(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024070537
(43)【公開日】2024-05-23
(54)【発明の名称】運動機能評価装置、運動機能評価方法、運動機能評価システム、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/11 20060101AFI20240516BHJP
【FI】
A61B5/11 230
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022181094
(22)【出願日】2022-11-11
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(71)【出願人】
【識別番号】518280309
【氏名又は名称】医療法人社団健育会
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(74)【代理人】
【識別番号】100165847
【弁理士】
【氏名又は名称】関 大祐
(72)【発明者】
【氏名】仰木 裕嗣
(72)【発明者】
【氏名】榊原 時生
【テーマコード(参考)】
4C038
【Fターム(参考)】
4C038VA04
4C038VB11
4C038VB12
4C038VC01
4C038VC05
(57)【要約】
【課題】被験者の対象部位の速度増加が求められる課題においてその運動機能を正しく評価する。
【解決手段】運動機能評価装置は、所定時間間隔で測定された被験者の対象部位の位置座標に基づいて対象部位の躍度の実測値を求める躍度実測部と、この位置座標に基づいて躍度最小モデルにより対象部位の躍度の推定値を求める躍度推定部と、躍度の実測値と躍度の推定値の類似度を算出する類似度算出部を備える。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定時間間隔で測定された被験者の対象部位の位置座標に基づいて、前記対象部位の躍度の実測値を求める躍度実測部と、
前記位置座標に基づいて、躍度最小モデルにより前記対象部位の躍度の推定値を求める躍度推定部と、
前記躍度の実測値と前記躍度の推定値の類似度を算出する類似度算出部を備える
運動機能評価装置。
【請求項2】
前記類似度算出部は、動的時間伸縮法により前記躍度の実測値と前記躍度の推定値の類似度を算出する
請求項1に記載の運動機能評価装置。
【請求項3】
前記類似度算出部は、
動的時間伸縮法により前記躍度の実測値の時系列データと前記躍度の推定値の時系列データのタイムワーピング距離(Dtw)を求め、
前記躍度の実測値の最大値と最小値の差の絶対値を求め、
前記タイムワーピング距離を前記絶対値で除した値(mDtwq)を前記類似度とする
請求項2に記載の運動機能評価装置。
【請求項4】
前記躍度実測部と前記躍度推定部は、三次元空間の前後方向(x軸方向),上下方向(y軸方向),及び左右方向(z軸方向)における少なくともいずれか1つ以上の方向の前記対象部位の位置座標に基づいて、前記対象部位の躍度の実測値と前記対象部位の躍度の推定値をそれぞれ求める
請求項1に記載の運動機能評価装置。
【請求項5】
前記躍度実測部と前記躍度推定部は、少なくとも前記前後方向(x軸方向)の前記対象部位の位置座標に基づいて、前記対象部位の躍度の実測値と前記対象部位の躍度の推定値をそれぞれ求める
請求項4に記載の運動機能評価装置。
【請求項6】
前記類似度算出部が算出した前記類似度を記憶する記憶部と、
前記記憶部に記憶されている第1時点における前記類似度とその後の第2時点における前記類似度を比較することにより、前記対象部位の運動機能の変化を評価する評価部をさらに備える
請求項1に記載の運動機能評価装置。
【請求項7】
所定の運動課題を試行する被験者の対象部位の位置座標を所定時間間隔で測定する工程と、
前記位置座標に基づいて前記対象部位の躍度の実測値を求める工程と、
前記位置座標に基づいて躍度最小モデルにより前記対象部位の躍度の推定値を求める工程と、
前記躍度の実測値と前記躍度の推定値の類似度を算出する工程を含む
運動機能評価方法。
【請求項8】
前記運動課題は、ボックスアンドブロックテストである
請求項7に記載の運動機能評価方法。
【請求項9】
所定時間間隔で測定された被験者の対象部位の位置座標に基づいて、前記対象部位の加速度の実測値を求める加速度実測部と、
前記位置座標に基づいて、躍度最小モデルにより前記対象部位の加速度の推定値を求める加速度推定部と、
前記加速度の実測値と前記加速度の推定値の類似度を算出する類似度算出部を備える
運動機能評価装置。
【請求項10】
所定の運動課題を試行する被験者の対象部位の位置座標を所定時間間隔で測定する工程と、
前記位置座標に基づいて前記対象部位の加速度の実測値を求める工程と、
前記位置座標に基づいて躍度最小モデルにより前記対象部位の加速度の推定値を求める工程と、
前記加速度の実測値と前記加速度の推定値の類似度を算出する工程を含む
運動機能評価方法。
【請求項11】
前記被験者の対象部位の位置座標を所定時間間隔で測定する測定装置と、
前記測定装置が測定した前記位置情報が入力される、請求項1又は請求項9に記載の運動評価装置を備える
運動機能評価システム。
【請求項12】
コンピュータを請求項1又は請求項9に記載に記載の運動評価装置として機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検者の運動機能を評価するための装置、方法、システム、及びプログラムに関する。具体的に説明すると、本発明は、例えば脳卒中の上肢機能障害に対する臨床評価に用いられる運動機能評価技術に関する。
【背景技術】
【0002】
脳卒中により生じる運動機能障害をはじめとする様々な症状は、脳卒中患者の生活に長期的な影響を及ぼすことが知られている。脳卒中の運動障害は、筋出力の低下に加えて、痙縮や姿勢コントロール障害、共同運動パターンなどの様々な要因が複雑に関与する。脳卒中後の上肢機能の変化に関しては、病前のパターンの再獲得による回復か、大体的な運動パターンによる代償かを判別する必要がある。これらの判別は、適切な介入を選択する上でも重要となる。
【0003】
現在、脳卒中の上肢機能障害に対する臨床評価は様々なものが開発され普及している。しかし、従来の臨床評価は定量化された離散的な点数の変化を捉えられる一方で、点数の変化が生じた要因について言及することは困難であるとされている。そこで、上肢機能障害の分析に動作解析を用いることが提案されている。例えば、これまでには、モーションキャプチャなどを用いた様々な動作解析が行われており、関節角度や、上肢の変位、体幹の変位を、運動の滑らかさを指標とする技術が提案されてきた。
【0004】
例えば、特許文献1には、手先等を予め設定された始点から終点まで制限時間内に移動させるフィードフォワード運動を被験者に行わせ、その躍度の大きさを運動全体によって加算して、その運動全体の滑らかさの度合いを評価する方法が開示されている。この評価方法では、運動全体における手先の躍度の大きさ加算値が小さいほど滑らかな動きであると評価されることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、本発明者らは、脳卒中の上肢機能評価の一つであるボックスアンドブロックテスト(以下「BBT」という。)を対象に動作解析を行っている。BBTは、所定時間(一般的には1分間)のうち、敷居の対側へ移動させたブロックの個数が点数となるテスト方式である。BBTは、被験者の物品の操作能力の評価が可能であり、かつ実施が容易で迅速に遂行できることから、脳卒中患者の上肢機能を評価するテストとして世界的に採用されている。
【0007】
BBTは、所定時間内に出来る限り多くのブロックを運搬する必要があることから、手先の速度増加が求められる課題である。このため、BBTにおいては、運動全体における手先の躍度の大きさの加算値が小さいほど動きが滑らかであることにはならない。従って、上記した特許文献1に開示されたような評価方式では、BBTの被験者の運動機能を正しく評価することができないという問題があった。
【0008】
そこで、本発明は、BBT等の被験者の対象部位の速度増加が求められる課題において、その運動機能を正しく評価できる技術を提案することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の発明者らは、上記目的を達成する手段について鋭意検討した結果、BBT等の課題において物品を運んでいる期間(以下「運搬相」という。)の手先の移動軌跡は、速度増加が求められる擬似的なのリーチング動作の連続として捉えることができ、リーチング動作で提唱されている躍度最小モデルによって運動を表現できるという知見を得た。そして、本発明者らは、各運搬相における被験者の手先の躍度の実測値と躍度最小モデルにより求められる手先の躍度の推定値とを比較してそれらの類似度を算出することで、BBT等の課題においても被験者の運動機能を正しく評価できるようになるということに想到し、本発明を完成させた。
【0010】
本発明の第1の側面は、躍度に基づく運動評価装置である。前提として、本発明に係る運動評価装置は、BBTのような被験者の対象部位の速度増加が求められる課題の実行中に、被験者の運動機能を評価する用途に適している。なお、このような課題はBBTに限られず、例えばSTEF(Simple Test for Evaluating Hand Function)やARAT(Action Research Arm Test)といった上肢機能評価テストであってもよい。
【0011】
本発明に係る運動評価装置は、躍度実測部、躍度推定部、及び類似度算出部を備える。躍度実測部は、所定時間間隔で測定された被験者の対象部位の位置座標に基づいて、対象部位の躍度の実測値を求める。ここにいう位置情報は、三次元の位置情報であることが好ましいが、二次元の位置情報であってもよいし、一次元のみであってもよい。躍度推定部は、同じく所定時間間隔で測定された被験者の対象部位の位置座標に基づいて、躍度最小モデルにより対象部位の躍度の推定値を求める。類似度算出部は、ここで求めた躍度の実測値と躍度の推定値の類似度を算出する。類似度の算出方法は、後述のとおり時系列データ同士の類似度を算出する際に用いられる動的時間伸縮法(DTW:Dynamic Time Warping)を採用することが特に好ましいが、その他、ユークリッド距離法やマンハッタン距離法等の2点間の距離を測定する際に用いられる公知の方法を採用することも可能である。
【0012】
躍度最小軌道は、対象部位の動作の始点と終点が観測された時点で唯一定まる数学的に最も滑らかな軌道である。躍度最小モデルでは、その躍度最小軌道から三階微分を施した躍度が、被験者の対象部位の躍度の理想値として推定される。従って、被験者の対象部位の躍度の実測値と躍度最小モデルによって求められる躍度の推定値との類似度を算出することで、BBT等のような対象部位の速度増加が求められる課題においても被験者の運動機能を正しく評価することができる。このように躍度最小モデルとの類似度を動作の滑らかさの指標とすることは、本発明者らにより見出された新たな知見である。
【0013】
本発明に係る運動機能評価装置において、類似度算出部は、動的時間伸縮法(DTW)により躍度の実測値と躍度の推定値の類似度を算出することが好ましい。DTWは、時系列データ同士の類似度を測るための手法であり、2つの時系列データ(波形)の各点サンプル値間の距離を総当たりで計算し、全パターンのうち距離が最小となる組合せを特定してそれを類似度とする。また、DTWを用いることで、発症直後、治療中、治療後などといった異なる段階における患者の手先軌道同士を比較できるという利点がある。具体的に説明すると、例えばBBTを異なる段階で実施した場合、発症直後では動きが遅く、正確ではなく、また1回の試行にかかる時間が長いが、リハビリが進むと、動きの速度、正確性、及び試行時間が改善される。この様な場合に、発症直後の段階の軌道とリハビリが進んだ段階の軌道とを比較することも可能となる。さらに、DTWは、2つの試行で得られた軌道のどこが似ていて、どこが異なっているのかという比較を定量化することもできる。例えば、リハビリ後の軌道は、前半部分では未だ発症時の軌道と同じパターンを示しているが、後半部分は異なるパターンを示しており、変化が見られるという結論を得ることができる。このように、DTWによれば、例えば発症直後、治療中、治療後と徐々に改善している様子を把握することができる。
【0014】
本発明に係る運動機能評価装置において、類似度算出部は、動的時間伸縮法により躍度の実測値の時系列データと躍度の推定値の時系列データのタイムワーピング距離(Dtw)を求め、躍度の実測値の最大値と最小値の差の絶対値を求め、タイムワーピング距離をこの絶対値で除した値(mDtwq)を類似度とするとすることが好ましい。BBTは、リーチング動作とは異なり、手先の速度増加が求められる課題であり、速度の増加に伴って躍度も増加する。そのため、各運搬相のタイムワーピング距離(Dtw)を各運搬相の躍度の実測値の最大値と最小値の差の絶対値で除して正規化すると良い。これにより、mDtwqの値が小さいほど手先等の対象部位の動作が滑らかであることを示すこととなる。なお、1回の試行に対象部位の反復動作(運搬相)が複数回含まれる場合、全ての運搬相のmDtwqを算出し、その中央値を各試行の代表値として抽出することとしてもよい。
【0015】
本発明に係る運動機能評価装置において、躍度実測部と躍度推定部は、三次元空間の前後方向(x軸方向),上下方向(y軸方向),及び左右方向(z軸方向)における少なくともいずれか1つ以上の方向の対象部位の位置座標に基づいて、対象部位の躍度の実測値と対象部位の躍度の推定値をそれぞれ求めることが好ましい。詳しくは後述するように、BBTの点数と運搬相の各軸におけるmDtwqとの間には、前後方向(x軸方向)及び上下方向(y軸方向)で強い負の相関、左右方向(z軸方向)で中等度の負の相関が認められる。このため、x軸、y軸、z軸はいずれも重要な評価指標であるといえる。特に、従来、被験者の前後方向(x軸方向)の動作は余分な動きであると考えられ、主に上下方向(y軸方向)及び左右方向(z軸方向)の動作が着目されていたが、前後方向(x軸方向)の動作におけるmDtwqもBBTの点数と強い負の相関を示す。この点も、本発明者らにより見出された新たな知見である。従って、躍度実測部と躍度推定部は、少なくとも前後方向(x軸方向)の対象部位の位置座標に基づいて、対象部位の躍度の実測値と対象部位の躍度の推定値をそれぞれ求めることが特に好ましい。
【0016】
本発明に係る運動機能評価装置は、記憶部と評価部をさらに備えることが好ましい。記憶部は、類似度算出部が算出した躍度の実測値と前記躍度の推定値の類似度を記憶する。評価部は、記憶部に記憶されている第1時点における類似度とその後の第2時点における類似度を比較することにより、対象部位の運動機能の変化を評価する。これにより、被験者の運動機能が改善傾向にあるのか、または停滞や改悪傾向にあるのかを簡易的に評価できる。
【0017】
本発明の第2の側面は、コンピュータを前述した第1の側面に係る運動評価装置として機能させるためのプログラムである。このプログラムは、CD-ROM等の記憶媒体に格納されたものであってもよいし、インターネットを介してダウンロード可能なものであってもよいし、あるいはコンピュータにプリインストールされたものであってもよい。
【0018】
本発明の第3の側面は、躍度に基づく運動機能評価システムである。第3の側面に係るシステムは、被験者の対象部位の位置座標を所定時間間隔で測定する測定装置と、測定装置が測定した位置情報が入力される運動機能評価装置を備える。この運動機能評価装置は、前述した第1の側面に係るものである。
【0019】
本発明の第4の側面は、躍度に基づく運動機能評価方法である。第4の側面に係る運動機能評価方法では、まず、所定の運動課題を試行する被験者の対象部位の位置座標を所定時間間隔で測定する(第1工程)。次に、この位置座標に基づいて対象部位の躍度の実測値を求める(第2工程)。次に、この位置座標に基づいて躍度最小モデルにより対象部位の躍度の推定値を求める(第3工程)。最後に、躍度の実測値と躍度の推定値の類似度を算出する(第4工程)。本発明に係る運動機能評価方法において、運動課題は、ボックスアンドブロックテスト(BBT)であることが特に好ましい。
【0020】
本発明の第5の側面は、加速度に基づく運動機能評価装置である。前述した躍度は、位置情報(具体的には位置情報の変位)を時間で三階微分することにより求められるが、この位置情報を二階微分したものが加速度である。躍度は、単位時間当たりの加速度の変化率であるのに対して、加速度は、単位時間あたりの速度の変化率である。本発明者らの研究によると、前述した手先の躍度だけでなく、手先の加速度についてもBBTの点数と相関があることが明らかになっている。従って、前述した躍度に基づく運動機能評価装置や運動機能評価方法は、加速度にまで拡張することが可能である。具体的に説明すると、第5の側面に係る運動機能評価装置は、加速度実測部、加速度推定部、及び類似度算出部を備える。加速度実測部は、所定時間間隔で測定された被験者の対象部位の位置座標に基づいて、対象部位の加速度の実測値を求める。加速度推定部は、所定時間間隔で測定された被験者の対象部位の位置座標に基づいて、躍度最小モデルにより対象部位の加速度の推定値を求める。類似度算出部は、加速度の実測値と加速度の推定値の類似度を算出する。
【0021】
本発明の第6の側面は、コンピュータを前述した第5の側面に係る運動評価装置として機能させるためのプログラムである。このプログラムは、CD-ROM等の記憶媒体に格納されたものであってもよいし、インターネットを介してダウンロード可能なものであってもよいし、あるいはコンピュータにプリインストールされたものであってもよい。
【0022】
本発明の第7の側面は、加速度に基づく運動機能評価システムである。第7の側面に係るシステムは、被験者の対象部位の位置座標を所定時間間隔で測定する測定装置と、測定装置が測定した位置情報が入力される運動機能評価装置を備える。この運動機能評価装置は、前述した第5の側面に係るものである。
【0023】
本発明の第8の側面は、加速度に基づく運動機能評価方法である。第8の側面に係る運動機能評価方法では、まず、所定の運動課題を試行する被験者の対象部位の位置座標を所定時間間隔で測定する(第1工程)。次に、この位置座標に基づいて対象部位の加速度の実測値を求める(第2工程)。次に、この位置座標に基づいて躍度最小モデルにより対象部位の加速度の推定値を求める(第3工程)。最後に、加速度の実測値と加速度の推定値の類似度を算出する(第4工程)。本発明に係る運動機能評価方法において、運動課題は、ボックスアンドブロックテスト(BBT)であることが特に好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、BBT等の被験者の対象部位の速度増加が求められる課題においても、その運動機能を正しく評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】
図1は、本発明に係る運動機能評価システムの全体構成を示した模式図である。
【
図2】
図2は、本発明の第1の実施形態に係る運動機能評価システムを示したブロック図である。
【
図3】
図3は、BBTのやり方を示した模式図である。
【
図4】
図4は、本発明の第1の実施形態に係る運動機能評価方法を示したフロー図であって、動作の滑らかさを表す指標であるmDtw
qを算出するための工程を示している。
【
図5】
図5は、健常者と脳卒中患者のmDtw
qの一例を示している。
【
図6】
図6は、BBTの点数と運搬相の躍度に基づくmDtw
qとの間の相関を示している。
【
図7】
図7は、本発明の第1の実施形態に係る運動機能評価方法を示したフロー図であって、動作の滑らかさの変化の傾向を評価するための工程を示している。
【
図8】
図8は、本発明の第2の実施形態に係る運動機能評価システムを示したブロック図である。
【
図9】
図9は、BBTの点数と運搬相の加速度に基づくmDtw
qとの間の相関を示している。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を用いて本発明を実施するための形態について説明する。本発明は、以下に説明する形態に限定されるものではなく、以下の形態から当業者が自明な範囲で適宜変更したものも含む。
【0027】
図1は、本発明に係る運動機能評価システム100の全体構成を示している。また、
図2は、本発明の第1の実施形態に係る運動機能評価システム100の機能構成例を示している。
図1及び
図2に示されるように、運動機能評価システム100は、一又は複数の測定装置10と運動機能評価装置20を備える。測定装置10は、被験者の上肢や手先などの対象部位の位置情報を取得するための装置である。運動機能評価装置20は、測定装置10によって測定された対象部位の位置情報を分析する。測定装置10と運動機能評価装置20は、互いに有線又は無線にて接続されており、本システム00は測定装置10が測定した位置情報が運動機能評価装置20へと入力されるように構成されている。
【0028】
測定装置10の代表例は、光学式モーションキャプチャ用のカメラである。例えば、被験者の上肢や手先などの対象部位に複数のマーカを取り付けておき、このカメラによってこのマーカの位置を所定時間間隔でトラッキングすればよい。この場合、被験者に取り付けられたマーカを多角的に撮影できるように、カメラは複数台設けることが好ましい。具体的には、カメラの台数は2台以上とすることがよく、特に被験者の前後方向、左右方向、及び上下方向からマーカを別の角度で撮影できるように、カメラの台数の4台~8台とすることが好ましい。このような構成によれば、被験者に取り付けられた複数のマーカの三次元の位置情報を精度良く特定することができる。また、測定装置10は、被験者の対象部位の位置情報を所定時間間隔で特定する。位置情報の測定周期は、例えば50~120Hzであることが好ましく、60~100Hzとすることが特に好ましい。
【0029】
ただし、被験者に取り付けられたマーカの位置情報を特定できれば、カメラの台数は1台であってもよい。例えば、被験者の正面側に1台のカメラを設置し、このカメラの撮影画像に含まれるマーカの色(彩度等)を解析することによって、マーカの三次元の位置情報を特定することも可能である。また、1台のカメラからの画像ではマーカの三次元の位置情報を特定することが困難であれば、マーカの位置情報は二次元とすることとしてもよいし、また一次元のみとすることも可能である。また、マーカレスモーションキャプチャ技術を採用して、被験者にマーカを取り付けずに、被験者の対象部位の位置情報を特定することも可能である。
【0030】
また、測定装置10は、カメラに限られない。例えば、レーザ光をスキャニングして反射光により検出物までの距離を測定する三次元測域センサ(LiDAR)を用いて、被験者の対象部位やそこに取り付けられたマーカの三次元位置情報を特定することとしてもよい。また、被験者に向かって超音波を照射し、そこで反射した超音波を受信することによって、被験者の対象部位の位置情報を特定することも可能である。また、被験者の対象部位自体にジャイロセンサと加速度センサを含む慣性センサを取り付けて、このセンサから得られた情報に基づいて対象部位の三次元の位置情報を特定することも可能である。
【0031】
運動機能評価装置20は、測定装置10によって測定された位置情報を解析するためのコンピュータである。運動機能評価装置20は、
図2に示されるように、中央処理部21、記憶部22、入力部23、及び出力部24を有する。
【0032】
中央処理部21は、測定装置10によって測定された被験者の対象部位の位置情報に基づいて、被験者の運動機能を評価するための演算処理を行うための要素である。中央処理部21は、基本的に、プロセッサとメインメモリから構成される。プロセッサの例は、CPUやGPUである。プロセッサは、メインメモリに格納されたプログラムに従って所定の演算処理を行い、その演算結果をメインメモリの作業空間に書き出しながら各種の処理を実行する。メインメモリは、例えばRAM(Random Access Memory)等の揮発性メモリから構成され、上記したプロセッサによる演算処理に利用される。
【0033】
記憶部22は、主に中央処理部21の演算処理に用いられるデータを記憶するための要素(ストレージ)である。また、記憶部22には、中央処理部21での処理に用いられるプログラムが記憶されていてもよい。すなわち、記憶部22に記憶されているプログラムが、中央処理部21のメモリに展開され、プロセッサはこのメモリ内のプログラムに基づいて所定の処理を実行する。記憶部22は、主にROM(Read Only Memory)等の不揮発性メモリから構成される。記憶部22には、例えば中央処理部21での演算結果が記憶される。また、中央処理部21は、記憶部22に記憶された演算結果を読み出すことができる。
【0034】
入力部23は、測定装置10からの信号を受け取るための入力インターフェースである。例えば、入力部23は外部バスを介して各測定装置10と接続されている。入力部23は、測定装置10から受け取った信号を中央処理部21へと伝達する。中央処理部21は、この測定装置10からの信号に基づいて被験者の対象部位の位置情報を特定することとなる。なお、測定装置10と運動機能評価装置20とが無線によって接続されている場合、この入力部23は測定装置10と無線通信を行うための通信モジュールとすればよい。例えば、測定装置10と運動機能評価装置20はWi-Fi(登録商標)やBluetooth(登録商標)といった公知の無線通信規格によって無線通信するものであってもよい。
【0035】
出力部24は、主に中央処理部21の演算結果を出力するための要素である。出力部24の例は、ディスプレイ及びスピーカである。ディスプレイとしては、公知の液晶ディスプレイや有機ELディスプレイを採用することができる。その他、出力部24は、プロジェクタやプリンタであってもよい。
【0036】
続いて、中央処理部21の詳細な演算処理について、被験者がBBTを試行する場合を例に挙げて具体的に説明する。
図3は、本発明におけるBBTのやり方を模式的に示している。
図3に示されるように、BBTでは、被験者の正面側の手が届く範囲に、仕切り板で仕切られた2つのボックスを配置し、一方のボックスの中に複数のブロックを収納しておく。そして、所定時間内(具体的には1分間)に一方のボックスから他方のボックスへ移すことのできたブロックの数を点数とする。各ボックスの寸法は290(L)×290(W)×170(H)mmとし、各ブロックの寸法は25(L)×25(W)×25(H)mmとし、仕切板の寸法は245(L)×5(W)×120(H)(使用時100)mmとすることが標準的である。また、
図3に示されるように、各ボックスと仕切板の位置と高さを特定するために、各ボックスの上部の隅部と仕切板の頂部に光学式モーションキャプチャ用のマーカを設置しておく。
【0037】
また、被験者の上肢の関節位置を特定するために、検査の対象となる腕の肩、肘、手首、及び指関節のそれぞれに光学式モーションキャプチャ用のマーカを取り付ける。これらのマーカを被験者の周りに配置された複数台のカメラで撮影し、各マーカの三次元位置座標を特定する。カメラの台数は特に制限されないが、4~8台が適切である。また、各カメラの周波数(シャッタースピード)は100~120Hzとすることが好ましい。BBTの試行中、被験者は一方のボックスに収容されているブロックを出来るだけ速く且つ正確に他方のボックスへ運搬する。例えば1分間の試行期間内に、一方のボックス内でブロックを掴んで他方のボックス内でブロックを離すまでの運搬動作が複数回行われることになる。本願明細書では、ブロックを掴んだ直後からブロックを離す直前までの1回の運搬動作の期間を「運搬相」と称する。つまり、1回の試行には複数の運搬相が含まれることとなる。
【0038】
図2に示されるように、中央処理部21は、機能ブロックとして、運搬相特定部21a、躍度推定部21b、躍度実測部21c、及び類似度算出部21dを有する。これらの各機能ブロックに関して、
図4に示したフロー図を参照して詳しく説明する。
【0039】
運搬相特定部21aは、測定装置10からの入力信号に基づいて、BBTの試行中のブロックの運搬動作の開始時点と終了時点を探索することにより、1回の運搬相を特定する(ステップS1)。運搬相の解析を行うには、ブロックを掴む動作(ピンチ)とブロック離す動作(リリース)の時間を判定することが必要である。これらは例えば以下に説明する方法によって算出することができる。
【0040】
まず、運搬相の開始時点(ピンチ)の算出方法の例について述べる。被験者がブロックをピンチする際、手先はその場にとどまるため、手先の速度は限りなく小さい値を示す。また、被験者がブロックをピンチした直後は仕切板を越えようとするため、ブロックを持ち上げる動きへと移行しており、手先の鉛直方向(Y軸公報)の速度が増大し始める。そこで、ピンチの判定を以下の手順で行い、運搬相の開始時点として定義することができる。
[S1-1]1つのブロックを運ぶ期間中、手先の速度のY軸成分が最大となる時点を算出。
[S1-2]手先の速度のY軸成分が最大となった時点から時間を戻り、その最大値の10%を下回った時点をピンチの完了時点として算出。
[S1-3]ピンチの完了時点の直後の時間を運搬相の開始時点として定義。
なお、上記したS1-2においてピンチの完了時点の閾値を最大速度の10%とした理由は、ブロックを探索している際にも手先はわずかな速度をもっており、速度が0を示す時点を取り出すことが不可能であるためである。このため、この閾値は必ずしも10%には限られず、5%や15%など任意の値に設定することも可能である。
【0041】
次に、運搬相の終了時点(リリース)の算出方法の例について述べる。被験者がブロックをリリースする際、次のブロックを探索するため、手先の速度の左右方向(Z軸方向)は正負が逆転する。そこで、リリースの判定を以下の手順で行い、運搬相の終了時点として定義することができる。
[S1-4]1つのブロックを運ぶ期間中、手先の速度のZ軸成分が最大となる時点を算出。
[S1-5]手先の速度のZ軸成分が最大となった時点から時間を進み、その正負が入れ替わった時点をリリース完了時点として算出。
[S1-6]リリース完了時点の直前の時間を運搬相の終了時点として定義。
【0042】
以上の方法で運搬相の開始時点と終了時点を定義して、解析対象の区間を切り出すことができる。ただし、上記は運搬相の開始時点と終了時点の算出方法の一例であり、本発明はこれに限定されない。例えば、被験者の手先と2つのボックスの上部の隅部にはそれぞれマーカが設置されていることから、単純に、手先のマーカの座標が一方のボックスから出た直前の時点を被験者がブロックを掴んだ時点とみなし、運搬相の開始時点としてよい。また、その後に手先のマーカの座標が他方のボックス内に入った直後の時点を被験者がブロックを離した時点とみなし、運搬相の終了時点としてもよい。
【0043】
次に、躍度推定部21bは、まず、測定装置10からの入力信号に基づいて、ある運搬相の開始時点における手先のマーカの位置座標と、終了時点における手先のマーカの位置座標をそれぞれ取得する(ステップS2)。また、躍度推定部21bは、ここで取得したある運搬相の開始時点と終了時点における手先のマーカの位置座標から、躍度最小モデルに基づいて、手先の躍度の推定値を算出する(ステップS3)。躍度最小モデルは、1985年にフラッシュ(Flash)とホーガン(Hogan)により提案された人間の手の到達運動をモデル化したものである(Flash, T., Hogan, N. 1985. The coordination of arm movements: an experimentally confirmed mathematical model. J. Neurosci., 5, 1688-1703)。躍度最小モデルによれば、手先の動作の開始時点と終了時点が観測された時点で数学的に最も滑らかな躍度最小軌道が定まる。躍度推定部21bは、この躍度最小軌道から三階微分を施した躍度を、被験者の対象部位の躍度の理想値として推定する。躍度推定部21bにより求められた躍度の推定値は、中央処理部21のメインメモリ又は記憶部22に少なくとも一時的に記憶される。
【0044】
一方で、躍度実測部21cは、まず、測定装置10からの入力信号に基づいて手先のマーカの位置情報を測定し、ある運搬相における運搬動作中の手先のマーカの位置情報の変位を取得する(ステップS4)。例えばカメラの周波数(シャッタースピード)が100Hzである場合、0.01秒間隔で位置情報が測定されることになるが、前後2つの位置情報から手先のマーカの変位を取得できる。次に、躍度実測部21cは、手先のマーカの位置情報の変位を時間で三階微分することにより、ある運搬相における手先の躍度の実測値を算出する(ステップS5)。躍度実測部21cにより求められた躍度の実測値も、中央処理部21のメインメモリ又は記憶部22に少なくとも一時的に記憶することとしてもよい。
【0045】
続いて、類似度算出部21dは、躍度推定部21bが算出した手先の躍度の推定値と、躍度実測部21cが算出した手先の躍度の実測値に対して、動的時間伸縮法(DTW)によってタイムワーピング距離(Dtw)を算出する(ステップS6)。動的時間伸縮法は、二つの時系列(Q,C)の各点の距離を総当り的に比較し、その距離が最短となるパス(W
k:Warping Path)を探索する手法である。具体的に説明すると、長さがN,Mの2つの時系列Q=q
1,…q
N,C=c
1,…c
Mに対して、2つの点,q
i,c
j間のユーグリット距離d(q
i,c
j)を(i,j)要素の値とするN×M行列を作成する。ユーグリッド距離d(q
i,c
j)は式(1)で表される。
ワーピングパス(W=w
1,…w
k,…w
K)は、境界条件、連続性、及び単調性の3つの条件を満たす行列の要素の順列で表される。この条件下で得られるワーピングパスに対して、ワーピングパス上の要素の和の平方根のことをワーピングコスト(C)という(式(2))。このワーピングコストの中で最小のものがタイムワーピング距離(Dtw)であり、式(3)のように表される。
【0046】
また、類似度算出部21dは、躍度実測部21cが算出した手先の躍度の実測値について、各運搬相における最大値と最小値を取得する(ステップS7)。そして、この各運搬相における最大値と最小値の絶対値の差で、ステップS6で求めたタイムワーピング距離(Dtw)を除すことによって正規化する。すなわち、BBTはリーチング動作とは異なり、手先の速度増加が求められる課題であるが、速度増加に伴って躍度も増加することとなる。そのため、下記式(4)に示すように、各運搬相のタイムワーピング距離(Dtw)を、各運搬相の手先の躍度の最大値の差で除すことで正規化する必要がある。
このmDtw
qの値が小さいということは、実際の手先の動作が躍度最小モデルによって表現された動作と似ている、すなわち手先の動作が滑らかであるということを意味する。
【0047】
ここで、
図5に、健常者と脳卒中患者のmDtw
qと躍度最小モデルの一例を示す。また、
図6には、BBTの点数と運搬相の躍度に基づくmDtw
qとの間の相関を示す。具体的には、
図5及び
図6は、前述した方法で算出した1試行内に含まれる運搬相の回数分のmDtw
qのうち、試行内の中央値を代表値として抽出し、抽出した代表値とBBTの点数との相関を示したものである。なお、計測方法は以下のとおりである。
[計測方法]
計測はモーションキャプチャシステム(Vicon社製)を用いて実施した。カメラ台数は8台、周波数は100Hzにて計測した。手先の位置は第三中手指節間関節として定義し、反射マーカを添付して位置座標を取得した。脳卒中患者の計測は、麻痺側のみを計測し、同日に複数試行(2~4試行)、及び一定期間を空けて再度同様の計測を行った。健常者の計測は、利き手、非利き手を、同日にそれぞれ1~2試行ずつ計測した。対象試行吸うは脳卒中患者46試行、健常者27試行、合計73試行とした。そのうち、
図5は、BBTにて最大点数(88点)を獲得した健常者と最小点数(13点)を獲得した脳卒中患者について、mDtw
qの代表値と躍度最小モデルを示している。
【0048】
図5に示されるように、健常者と脳卒中患者のmDtw
qの値を比較すると、健常者のほうがmDtw
qの値が明確に低くなる。また、健常者は躍度最小モデルと運搬相の手先の躍度のずれが小さいのに対して、脳卒中患者は躍度最小モデルに対する運搬相の手先の躍度のずれが大きく、また躍度が小刻みに変化し、その変化量も大きいことがわかる。このように、mDtw
qの値を参照すれば、健常者であるか脳卒中患者であるかの判別が容易になり、また脳卒中患者の機能障害の度合いを定量化することができる。さらに、
図5に示されるように躍度最小モデルと運搬相の手先の躍度とを重ねてグラフ化することで、医師や理学療法士が被験者の機能障害の有無を直感的に把握することができる。また、このグラフによれば、例えばブロックを掴んだ直後の部分、仕切板を超えるために手先を加速させる部分、そのブロックを離す部分など、運搬相のどの部分の機能障害が大きいかを把握することが可能である。従って、中央処理部21は、類似度算出部21dによって算出したmDtw
qの値や、
図5に示すような躍度最小モデルと運搬相の躍度とを重ねて示したグラフを、ディスプレイやプリンタ等の出力部24から出力することが好ましい。
【0049】
図6は、脳卒中患者及び健常者を含めた被験者について、BBTの点数と全運搬相のx,y,zの各軸におけるmDtw
qの中央値との相関係数を示している。
図6に示されるように、全被験者ではX軸及びY軸で強い負の相関を示し、Z軸で中等度の負の相関を示した。
【0050】
このように、全被験者におけるBBTの点数と全運搬相の各軸におけるmDtwqの中央値との間には、X軸及びY軸で強い負の相関、Z軸で中等度の負の相関が認められた。前述のようにBBTは1分間で運んだブロックの個数が点数となることから手先の移動速度の増加が求められる。それにも関わらず、手先の移動軌跡は、点数の増大、すなわち手先の移動速度の増大に伴い、リーチング動作で提唱される躍度最小モデルで表現される移動軌跡に近づいていたことが示された。このことは、BBTの運搬相は、手先の移動速度の増大に加え、リーチング動作で提唱されている躍度最小モデルで表現される運動制御が共存することを意味している。つまり、BBTの運搬相では、移動速度の増大が求められないリーチング動作より、高度な運動制御が行われていると推察される。
【0051】
次に、全被験者の結果をそれぞれの軸毎に観察する。まず、Y軸は上下方向の成分であり、上肢の重量に対して、重量に抗しながら手先の運動を制御する必要がある。そのため、Y軸は、水平方向(X方向,Z方向)の制御と比較して運動麻痺による影響を受けやすく、麻痺の程度が重症でBBTの点数が低い試行ほど、手先の滑らかさの指標であるmDtwqが低下するものと考えられる。次に、Z軸は左右方向の成分であり、上下方向の成分であるY軸と比較して上肢の制御が容易でありmDtwqとの相関が弱くなったと考えられる。また、左右方向の動作は、例えば体幹の回旋や側屈などの代償動作で補償しやすい動作であることも、mDtwqとの相関が弱くなった一因であると考えられる。
【0052】
最後に、X軸についてであるが、X軸は前後方向の成分であり、Z軸と同じく水平方向の制御である。従来は、BBTの動作特性から、主動作となる軸成分はY軸方向(上下方向)とZ軸方向(左右方向)であると考えられており、X軸方向(前後方向)は、BBTの運搬相においては動作自体が小さいため、余分な動きであると考えられていた。しかし、
図6に示したように、X軸のmDtw
qは、BBTの運搬相において点数の増大とともに低下し、同じ水平方向のZ軸よりも滑らかさが改善されることがわかった。このことから、このX軸方向の動作も重要な評価指標の一つであるといえる。
【0053】
再び
図2に戻ると、中央処理部21は、機能ブロックとして、評価部21eをさらに有することが好ましい。ただし、この評価部21eは任意の要素である。この評価部21eが実行する処理については
図7に示したフロー図を参照して詳しく説明する。
【0054】
前述したように、類似度算出部21dは、躍度推定部21bが算出した手先の躍度の推定値と、躍度実測部21cが算出した手先の躍度の実測値に対して、動的時間伸縮法(DTW)によってタイムワーピング距離(Dtw)を算出し、これを各運搬相における最大値と最小値の絶対値の差で除すことでmDtw
qの値を求める。
図7に示されるように、類似度算出部21dは、1回の試行中に含まれる全ての運搬相についてそれぞれmDtw
qの値を算出する(ステップS9)。ここで類似度算出部21dが求めたmDtw
qの値は、中央処理部21のメインメモリ又は記憶部22に記憶される。
【0055】
次に、評価部21eは、1回の試行中のmDtwqの統計量を算出する(ステップS10)。統計量の例は、1回の試行中のmDtwqの中央値及び分散である。その他、評価部21eは、mDtwqの統計量として平均値を求めることも可能である。評価部21eは、ここで求めたmDtwqの統計量を中央処理部21のメインメモリ又は記憶部22に記憶する。特に、mDtwqの統計量は、不揮発性メモリで構成された記憶部22に記憶されることが好ましい。
【0056】
次に、評価部21eは、ステップS10で求めた1回の試行中のmDtwqの中央値から、試行中の運搬動作の滑らかさを評価する(ステップS11)。具体的には、今回の試行中のmDtwqの中央値が、記憶部22に記憶されている前回の試行中のmDtwqの中央値より低下しているか否かを判断する(ステップS12)。Yesである場合、すなわちmDtwqの中央値が前回よりも低下している場合、評価部21eは、被験者の運動機能は改善傾向にあると判断できる(ステップS15)。一方で、Noである場合、すなわちmDtwqの中央値が前回よりも上昇している場合、被験者の運動機能は停滞又は改悪傾向であると判断できる(ステップS16)。
【0057】
また、評価部21eは、ステップS10で求めた1回の試行中のmDtwqの分散から、試行中の運搬動作の滑らかさのばらつきを評価する(ステップS13)。具体的には、今回の試行中のmDtwqの分散が、記憶部22に記憶されている前回の試行中のmDtwqの分散より低下しているか否かを判断する(ステップS14)。Yesである場合、すなわちmDtwqの分散が前回よりも低下している場合、評価部21eは、被験者の運動機能は改善傾向にあると判断できる(ステップS15)。一方で、Noである場合、すなわちmDtwqの分散が前回よりも上昇している場合、被験者の運動機能は停滞又は改悪傾向であると判断できる(ステップS16)。
【0058】
中央処理部21は、評価部21eによって算出した1回の試行中のmDtwqの統計量、すなわち中央値及び分散値を、ディスプレイやプリンタ等の出力部24から出力することができる。また、中央処理部21は、評価部21eによる評価結果、すなわち被験者の運動機能は改善傾向にあるのか、あるいは停滞又は改悪傾向にあるのかといった評価情報についても、ディスプレイやプリンタ等の出力部24から出力することができる。評価情報の出力方法は特に制限されないが、例えば前回と今回のmDtwqの統計量(中央値、分散)の差分に応じて、運動機能は改善傾向をA~Eで5段階評価することもできる。具体的には、前回と比べて今回のmDtwqの統計量が大幅に低下した場合にはA評価、前回と比べて今回のmDtwqの統計量が大幅に上昇した場合にはE評価といったように、運動機能は改善傾向をランク付けして、そのランク付けの結果を出力部24から出力することとしてもよい。
【0059】
続いて、
図8及び
図9を参照して、本発明に係る運動機能評価システム100の第2の実施形態について説明する。
図2を用いて説明した第1の実施形態に係る運動機能評価システム100は、被験者の手先などの対象部位の躍度を求めることとしていた。一方で、第2の実施形態に係る運動機能評価システム100は、被験者の手先などの対象部位の加速度を求めるものである。この第2の実施形態については、前述した第1の実施形態と異なる点を中心に説明を行い、第1の実施形態と同様の構成については説明を割愛する。
【0060】
図9に示されるように、第2の実施形態では、前述した第1の実施形態の躍度推定部21b及び躍度実測部21cに代えて、加速度推定部21f及び加速度実測部21gが設けられている。その他の構成については、第2の実施形態は基本的に第1の実施形態と同じである。
【0061】
加速度推定部21fは、所定時間間隔で測定された被験者の対象部位の位置座標に基づいて、躍度最小モデルにより対象部位の加速度の推定値を求める。被験者がBBTを実行する場合を例に挙げて具体的に説明すると、加速度推定部21fは、まず、測定装置10からの入力信号に基づいて、ある運搬相の開始時点における手先のマーカの位置座標と、終了時点における手先のマーカの位置座標をそれぞれ取得する。次に、加速度推定部21fは、ここで取得したある運搬相の開始時点と終了時点における手先のマーカの位置座標から、躍度最小モデルに基づいて、手先の加速度の推定値を算出する。前述したとおり、躍度最小モデルによれば、手先の動作の開始時点と終了時点が観測された時点で数学的に最も滑らかな躍度最小軌道が定まる。加速度推定部21fは、この躍度最小軌道から二階微分を施した加速度を、被験者の対象部位の加速度の理想値として推定する。加速度推定部21fにより求められた加速度の推定値は、中央処理部21のメインメモリ又は記憶部22に少なくとも一時的に記憶される。
【0062】
一方で、加速度実測部21gは、所定時間間隔で測定された被験者の対象部位の位置座標に基づいて、対象部位の加速度の実測値を求める。同様にBBTを例に挙げて説明すると、加速度実測部21gは、まず、測定装置10からの入力信号に基づいて手先のマーカの位置情報を測定し、ある運搬相における運搬動作中の手先のマーカの位置情報の変位を取得する。例えばカメラの周波数(フレームレート)が100Hzである場合、0.01秒間隔で位置情報が測定されることになるが、前後2つの位置情報から手先のマーカの変位を取得できる。次に、加速度実測部21gは、手先のマーカの位置情報の変位を時間で二階微分することにより、ある運搬相における手先の加速度の実測値を算出する。加速度実測部21gにより求められた加速度の実測値も、中央処理部21のメインメモリ又は記憶部22に少なくとも一時的に記憶することとしてもよい。
【0063】
第2の実施形態において、類似度算出部21dは、加速度推定部21fが算出した手先の加速度の推定値と、加速度実測部21gが算出した手先の加速度の実測値に対して、動的時間伸縮法(DTW)によってタイムワーピング距離(Dtw)を算出する。加速度に関してタイムワーピング距離(Dtw)を算出する方法は、第1の実施形態で説明した躍度と同じである。また、類似度算出部21dは、加速度実測部21gが算出した手先の加速度の実測値について、各運搬相における最大値と最小値を取得する。そして、この各運搬相における最大値と最小値の絶対値の差で、タイムワーピング距離(Dtw)を除すことによって正規化する。これにより、加速度についても、躍度と同様に、mDtw
qの値を求めることができる。このmDtw
qの値が小さいということは、実際の手先の加速度が躍度最小モデルによって表現された動作と似ている、すなわち手先の動作が滑らかであるということを意味する。加速度に関する第2の実施形態においても、前述した躍度に関する第1の実施形態と同様に、類似度算出部21dによって算出したmDtw
qの値や、
図5の例に倣って躍度最小モデルと運搬相の加速度とを重ねて示したグラフを、ディスプレイやプリンタ等の出力部24から出力することが好ましい。
【0064】
図9は、脳卒中患者及び健常者を含めた被験者について、BBTの点数と全運搬相のxyzの各軸における加速度のmDtw
qの中央値との相関係数を示している。
図9に示されるように、BBTの試行期間中に被験者の手先の加速度を測定した場合でも、BBTの点数とmDtw
qの中央値は、X軸、Y軸、及びZ軸のいずれにおいても、強い負の相関又は中等度の負の相関を示した。このように、本発明者らの研究では、第1の実施形態で説明したBBT試行時の手先の躍度だけでなく、手先の加速度まで拡張した場合であっても、mDtw
qの値とBBTの得点との相関が認められた。従って、BBT等の被験者の対象部位の速度増加が求められる課題において、対象部位の躍度に代えて加速度を測定することによっても、本発明によればその運動機能を正しく評価することができる。
【0065】
以上、本願明細書では、本発明の内容を表現するために、図面を参照しながら本発明の実施形態の説明を行った。ただし、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本願明細書に記載された事項に基づいて当業者が自明な変更形態や改良形態を包含するものである。
【符号の説明】
【0066】
10…測定装置 20…運動機能評価装置
21…中央処理部 21a…運搬相特定部
21b…躍度推定部 21c…躍度実測部
21d…類似度算出部 21e…評価部
21f…加速度推定部 21g…加速度実測部
22…記憶部 23…入力部
24…出力部 100…運動機能評価システム