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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024070420
(43)【公開日】2024-05-23
(54)【発明の名称】マグネシウム基合金伸展材
(51)【国際特許分類】
   C22C 23/00 20060101AFI20240516BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240516BHJP
   C22F 1/06 20060101ALN20240516BHJP
【FI】
C22C23/00
C22F1/00 604
C22F1/00 612
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694B
C22F1/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022180897
(22)【出願日】2022-11-11
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】染川 英俊
(72)【発明者】
【氏名】大澤 嘉昭
(72)【発明者】
【氏名】シン アロック
(57)【要約】
【課題】優れた引張降伏強度特性を維持しながら、降伏異方性を低減させることができるMg基合金伸展材を提供する。
【解決手段】In、Ge、及びGaの3種類の元素のうち少なくとも1種類以上を含み、残部がMgと不可避的成分からなるMg基合金伸展材であって、In、Ge、及びGaのうち含有されている元素の含有量が0.03mol%以上、1mol%以下である室温強度に優れたMg基合金伸展材を提供する。
In、Ge、及びGaの3種類の元素のうち少なくとも1種類以上に加えて、Mn、又はBiの2種類の元素のうちいずれかを含み、前記5種類の元素の含有量が、0.03mol%以上、In、Ge、及びGaの含有量が1.0mol%以下である室温強度に優れたMg基合金伸展材を提供する。
前記伸展材は、引張試験によって得られる降伏応力が200MPa以上であり、圧縮試験によって得られる降伏応力との比が0.6以上を示すことを特徴とする。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg-Amol%Xからなり、残部がMgと不可避的不純物からなるMg基合金伸展材であって、
ここで、XはIn、Ge、Gaのうちいずれか一種類以上の元素であって、
Aの値は、0.03mol%以上、1mol%以下であるMg基合金伸展材。
【請求項2】
請求項1に記載のMg基合金伸展材であって、Mg-Amol%X-Bmol%Zからなり、残部がMgと不可避的不純物からなるMg基合金伸展材であって、
ここで、XはIn、Ge、Gaのうちいずれか一種類以上の元素であり、ZはMn、又はBiのいずれかの元素であって
Aの値は、0.03mol%以上、1mol%以下であり、
AとBの関係は、B≧Aであって、Aの上限値はBの上限値に対して1.0倍以下であり、Bの下限値は0.03mol%以上であるMg基合金伸展材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のMg基合金伸展材であって、前記Mg基合金伸展材の結晶粒界に、Mg以外の元素が偏析しているMg基合金伸展材。
【請求項4】
請求項1から3に記載のMg基合金伸展材であって、前記Mg基合金伸展材のMg母相の平均結晶粒サイズが20μm以下であるMg基合金伸展材。
【請求項5】
請求項1から4に記載のMg基合金伸展材であって、Mg基合金伸展材の初期ひずみ速度:1x10-3s-1以上の室温引張試験によって得られる応力-ひずみ曲線図において、降伏応力が200MPa以上、破断伸びが15%以上であるMg基合金伸展材。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載のMg基合金伸展材であって、Mg基合金伸展材の初期ひずみ速度:1x10-3s-1以上で、同じ初期ひずみ速度の室温引張と圧縮試験によって得られる降伏応力の比(=圧縮降伏応力÷引張降伏応力)、すなわち、降伏異方性が0.6以上であるMg基合金伸展材。
【請求項7】
請求項1から5のいずれかに記載のMg基合金伸展材であって、Mg基合金伸展材の初期ひずみ速度:1x10-5s-1以下の室温圧縮試験において、圧縮ひずみが0.5以上付与できるMg基合金伸展材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、室温強度に優れ、降伏異方性が低減されたマグネシウム(Mg)基合金伸展材に関する。
【背景技術】
【0002】
Mg合金は、次世代の軽量金属材料として注目されている。構造部材として使用する場合、安全性・信頼性を確保するため、強度特性に優れた素材や部材の開発が望まれている。金属冶金学において、結晶粒サイズの微細化は、強度の向上に効果的な手法として古来より活用されている。特に、Mgは、その結晶構造(=六方晶構造)に起因し、他金属に比べてHall―Petch係数が大きいため(非特許文献1)、結晶粒サイズ微細化による高強度化への効果が大きい。また、強度改善に関する別の手法として、Mg以外の元素を一種類以上添加し、合金化することもよく認知されて実験している。とりわけ、母金属との原子半径差が大きな元素であるほど、改善の効果が大きく、Mg合金では、希土類金属を添加することが最も有効である。しかしながら、希土類元素の使用は、素材価格が高騰するため、経済的観点からは好ましくはない。
【0003】
汎用元素に目を向けると、アルミニウムと亜鉛を含有したMg-Al-Zn:AZ系合金や、亜鉛とジルコニウムを含有したMg-Zn-Zr:ZK系合金が流通している。これらのMg合金に対し、結晶粒サイズの微細化を目的として、熱処理をともなう伸展加工を付与し、強度の改善を図っている。この伸展加工時に、底面が加工方向に平行に配向し、底面集合組織を形成する。そのため、結晶粒サイズ微細化に起因し、「引張」強度は改善するものの、「圧縮」強度は引張強度の半分程度であり、応力付与方向によって降伏応力が変化する降伏異方性を示す問題を抱えている。通常、金属材料の塑性変形は、転位が変形を担うが、Mgの場合、c軸に対して圧縮応力が付与されると、転位運動よりも小さな応力で変形双晶を形成する。この塑性変形機構の違いが、降伏異方性を引き起こし、Mg伸展材の扱いを制限している要因でもある。
【0004】
この様な背景のなかで、発明者らは、一種類のみの溶質元素を添加させることに着目し、Mg基合金の高強度化について調査し、研究を行った。その研究結果に基づいて、希土類元素又は汎用元素であるCa,Sr,Ba,Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Dr,Tm,Yb,Luのうち一種類の元素を微量に含有させ、結晶粒が微細化している強度特性に優れた微細結晶粒Mg合金を特許文献1に開示している。この合金の高強度化は、添加した溶質元素が結晶粒界に偏析することが主要因である。
【0005】
また、特許文献2では、14.5mass%以下のSnが含有され、Mg母相の平均粒径が10μm以下で、Mg母相を取り囲む結晶粒界のうち、平均粒径が2μm以下の亜結晶粒界(小角粒界)の割合が多数を占めることで、室温強度特性に優れたMg基合金を開示している。高密度に亜結晶粒界を導入する前記知見を、3.5~11mass%のAlが含有されるMg基合金にも展開できることを見出し、特許文献3に開示している。特許文献2や3に開示するMg基合金は、優れた強度だけでなく、亜結晶粒界の存在に起因し、圧縮降伏応力と引張降伏応力との降伏異方性が低減することも特徴としている。
【0006】
また、特許文献4には、二種類以上の溶質元素を添加したMg基合金について、CaとZnを固溶量以内で含有し、CaとZnがMgのc軸方向に対して平行に偏析していることを特徴とする高強度Mg基合金も開示されている。
【0007】
Mnを含有するMg基合金に関しても、発明者らは鋭意調査し、研究を行った。その研究結果に基づいて、1mol%以下のMnを含有し、Mg母相内に変形双晶が存在する破壊靭性に優れたMg合金を特許文献5に開示している。特許文献6では、Mg母相のサイズが5μm以下で、0.07~2mass%のMnを含有した室温延性に優れたMg基合金を開示している。これらの合金は、破断伸びが100%程度を示し、変形に及ぼす粒界すべりの寄与率の指標であるm値が0.1以上を示すことを特徴としている。また、成形性の指標として、応力低下度を用い、その値が0.3以上を示すことを特徴としている。また、特許文献7では、Mg-Amol%Mn-Bmol%Xからなり、Aは0.03~1mol%、BはAの1倍以下であり、Bi、Sn、Zrを含有し、公称ひずみを0.2以上付与しても破断しない室温延性に優れたMg基合金を開示している。しかし、これらの特許文献5~7は、破壊靱性や室温延性に関する改善に関するものであり、強度特性の改善については、記載、開示されていない。
【0008】
Mgに対して添加されるMn元素は、溶解時に鉄(Fe)やシリコン(Si)と結合し、不純物元素除去元素として使用されることがほとんどである。Mnを主元素(筆頭元素)として含有するMg合金について、延性能が付与されることは知られている(特許文献6、7、非特許文献2、3)。これは、Mn元素の添加によって、粒界すべりが活性化されることによる。また、Mg-Mn系合金の強度や延性に関しては、Mg-Mn-X三元系合金として非特許文献4、5に報告例がある。Xは、Al、Bi、Li、Sn、Y、Zn、Zrである。BiやLi、Zr元素の添加は高強度化の効果が乏しいが、延性能改善の効果が大きい。他方、Al、Sn、Y、Znは逆の様相を示し、強度向上に優れるものの、延性を劣化させる。これらの報告例より、添加元素:Xは強度または延性のどちらかの特性改善に効果があるものの、強度・延性の両方を兼備することは難しい。また、三元系以上の合金になると、金属間化合物を形成することがあるため、強度や延性に対する元素機能が不明であり、従来の固溶強化理論などを適応させることは難しい。勿論、研究歴史が浅く、研究報告例がないMnを主元素とした合金において、第三元素を添加した場合、これらの元素が強度や延性に効果があるかは不明である。
【0009】
一方、Mgに対して0.03mol%以上固溶できる他元素に着目すると、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、ゲルマニウム(Ge)が存在する。Inを含有するMg基合金が特許文献8~10、Geを含有するがMg基合金が特許文献10、Gaを含有するMg基合金が特許文献11と12に、それぞれ開示されている。
【0010】
特許文献8では12mol%未満、特許文献9では40mol%のInが含有することを特徴とするMg基合金が開示されている。しかし,それぞれ、リサイクル性や減衰性の改善を主眼とするため、伸展加工による強度、延性の効果については、記載されていない。また、特許文献10は、0.5mass%以上、2mass%以下のGeと0.5mass%以上、2mass%以下のInが含有する耐食性に優れた三元系Mg基合金とその製造方法について開示している。前記特許文献8、9と同じく、伸展加工に関する記載がなく、強度と延性、異方性低減の効果は不明である。また、Gaが含有した特許文献11は、1.26~2.6mass%Mnと2~4.2mass%のGaが含有したステント用Mg基合金が開示されている。435~835℃で押出加工を必要とするが、Mgの融点を鑑みると、伸展加工温度が高く、作業安全性の観点から危険である。一方で、Liと3~8.5mass%のGaが含有し、強度特性に優れたMg基合金が特許文献12に開示されている。この特許文献では、伸展加工は任意とされているが、強度特性を発現する主因子は、Mg-Ga-Li三元析出相の時効硬化であるため、伸展加工およびGa添加による強化の寄与は開示されていない。これら先行特許文献より、In、Ge、Ga元素添加による強度、延性や異方性低減の効果は不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2006‐16658号公報
【特許文献2】特許第6080067号公報
【特許文献3】特許第5561592号公報
【特許文献4】特許第5787380号公報
【特許文献5】特許第6587174号公報
【特許文献6】特許第6648894号公報
【特許文献7】特許第6860235号公報
【特許文献8】CN101967590
【特許文献9】特開63-270441号公報
【特許文献10】CN111394631
【特許文献11】CN113718145
【特許文献12】CN110983135
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】K. Kubota et al., J. Mater. Sci., 34 (1999) pp.2255-2265.
【非特許文献2】H. Somekawa et al., Philo. Mag. 96 (2016) pp.2671-2685.
【非特許文献3】H. Somekawa et al., Mater. Sci. Eng., A730 (2018) pp.355-362.
【非特許文献4】H. Somekawa et al., Mater. Sci. Eng., A766 (2019) 138384.
【非特許文献5】H. Somekawa et al., Metal. Mater. Trans., 53A (2022) pp.1110-1118.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、In、Ge、及びGaの3種類の元素のうち少なくとも1種類以上が添加された室温強度に優れ、降伏異方性が低減されたMg基合金伸展材を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第1は、Mg-Amol%Xからなり、残部がMgと不可避的不純物からなるMg基合金伸展材であって、ここで、XはIn、Ge、Gaのうちいずれか一種類以上の元素であって、Aの値は、0.03mol%以上、1mol%以下であるMg基合金伸展材を提供する。
【0015】
本発明の第2は、Mg-Amol%X-Bmol%Zからなり、残部がMgと不可避的不純物からなるMg基合金伸展材であって、ここで、XはIn、Ge、Gaのうちいずれか一種類以上の元素であり、ZはMn、又はBiのいずれかの元素であって、Aの値は、0.03mol%以上、1mol%以下であり、AとBの関係は、B≧Aであって、Aの上限値はBの上限値に対して1.0倍以下であり、Bの下限値は0.03mol%以上であるMg基合金伸展材を提供する。
【0016】
本発明の第3は、発明1または2に記載のMg基合金伸展材であって、前記Mg基合金伸展材の結晶粒界に、Mg以外の元素が偏析しているMg基合金伸展材を提供する。
本発明の第4は、発明1から3に記載のMg基合金伸展材であって、前記Mg基合金伸展材のMg母相の平均結晶粒サイズが20μm以下であるMg基合金伸展材を提供する。
【0017】
本発明5は、発明1から4に記載のMg基合金伸展材であって、Mg基合金伸展材の初期ひずみ速度:1x10-3s-1以上の室温引張試験によって得られる応力-ひずみ曲線図において、降伏応力が200MPa以上、破断伸びが15%以上であるMg基合金伸展材を提供する。
本発明6は、発明1から5に記載のMg基合金伸展材であって、Mg基合金伸展材の初期ひずみ速度:1x10-3s-1以上で、同じ初期ひずみ速度の室温引張と圧縮試験によって得られる降伏応力の比(=圧縮降伏応力÷引張降伏応力)、すなわち、降伏異方性が0.6以上であるMg基合金伸展材を提供する。
本発明7は、発明1から5に記載のMg基合金伸展材であって、Mg基合金伸展材の初期ひずみ速度:1x10-5s-1以下の室温圧縮試験において、圧縮ひずみが0.5以上付与できるMg基合金伸展材を提供する。
【発明の効果】
【0018】
上記の本発明によれば、室温強度(降伏応力)が高く、降伏異方性が低減されたMg基合金伸展材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】Mg-3mass%Al-1mass%Zn合金押出材の室温引張、圧縮試験によって得られる公称応力-公称ひずみ曲線である。
図2A】電子線後方散乱回折法によって取得した実施例の微細組織観察像で、Mg-0.3mol%Ge合金押出材を示している。
図2B】電子線後方散乱回折法によって取得した実施例の微細組織観察像で、Mg-0.3mol%Ga合金押出材を示している。
図3A】透過型電子顕微鏡によって取得した実施例:Mg-0.3mol%In合金押出材の微細組織観察像で、STEM-BF像を示している。
図3B】透過型電子顕微鏡によって取得した実施例:Mg-0.3mol%In合金押出材の微細組織観察像で、In―L線を示している。
図4A】透過型電子顕微鏡によって取得した実施例:Mg-0.3mol%Mn-0.1mol%Ga合金押出材の微細組織観察像で、STEM-BF像を示している。
図4B】透過型電子顕微鏡によって取得した実施例:Mg-0.3mol%Mn-0.1mol%Ga合金押出材の微細組織観察像で、Ga―L線を示している。
図4C】透過型電子顕微鏡によって取得した実施例:Mg-0.3mol%Mn-0.1mol%Ga合金押出材の微細組織観察像で、Mn―K線を示している。
図5】実施例の押出材に関する室温引張試験によって得られる公称応力-公称ひずみ曲線である。
図6】実施例の押出材に関する室温圧縮試験によって得られる公称応力-公称ひずみ曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の効果を得るためのMg基合金素材は、Mg-Amol%X、または、Mg-Amol%X-Bmol%Zからなり、X=In、Ga、Geの3元素の群から選択される一種類以上の元素が選択されている。また、ZはMnまたはBiのうちいずれか、または、両方を選択されていれば良い。AとBの関係は、B≧Aであり、Bの値は、好ましくは2mol%以下、より好ましくは1.5mol%以下、さらに好ましくは1.0mol%以下である。Bの値が2mol%を超える場合、母相内に高密度のα-Mn粒子やα-Bi粒子が析出し、変形中に早期破断を引き起こす。Aの下限値は、0.03mol%であり、好ましくは0.1mol%、より好ましくは0.3mol%である。Aの上限値は、Bの上限値に対して1.0倍以下が好ましく、0.9倍以下がより好ましく、0.8倍以下がさらに好ましい。Bの下限値は、0.03mol%である。ここで、0.03mol%は不可避的不純物と添加元素との境界を定める値である。Mg基合金素材の原料として、リサイクルMg基合金を用いる場合には、各種の合金元素が予め含まれている可能性があるため、Mg基合金素材の原料として用いる場合に、通常含まれるような含有量を排除するためである。不可避的不純物に含まれる元素には、例えばFe、Si、Cu(銅)、Ni(ニッケル)がある。
【0021】
伸展加工後のMg基合金伸展材は、Mg母相の平均結晶粒サイズが、20μm以下であることが好ましい。より好ましくは、15μm以下、さらに好ましくは10μm以下である。結晶粒サイズの測定は、G0551 JIS規格に基づいた切片法を使用することが好ましい。結晶粒サイズが微細な場合や、結晶粒界が不鮮明な場合、切片法の使用が困難であるため、透過型電子顕微鏡によって得られる明視野像や電子線後方散乱回折像を用いて、測定してもよい。ここで、結晶粒サイズが20μmより粗大な場合、バルク内に占める結晶粒界の体積が低減し、塑性変形中に生じる転位を阻害する障壁(=結晶粒界)が少なくなり、強度は低くなる傾向にある。もちろん、平均結晶粒サイズを20μm以下に維持できるのであれば、熱間加工後に、ひずみ取り焼鈍などの熱処理を行ってもよい。
【0022】
結晶粒界への溶質元素の偏析の有無は、透過型電子顕微鏡に付帯する元素分析装置、または、高分解能電子顕微鏡によるZコントラストを活用することが望ましい。これらの観察により、結晶粒界にIn、Ge、Gaのいずれか一種類以上、または、Mn、または、Mnと前記三種類の元素のうち一種類以上が偏析する。ここで、粒界部における当該元素濃度が母相の濃度と比較して、10%以上高い値を示す場合、粒界偏析と定義する。
【0023】
また、MnまたはBi、および、両方を添加した伸展材のMg母相内および結晶粒界には、α-Mn粒子、α-Bi粒子、及びMnまたはBiと結合した金属間化合物粒子が分散する。これらの分散粒子は、圧縮時降伏応力の向上に寄与し、降伏異方性の低減を引き起こす。分散粒子のサイズは、0.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは、0.25μm以下、さらに好ましくは0.1μm以下である。また、Mg母相と結晶粒界に分散する粒子の割合(=体積率)は、好ましくは10%、より好ましくは7.5%、さらに好ましくは5%以下である。0.5μmを超える粗大な粒子が分散する場合、これらの粗大粒子と母相界面が剥離しやすく、微小き裂の起点となり、早期破断を引き起こす可能性がある。微細な粒子であっても、体積率が10%を超えるような高密度に分散する場合、転位運動の障壁となり延性低下の要因となる。また、高密度にα-Mn粒子が分散する場合、添加したMn元素は、α-Mn粒子やMnと結合した金属間化合物粒子の析出に費やされ、Mnが結晶粒界に偏析しにくくなる問題もある。
なお、金属間化合物粒子には、MgとMnまたはBiと結合した金属化合物粒子、MnまたはBiと前記X(In、Ge、Ga)が結合した金属間化合物粒子以外に、Mgと前記Xが結合した金属間化合物粒子、前記X同士が結合した金属間化合物粒子もあり、本明細書では、これらを含めて「金属間化合物粒子」という。α-Mn粒子、α-Bi粒子、金属間化合物粒子の存在は、XRDを用いて確認することができ、粒子径や体積率は光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡を用いた微細組織観察から計測することができる。
【0024】
室温におけるMg基合金伸展材の強度は、室温引張試験によって取得される公称応力と公称ひずみ曲線から算出する。強度をはじめとする力学特性は、試験速度に影響を受けやすいため、1x10-3 s-1の初期ひずみ速度によって得られた公称応力と公称ひずみ曲線とする。なお、強度が試験速度に影響を受ける場合、試験速度の高速化にともない強度は上昇する傾向にある。そのため、汎用試験速度であり、準静的試験速度域内、かつ、最小試験速度を想定し、上記初期ひずみ速度を設定した。
【0025】
図1に、比較例であるMg-3mass%Al-1mass%Zn:通称AZ31押出材によって、室温引張試験から得られた公称応力と公称ひずみ曲線を示す。図1に示す引張試験時の応力―ひずみ曲線では、降伏後、わずかな加工硬化を示した後、公称ひずみが0.2程度に到達した時に破断に至っている。降伏応力は、JIS Z2241に基づき、弾性域で得られる直線の傾きを公称ひずみ0.2%オフセット時の値で算出する。本発明では、算出された引張時の降伏応力が200MPaを超えることが好ましく、250MPa以上であることがより好ましく、300MPa以上であることがさらに好ましい。降伏応力が200MPa以下の場合、汎用Mg基合金伸展材と同等である。また、破断伸びも弾性域で得られる直線の傾きを用いて算出し、15%を超えることが好ましく、20%以上であることがより好ましく、25%以上であることがさらに好ましい。破断伸びが15%以下の場合、汎用Mg基合金伸展材と同等である。なお、破断伸びは、引張試験後の試料を用いた突き合わせ法によって計測してもよい。
【0026】
降伏異方性は、1x10-3 s-1の初期ひずみ速度の引張、圧縮試験によって得られる降伏応力を使用し、算出する。すなわち、圧縮降伏応力を引張降伏応力によって除した値を降伏異方性とし、好ましくは0.6超、より好ましくは0.7以上、さらに好ましくは0.75以上である。降伏異方性が0.6以下では、汎用Mg合金伸展材と同等である。
【0027】
また、圧縮試験において、Mg合金伸展材の変形は、変形双晶が支配的であることが多い。この場合、降伏応力や破断伸びは変形速度に影響を受けにくく、優れた圧縮変形能を得ることが難しい。そのため、圧縮試験の初期ひずみ速度を1x10-3 s-1から1x10-5 s-1に遅くしても破断伸びの改善効果は乏しい。
【実施例0028】
(実施例1)
市販の純In(99.9mass%)と市販の純Mg(99.98mass%)を使用し、目標含有量が0.3mol%Inとなるように調整し、鉄製るつぼを用いてMg-In合金鋳造材を溶製した。なお、溶製条件は、Ar雰囲気にて、溶解温度は700℃、溶解保持時間を5分とした。鋳造は、直径50mm、高さ200mmの鉄製鋳型を用いて行った。その後、鋳造材を500℃、24時間にて溶体化処理した。
【0029】
溶体化処理後の鋳造材を、機械加工により、直径40mm、長さ40mmの円柱押出ビレットに加工した。加工後のビレットを120℃に設定したコンテナ内で30分間保持した後、押出比25:1にて押出による熱間ひずみ付与加工を行い、直径8mmで長さ500mm以上の形状の実施例1に係るMg-0.3In合金のMg基合金伸展材(以下、Mg基合金伸展材を押出材と称す。)を作製した。実施例1では押出温度Tを120℃としたところ、平均結晶粒サイズdは2.3μmであった。
【0030】
実施例2から8、比較例2に記載する各種押出材は、以下に記載するとおり作製した。なお、添加元素としてMnを使用する場合は、市販の純Mn(99.9mass%)と市販の純MgによってMg-Mn母合金を作製した。添加元素としてGeとGaを使用する場合は、母合金を作製せず、市販の純金属を用いた。各添加元素は、目的組成となるように調整し、鉄製るつぼにて各種鋳造材を溶製した。その後、溶体化処理条件(温度と時間)や円柱押出ビレット寸法、押出加工時の押出比と保持時間は、前記と同じ条件で各種押出材を作製した。押出温度Tは表1に示すとおりである。
【0031】
(実施例2)
Inの目標含有量を0.3mol%から0.1mol%となるように変更し、Mnの目標含有量を0.3mol%となるように調整し、鉄製るつぼを用いてMg-0.3Mn-0.1In合金鋳造材を溶製した。実施例2では押出温度Tを189℃としたところ、平均結晶粒サイズdは1.9μmであった。
【0032】
(実施例3~4)
Geの目標含有量が0.3mol%となるように調整し、鉄製るつぼを用いてMg-Ge合金鋳造材を溶製した。実施例3では押出温度Tを144℃としたところ、平均結晶粒サイズdは3.1μmであった。実施例4では押出温度Tを168℃としたところ、平均結晶粒サイズdは4.7μmであった。
【0033】
(実施例5)
Geの目標含有量を0.3mol%から0.1mol%となるように変更し、Mnの目標含有量を0.3mol%となるように調整し、鉄製るつぼを用いてMg-0.3Mn-0.1Ge合金鋳造材を溶製した。実施例5では押出温度Tを196℃としたところ、平均結晶粒サイズdは1.7μmであった。
【0034】
(実施例6)
Gaの目標含有量が0.3mol%となるように調整し、鉄製るつぼを用いてMg-Ga合金鋳造材を溶製した。実施例6では押出温度Tを188℃としたところ、平均結晶粒サイズdは4.3μmであった。
【0035】
(実施例7~8)
Gaの目標含有量を0.3mol%から0.1mol%となるように変更し、Mnの目標含有量を0.3mol%と0.6mol%となるように各々調整し、鉄製るつぼを用いて、実施例7ではMg-0.3Mn-0.1Ga合金鋳造材を溶製した。実施例7では押出温度Tを196℃としたところ、平均結晶粒サイズdは1.7μmであった。
実施例8ではMg-0.6Mn-0.1Ga合金鋳造材を溶製した。実施例8では押出温度Tを237℃としたところ、平均結晶粒サイズdは2.0μmであった。
【0036】
各種押出材の微細組織は、光学顕微鏡および電子線後方散乱回折法により観察し、母材の平均結晶粒サイズは、切片法によって求め、表1にまとめている。図2は、電子線後方散乱回折法によって取得した実施例の微細組織観察像で、図2AはMg-0.3mol%Ge合金押出材、図2BはMg-0.3mol%Ga合金押出材を示している。黒線は隣接する結晶の方位差角が15度以上である大角粒界である。黒線で囲まれる領域が一つの結晶粒であり、平均結晶粒サイズは4.3μm、3.1μmと求まる。また、実施例いずれの押出材においても、平均結晶粒サイズは、10μm以下である。
【0037】
一部の押出材については、透過型電子顕微鏡(TEM)に付帯するEDS分析を活用し、Mg以外の粒界偏析について観察した。
図3は、透過型電子顕微鏡によって取得した実施例:Mg-0.3mol%In合金押出材の微細組織観察像で、図3AはSTEM-BF(明視野走査透過電子顕微鏡:Bright-Field Scanning Transmission Electron Microscopy)像、図3BはIn―L線を示している。図3BのIn元素に関するマッピング像では結晶粒界が明瞭であり、In元素が粒界に偏析していることが確認できる。In―L線の特性X線のエネルギー(keV)は、例えばLαについて3.286keV、Lβ1について3.487keVとなっている。
【0038】
図4は、Mg-0.3mol%In合金押出材とMg-0.3mol%Mn-0.1mol%Ga合金押出材の微細組織観察例で、図4AはSTEM-BF像、図4BはGa―L線、図4CはMn―K線を示している。図4では、Ga、Mn元素に関するマッピング像の結晶粒界が明瞭であり、Ga、Mn元素がそれぞれ粒界に偏析していることが確認できる。Ga―L線の特性X線のエネルギー(keV)は、例えばLαについて1.098keV、LIabについて1.303keVとなっている。Mn―K線の特性X線のエネルギー(keV)は、例えばKαについて3.312keV、Kβについて3.589keVとなっている。
【0039】
Mg基合金押出材から採取した試験片について、初期ひずみ速度が、1x10-3 s-1で室温引張、圧縮試験を行った。引張試験は、平行部長さ10mm、平行部直径2.5mmからなる丸棒試験片、圧縮試験は、直径4mm、高さ8mmからなる円柱試験片を用いた。全ての試験片は、押出方向に対して、平行方向から採取した。典型的な引張公称応力と公称ひずみ曲線を図5に示し、表1にまとめている。いずれの押出材の引張降伏応力は200MPaを超え、破断伸びは25%を超え、優れた強度、延性特性を示すことが分かる。図6は、典型的な圧縮公称応力と公称ひずみ曲線である。圧縮降伏応力も200MPaを超え、引張降伏応力を圧縮降伏応力で除した降伏異方性は、0.93、0.83と求まり、0.6を超えることが確認できる。
【0040】
また、Mg-0.3mol%In合金押出材とMg-0.3mol%Ge合金押出材を対象として、1x10-5 s-1の初期ひずみ速度の室温圧縮試験では、破断伸びがいずれも50%以上を示す。
【0041】
【表1】
【0042】
(比較例1)
商業用マグネシウム合金(Mg-3mass%Al-1mass%Zn:通称AZ31)押出材を用いて、室温引張と圧縮試験を行い、得られた公称応力とひずみ曲線を図1に示している。いずれも前記の実施例と同じ試験片寸法、試験条件である。引張時の降伏応力は200MPa、破断伸びは15%、圧縮時の降伏応力は120MPaであり、降伏異方性は0.6である。
(比較例2)
実施例と同じ手順で溶製した鋳造材を使用し、押出温度を変更したこと以外は同一条件で押出材を作製した。光学顕微鏡観察像を基に切片法で計測した平均結晶粒サイズを表1に列記する。押出温度に起因し、実施例の押出材と比較して、大きな結晶粒サイズであることが分かる。また、室温引張と圧縮試験を行い、得られた結果を表1にまとめている。引張時の降伏応力は144MPa、破断伸びは19.5%、圧縮時の降伏応力は93MPaである。降伏異方性は0.65であるが、降伏強度に優れているとは言い難い。なお、試験片寸法、試験条件は、いずれも前記の実施例と同じである。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明のMg基合金は、優れた室温強度特性を示し、降伏異方性が小さいことから、三次元等方変形能を有する。そのため、自動車をはじめとする移動用部材への適応が考えられる。また、汎用元素の微量添加と希土類元素を用いていないため、従来の希土類添加Mg合金と比較して素材の価格を低減することが可能である。

図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図5
図6