(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024070295
(43)【公開日】2024-05-23
(54)【発明の名称】酸化タングステンナノ粒子を含む電極触媒
(51)【国際特許分類】
H01M 4/90 20060101AFI20240516BHJP
H01M 4/92 20060101ALI20240516BHJP
B01J 23/68 20060101ALI20240516BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20240516BHJP
【FI】
H01M4/90 B
H01M4/90 X
H01M4/92
B01J23/68 M
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022180666
(22)【出願日】2022-11-11
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業/共通課題解決型基盤技術開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100117226
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 俊一
(72)【発明者】
【氏名】杉本 渉
(72)【発明者】
【氏名】村松 佳祐
(72)【発明者】
【氏名】ムハンマド ファルーク
【テーマコード(参考)】
4G169
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
4G169AA03
4G169BA08A
4G169BA08B
4G169BB04A
4G169BB04B
4G169BC60A
4G169BC60B
4G169BC75A
4G169BC75B
4G169CC32
4G169DA06
4G169EA01X
4G169EA01Y
4G169EA02X
4G169EA02Y
4G169EB18X
4G169EB18Y
4G169EB19
4G169FA01
4G169FA06
4G169FB10
4G169FB30
4G169FC08
5H018AA06
5H018BB01
5H018BB06
5H018BB11
5H018BB12
5H018EE03
5H018EE05
5H018EE12
5H018HH01
5H018HH05
5H126BB06
(57)【要約】
【課題】固体高分子形燃料電池のアノード触媒として、アノードで生成される過酸化水素の発生を大幅に減少させることができる等の高い性能を示す、酸化タングステンナノ粒子を含む電極触媒を提供する。
【解決手段】酸化タングステンナノ粒子を白金担持カーボン(Pt/C)触媒の助触媒として混合した複合触媒により上記課題を解決した。酸化タングステンナノ粒子は平均粒径で2~100nmの範囲内であることが好ましく、白金担持カーボンと酸化タングステンナノ粒子との和に対する酸化タングステンナノ粒子の割合が2重量%以上10質量%の範囲内であることが好ましい。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化タングステンナノ粒子を白金担持カーボン触媒の助触媒として混合した複合触媒である、ことを特徴とする電極触媒。
【請求項2】
前記酸化タングステンナノ粒子が、平均粒径で2~100nmの範囲内である、請求項1に記載の電極触媒。
【請求項3】
前記白金担持カーボンと前記酸化タングステンナノ粒子との和に対する前記酸化タングステンナノ粒子の割合が2重量%以上10質量%の範囲内である、請求項1又は2に記載の電極触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池のアノード触媒として高い性能を示す、酸化タングステンナノ粒子を含む電極触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(「PEFC」と略す。)は、低温(100℃以下)で動作し、COとNOxを排出せず、エネルギー効率が高いことから、有望な再生可能エネルギー源として注目されている。PEFCでは、アノードは水素分子をプロトンと電子に変換し、カソードは酸素分子をプロトンと電子とH2Oに変換する。アノードで発生したプロトンは、パーフルオロスルホン酸(「PFSA」と略す。)からなる固体高分子電解質膜を介してカソードに運ばれる。プロトン伝導性の高い高分子電解質膜は、オーミック抵抗が小さく、プロトンや水の輸送能力が高いため、固体高分子形燃料電池の高性能化には欠かせない要素である。
【0003】
しかし、薄い膜は、熱的・機械的ストレスに弱く、ガス拡散障壁が低いという本質的な問題を抱えている。例えば、アノードではカソードから拡散したO2が反応しH2O2が形成される。H2O2は膜に浸透し、フェントン反応によりラジカル種(HO*,H*,HOO*)を生成し、PFSA鎖を攻撃し、固体高分子形電解質膜の性能低下を招き、PEFCの寿命を短縮させる。
【0004】
ラジカル種の攻撃による膜の劣化を軽減するための方法が種々提案されている。例えば、活性種を除去するための官能基の付与や無機酸化物などのラジカル捕捉剤の添加が提案されている。しかし、これらの方法は、固体高分子電解質膜の改質を伴うため、プロトン伝導性の低下や膜強度の低下など、膜性能を低下させるという懸念がある。
【0005】
固体高分子形電解質膜ではなく、電極触媒の改質により過酸化水素の生成を抑制する試みもある。本研究で添加物として扱う酸化タングステン(WO3)は、酸性環境下で安定であり、可逆的に結晶構造中にプロトン挿入/脱離することができる。Ptが共存する環境では、Pt上に吸着した水素(Had)が速やかにWO3に移動し、HxWO3の形成が促進されることが知られている(水素スピルオーバー効果)。さらに、WO3は、燃料電池の助触媒及び触媒担体として検討されており、水素酸化反応(HOR)を促進し、アノードでのPtのCO耐性を向上させ、安定性を向上させることができることが報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】P.Y. Olu, T. Ohnishi, Y. Ayato, D. Mochizuki, W. Sugimoto, Electrochem Commun, 71 (2016) 69-72.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
固体高分子形燃料電池(PEFC)の寿命を決定する重要な要因の一つは、カソードからのクロスオーバー酸素を介してアノードで生成される過酸化水素による膜劣化である。本発明者は、こうした課題を解決するため、上記したWO3粒子に着目し、WO3粒子が水素アノード触媒のHOR性能及びH2O2生成速度に及ぼす影響について検討した。
【0008】
本発明の目的は、固体高分子形燃料電池のアノード触媒として高い性能を示す、WO3ナノ粒子を含む電極触媒を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る電極触媒は、WO3ナノ粒子をPt/C(白金担持カーボン)触媒の助触媒として混合した複合触媒である、ことを特徴とする。
【0010】
この発明によれば、WO3ナノ粒子をPt/C触媒の助触媒として混合した複合触媒としたことにより、アノードで生成される過酸化水素の生成速度を大幅に減少させることができ、さらに、温度が上昇した場合に過酸化水素の生成をさらに減少させることができ、膜劣化を防ぐことができる新しい電極触媒として期待できる。
【0011】
本発明に係る電極触媒において、前記WO3ナノ粒子が、平均粒径で2~100nmの範囲内である。
【0012】
本発明に係る電極触媒において、前記Pt/Cと前記WO3ナノ粒子との和に対する前記WO3ナノ粒子の割合が2重量%以上10質量%の範囲内である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、固体高分子形燃料電池のアノード触媒として高い性能を示す、WO3ナノ粒子を含む電極触媒を提供することができる。特に、アノードで生成される過酸化水素の発生を大幅に減少させることができ、さらに、温度が上昇した場合に過酸化水素の生成をさらに減少させることができ、膜劣化を防ぐことができる新しい電極触媒として期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】WO
3ナノ粒子の透過型電子顕微鏡(TEM)像(A)と粒径分布(B)。
【
図2】市販Pt/C及びWO
3+Pt/CのCOストリッピングボルタモグラム。
【
図3】純H
2飽和0.1M HClO
4中及び10%空気/H
2飽和0.1M HClO
4中におけるHORの対流ボルタモグラム。
【
図4】Pt/C及びWO
3+Pt/CのH
2O
2生成電流密度の電位依存性の結果。測定条件は、25℃及び40℃で10%空気/H
2飽和0.1M HClO
4中である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る電極触媒について詳しく説明するが、本発明は、その技術的範囲に含まれる範囲において下記の説明に限定されない。
【0016】
本発明に係る電極触媒は、WO3ナノ粒子をPt/C(白金担持カーボン)触媒の助触媒として混合した複合触媒であることに特徴がある。こうした電極触媒により、アノードで生成される過酸化水素の発生を大幅に減少させることができ、さらに、温度が上昇した場合に過酸化水素の生成をさらに減少させることができる。こうした電極触媒は、膜劣化を防ぐことができる電極触媒として期待できる。
【0017】
WO3は、市販品でも製造品でもよく、特に限定されない。後述の実施例では、沈殿法で得たものを熱分解して得ている。具体的には、タングステン酸ナトリウム二水和物とシュウ酸を用い、酸性条件下でWO3ナノ粒子を合成し、その後熱処理を行って得た。WO3ナノ粒子は、平均粒径が2~100nm程度であることが好ましい。より好ましい平均粒径は、製造容易性及び入手容易性の観点から、25~75nm程度である。
【0018】
白金担持カーボンについても市販品でも製造品でもよく、特に限定されない。後述の実施例では、市販の白金担持カーボンを使用している。
【0019】
電極触媒は、白金担持カーボンとWO3ナノ粒子との和に対するWO3ナノ粒子の割合が2重量%以上10質量%の範囲内であることが好ましい。なお、白金担持カーボンは、例えば特開2011-134477号公報に記載の従来公知のものを適用できる。
【実施例0020】
以下の実験により、本発明をさらに具体的に説明する。
【0021】
[材料]
タングステン酸ナトリウム二水和物(Na2WO4・H2O)、塩酸(HCl)、シュウ酸(H2C2O4)、テトラブチルアンモニウムヒドロキシド(TBAOH)及びHClO4については、市販試薬を準備した。Pt/Cは、田中貴金属工業社のTEC10E50E、47mass%Pt)を準備した。溶液の調製には、超純水を使用した。
【0022】
[WO3ナノ粒子の合成]
WO3ナノ粒子の合成は、先ず、タングステン酸ナトリウム二水和物(15mM)及びシュウ酸(0.33M)の水溶液100mLを調製し、その後、塩酸(6M)を氷水浴で冷やしながら32mL滴下した。得られた溶液を室温で30分間撹拌した後、ステンレス製オートクレーブに移し、98℃で18時間水熱処理を行った。冷却した後、遠心分離して得られた粉末を水とエタノールで数回洗浄し、60℃のオーブンで一晩乾燥させた。さらに、空気雰囲気中で、1.5時間、300℃の熱処理を施し、WO3ナノ粒子を得た。
【0023】
[WO3+Pt/Cの調製]
Pt/Cに対して5.7質量%WO3となるように秤量し、乳鉢と乳棒で粉砕して混合物を調製した。
【0024】
[電極の調製]
グラッシーカーボン(GC)をディスク電極とし、多結晶Ptをリング電極とする回転リングディスク電極(RRDE)を用いた。GCディスク電極の面積は0.247cm2、リング電極の補足率は37%であった。RRDEのGC電極上にPt重量で11μg/cm2となるように担持した。
【0025】
[電気化学的特性の測定]
電気化学的特性は、3電極式セルを用い、25℃、40℃、60℃にて測定した。対極には炭素繊維を、参照電極には可逆水素電極(RHE)を使用した。
【0026】
WO3の添加による水素スピルオーバー効果をCOストリッピングボルタンメトリーにより確認した。HORは対流ボルタンメントリーにより評価した。純H2飽和0.1M HClO4中及び10%空気/H2飽和0.1M HClO4中で、回転数1600rpm、5mV/sで0~0.20V vs.RHEまで走査した。評価温度は25℃、40℃、60℃とした。HORは、「1/I=1/IK+1/IL」の式によって速度論支配電流(IK)を決定し、電極面積で規格化することによって速度論支配電流密度(jK)を算出した。ここで、Iは0.02V vs.RHEでの観測電流、ILは限界電流である。HORの質量活性(MA)はIをPt重量で規格化した。HOR中にディスク電極で生成したH2O2は、1.20V vs.RHEに保持したPtリング電極で検出した。H2O2の生成速度j(H2O2)は、10%空気/H2飽和0.1M HClO4中のリング電流密度jc(10%空気/H2)から、純H2飽和溶液下で得られたリング電流密度jc(10%H2)をバックグラウンドとして差し引き、補足率で補正し、算出した。
【0027】
[形態、構造解析]
TEMより、WO
3ナノ粒子の形態を評価した。
図1は、TEM像(A)とWO
3粒子約100個の粒径分布(B)を示したものである。平均粒径(d
TEM)は30nmであった。
【0028】
XRD分析より、合成したWO3は単一相の単斜晶WO3であることを確認した。Scherrer式より平均結晶子サイズは約7nmと算出した。
【0029】
[COストリッピングボルタンメトリー]
図2のCOストリッピングボルタモグラムに示すように、Pt/Cでは約0.65V vs.RHEからCOの電解酸化が開始し、0.85Vに明瞭なピークを持つ。一方、WO
3+Pt/Cは、CO酸化開始電位がより低い電位からから始まっている。0.80V vs.RHEのメインピークの前に0.30V~0.50V vs.RHEの間にプレピークが見える。このプレピークは、弱く吸着したCOの酸化によるものであり、メインピークは、強くCOの酸化に対応するものであると考えられる。これらの観察結果は非特許文献1に示されているように、PtからWO
3への水素スピルオーバー(H
xWO
3の形成)の証左と解釈できる。
【0030】
[HOR活性]
図3は、25℃で測定した純H
2飽和0.1M HClO
4中と、10%空気/H
2飽和0.1M HClO
4中における対流ボルタモグラムである。ディスク電極を0~0.20V vs.RHEまで走査した。Pt/CのHOR電流は0V vs.RHEから始まり、0.06V vs.RHE付近で拡散限界(I
L)に達した。WO
3+Pt/Cでも同様な傾向が得られた。Pt/CのMAは0.85A/mg
Ptであり、WO
3+Pt/Cは0.92A/mg
Ptとなり、同程度のHORが得られた。40℃、60℃でも同様な傾向が得られた。これらのことから、WO
3はPt/CのHORを阻害していないことがわかった。
【0031】
図4は、25℃及び40℃で10%空気/H
2飽和0.1M HClO
4中におけるPt/C及びWO
3+Pt/CのH
2O
2生成電流密度の電位依存性の結果である。Pt/Cに比べてWO
3+Pt/Cのj(H
2O
2)は減少し、この結果は高温(40℃、60℃)でも一貫している。WO
3の存在下では、Pt表面に吸着した原子状水素(H
UPD:Underpotentially Deposited Hydrogen)がWO
3に向かってスピルオーバーし、安定なタングステンブロンズ(H
xWO
3)を形成する。これによりH
OPD(Overpotentially Deposited Hydrogen)が形成しにくくなると考えられ、結果としてO
2分子とH
OPDの反応から生成されるH
2O
2の生成速度が遅くなると考えられる。
【0032】
また、
図4から、j(H
2O
2)は温度の上昇とともに減少することがわかる。電解質膜の劣化速度は温度によって著しく増加することが報告されている。高温での電解質膜の劣化の加速は、ラジカル分解反応の速度定数の増加が、H
2O
2の生成速度の減少より大きいと解釈できる。