Tp1と、積分制御部63Cにより演算される第2のトルク指令値Tp2と、微分制御部63Dにより演算される第3のトルク指令値Tp3とを加算することにより、転舵トルク指令値T を演算する。
【0103】
・第1および第2の実施の形態では、ピニオン角フィードバック制御部63が、車両偏向判定部63Gおよびサーボ剛性制御部63Hを有していた。しかし、転舵制御装置1Bが、車両偏向判定部63Gおよびサーボ剛性制御部63Hを有していればよい。
【符号の説明】
【0104】
1B…転舵制御装置
5…ステアリングホイール
6…転舵輪
21…ピニオンシャフト
31…転舵モータ
62…目標ピニオン角演算部
63…ピニオン角フィードバック制御部
63B…比例制御部
63C…積分制御部
63D…微分制御部
63F…演算器
63G…車両偏向判定部(判定部)
図1
図2
図3
図4
図5